MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルワン9-2

2009-09-18 | オリジナル小説
「そいつを殺せ~!」一番上のダ・リが叫ぶ。猿のようなダ・ウが驚くべきバランス感覚でボードの渡の上に飛び乗った。振り上げたその手が突然、横から出現した黒い手に跳ね上げられる。「お前!」驚きで見開かれた目に鉤のついた爪がねじ込まれた。「ジン!てめぇ?」「どこから来やがった!」ダ・アが船乗りらしく揺れる操縦機の上で立ち上がって標準を合わせた時、ジンでありジンでない存在は腕の一振りで弟の背骨を打ち砕いた。
ダ・ウの体はボードの下に転がり落ちる。即座に後の2人はうなり声と共に銃を手にするや目映い電光をジンありデモンである人影に向かって立て続けに放つ。揺さぶられる船体に左右されない正確さは兄弟のくぐった修羅場を彷彿とさせる。
しかし,その軌跡が軌道上に突然現れ始めた何かに寄ってわずかに反れて四方に四散したことまでは2人は気がつかなかった。渡に多いかぶさったデモンバルグにはその飛沫がわずかに降り掛かっただけだった。その飛沫だけでもデモンの羽がチリチリと燻された。しかし、デモンバルグはけして慌てない。
急激に空間を押し割って現れるものの重さをいち早く察知していたからだ。
それはときめきにも似ていた。『来やがった!』顔が笑う。
墜落する宇宙船の空間が内側から盛り上がっていくことに2人の宇宙人類もついに気がついた。
「なんだ?何が起こっている?」人体と精神からなる生命体が存続の危機に見舞われる瞬間に非常事態を宣言した脳から放出される様々なアドレナリン等の化学物質。脳に降り注ぐその無増尽な強靭なエネルギーにより、通常よりも緩やかに時間が進む歪んだ時空が一時脳により出現する。宇宙に進出した人類は次元を何万年に渡ってワープ航法を繰り返した後に、それらの次元の違いを明確に感知することができるようになっていった。そして自ずから精神をそこへ移行する事を学び得た進化体と呼ばれる宇宙人類は意識的に意図的にそれを利用するようになる。絶体絶命の宇宙空間で活路を開く為に。彼等は宇宙空間で生き延びるわずかな可能性を手にする為に絶対的に必要な進化を遂げたのだった。
船が地上に激突するまでのその数秒の間、兄弟の2人は躊躇することなく続けざまに出現する何かへと銃を稼働し続けた。
しかし、空間を破り最初に出現したのは白い光の剣であった。そして続けて降臨した蒼い光は瞬く間に彼らの目を鋭く焼いた。
粒子の粗いざらつく次元の中、彼らの振り上げた腕は爆発的に出現した質量と熱により押しやられ、驚きに目を眩ませたまま激しく後方にふとっばされた。
バランスを崩しながらもデモンに向かって放たれた雷光が空を切り、あわや目標に集中したかと思われた瞬間、禍々しい白い盾となったソリュートがそれを瞬時に断ち切っていた。
「雷には雷。」アギュが呟く。即座に反応するソリュートが振動と共にそのエネルギーを正確に拡散する。ダの2兄弟はそのシャワーに晒され、攪拌される空間で耐え切れずに口々に悲鳴を上げた。
「やっぱり、いやがったな、オマエ。」甲高い声は高らかに響いた。「渡の側には必ずいるんだよな?アクマ!」遊びたがりの子供の声。
「待ちかねたぜ。」デモンは眩しさに目を細める。
「オマエも電撃を受けたのか?なら、体は動くまい?無様なもんだな。」
アギュはデモンの影に隠れた蒼白な渡の顔を覗き込んだ。伸び切った体はボードに張り付けにされたかのように硬直したままだった。今もユリと交信しているのか瞳孔が開いたままその目には何も写ってはいない。
アギュはボードの上、渡とデモンバルグの上に出現していた。ソリュートは生き物のように振動しうねり続けている。
「アクマがオレに助けを請うか?」弾む声がデモンの上を戯れる。
「助けなどいらん。」デモンの強がりは眩しさに歪む。痺れはソリュートのおかげで今回は大したことはない、等とは口が裂けても言うつもりはない。
「目障りだ、どこかへ行っちまえ!青い光め!」
デモンバルグがアギュに気を取られた瞬間、ボードの下から伸びた手と獣じみたうなり声が渡の足を掴んだ。「殺してやる・・・!」焦点の合わない目に口から血を吐きながらもダ・ウは驚異的な腕の力で床から這い上がり渡の体をボードから引きずり降ろそうとする。
