Fe.5 2006 ブラジル無念

2006年02月05日 | 風の旅人日乗
2月5日 日曜日 メルボルン

さあてと、ボルボ・オーシャンレースのメルボルン・イン‐ポート・レースの報告の続きです。
どこからだったかな。
そうそう、第1風下マークで、『ブラジル1』がジブを絡めてジブシートを引けなくなってしまい、『パイレーツ・オブ・ザ・カリビアン』に追い上げられている、というシーンでした。

そのときに16ノット前後まで上がっていた風は、さらに上がる傾向を見せていた。
なのに、3位回航の『ABN AMRO1』も、6位と遅れている『ABN AMRO2』も、この2隻だけがオーバーラップジブ(つまり、面積が大きいわけですね)を、迷う気配もなく揚げていて、一向に苦しそうな(オーバーヒールしたり、メインがバタついたり)様子がない。余裕たっぷりで走っている。

ここで、3週間ほど前に、ヨーロッパのスロベニアでセーリングしながら(1月10、11日あたりの日記参照してください)でラッセル・クーツから聞いた情報を思い出す。
ラッセル言うには、
「『ABN AMRO』の2隻のキール・バルブは、ほかのファー設計の4隻よりも数百㌔重いらしいぞ。」
とのこと。

『パイレーツ・オブ・ザ・カリビアン』のプログラム・マネージャーのキモ・ウエリントンによると、キールバルブの重さが100kg違うと、例えば南アフリカのケープタウンからメルボルンまでのレグでは、予測される風向風速をインプットしたコンピュータによるシミュレーションによれば、同じ船型の船でもフィニッシュ・タイムが12時間ほど違うらしい。
もちろん、重いキールバルブのほうが12時間早くフィニッシュする、とコンピュータが言っているのだそうだ。

メルボルンの到着時間で、3位の『パイレーツ・オブ・ザ・カリビアン』は1位の『ABN AMRO1』に約2日、48時間遅れてフィニッシュした。キールバルブの重さだけのファクターでみれば、コンピューターは400キロ『ABN AMRO1』のほうが重いと言っているかのようだ。
しかも、今回このレグは、スタート直後の2日間と、フィニッシュ前の数日間、通常では考えられないような無風・微風に見舞われている。そういうコンディションでは、重いキールバルブは逆に負の要素になる。もし、このレグで通常どおりの強風が吹きつづけていれば、『ABN AMRO1』の優勝タイムはさらに圧倒的だった可能性がある。

しかし、もし、『ABN AMRO1』のキールバルブが、ラッセルの言うとおりに他よりも重いとして、ボルボ・オープン70の厳しいボックス・ルールの中で、どのファクターを、どのように操作してその重さを引っ張り出してきたのだろうか。
明後日、火曜日に『ABN AMRO1』スキッパーのムース(マイク・サンダーソン)とゆっくり話をすることになっているので、聞いてみよっと。

ニュージーランドのセーラーの間では、マイク・サンダーソンと言っても誰も知らない。ムースのことは、あだ名のムースでしかほとんど知られてません。おそらく、お父さんお母さん以外、誰も知らないのではないだろうか。
このレースに優勝して、世界のメジャー・セーラーになれば、ニュージーランドでも本名が知られるようになると思うけど。
ムース(へら鹿)って動物の顔、知ってますか? とっても人の良さそうな、かつ、かなり特徴のある顔の動物です。知ってたら、町中でマイク・サンダーソンに会ったら「あ、あの人がムースだ」ってすぐ分ると思います。
セーラーとしてこんなにすごいとは思ってなかったけど、人間としては、間違いなく、ものすごくいい奴です。

で、そうそう、『ブラジル1』の危機でした。
ぼくはここで当然、次の第2風上マークでは、ポール・ケアードの『パイレーツ・オブ・ザ・カリビアン』がトップに来ると思ってました。
カリビアン、来ませんでした。

