MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

蜘蛛の巣に囚われて

2010-10-31 | 絵葉書




眠れる美女

寒そうですね・・・

忘却を求めた眠りでしょうか。

日本ならさしずめ

浜に降りて拾う『忘れ貝』ってところでしょうが。

彼女は幸福な瞬間を永遠にまどろんでいるのです。

そしてもしも

目覚める時があるとすれば

数千年が過ぎていたりするのです。。。。。

アダと神託

2010-10-28 | 絵葉書


神はパンの神(牧神)でしょうか?
この絵を見るとそんな気がしてしまいます。
アダと呼ばれるのは彼女ですか?
彼女は妊娠しているのでしょうか?
そうすると神託というのは・・・
受胎告知ってことですか?
(もしも彼女の頭が白いユリなら・・)


暗黒舞踏?

2010-10-26 | 絵葉書


もともと暗い写真ですが
まっくろですね~

ぱっと見、暗黒舞踏の人かと思いました。

怖かったらごめんなさい。
実際の葉書の方はもっと神秘的な感じなんですけど・・・
これではホラーですね。

The Flatiron

2010-10-23 | 絵葉書
The Flatiron
Fdward J.Steichen ,American,1879-1973
Blue-green Pigment gum bichromate over platinum,
1909 print from 0904 negarive
THE METROPOLITAN MUSEUM OF ART
Ajfred Stieglitz Collection,1933 33.43.39





NYに行った友人から送られた葉書です。
一目見て、すごくステキな絵だと思いました。
ただ実物はもっと雨の陰鬱な感じで・・
それでいて濡れた路面もうっすらとわかるんです。
ただ、あまりいじり過ぎて明るくしてしまうと
絵葉書のその絵の雰囲気が出ないのです。
本物を見る機会があれば、また感じが違うのかもしれません。


ところで
このブログに載せているこれまでの絵や文章
漫画やコラージュ作品
作者名を特に明記していないものは
すべて私CAZZのオリジナルです。


これからちょくちょく載せる予定の絵やアートは
人様のものですので・・・

一応、ちゃんと明記して置くようにしますが
ご注意ください。

オリジナル作品もですが
勝手な転用などはご容赦くださいまし。
お願いいたします。


CAZZ





ローズマリーブルーについて

2010-10-19 | Weblog

どうにかやっと終わりました。。。。

あっ、終わりって明記するのを忘れましたが

前回で終わりです。

読んでくださった方々、ありがとうございました。



これは古い作品(漫画)の焼き直しです。。。。。

振り返ると

私って『青』が好きなんだな~と言うことと

なんで『フランス』なんだろうって

どう考えても『イギリス』でしょうぅ?

名前も適当だし・・・

昔は何も考えずにザックリと暢気に描いて&書いていたということに

改めて赤面しつつ

いつかイギリスに舞台を直してしまおうとかと思ってみたりしてます。

そういうわけでして

掲載している漫画と今回の文章作品の間には

食い違いがありますので

挿絵として見ると?

とまどうものもあるかと思います・・・

へたくそな絵の中で今も辛うじて耐えられるものをと

選別した結果とご理解ください。

もとの作品とは細かい展開とかが違うので仕方がないのです。

シビルという存在もいませんでした。



さて。

スパイラル・スリーが当分できないし

女達・・・も当分完成しない(載せる形にならない)有様なんで

ブログの間塞ぎに載せたつもりのローズマリーに

思いがけずに時間を取られました。

すべてこれも旧作がどうしようもなかったせいなんですが・・・



何もないのも

申し訳ないので

長年買い溜めた絵はがきとかを

アップしようかな~なんて考えています。




では、また不定期になってしまいますが。

直せる作品&新作とかありましたら

また載せて行きますので

どうか

気長にお付き合いいただけますと大変にうれしいく思います。

ありがとうございました♡





             感謝をこめて     CAZZ 拝



ローズマリー・ブルー-14

2010-10-17 | オリジナル小説
古い魂は何十年も待っていたのです。
愛されて抱きしめられること。
かの有名なアガサ・クリスティ女史も言っております。
人形とは愛されたい心のあらわれにすぎないのだと。





数年後、クララ・フォッシュからクララ・ラグバートと名前の変わった彼女はアメリカに渡った。相変わらず心霊現象にのめり込んでいるブラインズ婦人が苦労して連絡を取ってみたが、結婚と同時にすっぱりと霊媒から足を洗ってしまったという。今は霊感もそんなにないのと笑う彼女は産まれたばかりの娘の育児に夢中だと手紙に書いて来たらしい。
その話を伝え聞いたロシフォード氏から特注の人形が送られたとの噂もある。
勿論、その人形の目は宝石ではない。

そして、ロシフォード家の家宝の行方は以前として知れない。

ローズマリー・ブルー-13

2010-10-17 | オリジナル小説

早朝の郊外。
6歳ぐらいであろうか。
幼い少女が祖父との散歩を楽しんでいる。
祖父はのんびりと陽光に目を細めながら、足の速い孫を後をゆっくりと歩く。
やや足が悪いようだ。わずかに引きずっている。
少女はそんな祖父を時々、振り返り気遣いながらも自らの好奇心にせかされてやや小走りに農場の柵沿いを行く。簡素だが清潔な服を着ている。
広がる農場には羊が放たれており、遠くでのんびりと思い思いに草を食んでいる。一本道の遠く先に車が一台止まっている他は人の気配はない。
突然、少女が歩みを止めた。
道を横切る小川にかけられた小さな木製の橋の上から下を覗きこんだ。
「そんなに乗り出したら、落ちるよ!」
祖父が声をかけてもあぶなっかしい姿勢のままで、手招きをする。
黄色いリボンで結われたたっぷりとした濃い栗色の髪が下に垂れ下がっている。
「おじいちゃん、ちょっと来て、早く!」
「どうしたんだい?何かあるのかね。」
かわいい孫に急かされて、祖父は不自由な足を急がせた。
しきりに指差す先をようやく並んで見下ろす。
「ほら、見て。この子・・・」
農場の中を流れる小さな用水路。牧草に両側から覆いかぶされた澄んだ水の中、半ば浅い流れに浸かってそれは落ちていた。
「人形だの。」祖父はそういうと橋を回り込み、意外に軽々と降りて行く。
孫が付いて降りるのを目で押し留めて、かがみ込んで腕を伸ばした。
「これは・・・かなり、ひどいな。」
祖父が道にあがってくるのを辛抱強く孫は待っていた。
「見せて、見せて。見つけたの、あたしよ。」
差し出されたそれに孫は少し怯えて後ずさる。
ちょうどその時、祖父の腕の中で抱き起こされた人形は目覚めるかのように大きな両目を開いた。
「おじいちゃん!」怯えを忘れ、少女の声が大きくなる。
「この子、目が青いわ。」
「ふむ、寝せると目が閉じて起こすと開くように出来ておるのだな。」
祖父は裸の人形の体を注意深く裏返した。
泥と煤のようなもので汚れている他は陶器と布で作られた体はほぼ奇麗であると言って良い。ただし、腕と足の破損がひどく片腕と片足は途中から砕けてなくなっている。そして、それだけならまだしも、どういうわけか金髪であったらしい髪が根元で切り取られていた。
「壊れたから捨てられたのだろうが・・・これはもともと造りがしっかりしている、良いものだよ。ひょっとして、名のある作品かもしれないが・・・誰がこんなひどいことを・・・」
祖父はえぐられた背中の傷を見つめた。ここには作者のサインがあったはずなのだ。「それにしても、どうしてこんなところに捨てたのか・・・?」
車から通りすがりに川に投げ捨てたのだな、と祖父は考えた。
人形を下から見あげていた少女はじれて、祖父の服の裾を強く引く。
「ねぇ、ねぇ、おじいちゃん、その子、怪我がひどいの? 死んじゃった?」
祖父は物思いから我に帰る。
まあ、詮索は後で良い。
いつもの散歩に出て、どういうわけか壊れた人形を拾うことになったことは偶然とは思えなかった。これも何かの縁だ。なぜなら自分は・・・
「ねぇ、おじいちゃん!この子、おじいちゃんなら、助からる?直してあげられるかな?」
孫の悲し気な目に祖父はちょっと得意そうに笑いかけた。
「なんの、これしき!じいちゃんにかかればすぐ、ちょちょいのちょいさ。」
「だよね!」孫も信頼の笑みを即座に返す。
「だって、じいちゃんはおもちゃのお医者さんだものね!」


