徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第十四話 銃撃)

2005-10-13 11:38:51 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 これ以上実家に缶詰になっていたら気が狂うと考えた城崎は、医者の許可が下りるのを待たずに大学へ戻ってきた。

 彼の傍には例の若い警官が付き添っていたが、講義中は邪魔になるだけなのでどこかに消えていた。
 この前は勝手に抜け出して犯人に刺されるようなことになったので、今度は城崎もおとなしくしていて大学構内から出るようなことはしなかった。 

 「今でもさぁ。 時々後をつけて来るやつがいるんだけど、それがマスコミなのか犯人の仲間なのかがよく分からないんだよね。 
おまわりさんが一緒なので遠巻きに俺のこと監視しているんだけどね。 」

 城崎は溜息混じりにそう話した。
講義室で透を見つけてまた隣の席を選んだのだった。

 「いい加減さぁ…普通の大学生に戻ったら? テレビとかに出るのやめてさ。」

 透はマスコミと縁を切ることを勧めた。
超能力者の存在意義を世間一般の人に啓蒙しようとしても所詮は無理…と透は断言した。

 勿論、二人の周りには分厚い障壁が張られていて、周りの人にふたりの会話を知られることはなかった。

 「…かなぁ? 」

城崎は不満そうに言った。

 「人間てのはさ…未知のものに対する恐れを消すことが出来ないものなの。
だから何か自分の常識では考えられないようなものに出会うと脳がパニックを起こすわけ。
 目の前で起こっていることさえ信じないし信じようともしない。
それだけならまだいいけれど、逆にそうしたものを徹底的に攻撃して潰すという行動に出る虞さえあるのさ。

 殺人犯に消されなくても普通の人に抹殺される可能性は大。
さっさと足を洗いな…。 一族もろとも世間から消されないうちにさ。 」

往生際の悪い城崎に透は宗主としての訓を垂れた。
 
 「きみたちってさぁ。 どうしてそう年寄りっぽい考え方するのかなぁ。
まるできみたちの宗主の話を聞いているみたいだって。 」

 城崎はやってらんねえとでも言いたげだった。
僕が宗主だからさ…と透は心の中で呟いた。
目の前の脳天気な城崎にはただ憮然とした表情を浮かべるに止めた。

 「僕は確かに忠告したから…。 後はきみ次第。 」

 これ以上話しても無駄だと感じた透は、やはり城崎からは距離を置くべきだと思った。

 透の考え方は確かに宗主修から引き継いだものだが、修自身は誰からも教わることができなかった。
 修がひとり紫峰一族を背負いながら、悪鬼三左の謀略の中を血を吐くような思いで生き抜いて、その経験から身につけた知恵だ。
 紫峰に生きる者の誰がその言葉を年寄りっぽいなどと笑い飛ばせよう。
修がいなければとうに紫峰は消えている。あの悪鬼の餌食となって…。

 

 入荷した品物の検品がきちんとなされていないと販売後に思わぬクレームがつくことがある。
 いつも検品には最新の注意を払うようにと話してはいるのだが、担当がちょうど仕事に慣れきった頃の見落としが一番危ない。

 「責任者の木田でございます。 いつもご贔屓頂きまして有難うございます。
…はい…そのような傷が…これはこちらの手落ちで…誠に申し訳ございませんでした。
早急に新しい物をお取り寄せさせて頂きますが、お日にちの方は宜しかったでしょうか? 

 明日ご入用で…重ね重ね御迷惑をおかけして申しわけございませんが…大至急で手配致しましてもお届けが明後日になります…。
お手数ですが品物をご覧頂きまして、傷のありますところ、ご使用の際にその部分を必要となさいますか?
 そうですか…よけられますか…それでは誠に勝手を申し上げるようでございますが…もし御差支えなければ…そのまま商品をご使用頂きましたなら半額にさせて頂きますが…?

有難うございます…そうして頂けますと幸いでございます…。
 
 …はい…有難うございます。 直ちにお代金の差額分をお届けにあがります。
恐れ入りますが、もし領収証などをお持ちでしたらお取り置きください。
ご迷惑をお掛け致しまして誠に申しわけございませんでした。
今後ともよろしくお願い致します…。  」

何とかその場を収めて史朗は部下に指示を出した。 

 「北川くん。 大至急村井さまのところ新しい領収証と差額をお届けして…。」

 「はい。 でも良かったですね。 なんとか収まって…。 この商品で半額ならお客さんも喜んでらっしゃるのでは?」

 周りの部下たちも安心したように史朗を見た。
史朗はとんでもないというように大きく溜息をついた。

 「そういう問題じゃないんだよ。 
傷がありましたか…それでは半額に致しましょう…安く買えてよかったですね…で済むことじゃない。

 会社の信用に関わることだ。
この会社は平気で傷物を売って後から値引きすると思われては困る。
 商品に傷があることに気付かずに販売するようなことがあってはならないんだ。
後からいくら安くしたってそこで傷ついた会社の信用は元に戻りゃしない。 

