MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルワン10-2

2009-09-22 | オリジナル小説
アギュは渡を見やる。渡は目が落ちそうなほど見開いて両手をきつく喉元に当てている。彼の緊張を和らげるようにアギュは微笑み、覚悟を決めた。
「アナタの魂がどこから来たのか確かめなくてはいけません。そうすれば、その苦しみも消えます。わかりますか?ワタシもそれを確かめたい。」
「ぼ、僕はお母さんの子供ではないの?」
「そんなことはありません。魂がどうやって宿るか、はっきりわかってるわけではありませんが。アナタはアヤコさんのコドモです。まちがいない。ニクタイとタマシイの起源は違うのです・・・」本当はアギュにもその確信はない。ただ、渡の母の胎内にいた胎児が一度、死んだことは敢えて言わなくてもいいことだ。
先に死んだ赤子に別の魂があったのかどうかはアギュにも断定できない。
「ただ・・・」アギュはいよいよ核心に触れなければならない。
「アナタのタマシイを追って来たものがあるのです・・・それのことは、おそらくどの世界でも普通ではない。」
「えっ?!」当然、渡は驚いた。理解を超える。
「アナタはジンのことをどれだけ知っているのですか?」
「ジン・・?」
「そう、ジン キョウイチロウです。」
「知ってるっていっても・・・この間、初めて会っただけだけど。」
「見てください。」アギュは輝く衣で床を撫でるように手を動かした。すると床から空中へとグルグルと立ち現れたモノがある。それは光の蔓のように立ち上がり、成長しあっと言う間に空間を立体に埋め尽した。
「これは!」見覚えがあった。はっきりとした確信はなかったが。
「見たことある・・これはあの円盤に浮かんでた・・・?」
「これはワレワレのセカイの古代文字です。」
「古代文字・・・」「アナタはコレが読めますか?」
「読めないよ!読める訳ない!」アギュは宙に浮かぶ文字を指で追った。
「でも、アナタはジンに導かれてこれを解いた。」
「解いた?」「アナタはあのフネを動かしたでしょう?」
渡はジンが囁いた言葉を思い出す。『動けって思うんだ。思うだけでいい。』渡は震える。自分と言う存在が怖くて。心細くて。
「僕は・・・?どうして・・・?」
「どうしてかはワタシにもわからない。知ってるとすればジンです。このモジをアナタが知っていたことがモンダイなのです。」アギュは言葉を切る。
「ワタシはキーだと言いましたね。アナタもキーです。」アギュの指は空中で戯れ続け、渡はその文字に触れることを怖れて身を小さくする。
「アナタは知っているのです。だから・・・アナタはキーなのですから。このモジに感応することはキーの第一の特徴なのです。この果ての地球にいるアナタがこの文字に反応することは・・・この世界にワレワレの世界から古代にフネがやってきたことの・・・これは証拠なのです。」
「証拠・・・」
「アナタの力も。そこからおそらく来ているはず。」
「僕の?」渡は広げた自分の掌を凝視した。
「なんで・・・なんで僕にこんなことができるのか・・・そうしたら、わかる?」
「おそらく。」アギュはうなづいた。
「アナタに力を貸して欲しいのです。」
「僕に?」
「ジンを見つける為に。ジンから話を聞く為に。フネを見つける為にです。」
渡はそこが夢であることも忘れて自分の顔を掌で叩いた。音はしなかった。
「阿牛さんは・・・なんで、船を探しているの?」
「遠い昔にワタシタチの星からこの地球に来たフネです。ワタシタチはずっとずっとそのフネの行方を探していました。それはもう何万年も。そのフネにはとても大事なものが乗せられていたのです。それを回収したいのです。」
「フネ・・・」「それを見つけるのがワタシ達の使命。」
「そうか。」渡は納得する。やっと笑みが浮かんだ。
「それを探しに阿牛さんは来たんだね。あ・・・!」その顔が不安に曇る。
「ユリちゃんは・・?ユリちゃんも・・・?」
「どこまで信じてもらえるかわかりませんが。」アギュは諭す。
「ユリは地球人です。ワレワレの宇宙で育ちましたが。ユリのハハオヤは地球から
宇宙に来たヒトでした・・・そして、今ハハオヤの故郷に帰って来たのです。」
渡から見た阿牛さんはなぜかその時、とても悲しそうな顔をした。
「だから・・・ユリはあなたと同じ、地球人です。」
「良かった・・・」渡は力を抜いた。
「わかりました。阿牛さん。」渡は改まった。これは自分の人生でおそらく1番の重要な瞬間だと感じたからだ。
「僕も知りたいんです。自分のこと。それに、ジン・・のことも。」心なしか顔が赤くなる。「変なんです。ジンには僕もなんだか、なんていうか・・・他人と思えないような感覚があって・・初めて会ったのに・・とても、変だったんですよね。それって、すごく気持ち悪いなって思う・・・」
「良かった。」アギュは密かに胸を撫で降ろした。思った通り、この子供は思ったより冷静で大人びている。秘密に包まれた飛来した魂に由来するのか。
「では、アシタ、アギュウソウイチは南米から帰って来ます。アナタはヒトリで神月においでなさい。」
「ユリに会える?」
「ユリも会いたがってます。」
会見を終わらせる雰囲気を感じ取った渡は慌てて呼び止める。心に引っかかることがあった。
「阿牛さん、さっきユリのお母さんは地球の人だと言いましたよね?」
「?」アギュは不思議そうに首を傾げた。
「僕、不思議なものを見たんです。UFOで阿牛さんに助けて貰った後、船から出る時に・・・僕は夢を見たんですけど。そこは宇宙の真ん中で・・・僕は阿牛さんは宇宙から来たんだとそこでわかったんです。」渡はつっかえつっかえ汗をかいていた。「ごめんなさい、僕、変な話をしてますね。」
「いえ、続けて。」アギュは興味を持って先を促した。
「そこで・・・そこでですね、僕は女の人を見たんです。」
「女の人?」アギュの瞳がわずかに蒼みを増した。
「眠ってました。オレンジの光の中で。とても幸せそうに。誰かに似ていると思ったんですけど、その時は気がつかなかったんですけど・・・その人はユリちゃんにすごく良く似ていたんです。」
「・・・・」アギュは息を止めた。渡は気づかずに一生懸命に続ける。
「今、聞いてそれはユリちゃんのお母さんかな、なんて・・・漠然と・・・おかしいですよね。んなわけ、ありませんよね。あの人もすごく若かったし。」
アギュの目は渡をもう見てはいなかった。蒼い蒼い瞳は揺れて、どこかに逸れた。
「ワタル・・・」「ごめんなさい、変なこと言って!」
アギュは恐るべき努力で自分を立て直した。
「ワタル・・・アナタが見たのは・・・」アギュレギオンの無意識の世界。この普通ではない魂の子供はそれに同調したのだ。アギュは口を閉じると微笑む。
その瞬間、何かがぶれた。アギュの声が僅かに高くなった。
「ありがとう、ワタル。」「阿牛さん・・・?」
どうしたのだろう?アギュは輝いていた。さらに内から陽射しに照らされるように。
オレンジ色の明るい輝きはアギュの胸から射して彼の体を明るい紫色に彩っている。そしてその顔は・・・まるで子供のような表情が浮かんでいた。
「さあ、もう眠りに帰りなさい・・・ワタル。アシタ、忘れずに神月に・・・。」
声は裏返りかすれた。しかし、不思議と渡は違和感を感じなかった。アギュの喜びが渡にも感染していたからかもしれない。
アギュはそっと渡を眠りの中に押し返す。「待ってるから。オレも・・・」
渡は心地よい眠りの中に滑り降りて行った。

