MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

ローズマリー・ブルー 9

2010-09-29 | オリジナル小説



深夜。クララは一人、客室にいた。
ベッドルームとリビングルームに別れた部屋の扉が開け放たれている。
皺ひとつないベッドはクララが一度も眠ろうとしていないことを語っている。
床に置かれたトランクもパーティの前に着替える為に開いた、そのまま。
クララは着替えもせず、客用の応接セットの深い椅子に頭をたれ力なく座っていた。
目の前の低いテーブルにはシビルの亡骸が・・・亡骸だと知っているのはクララだけだったが・・・ダラリといかにも縫いぐるみの熊らしく置かれていた。
ブラインズ婦人の付き添いを断るのは骨を折った。パーティの客の1人だった、国立病院の院長とか言う医者には見てもらうしかなかったけれども、鎮静剤を打たれるのは頑強に断った。みんな、私がいかれている・・・いっそのこと精神病院の医者にかかるべきだと思ってるんだわ、とクララは悲しく考えていた。
涙はもう枯れていた。
シビル。シビルなくして私に何ができるのだろう。
2歳のときからずっと・・・母よりも父よりもシビルは私の良き理解者だった。
クララは考えを巡らせる。
つかの間、自分が見た・・・見せられた映像。あのベッド。あれはシビルの記憶ではないのかしら。産まれ来る妹。
あれは私のことだ。
シビル。
目の前の片目が欠けた縫いぐるみを見つめた。あの後、随分と色々な人々がシビルを叩いてくれたのだが、ビロードの生地の足の裏には今もキラキラした硝子のほんの小さな欠片が刺さっているのが見えた。力の入らない指を伸ばしてそれを取りさる。それから・・・やっぱり大好きな手触り。
ゆっくりと柔らかな足を撫でさすった。
大好きなシビル。
本当に死んでしまったの?。私を1人・・クララだけを残して。
クララは自分が見たローズマリーを思い返す。あれはなんなのだろう。最初、ブラインズ婦人に写真を見せられた時にクララは咄嗟に判断が下せなかった。人形に重なる少女の面影は・・・そうまるで投影された映像のようで・・・だから自分はシビルにローズマリーがシビルと同じような未練を残して去った子供であるとは確信を持って言えなかったのだ。
おかしな話だ。あの顔のない少女は。クララはうちから来る震えを必死に押さえつける。あの子が恐ろしい。こんなことは始めてだった。ひとりぼっちなのも。
心細い、怖い。いや、怖くなんかない。負けるものか。
シビルはきっとどこかにいる。
テディ・ベアの容れ物から抜け出ただけ。
絶対にシビルを取り返さなきゃならない。
そうだ。
無意識にクララは立ち上がっている。
シビルが死ぬわけがないのだ。だって、もともと死んでいるんだもの。
シビルは・・・
ふいに確信が閃く。
きっと、あのローズマリーに囚われているに違いない。
シビルを固く抱きしめていた笑顔。見えないのに笑顔だとわかる。
私はあの時、それがすごく不安だった。
それで油断した。情けない。
クララの中に一旦は失われていた闘志がみなぎり始めていく。
シビルは私を守る為に自分を賭けたのだ。
だから自分、クララ・フォッシュは断固として敗北するわけにはいかない。
シビルを取り返すのだ。
今すぐ、あの人形に会わなくては。
クララは意を決すると、テーブルからテディ・ベアを抱き上げた。
しかし、クララが自分の客室の廊下側のドアに向かった瞬間、鍵をかけたはずのドアが外側から勢い良く開かれていた。