遠くで祖父と孫とおぼしき二人が人形を拾い上げる姿をクララ・フォッシュは離れた車の中で見守っていた。
受け取った壊れた人形を、少女はしっかりと腕に抱いている。
クララが車内から外に出ると近づいて来る少女の弾んだ声が耳に届いた。
「私、この子をアンジュって名付けるわ!だって、教会の天使様と同じ青い目なんだものね。」
「人形の部品も色々あるし、きっとぴったりとしたパーツが見つかるよ。」
「髪の毛だってきっと生えてくるよね。」
「何色がいいかい?おまえと同じ髪の色がいいかい?お前の妹みたいに見えるようにじいちゃんがそうしてやろうか。」

クララが老人に道を尋ねてる間も少女は片時も休まず人形に語り続けていた。
「おじいちゃん、早く家に帰ろう!。」
「その子は重傷だから、ちょっと時間がかかると思うけど何大丈夫さ。
二人の会話が遠ざかるのをクララは見送る。
肩越しにつかのま、人形の青い目が見えた。
「さようなら、ローズマリー幸せに。」
クララはそっと声を出した。

『これで良かったのかしら。』
車内に乗り込むと助手席に座ったシビルが尋ねて来た。
シビルの欠けた目は修理されている。
「髪を切るのは・・・さすがにちょっと嫌だったわね。」
クララは呟いた。
「あんなに奇麗な金髪なんですもの。あれって、人毛なんでしょ。」
『あら、でもローズマリーに金髪を提供した南アフリカの女の人は92歳で今も元気に生きているわ。もし、クララが気にしてるのがそういうことなら・・・』
「奇麗なものを壊すのが嫌だったの」
「でもそれがローズマリーの希望だったんだもの。仕方がないわ。』
「そうね。あんなに目立つ金髪で青い目じゃ・・・身許のわかりそうなものはすべてはぎ取ったけど・・・いくらここがあの事故現場から離れていても・・・もしも、ロシフォード氏が見たらわかってしまうかもしれないものね。」
クララはため息を付いた。
シビルに導かれ、ローズマリーを川の下流で拾ったのは事故の1週間後のことであった。人形は川に流されたと言われ、大掛かりな捜索が3度も行われたが誰も見つけることができなかった。おそらく、もっと下流まで流れたのだろうとロシフォード氏も一攫千金を狙う輩もいまだに諦めていない。
クララが行った時、ロシフォード氏はもっと先の下流を捜索しており、何度も捜された事故現場付近はひっそりとして、人気もなくなっていた。
人形はラモンの車が燃えた現場から30mと離れていない川岸、水に浸かった岩の窪みにまるで注意深く隠されていたかのように置かれていた。洋服とフードと髪の毛がかなり焼けこげ、手と足が砕けていたがローズマリーの頭と体は無傷だった。
クララはローズマリーをこっそりと回収し、家に持ち帰った。
そしてすぐに国中の玩具職人の名前を求めてを図書館に日参し、ついにシビルが太鼓判を押すある人物を探し当てる。
ローズマリーを直すことができ、ローズマリーがこの人と認めた人物。
それは引退した人形師であり、現在は田舎の子供達の為に玩具の修理屋をやっている男である。フランスの子供達の間で、その人物はなかなか有名な人物であるらしい。彼の顧客には上流の人々の子供もたくさん含まれているという。玩具を直して欲しい子供達から有名なコレクターまでが、外国からも彼の元に依頼して来る。
彼が息子夫婦と暮らしていて、6歳の孫娘がいることを確認するとクララの心も決まった。
『ねぇ、クララ。』シビルが夢見るような口調で告げる。
『愛されると人形の顔は変わるわ。思いを込めれば込めるほど人形の顔は変わるの・・・数年も経てば、ロシフォード氏が見てもきっと、別の人形だと思うでしょうよ。』
クララはエンジンをかける。
『クララやっと運転、慣れたみたいね?』
シビルの無邪気な質問に微かに唇を歪めた。
この車は・・・ロシフォード氏から・・・いや、ロシフォード氏から貰った降霊会の謝礼金で買ったものだ。あの後、クララに振り込まれた金額は莫大なものだった。
あの長い、一晩にわたった霊能力者クララの資質が正か非か問うならば・・・クララは大きな予言をひとつ失敗している。
なぜなら、ラモン・デュプリは死ななかった。
彼は全身火傷、全身骨折、もろもろ半死半生だったが河原で発見されて病院に運ばれ治療され、生きている・・・ただし、打ち所が悪かった。
彼は脊髄と脳を損傷し、一生寝たきりになってしまった。
意識は戻ったが、2度と以前のラモンには戻らない。
彼の倒れていた場所から考えると人形を窪みに隠したのはラモンであったのだろう。ただ、そんなひどい状態の彼がどうやってそれを行うことができたかはクララにも謎としかいいようがなかった。
すべてはローズマリーにしかわからない。

