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滋陰至宝湯(じいんしほうとう)の臨床

2008-08-12 20:46:01 | ブログ

名前からではイメージできない効能 逍遥散加方としての理解

本邦で有名な漢方薬メーカーのツ●ラの製剤番号92番と93番に滋陰至宝湯(本朝経験方あるいは万病回春が元方)と、滋陰降火湯(万病回春が元方)がある。名は体を表すというが、滋陰至宝湯にいたっては名前だけではどのような効果があるのかピンとこない。補腎陰で有名な六味地黄丸に、虚熱をとる知母と黄柏を加えたものが知柏地黄丸である。これなどは名前から効能を類推することができる命名といえる。滋陰至宝湯は私流で命名すれば疏肝健脾退虚熱滋陰止咳湯である。

メーカーの備考によれば、

滋陰至宝湯は虚弱なものの慢性の咳、痰に用いるとある。滋陰降火湯は同じく虚症で、のどに潤いがなく痰が出なくて咳き込むものに用いるとある。これだけを見て即断すれば、痰があれば滋陰至宝湯、痰が出なければ滋陰降火湯ということになってしまうが、そんな1~2行の文章で、効能、適応が即断できるほど漢方は簡単なものではない。

滋陰至宝湯の組成と「滋陰」の意味

滋陰至宝湯の組成は

柴胡 当帰 白芍 白朮 茯苓 甘草 薄荷 生姜 香附子 知母 地骨皮 貝母 麦門冬 陳皮である。

逍遥散の組成は柴胡 当帰 白芍 白朮 茯苓 甘草 薄荷 生姜であり、滋陰至宝湯とまったく一致している部分がある。したがって、滋陰至宝湯は逍遥散の加方と考えられる。この組成の中で純粋に養陰剤といえるものは麦門冬だけである。したがって、ますます名称から効能を理解することは困難だ。処方中の当帰と白芍は養血に働き、白芍は斂陰(れんいん)といい陰を保つ働きがある。当帰と白芍は肝の陰血を増やすと考えられる。滋陰至宝湯の「滋陰」は麦門冬で肺陰を補い、当帰、白芍で肝陰血を増やし、肝陰を保つという意味になる。そもそも麦門冬は潤肺養陰、益胃生津 清心除煩に働き、肺陰虚、胃陰虚に効果がある。滋陰至宝湯は潤肺化痰止咳の貝母が配合されているから、胃よりも肺に重きを置いたと言える。胃陰不足を補うなら石斛(せっこく)の方が効果的だ。

逍遥散は「肝鬱血虚脾弱症」に用いられる。 肝鬱と血虚と脾弱の意味

肝鬱とは主としてストレスが原因により気の流れが滞ることを意味する。肝は気の流れをつかさどる臓であるゆえに、肝鬱気滞(がんうつきたい)ともいう。肝気が障害されるとどのような症状が出現するのかを理解するには中医基礎理論を覗く必要がある。

西洋医学での肝臓の機能は、胆汁を産生し十二指腸に排泄し脂肪を乳化させ吸収を助け、炭水化物、脂質、たんぱく質の代謝にかかわる。コレステロールを生合成する作用は重要な肝の工場としての機能である。アンモニアを尿素へ変換するなどの解毒作用は肝の処理機能の中で最も大切なものだ。たんぱく質、特にアルブミンを合成する作用は工場としての最大の機能である。ブドウ糖からグリコーゲンを合成して肝臓に蓄え、これを分解して血液中にブドウ糖として供給することにより、血糖値の調節に関与する重要な機能も見逃せない。

一方、中国伝統医学ではやや異なる肝の機能観がある。

肝は疏泄(そせつ)を司り、蔵血機能により血の量を調節し、血を収?(しゅうせつ)し、筋(すじ)を司り、目に開竅し、胆と表裏関係にあるという、中医基礎理論が説く肝の機能だ。

(1)疏泄(そせつ)とは?

