MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルワン7-1

2009-09-09 | オリジナル小説
         3.みんなで逃げれば怖くない


あっと言う間だった。
どうしてこういうことになったんだろう。
あっと言う間に捕まってしまった。


渡は周りの人相の悪い男達を盗み見た。
あっちょが隣で泣いているのがなんだか、現実感がない。
「おしっこもらしそうです・・」シンタニが誰ともなくつぶやいてるのが聞こえる。
青ざめたユリと目が合った。ユリは泣いてはいない。その目を見ると自分がしっかりしなくてはと思った。
「こんなことしたって、なんにもならないからね!。」香奈恵は怒っている。
後ろ手に縛られて、みんなと同じように草むらに転がされているが怒っているのはわかった。
「もうすぐ、みんなが捜しにくるんだからね!。」
「そうだ、そうだ!」場違いな威勢のいい間の手が入る。
「こんな悪事はすぐに発覚すんだからな!」
ちょっとうるさいかもと渡は気が気でない。
黙れと言ったのかもしれない。近くに居た男達の一人が何かを口の中で唸りながら、ふいに合いの手の主を蹴った。「ぐえっ!」とそいつは派手にのけぞる。
ひっ!と泣いてるあっちょの喉がなった。
「ガンタは利口でないのう・・」トラさんが渡に耳打ちする。
「かなぶん親分と似た者同士じゃ。」
「あいつら・・祖父さんが言ってた・・きっと、駐在さんが追いかけたとか言う奴らじゃないかな。」
渡は後ろ手に縛られたまま、できるだけトラさんの耳に近い所で小さい声を放った。
「ふむ。ユリから聞いたの。大方、麻薬でもやってるんじゃろ。」
「僕たちが聞いた・・あの声も?」
「それは言わぬ方が得策じゃ。」トラさんが鋭く返す。
「あの二人もそれはわかってるようじゃの。」


なんで、ガンタとトラさんがここにいるのかと言うと簡単な話だ。
こそこそと日曜の昼間に集まった、冒険部隊は最初から動きを読まれていたのだ。
彼らは御堂山で待ち伏せに合い、なじられぶうたれられ合流した。
「ちょっとだけだかんな。」と言う、渋面のガンタに連れられ寂れた登山道を登り出した彼らだったが、思いのほか乗り気になったガンタに率いられ彼らはズンズンと山に深入りしてしまったのだ。
(「社長さんにはこんなに性急な話ではないと言ったのではないか」とご隠居さん並に釘を刺し続けるトラさんは当然、無視された。)
そういう訳で、神社へと降りる分かれ道で襲われた時は前日とは比較にならない貧しい食事(ガンタが大量に買って来た国道に一軒だけあるコンビニのお握りetc)をぱくついている真最中だった。油断大敵。
あっと言う間に人質にされた小学生の命と引き換えに、ガンタは実に聞き分けよくあっさりと抵抗を止めてしまった。ただ一人の大人がこの有様であるから、渡達子供6人がサバイバルナイフだの物騒な獲物を見せつける悪人3人の敵になろうはずはない。「お前ら何を見たんだ?」としつこく脅かされても(前日悲鳴は聞いたけどUFO以外は見てはないし)まったく身に覚えがなかったのだが、今更こうなってしまった後ではそれも後の祭りだった。