「あんたの予言ははずれたが、外れて良かったのか。当たってくれてた方があれには何倍か良かったのじゃないかと思う時も正直、ある・・・」
ロシフォード氏は後日、クララにこう語っている。
「ただ、ラモンが死んだというならば・・・ほぼ、死んだも同然とも言えるな。だから、予言は当たったのかもしれん。」
「隠さんでもいい、あんたの霊感の源はその縫いぐるみなんだろう? だから、その縫いぐるみが壊れてあんなに取り乱していたわけだ。それ以来、どうやら調子がでんらしいじゃないか。予言がはずれたのはそのせいってことにしておこうじゃないか。だからだ、この金は・・その、修理代にでもしてくれ。」
そう言って、ロシフォード氏はクララが固辞しても固辞しても持ち前の頑固さを遺憾なく発揮して、とうとう根負けした霊媒に謝礼金を押し付けることに成功した。
その裏にはシビルの『クララ、どうせ断ってもこの人は納得しないし。貰っておいてもいいんじゃないの?』との勧めがあったことが大きい。
ロシフォード氏はクララの小さな住まいの外に大きな車と大きな用心棒を待たせたまま、背の高い椅子に腰掛けて膝にはいつの間にか魔女の猫を乗せていた。あまつさえ、マアブルは彼の太い指で撫でられるとゴロゴロと喉を鳴らしたのである。
彼はただ愚痴を聞いてもらいたかったのかもしれない。そういった意味では今や彼はロシフォード婦人と並んで既に立派な依頼人だったのだから。
「・・・あれが子供のようになってしまったせいで・・・家内は喜んでいるわけではないが・・・ラモンの世話にかかり切りだよ。」
甥を自宅に引き取ると婦人は部屋を改造し、何もわからなくなった甥に枕もとで本を読んだり、食事を手ずから食べさせたり、着替えや下の世話も専属の看護婦と医者と共に尽ききりでこなしているとロシフォード氏は首を力なく振る。
「あれじゃまるで、ラモンがローズマリーの代わりのようなものだ。」
ラモン・デュプリ、いや今では誰もがラモン・ロシフォードと呼んでいる・・・彼はロシフォード婦人の愛すべき人形となったわけだ。
「私も家内ももう、当分引退どころじゃないからな。そのうち、もっといい治療が出るかもしれんし。その為にはもっともっと頑張って稼がなきゃならんて。」
ロシフォード氏は何度も盛大にため息を付いたが、彼の大きな体からは相変わらず気力と生命力が溢れ出ていた。彼は猫を撫でる手を止め、拳を振る。
「ローズマリーがどんなに嫌がったって、あの人形と宝石はロシフォードの家宝であることはかわらんのだ。」
最後にロシフォード氏は晴れ晴れ宣言して去って行った。
「私は必ず、ローズマリーを探し出してみせるとも。クララさんの予言がなくてもな。」


「ねぇ、シビル。」
クララは用心深くハンドルを握る。
「ローズマリーはあなたに嫉妬していたんでしょう?だから、あなたを取り込んであなたの記憶を自分のものにしようとしていた、そうよね。」
『そうね。』シビルも素っ気なくうなづく。
『もともと語るものを持たない物でしかなかったローズマリーは、長い間ただ漠然と愛されたいだけの塊だったの。作った人がそういう方向性を与えたから。』
「人形・・そうよね。そもそもは特定の女の子へのプレゼントだったんだものね。」
人形師は自分の作品がその少女の喜びとなり、そしてただ愛されることだけを望んで作りあげたのに違いなかった。
『ただ・・・あの宝石も強い意志を持っていたの・・・』シビルの囁き。
「魅了し、賞賛されたいと言う渇望ね。」クララはそれに強くうなづいた。
「回りの人間の欲望や妬みが長い時間をかけてそれに悪い影響を与えてしまったのに違いないわ。あの人形を取り巻いていた黒い気は・・・人形の顔を覆い隠してしまっていたもの。ローズマリーは・・・そういった意味では本当に呪われた人形だったのかもしれないわね。」
『そうなの、もともと人ではないから、反応もストレートだったの。クララに可愛がられてる私を見たとたん、うらやましくて我慢ができなくなったのよ。』
「そしてラモンを取り込む為に私と・・・あなたの力を利用したのね。」
『ええ。ローズマリーは霊ではないもの。だから、誰かしらの霊魂が欲しかったのだと思うの・・・ラモンの魂の全部は奪えなかったと思うけど・・・』
シビルはそういうと言葉を切り、窓の外の田園風景に目をやった。
黒いボタンの面には流れる風景が映っているのだろう。
クララは運転に集中し、車内には長い間沈黙が流れた。

思い切ってそれを破ったのはクララだった。
「あなたは・・・私の姉なんでしょ?」
返事が得られなくても別に構わなかった。
「あなたの記憶をローズマリーから見せられたわ。」
『ねぇ、クララ。』ボタンの目がこちらを向くのを感じる。
『私もいつかはここからいなくなるのよ。』
今度のことで覚悟していたとはいえ、クララにはやはりショックだった。
「やめて。」
「そんなこと言わないで。ずっと、私と一緒にいて。」
『そういうわけにはいかないと思うわ。』
柔らかい腕が肘に触った。
『だって、私はいつかあなたの子供に生まれ変わるつもりなんだもの。』
「シビル・・・!」
クララは自分が泣いているのに気が付き、これで何度目かしらと密かに微笑んだ。
「それ、ほんと?絶対に?・・約束よ・・・!」
人形を抱いた二人はもう影も形も見えない。パリに向けて車を走らせ、牧場からとおざかりながらも縫いぐるみの熊が微笑む気配をクララは全身で感じている。
『それに、それってそんなに遠くないと思うわ。』

ローズマリー・ブルー-12

2010-10-13 | オリジナル小説

ラモンを追って丘陵地帯に入った車の中では、クララとロシフォード氏が話をしていた。
「教えてくれ。いったい、あんたは何を言おうとしているんだね。」
「ローズマリーはシビルの記憶を自分の記憶として私に見せていたんです。そういう記憶があるように見せたかったんです・・・でも、あの人形には特定の個人の思い入れとかはないんですよ。あるはずがない・・あれは・・・そう・・・」
言葉を選んだ。「霊ではない、そう、想いの塊のようなものなんです。」
「なんだ、そりゃ。」
「例えば、人形・・・人形として作られた目的というか、使命といったものです。」
「使命?人形の?」
「それが、それこそが、ローズマリーの意志なんです。もしもあの人形が魂を持つとしたら、おそらくその意志だけなんです。」
「あんたは・・・あの騒ぎの前にもその話をしとったな。あんたのその熊が硝子を割る前だ。ローズマリーの意志とか、なんとか。・・それは・・・あの人形がここにいたくない、とかなんとか言ったことなのかね。」
「そうですね。」クララは悲し気にうなづく。
「確かにあれはローズマリーの意志でした。」
「冗談じゃない!」
ロシフォード氏は車内の部下達が息を潜め耳をタコにして聞いていることも忘れて、思わず吠えていた。
「あれを作ったのは私の祖父なんだぞ!」
「それ以来だ、私の父も母も・・!一族はあの人形には本当に心を配ってきたんだ!それこそ、これ以上ないほどに大切に、大事にしてきた!栄えあるロシフォードの家宝とされていったい何が不満なんだ!これ以上、どうしろって言うんだ!」
「それが・・・ローズマリーの望むものでないからです。」
クララはロシフォード氏が続けて口を開くのを制した。
「ところで、ラモンさんのことですけど・・・」
「ローズマリーの意志とやらと甥のラモンといったいどういう関係があるんだ。」
「あの方は・・・ひょっとして幼い頃、あの人形に興味を持ったことがあるんじゃありませんか?」
「確かに・・」ロシフォード氏はカーブの揺れの中で苦労して記憶を辿った。
「あれが・・・はじめて老楓屋敷に来た頃は、ほんの2、3歳だったが・・・そういえば、ラモンはやたらとローズマリーに触ろうとしていたな。」
「それで・・・どうなさいました?」
「どうしたもこうしたも、張り倒してやったがな。ハナをたらしたガキだぞ。そのガキがだ、ハナを拭いた汚い手で触ろうとしたんだ。」
クララはため息を付いた。
「ラモンさんが人形に興味を持った時に、あの方に渡してしまえば良かったのです。」
「クララさん、いくらあんたでも!こんな時にふざけてもらっちゃ困る!何度も言うが、あれは、人形は家宝なんだ!そして、祖父の遺言は女の子限定なんだぞ!ラモンはどう見ても男だ、あいつは甥だ。ロシフォードの男に人形遊びなどさせられるか。笑い者だ!それにだ、子供になんぞに渡したら・・・人形が痛むだろうが!例え女の子だったとしてもだよ。ローズマリーは、ガキが乱暴に遊ぶような玩具じゃないんだ!」
「それじゃあ。」クララの声には非難の響きが籠る。
「例え、ラモンさんが女の子だったとしても・・・にんぎょうに触れたのはずっと、ずっと後なんですね?。」
「18歳になってから正式に譲り渡される・・・そういう遺言だ。」
ロシフォード氏が重々しく告げたその時だ。

