MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

まぼろし

2009-11-27 | Weblog

まぼろし     忌野清志郎


ぼくの理解者は
いってしまった
もう ずいぶん前の
忘れそうなことさ
あとは 誰も
解ってはくれない
ずいぶん 
ずいぶん
ずいぶん長い間
ひとりにされています

誰か 友達を与えてください
何度も裏切られたり
失望させられたままのぼくに
そしたら ぼくの部屋に
一緒に連れて帰る
幾晩も 
幾晩も
幾晩もの間
枕をぬらしました


ぼくの心は
傷つきやすいのさ
ぼくは
はだしで
歩いて部屋へ戻る


だから早く
近くに来てください
いつだって
いつだって
昼も夜もわからず
幻に追われています





。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

私がRCサクセションの中で
『雨上がりの夜空に』『スローバラード』についで
好きな曲がこれです。
これを聞いて涙していた暗い学生時代。
今思うと10代の私は自宅では
プチ引きこもり状態でしたね。
とにかく母親との関係が最悪でしたから。
うちの母親は要約すると
お姑のようなお方。
超完璧主義で心配症で細かく口うるさかった・・・
窓の桟を指で~という姑のお約束がありましたが
うちの母は私が拭いた食器をいつも指で撫でて
水気が取れてるか確認していましたもんね・・・・
取れてなかろうものなら『お前は何をやっても誠意がない!』
とねちねち怒られるそんな、毎日。
両親は共働きだったので普段は野放し
帰って来るとその空白を埋めるために
子供をかまいまくる・・・
それがすなわち、一から十まで
指図して完璧に思い通りにしたいのね~
で、できないとののしり
反抗すると人格までをこき下ろす
いや、今思うとプチ地獄でしたね。
中学生、高校生とうちが地獄。

あの頃はとにかく
家から出たい独立したい
出来ればこの血の繋がりを断ちたいと
毎日、思ってました。

そんな時、この曲を聴いて
どこかに私のすべてを受け入れてくれる
存在がいるのではないかと儚い希望を繋いでいたのでした。

そして現在。
完全に家から独立した現在。
母親とは相変わらずですが
ある程度、距離をおけるようになりました。
長い道筋ですね。
まだ続きます。


。。。。。。。。。。。。。。。。

女達はできたとこまでで一段落です。
再び、スパイラルに手を入れています。
あっちとこっちと
気分転換しながら・・・
なるべく早くできるといいな・・・
2012年で終わっちゃうなら急がないとね。
なんて。
アンゴルモアの大王をやり過ごした身としては
どうとでもなれって気持ちですよね。

女達4-2

2009-11-17 | オリジナル小説




「ところで。」
マーサとワゴンが遠ざかるなり、待ち構えたように先陣を切ったのはドクターだった。カチンとカップが受け皿の上に置かれる。
「ミスター・ボブはいったい、いつまでここにいらっしゃるのかしら?」
「そのことだけど・・あたし・・」
「いつまででもよ。」クラリサが子供のように声を張り上げた。
「ボブは今日からここに住むの。居たいだけ居てもらうの。」
「でも、クラリサ!」ドクターは声を上げる。灰色の瞳が困ったようにクラリサを見ている。この人、目だけは美しいわとあたしは気がついた。
「ここはあたしの家なのよ。居ていい人は、私が決めるの。」
クラリサはドクターを見なかった。正面を向いて膨れっ面をする。
ドクターはあたしがあきれたことに、本当に子供に言い聞かせるように噛んで含めるようなゆっくりとした話し方をしている。
「彼は、あの・・その、わかるでしょう?。クラリサ様・・・彼はねぇ、男性なの。
女のカッコをしているけど、男の人なんです。ねぇ、よおく考えて見て。この家は女の人しかいないでしょう?。お母サンがなんておっしゃるか、考えてみて。男の人と同じ屋根の下に住んだりしたら、みんなだってあなたをどう思うと思うの?。色々と意地の悪いことを言われますよ。新聞や雑誌で色々書かれるの嫌でしょう?嫌だって言いましたよね。大学でだってですよ、あなたの評判が・・」
「ドクター・カーター?」クラリサは相変わらずドクターを見ないまま、あどけない子供のように顔を傾けたの。あたしはさっきから鳥肌が立って、クラリサ・デラから目が離せなくなっていた。これはなんなのかしら?。あたしは銀幕のマーゴットの演技を思い返した。クラリサは間違いない、演じているのだ。無垢なる子供を。
「ボブと一緒に住むのが嫌なら、ドクターは出て行ってくださって構わないのよ。」
ドクターが言葉を失って青ざめるのは気の毒な程だった。
「でも、彼の気持ちもあるでしょうし・・そんな一方的に・・」
ドクターは尚も喘いでいた。
あたしは辞意を告げるなら今だと思った。その時、それを察したかのように、クラリサが振り返りあたしの目を覗き込んだ。あの魔法のような青紫色の瞳で。
「ボブは帰らないわよね?」
その目には口調とは裏腹に先程の子供のような表情は微塵もはなかった。
「行くとこがないんだもの。私といてくれるんでしょ、ねぇ?」
あたしは口を開いた。彼女を悲しませたくなかった、でもあたしにだって・・。

「いいでしょう。」あたしの答えがどっちにせよ、太い声が打ち消してしまった。
「居てもらえば。」
ミセス・Dは何事もなかったように悠然とデザートを食べコーヒーを飲んだ。
「でも!マーゴにはなんて説明するんです?!」
ドクターがヒステリックに語気を荒げて腰を浮かせた。
「あの方こそ、ご自分の娘の評判を気になさるのではないですか?」
ミセス・Dは手を止めるとドクターに黙って椅子を向けた。ドクター・エッジの言葉にも鋭い非難が込められていいたけど、ミセス・Dのブラシで縁取られたボタンのような目にも意地悪なきらめきがあるとあたしは感じたわ。
「アドリナ、あなたは深刻に考え過ぎですよ。この方は、」あたしにちらりと目を走らせる。「あきらかに普通の男性とは違いますでしょ?いい意味でね。このデビットのように。」
始めてミセス・Dは例の謎の男性に手を向け、デビットなる男は尚も黙って会釈を返した。

「しかし、ですね・・!」ドクターは納得しない。「この人が!」
ドクターの骨張った指が思い切りあたしを指差すのを見てさすがにあたしも何か言わねばならないかと思った。でも、あたしはあたしのくるぶしに何かが触ったのでギョッとして飛び上がりそうになった。下に猫かなんかいるのかと思ってテーブルクロスの下を覗き込んだあたしが見たのはなんとジャネットだった。
「ねぇ、ほんとに下着はどっちなの?見てもいい?」ジャネットは声を潜め、ものすごく真剣な表情であたしに問いかけて来た。上ではドクターが更に叫んでいた。
「このミスター・ボブがそうだとは限らないでしょう!。この人はゲイじゃありません!。ただの女装癖なんです!、ただの女装好きの男なんですよ!。女のなりをして、安心させて牙を剥く詐欺師みたいなものに決まってます!。クラリサを狙って近づいて来たんですよ!」
あたしへの謂れのない中傷はエスカレートするばかりだったけれど、あたしには抗議するゆとりがとてもなかったわ。あたしはテーブルの下のジャネットをどうしていいかわからず、あたしなりの答えとして服の包みを足の間に強く押し付けワンピースの裾で膝で固く押さえた時、デビットなる男が身を乗り出すようにしてあたしに問いかけて来たせいもある。
「ええっ?」あたしは気もそぞろで問い返した。
「君はゲイじゃないの?。それとも、バイ?。ねぇ、君は男と女とどっちがすきなのかい?。」
デビットの笑顔は魅力的だったけど、確かに彼の口調には独特のねちっこい粘りがあったわ。
あたしは混乱したまま早口で口走っていた。
「あたしはどちらかと言えば、そりゃ男の人の方が好きだけど。」
今はクラリサ・デラに夢中なの・・・でも、それを今言う程、馬鹿じゃないわよ。それよりもあたしは今にもジャネットが実力行使に及ぶんじゃないかとそれが気になってちっとも話に集中できなかった。ジャネットの手が踵よりも上に伸びたら、思い切り蹴っ飛ばすべきかもしれない。それに隣でクラリサがずっと小さくクスクスと笑っているのも気になってしょうがなかった。
もうほんと、こんな話題、あたしはクラリサの前でして欲しくなかったのよ。
「聞いたかい?!アドリナ!」デビットは鬼の首を取ったように声を張り上げた。
「ミスター・ボブは男の人が好きなんだよ!。彼も真性のホモなんだ。」
「そんなはずないわよ!。この人に男のいい人がいたなんて話はこれっぽっちも出て来なかったわ!。彼は偽りのゲイよ、女が好きなのよ!。決まってるわ!あたしは騙されるもんですか!。」
「ねぇ、アドリナ。誰もが君みたいにセックスがしたくてしょうがなくて、10や15で可愛い同性の友人をベッドに引っ張り込むわけじゃないんだよ。」
「なんですって!」ドクターの顔が真っ赤になった。「失礼な!。なによ、あんただって好色なホモじゃないの!。ボーイスカウトで教官を誘惑して、ハイ・スクールでさんざんやりまくったって自慢してたのは誰なの!」
二人はテーブルを挟んでギャンギャンと下品なスラングを怒鳴り合い、ジャネットはあたしにテーブルの下から「ねぇ、下着を見せて」と繰り返し、クラリサは子供の声で笑い続ける。そんな数分感があたしには永遠に続くかと思われた。


「二人とも黙りなさい!。」
ミセス・Dが一括した。
「クラリサの前ですよ。」
あたしもその大声にびっくりしたけど、ジャネットも驚いたらしい。彼女の頭がテービルの下にゴツンと当たる音がしてグラスがカチカチと鳴った。
クラリサがチラリと下を覗き込んであらと言うように表情が動いた。困った顔のあたしと目が合うと納得したように、うふふと笑い返した。

完全に場の主役の座を奪い返したミセス・Dが喋っていた。
「ガタガタ言わないの、アドリナ。あなたも、知ってるでしょう。マーゴットの周りには、そういう方達が大勢いらっしゃるんです。わかるでしょ?。ハリウッドでは常識、公然の秘密です。むしろ、ハリウッドに深く根を降ろした証です。あなただってお仕事柄でも個人的にも、そんなことは熟知してらっしゃるでしょうに。何をいまさら。」
その太い声にはあざけるような調子があった。ドクターは唇を噛むと反論をやめ、ペタンと力なく椅子に身を沈めた。デビットが甲高い笑いを押し殺した。
「そうそう、僕たちのような健全なゲイだったらマーゴット様もミセス・Dも問題にするわけない。ちょっとしたお楽しみなら誰だって寛大にしてくれるだろ?。」
賛同を求めるようにミセス・Dを見る。
「問題なのは種馬になれるヤツだけなんだから。」
彼の最期の言葉にミス・エッジは唇を噛んで顔を上げ、ギロリとデビッドを睨んだ。
ミセス・Dはちょっと困ったお気に入りを甘やかすような視線を一時、デビットに注いだ。それから、その視線はクラリサへと流れた。
クラリサはその場にも会話にも全く関心がないように無邪気にケーキを突ついていた。洋梨のケーキは見事にバラバラになり、最早口にされる見込みはなくなていたわね。
あたしはミセス・Dに気取られないようにそっとテーブルクロスの下を覗き込んで見た。残念ながらジャネットは相変わらず真面目な顔して座り込んでいたが、最初程のあたしの下着への執念は失ったみたいに見えた。口に指を立てると、静かに後ずさりを始めた。それを確認するとあたしはテーブルクロスを元に戻した。
あたしもデザートへの食欲をもう完全に失っていたわ。

