MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

すぱいらる・フォー-9

2017-07-18 | オリジナル小説

どことも知れないどこかで連邦の遊民とペルセウス人が会話をしていた頃。

同じようなどことも知れない空間に話は移る。

ペールピンクの部屋だ。

原宿の少女たちなら甘甘ロリータの装飾だときっと言うだろう。

ピンクグラデーションの唐草模様に覆われた天蓋つきベッド。寝具はコットン、レース、リボン、サテンに更紗どれもトーンの違うピンクがこれでもかと。

枕元の大きなぬいぐるみのクマだけは少しだけ黒のゴシックロリータ調をまとっている。

そのベッドのすぐ脇にやはりサーモンピンクベルベットの可愛らしい華奢な寝椅子。

その足元から部屋の隅まで広がるクッションの山。おかしなことといえば入り口はどこにもない。壁には床まである窓が3つ柔らかなシフォンと厚いベルベットのカーテンに覆われているだけだ。外はうかがい知れない。その窓の真向かいに寝椅子と小さなテーブル。花びらをかたどったランプ。家具はそれだけ。

ピンク渦巻くその部屋の寝椅子に女の子が一人、足を揃えてきちんと座っていた。

白い壊れそうに薄い陶磁器の茶器でどうやら紅茶を飲んでいる。

その子の着ているものは短い、白いスリップのような・・・しかし、素材は光沢のあるプラッチックのようでもあり・・・それなのにとても柔らかい生地だとわかる。その服の裾に装飾はない。

いたってシンプル。少女は目の前のレースとシルクのピンクの山にはんば埋もれて横たわる大きな人形を見つめているのだった。ただし、その人形の胸はかすかに上下している。

「この人・・・カバナ人ではないのね。ってことは、ヒューマン・ボヘミアンなのかしら。」

『メンドウなことを頼んですみません』ピンクの壁紙につかの間、青い影が差した。

「ううん。いいの。」イリト・デラは花をかたどったカップをお揃いのソーサーに。かすかな軽い音がなる。「でも・・・この人。意識がない、それよりもまるで魂がないみたい。」

『最初からニクタイはあそこで滅びるヨテイだったようだ・・・』青い声が答える。

「そう?・・うん。次元ね。」デラは蜜色の髪と瞳を上にあげた。

「この人、きっと次元に避難したのね。肉体はあなたがこうして助け出した。」

『ワタシが予定外のことをしたわけですが。とにかくシんではないのだから・・・ジゲンから戻せば、モトどおりになるはず・・・どこにカクシたのか。』

「この人、ひょっとして自分の体が無事なこと、知らないんじゃない?厄介だわ。見つけ出せれば・・あなたになら大した手間ではないのよね。そうね、元どおりになるといいわね。」

少女は大して熱もなくそう言いながらテーブルクロスに両肘を置いた。

「ねぇ、質問。私の守護天使さまの命令だったの?この人を助けること?」

返事はない。子供は予想通りと笑って息を吐いた。

「いいわ。どっちにしてもきっともう天使さまは知ってるしね。それにあなただって・・・誰がどこに隠したのか・・・当てはあるんでしょ。」

『ワタシが知ってるなら、アナタの守護天使だってきっと知ってますよ。』声も笑い返す。

「あなたの能力。こうして私のプライベート次元にだって出入りできる。」

『カンゼンじゃない。』「そうかしら?本気を出したら・・・」

『では、タノミます。』唐突に声の気配は消える。

果たしてどこからどこまでが守護天使の意図した命令なのか。

アギュレギオンがデラに接触できるということは・・・彼のさらなる進化、臨海を表すはずだ。

そのリスクはデラにもわかる。もろ刃の刃。おそらく守護天使はそれを利用している。

「アギュの逃亡ですら範疇のうちなの?」問いかける返事が得られないことは初めからわかっている。自分は守護天使のDNAから作られ、同じ能力を持つ。理論上、同じ思考回路も。

しかし、若く経験不足の自分には未だ守護天使の全ては理解ができない。

果たしてそこまで冷徹な割り切りがいつか自分にもできるとは思えない。

正直、デラは思いたくないのだ。

少女はカップに残った紅茶を飲み干した。甘い果実茶のはずがそれは少し苦い。

 

