徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第十八話 淫らな女)

2005-10-19 23:05:00 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 宗主が帰館したというので透たちに起こされた城崎は、寝ぼけた顔で宗主の前に出るのが悪いような気がしてきちんと顔を洗った。
顔を洗って出直すとはこのことかと自嘲した。

 岬が車の中から持ち出してくれたらしい自分のバッグを何気なく抱えて、透たちと座敷へ向かった。
 
 背の高い若い男が城崎を待っていた。
体中がぺしゃんこに押し潰されそうなほどの強い圧迫感から、その男が以前ここで会った宗主に間違いないと感じた。

 城崎は宗主の前に出ると透たちと一緒に手をついて丁寧にお辞儀をした。
宗主は穏やかに微笑んでいた。

 「久しぶりだね。 体調が悪いと聞いているが大丈夫かい? 」

優しく問いかけられて城崎は素直に頷いた。

 「僕に何か話しがあるとか…聞かせてもらおうかな。 」

 宗主はじっと城崎を見つめた。
視線を合わせることが出来ず、城崎は目を伏せたまま話出した。

 「お願いがあります。 どうか宗主のお力をお貸しください。
俺という人間の存在をマスコミと世間の記憶から消し去ってください。
 俺が愚かだったばっかりに岬さんに怪我を負わせ、紫峰家の方々にご迷惑を掛ける結果となってしまいました。

 本当なら自分で責任を負わなければならないところですが、情けないことに俺にはそれだけの力がありません。
 このままではまた無関係な人を次々と巻き込んでしまうのではないかと悩んで悩んで悩みぬいた挙句…恥を忍んでお願いに上がりました。 」

 城崎は心なしか震えているようだった。
宗主はしばらく無言で何かを考えているようだった。

 「その願いを受け入れたとして、その後きみはどうするの? 」

宗主は訊ねた。

 「もし幸運にも犯人に殺されずに済んだなら、普通の学生に戻り、二度と人前で力は使いません。 」

城崎はそう断言した。

 「実は…同じことを以前にきみの父上から頼まれたことがある。
その時はお断りしたのだが…。 
 きみが父上に相談したわけではなかったのだね? 」

 宗主は訝しげに城崎を見た。
城崎の目に怒りが宿った。

 「あの男には何も話す気はありません。
あの男が相談に来たとすれば、いま俺に死なれたら城崎の後継者がいなくなるから何とかしようとしているだけなんです。
あの女に子どもでも出来れば俺などどうなってもいいと考えるでしょう。 」

 宗主は黙って城崎の話を聞いた。
城崎の胸の内に溜まっているものを吐き出させてやろうと思った。

 「俺は幼い頃からあの男に遊んでもらった記憶など全くありません。
可愛がられたり、抱いてもらった記憶すらない。
  会えばごちゃごちゃ小言を繰り返すだけで、どんなにつらい時でも振り返ってもくれなかった。 」

城崎は唇を震わせ両手をぎゅっと握り締めた。

 「用事がなければほとんど家には帰らず、俺とお袋を置き去りにしておいて…。
それがこの頃急に帰ってきたと思ったらあの下品な女を家に連れ込みしたい放題。
あのおしゃぶり女がでかい顔して屋敷をうろうろするのに我慢がならなかった。
ちょうど親父と力のことで意見が対立したのをいいことに俺は家を出ました。 」

宗主は少し困惑したように城崎に言った。

 「若い内妻さんがいることは気付いていたが、病気の母上の代わりをしていると聞いているよ。 」

 「馬鹿馬鹿しい。 あの女にお袋の代わりなんて出来ませんよ。
どんな女かお見せしましょうか? 」

城崎はバッグの中から封筒に入った写真を取り出した。

 「これは俺が興信所に調査させたものです。 
三流のエロ雑誌やSM写真のモデル、不正に作られているAVの女優とかね。
どこだかの卑猥な店で男しゃぶってたなんて話も聞いています。
そんなことをやってきた女です。 ずいぶんな写真でしょ。 」

 城崎は宗主の目の前に父親の内妻の淫らな写真をぶちまけた。
瞬時に修の顔色が変わった。顔を背けたぐらいでは耐えられず固く目を閉じた。

 「城崎! さっさと写真をしまえ! そんなものを宗主に見せるな! 」

 雅人が慌てて叫びながら宗主の傍に駆け寄った。
修は身を屈めて胃の辺りと口元を手で押さえていた。
必死で襲い来る嘔吐感を堪えている。
顔面蒼白になって苦しむ修の姿を雅人も隆平も透でさえも初めて見た。

 透と隆平は急いで写真を拾い集めた。
城崎は何が起こったのか分からず呆然と彼らを見つめた。

 雅人は何度も修の背中を擦った。
修は嘔吐感が治まってもつらそうに喘ぎ、冷や汗をかき、動けなかった。

 「大丈夫? 少し向うで休む? 」

 雅人は笙子の話が大袈裟ではなかったことを実感していた。
決して笙子の話を信じていないわけではなかったが、実物ならともかく写真を見るくらいでこれほどひどい状態になるとは思ってもいなかったのだ。 

 「何? どうなったの? 俺何かとんでもないことした? 」

城崎はひどく動揺して隆平に訊いた。

 「きみのせいじゃない…宗主はこういう写真が苦手なんだ。」

 集めた写真を手渡しながら隆平は城崎を安心させるように軽く微笑んで言った。
いくら育ちがいいといっても大の男がこの手の写真で…?城崎には目の前の光景が信じられなかった。

