7月4日 東京 チームニシムラセーリングイベント開催

2010年07月05日 | 風の旅人日乗


毎月第1日曜日は、東京・有明の船の科学館のイベントプールで、チームニシムラ体験セーリングイベントの開催日。
これまでずっと6月の最終日曜日に開催されていた座間味~那覇間のサバニ帆槽レースが、今年は7月第1日曜に行われることになったため、日程が重なってしまった。

自分にとってどちらも大切なことだが、身体は一つしかない。

沖縄には行かない。
その代わりに東京で、日本のヨット設計者の草分けである横山晃さん・一郎さん父子が設計した小型ヨットで、できるだけたくさんの大人と子どもにセーリングを体験してもらうのだ。

私たちチームニシムラが所有している小型ヨットは、サバニ船型の素晴らしさに惚れ込んだ故・横山晃さんが、その船型のキモの部分を取り入れて設計したもの。

つまり、この小型ヨットに乗ることは、沖縄のサバニに触れることにもなる。
そんな小型艇で多くの人たちがセーリングを体験することは、たくさんの日本人に自分たちの祖先が作り出したもののDNAに触れてもらうことになる。




この日もチームニシムラの面々が集まってくれ、先月に予行練習したとおり、プールの両サイドに2名ずつのサポート&救護担当を配する。
M橋ご夫妻、Mさん、A島君、I 君、暑い中、いつも本当にありがとうございます。

プールの中に入って、泳ぎながら人間監視艇の役目をしていると、人工的な色ではあるけれど、東京・お台場にある船の科学館のイベントプールの水の色が、遠く、沖縄・座間味島の古座間味浜の海の色を思い出させてくれる。





プール使用の割り当て時間が限られていて、午後1時から4時半までの、わずか3時間半だったが、今回も67名もの人たちにセーリングを体験してもらうことができた。
もし、丸一日プールを使わせて頂けたら、昨年と同じように毎回100名以上の人たちにセーリングを体験してもらうことができるだろう。

この日も、乗った人たちほとんど全員が、
「え、これ今、風だけで走っているんですか? 信じられない!」
「すごーい! 速いですねー!」
「静かですね!」 
「風って、どうしたら見えるんですか?!」
って、乗っている間中ずっと興奮している。

もっともっとたくさんの人たちにセーリングを知って欲しいな。
この日も、10人近くの人が時間が足りずに乗れなかった。

どうしたらいいのかな。



ご家族が、お父さんとお姉さんチーム、お母さんと妹チームに分かれてセーリング。
ご家族の皆さん、かなり盛り上がっていたのですが、写真がヘタでした。スミマセン。
この写真を撮った直後に、カメラモードのままの携帯にサバニのチームメンバーから電話が入った。

整備に追われて練習がほとんどできなかったため、今回は完走が目標だと言っていたのに、なんと、見事古式2位に入ったとのこと。
おめでとうー!


7月某日 鎌倉 

2010年07月05日 | 風の旅人日乗
[photo by Shigehiko Yamagishi/KAZI magazine]

先週、6月最終週から7月の始まりにかけての週は、結局毎日鎌倉に通うことになった。



日本で初めて小学校の正規の授業としてセーリング教育を実施している現場に立ち合い、光栄なことに、開校式で、挨拶までさせていただいた。






その翌日の鎌倉湾でのセーリングは、新しく日本に入ってきた小型ヨットのテストセーリングでもあり、いつもお世話いただいているマリンウエアブランドのHHの新しいネオプレーン・ボトムのテストでもあった。


[photo by Shigehiko Yamagishi/KAZI magazine]

ネオプレーンのボトムは、微風のときなどに膝を折って乗らざるを得ないときには、膝裏がうっ血して辛いことが多いが、新しいHHのボトムは、後ろ側に使っている布地の厚さを微妙に変えていて、膝を折って乗っていても不愉快感がほとんどなかった。


[photo by Shigehiko Yamagishi/KAZI magazine]


[photo by Shigehiko Yamagishi/KAZI magazine]

この小型ヨットに試乗した感想などについては、8月発売のKAZI誌で報告する予定です。


翌日はそのウエアを試着しての報告も兼ねて、鎌倉に新しく開店したHH&ノースフェイス・ショップのオープニングセレモニーに顔を出させていただく。
旧知の人たちに会ったり、未知の人たちを紹介してもらったりして、有意義な時間を過ごせた。
そのあと行こうとしていた豆腐料理屋さんはお休みだったのが、ちょっと残念だったけど・・・。


そしてその週最終日の金曜日も、仕事の打合せで由比ガ浜西側エンドの坂ノ下まで。

歩いて葉山から逗子に出て、披露山を迂回して鎌倉の材木座海岸まで出たら、鎌倉時代の築堤跡、和賀江島の手前に、漁船が数隻アンカリングしていた。
鎌倉時代も、こんなふうに舟を泊めて、南風を凌いでいたのかな。

和賀は材木座の本来の地名で、当時この湊に木材が多く集散したため、新しく材木座と呼ばれるようになったらしい。



今では、その和賀江島の前は、ボードセーリングの専有エリアのようになっている。
遠くに、稲村ガ崎の切通しと、江ノ島が見える

坂ノ下の知人宅の庭にテーブルと椅子を出して昼ご飯を食べながら、結構手応えのある仕事の話をしたあと、再び歩いて葉山に戻る。

沖合いから真っ黒い雷雲が接近して来ていて、帰りつく前に夕立に遭ってしまったら、デイパックの中にある資料や書類が濡れちゃうな、とハラハラだったが、なんとかセーフ。

雨は、日が暮れてからやってきた。