「どうした、勇二。」基成素子が探るような目を向けていた。

ああっと、勇二は身を震わせた。第3惑星における現実では彼は霊能者。

今は弟執事のいれた紅茶を飲んでいる。セイロンティー、深みのある渋さが別次元の記憶を反映している。「何か、感じたのか?あんたの守護天使からの・・・霊感でも?」その唇には冷笑が浮かんでいる。監視者。勇二はいつも思う。妹である素子は自分の守護天使側ではないのではないのかもしれないと。この女の目は自らの上司を通り越し、常に中枢に向いているのだ。

「なんでもないわぁ。少し自分の部屋にいただけよぉ。」

勇二が少し口をつけただけでカップを置いたので弟である牡丹は悲しそうな顔になる。それを見た勇二は茶受けのマフィンに続けて手を伸ばした。

「おいしいわよ、牡丹。」「ありがとう、兄さま。」

執事の扮装に身を固めた弟の顔がパッと明るくなった。

 

新装開店した霊能者事務所はこじんまりとしている。

前のような豪華さはなく、機能的で事務的だ。場所が高輪から吉祥寺に移った仮住い。

マンションの最上階をぶち抜きで買った急ごしらえだ。間仕切りといえば、広い玄関脇の受付にあるだけ。新しく雇われた受付の女の子は今日はお休み。相談の予約は入れていない。

以前の基成御殿を思わせるのは勇二と素子の向かい合う家具だけ。合変わらずの大きな作りである。素材はふんだんに黒皮と黒檀。平均的日本人から見たらパースが狂った巨大な応接セットに座っている二人だった。

部屋の天井はとにかく高い。屋上から明かりとりが応接スペースだけ、床に市松模様を刻んでいる。断熱曇りガラスからの柔らかな光。

「むやみに自室に閉じこもることは賛成できないな。」

そう言う素子は何も飲まず食べていない。

「あんただって・・・」続けて口にしたスコーンをこぼしながら勇二は素子を睨む。

「体の中にあんたの部屋を持ってるじゃない。寝るときにはそこでくつろぐでしょ。」

「まあな。」まだどこか疑わしい顔をしている。注意、注意!

「我々だけの時ならまだいいが、それでも控えたほうがいい。あらぬ誤解を生む。」

誤解ってなによ、誰によ、という言葉を飲み込んだ。

この素子は侮りがたい。600光年先からデラの守護天使イリト・ヴェガがささやく。用心しろ、決して気取られるなと。直轄の部下であるゾーゾーをイリトも信用していないのだ。

基成勇二の中にイリト・デラが作り上げた次元に素子は入れない。

そこに隠したものは絶対にわからない。

デラがホムンクルス素子の中のゾーゾーに侵入できないように。

今の中枢の技術では。今の所は不可侵を難なく侵せるのはアギュだけといっていい。

更なる技術が解放されたとしてもデラの守護天使の方が優位にある限りはまだ大丈夫。

「ほんっと、ケチねぇ。ちょっとだけ、お花畑の中で遊んでいただけじゃないの。」

勇二は、不自然にならない程度に笑みを浮かべた。

アギュレギオンは素子の部屋など覗きたくもないに決まってる。

かつて素子に収まる前のゾーゾーはアギュレギオンのDNAを我が遺伝子に臨ませた。願いむなしくそれは何も実りをもたらさかった(受精卵から育てた子供は臨海せず、廃棄された)・・・ということをデラは守護天使を通じて知っていた。ゾーゾーはこの果ての地球へ来ることに志願することでイリト・ヴェガを非常に驚かせていた。その上、地上部隊を希望するとは。汗などかかぬホワイトカラーがわざわざ泥仕事を望む。

そのことはつまり、ゾーゾーは未だにアギュレギオンに・・・あるいはそのDNAを再び得て臨海進化体の子供を得る可能性を試すということに・・・いまだ未練タラタラということだ。

何も知らぬ素子がさもあらんとばかりに鼻で笑う。

「ハン、お花畑?なるほどな。勇二らしい。」

「そうよぉ、愛しのお花畑。」見せられないのが、ざぁんねん。

ゾーゾーの恋しいアギュレギオンがさっきまで訪れていたピンクの小部屋だ。

今度こそと弟が丹精込めておかわりを注いだ珠玉の紅茶を勇二は心から味わう。

デラのお花畑・・・ホムンクルスの私的次元に接触できるのは・・・オリオン連邦にただ一人の臨海進化体、アギュレギオンだけ。

 

 

 

弁護士とDV男

 

