MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルワン6-4

2009-09-05 | オリジナル小説
            幕間3 退屈な悪魔



さて。この辺で神興一郎と言う男の話をしなければならない。
正体は勿論、古の悪魔デモンバルグである。

ポールとリック。
渡がマイクと呼ばれていた過去(渡の記憶からは今は失われた、前世というやつである)、バミューダに現れた悪魔のことを覚えているだろうか?。
渡を追って神月の遥か上空に現れた魔物。
死んだ新生児の肉体が渡という魂を得て命を吹き返した時、神月の診療所の上でアギュに追い払われた悪魔のことである。
果たして悪魔は異星人やUFOと同じく、この宇宙に実在するものなのであろうか。
彼らは、我々人間の属する生命と並ぶようなある種の生命体なのだろうか。

魂というものがあるのならば、その拡大解釈としての悪魔、邪悪な魂の集合体というものも定義することができそうだ。遥かオリオンから来た人類であるオリオン人達も魂の存在は認めているのだから。彼等はそれを精神流体と呼んでいる。肉体と精神が発する電気信号の集合体、脳の持つ意識の熱、エネルギーとしての存在を認めているのだ。
しかし、悪魔はどうであるか?。地球人に近いと言われる、原始星人達の慣習や意識の中にはそれに近いものが今だに残っている気配はある。彼等の多くはいまだ宗教を持ち、一族の拠り所としての神を奉っているのだから。当然、その神の敵も必要だったのだろう。実体を持つものではない。オリオン連邦の支配下にある彼等は、既にその存在をあくまでも観念としての邪悪として考えるようになっている。

宇宙に進出しなかった原始星人に対する、宇宙空間で進化した人類、主にニュートロンとカバナ遊民達にはそんな観念すらありえなかった。なぜなら、広大な宇宙は唯一無二の絶対神であったからだ。
そこでは命は深い意味を持たなくなる。命など簡単に失われるものだから。そして、からくもそれを奪われることなく生き抜けた時・・・それは、神の恩寵等ではなくそれぞれが自ら勝ち取ったもの以外の何者でもなかった。
宇宙には神も悪魔もない。そんなものは意味がない。宇宙がその二つを常に内包し人類はそれにぴったりと包まれていたからだ。逃げ場など、どこにもなかった。

しかし、悪魔という存在に対する手がかりはある。
なぜなら、宇宙は一枚岩ではないからだ。それは無数の次元が絡み合って出来上がっていた。
そして、その次元には次元生物がいる。ワームドラゴンと呼ばれる存在もその一つだ。
これなら、可能性がありそうだった。
アギュレギオンも不確定ながらも、彼を異次元生物でではないかと推察している。

悪魔はそんな人類とは異なった、異次元にある存在なのかもしれなかった。
そんな悪魔の1人。
デモンバルグである。

彼は今、ジン(神)と名乗っている。
人間達が自らの対局をなすとしているこの名を己に冠することは彼のちょっとしたシニカルなジョークであった。
東洋圏ではこの名乗りが気に入っている。



6年前、アギュレギオンから追い払われたものの、デモンバルグは自らの獲物を勿論あきらめていたわけではない。
実は幾度となく、密かに獲物のその後を確かめに来ていたのだ。
蒼きヒカリ(アギュレギオン)が姿を変えて、獲物が産まれた家と親しんでるのはすでに把握していた。悪魔のマナコにはどんなにその姿を変えてもヒカリはヒカリとしてしか見えなかったからだ。そう、眩しすぎたと言うことだ。
光の連れ・・得体の知れない仲間と子供もそこに容易に見いだせた。
彼らに関してはヒカリとは違い、肉を持った普通の人間としか彼には感じられなかった。宇宙から来たなどと、容易には信じられぬ。ただ、仲間は心が読めなかったが。しかし、そんな人間もいないことはなかった。よってデモンバルグは彼らは保留とする。
注意すべきはユリと呼ばれる子供の方だとデモンは思った。
そう、ユリと呼ばれる子供は成長していなかったのだ。かつて渡が乳児だった頃も、6歳となった今もユリは6歳の少女のままだったのだ。
そしてそれを、回りの人間達はまったく気が付かった。これはなんらかの術、デモンも得意とする目くらましが施されている証に違いなかった。
しかし、敢えてそんな暴き出しをしてあの光に挑戦するつもりは今のところ毛頭ない。
時間が経って冷静に問題を検討してみれば。光とその仲間が、地球外生物であるのかないのかは、デモンバルグには基本的に関係ないことだったからだ。

大事なのは渡。
渡の側に誰もいない時間。
彼は忍び寄る影となって獲物に近づいた。まずは無難に渡の夢に。
しかし、深入りは禁物だった。
少なくとも異質なモノ達は、彼の獲物に手出しをするとか、危害を加えるといった様子は全くなかった。
忌々しいことにどっちかと言えば、保護しているといってもいい。
デモンバルグから見た一番の問題点は、彼らがデモンバルグからも渡を保護しているということなのだ。
6年前、シッポを巻いて前向きな撤退をしたとなってはそれもいたしかたなかった。辛抱強く隙を伺うことしかできない。
おそらく彼が光と再び、ことを構えなければならないとしたらそれは渡をあの遺跡に再び連れ出すチャンスが訪れる時しかあり得なかった。
面倒くさいので、いっそのこと渡をリセットしてしまおうかとも思わなかったわけではない。しかし、渡を殺すチャンスはなかなかに難しい。光と戦うことになる公算が高く、光を倒せる術も浮かばぬ今はまだそれはなるべく避けたい。それに自ら手を下すのは躊躇いがなくもなかった。
このまま、年老いて死ぬのを待つと言う方法もあったがそれではあまりに消極的すぎる。デモンバルグとあろうものがみっともない。その上、退屈きわまりない。
いずれにしてもようするに、彼はかつて無数の誰かであり、マイクであり、渡となった魂にあまりにも長い愛着と執着を感じていたのでそれが足かせとなっているということなのだった。
そんなデモンバルグの気持ちも知らず、その存在さえ脳裏からすっかり忘れリニューアルされた獲物の方は、涼し気な目をした手足の伸びた男の子に育っていた。
(それはいつもそうだった。女であったことはない。それがその魂の特徴だった。)
渡が小学校に上がるまでのわずかな間も、悪魔は一日一日を長く感じていたであろう。
手ずから、その成長に関われないということがこんなに身を焦がすほどの苦痛をもたらすことであるか。今まで、彼は知らなかったのだ。
気がつけば彼は恋人を思うように光を倒す算段を常に考え続けていた。それ以外の時、デモンバルグはただただ、退屈だと言うだけで罪もない何十人かの人間の命を戯れに奪ったり玩んだりしていたのだった。


そんな時だった。
獲物を見舞う途上の御堂山で怪し気な行動を繰り返す集団に気がついたのは。
彼らは見るからに禍々しい気(デモンの好みではなかったが)を放っていた。
デモンはたちまち、彼らに強く引きつけられた。
余暇を持て余していた悪魔の、暇つぶし。
そこにまさか、獲物の方からニアミスしてくることになるとは。
しかし、デモンバルグは知らない。
単純に喜べない程に問題は大きかったのだ。



3日ほど、時を遡ろう。
渡達が御堂山の沢を探索するちょっと前。

「おまえは普通と違うな。」3兄弟の中でとびきり凶暴なダ・ウが彼を見た。

ダと呼ばれる(発音される)彼らは3人兄弟であった。所謂、空賊である。
遊民の宇宙人類。産まれて死ぬまで宇宙船の中で暮らすのが彼らの一族の定め。
連邦にはご丁寧に重要指名手配されていることも彼らの誇りだった。
父と祖父は叔父、叔母らとオリオン連邦の軍事輸送船にまんまと忍び込んだが、追撃ロボットから逃げ損ねてペルセウス寄りの前線のはずれで木っ端みじんに散ってしまった。もう少しで、カバナボイドに逃げ込める直前だったことが今も悔やまれる。ダである、リとアとウは父達亡き後に立派に盗賊団一族をまとめあげた母と伯母から寝物語にいつもその話を聞いて育った。残された彼らは勇敢で残忍な女盗賊団と恐れられていた。
しかし、今はその一族も上の者達もすでに老齢になってしまった。何度も修復された皮膚は機械が透けて見えるほどだった。母親も曲がった背中に背骨を入れる手術をしたが、非合法の医者であった為か、経費をケチった為か経過がおもわしくなかった。後はおむつも取れない子供達と乳が張る幼い母親達、そして年寄りしかいない。そこで、彼ら3兄弟はキャラバンから独立し、出稼ぎに出ることにする。
他の一族は遊民ボヘミアンの聖地である、ボイドに建設されたカバナシティに向かうことになった。

