あぁ早く明日来ないかな。
今朝すれ違った
男子高校生の会話から
その台詞だけが
ぴょんと飛び出して
聞こえてきました。
ゆうべの今朝で
これですもの。
宇宙ってやつは。
日曜日の夜の
渋谷区の公営ホールは
735席が満員御礼。
運営してる出版社は
たぶんこれが初めての
企画なのだとおもわれ
ぐるぐる渦巻き衝突する
ひとの流れに
なすすべもありません。
怒号のひとつも飛び交いそう
ですがそうならないのは
今夜の講演をなさるのが
佐治晴夫さんその人だから。
毎月楽しみにしている
東急のフリーペーパー
巻末の佐治さんコラム
なんだかここ数ヵ月
字数が減る傾向にあり
84歳というご年齢に加えて
大病をかかえていらっしゃるので
執筆に支障があるほどに
お元気ないんじゃないかと
心配していたのですが
仄暗いステージのグランドピアノに
下手からすっと近づいて座る影
その頭にはなにやら触角が
ふるふる揺れています。
奏でるバッハはなぜかいつも
心にしみて涙してしまう
アヴェマリア。
やだなぁ、もう、
絶対なんか仕込んでるのに
笑わすつもり全開なのに
しょっぱなから泣いてるわたし。
弾き終わってライト浴びたら
宇宙人のお面かぶった
佐治さんが満足そうに
お辞儀したのでした。
今夜の講演は
一冊の本を書き上げられて
ご自分にとっては
「ごほうび的区切り点」
なのですって。
本のタイトルは
「詩人のための宇宙授業」
明治終期に短い命を輝かせた
金子みすゞさんの詩と
それを独自の視点で
佐治さんが解説してくれる
そんな本です。
講演ではそのなかから
いくつかの詩を選び
話をしてくれました。
さらには、
「どうしても曲をつけたくて」
という特別な二編について
ソプラノ歌手の土井裕子さんが
歌ってくれるシーンも。
佐治さんのお話を聞いていると
とても心が穏やかになり
浄化されるような気がします。
ゆらゆら燃える炎を
眺めているときの気分に
似ています。
とりわけ心に残ったのが
明日という詩と
それにまつわるお話で
『明日が必ず来るということを
数学者としての私は
証明できない
ただ、たぶん来るであろう
ということは言える
ほんとに来るかどうかは
来てみないとわからない
人は、半分確か、半分不確かな
明日という日に
希望を見いだすことができる
その希望こそ、生きる力になる』
というものでした。
佐治先生に
今日の終わりはいつでしょう?
と投げかけられ
はたと困りました。
23時59分の時点で
あと1分後ですけれど
23時59分59秒の時点では
あと1秒後で
それで、さあ、いよいよ
0時00分になったら
これは
今日のはじまり
ですよね。。。
いつまでたっても
到達できない
明日
なわけですけれど
でもたぶん
着いちゃったら
つまんないんだとおもいます。
毎日を精一杯
明日を楽しみにしながら
生きたいとおもいます。
そして佐治さんが
88歳になったら開催するという
コンサートに参加できる日を
わくわく待とうとおもいます。