MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルフォー-24

2018-01-28 | オリジナル小説

覚悟

 

 

「土石流が洗い流しましたか。」

屋敷正則は1年前に自分が子供を埋めた場所を見出せないでいる。関東一円に大雨が何度かあった。山の斜面は崩れ落ちている。

「小さな骨だから誰も見つけなかったのか。」美豆良はおざなりにガードレールから下を見下ろす。「ここにあると知って探さないとわからないものだろうな。」

「そんな馬鹿な。確かに・・・ここだった?なぁ、確かだろ?!答えろ!」

怒鳴りつける先にはホムンクルスに支えられた田町裕子がいる。屋敷が苛立っているのは裕子に噛まれた腕が痛むからだ。服の上からなので血は出なかったが、歯形が赤くアザになっていた。対する裕子は散々殴られて顔が腫れ、唇が裂けて血が出ている。

蒼白な顔で白痴のように表情は動かず、青黒く腫れ上がった目の視線も動かない。

「こいつ!」八つ当たりに殴ろうと思うが、ホムンクルスの目とあって拳を抑え込んだ。

どうにもこの男・・・名前は知らない。裕子の内縁の夫らしいのだが。そんな気配は微塵もない。そいつがどうにも薄気味悪くてたまらなかった。彼が恐れているのは、あの弁護士が憑依したみたいだからなのだが、彼としてはそれは一番認めたくないことだった。薄気味悪いといえば、顔つきと口調が全く別人になった弁護士もそれに輪をかけている。

本当はもう死んだ子なんか、どうでもよくなっている。ハヤトが生きてようが死んでようが。

できれば養育費を払わないで済むようにはなりたいが、それよりも今は彼らと縁を切リたい・・・そのためなら裕子と子供はもう一生、ほっておいてもいいぐらいだった。早く家に帰りたい。こいつらのいないところへ。しかし、そう言い出す勇気がない。

 

「どうして・・・こんな人目のないところに来たんだ。」美豆良がウロウロする屋敷から目を離さず、ホムンクルスを今や我が物顔に独占するテベレスに囁く。

「誘い出す気なのか。」

「わかりますか?」テベレスの腕の中の裕子は何も聞こえてないようだ。

「きっとホムンクルスを奪い返しに来ますよ。いくらなんだって、それぐらいの根性はあるでしょう?あの家にねじ込むのもいいけれど・・・どういう仕掛けがあるか、わかりませんからね。」

「それならば。」傾いた陽を見上げる。時間は5時、もう3時間もこの周辺にいる。

「マサミももう直ぐハヤトに追いつくようだ。随分、回り道させられたようだが。できれば、合流した方がいい。」美豆良は単純に飽きが来ているのだ。

「ホムンクルスも子供もこちらの手に落ちたと知ったら・・・どう出ますかね?」

「カバナ人と直接、繋がっているのはそのホムンクルスだ。」

「つまり?」テベレスの笑みに美豆良は自分が持てる限りの知識を精査した。

「今は一方的に回路を切られているが、向こうがその気になればいつでもそのホムンクルス内に相手も攻め込める・・・お前がそこからあっちに侵入できるのと同じことだと言えばわかるか。ただし、向こうから来るときは・・・相手も万全の用意をして現れるということだ。お前の言う、俺たちの想像もつかない、仕掛けだろう。人目のない、この場所では不利だ。」

美豆良は遊民組織から託された武器をスーツの内ポケットで弄ぶ。テベレスが車内に放り出しておいた、小さなものだ。こんなもので相手にダメージを与えられるのか?そう思うのももっともだろう。ただ、これは重力兵器だという。相手の次元攻撃を封じる。

それは、この星の拳銃のように改造されている。どんな生物であれ、相手の肉体を圧迫し破壊する。ホムンクルスも例外でないとマスターは請け負っていた。

ただ、使いこなせなければ意味がない。

「なるほどね・・・。」テベレスは美豆良への返事を塾考している。

「ただし、相手は私という存在を知らないのでしょう?」この星にいる魔族というものを。

「それだけが頼りだな。ただし、次元戦になれば、莫大なエネルギーが必要になる。お前があのカバナ人より勝ってるかどうかは、俺にはわからない。」

「バカにしないでいただきたい。」ホムンクルスは舌打ちする。「私だって4大悪魔に匹敵する力があるんです。」と、言いながらも前回、鬼来村の入り口で出会った魔族のことがよぎる。

最初は新宿で会った男、神恭一郎。あいつは確実に私よりも強かった。

あいつはまさか。4大悪魔の上を行くという、ただ一人の悪魔とか・・・? 

伝説の存在だ。確か、デモンバルグ・・・?。

テベレスの沈黙を、美豆良は魔物の自信が揺らいだと見る。

「無理はするな、何かおかしいと思ったらすぐに逃げることだ。」

「まぁ、まずいと思ったらすぐにあなたの体か・・・」ホムンクルスの目は屋敷を見る。

「あっちに移りますよ。二人で戦えますから、その方がいいかもしれない。」

「好きにしてくれ。」大したことでもないといいたげに軽く請け負う。

美豆良はテベレスとマサミが深く考えなかった疑念を抱いているのだ。テベレスに自由を奪われた状態で不法遊民の風俗店、店長の話を聞いた最初からだ。

遊民組織はテベレスとマサミを使って小手調、相手の力や出方を見たいだけなのではないか。

まさかこの二人で相手を倒せると思うほど、楽観的ではあるまい。

美豆良とマサミに地球外人類やカバナの知識がほとんどないとわかって頼むということは。

腹立たしいが、二人が返り討ちにされることが前提なのだ。

そのあとで自分たちで確実に仕留めるつもりだと思えば納得がいく。

美豆良からその危惧を聞くテベレスは怒るどころか、かえって面白がった。

「確かに!そりゃ、そうだ!そうですよ、美豆良!『退屈だろうから』なんて、親切ごかして行ってきたのがそもそもおかしい。最初から、自分たちでやった方が、簡単に決まってる。そうか、全く馬鹿にしてますね。あっちがそのつもりなら、遊民組織も巻き込んでしまえばいい。どさくさに紛れて大暴れしてやりますかね。」

笑いが痙攣するホムンクルスを屋敷が気味悪そうに振り返る。

「さぁ、あなたも関係なくはないんですよ。屋敷さんも一緒に行くんですからね。」

「冗談じゃない!ハヤトの死体はどうすんだ、ここに埋めたんだぞ!」

屋敷はあきらかに一緒に行きたくないのだ。

「もう、どうせ見つからないでしょうよ。ショベルカーかなんかでしらみ潰しにでもしないと、ねぇ?」

もごもごと言い訳する屋敷を美豆良は黙殺する。

「さて、マサミとの合流地点を変更するか。」

 

 

 

 

母の記憶

 

田町裕子はぼんやりと崖を見下ろしている。ここはもっと道路の下に地面があった。大きな木があってその根元に・・・ここだったのだろうか。

小さな体がみるみる埋もれて見えなくなったのは。

寒かった・・・雪が舞っていた。

持たされた懐中電灯の光が自分ではどうしようもなく小刻みに震えた。

それで夫に殴られた。自分も殺されるのだと思った。

・・・いっそ、あの時に殺されればよかった。

そうだ、そうできていれば・・・このような形のない苦痛に身を焼く地獄はなかったのに。

あの時は、自分は怖かったのだ。暴力のもたらす苦痛が堪え難かった、その果てに死ぬことが恐ろしかった。死にたくなかった、まだまだ生きたかったのだ。愚かにも。

生き延びれば何か救いがあると思っていたなんて。

そして、子供を差し出した。身代わりにして、黙殺した。

殴られないために。殺されないために。どこかでそれで、安堵していた自分がいた。

そして、あの子は死んだ・・・骸は冷たい土の下。

記憶が再び、津波のように盛り上がり忘却と洗脳の防波堤を押し流す。

あの子は死んだんだ。

生き延びた自分に救いなど、なかった。屋敷が生活から去っても。

肉体的苦痛が精神的な苦痛に変わっただけだ。

その方がどれだけ苦しいか、辛いか。あの時の自分は少しもわかっていなかった。

子供の不在が。眠れぬ夜が。愛するものが、抱きしめるものが何もなくなった空虚。

埋められない。忘れられない。頭から去らない。最後には意識が必ずそこに戻っていく。

自分は共犯者だ。

美豆良の腕に支えられた裕子の頰に、音もなく涙が伝う。

話し込む、美豆良とテベレスは気がつかない。唸りながら崖っぷちをうろつく彼女の共犯者、元夫・・・ハヤトの父親も当然のごとく彼女には目もくれなかった。

 

