何処からともなく…聞き慣れない音が聞こえて亮はキーを打つ手を止めた。
仲根が書類を読みながら鼻歌を歌っていた。
部屋中の視線が集まって…仲根は…はっと気付いて周りを見回した。
「ご機嫌ですね…。 いいことあったんですか? 」
パソコンの向こうから興味深げに顔を覗かせて亮が訊ねた。
まあね…と仲根は頷いた。
「実はさ…昨日…桂さんと映画見に行って…これがまた感動もんで…。 」
桂さん…? 花木桂先生…? ふえぇぇぇ~っ!
亮が素っ頓狂な声をあげたのでまた周りの視線が集まった。
「なに…なに…仲根になんかあったの? 」
柴崎が身を乗り出して訊いた。
見ると大原室長も思わず椅子から立ち上がっていた。
「いや…仲根さんがすごい美人とデートしたって話で…。 」
美人とデートぉ! 仲根ぇやったじゃん!
「木之内…どんな人? 」
話しちゃっていいのかなぁ…ねぇ仲根さん…?
「別に俺…隠したりしねぇもん。 確かに…美人だよなぁ…桂さん…。 」
仲根…完全に別世界。
「サラサラの長い黒髪を束ねて…そうだな…紅いドレスがよく似合うフラメンコダンサーのような雰囲気の美人…だけど…。
小説家で…仲根さんよりかなり年上…。 」
それは余分だ…と仲根が睨んだ。
そうなんだぁ…いいじゃん…年上のカノジョ…尽くしてくれるよぉ…。
柴崎がからかうように言った。
「田辺の叔母が聞いたらショックを受けるなぁ…。
クリスマス・パーティで一緒にいたのに…桂先生が選ばれたなんて…。 」
亮がさも残念そうに言った。
「だって…叔母さんにはちゃんとご亭主がいるじゃないか。
不倫はだめ…不倫は…。 」
ぷぷっと柴崎が噴き出した。 馬鹿ね…冗談に決まってるじゃないの…。
だから…あんたは鋼鉄製鍵付き安全印なのよ…。
こうてつ…何なんだ…そりゃぁ…?
部屋中からドッと笑いが起こった。
川の字…久しぶり…! ノエルはちょっと浮き浮きしていた。
滝川がいつもの場所に陣取り…ノエルを挟んで反対側に西沢…輝が305号に来るまではほとんど毎日のようにこうして三人で寝ていた。
ここのところ…滝川はまるで本物の所帯持ちのように真っ直ぐ305号へ帰ってしまうので…大きなベッドはその分だけぽっかりと場所が空いていて…そこだけは何となく寒々としている。
ノエルの頭越しに飛び交う西沢と滝川の会話を聞くのが面白かった。
亮と他愛のない話をして過ごすのも楽しかったけれど…大柄なふたりの間に居ると…なぜか心底安心して眠ることができた。
「先代天爵ばばさまは…アランが狙われる理由について何か知っていたんじゃないかと思うんだ…。
アランが生まれるときにも誘拐の危険を察知して御使者やエージェントたちに連絡をしてくれたし…。 」
今思えば…という話だけどな…と西沢は言った。
「スミレちゃんは天爵ばばさまから何か聞いていないのか…?
後継になったのなら…ばばさまの魂はスミレちゃんの中に居るんだろ…? 」
実に信じ難いことではあるが…と滝川は内心思っていた。
「多分…何か…差し障りがあって話せないんだろう…。
気にはなるけど…他家の事情に首を突っ込むわけにはいかないしね…。 」
ま…そりゃそうだな…。
けど…アランの親であるおまえにさえ話せないことって何なんだろうな…。
滝川は興味深げに言った。
「ねぇ…先生…。
ここんとこ…ずっと305号だったのに…輝さんと喧嘩でもしたの? 」
不意にノエルに訊かれて滝川は…別に…と答えた。
「輝と僕は…もともと友だちだってだけだし…いつも一緒に居るってのも…ちょっとばかり苦痛な時もあるんだ…。 」
滝川は淡々とそう話した。
「えぇ~? じゃあ輝さんとは…何もないわけ?