「名はなんと言うんだった?」ダ・ウが再び尋ねる。
「神興一郎。」そうデモンは名乗る。ヌバタマのように髪は黒い。顔色は蒼白、銀色を帯びた目は酷薄な光りを隠し持つ。この形を成す時の彼は実態を持たない影のようなものだ。気まぐれに乗っ取ったかりそめの肉体を覆うこの姿が陽炎のように相手の網膜に信号を送っているに過ぎない。
一時的な交渉ならこれで充分なはずだった。
「俺が聞きたいのは、おまえの正体だ。」理性的な狂人であるダ・リがいつの間にかジンの頬に鋭利な刃物を優しく押し当てていた。
「正体?なんのことさ。」ジンはクスクス笑う。これはおかしい。
「俺っちはただの風来坊よ。盗人だの、詐欺師だの言われるけど自分ではどっちが本業かわからないのさ。」
「ふざけるな。」まあいいとダ・リは刃を閉じた。
「おかしな奴だと思ってな。」
「どういうことだよ、兄貴」ダ・ウがジンを睨みつける。態度によってはその太くたくましい腕と曲がった指で相手の細首をねじ切る覚悟だ。
「人間って奴はおかしなもんで、なかなか自分の状況を受け入れられないもんだろ?」兄貴が顎をしゃくった車のトランクには、そんな状態で死体となった男が納められている。そいつも女と子供を拉致した時の仲間だったのだが。
「神さんは俺たちが何者だってしても、驚かないみたいだ。落ち着き払っているってことよ!いや、むしろ落ち着き過ぎだってな。・・てっきり、最初はこちらの警察とやらの回し者かと密かに思ってたわけよ。」
「ふうん。」ジンはダ・ウをイライラさせる為に更にニヤニヤする。やめろ、とダ・リが弟の手を押さえる。
「そいつは光栄なことさね。」ジンは自分の長い前髪に触れた。「数々の修羅場をくぐった甲斐があったってわけね。だいたい、俺っちに言わせるとお前達だっていったい何者なわけさ?」
今度は兄弟達が笑う番だった。「・・俺たちは宇宙人だ。」ずっと奥に座り威厳を保つように黙っていた一番上のダ・アが夜空にまっすぐと指を指した。「はるばると、この星に悪事をしにやってきたわけだ。」黒々とした穴のような眼。
「信じないだろうけどよ。」むせび笑うダ・ウとダ・リを前にしてジンは考え深気に顎をなでた。
「そういうこともあるかもな・・驚かないさね。」
「!」ふいに無言の殺意が押し寄せて来る。
「おいおい、自分達で言っておいて、人が真面目に信じたらそれかよね?常識で理解できない人間を最近は宇宙人だって言うだろうがさ?」
刃物を構え息を詰めていたダ・リは上の兄貴の命令を仰ぎ見る。
「・・まあ、いい。」ダ・アも深く息を吐いた。「俺に言わせるとお前だって、充分この星の人間ぽくないぜ。」壊れた笑顔。神興一郎が兄貴のお気に召したと感じた、他の2人も張り付いたような笑顔を並べる。
魔族である神(ジン)ことデモンバルグは当然、この星に現れたヒカリのことを思っていたのだ。それ以前だったら、信じるどころか彼らを嘲笑し辱めそこから生じる怒りや憎しみ、争いや困難を堪能しようとしたはずだ。
そして最後にはたっぷりと腹を満たす、恐怖を味わう為に彼らを殺そうとしたかもしれない。
勿論、デモンバルグは知らない。そんなことをしようとすれば、宇宙人類である彼等は簡単には殺されないだろう。当然、悪魔すら困惑する、いささか面倒な困った展開に確実になっていたはずなのだが。それもまあ、悪魔には一興であろうか。
しかし幸いなことに、最近のデモンバルグはとても慎重になっていた。
彼の獲物を奪い去った蒼い光の存在によって。
数年前から起こっている、悪魔にも理解できない事ごとがようやく彼にも形をともなう危機感として浸透し初めていた。



「・・ところであんたらはさ、どうするのよ。捕まえた女のことだけどさ。」
ジンは本気で知りたかった訳ではないが、社交辞令で口にした。
この状況で聞かないと却って不自然になるだろう。
「あんた達兄弟はさ・・中国人なわけ?つまりさ、中国マフィア?」
3人は無言で笑い続けた。こんな時は、デモンバルグだったらばたいがいの人間達の思考が読めるのだが、この男達からは何も感じない。ぽっかりとした暗黒があるだけだ。
この場では神興一郎と名乗っている、デモンバルグは悪魔ゆえに恐怖を熱愛する。
恐怖こそが彼の主食であった。恐怖こそが命の糧。
だから、まれに見る恐れを知らない人類が苦手であった。
付け込む隙がないからだ。
彼らは一様に勇敢であったり、賢かったり又はものすごく愚かであったりした。
しかし、死の間際まで恐れないでいられたものは少ない。
デモンバルグの気の遠くなる程の記憶の中でも極わずか。
そんな飛び抜けの十数人は崇高で強靭な意思を用いて悪魔をなんなく退けてしまった。恐怖を知らない訳ではない、むしろ誰よりも恐怖を知っていた者達だった。
自らの強靭な精神でそれを組み伏せ、最後には至上の喜びに包まれて死を向えた。悪魔に取って焼け石にも似た、それらの崇高な魂はデモンバルグの指をすり抜けて預かり知らぬどこかの高見へと飛び去ってしまった。
敗北感と悔しさに悪魔の身の内をうずかせ、地上に置き去りにしたまま。
そもそも、こういった手合いには近寄ることすら難しいのだった。
古き強大な悪魔といえども気疲れし、ことごとく体力を奪われる。
この奇妙な男達はそのどれとも違った。
無なのである。恐怖というものが存在するべきところが、無なのであった。
恐怖と言う意味すらわからないのではないかとデモンには危惧された。
おいしくない。
なのに、どうしてこんな腹の減る無駄なことをしているかというと。
すべては転生して今は渡と呼ばれている、彼の獲物。
彼がある理由で追い続けている魂のせいでもあった。
なぜなら、この兄弟の肌合いは直感的に光の仲間達に通ずるものがあったからだ。デモンバルグはどこかで確信している。こいつらとあいつらは似ている。もしかすると地球外生命かも知れないと思った。ジンは未知の人類に対する好奇心から、無鉄砲にも彼らの仲間となり、今やどっぷりと深入りしていたのだ。
猫をも殺す好奇心が悪魔をも滅ぼすことはないのであろうか。

「あんた、おもしろいぜ。」兄弟が囁く。「あんたなら、ずっと俺たちのこの星の仲間にしてやってもいい。」
「そこの肉の一つをつぶしてくれたらな。」
泥と埃にまみれた灰色のセダンが車がそこには止まっている。辛怖じて乗り入れた草ぼうぼうの山道。そのどんづまり、行き着いた先は同じく草に覆い隠された空き地だった。大きな岩の崖下にうっそうとした木々が屋根を作っている。セミの声に微かなせせらぎが混ざる。沢が近い為か石がゴロゴロして足場が悪かった。
そんな草地に縛られた人間達が袋のように転がされていた。
女が2人、子供が1人。女のうちの1人は子供の母親でもあった。男が3人。この男達は女と子供に麻薬を打っていた組織の男達。女達は娼婦。子供も似たようなものだった。彼らは職質しようとした警官を振り切って山に逃げた男達だ。ジン達が苦労して拉致した女達を追って来たのだった。
男のうちの一人は抵抗した為に殴られて血だらけだった。兄弟が示したのはこの男であった。猿ぐつわと乱れた髪の間の目がジンの方へと怯えて見開かれた。
ジンはためらいもなく立ち上がる。その仕草は優雅でさえある。
「悪いな。ご要望だからさ。」ジンはダ・リの手から刃物を軽々と受け取った。
「通過儀礼って奴だわ。仕損じたら、今度は俺っちってわけさ。」ダ・リがうなづくのを背中に感じ、ためらいもなくジンの手が踊った。
信じられないと言った目をして、男は死んだ。その目が曇って行くと同時にその死体から周りの生き残った者達から、じわじわと絶望が辺りに滲み出す。甘美だった。ジンは半ば陶然として、それをむさぼった。
「兄貴!」
跳ね上がったもう一人の男が草むらを逃げ出す。足の呪縛が解けていた。
ジンは反射的に追う。
追いつきざま、ナイフがその首に食い込んだ。大降りのサバイバルナイフは猿ぐつわも断ち切っていた。
男は絶叫する。長い長い悲鳴だった。ジンは片手でその口を塞ぐと軽々と喉をさらに深くえぐった。歯を立てられたジンの指に、男の最期の痙攣が何度か駆け抜ける。その声はゴボゴボという喉から血と空気が漏れる音を最後に途絶えた。
「しまった・・殺しちゃたさ、まずかった?。」ジンは兄弟を振り返る。ほんとに困った表情が浮かんでいた。「つい、やってしまったさ。」
ダ・リは爆笑した。「商品に傷を付けたな。」ダ・ウがうなる。
「すまん。」ジンは首を傾げる。
「まあ、いいって。別に死んでたってかまわねぇんだから。」一番上が気安く請け合う。
「あんたがいいのはそういうとこだ。俺たちに似てる。簡単に殺すってのが気に入ったぜ。」
ダ・アはおもむろに銃を持ち上げ残った男を撃ち殺した。乾いた銃声がパンパンと谷に響いた。ダ・リとダ・ウは誇らし気にそんな兄に仕える。
ダ・アは弟達にトランクの中の死体も外に出すように指示した。
「実際、死んでた方が運び易い。加工もしやすい。」
兄弟はニヤニヤとジンを試すように横目で見た。
「そこらにここの奴らが作った、モノレールとやらがある。4体とも山頂に運んでもらおうか。」
「くわしいんだな、ここらにさ。土地勘があるんだ。」そもそも彼等を発見したのが御堂山であったことはおくびにも出さない。あくまでもさりげなく、しかしひとつも気を抜かずジンは言葉を選ぶ。「最初から、ここに連れてくる手はずが出来てたんだな。」昨夜、東京の真ん中、神保町の暴力団が管理してるマンションの1室からここまでの道程。女達を連れて出るのは5人でも楽ではなかった。何人かのやくざをかなり痛めつなくてはならなかった。「やくざにシャブ漬けにされた密入国者の娼婦達だろう?・・そして戸籍のない子供。消えても誰も気がつかない・・・問題にならないわけさ。あんた達は吟味し、・・・選んでひっ攫ったんだろ?」
「まあな。」ダ・リは誇らしそうに鼻をならした。「まさか追って来るとは思わなかったがな。」「あんた達は・・・特に足跡を隠さなかった。」ジンは続ける。「追われても構わなかったんだ。逃げ切る自信があったのか・・・」「あるいは、こうして殺しちまえばいいとかな。」ダ・アが笑う。「追って来させたのかもな。ここにだ。罠ってわけだ。」「そして死体が4つに増えたと。」「それも想定のうちさ?。」場合によってはジンもその死体の一つになっていたはずだ。死んだ仲間もジンも言わずと知れた素性もわからぬはずれものという点では消えたところでなんら問題がない。
「俺らには情報網があるんだ。」ダ・ウがポツリと言う。ダ・アが引き継ぐ。
「そうさ、協力者がな。俺たちが仕込んでる奴がな。そいつが色々なことを教えてくれる。獲物の場所とか、逃走経路とか。追っ手の動向とかな。」
「この土地もそいつのお墨付きさ。ここは・・・色々といい場所だからな。使い勝手がいい。今は使われてないモノレールが山頂まで通っているしな。」
「運ぶのを手伝ってやれ。」ダ・リが弟達に顎をしゃくる。
「運んだらあいつらの痕跡を消してもらう。あいつらの乗ってた車が警察に押さえられた。警察は駅と道を張っているそうだ。山狩りでもされたら面倒だからな。」
「協力者って、誰さ?」
「それはまだだ・・・そのうち教えてやる。」
「逃げられたら困るからさ。」ダ・ウが不機嫌に唸る。
「俺が?」
ジンことデモンバルグは軽く口笛を吹く。
「俺は今のところ、逃げる気使いはないさね。」
「逃げようったって、俺たちからは逃げらんねえ。」
「そろそろ、俺っちにも聞かしてもらえるのかい?」
自分にも読めない心、異質な意識の匂い。
光に出会った時に感じた陶酔が微かに甦り始める。
「あんたらの目的を。こいつらの使い道って言った方がいいのかもしれないけどさ。」
「いいのかい?知ったら、さすがのお前も正気でいられないかもよ。」
そうなったらジンを殺すだけだと兄弟の目が言っていた。
「試してみたらどうさ?」
今やデモンはときめいていた。
退屈な時間から解放される予感だった。