「・・・どこに行こうと言うのかな。マドモアゼル。」
立ちふさがっていたのはロシフォード氏だった。
待ち構えていた・・・自分を監視していたのかもしれないその異常にクララは最初はまったく気が付かなかった。むしろ今すぐに人形のもとに案内してもらうには真に都合が良いとさえ思っていた。
「あの!」息を継ぐ。「ロシフォードさん、私すぐに、今すぐローズマリーに会わなくてはならないんです!お願いします、ローズマリーに会わせてください。」
「・・・ほおぉ。」氏の口から呆れたような声が漏れた。目が見開かれるがそこに驚きの表情はない。むしろ、それを予想していたかのようである。
「ふん。やはりな、そう来たか。あんたの魂胆は見えすいているんだ。」
その言葉の蔑む口調で、やっと異常に気が付いた。
「あの、ロシフォードさん・・・」
クララは手にした縫いぐるみを差し出しかけるが困惑し口ごもる。しかし、言わなくてはならないシビルの為に。
「私、あの・・このシビルの為に・・あの、これがシビルです・・・実は・・・」
「あんたのその忌々しい縫いぐるみなど知るか!」
彼の剣幕にクララはたじろぐ。
縫いぐるみに憑いていたシビルの・・・自分の姉の話等、この男に通じそうもなかった。
「・・硝子ケースのことでしたら、謝りますわ。」
やっとそういうのが精一杯だった。
「硝子ケースだと!」入り口の男が吠えた。
「あれはイタリアで特注した防弾硝子なんだぞ!」
男が室内に体を無理矢理、押し込むとクララ・フォッシュは後戻りするほかはなかった。男の後ろに両側から戸を塞ぐように現れた二人の大柄な黒服の男達を充分に見て取ることができたからだ。二人とも気質ではなかった。感情を押し隠した無表情な顔には荒っぽい暴力の香りがする。
気を取られた一瞬、ロシフォード氏が乱暴にクララから縫いぐるみを奪う。
「あの硝子には大枚をはたいたんだ。あれはな、ちょっとやそっとじゃ壊れるはずないんだよ!あんたがこの縫いぐるみに爆薬でも仕込んでいたんじゃないのかね。」
あまりの飛躍にクララは驚愕する。
「はあ!なんですって!」クララがシビルと作り上げたお育ちの良い上流階級向けの霊媒師のメッキがはげる。そこにはローザンヌの鉄工所の所長の娘が残された。
「あんた、バカじゃないの!何を言ってるの?」
男の金の指輪を幾つもした無骨な大きな手が縫いぐるみを大雑把に調べあげる。ローザンヌの工員の娘は男が熊を床に投げ出す前にすばやく奪い返していた。
上目使いに相手を射抜いたその視線は冷たく鋭い。
「どうでした?爆弾の欠片でも見つかりました?」クララは皮肉に口を歪めた。
ロシフォード氏は忌々し気に目の前の若い娘を睨み返す。
「どういうつもりか、正直に言えば警察に突き出すのは控えてやってもいいぞ。」
「警察?」器物損壊で?
この熊の縫いぐるみを投げつけて私が防弾硝子を割っただなんて本気でこの男は思っているのだろうか。
「そんな馬鹿げた話、誰も信じるもんですか。」
二人はしばし無言で睨み合う。
最初に折れたのはロシフォード氏だった。
「フン。まあ、いい。」咳払いに誤摩化すが、その嫌な目付きは変わりがない。
「確かにその熊には仕掛けはなさそうだ。しかし・・・共犯者がいないわけがない。」
「共犯者?」
「泥棒だよ。」
「泥棒?」意味を掴めず、クララは間抜けに繰り返す。「泥棒ですって?」
「そうだ。」
「私が泥棒だっておっしゃるんですか?!」
ふいに怒りが込み上げる。
「なんの根拠があって!私を泥棒と決めつけるのですか!」冗談じゃなかった。
「確かにケースを壊したのは悪かったと思います。でも、わざとじゃないんです。
私だってどうして割れたんだかわからないんです。勿論、弁償しろって言うならいますぐに弁償しますわ!」
いったいいくらなんだろうとおののきながらもクララが勇気を持って投げつけた言葉も、ロシフォード氏に大した興味がなさそうに肩をすくめさせただけだ。
「弁償などいらん。」モゴモゴとつぶやくと窓に向けて歩き出す。
「あんたは・・・本当に知らんのか。」
促されクララ・フォッシュは縫いぐるみを腕に後を追った。出口のドアは用心棒二人に完全に塞がれている。
「知るって何をなんです。」追いついたクララの目を覆い被さるように氏は覗き込んだ。
「宝石泥棒だ。『黒金貨』とかいうふざけた名前を名乗っている。」
人々が噂していた言葉の断片が頭の隅に閃いた。
「・・・お金持ちの家を専門に狙うとかいう・・・のですか?」
「その通り!」恫喝するかのように氏は叫ぶ。
「男だと言う話もあるが、女であってもおかしくはなかろう。女が共犯者で事件のお膳立てをするって可能性もある。勿論、あんただ。今夜あそこでローズマリーの声で茶番をし出したときは胆を冷やしたもんだ。盗人が人形を狙っているって最中にあんたはだ、いいかこう言ったんだ。ローズマリーがこの家をキライだとな!ここを出て行きたいと!もうすぐここからいなくなるとだ!こんな偶然があるか?!これをお膳立てと言わずしてなんと言う?!」
クララは思わず目眩を覚え、眉間を指で押さえた。
「そんな・・・私は自分が何を言ったかも覚えていませんのに。」
「そんなこと信用できるものか。」
そう言われても、今のクララはシビルのことであの時も今も精一杯なのだ。
自分が陥った馬鹿らしい立場に溜まらず、ため息が漏れる。
「もう私・・・とても話に付いて行けません。」
「私もだ。」
口調を改め、ロシフォード氏は閉まっていたテラスに通じるカーテンを開く。
「実はだ。数日前に予告状が届いている。」
「予告状・・・?」
「まったくだよ。私を完全に馬鹿にした話だ。あんまり腹がたったんで、また返り討ちにしてやろうと思ってだ、それは私が握り潰した。」
ロシフォード氏はクララの腕を掴むとテラスへと引き出す。クララは氏がもう自分に対しては本気で怒っているわけではないことを察したので黙って付いて行くに任せた。彼が腹を立てているのはその盗人に対してなのだった。
氏が振り返り耳元で言う。
「知ってるのは使用人でも極一部、私の側近だけだ。パーティは罠だ。準備万端、返り討ちって寸法だった。勿論、家内は知らん。だからだ、降霊会などとふざけたことを言い出しおった時は正直困ったよ。どっちみち止めろと言ったって泥棒の話をしないことにはだ、あれは余興を止めるわけはない。せっかくの家内の楽しみだ。私はほっとくことにした。あんたはただのインチキだとさっきまでは思っていたからな。あんたの縫いぐるみがローズマリーを守る硝子を木っ端みじんにするまではだ。」
「では今は・・・インチキではない代わりに泥棒の片棒を担いでいると・・・?」
「あんたには・・あんたの縫いぐるみかも知れんが・・・なんらかの力があることは認めよう。」
氏はテラスから身を乗り出し何かを確認すると、クララにも見るようにと場所を空けた。
「・・!」覗き込んだクララは息を詰める。
下のホールではまだまだ一晩中起きて騒ぐつもりの人々のざわめきが微かに聞こえる。見下ろす開けた玄関ホールには今も帰宅する客達の為に車がひしめき灯りが絶える気配がない。でもよく見るとだった・・・そこここの木の茂み、彫刻の陰にいやに沢山の男達が潜んでいることがみてとれる。
こちらを見上げてロシフォード氏に会釈する夜会服の男が携えているのはどうみてもマシンガンだった。
「これだけじゃない。」後ろに寄り添うロシフォード氏が囁く。
「あちこちに潜ませている。勿論、下の客の中にもだ。」
「そんな・・・巻き添えになる人がでるかもしれないのに。」
「そんな間抜けはせん!敵の狙いは人形だけだ。さっきまではだ、ローズマリーは絶対に安全だったのだ。衆人環視の前で防弾硝子とガードマンにガッチリ守られておった。」
「じゃあ、今はローズマリーはどこにあるんですの?」
「家内と甥が付いて部屋にある。」
あっとクララは口を押さえた。
「ラモン!彼は・・・!彼はいけません!」
「んん?」血相を変えたクララに今度戸惑うのはロシフォード氏だった。
「私の甥がなんですと?」
「彼は不吉です!」クララは叫んでいた。

