幕間4 革命記念日の夜
その頃、アギュレギオンとシドラ・シデンはカリブ海を望むキューバの首都ハバナにいた。香奈恵はブラジルだと例によって勘違いしていたが。
彼等は今まで何度もカリブ海周辺を訪れている。
今はこの世にない、マイクとリックが固執していたバミューダのトライアングルといくらも離れていないのは奇遇なことである。
バハナの深夜の海辺の街のテラス。革命記念日にあたる今日は12時を回っても街路には人が溢れている。地元民と観光客に寄って満席の賑やかなレストラン。
社長と呼ばれる男はすごく若く、隣の秘書と並ぶと似合いのカップルだと店の人々は思っただろう。銀髪の美しい秘書は店内の男達の無遠慮な視線やウインクにさらされていたが彼らに一瞥も与えることはなかった。
向かい合う、現地の支店長は安定した年輪を重ねた50代の男と見える。しかし、こちらも若々しい。「ここへ来て少し肉が付きました。」と照れて深いグレーの頭髪を浅黒い掌でなでた。隣にいるのは娘というより、孫のように若い娘である。白い肌にやたらに目がでかく目立つ。ユーモアに溢れた赤い口は小さく、どことなく小鳥を思わせる。
その席でも人一倍、さえずっていたのは彼女だった。
「とにかく地殻変動が激しくて。」と彼女がさえずる。「たぶん、オリオンからこちらへたどり着くまでというと・・ここには少なくとも5万年以前に降り立ったはずです。今のこの地球の人類がストレートな遺伝子を保有しているということからですけども。独自な進化がそれほどみられない所からも、長期間凍結された可能性があります。実際は数千年単位の空白期があるはずなんです。それがここへ至る経路の途中なのか、この星の上であったかはわかりません。文明の空白期がある為ですわ。どっちにしても、ここの最初に降り立った証拠はどこかにあるはずなんです。ただし、ひょっとするとすでに地殻の間に埋もれちゃったみたいですね。もう100年近く捜してるんですよ、ねぇ。色々とおもしろいものは発見したんですけど、決定的なものは今だに。ほんと、潜れるところならどこでも潜ったわよね、地面から海面から!、ねぇ支店長?」
「御存知でしょうが、当時の船というやつは・・・なにせ金属ではありませんから。」
支店長が赤い酒を口に運びながらうなづく。
「チシキとしては聞いています。」社長が笑みを浮かべる。
「我が聞いた話では、荒唐無稽な話と思ったが・・・生きた岩石だとか?」
薄い目の秘書が用心深く言葉を選ぶ。「失われた禁為の技術だと。」
「はい。」支店長。隣の娘も真剣なまなざしに変わる。
「アロン・ドト・メテカは当時は画期的技術だったんです。60%も搭載する光子燃料を減らしたんですから。船体のメンテナンス、生存持続の為のエネルギーのほとんどを船体自身が補えた・・・生物ですから自己修復もしますから。それ自体の餌というか生存する糧は宇宙線の中にありますから。この生物が始祖の太陽系の彗星で見つかった時は大変な模擬をかもしたようです。すぐにそれが生息する鉱物を使って合板に加工する技術が発明されました。だから、船体は岩石というには少し違うんですよ。しかし、金属ってわけでもない・・・その中間の物質です。固く、しかも柔らかく絶対零度や60000℃以上の高熱に耐える。しかも中の微生物は宇宙空間で無限に繁殖し生き続けている。微生物が増えれば増える程、船体が丈夫になると言われてました・・・8000年程で衰えた個体は衰弱しそれもまた、若い生物の餌となるのです・・・」
「ただ、亜空間ヒコウはできなかった・・」社長が口を挟んだ。「だから、そのギジュツは衰退したんですか?」
「はい、それもありますが・・主なきっかけのひとつは始祖のアースが滅んだ戦いで貴重な微生物が死に絶えたからです。無限だった供給が不可能になってしまいましたから。それに、あともうひとつは・・例の人類回帰運動の一環で・・生物を活用することに意義を唱える動きがありまして。利用より、保護しろとね。」
「保護とは!」秘書が笑いをかみ殺す。「我ら、原始人類も今だ保護されている。」