「さあ、コヒーでも飲んで気を落ち着けられたらどう?、ドクター。」デビットが素早く席を立つとワゴンに歩みより、コーヒーポットを手に戻って来た。ちょっと眉を潜めたのは、テーブルの下のジャネットに気がついたのかも知れないけれど彼は何も言わなかった。毒気を抜かれたようにドクターが差し出したカップにデビットは美しい姿勢で優雅に注いでみせた。それを見てあたしは彼の以前の職業・・ここで何をしているのかは知らないけど・・彼が以前はどこかでカフェのウエイターをしていたのは間違いないと確信したわ。
「考えても見なさい、アドリナ。マーゴの考えそうなことです。マーゴはミスタ・ボブとの交流を段階的な改善と受け止めるでしょう。女のカッコをしていても中身が男ならなおさらいい。今のままでは、どうなるかは目に見えていますからね。まったく、ケイジー・ミッキーがもう少し話のわかる男ならば良かったのに。マーゴットも困った人を後見人に指定したこと。時代遅れの堅物なんて。弱みがあるから断れなかったのですよ。」ミセス・Dは息を吐く。
「クラリサは、もう18歳なのですから、できるだけ早く本当はどうにかしておかなくてはならないのです。なにしろ、大事な発表が控えているんですからね。」
「しかし、それは!前から何度でも申し上げてますけど・・」
ドクターが声を詰まらせた。あたしをチラチラ見るところをみるとあたしの前では話したくはないのが明白だった。
「私の立場から申し上げます。その発表は時期尚早ですわ。」
「すべてはマーゴットの意思です。」
「母親だって娘を尊重すべきでしょう。クラリサ様の気持ちだって・・・」
「これはミッキーだってマーゴットに首を振らせることはできなかったんですよ。」
クラリサがそっとあたしの袖を引いた。
「ボブ、食べ終わったなら、行きましょう。」
「どこへ?」
「買い物。あなたの荷物も取って来なくちゃ。」
クラリサはそっとテーブルの下にも囁いた。
「ジャネットも。今が脱出のチャンスよ。」
後はお願いとでも言うようにデビットにも手を振る。
デビットは黙ってうなづくと、再びポットを手にミセス・Dの前に視線を遮るようにかがみ込んだ。

取りあえずその場に残りたくはなかったので、あたしはクラリサに続いて部屋を出たの。挨拶はしたけど、あきれたことにデビット以外は返事もしなかった。
入れ違いに部屋に入って来たマーサはジャネットがクラリサに隠されるように前を歩いてるのを見て驚きを隠して眉を持ち上げてみせた。ジャネットがクラリサから離れるなり、マーサを手伝う為にたった今、母親と一緒に上がって来たかのように振る舞うのにはほんとに感心しちゃったわ。この女の子は侮っていけない悪知恵に満ち満ちているに違いなかった。
残された二人はまだ話がありそうで、ドクターはミセス・Dの側に席を移り、二人は顔をくっ付けるようにして話こんでいた。デビットがその側に座り、マイ・ペースにデザートのお代わりを食べている。ジャネットは油断なく聞き耳を立てながら、マーサの方は能面のような顔で食器を片付けていた。
あたしは不思議だった。二人はクラリサを前にして、彼女がいないかのようにクラリサの話をする。クラリサはあたしと同じ18歳のはずなんだけど、ミセス・Dとアドリナ・エッジはまるでクラリサが保護が必要なロー・ティーンの女の子ように扱っていた。18歳になれば成人として自分が望めば、信託財産があればそれを管理したり今後の身の処し方をある程度選択できるはずだ。
だからそれよりも、謎はクラリサだった。
なぜ、あんな演技を?。演技だとおもうんだけど。
彼女は昨夜、ここは自分の家で自分の好きなようにできるんだと言っていたのに。
そうではないみたいじゃないの。何か事情があるのに違いなかった。
「あなたの話をしてるみたいなのに、いなくていいの?」
あたしは心配で聞いてみた。
「いいのよ。いつもあの調子だから。」クラリサはまた小さな子供の声で答えたわ。
演技は継続中ってわけ。

濃紺の制服女性が階段の下に控えていた。
レイの姿は見えない。
「ヘレン、車をお願い。今朝、話したとおりボブの引っ越ししますから手配してね。」
ヘレンは無表情に準備ができておりますと答えた。さっきあたしに会ったとかはおくびにも出さない。あたしを見ることもなかった。
あたしがクラリサとキャデラックの後部座席に乗ると、そのシートの手触りを味わう暇もなく助手席にバレンが乗り込んで来た。
彼女もあたしに目を向けることはなかったけれど、後ろ姿の全身から怒りが感じられた。これでは、クラリサに色々と話すことなんてできそうもなかった。
「さあ、行きましょう。」クラリサがはしゃいだ声をあげた。

その後、あたしはクラリサと買い物に行くことになってしまったの。
思い切り流されまくってるあたし。
だけどあたしは、あたしなりに抵抗した。あたしはなるたけ、必要最低限なものしか買わなかったわ。クラリサがなんでもかんでもあたしに買ってくれようとするのから、それは一時も気が抜けない大変な仕事だった。
「あなたって変な人ね。」
クラリサはその時は演技を忘れて心底、不思議そうに言った。
「だって、あたしはクラリサの養い子じゃないのよ。」あたしは行き場のない怒りに内心プリプリしていた。バレンが店に入ってからずっと、その時もピッタリ付かず離れず側に張り付いていたし。バレンの態度はあからさまにあたしは存在しないかのように振る舞うといったものだったから。あたしはこの隙の寸分もないスーツと完璧な化粧に身を固めたドクター・エッジの恋人だとか言うレズビアンの女が心底嫌いになりそうだった。
「あたしはクラリサの家に居候になるだけなんだから。あたし、家事を手伝うしアルバイトだって捜すわ。家賃だって、あたしに払える範囲でだけどお払いするつもりなの。」
「そんなのいらないわ。」クラリサはものうげにココアに口を付けた。
あたしが入ったこともない、デパートの奥地にあるお得意様専用のカフェだった。分厚い絨毯が引き詰められ、重厚な応接セットがそこここに置かれていて人は疎らだった。嬉しいことにそこにはバレンは入って来なかった。
あたしとクラリサだけ。あたし達は向かい合わせのソファの一つに隣同士に座っていた。向かいの席に腰を下ろそうとしたあたしをクラリサが招いたのだ。やっと二人だけになれたんだけど、あたしの心はそれまでに、朝の食卓からバレンまでに受けたモロモロの仕打ちでささくれ立っていたんだと思う。
「あのねぇ、あたしがそういうのは友達だからよ。あたしとあなたは御学友なんですって。だったら、ちゃんと友達らしくしたいの。」
我ながらずうずうしいと思ったけどあたしの口は止まらなかった。あたしはクラリサに説明した。
「こうなったからには、あたしはあなたとちゃんとした友達になりたいの。友達って対等なのよ。知ってるでしょう?。どっちかがどっちかに完全に寄りかかったりしないの。あたし、そういうのは嫌なのよ。」
「友達。」クラリサは目を丸くした。「私、友達なんかいなかったわ。」
「んまぁ。」あたしは言った。「そんな馬鹿な。」クラリサが学内パーティや式典に出た時に回りに付いていたお取り巻き達はお友達でしょ。
「違うわ。あんな人達。」クラリサは肩をすくめた。「あの人達は有名女優の母に頼まれたから近くにいるの。あたしを見張ってるだけよ。」
学内の心ない噂はドンピシャリ、正解だったってわけ。
「あら。」あたしが言葉に詰まっているとクラリサは私に手を回した。
「私、友達持つの始めてなの!私の友達になってくれるのね。私、嬉しいわ。」
どこまでが演技なのか、演技じゃないのか。あたしは今朝の態度をクラリサにじかに聞きたかった。実際に聞けたのはもっとずっと後、あたし達が本当に親しくなってからだったけど。
クラリサが体を離すと、あたしは謎のミセス・Dのことを尋ねてみた。
「ところで、ミセス・ダートンって・・・なんであんなに偉そうなの?」
あたしが尋ねた時、クラリサの顔にギョッとする変化が現れた。
美しい目に薄い膜が掛かったのだ。
「あの人は私の監視者なの。」抑揚のない固い声が美しい唇から漏れた。
そしてふいに微笑んだの。ギラギラした、だけど氷のような笑いだった。
「クラリサ。」あたしはぞっとした。「やめて、クラリサ。」
「驚いた?」クラリサはパッと表情を変えた。「冗談よ、あたしって演技派でしょ。あの人はあたしの母が送ってよこしたありがたくないお荷物ってわけ。あたしの回りの人は、全員、ミッキー派かマーゴット派かどっちかってわけなのよ。」
この時は、あたしはまさか・・・クラリサって実はちょっと足りないところがあるんじゃないかしらと、ちょっとだけ心配になった。もしくは、精神疾患?。
あのドクター・エッジ・カーターもいるし。
それはまあ、当たらずとも遠からずだったわけなんだけど。
その時はまだ、お金持ちなんだから、主治医がいるのは当たり前だと思ってたわ。
あたしは横目でしみじみと作り物のように形のいい細い手先を盗み見た。
こんなに美しいのに。天ってやっぱり二物は与えないってこと?