ローズマリー・ブルー 8

2010-09-26 | オリジナル小説

クララ・フォッシュは戸惑った顔のまま、ロシフォード氏を見つめた。
視線がその後ろに控える明るい髪の若者も上に止まる。
「これは私の甥のラモン・ブシュレです。」
「初めまして、クララさん。お噂は予々。」ラモンの日に焼けた顔の上に『女たらし』とでも言われそうな笑みが浮かんでいる。
「おじの大事なローズマリーのことですから、僕からもくれぐれもよろしく。」
クララの見開いた目はラモンから離れない。長年、女を落とすことにかけては歳に似合わず経験豊富なこの若者でなかったならば、このいい歳した年上の女・・クララ・フォッシュが自分に一目で恋に落ちたと誤解したかもしれなかった。でもそんな不埒な若者だからこそ、そうではないことを即座に見抜いた。
同時に女の職業柄、薄気味悪く思う。
『何、見てんだ?この女!』
彼の心の呟きが聞こえたかのようにクララ・フォッシュは慌てて目を反らした。
ラモンは透かさず叔父よりもまえに進み出ると、クララの手を取り強引にエスコートする。
「叔母さま、クララさんをお借りしますよ。」
「おやまあ、ラモンったら。奇麗な人には目がないんだから。」
ロシフォード婦人は二人の心中等知らずしょうがないわねとクスクスと笑った。
「さあ、クララさん。」ラモンは今やシビルを固く片手で抱きしめたクララを人形ケースと大勢の観客の前に引きずり出す。
「あなたはこのローズマリーに霊が付いているとおっしゃった。」
自分のよく響く声の効果を見定めるように聴衆を見回す。
テラスや庭からは若い男女の笑い声が微かに響いて来る。ダンスに興じていたカップルの何組かが気が付いて踊りを止めた。それでもぴったりと寄り添い自分達しかこの世にいないとでもいう何組かが踊りを続けている。
そこここに花に埋もれた広いホールの部屋続きの開き戸の向こうで楽士達だけが気が付かずに人々の為に演奏を続けていた。
最早、誰もがグラスを傾けるのを止め小声で小さく囁いたり突きあったりしてこの光景を遠巻きに見つめているのだった。飲み物の盆を手にしたウエイター達でさえ、一時職務を忘れて視線を送っている。
「さあ、その続きをぜひ僕達に聞かせて下さい。」
ラモンは深い灰色のクララの目を上から覗き込んだ。
クララは曖昧に微笑むと無言でうなづき返す。
「あの偉大なるローズマリーと、彷徨えるその魂について!」
ラモンが手を高く人形に向け差し上げた瞬間、ホールはどっと歓声に満たされた。



