MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルワン9-4

2009-09-18 | オリジナル小説
「・・アギュ・・来たんかい?」
ガンダルファが青色と息で息を継ぐ。
「あ~、疲れたっ・・今日はもう超過オーバーだよっ・・」
「ガンタはわしらを担いでここまで来たからの。」
背中から降りたタトラが説明した。
「渡を奪われなくてよかった。」アギュは後ろを振り返った。
「この子供は普通でないぞ。」アギュがうなづく。「告白を聞きました。この子は特殊能力がありますね。この子の力がどこから来たものなのか・・・この子に入った魂の由来がぜひに知りたいものです・・・そういえば。」一旦、言葉を切る。
「デモンバルグがいました。」
「えっ?マジで?」
「ワタシが来る前にワタルを助けに船にいました。ワタシが来ると逃げてしまった・・・ワタシにワタルを託して。」
「渡を助けに?そうか、そうだもんな。でもそれって、どういう関係なんだろ?」
「・・・それは今だに不明です。」もっとも臨海した人類に近い生命。アギュはデモンバルグが去ってしまったことを残念に思った。
「もう一度、デモンバルグに会わなくてはなりません。」
奇妙な振動と音がして点滅する光が上昇するのが見えた。
「おい、逃亡するぞ。」
「ワタシが船を直してしまいましたからね。」
「なんだよ、それ!」
「今では貴重な珍しいフネだったものですから、つい。」
「アラン・ドト・メテカか。奴らは遊民のギャングだの。」
タトラは強い光を発して消えた船を目で追った。
「アギュ殿、奴らがお前さんを見たのなら生きて返すのはどうかと思うが。」
「こえぇこと平気で言うなあ。」ガンダルファがため息。「だから、宇宙人類って嫌さ。」タトラ鋭い視線を返す。「そんな甘い事を言っていたら、隊長が臨海体だってことがあっという間にリオン・ボイドに知れ渡るぞ。」
「大丈夫ですよ。」アギュはどこか間延びした声を出す。
「カレラの狙いはここの地球人類のニクタイみたいですね。4つ程、外に運び出すつもりのようです。生きた人間の方は神社に降ろしてもらいました。後でカプセルを回収しておきます。」
ガンタは御堂山の中腹にある大岩を振り仰いだ。
「まだ他にも人質がいたんだ。良かった・・・誰も連れて行かれなくて。」
「人体部品の売買かの。遊民は背骨を損傷する割合が高いそうじゃ。正規の人民でなければ移植手術も高くつくからの。」
それを聞いたユリが暗い顔を上げた。目に怒りがある。
「そんなことにここの人類の体が目を付けられたら大変じゃの。死体だろうが、断じて持ち出させてはならんぞ。」
「その為にワレワレがいます。」アギュを見るユリの目が輝く。
「だけど、もう死体を回収している暇はないんじゃない?」
焦るガンダルファはアギュの落ち着いた顔を不思議そうに見やる。
「早く母船に連絡して、船体ごとぶっ飛ばしてもらわないと間に合わないよ。」
「手はもう打ってあります。」
「ふむ。なるほどの。」
「ちぇっ!シドラかっ!」ガンダルファはしらける。
「聞いたか、ドラコ?ずるいったらないぞ。」
「まあまあ。」アギュは取りなすと、足下に眠る渡ともう離れまいとするかのように彼に寄り添うユリを見下ろした。
「ユリ。」優しい声に娘が素直に見上げる。
「あなたは声が出せるようになったのですね。」
アギュはかがみ込んで同じ目線になる。
「ユリ。」少女は挑戦するように父親を見返した。キッと口を結んで。
「そんな目をしなくても大丈夫。」アギュは失笑する。「今まで私はあなたの成長を抑えて来ました・・・」ガンダルファがハッと2人を見る。
「ユリ。あなたに聞きます。」タトラもその成り行きを黙って見守っていた。
「あなたは成長したいですか?」アギュの声は少しだけ寂しそうだったのは気のせいかもしれない。「渡と共に。」
その瞬間、強くうなずいたユリの目からほとばしるように涙がこぼれ落ちた。それでも少女は目を閉じることも反らす事もしなかった。まっすぐな強い眼差しは揺るぎもしない。「・・シライッ・・!」ユリの口が動いた。「・・シタイッ!ワァタァルゥ・・ワタルゥトォッ・・!」ついに少女は感極まってアギュの胸に飛び込んだ。
身を捩り激しく大声で泣きながら辿々しい嗚咽が漏れる。
アギュはその体を髪を感慨深気に撫で続けた。
「わかりました。」
その瞬間、ガンダルファとタトラ(そしておそらくドラコも)2人はふーっと深々と息を吐き出した。
「ヒョッホーッ!」ガンタは目に不覚に滲んだ涙を気づかれまいと声を上げる。
「そいじゃ、決まりだ!ユリちゃん!いい女になれよな!」
「ガンタ、手を出したら殺されるぞ。」
「まだその心配、早いでしょ。」ガンタにやける。「渡と争ったって勝ち目ないし。」
アギュは泣いている娘をもう一度強く抱き占めると静かに体を放す。
「竹本から、人が近づいています。私はここにいないことになってますから。」
「了解!後は任せろだ!」
ガンダルファは眠っている渡を肩に抱き上げた。タトラがユリの手を引く。まだ、しゃくりあげていたユリは照れくさそうに笑ってアギュに手を振った。
「では。」と言いかけてアギュが言葉に詰まる。
「あ、そうです。・・渡には・・私達のこと、バレてますが・・心配ないと思いますよ。」
トラが目を剥く。「いいのかの?記憶を消さないで。」
「その子は特殊です。」アギュは夜空を見上げる。「きっと大丈夫だと思いますよ。」
「じゃあ、香奈恵とガキンコ2人だけか。」
(仙人はどうするにょ?)
「あ、そうだ!仙人がいた!」
「仙人?」アギュが不思議そうに振り返る。「ここに仙人がいるのですか?」
「そう呼ばれてる、ホームレスじゃ。」
「アァ、ワァルイヒト、チガウゥッ!」ユリがサッと顔を上げる。
アギュの光る裾を掴んだ。
「うん。悪い奴じゃないとは思うな、僕も。」
「仙人はわしらを助けてくれたのだ。あいつらとの繋がりはまだ確かめてみなければなるまいがの。奴らの仲間ではないと言ったのは本当じゃないかとわしは感じた。」
(トラちゃんの直感はガンちゃんより正しいにょ!)
「おいっ!、引き合いに出すなよ!こっちは、関係ないだろ!」
「なるほど。」アギュはユリに微笑みかける。
「大丈夫ですよ、その人には悪いようにしませんから。」ユリはやっと裾を放した。
「じゃ、仙人は後々調べてからってことで保留かな。まあ、今回のことをあちこちで進んで話すような奴じゃないと思うしね。なんせ、人付き合いを嫌って山にこもってるんだし。」あ、と声をあげる。
「そうだ!ジンは?。ジンはどこ、行った?ジンとか言う奴だよ。あいつはやばいんじゃない?軽いし、金の為ならなんでも話しそうな奴だよ。」
「そう言えば・・・消えたの。」虎は周囲を見回す。「面妖な奴じゃったが。」
「ジン。」アギュはガンタの背中の渡に目を走らせ一時逡巡する。
「その人が、おそらく・・・さっきフネにいた、デモンバルグのようです。」
アギュと渡を除く全員が驚愕する。
「なんだって!あいつがっ?嘘だろ!」
「信じられぬ。神興一郎と名乗ったあの男は確かに、血肉を持っていたぞ。」
(ドラコにもわからなかったにょ!ジンは人間だと思ったにょ!)
動揺する2人と1匹の後ろから、ユリは口を固く結んであどけなく口を開けている渡の寝顔を見上げた。拳がキュッと結ばれる。
「そう言えば、あいつ・・・確かに渡にやたら絡んでいたな。」ガンタも血の引いた顔を引き締める。「それに・・・渡を円盤に連れて行ったのはあいつだった。」
「そうじゃ。アロン・ドト・メテカが渡に反応することを試すようじゃった。」トラは首を振る。「と、言う事はどういうことなんじゃ?。奴はここでいう悪魔とか、幽霊とか呼ばれてるものなんじゃろう?。渡はそこにどう絡んでくるんじゃろう?」
「カレは・・・この星の人類のかなりの歴史・・・おそらく、有史以前のことを知っているのではないかと思います。」アギュは呟いた。「もしかしたら、遥か古代にこの星にたどり着いたフネのことも知っている可能性があります。そして今それがどこにあるのかをワレワレに示すことが出来る可能性もある・・・カレは自分をこの星を統べる者と言っていました。人類を狩るホショクシャだと。」
ここでアギュは少し笑ってしまった。ガンダルファが不信な顔をする。
「カレはワタシを言ってました。宇宙の悪魔だと。」唇が歪む。「当たってなくもない。」「アギュ殿・・・」
アギュは自分という臨海体を出してしまった為に滅ぼされたも同然の故郷を思った。
自分の活躍をもってしても彼等の処遇は今だにたいして変わっていない。
「失礼な奴だ!」ガンダルファが猛然と怒り出す。「今度、会ったら・・!」
「まあ、それはいいではないですか。それよりも。」
確かめねばならならなかった。悪魔と呼ばれるエネルギー生命とこの果ての地球と名付けられた星に住む人類の関わりを。そしてそのことはやがて、オリオン人とカバナ人からなるオリオン連邦とこの星の人類・・・祖を同じくする人類同士の空白の歴史を明らかにあぶり出すに違いなかった。アギュの目が強い光を放つ。
「なんとしても、デモンバルグを捜しださねばなりません。」
「デモンバルグを探せば、自ずと船も見つかるかも知れぬということかの。」
「奴が、渡を狙ってるならさ。ほっといてもきっとまた、向こうからやってくるんじゃないかな。」ガンタが口を挟む。
「渡にピッタリ付いていれば、必ずコンタクトしてくるに決まってるよ。」
「アウウッ・・・!」ユリが叫んだ。拳を固めて何度も自分の胸を叩く。渡の前に立ちふさがるようだった。「アァタシィ、マモルッ!ワタルゥッ!」

