MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルワン5

2009-06-05 | オリジナル小説
スパイラルワン-5


         
1. 渡


渡は自分のことをなんだろうと考える。
まだ、小学校に上がったばかりの子供にしては大きな悩みだ。
それというのも・・渡は秘かに頭を抱える。
手に持ってるのは基盤だ。捨ててあった壊れた電子部品から持ってきた。
住んでるのは風光明媚な山あいの町であった。だけど、残念ながら不法投棄が後を絶たない。法律が変り山道の役場の巡回が始まってからは、目に付く道端からは大分姿が減った。
しかし、通学途中の林の特定の場所ではそれはまだ秘かに増え続けている。
大人達はその撤廃に今も神経をすり減らしている。
観光地の沽券に関わるのと、子供達にあぶないとの二つの理由でだ。
勿論、そんな投棄場所には子供達は近寄ってもいけないことになっている。
当然ばれたら怒られる、しかし渡達はそこで遊ぶのをやめられない。
雨ざらしの家電製品の山は宝探しのように楽しい。
友達や上級生達が好き勝手に破壊したそれらから、渡はまだ息がある部品を見つけだす。
今日も割れたビデオデッキからかなり大きな基盤を取り出した。
崩したり壊したり山賊のように奇声を上げていた仲間がその行為にあきて、ゲームでもしようと家に向かっても渡は一人林の中で今もそれを眺めている。
ゆっくりと基盤に描かれた線の上をなぞる。ここからこうやって電気が流れる。渡にはそんな仕組みがなぜだかわかった。もうずっと前に初めて機械に触れた、まだ保育園に通ってたその頃から。
片鱗はあった。パタパタつかまり立ちをする渡が触わった電化製品が動き出したり、スイッチが勝手に入ることがあったことを親戚の話から渡はもう知っている。触れた後で、壊れることも多かった。

家の人達は不思議がった。彼等は子供がスイッチを巧みに入れるのだと思った。無心な子供がいじくり回して壊れることはよくあることだ。
この子供は生まれつき機械いじりが好きなんだろうと祖父が断定し、渡は困られつつも将来を楽しみにされて、一時期本気で機械から遠ざけられていた。
最近では父親が率先して色々、教えてくれる。いらなくなった時計やラジオが与えられ渡によってばらばらにされた。そうすると男親達が喜ぶので。渡は注意深くそれらを分解し又、組み立ててみせた。
でも物心付いた頃から、彼はもう自分でわかっている。
自分がただ触れただけで機械が反応すること。
使い方や仕組みを本能的に自分が知っていること。
なぜ、自分が触れただけでそういったことが脳裏に浮かぶのか、自分自身では到底わからないということを。
それを誰にも話してはいけないのだと言うことも。
だってそれはけして単純な説明などつかないのだから。
機械によってはコンセントにさえ繋がれていなかったのだから。



渡が基盤をこする。埋められた銅線の上を銀色に電気が走るのが見える。基盤がほのかに熱くなる。その電気の走る様子に彼はうっとりする。
こんなことができるのは自分だけだ。
なんでなんだろう。
そして、もうひとつ彼が悩むこと。


彼の手元に影が差した。
顔を上げると髪の短い女の子が真剣な顔で彼の手元を見ていた。
スカートを履いてなかったら男の子のようにも見える。
いつの間に来たのか。枝を踏みしめる音も耳に入らないほど彼は集中していたらしい。
「ユリちゃん。」
彼は慌てなかった。この子になら見られても平気だった。
女の子はじっと目を上げた。大きい強い目だった。眉のはっきりした整った顔は絵本の金太郎に似ている。利かん気そうな口は結んだまま。
なぜなら、この子は言葉を話すことはない。
だけど今は物言いたげな雰囲気が漂っている。細い指が基盤を指さす。
「これまだ生きているんだ。」渡はそっと打ち明けた。
こっくりとユリはうなづいた。
「きれいだろ?」
電気の流れがはっきり見えるように差し出す。ユリは手を伸ばしたが、すぐに引っ込めた。指先をぶるっと振ると、渡を見降ろしニッと笑う。
「ビリビリした?」渡も笑った。「大丈夫、もうしないから。」
「ユリ」
その時、真後ろで静かな声がした。
渡はビクンと跳ね上がった。今度こそ、足音もしなかった。
後ろに人が立っていた。
「あー」ユリはうれしそうに声を上げる。
「お邪魔だったかな。」涼しい声が響いた。
渡は固まったまま、なんとか首をやっと横に振った。
目は上げられなかった。
「そう。なら良かった。」声は彼の後ろを水平に移動する。
「さあ、行くよ。ユリ」
ユリは渡の強ばった肩に軽く手を置くと顔をのぞき込んだ。
心配そうな表情で、声がしない口が開く。
「またね、ユリちゃん」どうにか、ユリに笑い返した。
心配するなと基盤を振ってみせる。
少女はちょっとの間、ためらう姿勢をみせたがすぐに片方の手を振ると連れの後を追いかけて行った。
ポキポキと枝が折れる音と枯葉のガサガサ言う音が共に遠ざかって行く。
渡は詰めていた息をふーっと吐きだした。こわごわとやっと顔を上げる。
林の中を見え隠れしながら遠ざかる同級生のユリの姿が見える。
1年生にしては大きい背丈に、フードの付いた赤いコート。同じ色のブーツが軽やかに上下している。
それと彼女の傍らにいるもう一人。じっと目をこらすと、汗が手に浮くのがわかった。
ほのかに遠ざかる背の高い影。
渡が自分が何者なのかと悩んでしまうもう一つの原因。

