MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルフォー-44

2018-04-30 | オリジナル小説

神月の5月

 

季節は禍々しい事件に関係なく、進んでいく。若葉が萌え出る美しい緑に覆われていた山々は濃い初夏の色へと。柔らかな風はスギ花粉とは違う、次のものを乗せて。

それは山梨のはずれにある神月の土地でも変わりはない。GWはもう終わる。

鈴木トヨが神月に来るのは予定よりかなり遅れ短くなった。

 

田町の家だけではなく、鈴木の家も子供の誕生で忙しかったからだ。

トヨが無事に帰り、父親はトヨを手放すのを嫌がった。常に目の見えるところに置こうとする。そうこうしている間に、トヨの母親は順調に男の子を産み落とした。

トヨが待望していた弟。

だから本当ならば鈴木トヨは神月に行かなくても別に良かったのだ。

トヨの誘拐事件のことは家出事案にすり替えられて地域では周知され、事実を知る人間はわずかになった。そのわずかの人間の配慮によって、父親が大学に申請し出た長めの産休が実現する。母親の真由美は産後の体をいたわらなくてはならないが、トヨはもともと手のかからない子供なのだ。しかし、さらわれたばかりの子供を誰が遠くにやりたいものか。

ところが、トヨが行きたがった。

学校が始まらない、その前に少しでも、一泊だっていい、お願いだからお父さん!

それはもう、熱心に。勿論ハヤトは行かないし、一人なのに。

母親は新生児に手一杯だったし、トヨの面倒を見ていた甘い父親は結局、折れる。

神月から母親真由美の友人であり、事情を全て知らされた寿美恵がわざわざ家まで迎えに来てくれることを快諾してくれたこともある。

『全くおかしな関係だな』と誠治は苦笑するしかない。

神月に行けば、トヨの義理の兄弟である保育士になった加奈枝がいるはずだし、GW中はいとこの渡も大学から帰っている。旅館には綾子や祖父母、渡の友人たち、ユリ、離れの住人たちもいた。一人になることは絶対にない。そう須美江は保証した。

つまるところ、近頃の誠治は寿美恵との現在の距離感が嫌いではないのだ。

 

 

 

トヨ、来る

 

タトラこと寅さんから客の到来を告げられた、アギュこと阿牛蒼一が神月のリニューアルされた屋敷の和洋折衷の階段を下りていった時。

ちょうど、鈴木トヨは渡とユリに連れられ客間に入ろうとしているところだった。

距離があっても渡がなんだかソワソワしているのがわかる。彼の目は落ち着きなく、輝いている。このなぜか気になる、義理いとこの子供を見たいのだが見てはいけないような感じだ。

それを見まもる阿牛ユリの表情は剣呑。こちらも一目瞭然。ものすごく機嫌が悪い。子供を凝視する時、ユリの目は鈴木トヨを撃ち殺さんばかり。

子供がそれに気づいているのか、全く気がつかないのか、涼しい表情なのが救いだった。

 

渡とユリはGWの間中、ほぼ毎日、互いの家を行き来していたのだ。二人だけでなかった日も入れれば、会ってなかった日はない。二人は既に互いの親も周囲も認めるカップルなのだから。

ユリはトヨが来ないものと思って安心しきっていたのだろう。

明日は二人で仲良く東京に帰るつもりだった。それが今日になって。突然、渡と自分のテリトリーに侵入して来た子供が許せないのだ。単純に気に入らないのだけならまだいい。

渡の夢の話や変化に敏感なユリは、この子供が渡にとって危険であることがわかっている。

トヨに会う事で、渡の運命が動くことを本能的に恐れる。

そのユリがドアを支えながらこちらを見上げる。

ユリの目はアギュに『なんとかしてよ』と言いたげだった。最近になって、渡からどうにかデモンバルグを遠ざけることに成功したと思いこんでいる阿牛ユリである。もう渡の生を脅かすものはないと、安心しきっていた。それなのに。また別の『脅威』が誕生するなんて!と、ユリは言いたいのだろう。渡の守護者を自認するユリには我慢が出来難い状況だ。