スパイラルワン6-3

2009-09-05 | オリジナル小説
家に入るとガンタがいた。
台所のテーブルの端に虎さんと並んで晩飯を食べていた。
「いったい何、してたのよ。ユリちゃんまで遅いし。」
香奈恵が自分も食べながら、ご飯をお給仕してくれる。
「よう!お帰り。」ガンタはコロッケをくわえたまま、色の薄い目を上げた。
「ガンタ、帰って来てたんだ。もう仕事終わり?シドさんは?」
座るのももどかしく、渡は箸を持ちながら思わず声をかける。
渡はガンタが好きだった。相手は成人男性だが、渡とは波長が合うというか。二人とも精神年齢が近いせいだと香奈恵には言われている。この場合はガンタの方が低いという意味になる。ガンタは暇な時にはいつも、社員の中でも率先して渡達と遊んでくれる。時には、渡の方がガンタの暇つぶしの相手をしてあげている気分になることもあるくらいだ。
もう一人の社員、ガンタの姉にあたるシドさんの方はユリを除いて、あまり子供の相手はしてくれない。シドさんという女性は見かけも怖そうだが、実際なかなか手厳しい。しかしどういうわけか、社長の娘であるユリ(シドさんとは、そういうしがらみを最も気にしそうにない女性である。実際、社長にもまったく手加減しない。)にはとっても甘いので、ユリが親しくしている渡達はガンタ程は厳しいことは言われない。総合的に見ると、面倒見のいい姉御と言える。
はっきり口に出さないが、香奈恵がシドさんを崇拝しているのも周知の事実だ。
「ああ、シドラ?~さっき、旅立ったよ。社長と南米に。」片手だけを振る。
「だってさ~!すごいよね?残念でしたー!」香奈恵が箸を休める。「今度はブラジルだって!。この間、帰ってきたばかりなのにね。ユリちゃんのお父さんもゆっくりしてればいいのにねー。シドさんだって行っちゃうしさ。秘書だから付いて行かなくちゃいけないんだろうね、大変だけどうらやましいなー。それに較べて、弟の方は暇そうだけど。留守番ばっかし。」
ガンタは相手にしない。「香奈恵のママさんの揚げ物はうまいよな~お客さんに出せるよね。」渡の母は揚げ物は得意でない。香奈恵はフンと得意そうに又、箸を取る。入れ替わりにガンタの箸が止まった。
小さな手で箸を動かす、隣の虎さんの方にかがみ込む。
「それよりさ、そのUFOとかってほんとに見たの?」
「見た、見た。あれは~型かの。小さい方じゃ。」よく聞き取れない。
「そうか~面倒くさいな。」ガンタは息を吐いた。
「社長が行く前だったら、その情報面白かったのに。」
「ユリちゃんのパパだってダメよ、大人に言ったら。絶対、信じないし、またどうせ怒られるでしょ。」香奈恵が嘆く。俺、大人って言うガンタの声は当然無視される。
「それにシドさんが心配するだろうし。言えないわよ。」目がうっとり。
「シドラ~?ああ、シドラはユリちゃんを連れて行ったなんて聞いたら機嫌悪いだろうね~。」ガンタはみそ汁を一息に飲む。
「かーっ、この汁、板さんだろ。ダシがいいねえ。」
「ガンタはUFOとか、信じてるの?」
「ん~そうだね~信じてるっていうか、そうまあ、信じてるほうかな?」モゴモゴ。
「まあ、どっちにしたって、暇つぶしに来た旅行者の宇宙人じゃやないの?無害、無害。無害だと思うな。ん~無害だといいな~そうだろ、トラキチ。」
「地球観光じゃの。無断侵入だがの。」虎さんはそう言うと手を合わせる。
「許可を取らんといけないんだがの。」
「誰の許可だよ。」と渡。「国連でしょ。」と香奈恵。
ユリが続いて箸を置くと、じっとガンタを見つめる。
若者は居心地悪そうに身動きする。
「ちょっと俺、見に行った方がいいかな~」一度取った、エビフライを戻した。香奈恵がすかざず非難する。「戻さないでよ、それでガンタ、行ってくれるの?」
「いやあ・・」海老フライ、くわえる。「行きたくないけど。お前ら、また行く気なんだろ?どうせ。」香奈恵がうなづく。
「なんか、犯罪の匂いがするんだ。」渡も食べながら身を乗り出す。
「あそこ、謎の遺跡もあるし。」
「古い神社ってだけよ。」
「ガンタの会社って遺跡の調査とかもしてるんだろ?」
「してるけどー紀元前のものじゃないとなー」エビのシッポをかじる。
「じゃあ、行こうよ、明日。」
「明日?」
「社長に連絡して、帰ってからはどうじゃ?」虎さんが余計なことを言う。
「平日だったら、俺らいけないだろ?」
「いいんだよ、いけなくて。」ガンタは箸を置いた。「そうだ、そうしよう。それが一番いいだろうな。」立ち上げる。「そうと決めたら、社長に連絡してくるか。トラキチも来るか?ユリはどうする?」
「わしも行こう。」虎も椅子から降りた。ユリは首を振る。
「だからお前らは、勝手にまたそこに近づくなよ。女将さんに言いつけるぞ。いいか、大人しくしていろよ、な。」
二人は気まずい食卓からそそくさと消えて行った。
「なんかさ、ユリちゃん。」香奈恵が残った揚げ物を口に片付けながら言う。
「トラちゃんて、ガンタより偉そうだよね。ガンタより上の立場みたい。」
ユリは困ったようにニコニコするだけだ。
渡は香奈恵を見る。香奈恵も渡を見る。
「なんか、面白くない。」
「私達の発見なのにね。明日、もう一度行ってみようか?ガンタとかには内緒でさ。」
ユリが香奈恵の腕に触って首を振る。危ないといいたいみたいだ。
「大丈夫よ。だって、気になるじゃない。入り口まで行くだけだから。」香奈恵は不安そうな目を覗き込む。「ユリちゃんも言いつけるの?」
「言わないよ。」渡が強く言うより早く、ユリは激しく頭を振った。
「じゃあ、ユリちゃんも仲間!」香奈恵が笑う。厨房から祖父と板さんの陽気な笑い声が響いて来た。祖父の晩酌の相手をしているのだろう、仲居さんの声もする。
「そうと分かれば、早くここ片付けちゃいましょ。」香奈恵はお茶碗をまとめ始めた。
渡は自分のぶんを持つとユリに合図をした。
祖父は酔うと舌がほぐれまくる。さっきの続きを催促するつもりだった。ユリもうなづくと香奈恵に手伝って皿を重ね始めた。