「幼い女の子の姿が浮かんできます。」
私は目を閉じて脳裏に浮かぶビジョンに集中しようとした。
なんだか落ち着かなかった。人が多過ぎる。
期待感、好奇心、羨望・・・興味本位、悪意、否定する意識。静まり返った中にボソボソと囁きと押し殺した笑いが含まれていた。
居心地が悪く、今日はひょっとして失敗してしまうんじゃないかとの恐れとどうにか戦う。
『クララ、大丈夫。』その時、シビルの柔らかい腕がむき出しの膚に触れてくる。
『私があの子を呼び出してみるから。』
その時の私にはシビルに不用意な接触をしないように諭す心の余裕がなかった。
そのことを私は後でどんなに後悔することか。
私は愚かにもいつものようにシビルのバックアップに頼ってしまったのだ。
深呼吸を繰り返す。次第に意識が深く自分の内部に潜って行くようで、いつもの職業的感覚を取り戻していった。雑音は驚くほど遠ざかり、自分が闇の中に1人立っているようなビジョン。いや、1人ではない。目の前には硝子ケースがある。
人形は目の前にあった。ローズマリーの両目が鬼火のように燃えている。
『初めまして。ボンジュール、ローズマリー。』私は油断なく呼びかけた。
『あなたを形作っているのは・・宝石なの?それとも人形なのかしら?』
人形が微笑んだ感じがした。足下に臙脂色の縫いぐるみが動いている。
よちよちとテーブルの足下に近づき、人形に手を差し伸べた。
『遊びましょうよ、ローズマリー。お友達になってくれる?』
シビルの声は弾んでいる。人形がシビルに手を伸ばす。
と、するりとそれは抜け出て少女の姿になった。
「ええ、やはり・・・まちがいない。女の子です・・・3歳ぐらいに見える・・・」
自分の口が喋っているのが耳元で聞こえる。
「金髪で青い目・・・レースで白い服の・・・」
それはそこにある人形そのままじゃないかとロシフォードなら言うだろうか。
余裕の出てきた私は、知らず知らず微笑んでいた。
見た目の一致以外のイメージを何か掴まなくてはならない。
『ローズマリー・・・教えてくれる?なんでもいいの。あなたの知っている何か、見て来た秘密を教えて。』
目の前では小さなローズマリーがシビルとクルクルと回り、追っかけっこのように遊び始める。
良かった。シビルのお友達・・・幼い・・・同年輩の?
シビルが走りながら、こちらに何かを話しかけている。
私はそれを必死に聞き取ろうとした。
「・・・その幼い女の子はベッドに寝ています・・・病気です・・・小さいけれど自分がもう長くないことを知っている・・・彼女はお友達が欲しい・・・産まれてから一度も友達と遊ぶことが出来ませんでした・・・ベッドの上に沢山の玩具・・・縫いぐるみと人形に囲まれていても彼女はとても孤独です・・・」
話しながら、私は首を傾げる。違和感を感じた。
幼くて。病気で。死ぬ・・・なんて。
それから・・・友達が欲しい。
これではまるでシビルと同じだ、と。
目の前の少女・・・人形に憑いた霊体?が胸に縫いぐるみを抱きしめるのが見えた。
少女は顔を向けるが顔がぼやけていてはっきり見えない。
私は意味もなく、必死で口を動かしていた。
「そうです。彼女は何十年も人形のローズマリーと歩んで来たのです。姿形が似ていても当然なのです・・・・・・彼女はもはや、ローズマリー自身。ローズマリーの意志と言っても過言ではありません・・・。」
知らず知らず、私は眉をひそめていたはずだ。
服のヒダや皺、レースの縁のかがり、白いリボンの光沢。どれをとっても高級な贅沢品。絹のソックスに包まれた足が履く、なめした革靴の白いボタンが象牙でありそこに薔薇が刻印されているのまで手に取るようにわかった。
金髪の髪の一本、一本、冠るレースのフードに刺繍された蔓薔薇、水色のリボンの脇に止められたカメオのブローチ、そこにあしらわれた孔雀の羽の玉虫色の輝き。それだって見える。何もかも。
なのに何故、彼女の顔だけがまったく見えないのか。
彼女が胸のシビルを強くぎゅっと抱きしめるのがわかった。
私はわけもなく不安になり、霊体に呼びかけるのを忘れて思わずシビルに直接呼びかけてしまっていた。
『シビル、ダメ!戻って。』返事がない。私は再び、ローズマリーに意識を戻した。
『ローズマリー、お願いよ。シビルを返して。シビルを放して欲しいの・・・』
そう強く言った瞬間、ぼやけた人形の顔がすぐ目の前にあった。


人々は突然、黙り込んだ霊媒を遠巻きに見つめていた。
クララ・フォッシュはおこりのように体を震わせている。
顔はこれ以上ないくらいに白くなり、固く結んだ目と口、眉が苦しそうに寄っている。
「フン、茶番かな。」聞こえよがしに鼻で笑ったロシフォード氏を婦人が振り向いてシッとたしなめる。
「大丈夫かな。具合が悪そうだ。」ラモンがつぶやいた。苦悶に身を捩る女の表情は演技だとしてもうまいものだと彼は考えていた。
それにその姿は何やら扇情的でもある。
肩ひもが緩んで華奢な肩と折れそうな細い首がむき出しになっている。霊媒にとっては一番価値のある装飾品と見られる良質の銀と東洋の真珠で細工されたネックレスが鎖骨の上で乱れているのもなんだかまるで・・・情事の最中のようだ。深くえぐられたドレスの豊かな胸元はさすがに熊の縫いぐるみで隠されていたが。
なるほどとラモンは1人でうなづいていた。よく見てみればこの霊媒はなかなかに美人と呼べるだろう。そういう女が苦痛に喘ぐ姿はちょっとした見物と言える。高い料金を払う価値があるというものだ。この女が世間の話題を集めているのはそういう意味もあるのだろう。
その時、聞いたこともない甲高い声が霊媒の口から漏れ始める。
『ワタシハ、ココガキライ!』
「聞いて、子供の声だわ!」ブラインズ婦人が小さく叫んだ。
「バカな。」ラモンは隣に立つ、叔父の肩がこわばるのを感じる。
『コンナトコロ、イタクナイ!ココカラデテイキタイ!』
『モウスグワタシハ、ココカライナクナル!』
霊媒の体は激しく震えながら倒れそうなほど後ろに傾いでいた。今にも膝がガクッと折れて、床に仰向けに頽れてしまうだろう。ラモンがそう思い、一歩前に踏み出そうとしたその時。
霊媒が抱えていた縫いぐるみが、まるで。
まるで、意志を持つかのように前に飛び出すのを人々は見た。
その2歳児ほどもある赤いテディ・ベアが真っすぐに硝子ケースにぶつかると、固い音が響き渡り瞬間、前面の硝子ケースが砕け散った。



私はベッドにいた。
天井は見慣れたクリーム色。可愛らしい花を象った小さなシャンデリア。
壁紙には白い小花が散り、柔らかで暖かい薄いピンク色のレースに覆われた上掛けに私はすっぽりと包まれていた。隣には見たことのない小熊の縫いぐるみが寝かされている。
回りには人影がない。
私は知っている。妹が産まれるのだ。母も父もお腹の中の妹にもう夢中なのだ。
私は悲しかった。もうすぐ死んでしまう私のことなど、もうすぐ誰もが忘れてしまうだろう。私は妹がうらやましかった。妬ましかった。
だけどそれだけじゃない。同時に、とても残念だったのだ。
自分がその妹と遊ぶことが絶対にないだろうと言うことが。
もう少し、もう少し生きていられたら私は妹と遊ぶことが出来たのに。
誰かと一緒に遊べることはとても楽しいに違いなかった。
妹は私と座り、並んで一緒に寝てくれただろう。少し大きくなれば絵本も一緒に見れただろうし、私の枕元で覚えたての歌も歌ってくれただろう。私にクレヨンでお絵描きして欲しいとせがんだかもしれない。
妹は私の始めての友達になってくれたはずなのだ・・・
私は涙を拭こうと腕をあげた。そしてその小ささに驚いた。
小さな手、小さな指。子供の手、これは赤ちゃんの手だわ・・・
『クララ!目を覚まして!』
誰かが耳元で叫ぶ。
あれは・・・シビル?
突然の爆音。ベッドの回りの狭い世界がバラバに崩れる。


