MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

石の見た夢

2014-04-27 | 絵葉書

© Masao Yamamoto 005

 

 

眠る事のない石は

鳥の夢を見ている

 

魂が飛び回るというのは

こういうことだろうか

 

石は考える

 

死ぬ事のない石は

少しづつ

 

削れて

削れて

 

やがて

神に召されるのかもしれない

 

その瞬間

 

真っ白が鳥が

空へと羽ばたくのだ

 

たとえ

誰も見なくても

 

 

 

 


春の歌

2014-04-21 | 絵葉書

© Masao Yamamoto 007

 

 

春のうた

途切れ途切れに

 

聞こえたり

聞こえなかったり

 

空耳ではないよと

花々は言うけれど

 

...............

 

実際はすぐにでも夏になりそうです。

それも

どうかと

 

小説が一段落して

なんだかぽけっとしてますが

ブログではない形で

ちゃんと最初から読んでいただけるようにと

画策の予定です・・・?

 

 


螺旋の三について

2014-04-09 | Weblog

ようやく

3年間もこねくり回した

スパイラルスリーが終りました

それを受けて

ゼロ~を改めて読み返しておりますが

色々と自分で忘れていることがあって

恐縮しきりであります・・・

気が付いたときに直して行きたいと思っています・・・

とにかく

色々

忘れちゃってるんですね(汗)

設定とか名前とか

ほんと気が付いてモヤモヤした方がいらしたら

もうしわけないです

ごめんなさい

イラストも追いつかないし

・・・・

この後、ゼロを直して

2、3の話

短編

『女達』・・・

4にかかるには

ずっとずっと先になってしまうかも

(果たして生きているのか???)

 

また

ふらふらと

葉書ETCで

このブログも

更新して行きたいと思いますので

よろしくお願いいたします

 

CAZZ

 


スパイラル・スリー 第十四章-3

2014-04-08 | オリジナル小説

鴉はスパイである事を認め、アギュは強がる

 

その2人を違う次元から見つめているのは鴉である。

ふいにアギュが現れた。

「どうした?四大テンシにホウコクに行かないのか?」

「アギュ・・・知ってたんですか?」

「このホシのヤツラのやるようなことなど。」

その嘲るような口調に鴉は少し違和感を覚える。

「アギュ・・・あなたは今日は感じが違う。」

「違いも出るさ、アイツらこのホシをやっかいごとに巻き込むテダスケをしようとしているんだからな。」そうじゃれるように言うと鴉を見た。

「退屈なテンシ達もイマに寝ているバアイじゃなくなるって、伝えて来るがいい。マゾクとテンシ、果たしてどっちがどっちのミカタに付くのかな?」

「それは・・・」鴉は翼を広げて身を引く。「それは、この世界にとってプラスになる方に決まっているではありませんか?」

「マイナスなニンゲンをさんざんのさばらしておいてか?」

鴉は逃げるようにその次元から羽ばたき去った。

「さて。」とアギュが言う。

「イリト・ヴェガは間違っているな。」

「そうでしょうか?」

「オレが死ぬまでユウリのホシを守ると思い込んでいるが・・・オレがこのホシを見捨てることはジュウブンにあるんだ。」

「何を言ってるんですか。」

カプートこと418は異議を唱えた。記憶を共有して久しい。

「そのセリフ、ユウリの前で言えるんですか?」

「フン、オレだってあまり無責任なキタイを押し付けられつづければな、気が変わるってこともトウゼンあるってことさ。」

しかし、アギュの胸の奥で鼓動する神代ユウリの魂。

その上に当てた手を握りしめている。

「ホントウにユウリが帰ってくるのならな・・・だが」

418よりもアギュはユウリと長く過ごした分、それだけユウリのことは彼よりも知っていると思っている。そのことはアギュの誇りだ。

『アギュ、あたしの故郷の星を守って。』そんなことをユウリは言うだろうか。

言わない気がする。

ユウリが死んだ時よりもアギュは随分、背がのびた。

そのアギュを見たらユウリはなんて言うだろう。

『もう、あたしの手が届かないよ。』

ユウリはそう言ってアギュの頭に手を伸ばすだろう。

つま先だってよろめくのも構わず。

その時、ふいにユウリの声がアギュの中に再生され再構築されて甦った。

『アギュは充分、苦しんだんだもの。』

そうだ。ユウリはそう言って笑うだろう。

『もう、好きに生きてもいいの。』

ただ、自分の故郷を思ってお日様のような笑顔は少しだけ曇るだろう。

それを考えただけでアギュのもう形がなくなっている心臓がどこかでキュッと痛んだ。

「・・・もしも滅びるウンメイにあるのならそれを防ぐコトはフカノウだ。」

お日様のユウリの面影。418も見たのであろうか。静かに提案した。

「・・・ミキワメルまで待ちましょうよ。ニゲルことはいつだってできるんですから。」

「たしかに。」アギュもゆっくりとうなづく。

「少なくともイリト・ヴェガはあのフタリを取り逃がしたことのセキニンはジブンで取りましたからね・・・知ってますか?彼女、デラやシドラ達が巻き込まれることを心配してくれたんですよ・・・ニュートロンにしては、珍しい。」

「フン、オマエこそ勘違いしてるんだ。イリトはマモノを守っただけさ。」

アギュはせせら笑った。

「デモンバルグには手が出せないからな。アイツはレンポウが探している祖の人類の乗って来た『フネ』のショザイを握っている・・・そうでなかったら、オレ達にヤツをムリヤリ連れて来いと命令したところだろうよ。」

実はアギュの言ったことも418が言ったことも両方とも真実だった。

アギュは再び、目の前に広がる世界を見る。

今、ここにアギュがいることはドラコすら気付いていない。

アギュの本体はまだ神月にある。

わずかな短期間に自分は更に進化したとアギュは感じている。

 

眼下には岩田譲と本田美花が並んでホットドックを食べている。

猿山の猿達のほとんどは寝ているか、食べている2人を見つめている。

 

この世界を守りたいのかどうか、アギュにはまだ自信がなかった。

「そもそも、それはオレの仕事か?」

臨海進化体は苦く笑った。


スパイラル・スリー 第十四章-2

2014-04-08 | オリジナル小説

 何も知らぬ兄は妹の悩みを一蹴りする

 

譲はカピバラを眺めていた。ようやく春めいて来た日だまりで目を閉じているもの。

野菜の切れ端をモグモグしているもの。

夢で宇宙のお姉さんから何かをもらって以来、譲はすごく頭がはっきりしている。不思議な事だった。前後不覚にぐるぐると悩んでいた自分が嘘のようだ。何を聞いてもあまり動揺しなくなったという自覚がある。

夜もよく眠れる。泣く事ももうない。

昨夜、妹の香奈恵から電話があった。神月に戻っていた間はあまり話せなかったのだが。大学の入学式が終わったら、ぜひ相談したいことがあるのだという。

譲はその場の電話で聞いても構わなかったのだが、香奈恵の方が『融兄ぃは大変だったみたいだし・・』と差し控えた。相談のだいたいの予想はついている。

精神状態が最低だったとはいえ、東京に帰れるようになった頃には色々とわかってくることもあるのだ。おそらく、母寿美恵の再婚の話ではないだろうかと譲は察しをつけた。譲が神月に連れて来られる前に、色々あったらしいのだ。

なんでも基成御殿が炎上する朝、譲が小学生の頃に母にプレゼントした玩具のネックレスが切れたのが始まりとか。(それを今も大事に持っていてくれたということは譲にとっては気恥ずかしい喜びだった)その日、綾子おばさんと新宿に行った母は勿論、充出版がすぐ近くであることは知っていた。寿美恵は最初から連絡するつもりはなかったというのだが、綾子おばさんがこっそり電話を入れてしまったらしい。勿論、基成勇二の霊視事件でかけずり回っていた譲は社にいなかった。やっぱりということで少し肩を落として帰って来た2人だが、その翌日に警察が来たのである。その時の寿美恵は一見、取り乱したようには見えなかったというのだが。

その日はユリの家に渡が泊まりに行くことになっていた。しかし、ユリの父親が急用で夜に家を空けることになってしまう。運の悪い事に社員も出払っていて、神月を子供だけで過ごさせるわけにいかないからと阿牛さんから相談されたのだと。綾子おばさんの話では、寿美恵は自分からいそいそと保護者をかって出た。おそらく、帰宅した兄達に警察や息子のことを聞かれるのを避けたいのだろうと思った綾子はそのまま神月に行く寿美恵を見送った。

しかし、翌日渡が竹本に帰って来た時。なぜか寿美恵に男が付き添って帰って来た。そのことがちょっとしたスキャンダルというか、小さい村で模擬をかもしているのだということはなんとなく譲にもわかっていた。

つまり、その男が母親のお付き合いしている男というわけなのだ。

思ったよりも見かけがよく、母よりも一回り歳下であることが気がかりといえばそうなるが・・・。

あの夜、冷静そうに見えた寿美恵であったが、やはり内心は激しく動揺していたらしい。母が電話したのか、その男と仲がいいと言う渡が気を利かして電話したのかは聞き漏らしてしまったが、男がすぐに東京から駆けつけて来たということなのだ。母を案じてわざわざ来てくれたということは、皆が危ぶむほど悪い人間ではないような気が譲にはしている。

ルポライターという職種が自分に近いということもあるが。

彼とはまだ数回しか話は交わしていない・・・もし、母親が再婚したいというのであれば自分は反対はしない覚悟はもうできていた。

こういう変化を静かに受け入れる気持ちになったことが今回の経験の賜物なのだろうか。受け止めがたい超現実に較べれば、現実の出来事などほのぼのと心がなごむものと思う。きっと・・・妹は以前の自分のように受け入れる覚悟がなかなかつかないのだろう、そう譲は考えていた。

 

 

  譲と美花は猿山を眺める

 

「待った?」

本田美花がニコニコと側に立っていた。手に売店のコーヒーカップを持っている。

「はい、これ。おごりね、お待たせ代。」

「ああ・・・どうも。」

譲は時も忘れてボオッと目の前の動物を見ていただけだったので恐縮した。

「元気だしてよ。あっちに猿山とかあるよ。」

「うん。」

引っ張られて譲は歩き出す。あれ以来、本田美花とよく会っている。

充出版での再会ではツンツンしていた美花であったが、おおまかな話を飲み込んで来てからは事態に興味津々になったらしい。さすが超常現象好きの女である。

日曜日、今日も美花に誘われて井の頭公園に併設する自然園にいる。

大手葬儀社に勤める美花はこの間のように黒の上下スーツでいることが多いのだが、今日は春らしい萌葱色と黄色のカジュアルなジャケットを羽織っている。短めのスカートから覗く膝が眩しい。