その時、下の方で人声と草をかき分ける音がした。
「おーい!。そこに、誰か、いるのかー!?」
「親父さんだ、渡の。」ガンタが囁く。
「では、話は後日。」アギュは闇の中に後ずさる。「この場は任せます。」
「任しとけって。」
「ユリ、それじゃ。」光は闇にまぎれて行く。
「アギュゥ、ワタル、マモル!」
ユリの目はアギュの光を受けた青い涙を乱暴に拭った。「バィ・・!」
「おーいいっ!親父さんですかっ?」
ユリが手を振り、アギュが闇に消えるのを見計らってガンタは大声で叫んだ。
「こっち!渡くんも一緒です!」
「おおっ!ガンタくんか!」
おじいさんの声もする。「みんな無事かっ!」
薮をわける音が激しくなる。
「ところで、子供達の記憶だがの。」
隣に落ち着いて座り込んだ寅がふとガンタを見上げる。
「UFOの思い出ぐらい残してやってもいいと思うがな。」
「ロマン程度?」ガンタが振り返りニヤリと笑う。
「ロマン程度で。」寅も笑う。「この騒動で消しすぎると却って不自然じゃ。」
「了解。」




その頃、この次元にすごく近い次元であるダッシュ空間レベル4に消えた船の中では残された2人の遊民が興奮し、繰り返し復讐を誓っていた。
「そうだっ!あいつは、あれだっ!」ダ・リは目をギラギラさせ、身を振るわせる。
「お前も聞いた事ぐらいあるだろう?!。ボイドの奴らが騒いでいた、いつだったか軍隊が連邦に潜航したことがあったろう?連邦の最高機密を奪いに行ったとかいうやつさ!失敗したらしいがな、きっと、あれがそうだったんだ!なんて馬鹿な無茶なことをって、俺だってそん時はそんなの噂だと思っていたけどよ、本当にいたんだ!臨海進化だ!あれが、臨海進化体に決まってる!」
「臨海っていったら、人類が最高に進化した形なんだろ?カバナ・リオンだって人類なのに、なんでオリオン人にしか起きないんだよ?」
「知るか!」長男の興奮は高まるばかりだ。「そんなことは問題じゃねえ!問題は金になるってことだ!ボイドの人類には起こらないから、カバナ・リオンは涎が出るぐらいそれが欲しいってわけなんだよ!どんなことをしても手に入れたいんだっ!」
「連邦にあってボイドにないものか!取り戻したいんだもんな!」
ダ・アは床に転がるダ・ウを顧みた。「ちくしょう!お袋が怒り狂うぞ!」
そこから、彼にも興奮が移る。「ひょっとして、こんなことになっちまったけど、金があればダ・ウのクローンとかも作れるかもな?こんなぐちゃぐちゃになっちまったらそんじょそこらの部分的クローン蘇生じゃもう無理だもんな。もしお袋が許してくれるんなら、一から完全復活できるかも!ダ・ウの野郎、オムツを付けた赤ん坊から再出発させてやろうぜ。こいつは笑える!なんたってものすごい、金が手に入るんだろ!」そこまで言ってダ・アは首を傾げた。
「だけど、なんでこんなはずれた星に臨海体がいるんだ?こんな辺境地にいるのは何か理由があるのかもな?だいたい臨海進化体は中枢にいるはずじゃないのか?連邦の最高元帥になったんじゃなかったっけ?」
「でも、見ただろ?あんな人間がいるかっ?あれは人間じゃねえ!この星の奴らとも違う!ロボットでもサイボーグとも違う!全身が光り出したんだ!光って消えたんだ!青い光だ、噂とも合致するだろう?」
「そうだとすると・・・!その訳ってことだけでもすごい価値がある情報な訳だ!」
「どうする?戻ってそれを探り出してみるか?」
「冗談だろっ!」ダ・リは密かに身震いした。「気味わりい。まるで絶滅した怪談だぜ。」
「それを言ったらジンの奴だって・・・消えやがったぞ!消えたり現れたり・・・あいつはこの星の人間にしては妙な奴だったと思ったが。あいつが連邦のスパイだったのかもな。そう思えば、キーになる人間がいたことといい納得がいくぜ。まったく、行きがかりの駄賃に稼いで帰るだけのはずだったのに話が違うぜ。連邦が監視しているだけの話だったのに、この星はもうかなり勢力圏に置かれてるってことだな。まったく善行なんてするもんじゃないな。だから嫌だっていったんだ。」
「善行だなんて兄貴」ダ・アは吹き出す。「ものすごいふっかけただろうが。」
「お前だって最初は乗り気だったろうが!お偉いさんしか視察できない新発見の星だぜ。話の種によ、こんな警備の薄い手頃な星なら簡単に潜入できるってな。しかも、俺らと共合する遺伝子の人類の原始人どもがどっちゃりいると来たもんだ。」
「仕事を済ましたら、すぐ帰ればよかったんだ。欲を出したばかりに、ひどいことになったもんだ。」ダ・アは密かにリーダーである、長男を恨みがましく思う。