「ほんとに、しつこいの~」
祖父は案の定、上機嫌だった。
「どうしたんだい、ゲンさん。」板さんは祖父の幼なじみだ。「昔話のおねだりか?」
「こいつらがの、御堂山の曰くを聞かせろってワシにうるさいんじゃよ、セイさん。」
「ははあ、あれはとんだ怪談じゃからの~」二人ともかなり出来上がっている。
板長の清さんはお客の賄いが終わったので今日はもう上がるつもりだ。普段は愛想が悪いが酔うと底抜けに明るい人と化す。
運が良いことに、邪魔に入りそうな母や香奈恵の母の姿はなかった。
仲居の田中さんは他所から来た人だ。
「怪談って、怖いの?嫌ね~。」と言いながら、興味津々だった。
「伯母さんがなんであの山を不吉って言ったのか、聞かせてよ。」
これは失敗だったかなと口にした渡。
「伯母さんって?」と田中さんに一から説明が始まったからだ。
助け舟はセイさんだった。
「ゲンさんの初恋の人じゃ。」「じいちゃんの初恋?」ユリと洗い物している香奈恵が高い声を上げる。「聞きた~い!。」また、余計なことをと祖父はブツブツこぼす。
でもまだ、機嫌は良い。幸いなことに祖母もいないからだろう。
酔った顔がさらに赤くなる。
「伯母さんいうても、若い伯母さんだったからわしとも10歳ぐらいしか離れてなかったんや。奇麗な人でな~、死んだときはショックじゃったの。」祖父は照れる。
「そうそう、ゲンさん泣きまくっとったっけ。」うるさいわ、と祖父。
「それでとうとう神城の家は絶えてしまったわけじゃ。」
「神代?」渡は思わず大きい声を出してしまったが、祖父は気がつかなかった。
「ねえ、その神社の名前って?」
「神代神社じゃ。」祖父はため息を付いた。「わしの曾祖母さんの家ってのが神城家ってわけやの。そこから竹本に嫁に来たもんで・・嫁に来た後も巫女さんを兼ねておった。その息子がこの辺じゃ有名な八十助・・わしの祖父じゃ・・生糸で財産作った郷士ってわけさ。その娘に当たる一番年下の伯母さんがその名前を継いで神城に養子に入ったんじゃ。」
「しかし、八十助ってやつは女好きの男だったらしいの。その伯母さんの母親は4人目か5人目だかの奥さんの子供だったろう?」清さんがニヤニヤと酒を嘗める。田中さんがおや、やだ子供の前でおよしよと笑うが先をうながす。
ユリと香奈恵の背中が動きを止め気配を消す。
しかし、2人とも耳はダンボにしていると思われる。
「お妾さんもたくさんいたわな。」なにゆう、このセイさんの祖母がそうだったわけでこの竹本とは実は親戚なわけよとゲンさんがくったくなく笑う。はとこなわけじゃ名字は違うがとセイさんも笑う。2人はなんのわだかまりもなさそうだ。うっそー!いやーと香奈恵がついにこらえきれず声をあげ、2人のじじいどもはしまった聞いとったかと悪戯小僧のように恥ずかしがった。ユリは困ったように布巾を使って乾いた皿を積み上げている。「お前達、母さん達には内緒だぞ。」小遣いをやると祖父は言い出す。
そういう話は目新しく(母か祖母がいたら絶対聞けなかった話だ)とても興味深かったが渡が今聞きたい話ではなかった。渡は伯母さんの話に祖父を戻す。
「そうそう、じいちゃんの初恋の人の話もっと聞かせてよ。」
千円札をもらった香奈恵がユリを引っ張ってテーブルに付いた。
渡とユリはもらったお札を持て余す。いらないと行ったら香奈恵に取られそうだ。
「伯母さんはあの山に葬られたんじゃ。」祖父は酒をあおると声を落とす。渡は驚く。
普通でない死に方をした人を葬るところだと聞いたからだ。
「そうだ、そうだった!」清さんが声を出す。
「それもゲンさんの伯母さんの予言の通りじゃったはずだ!」
「伯母さんて予言者なの?」「お前達には大大伯母さんだな。」大だ曾だ、ややこしい。
「伯母さんは、千年に一人の霊能力者と言われとった。」
うわ~と香奈恵も声をあげる。
「かっこいい!すてき!だって私達の血にもそれって入ってるわけじゃない。」
「かなぶん、オバケ嫌いだろ?」と渡が突っ込む。香奈恵はだから私はなんないけどと慌てて手を振る。しかし、なりたくてなるものではなく、なりたくなってもなってしまうのが霊能力者ってやつではないのか。渡は自分の秘密を思ってハッとする。その血の成せる技かもしれない。そう思うと急に救われた気になる。
ところで。酔っぱらい二人の話をまとめるとこうなる。御堂山は古代からの大岩信仰があり、その岩は生者と死者の世界の境目であるとされていた。死者を葬る山であったらしい。そこでそこを祀り、その死で汚れた地を鎮める為の神社があった。戦国時代には戦いに敗れた武将と郎党が山に逃げ込み、打ち取られ首がさらされた場所でもあった。沢は首洗いの沢であったのだ。明治の時に公式には廃されたが、地元では神社は密かに信仰され続けていたのだった。
第一次世界大戦の時に、巫女であった伯母は「この戦争は日本の敗戦になる」と村人の前で託宣した。そのことにより、伯母は危険人物とされてしまいやがて、軍部により神月に軟禁された。そしてその勾留中に逃げた伯母は神社で自ら命を絶った。敗戦の前の年だった。やがて伯母の予言の通りに日本は敗戦する。そんな話であった。
「墓は誰も知らないがな。」「それって、いったい、どういうことなの?」
香奈恵が怖気を振った顔で声を出した。やっぱ、霊能力者なんていやだ、なるもんじゃないというところか。「なんか、怖い話?」
「人間の怖い話や。」祖父が眉を潜める。人間が一番、怖いんやと。
「あそこはもともと、墓があるようでないところやった。悪く言えば姥捨て山じゃ。まして、戦争中だったから詳しいことがわからんのじゃ。この村にも東京から特高だのなんだの一杯来おったし。誰も彼もが、自分の保身に一生懸命でな。」祖父はため息を付いた。「伯母さんの遺体は軍部が持ち去ったとか言う話もあって・・・」
「本家の跡継ぎはほとほと嫌気がさしたのか、戦後すぐに神月の屋敷を出てしまったんじゃ。」
「軍部に密告したのは、その跡継ぎだって話もあったじゃろが。伯母さんとは腹違いの兄弟だったのに、嫌な奴だった。」
板さんは冷や酒をあおった。会ったことはないが、渡達にも大大叔父に当たる人だ。
「だから、村に居られなくなったんじゃ。」
「それに神月に伯母さんが化けて出るって話もあったしの。」
「あれ、そんな。よしなさいよ、寝れなくなるわよ。」田中さんは子供達を振り返る。
「阿牛さんの家にお化けなんて出ないよ。ねえ、ユリちゃん。」香奈恵が答える。
よくわかったもので、香奈恵も渡も祖父と板さんが語るに任せてあまり口を挟んでいない。それが事実、真実を一番早く耳にする方法だとわかっていたからだった。
でも、これは聞き捨てならない。「ユリちゃん、お化けなんて見たことないでしょ?」
ユリはうなづいた。
「阿牛さんは随分、屋敷に手を入れなさったからの。もう、別物じゃ。」
祖父が満足そうに杯を置いた。
「お前達、もうお風呂に入いる頃やぞ。なんや、さんざん昔話をさせられてしまったの。口止め料じゃ、かまわんから渡もユリちゃんも持って行き。その代わり内緒じゃぞ。」

その夜、渡は布団の中で、自分が産まれる遥か前に死んだ大大伯母さんのことを考えていた。祖父の父親の大変年の離れた妹であったという大大伯母。
草に埋もれた、苔むしたむき出しのあの石の土台。あそこで・・・あそこにかつて立っていた神社の中でじいちゃんの伯母さんは死んだのか。自殺?したのか・・・。
そう思うと昼間見た荒れ果てた、寂しい神社跡が胸に迫るようだ。あの胸の悪くなる断末魔の声。首洗いの沢。死の入り口とされた山。あそこはなんだかおかしい。渡は神代神社の石に近づいた時のことを思い出す。忘れていたポケットの中の部品がふいに命を持った瞬間。小さなコネクターが電気に反応したのだ。自分が流そうとしたわけではなく。そんなことは初めてだった。あそこには何かがある?・・ちょっと怖くなった。
渡は暗闇に頭をもたげて、ふすまに隔てられた隣の部屋を伺う。香奈恵のだろうか、いびきまでは行かないが大きな寝息が聞こえる。聞こえはしないが隣ではユリの小さな息もしているはずだった。大丈夫、今日はユリがいる。怖い夢は見ない。
そう思うと安心する。タオルケットを巻き付けながら寝付きの良い位置を探る。
そうだ、今度、じいちゃんに大大伯母さんの写真を見せてもらおう。渡は思いを巡らす。
それぞれの部屋に入る前に香奈恵が囁いた。
「明日、何がなんでも御堂山に登るからね!。」
あの鳥居。清さんの話では、御堂山の登山道の途中からも神社のお堂の跡地に下る道があるという。もう沢はこりごりだった。
山道の方からなら、あっちょやシンタニも一緒に行くと言うだろう。
多分、ユリも。ユリを巻き込むことは渡の中でもためらいがないわけではない。
かなぶんもそうだろう。帰って来たら、シドさんに絶対に怒られるからだ。社長は・・
社長は怒らないだろう。あの人はいつも穏やかだ。あの・・・渡の目に見える姿の問題さえなければ・・・渡は何度目かの頭を振ってユリの父親の問題を考えないようにする。
明日、ユリは家に残れと言ったところで無駄に決まってる。ユリは一緒に来るだろう。
ユリはいつも渡と行動を共にしてくれる。今までも、これからも。そんな確信があった。
離れにいるガンタと虎さんは怒るだろうな。どうやって虎さんをまこうか。
考えてるうちに渡は夢のない平和な眠りに落ちて行った。