突然、クラリサはあたしに体重をあずけるように寄っかかって来た。
金髪の頭を預け、目を閉じていた。
儚い甘い、匂いが肩の下から広がってくる。
クラリサの肩は高級な薄い生地の下で限り無く華奢で、壊れ物のような体はしなやかで柔らかかった。
「ボブ、私いつもあなたと友達になりたかったのよ。」
あたしは驚いて、頭の芯が感激でジーンとしびれてしまったわ。
「・・・どうして?」言えたのはこれだけ。
「だって、あなたは正直なんですもの。」クラリサの瞼はまだ閉じたままだった。
「うらやましかったわ。あなたのように・・・生きられたらって。」
あたしの見間違いじゃなかった。彼女の目から奇麗なダイヤのような水が盛り上がっていた。
「クラリサ、クラリサねぇ。」デートでふいに泣き出してしまった女の子に遭遇した男の子のようにあたしは動揺していた。「ねぇ、ねぇ・・・泣かないで。お願い。」
一瞬、あたしはどうしていいかわからなかった。次の瞬間にあたしの頭に浮かんだのは母さんならどうしただろうと言うことだったの。
あたしが拾った病気の猫が助からなかった時、仲の良かった子に突然に意地悪された時、熱が出て咳が止まらなくて眠れなかった時に母さんが自然にしてくれたこと。
それを考えたら、あたしの迷いはなくなった。
あたしは不器用にクラリサの肩に手を回したわ。母さんがあたしはいつもしてくれたように、彼女の背中をできるだけ優しくゆっくりと撫でたの。
そして彼女の頭を膝に乗せて彼女の髪の上に静かに手を乗せた。クラリサはまったく抵抗しなかったわ。クラリサの震えがおこりのように時々彼女の体を突き抜けるのをあたしは感じていたし、あたしのスカートの薄い生地を通して彼女の暖かい涙があたしの膝に伝わるのがわかった。
ただ、あたしはそうやって彼女の涙が止まるまでじっとしていたの。

後で思い返すと本当に不思議に思ったわ。だって、クラリサは遠い星であこがれの存在だった。母さんがいなくなって、入れ替わるようにあたしの近くにクラリサが現れて・・・あたしはほんの数十時間後にはクラリサの頭を壊れ物のように大切に自分の膝に置いて、まるであたしのお母さんのように彼女の髪を静かに撫でていたなんて・・・・。
でもその時・・・回りの目なんかまったく気にならなかったあの時・・・あたしの頭には目の前にいて泣いている女の子のことしかなかったの。
よく、わからないけれど・・・あたしの感じたのは、クラリサの中には隙間なくびっしりと悲しみが詰まっていて、それを出してしまいたいのに悲しみが心の栓になってそれがうまく外にだせないでいる・・・そんな感じがしたのよ。
何かで苦しんでる人にあたしがしてあげられる唯一のことだったの。
クラリサはしばらくしたら、正気を取り戻したからバレンがもう「お引き取りになる時間です。」と迎えに来た時にそんな光景を見られなくて本当に良かったと思うわ。あたしきっと、バレンに撃ち殺されたかもしれないわね。

そんなことがあってからあたしは、くだらない意地やプライドなんか、どうでもよくなってしまったの。
溜め込んでいた怒りは嘘のように消えてしまっていたわ。
母さんがよく言ったように「流れに任せてみる」ってこともいいかもしれないとあたしは思ったの。
どうなるかわからないけど、心細い子供のように身を震わせて、膝の上で泣いているクラリサがあたしに側にいて欲しいと言うんなら、もう見捨てることなんかできないと思った。
空手の先生も言っていたわ。
人生って川は流れに逆らって、無理に泳ぎ渡ろうとすると溺れてしまうことがあるんだって。
「なるようになる」ってね。



次の日、あたしは業者と一緒にアパートを引き払った。
持って行くものは最低限にするしかなかったけど、それは簡単なことだったわ。
家具や大きな物は必要なかったし、クラリサの家には似合わないくらいにみすぼらしかったから。
母さんの思い出が目一杯詰まった家は手放しがたく、でも同じ理由で何を見ても辛くて仕方がなかったの。
大方のものは処分を頼んで、あたしは鍵の壊れた古ぼけたスーツケース(母さんが日本から持って来た)とあたしの学校用の安いボストンバッグの二つにあたしの服と母さんの着物を詰め込んだ。後は母さんの使っていた裁縫箱と嫁入り道具の懐剣ぐらい。
大家さんと母さんの友達が幾人かお別れを言いに来てくれたわ。
どこに越すのかと聞かれたけど、あいまいに答えるしかなかった。
大女優マーゴット・クリスティーン・オラブルの娘の家に引っ越すなんて言ったら、それこそなんて言われるかわからないじゃない。
あたしはどう言われてもいいけど、やっぱりクラリサのことが気にかかった。
ドクターの言うようにあたしがとんでもない厄災になってしまったらどうしよう。

今思うとあたしは武者震いをしていたかもしれない。
図らずもあたしの選ばされた・・・いいえ、違うわ。
あたしは自分で選んだんだから。
あたし自身が選択したこの結果・・あたしのこれから行く道はどうにも平坦な道には思えなかった。
クラリサと暮らせる!ラッキー!そんなものではない。
なんだかあたしの思ってる以上に何かがあるとあたしは感じていた。
そして、それは正しかったの。
なのに、あたしの最大の戦友はもういない。
(あたしの心の中にしか)
あとはもう、クラリサだけ。
あたしはこれから1人で切り抜けなくてはならないのだ。
どんなことも。
何が起こっても。

女達4-1

2009-11-17 | オリジナル小説
       あたしが招かれた気違いお茶会の話



私が明るい陽射しが満ちた食堂に入って行くと、正面にクラリサが座っているのが見えた。
その時のクラリサの印象は、なんていうんだろう。昨日、あたしを窓下から拾いあげてくれた時の断定的なクラリサではなかった。勿論、大学で見かけるマドンナ的なクラリサでもない。
心細くて途方に暮れた子供のような表情があたしには見えたの。
そしてその幼い子供はあたしが部屋に入ると同時に目を上げた。そしてその顔にはじけるような笑顔が浮かんだ。
これはあたしの願望的錯覚なんかじゃなかったと思うわ、絶対に。

「ボブ、おはよう。よく眠れた?」
クラリサの前には既にコーヒーしか置かれていなかった。
二つほど席を隔てて横に、さっき会ったばかりのドクター針(エッジ)。
彼女はあたしを見ないように顔を背けてコーヒーを飲んでいた。
「お待ちしていました、ミスター・テイラー。」太い声がしてあたしは離れた席に座っている太ったおばさんに気がついた。「そこにお座りなさい。」
いやに大きな女性だった。見かけも態度も。年は結構、行ってると思うけどあきらかに絶対、リフティング手術をしているに違いないと思ったわ。パンパンに張った頬の張りは若さと言うよりは不自然だもの。きっともともとは、ブルドックのような顔だったに違いなかった。茶色でツヤツヤの巻き毛のセミ・ロングも染めているに違いなかった。ウィッグの疑いも濃厚。どことなくあたしは無意識にマーゴット・オラブルの出来損ないのまがいもののような感じがした。もともとは小さいのだろうと思わせるマスカラと付け睫毛で縁取られた濃茶の目も油断ができない雰囲気。悪趣味とまではいかないけど、派手で金の掛かった服装。エルメスだろうか。
彼女がクラリサを差し置いて、その場を取り仕切るつもりでいることは明白だった。
さらにあることに気がついて、あたしはとまどった。おばさんのいる席が主賓の席だったからだ。そこは、クラリサが座るべき席ではないのかしら。確かにこの場で、一番年齢が上なのはこのおばさんに違いないんだけど。マナーというのは年功序列とは違うとあたしは習っていたから。あたしは当惑を顔に出さないようにして、朝食に遅れたお詫びを述べるとおばさんが指輪を沢山付けた細いとはお世辞にも言えない指で差し示した席に座ろうとした。それはクラリサよりもかなり、主賓席のおばさんよりの席だった。
「ボブはこっちに。」
ほっとしたことにクラリサがすかさず、自分の隣にうながしてくれた。
「いいですわね?。ミセス・ダートン?。」そう言ってからクラリサは首を巡らして太った婦人に視線を向けたんだけど、心なしかその視線には緊張がこもってるようだった。勇気をかき集めた健気な子供。ミセス・ダートン、ミセス・D。レイが言ってたのはこの人に違いない。不思議の国の権力者?。
ミセス・Dは鷹揚にうなづいた。
「いいでしょう、クラリサ。あなたなら、そうしたいでしょうね。」
なんだか、すごくもったいぶってる感じ。
そのたった一言で含みがある当てこすりを言われたような嫌な気分になったけど、クラリサがはしゃいだように手で招いているから、あたしはその言葉の意味をあれこれ吟味して腹を立てることは止めることにしたの。
広いテーブルを主賓側とは反対に回り込んで行くはめになって始めて、あたしはアドリナ・エッジの正面に男の人が座ってるのに気がついた。今まで彼の背中側にいたから、クラリサしか見ていなかったあたしは気がつかなかったのだ。あたしは軽い驚きを覚えた。レイによると、ここはレスボスの館のはずでしょ?。
それはレイの冗談としても、ここには女の人しかいない言っていたのに。
この男性はミセス・Dとはあまりに対称的に、全然印象に残らない人だというのがあたしの出した結論だった。普通なら濃緑のスーツの上下を着たこの男が鮮やかな服を纏った女達が囲む食卓で真っ先に目立たないはずはないもの。それは主に彼の背中が纏っていた物静かな雰囲気にあるのかもしれなかった。ただし彼を正面からよく見てみると、シャツは鮮やかな黄色だしネクタイは押さえた色だけどピンクと白のストライプ、ネクタイ止めや袖に光るカフスは金でダイヤがはまっているのか陽光にキラキラと煌めいていた。ようく見ると地味とは全然、言いがたいセンス。あまり素人ぽくない派手な服を着てる割に、彼の印象が浅いのはひょっとして彼の顔のせいかもしれないとあたしは失礼な結論に達した。キチンと撫で付けた黒髪に真面目くさった表情を浮かべたその男は彫りの浅い木彫りの人形みたいだった。
同じアジア系にしても、ノルマン人の父親のゴツい血統に苦しめられてるあたしとは大違いだわ。
彼はあたしが座るとコーヒーを置き、会釈をよこしてきたが口は開かなかった。
だけどその切れ長の目は、まちがいない。あたしへの好奇心で溢れかえっていた。

「それはなあに?」クラリサがあたしの抱えてる丸めた服をマジマジと見た。
あたしはそれを座った膝の上に隠した。
「あたしの服なの。」小さい声で囁くとフウンとクラリサは肩をすくめた。
ミセス・Dがそれをとがめるかのように咳払いをした。