苦い思いで男は離婚届に署名している。怒りで手が震えた。弁護士が差し出すハンコを叩きつけるように押す。その直後、彼の手の下から紙が素早く抜き取られた。

「いや~、全くよかったですよ。」へらへらと弁護士が紙を素早く畳み、ファイルにしまってしまう。「では、もらうものをもらいましたので、私はこの辺で・・・」

「おい!ちょっと待て。」口調がきつくなった。離れたレジに手持ち無沙汰で立っていたウエイトレスがこちらを伺うのがわかる。平日、昼間の喫茶店、客が数えるほどしかいないのが幸いだ。駅前のこの店は男が日頃、常連にしている。ちくしょう、こんなところでハンコを押させやがって。たった今、元妻の座を確約された女の顔が浮かぶ。

「俺は、俺は・・・ちょっと手が当たっただけだって言ったはずだ。」とっさに声を潜めている。「はいはい、そうですよね。」さっきから無用に神経をいらだたせるこの弁護士だが、何を思ったのか急に身を乗り出して小声になった。「当たっただけ、それだけですか。それで鼻骨が折れちゃったんだからほんと偶然って怖いですよね。」ここで相手の目付きが変わるのを男は見る。「3度目の正直ですか。あざ、傷、骨折、こっちは診断書も写真もバッチリ揃ってるんだ、悪あがきはやめるんだな、屋敷さんよ。」その声の今までとのギャップに唖然とする。

「あんたの前の奥さんからも裏は取れてる。」

「裕子が・・!」思わず、声を飲む。身を乗り出した弁護士の顔はそんな男の顔を捉えて離さない。つるりとした肌にオールバックの優男なのだが冷たく凝視する三白眼には迫力があり、相手に口を挟ませない。赤い滑りとした口元といい気味が悪い。

こいつは本当に弁護士なのか。そうならば、かなりの修羅場をくぐった奴だ。

「これ以上、ゴタゴタ言いやがったら法廷でその裕子さんに証言させるぞ、こら。」

ニコニコと笑顔ですごんでくる様子はまるでヤクザだ。

「・・・あいつは。」男は本来は器が小さい、視線を振り切れない。それでもどうにか「あいつが絶対に、そんなことするもんか。」声が情けなく最後に掠れた。

「おや、そうでしょうか。」弁護士は再び、正体がつかめない笑いをまとって改めて男を開放するかのように椅子に腰を戻した。「確かに裕子さん、でしたか?彼女は乗り気ではないようでしたよ。だけどあなたがあの人に何をしたのかは一目瞭然でしたから、それだけで私にはもう充分わかりましたね。彼女はあなたの名前を聞いただけで、すぐにわかりやすくパニックになりましたからね。いやぁ、一旦うえつけられた恐怖ってやつは・・・消えないもんですよね。それを見た今のご主人が激怒したわけです。」

「あいつ・・・再婚、したんですか。」「おや、知りませんでした?籍は入れてないようですけど、なんですか、内縁っていうんですか?ご一緒に住んでらっしゃいますからね。」

「そうなんですか・・・」「どうやら、全くご存知なかった?おやおや一切、連絡はお取りになってない?。そりゃ、無理も無いでしょうねぇ。婚姻中、振るわれたんでしょ、DVたっぷりと。それじゃね・・言ってましたよご主人、裕子が許してもそんな外道は俺が許さない、男のクズだとね。」

それを聞いて男は、屋敷政則は顔をしかめる。「関係ないでしょ、そいつに。」

「いやいや、裕子さんの旦那さんはそうは思ってないわけです。たとえ裕子が証言を渋っても俺が証言させる、とこう言うわけです。」それを聞いても男の顔には余裕があった。

「はっ、できるわけない。」

「おや、大した自信ですね。」そう言うとぱしんとファイル叩き、カバンに放り込む。

「まぁ、いいです。これをいただきましたからは。証言するかしないかは、もうそれほど重要じゃない。」立ち上がる弁護士を屋敷は見上げる。腹立たしいが署名はもうしてしまった。それを取り返そうにも相手は妙に隙が無い。

それに・・・もともと2番目の妻のことは。

最初の家庭から逃げることに必死で、たまたまゲーセンで知り合って深い仲になったのを幸いとくっついただけのことだ。当初は女が未熟で男性経験がなかったことが新鮮で気にいっていた。優しくしてやったら、すぐに男しか目に入らなくなりちょろいものだと思う。