「おい、大丈夫か?」誰かが床に手を付いた私の腕を掴んでいた。
「大丈夫か?クララ!」何度も呼ばれて私はぼんやりと顔を上げた。そしてギョッとする。ロシフォード氏の甥のラモンだったからだ。
ああ、彼の顔には先ほど私が見た、あの・・・!
「しっかりしろ!」私を揺さぶっていた彼は私の表情には気が付かなかった。
私の肩越しの何かに気を取られていたからだ。
「ラモンさん、大丈夫・・・ですわ。」
口から漏れたのは我ながら蚊のなくような声だった。ラモンの目が今度は私をしっかり捉える。
「何があったか思い出せる?」
何が?。
私が呆然としていたからだろう。ラモンは私の肩を抱いて助け起こそうとした。すかさず、助けの手が脇から入り私は誰か女性の腕に渡されていた。
「クララ、ご覧なさい。あなたったらすごいわ。」弾んだ声はブラインズ婦人だった。
「ほら、もう大騒ぎよ。」
私はフラフラする体を婦人に預け、頭を遠慮なく後ろにいるラモンに支えてもらった。同時に、辺りが確かに大騒ぎになっているのに気が付く。
ただし、わらわらと回りで動き回っているのは主に黒いお仕着せに身を包んだ召使達だった。目の前にはロシフォード氏の大きな背中が立ちふさがっており、彼が何に向かって叫んだり手を振り回したりしているのかはよくわからなかった。
「まぁ、あなた大丈夫なの?」
ロシフォード婦人がふいに隣にフレームインして来た。私は頬のエクボを見つめる。
「いったいどういう仕掛けなのかしら? もう、すご過ぎて・・・私もう少しで心臓が止まりそうでしたのよ。主人だって、卒倒するかと思いました。陰で霊媒に頼った私を笑っていたんですから、主人には良い薬かもしれません。まああれぐらいうちにとっては、大した損害ではありませんから。だけど本当にあんまり驚かせないでくださいな、クララさん。」
私の笑みがあまりに弱々しかったのだろう。婦人はふざけた調子を一変させて、今度は哀れみをもようしたようだった。
「あら、ごめんなさい。霊媒の力を使い過ぎたのね・・・いいのよ、気にしないで今のは戯れ言、お忘れになって。ゆっくりとお休みになるといいわ。」
視線が私の肩越しに自らの甥に向かう。
「ラモン、クララさんをお願いね。お部屋にご案内してあげて。ソファに横になった方がいいと思うわ。」
婦人は身を返すと不機嫌そうな自分の夫に寄り添う為に歩いて行く。
「その通りよ、クララさん。」ブラインズ婦人は私を歩かせようと腕に力を入れた。
「待って・・待ってください。」私の腕は何かが欠けていた。
「何が?いったい何があったんですの?」
「覚えていらっしゃらないのね。」訳知り顔に婦人がうなづく。
「縫いぐるみですよ。」ぶっきらぼうに背中から声がした。
私は顎を持ち上げ背中のラモンの黒い目を見上げた。
縫いぐるみ? 私はやっと気が付く。シビルがいないのだ。
「あなたの・・熊の縫いぐるみが・・・ローズマリーの硝子ケースを割ったんですよ。」言いにくそうなラモンの言葉に、私は耳を疑う。
「すごかったわ。まるで生き物みたいに・・勇然と襲いかかったの。」
ブラインズ婦人が興奮する声を懸命に押さえている。
「みんなはあなたがローズマリーに投げつけたっていうんだけど。私はいい位置で最初から最後まで、しっかり見てたのよ。あれはあなたには絶対に無理!」
弾かれたように、私はやっともがき始めた。
「シビル!・・・シビルはどうなったんですか?」
「・・・あの縫いぐるみね。シビルと言うのね?」
私はよろめきながらも婦人の手を支えに前に進み出た。
「シビル!」私の微かな呟きにロシフォード氏が振り向いて、顔を歪め何か非難がましい言葉を投げつけるのがわかる。婦人が止めさせとうと彼を押さえているのも。私にはそれのどれもがどうでも良かった。シビル!シビルは何処に?
やっと、割れた硝子ケースが見えた。ローズマリーは取り出され、召使いによって髪や服を払われている。そしてケースが置かれていた床には・・・床には赤い布の塊が落ちているのが見えた。
私がつんのめるように進み出るのを誰かがきつく掴んだ。
「割れた硝子が落ちているんです。あなたのそんな靴じゃ足を怪我してしまいますよ。」そういうとラモン・デュプリが注意深く、しかし軽々とダンスを舞うようにクララを追い越して行った。再び肩に添えられた手はブラインズ婦人か、ロシフォード婦人のどちらかに違いない。クララはラモンの動きから目を離せない。
ラモンは床の上をしばし確認すると、召使いからハタキを借り注意深く散らばった硝子を払った。そして、それからやっと2本の指で熊の縫いぐるみをゆっくりと持ち上げた。
クララはほっとする。
ズタズタになったかと思ったシビルは思ったよりもなんともなさそうだった。
ただ、片方のボタンの目が欠けていることに気が付き、私の胸は突かれた。
ラモンは何度も硝子の破片を落とす為にシビルを振り回す。止めてと言いたかったがそれはこらえることができた。シビルが無事なら、どんなことでも我慢できる。ただ、シビルは。シビルは本当に無事なのだろうか。それだけが気がかりだった。
耳を掴まれ、ブラブラと揺さぶられるシビルはまるで中身のないただの縫いぐるみのようで私は気が気でなかった。こんな屈辱的な扱いを受けて、シビルが黙っているはずないのだ。
ようやく。長い時間かかってラモンは片手にシビルをぶら下げたまま、戻ってきた。
私は手を差し出したが、ラモンは渡すのを躊躇う。
「まだ、硝子の欠片が残っているかもしれませんよ。」
私がそんなことを構うわけがあろうか。
ひったくるようにシビルを奪い取った。力いっぱい抱きしめる。
「シビル、シビル、ごめんなさい。」
私が不用意にローズマリーに近づき過ぎたのがいけないのだ。シビルを彼女に奪われるのではないかと動揺した為に自分を見失い霊体に体を乗っ取られるところだったのだとは私にはもう、痛いくらいにわかっていた。
床に膝を付き、衆人観衆の中でテディ・ベアに顔を埋ずめ謝る女がどう思われようがもう関係ない。
シビルは私の大切な唯一のものなのだから。
しかし数分後、信じられない思いで私は顔を上げた。「シビル?」
隠された硝子で切ったのか、指からは血が出ていた。
でも、それよりもなによりも・・・
「クララさん。」私の傷ついた手を掴もうとした誰かの手を振り払う。
なぜなら、シビルが答えないからだ。
欠けた黒いボタンの表面には自分がただ映っているだけだった。
私は雷に打たれる思いだった。
シビルはいない。
いなくなってしまった。
私は唖然とし、打ちのめされていた。