絶妙のタイミングであたしの入って来たドアと反対の入り口からマーサが現れた。下の台所と繋がってるらしい。エレベターがあるのだろう。そして、その後ろから自分と同じぐらいの大きなワゴンを押したジャネットが続いた。そこもあたしの過ごした客用寝室以上に広い部屋だったから、運んでくるのが大変そうだった。あたしは思わず立ち上がって、彼等を手伝いたい衝動に駆られたんだけど・・・それはどうにかしてこらえなければならないことはわかっていたわ。
あたしは室内の観察に徹することにした。
部屋の全面は硝子ばりで植物が生い茂るサン・ルームと隔てられており、燦々と降り注ぐ光がヤシや観葉植物の葉に反射して眩しいくらいだった。
その反対の壁は彫刻に覆われた飾り戸棚になっていて、様々な陶器類・・・中国や日本のものやマイセン等のツボや皿、スワロスキーかなんかのオブジェやベネチア硝子の花瓶が飾られてちょっとした美術館状態。かなり興味を引かれるものだった。
テーブルは広くて細長くて、こんだけの人数で囲むのはとっても無駄な気がしちゃった。使われてるのはほんの端っこだけなんだもの。たったの5人。
このテーブルの広さがあったら、あたし一人なら充分暮らせる。
テーブルの上に銀器と共に無造作に並べられた美しいグラス類は噂に聞くバカラかしら。水がすごく飲みたかったのだけれど、自分で水差しから注いでいいのかわからなかったし、繊細で細いグラスの足はあたしなんかがヘタに持ったらぽっきり折れてしまいそうだった。
マーサがよくお眠りになれたようで、ようございましたとにこにこしながら、まるであたし付きの召使いのように隣に立ちお給仕を始めた。
マーサが並べてくれたのは伝統的なイギリスの朝食だったの。あたしは余計なことは考えないように目の前のナイフやスプーンの順番に集中しようとしたけど、カリカリのベーコンの臭いにあたしを裏切ったお腹がグーグーなっってしまった。クラリサはたぶん真っ赤になったあたしに気がついたはずだけど、何も言わずあたしを見てニコニコしている。どうしちゃったのかしら。この食卓に付いたクラリサは本当に無邪気な子供みたい。夕べの知的なクラリサはどこへいったのかしら。
クラリサは次にデザートを配ってるジャネットに微笑みかけ、自分の前に置かれたケーキに添えられたアイスクリームを繁々と観察始めた。
ドクター・エッジは相変わらず、意地でもあたしを見ないかのように目の前のクリームとフルーツを敵のように睨みつけている。
「パンのおかわりが欲しかったら、遠慮なく言ってください。」
マーサの手がほんの一瞬、やさしくそっと緊張に固まっていたあたしの肩に触れた。そんだけのことがどんだけのはげましになったことか。
ますます、あたしの母さんのようだと思ったわ。
あたしはまずはそつなくテーブルマナーをこなしたと思う。ガツガツもしなかったし(本当は、空腹でしょうがなかったんだけど)母さんが色々な礼儀作法については出来る限りあたしを仕込んでくれたのよ。母さんはあたしはやがてホワイトハウスにだって招待されるかもしれないんだから、その時に恥をかかないようにねといつも言っていた。
そのことを思い出したら、涙が出そうになったからあたしはなんとかこらえてスクランブル・エッグを飲み込んだ。


ミセス・Dが時々、世間話を話しかける以外は食卓は静かなものだったわ。ドクター・エッジも謎の男性も対して熱意のない受け答えを返していた。あたしも緊張してしまって、あんまり舌がほぐれなかった。1人だけ食事を取ってるせいもあったし。それだけじゃない、あたしはここに、クラリサの側に居れたらいいなという思いと、これはやっぱり夢でしかなくて、ドクター・エッジが言ったことが真実でクラリサの厚意に甘えるのは筋違いなんだから、食べ終わったらそれをクラリサに言わなければいけないという気持ちで正直、マーサには悪いけど味はよくわからなかった。マーサが勧めてくれたオレンジジュースのお代わりもあたしは断るしかなかった。ジャネットはデザートを配り終えて、下へ帰ったのか気がついたらいつの間にか姿がなかった。ジャネットが押して来た大きなワゴンが、コーヒーのポットとかが用意された小さなワゴンと並んで片隅にポツンと残されていた。
あたしはどうにかがんばって、ようやく皆さんと同じデザートにたどり着くことができた。マーサがあたしの皿を下げながら、ちょっとジャネットを捜すそぶりをしたけどすぐに自分であたしの為にコーヒーとケーキをお給仕してくれた。
そして、マーサは重たいワゴンを押して遠ざかって行った。

女達3

2009-11-09 | オリジナル小説
        あたしの迷い込んだ不思議の国の話


次の日、クラリサが案内してくれたこれ又、豪華絢爛な客室で熟睡していたあたしは尖ったノックの音で目を覚ました。
一瞬、どこにいるか焦ったけど薔薇の香りのする驚く程手触りのいいシーツが記憶を呼び覚ました。モゴモゴと何か言いながら、なんとかベッドを這いずり降りるとあたしはサイド・ボードに畳んで載せてあったガウンをどうにか纏ったわ。
昨夜、クラリサに案内されたあたしは着替えてバスルームを使わせてもらうなり速効でベッドに倒れ込んだの。(広くて豪華なバスタブにお湯をはる気力はとてももうなかった。なんともう時間は夜中の12時近かったの!)
閉まったままの重厚なカーテンの間から僅かに陽が差し込んでいたわ。これはあたしが昨日寝る前に少し外を見たんだけど、暗くて何も見えなかったからそのまんまになってたの。慌てて窓際に走り、重たいカーテンを力一杯開け、付けっぱなしだったスタンドを消し、あたしが脱ぎ捨てた上着とスカートが椅子の背にかけっぱなしなのを確認した。椅子と対の優美な小さなテーブルの下に汚い靴が転がっていたのをなんとかベッドの下に蹴り込んだ。準備完了。
とにかく寝起きだったこともあるし、あたしと母さんが住んでいたアパートを軽く越えるような広い部屋だったから、こんだけのことをするのにもあたしは軽く息を切らしていた。できればお客さんを迎え入れる前に顔も洗いたかったんだけど、ノックの音がますます苛立たし気にだんだん大きくなっていたのでそれはさすがにあきらめるしかないと心を決めた。
なんとなく、こんなノックは絶対クラリサではないだろうと直感的にあたしは思ったしね。

ようやくよろめきながらあたしが、どうにかドアにたどり着くと(なんとドアの鍵はかかってなかった!なんて礼儀正しい人達なのかしら!)そこには年配のメイドとおぼしき女性と痩せた針金のような女が立っていた。
メイドはふくよかな笑顔で自分がこの家のすべての家事を取り仕切っているマーサであると名乗った、それから朝早くあたしの睡眠を邪魔したことを詫び、食事の準備ができていてクラリサ様ができればあたしの同席を望んでいることを告げた。そしてもう一人の方に頭を向けた。
「こちらは・・」と言いかけるマーサに「それはいいから、早くすましてちょうだい。」と痩せた女はかすれた声でぶっきらぼうに遮った。
とっても感じが悪いってのがあたしの評価。
マーサは相手のそんな態度にも笑顔を崩さず、部屋付きのバス・ルームの洗面道具に不足はないかと尋ね、タオルは棚にあるので自由に使って構わないこと、勿論クローゼットの中のものも同様だし、もし足りないものがあったら自分に言って欲しいと優しく告げた。その濃い茶色の眼は真面目そうで、あたしの母さんを思わせた。そして、クラリサ様からとあたしの為にと着替えを届けてくれた。
(あたしの着ていた服がほころんだり裂けたりしていたことをあの僅かな間にクラリサはちゃんと見てとっていたらしい。あたしは奇麗なベッドに汚い服で入るのは申し訳ないし下着で寝るのも躊躇われたので、客室のクローゼットに掛かっていた薄いピンクの寝間着と同色のルームサンダルを拝借していた。)
クラリサが待ってる食堂の場所を説明すると、もう一人の女の針のような視線からあたしを励ますかのように笑顔で力強くうなずき、マーサはあたしに惜しまれながら退場していった。
するとそれを待ち構えていた仁王立ちしていた、もう一人の女がやっと口を開いた。
(マーサとのやり取りの間中も女は腕組みをしたまま、あたしを上から下まで何度もジロジロ見ながら、さもいらいらしてるようにずっと足を動かし続けていた。
あたしはさっきの不躾なノックはこの針のような女・・・ミス・エッジ?だと確信していた。)
「どうやって、取り入ったの?ねえ、あなたみたいなのが。」
開口一番、ご挨拶もなし。あたしは黙ってしまった。あまりにも失礼だと思ったから。この人はクラリサの世界に属する人にしては育ちが悪そうだとあたしは意地悪く考えを巡らせた。がらがらした声も外見と同じに棘だらけだし。
「ボブ・ギルバート。あなたのことは先ほど、調べたわ。お母さんが亡くなったのは本当にお気の毒ね。」その言い方にも表情にも、ちっともお気の毒に思っていない気配が濃厚だった。針女が腕を腰に当てると顎が戦闘的に突き出された。「だけどその翌日には、クラリサ・デラがあなたの面倒をみるように仕向けるなんて凄腕だこと!。いったい、どんな魔法を使ったのかしら?。なんであなたみたいな変態男がクラリサに!。女ならまだしも・・あなた男でしょ!。女装した男がクラリサと一緒に住むなんて!。何が朝食よ!冗談じゃないわ、今すぐ出て行って!。あんたみたいな輩のことは私、ようくわかってるのよ!。クラリサを利用して、世間の注目を浴びたいなんて考えてるなら、すぐに止めることね!。」
あたしは黙ったまま、針のように尖った彼女の顎をチラリと見据えた。
その顎がますます、もっともっと尖ってみにくくなる呪いをかけてその姿を想像してやったわ。そして、あらん限りの行儀をかき集めて丁寧に言ってやったの。
「どなたか知りませんけど、あたし着替えますから部屋を出てくださらない?」
美人ではない化粧っ気のない彼女の顔がぽっと赤くなった。
でも、出て行こうとはしなかったので、あたしは彼女を黙殺してクローゼットへと歩いていったわ。あたしにできる限りの完璧な歩きでね。
「私は・・アドリナ・カーター。クラリサの担当医よ。」
背中から棘の抜けた、小さな声が聞こえた。
「担当医?」あたしは眉をひそめた。クラリサは病気なの?。掛かり付けのホームドクターってことかしら。
あたしがガウンを脱ぎ捨てて部屋着のボタンを外し始めると、後ろでくぐもった息を飲む音がした。「・・失礼。」

