徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第十一話 寄生虫)

2005-10-08 16:54:30 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 それは一瞬の出来事だった。
ひとだかりの中をかき分けて救急隊員が到着するまでの間に、障壁を張ったふたりが城崎の命が途切れることのないように応急手当をして去って行った。

 『運がいいね。 心臓から外れてる。 まるで臓器の間を縫ってるみたいだ。』

 「あほ…はずしたんだ…そのくらいしかできんかったけどな。 」

 『止血したから…しばらくは大丈夫。 ごめんな…死なない程度の手当てで…。
神経や血管もゆっくり自己修復をさせているけど…ばれるとまずいから。』

 雅人と透はあっという間にその場から姿を消した。
誰もふたりには気付かなかった。

 救急車に乗せられた時、城崎はすでに気を失っていた。
気が付いた時にはすでに日付が変わっていた。
病室には両親が来ていたが、命に別状がないと分かると相変わらず小言ばかり言っていた。

 病院の外ではものすごい騒ぎになっていた。
事件を目撃した城崎が襲われて背中を刃物で刺されたという情報が飛び交い、報道陣が押し寄せていた。
 しばらく鳴りを潜めていた城崎がここへ来て再び目撃者から被害者に姿を変えて現れたのだ。取材チャンスを逃すまいと病院の周辺をすっかり固めていた。

 城崎の父親にはある程度の予知能力があったが、城崎は探知能力はあっても予知する能力にはあまり恵まれていなかった。
 危険を察知していながら目の前の囮に気を取られて背後の犯人に気が付かなかったとはお粗末だと父親からは貶された。

 雅人と透のお蔭であの世行きを免れたとはいえ、今度は当分ベッドで過ごすことになってしまい、自宅謹慎の方がまだましだったと心から嘆いた。



 城崎が襲われたことで城崎の証言にも少しは参考になるところがあるかもしれないと思い始めた警察は、再び城崎から情報を仕入れようとした。

 前の扱いに腹を立てていた城崎は倉吉以外の警察官は寄せ付けなかった。
囮になったハーフコートの男の人相や使われた車の車種、ナンバーは多分偽造されているとは思うが一応…倉吉にはすべてを語って聞かせた。

 前と同じように倉吉は真剣に城崎の話を聞いてくれた。
再び襲われる可能性があるからと今度は護衛を置いていってくれた。
 柔道参段だというこの若い警察官はどうやら城崎をほら吹き青年とは見ていないようだった。
警官の中にも城崎を色眼鏡で見ない人がいるのだと思うとなんとなく嬉しかった。
倉吉もこの若い警官も城崎と同じ能力者であることを知る由もなく…。 



 紫峰家の使者として鈴のその後の様子を見に行った史朗の知らせで、鈴が入院したと知った修と雅人は急ぎ病院へ駆けつけた。

 鈴はひとり部屋のベッドの上でぼんやり天井を見つめていた。
修と雅人が現れた時、急いで起き上がろうとするのを慌ててふたりが止めた。

 切迫流産で子どもが助かるかどうかまだ分からないと言われていた。
子どもがおりてしまわないように24時間毎日点滴をしながらじっと寝ているしかない。
このまま安定するまで気の遠くなるような時間を過ごすのだという。

 健康体でありながら御腹の子どもを護るために動けないなどということは、修や雅人には想像を絶する状況だった。

 「つわりもあるので今はあんまり食べられないんですけど、でもまあまあ元気ですから。」

そう言って鈴はにっこり笑った。

 「いつまでこうしてなきゃいけないの? 」

雅人は心配そうに訊いた。

 「たいていは五ヶ月くらいまでなんですけど…ずっとこのままの人もいるらしいです。 しんどいですねえ。 うふふ。 」

 鈴はつらい顔は見せなかった。
産むと決心してくれたのは嬉しいが、あまりにも大変そうで雅人は気が気ではなかった。

 「私ねえ…雅人さん。 降ろすつもりでした…。 
でも流産しかかってると聞いたら…なんだかこの子が可哀想になって…。
宗主のお子の生まれ変わりかも知れない…。 そんな気がして。
そうだったら絶対死なしたらいけないと…。」

修は驚いたように鈴を見た。

 「そう思ったら吹っ切れました。 出来るだけがんばって見ますけど…。
どうしてもだめだったら堪忍してくださいな。 」

 鈴は微笑みながら雅人と修をかわるがわる見つめた。
ふたりともただ大事にしてくれ…と月並みな事しか言えなかった。



 鈴のことで大失敗をした長老衆は怒りの矛先を、同族でもないのに使者を務めた史朗に向け始めた。
 史朗の存在が修たち夫婦の邪魔になっているとか、さんざん世話になっておきながら修の信頼を裏切ったとか批難の手紙や嫌味な電話が史朗を苦しめるようになった。

 心優しく親切なふたりに集る蛆虫…寄生虫…恩知らず…そんな暴言が飛び交い、史朗の胸を痛めつけた。

 他人に言われなくてもそのことに一番心を痛めているのは史朗自身で、いつもいつも修には申し訳ないと思いながら誠心誠意尽くしてきたつもりだった。
 笙子の会社を成長させることが、自分をアルバイト時代から支えてくれて、一人前に育ててくれたふたりの恩に報いる道だと考えて粉骨砕身働いてきた。

 だけれどもさんざんに人から言われてみると、やっぱり自分はふたりの傍にいるべきではないと思えてきた。
 史朗の存在がふたりを普通じゃない生活に引き込んでいるようで、何もかもが史朗のせいで歪んでしまっているように感じられた。 
 