しかし、数時間後、渡は飛び起きた。
なんだろう。誰もいない。いつもの自分の部屋。鯉のぼりの影もない。
アギュとの会見。それは夢ではない。それは確信している。
そして、眠ったはずなのに。
とてつもない悲しみに起こされた気がした。心臓がドキドキする。パジャマの上から押さえた。生地は汗で湿っていた。渡は灯りを付けずに窓をみた。
廊下に忍び出る。香奈恵が付け忘れたのか、いつも灯りが付けっぱなしの廊下は暗い。暗いけど外の僅かな光で床が光っている。
渡は音をたてないように静かに窓を開いた。
今日もザワザワと風で木々が鳴っている。黒い揺れる木の枝に黒い影が見えた気がする。しかし、なぜか以前のような恐怖はわき起こらなかった。
中腹に輝くユリの灯りせいだろうか。阿牛さんとの会見のためかもしれない。
渡はその影にジッと目を据える。そして呟いた。
「ジン・・・?」影は動かない。「ジン!」ちょっとだけ声を大きくした。
返事はなかった。当たり前かとも思った。なんでジンの名前を呼んだのかもわからない。渡は目を凝らして黒い影をしばらく見つめていた。
誰かがいたような気がした。しかし。
気がつくと、木の影は消えていた。