振り向くとクラリサの担当医はいなかった。ドアも閉まっていた。
あたしはちょっとだけ胸がスーッとしたけど、別の部分では心が重くなった。
世間。まさに、今のが世間様の反応だってことはあたしだってお馴染み。
クラリサの世話になる、なんて夢は捨てた方がいいんじゃないかしら。
舞い上がってた昨夜は泡のように消えてしまったわ。
クラリサのよこした薄いベージュに黄色い薔薇が散った美しいワンピースも心を再び浮き立たせるわけにはいかなかったわ。
着てみると、丈が少し短いけれど横幅はピッタリだった。これがクラリサの服のはずはなかった。誰か、あたしの体格に見合う人がこの館にいるのかしら?
なんとなく、生地の新しさとか考えると新品かもしれないとあたしは推理した。
時間は午前10時。クラリサが自分で洋品店に行くとは思えない。
誰かが買いに行ってくれたのだろう。きっとマーサや担当医の他にもこの屋敷には大勢召使いがいるに違いなかった。そのうちの何人もがあたしのことをさっきのミス・アドリナ・エッジのように思っているに違いなかった。
でも。あたしはちょっと心を慰めてみた。昨日薄暗い中で、クラリサはあたしの服の汚れとか、あたしのサイズとかまでも見て取っていたのだわ。
でも、それはけして良いことばかりではない。コントのような爆発した髪でズグズグ泣いていた自分を思い返しあたしは今更ながら、恥ずかしさがこみ上げてきたの。
あたしは鉛のように重くなった足を引きずってバスルームに入ったわ。髪は、爆発した上に寝癖が付いて後ろが真っ平らになっている。こんな髪でよくミス・エッジと戦えたものだわ。スッピンのあたしはちょっと冴えない感じだし。でもあたし、肌は母さん似で奇麗だからと自分を慰めてから、備え付けの化粧品を使ってできる限りのことはしてみようと思った。マーサに洗濯してもらうのは申し訳なかったから、あまりにふかふかで染みひとつない白いタオル達は使えなかったわ。石けんを使って顔と手を洗った後、スカートの裏で顔を拭いた。自前の荷物と言えばそれだけだもの。後はティッシュ何枚かで完了。髪も濡らしてどうにか撫で付けて、引き出しに入っていたヘアピンとリボンを使ってどうにかまとめることに成功した。すべてが終わった後、あたしの顔色は相変わらず青白かったけど、どうにかワンピースに合う女に近い何かになった。あとは父さん譲りの鼻や顎の男らしい線に誰も目を向けてくれないことを祈るのみだったわ。
どうにかそれらすべてを20分ですませて、あたしはおっかなびっくり客室から廊下へと踏み出したの。自分の破れた服は丸めて腕に抱えていたわ。ストッキングは大きな穴が開いていたので履くのはあきらめ、靴はティッシュで出来る限りこすって汚れを落としてみたけど、それ以上どうにもならないかったからそれを履くしかなかった。
朝ご飯を戴いたら、お礼を言ってここを出るつもりだった。
そして家に帰ってあたしに仕事と家が捜せるか試してみるの。
それが今のあたしにできる最大のこと。


「ハロー!」迷いながら階段を降りようとした時、ふいに声がかかった。
階段の下に黒い皮のライダースーツの男が立っていたから、あたしはびっくりして足がすくんだ。「よく、似合うじゃない、それ。」
落ち着いて声を聞くと、すぐにその男は女だとわかった。
すっごく短い髪をしていたから、男にしか見えなかったのだ。
「あたいが買ってきたんだからね。朝っぱらからさ。」
女はガムをくっちゃくっちゃしながら顔を傾けた。あたしのワンピース姿を品評しているらしい。「ちょっと短かったか。あたいと同じぐらいだって言うから、それでいいと思ったんだけど。」
あたしは注視されて恥ずかしかったけれど、どうにか降りていった。
(ちょっと短過ぎる?。はしたなく見えないかしら?。)
「あなたが・・・買って来てくださったの?。どうも、ありがとう。あたしは・・ボブ・ギルバートよ。」
「うん、知ってる。あたいはレイ!」レイは笑って手を差し出した。手はやっぱり女の子だった。目は青く、近くでみると可愛い顔。そばかすの散った少年にしかみえない。
「あちゃー!靴はまずったね!靴もいったか。サイズはいくつ?」
あたしの足は女にしては大きかったから言いたくなかった。
「あの、食堂はこっちでいいのかしら。」
「そうだよ!。あたいが案内してやるよ!。」彼女はきびきびと歩き出した。
「最初は迷っちゃうかもね!。広いから。でも慣れれば、玄関を中心に左右対称だからすぐ覚えちゃうよ!。」
後ろから観察すると、確かにレイは女の子にしては背が高かった。体つきもすらりとしているけど鍛えた感じで起伏もあまりない。皮のスーツもブーツもまるで生まれつきのように似合っている。
「そうだ!」レイは歩きながらこちらを振り返った。
「朝から、来ただろ?」
「来た?」
「アドリナだよ。怒ってたからさ。」
ミス・エッジのことだとようやくわかった。
「焼いてんだよ。あんたに。」
「んまぁ?。」あたしは会話の唐突さに付いていけない。
「よう、バレン!、おはよう!。」
玄関ホールを通り抜ける時、開け放たれた両開きの巨大な木製のドアの外にクラリサがよく乗ってる車が止まっていた。
その車の側にいたスーツの女にレイが声をかけた。
車を移動しようとしていたらしい女は、運転席に座ろうとしていた動作を一旦止めると黙ってあたしを睨みつけた。
あたしはバレンと呼ばれた彼女に見覚えがあった。ゼミにも付いて来ていた、クラリサのボディ・ガードだったから。
あたしは会釈をするべきか迷ったが、レイがあたしの肘を掴むとどんどん先に引っ張るのであっという間にボディ・ガードの姿も玄関ドアも見えなくなった。
「くわばら、くわばら。」レイが囁いた。
「あいつも焼いてんだ。近づかない方が身の為だって。」
「あの~」あたしはやっとレイから肘をはずすと息をついた。
「さっきから焼くの焼かないのって・・・あたし全然、わかんないんだけど。」
「ええっ!」レイが大げさにのけぞる。「なんておめでたいのさ、あんたって!ボビー、ボビーって呼ばせてよ。いいでしょ?」
「いいわよ。でも、教えてよ、レイ。いったい、何が言いたいの?」
ふふんとレイは得意そうに笑った。
「ほんと、面白いことになってるんだから。まず、アドリナだけどさ。アドリナはさあ、もうほんとクラリサのことに心血を注いでるからさ。注いでるっていうか、あたいあれは絶対ほの字だと思うね!。だからさ、クラリサ様があんたをここに住まわせるっていいだしたのが断然気に入らないわけ。でもって、さっきのさ、バレンはさ、アドリナの彼氏だからね。あ、でもこれは内緒だよ。公然の内緒!。たまに来るけど、ミッキーの前でだけね。ミセス・Dの前でなら構わないからさ。それで、えっと、バレンのことだっけね。ただでさえ、アドリナがクラリサのことを仕事を越えて熱中過ぎだって面白くないわけ。でもそんなの杞憂だとあたいは思うね。クラリサ様はアドリナのことなんてその辺の家具ぐらいにしか思ってないと思うし。それを言うとバレンやあたいだってそうなんだけどね。」
レイは息を付くことなく長い廊下のドアを開きながら進んで行く。
「そんな感じで万事にすべてに無関心なクラリサ様がさ、朝一番でボビーをここに置くって宣言しちゃったわけだから、爆弾が炸裂したみたいなもんなんだ。そりゃあたいだって、マーサから聞かされた時は驚いちゃったよ。しかも、洋服を買って来いってクラリサ様のご所望でさ。細かい指示まであったみたいだしね。でも、あたいら使用人とは違ってさ、ボビーは御学友なわけだからさ。あたいはそんな特別なことだとは思わないわけよ。御学友っていったらば御友人じゃんさ?。まったく、アドリナもカリカリすることないのにね。」
同じ講義を取ってるってことだけで友人ってことになるわけないじゃない、とあたしは思ったけど口を挟まなかった。
「バレンはアドリナを好きだし、あたいにも彼氏がいるし、(彼氏はミッキーの会社で働いてんだ、配膳番長なんだよ。)別に仕事なんだからお雇い主様のそんなこんなのに気に病む必要ないわけじゃない?。クラリサ様がボビーと住みたいっていうのなら、住めばいいじゃん?。あたいは歓迎するよ。お抱えのドクターっていったってさ、ほんと所詮はただの使用人なんだからさ。まあ、それは別としてね、さっきのバレンってヤツはさ、仕事はキチッと完璧にしないと気に入らない人だからさ。クラリサ様のボディ・ガードとして穴があったんじゃないかってミセス・Dにネチネチいたぶられたのが我慢できないわけ。だから、それはそれであんたが気に入らないってわけなのよ。」
「なんだか。」あたしはクラクラしてきた。「ますます、わかんないんだけど。」
「ようするにまず、針・・・じゃなくてアドリナとバレンは付き合ってるわけね?」
「付き合ってるわけよ。」レイは明るく応じる。
「付き合ってる上に、焼いてるわけ。」レイはアハハと声をあげた。
「最悪よ、今朝から。痴話喧嘩でさ!。上は上であんたが同じゼミにいたって知って、ミセス・Dがお冠だしね!。クラリサ様、ピンチって状態よ。でも、クラリサ様もいざとなったらだんまり戦略でガンと押し通すからね。ミセス・Dのお小言なんて右から左に、もうなれっこになってるとあたいはにらんでんのさ!。」
あたし達はちょうど調理室のような部屋の前に通りかかった。かなりクラリサの待つ食堂に近づきつつあると思ったので、急いで情報を整理してみなきゃとあたしは考えた。アドレナとバレンはどうみても2人とも女の人に見えたってことは・・。


でも、それはふいに目の前の開いたドアから顔を出した人物によって果たせなくなったの。
「あ、いたいた!レイ、ねぇ、ねぇ、その人~?」それは髪をお下げにしたそばかすだらけの10歳ぐらいの少女だったの。「こんにちわ、あたしジャネット。あたし、スカート履いた男の人って始めて見た!。思ってたより、似合ってるとあたし思うよ、とってもステキ。もっと、コメディみたいに見えるかと思ってたのに!。それならそれで、面白いなって期待してたの。その点はがっかりだけどね!。それ以外では結構、あたしはいい線行ってると思うな。ええ~と、なんて言ったけ?この間、アドリナが言ってた~そうそう、そうだ、予想外の驚きってヤツ!。ほんとの女の人みたい!。女の人に見えるよ!、すごい!」
その子供は甲高い歓声をあげるとあたしのワンピースにむしゃぶりつき、レイよりもさらにマシンガンのようにしゃべりだしたわけなの。
この言葉は全部で10秒ぐらいの間に言われたんだとあたしは感じたわ。
完全にあたしの思考が停止したことはわかってくれるわね。
「おい、こら、黙れって!」レイがあたしからジャネットを引き放そうとしたけど子供はすばやく後ろに回り込んだ。
「ねぇ、下はどうなってるの?下着も女の人なの?見てもいい?ねぇ、ねぇ、ミスタ?ミス?、見てはダメ?」
「やめろって!マーサに言いつけるぞ!」

