かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

渡辺松男の一首鑑賞 295

2016年04月16日 | 短歌一首鑑賞

 渡辺松男研究36(16年3月)
    【ポケットベル】『寒気氾濫』(1997年)122頁
     参加者:石井彩子、泉真帆、M・S、鈴木良明、曽我亮子、船水映子、渡部慧子
     レポーター:鈴木 良明
     司会と記録:泉 真帆

295 残業を終えるやいなや逃亡の火のごとく去るクルマの尾灯

         (レポート)
 さしあたって今日の課題を残業で処理し「逃亡の火のごとく去るクルマ」の尾灯を見送りながら、
作者自身も残業を早く終えて競うように帰ろうとしている一人なのだろう。たぶん、そのような日々が連日続いているのだ。(鈴木)


          (当日発言)
★先を競って帰る車の後ろの灯を「逃亡の火のごとく」と喩えられて面白いけれど、やはり悲哀を
 覚えます。(石井)
★みんなおんなじ思いで仕事してるんだなあって作者は見ていて、部下を思いやり、詠んでいるの
 ではないかしら。(M・S)
★作者はまだ仕事が残っていて帰れない。いいなーもう帰れて、という気持が入っているのかしら
 と読みました。(船水)
★「逃亡の火」というと、追っても追っても逃げてゆく火を表していると思う。そういうように慌
 てて「残業を終えるやいなや」いなくなるのは、狡い、ってそんな感じじゃないか。自分じゃな
 くて、ひとのことがらですね。(曽我)
★逃げてゆく人は、他の人ですね?(鈴木)
★自身も入っているんじゃないですか。(慧子)
★「尾灯」だから見送っている感じ。自分も一緒だと尾灯は見られないから。(鈴木)
★自分自身もその中のひとり。おそらく皆と同じように残業をやっているんでしょう。(石井)
★「火のごとく去る」とあるから自分はこっちにいるのでは?(鈴木)
★まだいるんでしょうね。(船水)
★ともに行くんだったら「去る」という印象はない。(鈴木)
★そうなると自分は傍観者みたいになっちゃう。(石井)
★いやいや、見送っているという感じをみんな抱えている訳ですよ。「あ、あいつらいいな」って感
 じはある。いち早くみな競うように逃げる訳ですから。(鈴木)
★前の車しか見えませんね、もし流れの中にいるとしたら。(船水)
★作者は一緒になって一番先頭になって逃げてるわけじゃない。その感じが、逆にすごく染みるんで
 すよね。(鈴木)  
★僕はまだ仕事があるんだーっていう。(船水)
★作者も同じ時間帯に残業を終えたのでしょうが、他にバーッと去る人たちがいて、自分自身 もそ
 ういう連中の一人なのかなあ、という感じで詠んでらっしゃると思いました。(石井)


      (後日意見)
 〈われ〉も残業を終えて帰ろうとしている。ふっと窓外を見ると仲間が我先にと帰宅を急ぐ車の尾灯が門を出て行く。「逃亡の火」とは戦さに敗れた人々が小さな火を灯しておのおの別の方向に散っていくイメージだろうか。早く帰れる同僚を羨ましがっていると読むより、〈われ〉も先を争って帰るひとりと見る方が俯瞰的な視点が出て歌柄が大きくなるように思う。(鹿取)