徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第十二話 父親)

2005-10-10 21:36:57 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 医師が驚くほどのスピードで回復している城崎はすでに病院のベッドの上でじっとしている気がせず、広い病院内をうろうろと歩き回っていた。
 若い警官は城崎の後をついて廻っていたが、気まぐれな城崎の動きについはぐれてしまうことがあった。
 城崎は巧く撒いたとほくそ笑んだりしていたが、何分もしないうちに簡単に追いつかれた。
 何度試しても必ず追いつかれ、時には先回りしているのではないかと思われるようなこともあった。
 
 「お巡りさん。 ほんと勘がいいね。 これじゃ俺絶対逃げられんわ。 」

城崎が感心したように言うと警官は可笑しそうに笑った。

 「そうか? 僕らは訓練してるから素人よりは勘が働くかもねえ。 」

 若い警官は時々倉吉と連絡を取り合っているらしく、城崎が病室にいる時にはほんの数分だけ姿を消すこともあった。

警官が出かけている隙に雅人と透が様子を見に来た。

 「元気そうでよかった。 心配してたんだぜ。 」

透が安心したように言った。

 「まじ退屈でたまんねえ。 監視付きだし。 わざわざ来てくれたのか? 」

城崎が訊くと雅人が意味ありげににやっと笑った。

 「この病院にさ。 ちょっとわけありが入院してんだよ。 
その見舞いの帰りに寄ってみたんだ。 」

 「こいつさ…来年パパになるかもしれないんだ。 」

 透が呆れたように肩をすくめて言った。
城崎はえっ?と思った。

 「あのさ。 それって透くんのいとこのこと? 」

 「とんでもない。 いつの間にか年上のお姉さまとできてやんの。 
そんでもって僕のいとことも別れる気なんかないんだぜ。 」

 雅人はまたにやっと笑った。
城崎は唖然とした。
こいつってそんなにもてんの…? 確かに背は高いけどさあ。
金もあるし…頭もいいけど…。 面もまあ俺よりは多少落ちるけど…そこそこ。

 「なにひとりでぶつぶつ言ってんだよ。 取り敢えず安心したから帰るな。
もう警官が戻ってくるだろうし。 」

雅人がそう言うとはっとしたように城崎はうんと頷いた。

 「ああ…有難うな。 宗主によろしく伝えてくれ。 覚えてねえけど。 」

透たちと入れ違いに警官が戻ってきた。

 「あれ…誰か来てたの? 」

勘のいい警官が訊ねた。

 「うん。大学の友だちが知り合いの見舞いに来たついでに寄ってくれたんだ。」

ふうん…と警官は何か思い当たる事でもあるかのように頷いた。

 透たちが城崎の見舞いに行ったことは、すぐに笙子から修の耳に届いた。
倉吉の配下の警官は透と雅人が城崎と同じ大学に通っていることを情報として知っていたし、以前に紫峰家と藤宮家の子どもたちに城崎が勧誘を試みていたことも知っていた。
何かことが起こってからでは遅いと思った警官は倉吉を通じて早々に笙子に連絡してきたのだった。

 「まあ大学の学友という立場からすれば見舞いに行くなとは言わないが、よくよく行動には気を付けるんだぞ。 」

 修は透と雅人にそう注意した。勿論ふたりはそのつもりでいた。
病院では必ず障壁を張って誰にも気付かれないようにしていたし、大学でもどこでも決して誰にも城崎についての話はしなかった。
 巻き添えを食わすといけないのでふたりが城崎を助けたり、見舞いに行ったりしていることは藤宮の悟たちにさえ話さなかった。




 城崎の実家とは西野が思いがけず城崎の父親と会話を交わしてからも接触らしい接触はしなかった。
 修が城崎の父親の息子に対する甘い指導の仕方に不快感を覚えたこともあるが、その必要性を特に感じなかったというのが本当のところだった。
城崎の実家側からも別段近づいて来ようとする気配はなかった。

 ところが事件が起きてから突然、城崎の父親の方から紫峰の宗主に目通りを願いたいと申し込んできた。
 他家の当主がわざわざ下手に出て申し入れてきたものを断る理由もなく、修は快くそれを受けた。