「シビルが・・・」
「シビルが・・・死んでしまった。」
両の頬を熱いモノが流れ落ちるのを感じながら
そう繰り返す自分の声を私はずっと聞いていた。

ローズマリー・ブルー 7

2010-09-19 | オリジナル小説


「あれだけの宝石だと色々とセキュリティとか大変なんじゃございませんの?」
ロシフォード氏に婦人の取り巻きから声がかかった。
「そうですわ。今、流行のなんとか言う宝石泥棒とか。危ないんじゃないですの?」
「シャンゼリゼのあの高級店からエメラルドを盗んだ賊でしょう?」
「いえいえ。貴族や個人の屋敷を専門に狙うとか言う怪盗ですわ。」
「それは同じ泥棒ですの?それとも違うんですの?」
「まあ、そんなに泥棒ばかりでは気が休まりませんわ!」
わざとらしい怯えた声に隣にいた甥のラモンは顔を顰めたがロシフォード氏は婦人達のソファの方にグラスを手にゆっくりと歩み寄った。
「確かに。」ロシフォード氏は鷹揚にうなづいて見せた。
「ローズマリーは今までに何度か、盗難の危機にさらされたことがあります。」
「まあ、本当ですの?」「怖いわ。」ご婦人方がさざめく。
「それでどうやって、その危機を脱出なされたんですの、ムッシュ?」中でも熱心に瞳を輝かせているのは英国大使館員の婦人であった。この金髪と碧眼のいかにもたしなみの良いイギリス女性は物腰に似合わず、ミステリー小説の熱心な愛読者であり心霊研究と実物の犯罪事件にも深い興味を持っていた。
「なに、簡単な話ですよ、ブラインズ婦人。攻撃は最大の防御と言いますからな。」
もったいぶって顎をさするその姿はクララ・フォッシュの目にもよく見えた。
「私は最高の人材を常にこの屋敷に雇い入れているわけで。私のかわいいローズマリーに手を出そうとした奴は・・・」「奴は?」婦人が先を促す。
「蜂の巣にしてやりましたよ。」
「まぁ!」信じられないと言った小さな悲鳴が上がる。
「冗談でしょう?イタリアのマフィアみたいに?」
「あなた。」クララ・フォッシュと向かい合って座っていたロシフォード婦人が溜まらず声をかける。「いい加減になさって。皆さんを怯えさせてどうなさるの?」
大きな笑い声をロシフォード氏が響かせる。「皆さん、本気になさりましたか?これは失礼!なに、勿論、冗談ですよ!」
ロシフォード婦人だけが、ほっと緊張を解いた婦人達の中で表情を変えずクララ・ホッシュの耳元に扇子を近づける。
「実は、本当なんですのよホッシュさん。」囁く婦人の濃い香水の匂いをクララは驚きを持って嗅いでいる。「警察にお金を積んで表沙汰にならないようにもみ消していますけど、主人はドイツとハンガリーで強盗を何人か殺させてますの。」
クララは憂鬱な気持ちで防弾硝子ケースの箱に収まった人形を見つめた。気のせいかもしれない何かの反射だろうか、人形のサファイアの瞳がキラリと光った。
シビル・エレンを持つ手に自然と力が加わる。
婦人が小さい不安な声で続けている。
「もともとあのサファイアは主人の祖父がアフリカで手に入れたものなんですのよ。
不正な手段で手に入れた・・・と聞いております。そこでも血が流れたんですの。」
「まぁ。」クララは返事に困る。婦人の声は低く早口で聞き取りづらかった。
「その80カラットの石を二つに割りまして人形の目玉にしたんですの。娘の贈り物にと作らせたんです。でも、その娘は人形を抱くこともなくローズマリーが届く前に病気で亡くなりました。唯一の女の子でしたの。後を継いだ主人の父親も子供は息子ばかりでしたし、この私には残念なことに・・・子供がありませんでしょう?唯一の子供代わりは甥っ子のラモンだけなんですのよ。」婦人は言葉を切った。
「本当にローズマリーは呪われているのではありません?クララさん、私はそれが心配で・・・それでブラインズさんからあなたのことを聞いた時、ぜひにとお願いしましたの。」
「・・・それは、もっとよく拝見してみないと・・・」クララはシビルを手に言葉を濁した。今の所、見た感じでは・・・遠くから硝子に覆われた人形に目を走らせてるばかりでは・・・特に悪いモノは何も感じ取ることはできていなかった。
ただ頭の隅に幼い子供のような影が浮かぶばかりで、その息づかいというか存在感は次第に強くなっていく気がする。シビルも息を詰めて注目しているのを感じた。
『お友達になれるか話しかけてもいい?』
クララははやるシビルをそっとたしなめて、顔を上げた。
「霊視する時は集中して見なければならないんです。」
「ではぜひ、そうしてくださって。」婦人がクララの手を取ると立ち上がる。
「今?この席でですか?」幾分、予想していたとはいえ、クララは戸惑った。おそらくは、今夜遅くもっと少人数でと期待していたのだ。
クララが婦人に手を取られ、硝子ケースに歩み寄ると回りのざわめきが高くなった。


