MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルワン4-3

2009-04-23 | オリジナル小説
幕間2 ガンダルファのつぶやき


さて。どうしよう、ドラコ。
イリトへの報告書とやらを書かなきゃならない。
何を書いたらいいと思う?
(好きなこと書くにゃ。おいしかったものとかかにゃ。)
えー!上官に提出する書類にそれはありえなくない?タブーでしょ?
(そうかにゃ?イリトはなんでもデーター送ってって言ってたにょ?地球の名物とかも知りたいって言ってたにょ。)
ええ?そうかい?そうなのかい?信玄餅とかでいいわけ?
(勝沼のワインとかいいにゃ。ドラコ、好きにゃ。)
って、僕の飲んだアルコールの気に酔っぱらってるだけでしょが。
(ほろ酔いにょ。後でゲロ吐いたのはガンちんだけにょ。)
ちぇっと。酒はおいしいけど、飲み過ぎると後がなー。
いや、それどころじゃない。報告書だって。ざっと内容をまとめておこうよ。だいたい、こういうのはアギュの仕事じゃないの?隊長さんなんだし。
(体よく押し付けられたにょ。広報担当だから仕方ないにょ。)
なんだいなんだい、シドラといい、こういう時だけさ。
(シドラはもっとこういうの苦手にょ。)
わかったよ。まあ、いいよ。嫌いじゃないし。
(ならいいにょ。)



新しい赴任地に着任して早いモノでもうここの時間で6年がたったって知ってた?
(ガンちゃん、相変わらずじじむさい表現にょ。
若者のドラコ感覚ではにゃ、あっと言う間にゃ。)
ガキとしてはそうだろ、そうだろうよ、毎日毎日、寝てばかり。僕がアギュやシドラにこき使われてるってのに食っちゃ寝し放題みたいなもんだもんなー。
(それは言い過ぎにょ。ドラコの緻密なアドバイスのお陰で何度も窮地を脱したはずにょ。)
窮地を脱するっていうか、人の道をはずれた気がするって方が正しいよね。まさに
虫の浅知恵。
(虫って言うにゃ~。)
まあ、それはいいとして、(よくないにゃ~)
僕らはアギュ隊長のもと、この太陽系第3惑星に於いて任務を遂行中なんだけども
・・・しかし、あのアギュが隊長だなんてさ。考えても見なかったよなー。しかも、しかも元帥様だぜ。あのアギュがねー、なんだかやっぱり不思議だよなー。
(その元帥様にガンちゃん、タメグチきいてるにょ。)
そうなんだよなー。それって、ほんとうはダメなんだよね。アギュが何も言わないからさー・・・シドラが最初はうるさかったけど。今や、なし崩しですよ。査察とかあったらどうしよう?。
(その時だけ、芝居すればいいにょ?)
芝居、ねえ?できるかな。案外、アギュは気にしないだろうけどね。アギュはさー、変わったもんねぇ。なんか、1人だけ大人になっちゃったって感じ?。しかしなぁ、今更敬語なんて使えないよね。
(ドラコもアギュはちょっと気になったにゃ。どことはわかんないけどにょ・・)
なにさ?
(なんというのかにゃ?)
なんだよ?
(よく、わからないにゃ。なんか匂いが変わったって感じにゃ。)
匂い?
(いいにょ。ドラコの思い過ごしにょ。今度、ゆっくりバラキとディスカッションするにょ。バラキの意見が聞きたいにょ。)
まあ、アギュも色々あったわけだしさ。そりゃ、匂いぐらい変わるでしょーよ。
(・・厳密には匂いじゃないのにょ。うまく説明できないにょ。)
そうかい。僕にはよくわかる気がするね。匂いですむんなら、僕のだって変わったはずだぜ。あの時はほんと、つらかったんだから。まあ、ドラコは誰かを好きになったことなんかまだ、ないだろ?。恋を知らない子供には、わからないかもねーだ。
(ドラコだって、ユウリのことでアギュがショック受けたことぐらいわかるにょ!)
まあ、それぐらいは基本、基本。最低でもわからないとね。(ムカにゃ!)
考えてみれば、ここってユウリの生まれ故郷ってわけじゃない。アギュって、ユウリの思い出の中にどっぷり浸かって生きているよね。
ユウリが産まれた家をそっくり買っちまうぐらいだもん。
しかし、まあ、氏より育ちとはよく言ったもんだ。ここに住んでみればさ、ここがユウリの心のバックグラウンドだっていうのがすごく納得できるよね。(んにゃ、んにゃ。)
僕はものすごく、気に入ったよーここ。この神月とかいう土地は最高じゃん?。なんか、ジュラを思わせるのどかさ。飯はうまいし、空気もうまい。人もおおらかで親切っと来たもんだ。今のところ、気に入らないのは虫の(ワームドラゴンじゃないよ)佃煮と納豆ぐらいかな。
(ドラコもだいたいのとこ、気に入ったにょ。)
ひょっとすると・・最初来たときなんてジュラよりも都会かと思っちゃったもんね。
(ガンちゃんのジュラなら確かにそうにゃ。シドラのとこは都会だからにゃ~。)
ムカッ!ドラコは、ジュラに1回しか行ったとこないだろが!?。いーよ、いーよ、どうせ田舎ですよ。イリトにも散々言われたしさ、ふう。
ただしね、この星の方がそんな田舎のジュラよりもだ、実際はまだ何もかも発展途上で混沌としているんだよね。何より星全体がまとまってないし。国家もバラバラだもんね。国連なんて言ってるけど実権は弱いし、一部の地域なんて喧嘩上等のまんまじゃんか。住民の置かれてる世情も環境もさ、場所に寄って違いすぎるよ。いいとこと嫌なとこが混在しすぎだ。
ジュラのまとまりっていうか、安定感、安心感がまだないんだよなあ。
(ふにゃ?ドラコ、わかんにゃいにゃ。それって、どういうことなのにょ?)
例えば、連邦ならさ、嫌~なところは中枢とかオリオンとか解りやすいじゃん。原始星は総じて田舎で平和だとかさ。ニュートロンどもは出世だの名誉だのってギスギス足引っ張り合ってるけど、原始星人は一般的に欲とかなくて目の前の生活を淡々とこなすことに喜びを見いだしてる・・・
(それはそうするしかないからにゃ?)
・・・痛いこと言うなあ。確かに原始人類は野望を燃やしても、燃やしようがないのを最初から知ってるからねえ。原始星政策で人類の遺伝子を温存するために、地元に封じられちまってるからな。産まれた時から役目が決まってる連邦の中じゃ争いなんて起こりようがないかー、ちぇ。
(ガンちゃんとシドラはジュラの出世頭にょ!)
そうだね。でも、ここで打ち止めかな?まあ、いいか。僕は満足。だって、原始星を出られただけでも儲け物だしさ。
(シドラはもうちょっとは出世しそうにょ。)
おい、それって嫌みか?どういうことだよ。確かに、僕かシドラかって言われればシドラさ、そりゃそうさ認めるよ。だけどさ。
(言いたい事わかったにょ。シドラもバラキも出世欲がないのにゃ~シドラはユリちゃんに夢中なのにょ。)
あからさまな贔屓まるだしだよな。僕なんか隅の方でいっつも小さくなってるっての。しかも、姉と弟って設定はどうよ。いくら、宇宙で年令は関係ないっていったてさ。この星じゃ、年功序列だろ?。なんか、立場低いんだよなー。
(ガンちゃんとシドラは同じジュラ出身で外観が似てるから仕方がないにょ?)
そうぉ?そんなに似てるかな。確かにナチュラルでは同じ目と髪の色だけど・・・
イリト参謀の陰謀が感じられる。イリトはシドラのファンなんだろ?アギュが社長ってのは当然としてもさ、なんか依怙贔屓だよな~。
(いじけるのはガンちゃんに似合わないにょ。シドラの方が年長者がどうにいってるのにょ。納得するにょ。)
それはさー、いつもいつも偉そうで人を顎で使うところがあるからだろ。なんたって背もでかいし、押しも強くて迫力満点だからに決まってるんだよ。




おっと。シドラが来たぜ。相変わらず、噂すれば影って感じだな。
「おのれが常につまらん人の悪口を言ってるからだ。」
(バラキレーダーに引っかかったにょ。)
「そんな幼稚な態度だから、弟役なんかにされるのだ。我だって迷惑千万だ。おぬしみたいなのが我の弟だなどとな。ほんとうに身内だったらな、我の弟としてふさわしくなるべく、もっと締め上げているところだぞ。」それだけはやめて、ほんと。
「アギュには正式に抗議したかったのだが・・・これも任務であるから仕方なく我慢したのだ。」
よしよし。まあ、いいや。お互い様ってことで、忍耐強く行こうやさ。それについでだからってことでさ、広報担当としてこの星の感想をインタビューさせてもらおうっと。
(合い変わらず、転んでもただでおきないにょ~)
「ところでどうよ、シドラ?この星、気に入った?」
「我は自分の任地に好き嫌いなどない。」
「またまたー、嘘ばっかり。仕事離れりゃただの人でしょが?」
「任務遂行中の軍人にはプライベートなどないのだ。本来はおぬしもだぞ。」
はいはい、まったくうるさいねぇ。この軍人なりきり陶酔マニアが。
「じゃあ、さあ。さっきユリちゃん達に宿題教えてたの、あれも仕事?。仕事だと思って義務でやってるってわけ?ユリちゃんの世話も?ユリちゃん、傷つくよー。」
(おっ、ガンちゃん一本取ったにょ!)

「フン。そんな些末なことはいい。それより、おぬしアギュとユリの話をどう思うんだ?」
「アギュの話?」(話をそらされたにょ。)
「未知の生物だ。」
「ああ、その話か。もう6年も前の話だけど。」
「それだけじゃない。ここにはまだ他にも、次元生物がいるという話だ。」
「でもさ、同じ次元にいないのなら別に問題ないんじゃないの?。だって、今までの調査員もあまり問題にしてなかったでしょ?まあ、いささか妙な具合になってるけど。」
(なってるのにょ?)
「なってるんだよ!。あの時の例の赤ん坊・・・渡ってちょっと普通じゃないし。そうなると、6年前現れたデモンバルグとかいう奴がいないって思えなくなるじゃないか。実際に確実に見たのはアギュとバラキなんだけどさ。」
(思い出したにょ!黒い渦巻きにょ?おばちゃんに教えてあげれば、きっと喜ぶにょ。)
もうアギュがとっくに報告したさ、おば・・じゃないイリト参謀は大喜び。早速、見学に来るって大騒ぎだったんだから。それをアギュが必死こいて止めたという・・
(なんでにょ?来ればいいにょ。ドラコ、おばちゃんは大歓迎にょ!)
あのねえ~一平卒にあらず文官のお偉いさんがフラフラと辺境の無法地帯をぶらついてていいわけないだろ?あのおばさん(あっと言っちゃったにょ)ときたら絶対、
居座って帰らなくなるに決まってるもんな。そしたら、僕の日常生活はどうなると思うの?管理職の奴らなんて、下をこき使って当然だと思って育ってるんだぜ?仕事だってままならないったらさ。
とにかく、イリトは当分来ないから。オリオンでの今度の総会が終わるまではって、指をくわえて悔しがってたらしいよ。
(そうなのにょ?、残念にゃ。)
全然、残念じゃないって。今にわかるからこの気持ち。
「我もイリトにウロウロされるのは困る。警備上の問題も発生する。手が足りん。」
「おっ、意見の一致。久々だね。」
「正直、我はデモンバルグなどは今だにピンと来ない。おぬしもだろ。バラキのことがなければ、夜迷い事だとはなから相手にしないところだ。アギュの見える世界は我らとはかなり違うからな。」
(でも、この星にはも~沢山の次元の狭間があるにょ。)
「勿論、バラキもそう言ってる。」相変わらず、シドラの後ろに用心棒の先生いるんだね。肩の上がドロドロ渦巻いててさ、不穏な背景背負ってるよ。この星のホラー映画みたいだ。ドラコはともかくバラキはでっかいじゃん?同じ次元でぶつからないの?
(今、ドラコとバラキのいる位置は全然違うのにゃ~ガンちゃんの空間ではすごく近いけど・・・ドラコとバラキのいる空間は微妙に違うのにゃ~ミルフィールみたいに薄く重なってるにょ。)
ふ~ん、そうなんだ~。複雑怪奇。理解できないけど、まあいいや。
「ふふん、我は理解できたぞ。ワームドラゴンは次元に股がって存在するなんてのは朝飯前だということだ。次元なんていくらでもある。何もわざわざ同じ次元でキツキツになってるほど馬鹿ではないと言ってるのだ。次元感知能力は我ら原始体にはほとんどないに等しいからな。頭で理解できたとしても、体感はできない。アギュだったら感知できるがな。それが、臨海進化体の突出した能力なのだから。」
「へーぇ、さりげなく自慢しつつ僕を馬鹿にしてるなぁ。まあ、もう慣れたから、いいや。・・・あれ以後、ドラコやバラキはそいつらしいの見たことないの?」
「ここの惑星の表面の次元はとにかく細かく、小さい。バラキは小さい次元に潜るのはどうやらしんどいようだ。メモリーがでかすぎるのだろう。おそらく、ドラコの方がそういう潜入作業は向いているんではないか?」
(向いてるにょ!隠密ドラコにょ。たぶんそいつじゃない、変なものならよく見てるにょ。)
「えっ?見てるの?何、どんなの見たの?なんでパートナーの僕に言わないのよ。」
(だって言ったってガンちゃんには感じられないにょ?。アギュとドラコが見ているのが同じかもわかんないのにょ。バラキとドラコもたぶん違うにょ。)
「それは能力差ってやつだろう、とバラキが言ってるぞ。」
おい、おどろの向こうでバラキが笑ってるってわけだね。こえ~なぁ。
「それはいいから、どんなのが見えるのかお兄ちゃん達に言ってみなさい。」
(そうにょ~。ガンちゃんもシドラも水の中に潜るにょ?ワームホールもそんな感じするにょ?ここはにょ、その水の中にゼリーみたいなのが一杯浮いてる感じにょ。ゼリーに潜るとモニャモニャするにょ?
(消えたり、できたり忙しいのにょ。)
う~ん。ものすごくざっくりとだけど掴めてきたぞ。
「アギュの会ったデモンバルグではないな。」
「ドラコはアギュの会った・・・非物質生命体とかいうのかな?・・・らしきものならば、ここにきてから頻繁に感じたことあるってわけだね?」
(あるにょ。お日様とか当たると葉っぱの裏とかにキラキラ遊んでるちいさいのとかいるにょ。ああいうのってジュラにも少しいたにょ。)
いたんかい?ちっとも気がつかなかった。
「チェラというものだ。」
「それはおとぎ話の中の妖精だろ?子供の時は信じてたけど・・・まさか、本当にいるなんて・・・ねえ?」
「心の奇麗なものにしか、見えないというな。」
「シドラだって一緒だろ!」
(ほんのちょっとしかいないにょ。ジュラは人間以外に生きてる生物が少ないからだと思うにょ。ほとんど砂か岩ばかりにょ?こんなに生物にあふれて複雑なバランス構造の星はめったにないってタトラが言ってたにょ!)(難しい言葉もドラコ言えるにょら)(ここではパワーとか熱を出しているものの側にもよくいるにょ。妖精さんにょ。ここではドラコもそういうものだと思うにょ。)
いやいや、違うだろ~。
ここの妖精さんってもっと儚くて可愛いイメージだもんね。
(ここはどんなものがいてもおかしくない感じがするにょ。)
無視かよ。そうかとにかくもしも、見かけたらすぐに教えてくれよ。なんと言っても僕にはわかんないしね。よろしく頼むよ。
(いいにょ。でも、渡に聞いた方が早いかもにょ?)
(渡はお化けとか見るって言ってたからにゃ!)

「渡か。竹本の子供だな。ユリは赤ん坊の渡をよく面倒みていたな。同い年になった今も仲良しだ。・・・デモンバルグは渡を追って来たようだとかいう話だな。」


(「そうそう。そもそもさ。ユリちゃんがいたってこと自体が驚きじゃなかった?」
「事故死したクローンを望むことは普通だ・・・まあ、あのアギュが子育てする覚悟をしたことは・・・確かに我も驚いた。」
「罪悪感なのかな。でも、ユウリには身内がいないのになんでクローンの許可が下り たのさ?」
「ユリは完全体クローンではないと聞いたぞ。」「誰から?」「イリトが説明してくれた。」
「ちぇっ、ずる~!僕は事前に何も聞かされなかったぞ。このおばちゃんキラーがっ!」
「失礼なこと言うな。日頃の行いの違いだ。イリトの話では、ユリはユウリの保存されていた細胞とアギュの細胞から造られているらしい・・・禁為の技術だ。」
「って!、アギュもずるくねぇ?やりたい放題だな、臨海進化体!」
「おそらく、臨海進化実験の一環なのだろうな。」
「・・待てよ、そういうことなら僕との子供は無理か?」
「バカか、ユリの遺伝子はサンプルだからまずむりだろうが。」
「ちぇっ!汚ねぇな~元帥様はよ~」
「・・いいばかりではないぞ,ガンダルファ。おそらくユリはここから2度と連邦へ戻ることはないはずだ。」
「・・・!。そうか、そういう条件で許可されたのか・・遺伝子実験の子供が研究所から出ることがないのと一緒ってことだね。それならあり得るのか・・」
「もしも、我らがここを引き払う事態になったまら・・イリトは口を濁したが、確実にユリはここに捨て置かれるはずだ。」「そりゃ、ひどい!そりゃないよ!」
「臨海進化体でも従わねばならぬ、それが連邦の原始体保存法だ。」 )


「それはさておき、渡の産まれた時の奇妙な話のことだったよ。ユリちゃんだって、そいつの存在を感じたらしいしさ。そう言われて見るとさ、渡はさー、なんか違うぜ。わかんないけど、どっか普通じゃないよ、妙に落ち着き払ってる気がする。子供にしては。」
「おぬしが落ち着かなさ過ぎるから余計に、そう感じるとしてもだ。我にはよくわからんな。普通の子供に見える。成長が抑制されて言葉が遅れているユリと較べて見てもだ・・・この星の子供としての発達に特に異常なところはないはずだ。」


( 「ところで、どうしてアギュはユリちゃんを成長させないんだろうね?」
 「我が知るか。あやつはもともと、変な屈折した愛情の持ち主だからな。
  ユウリの時といい。我は奴のことをまだ全面的には信頼していないのだ。」
 「ああいう子供ってさ、5年を半年ぐらいで細胞を作ってるわけだから、
  ちょっと抑制したほうが体にいいのかと僕は思ってたんだけど。」
 「・・・あやつが、そういう思考の持ち主だったか?」
 「確かにね。前はそうだった。だけど、変わったからさ。」
 「猫をかぶってるのかもしれない。」 (にゃにゃ~んにゃ)
 「一度、聞いてみたらどうだ?」
 「えっ!やだよ。アギュにだろ?なんだかんだ言ったって上司だし。あいつ、昔はすごい根に持つタイプだったじゃん。」
 「変わったって言ったのはおぬしだろ。」
 「その点は変わってないかもしれないじゃないか。」 )