 「宗主の体質なんだよ。 無修正Fカップヌード写真集くらいが限界かな。 」

透がそう補った。ああ…そうか…その手ね…健全お色気タイプなら大丈夫なのか…と城崎は思った。

 そうこうしているうちに何とか気を取り直した宗主は、顔色が冴えないながらも再び話せるようにはなった。

 「失礼した…。 まあ…そういうことを生業にしてきた方だからといって、その方の人柄までをどうこうとは僕には言えないが、少なくとも…きみの父上と僕とは絶対に相容れないタイプだということが分かった…。 」

だろうな…と城崎は思った。

 「とにかく…このままではいけない。 
先ずすべてを白紙に戻す必要があると感じたのです。
 世間が俺を忘れてくれれば、運がよければ犯人も俺という目撃者の存在を忘れるかも知れません。
 相手が能力者ならそうはいかないでしょうが、もし能力者だったとしても余計なものを取り去って身軽になったところで犯人と向き合います。

 俺自身が狙われるのは自業自得ですが周りが傷つくことには耐えられません。
このままでは俺は岬さんを死なせてしまうかもしれません。」

 真剣な眼差しで城崎は宗主を見つめた。
宗主の視線をあえて避けようとはしなかった。 

 「僕がきみの頼みを聞けば…確かにこれから先はきみに関わってくる問題も減るだろうが…いま現在の事件をどうこうはできないよ。
 岬のことは現状と変わらない。 多分犯人もきみを忘れることはない。 
そのことは承知の上だろうね…? 」

宗主はそう問いかけた。

 「いくら俺が馬鹿でもそこまではお願い致しません。 あくまでこの先の問題を回避したいだけです。 
これ以上誰も巻き添えにしないために。 」

城崎の回答に宗主は頷いた。

 「分かった…。 きみの父上にはお断りしたが…再考してみよう。
少し時間を貰いたい。 

 追って返事をするからそれまではこの屋敷で過ごしなさい。
先ずは…その弱った身体を回復させて戦える力を養うこと…。

 その上で…きみはどうやら統率者としての教育を受けていないようだから、族長として学ぶべきことをこの際ここで徹底的に学んでいきなさい。
最長老が指導して下さるそうだ…。

 警察にもご実家にも連絡は入れておく。 」

宗主はそれだけ城崎に告げると立ち上がった。

 「有難うございました。 どうか…どうかできるだけ良い返事を…。 」

 城崎は畳に額をこすり付けるようにして平伏した。
宗主は軽く頷くとやはりまだ気分が悪いのか雅人に支えられるようにして部屋を後にした。

 「透くん…有難うな。 会わせてくれて…。 隆平くんも…。 」

城崎はほっとしたように肩から力を抜いた。

 「後はきみ次第だよ。 きみがこの先どういう態度で臨むかにかかってる。 
お祖父さまも結構厳しいぞ。 心して向かえ。 」

透は意味ありげににやっと笑った。

 「きみ…ゲーム得意…? 」

 隆平も妙なことを訊いた。
城崎は訝しげにふたりを見た。
堪えきれないというようにふたりはくすくす笑った。



 ベッドで横になっている修の背中を雅人はまだ擦り続けていた。
笙子が言っていたとおり、症状が治まりかけても気分はなかなか良くならない。

 「ごめんね…修さん。 城崎の行動に僕がもっと早く気付いてれば…こんなつらい思いをさせずに済んだのに。」

 修は首を横に振った。

 「誰のせいでもないよ。 
いい年をして…あれくらいの写真に耐えられない僕自身のせいだ。 
もう…平気だと思っていたのに…な。 」

 悲しそうな顔で雅人にそう言った。

 「あれは相当過激だから…嫌いな人もいるよ。 気にしない方がいいよ。 
それに別に変態写真を克服しても意味ないし…。
それが出来ないからって生きていくのに何にも支障はないんだからさ。 」

 修が急に押し黙った。 
何か引っ掛かることでもあるのか考え込んでいる。

 「どうしたの? 気持ち悪いの? 」

雅人は心配そうに訊いた。

 「雅人…推測だけど全く目的を別にする二つのグループが動いているような気がする。 それもお互いに知らない同士で…。 」

修は突然閃いたように言った。

 「なに? 犯人のこと考えてたの? 
そっか…気分だいぶ良くなってきたんだ。」

雅人は少し安心した。

 「雅人…もういいよ。 疲れたろう…? 有難う…楽になった…。
今夜はこのまま休むから…後を頼むよ。 
警察とと城崎の実家には連絡させてくれたね…? 」

 「さっき西野さんが連絡していたよ。 ゆっくり休んでね…。 
気分悪かったら我慢しないで声をかけて…。 」

雅人がそう言うと修は軽く頷いて目を閉じた。

 しばらく様子を見ていたが、修が寝息を立て始めると雅人は部屋の明かりを消していったん修の部屋を出た。

 はるに城崎が当分滞在することを告げ部屋を用意させた。
城崎のことを透と隆平に任せて修の代わりにあれこれと手配を済ませた後、再び修の部屋へ戻った。

 修は特に苦しんだりする様子もなく普段どおり軽い寝息を立てていた。
このまま朝まで何事もなければもう大丈夫。
少しだけほっとした気分になった。

 雅人は両手を頭の後ろへ回して疲れた背筋を伸ばした後、修の傍で自分も眠りについた。





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