次の日。
朝食の席で渡は父から、神月に阿牛さんが南米から帰って来たことを知らされた。
「じゃあ、シドさんも?」香奈恵はあからさまに喜ぶ。
もうすぐ、ガンタも正虎と一緒に夕方には戻ってくると母親達はニコニコした。今日は久しぶりに腕を振るおう。香奈恵の母の揚げ物も板さんのお味噌汁も。
ユリは父親としばらくいると言う。
「あんなことがあったんだもの。阿牛さんも少し、仕事を減らさなきゃ。」と母はため息をつく。「トラちゃんもだけど。あんなかわいい子を置いて仕事で外国ばっかり。気が知れないわ。」気が知れないと言えば、正虎の親は今回も帰国しないらしいと、大人達は眉を潜めた。その辺りから、子供達は台所から追い払われたが、渡は母に呼び止められた。
「ユリちゃんがあなたに会いたがってるそうだから。宿題終わったら、神月に行っていいわよ。」渡もそのつもりなのは言うまでもなかった。「お昼も向こうでおよばれしなさい。」
香奈恵が後で聞いたら悔しがるだろう。さらに何を言われるかと思うと憂鬱になりかけたが、今の渡はその心配を振り払う。ユリに会える。
そして、阿牛さんにも。


渡が息を切らして神月の門にたどり着いたのはちょうどお昼の前だった。
書き取りはかなり雑になり、数学に至っては答えの自信がまったくない。
でも、そんなことはどうでもいいのだ。
ベルを鳴らすのももどかしく大きな木のドアの前に立った。

「おう!」ドアを開けたのはガンタだった。
「ようやく、来たな。」
渡はいつものガンタであったが、なんだか声に詰まった。もしかして、そういうことは・・・ガンタ達もなのか?。多分、そうなんだろう。胸がいっぱいになる。
「そんなに緊張するなよ。」ガンタは笑う。
「みんな待ってたんだぜ。」
「ワァタルゥ!」声はまだよく調節されていなかった。
でもユリは矢のように階段を降りて来て、渡の胸にぶつかるように抱きついてきた。「ダ、ダイジョブ?・・・ダッタ?ミ、ミナニ、イジメル、ラレテ、ナイカ?」
精一杯の叫びだった。息をゼイゼイ言わせ、つっかえながらいっぱいいっぱいのセンテンスに渡の目は思わず熱くなった。
「ワタシ、ズット、イキタカッタ・・・ダケド」
「ユリちゃんは一刻も早く、渡と話をしたかったんだよ。だけど、そこは大人の事情でさ。アギュが南米から帰って話をするまでは、ダメだったってわけ。」
「アギュ?」
「阿牛さんの本当の名前はアギュ。僕らの上司だ。」
渡はガンタにうなづくとユリにもうなづく。
「大丈夫、大丈夫だったよ。ユリちゃん。」
「さあ、行こうぜ。」ガンタが長い廊下を導いた。
渡とユリは手を固く結び、片時も離れなかった。