同居して…半年以上…どころかもうじき一年くらいになるんだよぉ。 」
あの輝さんと暮らして…だよぉ…ノエルは不思議そうな顔をした。
僕なんかすぐ征服されちゃったけど…。
「まったく…何にもなかったわけじゃないけど…さ。
やっぱり…和のこと忘れられないし…輝はいい女だけど…僕には向かない…。
輝もそう思ってるよ…。 だから…お互い息抜きも必要なんだ…。 」
ふうん…そんなもんかなぁ…。 ノエルはチラッと西沢の方を見た。
西沢はぼんやりと天井に眼を向けていた。
合う合わないで言ったら…輝さんはやっぱり紫苑さんがいいんだろうなぁ…。
そう考えると…なんか悪いような気もしたが…ノエルが輝から無理に西沢を奪ったわけではなかったし…そういう生き方を選んだのは輝自身だから…縁の問題としか言いようがなかった。
子ども部屋で来人の声がした。 珍しいな…さっき寝入ったばかりなのに…。
子煩悩な西沢がすぐに反応して起き上がった。
僕が見てくるからいいよ…と西沢を止めてノエルが寝室を飛び出して行った。
「ふうん…ちゃんとお母さんしてるじゃないか…。 ノエル…偉い偉い…。 」
滝川がそう言って笑った。
何を考えているのか…西沢はまたぼんやり天井を見ていた。
不意に身を起こすと滝川は西沢に覆い被さり、例の如く喉に唇を這わせた。
「殺すよ…。 」
西沢が淡々と言った。
「紫苑…妬いてるだろ…? 」
ニタニタと笑いながら滝川は訊ねた。 西沢は答えなかった。
誰に…かは訊かないよ…。 そう言ってキスした。
「乗られるの嫌いなんだよ。 何か…内臓圧迫されて嫌なんだ。 」
不機嫌そうに西沢が言った。
遊びたいなら…おまえが転がれ…。
はいはい…何怒ってんだか…。 苦笑しながら滝川は身を離した。
いつもなら…おふざけはそこでお終い…。
けれども…今夜はふくれっ面の西沢が本当に乗っかってきた。
おいおい…マジかよ…。
「罰ゲームだ…恭介…。 どうしてやろうかな…。 僕の女に手を出した…罰。
恭介…覚悟しろよ…。 明日の腰痛…。 」
腰痛…って…おまえなぁ…そんな齢じゃねぇ!
あ…ちょっと…紫苑…マジでか…?
ただいま…とノエルが戻ってきた。
おお…いきなり戦闘モード…。 お邪魔だったかなぁ…?
思わず戸口で立ち往生…。
「う~ん…ここにも間男くんがひとり…。 ノエル…参戦…許可…!
ふたりとも纏めて切って捨てよう…。 」
何言ってんだか…。
超…濃い目のコーヒーがたっぷり注がれたカップが朝の食卓に並んだ。
こんがり焼けた食パンと茹でたてのソーセージ…。
ノエルが欠伸を噛み殺しながら来人にミルクの哺乳瓶を渡し…吾蘭のお食事マットにジャムつきのテーブルロールとソーセージを盛った皿をのせる。
「…で…なんでおまえが居るのか…だが…? 」
滝川が…トーストを齧っている玲人に訊ねた…。
何でって…玲人はミルクをたっぷり入れたコーヒーでパンを飲み下しながら答えた。
「お伽さまの伝言伝えに来たら…いきなり引っ張り込まれたんじゃないかよ…。
扉開けた途端…何やってんだか…って状況で…。 」
おまえって…よくよく…巻き込まれやすいタイプなんだな…。
感心したように滝川が言った。
「お伽さまの伝言…? 」
西沢が身を乗り出した。
「アランが何故襲われるかを知るために…天爵ばばさまの魂にお伺いを立ててはどうか…と…。
立場上…庭田智明自身の口からは話せないことでも…ノエルの口からなら問題ないんじゃないかって…さ。 」
また…僕がやるのぉ…?