 

 

 

ガルバ

 

「そうだ、お前たちのボスの所へ私を連れて行け。」

そう呟く、ガルバは白い膜に包まれた深い眠りの中の子供を田町家のコビトのベッドに寝かす。

「私が帰らなければ、お前はここで死に、体はすぐに分解される。ドギーバックに戻るわけだ。」ホムンクルスに入っているので力仕事も造作もない。

子供の体は少し曲がっている。コビトに良く似た面ざし。オビトだ。

コビトが取り戻せず、取り戻せてももはや役に立たなかった場合。この子供が次のハヤトになる。

「さて。」とホムンクルスは目を細める。彼の脳裏には『何かわからない次元生物らしきもの』に乗っ取られたもう一つのホムンクルスの現在位置が空間軸で把握されている。

その一方でガルバは田町裕子の中に仕掛けた量子次元にも耳をすませている。後天的に入れたものだから容量は大きくない。感度は悪いが切れ切れの画像と音声が手に入ってくる。

道具として無駄なく使用するために、念のために。それが今は役に立って満足だ。

「あれが、この星固有の次元生物。なのか・・なるほど。まさか、本当に実在したとはな。」

ホムンクルスの表情の出にくい顔に笑みらしきものがある。高揚しているのだ。

「連邦よりも先にあれを持ち帰り、秘密を暴いてやるか。何をエネルギーとしているのか?この星の生命エネルギーかな。・・・臨界進化とどういうつながりが?。楽しみなことだ、初めてカバナに臨界進化のヒントが得られるのだ、なんという快挙だ。さて、それには確実に・・・捕らえなくては。・・・ちょっとした工夫がいるかな。」

まぁ、屋敷と裕子は戦力外。

相手は弁護士ともう一人の女。それとホムンクルスに入った肝心の次元生物。

そして、最も邪魔なのは・・・背後の遊民組織か。

ガルバの体内の内部次元はホムンクルスやオビトを隠しておくには容量が多くない。

カバナリオンとのパイプもそんなに大規模なものではない。

問題なく常時やりとりするならせいぜい思念ぐらいしか送ることができない。それ以上の容量を持たせるとこちらに陰で同調している連邦の正規軍も見ないふりができなくなるからだ。

今もガルバは時間をかけて、一体づつ届くホムンクルスが揃うのを待っていて身動きができない。

だがもしも、『あれ』をカバナに送れるのなら、一気に送ってしまいたかった。

連邦の次元レーダーを、刺激するが、どうなろうが構わないと思う。

実はカバナリオンがこの星を希望したのには、この星のどこかに持ち込まれ、今だ見つかっていないという『星殺し』の存在が大きかった。それは連邦が持っているものをカバナが持っていないということが貴族たちにとって耐え難かったから、それだけだ。カバナ最高貴族委員会がこだわり続けるものといえば、失った『母星』とペルセウスに取り上げられた『星殺し』、この二つだけ。

ガルバに言わせれば、地上部隊が今まで探しても見つかってないということは、すでに分子崩壊して星に取り込まれた可能性が高い。地上部隊を監視し、隙あらば『星殺し』を横取りするなどという妄想はナンセンスと言っていい。それよりは『臨界進化』につながるサンプルの方がより現実的だと判断する。何が臨界化につながるのかは残念ながら研究の結果次第ではあるが。最終的には委員会もその価値を理解せざるをえないだろう。

残る問題は、果たして連邦がガルバ自身の排除に動くだろうか、だが。

今は動かない可能性が強い。

「和平を人質にすれば大抵のことは見逃される。」

兵隊はとりあえず10体ほど。

それ以下では目的を見透かされるし、それ以上では地上部隊を刺激してしまう。

乗り出されたら不法移民以上に確実に厄介な存在。見せかけの兵隊が揃うまであとわずかの我慢。

ガルバの意識はそれることなく標的の動きを追い続ける。


スパイラルフォー-23

2018-01-24 | オリジナル小説

黒幕

 

 

デラが見上げた上空。アギュレギオンは前回もいた物質世界の果てに潜んでいる。

そこは418ことカプートが『神』といみじくも言ったように物質界の全てが見通せる『神の座』であった。アギュがみたいもの、まさに下界で起こることが全て同時に捉えることが可能なところ。大きなことから些細なことまで、隠していること隠されていること、それが地球の裏側であろうが大地の地下であろうが、情報が全て同時、同列に並んで閲覧できる。

もちろん、それを監視し全て把握するには受け手の能力が絶対条件になる。

物質である肉体が精神と一つになりつつある臨界進化体、アギュレギオンこそ、その担い手にふさわしい。

 

今、深夜。関東の山間部のある廃校に大きなエネルギーが瞬いて消えた。イリト・デラたち、宇宙人類が魔物を罠に落とし込むための擬似ブラックホールが発動したのだ。

少女愛好者の殺人者に長年、取り憑いていた無名の魔物。その魔物が罠に吸い込まれる、その瞬間、わずかなタイミングでそこから脱出した巨大なエネルギー体があった。

アギュレギオンはそれを待っていた。

アギュは一気に馳せ下る。猛禽のように爪を立ててその未知のエネルギーに襲いかかった。

未知の存在は瞬時に方向を変え、(存在次元を変換し)逃げようとする。

アギュは逃すまいとする。その時、おかしなことが起きた。

アギュの体が量子レベルまで分解し、それが網のように相手を包み込んだのだ。

意識してやったことではない。何としてでも捕まえたいと思ったアギュの執念がアギュの肉体を一気に変化させた。

今まで、どこかで無意識に歯止めをかけていた臨界化が頂点に達した瞬間であった。

それをアギュが自覚するのはもっと後、落ち着いてからのことだ。

今は興奮した彼に分析は出来ない。

「さぁ、ツカマエました!」アギュは高らかに叫んでいる。

「デモンバルグ!」

そう、それは・・・魔族の中の魔族。もっとも古い悪魔であるデモンバルグだったのだ!

「カンネンしなさい、もう逃げられません。」

アギュに取り込まれた黒い冷たいエネルギーは怒りでぐるぐると旋回し・・・デモンバルグになった。「くそっ!なんでわかった?!」

「なんで、わかったって!?オミトオシに決まってるだろ。コソコソと!やけにオトナシクしてると思ったからな!」

「くそっ!」悔しくてたまらないと言った風情でデモンはアギュからようやく解放される。

「おかしなことしやがって!どう言う技さ?」

「オレがオマエを捕まえたいと思えば、フカノウなんてないんだ。わかったか!」

そう言いながらも、少し冷静になったアギュはデモンバルグに距離を取る。

果たして自分はどうやってこの魔族を阻んだのかと首をかしげつつ。

「スズキトヨ、あのコドモがオマエのアキレスケンなんだ?違うか?」

デモンバルグは無言で恨みがましくアギュを見る。図星の証だ。

アギュは肯定を待たない。「オマエは常にあのコドモを殺したがっていたからな。わからないとでも思ったか?」畳み掛ける。「オレはイゼン、4大テンシのキオクを旅したんだ。オマエは確かにワタルに入ったタマシイを守っていた。だけどそれに対になるトヨのタマシイを注意深くハイセキしていただろう。コンカイ、ワタルのすぐ近くに産まれ過ぎたと思って気が気じゃなかったはずだ。オマエはワタルとトヨを会わせまい、会わせまいとしていた。だから、オレがこのハル、会わせてやったのさ!オマエは焦っただろ?焦って、きっとコウドウに出ると思ってた!」

ケッとデモンバルグは悪魔の唾に相当するものを吐いた。彼の怒りは長年の天敵に向く。

「全く!役にも立たない天使どもがっ!こういうときに限って余計なことをしやがる!」

「ワタシには充分に役に立つソンザイです・・・アナタはどうだか知りませんが。」

これは二人が混沌から戻った時の旅のことを言っているらしい。

それに対しデモンバルグはフン!と鼻を鳴らすだけを答えとした。

「テンシのキオクはあくまでテンシが把握しただけのアナタのキロク。テンシが見なかったところでアナタが何をしたかまではわからない・・・コンカイのように。」

アギュはまた頑固に口を閉じたデモンを見る。

「オマエは・・・カミシロレイコも殺したのか?」

「はっ!まさか!」さすがにたまらずデモンバルグの口元が歪む。

「あの時は二つの魂には距離があったさ。わざわざ、そんなことするか。天使の記憶を見たなら、ヒカリ、おまえだって知ってるだろが?」

「フタツのタマシイは互いに引き合おうとする・・・チガイますか?アナタはそれを恐れている。テを汚すまでもない・・・すでに今度のように・・ウラからテを回していたらば。」

デモンバルグは嘆かわしいといいたげに頭を振る。

「誓ってもいいさ、それほど暇じゃないさ。」

二人は渦巻く次元の粒子の中で、しばらく睨み合った。

「ほら、ポチが待ってるぞ。」(ポチじゃないにょ、ドラコにょ!悪魔、失礼にょ!)