「とにかく!早く、ボイドに帰るんだ。お袋達に帰って相談だ!もし、臨海進化がここにいるって知ったら、カバナ・リオンはすぐにでもここに押し掛けて来たがるぜ。灰色だってかまわねぇんだ。どっちにしろ、確かめるのは奴らだ。これは一から十まで、奴らが聞きたい情報なんだってことだ!カバナシティに持ち込んだら、いったい幾らの金になると思う?!」唾が辺りに飛び散る。
「これでお袋にもいい背骨を入れてやれる!お袋だけじゃねえ!こんなせこい原始星人の奴らの背骨なんか目じゃねえかもしれねぇ、シティの一流の医者で拒絶反応なんか気にしなくてもいい培養背骨のすごい奴をみんなに入れてやれるんだぜ!ダ・ウだって生き返るしな!」
「兄貴!急ごう!船もなんだか元通りだし、思い切ってワープでもしようぜ!」
「そうだな!ボイドの際まで飛べば、ここにどんな部隊があったって後の祭りだぜ。追撃をかわせる。臨海体がいるんなら急がないとあぶないぞ!燃料が少ないが、残存燃料がリニューアルされたみたいに調子いいからな!」
「あいつが何かしたんだろうか?」弟が機械を操作しながら呟く。「おんぼろ船が新品みたいだ。この船は古いからな。買った時、古いシステムはもう腐る寸前だった。だから航行には新しいシステムしか使ってなかったんだ。なんとかメテカなら船の整備に金がかかんないからな。なのに古いシステムまで生き返ったようだぜ。これなら、ボイドまでワームホールが使えそうだ。あのしぶちんのおふくろが金をかけただけあったってもんだぜ。」
「だけどボイドまでは、ちょっと負荷が高過ぎやしないか、兄貴。」
「大丈夫だ。2人しか乗ってないし、残りは死体だ。生体が奪われちまったのが幸いしたな。」「ダ・ウが死んでてくれてほんと、良かったぜ。」
兄達はニヤニヤと弟の亡がらを見下ろす。弟が行きていたら怒り狂ったはずだ。
「もともと小さい船だから、たいしたメモリーにはならない。どうにかギリギリでぶっ壊れずに次元を乗り越えられるはずだ。まずは、ダッシュ空間をレベル4から、12までに細切れに潜る・・・でかい次元にでたらばアルファ空間からベータ、シータへとなるべく小さく飛んで行くんだ。」
新たなパワーがボードに注ぎ込まれる。
ボードが渦を巻き、変換が始まったことを示している。
「ダッシュ5へ移行!」
全身が波に洗われるように炊いだ。次元のシャワーを浴びているのだ。
何回かの移行を小さな円盤が繰り返すうちに磨りガラスの向こうに見えるような地上の風景が眩しくよじれるように変わり遠ざかり見えなくなる。外は様々は微粒子の嵐がいよいよ歪んだ水のように重く流れ始める。
「次は・・・いよいよアルファ空間に入るぞ。」
ありったけのパワーがボードを輝かせる。
船は更なる深い次元へとデータの変換を始める。
細胞が一度、分解され構築される感覚。さほど我慢する必要はなかった。
そして、全身の間隔が突き抜ける。
「やった・・!」長男は目を見張った。
飛び込んだ次元には強大な何かが待ち構えていた。彼らが飛び込んだのは開け放たれたワームドラゴンの口。瞬間、すべての物質をやけ尽くす炎が彼らを貫いた。


「やったな。」シドラはそのドラゴンの背でワームにねぎらいの言葉をかける。
「船はもったいなかったが、仕方がない。」
『奴らも本望だろう』自らのワームであるバラキの思考にシドラの体は激しく嬲られる。しかし、ドラゴンに選び抜かれたシドラもただ者ではない。
「微生物の考えがバラキにはわかるのか?」
『勿論』ワームの語彙は少ない。『我らと同じ次元に奴らも生きている。』
「それは・・!」シドラは驚く。
『狭い世界に飼い殺され、永遠に死ぬ事もできぬなどプライドの高い彼らにとっては耐えがたいことであったろう。』
語彙が少ないのにも関わらず、珍しい長い感慨だった。同じ次元生物である彼らに対してバラキも思うところがあるのだなとシドラ・シデンは少し面白く思う。
「カプートが生きていたら涎を流しそうな情報だな。アラン・ドト・メテカが長命なのはワームと同じように次元に関係してるなどとは。」ワームは思わせぶりに笑うがそれ以上は何も語らなかった。シドラもそれを無理強いするほど、知識欲があるわけでもない。
「まあいい。任務は完了だ。」シドラはついさっきまでいた地上の熱い夜を思い返す。
「あれもそんなに嫌いではない。帰るとするか。」
『ユリは無事だ・・・アギュはユリの封印を解いたぞ』
「そうか!」シドラはほっと息をする。「それを心配していたんだ。あやつはユウリに心酔していたからな。ユリまでおのれに縛り付けるのかとな。」
「そうとわかれば、もうひと頑張りだ。さっさと任務を果たしてユリの元に帰らねばならない。」
『シドラ』脳裏に響く、バラキの声は優しくさえなる。『ユリはユウリの代わりにはならんぞ』「わかってる。」シドラは顔をしかめる。「我を心配してくれるのか?我を案じてくれるのはこの宇宙ではおぬしだけだろうな。」にが笑うとシドラはワームの意識に自分を解き放つ。「心配するな。我はちゃんと分は弁えてる。我は代用品なぞ望まぬ。」バラキに寄り添い、彼女は微笑む。「我は一人ではない。」
ワームとシドラの意識は解け合って次元を地上へと走り始めた。
「今はもうおぬしがいてくれる。我はドラゴンボーイだ。それだけですべてなのだ。」

