MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

秋虫

2009-09-28 | Weblog
  秋虫


哀れにも
歌うことしか
知らないし
 
歌はひとつしか
知らないし

だから
何をしようにも

私は悲しい
唄うたい






。。。。。。。。。。。
イラストは龍一
プロパガンダの頃の。
古いです。
詩とはまったく無関係。
思えば
鼻の下の溝が愛しい。
今は白髪になりましたね。

螺旋の壱

2009-09-23 | Weblog
螺旋の壱



どうにか完了いたしました。
何度、読み返しても
チェック漏れが終わらないのには参ります。
誤字、脱字、ETC。
まだ、完成形ではありません。

どうしても気になるのですが
小学生の1年に
あんな会話能力はないと
いつも思っていました。
でも、設定上1年ということで
書き進めてしまいました・・・
でも、どうしても気になるので
3年ほど上乗せしようかと考えています。

ゼロで長野だった設定が山梨になり
ワンで1年だった設定が9歳、小4になり
(香奈恵は16歳)
ツウではそうなると
小学生6年ですか。
香奈恵は受験生になると思います。
いいかげんでごめんなさい。

平均2年前後でどうにか書いています。
ツウができるのは・・・
いつになるんだろうと
ちょっと心配です。

他の話を載せようかとも
思ってますが
それも書きかけ・・・
おおきなドツボにハマってしまいそうですが
気長にお付き合いいただけると
幸いです。

感謝をこめて。



。。。。。。。。。。
このイラストを見てわかる人は
もういないかもしれないけど。
若き日の情熱です。

スパイラルワン10-2

2009-09-22 | オリジナル小説
アギュは渡を見やる。渡は目が落ちそうなほど見開いて両手をきつく喉元に当てている。彼の緊張を和らげるようにアギュは微笑み、覚悟を決めた。
「アナタの魂がどこから来たのか確かめなくてはいけません。そうすれば、その苦しみも消えます。わかりますか?ワタシもそれを確かめたい。」
「ぼ、僕はお母さんの子供ではないの?」
「そんなことはありません。魂がどうやって宿るか、はっきりわかってるわけではありませんが。アナタはアヤコさんのコドモです。まちがいない。ニクタイとタマシイの起源は違うのです・・・」本当はアギュにもその確信はない。ただ、渡の母の胎内にいた胎児が一度、死んだことは敢えて言わなくてもいいことだ。
先に死んだ赤子に別の魂があったのかどうかはアギュにも断定できない。
「ただ・・・」アギュはいよいよ核心に触れなければならない。
「アナタのタマシイを追って来たものがあるのです・・・それのことは、おそらくどの世界でも普通ではない。」
「えっ?!」当然、渡は驚いた。理解を超える。
「アナタはジンのことをどれだけ知っているのですか?」
「ジン・・?」
「そう、ジン キョウイチロウです。」
「知ってるっていっても・・・この間、初めて会っただけだけど。」
「見てください。」アギュは輝く衣で床を撫でるように手を動かした。すると床から空中へとグルグルと立ち現れたモノがある。それは光の蔓のように立ち上がり、成長しあっと言う間に空間を立体に埋め尽した。
「これは!」見覚えがあった。はっきりとした確信はなかったが。
「見たことある・・これはあの円盤に浮かんでた・・・?」
「これはワレワレのセカイの古代文字です。」
「古代文字・・・」「アナタはコレが読めますか?」
「読めないよ!読める訳ない!」アギュは宙に浮かぶ文字を指で追った。
「でも、アナタはジンに導かれてこれを解いた。」
「解いた?」「アナタはあのフネを動かしたでしょう?」
渡はジンが囁いた言葉を思い出す。『動けって思うんだ。思うだけでいい。』渡は震える。自分と言う存在が怖くて。心細くて。
「僕は・・・?どうして・・・?」
「どうしてかはワタシにもわからない。知ってるとすればジンです。このモジをアナタが知っていたことがモンダイなのです。」アギュは言葉を切る。
「ワタシはキーだと言いましたね。アナタもキーです。」アギュの指は空中で戯れ続け、渡はその文字に触れることを怖れて身を小さくする。
「アナタは知っているのです。だから・・・アナタはキーなのですから。このモジに感応することはキーの第一の特徴なのです。この果ての地球にいるアナタがこの文字に反応することは・・・この世界にワレワレの世界から古代にフネがやってきたことの・・・これは証拠なのです。」
「証拠・・・」
「アナタの力も。そこからおそらく来ているはず。」
「僕の?」渡は広げた自分の掌を凝視した。
「なんで・・・なんで僕にこんなことができるのか・・・そうしたら、わかる?」
「おそらく。」アギュはうなづいた。
「アナタに力を貸して欲しいのです。」
「僕に?」
「ジンを見つける為に。ジンから話を聞く為に。フネを見つける為にです。」
渡はそこが夢であることも忘れて自分の顔を掌で叩いた。音はしなかった。
「阿牛さんは・・・なんで、船を探しているの?」
「遠い昔にワタシタチの星からこの地球に来たフネです。ワタシタチはずっとずっとそのフネの行方を探していました。それはもう何万年も。そのフネにはとても大事なものが乗せられていたのです。それを回収したいのです。」
「フネ・・・」「それを見つけるのがワタシ達の使命。」
「そうか。」渡は納得する。やっと笑みが浮かんだ。
「それを探しに阿牛さんは来たんだね。あ・・・!」その顔が不安に曇る。
「ユリちゃんは・・?ユリちゃんも・・・?」
「どこまで信じてもらえるかわかりませんが。」アギュは諭す。
「ユリは地球人です。ワレワレの宇宙で育ちましたが。ユリのハハオヤは地球から
宇宙に来たヒトでした・・・そして、今ハハオヤの故郷に帰って来たのです。」
渡から見た阿牛さんはなぜかその時、とても悲しそうな顔をした。
「だから・・・ユリはあなたと同じ、地球人です。」
「良かった・・・」渡は力を抜いた。
「わかりました。阿牛さん。」渡は改まった。これは自分の人生でおそらく1番の重要な瞬間だと感じたからだ。
「僕も知りたいんです。自分のこと。それに、ジン・・のことも。」心なしか顔が赤くなる。「変なんです。ジンには僕もなんだか、なんていうか・・・他人と思えないような感覚があって・・初めて会ったのに・・とても、変だったんですよね。それって、すごく気持ち悪いなって思う・・・」
「良かった。」アギュは密かに胸を撫で降ろした。思った通り、この子供は思ったより冷静で大人びている。秘密に包まれた飛来した魂に由来するのか。
「では、アシタ、アギュウソウイチは南米から帰って来ます。アナタはヒトリで神月においでなさい。」
「ユリに会える?」
「ユリも会いたがってます。」
会見を終わらせる雰囲気を感じ取った渡は慌てて呼び止める。心に引っかかることがあった。
「阿牛さん、さっきユリのお母さんは地球の人だと言いましたよね?」
「?」アギュは不思議そうに首を傾げた。
「僕、不思議なものを見たんです。UFOで阿牛さんに助けて貰った後、船から出る時に・・・僕は夢を見たんですけど。そこは宇宙の真ん中で・・・僕は阿牛さんは宇宙から来たんだとそこでわかったんです。」渡はつっかえつっかえ汗をかいていた。「ごめんなさい、僕、変な話をしてますね。」
「いえ、続けて。」アギュは興味を持って先を促した。
「そこで・・・そこでですね、僕は女の人を見たんです。」
「女の人?」アギュの瞳がわずかに蒼みを増した。
「眠ってました。オレンジの光の中で。とても幸せそうに。誰かに似ていると思ったんですけど、その時は気がつかなかったんですけど・・・その人はユリちゃんにすごく良く似ていたんです。」
「・・・・」アギュは息を止めた。渡は気づかずに一生懸命に続ける。
「今、聞いてそれはユリちゃんのお母さんかな、なんて・・・漠然と・・・おかしいですよね。んなわけ、ありませんよね。あの人もすごく若かったし。」
アギュの目は渡をもう見てはいなかった。蒼い蒼い瞳は揺れて、どこかに逸れた。
「ワタル・・・」「ごめんなさい、変なこと言って!」
アギュは恐るべき努力で自分を立て直した。
「ワタル・・・アナタが見たのは・・・」アギュレギオンの無意識の世界。この普通ではない魂の子供はそれに同調したのだ。アギュは口を閉じると微笑む。
その瞬間、何かがぶれた。アギュの声が僅かに高くなった。
「ありがとう、ワタル。」「阿牛さん・・・?」
どうしたのだろう?アギュは輝いていた。さらに内から陽射しに照らされるように。
オレンジ色の明るい輝きはアギュの胸から射して彼の体を明るい紫色に彩っている。そしてその顔は・・・まるで子供のような表情が浮かんでいた。
「さあ、もう眠りに帰りなさい・・・ワタル。アシタ、忘れずに神月に・・・。」
声は裏返りかすれた。しかし、不思議と渡は違和感を感じなかった。アギュの喜びが渡にも感染していたからかもしれない。
アギュはそっと渡を眠りの中に押し返す。「待ってるから。オレも・・・」
渡は心地よい眠りの中に滑り降りて行った。

しかし、数時間後、渡は飛び起きた。
なんだろう。誰もいない。いつもの自分の部屋。鯉のぼりの影もない。
アギュとの会見。それは夢ではない。それは確信している。
そして、眠ったはずなのに。
とてつもない悲しみに起こされた気がした。心臓がドキドキする。パジャマの上から押さえた。生地は汗で湿っていた。渡は灯りを付けずに窓をみた。
廊下に忍び出る。香奈恵が付け忘れたのか、いつも灯りが付けっぱなしの廊下は暗い。暗いけど外の僅かな光で床が光っている。
渡は音をたてないように静かに窓を開いた。
今日もザワザワと風で木々が鳴っている。黒い揺れる木の枝に黒い影が見えた気がする。しかし、なぜか以前のような恐怖はわき起こらなかった。
中腹に輝くユリの灯りせいだろうか。阿牛さんとの会見のためかもしれない。
渡はその影にジッと目を据える。そして呟いた。
「ジン・・・?」影は動かない。「ジン!」ちょっとだけ声を大きくした。
返事はなかった。当たり前かとも思った。なんでジンの名前を呼んだのかもわからない。渡は目を凝らして黒い影をしばらく見つめていた。
誰かがいたような気がした。しかし。
気がつくと、木の影は消えていた。




次の日。
朝食の席で渡は父から、神月に阿牛さんが南米から帰って来たことを知らされた。
「じゃあ、シドさんも?」香奈恵はあからさまに喜ぶ。
もうすぐ、ガンタも正虎と一緒に夕方には戻ってくると母親達はニコニコした。今日は久しぶりに腕を振るおう。香奈恵の母の揚げ物も板さんのお味噌汁も。
ユリは父親としばらくいると言う。
「あんなことがあったんだもの。阿牛さんも少し、仕事を減らさなきゃ。」と母はため息をつく。「トラちゃんもだけど。あんなかわいい子を置いて仕事で外国ばっかり。気が知れないわ。」気が知れないと言えば、正虎の親は今回も帰国しないらしいと、大人達は眉を潜めた。その辺りから、子供達は台所から追い払われたが、渡は母に呼び止められた。
「ユリちゃんがあなたに会いたがってるそうだから。宿題終わったら、神月に行っていいわよ。」渡もそのつもりなのは言うまでもなかった。「お昼も向こうでおよばれしなさい。」
香奈恵が後で聞いたら悔しがるだろう。さらに何を言われるかと思うと憂鬱になりかけたが、今の渡はその心配を振り払う。ユリに会える。
そして、阿牛さんにも。


渡が息を切らして神月の門にたどり着いたのはちょうどお昼の前だった。
書き取りはかなり雑になり、数学に至っては答えの自信がまったくない。
でも、そんなことはどうでもいいのだ。
ベルを鳴らすのももどかしく大きな木のドアの前に立った。

「おう!」ドアを開けたのはガンタだった。
「ようやく、来たな。」
渡はいつものガンタであったが、なんだか声に詰まった。もしかして、そういうことは・・・ガンタ達もなのか?。多分、そうなんだろう。胸がいっぱいになる。
「そんなに緊張するなよ。」ガンタは笑う。
「みんな待ってたんだぜ。」
「ワァタルゥ!」声はまだよく調節されていなかった。
でもユリは矢のように階段を降りて来て、渡の胸にぶつかるように抱きついてきた。「ダ、ダイジョブ?・・・ダッタ?ミ、ミナニ、イジメル、ラレテ、ナイカ?」
精一杯の叫びだった。息をゼイゼイ言わせ、つっかえながらいっぱいいっぱいのセンテンスに渡の目は思わず熱くなった。
「ワタシ、ズット、イキタカッタ・・・ダケド」
「ユリちゃんは一刻も早く、渡と話をしたかったんだよ。だけど、そこは大人の事情でさ。アギュが南米から帰って話をするまでは、ダメだったってわけ。」
「アギュ?」
「阿牛さんの本当の名前はアギュ。僕らの上司だ。」
渡はガンタにうなづくとユリにもうなづく。
「大丈夫、大丈夫だったよ。ユリちゃん。」
「さあ、行こうぜ。」ガンタが長い廊下を導いた。
渡とユリは手を固く結び、片時も離れなかった。

神月の改築された家は渡には久しぶりだった。
手を入れて修復された和洋折衷の洋館は落ち着いた緑の控えめな唐草模様の壁紙と梁はわざわざ古びた白に塗られている。そんな広い天窓が明るく陽光が燦々と降り注いで、玄関のホールは目に眩しかった。
吹き抜けに下がるシャンデリアは、床に朽ちて落下したものを再現したものだったはずだ。かすかに見覚えがあった。
小さい頃は普通に遊びに来ていたはずだ。いつからだろうか?
ユリの父親が怖くなり出した頃からか、渡はユリの家を敬遠するようになる。
思えば、それを見透かしたかのように阿牛さんの留守にはユリが竹本に預けられるようになったのだ。阿牛さんの会社の社員達とともに旅館の離れの寮に。
広々とした応接室に招き入れられると、そこには全員が揃っていた。アンティークの重厚な応接セットには正虎がすまして座っている。渡を見ると黙ってただうなづいた。テラスの窓際から振り返ったシドさんだけはちょっと難しい顔をしていた。
いつもよりさらに機嫌が悪そうに見える。
「待ってましたよ、ワタル。」そして、阿牛蒼一は部屋の真ん中に・・・そこに立っていた。浮いてはいない。しっかりと床から立っている。しかし、渡の目には昨夜、夢であったアギュの姿のままだった。光が少ないだけで。
渡はすべてを改めて確信した。彼はしばらく、呆然とし、もじもじとしてから、ガンタを振り返った。
「じゃあ、みんなも・・・そうなんだね?」
渡はごくりと唾を飲み込む。
これも又、渡の人生に置ける重大な瞬間のひとつとなるのだ。
「俺達はオリオン人なんだよ。」ガンタが真面目な顔をする。
「お前の知ってる、オリオン星座から来たんだと思ってていいよ。」
「はるばると。」アギュが歌うように「フネを探しに。」
汗をかいた渡の手をユリの手がギュッと握る。ユリの指は渡よりも小さく華奢だった。血の通った暖かな指。ユリも、宇宙から来た・・・ユリは地球人だけど、宇宙から来た。阿牛さんによると。阿牛さんのことは理屈でなく、すんなりと納得した渡だったが、ユリやガンタ達のことはまだ漠然とした話に感じられた。
「ワタル・・・イワナイ?トモダチ・・?」ユリが心配そうにゆっくりと言葉を紡ぐ。渡の目を真剣に受け止め、懸命に言葉を繰り出す。いつもと何も変わらない、優しい大好きなユリの黒い瞳だった。
「イワナイデ、ワタル、オネガイ。マモルカラ!ユリ、ワタルヲ、マモル。」
守る? 僕をユリちゃんが? 渡は首を傾げる。でもユリは真剣だ。
「ユリ、ワタルト、トモダチデ、イタイッ!」
(ドラコとも友達になるにょ!)
「あ、変な虫・・・」
ガンタが爆笑する。
(虫じゃないって何度言ったら、わかるにょ!)
「ごめん・・・えーと、なんとか、ドラゴン?」
「仕方がないって、ドラコ!ここでお前が一番、近いのが虫だもんね。」
(ぷぅ~)
「渡、ドラコはワーム・ドラゴンって覚えておいてくれ。一応さ、ドラゴンってことで頼むよ。」
「そうだ、確か、ワームドラゴン。」渡はガンタの肩に現れた鯉のぼりようなものを改めてマジマジと観察する。竜なんだ・・・?巨大なウーパールーパー?
「ごめん・・・僕、初めて見たから。」
「いいって、いいって!」ガンタが言うとドラコはますますふくれた。
(今にシドラにバラキを見せてもらうといいにょ!ワームを侮ると火傷するにょ!)
「バラキとは我の相棒だ。」シドラが見事なプロポーションを見せつけるように歩みよった。大人の女性の肉体に子供とはいえ、渡は目のやり場に困る。今日のシドさんは体の線を見事にあらわにした黒のスーツに身を包んでいる。いかにもやり手の秘書っぽい。「でかすぎるので、この空間にはいられないがな。」彼女は破顔し、ユリを優しく見つめた。ユリの手は渡の手を今もしっかり掴んでいる。
「放すなよ、ユリ。」シドラはつぶやく。「ユリの望みが我の望みだ。」

「では、くわしい話は食事をしながらでも。」アギュがくつろいで声を放つ。
「それで、いいですか?ユリ?ワタル?」
「もう、腹減って死にそうだよ。」ガンタが笑う。
「今日はオリオン風フランス料理のフルコースじゃ。」タトラが席を飛び降りる。
「他ならぬ、わしと調理システムとの合作じゃが、味は保証付きじゃぞ。」
「トラさん・・」
「トラキチで構わぬよ。わしはちっとばかし年上なだけじゃ。」猫の含み笑いが浮かぶ。「なにせ、渡殿とは同級生なのじゃから。」
「そうそう、何も変わらないよ。」ガンタも笑う。
「そう、表面的におぬしは何も変えてはならない。」シドさんが厳しい顔でうなづく。
「できるな?渡。ユリの為に。」

ユリはすばやく手を放すと渡と向かいあった。「ワタル?」困ったように首を傾げた。そして、再び、勢い良く差し出す。
「そうか。」渡は息を吐いた。気持ちが楽になる。
こうなっては、もうさして自分がたいして驚かないことに渡は気がついていた。
渡はユリの手を取る。そして、力強く、握り返す。
「そうなんだ。そういうことか。」渡は誇らしく思った。
「うん。僕は秘密が守れる。任してよ!」
「ワタル!」ユリが抱きついた。「トモダチ!」
(そうにょ!)
「そういうこと!」ガンタとシドラがうなづく。
「そういうことです。」
阿牛さんが優雅に最後を締めくくった。







        スパイラルワン/完

スパイラルワン10-1

2009-09-22 | オリジナル小説
         10.渡とユリ そしてオリオン人達


8月の最期の週末、夏の夜を駆け巡ったUFO騒動は、こうして終結した。
同時にそれは、渡の小学校生活最初の夏休みの終でもあった。

渡はガンタに背負われて下山する途中で無事に祖父と父に保護された。
ユリと正虎も一緒にいたのは言うまでもなかった。
残りの小学生2人、あっちょとシンタニは香奈恵と共に権現山の仙人に連れられ麓まで降りて来た所を捜索隊に発見された。
勿論、ガンタには感謝の言葉と同じぐらいの軽卒を誹る言葉が注がれた。大人が付いていながら子供らの無鉄砲な冒険計画に加担したと見なされたのだから仕方がない。ガンタも自ら反省する所も多々あったのだろう。言い訳のつかない所は、ひたすら平身低頭平謝りに徹した。その姿は潔くもあった。

しかし、関係者の中のもう一人の大人である、権現山の仙人であるが・・・この無宿人はどさくさにまぎれて姿をくらましてしまった。それで一挙に血圧が上昇した警察関係者と大人達は勢いのままに危うく山狩りへと突入するところだった。
ガンタと子供らが口を揃えて事細かに顛末を説明しなければ、彼の身柄は間違いなく首謀者の1人として氏名不詳のまま、全国指名手配になっていただろう。
(後日やはりホームレスはほっておいてはいけないと、村の駐在さんが権現山の彼の住居を訪れたが、もうそこはすでに引き払ってしまった後であった。わずかな持ち物は持ち去られ、そこは人の住処の体すら成さぬ有様だったと言う。以来、彼の姿は神月からすっぱりと消えてしまった。)
月城村の消防団員と青年団は中腹で燻る煙を消しに向かった御堂山の神社跡地で意識を失った女性2人と子供一人の身柄を保護することとなる。(そこには焦げた鳥居と周辺の草むらが広範囲に無惨を晒しているだけで、いつのまにかUFOが墜落して地面に穿たれた穴は跡形もなくなっていた。)

駐在さんが山に逃げ込むのを目撃した、気質らしからぬ男達は車に残された指紋などから覚せい剤の前歴がある暴力団員であることが明らかになった。勿論、言わずと知れた全員が前科者であった。職務質問をかわして山に逃げ込んだ先で行き当たりばったりに地元の子供達を誘拐・・・と、いういきさつは警察も首を傾げるところである。
神保町にある男達の所属する某組事務所は翌日に強制捜査をされた。その時、拉致された女達を組員達が追っていったという話が浮上したのだが、その真偽がはっきりしない。拉致した相手側の組織があやふやで特定できなかった上に、それらしい痕跡がはっきりしなかったせいもある。
シャブ漬けにされていた女子供は命に別状なかったがほとんど薬で眠らされていた為に、解明の助けにはまったくならならなかった。
彼女達はこれから病院で長い更生生活を送る事になるだろう。
その某組組織が持っていたマンションやアパートからも、外国から連れて来られた不法滞在者の女性達が大勢保護された。戸籍のない子供達も何人か保護される・・一番大きい子供で8歳ほどだったが、当然学校にも行かず教育も受けていなかった。4~5歳から客を取らされていたという女の子もいた。彼女達の強制送還その他は取り調べや療養の後の話である。複数の日本人を父親とし国内で産まれた戸籍のない子供達の処遇には、政府は頭を悩ませることになるはずだ。
売春組織の顧客リストも押収され、有名人がいたとかいないとかで世間は大変な騒ぎになった。
神月では翌日から2週間にわたり山狩りが行われたが、暴力団員3人を発見することはできなかった。その組員の写真は、ガンタと香奈恵によって子供らを拘束した犯人であると認められた。この3人は指名手配されたまま、いまだに行方が掴めない。
こうなっては警察は情報の乏しい頭を絞るしかない。ホステス達を連れ出したのは実は暴力団員達当人ではないかと結論づけたのは事件が起こって1月後であった。
すべては、ホステスの足抜けを巡っての争いの果ての相打ちと仲間割れ。恋愛を匂わせるロマンチックな話が週刊誌で囁かれたが真偽のほどはなんともいえない。
平和な村にとっては他所から来たやくざ達が、勝手に女達を巡って争い合い、どこかに逃げ去ったわけであるからその表舞台にされただけでも迷惑な出来事である。
神社跡に火を付けたのも彼らであろうと憶測されていた。

そのことはまだいい。駐在や捜査員達が頭をひねったのは、子供達が拘束された場所からちょっと下った谷の底で頭を割って死んでいた1人の男の死体であった。最初はこの男がシャブ中にされたホステス達を拉致した犯人であるのかとも思われていたのだが、その説は組の捜査が進むに連れて次第に人気を失って行った。たった1人でヤクザの囲ってる女と子供の合計3人を攫う等できるわけがないだろうといのがその主たる理由である。死亡時間だけが事件経過と重なるこの死体がなんらかの協力者なのか、ただの巻き込まれた男なのか、単なる自殺死体であるのか。この男の身許はついに割れなかった。

渡は密かに心を痛めていた。谷底の沢で発見された身許不明の死体。それが神興一郎ではないかと思っていたからだ。むごたらしい死体は子供の検分にはふさわしくなかった。だから、それを確認したのはガンタ一人だった。ガンタはその男を一度も見たことはないと力強く否定する。実際、そうだったからだ。
ガンタが帰ってくるなり、離れで待ち伏せしていた渡はその真偽を問いただした。これにはガンタ自身もはっきりした納得のいく返事ができなかった。ガンタの見た死体はあきらかにジンの服装風体をしていたが、彼の記憶する神興一郎ではなかったからだ。ジンの正体をアギュから知らされていたとはいえ、この絡繰りはどうなっているのだろう。死体になってる男は誰なんだか。
しきりに首を傾げるガンタを他所に、渡はどこかでほっと胸を撫で下ろしていた。
神興一郎がどこかで確かに生きているとわかったからだった。
悪人とはいえ、自分を助けてくれたジンに渡は不思議な恩義を感じていた。その感情は不自然なものであるが、実際にそうなのだから仕方がなかった。彼のせいで円盤にさらわれるというひどい目にあったわけなのに。
渡はジンに対する怒りや怖れがない自分自身に困惑する。
それだけじゃない。謎めいたガンタの態度である。「ジンのことは、黙ってろよ。」「円盤に攫われたとか言いふらすんじゃないぞ。」としつこく渡に念を押し「その話は後でじっくりするから。」と慌ただしく言うなり、まるで渡を避けるように正虎を連れて、神月に行ってしまったのだ。
それっきり、離れにも帰って来ない。

ここまでもまだ良かった。
ユリが、突然口を聞き出したことは奇跡とされている。
その奇跡を目の当たりにした渡の母の綾子は泣き出すし、旅館竹本はおろか月城村の中までもが当時は興奮の渦となってしまった。
話せる事になった事自体は良い出来事ではあるが、悪人に誘拐されるといったマイナスの結果の出来事であるから、当人にはかなりのショックであるはずだと診療所の医者が騒ぎを鎮めるのに躍起になったぐらいだ。
とりあえず、ゆっくり静養するのがしごく当然のことと今はようやく沈静化している。渡も母親から、しばらく自分から学校に出て来るまではそっとしといてやるようにとがっちり釘を刺されてしまった。ほどなく新学期が始まった。
香奈恵とあちょ、シンタニは渡と共にそれぞれの学校の人気者になった。UFOが山を駆け巡った華麗な夜に、悪人に誘拐されるという更なる格上のスペクタルを体験したものたちなのだ。人気沸騰は当然だった。親達からたっぷり据えられたお灸を差し引いてみてもお釣りが来るぐらいだった。
その冒険談の中では唯一の大人のガンタの株が急上昇した。権現山の仙人に至っては謎の怪人として妖怪のような扱いとなる。
騒ぎを他所に沈静化を図る為か、ユリも正虎もあれから学校にも来ていない。
この辺からが渡にとっては雲行きが怪しくなってくる。