忙しいことだとアギュには、微笑ましかった。

当然のごとく、デモンバルグこと神恭一郎はこの席に招かれていない。

ユリが頑張って渡から遠ざけたと安心仕切っているデモンバルグがだ・・・その『悪魔』がトヨの命を狙っているのだとユリが知ったならば一体どうするだろうか。

トヨが死ぬことまでは願わなくとも、渡から遠ざけるためにユリは『悪魔』と和解し共闘するかもしれない。そうとりとめなく考える。思わずクスリと笑った。

アギュはトヨの目にごく普通の中年男性の世帯主、ユリの父親として写るはずだ。アギュに出会うと自動的に脳の視覚野にハッキングがなされる。タトラが神月に施していたちょっとした脳の錯覚は今や・・・小惑星帯がこの星全体に・・・『果ての地球人』全般に対してだ・・・そのような仕組みを張り巡らせていた。臨界進化体の秘密はそれぐらいの価値があるということ。

だからアギュはためらいなく、普通に歓迎の声をかけた。

 

 

渡はおもはゆく、気持ちを持て余していた。

不機嫌なユリの仏頂面は最初から目に入っていたが、それをなだめるいつもの余裕が彼にはない。なぜなら、昼すぎ、子供が旅館『竹本』に到着した。以来、彼はずっと心が乱れ続けている。

鈴木トヨの到着は渡にも不意打ちだった。

若者らしく彼も大人達の会話にはあまり興味を払わなくなっている。

入学したばかり、これまでとは違う難しい勉強もある。

幼い頃から困っていた機械と相性の良すぎる性質は、アギュたちのおかげで抑えることができている。そうでなければ、工学科になど進学できない。理屈でなく動かせた機械たちの、その動く理屈がわかってくると面白くて仕方がない。そんな機械たちを設計し、一から造ってみたいのだ。それは単なる設計や組み立てではない。渡にとっては、命を生み出し、育むことに近い。

そしてさらに、渡は青春の真っただ中にいる。

大学で出会った新たな交友関係が新鮮だ。旧友や交際中のユリとのやりとりも忙しい。

前日は幼馴染のあっちょやシンタニ達と飲み倒した。離れを借り上げている社員たちが留守の間の、気の置けない男子会だ。友人らが帰ったのは朝ごはんを『竹本』で揃って食べてから。

そのあとは母親に呼ばれるまで部屋でいぎたなく眠っていた。

その日、誰かが来るとは察していたが、もともと旅館なので特に気にはしていなかった。母と叔母が揃って迎えに行ったというのもせいぜい大月駅までだと思っていたのだ。

だから、母の綾子や須美江叔母と一緒にお茶とケーキを囲んでいる『客』の姿を目にして初めて渡は驚いたのだった。

挨拶もそこそこに義理従兄弟であるトヨくんの面倒を見てやってと母から頼まれる。

あたりを案内したり、遊び相手になってやれと。年齢は(母や叔母よりは)近いのだからと。

なんなら、ユリちゃんも一緒にとさりげなく付け加えることも忘れない。

トヨは渡の動揺を知ってか、知らずか礼儀正しく挨拶をしただけだ。

それでもトヨが、以前より興奮しソワソワしているように感じたのは考えすぎだろうか。

渡が毎晩、夢に見る女性の面影とは似ても似つかないトヨだ。

だけども、この子供に会ってから子供の時以来、見なかった夢が再び蘇った。その内容も格段に具体的になったことはまぎれもない事実なのだ。

それだけではない、この子供は間違いなく問答無用で落ち着かない気分にさせる。渡にとってそれは、夢から地続きした罪悪感であり、前世の虚無感のような複雑な気持ちだ。

頼りになりそうな加奈枝はいない。朝から友達と出かけていると言われる。

困り切った渡が阿牛邸に行くことにしたのは、母からユリの名が出たことからだ。

それにこの子供を巡る自分でもどうしようもない困った心の動きを知っているのも、それを相談できるのもユリだけだったから。

それになぜか、子供も会いたがっていた。

『あのおねえちゃんはどうしているの?おねえちゃんの家に遊びに行ってみたいよ。』

これ幸いと電話するともちろん、ユリは断らなかった。

渡を救うのは自分の使命と思っているユリなのだから。

渡のピンチに、付き添わなくてどうする。


スパイラルフォー-43

2018-04-29 | オリジナル小説

裕子と墓守と子供の骨

 

