MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルワン10-2

2009-09-22 | オリジナル小説
アギュは渡を見やる。渡は目が落ちそうなほど見開いて両手をきつく喉元に当てている。彼の緊張を和らげるようにアギュは微笑み、覚悟を決めた。
「アナタの魂がどこから来たのか確かめなくてはいけません。そうすれば、その苦しみも消えます。わかりますか?ワタシもそれを確かめたい。」
「ぼ、僕はお母さんの子供ではないの?」
「そんなことはありません。魂がどうやって宿るか、はっきりわかってるわけではありませんが。アナタはアヤコさんのコドモです。まちがいない。ニクタイとタマシイの起源は違うのです・・・」本当はアギュにもその確信はない。ただ、渡の母の胎内にいた胎児が一度、死んだことは敢えて言わなくてもいいことだ。
先に死んだ赤子に別の魂があったのかどうかはアギュにも断定できない。
「ただ・・・」アギュはいよいよ核心に触れなければならない。
「アナタのタマシイを追って来たものがあるのです・・・それのことは、おそらくどの世界でも普通ではない。」
「えっ?!」当然、渡は驚いた。理解を超える。
「アナタはジンのことをどれだけ知っているのですか?」
「ジン・・?」
「そう、ジン キョウイチロウです。」
「知ってるっていっても・・・この間、初めて会っただけだけど。」
「見てください。」アギュは輝く衣で床を撫でるように手を動かした。すると床から空中へとグルグルと立ち現れたモノがある。それは光の蔓のように立ち上がり、成長しあっと言う間に空間を立体に埋め尽した。
「これは!」見覚えがあった。はっきりとした確信はなかったが。
「見たことある・・これはあの円盤に浮かんでた・・・?」
「これはワレワレのセカイの古代文字です。」
「古代文字・・・」「アナタはコレが読めますか?」
「読めないよ!読める訳ない!」アギュは宙に浮かぶ文字を指で追った。
「でも、アナタはジンに導かれてこれを解いた。」
「解いた?」「アナタはあのフネを動かしたでしょう?」
渡はジンが囁いた言葉を思い出す。『動けって思うんだ。思うだけでいい。』渡は震える。自分と言う存在が怖くて。心細くて。
「僕は・・・?どうして・・・?」
「どうしてかはワタシにもわからない。知ってるとすればジンです。このモジをアナタが知っていたことがモンダイなのです。」アギュは言葉を切る。
「ワタシはキーだと言いましたね。アナタもキーです。」アギュの指は空中で戯れ続け、渡はその文字に触れることを怖れて身を小さくする。
「アナタは知っているのです。だから・・・アナタはキーなのですから。このモジに感応することはキーの第一の特徴なのです。この果ての地球にいるアナタがこの文字に反応することは・・・この世界にワレワレの世界から古代にフネがやってきたことの・・・これは証拠なのです。」
「証拠・・・」
「アナタの力も。そこからおそらく来ているはず。」
「僕の?」渡は広げた自分の掌を凝視した。
「なんで・・・なんで僕にこんなことができるのか・・・そうしたら、わかる?」
「おそらく。」アギュはうなづいた。
「アナタに力を貸して欲しいのです。」
「僕に?」
「ジンを見つける為に。ジンから話を聞く為に。フネを見つける為にです。」
渡はそこが夢であることも忘れて自分の顔を掌で叩いた。音はしなかった。
「阿牛さんは・・・なんで、船を探しているの?」
「遠い昔にワタシタチの星からこの地球に来たフネです。ワタシタチはずっとずっとそのフネの行方を探していました。それはもう何万年も。そのフネにはとても大事なものが乗せられていたのです。それを回収したいのです。」
「フネ・・・」「それを見つけるのがワタシ達の使命。」
「そうか。」渡は納得する。やっと笑みが浮かんだ。
「それを探しに阿牛さんは来たんだね。あ・・・!」その顔が不安に曇る。
「ユリちゃんは・・?ユリちゃんも・・・?」
「どこまで信じてもらえるかわかりませんが。」アギュは諭す。
「ユリは地球人です。ワレワレの宇宙で育ちましたが。ユリのハハオヤは地球から
宇宙に来たヒトでした・・・そして、今ハハオヤの故郷に帰って来たのです。」
渡から見た阿牛さんはなぜかその時、とても悲しそうな顔をした。
「だから・・・ユリはあなたと同じ、地球人です。」
「良かった・・・」渡は力を抜いた。
「わかりました。阿牛さん。」渡は改まった。これは自分の人生でおそらく1番の重要な瞬間だと感じたからだ。
「僕も知りたいんです。自分のこと。それに、ジン・・のことも。」心なしか顔が赤くなる。「変なんです。ジンには僕もなんだか、なんていうか・・・他人と思えないような感覚があって・・初めて会ったのに・・とても、変だったんですよね。それって、すごく気持ち悪いなって思う・・・」
「良かった。」アギュは密かに胸を撫で降ろした。思った通り、この子供は思ったより冷静で大人びている。秘密に包まれた飛来した魂に由来するのか。
「では、アシタ、アギュウソウイチは南米から帰って来ます。アナタはヒトリで神月においでなさい。」
「ユリに会える?」
「ユリも会いたがってます。」
会見を終わらせる雰囲気を感じ取った渡は慌てて呼び止める。心に引っかかることがあった。
「阿牛さん、さっきユリのお母さんは地球の人だと言いましたよね?」
「?」アギュは不思議そうに首を傾げた。
「僕、不思議なものを見たんです。UFOで阿牛さんに助けて貰った後、船から出る時に・・・僕は夢を見たんですけど。そこは宇宙の真ん中で・・・僕は阿牛さんは宇宙から来たんだとそこでわかったんです。」渡はつっかえつっかえ汗をかいていた。「ごめんなさい、僕、変な話をしてますね。」
「いえ、続けて。」アギュは興味を持って先を促した。
「そこで・・・そこでですね、僕は女の人を見たんです。」
「女の人?」アギュの瞳がわずかに蒼みを増した。
「眠ってました。オレンジの光の中で。とても幸せそうに。誰かに似ていると思ったんですけど、その時は気がつかなかったんですけど・・・その人はユリちゃんにすごく良く似ていたんです。」
「・・・・」アギュは息を止めた。渡は気づかずに一生懸命に続ける。
「今、聞いてそれはユリちゃんのお母さんかな、なんて・・・漠然と・・・おかしいですよね。んなわけ、ありませんよね。あの人もすごく若かったし。」
アギュの目は渡をもう見てはいなかった。蒼い蒼い瞳は揺れて、どこかに逸れた。
「ワタル・・・」「ごめんなさい、変なこと言って!」
アギュは恐るべき努力で自分を立て直した。
「ワタル・・・アナタが見たのは・・・」アギュレギオンの無意識の世界。この普通ではない魂の子供はそれに同調したのだ。アギュは口を閉じると微笑む。
その瞬間、何かがぶれた。アギュの声が僅かに高くなった。
「ありがとう、ワタル。」「阿牛さん・・・?」
どうしたのだろう?アギュは輝いていた。さらに内から陽射しに照らされるように。
オレンジ色の明るい輝きはアギュの胸から射して彼の体を明るい紫色に彩っている。そしてその顔は・・・まるで子供のような表情が浮かんでいた。
「さあ、もう眠りに帰りなさい・・・ワタル。アシタ、忘れずに神月に・・・。」
声は裏返りかすれた。しかし、不思議と渡は違和感を感じなかった。アギュの喜びが渡にも感染していたからかもしれない。
アギュはそっと渡を眠りの中に押し返す。「待ってるから。オレも・・・」
渡は心地よい眠りの中に滑り降りて行った。

