始めに、長くなりそうな分野です。
「虚労(きょろう)」とは中医学用語です。虚しい労働とか、無駄骨という意味ではありません。実労という用語はありません。
中医学を勉強し始めても、すぐに「虚労」の全体像を把握できるようになるかと言えば、かなり難しいという印象です。
私が最初に「虚労」に接したのは、酸棗仁湯の主治でした。
肝胆不寧(かんたんふねい)の証として、イライラして眠れない、或いは悪夢を見たり、すぐにピクピクしたり、ちょっとしたことですぐ驚いたりする。視覚がはっきりしなく、口が苦い。舌苔は薄白、脈は弦細。養肝清胆寧神をもって治し、酸棗仁湯(金匱要略)等を用いる。
酸棗仁湯(金匱要略):酸棗仁 知母 川芎 茯苓 甘草
効能:養肝血(陰)安神
主治:(虚煩失眠証)虚労虚煩不得眠
平易に説明すれば、(肉体的にも精神的にも)疲れすぎて、眠れない状態に用いるのです。
それで、虚労不得眠というフレーズを覚えて得意がっていました。
そのうち「陰陽五行学説」「臓腑弁証」「八綱弁証」を学ぶうちに、また「虚労」に出くわしたのです。
人間の体は全体が有機体で、臓腑間に相互関係を持ち、また相互に影響しあっています。一つの臓に病があれば、他の臓に影響を与えたり、他の臓の情況を変化させたり、また反対に原因となる臓腑にも影響がもどってくることもあるのです。臨床では、臓腑間の相生、相克、表裏関係を応用し、治療では補と瀉を原則とします。これらの原則は、壮水制陽、益火消陰と、瀉表安裏、開理通表と清裏潤表の三つの方面に包括できます。難しい四文字熟語ですから読み飛ばしてくださってもよろしいです。
「虚ならばすなわちその母を補う。」これは臓腑の相生、相克関係に基づいて、臨床での治療原則に運用されるものです。
「虚ならば則ちその母を補う」ということは、ある臓が虚した状態になった場合、直接その臓に対して補法の治療を行う以外に、間接的にその臓の母にあたる臓に対して補益すると効果が上がることを意味します。たとえば脾と肺は母子相生関係にあります。脾は肺の母であり、肺は脾の子です。もし肺気不足がおこると、その母なる臓に影響を与えます。これを母病及子と言いますが、久咳肺虚の虚労患者には脾胃不振、食欲減退、軟便等の脾(胃)虚証が現われます。治療するにあたっては、虚ならば則ちその母を補う方法に従って治療をすれば、脾胃の働きはよくなり、食欲も増進し、軟便も自然によくなっていくうえに、しかも、子である肺の気も滋養され、久咳等の症状も軽減するか治癒されます。これはよく使われる「培土生金」の方法です。
またまた「虚労」とは慢性の肺結核の如き疾患を指すのかと、早合点しました。
しかし、肺結核は「肺労」として別記載されていましたので、いっそのこと「虚労」を先に読んでしまえと決意して、丸一日かけて漢字だらけの中医内科学を読みました。そこで、分類されている項目を最後に並べてみると、肺気虚、脾気虚、心血虚、肝血虚、肺陰虚、心陰虚、脾胃陰虚、肝陰虚、腎陰虚、心陽虚、脾陽虚、腎陽虚の12証がありました。ここで、何かしら「悟った」気分になりました。「虚労」とは五臓の気血陰陽の不足状態(虚)のことだったのかと。
そこで、本稿では復習の意味も兼ね、当時のノートをデジタル化してみようと思います。長くなりそうな予感がします。
生薬の温熱涼寒平の性質は色分けしてあります。原則として、温熱涼寒平という色分けです。
本来なら、附子 半夏 当帰という具合になるのですが、温熱薬をまとめてレッドにして、微温薬の場合にはオレンジ、微寒薬の場合にもライトブルーで記載することもあります。
本日の漢方市民講座「虚労(きょろう)」
定義:
虚労とは種々の原因による臓腑虧損、気血陰陽虚弱によって引き起こされる慢性の衰弱性症候の総称です。虚労の範疇は恐ろしく広いのです。慢性消耗性疾患、虚弱性慢性疾患の漢方治療には虚労論を参考に弁証論治をします。非常に観念的なもので、中医学の伝統の症候論であることが解ります。「症候分析」は「中医学の理論での症候解釈」ですから、一般の方は無視されてもいいと思います。
(1)肺気虚
「症状」
息切れ、自汗、体が熱くなったり寒くなったりするいわゆる時寒時熱が見られ、声音低微、時に咳を伴い、風邪を引き易く、顔色は白っぽく、舌質が淡、脈が弱である。
「症候分析」
肺気不足、表衛不固のため、息切れ、自汗、声音低微、時寒時熱をみる。肺気虧虚、営衛失和のため、風邪を引き易く、或いは咳を伴う。気虚のため、顔色白、舌質が淡、脈が弱である。
「治法」 補益肺気
「方薬」 補肺湯加減。
補肺湯(永類鈴方):
人参6 黄耆24 熟地24 五味子9 桑白皮12 紫菀9
人参と黄蓍は補肺気 熟地黄 五味子は補腎納気 五味子は斂肺止咳 桑白皮と紫菀は止咳平喘に働きます。
主治:肺虚久咳(分類的には肺気虚+腎不納気の喘になります)
効能:益気補腎 斂肺止咳
加減:
自汗が多い者には、牡蛎散(太平恵民和剤局方)で益気固表斂汗の効能を期する。牡蛎散(太平恵民和剤局方):煅牡蛎 黄蓍 麻黄根 浮小麦
潮熱、盗汗(寝汗)を伴う者には、鼈甲、地骨皮、蓁艽で益気和営、清除虚熱の効能を期する。
さて、
五行学説では肺は金、脾は土で、脾を母とすれば肺は子になります。「肺腎気虚」という証も存在します。腎は水で、金水相生法という治療法も存在します。以前の記事をご参照ください。中医学での「腎」の考え方も紹介しています。
補肺湯については「老化現象の漢方治療 COPD」
http://kojindou.no-blog.jp/happykanpo/cat7082947/
陰陽五行学説について興味がおありでしたら、以前の記事「外国人戦犯とフィリピン」の後半に説明してあります。面白半分で覗いてください。
http://kojindou.no-blog.jp/happykanpo/cat12274402/
そもそも「気の効能」とか「具体的な気の解釈」は何かというと、これも観念的ですが、以前の記事をご参照ください。中医学の基本の「気血津液」の概念と「瘀血」の概念をまとめてあります。
慢性腎炎、(特にIgA腎炎)の漢方治療3
http://blog.goo.ne.jp/doctorkojin/d/20121220