第2風上マークでトップに来たのは、パフで18ノットくらいまで吹き上がってきた風の中を、大きなジブで余裕で走って来た、ムース率いる『ABN AMRO1』。
すげー、速い。
危なげないクルーワークもあって、もう1ラップ、コースを周回するうちに、『ABN AMRO1』はさらにグイグイ後続を引き離して、ダントツのトップ・フィニッシュ。
すごい。15ノット越えると、無敵のボート・スピードだ。

昨年11月、スペインのサンセンソでの、超微風で行なわれた最初のレースでビリ(そのレースに参加しなかった1隻を別にして)を取ったときには、「ムース、やっぱりダメじゃん。頑張れよ」って感じだったけど、今日のレースの勝ちで、『ABN AMRO1』は総合ポイントで圧倒的優位に立ったし、
しかも、15ノット以上の風での、この艇速の差は、半端じゃない。無敵のスピードだ。
艇速がいい上に、ワッチ・キャプテンのマーク・クリスチャンセン以下のクルーもよくまとまって強い。
マストが折れたりとかいった大きなトラブルが今後の3,4レグで起きない限り、VOLVOOCEAN RACE 2005-2006の優勝にかなり近いところに来ていると思う。

ムース、すごいなあ。
ニュージーランドのオークランドの、水曜日の夕方のハーバー・レースでさえ、なかなか勝てなくて、いつもビール飲み飲み、弱々しい笑顔で悔しさを隠していた、あのムースがなあ。ボルボ世界一周レースの優勝スキッパーになる日が近いのか。
くそったれ!、ムース。

応援していた『ブラジル1』は、第2風上マーク直前で、スターボードへのタック直後に、いきなり、なぜか突然、失速。その間にムースから風上を突破されてしまうものの、そのマークをなんとか2位で回った。
しかしその後、ジェネカーを揚げるときにツイストさせて破ってしまい、そのトラブルに対応している間に5位にまで落ちてしまった。

艇のスピードが非常に速いボルボ・オープン70クラスでは、マーク回航の失敗や、セールのトラブルなどがあると、トップから最下位近くまであっと言う間に落ちてしまう。ちょっとしたミスが、とんでもない距離差になってしまう。レース結果における天国と地獄が、いつも隣り合わせだ。
こんなに緊張するセーリングを南氷洋を爆走している間ずっと、こいつらはやってるんだなあ。大したもんだなあ。

さて、上位6艇はこういうレースを展開してましたが、もう1隻も走っています。友人のジェフ・スコットも乗っています。
その7隻目、唯一の地元オーストラリア艇『ブルーネル』は、第1風上マークを、スタートで大きく遅れた『エリクソン』の少し前を回った以外、他の6隻に、コンスタントにどんどん離されてました。気の毒だった。

この艇は、レグごとにスポンサーが降りてしまい、そのたびに新しいスポンサー名に艇名が変わるので、しかも新しいスポンサーはいつもレースの直前になってやっと決まるので、レース当日にこの艇のことをどう呼んだらいいのか、ほとんど誰にも分らない。おそらく乗っているクルーたちも、その日に着るTシャツが配られるまでは、自分の船の名前を知らないんじゃないだろうか。いやいや、それは言い過ぎか。

この日のレースでも、ラジオの実況中継があって、アナウンサーは各艇のスポンサーを重んじて、『パイレーツ・オブ・ザ・カリビアン』のような長い艇名でも、常に几帳面にフルネームで呼んでいたのに、肝腎の自国艇については『ブルーネル』という名前を覚えきれなかったようで、時々「オーストラリアン・ボートはさらに遅れていっているようですね。」と、突き放したように、簡単に端折って伝えていた。

今日はこれから、そのオーストラリアン・ボートに乗せてもらってセーリングです。
オーナー・スキッパーのグラント・ワーリントンの機嫌が良さそうだったら、なんでこんなに遅いのか、理由を聞いてみようかな。
いや、やめとこう。
グラントの、捲土重来を期した次の挑戦への意気込みを聞いたほうが、遥かに建設的だ。

あと、昨日の『ブラジル1』の失速の理由が、今朝の取材で明らかになったので、追って報告します。

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