同じ頃、離れ。
2人の男がちゃぶ台を囲んでいた。
ガンタと正虎。
「タトラ、大変だったな。」ガンタが小学生の田辺正虎に改まる。
「ガキどもの引率なんて考えるだけで恐ろしい。」
「まあ、仕事だからの。」タトラと呼ばれた虎の口調が変り声が低くなる。
「ユリ殿の警護はニュートロンである小柄なわししかできん。わしで良ければと志願した甲斐があるというものだ。これも開き直ればなかなか、楽しいものだぞ。」
「偉いねぇ。」ガンタは感心する。「僕なんてシドラと兄弟ってだけで凹んでるのに。」
「シドラ殿は、なかなか厳しいおなごじゃからのう。」タトラは訳知りにうなづく。
「わしはこの星の文化により深く浸るにはこういう形も一つの方法だと思うの。ただし、
わしが吸収した話し言葉はちと古かったようだの。」
「いつの記録なんだろうね。イリトにはめられたんじゃないの?」
「かもしれん。イリトとわしは付き合いが長いからの。今回の抜擢もわしをからかう為だったとしても驚かんがの。まあ、そんなことはいい。」
「そうそう、その船のことをまずなんとかしないといけないのかな。」
ガンタは面倒くさそうに腕組みしたが、タトラはあくまで真面目に更にただでさえ細い眼を細める。
「これはたいした問題ではないのかもしれん。」
「わかってるって。」ガンタも真面目に応じる努力をする。
「なんで、俺らのこんなに近くに今、こんな騒ぎが起こるんかね。」ため息。
羽音のような小さな金属的な音がしきりに混ざる。
「わかってるって。うるさいんだよ、ドラコは。」蠅を追うように手を振る。
「あながち、偶然とも言いきれんのじゃと言っておる。わしも同感じゃ。」
タトラは眉間の皺をなぞる。
「この地は、我らが隊長が選んだだけのことはある。ガンダルファよ、伝承を調べてみたか?」「いんや。」「近代からしきりに神の光りの・・光り玉と呼ばれてたらしいの・・目撃例が報告されとる。勿論、言い伝えや迷信の類いとしてだが。まったく、根拠のないものだと思うかの?」
「つーまーり。」ガンダルファこと、ガンタは頭を絞る。「ここはかつて連邦の調査員かなんかが正式ではなく、内密に訪れたわけだね。この星の扱いが確定する前だったらば、気まぐれな連邦の権力者か金持ちが好奇心で違法な観光を行った可能性もある・・・もしくは、連邦内の遊民が補給だの商売目当ての持ち出しを行う為に立ち行った痕跡もあるって言いたいんだろ?タトラ」
「もともと、ユリ殿の母親がいたわけだからの。当然、その父親は調査員だからの。」
「ってことは、その父親はひとまず除外。それ以外の奴だな。」
「最近、この地球では未確認飛行物体なるものが頻繁に目撃されてテレビニュースとかになる日もあるが・・・大半は自然現象や思い込みじゃ。本物の確率はかなり低い。」
「一時期連邦からの遊覧観光船もあったはずでしょ?。最近はどうなの?。」
「確かに発見当時、お偉いさんの視察が引きも切らずだったらしいのう。この1000年ぐらいはようやく落ち着いたはず。正式な連邦を通したものなら、イリトが知らないわけはないしの。」
正確にはこのイリトからの情報は彼女よりも高位の役人に対する「くそったれ」と言う形容詞が付けられていた。
「非公式な訪問ってのも今だにあるんだろうかね。」ガンタは困り果てた顔をする。その意味する所は面倒くさいのだ。銀河連邦は広い。祖の人類遺伝子の保存の為に移動を禁じられたオリオン近辺の原始星人とは違い、自由を謳歌し銀河のオリオン腕に広がった宇宙人類ニュートロンとカバナ系遊民達はなかなかしたたかな面も持ち、結構辺境の方じゃかなりな好き勝手をしているというのは有名な話だった。
「それを制御する為に我々はいるのじゃよ、ガンダルファ。」
「辺鄙な星に対するちゃんとした法律がなかなかできなかったのがいけないかったんだろうね・・・ペルセウスとの戦争が長引いたからだって?」
「連邦は下手なことしてここに敵の注意を集めたくなかったのじゃよ。ここは特に前線に近いからの。」タトラはその件を有識者で秘密裏に話し合う為にイリトと共に出席した過去の盛大な会議を思い返した。
「記録にないとしたら、ここのマーキングは近世代よりは遥かに古いと言えるの。」
「平安以前っていったら2000年以上は前だね。面倒くさいな。」
「そうじゃの。考えたくはないが、カバナ・ボイド側からもあり得るしの。なにせここは連邦からは最辺境。未発見だった惑星なのじゃから。ペルセウスの方から、補給に立ち寄る可能性がまったくないとは言えない。」タトラはうなづく。
「だけどさ、もしそうならカバナ人達がここを侵略してないなんてありえなくない?」
(ガンちゃん、すごいにょ。珍しく頭が回るにょ!)またもや小さな声がする。
珍しくは余計だとガンタ。「しないとしたら、その意味がわからなくない?」
「そうだの。」タトラも目を細める。「あるいはすでに奥深くに入り込んでるか・・・」
「おいおい。ちょろい任務だと思ったのになー。そりゃないよ~イリトに危険手当を請求しなきゃ。」(ガンちゃん、そんな勇気ないにょ?)どうやら、声はガンタの頭の後ろの空間からするらしい。時々、黒い目がはしこく覗く。
「事前の資料記録を見たがの、ユリ殿の父親のここでの痕跡は謎も多いようじゃ。」
「日清戦争の頃にアジアに降り立ったって話だけど。かなり自由に活動していたみたいだもんね。ちょうど、ここ全体が大揺れに揺れてた時代だから追跡調査も難しいんじゃない?もともと、こういう報告って当人申請じゃんよ。」
「母船を通じてこれまでこの果ての地球に降り立ったすべての調査員の痕跡だけでも、せめてキチンとさせてもらってくれ。」タトラは重々しく手を組んだ。
「ゾーゾーか。」ガンタは嫌な顔をした。「あの女に頼み事するってだけでも、気が重くなるよ。」(がんちゃんはふられた恨みは忘れないのにょ。)
小さめの鯉のぼりのの頭が姿を現す。
「誰が振られたよ!」たまらずガンタは切れる。鯉のぼりはあわてて引っ込んだ。
「ガンタはニュートロンの女が好きだの。相変わらず、懲りないのう。」
「違うって!一緒に食事をしようって言っただけじゃん。」
(即効断られたにょ)
「礼儀でしょ。礼儀。」
「ニュートロンの女は理想が高いからの。あきらめろ。」
「はい、余計なお世話ですよ。だ~れがあんな性格ブス!」
(香奈恵ちゃんにするにょ)
「やだよ、あんな子供。それに重罪だろ?」
「禁固100年は固いわな。」タトラこと正虎は呵々かと笑った。
「原住民に手を出したら、おしまいじゃから。」
「知ってるよ。」ガンタは暗い声を出す。
「どうした?」
「そういう知り合い・・って言うか、その結果の知り合いっての?・・知ってたしね。」
ガンタがふと手元を見ると、いつの間にかカップ酒が置いてあった。
「なんだよ、これ。」思わず、手に取る。勘が良いタトラはそれ以上もう、何も言わない。
(ガンちゃん、奢りにょ。いっとくにゃ。)
「そういう親切、いらないって~の。」
彼は口元だけで笑うと、その冷や酒をがっとあおった。

スパイラルワン6-2

2009-09-05 | オリジナル小説
「おまえら、ここで何してる?」
突然、後ろで太い声がした。6人は思わず、飛び上がった。渡は慌てて振り向いて、目の前に現れた日焼けした顔から目が離せなくなる。
そこには、権現山の仙人と呼ばれる男が立っていた。
パンパンと乾いた音が下から響き渡った。その音の近さに5人は再び心臓が止まりそうになる。思わず、端から飛び降りた。何人か尻餅をつく。
男はわずかに眉が少し動いただけだった。と、石が転がる音が小さく聞こえた。
ユリが落ち着き払って男の前に降り立つ。そして、恐れる様子もなく男をじっと見つめた。眉も口も堅く引き結んで。
権現山の仙人はモジャモジャの髪からするどい眼光をしばらく、ユリに注いだ。
「す、す、すいません!」親分の香奈恵がどもりながらもユリを庇うように、よろめきながらも気丈に進み出る。「あの、あの・・あ、あたし達、迷ってしまって。」
男は初めて気がついたかのように、目の前の香奈恵を見下ろした。
「迷ったって、これか?」男が差し出した手には命綱が握られていた。
それは木の枝に巻きとられて太い束になっている。
「あ!」香奈恵は絶句する。「何すんだよ!おっさん!」あっちょが思わず叫ぶ。綱は沢の入り口から巻き取られていたのだ。「それをされたら、戻れないじゃんか!。」
「しっ!」男は声を潜めた。ギョロ目がきょろきょろと辺りを動いた。
「いいから。こっちへこい!」
「どこへですかの?」虎さんが落ち着き払って尋ねる。
「命が惜しければ、付いてこい。」
男は体を返した。6人は顔を見合わせる。
ユリが歩を進めた。「ユリちゃん!」香奈恵が思わず手を出す。
ユリはその手をそっと外した。微笑んでいる。みんなと順番に視線を合わせる。
虎さんがすぐに立ち上がる。
「付いて行くのが利口なようじゃ。」「でも・・」
渡も立ち上がる。
「香奈ねえ、行こう。どっちみち僕たちだけじゃ帰り道がわからないし。」
「だって、さっきのあれ・・?」
「そうだよ、付いて行って大丈夫なのか。」
「わかりません。でも、渡の言う通りです。取りあえず、行きましょう。」
シンタニが香奈恵をそっと押した。

男に導かれて6人は沢を下った。
来た道を引き返してることがわかって香奈恵とあっちょは少し安心する。
しかしまだ、男を全面的に信用できなかった。当然、男との間に距離ができる。
するとユリが戻って遅れたみんなを導く。男はそんな時、遠くで足を止め待っているようだった。
渡は彼を怖がらないことにした。何より、ユリが怖がる素振りを見せないからだ。
ユリは男のすぐ後ろを歩いても平気のようだった。
渡はユリに遅れないように付いて行った。体力のない虎さんは一番後ろを香奈恵に手を引かれて歩いてくる。でも歩き出す事前に「ユリを守るのじゃ。」と渡に囁いていた。言われるまでもない。
渡は男を細かく観察する。今は後ろ姿しか、よくわからない。男はそんなに背は高くなかったが、がっちりした体をしている。着ているものはもとは白かったのだろうが、今は薄汚れた作務衣だった。裾はボロボロに破れて泥で汚れている。腰にグルグル巻きにした荒縄から色々な・・例えば薬草?のような草とか皮の袋といった意味不明の物が下がっている。髪は腰の近くまであり、途中で紐で縛っている。
確かに、まさに仙人に間違いなかった。
先ほど、正面から初めて仙人の顔を見た訳だが渡には正直、彼が狂った男には見えなかった。子供しか脅せない弱い男にも見えない。
顔は日に焼けて黒かった。切れ長の目だけが白く光っている。若いのか年を取ってるのかは渡には判断がつかなかった。顔には無数に細かい皺が寄っていたが、髪ほとんど白髪が交じっていなかったからだ。
やがて、昼過ぎに入って来た沢の入り口にたどり着いた。
男はそのまま、歩み去ろうとするかのように足を速めた。ユリが振り返り、渡を見た。
その目を見た渡は勇気を振り絞った。
「ありがとうございました!助かりました!」渡は仙人の後ろ姿に向かって大声で叫んだ。男がくるりと振り返った。
「おまえ・・・竹本の子か。」男はユリを見ていた。渡は警戒し、逡巡した。しかし、ユリがうなづくと男は「そうか。2度とここには来るなよ。」そう言って又歩き出した。
「なんだって?」追いついたあっちょが尋ねる。
「悪い人じゃなかったみたいですね。」
「新谷君、そんなことないわよ。」香奈恵が虎さんと一緒に追いついてきた。
「もとはと言えば、あいつが私達の命綱をダメにしたんだもん。」
「でも、あの人・・」渡は言葉を捜す。
「わしらをあの場所から遠ざけようとしていたみたいだと言いたいのじゃろ。」虎さんが痛んだ足をさすりながら続けた。
「そう、その通り。そんな気がした。」「あれ、絶対、銃声でしたよね。」
シンタニの声が最大限に小さくなった。「それにあの声・・」
「やめて。」香奈恵が身震いした。「思い出すだけでぞっとする。」
「あれ、人が殺されたんじゃねえ?」あっちょの顔も蒼白だった。
「断末魔の声じゃの。」虎さんの目が細くなる。
「帰ろう。」渡も身震いした。そのなんとかの声は人が死ぬときの声だってことはなんとなくわかる。
「もう、5時だわ!」香奈恵の声が甲高くなる。町のサイレンが山向こうから聞こえてくる。「急いで権現山を超えないと、怒られちゃうわよ!」
みんな、我先に歩き出す。と、ユリの姿が見えない。
渡はあわてて後ろを振り返る。そして、唖然とした。ユリが御堂山の空を見上げている。
「UFOだ!」あっちょの声は怯えていた。
夕日を前にして黒々と鈍く輝く物体が山の遥か頂上に浮かんでいた。と、丸い光りが山の頂きからフワフワと上がって来た。ひとつ、ふたつと声もなく渡は数えていた。
光は7つだった。「編隊だ・・・UFOの編隊・・・」シンタニの声もうわずっている。
光は吸い込まれるように黒い影と一つになる。
「親玉だよ、あれがUFOの親玉なんだ。」「偵察UFOの・・・母船なんじゃないの。」
長い時間に思えたけど、実際はそんなに長くはなかったかもしれない。
黒い物体の表面に変化が現れる。まるで鼓動するように表面で鈍い光が波打つ。と、つつつとそれは滑るように山の後方へと動いて行き、次の瞬間かき消すようにその姿はこつ然と消えてしまった。