後部座席にふんぞり返っていたその車の持ち主は、隣の女が突然顔を引きつらせのけぞるのを見る。女の喉から高い悲鳴が迸った。
「なんだっ!どうした!この女っ!ついに気が狂ったか?!」
慌ただしい呼び出し音に無線機をひっ掴んだ用心棒が何かを会話し始めたが悲鳴で聞こえない。
「旦那さまっ!」
血相を変えた用心棒が振り向くのと、体を痙攣させた霊媒が座席に倒れ込むのはほとんど一緒だった。くぐもった悲鳴ははシートに吸い込まれた。
「熱い!熱い!」
喉からは漏れるのはかん高い子供の声だ。
「体が燃える!燃えてしまうぅ!」
不吉な予感にクララを見つめるロシフォード氏の胸は泡立った。
「なんだ?いったい、なんだと言うんだ?!」
「旦那様、ラモン様がっ、ラモン様の乗った車がっ・・?」
「いったい、どうしたんだ?!」
「たった今、崖から転落なさいましたっ!」
「なんだとっ!本当か!?」
「ラモンめがっ、馬鹿がっ!崖から落ちるなどと!この、へたくそが!」
氏は悪態をつきつつ、隣で泣きじゃくる霊媒を抱き起こした。
「しっかりしろ!しっかりするんだ!クララ!」頬を叩く。
「急げ!現場はこの先か!」
揺すられ、叩かれ肩を抱かれると霊媒はしゃっくりのように喉を鳴らし泣き始めた。
「旦那さま、現場はもうすぐそこです!」
腕の中で霊媒が再び嘆き出す。でも、もうその声が子供の声ではなかったのでロシフォード氏はほっとした。
「シビル!シビルが!」手がシートの下に転がった縫いぐるみを捜している。
寛大なロシフォード氏は手を伸ばすとその縫いぐるみを子供のように泣いている女の胸に押し付けた。

車が急停車した。
2台の車が止められ大型トラックが立ち往生する、トンネルを抜けたカーブにロシフォードは飛び出した。それぞれのライトの中、もうもうと谷底から吹き出す煙で辺りは見通しが悪い。
運転手と乗員達が突き破られたガードレールを避けるように集まって下を覗き込んでいた。
「ラモンはっ!」
氏に気が付いたもう一人の用心棒が急いで崖下に指を向ける。
覗き込むと暗い木々の底に炎が見えた。
水の中に落ちたつぶれた車の後部がその炎と煙の中に浮かびあがっているが、見たところ投げ出された人影は見える範囲の河原にはなかった。
口を覆い立ち尽くす氏に部下の1人が恐る恐る尋ねる。
「救助をはどうしますか?・・・要請してもいいでしょうか?」
「さっさと呼ばんかっ!」
氏は怒鳴りつけると、後ろに続いたもう一人にも両手を振り回した。
「おい、こらっ、お前達!グズグズするんじゃない!下に降りる道がないか、今すぐ捜さんかっ!灯りはどこだ?! 懐中電灯は確か常備していたはずだな?とっととあるだけ用意するんだ!」
叫ぶなり、車にとって返す。
ドアが開いたままの後部座席に首を突っ込んだ。
「クララ、教えてくれ。」
「ラモンはどうだ?ラモンは無事なのか!?」霊媒は首を振った。
「では、人形だ、人形は・・・ローズマリーはどうだ?」
「ラモンさんは、亡くなりました・・・人形も燃えてしまった・・・」
氏は信じられず、舌打ちをした。
「そんな馬鹿な!信じられん!」
「この目で見るまで私は信じんぞっ」
そして再び、男は精力的に前線へと走り戻る。


気が付くと、クララ・フォッシュは煙がまだ立ちのぼるガードレールのすぐ際に立っていた。手にはシビルの抜け殻が握られている。
ロシフォード氏に叱咤激励されて忙しく動き回る人々の中で、クララに目を留めるものは誰もいない。足止めを余儀なくされた大型自動車の運転手も今はエンジンを切った座席の中で魅せられたように焦げる夜空を見つめている。
クララは谷底に向けてそっと囁いた。
「ローズマリー・・・取引しましょう・・・シビルを返してくれたら。」
応えるかのように炎が瞬く。
「あなたに手を貸す。」
その時、ひと際大きな爆発音がし何かがクララの頬を切って飛んだ。
ライトに照らされた路上に落ちたそれをクララは四つん這いになって捜した。
最上のドレスが汚れて、破れたがそんなことは大したことではなかった。
そして・・ついにそれを見つけるとほっとするあまり力一杯固く握りしめていた。
拾い上げたのは黒いボタンの破片だった。
「クララさん。」
いつの間にか後ろにロシフォード氏が立っていた。
取りあえずのできることを、やることをやりつくしてしまい、徒労にくれ疲れ果て少しだけ気弱になった男だった。
「クララさん、良かったら・・・教えてくれないか。」
「ローズマリーの意志とはなんだったんだ? 
どうすれば・・・私はこれを防ぐことができたんだ?
何をすれば良かったんだ?」
「ローズマリーの願いは・・・」
クララは立ち上がり振り返った。
「愛されて可愛がられることです。」頬の涙を拭った。
「ただ、それだけで良かったんです。」
「・・・愛していたのだが・・・」
肩を竦めた氏は呆然と繰り返すと手を取り危険な崖縁からクララを退かせた。
「家宝としてじゃありませんわ。」
腕に抱いていた縫いぐるみをクララは愛し気に抱きしめた。
「こうやって・・愛されることです。」
「無二の親友として常に側に置かれ、遊び相手となって話しかけられて・・・子供に、いえ誰でもいいんです。誰かに無償の愛を注がれて・・・ローズマリーからも相手に注ぎ返したかった・・・。例え汚れても壊れても、人形として産まれたからにはそれが願いです。宝石は取り外すべきでした・・・彼女の意志は大事に硝子ケースに飾られることではありません。」
「・・・そうか。」
ロシフォード氏はとうとう敗北を認める。
「それは私の手に余ったな。」
「旦那様っ!この下のヘアピンから下に降りる道があるようですが・・!」
「今、パリから救助が出たそうです!」
口々に報告する大声に氏も声を枯らす。
「わかった!私も行くから待て。」
「危ない?危ないことがあるか!私を誰だと思ってる!死んだなどと到底、信じられるか!捜しに行くに決まってるだろが!」
疲れた体に再び強靭な気力が注ぎ込まれる様子をクララは感嘆を持って眺める。
言葉を発した体は既にクララから離れかけていたが、氏は止まることなく振り返るとニヤリとした。
「考えても見てごらん。あんたみたいな美人ならまだしもだよ。」
「好い年した50男が人形を抱いて歩き回る、なんて!」
「そんな勇気は私にはとてもないよ。」最後の言葉は風に乗って微かに耳に届いた。
その後ろ姿をクララはシビルと共に無言で見送っていた。