「それにしても、カピバラの前で10時とかって昔から本田さんておおまかだよね。」

「そういうことを言うようになったとは・・・」

先を行く美花がくるっと振り向く。「君もかなり元気になったみたいね。」

「そだね。」

基成先生の言うお姉さんに2回、会ったという話は既に美花にはしている。

「たぶん『宇宙のお姉さん』のおかげなんだ。」

「それって基成先生の守護霊だよね。」

「さぁ、守護霊っていうか・・・宇宙に実在するほんとの姉?、なのかな???」

「ふうん。私も会ってみたいなぁ。」美花は本当にうらやましそうだ。

「実在するのなら、本物の地球外宇宙人なわけじゃない。」

「なぁ、宇宙人と幽霊が同じだって言っていたのは・・・生形・・くんなのかな?」

「ああ、何度か聞いたわね。同じ現実の外から干渉して来るっていう話でしょ。」

「じゃあ・・・UFOを花火で打ったって話は?」譲は説明する。

「ああ、それも生形君自身の武勇伝よ。彼には兄はいないけど。・・・彼がこういうことが好きになったきっかけだってよく聞いたわ。」

「そうか・・・大学時代の記憶はほとんどそっちの記憶か。その後の出版社に入ってからのものが・・純粋にキライとの思い出なんだな。」

大学時代から鬼来光司宅に出入りしていた記憶は作られたものだろう。しかし、再会してから遊びに行った記憶はおそらく本物。2人で徹夜したり、取材旅行に行ったり、プラーベートでお互いの家で飲んだり出かけたりしたことはすべて純粋に鬼来雅己との経験ということになる。すべてが偽りだったとは思いたくなかった。

普通の暮らしがしたかったと言った雅己。始めて友達ができたと言った雅己。

譲もとても楽しかった。

「だんだんわかってきたよ。どっちがどっちの記憶なのか。」

「私・・・その鬼来くんって人も会ってみたかったな。」美花もつぶやいている。

「雅己くんから生形君の記憶を奪ったひどい人だってことはわかっているんだけどね。生形君が死んだ時はショックだったけれど・・・時間が経って心の整理はもう付いていたからかな。その宇宙人の末裔にも会ってみたい。」

自分が羨むほど仲が良かった岩田譲が生形の死を無視したことにわけもなく腹がたったのはもう過ぎた記憶だった。

本田美花は譲が気が付きかけている生形殺害の可能性をまったく考えてもいない。何かしら考えも及ばない宇宙人の科学力によって譲の記憶が奪われたとだけ思っていた。美花の鬼来村を巡る一連の思考は健全で夢に満ちている。

「なぁ、生形ってどんなヤツだったんだ?できるなら、俺も生形にもう一度、会ってみたい。」

「生形くんはねぇ、」美花は少し思い出し笑いをする。「話に聞く鬼来雅己くんとはだいぶ違うよ。もうちょっとバカで賑やかで・・・そうねぇ、変態っぽいかも。」

「変態?」

「例えば、女の子とエッチする時。女の子に目隠ししたり、手を縛ったりして相手が怖がるのを見るのが好きとかさ。」

「な、なんで、その情報?!」譲は絶句する。

「あら、だって。その雅己とかいう人が絶対しなさそうで、譲くんが絶対に知るはずのない生形くんの人となりをお知らせしただけですけど。」

美花はしらっと舌を出す。「どう?生形くんのイメージがおわかりいただけたかな?」「かなって・・・」

「私、生形くんを思い出すっていうか、取り戻す為の手伝いならいくらでもするからね。」

美花を正視する事が出来なくなり、譲は猿達を見下ろした。

そうかぁ、振られるはずだよなぁ・・・俺のSEXなんていたって普通・・・そりゃ、クソ面白くもないだろうし。

「あのねぇ!それで譲くんを振ったわけじゃないからね!」

心を読まれたのかと驚く。見れば今度は美花の方が顔を反らして猿山を見ている。頬が真っ赤だ。「ほんとに男なんて、考えてることがお見通しなんだから・・・!」

「いや、そんなことは・・・あの、思ってないから。いや・・・ごめん。」

しばし、気まずい沈黙が2人を包み込んだ。

手の中のコーヒーを飲み干して、美花がおもむろに手摺に体を伸ばし話を変える。

「それにしてもさ、宇宙人の末裔だなんてすごい話なんだよ。生形君こそ大喜びしただろうに残念だわ。記憶ジャックされても、彼なら喜んだと思う。皮肉だよね。」

間に産まれた気まずさを振り切るように頭を振った。

「なんで俺の・・・生形との大学時代の思い出を盗んだろう?。」

歌舞伎町で再会した夜、譲は雅己と飲み明かした。確か、雅己のマンションに泊まったはずだ。

しかし、それは実際は俺のマンションだったわけで・・・。

「たぶん、東京にも基地が欲しかったのかも。」美花が興奮を押し隠して言う。

「基地?」

「そうよ、秘密基地。あの中野のマンションよ。あそこを狙っていたとかね。」

マンションに泊まりに来ていたのは『兄貴』だと先生は言っていた。

「まさか、なんであの場所?もっといい場所、あるんじゃないか。」

譲は自分だけの予感で雅己は既に死んでいると思い始めていた。

片付けられた部屋・・・もう自分が帰らないことを知っていたんだ。

「じゃあ、実は君に特殊能力があったとかさ。なんかランダムに選び出された興味深い対象とかいうのは、どうかしら?たまたま、なんか興味を引くことをしていたんじゃないかな、きっと大学時代のサークル活動でさ。最初に目をつけられたのは生形君かもしれないし・・・いかにもわざわざ地雷、踏むタイプだもの。それで彼は狙われ、彼に何かあったら真っ先に疑いを持って調査を始めそうな君が目をつけられたの。伊達に超常現象の本を作ってないし、彼等から見たらいかにも要注意人物でしょが!どう?これ。」

美花は鞄の中をかき回す間もずっと喋っている。大学時代にはこんなに話す女じゃなかったんだけどな、と譲は思う。他人のお葬式を仕切って真面目くさっているから、ストレスがたまるんだとはこの間、聞いたな。

美花はお財布を探し出すとニッと笑う。

「おそらく、岩田譲君はずっと観察されていたというわけよ。」

そして今、俺達は猿山を観察している、と譲は思った。

 

 

 美花は死神と女を見るが何も気が付かない

 

お腹が空いた、ねぇ空かない?いらないの?

いいじゃん、奢ったげるから一緒に食べない?

そう言って探し出した財布を持って美花は売店に走る。

譲には言えない想いが美花にはある。『そうなのよね。』美花は述懐する。

『生形くんは何事も真面目に捉えない人だったのよ。SEXもそうだけど・・・彼にとって一番大事なのは自分の趣味であって、私ではなかったの。それだけ。』

それを痛感したから別れた。

『彼といると本当に楽しかった。だけど、楽しいことだけじゃ・・・やがてダメになるのは目に見えていたし。』

それでも生形義宏の企画力やリーダーシップは確かに魅力的だった。

しかしそれを実際にそれを形にしていたのは岩田譲の力であることにある時点で美花は気が付いてしまった。必要な人材を呼集したりグループの間を取り持ったり、旅館を予約しチケットを発注し、会費を集め全員が満足するように裏方に徹する。そういう地道なものは生形の手に余ることだったのだ。彼の思いつく魅了的な企画は岩田譲抜きでは到底、形にならない。地味なのに腐らず、情熱を持って我慢強く嬉々としてこなす彼に次第に惹かれていった。岩田譲が自分を好意的に見ていることは生形と付き合う前からずっとわかっている。ただ、タイミングが悪かったのだ。

岩田譲は美花にとって所詮ダミーに過ぎないと思っていた節があり、それにあきらめを持って自ら甘んじてしまった。

生形の一番の親友である自分といれば、必然的に不自然でない形で常に一緒に居れるからだろうと。そう思ったが、彼はそれを受け入れた。持ち前の我慢強さで、恨み言も文句も言わず。

最初から長く続く関係ではないと相手が割り切っていることに、美花は気が付いて当然腹を立てる。卑屈な譲へ苛立つ。

若かった美花にはその誤解をうまく解く方法が見付けられなかった。

仕舞いには意固地になり面倒くさくなり疲れてしまった。デートも間遠くなる。

別れの際に意地悪な一言を言った自分は今でも許せない。

キチンと話し合いもしないくせに、なんで気付いてくれないのよ、なんて・・・あれは完全なる八つ当たりだ。

彼を傷付け、自分も傷つけた。

だから、生形義宏の死と共にこれ幸いと岩田譲を切り捨てたのだ。

それが当時の怒りの正体。

『岩田くんには、ひどいことをしたんだよね、私。』

その埋め合わせを、自分はしているのかもしれない。

いそいそとスカートなんか履いてさ、笑っちゃう。

 

 

売店の前で黒いコートを着た女性と肩がぶつかった。

「すいません!」そう言って反射的に相手が落とした本を拾おうと手を伸ばす。

「あれ?」声が出たのはそれが充出版の『月刊怪奇奇談』だったからだ。

「ありがとう。」まだ若い女性だった。自分と同じぐらいかしら。睫毛が長い。

「あの、この本、好きなんですか。」思わず話しかけていた。

「私も愛読者なんです。」

黒いレースの上品な手袋で相手は受け取る。

「ええ、私も・・内容が面白いから。」

声は低く小さい。化粧もほとんどしてないが、すごく奇麗な肌だ。

洒落た靴を履いているとも心に止める。

うらやましいな、と。

「この霊能者のファンなのよ。」そう言って女が少しだけ笑った。

なんだか寂しそうな笑みだ。

美花はつい、基成勇二に会ったことがあると言い出しそうになるが自慢するみたいだしと躊躇う。しかも、この本を編集している人間がすぐそこ、猿山の前にいるんですけどと。

「マサミ、行くぞ。」

男の声がして女は雑誌を手にしていたブランドのバックにしまった。

美花は声をかけた男を見る。

『うわぁ、やだ。死神みたい・・・』わけもなく鳥肌が立つ。

整った顔立ちのように見えるのに。

同じ黒ずくめでも目の前の女性とは印象がまったく違う。

男の方は春なのに真冬を連れて来たようだ。しかもシベリア並み。

着ているものは安物には見えない。むしろ高価だと歴然とわかる。男は顔を隠すように黒髪を長めに伸ばしていて、セミロングの女性とよく似ている。

『兄妹かしら?』急ぎ足で歩き出す男を小走りに女は追って行く。出口の方へ。

『そう言えば、マサミって呼んでた・・・』

美花はそんなシンクロニティを不思議に感じたが、売店でホットドックを買う為に背を向けた。

 