いつからだろう。自分の目に映る彼の姿がみんなとは違うことに気が付いたのは。
これは誰にも言ってはいない。
秘密を隠さないほど、信頼してるユリにさえ打ち明けたことはない。
なぜなら、彼はユリの父親と呼ばれていたから。最初はそれになんの疑問も持たなかった。彼は同級生の父親。若かったり禿げてたり色んな父親がそれぞれにいた。
渡は彼もそんな違いの一つだと思っていた。
でも、最近。渡はみんなとの噛み合わない会話にとまどいを覚えた。
それからゆっくりと畏怖がきた。
そして渡はユリの父をまともに見れなくなった。
本当はこれはとっても怖いことなのかもしれなかった。
自分がおかしいのか。でも見えてるものが、もしも真実なのならば。
気付いているのは自分だけだった。
ユリちゃんのお父さんは会社の社長だ。みんなの話では渡の父と変わらない年カッコウだという。なんの変哲のないただのおっさんだと言うのだ。香奈恵ねえの話ではすてきなおじさまってことになる。
でも、渡には違うものが見えていた。それはずっと昔から。

それに気が付く前、渡はユリの父が好きだった。
漠然とどこかで違和感を感じていたけど。
なぜなら、彼は若い。とても若く見えた。線が細くしなやかで、動きは渡の目にとても優雅だった。彼は、そう・・変な話だが女の人のようにも見えた。それはそんなに不思議なことではない。渡も小さい頃はおとなしいので、女の子にまちがえられていた。ユリちゃんだって今だにそのキリリとした目鼻立ちで男の子によく間違えられる。
でも、それとはその人は違うのだ。
彼はきれいだった。
顔立ちだけではない。なんだか渡はユリの父を見るととてもまぶしく、輝かしく感じるのだった。それは木の床を柔らかく照らす日差しを美しく思うことにすごく近い。
渡には彼の目は青く、とてつもなく青く見えていた。髪は白に限りなく近い青身をおびた銀色。それはいつもかすかに光を帯びていた。
テレビ映画の外国人の金髪碧眼とはそれはどこか違う。レーザーのように渡はその目に焼かれる気がした。青白く燃え上がるような髪から目が離せなくなった。
渡は彼を避けるようになった。
それはとても容易かった。
社長はとても忙しいのだと母達が話していたから。彼は終始、仕事で家を留守にしていた。その間、ユリは渡の家の旅館に預けられた。それはなぜかわからないが、渡が気が付いた頃には我が家の常識になっていた。大家族である渡の家にユリは空気のようにいつの間にか溶け込んでしまっていた。
父親が日本にいない間、渡の家の離れがユリとその面倒をみる彼の会社の社員の住み処だった。


そう言えば社長、帰って来てたんだった・・。渡はやっと思い出した。
ユリが昨日も離れにいたんですっかりその事を忘れていたのだ。
彼のことはなるべく考えないようにしていた為かもしれない。
今日は久しぶりにユリは自分の家に帰るのだろう。
渡はのろのろと立ち上がった。もう前ほど、持ってる基盤に魅かれなかった。
それでも彼はそれを大事に持って帰るつもりだった。

ユリが自分の父親をどう思っているのか渡にはわからなかった。
ユリ自身にはどのように、見えているのだろう。
悪くてとても聞けるわけなかった。
僕には君のお父さんがまったく違って見えるんだけど、なんて。
それどころか、僕には同じ人間じゃないように見えるなどと。
自分の方がおかしいのだと言う思いも捨て切れない。
手に持った基盤を再び見る。
こんなガラクタに電気を流す、自分がそもそも普通でないのだ。
ユリの父親の秘密なんて手に終えるわけがない。
どうして自分はみんなと違うのか。
再び、渡は深いため息を付いた。



