「おまえら、ここで何してる?」
突然、後ろで太い声がした。6人は思わず、飛び上がった。渡は慌てて振り向いて、目の前に現れた日焼けした顔から目が離せなくなる。
そこには、権現山の仙人と呼ばれる男が立っていた。
パンパンと乾いた音が下から響き渡った。その音の近さに5人は再び心臓が止まりそうになる。思わず、端から飛び降りた。何人か尻餅をつく。
男はわずかに眉が少し動いただけだった。と、石が転がる音が小さく聞こえた。
ユリが落ち着き払って男の前に降り立つ。そして、恐れる様子もなく男をじっと見つめた。眉も口も堅く引き結んで。
権現山の仙人はモジャモジャの髪からするどい眼光をしばらく、ユリに注いだ。
「す、す、すいません!」親分の香奈恵がどもりながらもユリを庇うように、よろめきながらも気丈に進み出る。「あの、あの・・あ、あたし達、迷ってしまって。」
男は初めて気がついたかのように、目の前の香奈恵を見下ろした。
「迷ったって、これか?」男が差し出した手には命綱が握られていた。
それは木の枝に巻きとられて太い束になっている。
「あ!」香奈恵は絶句する。「何すんだよ!おっさん!」あっちょが思わず叫ぶ。綱は沢の入り口から巻き取られていたのだ。「それをされたら、戻れないじゃんか!。」
「しっ!」男は声を潜めた。ギョロ目がきょろきょろと辺りを動いた。
「いいから。こっちへこい!」
「どこへですかの?」虎さんが落ち着き払って尋ねる。
「命が惜しければ、付いてこい。」
男は体を返した。6人は顔を見合わせる。
ユリが歩を進めた。「ユリちゃん!」香奈恵が思わず手を出す。
ユリはその手をそっと外した。微笑んでいる。みんなと順番に視線を合わせる。
虎さんがすぐに立ち上がる。
「付いて行くのが利口なようじゃ。」「でも・・」
渡も立ち上がる。
「香奈ねえ、行こう。どっちみち僕たちだけじゃ帰り道がわからないし。」
「だって、さっきのあれ・・?」
「そうだよ、付いて行って大丈夫なのか。」
「わかりません。でも、渡の言う通りです。取りあえず、行きましょう。」
シンタニが香奈恵をそっと押した。
男に導かれて6人は沢を下った。
来た道を引き返してることがわかって香奈恵とあっちょは少し安心する。
しかしまだ、男を全面的に信用できなかった。当然、男との間に距離ができる。
するとユリが戻って遅れたみんなを導く。男はそんな時、遠くで足を止め待っているようだった。
渡は彼を怖がらないことにした。何より、ユリが怖がる素振りを見せないからだ。
ユリは男のすぐ後ろを歩いても平気のようだった。
渡はユリに遅れないように付いて行った。体力のない虎さんは一番後ろを香奈恵に手を引かれて歩いてくる。でも歩き出す事前に「ユリを守るのじゃ。」と渡に囁いていた。言われるまでもない。
渡は男を細かく観察する。今は後ろ姿しか、よくわからない。男はそんなに背は高くなかったが、がっちりした体をしている。着ているものはもとは白かったのだろうが、今は薄汚れた作務衣だった。裾はボロボロに破れて泥で汚れている。腰にグルグル巻きにした荒縄から色々な・・例えば薬草?のような草とか皮の袋といった意味不明の物が下がっている。髪は腰の近くまであり、途中で紐で縛っている。
確かに、まさに仙人に間違いなかった。
先ほど、正面から初めて仙人の顔を見た訳だが渡には正直、彼が狂った男には見えなかった。子供しか脅せない弱い男にも見えない。
顔は日に焼けて黒かった。切れ長の目だけが白く光っている。若いのか年を取ってるのかは渡には判断がつかなかった。顔には無数に細かい皺が寄っていたが、髪ほとんど白髪が交じっていなかったからだ。
やがて、昼過ぎに入って来た沢の入り口にたどり着いた。
男はそのまま、歩み去ろうとするかのように足を速めた。ユリが振り返り、渡を見た。
その目を見た渡は勇気を振り絞った。
「ありがとうございました!助かりました!」渡は仙人の後ろ姿に向かって大声で叫んだ。男がくるりと振り返った。