疏泄(そせつ)とは、発散、昇発という意味で、疎通、発泄の意味である。

疏泄とはめぐりをよくすると単純にとらえられる。「気」と「血」と「情緒」のめぐりのことである。身体の各機能が傷害無く正常に活動するためには「気」の運動である「気の昇降出入」である気機(きき)が滑らかで滞り無く行われる必要がある。「気機」を正常に維持するのが肝の疏泄作用の一つだ。気の推動作用により脈管を流れる血の流れも肝の疏泄作用により、円滑に行われているとイメージすることが可能である。また臓の気の流れも良くするとともに、腑、特に胆の機能も円滑にして、胆汁の分泌、排泄を円滑にするのも肝の疏泄作用の一つである。肝の疏泄作用は、臓気としての肝気の働きであるゆえに、「肝の疏泄作用」の部分を「肝気の作用」と入れ替えてもいいと考えられる。

肝の疏泄作用が情緒を円滑にするという中医理論は、西洋医学だけを学習してきた人間にとっては受け入れがたいものかもしれない。中医学では脳の働きはそれぞれ五臓につながっており、神と心の関係は一番密接であり、肝もまた疏泄作用で情緒に関与すると考えている。古代中国人が、急性胆嚢炎(中医学でいう肝胆湿熱に相当する)の患者の情緒不安定を見て、肝気には精神活動を円滑にする何かが存在し、それが失われた結果の情緒不安定ではないかと疑ったのが最初であると推定される。現実の臨床で、慢性肝炎後期、肝硬変時に見られる情緒の不安定などは疏泄作用の低下として理解できる場合が多い。さらに、ストレスから来る右胸脇部(わき腹)の張った感じの痛みや、情緒不安定を古代中国人が観察し、肝気が十分に流れていなく、その結果、疏泄機能の低下が情緒にも関与するという「臨床的な経験に基づく理論付け」を行った可能性が高い。

肝の疏泄作用は脾胃の「気機」も円滑にする結果、消化吸収を円滑にする

肝の疏泄機能を整理すれば

①気の昇降出入の気機を通暢(つうちょう)し、気血の調和、正常な血行、経絡の通利、 臓腑の正常な働きに関与し、胆汁の生成と排泄を司る。

②脾の運化作用を円滑、促進する。

③情志を通暢する。   以上の3点になる。

(2)肝の臓血作用とは?

肝はダムのように血を蔵する臓であり、脾の統血作用とともに血の量を調節する。蔵血作用は血の貯蔵と血流量の調節を指す。

(3)肝は血を収?

(しゅうせつ)するとは?

これには2つの意味があり、蔵血の機能として、血流量を調節する働きと、現代医学的な肝臓で合成される血液凝固因子を介して、血を脈管内に保持し、出血を防止するの2つである。

中医学的な肝の機能の理解はデジタル思考ではなく、全体的なアナログ思考でしか理解できない

肝は常に陰が不足しやすいという臓の「特徴」がある。つまり、常に肝陰不足に陥る傾向がある。また、肝の疏泄が低下すれば脾の運化が低下する。つまり胃腸の機能が低下する。これを肝脾不和と称する。そうなると、栄養障害により血も不足することになる。これが、肝の陰血をさらに減少させることにつながる。つまり「悪循環」が形成される。以上が「肝鬱血虚脾弱症」の概念である。中医学には「肝病及脾になったら逍遥散」という言葉がある。また「鬱症(うつしょう)の乳房張痛には逍遥散」とも言われている。逍遥散の方意は疏肝(そがん)(肝気の鬱結を除く) 補気健脾利水 斂陰養血となる。気滞が起これば、結果として瘀血が生じる。その場合には丹参 益母草 川楝子 延胡索 蒲黄 莪朮などを加える。

肝脾不和を肝鬱犯脾ともいうが、食欲不振が高じれば、厚朴 陳皮などを加える。滋陰至宝湯には陳皮が加えられている。

あえて言うなら、滋陰至宝湯は気滞血淤に対する「活血剤」が欠如している。当帰には養血とともに活血作用があるが1種類の生薬では、「やや心もとない」。

滋陰至宝湯の狙いと臨床応用

「滋陰至宝湯」は逍遥散に、理気薬でかつ婦科の要薬とされる香附子を加え、逍遥散の疏肝作用を強めたものと理解できる。

また、滋陰潤燥の知母、養陰清肺の麦門冬、滋陰退虚熱の地骨皮、潤肺化痰止咳の貝母が加わっているので、陰虚火旺による虚熱を解熱させ、肺陰虚に対して肺陰を補い、止咳化痰に働く効果を狙ったものということになる。難しい漢方用語で恐縮であるが、適当な日本語が見出せない。