 修や笙子が史朗を家族として迎え入れようとしていることなど知る由もなく、悩んだ史朗はついに会社をやめてふたりの前から消える決心をした。



 笙子が泣きながら修に電話してきたのはそれから間もなくのことだった。
史朗から別れ話を持ち出されたと笙子らしくもなくうろたえ、冗談も言えないほどに落ち込んでいた。

 修にとっても寝耳に水だったが、史朗がそこまで追い詰められた理由にはすぐに思い当たった。
 絶対にやつらの思い通りにはさせん。笙子の大切な夢を壊されてたまるか。
笙子を苦しめるやつらは僕が叩き潰してやる。
 
 修はすぐに史朗を訪ねた。
史朗のマンションの呼び鈴を押すのももどかしく、史朗がドアを開けると否も応もなく部屋に上がりこんだ。
 大柄な修が史朗を壁に押し付けるようにして迫ると、その勢いで史朗は壁に背をぶつけ一瞬息もできないくらいに圧迫された。

 「笙子を泣かしたら殺すと言った筈だ。 」

 以前史朗を凍りつかせた修の仮面のような固い表情が再び史朗に襲い掛かった。
えぐるような冷たい視線が史朗を射抜くように思われた。

 「笙子は病気だ…。 子どもの頃に受けた心の傷がもとであの身体が自分のものとは思えなくなっている。 

 だから浮気を繰り返して心と体の一致する瞬間を捜しているんだ。
でも誰からもその瞬間を得られない。 僕でさえ与えてやれない…。

 ところがきみだけはなぜかそれが出来る。
ほんの一瞬の手応えが笙子にはものすごく重要なんだ。 

 悔しくて憎らしくていっそきみを殺してしまいたいほどだけれど、笙子の心が救われるなら僕の気持ちがどうあろうとどうでもいい。

 笙子が笑って馬鹿なジョークのひとつも飛ばしていてくれるなら、僕の胸が引き裂かれたって構わないんだ。」

 史朗にとってそれは初めて聞く修の本音だった。
やはり…修さんは僕を憎んでいる。それを知った瞬間涙が頬を伝った。

 ずっとそれを怖れていた。
修の口から憎いというその言葉が語られるその時を。

 「殺してください…あなたの手で…僕はそれだけのことをしてきました…。 」

 史朗は涙声で呟いた。
心を苛まれている史朗の声を聞くと、修は自分の中にどうしようもない甘い感情が沸いてくるのを抑えることができなかった。

 その感情は修が透たちを育てていた頃によく味わったものに似ていた。
腹を立てている自分の前で子どもたちが心痛めているのを見ると、どうしても怒り続けることが出来なくなる。
親が子どもに抱くであろう感情に何処となく似ていた。…勿論似て異なるものではあったけれど…。

 「僕のことは気にするなと言っただろう…。 」
   
修の顔に表情が戻った。少しだけ口調が穏やかになった。
  
 「有能な仕事上のパートナーとしてのきみだけが必要なわけじゃない。
きみという人間が丸ごと必要なんだ。 」

史朗は俯いて恐る恐る訊ねた。。

 「僕は…寄生虫じゃない。 
おふたりに集る蛆虫じゃないと信じていいのですか…? 」

 「誰がそんなことを…。 

きみは誰よりも働き者で…誰よりも役に立ってくれている。 
寄生虫なんかであるわけがない。 

可哀想に…それで出て行こうとしたのか? 」

修は史朗の肩を押さえ込んでいる両手を離した。
 
 「いいえ…これ以上あなたに憎まれたくないと…そう思ったから…。 
あなたの本音に気付いていないわけでは…ありませんでした。 」 

溜息がひとつ史朗の唇から漏れた。
 
 「それでも僕の我儘な想いに答えてくださった。 
修さんの中の樹の心が僕の中の華翁の心に答えたのだと…そう思っていました。
きっと修さん自身は憎い僕などに触れたくもなかったに違いないと…。 
だけど十分僕は嬉しかった…。 」

切ない笑みが史朗の口許に浮かんだ

 「違う…。 それは思い過ごしだ。 
きみに嫉妬し憎む心は確かにあるし、それは僕の中からは絶対に消えないだろう。
 だけどきみのことが好きでずっと傍に置いておきたい気持ちも消えないんだ。
ごめん…確かに僕は笙子を愛するようにはきみを愛せないけど…。 」

 何を言われたのかすぐにはピンと来ずに史朗は目をぱちくりさせた。
やがて史朗の顔が真っ赤に染まった。

 「傍に…いてくれないかな? 僕と笙子の傍で…僕らを支えてくれないか?
笙子のためになんてごまかしは言わない。
どうしてもきみを嫌いになれない僕のために…。 」

 修が史朗の目を覗き込んだ。史朗ははっきり頷いた。
他人が史朗をどう貶そうと批難しようと、ふたりが心から史朗を必要としてくれるならそれが何だというのか。
 
 「有難う…。きみに酷いことを言ったやつらは僕が必ず黙らせてやるから。」

修はほっとしたように笑みを浮かべた。

 「いいんです…。 誰になに言われても構いません。 
修さんのお気持ちさえ分かればそれで…。 」

 修の心の中に史朗への憎しみが生涯消えずにあったとしても、好きだから傍にいてくれ…と言ってくれたことには変わりない。
 笙子のようにとは…女性を愛するようにということなのか、それとも笙子ほどにはということなのかは分からないが、それももうどちらでもいい。

 孤独な史朗にとって誰かに必要とされ愛されることは何物にも代え難い幸せだ。少々ほろ苦い幸せではあるけれど…。
史朗は修と笙子の傍で修と笙子のために生きていこうと決めた。

 ふたりにはこれまで同様誠心誠意尽くしていく…がもはや紫峰の一族にも藤宮の一族にも遠慮はしない。
 もう誰にも寄生虫と言われることのないようにその存在価値を他人にもはっきり示していこうと考えていた。


 
 

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