ローズマリ・ブルー-11

2010-10-13 | オリジナル小説
「ラモン、おまえ!いったい何をやってるんだっ」
一歩、部屋に踏み込んだロシフォード氏が叫んだ瞬間、盗品の入った袋を手にしたラモンの体はしなやかに窓へと飛んでいた。
窓の華奢な格子と硝子の砕ける音、そして後は外から一斉に銃声が響きわたる。
「奥様!」執事と用心棒達もそれぞれ後へ続く。
ロシフォード氏は窓へ、クララ・フォッシュは床に横たわる婦人へと駆けていた。
「マダム、マダム!しっかりしてください。」
「撃つな!。馬鹿ども、止めるんだ!、撃つんじゃない!」
半身を起こされた婦人は眉を寄せてうーんと唸った。
用心棒二人も身を踊らせた窓からは、ロシフォード氏が身を乗り出し声を限りに叫んでいた。
「よく見ろ!あれはラモンだっ!取り押さえろ!捕まえるんだ。」
しばし言葉を切り「不肖だが、甥だ。」と呟く。
その顔は苦虫を噛み潰したようだ。
「なんだって、ここから飛び降りるんだ?ラモンのバカめ、危うく蜂の巣になるところじゃないか。」
その声で「ラモン?!」
クララの腕の中にいた婦人がビクッと身を震わせて目を開いた。
「ラモン!ラモンはどこっ?あのこ、この私に・・・いったい・・・?」
顔を顰めて頭の後ろに手をやる。「どうしてなの・・・」
「殴られたんですね?」
「そうよ、いきなり・・・信じられないわ・・」婦人の目尻から涙が溢れ出る。
「信じていたのに・・・自分の子供の代わりだと思って・・・お小遣いだって主人の目を盗んで出来る限りは渡してあげていたのに。確かに、あの子の母親は出自のはっきりしない女でしたけど、でも私はせめてと思って・・・私は、」
「奥様、さあしっかりなさって。」
クララから婦人を受け取った女中頭の胸に婦人の涙に濡れた顔は埋められた。
クララは立ち上がり、辺りを見回し心配したことが現実となったことを確認する。その視線の先を見た執事が目を剥いた。
「旦那様、人形がっ!ローズマリー様がありません!」
執事の悲鳴にロシフォード氏は慌てて振り向いた。顔は苦痛に歪んでいた。
「まさかっ!なんだって?、そんな!?ラモンが?ラモンが持ち出したのか。」
その言葉に、婦人の切り裂くような悲鳴と慟哭がそれを承認する。
「まさか!まったく・・・ラモンのヤツが!」
ロシフォード氏がラモンの抱えていた黒い大きな包みを思い出して呆然としたのは一時のことだった。即座に、猛然と戸口へと駆け出した。
「捕まえろ!あれはロシフォードの家宝だ!あれに万一のことがあったら、母や祖母に顔向けができん。」
それを聞いたクララも柔なヒールを脱ぎ捨て後を追う。
ロシフォード氏のような巨躯と言ってよい男が階段を一足飛びに駆け下りるのは見物であった。しかし、ドレスの裾を巧みにたくし上げ身軽となったクララ・フォッシュも負けてはいない。亡きシビルの亡骸を手にしなやかに続いていく。
「旦那様!ラモン様は、車に乗りました!」
下から上がって来た男がすれ違ったロシフォード氏を慌てて追う。
「車だと!?なんで行かせた!」
「しかし、旦那様がっ」使用人の声が裏返った。
「だ、旦那様が撃つなと命じたものですから・・・!」
「捕まえろと言ったんだ!」
「しかし、相手はラモン様ですから・・!」
「阿呆!ラモンはローズマリを盗んだんだ!追いかけてローズマリーを取り返せ!」
「車だっ!車を用意しろっ!」