デモンが咄嗟に渡の上半身を掴む。
「アクマ、邪魔!」渡の体が引き裂かれる!と思った瞬間アギュのソリュートはもう襲いかっている。意志を持つ硬く鋭い剣は今度こそ死にかけた宇宙人類の肉と骨をデモンバルグの体と共に刺し貫いた。ダ・ウの絶叫。
「くっうっ・・!」苦悶が凄まじい笑いとなったまま、デモンはソリュートに引き裂かれた腕を振り上げると渾身の力でダ・ウの頭蓋骨を今度こそ卵のように叩き割った。渡の体がその勢いでボードから飛び出す。瞬時にデモンもそれを追う。
そして魔法の時間は終わる。
宇宙人類達と船体は激しく大地に叩き付けられた。



「ソイツを放せ、アクマ。」
時間は止まっていた。そこは宇宙人類がダッシュ空間と呼ぶ、小さな次元。次元と次元の狭間の空間。デモンバルグが渡を抱いて飛び込んだのは3次元に隣り合うその現実から薄皮一枚のような空間だった。悪魔と称するデモンバルグには次元能力があることを、改めてアギュは心に留めた。
「珍しい生き物め。」「いったい、どこまで次元を潜れるのでしょうね。」「そんなことオレは知るか。」「知りたくないですか?」「オレは興味ない。後は任す。」
戦いが終わり、他の人格がアギュの臨海した意識の奥底へ沈んで行く。
デモンバルグはしばらく手放していた獲物を今やなんの障害もなくその腕に抱いていた。しばし、彼は嘗めるように腕の中の華奢な子供の体を見つめていた。発育は良好のようだ。どこにも、傷ひとつない。
「さて、どうしよう?」デモンバルグは神興一郎の外観のまま、目をすがめて光をねめつけた。「その前に眩しくて叶わないのさ。なんとかならないのかい?蒼いの。」
「それは、そうですね。」
こともなげに、アギュの光は急速に光度を落とす。
その蒼い灯りの中に浮かび上がった人影にデモンは首を傾げた。
「あんたは・・・1人なのか?さっきとは随分違うな・・・話し方?声?」
アギュはそのことについて何も説明はしなかった。したところでどうなる?。
オリオンの中枢で宇宙人類ニュートロン達の信頼を勝ち得た礼儀正しい笑みを浮かべたまま、今初めてアギュはデモンバルグに姿を晒した。
デモンバルグはアギュのすべてを見透かそうと飽くことなく目でむさぼる。内側から光を帯びる肉体も精神も悪魔の付け入る隙がない。光は光であり、デモンが味わうことのできる栄養に満たされた水蒸気のようなエネルギーではなかった。こいつは文字通り食えない野郎ってことか。ただ、蒼い光の中に1点、オレンジが星のように左胸に瞬いている。
(それがあんたの心臓?光に心臓があるとして、そこがあんたの弱点だとしたらこっちのものなんだけどさ、結局はまだわからないさね。)
やっとデモンはむさぼるのを止める。
「それがあんたか。初めてご尊顔にあずかりますってわけだ。」
その姿が自分と同じ擬態なのかどうかもデモンバルグにはわからなかい。彼は用心深かった。正面衝突。まだ、その時ではない。
こいつに羽があったら人間どもが描く天使っていうのがピッタリだとデモンは思った。しかし、本物の天使と呼ばれる奴らはなかなか食えない奴らだが。
アギュが繰り返す。
「コドモをこちらに渡してください。」デモンは再び無視する。
「まあ、いいさ。助かったさ光、まったく。礼を言うよ。」
デモンバルグは我が家にいるかのようにくつろいで、ゆっくりと息を吐いた。
「わけのわからん攻撃をされてさ、おかげでまだ体の痺れが取れやしない。」
「デモンバルグ・・・アナタは。やはり、ワタルをあきらめてはいませんでしたか。」デモンの頭の中で幾度も反芻し、聞き覚えたもう一つの声。
「光・・・あんたはいったい。あんたこそ、こいつが必要なはずはないだろうにさ。」
デモンバルグは腕の中の渡を再び見下ろす。壊れ易い子供の肉体。渡の顔はさっきとは違い、瞼を閉ざし穏やかに見えた。通信の途絶えたユリがさぞや心配しているだろうとそれに目をやるアギュは密かに心を痛めた。
「さあ、ワタルをコチラに返してください。」アギュが辛抱強く静かに繰り返す。三たび拒まれればアギュと一体化したソリュートが再び猛り出すだろう。再び、人格が浮上してくる気配をアギュの統合した人格が押しとどめる。