「皮肉なものです。中枢の考えることなど。だから、連邦では今は航行している船はほとんど見られません。解体されることもなく、現存していればほとんど走行可能なはずなんですがね。」
「1000万年も経っても動いているのか!驚きだ、」
「かなりの辺境域ならばまだ残ってますよ。民間でも、それに絶対に遊民とかはまだ使っていると思うわ。」
「たぶん、ここにあるならここの船もそれだと思うんですけど。」
「それでしょうね。まちがいない。」
社長は表情を引きしめる。
「まだ、正式ではありませんが。ひょっとしたら、当時の移民船のどれかに『ホシゴロシ』が乗せられていた可能性があります。」
「『星殺し』・・本当ですか?ここに?この地球に?」
「ホシゴロシは始祖のアース二つを滅ぼす為に少なくとも5台が使われました。その後、それぞれの船団に寄って運び出されそのうち2台が所在が明らかです。勿論、みな禁断のギジュツとなりましたから、カイタイされフウインされました。4つ目は、移民先で破棄破壊されたキロクがあります。残りの2つはカバナ・シティにあると信じられて来ましたが、ここにきて連邦が潜ませた情報提供者によって1台しかないことがわかりました。」
「それでは・・ここにあるとしたら・・残りのひとつということですか。」
「ショックですか?」
「考えてもみませんでしたので。ジュリアどう思う?」
さえずるのを止めていた小鳥は身震いする。
「そうなると・・・ますます見つけるのが大変になりますね?もし、地殻の深部にまで落ち込んでいたりしたら・・・始祖滅亡の二の舞になったりしたら、大変です。」
「そうなると勿論、いまだにそれは生きているってことだろうか?」
「起動能力を失ってるといいですね。」
「あくまで。」社長が口を挟む。「実存するカノウセイということです。確証はありません。でも、中枢はその危険性も考えて行動することをワタシに望んできました。」
「そうなのか?」秘書が声を潜める。「やっかいだな。」
その時、彼等のテーブルに歩み寄るものに4人は気づき言葉を止めた。
「エンジェル?」甲高い声。それは、ガリガリに痩せた子供だった。通りにたむろして観光客の財布を狙う欧羅巴のジプシーのように、薄汚れた身なりをしていた。ジュリアは顔をしかめて反射的にバックを引き寄せたが、可哀想でたまらない気持ちになる。
「こんな時間まで、お前の親方は仕事をさせるのか。」トルドは驚き呆れながらも、ポケットから小銭を取り出し少女に握らせようとした。
「コドモですか。こんな夜更けに。」「夜更けどころかあと数時間で夜が開けるぞ」「普通はこんな子供は酒場には入れないのですが。」トルドはそうアギュに説明すると店員を目で捜した。
「こういう、ストリートチルドレンが通りにはここにはまだ無数にいるのです。」
「政府が保護しないのか?保護しなければだめだろうが。」
「保護しても自分達のグループがあってそこに戻ってしまうのですよ。」
「保護者とは名ばかりの大人達が悪い仕事をさせているのだ。実の親の場合もある。」
硬貨を手にした子供はジッとアギュから目を離さなかった。
「エンジェル?」子供は甲高い声で再び聞いた。惚けたような表情は少し知能が足りないのかと思わせる。しかし、見開いた大きな鳶色の目は耐えようなく美しかった。
不器用に結い上げた髪から黒く縮れた毛の束がなめらかな小麦色の額にかかっていた。
「エンジェルでしょ?」子供は今度はしっかりとアギュに指を向ける。回りの席の酔漢達がそれを耳にして冷やかすように笑った。離れた席からこちらを振り向く者もいる。ジュリアは困惑して助けを求めるようにトルドに目をやった。
「エンジェル?・・ダレですか?」アギュが繰り返す。
「天使様ですよ。」ジュリアは子供の小さい肩を包み込むように抱いて引き寄せた。
「この方は天使様ではありませんよ。」
プッとシドラが吹いた。「天使ってあれか?羽の生えたファンタジーみたいな奴か。」
「シッ!ここはキリスト教徒が多いのです。茶化してはいけません。」
トルドは思い切って立ち上がると密度の濃いざわめきと紫煙をわけてカウンターへと向かって行った。
アギュは興味を持って少女に目を向けた。