スパイラルワン9-3

2009-09-18 | オリジナル小説
渡は目を覚ました。
「何?どうしたの?」渡は自分が宙に浮いて、床に投げ出された搭乗員とか床に散らばるなんなのかまったく見た事もない煩雑な物体を眺め降ろしていた。
「・・・ユリちゃん?・・・僕、死んじゃったのかな?」先ほどまで意識しか感じられなかったことを思い出す。不思議と怖くなかった。
(又だ・・・又、死んじゃった・・・あれっ?又っていつだ?)
「ワタル。アナタは生きています。」はっきりと耳元で声がした。渡はユリの父の姿をそこに見た。自分は彼の腕の中にいた。渡は素直に感嘆した。なんて蒼い目だろう。渡はそれに捕われて言葉を失ってしまった。いつまでも見つめていたい。今までに感じていたユリの父親に対する恐怖は微塵も感じなかった。
(何かの・・・間違いじゃないのかな?。この人・・・もし、人だとしたらだけど・・・誰かのお父さんって感じじゃないよね。)
そんな彼の思いを見透かすように、蒼い目はクスッと笑ったようだ。
「・・・遅くなって、ごめんなさい。ユリが呼んでるのが聞こえたので・・・間に合って良かった。」静かで深い声だと渡は思った。
それから、急に時間が動き始めた。渡にはそんな風に感じられた。
「阿牛さん・・・」
「はい、ワタシはアギュです。」
アギュは空に浮いたまま、ボードを囲むように床の下回りに固定されているカプセルのようなものをしばらく見下ろした。
彼の眉がフッと寄るのを渡は見た。「これは・・・」彼が口の中に言葉を飲み込んだので渡には意味がわからなかった。わからなかったが、アギュが怒っているのはわかった。渡もそのカプセルをチラリと見た。カプセルは7つあった。鈍く面が曇っているものは、液体なのだろうか。ドロリと何かが充填されている。そうでないものは黒いだけで何も入ってないようだった。
なんとはなしに棺桶のようだと思った。そう思った瞬間、アギュの腕が動いた。
「・・・降ろしますよワタル。自分で立てますか?」
2人は斜めになった宇宙船の床に降り立った。傾いで点滅しているボードを見上げる。光の中に暗黒の渦がある、と渡は思った。
「おびえなくていいですよ。」ふとアギュがそう呼びかけたのは、自分になのかその暗黒のものに対してなのか渡にはわからなかった。
彼が伸ばした手は透けるように青白かった。ボードに手を乗せた時、渦の中で何かが弾けるのがはっきりと見えた。歓喜?渡はそれに無意識に問う。それは死にたがっていたと思ったのに。アギュはまるで愛撫するようにボードをつかの間、ゆっくりと円を描くように手で触れ続けた。それから口を開く。
「さあ、まず、水平にしましょう。」
彼がそう言うと床が持ち上がり、滑らかに水平になるのがわかった。
「それから、サーチ。回りを見せてください。」
答えるように船の壁の全面に景色が映し出された。天井には何もないように黒い空と星々が見えた。当たりは思ったより暗くなく、むき出しの礎石と折れた朽ち木の間に生木がもうもうと燻されて黒い煙が上がっている。
傾いた鳥居は見覚えがあった。御堂山の神社、汚れを奉る神社、巫女だった死んだ伯母・・・そんなことが頭をよぎる。
「神社に落ちたみたいですね。」ユリの父は考え込むように滑らかな額に皺を寄せる。
「ここには、マーキングがあるのでしょう。気がつかなかったけど。巧妙に隠されていたみたいですね。」「マーキングって?」震えたコネクターを思い出す。
蒼い瞳が再び、渡の目を覗き込む。「大昔にですね・・・この星の大昔です。この星に宇宙から来た旅人が着地点を残したのですよ。・・・再び、ここに来る時に迷わないように。」
「そう言えば・・」ユリと会話した最期に山の中腹に見えた白い光のことを渡は思い出した。そして、ユリ。ユリはどこにいるのか?「あ、ぼく・・・さっきまでユリちゃんと話をしてたんだ・・あ、あと変な虫とも・あのさ・・信じられないかもしれないけれど、頭の中で。」
「・・・知ってますよ。ユリは安全なところにいますから大丈夫ですよ。」
アギュはそう言いながら冷静に床に落ちたカプセルから躊躇いもなく3つを選び出す。そして、ボードに命じた。「これはここに降ろしてください。」3つのカプセルが魔法のように姿を消した。思わず、渡は尋ねる。
「後はいいの?」「ソッチは色々と面倒ですから。」
残った棺桶にアギュは眉を潜めた。「コレは消えてしまった方がいい。」
それよりも、渡にはアギュに聞きたい事が沢山あった。それを口にしようとした時。
「誰だお前は!」
手にまだ銃をもったまま、ふらついた痩せた男が立ち上がる。あの墜落の最中、咄嗟に安全シールドを発動させたのはさすが宇宙人類と言ったところだが、弟の頭蓋骨が卵のように潰されるのを目にした一瞬の遅れから口が切れて血が出ていた。「あの蒼い光はなんだ?どこに消えた?」
それは、ダ・リであったがそんな名前はアギュレギオンには興味のないことだろう。
「どこから入って来た!まさか、ワープして来たのか?」
「そうだ、おいっ、ジンはどこ行った?」もう一人ダ・アが床に投げ出されたダ・ウに這いよる。木っ端みじんになった一番下は散らばりへばりついた体液の真ん中でぴくりともしない。
ダ・アもそれを確認したに過ぎない。「ちくしょう!ジンの野郎!」
「ジン?」渡がすばやくアギュを見上げた。「ジンがいたの?ここに?」


「ワタル・・・アナタは彼を知っているんですか?」
「ううん!さっき初めて会ったんだ。でも今は、仲間だよ。」渡が手短に説明する。「僕たちを助けてくれたんだ。」
「ガキ!ジンはどこ逃げた?お前は誰だ?」銃口を突きつけた一番上が血を拭う。
「取りあえず」アギュは静かに渡を胸に引きつけた。渡は彼の服のヒダに押し付けられる。なんの匂いだろう?冷たい風を嗅ぐようだ。「ここを出ましょう。」
「おいっ!こいつはここの住人じゃないぜ!」「まさか、オリオン人かっ?」
ダ・リがアギュを指差す。急激に光りを発したアギュに銃口が火を吹く。アギュはソリュートを盾にしてそれを防いだ。
「生身のヒトを連れていても、2段階ほどなら潜れることは彼がさっき教えてくれましたから。」アギュはデモンバルグの軌跡の後を次元に嗅いだ。それをなぞるように追って行けばけして難しいことではない。すぐにこのやり方も自分のものにできるだろう。アギュの蒼い光は凶暴なまでに高まり、男達は黙視ができなくなる。
彼らはいたずらに引き金を引くばかりだ。
「なんだっ!こりゃ!」ついにダ・アの口から恐怖が迸る。
そして光が完全に消えた瞬間、アギュと渡の姿はこつ然と消えていた。