自分ではそういう力を持っているという自覚のないノエルが不安げに訊いた。
そうみたい…。
お伽さまの話しによれば…智明の中のばばさまの魂にノエルを媒介に使って語って頂くようお願いする…ということらしかった。
「天爵さまは承知してるのか…? 世話人の僕も初めて聞く話だけど…。 」
子どもの将来だけでなく…この国の将来もかかっていることだから…天爵ばばさまにはこの際枉げてご承知下さるように…とお伽さまが直談判したらしい。
すごい…さすがお伽さま…。
西沢はお伽さまの穏やかな笑顔を思い浮かべた。
「で…何があるか分からないから子どもたちも連れて一緒に本家に来いって。
おまえもだぜ…恭介…。 紫苑一家の主治医として付いて来いってさ…。 」
僕…? 他家の人間だぜ…僕は…。
滝川は驚いた。
族長でもない者が裁きの一族の本家に参上するなど…普通では有り得ないことだ。
長老格になるまでは…その存在情報さえ聞かせて貰えなかったというのに…。
「宗主のお召しだから…いいんだよ。 おまえ…一応…裁きの一族の要人待遇だからさ…。
滝川家の族長には宗主から連絡が行っているよ。 」
ふうん…僕が必要ってことは…つまり…誰かの体調に変化が現れる可能性があるってことだな…。
けど…なんで有さんじゃないんだろう…。
有さんならちゃんとした一族の人なのに…。
「証人が必要なんだ…多分な…。 庭田でも…裁きの一族でもない滝川が同席することで…天爵さまの話の信憑性が増す…。
滝川一族の情報は何処の家門にも信頼されているから…。 」
滝川の疑問に答えるように西沢が言った。
おそらく…他にも立会人が居るぜ…誰だか分からないけどな…。
「おっと…いけねぇ…ゆっくりしてられないんだ…。
さっさと済ませて出掛けなきゃ…。 」
薬のように苦いコーヒーをミルクで誤魔化して飲み干すと滝川は立ち上がった。
行きがけに…あの甘ったるい口調で西沢に囁いた。
紫苑…夜まで会えないのは…寂しいぜ…。
あほ…冗談やってる場合か…遅刻するぞ…さっさと行け…。
不機嫌な西沢にそう急かされて滝川は笑いながら足早に出て行った。
急ぎがないから…今日はふたりとも置いていっていいよ…ノエル。
玲人…せっかく来たんだから…出来上がってるのを忘れずに持ってってくれ…。
さてと…アラン…どうしたの…?
あ…きみのミルクが出てなかったのか…。 ごめんごめん…今…あげるからね…。
クルトは…まだ…飲んでるな…。
今日も慌しく…一日が始まる…。
次回へ
仲根が書類を読みながら鼻歌を歌っていた。
部屋中の視線が集まって…仲根は…はっと気付いて周りを見回した。
「ご機嫌ですね…。 いいことあったんですか? 」
パソコンの向こうから興味深げに顔を覗かせて亮が訊ねた。
まあね…と仲根は頷いた。
「実はさ…昨日…桂さんと映画見に行って…これがまた感動もんで…。 」
桂さん…? 花木桂先生…? ふえぇぇぇ~っ!
亮が素っ頓狂な声をあげたのでまた周りの視線が集まった。
「なに…なに…仲根になんかあったの? 」
柴崎が身を乗り出して訊いた。
見ると大原室長も思わず椅子から立ち上がっていた。
「いや…仲根さんがすごい美人とデートしたって話で…。 」
美人とデートぉ! 仲根ぇやったじゃん!
「木之内…どんな人? 」
話しちゃっていいのかなぁ…ねぇ仲根さん…?
「別に俺…隠したりしねぇもん。 確かに…美人だよなぁ…桂さん…。 」
仲根…完全に別世界。
「サラサラの長い黒髪を束ねて…そうだな…紅いドレスがよく似合うフラメンコダンサーのような雰囲気の美人…だけど…。
小説家で…仲根さんよりかなり年上…。 」
それは余分だ…と仲根が睨んだ。
そうなんだぁ…いいじゃん…年上のカノジョ…尽くしてくれるよぉ…。
柴崎がからかうように言った。
「田辺の叔母が聞いたらショックを受けるなぁ…。
クリスマス・パーティで一緒にいたのに…桂先生が選ばれたなんて…。 」
亮がさも残念そうに言った。
「だって…叔母さんにはちゃんとご亭主がいるじゃないか。
不倫はだめ…不倫は…。 」
ぷぷっと柴崎が噴き出した。 馬鹿ね…冗談に決まってるじゃないの…。
だから…あんたは鋼鉄製鍵付き安全印なのよ…。
こうてつ…何なんだ…そりゃぁ…?