最初から傷物と知っていて値引きを前提に売るのとは大違いなんだよ。

 顔の見えないネットでの取引の場合はなおさら気をつけないとね。
影響も大きいがいったん失った信用を完全に取り戻すのは不可能に近いよ。

 村井さまが対面販売中心のお客さまでまだよかったよ。
直接お詫びが言えるからね。

 北川くん。 村井さまにはくれぐれも丁寧に御詫びしてきてくれ。 
僕が直接御詫びに伺うべきところを代理に行かせること…検品に手落ちがあったことをね。
日にちが許せば新しい物を取り寄せて当たり前のところを申し訳ないとも…。 」

 部下と同世代と言ってもいい若い史朗がみんなに訓を垂れるのはおこがましいと思う時もあるけれど、責任を負う立場にある者としては自分の年齢がどうのこうのと言ってられない。

 年齢的には部下と差のない史朗だが、働いてきた年数は笙子と三人の幹部を除けばここの誰よりも長い。
 小さなビルの一室から始まったこの会社の歴史を史朗はアルバイト時代からずっと見てきた。
 この会社は笙子と今はいくつかの支店をまとめたブロック代表を務めている3人の社員たち、そしてバイトの史朗が苦楽を共にして育て上げてきたものだ。

 飛躍的に成長したとはいっても紫峰のような大財閥とは比べ物にならないような小さな会社で、電話でのクレーム処理に時にはわざわざ社長代理が出なければならないような規模だけれど、それでも誰に恥じることのない立派な城だ。

 会社を護り育てさらに発展させることが史朗の使命であり、笙子や修への恩返しだと思っていた。
 
 史朗が報告書を持って社長室を訪れると、笙子は珍しくデスクの前でうつらうつらしていた。

 「社長…笙子さん…?  」

 史朗に声をかけられてはっと気が付いた笙子はパンパンと両手で軽くほっぺたをはたいた。

 「眠くてしょうがないのよ。 夕べは早く休んだのに。 疲れてるのかしら。」

ぱきっと音を鳴らして笙子は首を左右に曲げた。

 「コーヒーでも入れますか? あ…社長…前にもそんなことありましたよね?」

史朗が思い出したようにそう言うと笙子は眼を大きく見開いた。

 「病院…行ってくるわ。 史朗ちゃん。 急ぎの用事はないわね? 」

 史朗は今のところは…と返事をした。
笙子はバッグを手に取ると慌てて会社を飛び出していった。



 売り場の女店員がケースの上に並べた商品を見比べながら、隆平と透は何となく落ち着かなかった。
周りは女性客ばかりで、どうにも場違いな感じがしていたからだ。

 「これなんかいいんじゃない? 」

 ピンク色のふわふわっとした毛糸で編まれた温かそうなチョッキを透が隆平に渡しながら言った。
 ふたりともベビー用品には不慣れだが、それはとても肌触りがよく、ちくちくした感触もなかった。

 「修さんがさぁ。 小さい頃僕らが新しい毛糸物を買う時に必ず聞いたんだよ。
透…そのセーターはちくちくしないか? 冬樹…ちくちくして痒くないかい…?ってね…。 」

 鬼遣らいの時に持っていく土産を買いに来たついでに隆平の妹への贈り物を選んでいた。

 今年は修が仕事で行けそうにもないし、雅人は鈴の体調が悪いので家を離れるわけにいかず、史朗も西野も都合がつかないため、彰久と隆平について透が紫峰代表で参加することになった。
 三人ではちょっと寂しいかなと思っているところへ、一左が弟の次郎左を誘い、鬼遣らい見物と温泉旅行と称して同行することにした。

 「やっぱりこれにするよ。 可愛いし…温かそうだし。」
 
 隆平は透が渡したピンクのチョッキを選んだ。
子供の物はよく分からなかったし、それに早く決めないと人目が気になって仕方がなかった。

 レジを終えて他の階へ移動した二人の眼に警官を従えた城崎の姿が見えた。
城崎はこちらには気付いていないようだった。
念のためにふたりは障壁を張った。 

 「透…誰かついてきてるよ。 」

 城崎たちの後から少し離れて男がひとり追ってきていた。
カメラもメモも持っていないように見え、マスコミ関係ではないような気がした。

 「城崎はあの男に気付いてはいるみたいなんだ。 」

透は隆平に言った。

 買い物を終えた城崎は店の外へでて、駐車場で待機している車に向かって歩き始めた。
 運転手が出てきてドアを開け、いままさに乗ろうとしたその時ついてきた警官がいきなり城崎を庇うように押しのけた。
 何か弾けるような大きな音がして二度目には車の窓ガラスが砕けた。

誰かが撃たれた…と叫び声が上がって、人が集まってきた。

 透は一発目で警官が怪我を負ったことに気付いた。
ふたりが急いで警官の傍に近づくと、警官は大丈夫だから来るな…とふたりの心に直接語りかけた。

 『大丈夫…たいしたことはない。 やつらはまだ近くにいる。
野次馬の振りして離れて。 』 

 透はこの警官が藤宮の者だということに気付いた。
本当に肩をかすめた程度の怪我のようだった。
 
 『僕らの見た顔と特徴をあなたに見せておくから。 僕らの意識が見える? 』

 警官は頷いた。
修と隆平は急いであの男の顔と姿を思い浮かべた。
警官は眼を閉じてふたりの意識を探った。

 『受け取った。 さあ帰りなさい。 巻き添えを食うといけない。 』

透と隆平は言われるままにその場を後にした。

遠くで救急車とパトカーのサイレンの音が聞こえた。





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