徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第十九話 複雑だよね…)

2005-10-21 22:19:16 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 ひとり増えた朝の食卓は一段と騒がしく活気に溢れていた。
実家にいたときにはろくに食べたいという気も起きなかった城崎だが、透たちといると食欲も湧いて出されたものをきちんと平らげた。

 修の体調もすっかり回復し、朝から機嫌よく出勤していったので雅人はほっと胸を撫で下ろした。
 
 食事が済むと透たち三人は学校へ出かけていったが、城崎はしばらく休むことになっていたため部屋に戻った。
 しばらくぼんやりしていたが修の言葉を思い出し、最長老の一左衛門を訪ねることにした。

 はるに一左の部屋の場所を聞こうと居間まで出てきた城崎は、ちょうど散歩に出かけるところだった一左と出くわし城崎も散歩に御伴することになった。

 目的もなくただ歩くだけなんてつまらないことだとずっと思ってきたが、母屋の裏の林の落ち葉の道をのんびり歩いていると、自分が狙われていることも父親に対する苦々しい思いも何処かへ飛んで行ってしまいそうだった。

 城崎は一左に問われるままにいろいろな話をした。そして一左からもいろいろな話を聞いた。

 「ある時期から私はずっと眠り続け、この世に存在しないのと同じ状態が30年近くも続いた。

 その間、数年の宗主不在を経て、長老衆の判断で今の宗主が5歳の頃からすべてを背負わされ、ひとり戦い続けてきた。
両親も祖母や叔父夫婦も一族に入り込んだ狡猾な敵に命を奪われた。 

 身近に恐るべき敵がいて自分の命すら危うい状態で、従弟ふたりを育て、もうひとりの従弟の生活の面倒まで見ながら、この紫峰の一族を護り抜いたのだ。

 財政に関する事の他は誰に何を教わることもできず、頼るべき人もなく、ただ独力で学び、鍛え、自分を育て上げた。

 宗主がこの紫峰と子どもたちのためにどれほどの犠牲を払ってきたかはみんなが知っている。
 
 だから宗主が若いからといって宗主の言葉を蔑ろにするような者はこの紫峰には居らん。 
我々長老衆にとっても宗主は絶対的存在だ。 」

 城崎は改めて自分の一族について振り返った。
城崎の知っている限りではそんなにも大変な戦いをした人物は城崎の一族の中には思い当たらなかった。
逆に平和ボケの観があった。

 「きみの父上が顧みてくれないからといってきみが学べない理由にはならない。

 私が30年も眠っていたために、さっきも言ったように宗主は誰を導とすることもできず、ひとり紫峰の歩むべき道を模索し自らを律して生きてきたのだ。

愚痴を言っている暇に学びなさい。 きみもやがては長になる人だ。 」

 幼児期から青年期にかけてだなんて…普通なら大人に護られて過ごすはずの時期を宗主はどんな思いでひとり生きてきたのだろう。

 苦しくはなかったか…悲しくはなかったか?

 「俺はきっと宗主のような立派な生き方はできないでしょう。
お手本にはしたいけれど…あまりにも聖人のようで人間離れしていますから…。」

 城崎の応えに一左は笑った。

 「確かに…な。 だが宗主も人の子だよ。 
苦しいことも悲しいこともたくさんあったんだよ。 言わないだけでね。 」

 かさかさと音を立てて枝に残っている枯葉が舞い始めた。
まもなくやってくる本格的な冬の訪れを告げるように…。



 史朗の部屋の前で雅人は史朗の帰りを待っていた。 
バイト帰りのこの時間でも部屋にいないところを見ると、ひょっとしたら今夜は笙子のマンションへ行っているのかも知れない。
 あと10分だけ待って史朗が帰ってこなければ、雅人も次のバスで家に戻ろうと思っていた。

 バスの時間が迫った。そろそろ帰ろうかな…とエレベーターの前まで行った時、扉が開いて中から史朗が姿を現した。
史朗は驚いたように雅人を見た。

 「雅人くん。 来てたのか。 ずいぶん待ったかい?  」

史朗は慌てて鍵を開けると部屋に飛び込んで雅人のために暖房を入れた。

 「携帯入れてくれればできるだけ早く帰ってきたのに…寒かったろう? 
いまお茶を入れるから…。 そこ座ってて…汚れてるけど。 」

 「いいよ史朗さん…すぐ帰るから。 急に来たりしてごめん。 」

 雅人はそう言いながらカーペットの上に腰を下ろした。
史朗は温かい紅茶を入れて持って来てくれた。

 「少しは温まると思うよ。 風邪引かないといいけど…。 」

 雅人は礼を言って紅茶を飲んだ。胃袋まで温まっていくようで心地よかった。
人心地つくと雅人は昨日の出来事を話し始めた。

 「夕べ修さんが発作を起こした。 笙子さんの言ったとおりだった。」

史朗はえっ?と訊き返した。

 「僕…どこかで高を括ってた。 
写真や映画を見せられたくらいで発作なんて笙子さんは大袈裟なんだと思ってた。
 でも…本当だった。 吐き気なんて生易しいもんじゃないんだ。
顔色が真っ青で呼吸までひどく乱れて…そのまま倒れてしまうんじゃないかと思ったくらい。 」