神月の改築された家は渡には久しぶりだった。
手を入れて修復された和洋折衷の洋館は落ち着いた緑の控えめな唐草模様の壁紙と梁はわざわざ古びた白に塗られている。そんな広い天窓が明るく陽光が燦々と降り注いで、玄関のホールは目に眩しかった。
吹き抜けに下がるシャンデリアは、床に朽ちて落下したものを再現したものだったはずだ。かすかに見覚えがあった。
小さい頃は普通に遊びに来ていたはずだ。いつからだろうか?
ユリの父親が怖くなり出した頃からか、渡はユリの家を敬遠するようになる。
思えば、それを見透かしたかのように阿牛さんの留守にはユリが竹本に預けられるようになったのだ。阿牛さんの会社の社員達とともに旅館の離れの寮に。
広々とした応接室に招き入れられると、そこには全員が揃っていた。アンティークの重厚な応接セットには正虎がすまして座っている。渡を見ると黙ってただうなづいた。テラスの窓際から振り返ったシドさんだけはちょっと難しい顔をしていた。
いつもよりさらに機嫌が悪そうに見える。
「待ってましたよ、ワタル。」そして、阿牛蒼一は部屋の真ん中に・・・そこに立っていた。浮いてはいない。しっかりと床から立っている。しかし、渡の目には昨夜、夢であったアギュの姿のままだった。光が少ないだけで。
渡はすべてを改めて確信した。彼はしばらく、呆然とし、もじもじとしてから、ガンタを振り返った。
「じゃあ、みんなも・・・そうなんだね?」
渡はごくりと唾を飲み込む。
これも又、渡の人生に置ける重大な瞬間のひとつとなるのだ。
「俺達はオリオン人なんだよ。」ガンタが真面目な顔をする。
「お前の知ってる、オリオン星座から来たんだと思ってていいよ。」
「はるばると。」アギュが歌うように「フネを探しに。」
汗をかいた渡の手をユリの手がギュッと握る。ユリの指は渡よりも小さく華奢だった。血の通った暖かな指。ユリも、宇宙から来た・・・ユリは地球人だけど、宇宙から来た。阿牛さんによると。阿牛さんのことは理屈でなく、すんなりと納得した渡だったが、ユリやガンタ達のことはまだ漠然とした話に感じられた。
「ワタル・・・イワナイ?トモダチ・・?」ユリが心配そうにゆっくりと言葉を紡ぐ。渡の目を真剣に受け止め、懸命に言葉を繰り出す。いつもと何も変わらない、優しい大好きなユリの黒い瞳だった。
「イワナイデ、ワタル、オネガイ。マモルカラ!ユリ、ワタルヲ、マモル。」
守る? 僕をユリちゃんが? 渡は首を傾げる。でもユリは真剣だ。
「ユリ、ワタルト、トモダチデ、イタイッ!」
(ドラコとも友達になるにょ!)
「あ、変な虫・・・」
ガンタが爆笑する。
(虫じゃないって何度言ったら、わかるにょ!)
「ごめん・・・えーと、なんとか、ドラゴン?」
「仕方がないって、ドラコ!ここでお前が一番、近いのが虫だもんね。」
(ぷぅ~)
「渡、ドラコはワーム・ドラゴンって覚えておいてくれ。一応さ、ドラゴンってことで頼むよ。」
「そうだ、確か、ワームドラゴン。」渡はガンタの肩に現れた鯉のぼりようなものを改めてマジマジと観察する。竜なんだ・・・?巨大なウーパールーパー?
「ごめん・・・僕、初めて見たから。」
「いいって、いいって!」ガンタが言うとドラコはますますふくれた。
(今にシドラにバラキを見せてもらうといいにょ!ワームを侮ると火傷するにょ!)
「バラキとは我の相棒だ。」シドラが見事なプロポーションを見せつけるように歩みよった。大人の女性の肉体に子供とはいえ、渡は目のやり場に困る。今日のシドさんは体の線を見事にあらわにした黒のスーツに身を包んでいる。いかにもやり手の秘書っぽい。「でかすぎるので、この空間にはいられないがな。」彼女は破顔し、ユリを優しく見つめた。ユリの手は渡の手を今もしっかり掴んでいる。
「放すなよ、ユリ。」シドラはつぶやく。「ユリの望みが我の望みだ。」