「ワタシはアナタの探してる天使様ではありませんよ。」
少女はうっとりとしたまま、首を振る。
「困りましたね。」やっとトルドが店員を連れて戻って来た。「よく見かける子供かね?」「いや、初めてですね。店の中までなんて。」巻き毛の若い店員はジュリアから子供を引き離した。「お前、家はあるのか?ここは子供が入るとこじゃないぞ。」「手荒にしないで。」「警察に保護して貰った方がいいのでは?。」店員は首を振った。
「こいつはきっと産まれながらの盗人ですよ。施設に入れても無駄じゃないですかね。」「とにかく、警察に連絡してください。」
「はい、わかりましたよ。トルドさん。」
若者は面倒くさそうに「ほら、行くぞ、お前。」子供を店の奥へと連れて行った。
その間も振り返り振り返り、少女の目はアギュから離れなかった。
回りの注目が潮が引くように引いて行った。ジュリアが肩の力を抜いた。
「ユリと同じぐらいか。」シドラが怖い顔でずっと睨みつけていたのだが子供は一度もそちらを見ることはなかった。
「ユリ。」社長が動きを止める。蒼い目が陰る。
「アギュ?」秘書が目を潜める。「どうかしたか?」
「シドラ。」アギュは我に帰る。「どうやら、失礼しなければならないようだ。」
アギュレギオンは向かい合う2人に頭を下げる。
「ワタシの身内に何かがあったようだ。」
「身内?」「お嬢さんですか?」
「ユリかっ?」シドラが目を見開く。
「ワタシを呼んでいるようなので失礼する。」
「それは、それは。残念です。」
「では続きは後日ですね? 今日は楽しかったですわ。又、お会いするのが楽しみです。こちらもそれまでには色々と資料を違う角度から検討することもできますし。」
小鳥のようなジュリアが笑顔を取り戻し、気を取り直したようにさえずった。
「では、お待ちしています。」トルドが慇懃にさし出す手をアギュは握った。
「はい、また。おそらく明日。いえ、もう今日ですね。今日の夜にここで。」
アギュレギオンは立ち上がり、礼を失しない態度で丁重に頭を下げた。
すでに立ち上がった秘書はそんな社長をせかす。どやしかねない勢いだ。
「行こう!グズグズするべきではない!」
2人は揃って入り口へと向かった。
「彼、いかしてますね。」2人の姿を見送り、ジュリアが支店長にウィンクした。
「本当に臨海進化体なんですかね?ねえ、トルド、ピンと来ないわ。」
「普通の人に見えたし。」
「ふむ。」トルド支店長はグラスのワインを飲み干した。彼はアギュが触れた手を試すように確認する。「普通の手の感触だったよ。」
「臨海しているんなら、肉体はないんではないのかしら?」
どうだろう、とトルドは首を傾げた。
「もしそうなのだとしたら・・・今の姿はおそらく、彼が我々にそう見せてるだけだろうよ。」そしておもむろに笑う。
「とは言っても、私も臨海進化なんてものをこの目で見たことはないからな。彼がここに来るって聞いた時はなかなか信じられなかった・・。まあ、中枢の色々なことなど、もう私にはとっくに遠い話になってしまったがな。」
「私もよ。」
ジュリアは酔いが回って来た人々によって、いささか猥雑な雰囲気に満ちてき出した店内を愛情のこもった眼差しで見回した。それに気づいた馴染みのバーテンダーが遠くから親しみのこもった合図を送って来た。
「私達、お互いここが随分長くなってしまいましたね。」肩の凝る会見を終えた今、酔いが静かに彼女を捕らえ始めている。
「ここに骨を埋めるってのもいいかもな。」トルドがそっと彼女の手の上に自分の手を重ねた。賛成とジュリアが囁く。
「今更、移動命令はないだろう。この星は特殊だから。この星の人類に最も遺伝的に似ていると言う理由だけで選ばれた我々だ。」
「そうでなければ、始祖の遺伝子に近い我々は一生、母星で飼い殺しの身分だ。」
「新しい上司に気に入られなかったら?私、それが心配。だって、臨海進化なんて想像もつかないし。なんでこの星に来たのかしら?」
ジュリアがおのが内の不安を口にするのを、父親にも見えるトルドは包み込むように見つめていた。