「これで満足か?」

テベレスこと美豆良は追いついて来た女にそう声をかけた。

「譲は女ができたらしい。」

雅己は黙って出口を先に出た。

「どうした?嫉妬か。」

「まさか。」そう雅己は返す。「立ち直ったみたいで良かった・・・」

そういう言い方は少し寂し気だ。

「また後で慰めてやる。」

「うるさい。」

「私に抱かれないと眠れないくせに。」

不安と恐怖から抱かれ慣れた体が自然に美豆良を求めるのだ。実際、それがなければとっくに気が狂っている。大掛かりなホルモンの転換。日に日に単性に、女へと変化して行く体。自殺していただろう。一人では。

自分の乳房を今も雅己は持て余している。

「これから・・・どうするの?」

「この国を離れる。鳳来がやった非合法なやり方で。」

「そして?吸血鬼なんだろ?戦争でも起こすのか?」

「美豆良の記憶が私にはある。」

煎るような雅己の視線はまったく気にならない。

「おまえは『連邦』という組織に復讐したいんじゃないのか?」

「・・・・」

「おまえ達の存在を認めず、破滅に追いやった。」

「だけど・・・何もできないさ。オリオンにあるんだから。」

「さぁ、そうでもないかもしれないぞ。」テベレスは美豆良の脳内を余す所なくサーチしている。「連邦とやらに対抗する『カバナ』とかいう組織があるらしい。この星にもいくつか潜り込んでいるらしい。ひとまずそこに会いに行ってみるっていうのはどうだ。」

「どうでもいいよ、僕は。」

「まぁそう言うな。とりあえず、それで決まりだ。」

数百年ぶりの『契約者』はまったく彼の言いなり。

これではまるで下僕志願者との契約だ。

この鬼来雅己に魔を使役するその気がないのならば・・・

テベレスはそれこそ鳳来に出会って以来のように興奮していた。

「私はとにかく血が大量に流れればいいんだ。」

魔物は契約者を従えて帰り道を急ぐ。


スパイラル・スリー 第十四章-1

2014-04-08 | オリジナル小説

      14・終わりに

 

               

  霊能者と編集者は朝まで飲み明かす

 

 

基成勇二と星崎緋沙子が深刻な顔で話をしていた。

「では・・・生形という若者を雅己くんが殺した可能性もあるってことですよね。」

星崎は本田美花から借りて来たアルバムを広げている。生形義宏という若者はいわゆるハンサムではない。大学の卒業アルバムで真面目くさって映った顔はパーツはそれぞれ整っているがバランスが悪い。ややエラが張っている。骨張って背が高く寸胴でスタイルも良くはない。ただサークルの仲間と撮った写真を眺めているとそんなイメージは一変する。彼はいわゆる『ひょうきんもの』であった。集合写真で必ずいる変顔を決めるタイプ。まるで大人しく写ることを拒否しているかのようだった。いきいきとした愛嬌がある顔は内から溢れ出るような生命力を放っていた。10人のうち8人までは彼と友達になりたいと言うだろう。残りの2人はよほどの嫌世家だ。

「今思えば、譲くんから聞いた雅己くんの大学時代の話って少し違和感あったんですよね・・・」

本田美花は言っていなかったか。

『生形くんがボケで岩田くんが突っ込み。まるで漫才みたいな阿吽の呼吸で、私がちょっと妬けるぐらい仲が良かったんです。』

「桑聞社から来た雅己くんは冷静でキチンと仕事をこなし、回りの人間関係にも気を使うタイプでした。どっちかというと静かな子だったわ。だからきっと、大学時代にはこの子も弾けていたのかなって・・・そう思ったこと、確かにありましたっけ。」

「殺したのはさ。」霊能者は窓に映り込んだ自分の巨大な影を見ている。

「おそらく『兄貴』、鬼来美豆良が怪しい。勿論、雅己くんも承知の上だろうけどね・・・これは譲くんにはオフレコよ。」

「もし、そんな可能性を譲君が知ったら・・・」

「まぁ、そのうち嫌が応にもね。それにもう薄々感づいているかもしれない。」

超高層の星の見えるラウンジ。目の前には地上の星も広がっていた。

「でも譲くん、認めたくないのよね。彼の悲劇はね、その可能性に気が付いていたとしてもよ・・・どうしても、雅己くんを完全に憎めないってことだと思うの。」

目の前にある肴はナッツ類だけ。それを指で転がす。

『なぜなら・・・脳の記憶野に受けた損傷は確かにある程度までは修復可能だけど・・・それはあくまで本人が記憶をどこまで積極的に上書きできるかが鍵なのよ。彼の場合、生形君の人と成りを完全に消去された上ですり替えられているから・・・どうしても、親友を奪われたと言う怒りは産まれづらいのよね。』

口に出しては「・・・彼等が宇宙人の末裔で、譲くんの記憶をああまで完全に書き換える技術があるんだとしたら・・・生形くんの記憶を手に入れる為に彼の脳を手に入る必要があったんでしょうね。」

「生形君の体はひき逃げにあった時、跳ねられた勢いで琵琶湖に転落・・・遺体は捜索されたけれど、頭部だけがいまだに見つかっていないんでしたよね・・・。」

背筋が寒くなる思いを押さえて、星崎はジンライムをあおった。

「緋沙子ちゃん、そういう飲み方するお酒ではないでしょ。」

そういう勇二の前にあるのは、甘い酒。カルーア・ミルクである。

「ああっ、すいません。つい。」そういいつつ、編集長は腕をさすった。空調が利いている店なのだが暖かいのに、なんだか薄ら寒い。まだ時刻が早いので人が少ない為もあるのかもしれない。

「抽出された完全な記憶は雅己に注がれた・・・生きている雅己から取り出された不完全な記憶とともに、彼の急ごしらえのクローンへも。原始的で雑な方法で。」

負荷をかけられて育ったあのクローンは魂魄を失ったわけではなかった。大人の記憶を無理矢理植え付けられた子供の雅己だったのだ・・・。

勇二の呟きは幸い、ボーイにお代わりを頼んでいる星崎には聞こえなかった。

 

「それにしても。」手にした新しい酒を星崎は大事に手の平で暖めている。

「あたしもいまだに信じられません。平さんだって、です。鬼来雅己くんは2年間、我が社に出入りしていたんですから。桑聞社にも彼がした仕事、編集した雑誌も残っていますから・・・彼が何者だったかなんて、とてもとても。」

「充出版としては向こう2、3年は困らない、ものすごいネタじゃないの?」

「まぁ・・・それは傷が癒えたら、なんとか記事にするつもりですけど。」

ショックは受けてはいてもやはり彼女の逞しい商魂は死んではいなかった。

「ただし雅己くんに関するプライベートのものは消えていた?」

「はい。一緒に撮った写真とか。」ため息と共にまた、酒。

「パスケースの中の、とか?携帯でこっそり隠し撮りしたのとか?」

「センセ、知ってたんですか!」

「緋沙子ちゃん、そういう所が女学生っぽいのよねぇ。」

「もう、センセぇったら!」星崎は霊能者の腕を思わず叩いている。

「緋沙子ちゃん、飲み過ぎぃ!」

「だって、だって。」星崎は鬼の編集長からただの緋沙子に戻っていた。

「可愛かったんだものぉ、雅己くん。」

譲が見たら、また『鬼の目に涙』というに違いなかった。

「宇宙人だっただ、なんてぇ。いえ、それだけならいいんです!宇宙人の末裔なんだったら、もう豪華記事です。いっそアイドルにして売り出したいくらいだわ。」

緋沙子はそっと目頭を拭う。

「雅己くん、ほんとに死んだのかしらね。死んだからって許されることではないけれど。なんで譲くんをターゲットにしたのかしら。融くんが可哀想。2人にした仕打ちは許せない気がする・・・もしも、自分の子供にだったらと思うと。」

「あなた、いいお母さんじゃない。」フンと星崎は編集に戻った。

「いいえ!母親なんかつまんないです。可愛い若者を侍らせて仕事でビシビシ鍛えた方がどんだけ、あたしの生き甲斐だか!」

「確かにその方が『らしい』わよねぇ。」

「話をもどしましょ!それにしたって、宇宙人の末裔一族とそれに敵対する一族が・・・宇宙人達がこの地球の上で殺し合いを演じていたっていうのが今回の件のセンセのお見立てだとすると、まったく迷惑な話ですよね!山は崩れるわ、村は飲まれるわ、もう少しであたし達だって巻き込まれるところだったんですから!そもそも地球人であるあたし達にはまったく関係ない話じゃないですか!他所でやれっての!」

「・・・まったく関係ない話でもないのかもよ。」

「どういうことです!」

地獄耳星崎の素早い動きに、今回はさすがに基成勇二も後ろにのけぞった。

「ちょっとぉ緋沙子ちゃん、心臓に悪いったら!。」

「センセ、あたしは聞き逃しませんでしたよ!まだ、何かピンと来ていることがあるんなら教えて下さいよぉ!確か、センセの上のお兄さんはアメリカ政府とNASAが組織した研究組織にいるんでしょ?今回の件、そっちも当然乗り出して来るんですよね?センセ、コンタクトとってくださいよ!来日したら、ぜひにうちで独占インタビューを・・・!」

「まぁねぇ、おいおい報告はしようと思ってるけど。兄だって、私に話せる話ばかりってわけじゃぁないから、取材はどうかしら。なんせ、極秘組織だし。」

逃げる霊能者を星崎は完全ロックオン。

「ですからぁ!うちはあくまでも、どんなネタでも口当たりいいおいしいオブラートに包んで読者に飲ませるんですって!そう言ってるじゃないですか!基本、嘘でもホラでもなんでもいいんです!ただ、核になりそうなネタを所望しているんです。極秘組織がほんとにあるのかないのか!そんなことうちの読者がいちいち気にするもんですか!怪しい玉虫色、それこそが我が社のカラーです!『怪奇奇談』の真骨頂!現実を忘れたい人々への究極の癒しです!」

星崎にとっては今回のことは天啓であったと言えるだろう。

怪異に飲まれたわけではない。

そういう自覚はある。

ただし、もうことはあやふやな『怪異』などではなくなってしまった。

『怪異』が『現実』とシンクロしようが、それを越え『超現実』となろうがそれはもう関係がない。星崎の姿勢・・・『月刊怪奇奇談』の編集方針が変わる事はない。変わる必要もなかった。