渡の意識はその時から途切れている。
これは夢なんだろうか。思いもかけない、大変なことがたくさんあったような気がする。なんだか、みんな夢だったような。
UFOなんてさ。しかも、僕がUFOを運転したなんて。でも、ユリちゃんとテレパシーで会話したのは本当だった、それはまちがいないと思うけど。
それから、阿牛さんが現れて・・あの悪人達が怒り狂ったんだ・・。
きっと、銃で撃たれたんだ。阿牛さんはどうしたんだろう?。あの人なら、撃たれても大丈夫な気がする。きっと、逃げたよね。
阿牛さんの目、蒼くて奇麗だったな。ユリちゃんの目の色とは全然、違うけど。阿牛さん・・アギュさんは、そんなに悪い人じゃなかった・・もう、怖くない。怖くないのに死んでしまったなんて、すごく残念だな。ユリちゃんにももう、会えないのかな。お礼を言いたかったのに。
なんだか、とても、気持ちが良い。頭の中に満点の星が広がる。どこまでもどこまでも、どこまでも続く星の群れ。
宇宙だぞ・・・これっ!渡は思う。すごい・・すごいよ!。なんてスピード!
僕は宇宙のど真ん中に浮かんでいるんだ・・!。
『そうか。』ふいに渡は確信する。『この人は・・阿牛さんは・・ここから来たんだ。』
この時この瞬間、渡はアギュが宇宙から来たことを理解した。理屈ではない。
ただ、このベルベットに煌めく星の幻が・・・アギュの意識が渡の中に流れ込んで来たのだった。それがアギュの意識だとも自覚しないで。
そして、その星々の中のひときわ強く輝く光に渡は気がつく。
暖かい懐かしいようなオレンジ色。
渡は泳ぐようにそれに近づいて行った。
『?!』渡は目を見張る。
光の中に丸くなって女の子が眠っていた。
『ユリちゃん?・・違う・・この人はもっと上だ。香奈ねえと同じくらいかな?』
オレンジ色に染まった柔らかい布のような衣服に包まれて、滑らかな頬に長いまつげが伏せられて微笑んでいる、幸せそうだ。気持ち良さそうに胸が上下している。渡もその寝顔に心がほころぶのを感じた。
『きれいな人・・知らない人だ・・でも・・どこかで見たことがある?・・・誰かに似ている?・・・いったい、この人は誰なんだろう?』



「渡?」体がそっと揺すられた。
阿牛さんが自分を抱いているのがわかった。今度は外みたいだ。風が顔に当たる。
渡は壮絶に眠かった。目が中々開かない。やっとのこと、開けてみると真っ暗な中に蒼い燐光が目の前に広がる。阿牛さんの光だ・・。
「・・・さん?」渡はもごもごと口を動かすのがやっとだった。
「・・さんは宇宙から来たんだね。」
「そうですよ・・。」静かな声が耳朶を撫でる。
「・・ぼく、わかったよ・・誰にも言わないから・・ね・・」
あともうひとつ。どうしても聞きたい気になったことがあった。
「阿牛さん・・キーって何?」
「キー・・・ですか?」彼は困惑するようだった。
「あの人達の誰かが・・・僕のことを・・・僕はキーなんじゃないかっていったんだ。それで・・・あそこに載せられてそしたら・・・頭の中になんか一杯入って来て・・・ユリちゃんはそれに取り込まれるなって・・・すごく怖かった。それって・・・何?なんなの?なんか悪いことなの?」
心配のあまり渡は長い言葉を言う為に残りの力を振りしぼった。
「僕・・僕ね・・あの・・機械が動かせるんだ・・・僕は・・」
僕はずっとそれで困っていた。僕はつらかったんだ。誰にも言えなくて。とても怖かった。秘密をかかえていたから。渡の目尻から自分でも気がつかないうちに涙が伝って流れていった。
アギュはしばらく黙っていた。考えてるようだった。渡は眠ってしまいそうな自分と戦っていた。この人なら・・・阿牛さんなら必ず答えてくれる気がした。
「それは・・・おそらく・・・」アギュは心配そうな渡に笑いかけた。「ワタシを見ましたね?ワタシがあのボードを・・・そうですね、あれはいわゆる操縦機です。あれを触って操作していたでしょう?。ああいうことができる人のことですよ。機械と意識を融合させることができる人間がまれにいます。不思議でもなんでもない。ワタシの世界では普通のことです。」
「そうなんだ・・・」渡は瞼がいまにもくっつきそうだった。「じゃあ、阿牛さんも僕と同じなんだ・・・キーなんだね。」彼はひどく安心する。
「ワタル!」甲高い不明瞭な声が響いた。よく音のでない笛のような空気の多い声。
「ユリ?」阿牛さんが驚いた声を出す。「アナタ、声が?」
「ワタルー!」声と柔らかい手が差し伸べられ、渡は体が阿牛さんから下に降ろされるのがわかった。「ユリちゃん・・」渡は冷たい頬を自分の顔に感じる。ああ、もうほんと今度こそ、安心していいんだ。僕は助かったんだね、ユリちゃん・・泣いてる?・・泣かないでよ、ほんと僕、大丈夫だからさ。
「・・ありがとう・・」渡は自分の手の中に差し入れられたユリの手をどうにか握り返すと、それで力尽きてしまったのを感じた。
それっきり真っ暗な闇にあらがうことなく落ちて行った。
限りなく満ち足りた、幸せな気分のまま。

