徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第二十二話 物に宿る魂)

2005-10-27 22:03:10 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 それは突然降って湧いたような出来事だった。
紫峰家は特殊な能力を持つ一族である…とあの義三の孫娘の古村静香がマスコミ関係に情報を流したのだ。
 その証拠に邸内に超能力の修行をする修練場があり、城崎がそこで訓練を受けていると暴露した。
 
 紫峰家では穏やかに沈黙を護り、反論なども一切行なわなかった。
誰かに質問されると、そのような根も葉もないことをまともに取り合うのも馬鹿馬鹿しい…とばかりにただ微笑んで見せた。
  
 勿論、その流言とも言える情報を信じる者はなく、世間では人騒がせな有り得ない話として一笑に付された。
ほとんど誰もが大財閥である紫峰家に対しての嫌がらせと受け取った。

 興味本位の週刊誌やTV番組が特集の中でそれを取り上げはしたが、むしろ否定的で、この女学生は目立ちたがり屋なのだという印象を与えるものばかりだった。

 古村の言う証拠の紫峰家の修練場は、紫峰家が古い家系なので先祖の霊が祀られている場所があり、今は舞いの練習場になっていると伝えられた。
 事実、そこでは時々鬼面川の舞いの教室が開かれていて、通っている人がいるわけで、逆に全く証拠にはあたらないことが証明されたかたちとなった。

 確かに城崎は紫峰家に滞在しているが、紫峰の子どもたちの大学の友達であり、連続した不幸の後でさらに母親を亡くして気落ちしており、気分転換をはかるために父親が預けたと報道された。
同様の内容のコメントが城崎自身からもレポーターに伝えられた。
 
 結局、ワイドショー的には全然面白くない結果に終わり、あっという間に古村静香はマスコミから姿を消すことになった。

 

 「まあ…こんなもんだよ。 世間というのは…。 」

紫峰のしの字も出なくなった雑誌を城崎の前に置いて一左は言った。

 「こうしたトラブルは何も今回に限ったことではなくて、いつ何時でも起こり得ることだよ。
 驚き焦って無駄に動き回ると、余計にことが拗れて何でもないことがいつまでも尾を引くことになる。
 いつでも万全の態勢を整えておけば、何もしなくてもあちらで勝手に終わらせてくれる。 」

 城崎の修練はそのほとんどを一左が受け持つことにしていた。
修の自己流の修練より、長い伝統に従った修練の方が他家の者には分かりやすいだろうという配慮からだった。

 「俺みたいに普段から人前で力をひけらかすようなことをしていると、物事がとんでもない方向へ行ってしまうということですか。 」

 半分溜息混じりに城崎は言った。
そういうことかもしれんな…と一左は笑った。

 「宗教色の強い鬼面川は例外として、紫峰でも藤宮でも自分たちの一族を存続させるための責任意識を子どもの時から嫌というほど叩き込まれる。

 無論、城崎一族を率いるきみの父上もそういう教育を受けてきたには違いない。
ただ、きみを育てるにあたってすべてを母上に任せ過ぎたためにきみに伝えるべきことが伝わっていなかっただけで。
  
 母上は特殊な能力を持つ一族の長としてではなく、普通の男の子としてきみを育ててしまった。
 母上の育て方がいいとか悪いとかの問題ではなくて、おそらく母上自身がそういう教育を受けてこなかったためだろう。 」

 そのとおりかも知れない…と城崎は思った。お袋は少し離れた親類から嫁いできたがごく普通の家庭に育った人だった。
 しっかりと地に根をはって生きることは教わったが、統率者としてあるべき姿を教えられたことはない。

 「族姓に縛られない単独の能力者であれば誰の前で何をしようとその人個人の考え方ひとつだからね。
他に及ぼす影響はないわけだから何の問題も無い。

 だが族人となると、どんなにその志が高くても…世の為人の為と思われるような行為であっても族滅に繋がるような行動は避けなければならない。
事なかれ主義は若い人にはつまらなく感じられるだろうけれどね…。 」

 父も確かに同じようなことを言った。
背中に背負っているものがある以上は勝手気ままに動くべきではない…と。

 「父には…本当に俺に指導するほどの力が備わっていないのでしょうか? 
そうした力なくして族長が務められるものでしょうか。」

 城崎は宗主のことを思い浮かべた。実際に使うところは見なくても宗主からはこちらが圧迫されるほどの力を感じる。  
城崎が生まれてこの方、父親にそんな感覚を覚えたことはなかった。

 「修と比べてはいかんよ。 あれは別物だ…。
あんな化け物とは比べられる方が気の毒だ。
 
 父上は族長として十分に強い力をお持ちだよ。
ただ…すでにきみの力が父上を凌いでいることに気付いておられるのだ。

 もう少し早くからなら父上自らきみを指導することもできた。
そうすればたとえ追い越されてもかまうことなく指導を続けられたのに…。 」

 意外な事実だった。城崎は探知能力には自信があったが、その他の能力について誰より上だとか下だとかを意識したことがなかったのだ。
 前に透に見せた気の炎にしたって単なるパフォーマンスに過ぎず、実際に何かに使うなどは考えもしなかった。
だから誰かに襲われても逃げることしかできないとずっと思っていた。