「すぐに兄上に連絡してしてください!いいですか、センセ!これからもは絶対に、あたしに内緒にしないでくださいよ!」

「はいはい。」ようやく霊能者は甘い酒を口にする。

「それに・・実はあたし、センセの言う宇宙のお姉さんの存在は信じ始めています。」

「それはありがたいわ。」先生は軽く躱す。「私が仕込んだ催眠かも知れなくてよ。どうせ、そんなことを譲くんに言っていたんでしょ?違う?」

「だからもう、いいんですって!。」星崎も返す。

「それはそれで話が面白くなるんですから。それにあれが催眠だとすると、先生があのタイミングでそれを仕込む意味がわからないし。」

基成御殿炎上の夜、星崎は充出版で遭遇した出来事を始めて他人に語った。

「センセがあたしにお姉さんの実在をアピールするための事後催眠だったとしてもですよ・・・ほぼ同時にセンセの家はあの警官5兄弟に襲われていた。そのことは事実なんです。先生が例え、襲われる事を予期していたとしたって、そんなことはもうどうしたって些末なことです。雅己くんの存在や、譲くんや生形君に起きたことは現実なんですから!もう、緋沙子は完敗します!」

『事実』がそこにあるのだから。もはや飲まれようがない。自ら飛び込んでしまうしかなかった。それでも、立派に飯は食ってみせる。

「ただわからないのは・・・いったいどっちの勢力が、あたしがあの村に行くことを阻止しようとしたのかってことだけなんです。あれは、どういうことなんですか?」

「私にもどっちがどうしてとかはわからないけれど。たぶん、星崎さん達が村に行くと話がややこしくなって面倒くさいと思ったんじゃないのかしらね。」

「えええっ!?それだけ?!それだけで脅されたんですか、あたし。じゃあ、じゃあどうしてお姉さんはあたしを助けたんです?。村に行かせるため?まぁ、例えどんな目に合わされたとしても、生きている限り、どんな方法を使ってもどっちみち、あたしは村に行きましたけどね!」

「姉はねぇ。」そんな緋沙子を見つめ、愛おしむように目を細めた。

「・・・話がややこしくなる方が好きなタイプなのよぉ。」

なんですか、それ、と勢いを削がれる星崎だったが。

「とにかく、とにかくこんな事件があったんですからね。しばらくは心霊ネタより、こちらが旬です。我が社は宇宙人ネタで押して押して、押しまくりますから!」

鼻息は再び全開だ。

「宇宙人・・・宇宙人か。」フフフと勇二は笑う。

「私もあなたも宇宙に暮らす宇宙人、なのよねぇ。」

「そういう頓知、もういいかげん聞き飽きましたからっ!」

編集長の目はもはや完全に座っている。


スパイラル・スリー 第十三章-4

2014-04-05 | オリジナル小説

       宇宙のお姉さん

 

その夜、譲は眠れなかった。

家に帰ってすぐにアルバムを探した。なかった。

大学時代からのと大学の卒業アルバム。生形義宏の存在と融との交遊関係を示すものは何一つなかった。消えていた。以前、鬼来雅己のマンション(自分が住んでいたこともあったとはいまでもまったく信じられない)に彼のプラーベートを示すものが一切ないと基成先生に指摘されたことを思い出す。

残されていた雅己の持ち物は、一月そのままになっていたが身許保証人や係累者が一人もいなくなってしまったので結局は平さんが業者を呼んで処分したと聞いた。その時に立ち会った基成勇二は、以前の借り手が岩田融であったことを改めて不動産屋で確認したのだという。

深夜、譲はコタツに入ったままただただ、暗澹としていた。

融の大学時代のすべての記憶には鬼来雅己がいる。友として。

しかし、実際に側にいたのは別の人間だったという。

最初のゼミで一番後ろの席にいた譲の隣に偶然座った。遅刻して来たうえに派手に文房具をまき散らした。それを拾ってやったのが縁で話をした。次にとる講義が同じであったことから学食を共にした。最後の講義では隣り合ったもの達と共に居酒屋に乱入した。人見知りな譲が大胆になれたのは彼がいたからだ。そして大学の七不思議だ、田舎の怪奇談だUFOだとかでえらく話が盛り上り、2次会のカラオケでアニメソングを歌いまくった。夢中になったアニメや特撮も一緒だった。そしてそのままへべれけになって初対面の彼の家に譲は泊まってしまったのだ。そして、次の日、2人はそのまま一緒に講義に向かう。二日酔いで。

話せば話すほど、趣味が合って超常現象サークルを立ち上げることになって、彼が会長、譲が副会長。様々な企画を2人で考えて、仲間が次第に増えて行って本当に楽しく毎日充実していた・・・あれが、全部別の人間との間に起こったことだったというのか。夏休みにお化け屋敷のバイトにいそしんでいたのは生形だと本田美花は言う。合宿で譲とバンガローの屋根から飛んで掌に怪我をしたのも・・・

霊能者が推察したのは2年前に鬼来雅己との接触があり、なんらかの方法で記憶のすり替えが行われたのだろうという話だった。

18才からのすべての記憶、7年にもわたる全ての思い出。

それが偽物だとされた今、譲には大学時代からの思い出がすべてなくなってしまった。

涙も出なかった。食欲もわかず、ただただコンビニで買った袋を開く気力もなく見つめていた。コンビニでおでんを見れば、キライは卵と大根が好きだった、と思う。

お握りを見れば、あいつは昆布とおかかしか食べなかったと懐かしむ。

どれがすり替えられた生形の記憶でどれがすり替わったあとの鬼来雅己の残した記憶なのか。判断がつかない。何を見てもむなしかった。

寝た記憶はない。

でも気が付くと辺りは真っ暗になっていた。

『譲くん』いつの間にか、コタツの上に宇宙のお姉さんがいる。手つかずのコンビニのお弁当とお茶の横に。譲が買ったチョコエクレアを目の前に差し出す。

『食べなよ。甘いもの、疲れた時にいいよ。』

以前、融が見たまんまの容姿。テーブルの真ん中に座り込んで、譲の目を覗き込んだ。掠れた声をやっと出す。

「・・・宇宙のお姉さん?」疲労感が強くて驚きがわかない。

『そうよ。』子供にしか見えないお姉さんがニッと笑う。小さな口の中に揃った小さい歯が並んでいる。かわいらしいと感じた。

『ひどい目にあったね。』

「まいったよ・・・どうしていいかわからないんだ。」するすると愚痴が引き出されていく。自分でも不思議なくらい。

「キライが俺の知っているキライじゃないなんてさ・・・今も信じられないんだ。生形さんって人の記憶がキライとすり替えられただなんて・・・どうしたら信じることができる?。だって、それ以外は思い出せないんだよ・・・がんばって深く思い出そうとしても出て来るのはキライの顔ばかり。それもキライが死んだときのこと・・・今も頭に焼き付いて来るんだよ。怖い・・・怖くてたまらない気持ちになる・・・思い出すのも忘れるのも。どっちがほんとか嘘なのか・・・考え出すともう、気が狂いそうなんだよ。なんだか、俺、泣いちゃいそうな気がする・・・」

『泣いてもいいよ。これはあんたの夢だから・・・わたしの他は誰も見ていないもん。』お姉さんの表面は冷たい手が伸ばされて頬に触れると、融は自分の目から涙がこぼれ落ちるのを感じた。どうせこれは夢だ。子供のように泣いたって誰も笑わない。

泣きじゃくる融の頭は細い腕に引き寄せられ、柔らかい胸に押し付けられた。なんだか、暖かいいい匂いがする。

『大丈夫、あんたは狂ったりしないから・・・あのね、脳の記憶野に付けられた傷はゆっくりと回復して行くんだ。完全とは行かなくても修復が可能だから、そのうちどれがどの記憶かちゃんと区別がつけられるようになるとわたしは思う。」

「俺・・・直るの?」くぐもった自分の声。しかし、わずかな回復の印かもしれない。鼻水がお姉さんの服にたれているのではないだろうかと、譲は気になってきた。

『・・・だた、そうなったらあんたは鬼来雅己くんを憎まずにいられなくなるだろうけれど・・・それでもいい?』

それはそれで苦しいけれど、覚悟しなくてはいけないよと少女は言った。

「俺はキライを憎みたくない・・・」それは今の融の正直な気持ちだ。

『じゃあ、考えて見て。いい?あんたは2人の友達を持っていた。』

お姉さんの声は優しい。体は暖かい。良い匂いがする。

『2人分の思い出を持っていればいいの。一人は忘れていたけれど、すぐに思い出す。もう一人はその忘れていた友達と重なっているところもあるけど、そうでないところもある・・・思い出が2倍になるのって素敵じゃない。』

「そうだね・・・そうだね・・・」

『さぁ、あんたが冷静に記憶を修理できる手助けをしてあげる・・・』

そういうと譲の顔が上に持ち上げられた。内側から輝くような糖蜜色の瞳。

「なにをするの・・・?」

『勿論、あんたの大好きな宇宙の技。わたしからのプレゼント。』

お姉さんの唇が譲の口に触れる。譲は目を閉じた。口の中に爽やかな冷たい液体が広がって行く。味は感じないが、すごく喉が気持ちいい。気管から肺から食堂や胃や腸までリフレッシュしていくようだ。

お姉さんの腕はいつの間にか、離れている。

譲はゆっくりと倒れた。真後ろにコタツに下半身を入れたまま。

小さな手が肩に脱いだままだったダウンジャケットをかけた。

涙に濡れた頬のまま、譲は静かに息を吐いて眠っていた。


スパイラル・スリー 第十三章-3

2014-04-05 | オリジナル小説

         編集室にて

 

譲が充出版に戻ったのは事件から一ヶ月近く経ってからだった。

久々感にとまどいながらもやる気に満ちて会社に到着すると見覚えのある車が脇の狭い駐車場を独占していた。この光景はデジャブだな、などと思っていると大きな4WDの窓が開く。「全快したようだな。」エレファントが仏頂面(しかし気のせいか口元が綻んでいるような?)を覗かせた。「車、直したんですか?」