「そうだ、お前が飼い主じゃぁなかったな。飼い主は・・・」

「ドラゴン・ボーイだ。」ガンダルファはため息をつく。またがってカッコがつくほどドラコがまだ大きくないからだ。「タツノコ太郎。」ほら、痛いところを突かれる。

「言うな。悪魔、現行犯逮捕だかんな。」ガンダルファが腕をつかむ。「逮捕?」「言葉の綾だ。アギュに言われてあんたの動向を見張ってたんだよ。」(主にドラコがにょ!)

「そうだろうよ。」デモンはふてくされる。

「ガンダルファじゃ、キヅカレテしまいますからね。メモリーのリョウで・・」

「つまり、お前がちっさいってことだぞ。」と飼い主、もとい契約者の言葉にドラコが怒る。

(ドラコだって精一杯、これでも大きくなったのにょ!)

「須美恵さんとデート旅行と見せかけて、隙を見ちゃ、ちゃっかり自分を飛ばしてただろが。

全く、マメなんだか。」デモンバルグは肩をすくめた。今も彼のハリボテは熱海で須美恵の横に眠っている。「俺って結構、真面目で誠実な悪魔なんさ。」

「さぁ、行こう。デモンバルグ・・・事情聴取だ。」

「事情聴取って、俺が何やったかはもうわかってるんだろ?そこのヒカリが。」

「ワカッテテも。」

別件逮捕でもってこの際、デモンバルグが抱えている二つの魂の秘密を残らず吐き出させてしまおうとアギュが目論んでいることは相手にもお見通し。

「やなこった!」デモンはじりじりと後退する。「言っとくけど、あの人間は俺が近づく前から悪いもんに取り憑かれていたのさ。俺はちょっと力を貸してやっただけ。」

「変態くんの暴虐極悪リストに鈴木トヨを滑り込ませたんだろ?」ガンダルファが再び、腕を掴みデモンはそれを放そうとつかみ合う。ドラコはその周りをくるくると回る。

「俺がやったのはそれだけさ。あとはあのド変態野郎とチンカス魔族の意思ってことさ。」

「トヨくんは譲と香奈恵の義理の弟だぞ!それを殺そうと企むなんて!」

「知るか!こっちにはこっちののっぴきならない事情があるんさ!」

「だから、その事情ってやつをだな・・・吐け!!」

吐いちまえ!

吐くもんかよ!

 

ガンダルファとデモンバルグがじゃれてる?間、アギュは不意に無言になる。

彼と418は急に落ち着かなくなった。

「マテ!」たまらず、二人と1匹に叫ぶ。「ナニか、感じないか?!ナニカが近づいている?」

「へっ?」と悪魔とドラゴンボーイは動きを止め、ワームドラゴン、ドラコだけが共鳴した。

(来るにょ!ドラコも知らない、未知の次元生物にょ?!)

アギュレギオンがそれまでいた空間、そのすぐ際から・・・非物質世界から何かが近づいてくる。深い次元の空間が見る間に盛り上がっていくのを彼らは息を飲んで見つめる。


スパイラルフォー-22

2018-01-21 | オリジナル小説

笑う宇宙人

 

罠がしまった。次元の罠に吸い込まれたのは・・・

「検体、捕獲しました。」勢いよく、ボタンが差し上げる。

それは彼らが乗っていたカプセルよりもかなり小さい、ボールのようなものだ。

「思っていたより、質量が小さいな。」ゾーゾーは仏頂面でカプセルのスクリーンを見つめる。

「ターゲットとして認識した時は・・・いや、先ほどまではもっと大きなエネルギーだったと思ったが。」

「どっかから何か漏れたんですかね。」

ゾーゾーは顔をしかめたまま、ボールを受け取って手の中で回す。

「ふん、デラの情報が不完全だったということだ。」

「それ、気をつけてくださいよ。」ボタンが彼にしては勇ましく「中にはブラックホールがあるんですから。もちろん、人工的な擬似次元ですけど。」

「知っとるわ。」睨み返す。「これで次元生物を効率良く捕獲できる。」

「魔物って言いましょうよ。その方が、それっぽい。」「次元生物。」頑なにゾーゾー。

「すぐにワームホールでイリト・ヴェガに送れ。」

「今度はどのくらい生きているでしょうね?あんまり早く死なないといいけど。」

「とんだイリトの道楽だ。」「それが僕たちの仕事ですけどね、姉さま!」

「アラジンのランプの出来はどうかしら?」

彼らが待機する屋上の上空にイリト・デラが現れた。子供らにはもちろん、見えない次元。

「呪文を言えば、魔物が出てくる魔法のランプよん。」

それに答えるゾーゾーの目はこの能天気が!と言っているがデラは気にしない。

「私の守護天使さまの為にこれからもどんどん捕まえるわよ!」

一瞬、消えていたボタンはその間にワームホールにいるワーム使いにボールを託して戻ってきた。

「ああ、シドラ・シデンとバラキね!ちょっと会いたかったな。」

「そんなことしたら守護天使に届くのが遅れるだけだ。」

「それより、兄さま。もといデラさま、あの嫌な変態の始末はどうしたんですか?」

「ほんと胸がむかつくやつよね。でもあれくらいの異常者じゃないと大物が憑いてないから仕方がないわ。せいぜい、いじめてやりましょ。」

「浄化槽ですか?でも、あそこって・・・」

「あいつの骸コレクションがあるな。」ゾーゾーはもう撤収の支度だ。

「深さは10メートルほどあります。昔の下水とかをゆっくり地下に浸透させて濾過する装置ですよね。ロリコン変態は、そこに死体を放り込んでいたんですよね。」

ボタンも引き上げたがっていた。仕事は終わったのだ。

「這い上がるハシゴとかはないの。点検用のは古いから壊れて落ちちゃったみたいよ。」

デラが破壊したということらしい。「光も射さない、死体が朽ちたくっさい穴で食べ物もなくてゆっくり死んでいくといいわ。」オホホホとデラは口に手を当てた。

「デラさま、悪い魔法使いみたい。」「仕置人と言って欲しいわん。」

デラの目は更にきらめく。(あとはあの、殺された子達に任せるの。)

無念の思いを抱えた残留思念の子供達にたっぷりかわいがられて発狂すればいい。

彼らの会話の中にはこの世界の警察に任せるとか、法の正当な裁きにかけるとかいう言葉は一言も出てこなかった。それはそれでいいのかと思うのはこの星の人間だからだろうか。

ゾーゾーは皮肉な思いでデラを見つめる。自分や上陸軍はこの星の住民に過度な危害を加えることは許されていない。デラがやったことが黙認されるのは、この星に捨ておかれる存在であるデラが中枢や小惑星帯から、ここの住人と判断されているからだ。

そして、この件全体を容認している臨界進化体という特別な存在の力・・・。

「あっちの子供らは、どうするんだ?」

おもむろに、忘れてたのを思い出したとでもいうかのようにゾーゾーは屋上を示した。

やはりゾーゾーって意外に子供好きじゃない?と今度はデラの方が密かに笑う。

二人の子供はまだ静かに互いの思いを交換している。月明かりの下で、穏やかな時間が過ぎているようだ。罠は既に消えたが、二人は少しずれた温かい次元に守られている。

それにしても、とデラは再び首を傾げる。墓場となった校舎は相変わらず、磁場が乱れているが。先ほどまでの凄みを帯びたほどの迫力は消えている。

『あらあら』とデラ『なんだ、よどんだ死者たちの残留エネルギーが活性化してたのはてっきりあの子供達のせいかと思ったんだけど。どうやら、違ったみたいね。』

あれは、魔物のせいだったのかしら?それにしては、小物のようだけど・・・?