一緒に冒険したはずの香奈恵やあっちょ達がすべてのいきさつ(円盤が墜落したり、渡が円盤に連れ込まれたり)をまるきり覚えていないということに気がついたからだ。
みんなの頭の中からは円盤に乗っていた3人の宇宙人がすっぱり、抜け落ちていたのだ。あんなにイケメンで好みだったジンのことを香奈恵が、まったく覚えていないなどとは正気では考えない。渡は孤立無援となる。
渡の話は大ボラの類いと軽く見なされ、みんなに呆れられ幼なじみには心配され香奈恵は真剣に怒った。祖父は渡がショックのあまり幻覚をみたと思ったみたいだったし、両親は覚せい剤でも打たれたのかと心配しだした。
渡は慌てて苦渋を押し隠し、心にもない詫びを入れることにする。実は夢を見ていたのだとごまかすしかなかい。後は妄想の類いだと。
しかし、それだけで収まるわけはない。
夜中に鼻息荒く渡の部屋に奇襲をかけた香奈恵は容赦なかった。
「あんたがこんなに目立ちたがりだとは思わなかったわ!。それもしょうもない、すぐバレる作り話なんかして!恥ずかしいったらない、2度と外でいわないでよね!」只でさえ、心が寒い思いを抱えていた渡に香奈恵は留めを刺した。
「あんたなんてこのままじゃ、竹本の面汚しなんだからね!」
渡は一言も言い返せず、さらに深く傷ついた。
この日の渡は2転3転してなかなか寝付けない。

しかし、子供のことである。ほどなく渡は寝込んだと思える。
おかしな虫が再び、現れて囁いた。
(夢じゃないにょ)
「これは夢・・・だと思うけど・・」夢現で渡は答える。
(違うにょ、ドラコはガイドなのにょ)
「ガイドって?ドラコって君の名前?」
(名前なのにゃ。ドラコは先駆けにょ、先駆けは名誉な仕事だって言われてるにょ)
「???」(渡はまだこういうの体験ないにょ?ドラコに任せるにょ!ドラコに捕まってみるのにょ!)渡は目の前にヒラヒラ降りて来た鯉のぼりのシッポのようなものを見つめた。掴む?両手を上げたと思う・・・勢いよくシッポが跳ね上がる。
なんだか、シュポン!と抜けた気がした。「・・・!?」
(下を見るにょ!)ドラコと名乗る鯉のぼりが叫ぶ。見ると自分が布団に寝ていた。
「・・・!」パニックに襲われる前にドラコがスピードを増す。
(大丈夫にょ!渡の体は寝てるだけにょ!)
「寝てる?ほんとに寝てるの?」渡も叫び返す。「僕、大丈夫なの?死んだりしないの?!」(死ぬわけないにょ!ドラコにお任せにょ!)
「そうか、幽体離脱って・・・本当にあるんだ!」
呟く渡を他所に鯉のぼりはドンドン、スピード上げ回りは青から白へと変わっていった。あまりの目まぐるしさに渡は目がチカチカしてきた。ギュッと目を閉じる。

気がつくと、彼はいつの間にか白い部屋のような空間に立っていた。
鯉のぼりはどこにもいない。手には伸縮力がある布のようなヒレの感覚だけが残っている。
「よく、来てくれました。」ハッと顔を上げると、頭上にユリの父親である阿牛さんの姿があった。
阿牛さんは部屋の中央にある大きな球の中に浮かんでいた。キラキラと光が弾け飛ぶような空気の渦の中に彼はいる。球体の中に風が詰めてあるみたいだと渡は思った。涼しそうだなと。乾燥した冷たい風は渡が嗅いだ阿牛さんの服の匂いを思い出させた。
「阿牛さん・・・」この間、阿牛さんと自分は円盤の中にいた。彼の腕に抱かれていた。あれも夢なんだろうか。阿牛さんは自分は宇宙から来たと認めたのに。
「ワタシの名前はアギュです。」
「・・アギュさん・・これは夢?」
「夢じゃありませんよ。」阿牛さんが優しく言う。「これはアナタの夢のようでいて夢ではない。ニンゲンが眠った時に作り出す無意識の次元です。共有する無意識の領域なんですよ。難しいけど、わかりますか?」
「あの虫は?」
「ムシじゃありませんよ。ドラコはワームドラゴンですから、きっと怒りますよ。ワタシがアナタを案内させました。色々、納得いかない状況にいるでしょうから。」
「ここは・・・?」まだ、目が覚めてないようだ。
「ここは大気圏外に浮かぶワタシタチのフネの中です。」
なんとなくだけど、その解説で渡にはわかった。
白い部屋の回りには黒い窓が穿たれている。穿たれた窓がグルリと浮かんでいる。
そこから理科の教科書で見たことのある地球が青くクッキリと見えた。
船、円盤、宇宙船。渡は回りを見渡した。ぽっかり浮かんだ窓があるのに、床は地平線が見える程に広い空間だった。すべては鈍く光っている。それ以外は振動も音も匂いもしない。空気はひんやりして止まっていた。
「ここは次元に向かって開いているのです。不思議なヘヤでしょう?」
「これは夢じゃないの?」
「はい。今も。この間の出来事も。」
阿牛さんはふわりと見上げるほど大きな銀色の半透明の球体から降りて来た。
「ワタシは宇宙から来ました。このことは言いましたね?」
渡は興奮でカッと体が熱くなるのを感じた。眠気が押しやられる。
「・・・そうなんだ。やっぱり。」
「アナタはワタシがみんなとは違う風に見えていましたね。もうずっと前から。」
渡はうなづく。「それで苦しんでいることはわかっていました。」
内側から光を持つ細い手が渡の頬に触れる。渡が流してるのも気づかなかった涙を拭う為に。「随分、つらい思いをさせてしまいました。」
「それじゃあ、僕の記憶は正しいんだね?」
「はい。正しいけれどミンナに言ってはいけません。」
「なんでみんなは・・・?」
「・・・他のヒトの記憶は眠ってもらいました。」
阿牛さんはジッと渡の目を見つめた。青い、蒼い眼差し。胸が痛くなる程の。
「どうしますか?ワタル、アナタの記憶も眠らせた方がいいですか?」
渡は驚く。言葉が出て来ない。「ぼくは・・・」しかし結論は早かった。
「僕は・・・嫌だ・・・」声を絞り出した。
睨むように自分を見る渡を彼は静観している。
「ワタル、アナタは特殊なコドモです。ジブンでも知ってますね。」
渡はうなづく。悲しみと共に。
「だから、アナタは耐えられると思いました。ワタシタチに協力をしてくれるのではないかと。」
「協力?・・・なに?何を?・・・なんで、ぼく?」
「アナタの産まれた時の話をしなければなりません。」
渡の心がシンと冷える。何を言われるのかと。
「アナタは特殊な魂を持っています。おそらく唯一、無二の。それは空を飛んで竹本にきました。ワタシはそれを見ていた・・・」
アギュは逡巡した。デモンバルグのことを、神興一郎のことを今の段階でどこまで話したものか。渡にはその記憶がないことが確かだと思えた。

スパイラルワン9-4

2009-09-18 | オリジナル小説
「・・アギュ・・来たんかい?」
ガンダルファが青色と息で息を継ぐ。
「あ~、疲れたっ・・今日はもう超過オーバーだよっ・・」
「ガンタはわしらを担いでここまで来たからの。」
背中から降りたタトラが説明した。
「渡を奪われなくてよかった。」アギュは後ろを振り返った。
「この子供は普通でないぞ。」アギュがうなづく。「告白を聞きました。この子は特殊能力がありますね。この子の力がどこから来たものなのか・・・この子に入った魂の由来がぜひに知りたいものです・・・そういえば。」一旦、言葉を切る。
「デモンバルグがいました。」
「えっ?マジで?」
「ワタシが来る前にワタルを助けに船にいました。ワタシが来ると逃げてしまった・・・ワタシにワタルを託して。」
「渡を助けに?そうか、そうだもんな。でもそれって、どういう関係なんだろ?」
「・・・それは今だに不明です。」もっとも臨海した人類に近い生命。アギュはデモンバルグが去ってしまったことを残念に思った。
「もう一度、デモンバルグに会わなくてはなりません。」
奇妙な振動と音がして点滅する光が上昇するのが見えた。
「おい、逃亡するぞ。」
「ワタシが船を直してしまいましたからね。」
「なんだよ、それ!」
「今では貴重な珍しいフネだったものですから、つい。」
「アラン・ドト・メテカか。奴らは遊民のギャングだの。」
タトラは強い光を発して消えた船を目で追った。
「アギュ殿、奴らがお前さんを見たのなら生きて返すのはどうかと思うが。」
「こえぇこと平気で言うなあ。」ガンダルファがため息。「だから、宇宙人類って嫌さ。」タトラ鋭い視線を返す。「そんな甘い事を言っていたら、隊長が臨海体だってことがあっという間にリオン・ボイドに知れ渡るぞ。」
「大丈夫ですよ。」アギュはどこか間延びした声を出す。
「カレラの狙いはここの地球人類のニクタイみたいですね。4つ程、外に運び出すつもりのようです。生きた人間の方は神社に降ろしてもらいました。後でカプセルを回収しておきます。」
ガンタは御堂山の中腹にある大岩を振り仰いだ。
「まだ他にも人質がいたんだ。良かった・・・誰も連れて行かれなくて。」
「人体部品の売買かの。遊民は背骨を損傷する割合が高いそうじゃ。正規の人民でなければ移植手術も高くつくからの。」
それを聞いたユリが暗い顔を上げた。目に怒りがある。
「そんなことにここの人類の体が目を付けられたら大変じゃの。死体だろうが、断じて持ち出させてはならんぞ。」
「その為にワレワレがいます。」アギュを見るユリの目が輝く。
「だけど、もう死体を回収している暇はないんじゃない?」
焦るガンダルファはアギュの落ち着いた顔を不思議そうに見やる。
「早く母船に連絡して、船体ごとぶっ飛ばしてもらわないと間に合わないよ。」
「手はもう打ってあります。」
「ふむ。なるほどの。」
「ちぇっ!シドラかっ!」ガンダルファはしらける。
「聞いたか、ドラコ?ずるいったらないぞ。」
「まあまあ。」アギュは取りなすと、足下に眠る渡ともう離れまいとするかのように彼に寄り添うユリを見下ろした。
「ユリ。」優しい声に娘が素直に見上げる。
「あなたは声が出せるようになったのですね。」
アギュはかがみ込んで同じ目線になる。
「ユリ。」少女は挑戦するように父親を見返した。キッと口を結んで。
「そんな目をしなくても大丈夫。」アギュは失笑する。「今まで私はあなたの成長を抑えて来ました・・・」ガンダルファがハッと2人を見る。
「ユリ。あなたに聞きます。」タトラもその成り行きを黙って見守っていた。
「あなたは成長したいですか?」アギュの声は少しだけ寂しそうだったのは気のせいかもしれない。「渡と共に。」
その瞬間、強くうなずいたユリの目からほとばしるように涙がこぼれ落ちた。それでも少女は目を閉じることも反らす事もしなかった。まっすぐな強い眼差しは揺るぎもしない。「・・シライッ・・!」ユリの口が動いた。「・・シタイッ!ワァタァルゥ・・ワタルゥトォッ・・!」ついに少女は感極まってアギュの胸に飛び込んだ。
身を捩り激しく大声で泣きながら辿々しい嗚咽が漏れる。
アギュはその体を髪を感慨深気に撫で続けた。
「わかりました。」
その瞬間、ガンダルファとタトラ(そしておそらくドラコも)2人はふーっと深々と息を吐き出した。
「ヒョッホーッ!」ガンタは目に不覚に滲んだ涙を気づかれまいと声を上げる。
「そいじゃ、決まりだ!ユリちゃん!いい女になれよな!」
「ガンタ、手を出したら殺されるぞ。」
「まだその心配、早いでしょ。」ガンタにやける。「渡と争ったって勝ち目ないし。」
アギュは泣いている娘をもう一度強く抱き占めると静かに体を放す。
「竹本から、人が近づいています。私はここにいないことになってますから。」
「了解!後は任せろだ!」
ガンダルファは眠っている渡を肩に抱き上げた。タトラがユリの手を引く。まだ、しゃくりあげていたユリは照れくさそうに笑ってアギュに手を振った。
「では。」と言いかけてアギュが言葉に詰まる。
「あ、そうです。・・渡には・・私達のこと、バレてますが・・心配ないと思いますよ。」
トラが目を剥く。「いいのかの?記憶を消さないで。」
「その子は特殊です。」アギュは夜空を見上げる。「きっと大丈夫だと思いますよ。」
「じゃあ、香奈恵とガキンコ2人だけか。」
(仙人はどうするにょ?)
「あ、そうだ!仙人がいた!」
「仙人?」アギュが不思議そうに振り返る。「ここに仙人がいるのですか?」
「そう呼ばれてる、ホームレスじゃ。」
「アァ、ワァルイヒト、チガウゥッ!」ユリがサッと顔を上げる。
アギュの光る裾を掴んだ。
「うん。悪い奴じゃないとは思うな、僕も。」
「仙人はわしらを助けてくれたのだ。あいつらとの繋がりはまだ確かめてみなければなるまいがの。奴らの仲間ではないと言ったのは本当じゃないかとわしは感じた。」
(トラちゃんの直感はガンちゃんより正しいにょ!)
「おいっ!、引き合いに出すなよ!こっちは、関係ないだろ!」
「なるほど。」アギュはユリに微笑みかける。
「大丈夫ですよ、その人には悪いようにしませんから。」ユリはやっと裾を放した。
「じゃ、仙人は後々調べてからってことで保留かな。まあ、今回のことをあちこちで進んで話すような奴じゃないと思うしね。なんせ、人付き合いを嫌って山にこもってるんだし。」あ、と声をあげる。
「そうだ!ジンは?。ジンはどこ、行った?ジンとか言う奴だよ。あいつはやばいんじゃない?軽いし、金の為ならなんでも話しそうな奴だよ。」
「そう言えば・・・消えたの。」虎は周囲を見回す。「面妖な奴じゃったが。」
「ジン。」アギュはガンタの背中の渡に目を走らせ一時逡巡する。
「その人が、おそらく・・・さっきフネにいた、デモンバルグのようです。」
アギュと渡を除く全員が驚愕する。
「なんだって!あいつがっ?嘘だろ!」
「信じられぬ。神興一郎と名乗ったあの男は確かに、血肉を持っていたぞ。」
(ドラコにもわからなかったにょ!ジンは人間だと思ったにょ!)
動揺する2人と1匹の後ろから、ユリは口を固く結んであどけなく口を開けている渡の寝顔を見上げた。拳がキュッと結ばれる。
「そう言えば、あいつ・・・確かに渡にやたら絡んでいたな。」ガンタも血の引いた顔を引き締める。「それに・・・渡を円盤に連れて行ったのはあいつだった。」
「そうじゃ。アロン・ドト・メテカが渡に反応することを試すようじゃった。」トラは首を振る。「と、言う事はどういうことなんじゃ?。奴はここでいう悪魔とか、幽霊とか呼ばれてるものなんじゃろう?。渡はそこにどう絡んでくるんじゃろう?」
「カレは・・・この星の人類のかなりの歴史・・・おそらく、有史以前のことを知っているのではないかと思います。」アギュは呟いた。「もしかしたら、遥か古代にこの星にたどり着いたフネのことも知っている可能性があります。そして今それがどこにあるのかをワレワレに示すことが出来る可能性もある・・・カレは自分をこの星を統べる者と言っていました。人類を狩るホショクシャだと。」
ここでアギュは少し笑ってしまった。ガンダルファが不信な顔をする。
「カレはワタシを言ってました。宇宙の悪魔だと。」唇が歪む。「当たってなくもない。」「アギュ殿・・・」
アギュは自分という臨海体を出してしまった為に滅ぼされたも同然の故郷を思った。
自分の活躍をもってしても彼等の処遇は今だにたいして変わっていない。
「失礼な奴だ!」ガンダルファが猛然と怒り出す。「今度、会ったら・・!」
「まあ、それはいいではないですか。それよりも。」
確かめねばならならなかった。悪魔と呼ばれるエネルギー生命とこの果ての地球と名付けられた星に住む人類の関わりを。そしてそのことはやがて、オリオン人とカバナ人からなるオリオン連邦とこの星の人類・・・祖を同じくする人類同士の空白の歴史を明らかにあぶり出すに違いなかった。アギュの目が強い光を放つ。
「なんとしても、デモンバルグを捜しださねばなりません。」
「デモンバルグを探せば、自ずと船も見つかるかも知れぬということかの。」
「奴が、渡を狙ってるならさ。ほっといてもきっとまた、向こうからやってくるんじゃないかな。」ガンタが口を挟む。
「渡にピッタリ付いていれば、必ずコンタクトしてくるに決まってるよ。」
「アウウッ・・・!」ユリが叫んだ。拳を固めて何度も自分の胸を叩く。渡の前に立ちふさがるようだった。「アァタシィ、マモルッ!ワタルゥッ!」

その時、下の方で人声と草をかき分ける音がした。
「おーい!。そこに、誰か、いるのかー!?」
「親父さんだ、渡の。」ガンタが囁く。
「では、話は後日。」アギュは闇の中に後ずさる。「この場は任せます。」
「任しとけって。」
「ユリ、それじゃ。」光は闇にまぎれて行く。
「アギュゥ、ワタル、マモル!」
ユリの目はアギュの光を受けた青い涙を乱暴に拭った。「バィ・・!」
「おーいいっ!親父さんですかっ?」
ユリが手を振り、アギュが闇に消えるのを見計らってガンタは大声で叫んだ。
「こっち!渡くんも一緒です!」
「おおっ!ガンタくんか!」
おじいさんの声もする。「みんな無事かっ!」
薮をわける音が激しくなる。
「ところで、子供達の記憶だがの。」
隣に落ち着いて座り込んだ寅がふとガンタを見上げる。
「UFOの思い出ぐらい残してやってもいいと思うがな。」
「ロマン程度?」ガンタが振り返りニヤリと笑う。
「ロマン程度で。」寅も笑う。「この騒動で消しすぎると却って不自然じゃ。」
「了解。」




その頃、この次元にすごく近い次元であるダッシュ空間レベル4に消えた船の中では残された2人の遊民が興奮し、繰り返し復讐を誓っていた。
「そうだっ!あいつは、あれだっ!」ダ・リは目をギラギラさせ、身を振るわせる。
「お前も聞いた事ぐらいあるだろう?!。ボイドの奴らが騒いでいた、いつだったか軍隊が連邦に潜航したことがあったろう?連邦の最高機密を奪いに行ったとかいうやつさ!失敗したらしいがな、きっと、あれがそうだったんだ!なんて馬鹿な無茶なことをって、俺だってそん時はそんなの噂だと思っていたけどよ、本当にいたんだ!臨海進化だ!あれが、臨海進化体に決まってる!」
「臨海っていったら、人類が最高に進化した形なんだろ?カバナ・リオンだって人類なのに、なんでオリオン人にしか起きないんだよ?」
「知るか!」長男の興奮は高まるばかりだ。「そんなことは問題じゃねえ!問題は金になるってことだ!ボイドの人類には起こらないから、カバナ・リオンは涎が出るぐらいそれが欲しいってわけなんだよ!どんなことをしても手に入れたいんだっ!」
「連邦にあってボイドにないものか!取り戻したいんだもんな!」
ダ・アは床に転がるダ・ウを顧みた。「ちくしょう!お袋が怒り狂うぞ!」
そこから、彼にも興奮が移る。「ひょっとして、こんなことになっちまったけど、金があればダ・ウのクローンとかも作れるかもな?こんなぐちゃぐちゃになっちまったらそんじょそこらの部分的クローン蘇生じゃもう無理だもんな。もしお袋が許してくれるんなら、一から完全復活できるかも!ダ・ウの野郎、オムツを付けた赤ん坊から再出発させてやろうぜ。こいつは笑える!なんたってものすごい、金が手に入るんだろ!」そこまで言ってダ・アは首を傾げた。
「だけど、なんでこんなはずれた星に臨海体がいるんだ?こんな辺境地にいるのは何か理由があるのかもな?だいたい臨海進化体は中枢にいるはずじゃないのか?連邦の最高元帥になったんじゃなかったっけ?」
「でも、見ただろ?あんな人間がいるかっ?あれは人間じゃねえ!この星の奴らとも違う!ロボットでもサイボーグとも違う!全身が光り出したんだ!光って消えたんだ!青い光だ、噂とも合致するだろう?」
「そうだとすると・・・!その訳ってことだけでもすごい価値がある情報な訳だ!」
「どうする?戻ってそれを探り出してみるか?」
「冗談だろっ!」ダ・リは密かに身震いした。「気味わりい。まるで絶滅した怪談だぜ。」
「それを言ったらジンの奴だって・・・消えやがったぞ!消えたり現れたり・・・あいつはこの星の人間にしては妙な奴だったと思ったが。あいつが連邦のスパイだったのかもな。そう思えば、キーになる人間がいたことといい納得がいくぜ。まったく、行きがかりの駄賃に稼いで帰るだけのはずだったのに話が違うぜ。連邦が監視しているだけの話だったのに、この星はもうかなり勢力圏に置かれてるってことだな。まったく善行なんてするもんじゃないな。だから嫌だっていったんだ。」
「善行だなんて兄貴」ダ・アは吹き出す。「ものすごいふっかけただろうが。」
「お前だって最初は乗り気だったろうが!お偉いさんしか視察できない新発見の星だぜ。話の種によ、こんな警備の薄い手頃な星なら簡単に潜入できるってな。しかも、俺らと共合する遺伝子の人類の原始人どもがどっちゃりいると来たもんだ。」
「仕事を済ましたら、すぐ帰ればよかったんだ。欲を出したばかりに、ひどいことになったもんだ。」ダ・アは密かにリーダーである、長男を恨みがましく思う。

「とにかく!早く、ボイドに帰るんだ。お袋達に帰って相談だ!もし、臨海進化がここにいるって知ったら、カバナ・リオンはすぐにでもここに押し掛けて来たがるぜ。灰色だってかまわねぇんだ。どっちにしろ、確かめるのは奴らだ。これは一から十まで、奴らが聞きたい情報なんだってことだ!カバナシティに持ち込んだら、いったい幾らの金になると思う?!」唾が辺りに飛び散る。
「これでお袋にもいい背骨を入れてやれる!お袋だけじゃねえ!こんなせこい原始星人の奴らの背骨なんか目じゃねえかもしれねぇ、シティの一流の医者で拒絶反応なんか気にしなくてもいい培養背骨のすごい奴をみんなに入れてやれるんだぜ!ダ・ウだって生き返るしな!」
「兄貴!急ごう!船もなんだか元通りだし、思い切ってワープでもしようぜ!」
「そうだな!ボイドの際まで飛べば、ここにどんな部隊があったって後の祭りだぜ。追撃をかわせる。臨海体がいるんなら急がないとあぶないぞ!燃料が少ないが、残存燃料がリニューアルされたみたいに調子いいからな!」
「あいつが何かしたんだろうか?」弟が機械を操作しながら呟く。「おんぼろ船が新品みたいだ。この船は古いからな。買った時、古いシステムはもう腐る寸前だった。だから航行には新しいシステムしか使ってなかったんだ。なんとかメテカなら船の整備に金がかかんないからな。なのに古いシステムまで生き返ったようだぜ。これなら、ボイドまでワームホールが使えそうだ。あのしぶちんのおふくろが金をかけただけあったってもんだぜ。」
「だけどボイドまでは、ちょっと負荷が高過ぎやしないか、兄貴。」
「大丈夫だ。2人しか乗ってないし、残りは死体だ。生体が奪われちまったのが幸いしたな。」「ダ・ウが死んでてくれてほんと、良かったぜ。」
兄達はニヤニヤと弟の亡がらを見下ろす。弟が行きていたら怒り狂ったはずだ。
「もともと小さい船だから、たいしたメモリーにはならない。どうにかギリギリでぶっ壊れずに次元を乗り越えられるはずだ。まずは、ダッシュ空間をレベル4から、12までに細切れに潜る・・・でかい次元にでたらばアルファ空間からベータ、シータへとなるべく小さく飛んで行くんだ。」
新たなパワーがボードに注ぎ込まれる。
ボードが渦を巻き、変換が始まったことを示している。
「ダッシュ5へ移行!」
全身が波に洗われるように炊いだ。次元のシャワーを浴びているのだ。
何回かの移行を小さな円盤が繰り返すうちに磨りガラスの向こうに見えるような地上の風景が眩しくよじれるように変わり遠ざかり見えなくなる。外は様々は微粒子の嵐がいよいよ歪んだ水のように重く流れ始める。
「次は・・・いよいよアルファ空間に入るぞ。」
ありったけのパワーがボードを輝かせる。
船は更なる深い次元へとデータの変換を始める。
細胞が一度、分解され構築される感覚。さほど我慢する必要はなかった。
そして、全身の間隔が突き抜ける。
「やった・・!」長男は目を見張った。
飛び込んだ次元には強大な何かが待ち構えていた。彼らが飛び込んだのは開け放たれたワームドラゴンの口。瞬間、すべての物質をやけ尽くす炎が彼らを貫いた。


「やったな。」シドラはそのドラゴンの背でワームにねぎらいの言葉をかける。
「船はもったいなかったが、仕方がない。」
『奴らも本望だろう』自らのワームであるバラキの思考にシドラの体は激しく嬲られる。しかし、ドラゴンに選び抜かれたシドラもただ者ではない。
「微生物の考えがバラキにはわかるのか?」
『勿論』ワームの語彙は少ない。『我らと同じ次元に奴らも生きている。』
「それは・・!」シドラは驚く。
『狭い世界に飼い殺され、永遠に死ぬ事もできぬなどプライドの高い彼らにとっては耐えがたいことであったろう。』
語彙が少ないのにも関わらず、珍しい長い感慨だった。同じ次元生物である彼らに対してバラキも思うところがあるのだなとシドラ・シデンは少し面白く思う。
「カプートが生きていたら涎を流しそうな情報だな。アラン・ドト・メテカが長命なのはワームと同じように次元に関係してるなどとは。」ワームは思わせぶりに笑うがそれ以上は何も語らなかった。シドラもそれを無理強いするほど、知識欲があるわけでもない。
「まあいい。任務は完了だ。」シドラはついさっきまでいた地上の熱い夜を思い返す。
「あれもそんなに嫌いではない。帰るとするか。」
『ユリは無事だ・・・アギュはユリの封印を解いたぞ』
「そうか!」シドラはほっと息をする。「それを心配していたんだ。あやつはユウリに心酔していたからな。ユリまでおのれに縛り付けるのかとな。」
「そうとわかれば、もうひと頑張りだ。さっさと任務を果たしてユリの元に帰らねばならない。」
『シドラ』脳裏に響く、バラキの声は優しくさえなる。『ユリはユウリの代わりにはならんぞ』「わかってる。」シドラは顔をしかめる。「我を心配してくれるのか?我を案じてくれるのはこの宇宙ではおぬしだけだろうな。」にが笑うとシドラはワームの意識に自分を解き放つ。「心配するな。我はちゃんと分は弁えてる。我は代用品なぞ望まぬ。」バラキに寄り添い、彼女は微笑む。「我は一人ではない。」
ワームとシドラの意識は解け合って次元を地上へと走り始めた。
「今はもうおぬしがいてくれる。我はドラゴンボーイだ。それだけですべてなのだ。」