 雅人は順を追って発作の様子を史朗に伝えた。
史朗は相槌を打ちながら真剣に話を聞いていた。
 
 「笙子さんにも連絡しなかったんだけれど、史朗さんの耳には入れておいた方がいいかなって思ったから…。 」

それを聞くと史朗はふっと笑った。

 「僕が修さんに発作が起こるようなとんでもないことをしないように…? 」

雅人は違う…というように首を横に振った。

 「そんなつもりじゃないんだ。
僕のようなお調子者はともかく、史朗さんは大丈夫だろうけれど一応ね…。」

それを聞いた史朗は探るような目で雅人の目を覗き見た。
 
 「雅人くん…ちょっとばかり不安だったろ。 
みんなの前では落ち着いて対処しているように見えるけれど…本当はどうしていいか分からなかったんだよね?
 よく堪えたね…。 」

史朗は雅人の気持ちを言い当てた。雅人は驚いたように史朗を見つめた。

 「思いがけないことって結構起きるものなんだよ。
他のことならきみもそんなに動揺はしなかったんだろうけど、修さんの発作じゃ心配の方が先に立つし…ね。 」

 意外にも落ち着いた態度で史朗は発作の話を受け止めた。
もっとうろたえるかと思っていたが、そうした様子は見受けられなかった。
 
 「平気なんだ…史朗さん。 見た目よりずっと男だね。 」

雅人の言葉に史朗は思わず噴き出した。

 「どういう意味かは分からないけど…仕事上突発事故に慣れているだけだ。
実際に仕事してるとね。 
 あってはならないことだけれど、それでも起こり得るというような事象を多々経験するんだ。
 だから僕は常に起こるかもしれない…じゃなくて必ず起こる…と想定して動く。
ちょっと悲しいことだけれど修さんのこともそう…。 」

少し寂しげに微笑んだ。

 「え~? だって史朗さんほどピュアな人はいないって僕ら思ってるのに…。」

雅人は気の抜けたような声を出した。

 「何を以ってピュアというのかは知らないけれど…僕の中にも打算はある。
勿論、修さんへの気持ちは本物だよ。  
優しくて思いやりがあって温かいあの人の在りように不満はないけれど…。

 だけど…正直言って修さんは怖ろしい人だ。 
いつ何時自分の中の鬼の一面を僕に向けてくるかも分からない。
鬼をかわすことを常に考えておかないと僕もつらいからね…。 」

心なしか史朗の声が震えていた。

 「時々、僕にも向けるよ…鬼の顔。 透には絶対向けない顔だ。
それでも僕はまだ肉親だから…史朗さんほどは深刻じゃないかもしれないけど。
あの仮面のような表情を向けられるとほんとぞっとする…。

 あ…でも修さんが史朗さんに惚れ込んでるのは事実だよ。
僕が修さんを襲うのは半分は史朗さんへのやきもち…後の半分は遊びだって修さんとっくに気付いてるもん。 」

史朗は可笑しそうに声を上げて笑った。

 「正直だね…きみは。 だから憎めないんだ。 
修さんは僕自身じゃなくて僕の祭祀の所作や舞いに惚れ込んでくれてるだけ…。
 僕がただの木田史朗で…華翁閑平じゃなかったら…修さんにとっては憎いだけの相手だもの。 」

 確かに雅人に笑い掛けているのに史朗の顔は悲しみに満ちていた。
残酷な告白が史朗の心をいつも責め苛んでいるのが分かった。

 「でもね。 僕は別に卑屈になってるわけじゃないよ。
だって仕事でも祭祀でも確かにあの人に認めてもらえるものがあるんだから…。
なんかね一端の男として認めてもらってるには違いないんだけど…複雑だよね。
矛盾してて笑える。 」

そういうところが修さんの頓珍漢なところで…と雅人は思った。

 「あ…もう行かなくちゃ最終がなくなっちゃう。 ごめんね史朗さん。
急に押しかけて…。 」

腕時計を見た雅人はそう言って立ち上がった。

 「雅人くん…送ってってあげるよ。 途中でなんか食べよう。
夕食まだなんだ…ってもうそんな時間じゃないんだけどさ。 」

史朗は壁に掛けてあった薄手のブルゾンを手に取った。

 「ご飯前だったの? 悪いことしちゃったなぁ…ほんとごめん。 」

 玄関を出ようとした所で史朗は急に立ち止まった。
何か食い入るように宙を見つめている。

 「今…紫峰家に何かが侵入しようとした。 でも何かに阻まれて入れない…。」

史朗はそう呟いた。

 「ええっ? だって史朗さん…祭祀の力以外は使えないんじゃなかったの? 」

 雅人は驚いて史朗を見た。
史朗は恐るべき祭祀の力と剣など物を操る力を持っていたが、透視能力やその他の力は持ち合わせていないはずだった。

 「でも…見えたんだよ。 すぐに行こう。 取り敢えず、車から本家に携帯してくれる? 」

 史朗が車を走らせる間に雅人は携帯で西野に侵入者の恐れがあるので注意するように伝えた。

 「何故だろう? 僕に見えるはずがないのに…。 」

 史朗はずっとそれを考えていた。
とにかくその場所へ行けばそこに残留思念が感じられるはず…。
はっきりと自分に感じられるのならそれは亡くなった人のものかもしれない。
あるいは生霊の…。

史朗は突然降って沸いたような力に何か不吉なものを感じていた…。




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