「牡丹がな。さすがにプロの手が大半だがね。」「すごいな。」鬼来村で破壊された車の現状を見てはいないが聞いてはいた。買い替えた方が早かったのではないか。

「遅刻するぞ。」そう言うと窓は閉じられた。

あくまで降りて階段を登る気はないらしい。4階の編集部へ向かう途中、数少ない社員達がそれぞれ挨拶やねぎらいや愚痴を言いに顔を覗かせた。

星崎達が大変だったらしいということを当時は推察する余裕はなかった。

しかし豪腕星崎、自ら2人も3人もの働きをして『月刊 怪奇奇談』最新号を無事刊行している。譲は事務室名物のツインズ女子達から最新刊を受け取る。

「お待ちかねよ。」ユニゾンで2人は上を指差す。

「今や、ますます名声が上がったって感じ。」

「その忙しい先生が譲くんが来るって聞いて今朝から来てるんだからね、びっくりしちゃうわ。」

そりゃ、確かにびっくりだと慌てて階段を駆け上がった。

「お帰り~!」まず、星崎緋沙子から譲は熱烈にハグされた。

「きっと戻って来ると信じてたわよぉ!」

「お帰りなさい、譲くん。」

狭い空間にはまった応接セットをさらに狭くして基成勇二がニコニコと座っていた。思えば、霊能者とちゃんと向き合うのも一ヶ月ぶりであった。「基成先生・・・」先生と話したいと思いつつ、いざそれが叶うと何から話したらいいものか言葉に詰まった。

「まずは、私の連載、読んでみてよ。」「そうそう!」編集長も破顔しつつ、狭いテーブルに乗ったお菓子などを押しやって来る。澄まし顔したツインズの片方が狙いすましたようにお茶を運んで来た。3人分ある。「今日は仕事復帰一日目だからね、こき使ったりしないわよぉ。まずは一服してちょうだい。」譲は恐縮しつつ、最新号を手にした。星崎が霊能者に約束した通り、本のタイトルとほぼ並ぶくらいに基成勇二!の文字が踊っている。赤に金のこれでもかの縁取り。基成勇二の顔の大アップに被るように『村、消滅の真実を解く!』とくれば嫌でも目につく。パラパラとめくった。

「融くんは知らないだろうけど、あの時は基成先生も随分、警察に怒られたのよねぇ。」譲が目を通す傍らで星崎がさりげなく時を戻し始めた。

「そうなのよぉ。」と、先生も眠たい猫のような大きな顔を揺すった。「夜明けを待たずに、雅己くんを探しに山に入ったからって。」「危険なことするなってことなんでしょ。」「まぁ、確かにねぇ。でも、一人じゃないし。あのスヴェンソンさんって強そうな人も一緒だったじゃない?2人で灯りを持ってわかり易い登山道を登って行っただけなのよね・・・特になんの危険もなくあっと言う間に頂上に着いちゃったから、そこから道なりに降りて行っただけ。」「雅己くんには会わなかったんですよね。」

「そうなの、だから・・・彼が生きている可能性だって捨て切れないわ。」

先生がそう言った瞬間だけ譲の顔が上がったが、彼は何も言わなかった。それより先に星崎が「じゃあ先生はあのひどい低気圧の最中はもう山を下りてらしたの?」そう聞いていたこともある。勇二はうなづき「それよりも聞いた?」と譲を見る。

「その本にくわしく書いてあるから、早く読んで欲しいんだけど。」「我が社の取材の勝利よぉ!」星崎が譲の膝を叩く。痛い。「・・・なんなんですか?」勿論、編集長と霊能者は譲が読むまでなんか待てなかった。

「あの嵐はね、異常だったの。なんでも突然の気圧の急降下の原因がまったくわからないって言うしぃ。」「それに、動物達の異常行動がすごかったみたい!嵐の少し前から、山からぞろぞろ野生動物が逃げるように降りて来たとかさ。近隣の飼われている動物が吠えたり暴れたり。」「鎖を切って逃げた犬もいたし、小屋の板を壊して豚や牛も逃げたの!それで、眠れなかった人達が大勢いたのね、そこにあの大嵐じゃない?あげくに山が崩れたんだからさ。もう、大騒ぎよ。」

「・・・天罰だって言ってる人達もいるんですか?」記事の一つに目を通した譲は顔を顰めた。「失踪した村は・・・死人帰りの忌み村だったからって。」

「そういう噂も確かに蔓延しているわね。」星崎も苦々しくうなづく。「読んでもらえばわかるけれど、うちの記事の方針では村の人達はむしろ事前に大惨事を予期してどこかに避難したんではないかと、そうまとめているわよ。姿を消したマチュピチュのインカ人のように優れた能力を持った人達がどこかの次元に姿を消したのではないかって、ねぇ?」それは霊能者に向けたものだ。

「ワンランク上のステージに彼等は上がったんだと思うのよねぇ。」

うなづいている霊能者に「先生は・・・本当にそう思っているんですか?」

「ええ、だって。鬼来村の人々は宇宙人の末裔、でしょ?」

「知っているんですか?もしかして、先生は・・・いや、僕は夢を見ていた間、あの時のような別の次元にいたとかいうことはないんでしょうか?」

思わず身を乗り出す。「やめなさい、譲くんの夢じゃセンセは死んでいるのよ。」

低い声で星崎が叱咤し、勇二も静かに首を振る。

「あなたが気を失っている間に何を見て、何を経験したかは残念ながら私は共有していないから・・・あなたにしかわからないわ。ただ、私にも見えたものもあるの。山の奥に隠された宇宙船とか。そういうことはそれ、その記事の中にみんな書いてあるわ。」譲の期待は瞬く間にしぼんだ。「そりゃ・・・ですよね・・・」

「何を見たの?私にも話してみない?」勇二に促されるまま、融は星崎と平にしか話していないことを途切れ途切れに語る。星崎も口を挟まず、最後まで聞く。

雅己との会話、現れた基成勇二。小さな宇宙人、『兄貴』と勇二の戦い。雅己の死。そして基成勇二の死。

勇二の死の話の瞬間、星崎は心配そうに霊能者を仰ぎ見たが当の本人は興味深く耳を傾けていた。

「うん、うん。前にあたしが聞いた時と細部もまったく変わってないわ。」

「あの・・・全部、夢・・・でしょうか?」

「あなたの意識と超現実が入り交じっているようね。」基成勇二は笑わなかった。

そう言えば、と譲はふいに思い出す。雅己の死体を見下ろしていた時に誰かが後ろから・・・あれは神月にいたガンタではなかったのか?いや、まさか。あの時は自分はまだ彼に会ってはいなかったはずだから、あり得ない。

「そう言えば、譲くんは知らない話があるのよね。」

そう星崎が話し始めたのは警察が発表していない様々の不祥事のことである。

「それじゃあ・・・」勿論、譲には初耳である。「呪いを演出していたのは、やはりあの警官兄弟ってことなんですか?彼等は何者なんでしょうか。指名手配されたのに消息も掴めないんですよね。いったいどこへ消えたんでしょうか。」

「調べてみたんだけどね。ほらうちの素子、エレファントよ。」基成勇二が座り直すと安物のソファがギシギシと鳴った。

「勿論、警察もマスコミも調べてるんだろうけど。わかったこともたくさんあって。あの兄弟は、大陸の産まれなの。それも北欧の旧ソ連領ね。父親は日本人となっている・・・関西の人で向こうで亡くなっているわ。母親も早くに亡くなって10代で日本に引き取られたことになっている。その辺の経緯があいまいでねぇ。日本国内に父親の身寄りはいないはずなんだけど・・・養子にした吉井って男がどうもはっきりしないのよ。これも数年前から行方不明になっているの。どうしても警官だった吉井武彦に世間の注目が片寄りがちなんだけど。私が気になるのは、弁護士をしていた吉井隼人よ。彼の身元引き受け人は北村荘蓮って言って『大北組』っていうヤクザの組長だったわ。」

「でも今回の事件と新宿に事務所がある大北組との関係はよくわからないの。ヤクザは『鳳来』と言う男から彼を紹介されただけだと言っているらしいし。鬼来村で構成員がほとんど逮捕された鴬谷にあるやくざと大北組の関連も警察は証明出来なかったからね。」

「その『鳳来』って男は妹さんをもってしても未だに正体不明ってわけですね。」

「そう、まるで『記号』よ。忽然と現れた実体のない記号。」

基成勇二は婉然と笑った。

「彼こそが鬼来村を襲わせた黒幕。敵対する宇宙人だと、私は思う。」

「なぜ、雅己や基成御殿を襲ったりしたんですか。」

「だからこれは警察ではない、私の意見。」基成先生は真面目な口調で「あの兄弟は『鳳来』に繋がる鬼来村の人達と対立する勢力だったわけでしょ。私の家をぶちこわしたのはあくまで雅己くんがそこにいたからなんだと思うの。」

「対立ってなんなんでしょうか?」

「くわしくはわからない。だけど、とにかく命のやり取りよ。片方が片方を滅ぼす的な?何しろ片方は宇宙人の末裔なんだから、それを襲う奴らはさ。」

「外宇宙から飛来した新たな宇宙人、ですよね。」星崎がこともなげに引き取る。「ちなみに、うちらの次からの連載はそちらに流れて行く予定だから。次回から『鳳来』って記号も登場させる。それにともなって消えた証拠品うんぬんも小出しにする予定。譲くんの担当よ、よろしくね。」

「この内容ならば、警察も文句は言わないって言うか、わざわざ相手にしないで済むしょ。例え、宇宙人の一人が警官だって書いたって誰も真面目に信じないものね。」

勇二も星崎も得意そうだ。「売れてんのよぉ。最新刊!」

「はあぁぁ。」譲はため息を付き本をテーブルに置く。

「何がなんだか・・・壮大な話ですよね。」

「譲くんさ。」霊能者がその様子をじっと見つめながら「あなた残酷なようだけど、雅己くんのことはもう忘れた方がいいかも。」

「忘れる?」むっとする譲から、霊能者は星崎に視線を移した。

「そう、星崎さんあなたもね。ああ、そうだ。昨日、電話で頼んだあれ、探しといてくれたかしら。」「あっ、はい。」星崎は一瞬緊張した顔をして後ろの自分のデスクに手を伸ばす。譲はキライを忘れることなどはできるはずはないと思っている。だいたいそんな指図、受ける理由がわからない。

「キライは・・・死んだからってことなんでしょうか。」

「本当はね。」霊能者は深刻な顔の星崎からファイルらしきものを受け取った。「ほんとは平さんにも同席して欲しかったんだけど・・・ほら先日、桑聞社の会長が亡くなったからしばらく忙しくて来れないみたいなのよ。雅己くんが会社に就職した経緯を会長さんから直に詳しく聞きたかったんだけど。あの直後に倒れてずっと危篤状態だったのよ。」「それが関係あるんですか?」