デラは遥か、上空をじっと見上げて気をとりなおす。まぁ、いいわ。あとはアギュに任せよう。ゾーゾーには「子供達なら大丈夫、お迎えがもう直ぐ来るわ。」と手のひらを揺らした。

「そこまで手配してるのか。」

きっとゾーゾーは呆れたような、おなじみの目をして見下していることだろう。デラはもう慣れている。それに。まぁ、確かに。

行き当たりばったり。都合がいいから利用しただけだけなのだから。

はるか遠くから廃墟に近づいてくる車のライトを彼らは見た。


スパイラルフォー-21

2018-01-19 | オリジナル小説

罠、始動!

 

 

男は獲物を探してゆっくりとさまよっている。建物の造りは全て頭に入っているし、隠れられるところなど知れている。彼は・・・楽しんでいるのだ。捜索を。

その彼の後ろを黒い影がいくつかついて行ったが、彼は全く気がつかなかった。

3つづつしか教室のない木造校舎はあっという間に回れる。職員室、校長室、保健室、屋内トイレは一つしかない。

それぞれ、ドアは外れ家具も少なく壊れたり、ライトで照らすだけで人おり見通せる。

彼が入るたびに飾られた黄ばんだ絵が引きちぎれて彼に向かって飛んだり、教壇に放置されていた花瓶が落ちて割れたりした。校長室の壁の埃まみれの絵画が突然、落ちて額が壊れたが、彼は驚いただけで気にしなかった。「紐が切れたんだろう。風が強いからな。」吹き込む風にゴミや埃が舞い上がる。だけど彼が風邪から目を細めて見ているのは違う。どの部屋にも隠れるところはないと言う検めた確認。

屋外トイレと倉庫、体育館は後回しでいいだろう。トイレ以外は鍵がかかっているし。かつての井戸の跡は鉄の蓋で覆われている。

それに、奴らは校舎の2階にいた。彼に見つからずに校庭側に現れることは難しい。

あとは・・・新しく作られた鉄筋の校舎。連絡橋で木造校舎から渡ることができる。

入った2階には理科室、音楽室、工作室、資料室、1階には給食室がある・・・あの棟は隠れるところがたくさんある。ありすぎるくらいだ。「出ておいで」時々、声を放つ。

探すのが・・・追い詰めるのが楽しみだった。「お腹空いただろう?パンがあるよ。」

しかも地下には・・・配電室と。

そう、浄化槽がある。今はもう中に水はない。

彼はその浄化槽に格別の思い入れがあった。

あとは屋上の給水タンクだが。それは最後の最後でいいだろう。

彼は楽々と連絡橋に出て鉄筋校舎を見上げた。

月が煌々と屋上のフェンスを照らしている。

狩りには絶好の夜だ。

そして、そこに・・・あの少女がいた!

 

少女は一人、フェンス越しに月を眺めている。いや、一人ではないのか。男の耳には大勢の子供の声が聞こえてくる。屋上を走り回る足音と笑い声。どうやら鬼ごっこでもしているらしい。

こんな夜中に・・・明らかにおかしい。警戒、警戒と耳の奥で。

その時、女の子の笑い声が聞こえた。あの子だけではない、他にも女の子がいるのだ。

確認するだけでもいいじゃないか。どういうことなのか、確認は必要だと自分を説得する。

すると。琥珀の目の少女がこちらを見た。

早く、こっちへとでも言うように。

男の理性はふっ飛び、目の前のドアに飛びつく。割れたガラス戸に手を入れ、開ける。

すぐに階段、すぐに屋上。待ってろ!簡単だ。

男の頭の中は再び、分裂し、やめろと言う声と早くという声が交差する。

割れるように頭が痛み、足がもつれるが男は欲望に動かされ階段を這い上がる。

そして、空いたドアの向こう。屋上に座る、トヨとハヤトを見つけたのだ!。

月明かりに照らされ、二人はのんきに話し込んでいる。

なんと!自分の状況がわかっているのか。

カモネギだ。身を低くして屋上を伺う。カモネギ、カモネギ。

子供が大勢いた気がしたのだが。他に子供の姿はないようだ。

琥珀の目の少女も確認できない。だけど、屋上は広い。ドアからでは死角があるからな。

意識からの警告はもう届かなかった。頭痛は止んだ。彼は優先順位に夢中だ。

まず、ドアから出たら、出口を断つ。次はハヤトを殺す。

そして、トヨだ。

琥珀の目の少女はその後。

それ以外はいてもいなくても。

縄を肩から外し、ナイフを握りしめた。

できるだけ静かに立ち上がり、ドアから足を踏み出す。

話し込む子供はこちらを見もしない。

琥珀の少女もいない。そこは少し、かなりがっかりしたが。

ゆっくりと男は二人ににじり寄った。10メートル、5メートル。まだ、気がつかない。

愚かなガキどもめ。

そして、一気に襲いかかる!

 

そして、落ちた。

子供達は何も気づかず会話を続けている。

子供らの目には見えない重なった別の次元に開いた呼吸する穴。

そのどことも知れぬ奈落へと。


スパイラルフォー-20

2018-01-16 | オリジナル小説

獲物は罠へ

 

トヨは窓からのわずかな明かりにハヤトの手を引く。夕暮れの残照と力を増しつつある月に照らされ美しかった校庭を見た後では、校舎の中は暗く不気味に感じられる。時々、吹き抜ける妙に強い風が鳴き声のように響き、体温を奪っていく。ハヤトはシャツの襟を合わせ、身震いした。それに反応して力づけるように力を加える、トヨの手が温かい。

足元でガラスがじゃりじゃりと割れていく。時々、落ちている木材につまづく。空き缶が転がって音を立てる。これでは気付かれてしまうぞと、ハヤトは焦る。それになんだかずっと誰かが物陰から見ているようで落ち着かない。廊下の端の暗がりに白いものがよぎる、通りすぎただけの教室から足音がする。「ここ・・」とうとうたまらず、ハヤトは口にする。「なんだか・・・こわくない?」窓ガラスに何かの影が映った気がした。

「大丈夫。」トヨが笑ったのがわかった。「僕の側にいれば。僕たちには何もしないよ。」「何もしないって・・・誰が?」恐る恐る聞いた。それには答えず、「僕についている人はとても強いから。」と言う。唐突だ。「それって」言葉を検索する。「もしかして・・・守護霊とかいうやつ?」「うん、多分、そう。」まじ?そんなの本当にいるの?とも思うが、この星に来てトヨの側にいて、その自信たっぷりの言葉を聞いているとハヤトにもなんだか信じられる気がしてくるから不思議だ。

トヨは落ち着いている。寒さも感じてない。

まるでどこへ行けばわかっているかのよう。

二人は2回の廊下の端へまっすぐに進み、突き当りのドアを開いた。

「こっち。」「どっち行くの?」今度は外の風がハヤトたちの頰を撫でる。

コンクリートで出来た連絡橋だった。木造校舎の陰になっていたコンクリートの2階建ての建物。下を見ないように早足で渡る。

「こっちって?」「そうだね、給食室、理科室、音楽室ってとこ。後から建てられたんだ。」「よく、わかるね。」「なんかね。」

トヨは変わっているからな、とハヤトはサクサク進む相棒にあまり疑問を感じない。

新しいとはいうが屋根もなく雨ざらしにされた手すりは錆び、通路の床にはヒビが入っている。月光の下で今にも崩れ落ちそうだ。トヨが向かいの棟のドアに飛びつくが開かない。だけどはめられたガラスが割れている。割れ残ったガラスをトヨが木材を拾って、丁寧に割る。大きな音がした。「聞こえちゃうよ、あいつに。」ハヤトは木造の校舎の方を何度も振り返る。影になり、校庭は見えない。

「怪我したらいやだもの。・・手を貸して」ハヤトがトヨを持ち上げ、手を入れて鍵を開ける。入ったのは、階段の踊り場。コンクリートの建物なので少し暖かい。

「屋上に行く。」トヨはためらいなく暗い階段を駆け上がる。ハヤトがちらりと見た廊下は窓からの月明かりで教室が4つ並んでいるのがわかった。こちらの建物の方が荒れていないようだが、差し込む月光に埃が舞っているのは変わらない。それに重苦しい不気味な空気はさらに強まった気がする。寒い、とても寒い。よろめき、段に足をぶつけながらハヤトも続いた。次の踊り場で待ってたトヨが手を引いてくれる。

屋上へ出るドアが見えた。トヨが止まる。ドアは開いていた。

「どうしたの?」ハヤトは足踏みする。「ここは・・・」トヨの声が初めて緊張した。

「やめたほうがいいのかな。」誰かに問うようだ。「なんで?」ハヤトは屋内よりも屋外に出たくてたまらない。この学校、こええって。「早く、外に出ようよ。」

トヨの目には屋上に広がる黒々とした巨大な穴が見えているのだ。

月明かりを全て吸い込むブラックホールだ。しかも、まるで呼吸するように大きさが変化する。普通ではなかった。トヨの後ろから覗き込むハヤトにも見えるのはやけに暗い屋上だ。でも、夜だから仕方がない。だけど月明かりは?雲に隠れたの?

