徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第十七話 心地よい眠り)

2005-10-18 22:02:10 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 透が大学の構内で声を掛けられた時、城崎は以前とは別人のようになっていた。
頭から栗イガがなくなり、髪色も黒くなり、服装も地味な配色で、一見しただけでは城崎とは分からないくらいの変わりようだった。

 「頼みがあるんだ…。 」

城崎は縋るように透を見た。

 「宗主に会わせて欲しい。 どうしても会わせて欲しい。
このままでは俺は何人を巻き添えにしてしまうか分からない…。 」

透はいったいそれは何の話…という顔で取り合わない振りをした。

 「俺もう限界…。 外に出るのが怖い…。
でもどうしてもきみに頼みたくて姿を変えてきたけど…。
 俺自身がどうのこうのじゃないんだ。これ以上他人を傷つけたくないんだ。 
お願い…取り次いで…。 」

城崎は懸命に頼んだ。しかし透の答えはすげないものだった。

 「犯人の中に能力者がいる可能性がある。もしそうなら姿を変えても無駄だよ。
すでに僕らも射程距離に入っているらしくて…決して安全な状態ではないんだ。
そういう時に大切な人を危険に晒すわけにはいかない。 」

 透たちが狙われる…? 城崎の衝撃は大きかった。 
何度か城崎を助けたことに犯人が気付いたとでも言うのか…?
馬鹿な…ちゃんと障壁を張っていたではないか?
それに相手が能力者なら俺が気付かぬはずが…? 
 
 目の前が急に真っ暗になり城崎は意識を失いかけた。
透が慌てて支えなければ彼は地面に倒れこんでいた。

 城崎の身体が病み衰えているのに気付いた透は、城崎が心身ともに本当に限界まで来ていることを知った。

 「こんなになるまでなぜ黙ってたんだ? 親父さんに相談しなかったのか?」

城崎をベンチに腰掛けさせながら透は訊ねた。

 「誰が…。 あいつは俺とお袋を蔑ろにして下品な女に入れあげた阿呆だ。
あいつに相談するくらいなら死んだ方がましだ。 」

城崎がそう罵った時雅人がやって来た。

 「誰があほだって? おっと城崎じゃないの。 その姿どうしちゃったわけ~?
なんか調子悪そうだな。 どれどれ…。 」

雅人は城崎の手を取った。全身がひどく消耗していた。

 「この頃あんまり寝てないし食ってないだろ。 お付きの警官どうしたんだよ?
姿見えないじゃん。 」

雅人はその辺を見回した。

 「撒いてきた。 これ以上怪我させたくないから…。 いい人なんだよ。
頼む…宗主に会わせてくれ。 」

城崎は懇願した。雅人と透は困ったように顔を見合わせた。

向こうの校舎の方から岬が駆けて来るのが見えた。

 「捜したよ…瀾くん。 勝手に消えちゃだめだ。 また襲われる可能性があるんだから。 」

俯いた城崎の頬を涙が伝った。

 「だからだよ…。 また襲われたら岬さんは俺を庇うでしょ。 
身代わりなんかにさせたくないよ。 あなたを死なせてまで生きなくていいよ。
俺の命なんかいいから…岬さん…もう護ったりしないで。 」

岬はそっと城崎の目線の高さまで屈むと城崎の目を見ながら微笑んだ。
 
 「優しい子だね…きみは…。 でもね…これが僕の仕事なんだよ。
大丈夫…死んだりしないよ。 約束する。 」

そう言うと岬は透と雅人にその場を離れるように目で合図した。

 「お迎えが来たようだから僕たちはこれで…どうやら睡眠不足と栄養不足で貧血おこしてるみたいだよ。 ちゃんと飯食えよ。 」

 そう言い残してふたりはその場を去った。
ふたりはそのまま学舎の二階へ上がり、岬が車を置いたと思われる道路沿いの歩道を空いている講義室の窓から見たが、ちょうど城崎と岬を乗せた車が出て行くところだった。
すぐ後から岬の車を追うように別の車が出て行った。
透はその車の運転席あたりからあの銃撃犯の気配を感知した。

 「うわ! 大変だ! 」

 透は思わず叫んだ。すぐに笙子に連絡を取った。
笙子は倉吉に緊急事態を告げ、倉吉は岬に後方車両への注意を促した。 
 
 

 倉吉から連絡を受けた岬は最初城崎に不安を与えないように黙っていたが、背後に迫る車が勢いを増してくると、安全性の面から知らせずにはいられなかった。

 「瀾くん。 いまこの車はやつに追われている。 
何が起こるか分からんから気をしっかり持って心構えだけはしておいて。 」

城崎は愕然とした。自分はまたこの人を巻き添えにしてしまうのか…。

 「僕のことは考えるな! 僕は大丈夫だから…。 」

 城崎の動揺を感じ取った岬は安心させるように言った。
ウィークデーとはいっても街中は人と車で溢れている。
 こんな交通量の多い市街地で何かが起これば即大事故に繋がってしまう。
岬はできるだけ郊外へ向かって車を走らせた。

 振り切っても振り切っても車はしつこく付きまとう。
追手は運転の腕前もかなりのものとみえ、岬の思う方向には逃れさせてくれない。
岬の車はいつしか公道を抜けて人気のない私有地へと追い込まれていった。 