車回しは大混乱に陥っていた。
それでも館の主が現れるとわらわらと現れた大勢の男達がしかるべき車へと誘導する。
大きなセダンの後部座席にロシフォード氏が滑り込むと同時にクララ・フォッシュも続いて飛び込んだ。ロシフォード氏はクララをチラリと見たが何も言わなかった。
「ラモン様はご自分の車で行かれました、今、3台で後を追っています!」
「なんだと!あれは、私の車だ!あいつの持ち物等、一台もあるか!早くしろ!何を手間取っている!」
乗り込んだ助手席の用心棒がドアを閉めるのも待たずに運転手は車を発進させる。
ひしめく車の群れにけたたましくクラクションが立て続けにならされ、客達の車が慌てて下がったり向きを変えたりした。先ほどの銃声騒ぎで残ってた客のほとんどが沈む船から逃げる鼠のように浮き足立っている。自分の車へと走る客達を轢かないようにロシフォード氏の運転士が窓を開け、手当たり次第にどなり付けているが客や運転手達も負けずに怒鳴り返していた。品の良い上流階級では耳にすることもない言葉が飛び交う様をつかの間クララは面白く傍観する。
逃走するラモン・デュプリにとっては、真に都合の良いことにロシフォード氏の車とその手足のような部下達の車3台が邸内を脱出するまでには20分ほどの時間が費やされた。
「フン、警察だ。間一髪だったな。」
外の通りに出るのとほぼ入れ違いにパリ市警の車が数台、邸内へのスロープへ入って行くのを見てロシフォード氏はやっと満足の息を付いた。
「どこかのぼんくらが通報しやがったと見えるな。」
氏は隣のクララと目が合うとニヤッと笑った。
「賭けても良い、私の妻ではないよ。私の身内はこういう騒ぎには慣れているんだ。いちいち動じたりせんさ。警察なんぞに掴まって、事情聴取だなんだと足止めされるなど、とんでもない時間のロスだからな。ラモンは私が襟首を掴んで連れ戻す。」
「ラモンさんがローズマリーを盗んだことも最早隠し通すことはできないのでは?」
躊躇いがちのクララの言葉に肩をすくめる。
「人形はロシフォードのものだ!ラモンは私の甥!私が問題にしなきゃ、何も問題にはならん。しのごの言わせやせんよ。ここの警視と私はちょっとした付き合いがあるしな・・」
助手席から大きな無線機を手に用心棒が振り返る。
「ラモン様は既にパリを抜けて今は郊外に向かってらっしゃるようです。追跡の1台が途中ラモン様を追い抜いて前に出ようとして、失敗した模様です! どうやら交差点で事故にあったみたいで・・・。」
「この間抜けがっ!一言も余計なことは言うなと言っておけ!」
「まだ、2台が追っております。見失わないことを第一の目的とするように、無茶をしないようにと言っておきます。我々もそちらに向かいます。」
「わかった、全力で急げ・・まったく!なんということだ。」
力を抜くとロシフォード氏はさすがに参った様子で頭に手をやった。
「あんたの話を間に受け部屋に行ったら、この様だ。ラモンのヤツめ・・まさか、本当に・・・」
「・・・やっと、信じていただけました?」
「甥が良からぬことに手を染めとることは確かにわかった・・・甥が予告状の『黒金貨』だったとはな・・・あんたにはこれもお見通しだったのか。ラモンがローズマリーを狙ってると?」
「いいえ。」クララは緊張した面持ちで手にした縫いぐるみを抱き直す。
「私が・・私が見たのは・・・ラモンさんの後ろの不吉な影なんです。」
「不吉な影?」
「ええ・・」『死神』とはクララは言わなかった。ラモンの明るい顔に覆い被さるように張り付いた黒い影。その影は今までにも何度か目にしたことがある。そしてそれを張り付かせていた人間は数日の間に必ず不幸な目に・・・事故や病気・・・最悪の場合は死んだ。シビルはそれを『死神』だと言ったっけ。
「ただ、あの方は・・・子供の頃から問題を抱えてらっしゃったのではありませんか?」クララは頭の中のイメージを追う。
「ひょっとして・・・盗癖があったのでは?・・・あなたは気づいてらしたはず。」
「そりゃ、家族しかしらんことだ。」
ロシフォード氏は驚きを持って霊媒を見直す。
「現行犯で捕まえたことはなかったが・・・噂にはなった。しょっちゅう、モノがなくなったからな。私はかなりの確率でラモンだろうと確信していた。まあ、まだ小さかったし、大したものを盗んだわけではないから・・・ほとんどは小火のうちに私が消し止めていたんだ。つまり、金をやって黙らせていたってことだ。」
「・・・大きくなって、あなたの目の届かない範囲で仕事をするようになったんですね。」
フムと氏は鼻をならした。
「私がいまいち、あいつを信用できなかったのは、そのことが・・・盗癖があったからさ。女癖も悪いし、交友関係で良からぬ噂もあった。おまけに金遣いが荒い。もしも、会社で使い込みでもされたら・・・もう、知らん振りするわけにはいかなくなる・・・手痛いお灸を据えて仕事から追放でもしたら、家内が悲しむと思ってな。・・・まあ、それも甘やかしだったってわけだ・・・結局は家族の宝に手を出したのだからな。」
後部座席の柔らかいシートにやれやれと沈み込む。
「・・・結婚して女の子でも作れば、黙ってても自分のものになるというのに。まったく、馬鹿なヤツだ。」
「彼はローズマリーを憎んでいるのかもしれませんね。」
ラモンの死の影。始めは極薄い影であったのに、思い返すと見る度に暗く深くなっていった。
最後に見たラモン。マダム・ロシフォードの窓から身を踊らせる寸前にかいま見た影は黒々と若者の顔を覆っていた。
あれは・・・ローズマリーに近づいたから・・・ローズマリーを手にしたからではないのだろうか。
シビルの手助けがない今、クララは浮かび上げるビジョンを必死で追った。
「ラモンさんは・・・きっと、あなた方が甥の自分よりもローズマリーを愛していると思っているのでしょうね。」
「いい大人が何を言ってるんだか。」
クララは腕の中のシビルを見下ろした。割れた片目がクララを見返す。
クララはハッとした。
「似ている・・!」
「なんですと?」
「ラモンさんとローズマリーは似ているんですわ。」
クララは早口で話し始める。
「二人とも愛されたい、愛されたいけど愛されていない。」
そして。
シビルもかつてはそうだった。クララは悟る。シビルがローズマリーと一緒にいるとすればそれが理由だ。その為にシビルはローズマリーに囚われなくてはならなかったのだ。そして、ローズマリーがシビルを自分から奪った理由も。
ラモンがローズマリーを連れ出したのも、おそらく。
「いえ、違う。ローズマリーがラモンさんを連れ出したんです。」
「何を言っているんだ、あんたは。」
「すべては・・・ローズマリーが仕組んだのかもしれません。彼女の望む通りに物事が進むように。」
クララは鳥肌の立ったむき出しの腕をさすった。
あの人形は私を待っていた。私とシビル。
そして・・バイオリズムが最低だったラモン。
今夜、役者が揃うことを。
いや、そもそも役者が揃ったことすら・・・。
予告状のこともある。
もっと随分、前からラモンは人形に魅入られていたのかもしれない。
自分では気づかずに。
「馬鹿な!」ロシフォード氏が隣でうなり声を上げていた。
「あれはただの人形だ!・・・いや、あんたの霊視によると女の子供が憑いているらしいが・・・しかし、それは・・・私はさすがに納得するわけにはいかない!」
ロシフォード氏は我慢がならないという風に拳をぎゅっと握りしめたが、すぐに強靭な忍耐力を示してそれを高級な皮シートの上にそっと降ろした。
「よかろう。聞かせてくれ。」
「あのロシフォードの家宝といえる人形と宝石に取り憑いている忌々しい霊体とやらが・・・何をやろうと企んでいるのか。一体、何が望みなのか。」
クララはしばし、考えをまとめるように逡巡したが意を決すると話し始めた。
「あれは・・・申し訳ありません。私の読み違いでした。」
「はぁ?!何を言っとる?」
「ローズマリーに憑いているのは特定の霊と言ったものではないのです。」
「なんだと?!だって、あんたは・・・!?ラモンがローズマリーに連れ出されたと言ってみたり!それじゃあ・・・ラモンをそそのかしてだ、連れ出したものはいったいなんだとあんたは言うんだ?!」
隣のロシフォード氏の開いた口が塞がらなかろうがクララにはどうでもいいことだった。
クララは腕の中の縫いぐるみを抱きしめる。
ひたすら心を砕いていたのはシビルのことだったのである。