スパイラルワン9-3

2009-09-18 | オリジナル小説
渡は目を覚ました。
「何?どうしたの?」渡は自分が宙に浮いて、床に投げ出された搭乗員とか床に散らばるなんなのかまったく見た事もない煩雑な物体を眺め降ろしていた。
「・・・ユリちゃん?・・・僕、死んじゃったのかな?」先ほどまで意識しか感じられなかったことを思い出す。不思議と怖くなかった。
(又だ・・・又、死んじゃった・・・あれっ?又っていつだ?)
「ワタル。アナタは生きています。」はっきりと耳元で声がした。渡はユリの父の姿をそこに見た。自分は彼の腕の中にいた。渡は素直に感嘆した。なんて蒼い目だろう。渡はそれに捕われて言葉を失ってしまった。いつまでも見つめていたい。今までに感じていたユリの父親に対する恐怖は微塵も感じなかった。
(何かの・・・間違いじゃないのかな?。この人・・・もし、人だとしたらだけど・・・誰かのお父さんって感じじゃないよね。)
そんな彼の思いを見透かすように、蒼い目はクスッと笑ったようだ。
「・・・遅くなって、ごめんなさい。ユリが呼んでるのが聞こえたので・・・間に合って良かった。」静かで深い声だと渡は思った。
それから、急に時間が動き始めた。渡にはそんな風に感じられた。
「阿牛さん・・・」
「はい、ワタシはアギュです。」
アギュは空に浮いたまま、ボードを囲むように床の下回りに固定されているカプセルのようなものをしばらく見下ろした。
彼の眉がフッと寄るのを渡は見た。「これは・・・」彼が口の中に言葉を飲み込んだので渡には意味がわからなかった。わからなかったが、アギュが怒っているのはわかった。渡もそのカプセルをチラリと見た。カプセルは7つあった。鈍く面が曇っているものは、液体なのだろうか。ドロリと何かが充填されている。そうでないものは黒いだけで何も入ってないようだった。
なんとはなしに棺桶のようだと思った。そう思った瞬間、アギュの腕が動いた。
「・・・降ろしますよワタル。自分で立てますか?」
2人は斜めになった宇宙船の床に降り立った。傾いで点滅しているボードを見上げる。光の中に暗黒の渦がある、と渡は思った。
「おびえなくていいですよ。」ふとアギュがそう呼びかけたのは、自分になのかその暗黒のものに対してなのか渡にはわからなかった。
彼が伸ばした手は透けるように青白かった。ボードに手を乗せた時、渦の中で何かが弾けるのがはっきりと見えた。歓喜?渡はそれに無意識に問う。それは死にたがっていたと思ったのに。アギュはまるで愛撫するようにボードをつかの間、ゆっくりと円を描くように手で触れ続けた。それから口を開く。
「さあ、まず、水平にしましょう。」
彼がそう言うと床が持ち上がり、滑らかに水平になるのがわかった。
「それから、サーチ。回りを見せてください。」
答えるように船の壁の全面に景色が映し出された。天井には何もないように黒い空と星々が見えた。当たりは思ったより暗くなく、むき出しの礎石と折れた朽ち木の間に生木がもうもうと燻されて黒い煙が上がっている。
傾いた鳥居は見覚えがあった。御堂山の神社、汚れを奉る神社、巫女だった死んだ伯母・・・そんなことが頭をよぎる。
「神社に落ちたみたいですね。」ユリの父は考え込むように滑らかな額に皺を寄せる。
「ここには、マーキングがあるのでしょう。気がつかなかったけど。巧妙に隠されていたみたいですね。」「マーキングって?」震えたコネクターを思い出す。
蒼い瞳が再び、渡の目を覗き込む。「大昔にですね・・・この星の大昔です。この星に宇宙から来た旅人が着地点を残したのですよ。・・・再び、ここに来る時に迷わないように。」
「そう言えば・・」ユリと会話した最期に山の中腹に見えた白い光のことを渡は思い出した。そして、ユリ。ユリはどこにいるのか?「あ、ぼく・・・さっきまでユリちゃんと話をしてたんだ・・あ、あと変な虫とも・あのさ・・信じられないかもしれないけれど、頭の中で。」
「・・・知ってますよ。ユリは安全なところにいますから大丈夫ですよ。」
アギュはそう言いながら冷静に床に落ちたカプセルから躊躇いもなく3つを選び出す。そして、ボードに命じた。「これはここに降ろしてください。」3つのカプセルが魔法のように姿を消した。思わず、渡は尋ねる。
「後はいいの?」「ソッチは色々と面倒ですから。」
残った棺桶にアギュは眉を潜めた。「コレは消えてしまった方がいい。」
それよりも、渡にはアギュに聞きたい事が沢山あった。それを口にしようとした時。
「誰だお前は!」
手にまだ銃をもったまま、ふらついた痩せた男が立ち上がる。あの墜落の最中、咄嗟に安全シールドを発動させたのはさすが宇宙人類と言ったところだが、弟の頭蓋骨が卵のように潰されるのを目にした一瞬の遅れから口が切れて血が出ていた。「あの蒼い光はなんだ?どこに消えた?」
それは、ダ・リであったがそんな名前はアギュレギオンには興味のないことだろう。
「どこから入って来た!まさか、ワープして来たのか?」
「そうだ、おいっ、ジンはどこ行った?」もう一人ダ・アが床に投げ出されたダ・ウに這いよる。木っ端みじんになった一番下は散らばりへばりついた体液の真ん中でぴくりともしない。
ダ・アもそれを確認したに過ぎない。「ちくしょう!ジンの野郎!」
「ジン?」渡がすばやくアギュを見上げた。「ジンがいたの?ここに?」


「ワタル・・・アナタは彼を知っているんですか?」
「ううん!さっき初めて会ったんだ。でも今は、仲間だよ。」渡が手短に説明する。「僕たちを助けてくれたんだ。」
「ガキ!ジンはどこ逃げた?お前は誰だ?」銃口を突きつけた一番上が血を拭う。
「取りあえず」アギュは静かに渡を胸に引きつけた。渡は彼の服のヒダに押し付けられる。なんの匂いだろう?冷たい風を嗅ぐようだ。「ここを出ましょう。」
「おいっ!こいつはここの住人じゃないぜ!」「まさか、オリオン人かっ?」
ダ・リがアギュを指差す。急激に光りを発したアギュに銃口が火を吹く。アギュはソリュートを盾にしてそれを防いだ。
「生身のヒトを連れていても、2段階ほどなら潜れることは彼がさっき教えてくれましたから。」アギュはデモンバルグの軌跡の後を次元に嗅いだ。それをなぞるように追って行けばけして難しいことではない。すぐにこのやり方も自分のものにできるだろう。アギュの蒼い光は凶暴なまでに高まり、男達は黙視ができなくなる。
彼らはいたずらに引き金を引くばかりだ。
「なんだっ!こりゃ!」ついにダ・アの口から恐怖が迸る。
そして光が完全に消えた瞬間、アギュと渡の姿はこつ然と消えていた。


渡の意識はその時から途切れている。
これは夢なんだろうか。思いもかけない、大変なことがたくさんあったような気がする。なんだか、みんな夢だったような。
UFOなんてさ。しかも、僕がUFOを運転したなんて。でも、ユリちゃんとテレパシーで会話したのは本当だった、それはまちがいないと思うけど。
それから、阿牛さんが現れて・・あの悪人達が怒り狂ったんだ・・。
きっと、銃で撃たれたんだ。阿牛さんはどうしたんだろう?。あの人なら、撃たれても大丈夫な気がする。きっと、逃げたよね。
阿牛さんの目、蒼くて奇麗だったな。ユリちゃんの目の色とは全然、違うけど。阿牛さん・・アギュさんは、そんなに悪い人じゃなかった・・もう、怖くない。怖くないのに死んでしまったなんて、すごく残念だな。ユリちゃんにももう、会えないのかな。お礼を言いたかったのに。
なんだか、とても、気持ちが良い。頭の中に満点の星が広がる。どこまでもどこまでも、どこまでも続く星の群れ。
宇宙だぞ・・・これっ!渡は思う。すごい・・すごいよ!。なんてスピード!
僕は宇宙のど真ん中に浮かんでいるんだ・・!。
『そうか。』ふいに渡は確信する。『この人は・・阿牛さんは・・ここから来たんだ。』
この時この瞬間、渡はアギュが宇宙から来たことを理解した。理屈ではない。
ただ、このベルベットに煌めく星の幻が・・・アギュの意識が渡の中に流れ込んで来たのだった。それがアギュの意識だとも自覚しないで。
そして、その星々の中のひときわ強く輝く光に渡は気がつく。
暖かい懐かしいようなオレンジ色。
渡は泳ぐようにそれに近づいて行った。
『?!』渡は目を見張る。
光の中に丸くなって女の子が眠っていた。
『ユリちゃん?・・違う・・この人はもっと上だ。香奈ねえと同じくらいかな?』
オレンジ色に染まった柔らかい布のような衣服に包まれて、滑らかな頬に長いまつげが伏せられて微笑んでいる、幸せそうだ。気持ち良さそうに胸が上下している。渡もその寝顔に心がほころぶのを感じた。
『きれいな人・・知らない人だ・・でも・・どこかで見たことがある?・・・誰かに似ている?・・・いったい、この人は誰なんだろう?』



「渡?」体がそっと揺すられた。
阿牛さんが自分を抱いているのがわかった。今度は外みたいだ。風が顔に当たる。
渡は壮絶に眠かった。目が中々開かない。やっとのこと、開けてみると真っ暗な中に蒼い燐光が目の前に広がる。阿牛さんの光だ・・。
「・・・さん?」渡はもごもごと口を動かすのがやっとだった。
「・・さんは宇宙から来たんだね。」
「そうですよ・・。」静かな声が耳朶を撫でる。
「・・ぼく、わかったよ・・誰にも言わないから・・ね・・」
あともうひとつ。どうしても聞きたい気になったことがあった。
「阿牛さん・・キーって何?」
「キー・・・ですか?」彼は困惑するようだった。
「あの人達の誰かが・・・僕のことを・・・僕はキーなんじゃないかっていったんだ。それで・・・あそこに載せられてそしたら・・・頭の中になんか一杯入って来て・・・ユリちゃんはそれに取り込まれるなって・・・すごく怖かった。それって・・・何?なんなの?なんか悪いことなの?」
心配のあまり渡は長い言葉を言う為に残りの力を振りしぼった。
「僕・・僕ね・・あの・・機械が動かせるんだ・・・僕は・・」
僕はずっとそれで困っていた。僕はつらかったんだ。誰にも言えなくて。とても怖かった。秘密をかかえていたから。渡の目尻から自分でも気がつかないうちに涙が伝って流れていった。
アギュはしばらく黙っていた。考えてるようだった。渡は眠ってしまいそうな自分と戦っていた。この人なら・・・阿牛さんなら必ず答えてくれる気がした。
「それは・・・おそらく・・・」アギュは心配そうな渡に笑いかけた。「ワタシを見ましたね?ワタシがあのボードを・・・そうですね、あれはいわゆる操縦機です。あれを触って操作していたでしょう?。ああいうことができる人のことですよ。機械と意識を融合させることができる人間がまれにいます。不思議でもなんでもない。ワタシの世界では普通のことです。」
「そうなんだ・・・」渡は瞼がいまにもくっつきそうだった。「じゃあ、阿牛さんも僕と同じなんだ・・・キーなんだね。」彼はひどく安心する。
「ワタル!」甲高い不明瞭な声が響いた。よく音のでない笛のような空気の多い声。
「ユリ?」阿牛さんが驚いた声を出す。「アナタ、声が?」
「ワタルー!」声と柔らかい手が差し伸べられ、渡は体が阿牛さんから下に降ろされるのがわかった。「ユリちゃん・・」渡は冷たい頬を自分の顔に感じる。ああ、もうほんと今度こそ、安心していいんだ。僕は助かったんだね、ユリちゃん・・泣いてる?・・泣かないでよ、ほんと僕、大丈夫だからさ。
「・・ありがとう・・」渡は自分の手の中に差し入れられたユリの手をどうにか握り返すと、それで力尽きてしまったのを感じた。
それっきり真っ暗な闇にあらがうことなく落ちて行った。
限りなく満ち足りた、幸せな気分のまま。

スパイラルワン9-2

2009-09-18 | オリジナル小説
「そいつを殺せ~!」一番上のダ・リが叫ぶ。猿のようなダ・ウが驚くべきバランス感覚でボードの渡の上に飛び乗った。振り上げたその手が突然、横から出現した黒い手に跳ね上げられる。「お前!」驚きで見開かれた目に鉤のついた爪がねじ込まれた。「ジン!てめぇ?」「どこから来やがった!」ダ・アが船乗りらしく揺れる操縦機の上で立ち上がって標準を合わせた時、ジンでありジンでない存在は腕の一振りで弟の背骨を打ち砕いた。
ダ・ウの体はボードの下に転がり落ちる。即座に後の2人はうなり声と共に銃を手にするや目映い電光をジンありデモンである人影に向かって立て続けに放つ。揺さぶられる船体に左右されない正確さは兄弟のくぐった修羅場を彷彿とさせる。
しかし,その軌跡が軌道上に突然現れ始めた何かに寄ってわずかに反れて四方に四散したことまでは2人は気がつかなかった。渡に多いかぶさったデモンバルグにはその飛沫がわずかに降り掛かっただけだった。その飛沫だけでもデモンの羽がチリチリと燻された。しかし、デモンバルグはけして慌てない。
急激に空間を押し割って現れるものの重さをいち早く察知していたからだ。
それはときめきにも似ていた。『来やがった!』顔が笑う。
墜落する宇宙船の空間が内側から盛り上がっていくことに2人の宇宙人類もついに気がついた。
「なんだ?何が起こっている?」人体と精神からなる生命体が存続の危機に見舞われる瞬間に非常事態を宣言した脳から放出される様々なアドレナリン等の化学物質。脳に降り注ぐその無増尽な強靭なエネルギーにより、通常よりも緩やかに時間が進む歪んだ時空が一時脳により出現する。宇宙に進出した人類は次元を何万年に渡ってワープ航法を繰り返した後に、それらの次元の違いを明確に感知することができるようになっていった。そして自ずから精神をそこへ移行する事を学び得た進化体と呼ばれる宇宙人類は意識的に意図的にそれを利用するようになる。絶体絶命の宇宙空間で活路を開く為に。彼等は宇宙空間で生き延びるわずかな可能性を手にする為に絶対的に必要な進化を遂げたのだった。
船が地上に激突するまでのその数秒の間、兄弟の2人は躊躇することなく続けざまに出現する何かへと銃を稼働し続けた。
しかし、空間を破り最初に出現したのは白い光の剣であった。そして続けて降臨した蒼い光は瞬く間に彼らの目を鋭く焼いた。
粒子の粗いざらつく次元の中、彼らの振り上げた腕は爆発的に出現した質量と熱により押しやられ、驚きに目を眩ませたまま激しく後方にふとっばされた。
バランスを崩しながらもデモンに向かって放たれた雷光が空を切り、あわや目標に集中したかと思われた瞬間、禍々しい白い盾となったソリュートがそれを瞬時に断ち切っていた。
「雷には雷。」アギュが呟く。即座に反応するソリュートが振動と共にそのエネルギーを正確に拡散する。ダの2兄弟はそのシャワーに晒され、攪拌される空間で耐え切れずに口々に悲鳴を上げた。
「やっぱり、いやがったな、オマエ。」甲高い声は高らかに響いた。「渡の側には必ずいるんだよな?アクマ!」遊びたがりの子供の声。
「待ちかねたぜ。」デモンは眩しさに目を細める。
「オマエも電撃を受けたのか?なら、体は動くまい?無様なもんだな。」
アギュはデモンの影に隠れた蒼白な渡の顔を覗き込んだ。伸び切った体はボードに張り付けにされたかのように硬直したままだった。今もユリと交信しているのか瞳孔が開いたままその目には何も写ってはいない。
アギュはボードの上、渡とデモンバルグの上に出現していた。ソリュートは生き物のように振動しうねり続けている。
「アクマがオレに助けを請うか?」弾む声がデモンの上を戯れる。
「助けなどいらん。」デモンの強がりは眩しさに歪む。痺れはソリュートのおかげで今回は大したことはない、等とは口が裂けても言うつもりはない。
「目障りだ、どこかへ行っちまえ!青い光め!」
デモンバルグがアギュに気を取られた瞬間、ボードの下から伸びた手と獣じみたうなり声が渡の足を掴んだ。「殺してやる・・・!」焦点の合わない目に口から血を吐きながらもダ・ウは驚異的な腕の力で床から這い上がり渡の体をボードから引きずり降ろそうとする。
デモンが咄嗟に渡の上半身を掴む。
「アクマ、邪魔!」渡の体が引き裂かれる!と思った瞬間アギュのソリュートはもう襲いかっている。意志を持つ硬く鋭い剣は今度こそ死にかけた宇宙人類の肉と骨をデモンバルグの体と共に刺し貫いた。ダ・ウの絶叫。
「くっうっ・・!」苦悶が凄まじい笑いとなったまま、デモンはソリュートに引き裂かれた腕を振り上げると渾身の力でダ・ウの頭蓋骨を今度こそ卵のように叩き割った。渡の体がその勢いでボードから飛び出す。瞬時にデモンもそれを追う。
そして魔法の時間は終わる。
宇宙人類達と船体は激しく大地に叩き付けられた。



「ソイツを放せ、アクマ。」
時間は止まっていた。そこは宇宙人類がダッシュ空間と呼ぶ、小さな次元。次元と次元の狭間の空間。デモンバルグが渡を抱いて飛び込んだのは3次元に隣り合うその現実から薄皮一枚のような空間だった。悪魔と称するデモンバルグには次元能力があることを、改めてアギュは心に留めた。
「珍しい生き物め。」「いったい、どこまで次元を潜れるのでしょうね。」「そんなことオレは知るか。」「知りたくないですか?」「オレは興味ない。後は任す。」
戦いが終わり、他の人格がアギュの臨海した意識の奥底へ沈んで行く。
デモンバルグはしばらく手放していた獲物を今やなんの障害もなくその腕に抱いていた。しばし、彼は嘗めるように腕の中の華奢な子供の体を見つめていた。発育は良好のようだ。どこにも、傷ひとつない。
「さて、どうしよう?」デモンバルグは神興一郎の外観のまま、目をすがめて光をねめつけた。「その前に眩しくて叶わないのさ。なんとかならないのかい?蒼いの。」
「それは、そうですね。」
こともなげに、アギュの光は急速に光度を落とす。
その蒼い灯りの中に浮かび上がった人影にデモンは首を傾げた。
「あんたは・・・1人なのか?さっきとは随分違うな・・・話し方?声?」
アギュはそのことについて何も説明はしなかった。したところでどうなる?。
オリオンの中枢で宇宙人類ニュートロン達の信頼を勝ち得た礼儀正しい笑みを浮かべたまま、今初めてアギュはデモンバルグに姿を晒した。
デモンバルグはアギュのすべてを見透かそうと飽くことなく目でむさぼる。内側から光を帯びる肉体も精神も悪魔の付け入る隙がない。光は光であり、デモンが味わうことのできる栄養に満たされた水蒸気のようなエネルギーではなかった。こいつは文字通り食えない野郎ってことか。ただ、蒼い光の中に1点、オレンジが星のように左胸に瞬いている。
(それがあんたの心臓?光に心臓があるとして、そこがあんたの弱点だとしたらこっちのものなんだけどさ、結局はまだわからないさね。)
やっとデモンはむさぼるのを止める。
「それがあんたか。初めてご尊顔にあずかりますってわけだ。」
その姿が自分と同じ擬態なのかどうかもデモンバルグにはわからなかい。彼は用心深かった。正面衝突。まだ、その時ではない。
こいつに羽があったら人間どもが描く天使っていうのがピッタリだとデモンは思った。しかし、本物の天使と呼ばれる奴らはなかなか食えない奴らだが。
アギュが繰り返す。
「コドモをこちらに渡してください。」デモンは再び無視する。
「まあ、いいさ。助かったさ光、まったく。礼を言うよ。」
デモンバルグは我が家にいるかのようにくつろいで、ゆっくりと息を吐いた。
「わけのわからん攻撃をされてさ、おかげでまだ体の痺れが取れやしない。」
「デモンバルグ・・・アナタは。やはり、ワタルをあきらめてはいませんでしたか。」デモンの頭の中で幾度も反芻し、聞き覚えたもう一つの声。
「光・・・あんたはいったい。あんたこそ、こいつが必要なはずはないだろうにさ。」
デモンバルグは腕の中の渡を再び見下ろす。壊れ易い子供の肉体。渡の顔はさっきとは違い、瞼を閉ざし穏やかに見えた。通信の途絶えたユリがさぞや心配しているだろうとそれに目をやるアギュは密かに心を痛めた。
「さあ、ワタルをコチラに返してください。」アギュが辛抱強く静かに繰り返す。三たび拒まれればアギュと一体化したソリュートが再び猛り出すだろう。再び、人格が浮上してくる気配をアギュの統合した人格が押しとどめる。
無言で2人の目が合わさる。はっきりと火花が散る感覚をデモンは覚える。
二つの異質な未知の力が今初めて正面からぶつかりあっている。
「俺がこいつを傷つけるとでも・・?」
「確かにアナタは・・・先ほどワタルを庇った・・・ワタルを守る為にあの遊民を殺した。」
アギュは目を伏せなかった。
「ホショクシャ・・・デモンバルグ・・・なぜ、ワタルを助けるのです?。」
「なぜ?」デモンバルグはおかしそうに笑う。
「俺が渡を追ってるのは食べる為とでも?」
「アナタは人類のホショクシャなのでしょう?何を食べるのかはわかりませんが。」
「俺は肉食じゃないぜ。ないない。俺は食い物にはそんなに困ってないのさ。」
デモンバルグは笑い止め、まだ光度の落ちた相手にまだ眩しそうに目を細めた。
「まあ、いいさ。」
アギュに潜むソリュートは確かにデモンバルグに圧力を与えている。
どこかに潜む、もう一人の戦闘的な子供の声も。
デモンバルグの指が愛撫するように渡の頬と首筋をつかの間撫でた。
そしてアギュの目を見ながらその体を前に差し上げる。
「取りに来いよ、ここまで。」
とまどうことなく、アギュは前に踏み出す。
アギュの腕が渡を受け取った瞬間、デモンバルグの両腕がアギュの両肩を強く掴んだ。反射的にソリュートがデモンバルグを貫いたがそれがなんであろう。
同じような生命体とアギュが推察したことをデモンバルグは知らない。ただ2人はお互いの好奇心からそれぞれの体を通じて相手の存在、肉体を強く確認したに過ぎない。ソリュートが静かに身を引き、血のような色を残したデモンの肉体は瞬く間に修復された。
「そうそう、おまえのその怖い武器は終っておくさ。」
デモンバルグが目を合わせたまま、熱い息と共にアギュに囁く。アギュの蒼い目には暗黒の惑星が映っている。そして、デモンの暗黒の目には地球のような蒼い星が。
「あんたのその言葉遣い・・・気にいらないね。さっきの怖いような口の利き様の方が俺は好みさね。あんたの中に・・・誰かいるのかい?」
アギュはデモンバルグの瞳に渦巻く暗いエネルギーの強さを認める。生命体としての悪魔。そして、何千何万年もの魂の混沌を。デモンバルグもアギュの存在の持つ重み、圧倒的優位の中にあっても突き刺さるような何か・・・悲しみとでも言うのだろうか。焼け付くような乾きを自らの舌に覚えた。こいつは人間以上のものであることは確かだ。しかし。
それは互いに腹の底を見せることはない、完璧な言葉のない会話。
ほんの一瞬。しかし無限に思えるほど、2人はしばしそのままでいた。
先に手を放したのは悪魔の方だった。目を反らしたのも。彼の腕にもう渡はいない。空になった手を寂しそうに脇にたらし、彼は苦笑した。
「おまえ・・・以外に優男だな。宇宙人にしては。まるで、人間みたいに見えるぜ。」
アギュは苦い笑いを浮かべただけで、何も言わなかった。
彼はアギュの腕に移った渡に目を戻した。
「今回、お前を助けるのは俺じゃないってわけだ。まったく、妬けるぜ。」
「デモンバルグ・・・」アギュも渡を見つめる。
「このコはアナタのなんなんです?」
「さあな!」デモンバルグは話を唐突に打ち切った。「俺はもう行くさ!」
「待ってください、デモンバルグ!」アギュは渡を胸に叫ぶ。
「聞きたいことがあります。」デモンバルグは面倒くさそうに振り返る。
「もう、時間がないのさ。この空間、もうすぐ閉じるからさ。あんたも知ってるんだろ?そんな気がするのさ。」
「・・・アナタはこの空間の存在をわかって・・・利用しているのですね。」
「まあな、昔から悪魔の特権ってわけだ。あんただって、そうだろさ?あんたと俺は似たような存在なのかもな。あんたは宇宙の悪魔って奴かもな?」
時を惜しんでアギュの口が又もや開く、しかし悪魔は既に身を返していた。
「光!渡をを頼むぜ!誤解すんなよ、俺はほんのちょっとあんたに預けただけなのさ。」彼の体は次の次元へと逃亡を始める。
「俺はまた会いにいくさ!」
アギュはデモンバルグの正体を探りたい、後を追いたいと言うジレンマにしばらく悩まされる。渡を抱いたアギュは自由にデモンバルグを追うことはできない。
デモンバルグが開いたこの時間はもう閉じる。