「彼はもともとは同じ原始星の出身だと聞いている。同じ原始星人には悪いようにはしないよ。大丈夫だよ。彼より私達はここにずっと長く根を下ろしている。彼には私達が必要だよ。」
店の外では濃厚な真夏の夜が爛熟した祭りの終焉へと静かに向かっているところだ。通りをそぞろ歩くカップルや観光客達もずいぶん数をへらした。それらにサメのような視線を走らせていた肌の黒い男達も疲れが目立つ。特別な日の稼ぎにもそろそろ見切りを付け、恋人の待つ寝床が恋しくなってきた頃だ。抜け目なくそれらに目を配っている陽気な警官もビール瓶を手に帰路につき始めた。
潮の匂いに混ざる、甘い花の香り。果実の熟れた香り。
まだまだ賑やかな通りに望む一軒の店を立ち去った、背の高い男女の2人組。
「どうかしたか?」女がかすかに囁いた。その言葉はここでは理解できるものはほとんどいないものである。虫の羽音のように響いた。歩みを止めず男は微かに眉をしかめた。「シセン・・・でしょうか?」
女も顔を動かしはしなかった。音楽が漏れ溢れていた往来のそこここで人々が群れ集まって思い思いのステップを観光客に披露したりしていた通りは幾分閑散としている。紙コップや皿が散乱する、ランタンが揺れる料理屋の軒に出されたベンチにほろ酔いの老人達が涼を取っている。その大半は椅子からずれ落ちながら船を漕いでいる。路地の暗がりからは押し殺した男女の笑い声が微かに聞こえてくる。
「さっきの子供か?」
「わかりません。そうかもしれない。」
暗い建物の庇につかの間、白い影が過った気がする。もやもやと形を取らない曖昧な何か。嫌な感じではない。誰かが、自分に意識を向けている。それは、好奇心?なのだろうか。アギュは意識を研ぎすまそうとするが、臨海を押さえた今の状態では限界があった。
シドラは肩越しに短い会話をする。
「あの子供は裏口から出されたそうだ。この国の司法機関の人間が連れて行ったそうだ。」「では、それ以外ですね。」再び肩越しの密談。
「・・・バラキにはわからないようだぞ。」
「そう・・・ならば、気のせいでしょう。」
アギュは蒼い目を街の影を浮かび上がらせ始めた真上の空に向けた。ほのかな夜明けの予感が微かに混じり始めているが、まだまだ星どもの天下だ。
月も怪しい飛行物体は見えない。
「それにしても・・・あのコドモ。」
「おぬしの正体に気がついたのではないか?」気遣わし気にシドラが囁く。
「もう、おぬしもわかってるだろう?。竹本の渡もおぬしを見る態度がおかしいぞ。犬も吠えるしな。わかる奴にはわかるんだろうだろうな。おぬしの光だ。きっと、おぬしのどこかから、漏れているんだ。」
漏れるってなんだよ、オレはヒビだらけの花瓶か?、ヒトを割れ鍋みたいにと昔のアギュなら言ったことだろう。
統合された人格などつまらないものだと、アギュは笑いを噛殺す。
「・・・コドモとドウブツは鋭いといいますから。」
「しかし、天使様とはな。」ククッと笑いを噛殺した。
「いっそのこと、この星の神様にでもなって人助けでもしたらどうか?」
「まさか。」アギュの眉間に皺が寄る。
しばしの無言のあと、シドラの笑いは影を潜めていた。
「もしかして・・・トルド達ではないのか?。目をつけられてるのは。」
「トルドとジュリアですか?あの2人はベテランです・・・ワレワレのような新参者とは違います。いまさら、この地でトラブルに巻き込まれることはありえないでしょう。もしもそうだとしても、任して大丈夫です。カレラなら対処できるはずです。それより・・」
「そうだ、そうだった。それどころではないぞ。」
慌てて2人は足早になり、街を見下ろす小高い丘のホテルへと坂を登り始めた。
そして、人気ない細い路地を明るいアプローチを避けるように庭園に向かう裏手の方に2人は曲がって行った。
目に見える人影はなかったが、もしもその2人を追っていたものがあったとしたならば。その者は物陰に隠れた2人の後を追って庭園の白いアーチをくぐった瞬間に、唖然とし困惑を隠せなかっただろう。
なぜなら、門をくぐり抜けた瞬間に2人の姿は深い闇に飲まれてしまったかのように消えてしまい、最早どこにも見出せなかったからだ。
後は満点の星がイルミネーションと存在を競うばかりだ。