ラモン・デュプリの体内ではアドレナリンが駆け巡っている。
高速で飛び込んで華麗にカーブをさばく度に彼の興奮とテンションは上がるばかりだ。そのスリルにアクセルを踏む足の先まで彼は酔っている。
屋敷から彼にピタリと張り付いていた3台の車のうちの1台が運転を誤り、横転するのをバックミラー越しに見た時はもう少しでハンドルを放して大笑いするところだった。今も尾行は付いているはずだが、見え隠れにライトが時々近づくだけで距離は離れつつあった。
流れる町の灯りは疎らになり、道は少し狭くなった。田園地帯を抜けると山へ続く森を縫うように国道は続く。本当に南仏に着くことになったとしても港までには尾行を撒き切る自信がある。
この辺には郊外の別荘地帯が広がっている。先の山の中腹には知人がバカンスの時だけ使うコテージがあり、こんなこともあろうかと車を隠してあった。
伯父に内緒で買った中古車を置かせて欲しいと頼むと、弁護士になった大学時代の友人はわかったような同情するような複雑な表情をラモンに送ったものだ。
そんな哀れみにさらされる生活もこれで最後だ。
隙を見て崖からこの車を落とし、コテージに隠してある車に乗り換える。後は港を目指したと思わせて北に取って返し、パリで人形を金に変えてから朝一番の飛行機でイギリスに飛ぶ。そして、そこからアメリカへ向かうつもりだった。ベルギー人名義の偽造パスポートはずっと前から、既に用意されてある。なんら問題はない。
この起伏の激しいカーブの連続をうまく乗りこなし、追っ手との間に充分な距離を稼ぐことが肝心。脇道のない一本道、追っ手は見失うことはないとタカをくくっているだろう。もう少し先。トンネルを抜けた先の崖に面したヘアピンこそ、彼の目指す車の埋葬場所だった。そこから彼のコテージまでは僅かの距離だ。何度も通った彼だけが知る獣道を上に登る。この暗さでは道の入り口は見つけられまい。谷底に降り落ちた車を見つけてラモン・デュプリが乗ってなかったことに伯父が気が付く頃には夜がとっくに明けているはずだ。
その時、ハンドルを握る革手袋に先ほどから違和感を感じていたことにラモンは気が付いた。ハンドル左の手袋の間に何かが挟まっているようだ。
ちょうど短いトンネルの連続に差し掛かった。トンネルの中は緩やかで夜中でも外よりも多くの灯りが付いている。ブレーキでスピードを殺しながら片手を離した。石のような固いものが指の間に挟まっているようだ。彼は歯で噛んで革手袋を外した。片手でハンドルを握り、手探りで取り出す。
それは黒いボタンの欠片だった。
ラモンにはそれがなんなのかわからなかった。
なんだこれは?
なんでこんなものがここに?!
悩む暇もなかった。ふいに声がしたから。
『ねぇ、悪い子だったの。』
助手席に目を走らせたラモンはギョッとする。
見覚えのある熊が隣に座っていた。
それはどうみても、クララ・フォッシュの縫いぐるみの熊だった!
ラモンは混乱した。
屋敷を出る時、自分は前もって用意しておいた鍵のかかってない自分用の車・・・伯父の車の何台かのうちの一台に確かに自分は乗り込んだはず。
ところが。
てっきり、用意したと思った車は、あの霊媒師の車だったのだろうか。
似ているが人の車だったのか。
いや、そんなはずはない。
あり得ない!。
車を持てるような身分ではあの女はない。
上流階級では女は運転手の後ろに収まっているのが当たり前だ。成金連中の娘でさえを自分で運転する女はまだまだ少ない。
ましてや、車を乗り回す霊媒など!。
それだけで大きな評判がたったはずだ。しかし、そんな噂は前もって聞いていたクララ・フォッシュの情報にはなかった。
その間も熊は割れたボタンの目で彼に語りかける。
『クララの言う通りだったの。お友達になれる子じゃなかったの。』
こちらに赤いビロードの両手を差し出す。
『もうおうちに帰りたい。クララのところに帰りたいの。ねぇ、お願い・・連れて行って・・・』
危うくハンドルを切り損なう所だった!。
慌てて気を取り直す。
ボンヤリしている場合じゃない。
集中、集中しなければ!。
バックミラーに映るトンネルの遠い入り口に、後続車のライトが入って来るのが見える。このままでは距離を詰められる。
焦りが熊の幻覚をねじ伏せる。
話しかける熊と車の謎をラモンは頭から無理矢理追い出す。
こんな大事な時に!
弱い心が見せる幻などと!。
だけど。
ああ、手がこんなにも震えなければいいのに。
ラモンは必死にハンドルに縋り付く。
アクセル!、ブレーキ!、カーブ!、ハンドル!、又アクセル!!!。
しかし、ラモンのピンチは続く。
傾いたミラーの中、更にあらぬものを見て危うく急ブレーキを踏みそうになった。
後部座敷にはローズマリーが座っていた。
なんで。どうして?。
激しいカーブの連続で袋から出てしまったのだろうか。
いや、それはおかしい。
しっかりと閉じたはずの袋が見当たらない。
人形はやけにキチンとお座りしていた・・・。
白い陶器の顔には相変わらずのエクボと微笑み。
視線が合う、両の目がまっすぐこちらを見ていた。
その時、ラモンが心を奪われていたミラーの中、外から差し込む強い光でサファイアがギラギラと反射する。
反射?!
必死で視線をミラーから引きはがしたが、同時に正面からの目映い光にラモンの視界は真っ白になった。
大きなライトがすぐ目の前に迫っていた。
ラモンの車はカーブを膨らみ、対向車の大型トラックの前に飛び出していたのだ。
咄嗟にハンドル切った記憶はあった。

ラモンの車はガードレールを突き破り、谷底へと宙を飛んだ。

ローズマリー・ブルー 10

2010-10-02 | オリジナル小説



「伯母さま、お世話になりました。」
ラモンは足下に横たわるロシフォード婦人に囁いていた。
それからゆっくりと婦人の寝室の枕元に置かれた人形の方を伺う。
怖いわけではないが、長年の習慣だ。
ラモンはもともと人形などというものは好きではない。
特に精密な人型を模したものには独特の薄気味悪さを感じている。
そんなものに熱狂し奉仕するかのような女達の気持ちはまったくわからない。
どうやら先ほどからロシフォード婦人の行っていた人形の衣替えは終わったらしい。
硝子にまみれた服を着替えたローズマリーは今度は深紅の衣装に身を包んでいる。上等のシルクを幾重にも重ねた柔らかな生地のフードや襟には本物の雪豹の毛皮が縫い付けられている。この服だけで何人もの労働者が何ヶ月も暮らせるに違いない。彼はローズマリー専用の豪華な衣装ダンスも心からの軽蔑を持って眺めた。この人形は大金持ちの叔母に匹敵するほどの豪奢な衣装道楽として知れ渡っているのだ。
その隣に並んだ硝子棚にはローズマリーが所有する数々の小物類・・・専用の茶器セット、ディナーセット一揃い(それらはロースマリーの大きさに合わせて造られたマイセンの特注品)、アクササリー類(本物のダイヤやルビー!)ローズマリーが遊ぶ為の玩具の犬や人形や一ダースの小型の絵本(中身もちゃんと印刷されている)まである!。人形専用の椅子とベッドもあった。
たかだか人形にどれだけの金をかけることといったら!馬鹿らしいったらない。
その半分の金も甥である自分には恵んでくれないのだ。
この人形の目がまたとないサファイアだとしてもだ、とデモンは顔をしかめる。
その点が唯一、ラモンがこの人形が存在し大切にされる言い訳として認めている点だった。でも、彼自身だったらばせっかくの原石を二つに割って人形の眼球などには絶対にしないだろうが。
例えばだ。この両目の宝石が奪い取られてしまったとしたら。
もはやこんな陶器に塊にどれほどの価値があるというのか。
所詮、布と土塊にすぎない。
借金塗れで自殺した父親の顔が浮かぶ。
父親はあのロシフォード氏の実の弟だった。
祖父の財産の大半はローズマリーと共に長兄に譲られ、はした金の遺産しかもらえなかったラモンの父親はそのなけなしの遺産も事業で失敗して失い、そして死んだ。
母親は老楓屋敷に身を寄せたが、完全に使用人の扱いだった。