霊能者は浮けとったファイルを開くことはない。

「あと、もうそろそろ来ると思うけれど。星崎さん、ごめんなさいね。ここを勝手に待ち合わせ場所にさせてもらったわ。」

「いえ、それは昨日伺いましたから。それは構いませんけど・・・一体、誰が来るんですの?」それは星崎も知らない。

そう言ってる側からツインズの一人が客を案内して上がって来た。

 

         本田美花

 

現れた客を見た融は、一瞬誰だかわからなかった。

それほど時間が経過していたということでもあり、相手が変わっていたということでもある。「・・・本田さん?」

それは大学時代に鬼来雅己と付き合い、河童の出る僧坊に泊まった女の子。いや、もう女の子ではない。黒っぽいスーツの上下に身を包んだショートヘアはキチンと化粧も決めた女性のものだ。彼女は鬼来雅己と別れた後、一時期譲と付き合った。あげく『やっぱり雅己くんが忘れられない』と告げられ、数日で振られたという因縁の相手である。案内されて来た本田美花は譲を見なかった。

「わぁ!基成勇二!本物だぁ!」目をキラキラとさせて霊能者に向かってまず、「すいません!やっぱり信じらなくて!ここに来るまで半信半疑だったんです!」「いいのよ、こちらこそ。疑うのが当然よ。突然、電話して悪かったわね。」「いいえ!ファンですから。」美花はニコニコと勇二と握手を交わす。続いて紹介された編集長にも「充出版の本も全部、愛読してます!最新刊、面白かったです!回りにも勧めちゃいました!」さすがミステリーサークルの会員だった女である。嬉々として言葉が弾んでいる。

「今日は仕事を休ませて申し訳なかったわね、大丈夫なの?」

「あっ、はい。幸い、予約はいま入っていなかったので。本物の基成先生に会えるチャンスですもの仕事の一つや二つ!」

理解不能な顔をしている譲と星崎に霊能者が改めて彼女を紹介する。

「今は祭典業界にお勤めしている本田美花さん。譲くんと同じ大学出身よね。」

「はい・・・同期ですけど。」

怪訝顔の譲に本田美花は心なしか、固い視線を送ってすぐに反らした。

「譲くん。」そう言われて譲は美花に自分の場所を譲り、自分のデスクの椅子をとりに行く。「私、今日、基成先生に会えるって話じゃなかったら来るつもりなかったんですよね。」融と目を合わせないまま、美花は勇二に愛想良くそう言って座った。なんだ、それは?俺がいるから?譲は釈然としない。どっちかというと俺が美花にひどい仕打ちをされたわけであって、いや、その前になんで美花がここに?

お茶を運んで来たツインズが、部屋を出て行く。

「本田さん、頼んだもの持って来ていただけました?」

「はい。」そう言って美花が大きなショルダーバックから取り出したのは大学の卒業アルバムだ。他にもアルバム的なものが数冊、積み重ねられる。

物問いた気な視線が集中した霊能者がおもむろに口を開いた。

「今日、わざわざ来ていただいたのはある質問をする為です。・・・本田さんは鬼来雅己くんを知っていますか?」

「いいえ。」美花の返事は驚くべきものだった。

「いったい誰でなんですか?その人は。」

 

 

          真実

 

「うっそー!」譲は小さく叫んでいた。

「何言ってんの?だって、君はキライと付き合って、付き合っていたから・・・!」

「それはこっちの台詞です。」美花がキッと睨みつける。

「そんな人、知りません。誰ですか、それ。」

「いや、だって、ほら3年の時、東北のお寺に泊まっただろ?君たち・・・ほら、あの河童がさ、でさ、あのトイレで・・・」

「確かに泊まりましたけど!でもそれは○○君ですし、そもそも私が付き合っていたのは○○君でしょ!何言ってんの、岩田君!○○君のお葬式にも来なかったくせに!」今や本田美花は敵意をまっすぐにぶつけて来る。「サークルのみんなだって怒ってるんですから!そりゃ、岩田君は○○君と一番、仲が良かったからショックだったのはわかるけど。だからと言って、あの態度は許せない!今日だって充出版は大好きだけど、岩田君がいるから・・・基成先生に頼まれなきゃ誰が!」

「はい!そこまで!」パンと霊能者が手を打った。

「本田さん、○○君のお葬式の後で譲くんが何をしたか、教えてくれる?」

納得がいかない譲を星崎が制する。「とりあえず、聞きましょ。」

「岩田君はぁ・・・」美花は唇を噛んだ。「彼のお葬式に来なかっただけじゃない。私達の誰とも縁を切ったんです。もう、付き合う意味がないって。」

「はぁぁ?」譲は口を開ける。それよりも不可解なことはさっきから何度も話に出ている○○君という名前がどうしても融には聞き取れないのだ。そのことが譲を限り無く不安にする。

「誰が?いったい誰が、死んだって?」美花がまた睨みつける。

「○○君って言うらしいけど、覚えてないの?譲くん。」星崎も不思議そうに。

「本田さん、○○君のフルネームを教えてくれる?」「○○○○です。」

霊能者は手近な紙にスラスラとボールペンを走らせる。差し出されたそれには『生形義宏』と書かれていた。「・・・誰ですか?」「誰ですかって!?」本田美花が大きな声を出しかけるのを基成勇二が止めた。

美花は気を落ち着ける為かお茶に手を出す。

「本田さん、アルバムを貸してくださる?」

譲は見た。本田美花が持って来た卒業アルバム。鬼来雅己の名前はない。譲も持っているはずのサークルで撮った写真の数々・・・融の隣にいつも映っているのは雅己ではなかった。知らない顔。「彼が生形くんなのよね。」美花がうなづく。

「彼は岩田君とサークルを立ち上げた人です。いつもいつも2人で企画を立てて、大騒ぎしていて・・・生形君は優しくて面白くて・・・でも、彼は怪奇やUFOが好き過ぎて、いつもそればかり考えていて・・・私は彼に付いて行けなくて・・・その時は怒って別れたんです。でも、彼の企画力やリーダーシップは認めていたし。私も歴史の史跡や廃墟は好きだから・・・卒業した後もサークルのみんなと一緒にあちこち行くのは楽しかった・・・」

「生形君は大学を卒業したあと、どうしたの?」

「お父さんが倒れて家業を継ぐって岐阜に帰りました。」

「いつ、なんで亡くなったの?」

「4年前に・・車にひき逃げされて。」美花は下を向く。

「犯人は?」「まだ、捕まってません。許せない・・・!」

呆然とする譲の手からアルバムが落ちた。鬼来は家業を継ぐ為に一旦、郷里に帰った・・・それは譲の記憶だ。

「いい?雅己くん。」星崎が基成先生から浮けとったファイルを開く。「私も驚いたの・・・私もすっかり失念していたんだけど。」それは遥か昔、譲が充出版に入る時に提出した履歴書だった。「住所を見てみて。」東京都新宿区中野・・・

「これは?」「雅己くんのマンション。あなたはここに入社した3年前には、あそこに住んでいたみたいなの。私もあそこに行ったくせにまったく思い出さなかった。」

「融くん、あなたは2年前に雅己くんと歌舞伎町で再会したって言ってたそうだけど・・・どうやら、その後で小平に引っ越してるの。」

「中野から・・・?」譲の記憶は叩けどもうんともすんとも言わない緩んだ太鼓の膜のようだった。音が全てどこかへ吸収されてしまうような居心地の悪い感覚。

「その後に彼はあなた達に絶交を告げて、携帯も変えたのよね。」

ようやく本田美花も何かがおかしいと感じ始めたようだ。「あっ、はい。そうです。生形君の葬式にも来ないし、いきなりだったんで・・・彼の住んでいるところへ押し掛けた仲間もいるんですけど。もう、知らない人が住んでいたって。」

「それが、雅己くんかもね。」「ねぇ、これっていったいなんの話なんですか?」

「本田さん、話を続けてくれる?」

「あっ、はい。それで、その・・・新しい住所も誰にも教えてくれないし携帯も変えてしまったから・・・本気で私達と縁を切るつもりなんだって・・・みんなで怒りました。充出版に勤めているのは知ってましたけど・・・そこまでされたら誰もわざわざ連絡しませんよね?」

「譲くんも連絡とらなかった?」コクンと譲はうなづいている。乾いた唇を何度も舐めた。「仕事が忙しかったし・・・キライが側にいたから。」

大学の他のみんなと会おうなどということはひとつも思いつかなかった。他の誰からも連絡がなかったが特に異常だとも思わない。そういえば、年賀状・・・

来た記憶も出した記憶がない。なんで不思議に思わなかったのか。

鬼来雅己がいたからだ。休日は彼と会いバカ話をし彼と小旅行に行ったりした。仕事でも頻繁に会い、一緒に取材したり徹夜したり。2年間、譲は他の友人関係をまったく必要としていなかった。


スパイラル・スリー 第十三章-2

2014-04-05 | オリジナル小説

        イリト・ヴェガ

 

600光年の果て。

巨大化したペテルギウスを遥かに望むオリオン連邦の中枢ではイリト・ヴェガが執務室にいる。しかし、これを部屋と呼んでいいものか。暗い宇宙、360度に囲まれて浮かんだ空間だ。中枢の全てを集めた巨大な人口惑星から通路で繋がれた大きく突出した空間とでも説明しておこう。その透明な小惑星ほどの空間の真ん中にもう一つ透明な球体が浮かんでいる。そこはイリト・ヴェガの生活次元でもある。

イリトが手に入れたプライヴェートスペース。

その小さな惑星・・・イリト・ヴェガ星とでも呼んでもいいスペースの中にそれぞれのパートが浮かんでいる。そのひとつ、イリトはまるで大きなベッドのような執務室に横たわったまま立体パネルに声で指示を出し続けている。し残した仕事を自宅で片付けている状態ということだ。

やわらかで柔らか過ぎない素材が体の筋力を心地よく支えている。

まことにくつろいだ様子。パネルに照らされて白い肌と金色の髪が輝いている。

「以上、後は指示を待って。切断。」

唐突にイリトはパネルを閉じた。それはイリト星の外へと排出される。中枢の人工惑星へ通じる通路の入り口まで。

「大丈夫よ、ここは絶対に誰にも聞かれる心配はない。」

イリトがそういうと目の前に蒼い光が浮かび上がった。

どこから来たのか、アギュレギオンが執務室の端に腰掛けていた。

「本当にダイジョウブなんですかね。」やや皮肉な口調だ。「チュウスウのアナタへのシンライは絶対だと?大したジシンだ。」

「私に嫌みを言いに来たの?それとも警告?わざわざ600光年先から、私のベットルームへ?」イリトはくつろいで伸びをする。「色っぽい話のひとつもしたいところだけど、さすが残業の後じゃねぇ。それにあなただってここまで往復するにはちょっとは手間でしょうよ。」