「では、くわしい話は食事をしながらでも。」アギュがくつろいで声を放つ。
「それで、いいですか?ユリ?ワタル?」
「もう、腹減って死にそうだよ。」ガンタが笑う。
「今日はオリオン風フランス料理のフルコースじゃ。」タトラが席を飛び降りる。
「他ならぬ、わしと調理システムとの合作じゃが、味は保証付きじゃぞ。」
「トラさん・・」
「トラキチで構わぬよ。わしはちっとばかし年上なだけじゃ。」猫の含み笑いが浮かぶ。「なにせ、渡殿とは同級生なのじゃから。」
「そうそう、何も変わらないよ。」ガンタも笑う。
「そう、表面的におぬしは何も変えてはならない。」シドさんが厳しい顔でうなづく。
「できるな?渡。ユリの為に。」

ユリはすばやく手を放すと渡と向かいあった。「ワタル?」困ったように首を傾げた。そして、再び、勢い良く差し出す。
「そうか。」渡は息を吐いた。気持ちが楽になる。
こうなっては、もうさして自分がたいして驚かないことに渡は気がついていた。
渡はユリの手を取る。そして、力強く、握り返す。
「そうなんだ。そういうことか。」渡は誇らしく思った。
「うん。僕は秘密が守れる。任してよ!」
「ワタル!」ユリが抱きついた。「トモダチ!」
(そうにょ!)
「そういうこと!」ガンタとシドラがうなづく。
「そういうことです。」
阿牛さんが優雅に最後を締めくくった。







        スパイラルワン/完

スパイラルワン10-1

2009-09-22 | オリジナル小説
         10.渡とユリ そしてオリオン人達


8月の最期の週末、夏の夜を駆け巡ったUFO騒動は、こうして終結した。
同時にそれは、渡の小学校生活最初の夏休みの終でもあった。

渡はガンタに背負われて下山する途中で無事に祖父と父に保護された。
ユリと正虎も一緒にいたのは言うまでもなかった。
残りの小学生2人、あっちょとシンタニは香奈恵と共に権現山の仙人に連れられ麓まで降りて来た所を捜索隊に発見された。
勿論、ガンタには感謝の言葉と同じぐらいの軽卒を誹る言葉が注がれた。大人が付いていながら子供らの無鉄砲な冒険計画に加担したと見なされたのだから仕方がない。ガンタも自ら反省する所も多々あったのだろう。言い訳のつかない所は、ひたすら平身低頭平謝りに徹した。その姿は潔くもあった。

しかし、関係者の中のもう一人の大人である、権現山の仙人であるが・・・この無宿人はどさくさにまぎれて姿をくらましてしまった。それで一挙に血圧が上昇した警察関係者と大人達は勢いのままに危うく山狩りへと突入するところだった。
ガンタと子供らが口を揃えて事細かに顛末を説明しなければ、彼の身柄は間違いなく首謀者の1人として氏名不詳のまま、全国指名手配になっていただろう。
(後日やはりホームレスはほっておいてはいけないと、村の駐在さんが権現山の彼の住居を訪れたが、もうそこはすでに引き払ってしまった後であった。わずかな持ち物は持ち去られ、そこは人の住処の体すら成さぬ有様だったと言う。以来、彼の姿は神月からすっぱりと消えてしまった。)
月城村の消防団員と青年団は中腹で燻る煙を消しに向かった御堂山の神社跡地で意識を失った女性2人と子供一人の身柄を保護することとなる。(そこには焦げた鳥居と周辺の草むらが広範囲に無惨を晒しているだけで、いつのまにかUFOが墜落して地面に穿たれた穴は跡形もなくなっていた。)