相手側の外野の反対を押し切り、とっとと離婚し、ともかく慌ただしく籍を入れた。

全て言いなりの女にだんだんと飽きが出始めた頃・・・女は妊娠した。

女は歓喜し(当初は男も喜んだふりをする)やがて当然のごとく・・・女の日常は男中心の生活から腹の子供へと移っていった。最初の結婚の時もそうだったのだが、ないがしろにされることには男は我慢がならなかった。つわりがひどいから飯が弁当が作れないとか、4か月検診があるから車で送ってほしいなど論外。挙句に二人の子供なんだから少しは協力するのが当然じゃないかとか、自分を愛していないのかなどとを責められるなどは言語道断だった。男に言わせると勝手に妊娠し、それを生むと決断したのは女なのだ。あくまでも男に迷惑をかけないことが前提で。だから男は妊娠を黙認してやった。その男に感謝するどころか。我慢は簡単に崩壊する。だから初めて女が男をなじった時、ためらいがなかった・・・以降はちょっとしたことで殴った。

しかし、最初の妻と次の妻が違ったことは、2、3回手を挙げられだけですぐに実家に逃げ込んだことだった。それは全く想定外だった。男に反感を持っていた女の両親が保護者づらして出張ってきたことで男は一気に白けてしまった。目を吊り上げ、何を大騒ぎをしているのかと思ったが。もちろん、面倒臭い目の前の弁護士も相手の親が差し向けてきたものだ。

女には急速に執着がなくなってきたので離婚も仕方がないと今は思う。

ただ・・また、金がいる。それが痛い。

裕子が再婚したならもう生活費は送らなくて済むはずなのだが。

「裕子のやつ、籍を入れないのは俺の金が目当てなのか。」

「どうですかね。」領収書を手にハキハキと弁護士が答える。

「どっちかというとお子さんのためじゃないですか?名前が変わりますからね。それに・・」

勢いよく立ち上がりカバンを持ったために言葉が一旦切れる。

「相手が再婚したとしても、お子さんがあなたの子供であることは変わりませんでしょ。ダメですよ、相手がいらないと言わない限り、成人するまではお子さんの養育費は払わなくちゃね。今年から小学生になったのはご存知でしょ。お母さん似かな、かわいいお子さんじゃないですか。」

屋敷政則は呆然とレジへと向かう弁護士を見送った。

自分に子供がいたことをたった今、思い出したかのようだった。


すぱいらる・フォー-8

2017-07-17 | オリジナル小説

ペルセウスのグワナクさんと秘密の小部屋

 

 

 

何だかおかしなことになったな

俺が呟くとかすかに笑う。

見越していたのか?問いかけると反応がある。

俺はコビトが心配だ。そして同じようにオビトのことも。

オビトはどこにいるんだ? 見せられる、頭に浮かんでくるのは暗い場所。

死んだのか?・・そうではないとの反応。

あの時、同じ船に乗っていたはず。だとしたら、俺と同じくということなのか。

だが、そこはここではない。

だとしたら・・・乗っていなかったのか? そう俺が思い込まされただけ?

罠に嵌められたのが俺だけだったという考えの方が、なんだか気に入るな。

また笑っている。肯定か?違うのか?はっきりしろ。俺の考えは筒抜けだというのに相手の考えははっきりこちらに伝わってこない。受信体が違うことは自覚している。例えれば相手は最新式、俺の方がポンコツ受信機ってこと。もともと、こちらとは電波のヘルツが違うから、さらに難しいときた・・・意思疎通、わかっていてもほんとに辛い。

いらつく。やつとの会話は、こんな風に大変なんだ。基本言葉で通じる世界にいないから。

言葉ってはやつにとっては(やつの世界では)物質的な存在なんだと。

非物質界に生きているらしい彼らにとって・・・やつの名前も、特定の個人を指す名前はあってないようなもの。しかももちろん聞き取れない、発音できない。ギュウワァ・・グワァガグァ・・・なんて感じにしか俺の頭では聞こえない。物質界に生きる俺には全く難儀な話だ。(果たして今、俺が今もそこに生きているのか? それは置いといてだ)便宜上の呼び名は不可欠だ。だからペルセウスのグワナクさんとでも呼ばせてもらうか。