「おまえ・・・竹本の子か。」男はユリを見ていた。渡は警戒し、逡巡した。しかし、ユリがうなづくと男は「そうか。2度とここには来るなよ。」そう言って又歩き出した。
「なんだって?」追いついたあっちょが尋ねる。
「悪い人じゃなかったみたいですね。」
「新谷君、そんなことないわよ。」香奈恵が虎さんと一緒に追いついてきた。
「もとはと言えば、あいつが私達の命綱をダメにしたんだもん。」
「でも、あの人・・」渡は言葉を捜す。
「わしらをあの場所から遠ざけようとしていたみたいだと言いたいのじゃろ。」虎さんが痛んだ足をさすりながら続けた。
「そう、その通り。そんな気がした。」「あれ、絶対、銃声でしたよね。」
シンタニの声が最大限に小さくなった。「それにあの声・・」
「やめて。」香奈恵が身震いした。「思い出すだけでぞっとする。」
「あれ、人が殺されたんじゃねえ?」あっちょの顔も蒼白だった。
「断末魔の声じゃの。」虎さんの目が細くなる。
「帰ろう。」渡も身震いした。そのなんとかの声は人が死ぬときの声だってことはなんとなくわかる。
「もう、5時だわ!」香奈恵の声が甲高くなる。町のサイレンが山向こうから聞こえてくる。「急いで権現山を超えないと、怒られちゃうわよ!」
みんな、我先に歩き出す。と、ユリの姿が見えない。
渡はあわてて後ろを振り返る。そして、唖然とした。ユリが御堂山の空を見上げている。
「UFOだ!」あっちょの声は怯えていた。
夕日を前にして黒々と鈍く輝く物体が山の遥か頂上に浮かんでいた。と、丸い光りが山の頂きからフワフワと上がって来た。ひとつ、ふたつと声もなく渡は数えていた。
光は7つだった。「編隊だ・・・UFOの編隊・・・」シンタニの声もうわずっている。
光は吸い込まれるように黒い影と一つになる。
「親玉だよ、あれがUFOの親玉なんだ。」「偵察UFOの・・・母船なんじゃないの。」
長い時間に思えたけど、実際はそんなに長くはなかったかもしれない。
黒い物体の表面に変化が現れる。まるで鼓動するように表面で鈍い光が波打つ。と、つつつとそれは滑るように山の後方へと動いて行き、次の瞬間かき消すようにその姿はこつ然と消えてしまった。
うわっと叫んで盲滅法に駈けて、舗装道路を駈け上がっていた渡達はその後、ちょうど迎えに来た祖父の軽トラに発見されることとなる。途中で息切れして動けなくなっていた虎さんも無事に収容された。みんなあまりに疲労困憊していたので、不審に思った祖父に色々聞かれたが渡が話せたのはUFOを目撃したってことだけだった。
香奈恵の機転で、UFOを目撃した子供達がそれを追って御堂山の麓まで足を伸ばしたということに落ちついた。それでも、渡は祖父から帰り道こんこんと説教をくらった。
危険な沢の入り口に来ていたからだ。
「最近、山道で怪しい奴らを村のもんが頻繁に見かけておるよって。昨日、駐在さんがな職質しようと追いかけたらしいが見失ったって話や。車を捨てて逃げよったらしい。盗難車やって言うやんか。なんや中にぎょうさん麻薬もあったらしいし。麻薬やて、この神月になもう。まったく、恐ろしいもんや。今日だって知ってたらな、おまえらだけで山になんか絶対行かさなかったわ。まったく、今日、おまいらが出よった後で回って来たんやから。どんくさい駐在や。まあ、田舎のお巡りだから仕方ないがな、最近物騒な世の中なんやから、もっとしっかりしてもらわんとな。そいでもう、綾子と寿美恵がやんやとうるさくてかなわんもんで、畑の後こっちに回って来たってわけや。ほんま、良かったわ。」祖父は深い安堵の息をついた。
神妙に聞いていた渡は、先ほど自宅前で降ろされたあっちょとシンタニや荷台にいる香奈恵と虎さんがうらやましくなってくる。
(香奈恵が荷台にいの一番に乗り込んだ訳が今ならわかる)
「でもさ、それはそうとしてさ。なんで、あの沢はそんなに危険なの?」
孤軍奮闘の渡は健気にみんなを代表して不平を述べる。応援団はユリの視線だけだ。