スパイラルワン9-2

2009-09-18 | オリジナル小説
「そいつを殺せ~!」一番上のダ・リが叫ぶ。猿のようなダ・ウが驚くべきバランス感覚でボードの渡の上に飛び乗った。振り上げたその手が突然、横から出現した黒い手に跳ね上げられる。「お前!」驚きで見開かれた目に鉤のついた爪がねじ込まれた。「ジン!てめぇ?」「どこから来やがった!」ダ・アが船乗りらしく揺れる操縦機の上で立ち上がって標準を合わせた時、ジンでありジンでない存在は腕の一振りで弟の背骨を打ち砕いた。
ダ・ウの体はボードの下に転がり落ちる。即座に後の2人はうなり声と共に銃を手にするや目映い電光をジンありデモンである人影に向かって立て続けに放つ。揺さぶられる船体に左右されない正確さは兄弟のくぐった修羅場を彷彿とさせる。
しかし,その軌跡が軌道上に突然現れ始めた何かに寄ってわずかに反れて四方に四散したことまでは2人は気がつかなかった。渡に多いかぶさったデモンバルグにはその飛沫がわずかに降り掛かっただけだった。その飛沫だけでもデモンの羽がチリチリと燻された。しかし、デモンバルグはけして慌てない。
急激に空間を押し割って現れるものの重さをいち早く察知していたからだ。
それはときめきにも似ていた。『来やがった!』顔が笑う。
墜落する宇宙船の空間が内側から盛り上がっていくことに2人の宇宙人類もついに気がついた。
「なんだ?何が起こっている?」人体と精神からなる生命体が存続の危機に見舞われる瞬間に非常事態を宣言した脳から放出される様々なアドレナリン等の化学物質。脳に降り注ぐその無増尽な強靭なエネルギーにより、通常よりも緩やかに時間が進む歪んだ時空が一時脳により出現する。宇宙に進出した人類は次元を何万年に渡ってワープ航法を繰り返した後に、それらの次元の違いを明確に感知することができるようになっていった。そして自ずから精神をそこへ移行する事を学び得た進化体と呼ばれる宇宙人類は意識的に意図的にそれを利用するようになる。絶体絶命の宇宙空間で活路を開く為に。彼等は宇宙空間で生き延びるわずかな可能性を手にする為に絶対的に必要な進化を遂げたのだった。
船が地上に激突するまでのその数秒の間、兄弟の2人は躊躇することなく続けざまに出現する何かへと銃を稼働し続けた。
しかし、空間を破り最初に出現したのは白い光の剣であった。そして続けて降臨した蒼い光は瞬く間に彼らの目を鋭く焼いた。
粒子の粗いざらつく次元の中、彼らの振り上げた腕は爆発的に出現した質量と熱により押しやられ、驚きに目を眩ませたまま激しく後方にふとっばされた。
バランスを崩しながらもデモンに向かって放たれた雷光が空を切り、あわや目標に集中したかと思われた瞬間、禍々しい白い盾となったソリュートがそれを瞬時に断ち切っていた。
「雷には雷。」アギュが呟く。即座に反応するソリュートが振動と共にそのエネルギーを正確に拡散する。ダの2兄弟はそのシャワーに晒され、攪拌される空間で耐え切れずに口々に悲鳴を上げた。
「やっぱり、いやがったな、オマエ。」甲高い声は高らかに響いた。「渡の側には必ずいるんだよな?アクマ!」遊びたがりの子供の声。
「待ちかねたぜ。」デモンは眩しさに目を細める。
「オマエも電撃を受けたのか?なら、体は動くまい?無様なもんだな。」
アギュはデモンの影に隠れた蒼白な渡の顔を覗き込んだ。伸び切った体はボードに張り付けにされたかのように硬直したままだった。今もユリと交信しているのか瞳孔が開いたままその目には何も写ってはいない。
アギュはボードの上、渡とデモンバルグの上に出現していた。ソリュートは生き物のように振動しうねり続けている。
「アクマがオレに助けを請うか?」弾む声がデモンの上を戯れる。
「助けなどいらん。」デモンの強がりは眩しさに歪む。痺れはソリュートのおかげで今回は大したことはない、等とは口が裂けても言うつもりはない。
「目障りだ、どこかへ行っちまえ!青い光め!」
デモンバルグがアギュに気を取られた瞬間、ボードの下から伸びた手と獣じみたうなり声が渡の足を掴んだ。「殺してやる・・・!」焦点の合わない目に口から血を吐きながらもダ・ウは驚異的な腕の力で床から這い上がり渡の体をボードから引きずり降ろそうとする。
デモンが咄嗟に渡の上半身を掴む。
「アクマ、邪魔!」渡の体が引き裂かれる!と思った瞬間アギュのソリュートはもう襲いかっている。意志を持つ硬く鋭い剣は今度こそ死にかけた宇宙人類の肉と骨をデモンバルグの体と共に刺し貫いた。ダ・ウの絶叫。
「くっうっ・・!」苦悶が凄まじい笑いとなったまま、デモンはソリュートに引き裂かれた腕を振り上げると渾身の力でダ・ウの頭蓋骨を今度こそ卵のように叩き割った。渡の体がその勢いでボードから飛び出す。瞬時にデモンもそれを追う。
そして魔法の時間は終わる。
宇宙人類達と船体は激しく大地に叩き付けられた。