しかし、数時間後、渡は飛び起きた。
なんだろう。誰もいない。いつもの自分の部屋。鯉のぼりの影もない。
アギュとの会見。それは夢ではない。それは確信している。
そして、眠ったはずなのに。
とてつもない悲しみに起こされた気がした。心臓がドキドキする。パジャマの上から押さえた。生地は汗で湿っていた。渡は灯りを付けずに窓をみた。
廊下に忍び出る。香奈恵が付け忘れたのか、いつも灯りが付けっぱなしの廊下は暗い。暗いけど外の僅かな光で床が光っている。
渡は音をたてないように静かに窓を開いた。
今日もザワザワと風で木々が鳴っている。黒い揺れる木の枝に黒い影が見えた気がする。しかし、なぜか以前のような恐怖はわき起こらなかった。
中腹に輝くユリの灯りせいだろうか。阿牛さんとの会見のためかもしれない。
渡はその影にジッと目を据える。そして呟いた。
「ジン・・・?」影は動かない。「ジン!」ちょっとだけ声を大きくした。
返事はなかった。当たり前かとも思った。なんでジンの名前を呼んだのかもわからない。渡は目を凝らして黒い影をしばらく見つめていた。
誰かがいたような気がした。しかし。
気がつくと、木の影は消えていた。