その頃、アギュレギオンとシドラ・シデンはカリブ海を望むキューバの首都ハバナにいた。香奈恵はブラジルだと例によって勘違いしていたが。
彼等は今まで何度もカリブ海周辺を訪れている。
今はこの世にない、マイクとリックが固執していたバミューダのトライアングルといくらも離れていないのは奇遇なことである。
バハナの深夜の海辺の街のテラス。革命記念日にあたる今日は12時を回っても街路には人が溢れている。地元民と観光客に寄って満席の賑やかなレストラン。
社長と呼ばれる男はすごく若く、隣の秘書と並ぶと似合いのカップルだと店の人々は思っただろう。銀髪の美しい秘書は店内の男達の無遠慮な視線やウインクにさらされていたが彼らに一瞥も与えることはなかった。
向かい合う、現地の支店長は安定した年輪を重ねた50代の男と見える。しかし、こちらも若々しい。「ここへ来て少し肉が付きました。」と照れて深いグレーの頭髪を浅黒い掌でなでた。隣にいるのは娘というより、孫のように若い娘である。白い肌にやたらに目がでかく目立つ。ユーモアに溢れた赤い口は小さく、どことなく小鳥を思わせる。
その席でも人一倍、さえずっていたのは彼女だった。
「とにかく地殻変動が激しくて。」と彼女がさえずる。「たぶん、オリオンからこちらへたどり着くまでというと・・ここには少なくとも5万年以前に降り立ったはずです。今のこの地球の人類がストレートな遺伝子を保有しているということからですけども。独自な進化がそれほどみられない所からも、長期間凍結された可能性があります。実際は数千年単位の空白期があるはずなんです。それがここへ至る経路の途中なのか、この星の上であったかはわかりません。文明の空白期がある為ですわ。どっちにしても、ここの最初に降り立った証拠はどこかにあるはずなんです。ただし、ひょっとするとすでに地殻の間に埋もれちゃったみたいですね。もう100年近く捜してるんですよ、ねぇ。色々とおもしろいものは発見したんですけど、決定的なものは今だに。ほんと、潜れるところならどこでも潜ったわよね、地面から海面から!、ねぇ支店長?」
「御存知でしょうが、当時の船というやつは・・・なにせ金属ではありませんから。」
支店長が赤い酒を口に運びながらうなづく。
「チシキとしては聞いています。」社長が笑みを浮かべる。
「我が聞いた話では、荒唐無稽な話と思ったが・・・生きた岩石だとか?」
薄い目の秘書が用心深く言葉を選ぶ。「失われた禁為の技術だと。」
「はい。」支店長。隣の娘も真剣なまなざしに変わる。
「アロン・ドト・メテカは当時は画期的技術だったんです。60%も搭載する光子燃料を減らしたんですから。船体のメンテナンス、生存持続の為のエネルギーのほとんどを船体自身が補えた・・・生物ですから自己修復もしますから。それ自体の餌というか生存する糧は宇宙線の中にありますから。この生物が始祖の太陽系の彗星で見つかった時は大変な模擬をかもしたようです。すぐにそれが生息する鉱物を使って合板に加工する技術が発明されました。だから、船体は岩石というには少し違うんですよ。しかし、金属ってわけでもない・・・その中間の物質です。固く、しかも柔らかく絶対零度や60000℃以上の高熱に耐える。しかも中の微生物は宇宙空間で無限に繁殖し生き続けている。微生物が増えれば増える程、船体が丈夫になると言われてました・・・8000年程で衰えた個体は衰弱しそれもまた、若い生物の餌となるのです・・・」
「ただ、亜空間ヒコウはできなかった・・」社長が口を挟んだ。「だから、そのギジュツは衰退したんですか?」
「はい、それもありますが・・主なきっかけのひとつは始祖のアースが滅んだ戦いで貴重な微生物が死に絶えたからです。無限だった供給が不可能になってしまいましたから。それに、あともうひとつは・・例の人類回帰運動の一環で・・生物を活用することに意義を唱える動きがありまして。利用より、保護しろとね。」
「保護とは!」秘書が笑いをかみ殺す。「我ら、原始人類も今だ保護されている。」