その夜、ユリはやはり渡の家にいなかった。
渡の家は小さいが旅館をやっている。お客の食事やお風呂と寝る支度が終わり、大人達が一息つくのはいつも夜中近い。ましてその日は、宴会の客が一組入っているので母や叔母は大忙しだった。
あたふたと顔を出し言いたいことだけ言うと親達は慌ただしく仕事に戻っていった。
客の泊る建物と離れた別棟で夜の食卓は年寄りと子供達だけで囲む。
祖父母と従弟の香奈恵と渡。香奈恵の兄に当たる譲はこの春、渡の小学校入学と同時に東京の大学に入学してしまった。寂しくなった食卓だが、いつもはそれにユリがいる。離れの3人も(そのうちの一人はユリとは別の預かり子の小学生であった)たまに加わることもあったが、今日はみんな揃って社長の家に行ってしまったらしい。
「カリブ海だって!。」最高学年の香奈恵ねえは生意気さかりって感じで覇気が荒い。
「いいね~渡!カリブ海って貝の仲間じゃないからね!」
「知ってるよ。」ちょっと不機嫌にみそ汁を置く。
「私も行きたい!うちも正月に海外とか行きたいよー」社長の持ってきた巨大な貝の置物が長い食卓の端に乗っている。ピカピカとなめらかな表面が美しい。
「そりゃ、ちょっとありえんやろ。」新聞を持った祖父がもぐもぐと答える。
「なんで~。行きたい!ハワイでいいよ!」
「綺麗な貝だけど、食べれるンかね。どげな味だろ。」祖母はおみやげが気になる様だ。
「なんかふれんてのみやげの菓子もあったよ、後でおあがり。」
「フィレンツェだよ。」香奈恵は遅れを取り戻すようにばくばく食べ物を口に放り込む。
「イタリアの。イタリアも行ったんだってね。いいな~ユリちゃんのパパ!なんでユリちゃんも一緒に行かないんだろ。私なら付いてくなあ。」
「そんなあちこちフラフラしてたら、学校だってよう行かれんやろ。」
「日本の中で転校するんだって大変なのに外国なんて、ねえ。言葉も違うし。」
「私なら、学校なんか行かないなあ。」香奈恵はふれんての菓子とやらを物色始める。
「じいちゃん、これチョコレートだから晩酌に合うかも。ねえ、渡だって学校より外国行きたいよね。」話題が目まぐるしい。祖母はあきれて立ち上がる。祖父は日本酒には合わんと抵抗し、渡はもごもごと口ごもる。
香奈恵には口では到底かなわない。
「僕はいいよ。ここで。」
「はーん!良い子ぶりっこ。優等生!模範解答!」とか渡をなぶりながらも祖母が片づけ始めた食器をすばやく代わりにかすめ取る。良い子はお互い様だった。
「早く食べ終わってよね。男なのに、遅いんだから。片づかないでしょ!」
「いいから。ほっときなさい。渡もちゃんと噛んでいいからね。」
はーいと言って香奈恵は洗い場に消えた。祖母も渡の方に菓子を寄せると後を追う。
残ったのはおちょこを傾ける祖父と渡。
「あの社長さんはええ人やの。」祖父が唐突に声をあげた。
「毎回、余所に行くたびに仰山、おみやげ買ってきて。まったく気が利く人やの。」
「ユリちゃんがうちに世話になってるお礼でしょ!」皿を取りに来た香奈恵がそれだけ言って又消える。「でもめっちゃ、良い男だし~ってお母さん言ってたよ~」
「それだけじゃない。うちはあの社長さんには大変な恩を受けとる。あの頃はまだわしの親父とお袋が・・・お前らのじいじいさん達じゃ・・生きておったがの・・・」
祖父は新聞を置くと断定的にうなづいた。顔が気持ちよく赤い。
「また、その話?」香奈恵が顔を出す。「うちの土地を買ってもらって旅館立て替えたってだけでしょ。渡も食べ終わったんならもう片づけてよね。」
「あの社長さんだけには失礼があっちゃいかんぞ!」
「ばあちゃん、じいちゃん又酔っぱらっちゃよ~」渡が自分の後始末をして洗い場に行くと祖母が食器を受け取った。旅館の板さんを長いことしてる清さんがすみっこでタバコを吹かしていた。「しょうがないな。ゲンちゃんは。付き合って来るか。仕込みはあらかた終わったし。」清さんと祖父は年が近い。「すいませんね。いつも。」祖母が声をかける。
「あれじゃ大浴場の掃除できないよね。父さんに言って来ようか?」香奈恵が祖母と並んで洗い物をしながら言った。「私はダメだよ、宿題あるもん。」
「あんたらはもう、早く寝なさい。」