 それに父はいつも城崎を見下していたではないか…。

 「自分の息子に追い越されるというのはね…まあ複雑なものだよ。
嬉しいような悔しいような…。
自分を越えて欲しいと願う反面越えられたくないという思いもある。

 家族の前では常に絶対的な存在でありたいと思っているからね。
どんなに可愛い息子に対してだって…てめえなんぞに負けるかって気持ちがないわけじゃない。

 親というのは不思議なものだよ。 」

城崎の胸のうちを察したかのように一左はそう言って笑った。

 「さて…先ずきみが覚えなくてはならないことだが…すべての事態を打開するためには超能力者としてのきみが存在するという記憶をマスコミや世間から消さなくてはならない。
 宗主は…宗主が要らない手を出すよりはきみ自身の手で解決させる方が後々のためになると考えている。
 その手段としては…現に君の持っている記憶を操る力を利用して…。 」

 最長老の指導による城崎の修練が始まった。
それまでほとんど修練らしい修練を受けていなかった城崎は、まるで生まれたばかりの赤ん坊のように一左の教えを貪欲に吸収し急速に成長していった。



 古村静香がなぜ城崎の居場所を知っていたのか…?
倉吉も岬もそのことに注目した。
 古村静香自身が特殊な力を持っているとしても、わざわざ紫峰の特殊結界を破って城崎を見つけ出すことは不可能だ。
 しかも修練のために滞在していると明言している。
そのことは紫峰本家と藤宮の自分たち意外には城崎の実家しか知らない。

 万一城崎の実家の者が誰かに話したとして、それを知った古村がマスコミに情報を流したところでなんの意味があるというのだろう。
 事実結果としてほら吹き女学生のレッテルを貼られてしまっただけに過ぎない。
古村静香にとって何ら利益のあることではないのだ。
そうしたというよりは誰かにそうさせられたのかもしれない…と倉吉は思った。



 紫峰家や藤宮家の有閑階層の人たちからの希望を受けて彰久と史朗は週に一度、紫峰の修練場で鬼面川の舞いを教授していた。
 週ごとに交代で教えるのだが、月に一度のおさらいではふたりが一緒に教え子の成果を見ることにしていた。

 さすがに舞いの好きな両一族だけあって、すでに何れかで舞いを習っている人ばかりで熱心ではあるが講釈も一人前で、まだ舞いの講師としては齢若い彰久も史朗も閉口することが多々あった。

 そういう時に頼りになるのはやはり一左で、それとなくみなを窘め、ふたりが教授しやすいようにその場の雰囲気を変えていってくれた。
 
 ようやく稽古が終わって母屋ではるのお茶のもてなしを受けている時に、花瓶の山茶花を見ながらふと思い出したように史朗が訊ねた。

 「彰久さん…一度伺おうと思っていたのですが…実は…。 」

 史朗は城崎の母親が亡くなった夜のことを掻い摘んで彰久に語った。
彰久は真剣な表情で史朗の話を聞いていた。

 「未だになぜあのようなビジョンが見えたのか謎のままなのです。 」

 しばらくじっと考えていた彰久は何か思い当たることでもあったのかチラッと修練場のほうを見た。

 「それは多分…あの装束があなたに知らせたのでしょう。 」

ええっ?と史朗は怪訝な顔をした。

 「鬼面川の祭祀継承者には物を操る力があると言われています。
逆に使いこなされた物には魂が宿るとも言われているのです。

 例えば昔から良く馴染んだ和の装束には魂が宿り、主の手助けをしてくれるなどという話もあります。

 あの装束はまだ新しいものではありますが、史朗くんにとっては想い入れの深い物ですからね。
あの装束を通してあなたはここの状況を知ることができたわけですよ。 」

 俄かには信じ難い不思議な話だった。
だが史朗は以前にも不思議な体験をしている。

 鬼母川の事件の時に、鬼母川の社にしまわれてあったはずの鬼母川の華翁閑平の剣が自ら史朗を選んでその手に現れた。
 史朗はその剣で魔物退治をしたのだが、まるで生まれたときから使っているかのように手に馴染み、剣と言うよりは自分の腕そのもののような気がした。

 剣だけでなく古来日本ではあらゆるものに魂が宿るとされ、鍋や釜でさえも大事に磨かれて使われてきた。

 海外から入ってきた使い捨て意識と便利さを求める人々の欲求が日本を消費社会に変えてしまったが、それでも物を大切に思う気持ちが人の心から全く無くなってしまったわけではない。

 衣装ひとつにしても心底愛情をそそげば、時にはこうして自分に力を貸してくれたりするのかも知れない。
  
 物に宿る魂の存在は史朗の心を痛く感動させた。
心の中で史朗はあの装束に感謝を述べた。

 いつか史朗の祭祀や舞いを継承するものが現れるようなことがあったら、史朗は何よりも自分を助けてくれているすべての人や物への感謝の心を…愛情を真っ先に伝えていきたいと思った。

もしも…叶えられるものならば…。
我が子に…と…。





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