徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第七十八話 温もりは…生きている証…。)

2006-09-19 16:50:51 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 祥の質問が終わると…議長は会議場内を見回し…挙手している族長を指名してまた次の質問を受けた。

 「銃を持っているということに気づかないほどに操作されていながら…ばばさまを撃たずに済んだ…。
三宅くんが彼等の命令を拒絶できたのは何故だと思われますか…? 」

議長が智明の方を見た。

 「紅村先生のお宅の前で襲われた折に…三宅はどうやら奴等の命令を極力拒否できるように自らに呪文をかけたようです。 
銃の方は…銃自体にも何か細工をしてあったのではないかと考えます…。 」

智明がそう答えると…紅村が挙手した。
議長が指名した。

 「あの時…確かに呪文のような声が聞こえました。 
私はそれをお経のようだと感じておりましたが…。 」

紅村は…三宅が危険を回避しようと努力したことを証明した。

議長はまた族長たちの方を見渡し指名した。

 「女を殺して自殺しろ! おまえの役目だ!…と三宅くんに命令する声が再現映像の中にありました。
奴等は…どういう結果を望んでいたと思われますか…? 」

その質問に対して…智明は憤懣やるかたないといった大きな溜息を吐いた。
質問した相手に怒りを向けたわけではなかったが…。

 「先ほども申し上げたように…三宅は外から庭田に入った者です。
ご存知のとおり…姉は美しい人でしたから…三宅が姉に懸想して無理心中を図ったように見せかけるつもりだったのでしょう。

 遠隔操作ができるほどの能力を持ちながら…わざわざ銃を使ったのはそのためだと思われます…。
三宅の抵抗で失敗に終わりましたが…。
純粋に…姉の為に働いてくれていた三宅の気持ちや…姉の無念を思うと…卑劣な奴等に対して憎しみさえ感じます…。 」

智明の話を静かに聞いていた三宅が突然…身を震わせて嗚咽した。

議長が他に…何か…訊ねたが…現時点では何もないようだった。
議長は纏め役の宗主に指示を仰いだ。

 「亡くなった天爵さまに伺った話によると…奴等は…どの時代においても…突如姿を現し…時の権力者などに取り入って実権を握り…異なった価値観を無理やり押し付け…思うさまやりたい放題のことをして滅びを招く…のだそうだ。

 外敵からおまえたちを護ってやるとか…協力を惜しまないとか…内部にはびこる悪どもをやっつけてやる…などと上手いことを言って…巧みに権力者や民衆の心を惑わす。
 現代人の身体には…どうやら古い時代に彼等によって蒔かれた…災いの種が存在するらしく…よほど注意していないと…つい甘言に乗ってしまうのだという。
 
 今回の場合…各家門に送りつけられた悪戯文書のようなものに記載されていたのは…古い時代から居る魔物たちが再びこの世に騒動を起こそうとしているなどという内容だった。

ま…これは嘘ではなかったな…彼等が自分で暴露したようなもんだ…。

 諸兄・諸姉も…もうお分かりだとは思うが…この事件は亡くなったばばさまひとりに関わる問題ではない。

 このままいけば…それと知らぬうちにどのくらい犠牲者が増えるかも分からぬ。
奴等は我々すべての命を狙っていると考えていい。
命に代えてそれを伝えようとした天爵さまの死を決して無駄にすまいぞ。

 早急に…奴等に対する対策を立てなければならない…。
それにはすべての能力者が連携するための組織や…その組織を統括する代表が必要となる。

現在は…裁定人がその代行を務めているが…本来…裁定人と組織を統括する代表者とは、協力関係にはあっても…別でなければならない。

そこで…。 」

 宗主は族長たちに新しい組織の立ち上げと代表者について…できる限り迅速に話し合い、一日も早く実現させることを提案した。

勿論…いくら早急にと言っても今日の今日というわけにはいかないので…近いうちに族長会議を招集することにして…できるだけそれぞれに具体案を纏めて提出して貰うように指示した。

 麗香の非業の死をきっかけに族長会議はようやく目的に向かって動き始めた。
未だ亀のような歩みではあったけれど…。



 来人にお休み前のミルクを与えているノエルの傍で…吾蘭がごろごろしながらお土産の大きなビスケットを頬張っている。
ひとつだけの約束で…封を開けた。

 宗主のお召しで…急にノエルが出かけることになったものだから…吾蘭と来人は今日一日…智哉や倫と過ごしていた。
今…食べているのは…お利口にしていたご褒美…。

 最後のひとかけらを食べてしまうと…吾蘭は小さな歯ブラシを持ってきた。
とことこと西沢の仕事部屋へ駆けて行く…。
小さな手でとんとんと扉を叩いた。

 西沢が顔を覗かせると…歯ブラシを差し出して…軽く二回頭を下げた。
西沢は歯ブラシを受け取って片手でひょいと吾蘭を抱き上げ…居間へ連れて行った。

 吾蘭をごろんと寝転がして…あ~んと口を開けさせ…西沢が丁寧に歯を磨く…。
吾蘭はノエルが不器用で下手っぴなのをちゃんと知っているので…歯磨きは必ず西沢のところへお願いに行く。
西沢が居ない日は歯磨きするのもなんとなく不安げだ。

 今のところ…吾蘭に変わった様子はなく…来人に対して攻撃的な態度や行動を取ることもない。
来人が幼すぎて…まだ敵意のかけらもないからだろうか…。
それとも…まだきっかけとなる何かのスイッチが入っていないからだろうか…。