「やめなさいよ!」香奈恵が叫ぶ。
「ほんとだからね!私達が帰らないと大騒ぎになるんだからね!。」
「ほんと、山狩りだからな。」懲りない合いの手は無視して男は香奈恵に手を伸ばす。
「やめろよ!」渡は我知らず、叫んでハッとする。男の顔がこっちを向いたからだ。胸が冷たくなるのがわかる。閉まりのない唇が涎で濡れている。表情のない白目がドロンとしている、まるで黒い穴のようなその目と合うと心臓のあるあたりが冷たくなるのがわかった。怖い。人間の目じゃないみたいと思った。麻薬という言葉が頭をよぎる。
香奈恵は痛いとも、痛くないとも言わず口をぎゅっと結んで自分の髪を掴んだ男を上目遣いで睨みつけている。
「気の強い奴だなぁ。」男は手を放した。背が低く、全体にずんぐりして原始人を思わせる。顔は全体にのっぺりしてこけしみたいだ。そいつは濡れた口でニヤニヤと笑った。「こういうの、嫌いじゃないな。お前、骨も丈夫そうだ。」それはどういう意味なのだろうと骨太を密かに気にする香奈恵はむかつく。
「気持ち悪いこと言うなよ、変態。」合いの手が怒るより早く、「やめなよ。」と別の男が見かねたように割って入った。
「女の子には親切にするさね。」
「そうだ、君いいこと言う!悪人のくせになんて気徳な奴だ。」
「もう、やめてよ。ガンタ。」香奈恵が小さい声でうめく。
首を振って、男の手が触れた髪の毛を後ろに払った。
「家帰ったら、シャンプーしろよ。ばっちいぞ、えんがちょだ。」隣に転がったガンタは顔に擦り傷が付いているが勢いは衰えていない。大声で囁き続けている。
「こいつむかつく。」のっぺりこけしが指差す。
「変な奴さ。度胸がいいのか、バカなのか。どっちかさ。」
そう言って笑う、もう一人の背の高い男の方が容姿柄とても人間らしく感じられる。
ただし、みんなを拘束するに当たっての手際の良さはこの男が一番だったのだから見かけに寄らず油断はならない相手だとガンタは判断している。
暗いサングラスと長い髪を隠すように目深にキャップをかぶってて、表情はわからない。しかし、声に暖かみが感じられた。
香奈恵にかがみ込むと「ごめんよ。」と短く謝ったのも人間臭かった。香奈恵は怯えながらもまじまじと自分に謝る男を見つめた。
なんでこんなかっこいい人がこんなことしてるの?渡には香奈恵の考えてることが手に取るようにわかって、場違いにも思わず笑いそうになる。目が合ったユリも、ちょっと緊張を解いたのがわかる。トラさんも細い目を大きく見開いて状況を見守っている。ユリはともかくトラさんは子供に似つかわしくない度胸の良さだと渡は思う。しかし、そんなことを考える余裕のある自分も似たようなものだが。

「こいつらは予定外さ?」上背があるキャップの男は背筋を伸ばすと、もう一人を見下ろした。「放した方がよくないかい?」
「おっ!いいこと言う!それが正解だ。」すかさずガンタが割り込む。「君、かっこいいね。俺らかっこいいもん同士、話が合ったりしないかね。君とはよく話し合いたいよ、僕は。」
低い方の男がガンタを見て舌打ちをする。
「ダメだ。」即座にうなり返す。「兄貴に聞かないと。でも、多分ダメだな。」
「ノルマはこなしたんでないの?」又、男が食い下がる。「これじゃあ、騒ぎが大きくなるばかりじゃないさ。もう充分さね?」
「兄貴に聞いてからだ。」
兄貴というのは渡達を捕まえる時にはいたが、その後で姿を消したもう一人のことだろうと渡は思った。あいつも痩せた猫背で小型の原始人みたいだった。さらに凶暴なのっぺりこけし。
「君、良い年してお兄ちゃんに聞かなきゃなんにも決められないんじゃどうするんだよ。」再び、ガンタ。「そんなことじゃ、将来困るぞってもう困ってるのか!」
「お前、殺すぞ。」こけし君は目に見えて苛立つ。「兄貴は怖いんだからな。」
「そうか、そうか、怖いんか。」しょうもないと香奈恵が首を振る。
「3人兄弟なんさ。」イケメンが暢気に暴露。
「さっきまでいたのはすぐ上の兄ちゃん。怖いのはここにいない一番上さ。だろ?」
「両方とも怖いぞ。」こけしは真面目にうなづく。「だから、放したりできない。」
「そういうわけで、ダメみたいね。」
まだ名乗らない彼は・・昨日のことを思い返していた。あの後、彼らは苦労して4つの死体と3人の女子供を山頂に運び上げた・・・しかし、彼は長男によってすぐに追い払われてしまったので、その後に何があったのか、確認することができなかった。2人の兄弟がまるで監視するようにジンにピタリと付いていたからだった。
まだ数が足りないと、あと数人の女と子供を拉致する相談をこそこそとしていた兄弟達は麓で軽い睡眠を取った・・ジンはその会話には加わらなかったが彼の人ならぬ耳は充分に距離を置かれてもその会話をつぶさに記憶している。(背骨・・・やつらの目的は人間の背骨だ・・・何に使うのかは想像できないが・・・死んだ体だけじゃなく生きた人間・・・特に女と子供をもっとだ欲しがっていた・・・)
当然、眠り等必要としない彼であるから2人の意識が同時に眠った瞬間、それは5分にも満たない間だったが・・・すばやく自身で山頂へと飛んだ。しかし2、3時間しか経ってないというのに、4つの死体と3人の姿はすでに跡形もなかったのだ。あれから一番上の兄を見ていない。今、どこにいるのか。あの死体と3人はどこに消えたのか。彼は憂鬱に人質達を眺めた。女と子供。これだけいたら、奴らは彼らを解放しないかもしれない。
自分の長年の獲物、それだけでも逃がした方が懸命というものだろう。
「おいおい、そりゃ納得できないなあ。」ガンタが続けて不平を述べていた。
「常識で考えたって、こんな人質群団持て余すだろ?持て余すよな?」
「確かに」イケメンはこけしを振り返る。「持て余す。」
「持て余すのか?」こけしの自信が揺らぐ。しかし、それは一瞬に過ぎなかった。
「どっちにしても」末っ子は頑固に繰り返す。「それは、兄貴が決める。」
男達のやり取りに捕まった子供達は希望がふくれたり、しぼんだりした。どっちにしても、背が高い方の男は自分達の味方かもしれないと渡は思った。なんだかガンタと気が合いそうなのらくらぶり。ガンタと同じ、いい加減な大人の香りがする。だからどこまで期待していいのかは、わからなかったが。
しかし、彼のおっとりとした声とひょうひょうとした独特の口ぶりは、なんだか渡を落ち着かせた。聞き覚えがあるのかな?渡は首を傾げる。どこかで会ったことがあるのだろうか?。
渡はサングラスを盗み見たが、思い出せなかった。
気のせいか、男の端正な唇が微笑んだ気がする。