「ソイツを放せ、アクマ。」
時間は止まっていた。そこは宇宙人類がダッシュ空間と呼ぶ、小さな次元。次元と次元の狭間の空間。デモンバルグが渡を抱いて飛び込んだのは3次元に隣り合うその現実から薄皮一枚のような空間だった。悪魔と称するデモンバルグには次元能力があることを、改めてアギュは心に留めた。
「珍しい生き物め。」「いったい、どこまで次元を潜れるのでしょうね。」「そんなことオレは知るか。」「知りたくないですか?」「オレは興味ない。後は任す。」
戦いが終わり、他の人格がアギュの臨海した意識の奥底へ沈んで行く。
デモンバルグはしばらく手放していた獲物を今やなんの障害もなくその腕に抱いていた。しばし、彼は嘗めるように腕の中の華奢な子供の体を見つめていた。発育は良好のようだ。どこにも、傷ひとつない。
「さて、どうしよう?」デモンバルグは神興一郎の外観のまま、目をすがめて光をねめつけた。「その前に眩しくて叶わないのさ。なんとかならないのかい?蒼いの。」
「それは、そうですね。」
こともなげに、アギュの光は急速に光度を落とす。
その蒼い灯りの中に浮かび上がった人影にデモンは首を傾げた。
「あんたは・・・1人なのか?さっきとは随分違うな・・・話し方?声?」
アギュはそのことについて何も説明はしなかった。したところでどうなる?。
オリオンの中枢で宇宙人類ニュートロン達の信頼を勝ち得た礼儀正しい笑みを浮かべたまま、今初めてアギュはデモンバルグに姿を晒した。
デモンバルグはアギュのすべてを見透かそうと飽くことなく目でむさぼる。内側から光を帯びる肉体も精神も悪魔の付け入る隙がない。光は光であり、デモンが味わうことのできる栄養に満たされた水蒸気のようなエネルギーではなかった。こいつは文字通り食えない野郎ってことか。ただ、蒼い光の中に1点、オレンジが星のように左胸に瞬いている。
(それがあんたの心臓?光に心臓があるとして、そこがあんたの弱点だとしたらこっちのものなんだけどさ、結局はまだわからないさね。)
やっとデモンはむさぼるのを止める。
「それがあんたか。初めてご尊顔にあずかりますってわけだ。」
その姿が自分と同じ擬態なのかどうかもデモンバルグにはわからなかい。彼は用心深かった。正面衝突。まだ、その時ではない。
こいつに羽があったら人間どもが描く天使っていうのがピッタリだとデモンは思った。しかし、本物の天使と呼ばれる奴らはなかなか食えない奴らだが。
アギュが繰り返す。
「コドモをこちらに渡してください。」デモンは再び無視する。
「まあ、いいさ。助かったさ光、まったく。礼を言うよ。」
デモンバルグは我が家にいるかのようにくつろいで、ゆっくりと息を吐いた。
「わけのわからん攻撃をされてさ、おかげでまだ体の痺れが取れやしない。」
「デモンバルグ・・・アナタは。やはり、ワタルをあきらめてはいませんでしたか。」デモンの頭の中で幾度も反芻し、聞き覚えたもう一つの声。
「光・・・あんたはいったい。あんたこそ、こいつが必要なはずはないだろうにさ。」
デモンバルグは腕の中の渡を再び見下ろす。壊れ易い子供の肉体。渡の顔はさっきとは違い、瞼を閉ざし穏やかに見えた。通信の途絶えたユリがさぞや心配しているだろうとそれに目をやるアギュは密かに心を痛めた。
「さあ、ワタルをコチラに返してください。」アギュが辛抱強く静かに繰り返す。三たび拒まれればアギュと一体化したソリュートが再び猛り出すだろう。再び、人格が浮上してくる気配をアギュの統合した人格が押しとどめる。
無言で2人の目が合わさる。はっきりと火花が散る感覚をデモンは覚える。
二つの異質な未知の力が今初めて正面からぶつかりあっている。
「俺がこいつを傷つけるとでも・・?」
「確かにアナタは・・・先ほどワタルを庇った・・・ワタルを守る為にあの遊民を殺した。」
アギュは目を伏せなかった。
「ホショクシャ・・・デモンバルグ・・・なぜ、ワタルを助けるのです?。」
「なぜ?」デモンバルグはおかしそうに笑う。
「俺が渡を追ってるのは食べる為とでも?」
「アナタは人類のホショクシャなのでしょう?何を食べるのかはわかりませんが。」
「俺は肉食じゃないぜ。ないない。俺は食い物にはそんなに困ってないのさ。」
デモンバルグは笑い止め、まだ光度の落ちた相手にまだ眩しそうに目を細めた。
「まあ、いいさ。」
アギュに潜むソリュートは確かにデモンバルグに圧力を与えている。
どこかに潜む、もう一人の戦闘的な子供の声も。
デモンバルグの指が愛撫するように渡の頬と首筋をつかの間撫でた。
そしてアギュの目を見ながらその体を前に差し上げる。
「取りに来いよ、ここまで。」
とまどうことなく、アギュは前に踏み出す。
アギュの腕が渡を受け取った瞬間、デモンバルグの両腕がアギュの両肩を強く掴んだ。反射的にソリュートがデモンバルグを貫いたがそれがなんであろう。
同じような生命体とアギュが推察したことをデモンバルグは知らない。ただ2人はお互いの好奇心からそれぞれの体を通じて相手の存在、肉体を強く確認したに過ぎない。ソリュートが静かに身を引き、血のような色を残したデモンの肉体は瞬く間に修復された。
「そうそう、おまえのその怖い武器は終っておくさ。」
デモンバルグが目を合わせたまま、熱い息と共にアギュに囁く。アギュの蒼い目には暗黒の惑星が映っている。そして、デモンの暗黒の目には地球のような蒼い星が。
「あんたのその言葉遣い・・・気にいらないね。さっきの怖いような口の利き様の方が俺は好みさね。あんたの中に・・・誰かいるのかい?」
アギュはデモンバルグの瞳に渦巻く暗いエネルギーの強さを認める。生命体としての悪魔。そして、何千何万年もの魂の混沌を。デモンバルグもアギュの存在の持つ重み、圧倒的優位の中にあっても突き刺さるような何か・・・悲しみとでも言うのだろうか。焼け付くような乾きを自らの舌に覚えた。こいつは人間以上のものであることは確かだ。しかし。
それは互いに腹の底を見せることはない、完璧な言葉のない会話。
ほんの一瞬。しかし無限に思えるほど、2人はしばしそのままでいた。
先に手を放したのは悪魔の方だった。目を反らしたのも。彼の腕にもう渡はいない。空になった手を寂しそうに脇にたらし、彼は苦笑した。
「おまえ・・・以外に優男だな。宇宙人にしては。まるで、人間みたいに見えるぜ。」
アギュは苦い笑いを浮かべただけで、何も言わなかった。
彼はアギュの腕に移った渡に目を戻した。
「今回、お前を助けるのは俺じゃないってわけだ。まったく、妬けるぜ。」
「デモンバルグ・・・」アギュも渡を見つめる。
「このコはアナタのなんなんです?」
「さあな!」デモンバルグは話を唐突に打ち切った。「俺はもう行くさ!」
「待ってください、デモンバルグ!」アギュは渡を胸に叫ぶ。
「聞きたいことがあります。」デモンバルグは面倒くさそうに振り返る。
「もう、時間がないのさ。この空間、もうすぐ閉じるからさ。あんたも知ってるんだろ?そんな気がするのさ。」
「・・・アナタはこの空間の存在をわかって・・・利用しているのですね。」
「まあな、昔から悪魔の特権ってわけだ。あんただって、そうだろさ?あんたと俺は似たような存在なのかもな。あんたは宇宙の悪魔って奴かもな?」
時を惜しんでアギュの口が又もや開く、しかし悪魔は既に身を返していた。
「光!渡をを頼むぜ!誤解すんなよ、俺はほんのちょっとあんたに預けただけなのさ。」彼の体は次の次元へと逃亡を始める。
「俺はまた会いにいくさ!」
アギュはデモンバルグの正体を探りたい、後を追いたいと言うジレンマにしばらく悩まされる。渡を抱いたアギュは自由にデモンバルグを追うことはできない。
デモンバルグが開いたこの時間はもう閉じる。

スパイラルワン9-1

2009-09-18 | オリジナル小説
      5・再びUFOが落ちたあとで


渡は自分に何が起こったのか最初はよくわからなかった。
眩しい光が目の前でチカチカと断続的に点滅し、まわりはぼんやりと陽炎のようによく見えない。体は動かないが、声だけははっきりと聞こえて来る。
「こいつはなんなんだよ、兄貴!」
それはあのずんぐりした弟に違いなかった。動かない体が痛く、燃えるような熱い両手足が小刻みにしびれているのがわかる。
実感はないが、恐ろしい。渡はうめいた。
「墜落したのは、ほんとうにこいつのせいなのか?」もう一つの聞き覚えのある声。
「わからん。だから、連れて来た。」覚えのない声は冷たく慌ただしい。
「お前も見ただろ?船体がこいつで反応したことは確かだからな。こいつが近くにいたことと墜落したことが関係あるかは調べてみないと。まったく、忌々しいガキだ。帰ったらじっくりと検分してやる。」
「兄貴、試しにこいつをボードに乗せてみたらどうだろう?。」
「今はとにかく船を視覚から隠す事が先決だ!」
「くそっ!」何かを叩き付ける音!「さっきだ!こいつ、何しやがった?ダッシュ空間にも入れやしねぇ!」
「兄貴、航行データが初期化しちまってる!」ガタガタと振動や走り回る音。
「エネルギーが供給不能だ!」
ふいに冷たい手が自分の首を掴む。「おまえ、どうにかしろ!」渡は苦労して目の前に視点を合わせた。もう一人の弟が凶暴な顔で自分の体を揺さぶる。顎ががくがくして舌を噛んだ。その痛さに感覚が戻ってくる。
「兄貴、こいつはボードのキーじゃねぇのか?」
キー?キーってなんだ?
離れた光の中に痩せた兄貴が手を動かしているのが見えた。
「やめろ!余計なこと、すんな!」
「しかし、こいつがおかしくしたんだ!」渡は片手で軽々と持ち上げられ、どこかの上に乱暴に投げ出される。「うっ!」と声が漏れる。
「おまえ、もとに戻せ!戻さないと、ぶっ殺すぞ!」頭上に覗き込む男の顔から唾きが飛んで来る。見覚えあるもうひとつの顔が上に現れる。
「俺は聞いたことがある。」
「お前ならこの船を動かせるはずだ。この船を元に戻すんだ。」

その顔を注視する間もなかった、投げ出されたボードの上で彼の内部に急速な変化が現れたためだ。ボードは光り始めた。渡の意識は何かに引き寄せられ視界は頭を突き抜けるようにすべてが失われた。
そして、彼の中に何かが入って来た。
無数の渦巻く煌めく点、その星の集まりは渡を中心にぐるぐると回転していく。
そのスピードに渡は怯えた。
その意識がざらついた手で入り込み、渡を鷲掴みにしようとする。彼は声にならない悲鳴をあげた。死という観念。出口のない穴の中で回り続けるような絶望のうめきが骨を軋ませた。ついに、渡は爆発するように、悲鳴を上げ続けた。