 約束の日城崎の父親はまるで身分の高い人に目通るかの如く正装して現れた。
修も略式ながら宗主として和服で出迎えた。
 初めて城崎と会った時とは異なって優しそうなお兄さんではなく、いかにも宗主らしい鷹揚な態度で臨んだ。

 城崎の父親はこの紫峰の屋敷に一歩足を踏み入れた瞬間から凄まじい力の存在を感じ取っていたが、家というのはその物自体にも力が宿るものだし、大勢の人が住まうこのような大家の中ではそのエネルギーが集合体として感じられることもあるため、それほど意に介してはいなかった。

 修と対峙し挨拶を始めた時にさえ、自分がどれほどの相手と向かい合っているのかなどということは考えてはいなかった。
 修の傍に控えている西野にも軽く会釈をした後、謹んで口上を述べ始めた。

 「ご尊顔を拝し誠に光栄に存じ上げ奉ります。
このたびは急な申し入れにも拘らず、お時間を頂戴仕りまして誠に有難く…」

 「城崎さん。 ご丁寧な挨拶痛み入りますが、宜しければもう少しお気楽に。 
私もその方が話し易い。 」  

 取り敢えずは失礼のないようにと思った城崎だが、修にそう促されて必要以上に畏まるのをそれまでにとどめおいた。

 「宗主…このたびはうちの息子の命を二度までも救って頂き、お礼の申し上げようもございません。
 また…ご家族さま方には何度もご迷惑をお掛け致し、心より申し訳なくお詫び申し上げます。

 もっと早くお礼とお詫びに伺うつもりでしたが、かえってご迷惑かとも思い控えておりました。
 
 これはほんのお口汚しではございますが、城崎の気持ちとお察し頂き、どうかご笑納くださいますように…。 」

 城崎の後ろに控えている男が風呂敷で丁寧に包まれた菓子折りのようなものから風呂敷を解いて、傍に控えている西野の方へと一礼して渡した。

 西野はそれを謹んで受け取り、修の方へと渡そうとした。

 「慶太郎…お気持ちだけ頂戴する。 お返し致せ。
城崎さん。 かようなお心遣いは無用にして頂きたく存じます。 」

 城崎は驚いたように修の顔を見た。修の目に薄らと侮蔑の色が浮かんでいた。
何か手落ちでもあったのだろうか。宗主の機嫌を損ねたのだろうか?

 「宗主…これはただの菓子でお気遣い頂くような代物ではございません。 」

 「ご自身でお確かめあれ。 どなたかの封印がなされてあるようだが…。 」

城崎が折を開けると和紙に包まれた札束が現れた。 

 「これは…これはとんでもないご無礼を致しました。
兼元どうした訳だ? 私が頼んでおいたものとは違うではないか? 」

修に頭を下げて詫びると、城崎は後ろに控えていた男に説明を求めた。

 「頼子さまがご用意あそばされまして私は一向に…申しわけございません。」

兼元と呼ばれた男はうろたえながら平身低頭詫びた。
 
 「いや…まったくお恥かしいことで。 何を勘違いしたのやら…。
実は今息子のことで家内が臥せっておりまして。代わりに他の者に頼んだのが間違いでした。  」

 城崎は動揺を隠せなかった。この宗主は箱の中身を見抜いただけでなく、自分さえ気付かなかった封印にまで気付いた。
 頼子め…小細工をしおって。
城崎は若い妾の顔を思い浮かべた。
 おそらく宗主が封印に気付かずこの金を受け取ってしまえば、あとあと紫峰家に対して大きな顔が出来ると踏んだのだろう。

 「どなたが細工されたことであろうと…責任はあなた自身にあるのですよ。 」

修は穏やかに城崎を見つめ静かに言った。

 「どうか…その方をお叱りになりませんように。
おそらく随分とお若い方なのでしょう。 
そのような方に奥さまのようなご配慮をお求めになるのは無理かと思います。 」

 何もかも見通しているかのようにゆったりと微笑みかける宗主の姿に、背筋が寒くなるような気がした。

 「さて…わざわざお訪ね下さったのは礼や詫びを言うためではないのでしょう?
紫峰家に何をお求めです?
 まさか…ご自分の息子さんのなさったことをすべてなかったことにしてしまいたい…と思っておいでなのではないでしょうね?  」