患者像

ピタリと当てはまる患者像は現代では見出しにくい。病気が慢性化する前に、どこかである程度の西洋医学的な治療を受けているからだ。治療しないで病が慢性化し、固定化した病状を類推することにする。

肝鬱血虚脾弱症としての症状は、女性の閉経前の場合では、少腹部の張ったような生理痛があり、一般に生理の量は少なく、イライラや怒りっぽいなどの情緒不安定の症状がある。脈は弦脈のことが多いが脾弱が進めば、血虚が強くなり、脈は細弱の傾向が出現する。閉経後の女性や、男性の老人で陰血不足が進めば、皮膚は乾燥気味になり、肺陰虚まで陰虚が及べば、切れにくい痰や咳が出現するようになる。脈はやや頻脈傾向となり、虚熱による午後の微熱や手のひら、足の裏などの火照りも生じる。一般に肝鬱血虚脾弱症の段階では軟便や下痢っぽい症状が主体になるが、陰血不足がさらに進めば腸燥便秘を起こし、便は硬くなり、便秘傾向が出現してくる。

そもそも

疏肝解鬱剤で有名な柴胡疏肝散(さいこそがんさん)が

柴胡 香附子 川 枳 陳皮 白芍 炙甘草 の組成であることから柴胡と香附子の組み合わせは多い。

白芍と炙甘草は緩急止痛作用に働くとともに、酸甘化陰(白芍の酸、甘草の甘)で柴胡の傷陰を間接的に防止すると説く中国漢方医もいる。

日本で加味逍遥散として知られている丹梔逍遥散(たんししょうようさん)は、逍遥散に牡丹皮(涼血) 山梔子(清熱)を加えたものであり、肝鬱は化熱して肝火になる肝鬱化火に用いられる。症状としては、いらいらして怒りっぽい、のぼせ、頻度は少ないものの眼球結膜の発赤(目赤と漢方用語ではいいます)口苦(口が苦い)生理周期が短くなったり(月経先期)生理の量が多くなる。肝火犯胃により酸水を嘔吐したり、咽が渇き、便秘傾向が出現します。食欲不振や疲れやすいなどの症状である。この場合は、慢性の肝鬱血虚脾弱症よりも、やや急性の「肝火」による脾虚が

問題になる。肝火が強くなりすぎると脾の作用、主として運化作用が傷害され原因不明の下痢などをおこす。情緒的な興奮などに伴い腹痛が生じ、下痢をするという「痛瀉(つうしゃ)」が起こる場合もあります。この場合の下痢だけに特記すれば、痛瀉要方(つうしゃようほう:白芍 白朮 陳皮 防風)が効果的である。胃の下降機能が損なわれ、(胃失和降という)胃気が上逆して生じる吐き気 嘔吐には半夏 香(かっこう) 砂仁 生姜などで和胃止?するのが一般的である。

わかりやすい別称はないものか?

疏肝健脾退虚熱滋陰(あるいは養肺陰)止咳湯では長すぎる。エスプリがなさ過ぎる。退虚熱滋陰(あるいは養肺陰)の部分を簡便に滋陰清熱として疏肝健脾滋陰清熱止咳湯としても長すぎるし、麦知地貝逍遥散ではゴロが悪すぎる。麦知逍遥散加地骨皮貝母でもいまいちゴロが悪い。

滋陰至宝湯とはかっこよい名前であるが効能を想起するものではない。何かいい名前がないだろうか? 中身をパクって表の名前を変えるのは邪道であるが、メーカーの備考と名前から漫然と漢方薬を処方している多くの医者にとって漢方薬を選択しやすくするためにも、何より患者のためにも工夫があってもいいと思う。ちなみに滋陰降火湯には柴胡も香附子も配合されていない。なればこそ、工夫が必要ではないだろうか?

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