徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第十六話 誰もいない夜)

2005-10-17 12:53:24 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 眠りに入ろうとしている修の横顔をぼんやり見ていた雅人は突然史朗のことを思い浮かべた。

 「史朗さんの子孫繁栄の舞いが効いたんじゃない? 笙子さんの赤ちゃんさ。
史朗さん綺麗だったよね…。 修さんが惚れこんだだけのことはあった…。 」

 菊の鑑賞会で史朗の披露した鬼母川の舞い『実り』は結構霊験灼からしく、その後、修夫婦だけでなく彰久や他の何組かの夫婦に朗報を齎した。
 本当はそれ以前にすでに妊娠していた夫婦が多かったのだが、偶然とはいえ縁起がよいというので、日頃どこそこの舞いの会のスポンサーなどをしている長老衆はますます史朗の舞いが気に入ったようだった。

 「そうだな…。 史朗の所作は花の舞を見るようで心惹かれる。
清廉な白梅であったり、可憐な林檎の花であったり、妖艶な桜であったり…ね。」

とても眠りかけていたとは思えない修の返事だった。

 「大変な惚れ込みようだね。 よくそこまで形容するよ。 
で…花の精を可愛がったご感想は…?  」

わざとぶっきらぼうに雅人は訊いた。

 「なんだそれ…? やきもちか…? 
おまえも史朗も笙子には敵いません…と言っておこうかな。 」
 
修は苦笑しながら答えた。

 「答えになってないよ。 ごまかさないでくれる? 
あなたにとっては単なるお遊びでも、僕らはふたりとも真剣なんだから…。」

 不満げな顔を向けて雅人は修を見た。
修は溜息をついた。

 「ごめんな…雅人。 
別に遊びとは思っていないし…僕なりに真剣なつもりではいるんだよ。
それでも僕は越えられないものは越えられない。
 
 おまえが相手でも史朗が相手でもそれは変わらない。
僕自身が受け入れられるところまでしか愛してはやれないんだよ。

 でないと…また発作がぶり返す。 トイレ直行の…カエルさんが…さ。
結構…つらいんだぜ…。 」

 修は雅人に誤解されて悲しげな表情を浮かべた。
雅人も笙子から修の発作の症状については聞いていた。
 雅人や史朗が何れ修と問題を起こしそうだな…と勘を働かせた笙子が、前もってふたりに注意すべきことを教えてくれていた。
 発作は相手が男であるか女であるかに関わらず、行為そのものが修の嫌悪を刺激するかしないかによるという。
 
 笙子と映画を見に行った時に、笙子にはそうは思えないが修にとっては過激な場面に出くわして、とても映画どころではなくなりトイレへ飛び込んだことがある。
精神的なものなので笙子の治療でもその具合の悪さはなかなか治まらない。
 そう言えば修は映画館へは行こうとはしない。
見たい映画はDVDで済ませている。家で鑑賞する分には気分が悪くなってもすぐにやめればいいだけのことだから。
  
 「あのさ…僕も史朗さんも修さんの愛し方には不満はないよ。
でも…修さんはどう見ても史朗さんの方に積極的なんだよね。 」

くすくすっと修は笑った。 やっぱりやきもちだ…。

 「だっておまえは今だって平気で僕のベッドに入り込んでるじゃないか。
いつでも好きな時に僕を捕まえて好きなように僕に迫るだろう?

 史朗は自分からはほとんど何も言わない…こちらが気付いてやらなければずっと黙ったまま…。 」

ま…そりゃあそうだけれど…と雅人は心の中で言った。

 「それに…どうしたって僕にとってはおまえは血の繋がった肉親だもの。
どれほど愛しく思ってもどこかで性的には冷めた部分があるよ。
従兄弟だと知らずにいた訳じゃないし…むしろいつも肉親として近い存在だった。
おまえもそれは感じているはずだ。 それでも史朗と張り合ってるんだろう? 」

図星だ…ゲーム感覚でいるのは自分の方だ…と雅人は思った。

 「史朗はさ…僕の中に史朗に対する愛情と憎悪が入り乱れてあるということを知っている。
 その上で健気にも愛情を向けて貰えるその瞬間を待っているんだ。
どれほど憎まれていようと愛を得られるその一瞬があればいいと考えている。 」

 「酷いよ…それ。 修さん…史朗さんに憎いと言ったの? 
笙子さんのことがあるから? あんなにあなたのことを純粋に慕っている人に?」

 雅人は思いがけない修の言葉に驚いた。
修に鬼と仏の二面性があることは前々から知っていたが、よほどのことがなければ鬼の方はめったに外には現れなかった。
それなのに史朗のような心優しい人になぜそんな悲しい思いをさせたのだろう。
 
 「ずっと傍においておくなら僕の本音を教えておいた方が本人のためさ。
僕の本心を知って史朗は肝を据えたよ。 僕はそんな史朗の心根にできるだけ応えてやりたい。
 おまえから見ると僕のそういう気持ちが史朗の方により積極的なように感じられるんだろうな。 」