だけどこの建物の中にいるよりはマシじゃないんかな。足踏みが苛立った。

不意に「すごいね、キミ。」後ろから女の子の声が響き、ハヤトはトヨの手を取ったまま飛び上がった。トヨは一段上に、足をかけて素早く振り返った。

下に白い服を着たショートカットの女の子がいた。

その声と存在感から、よく聞く幽霊とかそういうのではない、とハヤトは確信しほっとした。もちろん、幽霊など今まで見たこともないが・・・与えられている基礎知識から想像するとあまり見たいものではないと思っていたのだ。

強い生命力を放つ、その少女が声をあげて笑う。正真正銘、そこに実在する女の子。トヨたちがゆっくり上がった踊り場の手すりに持たれていた。

少女は目を眇めてトヨを上から下まで見る。ハヤトは無視だ。

「君って・・・変な気を纏ってるよね。なんか、真っ白だし。混じりけないよ。」

「やっぱ・・・君だね?」トヨが息を吐いた。安心したのだ。

「さっき・・・僕らを助けてくれたのも?」ハヤトにはわからない会話。

女の子はニコッとするがそうとも否とも言わず隣に駆け上がってきた。

「ごめんね、今ね、キミを試してたの。あれに気づくかどうかね。」

「試すって・・・試すってなんだよ。」理解できないハヤトが怒るとちらりとこちらを見た。微かな明かりに目が陽光のように光る。猫みたいだとハヤト。

「うぅぅん、そっちのキミは黙ってて。キミはこういうの鈍いでしょ?」

腹が立ったが、何を言っていいかわからなくなり口を閉じてしまう。

少女はトヨの顔を覗き込んだ。

「あのねぇ、とりあえず時間がないからよく聞いて。キミたちはこっちにいて。」

そう言うと指をぱちっとならす。何かが起こったのが、今度は鈍いハヤトにもわかる。

踊り場から見える屋上が一変したからだ。

「さぁ、早く、早く。時間がないから。」

少女がグイグイと二人を押し出す。そうしてみると彼女は意外に力が強く、小柄だけどもしなやかで強靭な肢体を持っているのがわかった。

押し出された屋上は、雲隠れどころか、これでもかと月の光が銀色に降り注いでいる。

くっきりとした明暗。ただただ、美しい。空気も柔らかく、嘘のように暖かい。

少女がその真ん中で腰に手を当て、高らかに宣言した。

「キミたちはしばらく、ここから出られません。いい子だから、ここで待っていてください。」態度は子供ではなく、大人の女のようだ。

「どういう・・こと?」「わかった。」困惑するハヤトをよそにトヨが即答。

「さっすがぁ、わかってるね!」そういうと彼女はさっさと入ってきたドアに身を翻す。

「じゃ、待っててよね。すぐ済むから。」

入ると同時に姿が見えなくなる。消えたのだ。

ハヤトは後を追おうが「トヨ、ここなんか壁がある!」ドアに空気の壁があるようだ。

「進めない、僕ら閉じ込められたんだ!」

「みたいだね。」振り返るとトヨが笑ってた。

「おとなしくここで待ってようよ。」

そう言い屋上のフェンスの下に座る。「心配しなくていいと思う。」

とは言われても『あんな得体の知れない・・・』

しばらく出口はないかと辺りを見回して、ハヤトは奇妙なことに気がつく。

屋上は穏やかに光が満ち溢れているのだが、フェンスを境にしてその外が異様に暗いのだ。それに月光がこれほどあるのに、周りの山も校舎も運動場も見えない。

トヨとハヤトがいる屋上を囲むように空気が渦を巻いている。そこに時々、白い光が・・・まるで屋上に入りたそうに纏わりついていくのだけが不気味だ。

トヨは屋上を覗き込むように現れては消える人影を数えている。時々、ぼやけた顔が。

一人、二人・・・『12人』。みんな女の子。意識の隅から

[みんな殺されたの。あの男に。]『かわいそうに』

トヨは苦しくなって息を吐き出す。ハヤトが慌てて駆け寄る。

「大丈夫、トヨ。苦しい?」トヨは意思に関係なく流れ落ちた涙を拭って首を振った。

「あのね・・さっきの女の子だけどさ。黄色い目の。多分、君と同じだよ、ハヤト。」

ハヤトにはピンと来ない。

「君と同じところから・・・来たんだよ。あの子、あの子たち。」

それが、トヨの脳に住み着いた女が教えてくれたこと。屋上に上がってから、女の人は見えなくなったが、すぐ側に・・・おそらくトヨと重なっていることがわかる。

 

ハヤトは呆然とした後で「まさか・・・」そう言ってストンと座った。

緊張で張り詰めていたことから、ショックで一気に力が抜けたのだ。

「そんな・・・そうなの?」おかしなことにハヤトはトヨの言葉を信じているのだ。

自分を即座に見抜いたトヨだから。

「だとすると・・・あの子は・・・一人じゃないんだよね。」

つまりあの子は、トヨが言う子供たちは・・・子供じゃなくて宇宙人類、ニュートロン。

カバナじゃなくて・・・連邦の「正規軍」

そう口に出すと無意識に体が震えた。

「僕、僕はドギーバックに戻される・・・」

『チチ』からは自分で切断したはずなのに。いよいよ現実となってみると、恐ろしいのは『チチ』なのか、連邦なのか、わからなくなる。

連邦に捕まった場合、自分はどういう扱いをされるのか。考えたこともなかった。

「ドギーバック?」トヨが手を伸ばし僕の手にゆっくりと触れた。

「僕はそこから生まれたんだ・・・作られたんだ。」

トヨの表情に理解しようとする葛藤がしばし現れた。

しかし、すぐに「そうなんだ。」受け入れた。

「聞かせて。ハヤトの話。聞きたい。」

手を握り、体を寄せ合って二人はしばらく、長いこと無言でいた。

トヨの鼓動が自分のと混ざるのをハヤトは聞いている。

体温が伝わってくると、不思議と体の震えは止まって行く。

目を閉じ、そして開くと・・・ハヤトは話し始めた。


スパイラルフォー-19

2018-01-14 | オリジナル小説

変態の到着

 

 

トヨとハヤトは手をつないで、そろそろと歩いて行った。足元が材木やガラスが散乱していて危うかったからだ。最初に寝かされていた場所は窓のない廊下の端。ガラクタや板でバリケードのように覆われていた。その隅を抜けて程なく廊下のようなところに出る。薄暗さに目が慣れてきたのか、教室のような部屋が並んでいるのがわかった。「やはり、学校だよね。」二人は並んで割れた窓から外を見た。その時を待ったかのように雲の切れ間から月が現れた。沈んだ陽の痕跡が西を教えてくれる。しかし、見渡すところ民家の明かりらしきものも見えなかったのでハヤトはがっかりした。

「校庭・・・だね。」月のおかげで廃墟になった校庭は美しかった。ところどころ壊れたフェンスぞいに生えた木立から雑草が侵入を始めている。

「車が来ている。」唐突にトヨが指差す。「定期的に誰かが出入りしているんだ。」

そう言われると奥の校門らしきところから校舎までタイヤの跡が付いていた。

あとは深く轍を刻んだりしつつ幾重にも重なっている。

「それじゃあ、運が良かったら僕たち、見つけてもらえるね。」

「・・・それはどうかな。」トヨがそう言った時に微かなエンジン音が聞こえた気がする。「誰か来た。」「しっ!」トヨが手を引く。そう言う間に音は近づき、本当に眩しいライトが校門を浮かび上がらせた。「こんな夜中に・・」安堵と不安、半々か。