スパイラルワン9-1

2009-09-18 | オリジナル小説
      5・再びUFOが落ちたあとで


渡は自分に何が起こったのか最初はよくわからなかった。
眩しい光が目の前でチカチカと断続的に点滅し、まわりはぼんやりと陽炎のようによく見えない。体は動かないが、声だけははっきりと聞こえて来る。
「こいつはなんなんだよ、兄貴!」
それはあのずんぐりした弟に違いなかった。動かない体が痛く、燃えるような熱い両手足が小刻みにしびれているのがわかる。
実感はないが、恐ろしい。渡はうめいた。
「墜落したのは、ほんとうにこいつのせいなのか?」もう一つの聞き覚えのある声。
「わからん。だから、連れて来た。」覚えのない声は冷たく慌ただしい。
「お前も見ただろ?船体がこいつで反応したことは確かだからな。こいつが近くにいたことと墜落したことが関係あるかは調べてみないと。まったく、忌々しいガキだ。帰ったらじっくりと検分してやる。」
「兄貴、試しにこいつをボードに乗せてみたらどうだろう?。」
「今はとにかく船を視覚から隠す事が先決だ!」
「くそっ!」何かを叩き付ける音!「さっきだ!こいつ、何しやがった?ダッシュ空間にも入れやしねぇ!」
「兄貴、航行データが初期化しちまってる!」ガタガタと振動や走り回る音。
「エネルギーが供給不能だ!」
ふいに冷たい手が自分の首を掴む。「おまえ、どうにかしろ!」渡は苦労して目の前に視点を合わせた。もう一人の弟が凶暴な顔で自分の体を揺さぶる。顎ががくがくして舌を噛んだ。その痛さに感覚が戻ってくる。
「兄貴、こいつはボードのキーじゃねぇのか?」
キー?キーってなんだ?
離れた光の中に痩せた兄貴が手を動かしているのが見えた。
「やめろ!余計なこと、すんな!」
「しかし、こいつがおかしくしたんだ!」渡は片手で軽々と持ち上げられ、どこかの上に乱暴に投げ出される。「うっ!」と声が漏れる。
「おまえ、もとに戻せ!戻さないと、ぶっ殺すぞ!」頭上に覗き込む男の顔から唾きが飛んで来る。見覚えあるもうひとつの顔が上に現れる。
「俺は聞いたことがある。」
「お前ならこの船を動かせるはずだ。この船を元に戻すんだ。」

その顔を注視する間もなかった、投げ出されたボードの上で彼の内部に急速な変化が現れたためだ。ボードは光り始めた。渡の意識は何かに引き寄せられ視界は頭を突き抜けるようにすべてが失われた。
そして、彼の中に何かが入って来た。
無数の渦巻く煌めく点、その星の集まりは渡を中心にぐるぐると回転していく。
そのスピードに渡は怯えた。
その意識がざらついた手で入り込み、渡を鷲掴みにしようとする。彼は声にならない悲鳴をあげた。死という観念。出口のない穴の中で回り続けるような絶望のうめきが骨を軋ませた。ついに、渡は爆発するように、悲鳴を上げ続けた。



「おい!」ガンタはユリを抱きかかえてしっかりと揺すった。ユリは唸るように意味不明につぶやき続けている、その顔は蒼白で見据えた瞳は瞳孔が開いてさらに黒々としていた。「どうしたんだよ?ユリちゃん?」ガンタは不安で一瞬、頭上を忘れた。
「ガンタ!」寅が上空を指差す。「暴走するぞ!」
「渡ぅ!!!」香奈恵が泣くのも忘れて手を振り回す。
円盤が発光し、はじかれたように走り出した。
仙人に助け起こされた子供達はしばらく状況が飲み込めなかったのだが、あちょが思わず口にした「UFOだっ!」の叫びの後はもう後は何がなんだかわからない。
口々に歓喜の声を上げて跳ね回ろうとする2人を仙人は押さえつけるので手一杯だった。
その騒ぎにまぎれて、瀕死の重傷を負ったかにみえたジンは何事もなかったように立ち上がると黙って背景の森に消えようとしていた。悔しさと焦りで唇を噛んでいた。しかし、かりそめの肉体が終わりを告げようとしているのはわかる。あそこであのまま、死体を晒すわけにもいかない。渡を取り戻さなくては。宇宙人だかなんだかしらないが、奴らに奪われてなるものか。しびれたデモンバルグ本体は肉の衣を動かすだけで精一杯だとしても、なんらかの手を打たねばならない。この肉を早く脱ぎ捨てて。焦りからその体は既に頭から骨と肉が割れ、本体が出現しようとしていた。



その夜、日が暮れても帰らない子供達に気をもんだ大人達は捜索隊を編制しようとしていた。巡査と消防団員、診療所の医者、村の健康な男性全員と丈夫な若者達。2人の小学生の両親も旅館竹本の駐車場に結集していた。
渡の祖父はある直感から、子供らが御堂山に行ったに違いないと確信し、みずから渡の父を助手席に乗せ一足先に軽トラで御殿山に差し掛かっていた。
その蒸し暑い夜のことは彼らとその周辺、甲府盆地にいたる人達にまで後々まで語りぐさになった。全国ニュースにもなったが、結局人々を騒がし不安にさせたその正体とその真相は誰にもわからなかった。画面には専門家がプラズマ現象を主張して、目を輝かせてUFOだと興奮する人々を嘲笑しただけだった。
巨大な光球がやっと暮れかけた夜空を縦横無尽に駆け巡ったその夜。
コントロールを失った船の中で乗員達もパニックに陥っていた。



その頃、まさに渡は大波にさらわれようとしていた、その寸前心のどこかで声が響く。気がつくと目の前に変な生物がいた。(しっかりするにょ!)蛇のような芋虫のようなそれは顔らしき頭の回りのヒレをヒラヒラさせると渡の顔をパタパタ叩く。
なんだ?これ?虫?(虫じゃないにょ!ドラコにょ!)虫は黒い目(8つぐらいある)をグルグル回して怒っているようだ。(せっかくユリちゃんのお使いで来たのにょ!助けてやらないにょ?)(ユリちゃん?)(そうにょ!ドラコが回線を繋ぐにょ!渡はユリちゃんと話すにょ!)虫はそう言うと渡の頭の中に入って来た。なにがなんだかもう、抵抗する気力もないままに目の前に光がチカチカと点滅した。そして、声がした。(ワタルゥゥゥ!)ユリちゃん?ユリちゃん話せたっけ?(ワタル!)甲高い聞き覚えのない声が確かに渡の意識の中心から響いて来る。
(ワタル!ダメ!ダメダヨ!)(ほんとに・・・ユリちゃん?)その時脳裏に閃いたユリのまっすぐな目、そのイメージを渡は必死に捕まえる。気力を振り絞り、全力でそれにしがみ付いた。(ユリちゃん!)(ワタル!ダメ!トリコマレテハダメ!ワタルハ、ワタルナンダヨ!オモイダシテ!)渡は深い息をした。繰り返す、その声によって空白になった心に思い出が満ちて行く。(・・・僕・・・どうしてるの?どうなっちゃったの?)(ソコニイルナニカニ、ツカマッタミタイ!ナニカハワカラナイケド・・・デモ、ツイテイッチャダメダヨ!イカナイデ!モドッテキテ!!!!)(戻るって?)
(ワタル、イマ、ユーフォーニノッテルノ!ユーフォーハ、ワタシノアタマノウエヲトビマワッテイルヨ!マタ、ドコカニオチタラアブナイヨ!)
(それって・・・僕が動かしてるの?)渡には回りが凪のように静かでなんの音も動きも感じられなかった。(僕、何も感じられないんだけど・・・)(シッカリシテヨ!ワタルノカラダハマダソコニアル!ソレヲカンジルノ!)マズアタマ!と言われて渡は必死に自分の意識があるであろう当たりに感覚を集中させた。(・・・あった!頭、あったよ!)ツギハクビ!とユリが命じる。そうやって次々と渡は自分の体を取り戻していった。その途端、あたりの空気が音が口汚い叫びや悲鳴が戻ってきた。同時に振り回されるような、車酔いのような感じが目まぐるしく襲って来た。
(うわ~っ、何?これっ?)(トンデルノ!ワタルガトバシテルノ!)
(う~っ、わかんないよ!どうしたらいいの?どうしたら、止まるの?)(オモッテ!シタダヨ!シタニオリヨウトオモッテ!)そう言われてくらくらしながらも、渡は吐き気をこらえ苦労して意識を下へ下へと向けていった。ユリの顔と姿を必死に思い返して。すると、突然頭の中に黒々とした山々と街の光が見えた。
(飛んでる!僕、飛んでるね!)(オリテキテ!)(どこに?ユリちゃん、君はどこにいるの?)(ワタシハココダヨ!)その時、山の麓に光る点が飛び込んで来た。
(わかった!あそこだね!)そう思った時、船は急角度で大きく動き舵を切っていた。(チガウ!チガウヨ!)(渡ダメにょ!早すぎるにょ!)
その叫びは間に合わない。



「うわっ!また、墜落するぞぉ!」ガンタはユリを抱え、慌てて走り出す。トラが驚くべき早さで、その背に飛び乗った。
3人一体となった姿はあっという間に薮に消える。
「渡~っ!」香奈恵が泣きながら、ヘナヘナとへたり込んだ。
「渡?」「渡がどうかしたの?」まだ、目を輝かせたあっちょとシンタニには何もわかっていないままだ。「UFOまた、どっかに落ちるのか?」「あの時、見に行かなきゃ良かった。捕まっちまったし、見れなかったし。」「今度こそ、見に行こうぜ!」
はしゃぐ2人から手を離し、権現山の仙人は3人が消えた当たりを厳しい目でじっと見つめた。それから、おもむろに当たりを見回すと、神興一郎がいないことに気がついた。
そして、思ったよりも近くに落ちた振動に足下を奪われ全員が地面に倒れた。

スパイラルワン-8-3

2009-09-15 | オリジナル小説
         幕間4 革命記念日の夜


その頃、アギュレギオンとシドラ・シデンはカリブ海を望むキューバの首都ハバナにいた。香奈恵はブラジルだと例によって勘違いしていたが。
彼等は今まで何度もカリブ海周辺を訪れている。
今はこの世にない、マイクとリックが固執していたバミューダのトライアングルといくらも離れていないのは奇遇なことである。
バハナの深夜の海辺の街のテラス。革命記念日にあたる今日は12時を回っても街路には人が溢れている。地元民と観光客に寄って満席の賑やかなレストラン。

社長と呼ばれる男はすごく若く、隣の秘書と並ぶと似合いのカップルだと店の人々は思っただろう。銀髪の美しい秘書は店内の男達の無遠慮な視線やウインクにさらされていたが彼らに一瞥も与えることはなかった。
向かい合う、現地の支店長は安定した年輪を重ねた50代の男と見える。しかし、こちらも若々しい。「ここへ来て少し肉が付きました。」と照れて深いグレーの頭髪を浅黒い掌でなでた。隣にいるのは娘というより、孫のように若い娘である。白い肌にやたらに目がでかく目立つ。ユーモアに溢れた赤い口は小さく、どことなく小鳥を思わせる。
その席でも人一倍、さえずっていたのは彼女だった。
「とにかく地殻変動が激しくて。」と彼女がさえずる。「たぶん、オリオンからこちらへたどり着くまでというと・・ここには少なくとも5万年以前に降り立ったはずです。今のこの地球の人類がストレートな遺伝子を保有しているということからですけども。独自な進化がそれほどみられない所からも、長期間凍結された可能性があります。実際は数千年単位の空白期があるはずなんです。それがここへ至る経路の途中なのか、この星の上であったかはわかりません。文明の空白期がある為ですわ。どっちにしても、ここの最初に降り立った証拠はどこかにあるはずなんです。ただし、ひょっとするとすでに地殻の間に埋もれちゃったみたいですね。もう100年近く捜してるんですよ、ねぇ。色々とおもしろいものは発見したんですけど、決定的なものは今だに。ほんと、潜れるところならどこでも潜ったわよね、地面から海面から!、ねぇ支店長?」
「御存知でしょうが、当時の船というやつは・・・なにせ金属ではありませんから。」
支店長が赤い酒を口に運びながらうなづく。
「チシキとしては聞いています。」社長が笑みを浮かべる。
「我が聞いた話では、荒唐無稽な話と思ったが・・・生きた岩石だとか?」
薄い目の秘書が用心深く言葉を選ぶ。「失われた禁為の技術だと。」
「はい。」支店長。隣の娘も真剣なまなざしに変わる。
「アロン・ドト・メテカは当時は画期的技術だったんです。60%も搭載する光子燃料を減らしたんですから。船体のメンテナンス、生存持続の為のエネルギーのほとんどを船体自身が補えた・・・生物ですから自己修復もしますから。それ自体の餌というか生存する糧は宇宙線の中にありますから。この生物が始祖の太陽系の彗星で見つかった時は大変な模擬をかもしたようです。すぐにそれが生息する鉱物を使って合板に加工する技術が発明されました。だから、船体は岩石というには少し違うんですよ。しかし、金属ってわけでもない・・・その中間の物質です。固く、しかも柔らかく絶対零度や60000℃以上の高熱に耐える。しかも中の微生物は宇宙空間で無限に繁殖し生き続けている。微生物が増えれば増える程、船体が丈夫になると言われてました・・・8000年程で衰えた個体は衰弱しそれもまた、若い生物の餌となるのです・・・」
「ただ、亜空間ヒコウはできなかった・・」社長が口を挟んだ。「だから、そのギジュツは衰退したんですか?」
「はい、それもありますが・・主なきっかけのひとつは始祖のアースが滅んだ戦いで貴重な微生物が死に絶えたからです。無限だった供給が不可能になってしまいましたから。それに、あともうひとつは・・例の人類回帰運動の一環で・・生物を活用することに意義を唱える動きがありまして。利用より、保護しろとね。」
「保護とは!」秘書が笑いをかみ殺す。「我ら、原始人類も今だ保護されている。」
「皮肉なものです。中枢の考えることなど。だから、連邦では今は航行している船はほとんど見られません。解体されることもなく、現存していればほとんど走行可能なはずなんですがね。」
「1000万年も経っても動いているのか!驚きだ、」
「かなりの辺境域ならばまだ残ってますよ。民間でも、それに絶対に遊民とかはまだ使っていると思うわ。」
「たぶん、ここにあるならここの船もそれだと思うんですけど。」
「それでしょうね。まちがいない。」
社長は表情を引きしめる。
「まだ、正式ではありませんが。ひょっとしたら、当時の移民船のどれかに『ホシゴロシ』が乗せられていた可能性があります。」
「『星殺し』・・本当ですか?ここに?この地球に?」
「ホシゴロシは始祖のアース二つを滅ぼす為に少なくとも5台が使われました。その後、それぞれの船団に寄って運び出されそのうち2台が所在が明らかです。勿論、みな禁断のギジュツとなりましたから、カイタイされフウインされました。4つ目は、移民先で破棄破壊されたキロクがあります。残りの2つはカバナ・シティにあると信じられて来ましたが、ここにきて連邦が潜ませた情報提供者によって1台しかないことがわかりました。」
「それでは・・ここにあるとしたら・・残りのひとつということですか。」
「ショックですか?」
「考えてもみませんでしたので。ジュリアどう思う?」
さえずるのを止めていた小鳥は身震いする。
「そうなると・・・ますます見つけるのが大変になりますね?もし、地殻の深部にまで落ち込んでいたりしたら・・・始祖滅亡の二の舞になったりしたら、大変です。」
「そうなると勿論、いまだにそれは生きているってことだろうか?」
「起動能力を失ってるといいですね。」
「あくまで。」社長が口を挟む。「実存するカノウセイということです。確証はありません。でも、中枢はその危険性も考えて行動することをワタシに望んできました。」
「そうなのか?」秘書が声を潜める。「やっかいだな。」

その時、彼等のテーブルに歩み寄るものに4人は気づき言葉を止めた。
「エンジェル?」甲高い声。それは、ガリガリに痩せた子供だった。通りにたむろして観光客の財布を狙う欧羅巴のジプシーのように、薄汚れた身なりをしていた。ジュリアは顔をしかめて反射的にバックを引き寄せたが、可哀想でたまらない気持ちになる。
「こんな時間まで、お前の親方は仕事をさせるのか。」トルドは驚き呆れながらも、ポケットから小銭を取り出し少女に握らせようとした。
「コドモですか。こんな夜更けに。」「夜更けどころかあと数時間で夜が開けるぞ」「普通はこんな子供は酒場には入れないのですが。」トルドはそうアギュに説明すると店員を目で捜した。
「こういう、ストリートチルドレンが通りにはここにはまだ無数にいるのです。」
「政府が保護しないのか?保護しなければだめだろうが。」
「保護しても自分達のグループがあってそこに戻ってしまうのですよ。」
「保護者とは名ばかりの大人達が悪い仕事をさせているのだ。実の親の場合もある。」
硬貨を手にした子供はジッとアギュから目を離さなかった。
「エンジェル?」子供は甲高い声で再び聞いた。惚けたような表情は少し知能が足りないのかと思わせる。しかし、見開いた大きな鳶色の目は耐えようなく美しかった。
不器用に結い上げた髪から黒く縮れた毛の束がなめらかな小麦色の額にかかっていた。
「エンジェルでしょ?」子供は今度はしっかりとアギュに指を向ける。回りの席の酔漢達がそれを耳にして冷やかすように笑った。離れた席からこちらを振り向く者もいる。ジュリアは困惑して助けを求めるようにトルドに目をやった。
「エンジェル?・・ダレですか?」アギュが繰り返す。
「天使様ですよ。」ジュリアは子供の小さい肩を包み込むように抱いて引き寄せた。
「この方は天使様ではありませんよ。」
プッとシドラが吹いた。「天使ってあれか?羽の生えたファンタジーみたいな奴か。」
「シッ!ここはキリスト教徒が多いのです。茶化してはいけません。」
トルドは思い切って立ち上がると密度の濃いざわめきと紫煙をわけてカウンターへと向かって行った。
アギュは興味を持って少女に目を向けた。
「ワタシはアナタの探してる天使様ではありませんよ。」
少女はうっとりとしたまま、首を振る。
「困りましたね。」やっとトルドが店員を連れて戻って来た。「よく見かける子供かね?」「いや、初めてですね。店の中までなんて。」巻き毛の若い店員はジュリアから子供を引き離した。「お前、家はあるのか?ここは子供が入るとこじゃないぞ。」「手荒にしないで。」「警察に保護して貰った方がいいのでは?。」店員は首を振った。
「こいつはきっと産まれながらの盗人ですよ。施設に入れても無駄じゃないですかね。」「とにかく、警察に連絡してください。」
「はい、わかりましたよ。トルドさん。」
若者は面倒くさそうに「ほら、行くぞ、お前。」子供を店の奥へと連れて行った。
その間も振り返り振り返り、少女の目はアギュから離れなかった。
回りの注目が潮が引くように引いて行った。ジュリアが肩の力を抜いた。
「ユリと同じぐらいか。」シドラが怖い顔でずっと睨みつけていたのだが子供は一度もそちらを見ることはなかった。
「ユリ。」社長が動きを止める。蒼い目が陰る。

「アギュ?」秘書が目を潜める。「どうかしたか?」
「シドラ。」アギュは我に帰る。「どうやら、失礼しなければならないようだ。」
アギュレギオンは向かい合う2人に頭を下げる。
「ワタシの身内に何かがあったようだ。」
「身内?」「お嬢さんですか?」
「ユリかっ?」シドラが目を見開く。
「ワタシを呼んでいるようなので失礼する。」
「それは、それは。残念です。」
「では続きは後日ですね? 今日は楽しかったですわ。又、お会いするのが楽しみです。こちらもそれまでには色々と資料を違う角度から検討することもできますし。」
小鳥のようなジュリアが笑顔を取り戻し、気を取り直したようにさえずった。
「では、お待ちしています。」トルドが慇懃にさし出す手をアギュは握った。
「はい、また。おそらく明日。いえ、もう今日ですね。今日の夜にここで。」
アギュレギオンは立ち上がり、礼を失しない態度で丁重に頭を下げた。
すでに立ち上がった秘書はそんな社長をせかす。どやしかねない勢いだ。
「行こう!グズグズするべきではない!」
2人は揃って入り口へと向かった。

「彼、いかしてますね。」2人の姿を見送り、ジュリアが支店長にウィンクした。
「本当に臨海進化体なんですかね?ねえ、トルド、ピンと来ないわ。」
「普通の人に見えたし。」
「ふむ。」トルド支店長はグラスのワインを飲み干した。彼はアギュが触れた手を試すように確認する。「普通の手の感触だったよ。」
「臨海しているんなら、肉体はないんではないのかしら?」
どうだろう、とトルドは首を傾げた。
「もしそうなのだとしたら・・・今の姿はおそらく、彼が我々にそう見せてるだけだろうよ。」そしておもむろに笑う。
「とは言っても、私も臨海進化なんてものをこの目で見たことはないからな。彼がここに来るって聞いた時はなかなか信じられなかった・・。まあ、中枢の色々なことなど、もう私にはとっくに遠い話になってしまったがな。」
「私もよ。」
ジュリアは酔いが回って来た人々によって、いささか猥雑な雰囲気に満ちてき出した店内を愛情のこもった眼差しで見回した。それに気づいた馴染みのバーテンダーが遠くから親しみのこもった合図を送って来た。
「私達、お互いここが随分長くなってしまいましたね。」肩の凝る会見を終えた今、酔いが静かに彼女を捕らえ始めている。
「ここに骨を埋めるってのもいいかもな。」トルドがそっと彼女の手の上に自分の手を重ねた。賛成とジュリアが囁く。
「今更、移動命令はないだろう。この星は特殊だから。この星の人類に最も遺伝的に似ていると言う理由だけで選ばれた我々だ。」
「そうでなければ、始祖の遺伝子に近い我々は一生、母星で飼い殺しの身分だ。」
「新しい上司に気に入られなかったら?私、それが心配。だって、臨海進化なんて想像もつかないし。なんでこの星に来たのかしら?」
ジュリアがおのが内の不安を口にするのを、父親にも見えるトルドは包み込むように見つめていた。
「彼はもともとは同じ原始星の出身だと聞いている。同じ原始星人には悪いようにはしないよ。大丈夫だよ。彼より私達はここにずっと長く根を下ろしている。彼には私達が必要だよ。」

店の外では濃厚な真夏の夜が爛熟した祭りの終焉へと静かに向かっているところだ。通りをそぞろ歩くカップルや観光客達もずいぶん数をへらした。それらにサメのような視線を走らせていた肌の黒い男達も疲れが目立つ。特別な日の稼ぎにもそろそろ見切りを付け、恋人の待つ寝床が恋しくなってきた頃だ。抜け目なくそれらに目を配っている陽気な警官もビール瓶を手に帰路につき始めた。
潮の匂いに混ざる、甘い花の香り。果実の熟れた香り。
まだまだ賑やかな通りに望む一軒の店を立ち去った、背の高い男女の2人組。
「どうかしたか?」女がかすかに囁いた。その言葉はここでは理解できるものはほとんどいないものである。虫の羽音のように響いた。歩みを止めず男は微かに眉をしかめた。「シセン・・・でしょうか?」
女も顔を動かしはしなかった。音楽が漏れ溢れていた往来のそこここで人々が群れ集まって思い思いのステップを観光客に披露したりしていた通りは幾分閑散としている。紙コップや皿が散乱する、ランタンが揺れる料理屋の軒に出されたベンチにほろ酔いの老人達が涼を取っている。その大半は椅子からずれ落ちながら船を漕いでいる。路地の暗がりからは押し殺した男女の笑い声が微かに聞こえてくる。
「さっきの子供か?」
「わかりません。そうかもしれない。」
暗い建物の庇につかの間、白い影が過った気がする。もやもやと形を取らない曖昧な何か。嫌な感じではない。誰かが、自分に意識を向けている。それは、好奇心?なのだろうか。アギュは意識を研ぎすまそうとするが、臨海を押さえた今の状態では限界があった。
シドラは肩越しに短い会話をする。
「あの子供は裏口から出されたそうだ。この国の司法機関の人間が連れて行ったそうだ。」「では、それ以外ですね。」再び肩越しの密談。
「・・・バラキにはわからないようだぞ。」
「そう・・・ならば、気のせいでしょう。」
アギュは蒼い目を街の影を浮かび上がらせ始めた真上の空に向けた。ほのかな夜明けの予感が微かに混じり始めているが、まだまだ星どもの天下だ。
月も怪しい飛行物体は見えない。
「それにしても・・・あのコドモ。」
「おぬしの正体に気がついたのではないか?」気遣わし気にシドラが囁く。
「もう、おぬしもわかってるだろう?。竹本の渡もおぬしを見る態度がおかしいぞ。犬も吠えるしな。わかる奴にはわかるんだろうだろうな。おぬしの光だ。きっと、おぬしのどこかから、漏れているんだ。」
漏れるってなんだよ、オレはヒビだらけの花瓶か?、ヒトを割れ鍋みたいにと昔のアギュなら言ったことだろう。
統合された人格などつまらないものだと、アギュは笑いを噛殺す。
「・・・コドモとドウブツは鋭いといいますから。」
「しかし、天使様とはな。」ククッと笑いを噛殺した。
「いっそのこと、この星の神様にでもなって人助けでもしたらどうか?」
「まさか。」アギュの眉間に皺が寄る。
しばしの無言のあと、シドラの笑いは影を潜めていた。
「もしかして・・・トルド達ではないのか?。目をつけられてるのは。」
「トルドとジュリアですか?あの2人はベテランです・・・ワレワレのような新参者とは違います。いまさら、この地でトラブルに巻き込まれることはありえないでしょう。もしもそうだとしても、任して大丈夫です。カレラなら対処できるはずです。それより・・」
「そうだ、そうだった。それどころではないぞ。」

慌てて2人は足早になり、街を見下ろす小高い丘のホテルへと坂を登り始めた。
そして、人気ない細い路地を明るいアプローチを避けるように庭園に向かう裏手の方に2人は曲がって行った。
目に見える人影はなかったが、もしもその2人を追っていたものがあったとしたならば。その者は物陰に隠れた2人の後を追って庭園の白いアーチをくぐった瞬間に、唖然とし困惑を隠せなかっただろう。
なぜなら、門をくぐり抜けた瞬間に2人の姿は深い闇に飲まれてしまったかのように消えてしまい、最早どこにも見出せなかったからだ。