「ちょっと!。」渡は香奈恵がしきりに示す方向を見た。
さっきいた仲間の男が戻って来る。一人ではなかった。
薄汚い白衣。見覚えがある。権現山の仙人だった。
「あいつも仲間だったんだ・・」シンタニの声は絶望が滲んだ。
「誰、あれ?」ガンタが眉を潜める。
「権現山の仙人よ。」香奈恵が教える。「山に住んでるの。」
「権現山の仙人・・・?」ガンタは首を傾げる。すばやくトラさんを振り返るが、正虎は肩をすくめ、じっと現れた男達の動向を見つめている。
ずんぐりした男は香奈恵の側から立ち上がると、のそのそとそちらに歩いて行った。
改めて背が低いと思った。小学生と幾らも変わらない。
だけど、最初にあっちょを捕まえた時のあいつの動きは俊敏だった。
立ち上がって走ったら、逃げ切れるだろうか。
香奈恵とガンタ以外は手しか拘束されていない。子供だからなめたのだろう。紐はどこにでもある白いビニールテープ。食い込んで痛い。
ただし、ここに残っているのはあの背の高い男だった。
どちらかと言えば一番切れ者そうに見える男だ。でも、スピードはあっても腕力はなさそうだ。1対7だったら・・なんてね。
香奈恵と目があった。香奈恵も同じことを考えているのだろう。
ガンタの目を捕らえては、男に向けてしきりに顎をしゃくる。軟派なガンタにさらに軟派なこの男に襲いかかれと言っているらしい。二人で力を合わせればと。
ダメだ。渡は首を振る。香奈恵とガンタが犠牲になってしまう。
ガンタは居心地が悪そうに身動きした。足に何重にも巻かれたテープの具合を見ているのか。