修の話を遮るように雅人は唐突に話し出した。

 「いいんだよ。 僕に気を使わなくても…。 好きなくせに。
あなたの腕の中のあの人を見れば誰だって分かるよ。
憎らしいくらい幸せそうでさ。

 僕も透も最初は滑稽な姿を想像してたんだ。
いくら史朗さんの舞い姿が美しくても所詮男だもの、あなたに愛される姿はきっとグロくて笑えるだろうってね。

 でも…僕らは息を呑んだよ。 
女性とも男性ともつかないあの時のあの人の姿が本当に綺麗で…。

 普段のあの人の様子からは信じられなかった。
だって史朗さんは目鼻立ちは整っているけど普通のお兄さんだもんね。 」

修は驚いたように雅人を見つめた。

 「また…覗いてたね。 まったく油断も隙もないな。  」

にやっと笑いながら雅人は修に身を寄せた。

 「まあ…僕とのゲームはグロくて見られたもんじゃないかもね。 」

 「あのな…見世物じゃないんだからな。 だいたいおまえは…」

 雅人の唇が修の言葉を封じた。
その夜の主導権は完全に雅人が奪い取った。



 屋敷の中のそれも自分の部屋に閉じ籠ったきり城崎はほとんど外に出てこようとはしなかった。
 集団で襲い掛かられた時も、刃物で刺された時もこれほどの恐怖を味わったことはなかった。
 自分が狙われて自分が殺されるならば、それは今まで城崎が誰に忠告されても行動を改めなかったせいで誰にも文句は言えない。 
自分が招いた結果だ。

 だが今回は他人に怪我を負わせてしまった。
警察官岬としては当たり前の行動をとっただけとは言え、自分が外出などしなければ起こり得ないことだったのだ。

 銃で撃たれるなんて…下手をすれば死んでいた。
そうなっていたら自分はなんと言って詫びればいいのだろう。
詫びて済む問題じゃない。 岬にも家族がいるはずだ…。

 『自分自身をさえ持て余しながら、関わってしまった人たちをどうやって護っていくつもりなの…? 』

 城崎の中でまた紫峰宗主の言葉が繰り返された。   
自分はただ護られているだけで誰を護ることもできない。
それなのに自分に関わった人たちをどんどん危険な目に遭わせていく。

どうしたらいい…どうしたらいい…?

城崎はひとり追い詰められた。

 透はマスコミと縁を切って普通の学生に戻れと言っていた。
しかしこれほど世間を騒がせてしまうと、こちらがさようならと言ってもそう簡単に解放してくれるはずもない。
報道する側にとっては恰好の取材対象だ。

 どうしよう…どうしよう…。

 父に相談するのは絶対に嫌だ。
それにこの家の持つ力を考えれば相談したところで事態は変わらない。
確かにいろいろな力を持ってはいてもひとつひとつがそれほどのレベルじゃない。

 あの紫峰の宗主の持つこちらが圧迫されるほどの強大な力がなければ、もはや小手先のことでは何ひとつ変えることが出来ないのだ。

 会いたい…と城崎は思った。
紫峰宗主がどんな姿形をしていたかはまるで覚えていない。
会話だけが記憶に残っている。

 右にも左にも動けなくなった自分を見て宗主はなんと言うだろうか?
厳しく叱責するだろうか?
ざまはないと嘲笑するだろうか?

 何でもいい。
俺に何か話して…。
笑っても怒っても何でもいいから…。
もう何も考えられない。

 新しい警官が護衛に来るのだろうか?
また怪我をさせたらどうしよう?

 怖いよ…怖いよ…。

頭から布団を被ってさえ身体中を震えが襲う。

 『きみにはそうした人々を護り通さなければならない責任があるんだよ…。』

宗主の言葉が頭の中を駆け巡る。

 「助けて…助けてください…。 」

城崎は宗主に届くはずもない願いを口にした。

 泣いても叫んでもここからでは届かない。
どうしよう…。
何処へ行けば…どうすればあの人に会えるだろう。

 紫峰の三人組に頼めば通じるだろうか?
彼らは伝えてくれるだろうか?

 それには…大学へ行かなければ…彼らに会わなければ…。
でもこの家から出た途端にまた襲われたら誰かまた傷つけてしまうかも…。

怯えきった城崎にはなかなかその一歩が踏み出せなかった。

 誰にも会わず、部屋に閉じ籠ったままで、眠ることも食べることもほとんど出来なかった。
 自分の身代わりに警官に怪我をさせたことで、自分自身の心まで怪我を負わせた城崎はまるで重病人のようにベッドから出ることさえ儘ならなくなった。
憔悴しきった城崎はただ人形のようにそこに置かれてあるだけの存在だった。

それは岬が戻ってきて元気な姿を見せるまで続いた。




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