家族が社長の話や旅行のみやげで盛り上がってるのを渡は寂しく聞いていた。
社長に失礼があってはならないと言う祖父の言葉は渡の胸をチクリと刺した。
失礼ありありだ。でも、どうすることもできない。
渡はにぎやかな洗い場から背を向け、酔っぱらいがいる台所も避けて薄暗い廊下に踏み出した。同じように暗い急な階段の2階に渡の部屋がある。窓から隣の旅館の宴会場の障子が明るく浮き上がっている。カラオケの伴奏とはずれた歌声と笑い声が響いてくる。
渡は2階の部屋の窓を開ける。西側の離れは竹林の中、灯も付いていなかった。
夜風の涼しさが渡の煩悶を少しだけ冷やす。
いつもはご飯の後、離れに向かうユリ達を見送っておやすみと声をかける。
今日は誰もいない。
渡は部屋の窓を跨ぎ、一階の屋根の上に出た。母や伯母に見つかれば大目玉必然だが、渡には密かな楽しみだ。山から吹く風は冷たかったが、一日中日差しに照らされた瓦は足にまだほんのりと暖かかった。渡は屋根瓦の上に慎重に腰を据えた。
空の高いところにカミソリのように細くなった月が浮かんでる他は雲一つない。星がよく見える。もう少し、遅い時間になればうるさいほどだ。
渡は目の前の黒い山の影を見上げた。
ここからちょっと離れた中腹の神月にユリの家はある。
梢の間に風に揺れてチラチラ見える遠い灯り。
めったに見れないその灯りはユリ達がその下にいると思うと、渡には暖かい。
ユリちゃんのお父さんは今度はしばらくは日本にいるのかもしれない。
そう思うと少し、憂鬱だった。
おまけに書き取りの宿題があったことも思い出してしまった。
部屋に戻ろう身を起こした渡は、神月の灯りとは別の光りに気がついた。
山の端の白い星灯りが不意に動き出したのだ。
飛行機だろうか。それにしては今まで静止していたのはおかしい。
更に改めて注目すると星明かりにしては一回り大きい。
光りはフラフラと上下に動いたかと思ったら、すばやくジグザグと空を横切る。
渡が辛うじて見届けたのは、それが裏の権現山の方向へと消える瞬間だった。
「なんだ・・あれ?」渡はつぶやいた。人魂、鬼火・・「UFO?」
渡は目をこらしてそれが消えた辺りを見つめていた。もう闇より濃い山の影以外、何も見えない。ふいに正面から、風が吹いた。
気がつくと屋根の上でむき出しの肩が冷えきっている。
急に宴会場からの調子っぱずれのカラオケがヤケに寒々しく耳についてきた。
渡は身震いすると部屋の中に戻った。


その夜。
渡は久しぶりに夢にうなされた。

幼い頃から繰り返し見る、恐ろしい夢だった。
明け方に汗びっしょりで目を覚ます。
その夢が何より怖いのは、目を覚ますといつも必ず誰かが側にいたように感じることなのだった。もちろん、部屋には渡以外誰もいない。いるわけはない。
もっと小さい頃は夜中にトイレに行くのが恐ろしくて、その場でお漏らししてしまったものだ。さすがに、もうそんなことはない。
だけども、渡は急ぎ足で廊下を通り抜ける。チラリと目を走らせると、遠くにまだ神月の明りが見えた。こんな遅くまで、誰かが起きている。ユリの父親だろうか。
勿論、ユリは久しぶりの自宅で眠りについているはずだった。
渡はユリが無心に寝ている顔を思い出した。小学校に上がるまでは何度も夜に一緒に寝たこともある。そう言えばユリと寝ると夢にうなされることはなかったなと、ふと渡は思い出す。そう思うと不思議だが、悪夢を見るのは決まってユリがこの家にいない時ではないだろうか。外の黒い木々がザワザワと風もないのに動いている。その木の梢に赤い眼をしたものがつかの間見えた気がして、渡はブルッと身震いした。あわてて神月の灯りを探していた。不思議とざわめきが収まっていく。ほっと息を吐いた。
ユリは女神だ。まるで大切なお守りのようだと渡は思った。ユリがいないとなんだか何もかもうまくいかない気がする。そんな心細い気持ちになったのは初めてだった。
ユリのことを考えたら、ユリの父親のことも悪夢もそんなに怖いことではない気が渡にはして来た。トイレを済ますと、まだ暖かい寝床に戻る。
タオルケットを体に巻き付けると、目を閉じた。

2度目の眠りは何の夢も記憶に残らない、すごく穏やかな眠りだった。