うわっと叫んで盲滅法に駈けて、舗装道路を駈け上がっていた渡達はその後、ちょうど迎えに来た祖父の軽トラに発見されることとなる。途中で息切れして動けなくなっていた虎さんも無事に収容された。みんなあまりに疲労困憊していたので、不審に思った祖父に色々聞かれたが渡が話せたのはUFOを目撃したってことだけだった。
香奈恵の機転で、UFOを目撃した子供達がそれを追って御堂山の麓まで足を伸ばしたということに落ちついた。それでも、渡は祖父から帰り道こんこんと説教をくらった。
危険な沢の入り口に来ていたからだ。
「最近、山道で怪しい奴らを村のもんが頻繁に見かけておるよって。昨日、駐在さんがな職質しようと追いかけたらしいが見失ったって話や。車を捨てて逃げよったらしい。盗難車やって言うやんか。なんや中にぎょうさん麻薬もあったらしいし。麻薬やて、この神月になもう。まったく、恐ろしいもんや。今日だって知ってたらな、おまえらだけで山になんか絶対行かさなかったわ。まったく、今日、おまいらが出よった後で回って来たんやから。どんくさい駐在や。まあ、田舎のお巡りだから仕方ないがな、最近物騒な世の中なんやから、もっとしっかりしてもらわんとな。そいでもう、綾子と寿美恵がやんやとうるさくてかなわんもんで、畑の後こっちに回って来たってわけや。ほんま、良かったわ。」祖父は深い安堵の息をついた。
神妙に聞いていた渡は、先ほど自宅前で降ろされたあっちょとシンタニや荷台にいる香奈恵と虎さんがうらやましくなってくる。
(香奈恵が荷台にいの一番に乗り込んだ訳が今ならわかる)
「でもさ、それはそうとしてさ。なんで、あの沢はそんなに危険なの?」
孤軍奮闘の渡は健気にみんなを代表して不平を述べる。応援団はユリの視線だけだ。
「だって、鮎だっているし。みんなと釣りだってしたいんだけど。」
「なんや、まったくしょーもない!」祖父は車を竹本の駐車場に入れながら答える。祖父は若い頃はずっと、西で働いていたせいかいんちき関西弁を好んで口にする。
「あのな、あそこは危険な場所なんや。地形だけやない、昔はな御堂山は自殺したもんとか流行病で死んだもんとかな、罪人を埋葬したとこなんや。あそこはあの世との入り口なんぞ。今度は麻薬がらみのギャングと来た!まったく、あそこは汚れとる。わしらだって子供の頃から近づかなかったもんや。それにの・・」
祖父は言いさしてから、エンジンを切る。窓から荷台に叫ぶ。
「さあ、母さんが心配してる。早く飯を食って来るとええ!」
香奈恵は「お腹減った!」と、虎を連れて軽々と飛び降りる。
「ユリちゃん、いこ!」ドアを開いたユリの手を取って虎も走り出す。
気になった渡はまだ車の座席でもぞもぞしていた。
「それでさ、どうしたの?」祖父は荷台に敷いていたシートを畳んでいる。
「渡か。続きが聞きたいのか?」「うん。気になるから。」
やけに丁寧に祖父は軽トラを施錠する。ため息を付いた。
「うむ・・わしの伯母さんがな。あそこは不吉な場所だといつも言っておったからの。」
「伯母さん?」
「昔、あの山に神社があったんじゃ。うちの親戚の・・竹本の本家がそこの神社の禰宜も兼ねていての・・おまえの曾祖父さんの母親、曾曾祖母さんじゃの・・・その人がその神社の1人娘じゃやったわけで・・・まあ、いまはもう、廃れとるがの。伯母さんもそこの巫女だったんや。」
渡は驚く。沢で朽ちかけた鳥居を見たことは言えなかった。神代神社という名前が思わず口を付いてでかかる。
「あ・・じゃあ、本家って神主だったんだ?初めて聞いたよ。」
「戦争の後、なくなってしまったからの。今じゃ、本家も他所に移っとるやろ?」
「うん。それは知ってる。神月の土地も売ったんだよね」後ろに誰かが来た。振り向くと、ユリだ。渡が遅いので、様子を見に来たのだろう。渡はユリを見ながら言う。
「えっと・・確か、ユリちゃんのお父さんに土地を売ったんだよね。」
祖父は二人にうなづいて見せる。ユリは目を丸くする。自分に関係する話とは思わなかったのだろう。
「そうじゃ、本家はあの土地と御堂山の社を捨てたんじゃ。色々、あったけの。」
祖父は言葉を濁す。
「もう、早く行って食べて来い。」
「ねえ、じいちゃん、伯母さんは御堂山は不吉だって言ってたんでしょ?。でも、伯母さんは本家の人でそこの巫女だったんでしょ?なんでなのかな?」
渡が聞きたいのはまさにその色々である。ユリも渡をせかす素振りを見せず、興味深く
静かに渡の祖父を見つめている。祖父は困った顔をした。
「不吉だったからこそ、祀らなければならなかったんじゃろ。もう、ええやろ。この話は。母さんに怒られるぞ。」
「教えてよ。」渡はしつこく食い下がる。「教えてったら。」
「ああ、うるさい!」祖父は癇癪を起こす。ユリがビクリとした。
「ああ、ユリちゃん、すまんの。まったくこの孫がしつこいから。誰に似たんだか。」
「だって、そこまで聞いてさ。知りたいもの。」
渡はここぞと連呼する。祖父が結局、自分達に甘いのは知っている。
「僕らは何も知らないじゃないの。なのに遊びに行くのはダメだなんて言われたって。なんで行っちゃいけないのか、教えてくれないとさ、僕らだって、納得できないよ、ねぇ?。」
視線を受けて、ユリもコクンとうなづく。絶妙のコンビである。
「わかった、わかった、ひとまず、飯を食って来い!」
「食ったら教えてくれる?」祖父は根負けしたように、ぐらぐらと力なくうなづく。無言で旅館の調理場の方へ逃げるように遠ざかって行く。
「約束だからね!」渡はその後姿に念を押すように、さけんだ。
「さ、行こう。」ユリがニッと笑って手を取った。
二人は自分たちの住んでる母屋の方へ走り出した。
気がついたら、渡もお腹がぺこぺこだった。




スパイラルワン6-1

2009-09-05 | オリジナル小説
       2.夏のUFOは上がったり下がったり


「UFOが出るんだってよ。」
渡はフーンと言った。聞いた瞬間、ちょっと何かが頭の隅に引っかかったがすぐ忘れる。
「なんだ!。信じてないのかよ?」幼なじみのアッチョがむきになる。
「本当なんだぜ!6年の奴等が昨日、体育の時間グランドで見たんだから。」
「田川君のお兄さん達が肝試しで目撃した話は有名ですよね。」
シンタニは目を輝かせた。
「でもさあ。」渡は冷静に受け答える。持っている部品のネジがもう少しで外れそうだった。「権現山にUFO基地があるっていうのは確証ないじゃん?」
「渡は覚めてるのう。」甲高い声がした。
「普通、小学生がこのような話題で盛り上がらないわけがない。」
「そうだよ。そうだろってトラキチ、じじむせぇ!」アッチョが隣の子供の膝を突いた。
「すまんのう。」トラキチと呼ばれてる子供は太った猫のような人の良い顔をニコニコさせている。渡を除く全員、笑いが止まらなくなる。
「それでのう、トラさんや~おめえは信じるかの~?」息も絶え絶えにアッチョ。
「目で見ないことにはなんともの。」又、大笑い。
「わしはじじいに育てられたからの。じじい言葉が写ったんじゃ。」虎さんは臆する様子もない。渡はそんな虎さん・・田辺正虎と言うのが本名だった・・を少し羨ましく感じる。転校生だったのに、ひょうひょうとクラスに溶け込み、彼が一言口を利くだけで教室が笑いの渦に包まれる。自分はいるかいないかわからないと言われることが多い(それは主に男子にだったが)・・たいがい、頭の中で分解した機械の設計図を組み立てている時が大半だからだ。担任の久美子先生はそんな時はすかさず自分を当ててくる。それも愛情だろうと渡は思う。18人しかいない3年生クラスでは最低でも平均2回は必ず当てられる。自分の回数が多いのは、それだけボーッとしているって証拠だろう。
「あ!」ネジが外れた瞬間、渡は突然思い当たる。「それ、僕見たかも。」
「それってなんだよ。」「そのUFO」渡は数日前の夜、屋根での出来事を話す。
「そうだろう!だから、言ったじゃんよ!」「それみ、権現山に飛んでったんだろ?」
「まあ、方向はそうだけどさ・・」
「すぐに思い出さんところが渡はすごいのう、あっちょ。」
「本当だよ、まったく。目撃例もまた渡らしくて地味だしな。」アッチョの興奮した声。
「昨日のは派手に隊列を組んでたんだぜ。」
「先生も目撃したんだから。」シンタニが重々しく引き継ぐ。
「和田Benか?僕あいつ苦手。」「俺も!あいつチョーうぜえ!」
「和田先生はなんて言ったのかの?」正虎が口を挟む。
「みんなが騒ぎだしたら飛行機だって。でも後で職員室で久美子先生にUFO見たって報告してたんだぜ。」「あいつ、久美子先生を狙ってるンだ?」「無理無理!」
「どう思う?」虎さんは渡に向き直った。正虎も人の良さそうな顔に似合わず、妙に大人びた口を聞くことがあった。そのせいか、渡とは話が合う。時々、小学生とは思えない会話をしていることもある。
「僕も・・わかんないよ。僕が見たの、ただの白い光りだったし。飛び方は変だったけど・・でも、裏の山で目撃されてるってのは本当みたいだね。」
渡は配線を保護する蓋を丁寧に取り外した。これで中の魅力的な基盤が露になった。
「古いゲーム機だの。」「壊れたからばらしていいって。」渡はついそっちに釘付けになる。
「山の頂きに降りて行くんだよ。」アッチョが熱っぽく話し続けている。
「3年の女子とか、他にも色々見てるみたいですよ。」と、シンタニ。
「ほんとに権現山に降りて行くんかのう」虎さんがつぶやく。猫のような目が細くなった。「そんな話は聞いた事ないわ。」
「これはもう、見に行くしかないって!」アッチョが立ち上がる。
「権現山なら何度も登ってるじゃん!」
「庭みたいなもんですよね。」
「庭ならなおさらどうにかしなきゃ、だろ?」
「僕達の庭を犯すものがいるならば、許せませんよね。」
「UFO基地なんか、なかったって絶対。」渡は手元から視線を放すのが惜しそうだ。
「ということは実際に怪しいのは権現山の裏手の御堂山のほうかもの。」
「いつ、行くの?これから?」渡は出来れば解体をこのまま続けたかった。
「今日はもう3時を過ぎたからの。すぐ暗くなってしまうわ。」
「暗くなったら、権現山の仙人に捕まるぞ。」
「権現山の仙人?」「なんだよ、お前、仙人も知らないのかよ。」
「渡はほんとに世事にうといの。」虎さんが笑う。「山に住んでる、ホームレスじゃ。」
「仙人なんだって!」あっちょの話ではヒゲ茫茫の見かけは仙人そのまんまらしい。
「そいつもUFOの手先じゃないのか?」「宇宙人だったりして。」
「へー、山に住んでる人がいるんだ。冬はどうしてんだろう。雪すごいじゃん。」
初耳だった渡は興味を巡らせる。基盤を膝に置いた。
「見かけ出したのはここ最近、らしいの。お役所の人が話をしに行くと逃げてしまうそうじゃ。」
「そうそう、そいつ子供の前にしか姿を表さないの。」
「子供を見つけると大声で追いかけて来るんだって。」
「なんだよ、それ。怖いな。」
「なに、子供しか相手にできない弱虫であろうよ。」
「そっか。でもな・・やっぱ、これからはやめた方がいいかも。」
「そうだな。」「今度の土曜日はどうだろ?」
「仙人がでるんじゃね。」渡はこっそりと呟いた。「仙人の方が見てみたいな。」