 力を使うしかないのか…と岬は思った。
使えば追手だけでなく城崎にも分かってしまう。

 その時、追ってくる車の後ろから黒塗りの高級車が姿を現した。
突然の部外者の出現に焦ったのか追手の車はスピードをあげ、岬の車に接触を繰り返した。
 衝撃でハンドルを取られそうになるのを岬はなんとか堪えていたが、先の急カーブのところで道をはずれ窪地に滑り落ち、立ち木と接触して止まった。

 弾みで相手の車も窪地に飛び込んだ。
こちらは鼻先を大破したようだが、メカに異常はないらしく、そのまま道路へと這い上がり、事故に驚いて停車している高級車の脇を抜けてもと来た道へと猛スピードで走り去って行った。

 岬は急いでエンジンを止め、ぐったりしている城崎の様子を確かめてから、本部に連絡を入れた。
 

 黒い高級車の中から運転手が降りてきて岬に安否を訊ねた。
車の方に眼をやると中には上品そうな老紳士が乗っていた。
 岬にはそれが誰であるかすぐに分かった。この私有地の持ち主のひとり、紫峰家の隠居一左衛門だ。

 「家の御大がおふたりをお連れするようにと申しております。 」

 岬は倉吉が到着するまでは現場から離れるわけにはいかないが、城崎の具合が悪そうなので城崎だけ預けることにした。

 紫峰家なら城崎の身の安全は保障されたようなものだ。
運転手は気を失いかけている城崎を軽々と抱き上げると、黒塗りの高級車の方へと運んだ。
 老紳士が後に残る岬の方に顔を向けると岬は恭しく一礼した。
老紳士もまた軽く目礼した。
城崎を乗せた車はすぐその先の紫峰の屋敷を目指して走り出した。



 墨絵の襖で仕切られた青畳の部屋で城崎は目を覚ました。
知った顔が不安げに覗きこんでいた。頭の中がなんとなくまだぼーっとしていた。

 「隆ちゃんじゃないの…? ここ何処よ…?」

 「あ…眼を覚ましたね。 ここは紫峰の本家だよ。 気分はどう…? 」

隆平は心配そうに訊ねた。

 「いいような…悪いような…。」

 廊下らしき方向から透たちの声が聞こえた。
襖が開いて雅人が行平のようなものを運んできた。

 「やっぱり起きてる…。 そろそろかなと思ったんだ。 」

急に意識がはっきりしてきて城崎は慌てて起き上がった。

 「岬さんは? 岬さんは大丈夫? 」

 傍にいた隆平に掴みかかるようにして城崎は岬の安否を訊ねた。
隆平が口を開くより早く菓子パンを抱えた透が答えた。

 「大丈夫だよ。 倉吉って警察の人といま現場で調査中。 」

城崎はほっとしたように力を抜いた。

 「さて…城崎くんよ。 少し腹ごしらえをしようじゃないか?
夕食にはまだ間があるが…まあ…言ってみればおやつだな。 」

雅人は城崎のためにスープのようなものを注いでくれた。
 
 「さあ…ちゃんと食べないと宗主は会ってくれないぞ。 」

 躊躇う城崎を脅すように雅人は言った。
三人がじっと見守る中、城崎は少しずつスープを食べ始めた。
いったん口にするとと身体が要求するのか、思ったより楽に食べることが出来た。

見ていた三人はほっとしたように自分たちもパンをかじり始めた。

 「そう言えば…僕はどうやってここへ来たんだろう? 」

城崎が不思議そうに訊いた。

 「お祖父さまが偶然事故現場を通りかかったんだ。
岬さんは事故の処理があるので現場に残して、きみだけを連れて帰ってきた。 
 きみの状態を診て…無理に家へ帰すと症状が悪化するかもしれないから、しばらく預かっとけって言ってたよ。 」

隆平が説明した。

 「嬉しいけどそれはだめだ。 この家の人が巻き添えを食ってしまう。 」

城崎の表情が曇った。にやっと笑いながら三人は顔を見合わせた。

 「お祖父さまのお言葉なら、それはもとより覚悟の上の話だよ。
力を使ってもいいからきみを護れというご命令が下ったのさ。 
安心していていいよ。 最長老の許可があれば僕らも自由に動けるし戦える。」

 自分たちが能力者だと認めるような言葉を透は初めて口にした。
城崎は改めて紫峰家の意識の高さに驚かされた。

 「宗主は会って下さるだろうか? 」

不安げに城崎がそう呟くと隆平が宥めるように答えた。

 「宗主はまだ帰ってきてないんだ。 それ食べたらもう少し休んでて。
ちゃんと起こしてあげるからね。 」

 久しぶりにまともな食物を御腹に入れて城崎は少し落ち着いた気分になった。
言われるままに布団に潜り込むとやたら眠くなってきた。

 何日ぶりかで城崎は心地よい眠りの世界へと誘われた。

 うとうとし始めた城崎の掛け布団を隆平が掛けなおしてくれたのは覚えている。
その後宗主が帰ってきたと起こされるまで城崎は前後不覚に眠り続けた。





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