「だって、鮎だっているし。みんなと釣りだってしたいんだけど。」
「なんや、まったくしょーもない!」祖父は車を竹本の駐車場に入れながら答える。祖父は若い頃はずっと、西で働いていたせいかいんちき関西弁を好んで口にする。
「あのな、あそこは危険な場所なんや。地形だけやない、昔はな御堂山は自殺したもんとか流行病で死んだもんとかな、罪人を埋葬したとこなんや。あそこはあの世との入り口なんぞ。今度は麻薬がらみのギャングと来た!まったく、あそこは汚れとる。わしらだって子供の頃から近づかなかったもんや。それにの・・」
祖父は言いさしてから、エンジンを切る。窓から荷台に叫ぶ。
「さあ、母さんが心配してる。早く飯を食って来るとええ!」
香奈恵は「お腹減った!」と、虎を連れて軽々と飛び降りる。
「ユリちゃん、いこ!」ドアを開いたユリの手を取って虎も走り出す。
気になった渡はまだ車の座席でもぞもぞしていた。
「それでさ、どうしたの?」祖父は荷台に敷いていたシートを畳んでいる。
「渡か。続きが聞きたいのか?」「うん。気になるから。」
やけに丁寧に祖父は軽トラを施錠する。ため息を付いた。
「うむ・・わしの伯母さんがな。あそこは不吉な場所だといつも言っておったからの。」
「伯母さん?」
「昔、あの山に神社があったんじゃ。うちの親戚の・・竹本の本家がそこの神社の禰宜も兼ねていての・・おまえの曾祖父さんの母親、曾曾祖母さんじゃの・・・その人がその神社の1人娘じゃやったわけで・・・まあ、いまはもう、廃れとるがの。伯母さんもそこの巫女だったんや。」
渡は驚く。沢で朽ちかけた鳥居を見たことは言えなかった。神代神社という名前が思わず口を付いてでかかる。
「あ・・じゃあ、本家って神主だったんだ?初めて聞いたよ。」
「戦争の後、なくなってしまったからの。今じゃ、本家も他所に移っとるやろ?」
「うん。それは知ってる。神月の土地も売ったんだよね」後ろに誰かが来た。振り向くと、ユリだ。渡が遅いので、様子を見に来たのだろう。渡はユリを見ながら言う。
「えっと・・確か、ユリちゃんのお父さんに土地を売ったんだよね。」
祖父は二人にうなづいて見せる。ユリは目を丸くする。自分に関係する話とは思わなかったのだろう。
「そうじゃ、本家はあの土地と御堂山の社を捨てたんじゃ。色々、あったけの。」
祖父は言葉を濁す。
「もう、早く行って食べて来い。」
「ねえ、じいちゃん、伯母さんは御堂山は不吉だって言ってたんでしょ?。でも、伯母さんは本家の人でそこの巫女だったんでしょ?なんでなのかな?」
渡が聞きたいのはまさにその色々である。ユリも渡をせかす素振りを見せず、興味深く
静かに渡の祖父を見つめている。祖父は困った顔をした。
「不吉だったからこそ、祀らなければならなかったんじゃろ。もう、ええやろ。この話は。母さんに怒られるぞ。」
「教えてよ。」渡はしつこく食い下がる。「教えてったら。」
「ああ、うるさい!」祖父は癇癪を起こす。ユリがビクリとした。
「ああ、ユリちゃん、すまんの。まったくこの孫がしつこいから。誰に似たんだか。」
「だって、そこまで聞いてさ。知りたいもの。」
渡はここぞと連呼する。祖父が結局、自分達に甘いのは知っている。
「僕らは何も知らないじゃないの。なのに遊びに行くのはダメだなんて言われたって。なんで行っちゃいけないのか、教えてくれないとさ、僕らだって、納得できないよ、ねぇ?。」
視線を受けて、ユリもコクンとうなづく。絶妙のコンビである。
「わかった、わかった、ひとまず、飯を食って来い!」
「食ったら教えてくれる?」祖父は根負けしたように、ぐらぐらと力なくうなづく。無言で旅館の調理場の方へ逃げるように遠ざかって行く。
「約束だからね!」渡はその後姿に念を押すように、さけんだ。
「さ、行こう。」ユリがニッと笑って手を取った。
二人は自分たちの住んでる母屋の方へ走り出した。
気がついたら、渡もお腹がぺこぺこだった。