「ミスタ・ボブを困らせのはいけません。」後ろから涼しい声がして誰かがジャネットの襟首を掴んで引き離した。
「ヘレン!助かったよ。」レイが見るからにほっとして言った。「これからあたい、ボビーを食堂に連れて行かなきゃならないのにさ。」
「放してよ、ヘレン。放して!あたし、何も邪魔してないでしょ!」
ジタバタするジャネットをびくともせずに押さえつけている手首は細かったけど思ったより力があるみたいだった。その女性は抑揚のない独特の話し方をした。
「ジャネット、あなたは今頃は調理場から出て廊下をウロウロしてはいけないはず。上でお給仕しているはずじゃないの?。」
「終わったもの!クラリサ様も、ミス・Dもモーニングは終わったもの!」
「あら。」あたしは顔を曇らせた。「あたし、遅刻しちゃったのね。」
「大丈夫。」レイがうなづいた。「まだ、コーヒーが残ってる。」
「急いで、行った方がいいわね。」
新しく登場した女はあたしに重々しくうなづいた。自己紹介の時間はないって示唆を受けたあたしは彼女をすばやく観察するしかなかった。スマートな制服、これは運転手のものだ。クラリサのキャデラックのお抱え運転手に違いなかった。この人も黒い髪を短くしているのがその制帽の下からも見受けられる。かなりのエキゾチックなインド系の美人でマホガニーのような肌をしてすごく大人な雰囲気。あたしの好きな雰囲気だったけど、波一つ見られない水面下ではあたしへの反感を燃やしているのかもしれなかった。ヘレンはジャネットを掴んだ手を放さず、猫の仔のように子供をつりあげていた。子供は情けない顔で助けを求めるようにあたしを見て口をパクパクさせたけど、あたしにはどうすることもできない。
ヘレンと呼ばれた女性は白い手袋をはめたままのもう片方の手を的確にあげて行き先をあたしに指し示した。
「そこの階段をあがって右。」
あたしは慌てて階段に向かった。レイが付いて来る。
階段のしたのドアが開いて調理場からワゴンを押してマーサが現れたのが見えた。
「ジャネット!どこにいたの?、デザートがまだなのよ。」
「だって!だって、あたし見たかったんだもん!」
「さあ、おしゃべりはいいから!すぐに準備を手伝って。ありがとう、ごめんなさいねヘレン。」
「お安い御用よ、マーサ。ところでクラリサ様は、今朝は少しはお召し上がりになったのかしら?。」
「相変わらずですよ。」マーサかヘレンか、どちらかのためいきが聞こえた。
「だけど、今日はちょっとだけご機嫌が良いみたいですよ、ヘレンさん。だって、卵は残らず召し上りましたからね・・・」
マーサの明るい声は室内に入ていって、聞こえなくなった。


「ジャネットはマーサの娘なの。」レイが階段を上がりながら耳打ちしたわ。「母子家庭ってやつ。離婚して住み込んでるの。ジャネットはここからスクールに通ってるんだ。夜もこっちの棟にいるのはマーサ達だけよ。あたいらは、あっちの棟に部屋があるの。だから、夕べはボビーに誰も気がつかなかったわけよ。」
「ここって。」あたしは息を切らした。「女の人しか、働いてないの?」
そういえば、客室に備え付けられていた室内着や備品には何故か男性用がなかったことをあたしは不思議に思っていたのだ。
「そうそう、みんな女ってわけ!。少数精鋭でやってるんだ。残りの人達には、こん中で会えるわよ。ミセス・Dは・・・まあ、会えばわかるか、とにかく、幸運を祈ってるからね!」
レイはあたしの前に素早く回り込むと、右手のドアに手を当ててあたしを1度押し戻し、ニヤリと笑いかけたの。
それから、召使いボーイのように優雅にあたしの手を取るとドアを開いたわ。


レイが囁いた。
「レスボスの館にようこそ。」


女達2-2

2009-11-04 | オリジナル小説


幸運にも、あたしはクラリサと同じ講義を受けるという幸運に浴したわけなの。
日本の美術史はとにかく、面白い授業だったわ。
特に古典美術は大好きだった。浮世絵とか不思議な暗号のような書でしょ、耽美な仏像やかわいい根付けとか。とっても繊細なのに玩具のような小さな工芸品。
意外に人気の講座なんだけど、マニアックだと見なされてるせいか特に変わった人が多いのも魅力だった。
あまりお固い人とかいないし。宗教でガチガチの人とかもいなかったわ。
大学内の分からず屋な学生の中には、あたしを見ると露骨に嫌な顔をたり、冷やかしたり野次ったりする馬鹿がたくさんいたの。もしもあたしが寮に入ってたら、思い知らせてやれたのになんて囁く変態もいるし。相変わらず、寮では時代錯誤な伝統の新入生いじめがあったみたいね。勿論、絶対に寮になんか入るもんですか。
素晴らしい母さんのいる我が家から通える幸運をわざわざ手放すなんて・・・そんな馬鹿いるわけないじゃないの。あたしはマゾじゃないんだから。

その点、日本美術を専攻する人達の中にはあたしをいじめる人は1人もいなかった。
話がわかるっていうか、進んだ考え方の人が多かった気がしたわ。
あたしは講座ではちょっとした人気者になったの。
マスコット的存在っていったら大げさだけど。教授を始めみんな冗談のうちだとしても、表面的に女の子として数えたりしてくれるからほんとに嬉しかったわ。
もとから女の子受けは悪くなかったから、彼女達とは普通に最新の流行やスターや化粧品の話とかもできたし、ランチも誘ったり、誘ってもらったりしていた。実はこれまで以上にかなり心置きなく話せる人もできそうだったんだけど・・・

そうそう、それに加えて特記するべきことは、日本美術史には堂々とゲイだって言ってる人達が何人かいたってことなの。
彼等はあたしと進んで付き合いたがってくれたし、しょっちゅう彼等のパーティに来ないかって誘ってくれた。
でもあたし、自分がゲイなのかどうかは自分でもいまいち、わかんないのよね。
あたしは正直、男でも女でもあたしを虐めたりしない人達なら誰といても楽しいし。
もしもあたしがあたしでなくて、普通の男子学生だったとしたら、きっとクラリサと付き合いたいとか、嫌な言い方をすればモノにしたいってきっと思ったんだろうとは思うわ。でもあたしはそんな思いを彼女に抱いたわけじゃない。
クラリサを見た時の感覚は・・・そうねぇ。
ロースクールの後半、所謂お年頃になって来てなんだか妙な気分になって・・・母さんが寝たことを確認した後で1人でこっそりと・・・リトル・ボブを自分で慰めた時の、登り詰めた感じとかとは確かに似ているとは思う。
あたしはディートリッヒのような体の線がくっきりしたドレスを着たあたしとか、モンローの映画のように男達にかしずかれて階段で踊ってるあたしとかをイメージするとなんだか、おかしな気持ちになったの。その妄想の中で、あたしはほっそりとして折れそうなウェストを持って、ピンと尖った大きなおっぱいとか蜂のような曲線を描く腰をしていて、たまらない鎖骨を大きく開いたドレスから見せつけているの。
すごく小さい頃はあたしの足の間に付いている・・・リトル・ボブの存在がどうしても納得できなかったものだった。そういえば、母さんにもどうしてあたしにこんなものが付いてるのか真面目に質問した記憶がある。その後にだったと思うけどあたしは父さんとお風呂に入ってその質問の答をもらったわけ。父さんが姿をくらます前の最期の父親の仕事だったってわけ。
その後、あたしとリトル・ボブは渋々と折り合いを付けて生きて来たの。
お年頃になってからはリトル・ボブが悩ましい女の幻となったあたしの姿で時折あたしを悩ませるようになったことはもう言ったわね。
つまり、あたしはひょっとしてただのナルシストなのかもしれないと思うのよ。
女の服を着て女のように振る舞いたいだけの人なのかもしれない。
あたしのセクシャリティはいったいどっち?。

勿論、いつも恋をする・・・恋を夢見ることは大好きだわ。
いつも映画のような恋愛を思い描いていたの・・勿論、ヒロインはあたしなんだけど・・・。
あたしは正直、それまで男にも女にもまったくムラムラしたことはなかった。どちらかと言うとそういう意味では、女の子よりは男の子の方が好きだった。女の子に関してはクラリサのように昼夜こがれるほどの子が回りにいなかったせいもあるし、あくまでも仲良くなりたいという思いは友人どまりだったと思う。男の子に関してはもっと複雑で・・・物心の付く前はべったりといつも一緒にいてキスをし合ったりしていた男の子がいた。回りも笑って見逃してくれるような昔よね。
お互いに物心がつき始めてからが悲劇だったわけ。あたしが友達としてでも仲良くなりたいと思った子でもあたしが近寄ると汚い毛虫でも見るかのように遠ざかる子もいたし、まるで踏みつぶすかのように嫌な言葉を浴びせる子もいたの。そうじゃなくて一見、普通に接してくれてる子でも陰ではあたしを笑っていたりしたし、回りからからかわれたりしたら次第にあたしによそよそしく振る舞うようになってしまった。
それでもあたしは密かにハンサムな男の子に恋をしていたこともある。でも、今になって振り返ってみると・・・それって恋してる乙女である自分に恋していたような気もしてくる。
現実ではあたしは男の体をしているわけだから、実際には恋を打ち明けてみたとしてもよ、そんな風に冷ややかに拒まれたらって・・・そう考え出すとどうしても、すくんでしまうのよ。妄想みたいにはうまくいくわけないって思う気持ちはとても強かったの。気になる男の子がいたとしても、先のことまでなんてとても考えられなかったわ。
所詮、おままごとの恋なのよね。ほんとうにあたしはすごい奥手だったわけ。
当然だけど、母さんが父さんに抱くような高度な域までは全然達してなんかいない。


その上正直言ってあたしが今一番、夢中で興味があることってクラリサ・デラなわけなんだから・・ほんと、どっち?って悩んじゃうのよね。
だから、ゲイ・パーティも保留ってことにしといて貰ってるわ。
心の整理がついたら試しに行ってみるつもり。
それに、女子の一部だけじゃなくてゲイだって言う男子の中にも・・・あたしのクラリサ崇拝主義を冷やかす人は以外に多かったの。
ただ、お金持ちで美人だから有名人の娘だからって、クラリサを意味もなく妬んだり憎んでるってわかってしまったら・・・あたしはもう心からの友達にはなれなかったわ。そういうこともあって、必要以上に心の中に踏み込まれるのはあたしの方がちょっと苦手だったかもしれない。
ずっと母さんと2人だけの世界を守ってきたせいかもしれないわね。
クラリサのいるところとはかなり後ろの窓際のお気に入りの席で熱心にノートを取りながら、目の隅でクラリサを見つめつつ、あたしは母さんを説得していつか2人で、絶対に日本に行ってみようと考えたりしていた。
(その夢はとうとう叶わぬ夢になってしまったけど・・・)