ほんとによく笑うやつだ、別にどうでもいい。お好きなようにってか。

よし、わかった。そうさせてもらう。陰気なやつよりは陽気なやつの方が俺は好きだからな。

俺はスキン・カッター、『切り貼り屋』だ。

どこかわからない場所で俯瞰しながらコビトを・・・田町ハヤトを俺は見守っている。

手出しはできない。話もできない、ただ見守るだけ。

こうなることは・・・なんとなく予感はあった。

トラブルありありだ。一か八か、もしかして殺されるかも?ってやつだ。

その挙句がこんな珍妙な事態。俺がいるのは・・・何かわからないがモヤモヤと渦のような光度の暗い光のようなものが盛んに舞っているところときた。もしかして・・・あの世とやらなのか?最初、そう思った。そして、もしそうだとしたら何とも辛気臭い場所としか言いようがないと。今、俺のすぐそばにグワナクがいるのを感じる。眩しすぎない光として。

俺は・・・肉のない存在としてしか・・・わからない。感覚がないんだ。

そう、俺の体は何処へやら。だけども死んだわけではないらしい。

そして体のない俺はこうやって意識を保って、自我として存在し続けていられている・・・想像をはるかに超えているよ。嬉しい驚きってやつだね、全く。

いい加減、笑うな、グワナク。

 

 

俺がコビトとオビト・・・そしてあのニコと(今ではニコすら懐かしいよ)旅発った時から俺には今に至る道が予見できていた、なんてな。いや偉ぶっても無駄か、正確じゃない。

正確には、ニコではなく、あいつが・・・ハヤトが『チチ』と呼ぶあいつが船に現れた時からだ。

 

「なぁ、スキン・カッター、悪いことは言わない。」

俺が果ての地球に行くと言いだした時から一貫してニコはいい顔をしなかった。

「オメェはそこまでの関わりを求められていねぇ。今回の功績を持って総督に恩を売ればいい。」俺が心底驚いたのは、ニコが本気で心配していたからだ。この俺を、あのニコがだ。

船に乗ってからもニコは俺を説得し続けた。

「案内するだけでいいんだ。上がお前に望んでたのは最初からそれだけだ。星に近づいたらおとなしく引き返せ。」声を潜めたニコの目は落ち着きがなかった。

「俺は行かないことになったんだ。あいつがでしゃばってきやがったからな。」

ニコは憎々しげにあいつの名を呼ぶ。

「いいか、あいつはオメェが行くと知って乗り込んできやがった。この意味がオメェ、分かるか?」わからない、と素直に首振る俺を見ずにニコの目は船内のフリースペースをさまよっている。かけてもいい、ニコはそのあいつがいないことを確認しているんだ。

「あいつは不吉だ、オメェにとって。今からでもいい、星にはいかないと言え。」

理由もわからず?昔懐かしい星に行きたくなっただけなのに?もともと俺は素直じゃないんだ。

「ガルバって言ったか?」「口に出すな。」

シッ!とニコは息を鳴らす。そういえば原始星の昔話には名を呼べば現れる魔物がいた。

「あいつは何なんだ?軍人か?」だとしたらニコよりはかなり上位だろう。

「あいつは・・・」ニコの目は誰もいない広い空間を泳ぎ続けている。俺とニコの頭上には展望ガラスの隔てなんかないかのように星々が流れていく。まだワープのカウントには入っていない。『あいつは諜報機関の軍人、工作員だ・・カバナの正式な軍人だけど遊民組織と深い関わりを持っている・・それも非合法な』

驚いたことにニコは意識下での会話を仕掛けてきた。

『今はどっちの方向で動いてるのか、俺にはわからない。オメェにあいつの正体を教えたら俺だって無事でいられるか・・・』

無重力に浮かぶ、怯えきった丸い風船、哀れなニコ。

友情に感謝したいところだったが、ニコの目線で俺は魔物が出現したことを悟った。

「ありがとう、ニコ。俺はやはり『果ての地球』に行くよ。」

だから平常な音声ではっきりとを心がける。

「俺はあの星でまた会いたい人間がいるんだ。」

「ほぅ、それは興味深い。」耳元で声がした。

ウワァ!と驚いて飛び上がってみせる。

「いつの間に。」

空間の広さを思えば驚異的だ。こいつは日常的にダッシュ空間(薄い次元)を歩くニュートロンに間違いない。俺のすぐ後ろに現れたそいつから俺は慌てて遠ざかった。

ごく自然にニコを押しやる。俺がニコにしてやれることはそれぐらいだ。幸いなことにそいつの目はニコの存在を完全に無視している。

「あんたは・・・確か。」俺は息を整える。「船長に紹介されたな、確か」

「ガルバと呼んでいただきたい。」この会話の間に素早くもニコはうまいこと姿を消している。

「俺に用があるのか?」漂うガルバの姿形を見て俺は船に乗る前に肉体改造をしていて本当に良かったと実感した。なんで触手なんかに凝っていたのか、馬鹿らしくなる。ほんと、みっともない。