「ふーん。だとすると渡の問題のある所って、お化けを見るってことぐらいじゃん?」
「あのな。だいたい魂だの、お化けなどと言う観念は宇宙人類にはないものだ。理解ができん。原始星人類は星によっては差があるがな。最近は生物の残留エネルギーであるとか、精神流体とかいう科学的な捕らえ考え方に変わって来ている。精神流体は脆いもので肉次元を離れると形を取ることが難しいものだとされている。だからだ、精神流体が元気に飛び回って死んだ肉体に入るなど言う話は聞いたことがないのだ。似たものでは・・・古代に開発された電磁システムに入る人工的な疑似エネルギーならともかくな。渡に入ったものはどこから来たのだ?」
「そんなこと検討もつかないよ。そんなことより、ジュラにもさあ、お化けとかいたんじゃないの?。僕は見た事はないけど今だって信じてるよ。」
「そんなことを口にするから我ら、原始体が下等に見られるのだ。産まれてから宇宙しか知らない人類と惑星で育ったものの違いなのだろうがな。我は幽霊など信じたことはないが、我の乳母はよく話してくれたものだ。しかしジュラでだって死んだものは、その辺をウロウロせずに宇宙に飛び去ると決まっている。遥かな神のゆりかごへだ。」
シドラって、乳母がいたの?どんな育ちだよ、似合わね~。
(渡はドラコが多分、見えると思うにゃ。ユリちゃんも見えるけどにょ、ユウリも見えたから不思議じゃないにょ?)
「ふんふん、それだけでも普通じゃないもんな。」
「そういう者はこの星では霊感があるとかいうらしいな。綾子がそう言ってた。」
「綾子って・・・渡の母ちゃんを呼び捨てすんなよ。誤解されるぞ。」
「女同士で何が誤解される?この星はオリオンの中枢ではないぞ。古風な土地だ。」
(シドラは相変わらず、女性にモテているのにゃ~ガンちゃんとはダンチにょ~)
うるさいよ。ドラコ、渡の目の前をうろちょろしてないだろうな?おとなしく隠れてろよ。
(してないにょ。赤ちゃんの頃は確かに見られてたにゃ~記憶がないと思うから大丈夫にゃ)
でも、たまに離れに来て鼠がいるんじゃないかって騒いでたな。なんか、気配するみたいだぜ?
(鼠とは失礼にゃ。)
「ガンダルファ、我は明日からアギュと共に国外に行く。おのれはここでユリや渡をしっかり守るのだぞ。まあ、タトラが付いてるから大丈夫だろうが。」
「あ、またむかつく言い方。」
(ガンちゃん、ドラコも付いてるにょ。)

スパイラルワン4-2

2009-04-23 | オリジナル小説
アギュが待合室に帰ってきた。
待ちかねたユリが飛び付いて顔を付ける。
「ごめんなさい、待たせてしまいましたね。」
「どうだった?」シドラが興奮を抑えて尋ねる。「やったのか?」
「やってません。まだ、どういう存在なのかわからないのです。」
「しかし、敵なのだろう?」
「それも、まだ。とにかくココをでましょう。」
ささやくと、青年は人々と喜びの言葉をさりげなく交わしながらユリの手を引き外に出て行った。シドラの存在は相変わらず、誰も気づかない。アギュは歩きながら囁く。
「ありがとう。ユリ、助かりました。あなたの助けがなかったら・・ちょっと面倒なことになったでしょう。あれを殺してしまったかもしれない・・・それはしなくて正解でした。あれに聞いてみたいこともたくさんありますから。」
たった今、上空で起こった出会いなど嘘のように夜空は晴れて澄み、月の光が満遍なく降り注いでいる。
「どういうことなの?」人の群れから一つの影が近づいてくる。
「ドラコと一緒に見てたけど、相手は人に見えなかったよ。」
「なんに見えた?」シドラが鋭く詰問する。「バラキは触れることができなかった。」
「黒い影・・かな?アギュはちゃんと見えたけど。」ガンダルファは鼻の頭をかいた。
「僕らが待機してたの、ちゃんとわかった?」
「把握はしていました。でも、同一次元ではない。この星は次元の層が厚すぎます。面白い星ですね。」
「アギュにはどう見えていたの?」
「人です。男でした・・多分。黒い羽と角が生えていましたが、その姿は固定されていない感じです。悪魔と自らを名乗っていましたよ。この星を統べるモノ、デモンバルグというのだと。」
「デモン?悪魔?あ、それ知ってる。」ガンダルファは思い当たる。「タトラがここの住民の精神背景を知る為に、調べていたこの星の民間伝承とかの資料にあったはずだよ。」
「悪魔・・・ジュラの昔話にも似たような観念があったが。実体を持つものだろうか。」
アギュは月を仰ぎ見た。
「あれは・・また来ます。かならず。」そっとユリの手を握る。
「そんな気がします。ホショクシャ・・まさか人類の精神流体を食べるのでしょうか?それとも、狙いはエネルギーなのか。どちらにしてもあのコドモはダメです。渡す訳にはいかない。だって・・ワタシ達が、関わってしまいましたから、ね?。」
3人に微笑みかける。
「ホカの獲物を見つけてくれるのが一番、いいのですが。でも、どれでもいいと言う感じはしなかったんですよ。」
「そうか。また、面倒くさいことが増えたな。」
「もう、遅い。ユリを休ませろ。」シドラは騒いでる人々を振り返った。
「我らも船に戻る。」
「良かった。あのぼろ屋にもう一泊とか言われなくて。」

二人は彼らと別れて、静かに旅館の玄関に入った。
不用心にも今はこの建物内に誰もいない。
「注意しなければいけませんね。今日、産まれたあのタマシイ・・アレはもう綾子のものだ。綾子のコドモの肉体に入ってしまったのだから。アレは綾子とここの家の人々の大切なモノ。」
アギュの独白の物思いに、ユリが彼の手の平を叩く。
「アナタが守るのですか?」彼はあきれたように笑った。
見上げる目は真剣だった。眉がきっと寄ると、かつて見た少女に怖いくらい似ていた。
しばらく目が離せなくなった。
「わかりました・・でも危険な事はダメですよ。」
己のうちの苦痛とも歓喜とも付かない震えを押しとどめるとアギュレギオンは覚悟を決めた。「ワタシも付いてますから。」
瞬時に瞳が輝き、ユリの上の面影は去った。笑み崩れる幼い娘のくしゃくしゃの顔。
手を離し跳ね回る。散らばったスリッパを拾い集めると、アギュは幼い娘の靴を脱がすのに手を焼く。
「困った人だ。」アギュも仕舞には笑ってしまう。
そんな彼を見るとユリもさらに笑うのだった。

スパイラルワン4-1

2009-04-23 | オリジナル小説
        そしてプロローグ


診療所の中では異様な声が響いていた。
「綾子、しっかりしろ!」母親の上ずった声。
女の苦悶の声がひとしきりした後、途絶えた。
子供の産声はない。
「ああ・・!これは!」老医師と老看護師の慌てた声。
「人工呼吸!」娘の看護婦だけが冷静に告げる。
「心臓マッサージ、父さん頼むわ。母さんは母体のケアをして。」
ううむと唸って老医師は壊れ物のような胸におぼつかなく手を当てた。
血まみれの体はどす黒くなって行く。
スカーフを巻いた娘の体が手術台にかがみ込むのを、綾子の母と妹は息を詰め手を取り合って見つめるばかりだ。時間がむなしく過ぎて行く。
「もう一度!」看護婦が叫ぶ。
「ああ、お願いだよ!息をしとくれ!」綾子の脈を確かめ、その汗を拭きながら老いた看護婦も強く願った。
遠くから救急車の音が聞こえだした。でも、もう間に合わない。

そうだ。胎児はもう死んでいる。
待合室の男は静かな面を伏せた。

ふいに子供が顔をあげる。
涙が乾いた目は異様な輝きをおびる。
彼も押し殺した声で囁く。
「ユリ!何かが、来る。」
庇うように彼は身構える。

その刹那。
けたたましい赤ん坊の産声が産院中に響き渡った。
「生きけーった!息を吹き返したぞ!」しわがれた声が感動に震え、診察室で息を潜めていた男達ははじかれたように飛び上がった。「お父さん!」婿と姑達は抱き合って喜ぶ。
外からもどっと人々が入り込んできた。
「よかった、よかった、無事かい?」
「産まれたねえ!」
「今頃、救急車が来たよ。無事で何よりだ。」
「救急きたの?」若い看護婦が奥から顔を出した。
「念の為、搬送するから。こっちに来てもらって。」
すぐに祖父と父親が出口を目指し、人々が救急隊員を導いて来る。
「綾子のバックが部屋にあるから。」「兄さんはそこにいて!」
女将に言いつけられた夫が立ち上がる前にその妹が勢いよく飛び出して行く。
きれいに体を拭かれた赤ん坊が清潔なタオルにくるまれて老医師と共に奥のドアに登場する。夫は笑顔の母にうながされ、おそるおそる席を立った。
折り畳まれた担架を手に救急隊員達も笑顔で綾子と赤ちゃんを運ぶ手はずを看護婦達と打ち合わせている。

そんなすべてを竹本の客は緊張を押えて見つめ続けていた。
「・・・まちがいなく、死んでいた。」彼は固い表情でつぶやいた。
目が蒼く燃える。「・・何かが入った・・」
傍らの子供はまだ上を見上げている。
「あー」指さす彼方を男も脳裏に捕らえた。
「追ってきた。」
彼は立ち上がった。
入り口に背の高い姿が現れる。シドラ・シデンだった。
「騒ぎを聞いて来た。」
「ガンダルファは?」
「外で待機している。」
「ユリを頼む。」
少女を待合室に残し彼は部屋を出る。子供は天井を見上げ微動だにしない。
その視線は何かを見据えるかのように、空を彷徨う。
「ユリ。」気遣うように、女はそっと入れ替わりにその隣に座る。
近隣で見慣れないその女の存在は回りになんの注意も影響も与えないようだった。
「バラキ、警戒してくれ。」口をほとんど動かさず、そうつぶやいたことも。
勿論、そとの野次馬の中にそっと紛れたであろうガンダルファとドラコも。










さて。
デモンバルグを人類が初めて恐怖というものを作り出した頃に誕生したもっとも古い悪魔の一人としよう。勿論、確たる証拠はあり得ない。当人の主張するところをそのまま採用すると言うことだ。なんでも、誕生したその時その瞬間から、人の恐怖を食らい、人の魂を狩る者として存在してきたと言う。人から産まれ出たもの故に彼は人と変らぬ姿と成り、そして又、人が想像しうる恐怖し得るありとあらゆる姿となってこの世に現れ続けていると。故に彼のもっとも好むものは恐怖と言えよう。夜を災いを災害を、そして伝染病、はたまた殺し合いその他もろもろ、その果てに訪なう死を特に彼は好んできたと言う。
余談であるが、彼等、闇の存在と対局を成すものに神と呼ばれる一族がある。愛を食らうその者たちをデモンは恐れた事は一度もなかったと言う。かつては何度かは同じ獲物を巡って争ったこともある。彼達と光の一族は合わせ鏡のように同一であり、所詮闇と光を凌駕する高次元の存在などこの地上にかつて一度たりとも現れたことなどない。人々が待ち望むロードと呼ばれる存在など、どこにもありはしないのだとデモンバルグはうそぶく。いかんせんこれも確証のない話である。
はるばるとオリオンから訪れた人々すら、そんな存在を確実視するに至ってないのだ。
神に選ばれしものと呼ばれた、かのアギュレギオンですら。
そんな二人がこの地球の上に置いて、初めて会い見まえるのである。

そして今、そんな長い時を・・アギュよりも長い時間を生き繋いできた、悪魔と呼ばれしデモンバルグは感じたことのない恐怖に捕らわれる自分と戦っていた。
皮肉にも、恐怖を愛する彼は誰よりも恐怖の本質を知っていたとも言えないだろうか。
あてどなく、頭上を旋回しつつ彼は一人ごちる。
「まさか、創造主?」
デモンバルグは始めてその名を口にする。
「冗談じゃない!俺様としたことが!」
おののく自分を笑い、叱咤激励する。
「人間共の恐怖を食べる俺様がうかつにもおののいてどうするさ?お笑いぐさだよ!」
彼は自らすら己の牙にかけたい気分であったろう。
未知の輝きに覆われた地上の上空をむなしく旋回するだけとは。初めて感じる異質な輝きにわけもなく心が泡立つ。自分でも情けない事に警戒心から降り立つ踏ん切りがつかなかった。愛しい獲物が下にいるというに。
「信じないさ、信じられるわけがないさ。」
言葉を繰り返す他に、為す術もない苛立ちに黒い羽が細かく震える。
「地上にロードなど降臨するわけがない。何世紀も何百万年も出現することなどなかったじゃないさ!」
哀れ悪魔といえども、井の中の蛙。広い宇宙の存在など、思いもつかない。
彼が辛うじて推察を巡らし得たものは、人間達が形作った創造主という存在だけであったのだ。そしてそれが、降臨し現実となったものであるか否か?恐怖から形作られたデモン・バルグが皮肉にも畏怖したのはそんな思いからだった。

くるくると旋回しブツブツと思いにふけっていたデモンバルグは突然現れた発光体に気がつくのが遅れた。
デモンは辛うじて身を翻して突如出現した熱い熱を持つ光を避ける。
「!」
翼がチリチリと焼けた。驚愕と混乱。
「何者さ!」
誰何しつつも、光に眼がくらんだ。悪魔のまなこが。

目の前に浮かんだ青い光りはしばらくの間、何もなく夜空に浮かんだままだった。
デモンバルグは眼をしばたいて見極めようとする。
デモンは言わば、黒い光り。彼のもっとも好む、翼を持った男の姿をしていた。
しばしの沈黙の後、デモンは静かな声を聞く。
「オマエは・・エネルギー?。」
中心から振動が響く。デモンは耳をすまし聞き取ろうとした。
「こんなエネルギー生命体が存在することは、報告になかった。」
深い声は心から感心しているようだった。
「この星の住人は認知しているのかな?しているように思えなかったが・・・」
「今までの調査漏れ?彼らも・・認知できなかったのだろうか。ある意味、ワタシは特殊だから・・」
アギュは中空で目をしばたくデモンを見据える。
「オマエのような生命体をワタシはこれまで見たことはない。連邦の中でも聞いたことがない。勿論、人類の覇権の及ぶ範囲など小さなものだけど。」
「オマエは何者か?いつから生きている?何を糧にして、いつ死ぬのか?子孫を残すことはできるのか?見たところ、オマエは物理的肉体を持たないようだが・・・足下の人類達とはどのように関係しているのだ。」

「なんさ!?何を言ってるんだ?」デモンはいらだたしげに吠えた。
光の言葉はほとんど理解できなかったが、それは彼を不安にさせた。
目もくらみ、未だに声の主を確認することもできなかったこともあった。
「あんたこそ何なんさ?」吠える。デモンの端正な面は崩れ去り、醜悪な牙をむき出す。
「神か?」
「カミ?」声が笑みを含む。今度はデモンにもはっきりと意味がわかった。
「オマエはカミを知っているのか?」
「知るもんか!」悪魔は一蹴する。「あんたが違うなら、神なんかに用はないさ!」
「それは残念・・」
「残念でわるかったさ!俺様が産まれて以来、神なんか噂だけの存在さ!さっきはあんたがそうじゃないかと焦ったけどさ。ロードでないのならば、あんたなんか恐るるには足らずってことさ。いったい、あんたは何なんさ?気持ち悪い光!俺の目を眩ませて好き勝手言いやがって!聞きたいのはこっちなのさ!ここは俺様の世界なんだからね!あんたこそ、いったいどこからここに来たのさ?」
「彼方から・・」
「彼方?」
アギュレギオンは沈黙した。
デモンバルグの脳裏に知性が閃く。「まさか、地球外生命ってやつか?」
アギュはそうとも、そうでないとも語らない。語れば長い話だからだ。
「そうか、そういうことか。このよそ者めが!」デモンは一人、合点する。
「わかったさ、すべてあんたらの企みなんさね!これまでもちょろちょろしやがって、気がついてないとでも思ったかい!俺様には関係ない話だって今まで見て見ぬふりしてやってやっただけなのさ。だけど、これからはそうはいかないからね。」
デモンバルグの突然の激高に、今度はアギュが密かに困惑する。
「あのおかしな生き物はあんたらがここにもちこんだんだ!そうだろう?違うとは言わせないさ!ここに来て急に色々と起こってることはあんたらの企みなんだろう?わけのわからないUFO騒ぎもみんなそうさ。そうよ、そうに決まってる!そうとわかれば、許せるもんかよ!」とどまる事なく、怒りが込み上げる。「俺様の何百年、何万年もの楽しみを邪魔しやがって!俺にケチを付ける奴はそうはいないから、まったく油断したさ!俺が地球外生命なんか恐れると思うなよ!この他所者めが!この星から、出て行くがいいさ!」
静観する光りの前で、魔物は吠え哮る。
「俺があんたらを追い払ってみせるさ!まずはあんたに教えてやるさ。俺こそがこの星、この地の支配者さ!人間がオギャアと産まれた時から俺っちはな、奴らと共にこの星に存在していただからさ。死んで遺伝子とかで繋がる人間どもとはこちとらわけが違うのさ!俺っちは永遠に滅びない存在なのさ!俺様こそこの星で一番古い悪魔、人間どもを狩る捕食者さ!恐怖を司るデモンバルグなのさ、覚えておくがいい!」
「・・ホショクシャ?」アギュは反復する。「ならば・・テキ?」
「その通り、勿論、敵さ!」電光石火、デモンの爪が宙を切る。物理的にはかわし得ない鋭い踏み込みであった。しかし、相手も普通の相手ではない。
爪は空を舞った。複数の空間に存在するアギュは何の苦もなくそれを逃れた。
「!」デモンの驚きは隠せない。
「俺の攻撃が届かない?」
アギュの中の隠された人格がしきりに騒ぎだす。
「おもしろい。」アギュの声が甲高くなる。その違和感はデモンにも感じ取れた。
「今度はコチラから行く。」何も考えなくても体が動いていた。アギュの手の中にいつの間にか輝く剣が現れる。「ソリュート。」アギュはつぶやく。「竜骨よ、ユウリの代わりにオレに力を貸してくれるのか?」ソリュートの微かな振動。ためらいもなく、それを振るう。増幅され放たれた光は鋭い礫となって、なんなくデモンの翼を散らす。早すぎてデモンにも避けるのがやっと。
そして次の瞬間、アギュの体はスライドしてデモンバルグの内側に突っ込んでいた。デモンは辛怖じて体を四散させアギュの体から逃れた。自らの内側から出現する存在に反射的に反応しただけで精一杯。デモンバルグにも何が起こったか把握するまで時間がかかっる。こんな攻撃を受けた事がなかったのだ。
「あんたこそ・・・おもしろいことするねぇ・・・」息を切らして肉体を整えながらデモンバルグは燃え上がる自身の恐怖に次第に内側が熱くなり始めていく。

アギュが踏み込んだ瞬間、彼の目には巨大なドラゴンがデモンバルグを通り抜け、地上に突き抜けて消えるのが見えた。シドラ・シデンのパートナー、バラキである。
それによって、ワームドラゴンの存在する空間とデモンの存在する空間は一致していないことをアギュは知ることができた。
さらにデモンバルグはワームに気がついてもいない。
わずかに空間の歪みに体が傾いだのだが、自覚した様子はなかった。
「デモンバルグとやら・・・ヤツはこの次元には実態がない。しかし、ダッシュ空間には肉体らしきものがあるようだ。どれとどの次元にヤツ自身が存在しているのかは、もっと深い調査が必要だ。」アギュも体制を整える。「ヤツ自身もジブンがどの次元にどう存在しているのか、実際は把握していないのだろう。」