駐在さんが山に逃げ込むのを目撃した、気質らしからぬ男達は車に残された指紋などから覚せい剤の前歴がある暴力団員であることが明らかになった。勿論、言わずと知れた全員が前科者であった。職務質問をかわして山に逃げ込んだ先で行き当たりばったりに地元の子供達を誘拐・・・と、いういきさつは警察も首を傾げるところである。
神保町にある男達の所属する某組事務所は翌日に強制捜査をされた。その時、拉致された女達を組員達が追っていったという話が浮上したのだが、その真偽がはっきりしない。拉致した相手側の組織があやふやで特定できなかった上に、それらしい痕跡がはっきりしなかったせいもある。
シャブ漬けにされていた女子供は命に別状なかったがほとんど薬で眠らされていた為に、解明の助けにはまったくならならなかった。
彼女達はこれから病院で長い更生生活を送る事になるだろう。
その某組組織が持っていたマンションやアパートからも、外国から連れて来られた不法滞在者の女性達が大勢保護された。戸籍のない子供達も何人か保護される・・一番大きい子供で8歳ほどだったが、当然学校にも行かず教育も受けていなかった。4~5歳から客を取らされていたという女の子もいた。彼女達の強制送還その他は取り調べや療養の後の話である。複数の日本人を父親とし国内で産まれた戸籍のない子供達の処遇には、政府は頭を悩ませることになるはずだ。
売春組織の顧客リストも押収され、有名人がいたとかいないとかで世間は大変な騒ぎになった。
神月では翌日から2週間にわたり山狩りが行われたが、暴力団員3人を発見することはできなかった。その組員の写真は、ガンタと香奈恵によって子供らを拘束した犯人であると認められた。この3人は指名手配されたまま、いまだに行方が掴めない。
こうなっては警察は情報の乏しい頭を絞るしかない。ホステス達を連れ出したのは実は暴力団員達当人ではないかと結論づけたのは事件が起こって1月後であった。
すべては、ホステスの足抜けを巡っての争いの果ての相打ちと仲間割れ。恋愛を匂わせるロマンチックな話が週刊誌で囁かれたが真偽のほどはなんともいえない。
平和な村にとっては他所から来たやくざ達が、勝手に女達を巡って争い合い、どこかに逃げ去ったわけであるからその表舞台にされただけでも迷惑な出来事である。
神社跡に火を付けたのも彼らであろうと憶測されていた。

そのことはまだいい。駐在や捜査員達が頭をひねったのは、子供達が拘束された場所からちょっと下った谷の底で頭を割って死んでいた1人の男の死体であった。最初はこの男がシャブ中にされたホステス達を拉致した犯人であるのかとも思われていたのだが、その説は組の捜査が進むに連れて次第に人気を失って行った。たった1人でヤクザの囲ってる女と子供の合計3人を攫う等できるわけがないだろうといのがその主たる理由である。死亡時間だけが事件経過と重なるこの死体がなんらかの協力者なのか、ただの巻き込まれた男なのか、単なる自殺死体であるのか。この男の身許はついに割れなかった。

渡は密かに心を痛めていた。谷底の沢で発見された身許不明の死体。それが神興一郎ではないかと思っていたからだ。むごたらしい死体は子供の検分にはふさわしくなかった。だから、それを確認したのはガンタ一人だった。ガンタはその男を一度も見たことはないと力強く否定する。実際、そうだったからだ。
ガンタが帰ってくるなり、離れで待ち伏せしていた渡はその真偽を問いただした。これにはガンタ自身もはっきりした納得のいく返事ができなかった。ガンタの見た死体はあきらかにジンの服装風体をしていたが、彼の記憶する神興一郎ではなかったからだ。ジンの正体をアギュから知らされていたとはいえ、この絡繰りはどうなっているのだろう。死体になってる男は誰なんだか。
しきりに首を傾げるガンタを他所に、渡はどこかでほっと胸を撫で下ろしていた。
神興一郎がどこかで確かに生きているとわかったからだった。
悪人とはいえ、自分を助けてくれたジンに渡は不思議な恩義を感じていた。その感情は不自然なものであるが、実際にそうなのだから仕方がなかった。彼のせいで円盤にさらわれるというひどい目にあったわけなのに。
渡はジンに対する怒りや怖れがない自分自身に困惑する。
それだけじゃない。謎めいたガンタの態度である。「ジンのことは、黙ってろよ。」「円盤に攫われたとか言いふらすんじゃないぞ。」としつこく渡に念を押し「その話は後でじっくりするから。」と慌ただしく言うなり、まるで渡を避けるように正虎を連れて、神月に行ってしまったのだ。
それっきり、離れにも帰って来ない。

