益気健脾と活血化瘀法
はじめに、基本に戻りましょう。
益気とは「気」を増すことを意味します。これからお話することは中医基礎理論の分野に属します。生命活動を気 血 津液の3要素から弁じる中医学の論理体系の言語体系に従えば、気の功能は、以下の5つです。
1.推動トゥイドン作用 血と津液を推し進める作用
2.温煦ウェンシュー作用 体を温める作用
3.防御ファンユー作用 衛気の作用と考えて可であり、外邪の生体侵入を防ぐ作用
4.固摂グーシャ作用 血、津液が漏れるのを抑える作用
5.気化作用 代謝を行う作用
大雑把でありますが、まずこの5つの作用を頭に叩き込まないと中医学に一歩たりともは入れません。
すでに、面倒だなぁという印象を与えてしまったかもしれません。
具体的な「気」の解釈を例をあげて述べます。
冷え性は気の温煦作用の低下によるものであるから原因は気虚であり、治療は補気が必要。
少し動いても、だらだらと発汗が多いなどの自汗は気の固摂作用の低下であるから気虚が病因となる。
高齢者の夜間頻尿はこれも固摂作用の低下であるから気虚。
男性の精液の洩れ(滑精)なども固摂作用の低下であるから気虚。
まだまだ大雑把です。検証しようとしても結果論的な検証しかないのです。その結果論にしても使用する生薬の解析が不十分ですから、検証を現代医学的に論理的に検証するにいたっていないのです。
気の固摂作用は、1、血液を固摂する2、尿液を固摂する3、精液を固摂する4、帯下を固摂するの、おおよそ4つですが、蛋白尿も糖尿も気の固摂作用の低下と拡大して考えます。
スライド 気の分類表
水穀精微物質は飲食により、脾、胃から体内に取り込まれる物質を意味し、その栄養分である営気は血脈内に分布して血を造り、その「力」の成分は血脈外で衛気として表の①~④に働きます。「気は血を生む」という中医理論と矛盾しない体系になっています。呼吸により自然界の大気から体内に取り込まれる清気は宗気となり、呼吸と循環をつかさどります。元気は先天的に両親から受け取るもの(これを先天の精気といいます)と、後天的に水穀精微物質と清気から補充され、生命活動の原動力になります。人体を構成し、生命活動を維持するのが、気(きチー)、血(けつシュエ)、津液(しんえき、シンイェ)です。神志活動の際の、物質的基礎は「血」であると展開していきます。津液には涙液、汗液、腸液、関節液などを含みますが、血を含まないとしています。水液の昇降出入する通り道が三焦であるとしています。先天の精気に対する「後天の精気」という用語は、脾、胃から吸収される水穀精微物質(水穀精微)と肺から吸収される自然界の清気を意味します。
中医は脾、胃(土)を基本に考えます。現代人が弱い原因は、水穀の変化、自然界の清気(空気と考えてもよい)の汚染により、気の不足(気虚)に落ちっているからだという考えが主流です。気を形成する主な源は①先天の精気②自然界の清気③水穀の気ということになります。やや飛躍しますが、肺は気の主、脾胃は気血生化の源、腎は気の本という中医学の基本概念を紹介しておきます。順番を変えて、①肺は気の主②腎は気の本③脾胃は気血生化の源と覚える方がより中医学的です。
スライドのように、
気には、元気ユアンチー、宗気ゾンチ、営気インチ、衛気ウェイチの4つが存在します。
ここで、また気分転換にMonroeに登場してもらいます。
元気は原気、真気とも表現される場合がありますが、元気が一般的です。
先天的に親から受け継いだ「先天の精」を基礎として、出生後に水穀精微物質、自然界の清気から後天的に補充されるもので、三焦を通して全身に分布する。生命活動の原動力である。
宗気ゾンチ
呼吸により吸い込まれた自然界の清気と、脾胃からの水穀の精気から胸中で生成され、上焦(心、肺)に分布し、効能は上焦(心、肺)の機能と一致し、即ち呼吸を行し、心脈を貫きます。声の甲高い人に対して、中国では「宗気が高いね」と皮肉を言う場合があります。心不全は心筋の収縮力が衰えた状態ですが、中医学では宗気が衰えた状態であると認識されています。
営気インチ