ローズマリー・ブルー 6

2010-09-19 | オリジナル小説



「なんだ、あの縫いぐるみは?」
「さあ・・?あれが、彼女の霊感の源だって噂もありますが・・」
「フン!ふざけた女だ。」

ローズマリー・ブルー 5

2010-09-19 | オリジナル小説

ローズマリー・ブルー 4

2010-09-19 | オリジナル小説

ローズマリー・ブルー 3

2010-09-17 | オリジナル小説

 2

私が自分の持つある種の力に気が付いたのはずっと、昔のことだ。
それはもうほんの子供の頃と言っていい。
その頃にはもうシビル・エレンがいて、それが私には普通だった。
シビル・エレンをプレゼントしてくれたのは、私の母親の妹で(叔母はその翌年、ブラジルでチフスに罹り亡くなっている)・・・確か、私が5歳か6歳の誕生日だったと思う。大きなフカフカのテディ・ベアに自分が狂喜したのを覚えている。それからしばらくして、シビル・エレンは当然のように私に話しかけるようになった。そのことに私はなんの疑問を持たず、両親も始めは子供の空想癖だと思ってまったく問題にしなかった。
学校に上がる年齢になって初めて私は急に叱責され、シビル・エレンと話すことはいけないことだと学んだ。それで私は隠れてシビル・エレンと話をすることはやめなかったが、人に話すことは思い切り良く止めてしまった。
子供心には大きかったシビル・エレンも今はもう私と比例してもそんなに大きくはない。シビル・エレンは有名なテディ・ベア作家の晩年最後の作品だと、現在の私は承知している(探偵を雇って調べた)。その捜査の後で、偶然シビル・エレンの行方を捜していたコレクターに逆に彼女を譲って欲しいと懇願されたこともある。
その値段はとんでもなく高いものだった。
勿論、私は断固として断った。
なぜなら、シビル・エレンは私にとっては既に単なる縫いぐるみ以上のものだからだ。
シビル・エレンが私と会話ができるということと、たぐいまれな作家の手縫いの品であるということがなにか関係あるのかは私にもよくはわからない。
ただ私の姉にあたるシビルが1歳5ヶ月で亡くなっていることを思うと、そっちの方は無関係ではないのだろうと私は密かに思っている。シビル・エレンは自分が私の姉であるのかどうかは明言を避けたが、自分は人間の女の子で幼くして亡くなったのだとは認めている。
何より、私に最初にシビルと名乗ったのはシビル自身なのだから。
とにかく、シビル・エレンは今や私にはなくてはならないパートナーだ。

私は最初からこの商売でやって行こうと思ったわけではない。
学校を出てしばらくは家庭教師や服飾店の売り子とかできることは色々とやった。
その傍らで、私は万相談みたいなことを行っていた。
まだ学生寮にいた頃から友人達の間では、私の能力はちょっとした話題になっていたのだ。ちょこちょこと占いや霊能者の真似事のようなことをしているうちに、だんだんとそれが身内で話題になり、お礼として高額の支払いを渡したがる人々が増えて行った。断るのも面倒だったし喜んで生活のタシにしていくうちに、それは私のお給料を次第に越え始めていった。
私は勿論、この仕事のやり方に付いて誰かに正式に習ったこともない。そういう時の振る舞い方や、言葉遣いは実はシビル・エレンに教わった。
私はちょっとしたことを感じたり、見たりする事が出来る。それをシビル・エレンが補足してくれると言うわけだ。上流階級の振る舞いや言葉遣いを何故、縫いぐるみに宿ったこの何者かが知っているのだろうか。シビル・エレンが本当に5ヶ月で死んだ私の姉であるのかとか、私はもうあれこれと詮索するのは止めている。
そのことは二人の友情に水を刺す以外の何者でもないからだ。
数年前、私は友人から紹介されたさる高名な人に請われて行った降霊会で、現れた霊が自殺ではなく実は殺されたのだと告げた。それが事実であった為に私は一躍有名人になった。そして犯人もその降霊会に参加していて、名指しされた後であまりに挙動不審だった為に怪しまれ、後に逮捕され自白した。
それを切っ掛けに、私はシビル・エレンと話し合って思い切ってこの職業に就くことを決めた。二人で霊媒師としてやっていくことにしたのだ。