 何気ない日常の…家族の集う穏やかな空気の中に居てさえも心の奥底にひっかっかって離れないものがある。

 吾蘭と来人の持つ相反するプログラムが将来的に彼等の感情や行動にどう影響を与えるのか…。
敵対するプログラムの完全体同士のトラブルを回避することは可能か否か…。

 それを解くことは西沢に与えられた最大の課題である…。
西沢が生きてこの世にある限り…避けては通れない…。

 歯磨きが終わってしまうと西沢は仕事部屋へ戻り…ノエルはふたりを連れて子供部屋へ行った。

 ベビーベッドは来人が使っているので、吾蘭は亮が使っていた大人用のベッドの両側に柵をつけて貰い、そこでごろんごろんしながら眠る。
ベビーベッドよりはるかに広いところで転がれるので余裕で遊べる半面…ちょっと広過ぎて寂しい時もあるようだ。

 子どもたちを寝かしつけるのは別にノエルの役目というわけではない。
明日渡しの仕事が少し残っているので仕事部屋に籠もっているだけで…普段は西沢の方が積極的…子どもを観察するのが面白いらしい…。

 ふたりが眠ってしまうと…ノエルは寝室へ向かった。
まだ…いつもより随分早い時間だったけれど…寝転がりたかった。
ベッドに倒れ込みながらふうっと溜息をついた。

 何か…疲れたぁ…。
なれない能力を使ったから…ぐったりだ…。

 薔薇のお姉さん…綺麗な人だったんだなぁ…。
紫苑さん…なんで別れちゃったのかな…?

会議場中央に掲げられた天爵ばばさまの遺影で今日初めてその姿を見た。
何処か…スミレに似ていた。

 オネエぶってなければ…スミレちゃんも結構いい男だもんね。
あんまり真面目な顔をしてたから…別人かと思ったよ…。

そんなことを思っている間にとろとろと眠り込んでしまった。

 何処かの扉を開け閉めする音がして…寝坊助のノエルにしては珍しくはっと眼を覚ました。
時計を見るとまだ夜半前…。

 いけない…目覚まし…かけ忘れた…てか…紫苑さんの夜食作り忘れた…。
取り敢えず…これ以上忘れないように目覚ましだけかけて…ベッドを降りようとした時…西沢が入って来た。

 「何…どうした? ひょっとして…起こしちゃったか? 」

西沢の方が驚いてノエルに訊ねた。

 「夜食…。 」

済まなさそうにノエルが言った。

 「ああ…いいんだよ…。 もう…終わったし…。 」

 西沢はそのままベッドに腰を下ろした。
サイドテーブルの読書灯をつけて…いつものように本を手に取った。

 「ねえ…紫苑さん…三宅は…どうなると思う…? 」

ノエルがポツリとそんなことを訊いた。

 「そうだね…この件では…おそらく…あの銃の持ち主が…奴等の代わりに警察に捕まることになるだろう。
三宅はその時点で…誰の眼も気にしなくていい立場になる。
もともと犯人ではないしね…。

 そうなったら智明が秘書かなんかに使うんじゃないか…。
少なくとも…智明は三宅を追い出したりはしないよ。
智明にとっても三宅のように気心の知れた部下は必要だからね。 」

 智明…。
ノエルは西沢がスミレちゃんと呼ばないのを不思議に感じた。

 「智明さん…って呼んだ方がいいの…? 僕も…? 」

恐る恐る西沢に訊ねた。

 「いや…ノエルは今までどおりでいいよ。 
智明もきみの前ではずっとスミレちゃんで居たいらしいから…。
もう…自分を隠すためにじゃなくて…お喋りを楽しむために…ってさ…。

 麗香を失って智明は…あの家に引き取られる前の自分に戻ることに決めたんだ。
庭田の当主として…新天爵さまとして…その務めを果たすためにね…。
だから…僕もそれに従っているだけだよ。

 ここだけの話…あんまり長いことスミレちゃんをやっていたんで…ついついあの口調が出ちゃうらしいぜ…。 
ほんと…困っちゃうのよ…って嘆いてた。 」

 ぷっとノエルが噴き出した。
何のかんの言っても…やっぱ…半分は地だと思うな…。
あの底抜けの明るさはお芝居だけじゃできないよ…。

 本を読む気が失せたのか…西沢は読書灯を消した。
邪魔して悪いことしたかな…とノエルは思った。

 温かいよ…ノエル…。 
ひとりじゃないって…こういうことだよな…。

 ノエルに身を寄せて…穏やかにそう呟きながら…西沢はまどろみ始めた。
寝床の温もりに耐えかねて睡魔に襲われたらしい。

 初めて出会った時に…西沢が言っていた…。
この温もりは…生きている証…。

 『僕の体温がきみを温めているけれど…きみの体温で僕も温かい。
命があるって…そういうこと…。
どんなに愛してやまない人でも命の火が尽きてしまえば…僕を温めてくれることはない…。
ここに居るだけで…きみは僕を幸せな気持ちにさせている…その温もりで…ね。
僕にとってはそれだけでも十分に意味がある。 』

 その時から始まった…。
まだ…好きも嫌いもなかったあの時…ただ添い寝をしてくれただけで…。
心と命を救われた…最初の日…。

 薔薇のお姉さんのようなわけにはいかないけれど…ずっと温めていてあげる…。
それが僕にできる…すべてだから…。

 愛する人を失ったあなたの悲しみが…痛みが…少しでも和らぐように…。
思い出に変えられるように…。






 




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