突然、後ろで太い声がした。6人は思わず、飛び上がった。渡は慌てて振り向いて、目の前に現れた日焼けした顔から目が離せなくなる。
そこには、権現山の仙人と呼ばれる男が立っていた。
パンパンと乾いた音が下から響き渡った。その音の近さに5人は再び心臓が止まりそうになる。思わず、端から飛び降りた。何人か尻餅をつく。
男はわずかに眉が少し動いただけだった。と、石が転がる音が小さく聞こえた。
ユリが落ち着き払って男の前に降り立つ。そして、恐れる様子もなく男をじっと見つめた。眉も口も堅く引き結んで。
権現山の仙人はモジャモジャの髪からするどい眼光をしばらく、ユリに注いだ。
「す、す、すいません!」親分の香奈恵がどもりながらもユリを庇うように、よろめきながらも気丈に進み出る。「あの、あの・・あ、あたし達、迷ってしまって。」
男は初めて気がついたかのように、目の前の香奈恵を見下ろした。
「迷ったって、これか?」男が差し出した手には命綱が握られていた。
それは木の枝に巻きとられて太い束になっている。
「あ!」香奈恵は絶句する。「何すんだよ!おっさん!」あっちょが思わず叫ぶ。綱は沢の入り口から巻き取られていたのだ。「それをされたら、戻れないじゃんか!。」
「しっ!」男は声を潜めた。ギョロ目がきょろきょろと辺りを動いた。
「いいから。こっちへこい!」
「どこへですかの?」虎さんが落ち着き払って尋ねる。
「命が惜しければ、付いてこい。」
男は体を返した。6人は顔を見合わせる。
ユリが歩を進めた。「ユリちゃん!」香奈恵が思わず手を出す。
ユリはその手をそっと外した。微笑んでいる。みんなと順番に視線を合わせる。
虎さんがすぐに立ち上がる。
「付いて行くのが利口なようじゃ。」「でも・・」
渡も立ち上がる。
「香奈ねえ、行こう。どっちみち僕たちだけじゃ帰り道がわからないし。」
「だって、さっきのあれ・・?」
「そうだよ、付いて行って大丈夫なのか。」
「わかりません。でも、渡の言う通りです。取りあえず、行きましょう。」
シンタニが香奈恵をそっと押した。
男に導かれて6人は沢を下った。
来た道を引き返してることがわかって香奈恵とあっちょは少し安心する。
しかしまだ、男を全面的に信用できなかった。当然、男との間に距離ができる。
するとユリが戻って遅れたみんなを導く。男はそんな時、遠くで足を止め待っているようだった。
渡は彼を怖がらないことにした。何より、ユリが怖がる素振りを見せないからだ。
ユリは男のすぐ後ろを歩いても平気のようだった。
渡はユリに遅れないように付いて行った。体力のない虎さんは一番後ろを香奈恵に手を引かれて歩いてくる。でも歩き出す事前に「ユリを守るのじゃ。」と渡に囁いていた。言われるまでもない。
渡は男を細かく観察する。今は後ろ姿しか、よくわからない。男はそんなに背は高くなかったが、がっちりした体をしている。着ているものはもとは白かったのだろうが、今は薄汚れた作務衣だった。裾はボロボロに破れて泥で汚れている。腰にグルグル巻きにした荒縄から色々な・・例えば薬草?のような草とか皮の袋といった意味不明の物が下がっている。髪は腰の近くまであり、途中で紐で縛っている。
確かに、まさに仙人に間違いなかった。
先ほど、正面から初めて仙人の顔を見た訳だが渡には正直、彼が狂った男には見えなかった。子供しか脅せない弱い男にも見えない。
顔は日に焼けて黒かった。切れ長の目だけが白く光っている。若いのか年を取ってるのかは渡には判断がつかなかった。顔には無数に細かい皺が寄っていたが、髪ほとんど白髪が交じっていなかったからだ。
やがて、昼過ぎに入って来た沢の入り口にたどり着いた。
男はそのまま、歩み去ろうとするかのように足を速めた。ユリが振り返り、渡を見た。
その目を見た渡は勇気を振り絞った。
「ありがとうございました!助かりました!」渡は仙人の後ろ姿に向かって大声で叫んだ。男がくるりと振り返った。