無言で2人の目が合わさる。はっきりと火花が散る感覚をデモンは覚える。
二つの異質な未知の力が今初めて正面からぶつかりあっている。
「俺がこいつを傷つけるとでも・・?」
「確かにアナタは・・・先ほどワタルを庇った・・・ワタルを守る為にあの遊民を殺した。」
アギュは目を伏せなかった。
「ホショクシャ・・・デモンバルグ・・・なぜ、ワタルを助けるのです?。」
「なぜ?」デモンバルグはおかしそうに笑う。
「俺が渡を追ってるのは食べる為とでも?」
「アナタは人類のホショクシャなのでしょう?何を食べるのかはわかりませんが。」
「俺は肉食じゃないぜ。ないない。俺は食い物にはそんなに困ってないのさ。」
デモンバルグは笑い止め、まだ光度の落ちた相手にまだ眩しそうに目を細めた。
「まあ、いいさ。」
アギュに潜むソリュートは確かにデモンバルグに圧力を与えている。
どこかに潜む、もう一人の戦闘的な子供の声も。
デモンバルグの指が愛撫するように渡の頬と首筋をつかの間撫でた。
そしてアギュの目を見ながらその体を前に差し上げる。
「取りに来いよ、ここまで。」
とまどうことなく、アギュは前に踏み出す。
アギュの腕が渡を受け取った瞬間、デモンバルグの両腕がアギュの両肩を強く掴んだ。反射的にソリュートがデモンバルグを貫いたがそれがなんであろう。
同じような生命体とアギュが推察したことをデモンバルグは知らない。ただ2人はお互いの好奇心からそれぞれの体を通じて相手の存在、肉体を強く確認したに過ぎない。ソリュートが静かに身を引き、血のような色を残したデモンの肉体は瞬く間に修復された。
「そうそう、おまえのその怖い武器は終っておくさ。」
デモンバルグが目を合わせたまま、熱い息と共にアギュに囁く。アギュの蒼い目には暗黒の惑星が映っている。そして、デモンの暗黒の目には地球のような蒼い星が。
「あんたのその言葉遣い・・・気にいらないね。さっきの怖いような口の利き様の方が俺は好みさね。あんたの中に・・・誰かいるのかい?」
アギュはデモンバルグの瞳に渦巻く暗いエネルギーの強さを認める。生命体としての悪魔。そして、何千何万年もの魂の混沌を。デモンバルグもアギュの存在の持つ重み、圧倒的優位の中にあっても突き刺さるような何か・・・悲しみとでも言うのだろうか。焼け付くような乾きを自らの舌に覚えた。こいつは人間以上のものであることは確かだ。しかし。
それは互いに腹の底を見せることはない、完璧な言葉のない会話。
ほんの一瞬。しかし無限に思えるほど、2人はしばしそのままでいた。
先に手を放したのは悪魔の方だった。目を反らしたのも。彼の腕にもう渡はいない。空になった手を寂しそうに脇にたらし、彼は苦笑した。
「おまえ・・・以外に優男だな。宇宙人にしては。まるで、人間みたいに見えるぜ。」
アギュは苦い笑いを浮かべただけで、何も言わなかった。
彼はアギュの腕に移った渡に目を戻した。
「今回、お前を助けるのは俺じゃないってわけだ。まったく、妬けるぜ。」
「デモンバルグ・・・」アギュも渡を見つめる。
「このコはアナタのなんなんです?」
「さあな!」デモンバルグは話を唐突に打ち切った。「俺はもう行くさ!」
「待ってください、デモンバルグ!」アギュは渡を胸に叫ぶ。
「聞きたいことがあります。」デモンバルグは面倒くさそうに振り返る。
「もう、時間がないのさ。この空間、もうすぐ閉じるからさ。あんたも知ってるんだろ?そんな気がするのさ。」
「・・・アナタはこの空間の存在をわかって・・・利用しているのですね。」
「まあな、昔から悪魔の特権ってわけだ。あんただって、そうだろさ?あんたと俺は似たような存在なのかもな。あんたは宇宙の悪魔って奴かもな?」
時を惜しんでアギュの口が又もや開く、しかし悪魔は既に身を返していた。
「光!渡をを頼むぜ!誤解すんなよ、俺はほんのちょっとあんたに預けただけなのさ。」彼の体は次の次元へと逃亡を始める。
「俺はまた会いにいくさ!」
アギュはデモンバルグの正体を探りたい、後を追いたいと言うジレンマにしばらく悩まされる。渡を抱いたアギュは自由にデモンバルグを追うことはできない。
デモンバルグが開いたこの時間はもう閉じる。

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