「答えろ、デモンバルグとかいうヤツ。」アギュの口から言葉が流れ出る。
「オマエは、アノタマシイを追ってきたのか?」
「あれは俺様の獲物さ!手を出すんじゃねえ!」
怒りから羽がブスブスと燻り、辺りに硫黄の匂いが満溢れる。
「デモンバルグ・・・アレはもうオマエのものではない。」
「俺のものさ!渡すもんか!」
地球外生命も自分の獲物を狙っているのかと勘違いしたデモンは見境を失う。燃えあがる羽を武器に、再び光に襲いかかった。執拗な攻撃が果てしなく続いたが、アギュは蒼い残光を散らしながらも今度は反撃に転じなかった。
アギュの声は、深く低くなる。
「オマエも固有の生物なのだろうか。だとしたら、ワタシがオマエを滅ぼすことはかなわない・・・。しかし、人を害するのであれば。」ここで再び、声は裏返る。「序列によって、オレは容赦はしない!」
「俺様を侮辱するんじゃない!」
変転する相手の人格に薄気味悪さを覚えつつ、デモンバルグは自らを渦巻く思念と化す。物理的に攻撃できないなら、これでどうだ。彼を取り巻くドロドロとしたエネルギーが次々と弾丸のように光に向かって放たれた。
アギュは軽々とすべての思念をかわしていく。

「ああ、楽しいな!なんて、楽しいんだ!」アギュは歌うように叫ぶ。「オレの力、とことん出してみたかったんだ!」「地上に影響が出たっていいじゃないか。」
「ジブンの能力をイロイロ試してみたいだろ?」「いっそココで滅ぼしてやろう!」
アギュが舞うように光を纏った剣を振るうと、黒い煙をあげて思念の固まりは次々と蒸発し悲鳴のような音と共に虚空に消え去って行く。
「ダメだ!ダメだ!止めるんだ!」「人類に被害を与えてはならない!」攻撃をかわす正確さは変わらないが、声は目まぐるしく変わる。「解放すべきではない!」「ワタシの力を使うべきは今ではない!」
「なんなんだ?あんたは1人じゃないのか?」とうとう、デモンバルグは攻撃を止める。フラリと距離を開ける眩しい光の中心はやはり確認する事は叶わなかった。
デモンの中でトロトロととろける困惑と恐怖は次第に彼を陶然とさせ初めていた。かつてない喜びに感覚が麻痺していく。自身を滅ぼしても、光に挑んでみたいというように。
その時、悪魔は強い干渉を意識する。それも思念。強いまっすぐで曇りのない思い。それが固い拘束となって、光に向かう魔物にまつわりつく。自由が奪われかける。
人の精神を食べる彼は、強い心にも逆に毒されるのだ。
「食あたりしそうだぜ。」
デモンは下を意識した。

ユリは待合室の天井に異様な眼を見開いていた。傍らには静かに寄り添うシドラ・シデン。シドラもバラキから上空で何らかの戦闘が行われていることは知っている。自らの出番がないことがシドラの腹立ちとなっていた。出産に浮かれ騒ぐ誰もが不思議にも二人に注意を向けていない。そこだけが違う空間に隠されてしまったかのようだった。その方が良かった。もし人々の誰かが眼を向けていれば、少女の不思議な輝きをおびた眼と顔に脅えていたはずだから。

「卑怯だぞ・・・仲間か?。いい援護射撃さね!」デモンに冷や汗が流れる。
光の中心に初めて、人らしき姿が見えた。しかし、それは1人だった。
「・・・頼んだわけではありませんが・・・」光の攻撃が止む。「ワタシがオマエを殺してしまいはしないか、心配したようです。」「とりあえず、生かしておいてやりましょう。」

光がかすかに笑ったことがデモンの感に触る。
「ひとまず・・・オマエはここを去るのがいいようです。」
「ちっ!」デモンは力を漲らせ、呪縛を振り切る。
「ただし、あのタマシイには手出しは無用です。」
舌打ひとつ、デモンは飛び去る。
それは一目散の撤退に見えなくもない。しかし、悪魔にも計算がある。
「なんかわからん、よそ者とこれ以上やりあっても不利なだけさ。なに時間なら俺には、たっぷりある。」
時間。自分が今しがた、会いまみえた相手にも比類なくあることを魔物は知らない。
その光は背後、見る間に遠ざかって行く。大洋のまん中まで離れたところで、やっと悪魔は息を継いだ。
「まあ、いいさ。あそこに転生したことさえわかっていればさ。」
デモンバルグは悔しさをにじませながらもほくそ笑む。
「俺さまを追い払えるとは思うんじゃないさ、忌々しい光め。」
「不気味な野郎だ。分裂してやがる。」更に先ほどの陶酔が体を過る。
「なんにしても、しばらくは退屈しないってことさ。俺もいい加減、長い間一つのことをやり過ぎたってことさね?なに、たまには他の楽しみも必要ってことさ。」
勿論、遥かな光に向かって吠えることも忘れなかった。
「よそ者にここを思うがままにさせてたまるか。今に俺っちが追い出してやるさ。」
悪魔は負けず嫌いなのである。


急速に遠ざかる気配にアギュレギオンは眉をしかめていた。
さっきまで表面に浮き上がっていた二つの人格がゆっくりと意識下に沈んで行くのを待ちながら。
「手を出すなと言っても・・無理なようですね。」ちょっと笑う。
「アレがエネルギー体生命であるのだとしたら・・・臨海したワタシと近い、ということになるのだろうか。もしも。」アギュは悲し気に思考する。
「アノような生命体が存在することが・・連邦の人類にとっての常識、古くからなじみのことであったなら・・・人々は臨海進化した人類をあれほど恐れなかったかもしれない・・・
デモンバルグ・・カレは興味深い・・・調べてみなければならない。」
「そしてもし・・カレがこの星の人間が生み出した特有のモノなのならば。」
彼の声は低くなる。
「遥か昔、人類の始まりの星にもそんな話がありました・・人類は自ら生み出した己の影によって滅ぼされた、と。」伏せられた長いまつげは内なる光によって影を落とすことはない。
「古いお伽話だったのだが。ワタシの存在のように。」憂慮の表情を浮かべて、アギュレギオンはデモンバルグの飛び去った先をいつまでも見つめていた。

スパイラルワン3-3

2009-04-20 | オリジナル小説
ポールの声は広い内部の空洞に幾度もこだました。何重にも重なった悲鳴が奥へ奥へと石の壁と床を伝い響いて行く。そして更に谺となった。
無様に涙と鼻汁を垂らしながら追われる青年は壁を伝って行く。奥に行けば行く程、肌寒かった空気は暖かくなっていくようだった。自然に裸体の彼はその熱をたよりに進んだ。次第に酸味を増す空気に混じって、硫黄の匂いも堪え難くなる。
すぐ後ろに追っ手は迫っていた。それは今にも獲物に手を伸ばそうとしていた。
荒い息をし時々、咳き込む獲物は混乱と暗闇でまったく気がつかない。
ついに獲物は袋小路に自分が追い込まれたことを知る。
絶望した手が当たりを手当り次第に探り回った時だった。ふいに突然、明りが灯った。
ポールは見た。自分が巨大な遺跡の石の扉の前に立っていることを。扉には無数に絡み付く文様が唐草のように覆っていた。その両脇に見たことのないガラスのような丸いものが瞬いていた。驚いてポールが手の場所を置き換える。すると文様に新たな光の筋が浮き上がる。ポールは唖然とする。彼はこれを知っていた。なぜ知ってるのかもわからなかった。

「思い出したかい。」後ろで声がした。ポールはリック・ベンソンの声であることを感じたが恐怖よりも驚愕と好奇心が勝った。隣を見ると見慣れたリックが立っていた。何事もなかったかのように。
「なぜ?」ポールの声にならない問いに彼は続ける。
「お前の特殊能力さ。これの為だと思い出した?」
ポールはこわごわと自分の両手を見つめる。彼が手を離すと明りがふっと消えた。
「僕は機械に電気を流すことができる・・何一つわからなくても、機械を動かせる・・」ポールはつぶやく。「昔からそうだった・・母さん達はこれで苦労したんだ・・これを隠すために・・」ポールが
触れる。又文様が光り、明りが再び灯った。
「でも・・これは金属じゃない・・岩だろ?」
「電気を通す岩もあるんだろ。」リックが答える。「これは動力で制御されてるんだ。古代人が造ったのさ。」
そして夢を見てるような虚ろな眼のポールに命じる。
「開けてごらん。お前ならできるさ。」
「どうやって・・?」
「開けと思うだけでいい。」
開け。ポールの意識が瞬いた。そして。
すさまじいパワーが、光りの洪水、光りの渦が壁一面を走る。絡み付き捩れ、瞬く。その美しさにポールはすべてを忘れた。並び立つリックも笑みを浮かべて見つめる。
巨大な扉が音を立てて、前に動き出した。
リックはそっとポールを抱えて後ろに下がった。
カビ臭い淀んだ空気が隙間から吹き出してくる。広がって行く暗闇は深い暗黒だった。
その時。
リックと呼ばれたモノはその隙間から、何かの気配を全身で嗅ぎ取った。
1000年ほど前、ここを訪れた時には感じなかったもの。
長い、長い時を生きて来た彼にも、それは初めての感触。
不覚にも反応が遅れた。
「ポール!」彼はとっさに倒れた青年に覆いかぶさった。
明りはたちまち覆い隠された。
その漆黒の闇の中、何かが襲いかかって来た。

半透明のクラゲのようなもの。節足動物のような柔らかい無数の足に覆われている。そして、それは重かった。まるで倍の重力がかかったように、ひしゃげてつぶれていたが、それは生きていた。リックと呼ばれたモノはそれを片手ではね飛ばす。
「ポール!逃げるよ!」ぐにゃぐにゃの体を抱え上げる。
しかし、すぐにもう1匹が襲いかかってくる。広い空間はあっと言う間に扉から這い出て来るぬるついたクラゲで膨れ上がる。金属が酸で溶けるようなすさまじい香り。クラゲは鳴いていた。ギィギィと言う耳障りな音が四方八方に満ち満ちる。
生臭い液に滑ってポールが床に投げ出される。彼は事態を把握できないままに更なるパニックに陥った。壁面の明りがバチッという音と共に押しつぶされた。
若者は思わず、つい今しがた恐怖でしかなかったはずの男の名を叫んでいた。
「リック!リック!助けてリック!」リックと呼ばれた者はすぐさま若者を押しつぶそうとしていた生物を撥ね除けた。無我夢中でポールはその足にすがっていた。
「リック!痛い!痛いよ!」闇の中でもリックの目はすべてを見てとる。
「嘘だろ!なんなんだよ?痛い!顔が焼けるようだ!」ポールの顔は焼けただれていた。見ると、クラゲに触れたリックの全身の皮膚もぶすぶすとくすぶるように泡立っていた。ただ、彼は痛みを感じなかっただけだったのだ。
「ポール!しっかりしろ!」彼はクラゲどもを恐れることなく押さえつける。しかし、その両手はブクブクと泡を立ててゲル状の肉に吸い込まれて行く。指が溶けて行く。
「ちくしょうめ!」リックは吠えた。赤い目が燃え上がる。
「役にも立たん体さ!この肉めが!」
その瞬間、リックと呼ばれる体の内側から何かがミシッと盛り上がった。それは肉を押し破って今まさに誕生しようとしていた!

それは人の形をしていたが、人ではなかった。黒き鋼のような体を持つ禍々しい何か。跡形も無いリックであった肉片と血漿を振り落とし、毛だらけのゴツゴツとした手の先の長い爪をひと払いするとギィギィとなくクラゲは散り散りに散った。その欠片がポールに降り注ぐ。肉を焼く痛みにポールは悲鳴を上げる。
「くそ!」取り敢えず、ここを離れなくては。
黒き影は人間の若者を腕にかき抱く。背の上にのし掛かっていたクラゲ達が立ち所に粉砕される。その飛沫からポールをかばいながら、中空に飛び上がった背中には黒光る巨大な羽が出現していた。
赤い眼差しは切り込みのように切れ上がり、牙に裂けた口がこの世のものとも知れぬ咆哮を上げる。その振動に石組みは軋み、埃と砂が降り注いだ。
もはやリックではないそれは身を翻すと、知り尽くした地下遺跡のさらなる上へと飛んんで行った。今や扉は再び閉ざされんとしていた。石の動きは挟み込まれる得体の知れない物達をものともせず、力強く分断し再び一面の壁へと戻って行く。むしり裂かれたうごめく陰が床をのたうつばかりだ。ポールがこれではあの扉の奥へと進むチャンスはもうなかった。
床は溢れ出た半透明のクラゲにもはや覆われてしまった。それらは蠢き、侵入者の匂いを嗅ぎギィギィと上へ立ち上がろうとしては崩れ落ちる。そして、時折燐光のような光を発した。
(あんなモノはいなかったさ・・どこから、沸きやがったんのさ?あれはなんなのさ?)
目まぐるしく思考する。
(見たこともない。俺が産まれる前の古代生物?いや、違うさ。匂いが違う。こいつらは、今までいたどの生物の匂いもしない。)
奥へ奥へと進む。腕の中のポールが呻いた。
(こいつがいるから、うかつに外には出られやしないよ。)
ポールの装備はすべて失ってしまっている。彼の全身は焼けただれている。飛行しながら、それはポールの体を検分する。
(かなり、やられてしまったね・・俺の油断だ・・くそ!・・)
ようやく、クラゲから遥か彼方の横穴を発見する。
そっと、若者を下に下ろす。そしてリックの声でそれは呼びかけた。
「ポール!ポール、大丈夫か?」
名を呼ばれた青年は呻き、荒い息でもがいた。
「リック・・リックなのか?」
「ああ、大丈夫か?」
「あれは・・あれは?」
「大丈夫さ。もういないよ。」
「・・あれは、何?」
「わからん・・」
「リック!目が見えないよ!」それは闇のせいではなかった。ポールの顔は液体を流したように崩れていた。
「・・息が・・?」唇が溶けた穴がヒューヒューとなる。
「しっかりしろ!大丈夫さ!大したことないって!」嘘を付いた。
「リック!リック!」脅えた声。「僕、死ぬの?」
「ばかな!」リックの声は打ち消す。
「リック!」ポールの指のない手が岩の上をさぐる。「どこ?」黒いモノは手を伸ばす。
「怖いよ!」その手は先だけがリックの手となる。
ポールは夢中で掴もうとする。惨状を悟らせないように包み込むように握った。
「放さないで・・僕・・」声が弱まる。辺りは熱気に包まれていたが、冷たい体は己の寒さに身震いする。
「君がいてくれて・・良かったよ・・」
「ばか!死ぬな!」
「もう・・いいよ・・君が誰でも・・なんか・・全身が・・動けない・・」
「もう、話すなポール!」
「話したいんだ・・話せる間・・楽しかった・・・ずっと・・」
リックの声はいらだつ。
「おい、まさか!又、死ぬっていうのかよ?冗談じゃないよ!どれだけ待ったと思ってるのさ!」
「ごめん・・でも、感謝してる・・」
「ほんとさ!まったくさ!」偽りの声を捨て去ってわめく。「大損害だって!」
ポールの耳にはもう届かない。彼は虚ろになっていく。
全身の大半をケロイドに覆われた若者は急速に死に向って行く。
「リック・・君は・・逃げて・・」
「ふざけんなよ!いつも、いつも・・!」泣きが入る。
息はどんどん掠れてく。
ポールの脳裏に再び記憶の残光が瞬く。
「なんだか・・前も・・こんなことがあった?・・ような・・」
声は途切れた。
リックの声と手をしていたものは呆然として息と鼓動が止まるのを聞いていた。
「ちくしょう!あの、クラゲ野郎が!化け物が!せっかくいいとこまで行ったのに!」
若者の手を放リ出す。
八つ当たりに辺りの岩に元に戻した腕を力任せに叩き付ける。岩が消し飛ぶ。
思わず、反射的にその石から横たわる肉体を庇いながら、つい苦笑いをした。
「またかよ!笑えるね、また大失敗さ!どっちみち、死ぬってわけさ!」
獣のような黒い人影は、両の羽を開いた。
「仕方がないよ・・又、一から出直しってか・・!」
足下のポールの体が痙攣する。死の断末魔。
「いよいよさね!また、始まるさ!」
気分を切り替えたそれは舌なめずりをする。


痙攣が終わると同時。死んだ肉体から、何かが飛び出した。
「鬼ごっこの始まりさ!」歌うように叫ぶと、それは後を追って飛び立った。
溶けた肉を暗闇に投げ出す、その肉体はあっという間に光るクラゲの海に飲み込まれた。そんな顛末にも、もう興味がない。
魂の去った骸にはもはや用はない。

地の中、海の中、そして空へと。
日は遥か西に傾き、赤く染まった海にポツンと浮かぶサルページ船が見えた。
デッキを行き交う船員達の中に、青ざめて為す術も無い本物のグレタ・ヘルマン博士もいるはずだった。港からもうスピードで出港する高速船は、行方不明者を捜す巡視船と大金持ちのリック・ベンソンの父親の寄越した船かも知れなかった。
でも、空を行くポールから放たれたモノとそれを追うモノにとってはもう、それらは遠く縁もゆかりもなくなったのだ。

ポールから逃れでたモノは銀色に発光し、星の重力に沿ってあっと言う間に星を回った。追うモノもそれに劣らぬ早さで付いて行く。
途中、もやもやとした慚愧達が触手を伸ばそうと寄って来る。
この星の大気圏に浮遊するものたち。
「手を出すんじゃないよ!これは俺の獲物さ!」
慚愧達は爪と牙に因ってズタズタに切り裂かれる。
その光景を目にした、1人の婀娜っぽい鬼が途中まで付いてきた。
「デモン!デモンバルグ!」それは答えない。
「またなの?あきないわねえ?それ、そんなにおいしいの?」
「シセリ、散りな!お前でも容赦しないよ!」
シセリと呼ばれた魔物は肩をすくめて追尾をやめる。
「やんなっちゃう。デモンバルグったら。もう何千年もあれだもの。」
追いついた他の魔族の女達が笑い合う。
「古き魔物は仕方ないよ。」
「あたしらとはおつむがちがうってさ。」
「シセリだってあのお方にちょっかい出すんじゃないよ。」
「そうそう、あのお方の獲物にもね。」
彼らはお互いを噛みちぎり合い、混ざり合う。けたたましい声をあげて。
「そんなことより、生きた人間を食いにいきましょうよ。」
「この下で憎み合ってるわよ、盛大にね。」
「また、戦争かい?」
「それはいいわ。」
「今度のは長いといいねえ。」
女達は急降下して行く。

デモンバルグは飽きることなく、追い続けた。
「さあて。この間みたいに何百年も回られちゃあ、かなわないよ。」一人ぐちり笑う。
「やっと、再生したっと思ったらもうあれだものさ!今度こそって、何回めやらさ!」
力強く鋼の羽が羽ばたく。並走し語りかける。
「さあさあ!さっさと産まれ変っちゃってちょうだいよ!」

その時、魂がぐぐっと方向を変えた。
「おやおや。今度はそっち?はいな、付いてくわさ!」
銀色の魂は青い海を瞬く間に横切り果ての小さい島へと向う。
夜となった半球の大地の煌めきが迫ってくる。
魂は再びぐっと高度を下げた。
「今回はえらく早くないさ。なんだか、すごく積極的さね。まあ、その方が、こっちはありがたいけどさ。」
魔物はほくそ笑む。「いっちゃって~ちょうだいよ!」
その時、星をちりばめたような大地の異変に気が付いた。

「おやおや?」つぶやく。
遥か先、地上に光があった。
「なにさ?あれ?」赤い目を瞬く。
蒼い光。
「今日は初めてづくしだね。あんな光り、見たことないよね。」当惑する。
「ありんこ共が作ったものにあんなものあったかね?どんくさい人間どもがまたなにやら発明したのかしら?」
魂は倍に加速する。
「あれに引かれているのさ?」羽ばたきを強める。
「まさか、あれを目指してるわけって?」
全速力で追う。見る見る地上の光が近づいて来る。
白き山の頂きの先、真っ暗な山あいの町の一点。
そこを目指して一直線にかつてポールだった魂は空を切った。
そして、輝きの中心にある一軒の建物に飛び込んで行った。