「あの車、変態だよ。」トヨの声に驚く。トヨの横顔は静かだ。校庭に目を戻すとちょうど車が校庭に乗り入れて来た。一瞬、ライトに黒い影が浮き上がるのが見えような。

「子供がいる?!」トヨが手に力を入れた。「君にも見えた?」笑み。

視線を戻すと影は消え、車は小さな校庭をまっすぐに進んで来ていた。

「逃げよう、隠れなきゃ。」二人は窓から離れる。

 

窓に並んでいる二つの白い顔を男は確認していた。

「やはり、ここにいやがったか。」歯ぎしりと共に。心の隅が自分を責め続けている。すけべ心を出して、目の前に餌につられた自分をだ。

あの子の手に触れた、確かに触れたのだ。少女は自分を森に導いた。そして、友達を助けて欲しいと言った。友達は廃校にいるというので彼の心臓が一瞬、フリーズする。その間に女の子の小さな指は手をすり抜け、木立の間に走り抜けて消えてしまった。

すごい速さだった。人間でないみたいな。

追うこともできず、唖然としていた彼が憤然、悄然として車に戻ってみれば・・・彼が苦労して運んできた獲物まで消えてしまっていた。

一人はどうでもいい、もう一つが・・。極上の獲物が。

だから言ったのに、と責める声。これでは大好きな子供の泣く声が聞こえない。

言葉はすでに彼の思考とピタリと重なっている。

彼が自分を立て直すまでには、少し時間がかかった。山の中で逃げた子供を探す算段がとっさに浮かばない。その時に、ふと浮かんだ言葉が『廃校』だった。

ひょっとしてと、根拠もなく希望が湧く。

楽観的に賛同する声。そうだよ、きっと。いるよ、だから子供を早く・・・泣かしておくれ。そんなわけない、罠だ。二つの声が混ざり合い、思わず男は頭を押さえた。主導権争いをする声は次第に落ち着き一つになる。

どっちにしても慎重にと。

彼はあの妙ちきりんな女の子の琥珀のような瞳が頭から忘れられないのだ。どんなに不自然で怪しいと思っていても。幽霊でも妖怪でもいいじゃないか。正体を確かめたいのだ。

待ってる・・・廃校で。廃校で助けを待ってると言ったのだ。助けに来てと。

それに、こんな山奥の彼だけが知る聖域で、誰が罠を仕掛けるというのだ。自分は一連の少女行方不明事件で全く警察の捜査対象に上がっていない自信がある。

男は再び、声を無視する。

獲物もそこにいるかもしれないと夢想した。いなくてもこんな山奥、朝方に麓で張っていればなんとかなるかも。その前に、あの少女だ。確認しなければ。

 

そう思ってここに来てみれば。

なんとも、逃した獲物が二人、揃ってここにいた。俺には天使がついているようだ。

それにしても。よりによってここに逃げ込むなんて。

あのガキどもも運のないやつらだ。逃げられると思うなよ。

笑みが浮かんで止められない。

子供を・・・早く、子供を・・・

車を停め、ライトを消す。エンジンが止まると周囲の沈黙と冷気が包み込みように迫って来たが男には慣れたものだった。いつもより纏わりつくように感じるのは気のせいだろう。月明かりのせいで、見慣れた光景が何かしら禍々しいほどの壮絶な美しさを演出している。それだけだ。

 

内なる声は高まり、彼を強いて急かす。早く早く、欲望を。慰めを。

苦痛に歪む幼い顔と哀願する泣き声が聞きたくてたまらない。大人だったら酷い仕打ちに耐えかねて自ら死ぬこともできる。だが、子供は・・・死ねる機会がいくらあっても自ら死を選ぶということがない。死ぬことができない。バカだから最後まで助けが、それも親の助けが来ることを待っているのだ。そしていよいよ・・・助けはもうこない、自分は死ぬのだとわかった時。その目に浮かぶ絶対的な絶望が男にはたまらない。

そして、子供たちの全員が親の名を呼びながら死んでいった。

掌中の玉として慈しみられ育てられた子はもちろんのこと、ほとんど顧みられず、どんなに虐待した親であってもだ。その度に男は、子供というものが大人から劣った愚かなものなのだということを繰り返し確信してきた。

なぜなら、親など呼んでも無駄なのだから。

呼ぶなら自分を・・・自らの生死を握る『神』を崇めなければなるまい。

その方がまだ救いがあるというものだ。

絶対的優位において苦痛と絶望を与え、その苦痛から、絶望から解放してくれる『神』。

 

男は傲慢に高揚しながら、手早くレインウェアの上下をまとい、ヘッドライトを装着する。肩から斜めに細身のロープをかけ、サバイバルナイフを忍ばせる。

獲物たちには朝から何も与えてない。腹を空かせているはずだ。その為に買っておいた菓子パンを忍ばせた。

なるべく捕まえる過程では殺したくはない・・・ひとまずは動けなくすることだ。

そして、と欲深い男は舌舐めずりする。あの少女を探すことも忘れてはならない。

結局、終わりよければ全て良しになる。


恥ずかしげもなく

2018-01-12 | Weblog

©CAZZ

 

 

お気づきでしょうが

すでに絵を描く気力なし

よそに使ったコラージュを

恥ずかしげもなく使用中

 

これからもこんな感じです

ごめんなさい

 

 

 

 


スパイラルフォー-18

2018-01-12 | オリジナル小説

宇宙人類、二人

 

 

気むずかしげな少女が腕組みをして上空から見下ろしている。

山の中、木々に覆われたかつての廃校のようだ。校庭もそんなに大きくはない。木造の2階建てが二棟、木造の体育館。鉄筋の別棟。小さな小屋は屋外トイレと倉庫。それらが山麓に寄り添うように建てられている。日は山陰に沈みつつある。下界は暗い。

少女の眉間にはシワが寄っていた。平たい大人っぽい顔だ。一重の切れ長の大きな目。鼻は小さく口は小さい。髪は短く、来ているのは薄い体にぴったりしたオールインワンのよう。浮いている少女は、ぼんやりとした透明な丸いカプセルに入っていた。

麓から見上げるものがあっても、夕空に浮かぶ弱い火の玉は人の目には捉えられない。

現実とは、ずれた次元にあるのだ。

『姉様』声がしてカプセルがもう一つ、飛んでくる。『準備が整いましたよ。』

『ここではそう呼ぶな。』とがった声。『ご不快ですか?』もう一つの声はあくまで細く明るい。見れば丸々とした5歳ぐらいの子供が発している。こちらは小さな頭に不似合いなまん丸な大きな目。やはり鼻も口も小さい。似たような衣服をまとっている。

『デラさまはうまくやってるようですよ。』ハッと相手は馬鹿にした。

『さぞやイリト・ヴェガのコピーは芝居っ気も胴に入ってるだろうよ。』

『セレブジデントのあなたには及ばないと仰りたいのですね、ゾーゾー。』

ハッと再び発し『イリトに言いつけたいならご自由に、ボタン。』

このやりとりでわかった通り、これは基成兄弟の素子と牡丹であるようだ。今はホムンクルスから降りた宇宙人類、ニュートロンたちである。

『罠は準備が整った。』ゾーゾーは太陽に変わり存在を増していく満月を見あげる。

『イリトの望み通りの検体が手に入る機会である。』

それが本当に臨界進化体も望んだことであるのか、そうでないのかはどうでも良かった。

アギュレギオンに対するゾーゾーの想いは自分では認めたくないほど、複雑で測り難かいのだ。相手が自分を嫌っていることは言われなくても感じている。それなのに彼女は相手から離れる気持ちがさらさらないのだった。割り切りといえばそれまでだが、原始人類が抱く好嫌など、馬鹿らしいことだと考えているからだろう。ニュートロンの思惑はそれを超えたところにある。