ここまでもまだ良かった。
ユリが、突然口を聞き出したことは奇跡とされている。
その奇跡を目の当たりにした渡の母の綾子は泣き出すし、旅館竹本はおろか月城村の中までもが当時は興奮の渦となってしまった。
話せる事になった事自体は良い出来事ではあるが、悪人に誘拐されるといったマイナスの結果の出来事であるから、当人にはかなりのショックであるはずだと診療所の医者が騒ぎを鎮めるのに躍起になったぐらいだ。
とりあえず、ゆっくり静養するのがしごく当然のことと今はようやく沈静化している。渡も母親から、しばらく自分から学校に出て来るまではそっとしといてやるようにとがっちり釘を刺されてしまった。ほどなく新学期が始まった。
香奈恵とあちょ、シンタニは渡と共にそれぞれの学校の人気者になった。UFOが山を駆け巡った華麗な夜に、悪人に誘拐されるという更なる格上のスペクタルを体験したものたちなのだ。人気沸騰は当然だった。親達からたっぷり据えられたお灸を差し引いてみてもお釣りが来るぐらいだった。
その冒険談の中では唯一の大人のガンタの株が急上昇した。権現山の仙人に至っては謎の怪人として妖怪のような扱いとなる。
騒ぎを他所に沈静化を図る為か、ユリも正虎もあれから学校にも来ていない。
この辺からが渡にとっては雲行きが怪しくなってくる。

一緒に冒険したはずの香奈恵やあっちょ達がすべてのいきさつ(円盤が墜落したり、渡が円盤に連れ込まれたり)をまるきり覚えていないということに気がついたからだ。
みんなの頭の中からは円盤に乗っていた3人の宇宙人がすっぱり、抜け落ちていたのだ。あんなにイケメンで好みだったジンのことを香奈恵が、まったく覚えていないなどとは正気では考えない。渡は孤立無援となる。
渡の話は大ボラの類いと軽く見なされ、みんなに呆れられ幼なじみには心配され香奈恵は真剣に怒った。祖父は渡がショックのあまり幻覚をみたと思ったみたいだったし、両親は覚せい剤でも打たれたのかと心配しだした。
渡は慌てて苦渋を押し隠し、心にもない詫びを入れることにする。実は夢を見ていたのだとごまかすしかなかい。後は妄想の類いだと。
しかし、それだけで収まるわけはない。
夜中に鼻息荒く渡の部屋に奇襲をかけた香奈恵は容赦なかった。
「あんたがこんなに目立ちたがりだとは思わなかったわ!。それもしょうもない、すぐバレる作り話なんかして!恥ずかしいったらない、2度と外でいわないでよね!」只でさえ、心が寒い思いを抱えていた渡に香奈恵は留めを刺した。
「あんたなんてこのままじゃ、竹本の面汚しなんだからね!」
渡は一言も言い返せず、さらに深く傷ついた。
この日の渡は2転3転してなかなか寝付けない。

しかし、子供のことである。ほどなく渡は寝込んだと思える。
おかしな虫が再び、現れて囁いた。
(夢じゃないにょ)
「これは夢・・・だと思うけど・・」夢現で渡は答える。
(違うにょ、ドラコはガイドなのにょ)
「ガイドって?ドラコって君の名前?」
(名前なのにゃ。ドラコは先駆けにょ、先駆けは名誉な仕事だって言われてるにょ)
「???」(渡はまだこういうの体験ないにょ?ドラコに任せるにょ!ドラコに捕まってみるのにょ!)渡は目の前にヒラヒラ降りて来た鯉のぼりのシッポのようなものを見つめた。掴む?両手を上げたと思う・・・勢いよくシッポが跳ね上がる。
なんだか、シュポン!と抜けた気がした。「・・・!?」
(下を見るにょ!)ドラコと名乗る鯉のぼりが叫ぶ。見ると自分が布団に寝ていた。
「・・・!」パニックに襲われる前にドラコがスピードを増す。
(大丈夫にょ!渡の体は寝てるだけにょ!)
「寝てる?ほんとに寝てるの?」渡も叫び返す。「僕、大丈夫なの?死んだりしないの?!」(死ぬわけないにょ!ドラコにお任せにょ!)
「そうか、幽体離脱って・・・本当にあるんだ!」
呟く渡を他所に鯉のぼりはドンドン、スピード上げ回りは青から白へと変わっていった。あまりの目まぐるしさに渡は目がチカチカしてきた。ギュッと目を閉じる。