部屋中からドッと笑いが起こった。
川の字…久しぶり…! ノエルはちょっと浮き浮きしていた。
滝川がいつもの場所に陣取り…ノエルを挟んで反対側に西沢…輝が305号に来るまではほとんど毎日のようにこうして三人で寝ていた。
ここのところ…滝川はまるで本物の所帯持ちのように真っ直ぐ305号へ帰ってしまうので…大きなベッドはその分だけぽっかりと場所が空いていて…そこだけは何となく寒々としている。
ノエルの頭越しに飛び交う西沢と滝川の会話を聞くのが面白かった。
亮と他愛のない話をして過ごすのも楽しかったけれど…大柄なふたりの間に居ると…なぜか心底安心して眠ることができた。
「先代天爵ばばさまは…アランが狙われる理由について何か知っていたんじゃないかと思うんだ…。
アランが生まれるときにも誘拐の危険を察知して御使者やエージェントたちに連絡をしてくれたし…。 」
今思えば…という話だけどな…と西沢は言った。
「スミレちゃんは天爵ばばさまから何か聞いていないのか…?
後継になったのなら…ばばさまの魂はスミレちゃんの中に居るんだろ…? 」
実に信じ難いことではあるが…と滝川は内心思っていた。
「多分…何か…差し障りがあって話せないんだろう…。
気にはなるけど…他家の事情に首を突っ込むわけにはいかないしね…。 」
ま…そりゃそうだな…。
けど…アランの親であるおまえにさえ話せないことって何なんだろうな…。
滝川は興味深げに言った。
「ねぇ…先生…。
ここんとこ…ずっと305号だったのに…輝さんと喧嘩でもしたの? 」
不意にノエルに訊かれて滝川は…別に…と答えた。
「輝と僕は…もともと友だちだってだけだし…いつも一緒に居るってのも…ちょっとばかり苦痛な時もあるんだ…。 」
滝川は淡々とそう話した。
「えぇ~? じゃあ輝さんとは…何もないわけ?
同居して…半年以上…どころかもうじき一年くらいになるんだよぉ。 」
あの輝さんと暮らして…だよぉ…ノエルは不思議そうな顔をした。
僕なんかすぐ征服されちゃったけど…。
「まったく…何にもなかったわけじゃないけど…さ。
やっぱり…和のこと忘れられないし…輝はいい女だけど…僕には向かない…。
輝もそう思ってるよ…。 だから…お互い息抜きも必要なんだ…。 」
ふうん…そんなもんかなぁ…。 ノエルはチラッと西沢の方を見た。
西沢はぼんやりと天井に眼を向けていた。
合う合わないで言ったら…輝さんはやっぱり紫苑さんがいいんだろうなぁ…。
そう考えると…なんか悪いような気もしたが…ノエルが輝から無理に西沢を奪ったわけではなかったし…そういう生き方を選んだのは輝自身だから…縁の問題としか言いようがなかった。
子ども部屋で来人の声がした。 珍しいな…さっき寝入ったばかりなのに…。
子煩悩な西沢がすぐに反応して起き上がった。
僕が見てくるからいいよ…と西沢を止めてノエルが寝室を飛び出して行った。
「ふうん…ちゃんとお母さんしてるじゃないか…。 ノエル…偉い偉い…。 」
滝川がそう言って笑った。
何を考えているのか…西沢はまたぼんやり天井を見ていた。
不意に身を起こすと滝川は西沢に覆い被さり、例の如く喉に唇を這わせた。
「殺すよ…。 」
西沢が淡々と言った。
「紫苑…妬いてるだろ…? 」
ニタニタと笑いながら滝川は訊ねた。 西沢は答えなかった。
誰に…かは訊かないよ…。 そう言ってキスした。
「乗られるの嫌いなんだよ。 何か…内臓圧迫されて嫌なんだ。 」
不機嫌そうに西沢が言った。
遊びたいなら…おまえが転がれ…。
はいはい…何怒ってんだか…。 苦笑しながら滝川は身を離した。
いつもなら…おふざけはそこでお終い…。
けれども…今夜はふくれっ面の西沢が本当に乗っかってきた。
おいおい…マジかよ…。
「罰ゲームだ…恭介…。 どうしてやろうかな…。 僕の女に手を出した…罰。
恭介…覚悟しろよ…。 明日の腰痛…。 」
腰痛…って…おまえなぁ…そんな齢じゃねぇ!