現在、オリオン連邦にただ一体の神秘の存在。それに関わっている、その側にいることがどれだけ自分のモチベーション、野心を押し上げてくれていることか。

だから、アギュレギオンから離れることななど、論外だ。

一抹の寂しさがあるかどうかなど、考えたこともない。彼女自身はそう思い、微塵の疑いも持たない。持っていないと信じる。

ゾーゾー・エレフェスト・ザロ。連邦の中枢で絶対権力を誇るファーストメンバーの代替わり。ファーストメンバーとは文字通り、連邦が作られた時からを由来する。民間人の数千世代ごとにリニューアルされ続けている存在だ。人体を構成する細胞の限界時に作られるのは3体のコピー。彼女はその何百代目かのコピーの一体なのだ。

しかし。その直系の後継者から彼女は外れてしまった。若いクローン体の苦き挫折。

公的にさらされた徹底的な・・・自己否定の傷。

彼女が羨み憎むべき同胞、その一体が今は中枢の最高幹部の跡取りとしてその座に就き知識と権力の継承に励んでいる。それはとても険しい道、決して安易な道ではないのだが。

残りの一体は遥かオリオンとは全く反対の惑星都市の統括者になることを選び、中枢を去っている。これもまた安易ではないが、利巧な道だ。彼女は始めから自ら治めるところを得ることで傷を塞ぐだろう。

そして、ゾーゾーは中枢に残り・・・臨界進化体の研究の成果により新しく中枢に迎えられたばかりの幹部、イリト・ヴェガの下につくことを選んだ。イリト・ヴェガがファーストメンバーのように何代も自分を繋いでいく重要メンバーになれるかどうかは、これからの話だった。同じような幹部など数千億人もいるのだから。100数十人しかいない、ファーストメンバーとは比べものにはならない。

それだから、ゾーゾー・エレフェスト・ザロはどことなく自らの上司を軽んじている。

イリトは誰の後継者でもない。(例外はないわけではないが・・・後継者を持つことを認められるのは中枢の者しかいないと言ってもいい)イリトはパトナー同士の固い絆によって宇宙に生み出された子供、ラブ・チャイルドだ。両親に当たる二人は、女性と両性を持ちオリオン腕の未開発地域に果敢に挑んだ研究者である。どちらもヒューマノイド系列・・原始星出身の宇宙人類から出た、9世代と16世代のニュートロンだった。

そんなもの話にならないとゾーゾーは考えている。浅い、浅い歴史だ。

 

校庭に少女の姿が現れた。イリト・デラだ。ゾーゾーを見上げる。

『成功したわよん、変態さんはもう直ぐここに来るからね。』

『うまくまけましたね。』ボタンが滑るように降りていく。

『子供たちは奥にいます』

デラは目の前に黒々と割れた窓を晒す建物を見た。首をかしげながら。

『ここ、磁場がさっきまでと変化してるわよ・・・』

『墓場だからですかね?』屈託ないボタンの問いに『馬鹿らしい』とゾーゾーの声。

『温度も下がっていないかしら。』

『計器上は変化は・・・あっ、確かに少し下がってます。』二人の透明カプセルの表面にキラキラと数字や図形、文字のようなものが浮かんで流れて消えていく。

『日が沈んだからな。』ゾーゾーの声は嘲りを隠している。『主に体感の問題だろ。』

『感じないならそれでいいわ。』そうさりげなく受け流し、デラは配置に着くように命じる。『罠を動き出して。』

デラはこの世界と紙一枚、隔てられた次元、ダッシュ空間へと静かに滑り込む。

あとは餌を仕掛けるだけ。

(しかし)とデラは訝しがる。(ここの空間で何かが、動き始めたみたい・・・ひょっとして・・・あの子供たちのせいなのかしら?まさかね・・・)

デラの目の前の建物は次元を通すと歪んでいる。空間がある一点に流れ込んでいる。あるいはそこから冷気が溢れ出ている。冷たく弱かったエネルギーの複数点の動きが活発化しているようだ。

(感じないって素晴らしい)デラはちょっと楽しくなる。

(これって、あれ、ええと・・・そうそう、お化け屋敷ってこんな感じ?)


スパイラルフォー-17

2018-01-10 | オリジナル小説

新たな獲物

 

 

それは突然、飛び出してきやがった。

ヘッドライトの輪の中に浮かび上がった小さな影。

下道を必死で11時間、裏道に入ったり大きく回り道をしたりと山梨と長野の県境近くまで休み休み惰性で車を飛ばしてきた。目的地の近くまで来て俺が安堵からスピードを落としていなかったら、もう少しでブレーキをかけ損なうところだ。車はその子の2メートル手前でどうにか急停車した。

背後の荷物が反動で床に落ち、うめき声が重なる。俺はハンドルを握りしめ目を凝らす。『なんだ?!人間か?』午後6時すぎ、未舗装の山道。空はまだ明るいが森の中はライトがないと走れない。

その上、その子供はいい意味ですごく人間離れして見えた。事故の恐怖からの汗が引き始めると、先ほどまで俺をせきたてていた、かすかな焦りと苛立ちが戻ってくる。

だけどもそれを俺に押し戻させたものは・・・いるはずのないものがいる困惑・・・何よりそれが『少女』だったからだ。

それも小学生、間違いない。光の輪に立ちすくむ猫とそっくりの見開いた目。

猫だったら迷わずアクセルを踏む俺だ。逃避行ゲーム上の野生動物など蹴ちらすための障害物でしかない。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせ、俺は窓を開け顔を出す。

「君・・・どうしたんだい?」なるべく優しそうに聞こえるようにだ。

「こんなところで、何してるの?」

少女は何も答えず、相変わらずライトを浴び麻痺したようにこちらを見つめている。

俺はライトを下げ、エンジンブレーキをかけた。背後が気になるが、それよりも俺は目の前に釘付けならざるをえなかった。とても綺麗な子だ。

ドアを開け、ゆっくりと降り立つ。怯えた獲物が逃げないように。

「・・一人なの?連れは?お父さんとかお母さんとかは・・・?」

俺が近づくと相手は一歩下がる。

目と髪ににライトが反射し金色に光っている。白い肌といいビクスドールめいている。

ノースリーブの白い服、(こんな季節、山の夜に)まさか下着ではあるまいが?

「怖くないよ。」声に落ち着いた滑らかなトーンを。いつも接している時のように。

「こっちにおいで。」「・・・いの。」小さなかすかな返事。

相手が人形や妖精でないことがわかる。胸が高鳴った。こんな僥倖、逃す手はない。

「なんだって?聞こえないよぉ。こっちにおいでよ・・・」手を伸ばす。

「助けて。」少女が言った。「助けて欲しいの。」高く可愛らしい、俺の理想的な声。

彼女の目に吸い込まれそうになった瞬間、冷たい指先が俺の手をかすった。

「こっちへ来て。」身を翻す。俺は慌てて後を追う。

「待って、危ないよ。こっちへ、僕が・・・冷え切ってるじゃないか。」

しきりと俺の内部が警告し囁いてくる。確かにそれで後ろ髪を引かれたたが、やりかけたことをとりあえず無視してもいいと思った。それは後でいいじゃないか。この子の後でも。後からでもあっちは別に大丈夫だろう。

 

 

 

 

助ける手

 

 

ドアが開く音。『早く。』誰かがトヨが被せられた袋を強く引っ張っていた。結束帯で縛られた両足がドアにぶつかり、車外に出された、と感じる。『あっちは?』『必要ない』トヨは呻いた、体を動かす。(ハヤトのことだ、ハヤトを置いていかないで!)

しかし、体が浮き、耳元を風が切る。『面倒だ。』誰かが囁く。どうなっているか皆目、見当がつかない。誰も体に触れている感覚はないのに、空気の流れに乗っているようでスースーと頼りない。むき出しの手が涼しい。草と苔の匂い。

かがされた薬がまだ効いているのか、くらくらする。

あの男、近くでまともに目を合わせたことはなかったが見間違いようがない。あの変態。ハヤトが来ないのでトヨは忘れ物をしたと言って集団より遅れた。その集合場所に彼が車を急に着けてきたこと、中にハヤトがいたこと。後部座席でぐったりとしているがまだ生きているとわかったこと。男が乗れと、いや自分から乗ったのか?