「何?あんた達どこ行くの?」
離れの入り口に影が差した。
「かなねえ!」渡はあわてて散らかった部品をかき集めた。
「悪巧み?」ニヤニヤと笑いながら香奈恵が入ってくる。
「おかえり、ユリ嬢。」虎さんが座布団を譲る。年上の少女に肩を押されて入ってきたユリは黙ってそこに座った。いつもながら、行儀が良い。渡と目が合う。渡はニヤッと笑って手に持った基盤を振る。
「違うって、かなぶん。」アッチョが言い訳する。
「あ、今、かなぶんって言った、ぶっとばす。」かなぶんとは親分をもじったものだ。
香奈恵の子供らの中での地位が自ずと知れよう。
「UFOですよ。権現山の。」年下の少年たちは動じない。
香奈恵も特に本気で怒ってる風ではない。ユリの隣に座った。
渡の座布団が当然のように差し出される。
「土曜日にUFO基地を探しに行くことになっての。」
「トラじい、お茶飲んでるの?まさか、その湯飲みで?」
「ガンタのだよ。」「かなぶんも飲むかの?」「ご隠居だねえ。」香奈恵は実は祖父によって誰よりも笑点を見せられている。ユリが立ち上がりかける。
「あ、いいよ。私はコーラ飲む。」テキパキと冷蔵庫に向かう。「ユリちゃんは何飲む?」
「あー!」ユリが渡の前を指し示した。渡は慌てて顔を上げる。「あ、いいよ。ユリちゃん。」「なんだ、渡、あんた何も飲んでないじゃん。コーラね!。」
ユリも立ち上がり後を追う。やれやれと渡は思う。
離れはユリの父親に社員寮として貸し出されている。そこにある備え付けの冷蔵庫は誰でも中身を自由に飲んでいいことになっていた。子供らが散々荒らし回っても毎日、たくさんの飲み物が補充されている。住人には一度も怒られたことはない。それはつまり、ユリの父の厚意であると言うことなのだ。釣り客のリピーターが来る以外、オフシーズンは閑古鳥が鳴く地方旅館だ。何年も離れを借りてくれる信頼できる客の存在は経済的にとてもありがたい。いくら預かりっ子のユリや虎がいたとしても、子供達が住人の留守に勝手に離れで遊ぶことを大人達はあまりよく思っていなかった。
しかし、母親からは『親しき仲にも礼儀有り』と常に言い聞かされていることはいいわけだった。渡はユリの父親に対する自分だけのわだかまりの為に、その行為に甘えないように、離れのものはなるべく飲まないようにしていたのだ。


「神月から帰って来たんだ。」気を取り直し、渡はユリの背中に聞く。
「ガンタ達はまだ当分そっちだって。」代わりに香奈恵が答える。「会議中なんだってさ。」
「そうかあ。」今日もユリの父に会わなくて済みそうだ。
いい遊び相手である、社員のガンタがいないのは痛かったが。
「あんた達、UFO基地ってほんとにあるの?」香奈恵が廊下から怒鳴った。
「確証はないって!」すかさず渡が叫ぶ。
「あるって絶対!」「探して見ないとわかんないじゃん。」
ユリは片手にカルピスを、もう片方にコーラ入れて戻って来る。コーラを渡の前に置いた。渡は小さく礼を言うとコーラを口に含んだ。やはり、我慢はつらい。
虎さんが長いお膳の上に乗ってるみんなの飲みかけの缶を寄せる。虎さんももともとは離れの住人の一人である。両親がユリの父親の会社の社員であり長期海外出張中につき2ヶ月前から転校してきた。それからずっと、渡達と同じ学校に通っている。身元はユリの父である社長が引き受け人である。社長自身も海外を行ったり来たり。事務をこなす居残り社員のガンタにユリと正虎は任されることとなった。しかしこの若い独身の社員は自分の世話さえ思うようできなかったのだ・・・故に寮は賄い付きとなり、ガンタ自身も竹本で飯を食うこととなり、結局は子供2人の食事や身の回りの細かい世話は必然的に渡の母がまとめて何くれとなくみることになってしまった。母に言わせると3人を超えると子供の世話はもうみんな一緒くたの方が楽なのだそうだ。
しかしそれにしても、正虎の両親は買い付けとか現地コーディネイトとやらで忙しいらしく、社長よりもめったに帰国することがないらしい。いったい親と離れてて寂しくないのかと思うが、当人はいたってお気楽に暮らしている。
「土曜日だと旅館の手伝いが忙しくないかの?」お気楽小学生がのほほんと口を開く。
「お昼過ぎたら邪魔だと思うよ。お客さん来るから。」そう早口に答えると急いで脇を向く。「今日も夜はあっちに戻るの?」ユリにおそるおそる聞く為だ。
「でも、昼は遊べるよね。」笑顔がうなづくと渡はほっとする。
「UFO基地かぁ、あったらどうする?」香奈恵がドスドスと戻って来ると足を組む。コーラの瓶を音高くちゃぶ台に置いた。
ユリが不安そうに香奈恵のスカートの裾に触れる。渡は部品を下に置く。軽い緊張感。
「あら、大丈夫だってユリちゃん。あるわけないじゃん。」
「あるよ!」シンタニがアッチョを制してメガネを持ち上げる。
「じゃあ、みんなで行きましょうよ。確かめに。」
「いいよ。暇だし。」
香奈恵が即答するのをみて渡はすべてが面倒くさくなる予感を覚える。
「わしも行くかの。」虎さんが大福のような白い頬を揺らして答えたのがまだ救いだった。

香奈恵が弁当を作るだの、言い出してことがすっかり大きくなった。
表向きは権現山ピクニック計画である。御堂山の沢に踏み込むことは大人に話せない、絶対の秘密だった。沢は深くて迷い易いと小さい頃から繰り返し耳に叩き込まれている。たくさんの支流が寄り集まり、どの川を渡ったかわからなくなるのだ。その為に、シンタニが秘密兵器の紐を各自持って来ることを提案していた。
命綱は長ければ長い方がいい。
「パン屑とかも落としとけばいいじゃん。」香奈恵は危機感ゼロだった。
「チルチルミチルかよ。」「それを言うならヘンゼルとグレーテルです。」とシンタニ。
パン屑どころか飯粒ひとつだって絶対、残るものかと渡は思った。食べ盛りの食欲は絶対なのだ。一番食うのは香奈恵だと言うコメントは控える。
香奈恵のお握りは特大が4つだ。
ユリも前日から泊まり込み、虎さんと一緒に客室の掃除を手伝った。
渡も布団を干場に上げる。日差しは上場。布団が今日は良い匂いになるだろう。
母も手伝って、渡とユリと虎さんの分のお握りが握られた。ついでだと言って、母は電話を手早くかけるとアッチョとシンタニの分も握り始める。ことがどんどん大きくなっていく。
車を出すと言う祖父を断るのがやっとだった。祖父は勘がいい。みんなの会話から何を勘ずくかわかったものじゃない。
どうにか、9時前には出発することができた。
権現山に向かう道の分岐点で二人と落ち合った。

「これが噂の砲丸握りですか。」
「おおっ、3つもある~ありがてえ!」
それぞれの昼飯が入った重い包みを配る。あっちょは早く食べたそうである。
「昆布と梅とおかかチーズが入ってるのよ。」香奈恵が説明する。
「一つに全部ね。」渡が付け足す。
「お茶は各自、持って来たわね?」「OK、かなぶん!」
引率を自認する香奈恵を先頭に6人は山道に向かった。
帽子に長袖、長ズボン。シンタニは裾をバッシュの中に入れている。虎さんはゴム長靴を履いている。タオルを首に巻いて、麦わらと農作業みたいだ。
女の子達はタイトなパンツに登山ブーツを履いて、カラフルなジャケットを羽織っている。渡は香奈恵のリュックを背負い、ユリのは虎さんが持っていた。お菓子しか入ってないから軽い。渡達男子のリュックには均等に水が入っている。携帯は役に立たない。
途中、林が開けた時、遠くに人影が見えた。
岩の上に誰か座っている。
「仙人だ。」あっちょが興奮する。「見つかるとまずいぞ。」
渡は最大の興味を秘めて遠くの人影を食い入るように見つめた。確かに髪とヒゲが長い。服は白っぽく見える。しかしいかんせん距離があり過ぎた。顔はよくわからなかった。仙人は山から突き出た岩の上に微動だにしない。
こちらにはまったく関心を払ってないみたいだった。
「寝てるんじゃないの?」あっちょが安心したように小声で言う。
開けたところを一塊になって、逃げるように走り抜けた。
木陰に入るとみんなで振り返った。仙人の姿は視界から消えていた。
「本当に仙人みたいだね。」渡はつぶやいた。「でも、よく見えなかった。」
「何してるんだろう?」
「瞑想じゃないのかのう?」
「そうそう、そういうの。」香奈恵が前進をうながす。「ああいう人って色んな事するんでしょ?修行とかって?じいちゃんも言ってたじゃない。昔、やったって。」
「じいちゃんが?」
「この辺、行者さんっての?山で修行してる人が多かったんだって。じいちゃんも山伏を目指してたって言ってたわよ。」
「渡のじいちゃん、坊さんだったの?」「渡のじいさんも、あなどれんのう。」
「さあ~?。」渡は困る。
「お坊さんとは違うと思うけど。山を駆け回ったり、岩の上で3年とか言うじゃない、きっと瞑想とかしたのよ。本当の仙人みたいに。」
香奈恵が背中越しに話す。ユリはその後からピッタリ付いて登る。
「ふーん。」渡を含め男子は気の抜けるような音を出す。相変わらず、いいかげんだなぁと渡はこっそりあっちょと目で会話する。
6人は黙々と進んだ。ふざけると香奈恵親分に怒られるからだ。気温が上がってくる。森の中は風がない。全員、汗だくになる。取りあえず、権現山の頂上でお昼の予定だ。子供の足でも1時間も歩けば到達のはずだった。