気がつくと、彼はいつの間にか白い部屋のような空間に立っていた。
鯉のぼりはどこにもいない。手には伸縮力がある布のようなヒレの感覚だけが残っている。
「よく、来てくれました。」ハッと顔を上げると、頭上にユリの父親である阿牛さんの姿があった。
阿牛さんは部屋の中央にある大きな球の中に浮かんでいた。キラキラと光が弾け飛ぶような空気の渦の中に彼はいる。球体の中に風が詰めてあるみたいだと渡は思った。涼しそうだなと。乾燥した冷たい風は渡が嗅いだ阿牛さんの服の匂いを思い出させた。
「阿牛さん・・・」この間、阿牛さんと自分は円盤の中にいた。彼の腕に抱かれていた。あれも夢なんだろうか。阿牛さんは自分は宇宙から来たと認めたのに。
「ワタシの名前はアギュです。」
「・・アギュさん・・これは夢?」
「夢じゃありませんよ。」阿牛さんが優しく言う。「これはアナタの夢のようでいて夢ではない。ニンゲンが眠った時に作り出す無意識の次元です。共有する無意識の領域なんですよ。難しいけど、わかりますか?」
「あの虫は?」
「ムシじゃありませんよ。ドラコはワームドラゴンですから、きっと怒りますよ。ワタシがアナタを案内させました。色々、納得いかない状況にいるでしょうから。」
「ここは・・・?」まだ、目が覚めてないようだ。
「ここは大気圏外に浮かぶワタシタチのフネの中です。」
なんとなくだけど、その解説で渡にはわかった。
白い部屋の回りには黒い窓が穿たれている。穿たれた窓がグルリと浮かんでいる。
そこから理科の教科書で見たことのある地球が青くクッキリと見えた。
船、円盤、宇宙船。渡は回りを見渡した。ぽっかり浮かんだ窓があるのに、床は地平線が見える程に広い空間だった。すべては鈍く光っている。それ以外は振動も音も匂いもしない。空気はひんやりして止まっていた。
「ここは次元に向かって開いているのです。不思議なヘヤでしょう?」
「これは夢じゃないの?」
「はい。今も。この間の出来事も。」
阿牛さんはふわりと見上げるほど大きな銀色の半透明の球体から降りて来た。
「ワタシは宇宙から来ました。このことは言いましたね?」
渡は興奮でカッと体が熱くなるのを感じた。眠気が押しやられる。
「・・・そうなんだ。やっぱり。」
「アナタはワタシがみんなとは違う風に見えていましたね。もうずっと前から。」
渡はうなづく。「それで苦しんでいることはわかっていました。」
内側から光を持つ細い手が渡の頬に触れる。渡が流してるのも気づかなかった涙を拭う為に。「随分、つらい思いをさせてしまいました。」
「それじゃあ、僕の記憶は正しいんだね?」
「はい。正しいけれどミンナに言ってはいけません。」
「なんでみんなは・・・?」
「・・・他のヒトの記憶は眠ってもらいました。」
阿牛さんはジッと渡の目を見つめた。青い、蒼い眼差し。胸が痛くなる程の。
「どうしますか?ワタル、アナタの記憶も眠らせた方がいいですか?」
渡は驚く。言葉が出て来ない。「ぼくは・・・」しかし結論は早かった。
「僕は・・・嫌だ・・・」声を絞り出した。
睨むように自分を見る渡を彼は静観している。
「ワタル、アナタは特殊なコドモです。ジブンでも知ってますね。」
渡はうなづく。悲しみと共に。
「だから、アナタは耐えられると思いました。ワタシタチに協力をしてくれるのではないかと。」
「協力?・・・なに?何を?・・・なんで、ぼく?」
「アナタの産まれた時の話をしなければなりません。」
渡の心がシンと冷える。何を言われるのかと。
「アナタは特殊な魂を持っています。おそらく唯一、無二の。それは空を飛んで竹本にきました。ワタシはそれを見ていた・・・」
アギュは逡巡した。デモンバルグのことを、神興一郎のことを今の段階でどこまで話したものか。渡にはその記憶がないことが確かだと思えた。