「この子はトヨくんの友達だろ?」男は当然のごとく名前を呼ぶ。「道に倒れていた、彼は病気だよ、病院に連れて行くから。」

嘘だってわかったのに。自分はハヤトしか見なかった。

あまりにも青ざめたハヤトの顔色。様子を確認しようと、あるいは助けようと?・・・「ハヤト!」名前を叫んだのは覚えている。

不用意に車の中に顔を突っ込んでいた。腕を掴まれ引きずり込まれた。

口を塞がれ、もがいたけれどすぐに意識がなくなった。

 

 

 

 

告げる声

 

また、あの女の人だ。トヨの脳裏に住み着いた女。起きて、と囁く。

覗き込む顔。こんなにはっきり顔を見たの初めてだと、トヨは妙に感動する。

意識が戻った。寒い、背中が特に。固くて冷たい床の上だ。カビ臭い。寝かされている。でも、腕と足は完全に自由になっていた。トヨはそろそろと体を動かす。どこも痛くはない。遠くからゥワンゥワンと音がする。警戒して一瞬、身を硬くするが、それは子供の声だとわかる。[女の子、12人。]驚くことに目が覚めても女は去っていなかった。初めてのことだ。どうしてだろうと思いつつ、耳を澄ました。確かに何人かの子供が騒いでいるようだ。甲高い声、女の子っぽい。頭の片隅に存在感を増した女の人が[大丈夫、ここは安全]と告げる。ほっと力が抜けた。動き出す。上半身を覆った袋のようなものに触れた。袋の口は緩んでいた。思い切ってそれを持ち上げる。真っ暗。袋を取り去っても何も見えない闇だった。

苔と埃の匂い。どこかの建物の中。[学校]と女。なるほど、だからさっき子供の声があんなに。そう思ってから、ハッとする。

今は嘘のように静まり返って人の気配もなかった。「・・・どこに行ったの?」小さな声で囁く。[眠るところ]答えが返ってくるのが心強い。

建物を抜ける風の音がする。風が入る入り口と出口があると理解する。それにしても、空耳だったんだろうか。自分を助けたのも、子供だった。

「あれは誰?」返ってきた答えにトヨはしばらく当惑していた。

子供の声は?[関係ない]と。

学校であることと助けた彼らが関係ないことをトヨは即座に理解する。それが真実であると、トヨの勘も告げている。

上半身を起こした。手に触れる床はホコリか土に覆われてザラザラしていた。ここは・・・[廃校]と女。はやる心を抑えて口に貼られたテープを剥がしているとカタリと音がして心臓が飛び上がる。振り向くと光る対の目が・・そしてカサコソと小さな足音が遠ざかる。[イタチ]短い足と長い胴体が頭に浮かぶ。

あの人に会ったその日から、いつもトヨの夢の中だけにいた女の人はいつもより鮮明だ。今は夢も見ていないのに・・・女の人が動物が去った方向を指差している。

動くと手が柔らかい暖かいものに触れた。

手を伸ばすと布に触れる。布から伝わる体温。『人間・・・ハヤトだ』。

ハヤトは袋に入っていない。頰に触れた。耳を寄せる。静かな息。

「ハヤト、ハヤト!ハヤト、起きて。」何度か呼んで揺さぶる。規則的な音が止まった。『そうだ』トヨは手探りでハヤトの口元にも貼られたテープを力いっぱい剥がした。

「痛い!」ハヤトの体が跳ね起きる。安心するほど、大きな声だ。

「トヨ!?・・・トヨなの?」

「良かった・・・」探る手を握る。

「僕たち、助かったよ。」「何なに?・・・何で?ここ、どこ?」慌ててる。記憶が戻らないのだろう。「変態がさ・・・」「そうだ!あいつっ!」ハヤトが隣で身を起こして、呻いた。「痛い・・・あいつ、僕の喉を締めたんだ。」「関わっちゃダメって言ったのに。」「ごめん。」一瞬『チチ』が見ているから大丈夫と思ってしまったのだ。

あいつがしたのは、『ハハ』を屋敷政則にけしかけたことぐらいだったのに。

『わかってたのに・・・僕を助ける気なんかないってこと』

トーンが落ちる。「思い出した・・・僕、あいつの車に乗ったんだ。屋敷が・・・また、父親が来て・・『ハハ』が逃げろって・・・走ってて・・・乗っちゃった・・・・」

「そうか。」トヨには全ての流れがわかった。「それであいつ、ハヤトを連れて僕を捕まえに来たんだね。」「捕まったの!?」ハヤトの声に怯えが混じった。「僕のせいでっ!トヨまで、あの変態に捕まっちゃったんだ?!」

「うん、さっきまではね。でも、もう今は大丈夫だよ。」トヨは落ち着き払っている。「誰かが助けてくれたみたいなんだ。」「誰かって?助けたのって誰?」咳き込んで聞くが「さぁ・・・」と、トヨの声は物憂げになる。「あれは子供だと思う。・・・二人いた。」「子供?」当惑した。『チチ』の持ちコマには自分と、いるとしても・・あと一人のはず。「手が小さかったし、声が絶対、大人じゃなかった。」

助けてくれた・・・ハヤトも。片方が置いてけと言ったのに。

「女の子と男の子・・」あそこからどのくらい離れているんだろう?すごく移動した気がする。「二人以上いるのかも、さっき大勢の声が聞こえたから。」「声?」「今はしない。」

トヨには女が教えてくれた大きな秘密があったが、今言うべきか迷った。

それで沈黙した。

ハヤトも耳を澄まして、闇を見つめている。

『チチ』もこの闇を見ているのだろうか。『チチ』が・・・自分の中に量子次元を仕込みそれを利用する者が、できることはそれだけだと『切り貼り屋』は船に乗る前にあらかじめ教えてくれている。『切り貼り屋』はハヤトことコビトの細胞が脆弱なことを言い訳に脳に仕込む次元の容量をギリギリまで削ったと教えた。それはつまり次元は不完全でいつでも自分で消滅させることが可能なのだよ、と。ハヤトが必要な時に。

不意に湧き上がった怒りと共にハヤトは確信する。『チチ』はハヤトの目にあるこの闇を見ていないだろうと。『チチ』は自分を助けなかったのだ。『チチ』にその気があれば、とっくに自分は助けられたはずだ。『チチ』は『ハハ』を使って屋敷政則を殺そうとした。それは失敗した。だから、きっと『チチ』は『ハハ』を見捨てただろう。『ハハ』はどうなったのか?おそらく、警察に連れて行かれて・・・『チチ』の望む通り、『ハハ』は退場する。そして、トヨと共に変態に連れ去られた自分も切り捨てたか、そうするつもりなのだろう。彼にはスペアがあるから・・・オビトをどこかに隠しているのだから。ドギーバックにコビトをいつ戻しても全く困らないと、いつもそう言ってたじゃないか。

『チチ』の思考がわかる。変態にトヨと共に殺されたコビトを捨て、オビトを『ハヤト』として入れ替える。最愛の子供を失った鈴木夫妻の養子にするつもりなのだ。

『くそっ!』操り人形にも意地があるんだ。『ちくしょう!』

コビトは『切り貼り屋』がかつて教えた通りに意識を集中する。量子次元の仮想イメージは渦巻きだ。『消えろ』『壊れろ』『消滅しろ』イメージで思い描く。渦巻きを包み込み、押し潰す。次元は非物質だから意識で壊せる。

成功したら頭の中でプチッと音がするぞ、それが合図だ。

『切り貼り屋』の真剣な声が耳元で囁く。

その通りだった。

思い切ったら、大して時間はかからなかった。

 

「どうしたの?具合が悪いの?」

トヨの息が頰にかかった。自分がかなり深く意識を遮断していたのだと知る。

「うん・・・でも、もう大丈夫・・・」

ずいぶん、長く息を止めていたようだ。

深く息を吸い、吐きながらハヤトは、これからは晴れ晴れと笑うことができると思った。

ここから生きて帰ったら『チチ』は自分をそれこそ消滅させるだろう。

それでも構わない、自由だ。非凡で心強い、この星でも並外れた子供であるトヨと二人切りで冒険ができるなんて、何て幸せなんだ。ドギーバックに戻されたとしても悔いはない。そう思うと恐れや不安が自分の中から消えていく。

よしっと勢い良く体を起こす。

「声がしたのはどっち?トヨ、ここがどこか探ってみようよ。」

「たぶん、学校だと思うよ。」そろそろと立ち上がる。高揚しているハヤトは寒さも感じなかった。どうして学校だとわかったのかとも、聞くことも忘れている。