ところで、日本ではあたしのような存在はそんなに迫害されていないって初めて知ったのもこの授業の中でだった。この話はあたしの内面を激しく鼓舞したわね。同時に母さんがごく自然にあたしのような息子を受け入れた背景もなんだかわかった気がした。
浮世絵には女装した男の役者が華やかな着物を着て描かれていたしね。現代の日本通でもある教授の話では男装の麗人が舞い踊る宝塚という花園もあるというじゃない。しかもその女優さん達を熱心に応援しているのは同じ同性の女性なんだって。
なんでもありって感じがなんだかとってもあたしにはとても自由を感じさせたわ。
日本によく行くという教授がうらやましくてならなかった。
うらやましいと言えば、クラリサにあんなに近くから見つめられて質問されたりしてるってのもうらやましくてならなかったわ。
あたしには思い切ってクラリサのすぐ側に座るとか、話しかけるとかいうはしたない行動に出る勇気なんてとてもなかったから。
彼女の席の二つ後ろには必ず私設ボディ・ガード風の女性がいつもさりげなく座っていて、生徒が、特に男が近寄ろうものなら必ずブロックしていたんだもの。
(「失礼ですけど、お名前は?」「そういうご用件ならご遠慮ください」こんな感じ)
大学でそういった特別待遇を受けてるってだけでもすごいことよ。
これって、マーゴットがいったいどんだけの寄付を大学にしてるのかしらって思わせるのにじゅうぶんだと思わない?。
そんなこともあって彼女に話しかける人は次第にいなくなったし、あれじゃあ一般生徒のお友達なんてできないわね。
ましてBFなんてとんでもないって感じ。
とっくにボディ・ガードに撃ち殺されてると思うの。
さすがに母親のマーゴット・クリスティーン・オラブルはやり過ぎだと思ったわ。クラリサがそれをどう感じているのかはわからないけど。あたし自身がそうだったらと想像すると、なんだか可哀想な気がした。
でも、今思うとクラリサ・デラの態度も確かに悪かったと思うの。
彼女はいつもあまりにも近寄りがたくて美しかったから、あたし達下々のものが一線を画されている気持ちになっても仕方がなかった。彼女の身につけるものは、映画の中でしか見ることはないような一般生徒の親の月給ぐらいはしそうな見るからに高級な服やバックだったし、それはもう毎日変わって同じ服を着ることは2度となかった・・・これじゃあ、女の子達でなくたって卑屈な気持ちになってしまうのは無理もないわよ。
クラリサ・デラはガードマンと運転手付きの空色のリムジンで毎日大学に通い、時間きっちりに教室に入って来て窓際の一番前の同じ席に座った。そして、授業が終わると誰とも口をきかず挨拶も交わさず、ボディガードを従えて足早に教室を出て行ってしまったの。それは、他のどのゼミでもあまり変わらないらしかった。クラリサは一部の上流階級出身とみられている生徒と礼儀正しく挨拶を交わす程度。ランチや講義と講義の間の空き時間に彼女がどこで何をしているのかは誰もしらなかった。生徒同士が深く関わりを持たなくてはならない実践的なゼミとかは一切取っていないらしく、クラリサは上流階級へのお嫁入りの為に・・・ハクを付ける為だけに大学に来ているんだと言う話まであった。その噂に登った相手先はどれもアメリカの貴族として目されてる名門の家ばかりだったわ。
だから、みんなはクラリサがお高く止まってるとか、気取ってるとか公然と悪口を言っていたわ。セレブの友人がいる人達は、クラリサのお取り巻きとされてる人の談話とか言ってクラリサは人間的にはまったく面白くなくて、まるでお人形さんみたいだったとか、親に頼まれたからクラリサの親が有名人だから仕方なく一緒にいるだけだと言ってたとか吹聴して回っていた。それを聞いて、あたしは本気で腹を立てた。授業が終わった後は、そんな人達と口喧嘩したり、意地悪されたりしたりしていたから、あたしはほんとに忙しかった。
だから、あたしは男のくせにスカート履いて、すっかりその講座の人気者になっていたとはいえ、クラリサがあたしのことを知ってるとはまったく思ってもいなかったの。
あの時、クラリサ・デラがあたしの名前を呼んだということがあたしにとって、どんなに驚きだったか、もうわかってもらえたかしら。
クラリサの家の庭で馬鹿みたいに口を開けたあたしがどんなに現実感のない状態だったかを。


さて、話を一年前に戻すわね。


あたしの涙ながらの拙い話を聞き終わると即座にクラリサは言ったの。
「ここにいればいいわ。」
「んまぁ!。」あたしはびっくりしてしまった。「そんな・・・!」
声を失ったあたしに逆にクラリサは聞いた。
「嫌かしら?」
心なしかとても心配そうに見えた。あたしの心臓は飛び上がりそうだった。
「とんでもないわ!」がっついて聞こえないか心配になった。
「クラリサと暮らせるなんて・・!ただ、あまりに突然で。そこまで甘えていいのかわからないわ。あたし今とても、まともな思考なんてできないし・・・」
あたしはテラスを一歩入った豪華な応接間を見渡した。そこは上から降りてきたクラリサが寝間着にガウンを羽織ったまま、テラスの窓にかかった鍵を開けてあたしを招き入れてくれた部屋だった。
クラリサはあたしを招き入れるとすぐにヒーターのスイッチを入れて、その近くの大きな深い椅子にあたしを座らせた。そして、自分は小さいスツゥールを持って来て、その隣に座っていたの。ほんと体温が伝わるくらいに。あたしは心臓の音がクラリサに聞こえるんじゃないかと思った。クラリサの香水のフレグランスがあたしの鼻腔に感じられたわ。
柔らかな証明に照らされて、刺繍の施されたワイン色のガウンを纏ったクラリサは子供のように熱心にあたしの話に耳を傾けてくれた。
あたしは最初なかなか、真正面からクラリサを見れなかった。
見ることができたみるからに豪華な室内は、絨毯も壁紙もカーテンもどんな小さな備品、家具の取手や照明のスイッチ、どれ一つとっても、これまで生きて来たあたしの生活に属した空間とは違っていた。それと判断したあたしの心はいくらか正気に還ったんだと思う。あたしの心は萎えた。
「無理・・・だわ、きっと。」
「無理じゃないわ。」クラリサの手があたしのむき出しの腕に添えられた。あたしの目はその手に吸い寄せられてしまった。まるで象牙細工の工芸品のような形のよい長い指の先端に桜貝で造ったような完璧な爪が付いていた。筋肉の筋が浮いた体温で汗ばんだあたしの腕とは違い、クラリサの手は冷たくて乾いていた。
「ここはわたしの家なんだもの。わたしの2番目の父がわたしの名義にしてくれたの。日系2世の父なのよ。ミッキーってみんな呼んでるの。あたなと縁があるって思わない?彼はわたしの教育後見人なの。」
縁があるとは思えなかったけど、あたしは日本美術史のゼミに抱いていたクラリサへの密かな疑問をようやく解くことができたのを感じたの。
「ボブ、ねぇ、わたしを見て。」
あたしは見た。見てしまった。染みひとつない白い頬はまるで日本の焼き物のようになめらかだった。長い茶色の睫毛は本物で密度が濃く、クラリサの青い瞳は近くで見ると灰色と紫のグラデーションだった。その大きな両瞳が薄暗い中でルネッサンスの黄金のように影を帯びた渦巻く髪の間から、あたしをしっかりと見つめていた。彼女はおもむろに晴れ晴れと微笑んだ。
それは、ゆっくりと広がる不思議な微笑みだった。
それに魅せられて、あたしの反骨精神は完全に麻痺してしまった。
「わたしはわたしの置きたい人を置くの。」クラリサの口調はなんだか挑戦的。
「ここはわたしの家なのよ。」
クラリサはもう一度、言った。
「ボブ、あなたはここに住んでいいのよ。わたし、あなたに住んで欲しいの。」
その一言で決まったも同然だった。
後はなすがままよ。
これも夢のうちだと思った。
抵抗するには、もう疲れ果ててしまっていたし。
例え目が覚めたら、母さんがいない裏寂しいアパートだったとしてその時は、もう眠らずにはいられない気分だったの。

女達2-1

2009-11-04 | オリジナル小説

        あたしの最高の天使の話


それがきっかけであたしはクラリサの家に居候することになったってわけ。
ほんとに世の中ってつくづく何が起こるかわからないものね。
自分でもこんな幸運、今だに信じられないわ。

とにかく。
あたしの最高の天使。
クラリサ・デラ・シュタイン・オラブルのことを話さなくてはならないわね。
とは言っても、大学でクラリサを見るまであたしはクラリサ・デラ・シュタイン・オラブルの存在すら知らなかったというのが本当の話。
だから、これから話すことはあたしがそれから芸能欄や芸能界通の学生から採集した知識に後に得たクラリサ自身の話をくっ付けたものなの。
クラリサ・デラはあたしがこれまでの人生で見た、一番奇麗な人。
ううん。奇麗なんてありきたりな言葉では言い表せない。
これからもあるかないか、わからないくらいの完璧に美しい人だと思うの。
こんなことを今のクラリサに言ったらきっと鼻先で笑うと思うけど。
今ではあたしはクラリサ・デラをかなりよく理解していると思う。
でも当時、彼女はあたしにとってまったくの雲の上の人だった。
アイドルであり、あこがれのスターだったわけ。
クラリサが自分の美貌にこれっぽっちも関心がないことを知った時はほんとに本当にショックだったわ。今ならわかる、彼女は・・・どちらかというと・・・自分の美しさを憎んでいるんだと思う。
いえ、もっとたちの悪いことに、自分のどこが美しいのかさっぱりわからないのよ。
だから、世間の人がちやほやと褒めちぎれば誉めるほどクラリサはそのことにいつも、ものすごくいらだって不機嫌になっていたの。
まったく、こんな不幸な話があると思う?
もしもよ、あたしがこんな図体のでかいだけの骨太の体や悲しくも父さん似だというがっしりした鼻や顎の代わりに・・・クラリサのようなほそっそりとした華奢な肢体を手に入れられたとしたら!。すんなりとした顔の輪郭や形の良い女らしい丸い顎とか、折れそうな手首とか。ああ、どれだけ幸せだかしれないのに!
知れば知るほど、世の中って本当に不公平だと思うわね。