「皮肉なものです。中枢の考えることなど。だから、連邦では今は航行している船はほとんど見られません。解体されることもなく、現存していればほとんど走行可能なはずなんですがね。」
「1000万年も経っても動いているのか!驚きだ、」
「かなりの辺境域ならばまだ残ってますよ。民間でも、それに絶対に遊民とかはまだ使っていると思うわ。」
「たぶん、ここにあるならここの船もそれだと思うんですけど。」
「それでしょうね。まちがいない。」
社長は表情を引きしめる。
「まだ、正式ではありませんが。ひょっとしたら、当時の移民船のどれかに『ホシゴロシ』が乗せられていた可能性があります。」
「『星殺し』・・本当ですか?ここに?この地球に?」
「ホシゴロシは始祖のアース二つを滅ぼす為に少なくとも5台が使われました。その後、それぞれの船団に寄って運び出されそのうち2台が所在が明らかです。勿論、みな禁断のギジュツとなりましたから、カイタイされフウインされました。4つ目は、移民先で破棄破壊されたキロクがあります。残りの2つはカバナ・シティにあると信じられて来ましたが、ここにきて連邦が潜ませた情報提供者によって1台しかないことがわかりました。」
「それでは・・ここにあるとしたら・・残りのひとつということですか。」
「ショックですか?」
「考えてもみませんでしたので。ジュリアどう思う?」
さえずるのを止めていた小鳥は身震いする。
「そうなると・・・ますます見つけるのが大変になりますね?もし、地殻の深部にまで落ち込んでいたりしたら・・・始祖滅亡の二の舞になったりしたら、大変です。」
「そうなると勿論、いまだにそれは生きているってことだろうか?」
「起動能力を失ってるといいですね。」
「あくまで。」社長が口を挟む。「実存するカノウセイということです。確証はありません。でも、中枢はその危険性も考えて行動することをワタシに望んできました。」
「そうなのか?」秘書が声を潜める。「やっかいだな。」
その時、彼等のテーブルに歩み寄るものに4人は気づき言葉を止めた。
「エンジェル?」甲高い声。それは、ガリガリに痩せた子供だった。通りにたむろして観光客の財布を狙う欧羅巴のジプシーのように、薄汚れた身なりをしていた。ジュリアは顔をしかめて反射的にバックを引き寄せたが、可哀想でたまらない気持ちになる。
「こんな時間まで、お前の親方は仕事をさせるのか。」トルドは驚き呆れながらも、ポケットから小銭を取り出し少女に握らせようとした。
「コドモですか。こんな夜更けに。」「夜更けどころかあと数時間で夜が開けるぞ」「普通はこんな子供は酒場には入れないのですが。」トルドはそうアギュに説明すると店員を目で捜した。
「こういう、ストリートチルドレンが通りにはここにはまだ無数にいるのです。」
「政府が保護しないのか?保護しなければだめだろうが。」
「保護しても自分達のグループがあってそこに戻ってしまうのですよ。」
「保護者とは名ばかりの大人達が悪い仕事をさせているのだ。実の親の場合もある。」
硬貨を手にした子供はジッとアギュから目を離さなかった。
「エンジェル?」子供は甲高い声で再び聞いた。惚けたような表情は少し知能が足りないのかと思わせる。しかし、見開いた大きな鳶色の目は耐えようなく美しかった。
不器用に結い上げた髪から黒く縮れた毛の束がなめらかな小麦色の額にかかっていた。
「エンジェルでしょ?」子供は今度はしっかりとアギュに指を向ける。回りの席の酔漢達がそれを耳にして冷やかすように笑った。離れた席からこちらを振り向く者もいる。ジュリアは困惑して助けを求めるようにトルドに目をやった。
「エンジェル?・・ダレですか?」アギュが繰り返す。
「天使様ですよ。」ジュリアは子供の小さい肩を包み込むように抱いて引き寄せた。
「この方は天使様ではありませんよ。」
プッとシドラが吹いた。「天使ってあれか?羽の生えたファンタジーみたいな奴か。」
「シッ!ここはキリスト教徒が多いのです。茶化してはいけません。」
トルドは思い切って立ち上がると密度の濃いざわめきと紫煙をわけてカウンターへと向かって行った。
アギュは興味を持って少女に目を向けた。