スパイラルワン3-2

2009-04-20 | オリジナル小説
[二人とも通信は聞こえるわね?]
[ラジャー]
二人は重りを手に途中までを順調に沈んで行った。
[こっちさね]
リックが先頭に潜り、後ろのポールを導いていく。だがこの時、彼の手が体の影とわき上がる泡に隠れてなんらかの動きをしたことにポールはまったく気が付かなかった。光が差し込む美しい海の世界に目を奪われていたからだ。水は暖かく、泡が柔らかく彼の体を包んでまとわりついていた。海水の心地よい流れに彼は早く身を任したかった。
だから、ポールはその他にもリックがした様々なことに気づくチャンスをまったく失ってしまったのだ。
そのまま二人はさらに進み、さらに深く潜っていった。
やがて、辺りは薄暮のように陰ってきた。
[なんか。静かだね。]ポールが通信で話しかける。
[グレタにしては変じゃない?。・・・喧嘩したんだろ?]
[ふて腐れてるんじゃない?。]リックはポールの手を引いた。
[へええ、リックったら、道解ってるみたいだ。]
ポールはおもしろがる。リックは答えなかった。
[すごいね。あの海中地図みんな暗記するなんて。僕だって覚えたつもりだったけど、実際に潜ると全然位置が把握できないよ。]ふと後ろを気にする。
[・・潜水艇が見えないけど。]
[壊れたんじゃん?]
[え?キムがあんなにメンテしてたのに?それはないんじゃない?]
[現にいないじゃないさ?]
[博士!博士、聞こえる?潜水艇が来てないよ!]
ポールは切り替えて呼びかけた。返事はなかった。
[通じない・・?]信じられないという響き。[大変だよ、船との通信が・・!]
[いいじゃん、あいつらにずっと監視されているんじゃ耐えられないよ?]
落ち着き払ったリックの言葉にふいに不振を覚える。
[まさか・・リック]
[そう。そうなんよね。俺がさっき潜水艇を壊しといたわけさ。]
ポールはあきれかえった。
[そんな・・どうしちゃったの?遊びじゃないんだよ。]
[大丈夫だってさ。俺はさ、あいつらに付きまとわれたくないんだよ。]
[付きまとうったって。]
一見、御しやすそうにのらくらと振る舞うリックに人はつい、油断してしまう。しかし、なんだかんだ言ってもわがままな育ちのリックなのだ。その我慢の限界を超えると、あらぬ方へ暴走してしまうことは実はこれまでもたまあったのだった。ポールは知っている、彼にはほんとはとても意固地な面があるのだ。
ポールはため息をつく。
[まさか・・・船との通信も?]
[静かでいいじゃん。]
[でも・・命綱もなくて・・どうするんだ?すぐ、引き返そうよ。]
[俺に任しておけってさ・・みんなわかってるんだから]
[まだ、そんなに離れてない・・今から浮上すれば、きっと船が見つけてくれるよ。]
[もう手遅れさ。見つかるもんか。俺に付いてくればいいんだから。][リック!]
[帰りの心配はしなくていいさ。俺が無線を持ってるもん。]
ポールは疑わしく思ったが言葉を飲み込む。これまでの経験からも、いくらなんでもリックだってそこまで馬鹿ではないはずだ。
臍を曲げたリックは、ちょっとだけ博士やお父さんを心配させたいだけなのだろう。ひょっとして・・やはり僕が博士と成り行きでしてしまったことが原因なのかもしれない。そう思うと強く言えなかった。
[今頃、上じゃ騒ぎになってるよ。]ポールはそうぼやくだけに留めた。
リックは何も答えず、身振りで付いてこいと合図しただけだ。
その様子に迷いは感じられない。
二人は海底からおぼろに立ち上がる岩柱と山の尾根伝いに尚も進んでいった。
あたりはさらに暗くなる。二人の手のライトだけが心細げに水中を照らす。
何匹かの魚が遠慮がちに横切るがすぐに光の輪の外へと逃げ去る。
[なんだか、今日は魚が少なくない?]ポールは心細くなって呼びかける。
先を進むリックは力強く足ひれを動かす。ひたすら岩の間を沈んで行く。
ためらってると戻って来て、ポールの手首をつかんだ。
[俺にはわかってるんだって言ったじゃん。信じろよ。付いてくればいいさ。]
[リック・・]まったく、これはちょっとやり過ぎだ。リックの手を反射的に放そうとしたが、がっちりと捕まれていた。ポールには逆らうことも見捨てることもできない。
[・・まずいんじゃない?沿岸警備に電話されたら・・博士ならやるよ・・きっと。それにほんとに・・もしも迷ったら・・?]もう迷ってるのかもしれない。
[他の奴らに邪魔されたくないじゃんさ?]リックは尚も進み続ける。
[俺達、二人だけで見つけるんだもん。]
[・・気持ちはうれしいけど・・みんなで見つけても別にいいんじゃないか?]
[あれは俺達の宝さ。俺達だけのものさ。わかるよね?]
困惑し辺りを見渡すが自分たちから漏れる酸素の泡の向こうに暗い闇と岩の稜線が浮かぶばかりだった。手はガッチリと掴まれている。
[リック、危険だ。]必死にポールは説得する。
[僕たち二人だけなんてクレイジーだよ・・いくらなんでも・・]
[ポール、見ろさ]
ふいにリックの動きが止まった。巨大な水中の崖の中腹のようだった。
[・・模様がある!]ポールも一時、不安を忘れた。
リックは手を放すと浮かび上がった岩の切れ込みに近づいた。フットベルトからナイフを取り出し、上に着いた貝や海藻を手際よく剥がして行く。ポールも興奮を隠しきれず、ライトで岩場を照らし続ける。しかし、リックの動きは灯なんか必要としないぐらい素早く無駄が無い。(やり慣れてる?)ふと、そんな思いが過る。(まさか?僕らはやっと今日、ここにたどり着いたんだから。学生時代からの夢に・・)
やがて、人工で掘られたとしか思えない幾何学模様が露になる。
[すごい!本当にあったんだ!バミューダの遺跡!]
リックが模様の要所、要所に触れ、回すような仕草をする。と、幾何学模様の真ん中に位置していた丸い石がはずれた。後にはポッカリと穴が口を開く。
[入るさ。]有無を言わさずリックが命令する。
ポールは呆然とする。(あれ?こんなことまであの古文書に載っていたっけ?まるで・・まるでかつて知ったる・・みたいだ・・そんな馬鹿な・・リックはあの古文書の続きを密かに手に入れていたとか?まさか、それなら・・僕に見せてくれたはず・・)しかし、体が勝手に進む。穴の中へとポールは滑り込む。中は狭い。人一人がやっと通れる狭さ。明らかに人工的な水路だ。灯の届かない先は真っ暗だが、なぜか恐怖感は無い。(待て・・待てって)ポールの心は突き進む体とは反対には落ち着かなくなる。
(この感じ・・こんな狭い穴の中を・・前にもある?前にも同じようなことを体験した・・?)
後ろからリックの灯が付いてくる。水路はやがて行き止まり、垂直に続いていた。
ポールはためらわずに上へと進んだ。その道順を知っている自分におののきながら。
すると突然、上に開いた穴が大きくなった。

ポールは水面から顔を出した。灯で回りを照らす。広すぎて灯が回りに届かない。目に写るのは敷き詰められた石畳の床だけだった。呆然としたまま、うっかりマスクを外そうとする、その手を押えられる。リックだ。待つように合図すると、彼が先に外した。
「大丈夫。」ポールもマスクを外し、手袋で鼻から海水を拭った。据えた匂い。かび臭い、生臭いような海水の香り。それに混じって微かな金属のような匂いもする。
「リック、ここは・・?」
リックは早くも床にはい上がった。見ると、穴の回りは段になっている。ポールも後に続くが水中では忘れていた装備の重みに苦戦する。這い上がる途中でふらついて膝をつくが、リックはまったく知らん顔だ。自分だけさっさと立ち上がりライトも向けず、上を見回している。ポールはまた不安になる。なんとか体を立て直したところで、ゴトンと言う大きな音に心臓が脈を打った。リックが重いボンベを床に落としたのだ。
「まったく、面倒くさいのさ。こんなもん。」口調が少し変った。
「リック?」ポールは装備を付けたまま、ライトが照らす自分の幼なじみを見つめた。
「お前も早く、楽におなりよ。これからが大変なんだからさ。」ニヤリと笑う。
目がライトに赤く反射する。
「リック・・君?」たじろいだ。何故か、体が震えた。
「リック・・だよね?」
照らし出された赤い目をした顔が、傷口のような口を開く。
「当たり前じゃないさ?俺はリックよ。お前の親友の・・そうじゃん?」
ライトを反射する白い犬歯。
「20年も一緒に育ってきたのにそんなこと言うなんてさ。ほんと悲しいね、悲しすぎるさね。」
ポールは眩暈を覚えた。
「そう・・そうだよね。」
「さあ、ボンベをはずして。行くよん。」
ポールは当惑して、立ち尽くす。ただただ、穴の開くほど見つめるばかりだ。
「行く?・・どこへ・」
「どうしたん?時間がないのさ。」
「リック・・君、ここ・・来たことあるんだ?」抱ききれぬ疑問をついに吐き切った。
リックは自分のライトを消した。彼の上半分が闇に沈む。
「リック・・お願いだよ・・答えてくれ。」
ポールは彼の顔を照らすのが恐ろしかった。
闇の中でも親友の目は燃えるように瞬いた。
「お前はどうなんさ?そんなお前はさ・・」我知らず後ずさる。
「ここに来た覚えがないの?ポールちゃん・・いや、そうじゃない・・のさ」
男の口調が変わった。女の声のように滑らかに、艶を含んで。
「・・船のことは忘れてないじゃないか?今だって、毎日夢に見てるって行ってたじゃないさ。空を飛ぶ船さ・・あれは、夢じゃないんだよ。ほんとは知ってるだろ?思い出すんだよ・・恋した乙女のことだって?お前の定めのことだって・・?」
「いったい・・なんのこと?そりゃ・・だって、夢だろ?」足がガクガクと震えた。
「この前はいつだったかな・・1000年ほど前かねぇ?・・ここに来た時、お前はすぐに思い出したのに・・そうそう、そうだったね・・そして、喉を掻き切ってお前は死んだんだっけ?ねえ?」
リックの影が大きく黒くなる。
「あれから、お互い又しなくてもいい苦労をしたのさ・・だから、今度はそんなことはしないよね?死ぬなんてさ・・俺を残して・・許さないから・・」
ポールは恐怖が次第に実態となって自分を鷲掴みにする予感に尚も後ずさる。暗い見知らぬ遺跡の中、石に足がもつれた。
「なんなんだよ!知らない、なんにもわからないよ・・!」
「あんなに可愛がった、ドウチのことも?。お前が名付けてくれたのに・・デモンとさ。ねえ、ベラト、ベラトス・ゼルトロセ・アポクリュトスよ・・剣の若者よ。」
その名前にポールの心臓は動悸を打った。
瞬間、彼の脳裏に。炎、燃える都。白い腕。悲しげな女性の姿がつかの間よぎる。
そして浮かぶ、巨大な船。見慣れた光景だった。銀色の舳先が陽光を切り裂くように風を切って青空を進む。たまらなく美しい船。刹那、船は炎に包まれる。回りは黒よりも濃い漆黒の闇。燃え盛る船が空を割って突っ込んで来る、落ち行く船。それは自分の真上に。巨大な幻にポールは耐えきれずに身を思わず竦めた。
押さえようと両手を回すが、全身が痙攣しだす。乱れ打つ心拍。ポールは驚愕に目を見開いたまま、身を捩った。全身の毛穴から汗が吹き出す。
「なに?なんなの?なんなんだよ!」彼は恐怖に叫び声をあげた。
瞬間ポールはリックに後ろから抱きすくめられている。
ものすごい力だった。
「逃がさないさ。ポール。」混乱する耳に嗄れた聞き慣れない言葉が入り込む。
「ずっと待っていたんだから。」耳たぶを噛むその声にポールは全身の毛が逆立った。堪え難い嫌悪感が背骨を走り、振りほどこうと全身であらがう。振りほどけない。
「誰だ?おまえ、誰だ?」気違いのように、口走り続ける。「誰なんだ!」足と手でその体を痛めつけようとあがくが、締め付ける力はまったく衰えることがない。
「誰だって?愛しいポール。」のしかかる真っ黒な影が冷たくに告げる。
「お前の親友、大恩人のリックじゃないさ?」
「違う!」悲鳴を上げる。「お前はリックじゃない。」
「リックさ・・ずっとお前を見つめていたさ・・ずっとお前を待っていた・・こうやってお前とここに来る日をさ・・そりゃあもう、指折り数えたのよう・・ずっとずっと、お前を捜していたんだからさ・・」
悲鳴の合間に途切れ途切れに語り続ける声は呪文のように柔らかく、ポールは次第に抵抗力を失っていった。気がつくと、その声にぐったりとして耳を傾けていた。疲労感が体を覆っていた。
「覚えていないのかい?」体を揺すられてうつろな目を向ける。
「・・何を?」口の中が乾き切っていた。
「おまえさ。おまえはいったい誰なんだい、ポール?」
「・・知るもんか・・僕以外の誰でもない・・お前こそいったい誰なんだ?」
ざらついた自分の声。
相手は悲しげにほおっと息を吐いた。生臭い香りと硫黄のような香りが鼻をつく。
「・・思い出させてやるさ・・」熱い息と口が迫って来た。声にならない悲鳴を上げて逃れようとする。ぬめぬめとした物が顔を這う、あっと思う間もなく蛇のような長い舌が口に入って来た。噛みちぎろうとするが弾力のある肉ですぐに口の中がいっぱいになった。喉を熱い蛇が降りて行く。息がつまり、苦しさに目から涙があふれる。
「こんなに乾いて・・かわいそうにさ・・俺が潤してやるさ・・」
耳元の声がだんだん遠くなって行った。
体の芯が熱く固くなる。その部分が柔らかい肉のひだに包み込まれた。
相手は女だ。女の体を持っている。両手に押しつけられる重い乳房の感触。
ポールの肩を床に押さえつける腕も細い。まぎれもない女の体臭。
香しい唇から伸びた舌が彼の口腔をむさぼっていた。
これは夢なのか、体と精神が分離してしまったのか。
ただただ、堪え難い快感が全身を貫いた。
彼は意識を失った。

「ところで・・ポール。そろそろ思い出したかい?」
全身が重く、けだるかった。ゆっくりと目を開けた。
床に落ちたライトの中にリックが座っていた。
やはり、夢だったのか。枕元のリックがポールを覗き込む。
自分だけが服を着ていないのにポールは気がつく。瞬間、ぞっとする。下半身の痕跡にも。全速で走った後のように鼓動が乱れ、言葉は喘いでいた。
「・・何をしたんだ?」リックは息を切らしてもいない。
「望むことをさ。」彼は微笑む。ポールはリックを殴ろうと手を挙げるが力が入らなかった。
「この・・変態!」体を起こそうともがく。「触るな!」怒りが爆発した。
自分の服がズタズタに裂け、散乱している。
「もう服なんかいらないのさ。」リックのニヤニヤ笑い。「どうしてもって言うなら俺のを貸そうかい。」「いらない!」
ポールはやっと体を起こす。「女だった・・おまえじゃない。だけど・・だけど・・何をしたんだ?僕に!これが目的だったのか?僕は・・僕は君を信じていたのに・・!」
「なんで?喜んでたじゃないさ?」リックは立ち上がり、言葉に詰まる彼を見下ろす。
「俺だぜ。」リックは服を脱ぐ。その胸にはさっきまでなかった、見事な乳房があった。
起立した乳首がつんと上を向き、くびれたウエストは淫らなカーブを描く。ポールが目を白黒させる間にそこにはもう全裸の女が立っていた。顔もリックの面影を宿したままにどんどん女の顔になっていく。それは博士だった。昨夜、彼をベットに誘った同じ顔。「気がつかなかった?俺だったのに。」金髪の中から、青い切れ長の目が厚いまつげの下、恥ずかしげに見つめる。「お前があんましうらやましそうだったからさ。グレタで自分でしてただろ?だからさ。」わずかに朱にそまる肌は白く、黒い茂みへ続く。事態を把握できないポールは催眠術にかかったようにそれを見ていた。。赤い唇が扇情的に瞬く。
「思い出すまでさ・・もう1回、やるかい?愛しいポール・・」
催眠術が解けた。あとは無我夢中だった。わけもなくただ叫びながら、ポールは盲滅法に遺跡の奥へと走っていた。


置き忘れられたポールのライトだけがひそっそりと床を照らしていた。
「また、鬼ごっこかい?あきないのさねえ。」リックだった女は冷ややかに笑うと静かに跡を追う。「逃げられっこないのに。」
そして、全裸の女は乱れた足音の放つ絶叫の方へと軽々と跳躍して行った。

スパイラルワン3-1

2009-04-20 | オリジナル小説
         プロローグ・プラス


さて、話は少し飛ぶ。アギュがユリと共に日本の山合いの待ち合い室で苦渋に苛まれている頃。それより、少し時間がさかのぼる。
この星で彼らが出会う、もう一方の主人公達もある展開を迎えようとしていた。