「逃がしてやろうか。」ふいに若い男が渡に囁いた。男は人質達を見張る為に枕元にしゃがんでいた。「信じられない。」即座に香奈恵が小さい声。
ガンタが身を起こす。警戒している。軽口はなかった。
しかし、男が顔を近づけて、交渉しているのは渡だった。
男の声にうなだれていたシンタニと泣いていたあっちょも顔をあげる。ユリとトラが男をマジマジと見上げる。二人の目にも警戒の色があった。
無視された形の香奈恵は睨みつけるような強い視線を横顔に注ぐ。
渡はそれらを見届けてからやっと男を見上げた。なぜ、僕なのか。普通なら大人同士、ガンタじゃないのか。疑問が渦巻くままに、まともに目が合う。ずれたサングラスの上から銀色にも見える、深い灰色の瞳が覗いていた。渡はその目に絡めとられるような感じがした。目をそらしたくない。嫌悪感が湧いてくるのに、吸い寄せられる。
「おい、その子に話しかけるのをやめろ。」ガンタが怒りを抑えた声を出す。
「まだ、子供だ。交渉する相手が違うだろう。」
「俺はしたい奴とするのさ。」男ものんびりと静かに続ける。
「君とはじっくり話し合いたいって、さっき言っただろうが。」
「悪いな。フィーリングって奴さ。それが今はこいつってわけ。」
「ガンタ、振られたわね。」と香奈恵。「うるさい。」とガンタ。
「さあ、どうする?。渡君と言ったね?」一度も渡から、目を反らさない。
ユリが身を反らして、渡の足を蹴った。大人しいユリにしては珍しい行動は、彼女の本能に寄るものだ。渡はハッとして目を反らした。
「渡!どうしたのよ?」香奈恵の苛立った声。
動揺している。「なんで?」なんで僕たちを逃すの?。口の中でのつぶやきが男には聞こえたのだろう。
「罪悪感。」男はなにげなく周りを見張っている振りをしながら早口で続ける。
「あいつら、クレイジーすぎるのさ。ちょっと後悔ってわけ。付いてけないわ。あいつら、おまえらも俺も殺すつもりさ、知ってるかい。俺も逃げるさ。」
「どうやって?」
「渡、そいつと交渉するんじゃない。」ガンタが遠くから囁く。「どうせ、たいしたアィデアあるもんか。」
「そうさな。」男は鼻の頭をかいた。「お前ら全員で走って逃げれば?。」ガンタが肩を落とすのが目の端に写る。「全員で一斉に立ち上がってバラバラに逃げれば・・・何人かは逃げ切れるかもしれない。全員は無理だけど。」それ、自分達とまったく同じレベルじゃんと渡はあきれる。だから言わんこっちゃないとガンタも口を開くのかと思ったが「そりゃ、いいかもしんない。」と乗り気になったので渡はあきれる。
「確かに、今はそれしかないかもな。」捕まった時からガンタは全然、困った様子がないのだが更にお気楽になったみたいだ。「いこいこ、それでいこ。」
「そうじゃの。」とトラまで神妙にうなづくから渡は不安になる。ユリだけは渡を見ている男をジッと見続けていた。
意を決して再び、渡は目を上げる。しかし、男の目はまともに見れなかった。
「・・単純すぎない?」
「ここで、あんたらを騙してなんの得が?意味ないじゃん。」
「うんうん、確かにその通りだ!」合いの手が復活。
「・・信用していいわけ?」
どうしてこんな話をこの男と話してるんだろう。渡は不思議だった。
どう考えても悪人じゃないか。
なのに自分をだましている感じはまったくしなかった。
渡は顔を上げた。「決めろ、渡。」ガンタがうながす。渡が交渉相手なのだ。
「恨みっこなしだ。」
ユリとトラ、香奈恵もシンタニも自分を見ていた。
渡はうなづく。
うつむいたままのあっちょにシンタニが小声で話しかける。
「無理だよ・・そんなの」あっちょは鼻を啜った。
男は香奈恵とガンタの手足の縄をすばやくナイフで切った。
全員の手の縄を切る時間はない。
「全員、違う方向さ。お前はあっち、お前はこっち。いいな?」
「わかった。お互い首尾よく逃げよう。」
男は向こうを伺いながら低く、的確に指示だす。
仙人と男二人がもめているようだ。低い唸るような声で口論している。
誰もこっちを見ていない。
「さあ!」低い声で男が叫んだ。ガンタと香奈恵は中腰で待機。
渡達はゆっくりと立ち上がる。背中を向けた男達はまだこっちに気づかない。
権現山の仙人の目がちらりとこちらを見た気がした。しかし、彼は痩せた方の男の肩を掴み、多いかぶさるように話しかけ始めただけだった。
「今だ!」押し殺した指示。渡は焦った。
一斉に走り出す。と、思ったら渡は若い男に軽々と抱え上げられていた。
渡を背中に乗せると軽々と走り出す。
「えっ?ちょっと、待って!」渡は戸惑った。あっちょが怯え切って盲滅法に走り出す。ガンタが駆け寄り早口に何かを言うとトラがうなづく。転びかけたシンタニを香奈恵が支え起こしている。ユリが口を固く結んだまま、懸命に渡を追いかける姿が遠ざかって行く。
あっと言う間に見えなくなった。
「待って!みんな!」
男はまるで鹿のように木々の間をすごい早さで走り抜けていた。
ボキボキと木が折れる音が辺りに響きわたる。
遠く、背後から大きな怒号が起こった。気づかれた!
ガンタの声が聞こえた気がする。悲鳴は香奈恵か?。思わず、渡は背中で叫ぶ。
「待ってよ!他のみんなが・・・!」逃げ仰せたのか気が気ではなかった。でも、男はスピードを緩めない。後ろも振り向かない。
夕闇が迫る空と梢が頭の上を駆け抜けて行くだけだ。
「やめて!止まって!止まってよ!」
悲鳴のように渡は叫び続けていた。

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