「いえ。ワームホールを使いますから、ホンノ1、2分ですかね。」

今度はかなり改まった言い方。「ワタシの体感時間のモンダイもありますが。あとワタシがどのテイド、ハヤクここに着きたいかとかもエイキョウするでしょう。でも、実際はゴサはそんなにないはずです。」

あれ以来アギュはいつも分裂している、とイリトは感じる。

「ねぇ、あなた・・・ほんとは受付なんか通さなくても、じかにこの部屋に入れるんじゃないの?」イリトは毎回感じている疑問を口にした。

「とっくに連邦が作った最新の次元バリアーなんか、いくらでも突破できるようになっているとか。そうじゃないの?。」

「まさか。」イリト星中心に灯る灯りの中でアギュの目はなんの表情もない。

「そんなはずないでしょう。試して欲しいんですか?」

「ぜひに、試して欲しいわねぇ。」イリトはにんまり。「とっても興味あるわ。」

アギュはフンと顔を上げる。「ダレがやるか。そっちの思うツボだ。」

今度はまた別のアギュ。イリトはため息を付く。お遊びはそれぐらいに「あなたがここに文句を言いに来たのは・・・イリト・デラのことかしら?」と問うた。

「私が自分のクローンを造ってそれと同調するなんてことをしたから、怒ってるのかと思ったんだけど?」怒ったところで中枢の特権だろが、とアギュ。

「ワタシが言い出したら・・・アナタのクローン程度では収まりません。」

アギュは冷ややかに笑う。「あのフタリを逃したシンイが聞きたい。」

「真意?」イリトは退屈そう首を傾げた。「あなたの思ってる通りよ。」

「まず、アナタ方の大半は・・・特にアナタはメンドウだった。カバナのキメラとその面倒くさいクローン達ナドはいっそ死んでくれた方がカンタンだった。」

「中枢はね、もともとカバナのキメラなんかほんとはあまり興味がないのよ。さんざんいじくり回された『始祖の遺伝子』なんか。ただ、法律は遵守されなくてはならないから・・・面倒なのよ。彼等が死んだ方が、誰も苦しまなくて良かったってこと、あなただってよくわかってるでしょ。刑罰を恐れてほぼ一族全員、命を絶ったと記録される。一件落着、カタは付いたの。」

イリトの目がきらめく。「あくまでも、とりあえずね?」

逃亡した雅己と美豆良の件が不問に伏されたと言うわけではないらしい。

「ねぇ、知ってる?キメラから取り出した遺伝子をいじって作り替える。勿論、これは連邦では今は重罪よ。そんなこんなで、もしかしてよ?生殖能力を復活できる可能性もある、わよね?。」アギュは無言で先を促す。

「でもね。その遺伝子をいじられたキメラ達の子供はね、100%繁殖できることはない。ほとんどが一代で終ってしまう。それはもう結果が出ているのよ。」

「ナルホド。」アギュの光が鋭く瞬く。「レンポウはもうそんなことはジッケン済みってワケだ。アナタのやっていたあの研究所がヒトヤクかっていたんだ。」

「だから。」あの2人はどうやっても『果ての地球』の血を汚す恐れはない。

「急いで狩り出す必要はないと、私が判断しました。」

「フン!オンジョウではないと思ってはいたが。あのフタリはイツでも殺せるというヨユウか。」アギュは唾を吐く仕草をした。

「やはりアンタは・・・アンタ達はクローン体のイノチなどアンタ達がソンザイを認めないレッカ体やキメラと同じくカチのないものと思ってるってわけだ。」

今度はイリトが無言になる番だった。

「イリト・デラはカンタンに死ぬつもりだった。アンタの為にだ。マモノのジョウホウをアンタに渡すそれだけのために。シンクロで100%タイカンしたいというノゾミを叶えるタメだ。それはスベテ・・・アンタ達のカチカンをあのデラもケイショウしているということってわけか。」

「あの子には・・・言ったんだけどね。」目はそらさないがトーンが下がる。「けして軽はずみに死んだりしないでねって。あの子は、自分をいつでも取り替えのきく部品のように思っているのよ。」

「でもジッサイ、アンタの単なるブヒンのヒトツだ。」

「違うわよ。なんだ・・・やっぱり嫌みを言いに来たんじゃないの。」

命、命、イノチ。原始星人は進化体ニュートロンが軽視する精神流体をなんと奉ることか。アギュが最高に進化した人類であっても内面は原始星人であることをつい、イリトも忘れがちになる。勿論、そういう傾向は『果ての地球』に降り立ってより顕著になったのかもしれなかった。

やがて人の心を失うと言われている最高進化、臨海進化体のアギュレギオンがだ。

イリトはそんな感慨を隠せない。アギュと『果ての地球』の出会い、運命。

「私はね、クローン体はただのオリジナルのコピーではないと思っている。信じてくれなくてもいい。これは、本当よ。クローンはねぇ、自分の別の可能性なの。」

制限がかかっているクローンであるが、中枢の主要人物にはほぼ普通に許されている。それは優れた政治家や技術者を次の世代へと引き継ぐのが目的だ。その引き継ぎは『パートナー』と同じであり、また子育てに近いものになっている。そういう子供達が負荷をかけられ育てられることは滅多にない。ゆったりと自然に成長しながらオリジナルの築き上げたすべてを学び、受け付いて行く。それはただ同じ物を受け継ぐだけではない、修正したり発展させたり。一代で成し遂げられなかったことを次に実現する為だったりする。

老化した中枢はそうして定期的に若返る。

(勿論、細胞の劣化もあるから無限にではない。新人はいつでも歓迎される。)

そして、その時に育てられるクローン体は一人でないことが普通だった。平均3人というのがありがち。(一般人の規制数が3であることを踏まえてのことだろう)

誰が次のオリジナルになるかは10才から20才になるまでにオリジナルが決める。そして残ったクローン体は連邦の端と端に散らばるように生きることになるのだが、その時彼等は自由を手にすることになるのだ。よって、オリジナルの持つ違う素質を伸ばして生きるものが多かった。例えば政治家になったが実は別にものになりたかったというような。いわば、選べなかった別の人生を生きる。

イリトが口にしたのはそういった中枢に置ける常識の話だ。

「ほんとにあの子も困ったもので・・・私が幾ら言っても夢中になると、あの時のように遮断してしまうしね。今回、あなたが機転を利かしてくれなければ、あぶなかったかもしれなわ。既に一度、ホムンクルスが壊されているというのに。そうだ、ねぇ、私の可愛いイリト・デラが無茶な戦いをしないようにあなたが見張っていてくれないかしら?」

「テに余るな。」アギュは吐き捨てた。「イリト・デラのカンシはボセンのベツブタイのシゴトだ。」「監視だなんて。」

「同じくカンシ対象のオレにカンシさせ合うというのはテマが省けるというわけか。」

確かにアギュはアギュであるわけで。普段当たりの良いアギュを相手にしているイリトが昔のひねくれ者を思い出すのはこんな時だ。

「何もかも悪くとらないでよ。」イリトは肩の力を抜いて息を吐いた。

「私だってあなたの大嫌いなゾーゾーとかに全ての補助をさせてたくはないのよ。」

「ゾーゾー?」「ああ、あなたは名前を知らなかったわね。いつもここで顔を合わせていた時も、一度も聞かなかったし。」「ああ、あの女。」アギュの目が本当に意地悪になった。「あの女が・・・あれか。」

「そうよ。エリートの彼女が・・あなたの言う母船でふんぞり返っていればいいだけのあの女が、わざわざ下界勤務を希望なさってね。まぁ、そういうわけよ。よっぽどあなたの側にいたかったんじゃないの?」「吐き気がする。」

「まぁまぁ、そう言わないで。」イリトは手を振った。

「あれでなかなか優秀なのよ。役には立つんだから。ただ、彼女は私を内心よく思っていないの。イリト・デラのことも軽視している傾向があるから、それが心配の種でもある。身を挺してあの子を守ることは期待できないし、無駄というもの。」

「だったらコウテツしてしまえ。」

「表面的にはなんの落ち度もないエリートを?そうもいかないのよ。」

「なら、オレがつまずかせてやる。」イリトは頭痛を押さえる振り。

「できる限り、止めて。私の可愛いクローンが苦労するから、なんてね。」

アギュの冷たいまなざしにめげず、イリトは自分の土俵を築き始める。

「それよりも、あなたに言っておきたいことがあるの。」

アギュが怪訝な顔をした。「もう帰るところなんですけど?」

「『果ての地球』のことなんだけど。今の所、連邦とカバナの遊民が出入りするぐらいだけど・・・近いうちにカバナの本隊の方からの干渉が始まることでしょう。」

アギュの眼差しがシリアスになったのをイリトは確認する。

「レンポウのジョウホウ網か。」

「言っておく事は、そうなったらカバナボヘミアンの目的は惑星の強奪になるだろうということです。先住民は排除される。」アギュの光が白味を帯びて行く。

「銀河系のオリオン腕から撤退したカバナ人達がペルセウス腕の中で植民星を造らなかったのはなぜか。彼等は故郷であるオリオン腕に未練があるから。そして星を持たない彼等は星を欲している。改良や開拓の時間のかからない惑星を。それもオリオン連邦の正規のメンバーではなく、休戦協定ラインぎりぎりに存在するちょうどいい星。」「・・・そうはさせない。」

「勿論、これは連邦軍の軍師であるあなたの仕事になります。」

イリトは命令する。「カバナが攻略を進めた場合、彼等は我々を敵としカバナが地球人達の味方であるように装うでしょう。星は二分されます。あなたはその分裂を出来る限り小さくさせなくてはならない。勿論、多数派が連邦になるように。来るべき侵略戦争に備えて、彼等に準備させなくてはならない。」

「ジュンビ?」

「優れた人材をこちら側に付けなさい。そして、その人数を可能な限り増やしていかなくてはならない。勿論、情報を与えることはいきなりであってはならない、小出しに徐々に浸透させること。来たる時に耐えうるベースを彼等の意識上に造りあげることです。これは上陸部隊だけではない、別働隊、母船部隊にも近く同時に出される命令です。」

イリトは一旦、言葉を切る。

「勿論、『船』を探す事の重要度も変わりはありません。カバナが欲しているのは惑星だけではない。命を産み出す仕組みです。『祖の人類』から『果ての地球』にもたらされたシステムでもある。それは断じてカバナに渡してはならない。」