修に言い当てられて城崎は心臓が飛び出るかと思うほど驚愕した。

 考えてみればこの屋敷に来たその時から城崎の能力は働かず、頼子の如き能力者の封印にさえ気付かない有様。
そればかりか、こちらの行動はすべて見通され、目的までも知られてしまう始末。

 城崎の家にも人の心を読める者はいる。相手の力を封じられる者もいる。
しかし、城崎の家の当主である自分を完全なまでに封じられる能力者はいない。
いまだかつて誰かに胸のうちを読まれた経験などもない。

 紫峰ほどではないにせよ、古から滅びることなく続いてきた城崎の家の力は、城崎の知りうる限りでは歴史的に見ても最強に属すると自負していた。

 ところがどうだ。この紫峰の若い宗主の前ではまるで赤子のようではないか。
城崎は血の気が引く思いだった。冷や汗が背中を濡らした。

 「お恥かしい話ではありますが…おっしゃるとおりです。
このままではあれはどんどん深みにはまり抜け出すことができなくなるでしょう。
 そうなったら愚か者の行き着く先は目に見えております。
今のうちに世間の記憶からあの馬鹿息子を消してしまいたいのです。 」

城崎はハンカチを取り出すと汗を拭き拭きそう答えた。

 「我々城崎の一族は予知や探知には能力を発揮しますが、人の記憶を操作することは不得手なのです。
 まったく出来ないというわけではありませんが、世間が相手となるとあまりにも対象が大きく、力の及ばぬ所も出てくるのではないかと懸念いたしまして…。
 
 紫峰家にはさまざまな力を持つ方がいらっしゃるようで、もしかするとそういう力に長けていらっしゃる方もおみえではないかと思い、恥を忍んでご助力のお願いに参りました。 」

 城崎は正直に来訪の目的を述べた。
いまや誤魔化したところで何の意味もなかった。

修はふうっと溜息をついた。

 「なぜ…もう少し早く手を打たれなかったのですか? 
そうすれば他家の者に頭など下げずとも済んだものを…。 」

修の言葉に城崎は尤もだ…というように頷いた。

 「すべては私の責任です。
忙しいからと家庭のすべてを家内に任せ、瀾を野放しにしておいたせいなのです。
 あれが家を出ると言い出す前に手を打っておればこんなことにはならなかった。
世間知らずの子どもに何が出来るかと高を括っていたのが間違いでした。 」

城崎は大きく溜息をついた。

もはや手遅れとは分かっていても何とかしてやりたいのが親心。

 いや…瀾のことはともかくも、このことが原因で一族を危険な目に晒すのだけは避けなければならない。

城崎はそう決心して修を訪ねたのだった。

 修としてはこの甘い親爺に言いたいことが山ほどあったが、過ぎてしまったことを今更言っても始まらず、どう返答すべきかを考えていた。

 他家の依頼を受けて外に力を及ぼすなど、あまり例のないことでさすがの修にも即答はできかねた。

 「紫峰は命に関わるような場合や緊急の場合を除いては外部に力を及ぼすようなことは致しません。
 ご子息をお助けしたのはあくまで命の危険を考えてのことです。
ご期待に沿えず申し訳ないがこの場はお引取り願います。 」

 修の返事に城崎はがっくりと肩を落とした。
しかし、それも致し方のないことと重ねて非礼を詫び紫峰家を後にした。

 屋敷を出て行く城崎の父親の背中が修にはひどく寂しげに映った。
何とかしてやりたいという親心とそれができないジレンマの中でもどかしい思いを味わっているに違いない。

 その気持ちは分からないではないのだが…。

 修は親代わりになって透を育ててきたが、実際透の父親としての自分はどうなんだろう…いい父親と言えるのだろうか…と我が身に問いかけてみた。

 それはどの父親も自分では答えることのできない問いではあったけれど…。




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