「おまえ・・・竹本の子か。」男はユリを見ていた。渡は警戒し、逡巡した。しかし、ユリがうなづくと男は「そうか。2度とここには来るなよ。」そう言って又歩き出した。
「なんだって?」追いついたあっちょが尋ねる。
「悪い人じゃなかったみたいですね。」
「新谷君、そんなことないわよ。」香奈恵が虎さんと一緒に追いついてきた。
「もとはと言えば、あいつが私達の命綱をダメにしたんだもん。」
「でも、あの人・・」渡は言葉を捜す。
「わしらをあの場所から遠ざけようとしていたみたいだと言いたいのじゃろ。」虎さんが痛んだ足をさすりながら続けた。
「そう、その通り。そんな気がした。」「あれ、絶対、銃声でしたよね。」
シンタニの声が最大限に小さくなった。「それにあの声・・」
「やめて。」香奈恵が身震いした。「思い出すだけでぞっとする。」
「あれ、人が殺されたんじゃねえ?」あっちょの顔も蒼白だった。
「断末魔の声じゃの。」虎さんの目が細くなる。
「帰ろう。」渡も身震いした。そのなんとかの声は人が死ぬときの声だってことはなんとなくわかる。
「もう、5時だわ!」香奈恵の声が甲高くなる。町のサイレンが山向こうから聞こえてくる。「急いで権現山を超えないと、怒られちゃうわよ!」
みんな、我先に歩き出す。と、ユリの姿が見えない。
渡はあわてて後ろを振り返る。そして、唖然とした。ユリが御堂山の空を見上げている。
「UFOだ!」あっちょの声は怯えていた。
夕日を前にして黒々と鈍く輝く物体が山の遥か頂上に浮かんでいた。と、丸い光りが山の頂きからフワフワと上がって来た。ひとつ、ふたつと声もなく渡は数えていた。
光は7つだった。「編隊だ・・・UFOの編隊・・・」シンタニの声もうわずっている。
光は吸い込まれるように黒い影と一つになる。
「親玉だよ、あれがUFOの親玉なんだ。」「偵察UFOの・・・母船なんじゃないの。」
長い時間に思えたけど、実際はそんなに長くはなかったかもしれない。
黒い物体の表面に変化が現れる。まるで鼓動するように表面で鈍い光が波打つ。と、つつつとそれは滑るように山の後方へと動いて行き、次の瞬間かき消すようにその姿はこつ然と消えてしまった。
うわっと叫んで盲滅法に駈けて、舗装道路を駈け上がっていた渡達はその後、ちょうど迎えに来た祖父の軽トラに発見されることとなる。途中で息切れして動けなくなっていた虎さんも無事に収容された。みんなあまりに疲労困憊していたので、不審に思った祖父に色々聞かれたが渡が話せたのはUFOを目撃したってことだけだった。
香奈恵の機転で、UFOを目撃した子供達がそれを追って御堂山の麓まで足を伸ばしたということに落ちついた。それでも、渡は祖父から帰り道こんこんと説教をくらった。
危険な沢の入り口に来ていたからだ。
「最近、山道で怪しい奴らを村のもんが頻繁に見かけておるよって。昨日、駐在さんがな職質しようと追いかけたらしいが見失ったって話や。車を捨てて逃げよったらしい。盗難車やって言うやんか。なんや中にぎょうさん麻薬もあったらしいし。麻薬やて、この神月になもう。まったく、恐ろしいもんや。今日だって知ってたらな、おまえらだけで山になんか絶対行かさなかったわ。まったく、今日、おまいらが出よった後で回って来たんやから。どんくさい駐在や。まあ、田舎のお巡りだから仕方ないがな、最近物騒な世の中なんやから、もっとしっかりしてもらわんとな。そいでもう、綾子と寿美恵がやんやとうるさくてかなわんもんで、畑の後こっちに回って来たってわけや。ほんま、良かったわ。」祖父は深い安堵の息をついた。
神妙に聞いていた渡は、先ほど自宅前で降ろされたあっちょとシンタニや荷台にいる香奈恵と虎さんがうらやましくなってくる。
(香奈恵が荷台にいの一番に乗り込んだ訳が今ならわかる)
「でもさ、それはそうとしてさ。なんで、あの沢はそんなに危険なの?」
孤軍奮闘の渡は健気にみんなを代表して不平を述べる。応援団はユリの視線だけだ。
