徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第八話 誰の子?)

2005-10-03 21:58:32 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 勝手な思い込みがとんでもない事態を引き起こすということは間々あることだ。
修としてはちゃんとした指導を受けていない城崎に、自らの言動に責任を持ち、軽はずみなことは慎むように忠告しただけのつもりだった。

 ところが城崎にしてみれば修は怪物と思しき存在に感じられたらしく、その怪物から紫峰に関わるなと脅迫されたように受け取ってしまった。

 それ以来、透たちにも接触することはなく、城崎が危険な目に遭った経緯からグループも解散して単独で行動するようになった。

 城崎が常に単独行動するようになったことで紫峰も藤宮も警戒を解いた。
ただし監視を付けておき、注意だけは怠らなかった。

 特に紫峰では使用人だった男の孫らしき古村静香という女学生が城崎のグループに関わっていたという事実を重く見ていた。

 普通の使用人に関しては、退職の時に紫峰家に勤めていたという記憶以外は消すことになっていたのだが、義三はどうやら記憶を消されないままだったらしく、孫娘に紫峰家での思い出話をしてしまったものと考えられた。

 修が立て直すまでの紫峰家の暗黒の30年ほどの間にこのような手抜かりがあったとすれば、その間どのくらいの人数の使用人が退職したかは生き字引のはるの記憶に頼るしかなく、西野にも今更どの程度の修復が可能かを予測することはできなかった。

 

 前期試験が終わったというのに真貴にも会えず、大学とバイトの他は真っ直ぐ帰宅というまさに模範的な生活を余儀無くされていた雅人は、デートじゃなきゃ問題なかろうというので友達と寄り道をしていつもより遅めのバスを待っていた。
 
バスが来る前に別の車が止まった。史朗の車だった。

 「居た居た…。 捜したよ。 雅人くん。 早く乗って。 」

中から史朗が声をかけた。
雅人は何事かと思ったが言われるままに助手席に座った。
史朗は車を出した。

 「鈴さん…どうもおめでたみたいなんだ…。 
まだ確認したわけじゃないけど、だから…いま笙子さんが屋敷に向かってる。」

 史朗は淡々と話した。
雅人は一瞬驚いたように眼を見開いた。

 「そう…それで…知らせに来てくれたんだ。  」

動揺することもなく雅人は言った。

 「何となく…きみのような気がして…。 きみは修さん似だし…。
鈴さんが選ぶならきみかなと…。 誘惑された? 」

 史朗は鈴と雅人の年の差がからそんなふうに考えた。
雅人は苦笑した。

 「まさか。 成り行きだ…。 誘惑なんて僕には通じないよ…。
そうか…僕がまだ19だから鈴さんが悪く言われちゃうのか…。 」

 鈴は雅人より八つほど年上になる。
鈴の置かれている状況からも成人前の雅人を誑し込んだ悪女の如く、みんなから責められるのは間違いない。

 雅人は責められても何も言えない鈴の立場を考えると可哀想で早く傍に行ってやりたかった。



 紫峰家の奥座敷ではいつもと違って笙子が上座に座っていた。
笙子のすぐ脇にはいつでも奥さまのお役に立てるようにとはるが控えており、笙子の真向かいには鈴がいた。
鈴は緊張して縮こまっていた。

 「これはとても大事なことなのよ。 正直に答えてもらわないと困るの。
はるさん。 説明してあげて…。 」

 はるが奥さまに一礼して鈴のほうに向いた。

 「お子のお父上がどなたであるかによって、紫峰家では昔からの決まりごとによりその扱いが異なってまいります。 

 透さまは宗主の後継とはいえ、ご両親とも本家の方ではございません。
隆平さまも外から入られた方ですから、このおふたりのお子であれば、お産みになるもよし、始末なさるもよし、鈴さんのご自由になさってよろしゅうございます。
 
 雅人さまは育ったところは外ではあっても、お父上が本家の方ですから当然、いまの宗主兼当主であられる修さまに次ぐ継承権をお持ちなのです。
 従って、お子は将来当主になられる可能性があるため、どうしてもお産みになっていただかなくてはなりません。 」

鈴は首を横に振った。

 「私…産むつもりはありません。 」

 笙子は溜息をついた。さすがの笙子もお手上げ状態だった。
頑固にも鈴は相手のことは一言も話そうとしない。心の中を読もうと思えば読める笙子だが、この件に関してはそんなことはしたくなかった。

 襖が開いて修が入ってきた。その後に雅人が続いた。
鈴は少しうろたえた。
史朗はその場を遠慮しようとしたが、第三者として立ち会うように言われた。
座が落ち着くと修が訊いた。