そこは太平洋を挟んだ対岸。アメリカの東海岸、カリブ海。
バミューダトライアングルと呼ばれる海域の洋上。
1艘のサルページ船が沖合に止まっていた。
デッキに立つ白いTシャツの人影は身を乗り出すようにして上空を見上げている。
船倉から上がって来た黒ずくめの男はしばし足を止めた。
「ポール、落っこちるよん。」
「リック!」
その声に慌てて欄干に登っていた足を降ろす。
はじけるように顔を向けた白人の男はあたふたと指を上げる。
「見てよ!UFOだよ!間違いないよ!」
リック・ベンソンは日陰から歩み出るとゆっくりと付き合って空を見る。
「今度はどこよ?」
「ほら、あそこ。あそこ。」
「まぶしすぎてわからないね~。」
「あ、もう、わかんなくなった!。」
ポールは上気した顔に露骨に落胆の色を浮かべた。
「消えちゃった・・」
「この辺は昔から目撃例が多いのよん。俺もおとといの夜、博士と見たもんね。」
リックはポールの頬をつつくとタバコをくわえる。
「にしても、最近ちょっと多いね。確かに。」
「もしかして。」ポールは反射的にライターを捜すが、リックのが早い。
「僕らの今回の冒険と関係あったりして?」
「ふふ、まさか。」リックは深く吸い込むと煙を吐き出した。
「UFOは俺らの範疇外でしょ。」
「でも、でもさ。」ポールは未練たらしく空を捜してる。「バミューダトライアングルの過去の消失事件は地球外生命体のしわざだったりして。だとしたらさ。」
彼の目は夢見るように輝き、声は熱を帯びた。
「僕らが今日、バミューダの遺跡に潜ることを知って偵察に来たとも考えられなくない?」
「考えられなくもないが考えたくない。俺はそういうの興味ないの。」
リックの眼は眠そうだ。
「でも。」顔を振り向けたとたんにリックの煙が眼にしみた。
「古代神話にもUFOらしい怪しい記述とか遺跡の絵とかあるじゃない?オーパーツとかだって。僕らの研究にだってきっと、まったく関係なくないよ。」
「そうかね~?」リックはけだる気に話を打ち切る。
「それより、いよいよなんだよね。ポールさあ、興奮してる最中に悪いけど、今はさUFOなんかで浮き足立って欲しくないないんだよね。」
たちまちポールはうなだれる。「ごめん。」
そんなポールにリックは呵責を覚える「しまったな。俺、口悪りぃから、軽い気持ちで言ったんだけど。言い過ぎたかも。」
しかし、うなだれたポールには内心、うなだれるだけの理由があった。そのことでポールは今日のリックの眼がまともに見れる気がしない。横目で並んだ友達を見た。
黒い髪に黒い瞳。骨格のしっかりした太い眉がユダヤ系の特徴を表している。鍛え抜かれた筋肉が覗く胸元から折り畳んだ地図を取り出す。
「ほらよ、ポール。」
仲直りの印にそれを受け取るとポールは広げる。
「こんなにとんとん拍子にことが進むとさ。正直、とまどっちゃったりしない?。」
「しない、しない。俺の財力じゃ当然。」
リックは大型船のデッキに目を走らせる。「って言うか、俺の親父か。」苦笑い。
「こんなに大掛かりにしちゃって。どこのお偉い大学のチームかと思われちゃうよね。」
「気にすんなってこと。」リックは煙を空に吐き出してにんまりする。
「俺らのガキの頃からの夢がやっとかなうんだからさ。」
「信じられないよ。まだ・・」
「現に俺らは今、ここにいるのよ。死のトライアングルの真ん中にさ。」
「ほんとここに・・トライアングルの秘密が眠ってるのかな?」
リックは肩をすくめた。
「俺らが手に入れた古文書によるとね。眉唾だっていうヤツもいるけどさ。」
「バザールで君のおじさんが手に入れたんだよね。でも、不思議だな・・それが僕らを同じ大学まで導いた・・そしてこんなところまで連れてきたんだ。」
ポールはいったん言葉を切った。リックは強くなってきた陽ざしが反射する海を見つめている。雲一つない。風も凪いでいる。
陸地も遥か彼方、海鳥の姿もUFOの影も今は見られない。
「天候は良好だね~。うっかりしてた、サングラスを博士のとこ、忘れて来た。」
「ほんと感謝している。君にも博士にも。」
「今更、何を言うんじゃん?無二の親友じゃん?。」
「ああ、だけど。僕はさ・・」ポールも思い出してサングラスをポケットから取り出す。
二人は同い年には見えない。ポールはまだ少年の面影を残し、ずっと幼く見える。
いつもよりも更に顔色が白いのは日焼け止めのせいだろう。線が細い印象にたがわず、彼の肌は弱い。日焼けするとすぐに水ぶくれができる。
「リック、僕は・・」
サングラスで眼を隠すと、ポールはちょっと頭を下げた。
「どうしていいかわからないくらい感謝してるんだ。大学の学費のことだって・・」
「よしてちょ。お前はさ、誰よりも考古学をやりたがってたしさ。俺は俺の相棒と同じ研究を続けたかっただけじゃん。それに、これは俺の復讐なんよ。わかるっしょ?」
「・・君のお母さん。」
「そう!俺のクソ親父さま。金の亡者ね。母さんを自殺に追い込んでのうのうと今も商売繁盛、驀進中。胸くそ悪いったら。いつだって仕事と金、金と女!なんだからさ。」
リックの顔に悪魔的な影が差す。「あいつに俺の要求は断れるわけないのよ。罪悪感、たっぷり煽ってやってるから。ざまあみろさ。あんだけ女囲って、唯一の跡取り息子は今も俺一人だもんね~。あいつのバットの打率の低さはきっと神様の罰なんだよ。」
リックは笑いをかみ殺す。「だからさ、あんたの学費なんか俺へのお小遣いのうちに含まれてるし、俺と母への慰謝料や遺産の分け前から言ったってほんの微々たるものってあいつは思ってるさ。」リックは波間に唾を吐く。
「だから、気にしないでちょ。俺はもっともっとあいつの金を使ってやるから。この船だってさ、すごいじゃん?今年の誕生祝い。」
男らしい容姿からはマッチョな性格を想像させる。実際はまるで正反対に振る舞い、なんでも冗談や軽口にしてしまうリック。しかし、ポールは長い付き合いの間に彼の奥底の繊細な内面を知っている。そして、本当の彼は外見そのままに男っぽく粘り強く、そして執念深い一面もあることを。
だからポールはどこかでリックに気を使う。
「たまたま・・近所で・・偶然、同じ趣味だったってだけで。僕みたいな貧乏人が君のおかげで得をしてるって・・みんな、言ってるよ。」
リックはますます肩をすくめた。
「そんなしょうもない悪口言うの、どうせ博士だろ?」
ポールは図星を付かれて、黙ってしまった。その様子にリックは声をあげて笑う。
「相変わらずだな!いつまでたってもさ!」ポールの肩をたくましい両手で抱く。
「お前っていつも変わらないよね。ほんとずっと、変わらないでいてちょ!。」
ポールはこういった、リックの自分への激しい愛情の発露に時々、困惑する。ただでさえ、誤解が耐えないリックの振る舞いなんだから。これだから、自分まで誤解されるのだ。ちょっとうらめしく思うが、リックに対する感謝の念はそれよりもあまりあって大きい。感謝と、少しばかりの窮屈さ。なんだか飼われている動物のような。
あわててそんな思いを打ち消した。
「ポール、恩に着るのはよせって言ったじゃん?。」リックの目が覗き込む。
反らしがたい程の力を持つ強い瞳。サングラスをしてても魂の秘密まで見透かされそうだった。実際時々、こうやって怖いぐらいにリックはポールの気持ちを読んだ。
「俺はさ、お友達がいなかったんさ。無理もないさね。ひねてたもんね。成金のいけすかない息子として、学校ではいつもつまはじきだったさ。お菓子をせびられる以外はさ。普通に口利いてくれたのってさ、あんたぐらいだったじゃん?」リックはなつかしそうにため息をつく。「読んでる本を見て俺の方から、あんたに声をかけたんだよね。」
「超自然、古代遺跡の謎。」二人は同時に題名を口に出し、吹き出した。
「お互い、変な12歳だった。」笑顔のポールにリックは肩をぶつける。
「その調子。やっと、いつものあんたさ。」
「僕の秘密を・・知っているのも君だけだ。」ポールは声を潜めた。
「特殊能力と言ってちょ。」リックも潜める。
「ところで、ポールさ・・まだ、例の・・夢は見てるのかい?」
「ああ・・」ポールは息を吐き出して伸びをした。「なんでだろ?ここんとこ・・船に乗ってから特に激しいんだ。船だからかな。なんだか・・・何か、あるような。」
「・・何を?」
「わかんないよ。僕の夢に出て来る船は、どういうわけかいつも空を飛んでるんだし。でも、そうだな・・夢の中の僕は何かを知っているんだ・・それが、もう少しで思い出せそう・・そんな感じかな。」
「まどろっこしいね。」リックは感慨深気に顎をかいた。
「まったく。」ポールは肩をすくめる。「変な話だよね。ずっと・・子供の頃から同じ夢を見てるなんて。しかも、だんだんストーリーが進んでいく・・こんなの、聞いたことないよね。」
「そうさね。俺は・・あまり夢なんかみないからさ。覚えてないからかもしれないけどさ。
何にしても、それもお前の前世か何かなんだろうよ。前世が実証された話は色々な本にも載ってるし。俺は信じてるよん。」
「これもあれも、僕の悩みの種さ。聞いて笑わなかったのは、リックだけだ。」
「勿論、どっちも誰にも言ってないよ。博士にもさ。」
ありがとうと言ってポールは力を抜いた。
「博士とは結婚するんだろ?」
「さあ、どうだかね~。」はぐらかす。
豪華なサルページ船のキャビンを仰ぎ見る。突き出た煙突の先にだらりとアメリカ国旗が下がっている。ポールは落ち着かない。
「婚約してるって聞いたよ。」
「博士が言ったん?彼女は俺の金の方が大好きなんだと思ってたさ。」
「また、そんな。」冗談めかした口ぶりにも羨望の響きがわずかにこもる。

「俺はさ。」ふいにリックはマジになる。
「お前があいつと寝たって平気だよ。」
「リック・・!」ポールは固まる。
「あいつのことだ。俺の嫉妬を煽る為とか言ってさ、やりそうじゃん。」
「・・・」ポールは言葉が出なかった。それはつい昨夜、出航パーティの夜。酔いつぶれたポールは気がつくと、リックの彼女のベッドにいたのだ。
「誘惑されたんだろ?」リックはこともなげに言う。
「良かったんだといいけど・・初めてだったんだろ?」
良かったどころじゃなかった。
ポールの体が熱くなりかけたので、急いで思い出を封印する。
「知ってたんだ。」顔は青ざめたポールは自分の心が少しだけ楽になるのを感じる。
「平気なの?」

若々しい声がデッキに響いた。ポールはギクリとする。
「ヘルマン博士、ご苦労さまっす。」
近づいてきた金髪の女性にリックは軽く頭を下げた。
いつにも増して短すぎるスカート。ポールの眼に眩しすぎた。
モンローウオークが映える糖蜜色の肌、彼女には大胆な水着がよく似合うだろうとポールは思った。だけど、期待してはならない。高揚した気持ちがわずかに落ち込む。すばらしいプロポーションを白衣に押し込めているのは、すべてリックの為なのだから。
自分なんて合間のスナック菓子程度だろう。未だ、昨夜の大不運、気がつけば大幸運が信じられなかった。夢だったのだろうか。博士からポールは完全に黙殺された。
ポールが付いたため息に初めて、やっと女の鋭い視線が走った。
少しだけ散ったぎこちない火花をリックは黙殺する。
「待ってよ。ポール、行かなくていいからさ。」
ポールを熱心に引き止める様子を博士は苦々しく見つめている。
表面的には何事もないように言葉を続ける。
「二人で潜るなんて危険すぎるわ。」博士と呼ばれた女性は甘えるような、訴えるような目を背の高い黒髪の若者に向けた。「アスラムとキムも連れて行って、ね?」
「潜航カメラは用意できました?」ポールが遠慮がちに首を伸ばす。
「いつでもOKよ。」博士は強ばった笑顔をポールに見せた。
「カメラはずっと遠隔操作で追尾するし、二人の現在位置は電波で常に把握できるわ。」そして今度はとろけるように「でも、深海なのよ。何が起こるかわからないから・・」
リックに再び目を向ける。彼女の手がリックの襟にそってなぞるように降りて行く。そして意味深にジーンズのボタンのところで止まった。
リックがその手を静かに払いのける。
「防水トランシーバーも持って行くんしょ。」青年はそっけなく答える。
「俺たちの潜水はずっと君の監視下にあるんだから大丈夫だってさ。」
「もう、またそんなこと言って!当然の措置でしょ?」
ふくれる博士にリックは面倒くさそうに相づちを打つ。
「わかったよ、博士。会話も出来るんだしさ、異常があったらすぐ引き上げてくれて構わないさ。命綱も付いているんだし。」
彼は小柄なポールを振り返った。
「いくよん、ポール。準備開始。カウント・ダウンだって!」
「わかった、リック!オーケー!」
なんだかんだ言って、ポールは心が浮き立って来るのを感じた。
身を翻すと急ぎ足で、逃げるように自分の部屋へと続く階段を降りて行った。
途中でウエットスーツ姿のキムに呼び止められた。
「また、当たられた?」たどたどしい英語でニヤニヤと聞く。
「ああ。」ポールは苦笑いを浮かべてみせる。「困ったよ。リックが冷たいからさ。」
「わかるよ。君ら、仲良し過ぎる。だから、彼女、いつも焼きもち」キムはポールの肩を叩く。「潜水の準備?終わったら、いつでも任せてよ。」
「君も潜るの?」
「念のため、着ただけ。博士の言いつけ。アスラムもしてる。」
「ふうん。御念の言ったことで。」ポールは感心する。「リックが聞いたら怒るかも。」
「だから、私も困ってる。」キムは階段に向かう。「私の雇い主、リックさん。なのに博士が色々言いつける。聞かないとヒステリー。」肩をすくめた。
「君の苦労、よくわかるよ。」ポールは片目をつぶると自室に飛び込んだ。

「グレタ」デッキに残されたリックは博士のファーストネームを口にする。
「大丈夫さ。何もないじゃん。とにかく最初は二人で潜りたいのさ。」
グレタの手を取る。「二人の夢なんだもん。」
「私の夢でもあるのに。」尖る唇。「今は。」
リックもポールの後を追って歩き出す。グレタが付いて来る。
「いくら幼なじみだからって・・そんなに仲間はずれにしなくったって。」
リックの部屋は操舵室から離れたキャビンにあった。
「君、ちょっと考え過ぎさ。」部屋に入るなり、勢い良く上半身をはだけた体にグレタの目が吸い寄せられる。声のトーンが優しくなる。
「心配なのよ。本当は愛する人をこんな危険なところに潜らせたくないのよ・・」
青年は笑って全裸になった。「ほら、ほら。これが見たくないの?」「いやよ、もう。」「ほんとは見たいくせに。」青年は力づくでグレタを引き寄せた。
「見るだけじゃ嫌よ。」グレタが囁く。
「信頼する人に上で目を光らせていて欲しいだけじゃん?」耳たぶに息を吹き込む。「君と俺が潜ったら誰が計器を監視すのよ?ポールにゃ、できないよ・・」
しばらくあらがっていた博士も勿論、本気ではなかった。
リックの手が色んなところへ這い込むと、堪えきれない押し殺した声を上げる。「悪い人ね・・こんなにやきもきさせて・・ダメよ、ダメったらこんなとこで・・」しばらく無言
でむさぼった後でリックが体を押しやった。「後は帰ってからのお楽しみ!。」
「怒ってるのね?」乱れた髪と服の裾を直しながらグレタはあがった息を整える。
「なんでポールを誘惑したのさ。」リックは背を向けて黙々とウエットスーツに足を入れる。男の声に嫉妬の匂いを感じ取ることさえできたら。女は口びるを噛む。
「ポールはウブなんよ。すれっからしの相手はかわいそうじゃん。」
「言ってくれるわね。」眉が持ち上がる。
「あいつは俺の大事な親友よ。」
「私よりも、いつもいつもポールが大事なのね!。」
「またか、よしてちょ。」
「あの子、私に気があんのよ。気づいてるでしょ?。いつも私をチラチラ盗みみてさ。ぞっとするわよ。だから、ちょっとからかってやったのよ。だけどポールときたら、私の目をまともに見ることもできなかったわ。いざとなると何もできやしないしのよ、ほんと、うんざりするほどお子ちゃまだったわね。」
「やめろ。」リックの背中には押さえがたい怒りが満ちていた。
「あいつの知りもしないで。それ以上の悪口はききたくないさ。」
「どうしてそこまで?それとも・・噂どうり?」
グレタは彼女を拒む背中に必死に切り込む。「二人はできてたりするの?」
リックはやんわりと振り返る。手応えのなさは博士をいらだたせる。
「焼きもちは女を老け込ませるよん。根拠のない侮辱はよくないさね。」
博士の目が怒りに燃え上がる。
「あ、そう!。」むかっぱらを立てて立ち上がる。
「私の男でなければ、あんたなんて世間からゲイだと思われたわよ!あんたがまともな男だって言う証明を、私がしてやったようなものなのよ!感謝して欲しいわね!」

乱暴な音を立ててドアが閉まった。
リックはその後をじっと見つめた。
「証明する為だって、きついさね。」忍び笑い。
「ばか女。」目がぐるっと裏返る。「おまえともこれが最後さ。」
やがて表情を戻すとリックは黙々と準備を続ける。
その顔はさっきまでの生き生きとした人間らしいものが去り、人形のように無表情だ。荒削りに掘られた精悍な木彫り。
「時は満ちたさ。」開いた口から声だけが漏れる。
「どれだけこの時を待ったことか。」
太もものベルトにナイフを取り付けるとリックは部屋を出た。


デッキに戻ると準備を整えたポールがボンベを背負っていた。ウエットスーツを着たアスラムとキムにもリックは何も言わなかった。その他、彼の父が付けた会社の社員5人も彼を待っていた。博士は何事もなかったように計器やケーブルを点検している。
面と向かって目を合わせない。その様子を見て取った、ポールやキムにも緊張が走る。
浅黒い肌のアスワンはおもしろそうに見物といったところ。
「行くよん。」リックは機嫌良く彼らに声をかける。「酸素は2時間?。」
「気をつけて。」博士の目は船べりに腰を下ろしたリックの背にじっと注がれていた。
「行ってきます、グレタ。」ポールがぎこちなく笑って後に続く。
足ヒレが翻り二人は船の視界から消えた。

スパイラルワン-2-2

2009-04-18 | オリジナル小説
綾子は気になって仕方がなかった。
本家のお屋敷跡へと出て行った男。小さい娘・・確かユリと言った・・を連れて遠ざかる後ろ姿を今もつい身を乗り出して見送ってしまった。それも、男に気付かれぬように隠れるように。それで母に見とがめられてしまった。
綾子は大きなお腹を抱えて帳場のイスにふうふうと腰を下ろした。
「みんさい。そげなお腹で身イ乗り出したりするから。」母はそれでも熱い番茶を入れてくれた。「もう産み月なんだから。あげな圧迫するもんでなか。」
大きなお腹が嫌でも目立ち始めた先々月から、帳場へは出なくてもいいと夫からも言われていた。しかし、小さいとはいえども旅籠の老舗旅館の若女将である。一応。と、綾子はお腹をさすりつつお茶を飲んだ。
なんでこんなに気になるんだろう。挨拶は母である女将が行った。綾子は男が手回り荷物を持って母の後を付いて部屋に上がるのを板場からチラリと見送っただけだ。
最初は幼い娘と二人旅であるとただ一人の仲居(これは義理の妹であった。)から聞いて興味を覚えただけだった。
娘が思ったよりも小さかったのも胸を突かれた。自分も母になるのを指折り待っている身であったから。妹によると「奥さんは亡くなったらしいよ。」そんな報告も一因かもしれない。「ちょっと良い男じゃない?」
色々あって離婚調停中である妹は興味津々で、その後も続々と報告をしてくれる。義理の関係であるので実際は綾子より3つ上でに当たり、既に三十路に片足を突っ込んでる妹はとても子供が2人もいるようには見えない。浮気者の旦那とキチンとした暁には実家に預けている子供を引き取り、兄が婿入りしたこの家で働くことが既に決まっている。まさか早くも後添えに入るつもりなのかと綾子が肝が冷える程の熱中ぶりだった。
まるでその為の身上調査のようである。
年齢、家族構成、出た大学や出身地は勿論のこと。
「娘さんは、障害があるみたいね。」とか。
「38で会社を興したらしい。」とか。
「この辺に住む家を探してるみたい。」などと。
よくも恥ずかしげもなくと言うぐらい、毎日聞き込んでくる。困りながらも、生来の育ちの良さから丁寧に説明する男の面長な色白の顔が浮かんでくる。綾子は男に失礼なのではないかとやんわりと諌めたが、妹にはさして影響は及ばなかったようだ。
今度は綾子ではなく、実の兄である夫や父や祖父を相手にしきりに話題にし出した。
本家の屋敷跡と呼ばれる裏山の中腹の広い土地に男が興味を抱いてるらしいと。
父は持て余していた裏手の荒れ地が金に換わるかもと身を乗り出したが、祖父は難色を示した。曰く「あそこは鬼門じゃから。」
「しかし、父さん。」父は渋る親を説得に掛る。
「あそこはいつまでも売れんし、税金もかかるし。父さんだって今の竹本の内情は知ってるやろ?あそこが売れたら、露天を新しくできる。」
祖父は容易に首を振らない。婿の身の夫までいつの間にやら義父にちゃっかり味方をしている。
「そうですよ。設備を新しくしたら、観光協会からもっとお客を廻してもらえますよ。」
「団体客も扱えるし。」
近隣は旅籠町であったが戦後、立ち行かなくなった旅館も多い。
それはわかると祖父はモゴモゴと歯切れが悪い。
「本家跡って、あのお化け屋敷?」綾子はつい口を挟む。
父と母は「綾子!」と声を揃える。慌てて泊まり客に聞こえたらどうすると言う仕草。
「だってほんとのことじゃない。」と綾子。子供の頃、友達と徒党を組んで押しかけては
逃げて帰った記憶が蘇る。かといって、何が見えたわけでもなかったが。あれは従姉妹や再従兄弟が揃うと行われる真夏の恒例行事だった。
「今は本家は松本に移っとるがの。」祖父は重い口を開く。
「お前の大伯母さんが亡くなっとる。」
「何にしても、もう戦前の話でしょう?」能天気な夫。
「それに、まだほんとにあそこを買ってくれるかはわからないんでしょ?」
私はまとめに入る。
「今日、見に行くって。」妹は得意そうに教えてくれた。