「なんでそう思う?」「ここにわざわざ、現れたからだ。」俺にはシュッとした二本の腕だけ。「俺に会いたいのかと思った。」

「その前に」ガルバは俺に視線の高さを合わせてくる。

「果ての地球で誰に会いたいのか、教えてもらおう。」

なんでお前に?とか色々思ったが、ニコの話しを聞いた後では無邪気なふりをしていた方が良さそうだ。

「以前、あの星にいた時に知り合ったオリオン人だ。ナグロスとか言った。」

ナグロスは惑星の住人との間に子供を作り連邦に連れ出すという重罪を犯し刑に服していたはずだが「最近、またあそこに戻ったと風の噂で聞いた。」

「風の噂とはどのような。」

「悪い、比喩だ。カバナ空域の35遊民基地で連邦を流してる商隊の一人だ。名前は知らない。」

連邦とカバナを行き来する商隊のほとんどは非合法組織であると匂わせる。もちろん、それは比喩ではないので、俺よりその辺の事情に詳しい工作員には的確に伝わったようだ。

「なるほど。」ガルバは金に光る長い目で俺を見据える。

「さすが付き合いが広いようだな。」

俺は流れる星に目をやる。ワープカウントが始まるのが迫っている。時間がないのだとそれで伝えたつもりだ。

「確かに私はお前に会いに来た。」相手もすぐに察する。

「ペルセウスから無事に帰った話しを聞いたのでな。」「またその話か。」

「もっと早く来るつもりだったが間に合わなかった。」他の秘密任務についていたということか。「それで船に乗ることにした。」「土産話を聞きに?」

『果ての地球』に行く任務に割り込んできた目的はまだ語られない。一方的な尋問ばかりだ。

「お前はペルセウス人にあったのか?それが聞きたい。」

「もう何度も言ったが・・あったとも会わないとも言えない。」

「ペルセウス人はもう何100年もカバナ貴族ともあっていない。ある時点から全く会わなくなった。」「そうなのか?」

ずっと昔からペルセウスとの窓口はカバナリオンの一部の貴族たちだった。そう決まっていた。「ボイドとペルセウス腕を隔てる干渉域もその時に作られた。」

「次元防壁か。」

それは物理的な壁ではなく次元を用いた破壊地域。予測不能、予想外の過度な物質返還を強いられた結果、俺たちの船はほぼ木っ端微塵になった。

「ペルセウスに何が起こったのか。」そういうことか。こいつはカバナ貴族の御用聞きなのか?

「俺は・・・」俺はここは出し惜しみしても仕方がないと思った。

思わせぶりにしてもいいことはないだろう。

「俺が見たのは光の棒だ。」

「我々の先祖たちは輝くナメクジと言った。」

「知ってる。だけどナメクジには見えなかった。形はよく分からない。眩しいからかもしれないが。」ガルバの口は引き結ばれ、目も細くなる。

「お前は・・・『臨界進化体』を知っているか。」

「オリオンの原始体だけに出現している奇跡か。」それは有名な話。遊民にも人気の話題だ。

詳しくはない。お気に入りの怪奇談。「それとペルセウスが関係あるのか?」

「さあな。」ガルバは話を変えた。聞きたいことは聞いたと判断したからだろう。

おそらくガルバが俺を殺す決断を下したのはこの瞬間なのだろう。なぜなら重要な機密をさらりと告げたからだ。「今、連邦とカバナの和平の話が進んでいる。」俺は心底、驚いた。

「カバナは連邦に帰る。それが貴族たちの下した結論だ。」

「それで軍部は納得するのか。」ガルバは首を振る。

「いやでも、納得するしかないだろう。すべては臨界進化体が連邦軍の軍師になったせいだ。そのせいでカバナニュートロンの力をもってしても次元戦に全く勝てなくなった。軍部もそのことはよくわかっている。」

「なるほど。」俺は口を舐めた。「臨界進化体が把握する次元深度は無限だとは噂で聞いている。連邦のニュートロンも敵ではないだろう。」

「まだ、気も狂わず連邦にとどまるらしいな。」ガルバの目は細められたままだ。

「あれでは永久に勝てない。背後はペルセウスに閉ざされ、前は連邦に塞がれ、カバナ貴族たちの遺伝子はボイドで朽ち果てる。それがゾルカのはじき出した未来だ。」

俺こそガルバの率直さに追い詰められている。これの裏は、狙いはどこへ行くんだ?