「ワタシはアナタの探してる天使様ではありませんよ。」
少女はうっとりとしたまま、首を振る。
「困りましたね。」やっとトルドが店員を連れて戻って来た。「よく見かける子供かね?」「いや、初めてですね。店の中までなんて。」巻き毛の若い店員はジュリアから子供を引き離した。「お前、家はあるのか?ここは子供が入るとこじゃないぞ。」「手荒にしないで。」「警察に保護して貰った方がいいのでは?。」店員は首を振った。
「こいつはきっと産まれながらの盗人ですよ。施設に入れても無駄じゃないですかね。」「とにかく、警察に連絡してください。」
「はい、わかりましたよ。トルドさん。」
若者は面倒くさそうに「ほら、行くぞ、お前。」子供を店の奥へと連れて行った。
その間も振り返り振り返り、少女の目はアギュから離れなかった。
回りの注目が潮が引くように引いて行った。ジュリアが肩の力を抜いた。
「ユリと同じぐらいか。」シドラが怖い顔でずっと睨みつけていたのだが子供は一度もそちらを見ることはなかった。
「ユリ。」社長が動きを止める。蒼い目が陰る。
「アギュ?」秘書が目を潜める。「どうかしたか?」
「シドラ。」アギュは我に帰る。「どうやら、失礼しなければならないようだ。」
アギュレギオンは向かい合う2人に頭を下げる。
「ワタシの身内に何かがあったようだ。」
「身内?」「お嬢さんですか?」
「ユリかっ?」シドラが目を見開く。
「ワタシを呼んでいるようなので失礼する。」
「それは、それは。残念です。」
「では続きは後日ですね? 今日は楽しかったですわ。又、お会いするのが楽しみです。こちらもそれまでには色々と資料を違う角度から検討することもできますし。」
小鳥のようなジュリアが笑顔を取り戻し、気を取り直したようにさえずった。
「では、お待ちしています。」トルドが慇懃にさし出す手をアギュは握った。
「はい、また。おそらく明日。いえ、もう今日ですね。今日の夜にここで。」
アギュレギオンは立ち上がり、礼を失しない態度で丁重に頭を下げた。
すでに立ち上がった秘書はそんな社長をせかす。どやしかねない勢いだ。
「行こう!グズグズするべきではない!」
2人は揃って入り口へと向かった。
「彼、いかしてますね。」2人の姿を見送り、ジュリアが支店長にウィンクした。
「本当に臨海進化体なんですかね?ねえ、トルド、ピンと来ないわ。」
「普通の人に見えたし。」
「ふむ。」トルド支店長はグラスのワインを飲み干した。彼はアギュが触れた手を試すように確認する。「普通の手の感触だったよ。」
「臨海しているんなら、肉体はないんではないのかしら?」
どうだろう、とトルドは首を傾げた。
「もしそうなのだとしたら・・・今の姿はおそらく、彼が我々にそう見せてるだけだろうよ。」そしておもむろに笑う。
「とは言っても、私も臨海進化なんてものをこの目で見たことはないからな。彼がここに来るって聞いた時はなかなか信じられなかった・・。まあ、中枢の色々なことなど、もう私にはとっくに遠い話になってしまったがな。」
「私もよ。」
ジュリアは酔いが回って来た人々によって、いささか猥雑な雰囲気に満ちてき出した店内を愛情のこもった眼差しで見回した。それに気づいた馴染みのバーテンダーが遠くから親しみのこもった合図を送って来た。
「私達、お互いここが随分長くなってしまいましたね。」肩の凝る会見を終えた今、酔いが静かに彼女を捕らえ始めている。
「ここに骨を埋めるってのもいいかもな。」トルドがそっと彼女の手の上に自分の手を重ねた。賛成とジュリアが囁く。
「今更、移動命令はないだろう。この星は特殊だから。この星の人類に最も遺伝的に似ていると言う理由だけで選ばれた我々だ。」
「そうでなければ、始祖の遺伝子に近い我々は一生、母星で飼い殺しの身分だ。」
「新しい上司に気に入られなかったら?私、それが心配。だって、臨海進化なんて想像もつかないし。なんでこの星に来たのかしら?」
ジュリアがおのが内の不安を口にするのを、父親にも見えるトルドは包み込むように見つめていた。
