初心者のクラシック

有名な曲からおすすめの曲まで、できるだけ初心者にも分かり易く紹介します。

リヒャルト・ワーグナー(最終話)

2007年06月19日 | 作曲家の生涯
たまには、作曲家の生涯にふれてみてはいかがですか?

今日はウィルヘルム・リヒャルト・ワーグナー(最終話)です。

≪作曲家の肖像≫
ワーグナー:管弦楽曲集(2)
シカゴ交響楽団, ワーグナー, バレンボイム(ダニエル)
ワーナーミュージック・ジャパン

このアイテムの詳細を見る
【Wilhelm Richard Wagner】

「ニーベルングの指環」を完成してバイロイト音楽祭でこれを上演しますが、これに満足する事無く新作に取り掛かるワーグナー。今日はその続きからです。

(第12話)【終幕】
ワーグナーは「パルジファル」の作曲に向けてペンを進めていきます。1878年台本が先立って完成します。しかしこの頃からワーグナーは心臓発作を起こすようになり、次第に体調を崩していきます。このとき既に60歳を迎えていましたから、長年の苦労がここにきてどっと表れたのかもしれません。

1880年には医師の勧めでイタリアへ向かいます。コジマ夫人は音楽の他に絵画にも興味があったようで、イタリアの名立たる美術館をワーグナーの手を引いて周り、イタリア旅行を存分に楽しんでいたようです。

イタリア各地を周り、なんとか体調を整えながら「パルジファル」を完成させると、バイロイトに戻り、この上演に取り掛かります。
1882年、第一回から実に6年ぶりに第二回バイロイト音楽祭が開催されます。第一回とは違い、名立たる王侯貴族が詰め掛ける事は無かったようですが、ここで「パルジファル」を初演すると、大成功を収めます。

バイロイトで「パルジファル」の初演を終えたワーグナーは再びイタリアのヴェネツィアに向かいます。年老いたワーグナーは来客を避けひとりで過ごす時間が多くなっていたようです。大作を完成して音楽祭も成功した彼にはやり遂げた感があったのかもしれません。

やがてワーグナーは夢を見るようになります。最初に夢枕に表れたのは自分自身だったようです。いわゆる「ドッペルゲンガー」ですが、当時からこの現象を自覚した人間は「死の前兆」とされ、忌み嫌われています。夢の中とは言え、不気味な体験は精神的にもいい影響を与えなかったようです。

1883年1月には、前妻のミンナが夢枕に表れます。続いて2月には母ヨハンナを夢に見ます。母親もミンナも既に他界しています。2月12日にはヴェーゼンドンク夫人も夢枕に立つありあさまでした。

2月13日、コジマがピアノに向かってシューベルトの「涙を讃えて」を弾いていると、自室で机に向かっていたワーグナーが心臓発作を起こし、駆けつけたコジマの腕の中でそのまま帰らぬ人となってしまうのでした。享年70歳の波乱万丈に満ちた生涯に幕をおろします。

【その後】
ワーグナーが世を去ったその日、コジマは、あまりのショックにその場を離れることができず、ほぼ丸一日をその場で過ごしていたようです。その後も愛する夫を失ったショックは後を引き、呆然としたコジマは生気を失い一時期はその生命に危険が及ぶほど体調を崩していたようですが、どうにか生気を取り戻したコジマは夫ワーグナーの意思を継ぎ「バイロイト音楽祭」を、ほぼ毎年開催していくようになります。
さらにコジマの後には息子ジークフリート・ワーグナーが、そして、現在はワーグナーの孫にあたるウォルフガング・ワーグナーが総監督を務めその意思を継いでいるようです。


山あり谷ありのまさに波乱万丈の人生を絵に描いたような生涯でしたが、現在でも開催されているバイロイト音楽祭を考えると、その苦労も報われていたのかもしれません。


【その他の作曲家の生涯はこちら】

音楽ブログランキング
   
「くつろぐ」ブログランキング⇔こちらもよろしく


最新の画像もっと見る

コメントを投稿