「おい!」ガンタはユリを抱きかかえてしっかりと揺すった。ユリは唸るように意味不明につぶやき続けている、その顔は蒼白で見据えた瞳は瞳孔が開いてさらに黒々としていた。「どうしたんだよ?ユリちゃん?」ガンタは不安で一瞬、頭上を忘れた。
「ガンタ!」寅が上空を指差す。「暴走するぞ!」
「渡ぅ!!!」香奈恵が泣くのも忘れて手を振り回す。
円盤が発光し、はじかれたように走り出した。
仙人に助け起こされた子供達はしばらく状況が飲み込めなかったのだが、あちょが思わず口にした「UFOだっ!」の叫びの後はもう後は何がなんだかわからない。
口々に歓喜の声を上げて跳ね回ろうとする2人を仙人は押さえつけるので手一杯だった。
その騒ぎにまぎれて、瀕死の重傷を負ったかにみえたジンは何事もなかったように立ち上がると黙って背景の森に消えようとしていた。悔しさと焦りで唇を噛んでいた。しかし、かりそめの肉体が終わりを告げようとしているのはわかる。あそこであのまま、死体を晒すわけにもいかない。渡を取り戻さなくては。宇宙人だかなんだかしらないが、奴らに奪われてなるものか。しびれたデモンバルグ本体は肉の衣を動かすだけで精一杯だとしても、なんらかの手を打たねばならない。この肉を早く脱ぎ捨てて。焦りからその体は既に頭から骨と肉が割れ、本体が出現しようとしていた。



その夜、日が暮れても帰らない子供達に気をもんだ大人達は捜索隊を編制しようとしていた。巡査と消防団員、診療所の医者、村の健康な男性全員と丈夫な若者達。2人の小学生の両親も旅館竹本の駐車場に結集していた。
渡の祖父はある直感から、子供らが御堂山に行ったに違いないと確信し、みずから渡の父を助手席に乗せ一足先に軽トラで御殿山に差し掛かっていた。
その蒸し暑い夜のことは彼らとその周辺、甲府盆地にいたる人達にまで後々まで語りぐさになった。全国ニュースにもなったが、結局人々を騒がし不安にさせたその正体とその真相は誰にもわからなかった。画面には専門家がプラズマ現象を主張して、目を輝かせてUFOだと興奮する人々を嘲笑しただけだった。
巨大な光球がやっと暮れかけた夜空を縦横無尽に駆け巡ったその夜。
コントロールを失った船の中で乗員達もパニックに陥っていた。



その頃、まさに渡は大波にさらわれようとしていた、その寸前心のどこかで声が響く。気がつくと目の前に変な生物がいた。(しっかりするにょ!)蛇のような芋虫のようなそれは顔らしき頭の回りのヒレをヒラヒラさせると渡の顔をパタパタ叩く。
なんだ?これ?虫?(虫じゃないにょ!ドラコにょ!)虫は黒い目(8つぐらいある)をグルグル回して怒っているようだ。(せっかくユリちゃんのお使いで来たのにょ!助けてやらないにょ?)(ユリちゃん?)(そうにょ!ドラコが回線を繋ぐにょ!渡はユリちゃんと話すにょ!)虫はそう言うと渡の頭の中に入って来た。なにがなんだかもう、抵抗する気力もないままに目の前に光がチカチカと点滅した。そして、声がした。(ワタルゥゥゥ!)ユリちゃん?ユリちゃん話せたっけ?(ワタル!)甲高い聞き覚えのない声が確かに渡の意識の中心から響いて来る。
(ワタル!ダメ!ダメダヨ!)(ほんとに・・・ユリちゃん?)その時脳裏に閃いたユリのまっすぐな目、そのイメージを渡は必死に捕まえる。気力を振り絞り、全力でそれにしがみ付いた。(ユリちゃん!)(ワタル!ダメ!トリコマレテハダメ!ワタルハ、ワタルナンダヨ!オモイダシテ!)渡は深い息をした。繰り返す、その声によって空白になった心に思い出が満ちて行く。(・・・僕・・・どうしてるの?どうなっちゃったの?)(ソコニイルナニカニ、ツカマッタミタイ!ナニカハワカラナイケド・・・デモ、ツイテイッチャダメダヨ!イカナイデ!モドッテキテ!!!!)(戻るって?)
(ワタル、イマ、ユーフォーニノッテルノ!ユーフォーハ、ワタシノアタマノウエヲトビマワッテイルヨ!マタ、ドコカニオチタラアブナイヨ!)
(それって・・・僕が動かしてるの?)渡には回りが凪のように静かでなんの音も動きも感じられなかった。(僕、何も感じられないんだけど・・・)(シッカリシテヨ!ワタルノカラダハマダソコニアル!ソレヲカンジルノ!)マズアタマ!と言われて渡は必死に自分の意識があるであろう当たりに感覚を集中させた。(・・・あった!頭、あったよ!)ツギハクビ!とユリが命じる。そうやって次々と渡は自分の体を取り戻していった。その途端、あたりの空気が音が口汚い叫びや悲鳴が戻ってきた。同時に振り回されるような、車酔いのような感じが目まぐるしく襲って来た。
(うわ~っ、何?これっ?)(トンデルノ!ワタルガトバシテルノ!)
(う~っ、わかんないよ!どうしたらいいの?どうしたら、止まるの?)(オモッテ!シタダヨ!シタニオリヨウトオモッテ!)そう言われてくらくらしながらも、渡は吐き気をこらえ苦労して意識を下へ下へと向けていった。ユリの顔と姿を必死に思い返して。すると、突然頭の中に黒々とした山々と街の光が見えた。
(飛んでる!僕、飛んでるね!)(オリテキテ!)(どこに?ユリちゃん、君はどこにいるの?)(ワタシハココダヨ!)その時、山の麓に光る点が飛び込んで来た。
(わかった!あそこだね!)そう思った時、船は急角度で大きく動き舵を切っていた。(チガウ!チガウヨ!)(渡ダメにょ!早すぎるにょ!)
その叫びは間に合わない。



「うわっ!また、墜落するぞぉ!」ガンタはユリを抱え、慌てて走り出す。トラが驚くべき早さで、その背に飛び乗った。
3人一体となった姿はあっという間に薮に消える。
「渡~っ!」香奈恵が泣きながら、ヘナヘナとへたり込んだ。
「渡?」「渡がどうかしたの?」まだ、目を輝かせたあっちょとシンタニには何もわかっていないままだ。「UFOまた、どっかに落ちるのか?」「あの時、見に行かなきゃ良かった。捕まっちまったし、見れなかったし。」「今度こそ、見に行こうぜ!」
はしゃぐ2人から手を離し、権現山の仙人は3人が消えた当たりを厳しい目でじっと見つめた。それから、おもむろに当たりを見回すと、神興一郎がいないことに気がついた。
そして、思ったよりも近くに落ちた振動に足下を奪われ全員が地面に倒れた。