「残された問題は遊民と結託している軍関係者たち、それぞれの利害関係の清算だが道は遠い。すんなりとは決まらない。連邦内部はもっと複雑だ。よって和平はまだ極秘事項だ。お前は『果ての地球』に行くからいい。ただし、この船のうちではお前が誰かに話をすればその人間に迷惑がかかる、わかるな。」

俺にはわかった。よくわかった。この時に殺されるかもと予感したのは確かだ。ただ楽観もしていた。ことが公になるまで単純に、連邦からもカバナからもさい果てにある『星』に俺が閉じ込められるだけなのではないかと。

ワープのカウントが始まった。

自室に戻らねばならない。首を巡らし戻すと、もう工作員の姿は消えていた。

便利なやつだ。慌てて非無重力ブースに体を叩き込んだ痛みに呻きながら俺は心底、羨んだ。

 

 

今思えばずいぶん、お気楽だったもんだ。危機意識の欠如ってやつか。

俺も笑い、相手も笑う。

なぁ、ペルセウスは臨界進化とやらと何か関係あるのか。

わからない・・・その答えはなぜかはっきりと感じ取れる。

臨界進化とは物質である肉体が非物質化していくことなんだろう?

何だ、その・・・あんたたちみたいに。

ひょっとして何百年か前にペルセウスに訪れた変化ってそれと同じ現象だったんじゃないのか。それには無反応。その沈黙が答えなのか。

まったくいやになる。俺にはわからないことがたくさんありすぎるんだもの。

 

 

こうして、ガルバと初会見は終わり。

俺は思いっきり、秘密を抱えさせられたわけだ。

ワープが終わると、俺はコビトやオビトからほぼ隔離されたことに気がついた。

すでに遅し。本当にガルバは厄介な奴だったんだ。

ただコビトやオビトには既に教えることは教えた後だったから、彼らの安全を考えると別に構わないと考えることにする。寂しがってるだろうが仕方がない。

そして、ニコは・・・消されたかと思ったが消されてはなかった。

遠くから雑用をしながらニコは視線を送ってくる。元気か? OK、そんな感じだ。

オリオン連邦とカバナリオンとの和平交渉はごく一部のそのまた一握りの間でも極秘裏に行われているらしい。ガルバが俺という存在に興味を肥大させつつも、すぐに駆けつけられなかったのはそのあたりの事情らしい。つまるところ、奴はかなりな大貴族様の懐刀ってわけか?。

「ペルセウスに何かあるように、『あの惑星』にも何かがある。」

「『果ての地球』のことか。」

ガルバは最高機密で日々、俺をがんじがらめにし続ける。

やつの言葉を拒み、情報から耳をふさぐ努力をしていたなら、事態は少しはマシになっていたのだろうか。しかし俺は・・・俺は安穏と運輸業なんかで肥え太ってるよりは運任せの人生を選んだ冒険野郎。つまり根っからの知りたがりだ。好奇心を止めるなんて土台、無理な話。

「カバナ貴族の夢はペルセウスで叶わなかった自分たちの惑星を持つことだ。軍部は人工惑星でも充分だと言ってな・・いわば対立している。」

始祖の人類から遠く離れた進化を遂げた貴族たちは生きた惑星の重力下で生きられるはずはない。俺のそんな考えがわかったのか、ガルバが付け加える。

「しかし、民族の誇りというのはそういうものではないのだ。」

今や最悪なことにガルバは俺の旅路の同室の友となりつつある。

「カバナは『果ての地球』から先のオリオン腕の未開地域を望んだ。」

そりゃまた欲張ったもんだ。確かに民族の誇りとはまず形から入ることなのだろうとは理解できなくはない。だが実際、星を開拓していくのは気長で難儀な仕事なのだ。連邦が今の形になるまで約一億年、今の技術を持ってしても宇宙は広く厳しく何世紀もかかる事業なのだ。