水穀精微物質の栄養性が豊富なものから生成される。
血管(血脈)の中に分布し、効能は血を造る成分になることである。血液の生成のプロセスにもっとも重要な臓腑が脾胃と中医は考えます。
営気は純粋で陰に属し、衛気は慄疾滑利で陽に属するともいわれます。
営気は十二経脈、任脈、督脈を循行します。
衛気ウェイチ
水穀精微物質の力の部分より生成される。血脈の外側に分布し、防衛作用(主として外邪から生体を守る作用)が効能です。毛穴の開閉も衛気の作用である。外邪に対する防衛である。黄蓍の作用のひとつである益気固表とは皮膚の毛穴の開閉をコントロールし衛気を充満させることであるとされます。
衛気の作用をまとめると①外邪を防御 ②体温の維持 ③肌膚の温養 ④腠理の調節となります。したがって、中医は衛気が不足すると、低体温、風邪を引きやすくなる、自汗、病後の回復が遅くなる と述べています。
血(けつシュエ)
定義:血脈を流れる赤い液体
生成:水穀精微物質が脾、肺、腎、心、肝臓のそれぞれの気の効用により血となる
分布:血脈の中
運動:気の推動作用による
心は血脈を司り
肺は血脈を朝し
肝は血を蔵し、
脾は統血する
効能:栄養を与える 潤す
言ってしまえば当たり前のような、そうでないよう様な、大雑把な内容です。漢字の感覚をつかむようにしましょう。血の濡養機能が低下すると、顔色血色が無くなる、肢体が痺れる、皮膚(肌膚)が乾燥する、視力が減退すると中医学は説いています。
気と比べると血は陰に属します。陰血という言葉がありますが、血が陰に属するので陰血と呼ぶというような定義の仕方がありますが、これには納得できません。次ぎに述べる津液も陰に属しますが、陰津液という用語はありません。陰液という用語はあります。私の感覚では陰血というのは津液も含む用語ではないかというものです。
津液
体内のすべての正常な水液の総称です。気、血、津液は生命活動を維持します。
津は稀薄(きはく)で、皮膚、筋肉、孔竅に分散し、血脈の中に注いで滋潤作用に優れ、液は粘稠(ねんちょう)で骨節、臓腑、脳、髄に注ぎ、濡養作用(栄養作用)に優れるものを称します。
津液の生成と輸布
津液は脾の「水湿運化作用」により水穀から小腸、大腸より吸収され、脾の「昇清作用」により肺に運ばれ、肝の疏泄作用とともに肺の主気作用、宣発粛降作用(通調水道作用)により三焦をめぐり、肺の宣発作用の一部として汗になるとともに、腎の気化作用により、利尿(降濁作用)によってその量が調節されます。
脾の昇清シャンチン降濁ジャンジュオ作用
脾は水穀精微物質より清なるものを肺に上昇させる
脾は水穀精微物質より濁なるものを腸に降ろすという作用を昇清降濁作用といいます。降濁作用が大便に繋がると考えれば簡単な理論です。
気 血 津液の相互関係
気と血の関係を語る上で四文字熟語で、気為血帥チーウェイシュエシュアイ血為気母シュエウェイチームーという言い回しがあります。気は血の帥であり、血は気の母であるという意味ですが、この意味は、
① 気は血を生むことが出来る。営気は五臓の気の作用により血となる。
② 気は血をめぐらすことが出来る。血は心の宗気作用により動く。血は肝臓の疏泄(そせつ シューシエ)作用により滞りなく動く。
③気は血を固摂(こせつ グーシャ)させることが出来る
固摂の具体的解釈を述べれば、無理なダイエットによる若い女性の出血傾向(皮下、薄、長い生理)は固摂作用の低下であり気虚を考える。
原因不明の歯肉出血(血小板数に異常なし)などは気虚と考え、補気剤として補中益気湯を投与する。
④血は気の母である。
イメージとしては、血液細胞に気が乗っかっているというものです。気は血の元帥(指揮者)である同時に血から栄養をもらっているというイメージを持ちます。
具体的な治療的解釈について述べれば、
血虚に対しては補血とともに補気をおこなう (気は血の帥であるから)。瘀血(ユーシュエ)(気滞チージーが原因の時)には、活血フオシュエとともに行気シンチーを行うということになります。
五文字熟語もありますので紹介します。
