鳩山首相が渦中の真っ只中に入り込んでしまいました。国民の一人として傍観していてよいのか、と自分自身さえ何一つ果たせない無責任さを痛感します。沖縄の人々の苦悩はそう簡単に解消できないかもしれない。しかし、解決の道はあると信じるような対策を日本政府が提示しない限り、永久に沖縄のアメリカ化は見通しの無いまま現状から一歩も前進しない恐れを危惧します。
ぼくは沖縄を3度ばかりいったことがあります。素晴らしい自然を残し、陽気な人々の振る舞いにすぐに親しくなります。しかし戦争の足跡を見たとき、多くの人々が自らの命を海や祠(ほこら)で軍人の命令によって絶っていったあの悲惨さは想像しただけでも胸が苦しくなり、涙を禁じえません。
頑迷なアメリカとこのような基地化を受け入れた当時の政党はどこだったのか。過去に背を向ける人は未来さえ創ることにも目を向けない、といわれるように、なぜこのような現状を作り上げてしまったのか。自省だけでは済まされるとは思えません。同時に僕たちもあまりにも無関心すぎた気がします。
核廃絶の世界会議を進めながら、平和を近づけようとしない国のエゴイズム。どこが僕たちにとっての敵なのか、僕たちはアメリカのいう仮想敵国のために、あるいは海外への発信基地として戦闘機が飛ぶ現実を知って本当に声を大にして日本は平和な国ですといえるのでしょうか。
何よりも、日本人の精神はもっと強く無ければならないといけないと思います。それは市民としての権利をもっと主張するということです。苦しんでいる人たち、困っている人たちの心に寄り添い、一緒に考えるような心の広がりと優しさ、そして強さを持たない限り、この問題は日本の問題ではなく、沖縄の問題に留めてしまう恐れを感じます。
最近の政府の動きをみていてもひ弱さを感じるし、かつて天下を取っていた政党が反対論を主張する無節操さにあきれてしまいます。
やさしいタイガー