後は満点の星がイルミネーションと存在を競うばかりだ。

スパイラルワン8-2

2009-09-15 | オリジナル小説
ジンの側で渡は目を皿のようにして前方を見つめていた。
「シンタニ、あっちょ・・」
弟がはっと顔を上げる。その足下に倒れてるのは子供2人。
「おれ、こいつら捕まえた。兄貴にほめてもらおうと思った。」
「捕まえてんじゃねー!」ガンタは一足飛びで弟に駆け寄り殴り倒す。もう、ちくしょう!この鬱憤はこいつではらすしかない。
(ガンちゃん!)ドラコが叫ぶ。鱗が飛び散るのがガンタだけには見える。
「動くな。」下から足を引きずり、兄貴達が上がってくる。
仙人は後ろに後退する。兄の手には銃が握られている。「殺すぞ。」
弟にの収穫物に目をやる。「よくやった。」
弟はうなりを上げると跳ね起きざま、ガンタの顎に頭付きを炸裂。ガンタ、目から花火で倒れる。
(ドラコ、大丈夫か?サイレンサーで撃たれただろ?)(大丈夫にょ!弾丸なんかはねとばしたにょ!ガンちゃんを庇ったにょ!知ってるにょ?ドラコがいなきゃ撃たれたのガンちゃんにょ!)(恩着せがましいけど、感謝だ。また頼むぜ、ドラコ!)(まかせるにょ!)ガンタ、取りあえず死んだ振り。顎がジンジンするし。


「おい、こら!宇宙人!」銃を振り回す兄貴はすばやく仙人を指差す。
「てめえか、こんなもの乗り回しやがって!あやうく死ぬところだぜ!」
「宇宙人?こいつが?」ジンは繰り返す。驚きすぎるとリアクションは却って小さくなるものだ。「普通じゃん。」香奈恵がユリに囁く。「8本足とかないの?」
銃を向けられた権現山の仙人は目を丸くして、何か言い足そうにするが結局口を閉じる。
「あんたが宇宙人なのか?ほんとか?」ジンは問いただす。
「そうだ。」兄貴が言い重ねる。「ジンてめぇ、この裏切り者。よくおめおめと戻ってきやがったぜ、馬鹿にしやがって!。おめえも後で殺してやるが、まずは宇宙人が先だ。」
「そうだ、俺の足をこんなにしやがって。生きながらバラバラにしてやる。」
一番、年上の兄貴は足を引きずりながら顔を歪める。
「それよりNASAとかに引き渡したらどうなのさ?」ジンのこの言葉にも仙人は黙って見つめ返すだけだ。「ものすごい金になると思うけどさ。」
「それも、いいな!なあ、生きながら人体実験だ!」銃を持った次男は笑う。
「それはダメだ!」足を怪我した長男が更なる残忍な笑みを浮かべる。「宇宙人だろうがなんだろうが、俺のかたきは俺が撃つ!」
「そうだ、かたきだ!」一番、下の弟が仙人を後ろから殴り倒した。
「さあ、そこでガキんちょどもだ。」ユリと香奈恵に銃口が向く。
「その前に、ちょっと試させてくんない?」神興一郎が渡の手を取ったのはそんな時だった。渡はビクンとしたが、ジンの手ははずれない。
「なんだ?おい、止まれ!」ジンは渡を引きずるようにしながらも、スタスタと円盤に向かう。兄貴が引き金を引く、が引けない。ドラコが銃口を塞いだからだ。
「この!」小柄な男達がジンに躍りかかる。その瞬間、ガンタと仙人が跳ね起きて反撃に転じた。
「うおー!」
「やっつけろー!」香奈恵が、叫ぶ。「ガンタ、かっこいー!」
「さすが武力担当じゃの。」ご隠居も満足の笑み。

ユリは香奈恵の腕の中でもがいていた。ユリが見ていたのは円盤に近づいて行く渡だった。近づくに連れて渡の抵抗は治まり、目は虚ろになって行く。
回りの騒ぎは急速に遠ざかる。『なんだろ?この感じ・・』渡の中で何かが外れる音がする。『何かが呼んでる・・この円盤?・・船?』
「おい!」ガンタがねじ伏せた兄貴が声を出す。彼の驚愕の表情にガンタも振り上げた手を止める。その為に弟に蹴り飛ばされる。仙人ももう一人を押さえつけていた手を止めて、それを見た。
「何、しやがる!それから、離れろ!」
地面に突き刺さった巨大な黒い碁石。そのUFOが再び点滅を初めていた。
ユリが呆然とする香奈恵の腕から逃れでた。しかし、トラが立ちふさがる。

「渡!何をしている!」
円盤の船体の全面に文字のような光が次々と現れる。光の筋が流れる。
渡が手を当てると船体は不気味なうなりをあげ、振動し始める。
「やはりな。」ジンは恍惚として渡の肩を押さえたまま光の渦を見上げていた。
渡の目にはもう何も写っていない。幼い顔に陶酔の表情を浮かべたまま立ち尽くす。
「動けと言ってみるんだ。」悪魔が囁く。「さあ、渡。動けって。」
円盤のすべての機能が渡の頭の中で点滅する。理解を超える設計図、訳もわからないが渡はこの船と自分が繋がっていることを感じる。『うご・・け』
地を削り、円盤の表面が動き始める。光の文字が中心へと凝縮し始める。
「やめろー!」相手をはね飛ばし、駆け寄る3兄弟。銃から弾丸が放たれる。
ジンは黙ってそれを自分の体で受け止める。渡に届かせる訳にはいかない。
1発、2発、兄弟が円盤に到達するのとそれがめり込んだ地面から身を起こすのは同時だった。船体の下から風圧が巻き起こり、ジンは後ろによろめいた。渡もはね飛ばされる。と、円盤の動きは止まった。光も失い、船は再び滑るように平たい地面にゆっくりと着陸した。
口々に雄叫びを上げる3兄弟はもはやコントロール不能だった。弟達が船体にかじりつくように這い上がる。ガンタが駆け寄るより早く、倒れていた渡を兄貴が肩に担ぎ上げた。船体に入り口が開く。まず弟達が転がり込む。次は兄貴だ。
「そいつを放せ!」
船体に飛び乗ったジンが入り口から放たれた、まばゆい光に寄って吹き飛ばされた。
「無茶だ!」彼を受け止めるようにガンタも転がり落ちる。
同時に入り口は塞がれ、円盤は上昇を始めた。
ユリを抱きとめる、トラの耳元で甲高い悲鳴が響き渡った。「ワタル!」
「ユリちゃん!」思わず、トラの手が緩む。
ユリはトラを振り払い前に向かって走りだす。「ダメ!ダメ!」甲高い錆び付いた声帯が軋むような悲鳴だった。
「ユリ!」ガンタが降り注ぐ光の中、辛怖じて抱きとめる。
(ユリちゃん、ドラコに任せるにょ!)
(また、いい加減なことを!)(いい加減じゃないにょ!)
もがくユリの口からは続けざまに、たどたどしい意味不明な声が漏れ続けていた。
香奈恵が呆然と立ち尽くす。
「ユリちゃん、しゃべってる?」その上で円盤が点滅を続けていた。
細かい石や砂が頭上から降り注ぐ。
ジンはしびれた体を振るわせながらそれを見上げていた。庇われたせいで肉体への墜落の衝撃はたいしたものではない。銃弾も体にめり込んで入るが、デモンバルグであるジンにとってはたいしたものではない。しかし、借り物にすぎぬ肉体は動かなかった。かりそめの肉体だけではないジン自体にもかなりのダメージが行き渡っていることを認めるしかなかった。。あの光線、あれはいったい?
「プラズマレーザーじゃな。」トラが泣きわめくユリの後ろに立つ。
「結局、不法侵入者はあいつらってこと?」
ガンタはユリを押さえながら振り返った。
目の端で権現山の仙人を確認する。仙人が意識のない2人の子供を介抱していた。

スパイラルワン8-1

2009-09-15 | オリジナル小説
          4.夏の夜を迷走するUFO


(さて、どうしよう)
ガンダルファは思案した。
(どうしたらいいと思う?ドラコ)
(ガンちゃん、予想外にょ)
頭の中でドラコの声が答える。
「ねぇ、大丈夫かな、みんな。」
そんな彼の困惑を他所に隣からしきりに声がかかる。
「見つかった気配ないものね、ね?」
(・・わざと捕まってみたんだけど。こいつまで付いて来るとはなーまったく、困ったなー親の心子知らず状態だよ)
(それ、ちょっと用法ちがうにょ?タトラならわかるにょ)
「ガンタ、みんな逃げたかな?逃げれたと思う?渡はあいつが連れってたけど・・・大丈夫かな?大丈夫よね?トラちゃんにはユリちゃんが付いているし2人一緒ならばなんとかなると思わない?。シンタニとあっちょだって私らが囮になったからちゃんと逃げれたはずよね?」
隣に転がされているのは香奈恵だ。
「だってさ、あいつら捕まえてたら絶対私らに黙ってないでしょ?あちょの家が一番近いからさ、家に駆け込んでくれればさ・・・あのデブの弟が追って行ったのが気になるけど・・・大丈夫、みんなはしっこいからさ?今に助けがくるわよね?」
香奈恵は心細さからか、ますますしゃべりまくる。
「みんな警察にたどりつけたかなぁ?迷ってたりしたら、どうしよう?ねえ?ねえ、ったらねえ、ガンタ、聞いてるの?もしかして、怖くて気絶してたりして?」
「・・・大丈夫だと思うよ。」面倒くさそうにガンタは答える。
(そうにょ。ドラコ、さっきちょっと見て来たにょ。タトラとユリちゃんは仙人に助けてもらったにょ。渡も一緒にいたにょ。ちゃんと村に向かうって言ってたにょ。シンタニとあっちょはわかんないにょ~見つからなかったにょ。香奈恵ちゃんにもいうにょ?)
(言えるかよ、虫の知らせってか。)(虫じゃないにょ!)
(権現山の仙人か~なんか、気になるなるんだよね。どうしてこんな山ん中にすんでんだろ?いくら寂しんぼ好きにしたって食い物とかどうしてるんだろ?完全自給自足でやっていけるものなの?)(犯罪者だと思うにょ!)(そうだよなーでも、この星の犯罪者なら関係ないか・・一応、帰ったら警視庁の指名手配リストとかチェックしてみるか)
「ねぇ!ガンタ、ちょっとびびってんの?答えてよ!」
ガンタは半場、あきらめ口調で諭す。
「声がでかいって。」
その言い草に香奈恵はますます、いきり立つ。
「なによ!こんな時に!落ち着き払っちゃって!いつもはガンタの方が声がでかいじゃないのよ!」
「おい、やめろって。」ガンタ、深くため息をつく。
「なんで香奈恵は逃げなかったんだよ。あれだけ、逃げろっていったろ。」
「何よ、自分だけいいかっこしてさ。相手は2人いたんだから、1人で2人は無理だったじゃない!」
「俺1人で簡単に片付けられたって。」無論、それはドラコとかオリオンの企業機密を使ってなのだが、それは香奈恵の前では使えない技だった。
「無理に決まってるでしょ!ガンタなんか、何も技ないじゃない、私なんて空手部なんだからね・・・そりゃ、入ったばっかだけどさ。」
(ガンちゃん、ほんと信用ないにょ)「うるさいわ。」
「うるさい?うるさいですって?、わかったわよ!ガンタのバカ!」
その言葉はドラコに言ったのだが、怪我の功名で香奈恵はふくれて静かになった。
やれやれと、ガンタは辺りを見渡す。
暗闇に目が慣れたおかげで、薮の陰のランタン一つで木に打ち付けられた「御堂山標高440」と書かれた札が見えた。
頂上は薮が生い茂るばかりで、木はかなりまばらだ。ガンタは薮をすかす。
吹き上げて来る風がまともに顔に当たる。日が暮れると7月とはいえ、気温は肌寒くなってきた。香奈恵の怒っている背中もちょっと寒そうに見える。

(向こう側にはなんだって?)(1人だけにょ。なんだか卵みたいのがあるにょ。)
(1人?ずんぐりした奴は?まだ、渡達を追ってるのか?卵ってなんだよ。)
(わかんないにょ。細長いカプセルみたいにょ。怪しいにょ。人は痩せたのしかいないにょ。なんか谷底に向けてなんかで合図してるにょ。渡のママが持ってる携帯じゃないにょ。発信器みたいのにゃ。誰かと話してるにょ。)
(合図?どっちの谷底?下の沢にもう1人いるとかいう仲間がいるのかな?それとも・・・あいつら・・・ひょっとしてここの住人じゃないのかな?・・・もしかして噂の不法滞在者? 体つきは遊民に近いかなとは思ったんだけどさ、どう思う?)
(そこまでドラコに期待するのは無理にょ、タトラに聞くにょ)
(別になんでもいいんだよ。匂いとか、感覚とかさ、ここの住民とは違うとかさ、なんか感じないの?)
(ガンちゃん達のいるこの次元に生きてる人間はドラコにはにょ~みんな同じ匂いしかしないにょ。一緒に思えるにょ~)(そうか・・ちぇ、役に立たないなぁ。)
(そんなこというとドラコ、怒るにょ~もう何も教えてやらないにょ~縄も解いてやらないにょ~ガンちゃんなんか、もっと痛い目に合えばいいにょ!)
(ああ、わかった、わかった、悪かった!ごめんなさいっと!)
ガンタは色々と考えながらおざなりに謝る。
(そうだ、ついでだから縄はずしといてよ。)
後ろ手を持ち上げる。
(どうするつもりなんだろう?逃がしたって大したことはないと思うんだけど・・・僕らは予想外の人質なんだってあいつ、あのいかしたイケメンが言ってたんだしな・・わからん。ところで、あのイケメン、あいつはちゃんと逃げおおせたみたいだなって、おいドラコ?ドラコ!)
(にょ~)
(まだ、怒ってたんかよ。執念深いなあ、過去はさわやかに水に流すのがいかしたワームドラゴンって奴じゃないの?)
(ドラコ、いかさなくていいにょ!)
(何、言ってんだよ、いかさなきゃ!そうだろ?せっかくかっちょいいワームドラゴンに産まれたんだからさ。シドラのバラキみたいにビシッと決めてみたくないの?)
(それは~みたいにょら。)
ドラコが、即座に手の縄に取りかかる。くすぐったいような曖昧な感覚の中、縄がハラリと重みを失う。
(よしよし)隣の香奈恵には気づかれないように手首をもんでほぐす。
「あれっ!」香奈恵が驚いた声を出す。
「縄が外れたわ!ガンタ、あんた?」ガンタは暗闇で顔をしかめる。
(香奈恵のも取ったのか!)
(取ったにょ!)(余計なことを~!)(気を利かしたのにょ)
舌打ちをしつつ、声を潜めて香奈恵にかがみ込む。
「いいか?今度こそだぞ、お前は絶対に逃げろよ。」
「逃げるって、ガンタは?」
「今度こそ踏ん縛ってやる。」
「えっ?私も行く!」
「いいから、お前はそこの薮に潜んで隠れてろって!あっちで騒ぎが起きたらすぐに山を降りるんだ。敵は1人のはずだけど仲間が潜んでたら面倒だからな。また、お前が捕まったりしたら、今度こそ目も当てられないだろ?」
「いやよ!」本当はたった1人で山の生い茂る薮に入って行くのがたまらなく怖い香奈恵なのだった。夕方の暗闇を歩いてる最中、笑った口に虫が飛び込んだ記憶が甦る。「ねえ、じゃあ隠れてるから・・ずっと隠れて見てるから・・ダメ?ガンタがやられちゃったら、逃げるからさ。ねぇ、お願い、1人で山なんて降りれないわよぉ。怖いんだもん・・・」その声には必死に押し殺した泣きべそが潜んでるのを感じ、ガンタは顔をしかめた。いっそ眠らせたろか?その方が邪魔になんないし。でも、後で抱えて降りるのは重そうだしな。
「あのな・・」
迷いながらとりあえず口を開いたその時、ドラコが騒ぎ出す。
(なんか来るにょ!ガンちゃん、近いとこからなんか近づいてるにょ!)
(ダッシュ空間ってことか?深度はどのくらいなんだ?)ガンタは言葉を飲み込み、すばやく頭を巡らす。
(レベル1とか2にょ!)
香奈恵が不満げにガンタの顔を見つめる。
(すごい近いにょ!早いのにょ~!)たまらず、ドラコは甲高い警戒音を発する。
ガンタは山裾へと続く後ろの闇にそれとなく身構えた。
うって変わった男の鋭い眼差しに香奈恵の心臓がドキリとした。しかし、それが悔しくて彼女は思わず大声を出す。
「何よ、何か言いかけたでしょ、今・・・」
ものすごい金属音がわき起こった。


ガンタは見た。
空間がよじれ耐えられず裂けるのを。
火花が梢を走り空気の焦げる匂いと共に飛び出して来た、船の質量がこちらの場にも凶暴な圧迫を叩き付ける。
ガンタは香奈恵を庇い、2人は折り重なって地面に投げ飛ばされた。
同時に御堂山頂上をかすめて過ぎた物体により、山頂の木々は咆哮をあげる。
山鳴りが頂上から下へと波及して行くのが感じられた。
「ドラコ!」ガンダルファは叫ぶ。
(船にょ!)ドラコは空間に飛び出す。(こっちにょ!)
香奈恵の悲鳴よりも先にガンタは跳ね起きていた。
「ガンタ!?」
気がついた時は斜面を飛ぶように走り降りていた。
暗い薮と木々の中に、焦げ臭い土と燻された木の匂いがもうもうと鼻に感じられる。ドラコが鼻と口に巻き付き砂塵と煙を防いだ。(ほんとに墜落したのか?)
近づくに連れて燻る木々を透かして、チラチラと燃える炎が垣間見え出す。
(冗談じゃない!光子燃料が漏れたりしたら山が消し飛んじまうぞ!)
(ガンちゃん、先客がいるにょ!)
確かに前方の炎の側に人影が見えた。こちらを見るなり叫ぶ。
「摩擦で発火した!このままじゃ、山火事になるぞ!。」仙人だった。
「お前も手伝え!」
「わかった!。」体が動く。
燃えつく炎を足で踏みつける。「追いつかん、これを。」
仙人がまだ燃えてない瑞々しい枝を折り取る。
それからは2人で夢中で枝を振り回した。
枝を折るでかい足音が聞こえた。
「兄貴!」薮から転げ出る、ずんぐりとした影。
「手伝え!」仙人が叫ぶ。
しかし、末っ子の弟は呆然と立ちすくむだけだ。
彼の足下に投げ出された、二つの荷物にも目を止める暇がない。
墜落した物体に注意が向いたのはあらかた消火した後だった。


ガンタは唸った。
地面にめり込んでいるのは、小振りとはいえあきらかな円盤だった。岩がえぐれ、そこはクレーターのように地面が落ち込んでいる。焦げた木はなぎ倒され、草は真っ黒に変色している。底面に模様を浮き出し淡く点滅する船からの灯りの中、倒れた男とそれを引きずる小さな影が動いている。
(このタイプは遊民船か。こんなに小さかったら母船のレーダーにも感知できないかもな。)(次元を使わなかったのにょ。その方がかえってわからないと思うにょ。)
「怪我したのか!?」仙人は弟の側を駆け下りる。
「近づくな!」小さな影は鋭く叫ぶ。仙人はためらうが、足を止めた。
(ガンちゃん、!)ドラコが囁くより早く、ガンタの袖が引かれる。
「あ、あれ!あれって、空飛ぶ円盤じゃないの?」
目を目一杯に見開いた香奈恵だった。顔は傷だらけ、髪には小枝や蜘蛛の巣が付いている。ガンタは再び、目眩を覚える。
「なんで、ここにいるんだよ!」忌々しいたらない。
「なんで上でジッとしてないんだよ!」
「だって!ガンタ、下に逃げろって言ったじゃない!」
「村の方に決まってるだろ!自分で考えろよ、まったく・・・」
尚もいい募ろうとするガンタを香奈恵の指が止める。
「あれ、あれって・・・本当にいたんだUFO?」香奈恵の声は泣き声に近くなる。
「いいから!お前はあっちへ行けって!離れてろって言ったろが!」
「だって・・・!」涙が滲む。「だって、だってガンタ私を1人で置いていくんだもん。1人は嫌だもん!もう、嫌ー!」
気は張っててもまだ、13歳、中学生だ。
パニック突入の香奈恵に抱きつかれ身動きもとれない。
その上、さらに後ろからどやどやと声が近づく。
「ほら、見ろ!やっぱりここに落ちてんじゃん!」
「おいおい、ここは観光名所じゃないぞ!」たまらず、ガンタは叫んだ。
「いよっ!お兄さん!お邪魔しちゃった?」
ジンはガンタが睨みつけるのにも躊躇ない。
「お熱いのう。」ご隠居さんも首をふりふり。
「タトラ!てめぇ、何してんだ!」あきれて力が抜ける。「逃げたんじゃないのか?」
本名を叫ばれたトラはさりげなく口に指を立てる。
「わしらはモノレールでそこまで登って来たんじゃ。」
ユリがニコニコと共に並んで後方のレールを指差した。
「お、おまえら~」ガンタは香奈恵を引き離すと、思わずくずおれた。
(ガンちゃんが貧血おこしたにょ~)
「みんなー!」香奈恵はガンタを飛び越え駆け寄る。
ユリも破顔し、2人はしかと抱き合った。
その背景にジンが鷹揚な構えを解いた。
「感動の光景さ、みんな無事なんだしお兄さんも喜んだらさ。」
「無事なら、ここにいないだろが・・!」ガンタ頭を抱える。

スパイラルワン7-2

2009-09-09 | オリジナル小説
「なんで泣いてるの?」
気がつくと男は止まって下に落とした渡を覗き込んでいた。
「だって。」渡はしゃくり上げる。「みんなが・・助かったか気が気でないだろっ!」
「このさいさ、おまえが助かれば別にいいじゃないさ?」
「バカ!」怒りがわき上がる。「自分だけ助かってどうするんだよ!」
男の不思議そうな顔が許せなかった。
「なんで助けるんだ?なんで僕だけこんな助けるんだよ!」
「おまえが助かれば嬉しいかと思ったんさ。」
男はすまなそうに、渡の手の縄を解いた。渡はその手ですぐに顔を覆う。
「嬉しいよっ・・うれしいけどっ、みんなはどうすんだよ。どうしてみんなも助けないんだよ。」
「おまえが一番、近くにいて持ち易かったからさ、つい持って逃げたのさ。悪かったかい?」
男はいいわけがましく謝った。なんでなんで僕なんだ?。女の子の、弱いユリでなくて。渡は心の中で男をののしる。
頭の隅では、しっかりと安堵を覚えている自分にも腹が立った。
「大丈夫さ。」無責任に男が請け合う。「あいつ・・なんてったっけ?大人がいたじゃん?あいつがきっとなんとかしてるって。身を挺して戦うとかなんかさ。」
「ガンタはバカなんだよ!」渡はやけくそで怒る。「ガンタなんて全然、頼りにならないんだから!・・弱いし・・」
「そうかな?」男は首を傾げる。「そうは見えなかったけどさ?」男はガンタについてもっと何か言い足そうに見えたが言葉を飲み込んだ。