「それが・・・『ホシ殺し』ってことか。」

「産み出す事と殺すことは同じシステムが持つ機能ですから。」

「わかった。」アギュの光はどんどんと光度を増していた。白い内側の中で蒼い肉体が燃えるように、その中心はオレンジ色に輝いている。

「ユウリの惑星を守りなさい。」

イリトがそう言い切った時、アギュの姿は跡形もなく消えていた。

目を閉じて網膜に焼き付いた残像を見つめる。

罪悪感。自分の好奇心を満たす為だけに負荷をかけてイリト・デラを造ったことだけではない。アギュレギオンが『果ての地球』へ行くことを希望した時、大切な臨海進化体を手放すことを中枢のほとんどが大反対した。しかし、アギュを後押ししたのはイリト・ヴェガである。

臨海進化体の逃亡はいずれ必ず起こる。臨海する体の仕組みがわからない以上、防ぐ事は出来ない。それを防ぐもっとも友好な方法。それが『果ての地球』の存在だとイリトは進言したのだ。神代ユウリの産まれ故郷の星。それがある限り、アギュはそこから離れない。イリトはそう推察した。そして『果ての地球』が連邦の保護下に置かれる限りは、彼は連邦に留まるはずだ。

そしてそれは、その通りだった。

イリトが今、『果ての地球』に迫る危機をちょうど良かったとばかり、アギュに直接告げたのもアギュが逃亡を図る可能性を完全に潰すためであった。

アギュは死ぬことがない臨海進化体が持つすべての力で『神代ユウリの故郷』を必ず守る。守り続ける。

イリト・デラを危険に晒さない為に逃亡を許した(イリトはそう報告している)あの2人については母船が追尾することは勿論だが・・・アギュレギオンもそれなりに注意を払い続けることも織り込み済みだ。

『あれの片方には魔物が憑いているんだもの。簡単に殺すには惜しいわ。次元能力を高めたであろうアギュにいざとなればサポートさせ、基成勇二を使って魔物を捕らえることも可能なはず。それまでにデラには力を付けてもらわねばならない。』

「私って悪い女。」イリトは疲れた瞼に手を重ねる。

中枢の一角に食い込んだイリトもやがて自分の後継者を育てることになる。完全体クローン。彼女が手がけた様々な研究、政治、駆け引きを、己の欺瞞すらも栄養にして生きる力を学ぶだろう。

「可愛いデラちゃん。あなたが命を捧げる値打ちが・・・果たして私にあるのかしらね。聞こえる?デラちゃん?」

イリトが集中すると溌剌と生きているイリト・デラこと基成勇二の鼓動が響いて来た。このシンクロはほとんど一方的なもので、勿論アギュとイリトの会話は霊能者には聞こえてはいない。

「デラちゃん、あなたはね・・・私が降り立つことのない惑星で別の生をまっすぐに生きる。いいこと?あなたは私の・・・」

イリトは体を伸ばし眠る為にやわらかな素材に沈んで行く。

「・・・希望の星よ。」


スパイラル・スリー 第十三章-1

2014-04-05 | オリジナル小説

        13・嵐の後

 

         鬼来村消滅

 

日付の変わった深夜、未明。

人々は信じられないものを目にすることになる。

鬼来村を背後から守っていた里山が突然、崩れ去った。

 

突如、群馬県の北上空に発生した巨大な低気圧が雷雲から500ミリを越える雨と30mに及ぶ風を周辺の山々に叩き付けた。それにより山の斜面が鉄砲水により300平方メートルに渡って崩れ落ちたのだ。

鬼来村と呼ばれた小さな集落はそれに完全に飲まれた。

幸いな?ことにその村の住民は2週間前から全員行方不明であったので・・・村からの犠牲者はこの時点ではなかったと思われていた。ただし、彼等の行方を突き止める手がかりは失われてしまったと言わざるを得ないが。

嵐が直撃する直前まで、そこには数台の警察車両と警察関係者数十人がいたが既に全員その場を引き上げた後であった。

暴力団関係者数十名の護送に手がかかった為、現場検証等が夜開けを待って行われることになっていたことはまさに僥倖としかいいようがない。

その場にいた一般人は基成素子と基成牡丹、星崎編集長と平副編集長。岩田譲とその妹香奈恵、香奈恵の付き添いのガンタ・スヴェンソンとナグロス神代の8人。彼等も事情聴取の為に県警本部に既に無事、移動していた。

全員が自分の幸運に胸を撫で下ろしたことだろう。

 

目を覚ました時、側にいる妹に岩田譲が驚いたことと言ったら。

驚いたと言えば霊能者、基成勇二はシドラと共に嵐の去った後本部に出頭していた。

鬼来雅己を見付けられなかったと2人は告げた。山の頂上を挟んで向こう側の沢にいた彼等は難を逃れることができたのだと言う。濡れて泥だらけになった2人は消防団の車に林道で助けられ山を下りた。村へ続く唯一の県道が寸断された為、関係者しかしらない林道で回り道を強いられての帰還だった。

しかし、2人は元気で傷ひとつなく仲間と再会を喜びあった。

そして。懸念される唯一の犠牲者。行方不明にして、生死も不明。

鬼来雅己、1名。

 

 

         譲の帰郷

 

そのことは岩田融には到底、受け入れられることではない。

信じられなかった。事実だと納得するしかないと悟った時から、彼がしばし腑抜けのようになったからと言って誰が咎めることができよう。

 

岩田譲には雅己と共に船で見聞きした記憶がある。

しかし、それを警察に話すわけにはいかない。

宇宙人の末裔。UFOと大勢の小さな宇宙人達。『兄貴』と霊能者の戦い。

いかにも怪しい雑誌編集者の妄想めいていた話であるし、到底信じてもらえそうもなかったからだ。その上、基成素子と牡丹、そして後から来たと言う実の妹が自分は睡眠薬を飲まされずっと眠っていたというのである。雅己がいなくなり、基成勇二が彼を捜索する為に香奈恵の連れの女性と裏山に入ったことも記憶にない。なぜ、その時に一緒にいなかったのか。雅己を見張っていろと指示した編集長は一言も彼を責めなかったのだが。村が襲われた時も、妹が来た時もただ眠っていただけだった自分を譲自身が責めていた。

それに自分がリアルに体験したと思っていたことに、まったく信用が置けなくなってしまったことも彼を苦しめた。

面白がって聞いてくれたのは、星崎緋沙子と平だけである。それも、基成勇二が死ぬのを見たと話す時点で2人とも首を振った。なぜなら基成勇二は生きている。

しかし、目を閉じると勇二の首が飛ぶ映像が鮮明に甦るのだから始末が悪かった。

死んだ雅己の遺体の断面もが鮮明に瞼に浮かぶ。

今度こそ。今度こそ、自分は夢を見たというのだろうか。

基成勇二に相談したかったが、彼はとても忙しいみたいだった。

編集者も霊能者のアポが取れないと嘆いていた。

事件は大きく報道され、事故災害としてヤクザが絡む暴力事件、住民消失の現代のミステリーとして連日報道されている。

さすがに隠蔽仕切れなかったのか、基成御殿炎上爆破の犯人が5つ子の兄弟であることは公表された。そのうちの一人が警官であったことも公式発表ではさりげなく付け加えられただけだったが、勿論マスコミが見逃すわけはない。しかも公表する前に吉井武彦を懲戒免職に処していた事など、容赦なく追求される。5兄弟は勿論、公開使命手配された。しかし未だに目撃証言や手がかりはない。珍しい5卵生兄弟の犯罪ということに加えて、伝説や伝聞に彩られた鬼来村一族の遺恨絡みとかがしきりに取沙汰された。巷ではどこか一目に付かないところで自決しているという噂も流れたし、更にもう既に海外逃亡しているという話も囁かれていた。

ただし、数々の遺留品や手がかり被害者遺体の消失に付いては遂に発表されなかった。犯人が捕まらない限り、その辺りのことはむやむやになることだろう。

おそらくその辺りのことは小惑星帯に潜む知られざるオリオン連邦からの母船の仕業と思われる。アギュレギオンが依頼した『お掃除』の一環か。

そしてまた『鳳来』と言う記号のことも一切、表には出ていない。

 

そんな世間のかしましい嵐からは見事に匿われた譲であった。

しかし、譲は疲弊していた。

早い時期から星崎から休暇を命じられていた譲は、何年かぶりに神月に帰省することになった。その辺は鬼来村からずっと一緒に付いて来た妹とその連れ達(妹の友人のガンタという若者が融の狭いアパートに転がり込んだ。残りははホテルに泊まっていたらしい。)に押し切られ連れ去られるように・・・気が付いたら旅館『竹本』だったと言うのが正しいかもしれない。とにかく一時、日常生活を失いかけていた譲にとってはまったく正しいサポートであった。

旅館の玄関に入った瞬間の嗅ぎ慣れた家の匂い。

自分より背が低くなった母親にいきなり抱きつかれた。

驚いたことに融の覚えている限り始めて、母親は泣いていた。

「悪い夢を見たんだから。あんたが生きててほんと良かった!。」

その悪い夢とやらの多くは語らなかったが、力一杯、抱きしめられた。

その気恥ずかしさを感じる間もなく、不覚にも目頭が熱くなってしまった譲である。

弱っていた。

おじさん夫婦もその両親も子供達も大騒ぎで譲を歓迎する。

譲が神月を出た時にまだほんの幼児だった渡とユリはすっかり大きくなっていた。

家族と暮らし、譲が受験勉強した離れは今は会社に貸し出されている。

しかし、譲の机は母屋に残っていた。母親と渡の部屋に挟まれて眠り、大家族で食事をした。従業員の清さんや田中さんも加わるし、離れからは東京で世話になったガンタの他に顔を見知ったナグロスという男とシドラ(よく見れば迫力の美人)が来る。鴉と呼ばれているやや気弱そうな若者も社員らしかった。彼は譲を本当によく気遣ってくれる。いつの間にか、昼間は彼等と離れで過ごす事が多くなった。そこには関係はよくわからないが、トラさんと呼ばれる子供も住んでいる。しょっちゅう出入りするユリと渡の悪ガキ仲間。社長である阿牛蒼一も時々、顔を出す。

とにかく、とんでもなく賑やかでいつもうるさい。まったく一人になることがない。かつては苦手で気詰まりであったそういう雰囲気、それらすべてが今はなんだか譲を和ませる。事件や雅己、他の色々なことを考える暇もない。きっと難しいことで頭を悩ませることもないせいだろう。夢は相変わらず見たが、うなされる事は次第に減って行った。気が付けば譲はまた笑っていた。