そして、今。
なんで私はあの男が気になるのか。なんだか、男を見ると落ち着かない気持ちになる。
大きなお腹をして。夫のある身で。これは恋ではない。
どちらかと言うと。
不安?綾子はため息を付いた。
うまい話を持って来た、詐欺師?若くして妻に先立たれた運のない男。その不幸に伝染するような感じ?どれも違う。
こんな気持ちを抱いてるのは自分だけらしかった。
驚くほど家族は・・旅館竹本の人々はたった一人の逗留客である男に心を許してしまったらしい。口を利かないという、幼い子供を抱えてる哀れさか。その娘は整った顔立ちのお人形のようにキレイな子だ。それも不憫と評判である。
しかし。と、お腹の子が中からポンと蹴った。綾子は顔をしかめて立ち上がる。
子供もなんだか落ち着かない。予定日はまだ2週間ほど先だ。町中の病院の予約は済んでいる。いつ何があってもいいように若夫婦の部屋には入院セットの入った大きなかばんも完備している。
綾子はお腹を擦りながら話しかける。子供をあやすようになだめながら、勝手口に向った。
「ちょっとその辺、散歩してくる。」
「ぽっくりなんか履くんじゃないよ。」すかさず母が後ろ姿に声をかけると、部屋を片づけに行く妹の後を追って二階の階段に消えた。
もうすぐ、夕食の膳の時間である。
外に出ると、裏山の空は真っ赤な夕焼けに染まっていた。
何も、こんな時間に。午後から、見に行かなくてもいいじゃない。もう、黄昏だ。
逢う魔が時じゃない。そう思うと身震いが出た。
あそこホントにお化けが出るのかしら?
噂によると若くして死んだ大叔母の霊が出るとか。
親戚なんだけど、お化けはやっぱり怖いわ。
山の上に宵の明星が瞬いている。まだ輝かない白い半月は中空に所在なく浮いている。


その時、ある予感がして綾子は後ろを振り返った。国道に面してる旅館の表を通るトラックを避けながら。
国道の向こう、草むらの中の一本道の先に人影が現れた。
小さな人影を従えている。
竹本の客にまちがいなかった。
なんの気なしに国道を渡った。車は多いが切れ目は無数にある。カーブをよく見て渡る。子供の頃から、渡り慣れているのだ。コツを掴めば容易かった。
思えば。まだ、綾子はこの客とまともに顔を合わせてない。
幼い子供の方とは1度だけ投宿した次の朝に偶然洗面所で顔を合わせ、寝癖の付いた髪を鋤いてやったことがあった。母親がいないからであろうか。その時、ユリと言う子供は不思議そうに綾子の腹に興味を示した。綾子は己の膨らんだお腹の中にいる赤ん坊のことを簡単に説明してやった。するとユリは綾子の目を見上げて、本当に可愛い笑顔を浮かべた。おずおずとしたその手を導かれるるままに、ユリは綾子の腹に耳を押し当てたのである。
そんな子供の父親に未だに会ってないことの方がおかしいのだ。
まして祖父が本家から押し付けられたあの土地を買ってくれると言うのだ。もしも、そこに住むことになるのだとしたら、キチンとした挨拶の一つもした方がいいとその時綾子は軽い気持ちで思ったのだった。
間接的に散々聞かされた噂の主にも勿論、興味はふくれあがっている。
しかし、渡る時に小走りになり息切れがした為そこで待つことにする。
綾子は営業用の笑みを浮かべながら、近づいてくる大小の影をジッと見つめた。

その刹那。錯覚だろうか?。黒い人影がやけに黒く、蒼い鬼火に包まれているような気がした。目をこらす。夕暮れに染まる山肌を背景に暗い人影が近づいて来るだけだ。
突然、眩暈とともに背筋が震えた。
綾子は、落ち着かない思いに捕らわれる。漠然とした恐怖。自分でも説明できない。
このまま、踵を返して帰った方がいいのではないか?
でも、子供は私に気が付いたようだ。手を振ってる。反射的に、機械的に手を振りながら綾子は自分の感覚を持て余した。男が近づいてくる。鼓動が激しくなる。何故か、冷たい汗が額に浮いてきた。
子供がこちらに走り出した。男は遠くからこっちを認める。端正な顔が、いやに。
なんだか。こちらに迫るように感じられる。
汗はのど元を伝う。男の目が。目が。蒼い。綾子は再び悪寒に震えた。蒼い目が光る。
この人、怖い。なんだか、違う。他の人と。男が燃え上がるように見えた。蒼い炎に包まれて。歩み寄る。嫌。怖い。来ないで。
綾子は無意識に足を引いた。子供が甲高い声を発したのがわかったが、綾子は身を返した。あえぐように足を運ぶ。腹の子が暴れている。痛い。腹を押えた。
けたたましいクラクションが鳴り響き、綾子の視界は真っ暗になった。
急ブレーキの車が倒れる綾子の腹に突っ込んで行った。



「あぶない!」アギュは無意識に動いていた。気が付くと車は大きくカーブを切って反対車線に止まっていた。奇跡的に対向車はそのギリギリで止まっている。車内の運転手が目を白黒させている。確かに一瞬、はね飛ばされたはずの妊婦は道の端に移っていた。
男は綾子の体をそっと抱きあげようとしたが思い直した。動かさない方がいい。
綾子は気を失っていた。
急ブレーキに驚いた女将が飛び出して来た。「綾子!」
隣近所からもチラホラと人びと。
「救急車を呼んで下さい。」アギュは緊迫した声を出す。
「あー!」ユリが追いつくとしきりに道路を指さす。
道路の上に水が流れていた。血が混じっている。
水は綾子の足の間を濡らしていた。
ズックが脱げた靴下だけの足先が赤く染まっていく。
「あー!」子供の悲しげな叫びが響く。
奥へ向けた女将の慌ただしい悲鳴に板場から綾子の夫が走って来る。
「診療所へ!その方が近い!」

綾子は3軒先の町営の診療所に運びこまれた。
「先生、破水した!」
おっとりと出てきた老医師は綾子の夫の悲鳴に、あわてて診察室に引っ込み薄い手袋を探した。
「偉いこっちゃ!救急は?」
「今、呼んどります!」外から竹本の祖父も怒鳴り返す。
わしは専門外だが取り上げたことはあるぞと、医師はぶつぶつつぶやきながらのぞき込んで絶句する。
「頭が出とる!こりゃ、産まれてしまうぞ。」」
「市から30分はかかる!ま、間に合わん?」
「ここで産むしかないかもしれん。」青ざめる。
「先生、お願いします。」女将と夫、父が祖父が妹が先生を取り囲む。
医師の指示で看護婦姿の老女が奥へ駆け出す。慌ただしい声で自分の娘を呼んでいる。
娘も看護婦で市立病院勤務だったが今日は非番だった。
「何をすればいいですか?」
「なんか手伝えることは?」
口々に叫ぶ身内に、落ち着きを取り戻した老医師が告げる。
「男はみんな、外へ出ちょれ。」

真っ青な顔の綾子が診察室のさらに奥に運び込まれ、肉親達も支え合いながら付いていった。邪魔だと言われた綾子の夫と父と祖父は所在なく診察室のベッドに腰を下ろした。外では駐在が車の運転手に話を聞いている。当たったわけでなく、車に驚いて倒れたらしいと言うのが大方の目撃者の意見だった。申し訳ないとひたすら頭を下げていた初老の運転手は最初は首を傾げていたがそのうち自分の記憶を塗り替えることにする。確かにはねたと思ったのだが、違うに越したことはない。
その他の隣近所の人々は遠巻きに声を潜めて、心配顔で道路の果てを見つめている。国道が家並みを外れて山肌を縫って木々に吸い込まれて行く先。救急車の音もまだない。


狭い待合室には青年と少女だけが残された。アギュはユリの様子を痛ましそうに見た。座ることも忘れたように、ベンチに腰掛けた彼の上着の袖を固く握りしめている。
「かわいそうに。」少女が訴えるような目で見上げる。「あー」
アギュは首を振る。「ダメです。ワタシ達はこれ以上は干渉してはいけないんです。」
彼は慌ただしい奥に目を向けた。声を潜める。
「お腹のコドモは死んでいます。」ユリと呼ばれる少女は納得しなかった。ぐいぐいと引っ張る。しかし、アギュの顔は暗いままだ。
「ハハオヤだけ助けるのがやっとでした。」車は確かに綾子の腹に当たったのだった。
やっと、ユリは涙の盛り上がった目を青年の膝に伏せた。
声を殺してるが口の震えが伝わる。手はまだ裾を固く握っている。
彼はその手を外したりはしなかった。静かに手を挙げるとすまないと言う精一杯の気持ちをこめて、その髪を静かに撫でた。

スパイラルワン-2-1

2009-04-18 | オリジナル小説
            プロローグ・ゼロ


「ユリ。」
青年は少女に呼びかけた。女の子は草むらを熱心にかきわけている。虫が飛び立つ。
すぐに走って来た。手の中に大事そうに何かを隠して。
少女は青年にそれを見せる。赤い宝石のような実をいくつか。汁で手が染まっていた。
「ノイチゴ。」青年は教える。「食べられます。」
青年は年若く背が高かった。Tシャツとジーパンだけの簡素な服を着たひょろりとした体の上にやさしくためらいがちな顔が乗っていた。
彼の言葉で少女は無言ですぐに口にふくむ。複雑な表情。
「微妙?」青年は笑う。「ほのかな甘味ですから。まだ、野性味が強いですか?」
少女が実を差し出すと青年は首を振った。
「ワタシはいりません。みんな食べていいんですよ。」歌うように話しかける。
「アワのように消えるでしょう?」彼は口に出せない少女の触感を口にする。
少女は彼が食べなかった実を大人しく口に含んだ。
歩き出す。
草深かった。蔓延った蔓の下の土塀の跡を探りながら進む。獣道が途切れ途切れに続いていた。
「トンボです。」
少女は手を出して掴もうとする。「欲しいですか?」
青年が手を差し出すと飛行虫がためらいもなく、指先に止まった。
「静かに。そっと。」差し出す。少女はその透明な羽をおそるおそる撫でた。
青年がトンボを放つと少女はその後をしばらく目で追っていた。
「ココみたいですね。」
青年の呟きに慌てて追い駆ける。
錆びた門柱がすさまじい雑草に丈高く覆われていた。
青年は何でもないように門に触れた。鉄の門は軋みながら開いて行った。
草々が音もなく左右に分かれる。二人は草のアーチの中に踏み込んで行った。
しばらく進むと廃屋が現れた。木造の洋館だったらしい。
今はペンキが剥げ、窓枠も壊れガラスのないそこから青々とした草が吹き出している。
屋根は辛うじて残っているようだったが壁はところどころ、板が腐って穴が開いていた。
ひさしに近づくと、コケ深い香りが感じられた。
青年はしばらく自分のうちの声に耳を傾けるように黙ってその建物の前に立ち尽くした。

「こっち、こっち!」ふいに声がした。見上げると若い男が崩れかけた2階のテラスの手摺に腰掛けていた。「なかなか、来ないからさぁ。眠りかけてたよ。」
青年は上に手を振る、少女に笑いかけた。
「まちがいない・・みたいですね。」
走り出した少女は大胆に正面玄関だったドアをこじ開けようとする。入るつもりらしいが取っ手がなかった。青年が後ろから長い手をのばし、そっと触れる。大きなしみだらけの2枚ドアは軋みながら中へと開いた。枯れた蔦がちぎれる音と共に。クモの巣から虫の残骸が散った。
「あぶないぞ、ユリ。」ドアを開いたのは背の高い大柄な女だった。「気をつけろ。」
言葉は優しい。ためらいなく踏み出そうとする少女をやさしく制す。
少女は目の前の女の手にそっと自分の手を絡ませた。女は青年を見やった。
「どうやら、算段は付きそうだな。」
「小細工しなくても売ってくれそうだってね。」2階にいたはずの男がいつの間にか、後ろから玄関に入ってくる。「かなり、おんぼろだよ。タトラが昔の再現写真を発掘してくれているけど、そっくりそのまま修復するのは手がかかるってよ。」
「我は何も昔通りに再現しなくてもいいと思うがな。」
「できれば。」青年が言葉を切る。「再現したいんです。」
「そうか。」ため息と共に大人3人は辺りを見回した。
床は落ちて草に覆われていた。奥に崩れかけた階段が見える。薄暗い廃虚に屋根の隙間から無数に光の帯が落ちていた。色あせた壁紙は蔦に大部分、覆われている。
「・・予算さえあれば、大丈夫だろう。」
「銀河の果ても金次第ってね。」
2人の会話を制するようにユリが身動きした。
「ほら。」青年が息を詰める。2人も少女と並んで緊張に身を固くした。
壊れた階段を白い微かな影が降りてきた。白い素足がつかの間、ハッキリと見えた。
影は踊るように階段を降り、息を潜める彼らの間を通り外の明るさの中へと消えた。
青年も息もせず、目を閉じていた。すべての神経を影へと集中させて。
やがて、彼は息を吐きだす。「ユウリ・・」
彼の中で万華鏡のように意識が煌めき、彼は数秒間小さなパニックに陥る。
そして一筋の水が目尻から溢れ落ちた、しかし彼はそれを拭う事もできない。
強く手が引かれたことで、彼はやっと霧散した意識を一つにまとめることができた。
気がつけば、物問いた気な少女の目が見上げていた。
「やっぱりココにいましたね・・」
彼は晴れ晴れと笑った。涙が滴り落ちた。それは不思議そうな子供の顔をかすっては、塗料のはげ落ちた乾いた板の上に落ちて吸い込まれていった。
「あー、あー!」
少女はそれを見ると女から手を離し、小さな掌で青年に触れた。彼はされるままに屈みこむ。
涙をふき取る、小さな手の感触に青年は何度もうなづく。
「ココに帰っていると思ったんです・・」幸せそうだった。
「アギュレギオンともあろうモノが・・不覚です・・」

「・・・まったく、見えなかった。」ガンダルファはショックを隠せない。
「・・本当に彼女だった?」おそるおそる隣のシドラに尋ねる。
目を皿のように見張っていたシドラ・シデンだったが、黙って首を振った。
「見えなかったが・・感じた。」「嘘、まじ?」「なんとなく・・な。」
「やっぱり嘘なんだろ?」「嘘ではない・・・」
喉の奥でうなるシドラにガンダルファは自分の肩を見る。
「ドラコには人影のような薄い質量が見えたみたい。」
「確かにな。」シドラもしばし何かに耳をすます。
「バラキも感じたみたいだ・・・しかし、ユウリだとは確信が持てないと言ってる。バラキは大きすぎるから、この空間にあまり近づけないのだ。おぬしのドラコの方がより近かったはずだから、そっちが正しいのだろう。」
「そうか・・シドラ本当に嘘付いてない?」
「嘘などついていない。我だってちゃんと見たかったんだ。」
唇を噛む2人は、慈しみ合う傍らの親子を見つめ続ける。

アギュは尚も溢れる涙を止めようともせずにしばし息を詰めて、思いを凝集させていた。
傍らの2人の存在は頭から飛んでいる。
「カノジョは・・・閉じ込められた空間にいるのです。だからワタシ達に見ることができても、向こうにはわからないのかもしれない。まるで終わらない夢の中で同じ行動を無限に繰り返しているように・・・ワタシ達の声を届けるすべがありません。
今は・・・」
思いあぐねている彼にユリが何かをしきりに伝えようとする。
「フタリ?・・・フタリいるのですね?」彼はしばし驚きをうちに秘めて、娘の真剣なまなざしと向かい合った。そして、微笑む。「アナタにはわかるのですね?アナタはニュートロンではないけれど・・・そういう力があるのかもしれない。ユウリは特殊能力者でしたから・・・。」
それから、通り過ぎた影の匂いをかぐように消えて行った空間を脳裏に再現する。
「ああ、なるほど・・・。」にわかに彼は納得する。「混じり合ってしまったのかもしれませんね?ユウリのオカアサンもこの地で亡くなっているはずです。そのヒトの思いも彷徨っているのかもしれません。」

「どういうことだ?」シドラが割って入る。「説明してもらおう。」
シドラ・シデンの口調こそ、同じ学園の生徒だった頃と何ら変わらない。彼女に見えないように、ガンダルファはちょっと笑いをかみ殺した。
「ユウリとハハオヤ・・・フタリの思いが惹かれ合ったとしても不思議はないんです・・・オヤコですからね。ユウリの思いはそこに吸い込まれてしまったのかもしれません。だから・・・ワタシ達の声が届かないのでしょうかね?」
「・・・フン!おぬしの声なら届いて当然とでも言うのか?」シドラの皮肉なつぶやき。
「まあまあ、シドラ。」「大した自信だな。」
「シドラ、上司、上司。」しかし、ため息まじりに付け加えずにはいられない。
「ユウリはさ、アギュが好きだったんだしね・・・。」「フン!」
アギュは下を向き、ユリに語りかける。
「でも、そうだとしても・・・ワタシにはフタリがヒトツになっていることはまったくわからなかった・・・」彼は、ユリを笑って見下ろす。「きっとフタリはすごくよく似ているのですね・・・勿論、アナタもフタリにとてもよく似ているから・・・。」
ガンダルファとシドラ・シデンも改めてユリを見る。
彼らの記憶する面影が強く重なる、大きな目でユリは真剣にアギュを見上げていた。
涙を拭ったアギュが蒼い瞳を再び曇らせたので、ユリは悲しい気持ちでいっぱいになっていた。幼いながらもユリは彼を慰めてあげたかったのだ。しかし、ユリはそれを言葉にするすべがない。どういうわけか・・・年不相応に急激に成長させられる遺伝子の弊害だという説もあるが、通常よりも付加を与えられて育った子供にはこういう例が多かったのだ。
「ユリ、どうした?」シドラの声の気がかりなトーンにアギュは我に帰った。
自分に縋る小さな手を見下ろし、少女の目が涙で一杯になっているのにやっと気がついた。
彼はもう一度、かがみ込むと先ほど、ユリが彼にしたようにその涙を指で優しく拭き取った。
「悲しい思いをさせましたね。大丈夫ですよ、ワタシは。ガンダルファとシドラ・シデンもね。ワタシがきっと何か方法を見つけますから。」
青年は自分の胸に手を当てる。そこにはいつの間にか体と服を透かして浮かび上がったオレンジの光が輝やいていた。
「ここにあるユウリの欠片・・・必ず、残りの魂とひとつにします。」
ユリをその胸に抱きしめた。「取り戻します。必ず。」
「頼むぞ。」シドラがつぶやく。
「できることがあれば、なんでも協力するからさ。」
2人にもアギュは力強くうなづいた。
胸の奥で柔らかく息ずく光の確かな息吹にも。