次の日。
朝食の席で渡は父から、神月に阿牛さんが南米から帰って来たことを知らされた。
「じゃあ、シドさんも?」香奈恵はあからさまに喜ぶ。
もうすぐ、ガンタも正虎と一緒に夕方には戻ってくると母親達はニコニコした。今日は久しぶりに腕を振るおう。香奈恵の母の揚げ物も板さんのお味噌汁も。
ユリは父親としばらくいると言う。
「あんなことがあったんだもの。阿牛さんも少し、仕事を減らさなきゃ。」と母はため息をつく。「トラちゃんもだけど。あんなかわいい子を置いて仕事で外国ばっかり。気が知れないわ。」気が知れないと言えば、正虎の親は今回も帰国しないらしいと、大人達は眉を潜めた。その辺りから、子供達は台所から追い払われたが、渡は母に呼び止められた。
「ユリちゃんがあなたに会いたがってるそうだから。宿題終わったら、神月に行っていいわよ。」渡もそのつもりなのは言うまでもなかった。「お昼も向こうでおよばれしなさい。」
香奈恵が後で聞いたら悔しがるだろう。さらに何を言われるかと思うと憂鬱になりかけたが、今の渡はその心配を振り払う。ユリに会える。
そして、阿牛さんにも。


渡が息を切らして神月の門にたどり着いたのはちょうどお昼の前だった。
書き取りはかなり雑になり、数学に至っては答えの自信がまったくない。
でも、そんなことはどうでもいいのだ。
ベルを鳴らすのももどかしく大きな木のドアの前に立った。

「おう!」ドアを開けたのはガンタだった。
「ようやく、来たな。」
渡はいつものガンタであったが、なんだか声に詰まった。もしかして、そういうことは・・・ガンタ達もなのか?。多分、そうなんだろう。胸がいっぱいになる。
「そんなに緊張するなよ。」ガンタは笑う。
「みんな待ってたんだぜ。」
「ワァタルゥ!」声はまだよく調節されていなかった。
でもユリは矢のように階段を降りて来て、渡の胸にぶつかるように抱きついてきた。「ダ、ダイジョブ?・・・ダッタ?ミ、ミナニ、イジメル、ラレテ、ナイカ?」
精一杯の叫びだった。息をゼイゼイ言わせ、つっかえながらいっぱいいっぱいのセンテンスに渡の目は思わず熱くなった。
「ワタシ、ズット、イキタカッタ・・・ダケド」
「ユリちゃんは一刻も早く、渡と話をしたかったんだよ。だけど、そこは大人の事情でさ。アギュが南米から帰って話をするまでは、ダメだったってわけ。」
「アギュ?」
「阿牛さんの本当の名前はアギュ。僕らの上司だ。」
渡はガンタにうなづくとユリにもうなづく。
「大丈夫、大丈夫だったよ。ユリちゃん。」
「さあ、行こうぜ。」ガンタが長い廊下を導いた。
渡とユリは手を固く結び、片時も離れなかった。