奪血者無汗とは、
津液も血も水穀から生成され「津血同源」であるために、大量の出血などの場合は津液も失われ無汗となることを意味します。
奪汗者無血とは、
津液も血も水穀から生成され「津血同源」であるために、大量に発汗すると脈内の津液が不足し血脈が空虚になることを意味します。西洋医学的には血液濃縮の状態といえるでしょう。けっして無血となるわけではありません。
まとめると、気は血を①生成②行血③固摂する。④気は血の師、血は気の母
気と津液の関係
1.気は津液を生むことが出来る
2.気は津液をめぐらすことが出来る
3.気は津液を固摂することが出来る
4.津液は気の母でもある
以上のようになります。
具体的解釈を述べれば、
夏はなぜ疲れるか?汗と一緒に気が失われ気虚になるからと説明します。
イメージを述べれば、汗に気が乗っており、汗と一緒に気も失われるイメージです。
下痢による疲労感は津液とともに気が失われ気虚となる。これを、気随津脱(きずいしんだつ チースイジントゥオ)といいます。津は気を載せると考えます。それで、嘔吐と下痢の後は、気を全うすることが出来ないと中医は説きます。
気虚が進めば、血虚、血瘀、出血、水停滞、津泄の全てが起こりえます。
気血生化の源は脾ですから、脾を強化することがすなわち益気という意味になります。使用する生薬は補気薬ということになります。気虚はすなわち瘀血を生みますので、益気健脾と活血化瘀法の必要性が生じます。
やれやれ、面倒くさい話になってきました。また気分転換しましょう。
さて、本論に戻って、
神疲乏力(しんぴぼうりょく)(疲れやすいこと)、面色萎黄(めんしょくいおう)(顔色に華がなく萎えた枯葉色の黄色)、納差腹張(のうさふくちょう)(食欲がなく、腹が張る)、肢涼便溏(しりょうべんとう)(手足が冷えて、軟便)、顕微鏡学的血尿があり、舌質が淡暗、脈が沈細などの証があります。脾気が虚損し、固摂の低下で不摂精となり、不統血になるが故に、蛋白尿や血尿が生じると考えます。運化が失調すれば、清気不足となるために、神疲乏力、面色萎黄、納差腹張、肢涼便溏が生じます。舌質が淡暗、脈が沈細は気虚血瘀の象です。「補中益気湯」加味(黄蓍、人参、白朮、炙甘草、柴胡、升麻、当帰、陳皮、茯苓、川芎、益母草、砂仁)を投与します。黄蓍、人参、白朮、炙甘草、柴胡、升麻、当帰、陳皮は補中益気湯そのものです。人参、茯苓、白朮、炙甘草は四君子湯そのものです。方中、人参(または党参)、黄蓍、白朮、茯苓は健脾益気に、当帰、川芎、益母草は補血活血に、陳皮、砂仁は理気醒脾に作用し、中焦の気机を滑らかに整え、胃のもたれを防止します。柴胡、升麻は甘温の気を上昇させ、甘草は調和諸薬に働きます。肉眼的血尿がある場合には、白茅根、大薊、小薊を加え、湿熱の証があれば、黄柏、石葦を加味し、風邪を引きやすい場合には防風を加味します。玉屏風散(黄蓍、白朮、防風)の組み合わせの「防風」ですね。
前の講座での「銀蒲玄麦甘桔湯」の組成、金銀花、蒲公英、玄参、麦門冬、生甘草、桔梗と全体的に涼寒の性質が強い方剤に比較して、温薬の配合がみられます。
IgA腎炎の病期により、証に即応して治療することの一例が補中益気湯+涼血活血薬の組み合わせでしょう。
続く。
ドクター康仁 記
投票に行ってきました。明日の未明までには次期政権が決定されるでしょう。
すこし本論に戻りますが、
瘀血とは?
体内における血液停滞、離経の血液など経脈と臓腑の阻滞した血の総称をさします。
気滞により血が十分にめぐらず血瘀が生じる。
気不摂血により出血し離経の瘀血が生じる。
気虚によっても血が十分にめぐらず血瘀が生じる。
(血寒によっても瘀血は生じる)
(血熱によっても離経の瘀血を生じる)
実は解説しているとキリが無いのです。
口にチャックして話すことをやめたMonroeを最後にどうぞ。
I've made up my mind not to speak any more tonight.
Marilyn Monroe original woodcut by Dr. Kojin.