ところで、のっけからなんだけど。
クラリサには8人のお父さんがいるって知ってる?
その話を始めるとどうしても、マーゴット・クリスティーン・オラブルに触れない訳にはいかないのよね。クラリサのお母さんなの。
クラリサがどうして美しいだけでなく世間の注目をこんなに集めているのかというのはね、悔しいけれど彼女の母親の存在が大きなポイントなのよね。
マーゴット・クリスティーン・オラブルはハリウッドの大女優。アメリカでは知らない人はいないと思う、大きな存在なの。
マーゴットとクラリサの名前の違いに気がついた人もいると思うけど、クラリサはお母さんが女優になる前にミネソタで結婚した幼なじみの子供なの。そのドイツ系のお父さんのシュタインという姓をクラリサは今も名乗っているわけ。
マーゴットはそのお父さんを捨てて女優になってしまったの。
芸能ゴシップに寄ると、クラリサのお父さんはそのことを苦に自殺してしまったっていう有名な話。クラリサのまだ物心もつく前の話よ。クラリサはお父さんを写真でしかみたことないって言ってた。
次にマーゴットが結婚した人・・・クラリサの2番目のお父さんは日本人の実業家と言うことになっているわ。彼女と日本の接点と行ったらそれぐらいだというのが一般的な意見。当時は白人の元旦那が自殺し、再婚相手がイエローと言うことで嫌な注目を集めてしまったみたいね。まだ、この頃はマーゴットもそんなに有名ではなかったんだけど。その新しい旦那さんもまるで極悪人のように言われてしまって、とうとうミネソタにいられなくなって彼女と旦那さんは幼いクラリサを連れて思い切ってハリウッドへ行ったってわけ。それが結果的には成功してマーゴットは徐々に役を掴んで、少しづつ銀幕のスターになっていった。
最初は映画スタジオにタオルとか搬入してたその旦那さんの仕事もケイタリング業を始めたところでそれが大当たりしてレストランチェーンにまでに拡大して、そのお金もマーゴットの役を掴むのに色々と役だったって話なの。
実際のところは、その人は純粋な日本人ではなくて日系2世の人なのよ。だから、実際はアメリカで成功したアメリカの実業家なわけなんだけど。
クラリサは時々、自分は本当はクラリサ・デラ・シュタイン・ミッキー・オラブルなんだって言うけれど、ミッキーっていうのはその2番目のお父さんの名前なの。
ケイジロウ・ミキっていうのがその人の名前。皆にはミッキーと呼ばれていた。
黄色いネズミのミッキー・マウス。クラリサはそのお父さんをケイジーと呼んでいる。実のお父さんが自殺するきっかけになった人だから、さぞや恨んでるだろうと思ったらその逆。クラリサの話では実のお父さんの自殺は、マーゴットとの離婚とは無関係に考えなくてはいけないらしい。実のお父さんはだらしなくて仕事も続かなくて、典型的な暴力ダメ亭主だったと言うの。母親のマーゴットからの話だから少しは割り引いてあげてもいいとあたしは思うんだけど、クラリサはいつだって実の父親の話をする時はドライで手厳しい。躁鬱の気があったお父さんが発作的に自殺の真似したら本当に死んじゃったってのが許せないのかしらね。
2番目のお父さんであるケイジー・ミッキーの話をするときのクラリサの態度は全然違う。いつも懐かしそうな目をして、とっても柔らかい優しい顔になる。ミッキーの話をするのがクラリサは本当に幸せみたい。
クラリサが大学で日本美術の講座を選んだ理由もその名残、2番目のお父さんを偲ぶ為だったのね。クラリサにとって真に父親と呼べた人は狂言自殺した実の父親ではなくて、実はその日系人のミキ・ケンジロウだったの。ミッキーも最初は罪悪感もあったかも知れないけども、結婚した母親とその娘の為に心から尽くしたんだって。甘やかすだけじゃなくて、厳しくもある父親として完璧な人だったとはクラリサの話よ。2人は本当の親子のようだったの。クラリサは10歳までミッキーと家族として暮らしたの。マーゴットの結婚の中でも一番長かった結婚生活。でも、マーゴットがハリウッドの有名なプロデューサーと結婚したがったから、その生活は突然に終わってしまった。ミッキーはマーゴットと離婚した後でも手紙でクラリサをいつも気にかけていたらしい。最近になって彼はクラリサの後見人をかって出ているけど、それは成長したクラリサ自身の要請が大きいみたい。

その後、マーゴット・クリスティーン・オラブルの結婚相手は監督、共演した俳優、船舶王と次々と目まぐるしく変わっていった。
中には僅か2ヶ月という結婚生活もあった。
父親としては、クラリサにとってはどれも似たりよったりだったらしい。マーゴットの娘だから、甘やかす、山のように物と金を与える、常にご機嫌をとる、そんな感じ。絆も産まれなかった。
クラリサはマーゴットに連れられて、短期間でラスベガス、シカゴ、スペイン、パリと移り住んだの。そのうちに恋と仕事に忙しいマーゴットに捨て置かれるようになってニューヨークの大きなお屋敷で何人もの家庭教師とかお世話係に囲まれながら大学に入るまでの6年間を過ごしていたんですって。誘拐でもされたらと普通の学校にも行かしてもらえず、友達もいなくて回りは大人だけに囲まれた、まるで牢獄のような生活だったらしいわね。ほんと、ひどい話だわ。
母親であるマーゴット・クリスティーン・オラブルの方は結婚、離婚を繰り返す度にどんどん出世して行ったの。6番目のアラブの石油王と離婚した時は慰謝料で一財産できたって言うし。
最近はまたまた新作の映画監督と同棲していて、再婚ま近って言われてるわ。
もう50歳に近いはずだけど、すごいわね。老いてなお、お盛んって感じ?。

それにしても、クラリサはマーゴットには全然似てないわ。
マーゴットは髪も目も深いブラウンで肉厚的な感じ。若い頃にSEXシンボルって言われただけあって、今でもグラマラスでお色気たっぷりって感じなの。
侮りがたい生命力に満ち満ちてるわ。
(ちなみにあたしのハリウッドでの御贔屓女優はマーゴットじゃないわよ。)
それに較べるとクラリサは北欧な感じね。ドイツ系のお父さん似なんじゃないかしら。線も細くて華奢で、母親のマーゴットが動物のザ・メス!ってイメージなら、彼女は延び延びと伸びた植物のようだわ。花も目一杯咲き誇るっていうよりは、必要なところにハッと目を奪わずにいられない一輪を咲かせているような。
クラリサの気品に満ちた王女のような美しさはマーゴットの肉食人種のような獰猛な美しさとは根本的にまったく違うものだと思うの。
クラリサは大学に通う為にこのボストンで親戚の家に住んでいるって聞いていたけど。それがミッキーが彼女にプレゼントしてくれた家だったわけ。
お母さんとは今も一緒に住んでないの。
マーゴット・クリスティーン・オラブルは西海岸のカリフォルニアにいるはず。
あたしなんかが見たこともない、ビバリーヒルズのどっかよ。



あたしとクラリサの出会いは前も言ったと思うけど、あたしが入学した大学でのことだったの。その初日の入学式でクラリサは新入生代表として挨拶したわけ。
それまであたしは映画女優マーゴット・クリスティーン・オラブルとそのゴシップのことは世間話的な常識の範囲では知っていたんだけど、その娘が彼女で同じ大学に入学していたことはまったく知らなかったの。
一目見て、もうあたしはすっかりのぼせ上がってしまって、もう何もわからなくなっちゃったわ。
そう。あたしは一目でクラリサ・デラに恋に落ちたってわけなの。


これも前にもう言ったと思うけど・・・その時のあたしはまだ、自分をさらけ出す勇気がなくて、その他大勢の男子達と似たり寄ったりのかっこ・・・白いシャツと無難なセーターと堅苦しい一張羅のスーツに大きな体を押し込んでいた。これは母さんが苦労して仕立ててくれたものだったから、それを脱ぐのは・・・2度と着ないと宣言することはほんとに辛かった。まるで血が滲むような申し訳ない気持ちがしたものよ。でも母さんは後にそれをなんと、あたしのフォーマルな時のスカートに仕立て直してくれたっけ。
とにかく、あたしはクラリサを見た・・・そして、恥いったわ。自分の心にぴったりのふんわりとしたクリーム色のフレアスカートとブラウスとリボンの代わりに、厳ついズボンを履いて、空手の先生に指摘されたように自分に嘘を付きまくっているあたしに。
それはもう本当に、その場にいたたまれない気持ち。
遥か遠く、講堂の後ろで椅子の上に立つわけにも行かず、精一杯の背伸びをしてあたしを見ている母さんには、その時あたしの胸中は当然のことながら想像もできなかったと思う。
心残りはクラリサ・デラがあたしの人生を変えたきっかけだってことを母さんに正直には言えなかったことかしら。
あんなにもクラリサに心を奪われてしまったことがなんとなく後ろめたくてあたしは言えなかったの。
だってクラリサ・デラが壇上を去った後もかなり長い間、あたしは最愛の母さんの存在すらきれいさっぱり忘れていたんだもの。

壇上に立ったクラリサのことはあたし、まるで映画のように頭の中にすっかり再生することができるわ。
クラリサはその端正な顔を長い首の上にまっすぐあげて歩いて来たの。
最近はモデル・ウォークとか言うけど、あんなものはあたしに言わせればただのバタバタした悪あがきみたい。クラリサの歩みは例えれば水の流れのよう。
彼女の声は凛として、よく通った。
クラリサ・デラの代表挨拶は今思うとよく聞く、ありきたりなものだった。でも、その時のあたしにとってその言葉の連なりは神の託宣にも匹敵するものだった。
「ほら、あのハリウッドの・・・遺伝だから・・・」誰かが隣で囁いてきた。
でも、あたしはそれに答えるどころじゃなかった。壇上を降りる為に彼女の体が翻ったから。数秒間の優雅な仕草。彼女の着ていた柔らかいスカートが生き物のように体にまつわりついて、再びほぐれていった。クラリサの悩ましい曲線がその一瞬だけ露になって、あたし達の目に焼き付いて消えたわ。
彼女の着ていたのは高級だけど、どちらかと言うと地味なワンピースだった。羽織ったカーディガンも白い普通のもの。ただ、その薄いグリーンのグラデーションは彼女のカナリア色の髪と青い目をとても引き立てていた。
リボンはなくて、その代わりほつれるブロンドを服と同色の幅広のヘアバンドでまとめていたっけ。先の細い白い靴は絹のストッキングに包まれた彼女のくるぶしの細さを嫌がうえでも強調していた。
あたしは即座にそんな靴が欲しくなったのを覚えている。2インチのヒールに母さんのお手製のスカートを履いて、街を歩くあたしの姿が重なってしょうがなかった。

あたしはできるものなら、クラリサ・デラになりたかったんだと思う。
あたしの理想の天使に。

でも、あたしはいわゆるストーカーってわけではなかったの。信じてちょうだい。
クラリサの存在は私に毎日、大学に行って彼女を見る楽しみと、勇気を振り絞って自分をさらけ出して生きる力を与えてくれた。
ただ、それだけなの。
あたしが日本美術史を専攻したのも、まったくの偶然。
ゼミに行ったら、一番前にクラリサが座ってるんだもの。
びっくりしたのはこっちの方。
クラリサも同じ講座を専攻してるなんてまったく知らなかった。
だってあたしの方は、子供の頃から母さんの国に興味を持っていたわけだから選択科目を選ぶ時にもまったく迷ったりもしなかった。
彼女の2番目のお父さんの噂はその時はもう知っていたけど、まさかその為にあこがれのクラリサ・デラがそれほどまでの関心を日本に持ってるとは予想もつかないじゃない?。




女達について

2009-11-02 | Weblog


タイトルを変えます。
これからは通称、『女達』でお願いします。

イラストは本文と関係ありません。
これからずっと多分そうです。
情けないですけど。

これもずっと昔から
考えていた話で
まだ4までしかできていません。
でもがんばって
どうにか形にしていきたいと思っています。