だからこそ、そんな和平の生贄として差し出されたのだとしたらあの星一つでお釣りがくると言ってもいい。住民さえ排除すればすぐにでも住める最高の環境。

 

「連邦は渋った。そこで、『あの星』に何かがあこと私は確信したのだよ。」

「そこで自ら乗り込むことにしたのか。この作戦はカバナ貴族・・ゾルカの知るところではないと思っていた。」

「ゾルカは知らないわけではない。分離して黙認しているだけだ。マザーゾルカはあらゆるカバナの人工星や衛星都市、ボイドを航行するすべての船の維持管理、日常を管理するにおいては完全に万能だ。防衛や戦略、軍備においては切り離した分身が担っていたんだが・・・臨界進化体が現れた今となってはそれも、もはや時代遅れだと分析した。ゾルカは新しい未熟な自己をさらに増やし管理下から独立させた。自らを刺激し、進化することを望んだのだ。」

愚かにも?と俺。無論リスクもあるがと、ガルバの唇も歪む。

滑らかに並んだ三角の歯が見える。触手と牙、まことに流行とはキテレツなもの。俺は牙には惹かれなかったのだが。ただし鱗には・・俺は慌てて意識を戻す、魂を持った人工知能に。

「それで進化できればいいな。」

「・・・難しいだろうと私は思っている。元々、我々は臨界進化体の情報を全く持っていないのだからな。」

「あんたは・・・」臨界進化体の情報を得るために「『果ての地球』に行くというのか。」

俺は驚いた。ぽかんとしたと言っていい。あまりの飛躍についてはいけない。

「提供された情報から面白いことがわかった。『果ての地球』に初めて赴任された地上部隊の指導者は軍人ではないのだ。元々臨界進化体の研究者だった。軍との間を取り持ったのも同じ人物だ。当然、今も関係していると私は考えている。その研究者上がりの官僚があの星に価値があるとカバナの要求を退けさせたのだ。あの星には『次元生物がいる』ゆえに研究を続ける必要があるとな。」「次元生物?」俺は首を傾げた。

「俺がいた時にそんなものは・・・」

しかし、本当にそうだろうか。あの星で感じた気配。あれが次元生物だとその研究者は本気で言っているんだとしたら。目に見えない『神』や『魔』を人々が信じているあの独特の世界・・・そこに長くいると自分でもそういうものを信じたくなる下地ができるのを感じる。俺もあそこにずっといたら次第にアミニズムに染まっていっただろう。

「地上部隊が何の目的で送られたのか、興味がわかないか?」

「そりゃ、わくねぇ。」

「あの星へ行き地上部隊に近づいて直接、探らなければ何もわからない。」

言葉とは関係なく俺の脳裏には一人の巫女の姿が蘇っている。俺とナグロスの正体を瞬時に見抜き、なおかつ、そのことを即座に受け入れた女だ。凛とした誇り高い彼女に感じた神秘・・・精神の強さが心を奮い立たせた。ナグロスが惹かれたように俺も惹きつけられた・・ただ、残念ながら辺境の巫女が選んだのは俺じゃなかったという結末だ。

そして神代麗子は死んだ。

(俺が連邦に戻って肉体改造にふけったのは、それがきっかけでじゃないからな。)

「研究者がいう次元生物がいるのか、いないのか。いるとしたらどんなものなのか。それはおそらく臨界進化の秘密と繋がっているに違いない。」

ガルバの話は俺の記憶を鮮やかに呼び覚ました。

「次元生物といえば・・・連邦ではワーム・ドラゴンが有名だが。」

宇宙に張り巡らされたワームホールの中に住む次元生物の一部には、人間と契約する酔狂なドラゴンがいるのだ。

「そういえば・・・ドラゴンと契約するのも原始星人類だな。」

臨界進化する人類も今のところ、原始星人しか確認されていない。そして。

「ワームと臨界進化体は近い存在ではないかと言われている。」

ペルセウスに突入を試みた無鉄砲、冒険心が三たび煽られ走り出すのを止められそうもない。

「それで子供たちはどう使われるんだ?。地上部隊との接触か。」

「もともとその目的で作られたらしい。だが、私ならもっとうまく使ってみせる。」

ガルバの高揚した笑み。

「私はゾルカに与えるに必要な情報を手に入れるのだ。」

案外、ガルバにニコを押しのけさせたものも俺の理由とあまり変わらないのかもしれない。