 「さて…雅人。 鈴さんがなかなか話してくれないのでおまえに聞くが、確かに覚えがあるのだな? 」

 「はい。 間違いなく僕の子です。 それしか考えられません。 」

修の問いに雅人ははっきりとそう答えた。

 「そうか…。 で…おまえとしてはどうするつもりだ? 」

 「鈴さんの気持ち次第です。 僕には何も言う権利はありません。 
結婚でも金銭でも望まれればそのとおりにいたします。」

 年下の雅人がすべての責任を引っ被るつもりでいるのに気付いて、鈴はますますうろたえた。そんなこと望んではいないのよ…と喉まで出かかった。

 「雅人くん。 鈴さんは八つも年上なの。 どう考えても未成年のあなたよりは道理が分かっているはずよ。 何もかも引っ被る必要は無いわ。 ねえ? 」

笙子は少し困惑気味ではるに同意を求めた。はるも慌てて頷いた。

 「そうでございますとも。 ひとつ屋根の下にお暮らしですから年上の女性についふらふらということも考えられることでございます。

雅人さまには真貴さまもおられることですし…。ここはよくご考慮なさって…。」

 笙子もはるも心のどこかで鈴が雅人を誘惑したのではないかと疑っている。
振り返ってくれない宗主への腹いせか、それとも単なる欲求不満か、原因は何であれ鈴のせいにしておいて雅人の立場を護ろうと必死だ。
何れにせよ、このままでは周りの大人たちはみな結託して鈴を責めるに違いない。

 これは成り行きで決してどちらがどうということではないのだと雅人は言いたかった。

 「おぼこい鈴さんに誘惑されるほど俺は幼い坊やじゃないんだよ。 」

 雅人は突然、今までの好青年振りから態度をがらりと変えた。
修以外の者は唖然として雅人を見た。

 「雅人! 」

 修は黙っていろというように雅人に一瞥をくれた。
だが雅人はそれを無視した。
 
 「13の齢からホストやってたんだ。 女に関しちゃ素人じゃない。
その辺の坊やと一緒にしてもらっちゃ困るぜ。

 50を越えた小母さん連中に身体売ってたこともある。
お嬢さん育ちの鈴さんごときに誑かされやしないっての。 」

 雅人のあまりの豹変振りに笙子たちは言葉を失った。
それでも雅人が思うほど雅人の優しさを知らないわけでもなかった。
鈴を救うために雅人が晒した過去の傷跡から、真新しい血がどくどくと流れ出るのをその場の誰もが感じ取った。

 「申しわけございません。私が黙っていたために雅人さんのつらい過去を…。
結婚なんて考えてないしお金も欲しくありません。
成り行きでできてしまった望まない子を産みたくないだけなんです。 」

鈴が雅人の気持ちに応える為に思い切って本当のことを口にした。

修は大きく溜息をついて雅人のために少しだけ事情を付け加えた。

 「雅人のことは僕にも責任がある。 母親が病気で急な金がいるのに僕が不在で頼る人がいなかったんだ。 
毎月送っている生活費だけではやっていけなくて…。
 
 雅人…鈴さんは産みたくないそうだ。  」

分かってる…というように雅人は頷いて言った。

 「子どもは欲しい。 欲しいけど無理は言えない。 
鈴さんが僕の子じゃ産みたくないって言うなら仕方ないよ。 」

紫峰の生き字引であるはるは慌てた。

 「旦那さま…。 雅人さまのお子は大切な継承者のひとり。 是が非にも…。」 
 「産む権利も産まぬ権利も鈴さんにある。 こちらの都合で勝手を言うな。
鈴さんの身体は紫峰の道具ではない。 

 鈴さん…聞いてのとおりだ。 きみの好きにしてくれてかまわないよ。 」

 鈴の表情が少し明るくなった。
笙子が不満げな目で修を睨んだが、修はそれに笑みを以って返した。

 「ただね…ことは子どもの命に関わることだ。 ふたりでよく話し合ってご覧。

 勿論、結婚は考えなくていい。 
好きでもない相手と無理に結婚して育てても、多分その子の幸せにはならない。
 
 雅人がその子を欲しがってるし、できれば僕もその子が欲しい。
万が一その子の命だけでも助けてくれるなら産んでくれるなら紫峰家で引き取る。

 これは紫峰家の都合で言ってるんじゃないよ。 
きみにはきれいごとに聞こえるかもしれないが…。
鈴さん…僕らは子どもを亡くしたばかりで…その命がもったいなくてね。 」

 修のその言葉に笙子は胸が痛んだ。笙子の傷も癒えていないが、修もまだ子どもの死を悲しんでいる。普段は見せ合うこともないその傷が、思いがけずこんなところで疼き出した。

 鈴も黙って頷いた。
 
 「史朗ちゃん。 きみに頼みがある…。 
雅人と鈴さんの話し合いがついたら、鈴さんの身体のことも心配だからいったん実家へ帰らせる。
 きみは紫峰家の使者として事実だけを鈴さんの親御さんに伝えてくれないか?
きみなら偏見がないから安心して任せられる。 
長老衆じゃ親御さんも何を言われるか分かったもんじゃないからな。 」
 
 修は他家の史朗に重要な使者の仕事を頼んだ。
そのことでさえもはるは前代未聞と考えた。

 史朗は快く引き受けた。
史朗には修が少しずつ古い慣習を崩し始めたのが分かった。

 気の遠くなるような作業だがおそらく修なら遣り通す。 
ならば自分に出来るだけの手伝いをさせてもらおう。

そんなふうに史朗は思った。






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