「まあ、それはさておきさ。お前は運が良かったんさ。」
渡の涙は止まらなかった。ちきしょう!バカバカ!
「運が良ければみんな、逃げてるさ。いいかい?あの状況じゃ、どうやったって全員逃げ切れるわけないじゃん?言わば、囮は多い方がいいわけさ。あいつらが囮になってくれたおかげで俺らは助かったわけだから。それで、仕方ないじゃん?」
男は渡の腕を掴み立ち上がらせる。
「最初から・・!」バラバラに走らされた仲間達。「そういう作戦だったのかよ!」
男を信じた自分が悔しくて、腕を振り払った。
「そりゃ、そうさ。あの彼・・ガンタだっけ?彼だってすぐにわかってくれただろ?」渡は気づいた。あの時のガンタの態度。単なる思慮もない安請け合いじゃなかったんだ。誰かが犠牲になることを承知でガンタは肯定してたんだ。
そして、おそらくその犠牲はガンタ本人のはずだったのだ。
「だから、彼が残りの奴らに付いてはなんとかしてると思うぞ、俺はさ。」
呆然とする渡におずおずと付け加える。
「だからさ、警察に知らせに行けばいいさ。早く通報すれば、通報する程助かる率が上がるってもんだろ?行くさ。」
「あんたも突き出してやる。犯人の仲間だろ。」
「おやおや、裏切ってまで助けてやったのに。命の恩人にあんまりな言い草さね。」
「・・・」
「取りあえず、ここの人に助けを求めてみるさ?」
ようやく渡は周りを見回した。目の前にある草と木の固まりが人の住処であることに気がつくのに時間がかかった。
覆いかぶさる枝の穴蔵のような暗がりに下がっている毛布のような布、ブルーシートの床の隅に鍋や皿のようなものが重ねてある。石を積んだ竃のような窪みには燃えた火の後があり、薬缶も置いてあった。雑然としているがどこかキチンと片付いている。
「これって・・」渡の頭のどこかで警鐘がなる。
「持ち主が帰って来たみたいさ。」
草が揺れる音と足音に気づいて、思わず飛び上がる。追っ手ではないのか?
しかし、男はへらへらと笑ってそちらを見ている。
男の後ろに思わず隠れようとした渡は心臓が凍り付く。最初から罠だったとしたら?でも、それじゃあ意図が読めない。
しかし、茂みから現れたのは二人の子供の姿だった。
「ユリ!トラキチ!」渡は思わず涙に濡れた顔のまま、駆け寄っていた。ユリがにっこりと笑って渡の両肩に手を回した。野草の香り、野に咲く花の香り。
「無事だったの。」虎の細い目が線になってる。満面の笑み。
渡は二人の後ろに突き出ている汚れた靴に気づいた。
権現山の仙人は難しい顔を歪めて立っていた。仙人が凝視しているのは、渡と一緒に逃げた男の方だった。男はのんびりと仙人に話しかける。
「ここはあんたの家なんさ~いい家だね。伊居心地良さそうじゃん?」
「・・・おまえは?」
「神 興一郎さ。」渡が初めて知った男の名前だった。ユリがそっと渡を押しやったので二人も正虎と共にジンをじっと見上げる。
「おっ!俺っち、注目の的さね。」ほくそ笑むジン。
「おまえは奴らの仲間ではなかったのか。」仙人の声は低く、目は鋭かった。いつの間にか、仙人の手には山刀が油断なく握られており、目には殺気があった。
渡は思わず、仙人を振り返る。仙人こそ奴らの仲間でなかったのか。
「1抜けたわけさ。」ジンは体をゆらゆらと揺すった。「あんたもかい?」
「ワシはあんな奴らとの仲間じゃない!」爆発するような声。渡とユリは抱き合ったまま、飛び上がる。虎だけが動じていない。
「おっと、怖ぇ~ね。なら、いいさ。そういうことで。」ジンは仙人を観察する。彼も心が見えない。あの兄弟達と違って普通の人間だとしたらかなりな意志の持ち主ってことだ。修験者だろうか。権現山の仙人は刀を降ろすがブツブツと1人で怒りを発散していた。
「なぁ、知ってるかい?あいつらはさ~既に人を殺してるわけよ。それも4人程さ。」
そのうちの2人はジンが手にかけたわけだが、それは言う必要はない。「あとさぁ、
奇麗なホステスさん2人と子供も1人・・・あっちから俺も手伝って攫って来たんだけど~その姿が見えないんさ。昨日、山の上に運んだのにさ。なんかしんない?」
「攫ったんだ・・・」渡がつぶやく。なんだかがっかりした。ジンはチラリと渡に目を走らせたが今更、やめるわけには行かなかった。
「ここの土地さ、誰かの手引きで来たっていってたけどさ。それってあんたじゃないのかい?」仙人の顔は微かに歪んだ。今度はユリがそれを見つめて身じろぎした。
「わしは・・・わしはただ・・・手引きなどはしとらん・・あいつらが勝手に付きまといおって・・・まったく、なんてことだ。」
これでは、奴らと知り合いではあることを認めたようなものだった。
ジンはさらにニヤニヤする。この男も結構おもしろい。
「悪い奴らだとは知っている・・わしもあまり人のことを言えた義理ではないからな。」仙人は顔を背けた。苦いものを吐き出すように声を吐き出す。
「わしがここにいたら戻って来よった・・・仕方がなかった・・・色々と弱みもある・・・それはお前に言うことじゃない・・・この山に出入りする時には時々、食い物を分けてやる。分けてもらうこともある。しかし、それだけだ。あいつらはあいつら。わしはわし。あいつらがどこで何をやろうとわしには与り知らぬことだ。」
「あいつらさ・・・」ジンは図に乗って爆弾を落とす事にする。仙人と呼ばれる男の微動だにしなかった硬い精神に自分が穿った割れ目から、かすかにしみ出して来る絶望のような味をもっと味わいたかったからだ。
「背骨が欲しいとか言ってるんだけど。どういう意味あんだろね?」
「背骨?」今度は虎が甲高く鋭い声を上げた。仙人の顔色が目に見えて白くなった。
「とにかく、俺っちもさ、いつ仲間から逃げようか、考えてたんよ。手伝わせるだけ手伝わせて、結局、本当の目的は教えてもらえないし、理解に苦しむのさ。ほら、その背骨がどうとか言うのも気味悪いし。おまけに、ちょっと目撃されただけで、こんないたいけな子供達を捕まえちゃうし。俺っちの身だってどうなったことか。」
「そうだよ!それどころじゃない!」渡が叫ぶ。「ユリちゃん、他のみんなは?」
渡の問いにユリが悲しそうに首を振る。
「多分、また捕まっただろう。」仙人の声はさらにこもって低かった。
「そんな・・!」
「わしは神月の子供を助けた・・」ユリが複雑な顔をして渡を見る。何か言いたそうだ。正虎はぽっちゃりした肩をすくめる。「わしはついでなんじゃとさ。」
正虎の話によると、仙人は神月の子供を解放するように迫って奴らともめていたのだと言う。その直後、逃げ出した子供達に慌てふためく彼らの混乱に乗じて仙人はユリを追いかけ、ついでにユリと共にいたトラも助けて連れ去ったのだった。
2人を助けた、その後のことは彼らにはわからないらしかった。
「おやおや、捕まったんなら大変さね。」ジンが無神経な声を出す。
「香奈恵だって、神月の子供だよ!」渡は叫ぶ。
「そうらしいな。」仙人が苦い顔をして正虎を見る。
「その話はわしが何度も説明したんじゃが・・。」渡を指差す。
「この渡と香奈恵が正式には神月の子供じゃ。」
「・・旅館、竹本・・神月の血筋と聞いた・・」
「僕とかなねえはそこの子供だよ。ユリとトラも住んでるけど。」
「そうか。おまえ達は違うのか?」仙人は肩を落とす。「知らなかった・・てっきり」
彼の目はユリを見ていた。「おまえは神月の子供ではないのか。」
「神月の本家の土地はもうユリちゃんのパパのものなんだ。そう言った意味では・・そうとも言えるかもしれないけど。」
しかし、それでは村に住むシンタニとあっちょが浮かばれない。
「こいつの名前は確かに竹本渡さ。」ふいにジンが口を出す。渡は違和感を覚える。彼に自分は、名字を教えただろうか。しかし、それより仙人の返事が気になった。
「あんた、神月って所になんか恩でもあるわけ?」
「別にない。」おまえに関係ないと、噛み付くような返事。そう、ならいいさと呟くジンはさておき、渡は仙人に追いすがる。「みんなを助けなきゃ!」
「警察に行け。」むっつりと住処に入って行く。
「その樫の木と木の間を権現山の戴きを背にして降りて行けば林道に出る。右に進めば県道に出るぞ。」
「どうせなら、神月の子供はみんな助けてよ!」
ジンが腰を上げる。「無駄さ。さあ、暗くなる前に行くさ。」
ユリがじっと仙人を見ていた。仙人も振り返り、ユリをじっと見つめた。
「すまんの。」仙人の声はとても優しかった。
ユリはくるっと後ろを向いた。
正虎はそんな仙人をかなり長いこと見ていた為、かなり遅れて走って来た。
「そんな悪い奴には見えんの。後から助けに行くんじゃなかろか。」
虎は一人ごちる。
「背骨とはの・・・これはちょっと深刻な問題かもしれぬの。」
ユリはそれを聞いて首を傾げたが、渡は聞いてなかった。
渡の耳には何も入らなかった。
とても、腹を立てていたからだ。


4人はトボトボと山を下って行った。話すことができないユリは勿論だが、渡はムッツリと正虎は思案げに黙り込んで。ただ一人、ジンだけが元気よく、時折声を出していたがそのうちに草を分ける音とか石を踏む音しか当たりに響かなくなっていた。木の切れ間に見え隠れする山の頂上にチラホラと灯りが点滅していた。ジンはあの昨夜のことをふと思い返す。きっと捕まった人質がいたとしたらあそこにいるだろう。そして、彼等はこつ然とどこかに消えるのだ、昨夜のように。いったい山頂に何があるのだろう。「おや。」ついジンは立ち止まってしまった。「ほら、レールがあるさ。」「レールとな?」すぐ前を歩いていた正虎が立ち止まる。先に行く後姿の二人は立ち止まりもしない。ジンはクスッと含み笑いをかみ殺した。「確かにレールがあるようだの。」虎は目をすがめて茂みを伺う。「こんなところに面妖な。」
「不思議じゃないさ。山で切り出した材木とかを麓に降ろすのさ。」
「ほう、すると。」虎はレールが下って行く方向を見下ろした。
「どこか近くにその本体があるわけじゃの。」
「ある、ある。この下に小屋があるさ。昨日俺っち、ちょっと拝借したもんさ。これがあるとすごく楽にならないかい?。」
死体を運んだんだよね、とはさすがにジンも言わなかった。虎は気付かず、
「ふむ。ジン殿は悪人としてもなかなか聡い人とみたの。善人でないことは、つくづく惜しいことじゃ。」
「お前って、おじいちゃんみたいさね。」ジンは笑うと薮を払ってさらに錆びた金属を見え易くした。
ジンの眼には、怒りが赤い炎となって今も回りを取り巻いている渡とは対照的に、この子供もユリと同じく心が読めなかった。なんて痛快。
「鉄が腐ってるんではないかの?錆びがひどいの・・・」
「ずっと使ってなかったようさね・・・でも、大丈夫だったさ、音がすごいぐらい。」
先行く影を追いながら、二人は会話を続けた。ユリが興味を示して時折、振り返る。
渡の袖を掴もうとするが、渡は今も自分自身の思いに捕われてるらしく振り向くことはなかった。
「疑われないように戻しといたからさ。まだ、燃料が残ってるからみんなで麓に降りれるさね。」「そうなると助かるのう。」
その時、ふいにユリが身震いした。飛びつくように、渡に捕まる。
虎とジンも、不気味な振動に思わず歩みを止めた。それは全身がぶるぶると震えるような感覚だった。それは足下から起こったように感じられたが、実際は回りの空気体全体を振るわせてるのがわかった。木々が茂みが不吉にごうごうと鳴る。内臓を直撃される、吐き気がくるような振動で背中の毛が逆立った。歪んだ空間が前方から近づいて来るのをジンは感じた。その凶暴な空気の波に、人ならぬジンも思わず耳を塞いだ。下手すると擬態を保つのが難しくなりそうだったのだ。見せかけの肉体に酸素を取り込もうと、慌てて何度も深呼吸をする。
渡は耳を押さえ、咄嗟に地面にかがみ込もうとした。しかし、手だけが意思とは関係なく上に上がっていったことに彼は気がつかない。
隣にいたユリが異変に気づく。ユリの耳を後ろからそっと塞いだトラも声をのむ。
「渡?」
目を見開いたまま、渡の両手が高々と上がる。
そこで初めて気がつき、渡は混乱する。手のひらが熱い。
「ユリ!」無意識に助けを求めていた。
心臓から腕へと流れる血がまるで焼けるようだと渡は感じる。急速に視界が消える。
指がねじれ手のひらが大きく突き出された瞬間、頭上の音に突如変化が産まれた。
そして。
渡を覗く全員がそれを見た。空間が破れ、目の前に出現した巨大な影。夕空のわずかな空が覆い尽くされる。トラは息を飲み、ユリを庇う。
それは丸い円盤だった。大きさは20トントラックよりも一回りは大きい。なめらかな銀色の船体はつなぎ目がなく、金属と言うよりはつや消しを施した石のようだ。
その黒い底面に光の帯が浮かび上がっていた。不可思議な唐草模様がイルミネーションのように走る。頭上をかすめて、それははっきりと見えた。
「!」ジンも驚愕を持って、それを食いいいるように見つめる。
遠ざかる円盤の船体は木を千切り、大木の上を吹き飛ばす。千切られた葉と小枝が辺りに降り注ぐ。空気を切る音はつんざくような金属音に変わり、あっと言う間に視界から消えた。そして地を揺るがすような振動がわき起こった。
「墜落した・・!」トラは呟く。ユリは渡の伸ばされた体を抱きしめていた。
「気を失っている。」ジンが後ろから渡を覗き込んだ。「大丈夫かの?」
ユリは渡の顔に身をかがめ、呼吸を確認する。ジンを見上げ、うなづいた。
「ここに、寝かそう。」ジンが渡を抱き上げて枝を頭にして横たえた。
こんな状態はジンにはおなじみだった。懐かしいと言ってもいい。
かつてのポールもいつもあの不可思議な力を使うとこうなった。
しかし、なぜ?あの文様は。似ている。
ジンは何度も呼吸を整えながら必死に頭を巡らせる。
「なんだったんだ?ありゃあ。」呟きながら、渡の頬を軽く叩く。
ううっと、渡はうめいて目を開ける。
「渡!」
「大丈夫かい、渡。」
「どうしたの・・?僕。」
「覚えてないのか?」
「倒れたんじゃ。」トラが覗き込むユリの肩越しに声をかける。「UFOは見たかの?ひょっとして・・・」言葉を切る。「お前さんが墜落させたのかの?」
「ははは!」ジンが素っ頓狂な声を上げる。「それはないぜ!トラちゃん。まさか、それだけはあり得ないって!」
「落としたの?僕が?」
「冗談じゃ、勿論。」
ユリが渡を抱くように起こす。渡は鼓動の乱れを懸命に押さえていた。
「まだ、気分が悪いよ。」
「無理をしない方がよい。」
「円盤、落ちたの?どこに?」渡はユリの腕から跳ね起きてよろめく。ユリの支える腕に力がこもる。「ごめん。」渡は頭をかく。
「しかし・・・まったく・・気持ち悪いさ。」
ジンは夕闇に目を凝らして墜落現場を見定めようとしたが、もはや山は薄暗く鳥の声が騒ぐ以外は静まり返り彼にも場所を見定めることはできなかった。
「煙とか、あがってないみたいだね。」ジンの凝視する方向を渡も見る。
それは頂上よりは外れた中腹に近い。権現山の仙人もひょっとしたら見たはずだ。
「仙人に聞きに戻ろうよ。」
「もう、暗い。さっき降りて来た脇道を見つけられるかの。」トラが首を振る。
「こんなの!・・腹の立つ~ほんと気分悪いさ。ほんとさ・・俺にさえ、わからないもんがこの世界に・・こんなに現れるなんてさ。」ジンは密かに歯を噛む。
渡がいなければ今すぐにでも後を追って、円盤の正体を見定めたかった。
しかし・・気になることが多すぎる。またしても、好奇心。
突然、ユリが指を上げる。渡もトラも頭を上げる。
その直後に御堂山の頂き辺りにしきりに点滅していた光がふっつりと途切れた。
それはこの間、みんなで見た丸い光を思い出させる。
「きっと奴らだ。」ジンは目を細める。「何かはわからないさ・・・ただ、荷物を運び出す手はずが山の上にあるはずなのさ。」悪魔にもつい口を滑らす瞬間がある。
「ほんと?」弾けるように渡が切り返す。
「それってさっきのUFOと関係あんじゃないの?行ってみようよ!。」
「おい、おい。」ジンは慌てて後悔する。
これでは獲物をわざわざ逃がした意味がない。ジンにとっては渡以外の人間は正直どうでもいいのだ。「もう、よすさ!。円盤だの、UFOだの俺はもうたくさんなんだから。宇宙人なんか、ぞっとするっさ。もう村に戻ってお巡りさんになんとかしてもらうのが一番だっての!。」
「ジンは怖いんだろ?女の人は誘拐できるのにUFOは怖いんだ。」渡の声の棘がジンに刺さった。「悪人のくせして。」
「た、確かに、悪人さ。しかし、これには色々事情があってさ、借金とかしがらみとか。」
「いいよ、もう。ジンさんはさっさと逃げてよ。どうせ村行ったって、警察にはジンさんはいけないでしょ?助けてもらったのは恩にきるけど、もうジンさんにはがっかりしたんだから。」訳もなく怒りが再び戻ってくる。それはさっきまでの権現山の仙人に向けていたものともちょっと違っていた。
ごめん、ごめんといつの間にかジンが謝っていた。
「悪かったさ、誘拐の片棒担いだりしてさ。ほんと軽卒だったさ、だから大人しくみんなで逃げてくれよっ頼むさ。」
「さっきから聞いとると」トラがユリに囁く。「なんでジン殿は渡に下手にでとるんだろうの?」ユリは難しい顔をして2人のやり取りを見守る。
「それに、ここにはUFO基地があるんだよ、ね、トラ。」
「UFO基地?」
「そんな噂もあったのう・・・」
「もともと僕たち、それを探してたんだから。この間のUFOとさっきのUFOが一緒ならそれが証明されるでしょ。と、いうことはさっきの奴らが宇宙人かもしれない。皆を助けるまで僕は山を下りないからねっ!」きっぱりと渡は言葉を切る。
「さっき、レールがあったって言ったよね?」
「渡、聞いていたんかの。」トラとユリが頼もし気に笑う。
「聞いてないふりして、しっかり聞いてたのかい?油断も隙もないさね。」
すっかりトーンを落とした、ジンがこぼす。
渡は無視して、草むらに見え隠れするレールを追って下り出す。
「おいっ、待て!子供だけじゃダメだからさ。仕方がない、俺が案内するからさ、モノレールの動かし方とかさ、この間使ったばかりだから任せるさ!」
渡なら・・・彼が追って来た魂ならおそらくモノレールを動かすことなど雑作もないことだろう・・それは知っていたのだが。
その時、ジンが思ったのはその事実を渡は他の子供達に・・・ユリはともかくトラには・・きっと明らかにしたくはないのではないかと言うことだった。長年、身に付いた獲物を庇い気遣う癖。舌打ちしながらも笑ってしまう。
「えいやっ!乗りかかった船さね。」そんな様子をじっと伺っていたユリにジンは言い訳がましくつぶやいた。「なあ、お嬢ちゃん?。」
睨みつけるように見ていたユリは目が合うなり、ジンを振り払うようにパッと駆け出した。ジンはあわてて追いかける。
「待つさ、役に立つジンさんを置いて行くんじゃないよ。きっと、後悔するからさ。」


タトラこと正虎はしばらく山頂の光を見上げていたが、呟きながらすぐに後に続く。
「しかし・・・旧式な船だの。連邦では、もう使われてない型じゃ。」
「あれでは生体はあまり乗せられないかもしれんの。死体ならモノだからいくらでも確かに可能じゃ・・・」これは急がなくては。

スパイラルワン7-1

2009-09-09 | オリジナル小説
         3.みんなで逃げれば怖くない


あっと言う間だった。
どうしてこういうことになったんだろう。
あっと言う間に捕まってしまった。


渡は周りの人相の悪い男達を盗み見た。
あっちょが隣で泣いているのがなんだか、現実感がない。
「おしっこもらしそうです・・」シンタニが誰ともなくつぶやいてるのが聞こえる。
青ざめたユリと目が合った。ユリは泣いてはいない。その目を見ると自分がしっかりしなくてはと思った。
「こんなことしたって、なんにもならないからね!。」香奈恵は怒っている。
後ろ手に縛られて、みんなと同じように草むらに転がされているが怒っているのはわかった。
「もうすぐ、みんなが捜しにくるんだからね!。」
「そうだ、そうだ!」場違いな威勢のいい間の手が入る。
「こんな悪事はすぐに発覚すんだからな!」
ちょっとうるさいかもと渡は気が気でない。
黙れと言ったのかもしれない。近くに居た男達の一人が何かを口の中で唸りながら、ふいに合いの手の主を蹴った。「ぐえっ!」とそいつは派手にのけぞる。
ひっ!と泣いてるあっちょの喉がなった。
「ガンタは利口でないのう・・」トラさんが渡に耳打ちする。
「かなぶん親分と似た者同士じゃ。」
「あいつら・・祖父さんが言ってた・・きっと、駐在さんが追いかけたとか言う奴らじゃないかな。」
渡は後ろ手に縛られたまま、できるだけトラさんの耳に近い所で小さい声を放った。
「ふむ。ユリから聞いたの。大方、麻薬でもやってるんじゃろ。」
「僕たちが聞いた・・あの声も?」
「それは言わぬ方が得策じゃ。」トラさんが鋭く返す。
「あの二人もそれはわかってるようじゃの。」


なんで、ガンタとトラさんがここにいるのかと言うと簡単な話だ。
こそこそと日曜の昼間に集まった、冒険部隊は最初から動きを読まれていたのだ。
彼らは御堂山で待ち伏せに合い、なじられぶうたれられ合流した。
「ちょっとだけだかんな。」と言う、渋面のガンタに連れられ寂れた登山道を登り出した彼らだったが、思いのほか乗り気になったガンタに率いられ彼らはズンズンと山に深入りしてしまったのだ。
(「社長さんにはこんなに性急な話ではないと言ったのではないか」とご隠居さん並に釘を刺し続けるトラさんは当然、無視された。)
そういう訳で、神社へと降りる分かれ道で襲われた時は前日とは比較にならない貧しい食事(ガンタが大量に買って来た国道に一軒だけあるコンビニのお握りetc)をぱくついている真最中だった。油断大敵。
あっと言う間に人質にされた小学生の命と引き換えに、ガンタは実に聞き分けよくあっさりと抵抗を止めてしまった。ただ一人の大人がこの有様であるから、渡達子供6人がサバイバルナイフだの物騒な獲物を見せつける悪人3人の敵になろうはずはない。「お前ら何を見たんだ?」としつこく脅かされても(前日悲鳴は聞いたけどUFO以外は見てはないし)まったく身に覚えがなかったのだが、今更こうなってしまった後ではそれも後の祭りだった。

「やめなさいよ!」香奈恵が叫ぶ。
「ほんとだからね!私達が帰らないと大騒ぎになるんだからね!。」
「ほんと、山狩りだからな。」懲りない合いの手は無視して男は香奈恵に手を伸ばす。
「やめろよ!」渡は我知らず、叫んでハッとする。男の顔がこっちを向いたからだ。胸が冷たくなるのがわかる。閉まりのない唇が涎で濡れている。表情のない白目がドロンとしている、まるで黒い穴のようなその目と合うと心臓のあるあたりが冷たくなるのがわかった。怖い。人間の目じゃないみたいと思った。麻薬という言葉が頭をよぎる。
香奈恵は痛いとも、痛くないとも言わず口をぎゅっと結んで自分の髪を掴んだ男を上目遣いで睨みつけている。
「気の強い奴だなぁ。」男は手を放した。背が低く、全体にずんぐりして原始人を思わせる。顔は全体にのっぺりしてこけしみたいだ。そいつは濡れた口でニヤニヤと笑った。「こういうの、嫌いじゃないな。お前、骨も丈夫そうだ。」それはどういう意味なのだろうと骨太を密かに気にする香奈恵はむかつく。
「気持ち悪いこと言うなよ、変態。」合いの手が怒るより早く、「やめなよ。」と別の男が見かねたように割って入った。
「女の子には親切にするさね。」
「そうだ、君いいこと言う!悪人のくせになんて気徳な奴だ。」
「もう、やめてよ。ガンタ。」香奈恵が小さい声でうめく。
首を振って、男の手が触れた髪の毛を後ろに払った。
「家帰ったら、シャンプーしろよ。ばっちいぞ、えんがちょだ。」隣に転がったガンタは顔に擦り傷が付いているが勢いは衰えていない。大声で囁き続けている。
「こいつむかつく。」のっぺりこけしが指差す。
「変な奴さ。度胸がいいのか、バカなのか。どっちかさ。」
そう言って笑う、もう一人の背の高い男の方が容姿柄とても人間らしく感じられる。
ただし、みんなを拘束するに当たっての手際の良さはこの男が一番だったのだから見かけに寄らず油断はならない相手だとガンタは判断している。
暗いサングラスと長い髪を隠すように目深にキャップをかぶってて、表情はわからない。しかし、声に暖かみが感じられた。
香奈恵にかがみ込むと「ごめんよ。」と短く謝ったのも人間臭かった。香奈恵は怯えながらもまじまじと自分に謝る男を見つめた。
なんでこんなかっこいい人がこんなことしてるの?渡には香奈恵の考えてることが手に取るようにわかって、場違いにも思わず笑いそうになる。目が合ったユリも、ちょっと緊張を解いたのがわかる。トラさんも細い目を大きく見開いて状況を見守っている。ユリはともかくトラさんは子供に似つかわしくない度胸の良さだと渡は思う。しかし、そんなことを考える余裕のある自分も似たようなものだが。

「こいつらは予定外さ?」上背があるキャップの男は背筋を伸ばすと、もう一人を見下ろした。「放した方がよくないかい?」
「おっ!いいこと言う!それが正解だ。」すかさずガンタが割り込む。「君、かっこいいね。俺らかっこいいもん同士、話が合ったりしないかね。君とはよく話し合いたいよ、僕は。」
低い方の男がガンタを見て舌打ちをする。
「ダメだ。」即座にうなり返す。「兄貴に聞かないと。でも、多分ダメだな。」
「ノルマはこなしたんでないの?」又、男が食い下がる。「これじゃあ、騒ぎが大きくなるばかりじゃないさ。もう充分さね?」
「兄貴に聞いてからだ。」
兄貴というのは渡達を捕まえる時にはいたが、その後で姿を消したもう一人のことだろうと渡は思った。あいつも痩せた猫背で小型の原始人みたいだった。さらに凶暴なのっぺりこけし。
「君、良い年してお兄ちゃんに聞かなきゃなんにも決められないんじゃどうするんだよ。」再び、ガンタ。「そんなことじゃ、将来困るぞってもう困ってるのか!」
「お前、殺すぞ。」こけし君は目に見えて苛立つ。「兄貴は怖いんだからな。」
「そうか、そうか、怖いんか。」しょうもないと香奈恵が首を振る。
「3人兄弟なんさ。」イケメンが暢気に暴露。
「さっきまでいたのはすぐ上の兄ちゃん。怖いのはここにいない一番上さ。だろ?」
「両方とも怖いぞ。」こけしは真面目にうなづく。「だから、放したりできない。」
「そういうわけで、ダメみたいね。」
まだ名乗らない彼は・・昨日のことを思い返していた。あの後、彼らは苦労して4つの死体と3人の女子供を山頂に運び上げた・・・しかし、彼は長男によってすぐに追い払われてしまったので、その後に何があったのか、確認することができなかった。2人の兄弟がまるで監視するようにジンにピタリと付いていたからだった。
まだ数が足りないと、あと数人の女と子供を拉致する相談をこそこそとしていた兄弟達は麓で軽い睡眠を取った・・ジンはその会話には加わらなかったが彼の人ならぬ耳は充分に距離を置かれてもその会話をつぶさに記憶している。(背骨・・・やつらの目的は人間の背骨だ・・・何に使うのかは想像できないが・・・死んだ体だけじゃなく生きた人間・・・特に女と子供をもっとだ欲しがっていた・・・)
当然、眠り等必要としない彼であるから2人の意識が同時に眠った瞬間、それは5分にも満たない間だったが・・・すばやく自身で山頂へと飛んだ。しかし2、3時間しか経ってないというのに、4つの死体と3人の姿はすでに跡形もなかったのだ。あれから一番上の兄を見ていない。今、どこにいるのか。あの死体と3人はどこに消えたのか。彼は憂鬱に人質達を眺めた。女と子供。これだけいたら、奴らは彼らを解放しないかもしれない。
自分の長年の獲物、それだけでも逃がした方が懸命というものだろう。
「おいおい、そりゃ納得できないなあ。」ガンタが続けて不平を述べていた。
「常識で考えたって、こんな人質群団持て余すだろ?持て余すよな?」
「確かに」イケメンはこけしを振り返る。「持て余す。」
「持て余すのか?」こけしの自信が揺らぐ。しかし、それは一瞬に過ぎなかった。
「どっちにしても」末っ子は頑固に繰り返す。「それは、兄貴が決める。」
男達のやり取りに捕まった子供達は希望がふくれたり、しぼんだりした。どっちにしても、背が高い方の男は自分達の味方かもしれないと渡は思った。なんだかガンタと気が合いそうなのらくらぶり。ガンタと同じ、いい加減な大人の香りがする。だからどこまで期待していいのかは、わからなかったが。
しかし、彼のおっとりとした声とひょうひょうとした独特の口ぶりは、なんだか渡を落ち着かせた。聞き覚えがあるのかな?渡は首を傾げる。どこかで会ったことがあるのだろうか?。
渡はサングラスを盗み見たが、思い出せなかった。
気のせいか、男の端正な唇が微笑んだ気がする。