スパイラルワンについて

2009-04-14 | Weblog
言い訳以外の何者でも
ないのですが
ちょっと説明をさせていただきます。

随分前に出来ていたところから
載せていっております。
2はイラストができたら・・・
正直、イラストがしんどいです。
誰かに描いてもらいたいぐらいです。

あとですね。
設定が勝手に変わっていたりします。
スパイラルゼロの終章で
舞台を長野としましたが
(これはまだ直していない・・・)
山梨にしようと思っています。
友人が住んでるのとか色々縁あって
長野が好きでそうしたんですが・・・
やはり土地勘とかがないと
どうも・・・掴みきれなくて
山梨ならすぐそこなんで~
裏丹沢裏庭じゃん?って
言うことなのです。
あの終章はどちらにしても
怪しいんで・・・
そのうちがらっと変わってしまうかもしれません。
なかなか追いつかなくて・・・
老体に鞭打てど踊らずって感じで
ございます。
申し訳ありませぬ。

スパイラルワン-1-3

2009-04-12 | オリジナル小説
                 幕間1


太陽系、第3惑星『地球』。
思えばレギオン(特殊な人類)であるアギュが生きた惑星に降り立つのは初めてのことと言って良かった。
恒星に超新星や死に行く太陽があるように、惑星にも内部に熱い溶鉱炉を秘めた生きた星とただの物質の固まりに過ぎない死んだ惑星がある。
アギュが産まれたのは勿論生きた星、オメガ星系第3惑星第2衛星であったが彼は5歳になるかならないかで、ペテルギウス第23番惑星に連れ去られている。臨海した人類をだしたことにより、厄災に見舞われたオメガ星系はその自由を奪われ星も人も連邦の終わりない過酷なコントロール監視下に置かれて久しい。憎まれこそすれ、迎える者とて誰もいないこの星は既にアギュの故郷とは言えなかった。
彼が500年に及ぶ時を過ごした第23番惑星は、その地殻のほとんどを人工的に浸食された既に冷えきった死核星、その回りを回るスクールは無論ただの人工衛星に過ぎない。
その後、彼が向かい入れられたオリオン連邦の中枢・・・オリオン・シティは連邦のすべてを統括し、運営し監視する連邦の頭脳であり心臓部であるが・・・その実態は第23惑星と同じく内部まで作り替えられた死んだ星の集合体に過ぎなかった。
彼は生きた星をその肌で知らない。
彼の部下であり友人とも言えるガンダルファとシドラ・シデンの故郷、生命に満ちあふれた星ジュラの話を聞いても状況にプラスされるそのわき上がる感情が完全には理解できないところがあった。光、風、匂い。そして温度変化や時間によって長い間、積み重ねられる感情の変化。

果ての地球と呼ばれる、その星に降り立ったその日のことをアギュはその終わりない生涯の中でけして忘れないことだろう。
臨海した彼にとって視覚は何重もの次元と共にすべて同時に知覚され、把握される。
アギュにはすべてが燃え立つ陽炎のようであったろう。
地上は幾つものブレを持ちながら揺らぎ渦巻く。無数の生命が放つ熱気が煌めきながら大気圏一杯に吹き上がっているのだ。その次元の揺らぎの中に、ドラゴンボーイである2人の部下のワームドラゴンの姿が過るのが、アギュには時々感じられた。バラキとドラコも自らが選んだパートナーの新しい任務地を観察するのに余念がないようだった。
アギュの視覚はワームドラゴン達の持つ視覚とあまり変わりないはずだった。
宇宙に無数に広がる次元の穴であるワームホール。そこを住処とするワームドラゴンは幾つもの次元に股がって生きる生物であったから。
とうとうアギュは一度に入って来る情報量に消化不良になりかけた。
「あれが感じられるか?」たまらず、傍らのガンダルファに話かける。
「この星は幾つもの小さい次元が無数に重なっている。」
「へーえ、まったく感じないね!」
「すべての生命・・・同じ波長を持つものが小さい次元を共有している・・・ように見える。」
「ふーん、全然、まったくわかんないよ。」
その返事に眉を寄せたのは少し離れて回りを警戒していたシドラ・シデンだった。
ガンダルファは自らの好奇心のままに、右に左に首を振るのに忙しかったからまったく上の空だった。彼らが初上陸に選んだ地は見渡す限りの平原だった。ひとっこ一人いない。風に揺すられ音を立てるアシのてっぺんで小さな小鳥が高らかに歌う姿しかない。シドラは久方の爽やか酸素を花の香りと共に馥郁と吸い込んだ。
背の高いアギュは内側から光輝く髪を風になぶられるまま、太陽を魅せられたように見つめている。さすがにここではアギュに目がくらむことはない。シドラは横目で観察を続けたが、気を引き締める側から自然と開放感に緩んで行くのは避けられないということを実感しただけだった。
すべての音が光がざわめきとなって何年も動かない空間で過ごして来た耳朶に優しく触れていた。アギュは憑かれたようにまだ語り続けている。シドラはそれはもはや、誰にとも言えないのだろうとは思った。しかしひとたびいみじくも軍人となったからには、いわゆる部下というものがガンダルファのように上官をほっときっぱなしでいいのであろうか。そう迷いながらもシデンはその姿に何かを思い出さずにはいられなかった。
「これは・・・この星の核が生きている証なのだろうか。核活星とはみんなこのようなものなのかな?」
「さあな。」シドラ・シデンが歩み寄る。「我はワームとは違う。この星は我の母星ジュラに似てはいるが・・・その時はまだ我は次元など縁がなかったからな。」
それから、鼻から思い切って息を吐き出すと「おぬしがそんなに次元に感心があるとはしらなかったぞ、アギュ。まるで誰かさんのようだ。」
調度、アギュはガンダルファの方に顔を向けたのでその表情はわからなかった。
「体が臨海化していけば。」苦い口調が加わる。「嫌でも興味を持つようになるさ。」
フンと、その返事に納得したわけではなかったが、シドラ・シデンはもともとアギュにもその誰かさんにも関心がなかったので、それきりその事を思い出すことはなかった。
「それそれ。」代わりに、ガンダルファがアギュに向かって指を振る。
「それこそ、お前らしい言い方だって、アギュ。中枢に行ってからのお前と来たらさ。」
「アギュ隊長と呼べ。」コホンとシドラ。
「もしくは元帥。」
「呼ばなくていい。」すかさず、アギュが言う。「これは、命じる。」
「命じられちゃ、しょうがない。」
「命令ではな。」シドラが肩を竦めた。
シドラの理想とする軍隊は不発の予感がして来た。まあ、仕方がない。理想と現実。
「それより、さっきの続きです。」アギュが空を指差す。シドラの目にも飛び回る相棒の姿は見えていた。
「ワームドラゴン達にも次元の層が厚いことが、わかっているように思われるがどう思いますか?。どのくらいの層を体感しているのでしょうか?。」
「我に聞かれても。」
「シドラさぁ、ワームと一体化すれば、僕らにも感じられるんじゃない?」
ガンダルファは手に止まった小さな虫をためすがめす観察する。
「まあ、所詮ドラゴンに乗れたって、降りていれば生身の原始人だからね、僕ら。」
そういうと手を振って虫を空に放った。
「つまり、臨海進化したおのれは我らと感覚が違うということだ。」
「そうか・・・そうですね。」
アギュはその言葉を誇らしくも寂しく感じる。
「そんなことより。」ガンダルファが振り返る。「ここがユウリの故郷なんでしょ?。」
「ここより、もっと小さな土地です。」アギュが丁寧に答える。
「ユウリの産まれた地があります。5歳まで育った家が。」
「我は・・行ってみたい。」シドラがつぶやく。
「勿論、おぬしのことだ。行くんだろう?」
「行くどころか。」アギュは黙って眩しい笑みを向けた。
「そうこなくちゃ。」
3人はしばし黙って、光と影を見つめていた。



。。。。。。スパイラルワン-2へ続く


スパイラルワン-1-2

2009-04-12 | オリジナル小説
昔話がやっと一段落してから、二人はその部屋を後にすることになる。
次の間にはニュートロンと呼ばれる数人の女性がかしこまっていた。
なかなか対談が終わらないので、彼らの何人かはさぞや待ちこがれてじれていたことだろう。しかし、もともと表情の乏しい顔からは何も見出せはしない。
「紹介するわ。」イリトは手短にそのうちの一人を招きだす。
事務的な口調で後は下がるように命じた。
娘達のわずかな逡巡に彼女らの名残惜しさが強く現れていた。
「おかえりなさいませ。」
進み出た一人が丁重に挨拶をする。宇宙人類としては大きな方だが、小柄で細身の女性。イリトと同じく髪も瞳も白く、色素がない。切れ長の端正な面差し。
「もう、いくらかは見知ってくれたかしら?」
アギュは黙ってうなづく。先ほどと違って不機嫌なのをイリトは見て取った。
「彼女はゾーゾー。中継基地で待機するでしょう。」構わず続ける。
「細かい手配はすべて任せても大丈夫。ここでの生活も快適に取り仕切ってくれたはずです。」
アギュがゾーゾーを見ることはなかった。光は視線をさけるかのように強まった。
イリトは自分が指名した部下が唇を噛むのを目の端にとらえたが深追いはしなかった。
「あと何人かを私は系外に配置します。」
「滞りなく。」アギュは手短にささやくとその場を後にしようとする。
「会いに行くのね?」イリトは引き止めるでなく自然に会話を続ける。
「連れて来てるんでしょう?・・そろそろ、いい頃かしら?」イリトはゾーゾーに促す。
「彼の大切な人に変わりはない?」
「ありません。すべて順調に進んでいると認識してます。」こわばった顔。まぶしいのか、目がさらにつり上がる。
その返事に光は再び、うなづいた。
素っ気無い反応に女性はさらに強く歯を噛み締めていた。いつものことだった。この娘達の誰もに彼は素っ気ない。誰一人、名前を聞かれた者もいない。このほんの数日前、ここに到着した時から。
彼は奥へと進んで行った。幾つもの扉が彼が近づくと開き、そして、閉ざされた。


黙って見送ったイリトはゾーゾーのため息を今度は聞き逃さなかった。
「そのうち、心を開くかもしれない。」上司であるイリトは言い聞かせるように言った。
「それはあなた次第。」
「努力します。」ゾーゾーは不平は飲み込んだ。
「あなたが試したことを知ってるのかも。」イリトはちょっと意地悪く付け加えた。
部下の透けるような顔に血が登るのを彼女は見た。
「私にも報告が来ていたから。志願したんでしょ?」イリトはため息をつく。
「まあ、仕方ないわ。私だって可能性があれば、試したでしょうから。若かったらね。」ちょっと鋭い視線になる。「若いとなかなかあきらめが付けられないわよね。不可能と解ってても。」その視線にさらされた部下は黙って視線を下げる。
「凍結卵子ね?。でも、ダメだった、でしょ?」
こわばった顔で部下は告げる。「私の受精児は臨海しませんでした。」
「そうなのよ。もともと、私達ニュートロンでは確率が低いのよ。彼が進んで提供してくれたDNAをあなたも無駄にしたもんだわ。」イリトの声には非難は見られなかった。
しかし、ゾーゾーは話を遮った。「・・もう、いいですか?」
「ええ。あなたも準備があるでしょ。」
イリトの目はまだ何かを言いたそうだった。今度は、この部下は挑戦的に上司を促す。
頑固で意固地な表情がその眼にはあった。触れさせるもんか、と。
イリトは笑ってはいけない。
「あなたは、私の部下の中でもピカイチだわ。」
イリトは部下の目を受けて立つ。彼女が目をそらすまで。
「過度の期待はしないことね。」
「・・言ってることがわかりません。」美しい部下はやはりかたくなだった。
「行っていいわ。」
放免されたゾーゾーが急ぎ足で退出するとイリトは広い室内に一人残された。
「恋というやつは。」
鋭い光が白い双眸の奥底で光る。イリトはこれまで自分の人選に不安を感じたことはない。しかし、今初めて彼女を選び出した自分は正しかったのかと、すこしだけ自信が揺らぐ。あの娘がアギュの子供を望んだことまでは構わない。ニュートロンの野心的な女なら誰もが一度は夢見ることだ。イリト自身は臨海進化は原始星人しか起こりえないと言う学説を支持し、確信している。アギュが協力的になったおかげで、細胞が手に入りやすくなったからと言って安易にばらまくのは感心できなかった。
生地はどうあれ、自分の命令には素直な娘だと思っていたのにあの挑戦的なまなざしはどうだろう?
もし、アギュの側に置くべきではないと感じたら即座に更迭しなければいけないだろう。
イリトは無意識に踵を鳴らしていたことに気づきやめる。
「恋する乙女。」まったくやっかいだった。
「宇宙人類でさえ足下をすくわれるのかしらね?」
やがて、イリトは力を抜くと長く息を吐いた。


プライベート空間?(それはほぼ正しかった)の一番奥まった部屋にアギュはたどり着いた。
その室内に浮いた立体のベッドと呼ばれる空間にアギュは入って行った。
肉を持たなくなる彼の為にと作られた人口次元。
初めて強い疲れを覚えた。
上目遣いの白い女の顔が過る。「嫌なオンナ。」吐き捨てるような言葉が口をつく。
「ゾーゾー。忘れるな、部下というよりは中枢の監視者だろう。」
「ジブンのコドモが臨海せずに破棄されても平気なオンナ。コドモに臨海進化という重荷を背負わせてまでも、己の出世を望むヤツ。」
「考えても身震いする。」
まるで会話のような独り言が迸る。
その内からの迸りに、アギュは力なく身を任せていた。
濃い密度の空間に彼は今、捕らえられていた。それは本来なら、心地よい場所。
その中で様々な思いが渦巻き広がって行く。

彼が今、並々ならぬ覚悟と共に切り抜けた戦い。
その戦いは一口に総括するならば、人類と人類亜人種との相克であった。
ヒューマノイドとカバナ・リオン。
人類が始祖のアースから発展し作り上げたオリオン連邦は、いまや銀河のオリオン腕と呼ばれる一帯に広がっている。
そしてその戦いも既に二つの民族が始祖のアースを出た時から始まっていたのだった。何万百年に渡る戦乱と何百年かの休戦、それらを幾度も繰り返し一度はほぼ完全にオリオン連邦に勝敗が上がった形になりカバナ・リオン達を中心とするダークサイトはオリオン腕とペルセウス腕の真ん中のボイドに放逐された。
それがペルセウスの他民国家の後ろ盾を得て、勢いを盛り返してからは戦いは連邦内部からペルセウスに臨する辺境地域へと変わってしまったのだ。
連邦を奪還しようというダークサイトとそれを阻止しようとするライトサイト。二つの人類。宇宙人類と呼ばれるニュートロン、進化体同士の果てしない戦いであった。

このような戦闘が続く限り、中枢議会と交わした誓約により彼はボードシップに居を移さなければならない。だから、星に行った後もこの休戦状態が長引くようにと彼は今日徹底的に敵を叩いたのだった。イリトが自分と中枢の間に割って入ってくれると知った今、肩の荷が降りてしまったアギュは無性に自分の願いだった5000光年彼方に飛んで行きたくなった。
アギュは独り言を止めて、空間を漂い思いにふける。
仲間に会いたかった。特に、特別な仲間。ガンダルファとシドラ・シデン、 原始星ジュラ出身の2人のドラゴンボーイ。ワームドラゴンの使い手である2人とはかつて宇宙の監獄と呼ばれたスペーススクールで深い縁を繋いだ。
自分が臨海した元帥を演じなくても済む、心を許せる仲間だった。
しかし、まだその任地へ向かう為の彼の準備は完璧ではなかった。
実はそれも、アギュ自身が無意識に今まで引き延ばしていたのかもしれない。
運び込んだ受精卵はここに着いたその時点でも、すでに目覚ましい発達を遂げていた。
アギュは疲れた意識をひとつにまとめようと努力した。肉体を持つ人間ならば別々に対処する身体の疲労と精神の疲労が、そのどちらもが、ひとつになった彼自身を2倍に疲弊させていた。
二つの人格を統合した彼は(そのことは先に旅立った二人すらしらない)その為に時に自分の意識が議論するかのように分裂している感覚を抱く。今も二つの意識が口々に自分を責め立てているように思えた。二人の記憶を彼は持っている。今はどちらも自分にとっては他人のように遠く感じた。焦燥に彼の体は重く黒ずんで行く。
自分の肉体がどういう状態なのか、実は彼にもよくわからなかった。彼の前に臨海した人間は6人。いずれも心を閉ざし、臨海の途上で人類を見捨て、宇宙の彼方に逃げてしまった。
踏みとどまったのは、彼が初めてだった。
何か補給した方がいいのかもしれない、とぼんやりと思った。しかし、食欲はまったく感じなかった。彼はまだ食べようと思えば、普通の食べ物を採ることもできた。もともと小食だったけど。しかし、彼を観察している科学者の話でははっきりとした内臓の働きは確認できなくなったと聞いていた。エネルギーに変換した食べ物の方が自分にはもうふさわしいのだろう。
それはなんだかとても味気ない。
これから、いったい自分はどうなって行くのか。はなはだ、心もとなかった。


その時、金の光が彼の脳裏に閃いた。ただ一人、いつも自分を励まし支えてくれた者。自分がそばにいて欲しいと思った少女。彼女の笑顔。そして、声。
それだけが彼に残された唯一、確かな記憶のように思える。
自分の片方が殺し、片方が救えなかった少女。
心の奥底からかすかな楽器の振動が伝わったようだ。
彼女だけを自らの主人と認めた壊れた楽器の欠片。
体の奥底から響いてくる懐かしい音。心がしびれるように満たされて行った。
気がつくと疲れが洗われるように消えていた。
彼の体は美しい光を再び取り戻す。
心臓があるべき場所で金色の光が鼓動していた。
彼はベッドを滑り出た。
再びいくつかのドアを巡る。
その体には溌剌とした生気がみなぎり、目は星のように燃えていた。
「ワタシの希望の欠片だ。」彼は呟く。「まだ、あのコが残されている。」
「過ちを償うことができる」ふいに目に陰りがやどった。「ただし。」
「あのコが成長して、ワタシがしたことを知ったら?」
「言わなければわかりはしない。」
「言わないで、ワタシはワタシを許せるのか?」無意識に口から溢れ出る言葉に彼の顔が苦痛に歪んだ。
「あのコはワタシを許してくれるだろうか。」
アギュは立ち止まると、しばし息を吐き呼吸を整えた。それを繰り返すと、顔から覗いた苦悩の色は影を潜めていった。彼は静かに呟いた。
「それは・・・未来の事はワタシにもわからないのだから。」
「行こう。もう、動き出した。ワタシが・・ワタシ自身が動かしているのだ。」
苦痛を飲み込み再び、アギュは歩み出した。

行き着いた部屋には大きな水槽のような装置があった。
壁の全面が窓になってる以外は特徴がない。
泡が無数に浮いてる水槽の中に全裸の幼女が眠っていた。
アギュはしばしむさぼるように子供を見つめた。何者かの面影を探し求めて。