お握りは一つを残して、あっと言う間に腹に消える。
「非常食料を残すように」とのカナブンの命令だ。あっちょは残念そうにアルミホイルにくるみ直す。それは渡も同じだ。外で食べるご飯はなんでこんなにうまいのか。
小食なユリも割当のお握り2つをぺろりと食べた。
「いい?ここからが大変なんだからね。」香奈恵が点呼を取る。
頂上の眺めはなかなかで、車でも来れるので展望台は夜の密かなデートコースでもある。東屋にもなっていて水もあり、空になったペットボトルに新たに水が補給された。
権現山を下るとさらに高い山が続いて行く。山の裏麓までは行ったことがあった。次の御堂山へと更に登って行く登山道を横に下り川沿いを進むコースが問題の沢に至る。その沢を奥へ奥へと進むと800メートル級の山が続く裏丹沢だ。
「UFO目撃談が一番多いのは権現山を超えた辺りからです。」シンタニが説明する。
「沢に降りて行ったと言う話もあります。」
「ひとまず、沢沿いに進んで行きましょう。」
「暗くなるでに行けるとこまでいこうぜ。」
「引き返すことを考えれば、2時ぐらいまでが上等かの。」
「そうね。深入りしたら危ないし、怒られるからそれぐらいね。」
「そんな程度で基地が見つかるかな~」渡は懐疑的だ。
ユリはニコニコと頼もしそうにみんなを見つめている。
「鮎とかいるかもしれないし。」あっちょはお父さんと釣りもやっている。
6人は荷物を背負うと出発する。

踏み込んだ沢は、思ったより歩く場所が限られていた。
濡れた岩と石の上を水が走っている。
苔に覆われた岸辺は狭く、折れた枝や落ち葉が堆積していた。歩きにくい。
独特の匂いが鼻から抜けて、体の奥まで清涼にして行く。その代わり、虫が多いのが問題だった。正規の登山道ではない。あまり、人が通らないのだろう。クモの巣も多い。
香奈恵はヒッと声を上げたり、毒づいたり騒がしい。その度に虫に耐性のあるシンタニと正虎が虫除けスプレーを片手に活躍している。
ユリと渡は滑らないようにお互いに支えあって進んだ。
あっちょはUFOそっちのけで、深みを覗いてばかりだ。釣り場としてはなかなか有効らしい。「でも父ちゃんには話せないなー怒られそうだし。」
「でもさ。」渡は思いつきを口にする。「なんで、この沢って人が来ないんだろう。」
「そうじゃの。そんないい釣り場なら、あっちょのお父さんや渡のじいさんがとっくに開拓しているだろうに。」
「なんか、いわくがあるみたいよ。」物知りの香奈恵がのたまう。「ここいらの言い伝えとか調べたんだけど、大昔誰か逃げ込んだとか。」
「なんか、香奈恵親分の話は毎回、雲をつかむような話じゃのう。」
「全然、わかんねえよ。」「しっかり時代考証してくださいよ。」
「戦国武将だったかな?落ち武者?あれ?」香奈恵は1人でくるくるしている。
「いい加減だな。香奈ねえは。」
「小学校の自由研究で調べたんだけどな。ま、昔のことだし。忘れたわ。」
行けども行けども同じような感じで沢は続いていた。幾つもの小さな流れを6人は渡った。付け足し付けたし繋いだ命綱も次第に残り少なくなる。
靴も濡れたシミが広がって行く。あっちょは石に滑って転んで下半身がびしょ濡れになってからは、愚痴ってばかりで進みが悪い。
「見て、鳥居がある。」香奈恵が立ち止まった。
こけ蒸した大岩が行く手を塞ぐように立っている。流れはその岩を迂回するように回り込んでいるようだ。その岩の上に崩れかけた鳥居が見えた。
「へー、人が来ないところなのにね。神社があるのかな。」
「あったってことだろ。あれって廃墟じゃん。」
「なんか気持ち悪いですね。」
「昔はなんらかの信仰の対象だったんじゃろうの。」虎さんが難しいことを言う。
「上に行く石段の跡のようじゃ。」確かにあぶなっかしいが、石の並びは石段のように上に続いていた。
「あっ!思い出した!」香奈恵が突然、声を上げた。
「何を~?」 
「武将じゃないけど、この辺って古代文明があったんだよ。あまり資料がなかったけどそのことも書いたんだ。」
「古代文明?」「好きでしょ、渡。」
「ちょっと興味ありますね。」シンタニも目を輝かせる。「UFOの目撃談は古代遺跡付近でもよく見られるんですよ。」「そうなんだ。」「ナスカの地上絵とかさ。」
「確か、平安時代にはここって山岳信仰とかが盛んだったのよ。」
「かなぶん・・平安時代は古代じゃないよ。」「あら、そうなの。」渡は知らなかったが残念ながら学術的には平安時代は一応古代というカテゴリーになっている。しかし、なんだか渡は力が抜けてしまう。ユリがペットボトルを口にする。それを見た虎さんが言う。
「この上なら、開けて乾いてるんじゃないかの。上がってみてはどうだろう?」

登るのはちょっとした騒ぎだったが岩の上は平たく、思ったよりも広かった。覆い尽くすように木が生い茂っていたが巨大な岩だったので半分は日だまりになっているし、むき出しで虫も少なかった。沢と反対のこんもりと木が茂る岩の片端の方には草が生い茂っているかなり広い窪みがあった。「見て。」香奈恵がそちらをうながす。茂みに埋もれるように下にあったのと同じような鳥居の残骸があった。あっちょが草むらの石に飛び上がる。「土台じゃの。」虎がその石組みを指差す。「でしょ?」香奈恵が得意そうにあとに続く。「ここにきっと神社が立ってたのよ。」全員がそこここから草を吹く石の土台に登って辺りを見渡す。土台の大きさから見るとそんなに小さくはない。お堂のあったらしい裏手に様々な石塔や石仏が草に見え隠れしている。日陰を好む草の花があちこちに咲いていてむき出しの石に風情を添えていると大人なら一句ひねるところであろうか。ひんやりしているが後ろには崖が迫っている為に風が凪いで草いきれがむっとしている。蜂の羽音が絶えずするのはどこかに巣でもあるのかもしれない。「ちょっと不気味~」香奈恵がそう叫ぶとそそくさと土台から飛び降りた。「あっちの明るい方に行きましょうよ。そこなんだか暗いし陰気だし、虫が多いからさ。」賛成とあっちょとシンタニも飛び降りる。「なんで取り壊したんだろう。」渡はつぶやく。「なんでじゃろうの。」虎もつぶやく。「この沢が立ち入り禁止なのと関係するのではないかのう。」「ユリちゃん、お握り食べようよ!」香奈恵が呼んでいる。ユリも名残惜しそうに土台から降りた。虎と渡も後に続こうとする。「おや、あそこに何か書いてあるようだの?」虎の言葉に渡もそれを見る。その石は土台から離れた所に沢から上がる階段の方を向いてぽつんと立っていた。やはり半ば草に覆われているが確かに刻まれた文字のようなものが蔓に覆われた下にかいま見えた。渡が歩みより草を分けようとして手を不意に放した。
「どうかしたかの?。」「いや、別に。」虎が背を伸ばし草を持ち上げる。
「ふむ・・・神代神社・・・と読むのかの?」虎がゆっくりと読み上げた。
渡は黙ってポケットの中に手を入れていた。手の中に入れっぱなしにしていたコネクターが熱を持つ。「なんでもない・・・」渡はつぶやく。「気のせいだ。」
6人は沢に入って初めてのじっくりとした休憩を取った。非常食料もとうとうお腹に消えることとなる。
「この辺は岩山なんだね。」渡は上に続く崖を見上げる。かなり高さがあるようだ。
香奈恵は絡んだ紐をほぐしていた。
「なんだ~ちょっと足りないかもな。みんなもっと紐持ってきてくれればいいのに。」
「親になんて言うんだよ。」なけなしの凧糸が一玉、ほどかれて行く。「怪しまれるだろ。」
「そろそろ引き返し時、じゃない?」
その時、ユリがビクリと体を動かす。真剣な顔で口の前に指を立てた。
全員、緊張して耳をすます。
「なんだよ。なんにも聞こえねえよ・・」「しっ!」
わずかな声だった。虫の羽音のような。
「あっちだ。」渡は注意深く立ち上がる。大きな一枚岩の上を端まで伝って歩く。音がはっきりして人の声だとわかってくる。数珠つなぎに移動する全員が岩の端に集結する。更に下って行く沢が一望でき、眺めがいい。沢の下流に誰かがいるようだ。
「なんだろう?はっきり見えないなあ。」「何を話してるんですかね?」
何か叫び声が起こる。途端に下で騒ぎが起こった。誰かが走る音、小枝が折れ、枯れ葉が草がガサガサ言う音。怒号、争うような気配。
しかし、姿は見えない。
その直後、聞くも恐ろしいような悲鳴が遠くから響き渡った。全員が凍り付いた。渡も体が硬直し動かせなくなる。悲鳴は長く長く尾を引き、やがてゴボゴボと不鮮明になって消えて行く。