「彼はもともとは同じ原始星の出身だと聞いている。同じ原始星人には悪いようにはしないよ。大丈夫だよ。彼より私達はここにずっと長く根を下ろしている。彼には私達が必要だよ。」
店の外では濃厚な真夏の夜が爛熟した祭りの終焉へと静かに向かっているところだ。通りをそぞろ歩くカップルや観光客達もずいぶん数をへらした。それらにサメのような視線を走らせていた肌の黒い男達も疲れが目立つ。特別な日の稼ぎにもそろそろ見切りを付け、恋人の待つ寝床が恋しくなってきた頃だ。抜け目なくそれらに目を配っている陽気な警官もビール瓶を手に帰路につき始めた。
潮の匂いに混ざる、甘い花の香り。果実の熟れた香り。
まだまだ賑やかな通りに望む一軒の店を立ち去った、背の高い男女の2人組。
「どうかしたか?」女がかすかに囁いた。その言葉はここでは理解できるものはほとんどいないものである。虫の羽音のように響いた。歩みを止めず男は微かに眉をしかめた。「シセン・・・でしょうか?」
女も顔を動かしはしなかった。音楽が漏れ溢れていた往来のそこここで人々が群れ集まって思い思いのステップを観光客に披露したりしていた通りは幾分閑散としている。紙コップや皿が散乱する、ランタンが揺れる料理屋の軒に出されたベンチにほろ酔いの老人達が涼を取っている。その大半は椅子からずれ落ちながら船を漕いでいる。路地の暗がりからは押し殺した男女の笑い声が微かに聞こえてくる。
「さっきの子供か?」
「わかりません。そうかもしれない。」
暗い建物の庇につかの間、白い影が過った気がする。もやもやと形を取らない曖昧な何か。嫌な感じではない。誰かが、自分に意識を向けている。それは、好奇心?なのだろうか。アギュは意識を研ぎすまそうとするが、臨海を押さえた今の状態では限界があった。
シドラは肩越しに短い会話をする。
「あの子供は裏口から出されたそうだ。この国の司法機関の人間が連れて行ったそうだ。」「では、それ以外ですね。」再び肩越しの密談。
「・・・バラキにはわからないようだぞ。」
「そう・・・ならば、気のせいでしょう。」
アギュは蒼い目を街の影を浮かび上がらせ始めた真上の空に向けた。ほのかな夜明けの予感が微かに混じり始めているが、まだまだ星どもの天下だ。
月も怪しい飛行物体は見えない。
「それにしても・・・あのコドモ。」
「おぬしの正体に気がついたのではないか?」気遣わし気にシドラが囁く。
「もう、おぬしもわかってるだろう?。竹本の渡もおぬしを見る態度がおかしいぞ。犬も吠えるしな。わかる奴にはわかるんだろうだろうな。おぬしの光だ。きっと、おぬしのどこかから、漏れているんだ。」
漏れるってなんだよ、オレはヒビだらけの花瓶か?、ヒトを割れ鍋みたいにと昔のアギュなら言ったことだろう。
統合された人格などつまらないものだと、アギュは笑いを噛殺す。
「・・・コドモとドウブツは鋭いといいますから。」
「しかし、天使様とはな。」ククッと笑いを噛殺した。
「いっそのこと、この星の神様にでもなって人助けでもしたらどうか?」
「まさか。」アギュの眉間に皺が寄る。
しばしの無言のあと、シドラの笑いは影を潜めていた。
「もしかして・・・トルド達ではないのか?。目をつけられてるのは。」
「トルドとジュリアですか?あの2人はベテランです・・・ワレワレのような新参者とは違います。いまさら、この地でトラブルに巻き込まれることはありえないでしょう。もしもそうだとしても、任して大丈夫です。カレラなら対処できるはずです。それより・・」
「そうだ、そうだった。それどころではないぞ。」
慌てて2人は足早になり、街を見下ろす小高い丘のホテルへと坂を登り始めた。
そして、人気ない細い路地を明るいアプローチを避けるように庭園に向かう裏手の方に2人は曲がって行った。
目に見える人影はなかったが、もしもその2人を追っていたものがあったとしたならば。その者は物陰に隠れた2人の後を追って庭園の白いアーチをくぐった瞬間に、唖然とし困惑を隠せなかっただろう。
なぜなら、門をくぐり抜けた瞬間に2人の姿は深い闇に飲まれてしまったかのように消えてしまい、最早どこにも見出せなかったからだ。
後は満点の星がイルミネーションと存在を競うばかりだ。