神月の改築された家は渡には久しぶりだった。
手を入れて修復された和洋折衷の洋館は落ち着いた緑の控えめな唐草模様の壁紙と梁はわざわざ古びた白に塗られている。そんな広い天窓が明るく陽光が燦々と降り注いで、玄関のホールは目に眩しかった。
吹き抜けに下がるシャンデリアは、床に朽ちて落下したものを再現したものだったはずだ。かすかに見覚えがあった。
小さい頃は普通に遊びに来ていたはずだ。いつからだろうか?
ユリの父親が怖くなり出した頃からか、渡はユリの家を敬遠するようになる。
思えば、それを見透かしたかのように阿牛さんの留守にはユリが竹本に預けられるようになったのだ。阿牛さんの会社の社員達とともに旅館の離れの寮に。
広々とした応接室に招き入れられると、そこには全員が揃っていた。アンティークの重厚な応接セットには正虎がすまして座っている。渡を見ると黙ってただうなづいた。テラスの窓際から振り返ったシドさんだけはちょっと難しい顔をしていた。
いつもよりさらに機嫌が悪そうに見える。
「待ってましたよ、ワタル。」そして、阿牛蒼一は部屋の真ん中に・・・そこに立っていた。浮いてはいない。しっかりと床から立っている。しかし、渡の目には昨夜、夢であったアギュの姿のままだった。光が少ないだけで。
渡はすべてを改めて確信した。彼はしばらく、呆然とし、もじもじとしてから、ガンタを振り返った。
「じゃあ、みんなも・・・そうなんだね?」
渡はごくりと唾を飲み込む。
これも又、渡の人生に置ける重大な瞬間のひとつとなるのだ。
「俺達はオリオン人なんだよ。」ガンタが真面目な顔をする。
「お前の知ってる、オリオン星座から来たんだと思ってていいよ。」
「はるばると。」アギュが歌うように「フネを探しに。」
汗をかいた渡の手をユリの手がギュッと握る。ユリの指は渡よりも小さく華奢だった。血の通った暖かな指。ユリも、宇宙から来た・・・ユリは地球人だけど、宇宙から来た。阿牛さんによると。阿牛さんのことは理屈でなく、すんなりと納得した渡だったが、ユリやガンタ達のことはまだ漠然とした話に感じられた。
「ワタル・・・イワナイ?トモダチ・・?」ユリが心配そうにゆっくりと言葉を紡ぐ。渡の目を真剣に受け止め、懸命に言葉を繰り出す。いつもと何も変わらない、優しい大好きなユリの黒い瞳だった。
「イワナイデ、ワタル、オネガイ。マモルカラ!ユリ、ワタルヲ、マモル。」
守る? 僕をユリちゃんが? 渡は首を傾げる。でもユリは真剣だ。
「ユリ、ワタルト、トモダチデ、イタイッ!」
(ドラコとも友達になるにょ!)
「あ、変な虫・・・」
ガンタが爆笑する。
(虫じゃないって何度言ったら、わかるにょ!)
「ごめん・・・えーと、なんとか、ドラゴン?」
「仕方がないって、ドラコ!ここでお前が一番、近いのが虫だもんね。」
(ぷぅ~)
「渡、ドラコはワーム・ドラゴンって覚えておいてくれ。一応さ、ドラゴンってことで頼むよ。」
「そうだ、確か、ワームドラゴン。」渡はガンタの肩に現れた鯉のぼりようなものを改めてマジマジと観察する。竜なんだ・・・?巨大なウーパールーパー?
「ごめん・・・僕、初めて見たから。」
「いいって、いいって!」ガンタが言うとドラコはますますふくれた。
(今にシドラにバラキを見せてもらうといいにょ!ワームを侮ると火傷するにょ!)
「バラキとは我の相棒だ。」シドラが見事なプロポーションを見せつけるように歩みよった。大人の女性の肉体に子供とはいえ、渡は目のやり場に困る。今日のシドさんは体の線を見事にあらわにした黒のスーツに身を包んでいる。いかにもやり手の秘書っぽい。「でかすぎるので、この空間にはいられないがな。」彼女は破顔し、ユリを優しく見つめた。ユリの手は渡の手を今もしっかり掴んでいる。
「放すなよ、ユリ。」シドラはつぶやく。「ユリの望みが我の望みだ。」

「では、くわしい話は食事をしながらでも。」アギュがくつろいで声を放つ。
「それで、いいですか?ユリ?ワタル?」
「もう、腹減って死にそうだよ。」ガンタが笑う。
「今日はオリオン風フランス料理のフルコースじゃ。」タトラが席を飛び降りる。
「他ならぬ、わしと調理システムとの合作じゃが、味は保証付きじゃぞ。」
「トラさん・・」
「トラキチで構わぬよ。わしはちっとばかし年上なだけじゃ。」猫の含み笑いが浮かぶ。「なにせ、渡殿とは同級生なのじゃから。」
「そうそう、何も変わらないよ。」ガンタも笑う。
「そう、表面的におぬしは何も変えてはならない。」シドさんが厳しい顔でうなづく。
「できるな?渡。ユリの為に。」

ユリはすばやく手を放すと渡と向かいあった。「ワタル?」困ったように首を傾げた。そして、再び、勢い良く差し出す。
「そうか。」渡は息を吐いた。気持ちが楽になる。
こうなっては、もうさして自分がたいして驚かないことに渡は気がついていた。
渡はユリの手を取る。そして、力強く、握り返す。
「そうなんだ。そういうことか。」渡は誇らしく思った。
「うん。僕は秘密が守れる。任してよ!」
「ワタル!」ユリが抱きついた。「トモダチ!」
(そうにょ!)
「そういうこと!」ガンタとシドラがうなづく。
「そういうことです。」
阿牛さんが優雅に最後を締めくくった。







        スパイラルワン/完

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