「ちょっと!。」渡は香奈恵がしきりに示す方向を見た。
さっきいた仲間の男が戻って来る。一人ではなかった。
薄汚い白衣。見覚えがある。権現山の仙人だった。
「あいつも仲間だったんだ・・」シンタニの声は絶望が滲んだ。
「誰、あれ?」ガンタが眉を潜める。
「権現山の仙人よ。」香奈恵が教える。「山に住んでるの。」
「権現山の仙人・・・?」ガンタは首を傾げる。すばやくトラさんを振り返るが、正虎は肩をすくめ、じっと現れた男達の動向を見つめている。
ずんぐりした男は香奈恵の側から立ち上がると、のそのそとそちらに歩いて行った。
改めて背が低いと思った。小学生と幾らも変わらない。
だけど、最初にあっちょを捕まえた時のあいつの動きは俊敏だった。
立ち上がって走ったら、逃げ切れるだろうか。
香奈恵とガンタ以外は手しか拘束されていない。子供だからなめたのだろう。紐はどこにでもある白いビニールテープ。食い込んで痛い。
ただし、ここに残っているのはあの背の高い男だった。
どちらかと言えば一番切れ者そうに見える男だ。でも、スピードはあっても腕力はなさそうだ。1対7だったら・・なんてね。
香奈恵と目があった。香奈恵も同じことを考えているのだろう。
ガンタの目を捕らえては、男に向けてしきりに顎をしゃくる。軟派なガンタにさらに軟派なこの男に襲いかかれと言っているらしい。二人で力を合わせればと。
ダメだ。渡は首を振る。香奈恵とガンタが犠牲になってしまう。
ガンタは居心地が悪そうに身動きした。足に何重にも巻かれたテープの具合を見ているのか。


「逃がしてやろうか。」ふいに若い男が渡に囁いた。男は人質達を見張る為に枕元にしゃがんでいた。「信じられない。」即座に香奈恵が小さい声。
ガンタが身を起こす。警戒している。軽口はなかった。
しかし、男が顔を近づけて、交渉しているのは渡だった。
男の声にうなだれていたシンタニと泣いていたあっちょも顔をあげる。ユリとトラが男をマジマジと見上げる。二人の目にも警戒の色があった。
無視された形の香奈恵は睨みつけるような強い視線を横顔に注ぐ。
渡はそれらを見届けてからやっと男を見上げた。なぜ、僕なのか。普通なら大人同士、ガンタじゃないのか。疑問が渦巻くままに、まともに目が合う。ずれたサングラスの上から銀色にも見える、深い灰色の瞳が覗いていた。渡はその目に絡めとられるような感じがした。目をそらしたくない。嫌悪感が湧いてくるのに、吸い寄せられる。
「おい、その子に話しかけるのをやめろ。」ガンタが怒りを抑えた声を出す。
「まだ、子供だ。交渉する相手が違うだろう。」
「俺はしたい奴とするのさ。」男ものんびりと静かに続ける。
「君とはじっくり話し合いたいって、さっき言っただろうが。」
「悪いな。フィーリングって奴さ。それが今はこいつってわけ。」
「ガンタ、振られたわね。」と香奈恵。「うるさい。」とガンタ。
「さあ、どうする?。渡君と言ったね?」一度も渡から、目を反らさない。
ユリが身を反らして、渡の足を蹴った。大人しいユリにしては珍しい行動は、彼女の本能に寄るものだ。渡はハッとして目を反らした。
「渡!どうしたのよ?」香奈恵の苛立った声。
動揺している。「なんで?」なんで僕たちを逃すの?。口の中でのつぶやきが男には聞こえたのだろう。
「罪悪感。」男はなにげなく周りを見張っている振りをしながら早口で続ける。
「あいつら、クレイジーすぎるのさ。ちょっと後悔ってわけ。付いてけないわ。あいつら、おまえらも俺も殺すつもりさ、知ってるかい。俺も逃げるさ。」
「どうやって?」
「渡、そいつと交渉するんじゃない。」ガンタが遠くから囁く。「どうせ、たいしたアィデアあるもんか。」
「そうさな。」男は鼻の頭をかいた。「お前ら全員で走って逃げれば?。」ガンタが肩を落とすのが目の端に写る。「全員で一斉に立ち上がってバラバラに逃げれば・・・何人かは逃げ切れるかもしれない。全員は無理だけど。」それ、自分達とまったく同じレベルじゃんと渡はあきれる。だから言わんこっちゃないとガンタも口を開くのかと思ったが「そりゃ、いいかもしんない。」と乗り気になったので渡はあきれる。
「確かに、今はそれしかないかもな。」捕まった時からガンタは全然、困った様子がないのだが更にお気楽になったみたいだ。「いこいこ、それでいこ。」
「そうじゃの。」とトラまで神妙にうなづくから渡は不安になる。ユリだけは渡を見ている男をジッと見続けていた。
意を決して再び、渡は目を上げる。しかし、男の目はまともに見れなかった。
「・・単純すぎない?」
「ここで、あんたらを騙してなんの得が?意味ないじゃん。」
「うんうん、確かにその通りだ!」合いの手が復活。
「・・信用していいわけ?」
どうしてこんな話をこの男と話してるんだろう。渡は不思議だった。
どう考えても悪人じゃないか。
なのに自分をだましている感じはまったくしなかった。
渡は顔を上げた。「決めろ、渡。」ガンタがうながす。渡が交渉相手なのだ。
「恨みっこなしだ。」
ユリとトラ、香奈恵もシンタニも自分を見ていた。
渡はうなづく。
うつむいたままのあっちょにシンタニが小声で話しかける。
「無理だよ・・そんなの」あっちょは鼻を啜った。
男は香奈恵とガンタの手足の縄をすばやくナイフで切った。
全員の手の縄を切る時間はない。
「全員、違う方向さ。お前はあっち、お前はこっち。いいな?」
「わかった。お互い首尾よく逃げよう。」
男は向こうを伺いながら低く、的確に指示だす。
仙人と男二人がもめているようだ。低い唸るような声で口論している。
誰もこっちを見ていない。
「さあ!」低い声で男が叫んだ。ガンタと香奈恵は中腰で待機。
渡達はゆっくりと立ち上がる。背中を向けた男達はまだこっちに気づかない。
権現山の仙人の目がちらりとこちらを見た気がした。しかし、彼は痩せた方の男の肩を掴み、多いかぶさるように話しかけ始めただけだった。
「今だ!」押し殺した指示。渡は焦った。
一斉に走り出す。と、思ったら渡は若い男に軽々と抱え上げられていた。
渡を背中に乗せると軽々と走り出す。
「えっ?ちょっと、待って!」渡は戸惑った。あっちょが怯え切って盲滅法に走り出す。ガンタが駆け寄り早口に何かを言うとトラがうなづく。転びかけたシンタニを香奈恵が支え起こしている。ユリが口を固く結んだまま、懸命に渡を追いかける姿が遠ざかって行く。
あっと言う間に見えなくなった。
「待って!みんな!」
男はまるで鹿のように木々の間をすごい早さで走り抜けていた。
ボキボキと木が折れる音が辺りに響きわたる。
遠く、背後から大きな怒号が起こった。気づかれた!
ガンタの声が聞こえた気がする。悲鳴は香奈恵か?。思わず、渡は背中で叫ぶ。
「待ってよ!他のみんなが・・・!」逃げ仰せたのか気が気ではなかった。でも、男はスピードを緩めない。後ろも振り向かない。
夕闇が迫る空と梢が頭の上を駆け抜けて行くだけだ。
「やめて!止まって!止まってよ!」
悲鳴のように渡は叫び続けていた。

スパイラルワン6-4

2009-09-05 | オリジナル小説
            幕間3 退屈な悪魔



さて。この辺で神興一郎と言う男の話をしなければならない。
正体は勿論、古の悪魔デモンバルグである。

ポールとリック。
渡がマイクと呼ばれていた過去(渡の記憶からは今は失われた、前世というやつである)、バミューダに現れた悪魔のことを覚えているだろうか?。
渡を追って神月の遥か上空に現れた魔物。
死んだ新生児の肉体が渡という魂を得て命を吹き返した時、神月の診療所の上でアギュに追い払われた悪魔のことである。
果たして悪魔は異星人やUFOと同じく、この宇宙に実在するものなのであろうか。
彼らは、我々人間の属する生命と並ぶようなある種の生命体なのだろうか。

魂というものがあるのならば、その拡大解釈としての悪魔、邪悪な魂の集合体というものも定義することができそうだ。遥かオリオンから来た人類であるオリオン人達も魂の存在は認めているのだから。彼等はそれを精神流体と呼んでいる。肉体と精神が発する電気信号の集合体、脳の持つ意識の熱、エネルギーとしての存在を認めているのだ。
しかし、悪魔はどうであるか?。地球人に近いと言われる、原始星人達の慣習や意識の中にはそれに近いものが今だに残っている気配はある。彼等の多くはいまだ宗教を持ち、一族の拠り所としての神を奉っているのだから。当然、その神の敵も必要だったのだろう。実体を持つものではない。オリオン連邦の支配下にある彼等は、既にその存在をあくまでも観念としての邪悪として考えるようになっている。

宇宙に進出しなかった原始星人に対する、宇宙空間で進化した人類、主にニュートロンとカバナ遊民達にはそんな観念すらありえなかった。なぜなら、広大な宇宙は唯一無二の絶対神であったからだ。
そこでは命は深い意味を持たなくなる。命など簡単に失われるものだから。そして、からくもそれを奪われることなく生き抜けた時・・・それは、神の恩寵等ではなくそれぞれが自ら勝ち取ったもの以外の何者でもなかった。
宇宙には神も悪魔もない。そんなものは意味がない。宇宙がその二つを常に内包し人類はそれにぴったりと包まれていたからだ。逃げ場など、どこにもなかった。

しかし、悪魔という存在に対する手がかりはある。
なぜなら、宇宙は一枚岩ではないからだ。それは無数の次元が絡み合って出来上がっていた。
そして、その次元には次元生物がいる。ワームドラゴンと呼ばれる存在もその一つだ。
これなら、可能性がありそうだった。
アギュレギオンも不確定ながらも、彼を異次元生物でではないかと推察している。

悪魔はそんな人類とは異なった、異次元にある存在なのかもしれなかった。
そんな悪魔の1人。
デモンバルグである。

彼は今、ジン(神)と名乗っている。
人間達が自らの対局をなすとしているこの名を己に冠することは彼のちょっとしたシニカルなジョークであった。
東洋圏ではこの名乗りが気に入っている。



6年前、アギュレギオンから追い払われたものの、デモンバルグは自らの獲物を勿論あきらめていたわけではない。
実は幾度となく、密かに獲物のその後を確かめに来ていたのだ。
蒼きヒカリ(アギュレギオン)が姿を変えて、獲物が産まれた家と親しんでるのはすでに把握していた。悪魔のマナコにはどんなにその姿を変えてもヒカリはヒカリとしてしか見えなかったからだ。そう、眩しすぎたと言うことだ。
光の連れ・・得体の知れない仲間と子供もそこに容易に見いだせた。
彼らに関してはヒカリとは違い、肉を持った普通の人間としか彼には感じられなかった。宇宙から来たなどと、容易には信じられぬ。ただ、仲間は心が読めなかったが。しかし、そんな人間もいないことはなかった。よってデモンバルグは彼らは保留とする。
注意すべきはユリと呼ばれる子供の方だとデモンは思った。
そう、ユリと呼ばれる子供は成長していなかったのだ。かつて渡が乳児だった頃も、6歳となった今もユリは6歳の少女のままだったのだ。
そしてそれを、回りの人間達はまったく気が付かった。これはなんらかの術、デモンも得意とする目くらましが施されている証に違いなかった。
しかし、敢えてそんな暴き出しをしてあの光に挑戦するつもりは今のところ毛頭ない。
時間が経って冷静に問題を検討してみれば。光とその仲間が、地球外生物であるのかないのかは、デモンバルグには基本的に関係ないことだったからだ。

大事なのは渡。
渡の側に誰もいない時間。
彼は忍び寄る影となって獲物に近づいた。まずは無難に渡の夢に。
しかし、深入りは禁物だった。
少なくとも異質なモノ達は、彼の獲物に手出しをするとか、危害を加えるといった様子は全くなかった。
忌々しいことにどっちかと言えば、保護しているといってもいい。
デモンバルグから見た一番の問題点は、彼らがデモンバルグからも渡を保護しているということなのだ。
6年前、シッポを巻いて前向きな撤退をしたとなってはそれもいたしかたなかった。辛抱強く隙を伺うことしかできない。
おそらく彼が光と再び、ことを構えなければならないとしたらそれは渡をあの遺跡に再び連れ出すチャンスが訪れる時しかあり得なかった。
面倒くさいので、いっそのこと渡をリセットしてしまおうかとも思わなかったわけではない。しかし、渡を殺すチャンスはなかなかに難しい。光と戦うことになる公算が高く、光を倒せる術も浮かばぬ今はまだそれはなるべく避けたい。それに自ら手を下すのは躊躇いがなくもなかった。
このまま、年老いて死ぬのを待つと言う方法もあったがそれではあまりに消極的すぎる。デモンバルグとあろうものがみっともない。その上、退屈きわまりない。
いずれにしてもようするに、彼はかつて無数の誰かであり、マイクであり、渡となった魂にあまりにも長い愛着と執着を感じていたのでそれが足かせとなっているということなのだった。
そんなデモンバルグの気持ちも知らず、その存在さえ脳裏からすっかり忘れリニューアルされた獲物の方は、涼し気な目をした手足の伸びた男の子に育っていた。
(それはいつもそうだった。女であったことはない。それがその魂の特徴だった。)
渡が小学校に上がるまでのわずかな間も、悪魔は一日一日を長く感じていたであろう。
手ずから、その成長に関われないということがこんなに身を焦がすほどの苦痛をもたらすことであるか。今まで、彼は知らなかったのだ。
気がつけば彼は恋人を思うように光を倒す算段を常に考え続けていた。それ以外の時、デモンバルグはただただ、退屈だと言うだけで罪もない何十人かの人間の命を戯れに奪ったり玩んだりしていたのだった。


そんな時だった。
獲物を見舞う途上の御堂山で怪し気な行動を繰り返す集団に気がついたのは。
彼らは見るからに禍々しい気(デモンの好みではなかったが)を放っていた。
デモンはたちまち、彼らに強く引きつけられた。
余暇を持て余していた悪魔の、暇つぶし。
そこにまさか、獲物の方からニアミスしてくることになるとは。
しかし、デモンバルグは知らない。
単純に喜べない程に問題は大きかったのだ。



3日ほど、時を遡ろう。
渡達が御堂山の沢を探索するちょっと前。

「おまえは普通と違うな。」3兄弟の中でとびきり凶暴なダ・ウが彼を見た。

ダと呼ばれる(発音される)彼らは3人兄弟であった。所謂、空賊である。
遊民の宇宙人類。産まれて死ぬまで宇宙船の中で暮らすのが彼らの一族の定め。
連邦にはご丁寧に重要指名手配されていることも彼らの誇りだった。
父と祖父は叔父、叔母らとオリオン連邦の軍事輸送船にまんまと忍び込んだが、追撃ロボットから逃げ損ねてペルセウス寄りの前線のはずれで木っ端みじんに散ってしまった。もう少しで、カバナボイドに逃げ込める直前だったことが今も悔やまれる。ダである、リとアとウは父達亡き後に立派に盗賊団一族をまとめあげた母と伯母から寝物語にいつもその話を聞いて育った。残された彼らは勇敢で残忍な女盗賊団と恐れられていた。
しかし、今はその一族も上の者達もすでに老齢になってしまった。何度も修復された皮膚は機械が透けて見えるほどだった。母親も曲がった背中に背骨を入れる手術をしたが、非合法の医者であった為か、経費をケチった為か経過がおもわしくなかった。後はおむつも取れない子供達と乳が張る幼い母親達、そして年寄りしかいない。そこで、彼ら3兄弟はキャラバンから独立し、出稼ぎに出ることにする。
他の一族は遊民ボヘミアンの聖地である、ボイドに建設されたカバナシティに向かうことになった。

「名はなんと言うんだった?」ダ・ウが再び尋ねる。
「神興一郎。」そうデモンは名乗る。ヌバタマのように髪は黒い。顔色は蒼白、銀色を帯びた目は酷薄な光りを隠し持つ。この形を成す時の彼は実態を持たない影のようなものだ。気まぐれに乗っ取ったかりそめの肉体を覆うこの姿が陽炎のように相手の網膜に信号を送っているに過ぎない。
一時的な交渉ならこれで充分なはずだった。
「俺が聞きたいのは、おまえの正体だ。」理性的な狂人であるダ・リがいつの間にかジンの頬に鋭利な刃物を優しく押し当てていた。
「正体?なんのことさ。」ジンはクスクス笑う。これはおかしい。
「俺っちはただの風来坊よ。盗人だの、詐欺師だの言われるけど自分ではどっちが本業かわからないのさ。」
「ふざけるな。」まあいいとダ・リは刃を閉じた。
「おかしな奴だと思ってな。」
「どういうことだよ、兄貴」ダ・ウがジンを睨みつける。態度によってはその太くたくましい腕と曲がった指で相手の細首をねじ切る覚悟だ。
「人間って奴はおかしなもんで、なかなか自分の状況を受け入れられないもんだろ?」兄貴が顎をしゃくった車のトランクには、そんな状態で死体となった男が納められている。そいつも女と子供を拉致した時の仲間だったのだが。
「神さんは俺たちが何者だってしても、驚かないみたいだ。落ち着き払っているってことよ!いや、むしろ落ち着き過ぎだってな。・・てっきり、最初はこちらの警察とやらの回し者かと密かに思ってたわけよ。」
「ふうん。」ジンはダ・ウをイライラさせる為に更にニヤニヤする。やめろ、とダ・リが弟の手を押さえる。
「そいつは光栄なことさね。」ジンは自分の長い前髪に触れた。「数々の修羅場をくぐった甲斐があったってわけね。だいたい、俺っちに言わせるとお前達だっていったい何者なわけさ?」
今度は兄弟達が笑う番だった。「・・俺たちは宇宙人だ。」ずっと奥に座り威厳を保つように黙っていた一番上のダ・アが夜空にまっすぐと指を指した。「はるばると、この星に悪事をしにやってきたわけだ。」黒々とした穴のような眼。
「信じないだろうけどよ。」むせび笑うダ・ウとダ・リを前にしてジンは考え深気に顎をなでた。
「そういうこともあるかもな・・驚かないさね。」
「!」ふいに無言の殺意が押し寄せて来る。
「おいおい、自分達で言っておいて、人が真面目に信じたらそれかよね?常識で理解できない人間を最近は宇宙人だって言うだろうがさ?」
刃物を構え息を詰めていたダ・リは上の兄貴の命令を仰ぎ見る。
「・・まあ、いい。」ダ・アも深く息を吐いた。「俺に言わせるとお前だって、充分この星の人間ぽくないぜ。」壊れた笑顔。神興一郎が兄貴のお気に召したと感じた、他の2人も張り付いたような笑顔を並べる。
魔族である神(ジン)ことデモンバルグは当然、この星に現れたヒカリのことを思っていたのだ。それ以前だったら、信じるどころか彼らを嘲笑し辱めそこから生じる怒りや憎しみ、争いや困難を堪能しようとしたはずだ。
そして最後にはたっぷりと腹を満たす、恐怖を味わう為に彼らを殺そうとしたかもしれない。
勿論、デモンバルグは知らない。そんなことをしようとすれば、宇宙人類である彼等は簡単には殺されないだろう。当然、悪魔すら困惑する、いささか面倒な困った展開に確実になっていたはずなのだが。それもまあ、悪魔には一興であろうか。
しかし幸いなことに、最近のデモンバルグはとても慎重になっていた。
彼の獲物を奪い去った蒼い光の存在によって。
数年前から起こっている、悪魔にも理解できない事ごとがようやく彼にも形をともなう危機感として浸透し初めていた。



「・・ところであんたらはさ、どうするのよ。捕まえた女のことだけどさ。」
ジンは本気で知りたかった訳ではないが、社交辞令で口にした。
この状況で聞かないと却って不自然になるだろう。
「あんた達兄弟はさ・・中国人なわけ?つまりさ、中国マフィア?」
3人は無言で笑い続けた。こんな時は、デモンバルグだったらばたいがいの人間達の思考が読めるのだが、この男達からは何も感じない。ぽっかりとした暗黒があるだけだ。
この場では神興一郎と名乗っている、デモンバルグは悪魔ゆえに恐怖を熱愛する。
恐怖こそが彼の主食であった。恐怖こそが命の糧。
だから、まれに見る恐れを知らない人類が苦手であった。
付け込む隙がないからだ。
彼らは一様に勇敢であったり、賢かったり又はものすごく愚かであったりした。
しかし、死の間際まで恐れないでいられたものは少ない。
デモンバルグの気の遠くなる程の記憶の中でも極わずか。
そんな飛び抜けの十数人は崇高で強靭な意思を用いて悪魔をなんなく退けてしまった。恐怖を知らない訳ではない、むしろ誰よりも恐怖を知っていた者達だった。
自らの強靭な精神でそれを組み伏せ、最後には至上の喜びに包まれて死を向えた。悪魔に取って焼け石にも似た、それらの崇高な魂はデモンバルグの指をすり抜けて預かり知らぬどこかの高見へと飛び去ってしまった。
敗北感と悔しさに悪魔の身の内をうずかせ、地上に置き去りにしたまま。
そもそも、こういった手合いには近寄ることすら難しいのだった。
古き強大な悪魔といえども気疲れし、ことごとく体力を奪われる。
この奇妙な男達はそのどれとも違った。
無なのである。恐怖というものが存在するべきところが、無なのであった。
恐怖と言う意味すらわからないのではないかとデモンには危惧された。
おいしくない。
なのに、どうしてこんな腹の減る無駄なことをしているかというと。
すべては転生して今は渡と呼ばれている、彼の獲物。
彼がある理由で追い続けている魂のせいでもあった。
なぜなら、この兄弟の肌合いは直感的に光の仲間達に通ずるものがあったからだ。デモンバルグはどこかで確信している。こいつらとあいつらは似ている。もしかすると地球外生命かも知れないと思った。ジンは未知の人類に対する好奇心から、無鉄砲にも彼らの仲間となり、今やどっぷりと深入りしていたのだ。
猫をも殺す好奇心が悪魔をも滅ぼすことはないのであろうか。

「あんた、おもしろいぜ。」兄弟が囁く。「あんたなら、ずっと俺たちのこの星の仲間にしてやってもいい。」
「そこの肉の一つをつぶしてくれたらな。」
泥と埃にまみれた灰色のセダンが車がそこには止まっている。辛怖じて乗り入れた草ぼうぼうの山道。そのどんづまり、行き着いた先は同じく草に覆い隠された空き地だった。大きな岩の崖下にうっそうとした木々が屋根を作っている。セミの声に微かなせせらぎが混ざる。沢が近い為か石がゴロゴロして足場が悪かった。
そんな草地に縛られた人間達が袋のように転がされていた。
女が2人、子供が1人。女のうちの1人は子供の母親でもあった。男が3人。この男達は女と子供に麻薬を打っていた組織の男達。女達は娼婦。子供も似たようなものだった。彼らは職質しようとした警官を振り切って山に逃げた男達だ。ジン達が苦労して拉致した女達を追って来たのだった。
男のうちの一人は抵抗した為に殴られて血だらけだった。兄弟が示したのはこの男であった。猿ぐつわと乱れた髪の間の目がジンの方へと怯えて見開かれた。
ジンはためらいもなく立ち上がる。その仕草は優雅でさえある。
「悪いな。ご要望だからさ。」ジンはダ・リの手から刃物を軽々と受け取った。
「通過儀礼って奴だわ。仕損じたら、今度は俺っちってわけさ。」ダ・リがうなづくのを背中に感じ、ためらいもなくジンの手が踊った。
信じられないと言った目をして、男は死んだ。その目が曇って行くと同時にその死体から周りの生き残った者達から、じわじわと絶望が辺りに滲み出す。甘美だった。ジンは半ば陶然として、それをむさぼった。
「兄貴!」
跳ね上がったもう一人の男が草むらを逃げ出す。足の呪縛が解けていた。
ジンは反射的に追う。
追いつきざま、ナイフがその首に食い込んだ。大降りのサバイバルナイフは猿ぐつわも断ち切っていた。
男は絶叫する。長い長い悲鳴だった。ジンは片手でその口を塞ぐと軽々と喉をさらに深くえぐった。歯を立てられたジンの指に、男の最期の痙攣が何度か駆け抜ける。その声はゴボゴボという喉から血と空気が漏れる音を最後に途絶えた。
「しまった・・殺しちゃたさ、まずかった?。」ジンは兄弟を振り返る。ほんとに困った表情が浮かんでいた。「つい、やってしまったさ。」
ダ・リは爆笑した。「商品に傷を付けたな。」ダ・ウがうなる。
「すまん。」ジンは首を傾げる。
「まあ、いいって。別に死んでたってかまわねぇんだから。」一番上が気安く請け合う。
「あんたがいいのはそういうとこだ。俺たちに似てる。簡単に殺すってのが気に入ったぜ。」
ダ・アはおもむろに銃を持ち上げ残った男を撃ち殺した。乾いた銃声がパンパンと谷に響いた。ダ・リとダ・ウは誇らし気にそんな兄に仕える。
ダ・アは弟達にトランクの中の死体も外に出すように指示した。
「実際、死んでた方が運び易い。加工もしやすい。」
兄弟はニヤニヤとジンを試すように横目で見た。
「そこらにここの奴らが作った、モノレールとやらがある。4体とも山頂に運んでもらおうか。」
「くわしいんだな、ここらにさ。土地勘があるんだ。」そもそも彼等を発見したのが御堂山であったことはおくびにも出さない。あくまでもさりげなく、しかしひとつも気を抜かずジンは言葉を選ぶ。「最初から、ここに連れてくる手はずが出来てたんだな。」昨夜、東京の真ん中、神保町の暴力団が管理してるマンションの1室からここまでの道程。女達を連れて出るのは5人でも楽ではなかった。何人かのやくざをかなり痛めつなくてはならなかった。「やくざにシャブ漬けにされた密入国者の娼婦達だろう?・・そして戸籍のない子供。消えても誰も気がつかない・・・問題にならないわけさ。あんた達は吟味し、・・・選んでひっ攫ったんだろ?」
「まあな。」ダ・リは誇らしそうに鼻をならした。「まさか追って来るとは思わなかったがな。」「あんた達は・・・特に足跡を隠さなかった。」ジンは続ける。「追われても構わなかったんだ。逃げ切る自信があったのか・・・」「あるいは、こうして殺しちまえばいいとかな。」ダ・アが笑う。「追って来させたのかもな。ここにだ。罠ってわけだ。」「そして死体が4つに増えたと。」「それも想定のうちさ?。」場合によってはジンもその死体の一つになっていたはずだ。死んだ仲間もジンも言わずと知れた素性もわからぬはずれものという点では消えたところでなんら問題がない。
「俺らには情報網があるんだ。」ダ・ウがポツリと言う。ダ・アが引き継ぐ。
「そうさ、協力者がな。俺たちが仕込んでる奴がな。そいつが色々なことを教えてくれる。獲物の場所とか、逃走経路とか。追っ手の動向とかな。」
「この土地もそいつのお墨付きさ。ここは・・・色々といい場所だからな。使い勝手がいい。今は使われてないモノレールが山頂まで通っているしな。」
「運ぶのを手伝ってやれ。」ダ・リが弟達に顎をしゃくる。
「運んだらあいつらの痕跡を消してもらう。あいつらの乗ってた車が警察に押さえられた。警察は駅と道を張っているそうだ。山狩りでもされたら面倒だからな。」
「協力者って、誰さ?」
「それはまだだ・・・そのうち教えてやる。」
「逃げられたら困るからさ。」ダ・ウが不機嫌に唸る。
「俺が?」
ジンことデモンバルグは軽く口笛を吹く。
「俺は今のところ、逃げる気使いはないさね。」
「逃げようったって、俺たちからは逃げらんねえ。」
「そろそろ、俺っちにも聞かしてもらえるのかい?」
自分にも読めない心、異質な意識の匂い。
光に出会った時に感じた陶酔が微かに甦り始める。
「あんたらの目的を。こいつらの使い道って言った方がいいのかもしれないけどさ。」
「いいのかい?知ったら、さすがのお前も正気でいられないかもよ。」
そうなったらジンを殺すだけだと兄弟の目が言っていた。
「試してみたらどうさ?」
今やデモンはときめいていた。
退屈な時間から解放される予感だった。