あ…ちょっと…紫苑…マジでか…?
ただいま…とノエルが戻ってきた。
おお…いきなり戦闘モード…。 お邪魔だったかなぁ…?
思わず戸口で立ち往生…。
「う~ん…ここにも間男くんがひとり…。 ノエル…参戦…許可…!
ふたりとも纏めて切って捨てよう…。 」
何言ってんだか…。
超…濃い目のコーヒーがたっぷり注がれたカップが朝の食卓に並んだ。
こんがり焼けた食パンと茹でたてのソーセージ…。
ノエルが欠伸を噛み殺しながら来人にミルクの哺乳瓶を渡し…吾蘭のお食事マットにジャムつきのテーブルロールとソーセージを盛った皿をのせる。
「…で…なんでおまえが居るのか…だが…? 」
滝川が…トーストを齧っている玲人に訊ねた…。
何でって…玲人はミルクをたっぷり入れたコーヒーでパンを飲み下しながら答えた。
「お伽さまの伝言伝えに来たら…いきなり引っ張り込まれたんじゃないかよ…。
扉開けた途端…何やってんだか…って状況で…。 」
おまえって…よくよく…巻き込まれやすいタイプなんだな…。
感心したように滝川が言った。
「お伽さまの伝言…? 」
西沢が身を乗り出した。
「アランが何故襲われるかを知るために…天爵ばばさまの魂にお伺いを立ててはどうか…と…。
立場上…庭田智明自身の口からは話せないことでも…ノエルの口からなら問題ないんじゃないかって…さ。 」
また…僕がやるのぉ…?
自分ではそういう力を持っているという自覚のないノエルが不安げに訊いた。
そうみたい…。
お伽さまの話しによれば…智明の中のばばさまの魂にノエルを媒介に使って語って頂くようお願いする…ということらしかった。
「天爵さまは承知してるのか…? 世話人の僕も初めて聞く話だけど…。 」
子どもの将来だけでなく…この国の将来もかかっていることだから…天爵ばばさまにはこの際枉げてご承知下さるように…とお伽さまが直談判したらしい。
すごい…さすがお伽さま…。
西沢はお伽さまの穏やかな笑顔を思い浮かべた。
「で…何があるか分からないから子どもたちも連れて一緒に本家に来いって。
おまえもだぜ…恭介…。 紫苑一家の主治医として付いて来いってさ…。 」
僕…? 他家の人間だぜ…僕は…。
滝川は驚いた。
族長でもない者が裁きの一族の本家に参上するなど…普通では有り得ないことだ。
長老格になるまでは…その存在情報さえ聞かせて貰えなかったというのに…。
「宗主のお召しだから…いいんだよ。 おまえ…一応…裁きの一族の要人待遇だからさ…。
滝川家の族長には宗主から連絡が行っているよ。 」
ふうん…僕が必要ってことは…つまり…誰かの体調に変化が現れる可能性があるってことだな…。
けど…なんで有さんじゃないんだろう…。
有さんならちゃんとした一族の人なのに…。
「証人が必要なんだ…多分な…。 庭田でも…裁きの一族でもない滝川が同席することで…天爵さまの話の信憑性が増す…。
滝川一族の情報は何処の家門にも信頼されているから…。 」
滝川の疑問に答えるように西沢が言った。
おそらく…他にも立会人が居るぜ…誰だか分からないけどな…。
「おっと…いけねぇ…ゆっくりしてられないんだ…。
さっさと済ませて出掛けなきゃ…。 」
薬のように苦いコーヒーをミルクで誤魔化して飲み干すと滝川は立ち上がった。
行きがけに…あの甘ったるい口調で西沢に囁いた。
紫苑…夜まで会えないのは…寂しいぜ…。
あほ…冗談やってる場合か…遅刻するぞ…さっさと行け…。
不機嫌な西沢にそう急かされて滝川は笑いながら足早に出て行った。
急ぎがないから…今日はふたりとも置いていっていいよ…ノエル。
玲人…せっかく来たんだから…出来上がってるのを忘れずに持ってってくれ…。
さてと…アラン…どうしたの…?
あ…きみのミルクが出てなかったのか…。 ごめんごめん…今…あげるからね…。
クルトは…まだ…飲んでるな…。
今日も慌しく…一日が始まる…。
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