そして覚悟を決めたように、光が何かを呟くと、水槽の泡が激しくなった。
水が沸騰するように急速に蒸気となって行く。
深閑とした静寂とその風景は合致しない。
とうとう幼女は蒸気となった暑い空気に揺すられるように水槽の底に降り立った。汗ばんだ素足の回りの水たまりが次々に蒸発して消えて行った。
でも子供の目は閉じられたままだ。
光が近づくと水槽は姿を消した。
しばし、ためらい、それから静かに呼びかける。
「ユリ、こっちへおいで。」
その口調はボード・ルームでのものともイリトの会話ともまったく違っている。
ためらいがちだが、柔らかく力強い。
子供は微笑んだ。目を開く。大きくて強い目だ。
ちょっとふらついたが、すぐに確固たる足取りで光に近づく。
「あー」口を開いて見上げる。笑いかけたのだ。両手で光に触れようとするがうまくつかめないらしかった。
アギュは腰をかがめるとしっかりと子供の両手を受け止めた。
「今日・・・産まれた。」彼はやっとそれを決意できたのだった。
「とうとう、産れたのですね。」
ふいに避けようのない喜びがわき上がって来た。

ためらいもなく、裸のままの子供を光の腕へと抱き上げた。
物珍しげに小さな手が光の髪を撫で擦る。光の欠片が飛び散ると子供は楽しそうに大きな声で笑った。
よく似ている。彼は柔らかい頬を指で触った。弾力のある頬にエクボが作られた。
自分にもどこか似ているはずだった。二人の遺伝子が合わさったのだから。
でも彼は自分の面影は探さなかった。今の彼の慰めにはならないから。
アギュレギオンが窓に近づくと、宇宙を移して濃い闇に満たされていたその面に変化が表れた。
一時、水面のように渦巻くとそこには惑星の姿が映し出される。
白い雲が覆う、青い星。
アギュは子供をその星の方へと掲げた。
「あれがユリのハハの星ですよ。」子供は食い入るようにそのスクリーンを見つめる。
「美しいでしょう。」彼の目はその星よりも蒼い。
幼子は振り返り見比べるようにそれをのぞき込んだ。そして、また笑う。
「あの星に行きますか?」ささやく。「ワタシとともに。」
「あー!あー!」
子供は身を捩らせると彼に何かを訴える。
ニコニコと笑いながら。
「ええ。約束ですから。」
彼の意識の影達も感慨深く今は口を閉ざしているようだった。
湧き上がる深い思いに彼の光の表面も打ち震えた。
彼はしばし、それに耐えるかのように眼を閉じた。
「我が子よ。」そして、眼を見開く。
「私達3人の大切な子供。」
目の前に心配そうに見上げる黒い瞳があった。
アギュレギオンは静かに微笑むと童女を固く胸に抱きしめた。



スパイラルワン-1-1

2009-04-12 | オリジナル小説
             プロローグ・マイナス



銀河は戦国時代であった。


オリオン腕と呼ばれる領域ととペルセウス腕の間の前線戦場地帯。
熾烈な戦闘が行われている地点から何光年も離れた前線基地。
オリオン連邦のベースキャンプ・シップ。
それは小惑星ほどの次元ボード・シップであった。
船の内部は多重次元が人工的に作り出されていたために肉眼によって、空間は歪んで捻じれて広がって見える。一次元しか認識できない原始体にとってはいたたまれない場所であっただろう。次元感知能力の優れた進化体達だったらば、さらに幾重にも重なったブレた内部が捉えられていただろう。
どちらにしても、保護スーツなしでは存在しえない程の密度の濃い船内であった。
乗組員の数は驚くほど少ない。
彼等も陽炎のようにゆらいで見える。その場にいたり、いなかったり。


その一見、白一色の果てない砂漠の核に蒼い光が瞬いていた。
「ガード7754をγX1010508YZからω11008911に移動。」
光が言った。
「敵機σからαに進入。σ1140518にナイト6500を移動。」
「了解。戦闘に突入。」
「注意せよ。υ58は手薄。」
「ω-θは殲滅完了。」
「ドラゴン部隊υに到達。」
「ドラゴン部隊はγに回避。α・ω・θをυに集結」
「υに敵機を追い込みます。」
「穴を塞ぐ為にドラゴンを投入します。」
「穴は私が塞ぐ。ドラゴンは回避させよ。」
「その方がてっとり早いですが?」
「ドラゴン部隊戦闘回避。前線後方零基準点に下げる。」
やや強い口調で光は遥かに揺らぐ影達に告げる。
「αx1010αy512αz66478・・」
言葉より先に中空のボードを次々と光が走る。次元と次元が重なり交わる点へ目まぐるしく戦機が配備されて行く。
100や200、いや千や万の光点が彼の的確な指示によって幾つもの次元を跨いでボードを滑るように動き続ける。その光の軌道点の残像はときおり、対峙する二つの膨大な軍団の全貌をボード上に揺らめかせる。
どんな小さな敵軍の移動、1機たりとも彼の目に捉えられぬものはないようだった。
チューブのような次元の回りを網のように走る細かい道が毛細血管のように浮かび上がる。

「撃破!」
「υ撃破!」
「δSWに1機逃走はかった。ω5561で追撃。」
「δ撃破!」
「敵、一個師団はリオン・ボイドに退却。」
そこここから影達のため息がさざなみのように伝わる。
ここ数日はほんの小競り合いに過ぎない。
カバナ・リオンは斥候を出し、進軍すべき抜け道を探る。連邦はそれを阻み、死守する。オリオンのペルセウス側前線部隊に阻まれ、カバナ・ボヘミアン(誇り高き遊民)と自らを呼ぶダークサイトの軍団は一歩もリオン・ボイドから踏み出せずにいる。
連邦のすべての船舶は空賊の襲撃や略奪にさらされることなく安全に航行し続けている。
斥候はすべて撃破された。進入できるワーム・ホールはもはやひとつもない。
磁気嵐によって新たなホールが産まれるまでは。


「今日のところは。」光が告げる。「もう動きはないでしょう。」
「すばらしい。」
「あなたの次元空間を把握する能力にかなうものはない。」
「我々にはあそこまで明確に対象を追う能力は及ばない。」
「さすが。」
「さすが、臨界進化。」
称賛に浸ることを拒むかのように光は核から立ち上がる。
現れたスロープをなぞるように光は落下していった。


光は蒼い人の形をしていた。


ボード・ルームから光が退出するとブレた空間は次第に一つになって行った。
人の形となった影がため息をつく。
「あれが、臨界進化体の力なのか。」
遥か横に配置されていたはずの隣の人物がそれに答える。
「彼は最高元帥になった。」
「最強のボードマスターだから当然だ。」別の小さき人が話しに加わる。
「彼無くして連邦はダークサイトを押えられない。」
人々は巨大なドーム型の内部構造の下部に寄り集まる。
「彼が小部隊を率いるという噂を聞いたが・・?」
「それは本当らしい・・彼は中枢を拒絶した。」
「なぜ自らあのような辺境に?」
「臨界進化の考えることなど我々にわからるわけがない。悩むだけ無駄だ。」
「なるほど。」
「それもそうだ。」
「彼が元帥のままであることが重要なのだ。」
「中枢も監視は続けているのだろう?」
「勿論。」
「無駄なことだ。臨界進化体がその気になったら誰も逃亡を阻止できない。」
「やらないよりはまし、というわけだ。」
「彼は逃亡しないと中枢議会で宣誓しているのだがね。」
「わかるものか。それも正気のうちだけだ。」
「発狂した他の臨界体のように、いつか彼も消えてしまわないとは限らない、ということ かな?。」
「それは困る。彼がいなくなるとこの戦況が維持できなくなってしまう。」
「どっちにしても、それは何千年も先のことだ。」
「我々は誰一人、生きてはいまいよ。」
「そりゃそうだな。臨界進化体の寿命は数億年との話だからな。」
「推察だ。」
「確かに。誰も確かめられるわけない。」
どっと笑い合う。
喧々諤々、話は続く。


蒼い光、アギュレギオンは船外に退出しながらニヤリと笑った。
相変わらず、みんな話題が尽きないようだ。


アギュは満足そうに自分が生み出す重力に身をまかせるまま落ち続けた。甘美な墜落。
肯定否定、異論反論、自分へのうわさ話が彼の耳に集まっては散っていったが、それはもう不快ではなかった。
彼は自分が必要とされていることを知っていた。畏怖され崇められていたが、恐怖や嫌悪を抱かれているわけではなかった。軍隊を志す原始体の子供達の遠慮がちの尊敬や混じり気の無い愛情は彼に心地よい充足感を与えてくれていた。
ただひとつ。付きまとう胸の痛みを除いては。




彼はボード・シップから張り巡らされたアーチの一つを渡り隣接するベース・シップへとたどり着いた。
白い女性が今宵は彼を待っていた。


「お久しぶりです。イリト・ヴェガ。」
アギュは彼女の存在をすでにボード・シップに乗り込んだ直後から意識していた。
目まぐるしいあの戦いの最中にも。
「先ほど、ルームまでいらっしゃってましたね。」
「お見通しね。さすがだわ。」イリト・ヴェガは満足そうに目を細めた。大きな椅子に沈み込んだその姿は、満ち足りた白猫を思わせる。
「野次馬根性でね。ちょっと意識を飛ばしただけだったのに。」
アギュは彼女の向かいにフワリと腰を下ろした。
「勿論、あなたの勝利を信じていたからこそのことだけど。」
「それはどうも。」微笑むアギュの光は光度を落とし、イリトには彼の指が輝く髪を所在なげに玩ぶのが見てとれた。(美しい指だこと。)イリトはますます目を細める。あからさまな賛辞をアギュが好まないことも知っていたが敢えて防壁は設けなかった。(どっちにしたってお見通しなんでしょ、アギュ?私の意識なんて)
「そうそう暇人ではありませんよ。」アギュがニヤリと答える。
「でも防御していれば覗きません。」
「あらあら、覗いて欲しいのに。」ポッチャリとした頬が緩んだ。「ほんとよ。」
「できれば辞退します。」彼は会話を楽しんでいた。
二人がこのように親し気に言葉を交わすようになったのは、つい最近のことだった。
それまでの二人は監視される者とする者といった、動かしがたい緊張関係が常に存在していた。それは主に、アギュの方が心を開かなかったからというのが大きな起因だったのだが。
アギュが逃亡しイリトが連れ戻すという過去のある事件をきっかけに、アギュは劇的に変わった。
後にイリトは自分がアギュのことをよく解っていたならばこの事件は防げたのではないかと、後ろめたい気持ちでしみじみと思ったものだ。彼のことをもっとちゃんとした人間として対等に遇していれば、もっと早くに事態は好転していただろう。
イリトははっきりと形を取らない潜在意識レベルでアギュの観察を続けた。
彼の光度はますます下がり、今や普通の人間のようにさえ見えた。陽光のような髪の毛を除いては。彼の臨海は不完全であり、まだその最終形態への途上と思われる。ある程度、彼は自分の肉体の濃度をコントロールしている。パネルを操る時の彼が現在可能な臨海化のリミットなのか、実際はある程度まだコントロールされている姿なのかすら正確に判断できる科学者は誰もいない。
アギュは薄いスーツを着ていた。まだ普通の洋服のように見える。彼はやがて物理的な服等、必要なくなるだろう。ひょろ長く上へと背が伸びて、少し痩せたようだ。外観が少年から青年になっただけかもしれないが。彼を男に見せている頬のきつい線もやがては消えるだろう。彼は性別も失うのだ。そう思うとその固さも大人へと変わる前の少女のようだと考える。イリトはあやうくニコニコするところだった。おっとあぶない。こんな妄想は彼には禁物。
しかし、アギュは言葉通り、イリトの意識の中身などには興味はなさそうだ。
青みを帯びた白い顔は泉のように蒼をたたえた瞳のせいで余計に青ざめて見えた。
ふいにイリトは彼が寂しそうに見えることに驚いた。
イリトは当たり障りない彼の日常を尋ね続けた。アギュは嫌がる様子も見せず、それに答えている。二人は端から見ると、まるで息子とその母親のように見えただろう。
実際にはアギュの方が長い時間を生きていたが。
「落ち着いたようね。」イリトは用心深くそこに踏み込んだ。
「はい。御陰様で。」皮肉ではなかった。こんな言葉遣いをどこで学んだのだろう。
「もう・・大きくなったのかしら?」イリトはアギュの瞳が輝くのを見た。
「ええ。連れて行けます。」
突然、彼がのびのびと幸せに満ちあふれるのがわかった。イリトは意識下で思う。
臨海進化体とは私達が思うよりもずっと無防備な存在ではないのかしら?。肉体と精神が融合するということは、いわば心が常にむき出しになることと同じであるのかもしれない。喜びも悲しみも隠せないのなら、それは何よりも脆い危うい存在と言ってもいい。そんな風に思うなんてとイリトの意識が苦笑う。試験管で子供を作る、ニュートロンの女に母性本能があるなんてね。それでも、イリトは今日彼に自分の進退を告げに来たことを、自らに感謝したのだった。
「じゃあ、向こうで私も会えるわね。」
これにはアギュも不意を突かれたようだった。すぐに彼は事態を飲み込む。
「アナタこそ・・何をしているんです?」
アギュの装甲を初めて崩したイリトはますます猫じみた笑いを浮かべる。
「中枢での地位は?」
「政治はもうあきてしまったの。」残念そうにため息を付く。
「ほら、もともと私は研究者じゃない?原始星の方が好きなのよ。」
「ニュートロンなのに。」
「そう変わり者の進化体。」
どちらかと言うとアギュはイリトの身を案じてるようだった。
「最高機密研究所の所長だったアナタなら望むままの地位がもらえますよ。それに、ワタシを中枢に引き止めたのはアナタの手柄だ・・」声が沈む。
「枢機院でも元老院でも、誰も拒みはしないでしょう。」
「私、年寄りは嫌いなのよね!。」イリトはガンダルファ言うところのおばちゃんパワー全開で身を反らす。
「頭の固いとっちゃん坊やなんか相手にするのはもう、まっぴらなの。
ほんとに私、どっちにしても若くてかわいい子の方が大好きなの。シドラやガンダルファや、それにあなた!。」イリトはアギュの若い部下達の名前を挙げた。
とうとうアギュは笑い出した。「見かけだけはですよ。」
「それに、あなたと一緒に行ったほうが余生が楽しそうだもの。」
イリトはほっとして微笑みかけた。
「私はあなたの上司になるわね。太陽系駐屯部隊の。もともと、あなたが酔狂なのよ。ほんとにね、最高元帥様が私の部下なんて奇妙よね。このことだけでも、ものすごい出世じゃなくて?親類どもがうらやましがるわ。それに私がお目付役みたいにあなたを監視してるからって気にするこっちゃないわよ。だって、多分私はほとんどこちらに待機しているから。中継基地にも普段からいるわけじゃないし。私にも継続中の研究とかあるしね。・・行きたいのはやまやまだけど。・・ほんとはぜひとも第3惑星に降り立ってみたいのよ。でもねえ・・あちらで浮いちゃうと困るでしょ。原住民達を驚かせるだけだもの。私の現地デビューはもっとデータを集めてからね。大丈夫よ。ここからでも幾らでもリサーチは可能でしょ?。今ね、ちょっと激しくあの星に興味を燃やしちゃってるの。どんどんデータを送ってきてちょうだい。すでに派遣されてた人達から話も聞いてみたいし。だから、そっちはそっちでやることをやって。あなた達は心置きなくね、どうぞ好きなだけ、お好きなように振る舞っててかまわないのよ。あなたに全権を任せるつもりなの、いけない上司かしらね。」
アギュは生き生きとしたイリトの話を黙って聞いていた。
自分がどれだけ緊張していたのか今、彼は初めて思い知った。
待ちわびた星への行幸。仲間はとうに先に行ってた。彼がそう命じたのだから。
自分はこの銀河のはずれの戦いの為に出発を延ばした・・延ばさざるを得なかったのだ。
でも本当は・・本当のところは、どこかで自分は恐れていたのかもしれない。
なぜなら驚いたことに、イリトのこの報告に彼が感じたものは安堵だったから。
臨海進化した自分が心細いなどと。
「いいんですか?短い生を。」アギュは静かにイリトの話に割り込んだ。
「アナタのキャリアがすべて無駄になるかもしれませんよ?」
「ご心配なく!」イリトは立ち上がる。
「私、あなたにはできない贅沢をね、あえてすることにしたの。」
彼女は子供のようにおどけてみせた。
「みんなが後ろ指を指す通りに、人生を無駄遣いしてみようと思うの。」
それから慌てて心配そうに言い足す。「今の嫌みに取らないでちょうだいね。」
「ありがとう。イリト。」
胸に暖かいものがこみ上げてきて思わず、アギュも立ち上がった。
「アナタには感謝してる。」ニッと笑った顔と言い方にふと昔の面影が覗いた。
イリトが初めて研究所に着任した頃、外界を拒絶して眠りについていたアギュは既に500年生きていたが外見は12歳の子供と言って良かった。その後、目覚めたアギュは可愛げのない思春期のガキのままに、イリトにやたらと反抗的に接したものだ。しかし、連邦の中枢に自分の居場所を獲得したいとイリトに助力を求めたアギュはまるで別人だった。今、彼女は感慨深く思い返す。悲劇が彼を大人に変えたのだと、まるで母親のような胸の痛みを覚えたものだ。臨海進化体に恐れと疑心を抱き続ける人々の信頼を得る為に身を低くして、ひたすら粘り続けたアギュ。その姿勢はイリトの心の中にも、驚きと共に深い感動を生じさせていった。それまでのアギュに対する考えを180度転換したイリトは気がつけば自分でも驚く程に、まさに政治生命を投げ打って彼に尽力していたのだ。それは今も一点の後悔もない。
心身ともに急激に成長したアギュ。
初々しい青年期の入り口といった外見をイリトは眩しい思いで見つめる。
その誇らしい息子と言っていい男は、かつての姿からは想像もつかない落ち着いた物腰で気負いも媚もなく彼女に相対している。ほんの一瞬、懐かしい子供の面影をイリトに思い起こさせたまま。
アギュはイリトがどぎまぎするのも構わず、静かにその手を取った。
優しく、包み込むように。


幸せのお裾分け?

2009-04-06 | 漫画

お裾分けか
押しつけか
その両方か

春に浮かれて
ちょっとご機嫌。

立て続けに
大好きな本が発行されたのです。

そんな本を読んでいる時が
まさに幸せなんだな~と
最近しみじみ実感。

上遠野耕平さんの「残酷号事件」でしょ
森奈津子さんの「耽美なわしら2」
『獣の奏者』の3巻と
イヴァノヴィッチのステファニーシリーズの新刊・・・
これだけで飯が3杯食えると言っても過言ではない!
(過言だけど)
読み終わるまで幸せな時間が過ごせます。。。。。
加えて
『妖怪アパートの優雅な日常』と「心霊探偵八雲」もなかなかです。


ルパンとホームズ

2009-04-02 | 漫画



この作品はシャーロック・ホームズのマニアの方が出した
同人誌に描いたものです。
かつて学校の図書館でドイルのホームズ物も
ルブランのルパン物も全て読破した記憶があります。
どちらも好きで何度も繰り返し読んで
自分でも揃えたりしました。
アガサ・クリスティとかと並べたりして。
その頃は私の仲間内ではそれはそんなに
珍しいことではありませんでした。
イギリスの実写物のテレビドラマが
激しく流行ったりしていましたね~。

私の場合は一番、愛したのがアルセーヌ・ルパンでした。
というわけで
不遜にも(一応了解を得て)ホームズ本に
ルパンを描いたというわけです。
ルパンに出て来るホームズってわけです。
これはルブランがドイルに許可を取ったわけではない
現在なら裁判沙汰必然のお遊びだったわけです。
当然、コナン・ドイルは激怒。
彼の非難にあって以後、ルブランは
シャルロック・ホメロスとか名前を変えてしまいました。
しかも、屈辱的な役割を当てたり。
子供っぽい嫌がらせですね。
おおらかなフランス気質(なあなあな?)と
いかにもなイギリス人との作品やユーモアへの
捉え方の違いとかが伺えておもしろいエピソードであります。