「だって、鮎だっているし。みんなと釣りだってしたいんだけど。」
「なんや、まったくしょーもない!」祖父は車を竹本の駐車場に入れながら答える。祖父は若い頃はずっと、西で働いていたせいかいんちき関西弁を好んで口にする。
「あのな、あそこは危険な場所なんや。地形だけやない、昔はな御堂山は自殺したもんとか流行病で死んだもんとかな、罪人を埋葬したとこなんや。あそこはあの世との入り口なんぞ。今度は麻薬がらみのギャングと来た!まったく、あそこは汚れとる。わしらだって子供の頃から近づかなかったもんや。それにの・・」
祖父は言いさしてから、エンジンを切る。窓から荷台に叫ぶ。
「さあ、母さんが心配してる。早く飯を食って来るとええ!」
香奈恵は「お腹減った!」と、虎を連れて軽々と飛び降りる。
「ユリちゃん、いこ!」ドアを開いたユリの手を取って虎も走り出す。
気になった渡はまだ車の座席でもぞもぞしていた。
「それでさ、どうしたの?」祖父は荷台に敷いていたシートを畳んでいる。
「渡か。続きが聞きたいのか?」「うん。気になるから。」
やけに丁寧に祖父は軽トラを施錠する。ため息を付いた。
「うむ・・わしの伯母さんがな。あそこは不吉な場所だといつも言っておったからの。」
「伯母さん?」
「昔、あの山に神社があったんじゃ。うちの親戚の・・竹本の本家がそこの神社の禰宜も兼ねていての・・おまえの曾祖父さんの母親、曾曾祖母さんじゃの・・・その人がその神社の1人娘じゃやったわけで・・・まあ、いまはもう、廃れとるがの。伯母さんもそこの巫女だったんや。」
渡は驚く。沢で朽ちかけた鳥居を見たことは言えなかった。神代神社という名前が思わず口を付いてでかかる。
「あ・・じゃあ、本家って神主だったんだ?初めて聞いたよ。」
「戦争の後、なくなってしまったからの。今じゃ、本家も他所に移っとるやろ?」
「うん。それは知ってる。神月の土地も売ったんだよね」後ろに誰かが来た。振り向くと、ユリだ。渡が遅いので、様子を見に来たのだろう。渡はユリを見ながら言う。
「えっと・・確か、ユリちゃんのお父さんに土地を売ったんだよね。」
祖父は二人にうなづいて見せる。ユリは目を丸くする。自分に関係する話とは思わなかったのだろう。
「そうじゃ、本家はあの土地と御堂山の社を捨てたんじゃ。色々、あったけの。」
祖父は言葉を濁す。
「もう、早く行って食べて来い。」
「ねえ、じいちゃん、伯母さんは御堂山は不吉だって言ってたんでしょ?。でも、伯母さんは本家の人でそこの巫女だったんでしょ?なんでなのかな?」
渡が聞きたいのはまさにその色々である。ユリも渡をせかす素振りを見せず、興味深く
静かに渡の祖父を見つめている。祖父は困った顔をした。
「不吉だったからこそ、祀らなければならなかったんじゃろ。もう、ええやろ。この話は。母さんに怒られるぞ。」
「教えてよ。」渡はしつこく食い下がる。「教えてったら。」
「ああ、うるさい!」祖父は癇癪を起こす。ユリがビクリとした。
「ああ、ユリちゃん、すまんの。まったくこの孫がしつこいから。誰に似たんだか。」
「だって、そこまで聞いてさ。知りたいもの。」
渡はここぞと連呼する。祖父が結局、自分達に甘いのは知っている。
「僕らは何も知らないじゃないの。なのに遊びに行くのはダメだなんて言われたって。なんで行っちゃいけないのか、教えてくれないとさ、僕らだって、納得できないよ、ねぇ?。」
視線を受けて、ユリもコクンとうなづく。絶妙のコンビである。
「わかった、わかった、ひとまず、飯を食って来い!」
「食ったら教えてくれる?」祖父は根負けしたように、ぐらぐらと力なくうなづく。無言で旅館の調理場の方へ逃げるように遠ざかって行く。
「約束だからね!」渡はその後姿に念を押すように、さけんだ。
「さ、行こう。」ユリがニッと笑って手を取った。
二人は自分たちの住んでる母屋の方へ走り出した。
気がついたら、渡もお腹がぺこぺこだった。