幼い頃、恐る恐る人形に手を伸ばした彼を伯父はどやしつけたものだった。
掌は叩かれて真っ赤になり、ひりひりとうずいた。
続けて母親も彼をひっぱたき、媚を売るように伯父に向けて笑いかけた。
それ以来、彼は人形に触ったことはない。
人形を週に一度、着替えさせるのは伯母の仕事だった。
彼の母親は硝子ケースにハタキをかけるだけ。
あとはせいぜい、人形が持っている調度品の管理とそれらの修理ぐらい。
そこまでしか信用されていないのに、母親の人形を見る目の熱さといったら。
古くなって下げ渡されたローズマリーの服を母親はありがたく頂戴していた。その衣装に較べれば自らの衣装がどんなにみすぼらしく見えるかも構わずに。そのお古のコレクションを眺めながら、母親は酒を飲むのだ。喉を鳴らして。
母親はローズマリーが欲しくて欲しくてたまらなかったのだ。
うっとりとケース越しに人形見つめる眼差しは執着、そして羨望と渇望だった。
一度でもそんな目で、自分の息子を見たことがあったろうか。
幼いラモンの胸はその度にキリキリと痛んだ。
死んだ父親はいつもこぼしていたものだ。
もし自分が女であったならば、サファイアは文句なしに自分のものになったのにと。
それから、こうも言った。
産まれた子供が女であったならばと。
その言葉も忘れられなかった。
お前が女の子なら良かったと、面と向かって言われる度に彼は次第に人形が嫌いになっていく。憎らしく思うようになる。
彼の母親は12歳の時に病で死んだが、晩年は酔えばいつもその繰り言だった。
そして大抵、母親は酔っぱらっていた。

そうなのだ。もしも自分が女であったら、祖父の遺言によりこのローズマリーは誰も文句が付けようもなく自分のものになっていたのだ。
これは一族の血を引く女性に残された遺産だった。
でも、一族の直系に女はいない。正当な所有者は現れないまま、ローズマリーはロシフォード氏が暫定的に所有している。ロシフォード夫妻に子供がいない今、もしも甥である自分、ラモン・デュプリが結婚し女の子が産まれたらば・・・ローズマリーは彼のものに(正確にはその娘のものに)なるのだった。
彼はローズマリーに歩み寄り、しばし勝ち誇るようにそれを見下していた。


自分が子供のいない伯父夫婦の後継者と見なされていることをラモンは当然知っている。しかし、彼はその地位を常に安定してみてはいない。伯父を心から信用したことがないからだ。
いつ伯父がその気まぐれから自分のその地位を簡単に奪い取るかわかったものではないといつもどこかで怯えている。
母親が死んで16年。ラモンは自分の後見人になった伯父と伯母のご機嫌を常に取って暮らして来た。成人してからもだ。
名ばかりの職の給料などひと月の衣装代や遊蕩費であっと言う間に消えてしまう。
顔色を伺い、僅かな小遣いをもらうのも四苦八苦。
父親の失敗からか投資をしたいとか企業したいという彼の望みはことごとく伯父によって突っぱねられた。自立することは許されず又できもせず、伯父の事業の端くれに名を連ねさせてもらっている。
しかし、後ろ暗いところもあるという伯父の仕事の全貌を教えてもらえたわけではない。自分も伯父には信用されていないとラモンは感じている。


「ローズマリー」
ラモンは無造作に人形を持ち上げた。
「どうせ、おまえは俺のものになるんだ。」
一瞬、その人形を床に叩き付け目をえぐり出したい衝動に駆られた。彼が心から欲しいものはその両目でしかない。
しばし、その衝動と戦った後でためらい、結局止めた。
「ふん。何も今することもないか。」
人形を奪い、付き合いの深いしかるべき盗品専門の古売商に渡す。その時で良い、人形を砕き目を取り出すのは。サファイアは加工され、裏のルートで売り払われる。
その頃にはこれまでの盗品を売った金とこの人形の代価を合わせた金でアメリカへ渡っている。西部にでも土地を買い、農場主の端くれとなる日もそう遠くはないことだろう。当然、結婚もする。子供も産まれる。
それは若いラモンの子供の頃からの長年の夢だ。
伯父の支配下から逃げ出し、自分の金と土地を手にする。
ロシフォード家とは、永遠におさらばだ!
もともと母の旧姓、デュプリを名乗っていたのはせめてものラモンの矜持であった。
このことも伯父の御意には添わないことであることは百も承知だった。
だたの飼い犬にはなりたくなかった。伯父の跡取りとしての自分を受け入れてしまうことは、彼が伯父の言いなりになる飼い犬と成り下がった証でしかない。
「なんでだろうな。」
ラモンは腕に抱いたローズマリーの目を思わず覗き込んで呟いている。
人形の目は天井のシャンデリアの万華鏡のような灯りを受けて怪しく青く眩めいている。炎のように・・・まさに産まれたばかりの新星と呼ばれる宝石そのもの。
それに皮の手袋の指がしばし触れる。俺のもの。
そう思うと子供の頃から・・・一番、欲しかったものはこれであったのか。
これじゃあ、母親と変わらないじゃないか。まあ、でも俺の欲しいのが人形ではないのはせめてもの慰めか。だから・・・きっと自分は宝石泥棒になったのだろう。
これは復讐でもある。父と母、そしてロシフォードへの。
子供の頃からラモンの手癖は悪かった。母親の目を盗んで掠め盗るのは決まって使用人や客のちょっとしたモノだった。勿論、さすがに誰が見ても値段の極めて高いものに手を出すほど馬鹿ではない。盗んだものはバラバラにしたり引きちぎって川に捨てたりした。もともと安物だったし。彼が欲したのは破壊の衝動だったから。
盗まれて騒ぐ持ち主達の反応を見ることにより、その装飾品のだいたいの価値がわかった。たまに意固地に警察が呼ばれることもあったが、安物であることを指摘されたりしてそれを認めると潮が引くように結局、客は大騒ぎを納めるしかないのだった。そのおかげで彼の宝石を見る目は鍛えられた。
やがて、盗品売買の旨味を知ると伯父の地位を利用して招待された金持ちの家から金目のものを奪い売り払うのは大学生だった頃からのラモンのもうひとつの顔となる。
「まったく・・なんでだろうな。」
今回の伯母のパーティに予告状を送ったのはほんの気まぐれ、本気ではなかったはずだ。伯父を困らせ、からかってやるだけの話だったはず。
ラモンは霊媒の顔を思い浮かべる。クララ・フォッシュ。いい女だ。ベッドでのあの女も見てみたい気もするが・・・あの縫いぐるみはいただけない。それと俺を見る薄気味悪い目。悪いがあれを見ると高ぶった衝動が萎えてしまいかねない。
「あの女があんなことを言ったからかな。」
なぜラモンが伯父に忠実な甥の仮面を脱ぎ捨て、今夜突然なにもかも・・・すべてを終わりにする決心が付いたのか。
「まあ、いい。どっちみちこうするつもりだったんだし。ちょっと早まっただけだ。」
ラモンは人形のフードに音を立てて軽く口づけした。
やはり、クララ・フォッシュのあの言葉を聞いたことは大きかった。
霊媒さまさまだ。
ラモンは夜会服を脱ぎ捨て動き易い黒のスーツに着替えていた。胸に回したベルトのフォルダーには装填済みの使い易い銃が収まっている。腰のベルトにはナイフを始めとする、窃盗の七つ道具。それとは別に床に置いていた布を手にする。
「贅沢なおまえには窮屈だろうが、我慢してもらうしかないな。」
広げた麻の袋に人形を注意深く納めた。
「お望み通り、おまえをここから連れ出してやるよ。」