ローズマリー・ブルー 2

2010-09-17 | オリジナル小説

ローズマリー・ブルーは
眼窩に宝石を埋め込んだ人形です。

宝石の名はスターサファイヤ
人形の陶製の膚に映える
両の目に輝く青

その蒼の為だけにでも
すでにたくさんの血が
流されたのです。

ローズマリー・ブルー 1

2010-09-17 | オリジナル小説


 1

『お友達になれるかしら?』
シビル・エレンにそう言われて正直、私は言葉に詰まってしまった。
「そうねぇ・・・どうかしら。」
はぐらかした私の雰囲気をシビル・エレンは敏感に察する。
『・・・やっぱり、ダメ・・・なのかしら?』黒いボタンの目が光を落とした。
「ううん。違うのよ。」私は慌てて慰めに走る。
「だからじゃないの、誤解しないで。違うのよ。」
『だって、やっぱり、じゃ・・・ないの?。あっちは・・ねぇ? すごい価値があるわけだし。こっちはただの・・・だから・・・?』
私の好きな赤味を帯びたビロードの柔らかな腕がプルプルと振られる。
「違うのよ。」私は困りはてながら、スーツケースの蓋と格闘を続けた。パーティ用の絹張りのハイヒールの入った箱を潰さない為には手に持って行かなくてはならなくなるかもしれない。パンパンに膨らんだスーツケースを背景に、右手に靴箱、左手にシビル・エレンを抱えた私が老楓屋敷の玄関前に車から降りる所を想像するのはあまり愉快ではなかった。
ただでさえ好奇の目で見られている自分の職業の評判にとってはプラスなのか、マイナスなのか。私はしばし営業用の観点から冷静に思考した結果、断固として箱のスペースをスーツケース内に確保することにした。マダム・ロシフォードはともかく配偶者のロシフォード氏は何事にも懐疑的な実際家の評判が高い。今回のミセス・ロシフォードの大事な『愛娘』の誕生パーティに私を招く事に、氏が難色を示したという噂も聞いている。そのうえムッシュ・ロシフォード氏のパーティにはパリ市長を始め社交界、産業界や財界の著名人も大勢来るはず。多少、つぶれてもかまうものか。たくさんの有名人。たくさんのカモ。おっとそれは言い過ぎ。
『やっぱり、あれだものね・・・気難しい人なのかしら』
シビル・エレンの心配はさっきからそればっかりだ。私はどうにか鍵をかけることに成功すると、シビル・エレンの座る椅子に歩み寄った。
「ねぇ、シビル・・・お友達なら、私がいるじゃないの?」
抱きしめてその布地の頭に顔を寄せる。干し草のような良い香りがする。
日向の香りだ。視線を感じたので顔を上げると、背の高い『マーク叔父の椅子』と呼ばれる椅子に黒猫のマアブルが座っていた。目が合うと金色の目を細める。立ったシッポがブラシのように膨らんでいる。マアブルはシビル・エレンの半径2m以内にはけして近寄らない。
まるで魔女の助手のように気難しく愛らしい猫だが、マアブルの留守中の世話は家政婦のミセス・タオが万事怠りなくやってくれる手はずだった。
『だってクララは大人だから・・・私は私と同じ子供の友達が欲しいの。』
シビル・エレンはすねたように耳を伏せる。
「たぶん・・あっちもただの子供じゃないと思うわよ。」
私は数日前に、英国大使館員婦人のミセス・ブラインズ(今回のロシフォードとの縁は彼女が結んでくれたのだ)に見せられた写真から得たイメージを正確に脳裏に思い返し反芻した。そして改めて確信する。
「そう、たぶん子供じゃないの・・・あれは・・・なんていうか・・・」
『もしかして・・・すごく悪い子なの?』
「さあ。」真剣に集中したが、結局は首を傾げ肩をすくめた。
「所詮、写真をチラリと見せられただけだもの。詳しい事は、よくわからないわ。」
このように私はシビル・エレンにはいつもとても正直だ。
わからないものをわからないと言えるなんて。こんなに楽で幸せななことはない。霊感が得られずほんとに何にも浮かばなくて(そういう時もままあるのだ)適当な嘘や作り話で取り繕ろう必要もない。
何かに霊が付いていると怯え上がって私を呼び寄せる裕福な人々の大半は、何も付いていないと言われても実はあまり信じたくない人々なのだ。彼等はほっとする代わりに、内心はひどくがっかりする。『宅の主人が大枚を叩いて手に入れたものですのに!ただのなんでもない、平凡な骨董品だと言うんですの?!』『うちの子が怪我をしたのは只の偶然だと・・考え過ぎだとあなたはおっしゃるんですか?!』
その為に彼等の財布の口が固くなってしまうのはありがたいことではなかった。
私とシビル・エレンにとっては大変に悲しいことである。
「この目で見て見ないとなんとも言えないわ。私は万能な霊能者じゃないものね。」
私は腕に抱えたシビル・エレンを改めて抱きしめるとマアブルに笑いかけた。
そのお礼に黒猫は面倒くさそうにニャアと低く返事を返した。シッポの膨らみがいくらか小さくなったが、目は油断なくシビル・エレンを睨みつけている。
それはそれとして。
私は思案を続けた。
私の持つ最上級の薄いコートを用意すること。
帽子は濃いオリーブ色のアレにしよう。
スカーフと靴もコートに合わせた極上のものがある。
荷造りはそれで完了だった。

久々の秋です。

2010-09-17 | Weblog

なかなか小説ができないので
昔の作品に手を入れています。

ほんのちょっと直すつもりが
色々足りない所を補い出して

結局、これも
時間が経ってしまうかもしれません・・・
が、なんとか
お付き合い下さいますと
大変嬉しいです。

CAZZ 拝


ところで。
この間、車で事故ってしまいました。
走馬灯が流れたりしなかったんで
こりゃ死なないなとわかってましたが
事故は怖いです。
皆様も運転には気をつけましょう・・・
歩行者の時はくれぐれも
車の接近には注意してください
と、改めてしみじみ願っています。