スパイラルワン6-3

2009-09-05 | オリジナル小説
家に入るとガンタがいた。
台所のテーブルの端に虎さんと並んで晩飯を食べていた。
「いったい何、してたのよ。ユリちゃんまで遅いし。」
香奈恵が自分も食べながら、ご飯をお給仕してくれる。
「よう!お帰り。」ガンタはコロッケをくわえたまま、色の薄い目を上げた。
「ガンタ、帰って来てたんだ。もう仕事終わり?シドさんは?」
座るのももどかしく、渡は箸を持ちながら思わず声をかける。
渡はガンタが好きだった。相手は成人男性だが、渡とは波長が合うというか。二人とも精神年齢が近いせいだと香奈恵には言われている。この場合はガンタの方が低いという意味になる。ガンタは暇な時にはいつも、社員の中でも率先して渡達と遊んでくれる。時には、渡の方がガンタの暇つぶしの相手をしてあげている気分になることもあるくらいだ。
もう一人の社員、ガンタの姉にあたるシドさんの方はユリを除いて、あまり子供の相手はしてくれない。シドさんという女性は見かけも怖そうだが、実際なかなか手厳しい。しかしどういうわけか、社長の娘であるユリ(シドさんとは、そういうしがらみを最も気にしそうにない女性である。実際、社長にもまったく手加減しない。)にはとっても甘いので、ユリが親しくしている渡達はガンタ程は厳しいことは言われない。総合的に見ると、面倒見のいい姉御と言える。
はっきり口に出さないが、香奈恵がシドさんを崇拝しているのも周知の事実だ。
「ああ、シドラ?~さっき、旅立ったよ。社長と南米に。」片手だけを振る。
「だってさ~!すごいよね?残念でしたー!」香奈恵が箸を休める。「今度はブラジルだって!。この間、帰ってきたばかりなのにね。ユリちゃんのお父さんもゆっくりしてればいいのにねー。シドさんだって行っちゃうしさ。秘書だから付いて行かなくちゃいけないんだろうね、大変だけどうらやましいなー。それに較べて、弟の方は暇そうだけど。留守番ばっかし。」
ガンタは相手にしない。「香奈恵のママさんの揚げ物はうまいよな~お客さんに出せるよね。」渡の母は揚げ物は得意でない。香奈恵はフンと得意そうに又、箸を取る。入れ替わりにガンタの箸が止まった。
小さな手で箸を動かす、隣の虎さんの方にかがみ込む。
「それよりさ、そのUFOとかってほんとに見たの?」
「見た、見た。あれは~型かの。小さい方じゃ。」よく聞き取れない。
「そうか~面倒くさいな。」ガンタは息を吐いた。
「社長が行く前だったら、その情報面白かったのに。」
「ユリちゃんのパパだってダメよ、大人に言ったら。絶対、信じないし、またどうせ怒られるでしょ。」香奈恵が嘆く。俺、大人って言うガンタの声は当然無視される。
「それにシドさんが心配するだろうし。言えないわよ。」目がうっとり。
「シドラ~?ああ、シドラはユリちゃんを連れて行ったなんて聞いたら機嫌悪いだろうね~。」ガンタはみそ汁を一息に飲む。
「かーっ、この汁、板さんだろ。ダシがいいねえ。」
「ガンタはUFOとか、信じてるの?」
「ん~そうだね~信じてるっていうか、そうまあ、信じてるほうかな?」モゴモゴ。
「まあ、どっちにしたって、暇つぶしに来た旅行者の宇宙人じゃやないの?無害、無害。無害だと思うな。ん~無害だといいな~そうだろ、トラキチ。」
「地球観光じゃの。無断侵入だがの。」虎さんはそう言うと手を合わせる。
「許可を取らんといけないんだがの。」
「誰の許可だよ。」と渡。「国連でしょ。」と香奈恵。
ユリが続いて箸を置くと、じっとガンタを見つめる。
若者は居心地悪そうに身動きする。
「ちょっと俺、見に行った方がいいかな~」一度取った、エビフライを戻した。香奈恵がすかざず非難する。「戻さないでよ、それでガンタ、行ってくれるの?」
「いやあ・・」海老フライ、くわえる。「行きたくないけど。お前ら、また行く気なんだろ?どうせ。」香奈恵がうなづく。
「なんか、犯罪の匂いがするんだ。」渡も食べながら身を乗り出す。
「あそこ、謎の遺跡もあるし。」
「古い神社ってだけよ。」
「ガンタの会社って遺跡の調査とかもしてるんだろ?」
「してるけどー紀元前のものじゃないとなー」エビのシッポをかじる。
「じゃあ、行こうよ、明日。」
「明日?」
「社長に連絡して、帰ってからはどうじゃ?」虎さんが余計なことを言う。
「平日だったら、俺らいけないだろ?」
「いいんだよ、いけなくて。」ガンタは箸を置いた。「そうだ、そうしよう。それが一番いいだろうな。」立ち上げる。「そうと決めたら、社長に連絡してくるか。トラキチも来るか?ユリはどうする?」
「わしも行こう。」虎も椅子から降りた。ユリは首を振る。
「だからお前らは、勝手にまたそこに近づくなよ。女将さんに言いつけるぞ。いいか、大人しくしていろよ、な。」
二人は気まずい食卓からそそくさと消えて行った。
「なんかさ、ユリちゃん。」香奈恵が残った揚げ物を口に片付けながら言う。
「トラちゃんて、ガンタより偉そうだよね。ガンタより上の立場みたい。」
ユリは困ったようにニコニコするだけだ。
渡は香奈恵を見る。香奈恵も渡を見る。
「なんか、面白くない。」
「私達の発見なのにね。明日、もう一度行ってみようか?ガンタとかには内緒でさ。」
ユリが香奈恵の腕に触って首を振る。危ないといいたいみたいだ。
「大丈夫よ。だって、気になるじゃない。入り口まで行くだけだから。」香奈恵は不安そうな目を覗き込む。「ユリちゃんも言いつけるの?」
「言わないよ。」渡が強く言うより早く、ユリは激しく頭を振った。
「じゃあ、ユリちゃんも仲間!」香奈恵が笑う。厨房から祖父と板さんの陽気な笑い声が響いて来た。祖父の晩酌の相手をしているのだろう、仲居さんの声もする。
「そうと分かれば、早くここ片付けちゃいましょ。」香奈恵はお茶碗をまとめ始めた。
渡は自分のぶんを持つとユリに合図をした。
祖父は酔うと舌がほぐれまくる。さっきの続きを催促するつもりだった。ユリもうなづくと香奈恵に手伝って皿を重ね始めた。


「ほんとに、しつこいの~」
祖父は案の定、上機嫌だった。
「どうしたんだい、ゲンさん。」板さんは祖父の幼なじみだ。「昔話のおねだりか?」
「こいつらがの、御堂山の曰くを聞かせろってワシにうるさいんじゃよ、セイさん。」
「ははあ、あれはとんだ怪談じゃからの~」二人ともかなり出来上がっている。
板長の清さんはお客の賄いが終わったので今日はもう上がるつもりだ。普段は愛想が悪いが酔うと底抜けに明るい人と化す。
運が良いことに、邪魔に入りそうな母や香奈恵の母の姿はなかった。
仲居の田中さんは他所から来た人だ。
「怪談って、怖いの?嫌ね~。」と言いながら、興味津々だった。
「伯母さんがなんであの山を不吉って言ったのか、聞かせてよ。」
これは失敗だったかなと口にした渡。
「伯母さんって?」と田中さんに一から説明が始まったからだ。
助け舟はセイさんだった。
「ゲンさんの初恋の人じゃ。」「じいちゃんの初恋?」ユリと洗い物している香奈恵が高い声を上げる。「聞きた~い!。」また、余計なことをと祖父はブツブツこぼす。
でもまだ、機嫌は良い。幸いなことに祖母もいないからだろう。
酔った顔がさらに赤くなる。
「伯母さんいうても、若い伯母さんだったからわしとも10歳ぐらいしか離れてなかったんや。奇麗な人でな~、死んだときはショックじゃったの。」祖父は照れる。
「そうそう、ゲンさん泣きまくっとったっけ。」うるさいわ、と祖父。
「それでとうとう神城の家は絶えてしまったわけじゃ。」
「神代?」渡は思わず大きい声を出してしまったが、祖父は気がつかなかった。
「ねえ、その神社の名前って?」
「神代神社じゃ。」祖父はため息を付いた。「わしの曾祖母さんの家ってのが神城家ってわけやの。そこから竹本に嫁に来たもんで・・嫁に来た後も巫女さんを兼ねておった。その息子がこの辺じゃ有名な八十助・・わしの祖父じゃ・・生糸で財産作った郷士ってわけさ。その娘に当たる一番年下の伯母さんがその名前を継いで神城に養子に入ったんじゃ。」
「しかし、八十助ってやつは女好きの男だったらしいの。その伯母さんの母親は4人目か5人目だかの奥さんの子供だったろう?」清さんがニヤニヤと酒を嘗める。田中さんがおや、やだ子供の前でおよしよと笑うが先をうながす。
ユリと香奈恵の背中が動きを止め気配を消す。
しかし、2人とも耳はダンボにしていると思われる。
「お妾さんもたくさんいたわな。」なにゆう、このセイさんの祖母がそうだったわけでこの竹本とは実は親戚なわけよとゲンさんがくったくなく笑う。はとこなわけじゃ名字は違うがとセイさんも笑う。2人はなんのわだかまりもなさそうだ。うっそー!いやーと香奈恵がついにこらえきれず声をあげ、2人のじじいどもはしまった聞いとったかと悪戯小僧のように恥ずかしがった。ユリは困ったように布巾を使って乾いた皿を積み上げている。「お前達、母さん達には内緒だぞ。」小遣いをやると祖父は言い出す。
そういう話は目新しく(母か祖母がいたら絶対聞けなかった話だ)とても興味深かったが渡が今聞きたい話ではなかった。渡は伯母さんの話に祖父を戻す。
「そうそう、じいちゃんの初恋の人の話もっと聞かせてよ。」
千円札をもらった香奈恵がユリを引っ張ってテーブルに付いた。
渡とユリはもらったお札を持て余す。いらないと行ったら香奈恵に取られそうだ。
「伯母さんはあの山に葬られたんじゃ。」祖父は酒をあおると声を落とす。渡は驚く。
普通でない死に方をした人を葬るところだと聞いたからだ。
「そうだ、そうだった!」清さんが声を出す。
「それもゲンさんの伯母さんの予言の通りじゃったはずだ!」
「伯母さんて予言者なの?」「お前達には大大伯母さんだな。」大だ曾だ、ややこしい。
「伯母さんは、千年に一人の霊能力者と言われとった。」
うわ~と香奈恵も声をあげる。
「かっこいい!すてき!だって私達の血にもそれって入ってるわけじゃない。」
「かなぶん、オバケ嫌いだろ?」と渡が突っ込む。香奈恵はだから私はなんないけどと慌てて手を振る。しかし、なりたくてなるものではなく、なりたくなってもなってしまうのが霊能力者ってやつではないのか。渡は自分の秘密を思ってハッとする。その血の成せる技かもしれない。そう思うと急に救われた気になる。
ところで。酔っぱらい二人の話をまとめるとこうなる。御堂山は古代からの大岩信仰があり、その岩は生者と死者の世界の境目であるとされていた。死者を葬る山であったらしい。そこでそこを祀り、その死で汚れた地を鎮める為の神社があった。戦国時代には戦いに敗れた武将と郎党が山に逃げ込み、打ち取られ首がさらされた場所でもあった。沢は首洗いの沢であったのだ。明治の時に公式には廃されたが、地元では神社は密かに信仰され続けていたのだった。
第一次世界大戦の時に、巫女であった伯母は「この戦争は日本の敗戦になる」と村人の前で託宣した。そのことにより、伯母は危険人物とされてしまいやがて、軍部により神月に軟禁された。そしてその勾留中に逃げた伯母は神社で自ら命を絶った。敗戦の前の年だった。やがて伯母の予言の通りに日本は敗戦する。そんな話であった。
「墓は誰も知らないがな。」「それって、いったい、どういうことなの?」
香奈恵が怖気を振った顔で声を出した。やっぱ、霊能力者なんていやだ、なるもんじゃないというところか。「なんか、怖い話?」
「人間の怖い話や。」祖父が眉を潜める。人間が一番、怖いんやと。
「あそこはもともと、墓があるようでないところやった。悪く言えば姥捨て山じゃ。まして、戦争中だったから詳しいことがわからんのじゃ。この村にも東京から特高だのなんだの一杯来おったし。誰も彼もが、自分の保身に一生懸命でな。」祖父はため息を付いた。「伯母さんの遺体は軍部が持ち去ったとか言う話もあって・・・」
「本家の跡継ぎはほとほと嫌気がさしたのか、戦後すぐに神月の屋敷を出てしまったんじゃ。」
「軍部に密告したのは、その跡継ぎだって話もあったじゃろが。伯母さんとは腹違いの兄弟だったのに、嫌な奴だった。」
板さんは冷や酒をあおった。会ったことはないが、渡達にも大大叔父に当たる人だ。
「だから、村に居られなくなったんじゃ。」
「それに神月に伯母さんが化けて出るって話もあったしの。」
「あれ、そんな。よしなさいよ、寝れなくなるわよ。」田中さんは子供達を振り返る。
「阿牛さんの家にお化けなんて出ないよ。ねえ、ユリちゃん。」香奈恵が答える。
よくわかったもので、香奈恵も渡も祖父と板さんが語るに任せてあまり口を挟んでいない。それが事実、真実を一番早く耳にする方法だとわかっていたからだった。
でも、これは聞き捨てならない。「ユリちゃん、お化けなんて見たことないでしょ?」
ユリはうなづいた。
「阿牛さんは随分、屋敷に手を入れなさったからの。もう、別物じゃ。」
祖父が満足そうに杯を置いた。
「お前達、もうお風呂に入いる頃やぞ。なんや、さんざん昔話をさせられてしまったの。口止め料じゃ、かまわんから渡もユリちゃんも持って行き。その代わり内緒じゃぞ。」

その夜、渡は布団の中で、自分が産まれる遥か前に死んだ大大伯母さんのことを考えていた。祖父の父親の大変年の離れた妹であったという大大伯母。
草に埋もれた、苔むしたむき出しのあの石の土台。あそこで・・・あそこにかつて立っていた神社の中でじいちゃんの伯母さんは死んだのか。自殺?したのか・・・。
そう思うと昼間見た荒れ果てた、寂しい神社跡が胸に迫るようだ。あの胸の悪くなる断末魔の声。首洗いの沢。死の入り口とされた山。あそこはなんだかおかしい。渡は神代神社の石に近づいた時のことを思い出す。忘れていたポケットの中の部品がふいに命を持った瞬間。小さなコネクターが電気に反応したのだ。自分が流そうとしたわけではなく。そんなことは初めてだった。あそこには何かがある?・・ちょっと怖くなった。
渡は暗闇に頭をもたげて、ふすまに隔てられた隣の部屋を伺う。香奈恵のだろうか、いびきまでは行かないが大きな寝息が聞こえる。聞こえはしないが隣ではユリの小さな息もしているはずだった。大丈夫、今日はユリがいる。怖い夢は見ない。
そう思うと安心する。タオルケットを巻き付けながら寝付きの良い位置を探る。
そうだ、今度、じいちゃんに大大伯母さんの写真を見せてもらおう。渡は思いを巡らす。
それぞれの部屋に入る前に香奈恵が囁いた。
「明日、何がなんでも御堂山に登るからね!。」
あの鳥居。清さんの話では、御堂山の登山道の途中からも神社のお堂の跡地に下る道があるという。もう沢はこりごりだった。
山道の方からなら、あっちょやシンタニも一緒に行くと言うだろう。
多分、ユリも。ユリを巻き込むことは渡の中でもためらいがないわけではない。
かなぶんもそうだろう。帰って来たら、シドさんに絶対に怒られるからだ。社長は・・
社長は怒らないだろう。あの人はいつも穏やかだ。あの・・・渡の目に見える姿の問題さえなければ・・・渡は何度目かの頭を振ってユリの父親の問題を考えないようにする。
明日、ユリは家に残れと言ったところで無駄に決まってる。ユリは一緒に来るだろう。
ユリはいつも渡と行動を共にしてくれる。今までも、これからも。そんな確信があった。
離れにいるガンタと虎さんは怒るだろうな。どうやって虎さんをまこうか。
考えてるうちに渡は夢のない平和な眠りに落ちて行った。


同じ頃、離れ。
2人の男がちゃぶ台を囲んでいた。
ガンタと正虎。
「タトラ、大変だったな。」ガンタが小学生の田辺正虎に改まる。
「ガキどもの引率なんて考えるだけで恐ろしい。」
「まあ、仕事だからの。」タトラと呼ばれた虎の口調が変り声が低くなる。
「ユリ殿の警護はニュートロンである小柄なわししかできん。わしで良ければと志願した甲斐があるというものだ。これも開き直ればなかなか、楽しいものだぞ。」
「偉いねぇ。」ガンタは感心する。「僕なんてシドラと兄弟ってだけで凹んでるのに。」
「シドラ殿は、なかなか厳しいおなごじゃからのう。」タトラは訳知りにうなづく。
「わしはこの星の文化により深く浸るにはこういう形も一つの方法だと思うの。ただし、
わしが吸収した話し言葉はちと古かったようだの。」
「いつの記録なんだろうね。イリトにはめられたんじゃないの?」
「かもしれん。イリトとわしは付き合いが長いからの。今回の抜擢もわしをからかう為だったとしても驚かんがの。まあ、そんなことはいい。」
「そうそう、その船のことをまずなんとかしないといけないのかな。」
ガンタは面倒くさそうに腕組みしたが、タトラはあくまで真面目に更にただでさえ細い眼を細める。
「これはたいした問題ではないのかもしれん。」
「わかってるって。」ガンタも真面目に応じる努力をする。
「なんで、俺らのこんなに近くに今、こんな騒ぎが起こるんかね。」ため息。
羽音のような小さな金属的な音がしきりに混ざる。
「わかってるって。うるさいんだよ、ドラコは。」蠅を追うように手を振る。
「あながち、偶然とも言いきれんのじゃと言っておる。わしも同感じゃ。」
タトラは眉間の皺をなぞる。
「この地は、我らが隊長が選んだだけのことはある。ガンダルファよ、伝承を調べてみたか?」「いんや。」「近代からしきりに神の光りの・・光り玉と呼ばれてたらしいの・・目撃例が報告されとる。勿論、言い伝えや迷信の類いとしてだが。まったく、根拠のないものだと思うかの?」
「つーまーり。」ガンダルファこと、ガンタは頭を絞る。「ここはかつて連邦の調査員かなんかが正式ではなく、内密に訪れたわけだね。この星の扱いが確定する前だったらば、気まぐれな連邦の権力者か金持ちが好奇心で違法な観光を行った可能性もある・・・もしくは、連邦内の遊民が補給だの商売目当ての持ち出しを行う為に立ち行った痕跡もあるって言いたいんだろ?タトラ」
「もともと、ユリ殿の母親がいたわけだからの。当然、その父親は調査員だからの。」
「ってことは、その父親はひとまず除外。それ以外の奴だな。」
「最近、この地球では未確認飛行物体なるものが頻繁に目撃されてテレビニュースとかになる日もあるが・・・大半は自然現象や思い込みじゃ。本物の確率はかなり低い。」
「一時期連邦からの遊覧観光船もあったはずでしょ?。最近はどうなの?。」
「確かに発見当時、お偉いさんの視察が引きも切らずだったらしいのう。この1000年ぐらいはようやく落ち着いたはず。正式な連邦を通したものなら、イリトが知らないわけはないしの。」
正確にはこのイリトからの情報は彼女よりも高位の役人に対する「くそったれ」と言う形容詞が付けられていた。
「非公式な訪問ってのも今だにあるんだろうかね。」ガンタは困り果てた顔をする。その意味する所は面倒くさいのだ。銀河連邦は広い。祖の人類遺伝子の保存の為に移動を禁じられたオリオン近辺の原始星人とは違い、自由を謳歌し銀河のオリオン腕に広がった宇宙人類ニュートロンとカバナ系遊民達はなかなかしたたかな面も持ち、結構辺境の方じゃかなりな好き勝手をしているというのは有名な話だった。
「それを制御する為に我々はいるのじゃよ、ガンダルファ。」
「辺鄙な星に対するちゃんとした法律がなかなかできなかったのがいけないかったんだろうね・・・ペルセウスとの戦争が長引いたからだって?」
「連邦は下手なことしてここに敵の注意を集めたくなかったのじゃよ。ここは特に前線に近いからの。」タトラはその件を有識者で秘密裏に話し合う為にイリトと共に出席した過去の盛大な会議を思い返した。
「記録にないとしたら、ここのマーキングは近世代よりは遥かに古いと言えるの。」
「平安以前っていったら2000年以上は前だね。面倒くさいな。」
「そうじゃの。考えたくはないが、カバナ・ボイド側からもあり得るしの。なにせここは連邦からは最辺境。未発見だった惑星なのじゃから。ペルセウスの方から、補給に立ち寄る可能性がまったくないとは言えない。」タトラはうなづく。
「だけどさ、もしそうならカバナ人達がここを侵略してないなんてありえなくない?」
(ガンちゃん、すごいにょ。珍しく頭が回るにょ!)またもや小さな声がする。
珍しくは余計だとガンタ。「しないとしたら、その意味がわからなくない?」
「そうだの。」タトラも目を細める。「あるいはすでに奥深くに入り込んでるか・・・」
「おいおい。ちょろい任務だと思ったのになー。そりゃないよ~イリトに危険手当を請求しなきゃ。」(ガンちゃん、そんな勇気ないにょ?)どうやら、声はガンタの頭の後ろの空間からするらしい。時々、黒い目がはしこく覗く。
「事前の資料記録を見たがの、ユリ殿の父親のここでの痕跡は謎も多いようじゃ。」
「日清戦争の頃にアジアに降り立ったって話だけど。かなり自由に活動していたみたいだもんね。ちょうど、ここ全体が大揺れに揺れてた時代だから追跡調査も難しいんじゃない?もともと、こういう報告って当人申請じゃんよ。」
「母船を通じてこれまでこの果ての地球に降り立ったすべての調査員の痕跡だけでも、せめてキチンとさせてもらってくれ。」タトラは重々しく手を組んだ。
「ゾーゾーか。」ガンタは嫌な顔をした。「あの女に頼み事するってだけでも、気が重くなるよ。」(がんちゃんはふられた恨みは忘れないのにょ。)
小さめの鯉のぼりのの頭が姿を現す。
「誰が振られたよ!」たまらずガンタは切れる。鯉のぼりはあわてて引っ込んだ。
「ガンタはニュートロンの女が好きだの。相変わらず、懲りないのう。」
「違うって!一緒に食事をしようって言っただけじゃん。」
(即効断られたにょ)
「礼儀でしょ。礼儀。」
「ニュートロンの女は理想が高いからの。あきらめろ。」
「はい、余計なお世話ですよ。だ~れがあんな性格ブス!」
(香奈恵ちゃんにするにょ)
「やだよ、あんな子供。それに重罪だろ?」
「禁固100年は固いわな。」タトラこと正虎は呵々かと笑った。
「原住民に手を出したら、おしまいじゃから。」
「知ってるよ。」ガンタは暗い声を出す。
「どうした?」
「そういう知り合い・・って言うか、その結果の知り合いっての?・・知ってたしね。」
ガンタがふと手元を見ると、いつの間にかカップ酒が置いてあった。
「なんだよ、これ。」思わず、手に取る。勘が良いタトラはそれ以上もう、何も言わない。
(ガンちゃん、奢りにょ。いっとくにゃ。)
「そういう親切、いらないって~の。」
彼は口元だけで笑うと、その冷や酒をがっとあおった。