トヨが帰った夜。不意に『切り貼り屋』が訪ねて来た。

子供二人が寝込んだ後に、未だ荷物の整理をしていた田町裕子ひとりを訪ねて来たのだ。

不意のことに立ちすくむ裕子に『切り貼り屋』が神妙に差し出したのは小さな骨壷だった。

「おそらく全部、揃っていると思う。」

土石流に流された裕子と屋敷の子供、本物の『ハヤト』の骨。

裕子が絞り出せた声は大変小さい。

「・・・見つけてくださったんですね。」

「俺たちにかかれば、造作ない。薄い骨で溶けちまったものも多いが、できるだけはしたよ。」

蓋を開くと白い貝殻のような骨片がわずかに入っている。痩せた小さい子供だった、頭蓋骨以外の骨量は少なすぎるほどだ。ヒビ割れた頭蓋骨に指を走らせるとしばらく流すことを忘れていた涙が溢れた。

感謝は声にならない。だから裕子は精一杯の笑顔を作って『切り貼り屋』に手を合わせただけだ。だけども、その涙を拭く間に骨壺は裕子の手から消えている。

「悪いが、これはしばらく俺たちが預かっておく。」

瞬く裕子の目には、男の後ろにいつの間にか現れた男が目に入る。白髪の長髪を後ろで縛った渋い初老の男だった。男は骨壺を胸に抱いて、裕子に深く頭を下げる。

「俺たちはあんたたちよりは長生きだからあんたより先にポックリ逝っちまう心配はない。」

安心して欲しいと『切り貼り屋』は後ろのナグロスを『なぁ』と振り返る。

ナグロスは、名乗ることなく黙ったままだ。『切り貼り屋』が手短に紹介する。

「俺たち、あんたのことを色々、教えてもらったよ。あんたが子供を見殺しにしたことで、常に罪悪感を抱いていたこととかだ。」その通りですと、裕子は俯いた。

「俺はあんたにその罰を与えようと思う。」

「・・・罰」「そう、あんたがコビトに言った、今も心の中で望んでいる『罰』だよ。」

そう言うと『切り貼り屋』は子供達が眠る2階を見上げる。

「俺は生半可な気持ちであの二人をあんたに託したんじゃないんだ。あの二人はこの星以外で生きる場所がない。ここを出たら、標本にされちまう。」

「標本?」これは嘘や冗談やハッタリじゃないぞと、男は強くうなづき「だから、あの二人を一人前に育て上げるまで、この骨は返さない。それが『罰』だ。」

そんな罰では軽いのではないかと問いかける裕子の目に「本物のハヤトの骨をあんたが持っていることは今のハヤトの為に危険だっていうのもある。わかっているだろうが、本物のハヤトが死んだことを表立って人に話すことも、悼むことも裁かれることも決して許さない。俺たちはあのカバナ野郎みたいに記憶を操ったりしないからな。そんな手助けしてやるほど親切じゃない。あの二人が自立するまでそれは続くんだよ。場合によっちゃ、長いぜ。もしかすると一生だ。」

『切り貼り屋』は言葉を一つ一つ、たたき込むように続ける。

「あんたは死んだ子の秘密の上にさらに別の秘密まで抱え込まされたんだ。真実を隠して生きて行く、生き抜くんだ。これが『罰だ』。今まで以上に辛いこともあるかもしれない。」

裕子は口を引き結んだ。そして首を縦に振る。涙はもうこれ以上、流さない。罰は受けると。

「よかった。」『切り貼り屋』はほっとしたようだった。

「大事にあずかります。」声を出さなかった男が静かに口を開いた。

「お墓に入れて私が毎日、供養しますから。」

「あの」引き結んだ唇の間から囁く声が漏れた。「もしも・・・子供達が自立して・・・私の手を離れたら・・・その時は、そのお墓、教えてもらえますか?」

「はい、いつでも来てください。歓迎しますよ。」男は微笑む。

「ありがとうございます。」裕子も頑張って微笑み返す、男に、『切り貼り屋』に。

『よせやい』とでもいうように照れた『切り貼り屋』は目をそらして手を挙げ、裕子の次のまばたきの間に二人とも姿を消した。

裕子は、しばし想いを整え、それから黙々とやりかけていた引越しの荷造りを再開する。

2階で眠っている二人の子供を起こさないように気をつけて。

 

 

墓守、神と罰を語る

 

 

「さて、ナグロス。あれでいいんだな。」『切り貼り屋』は傍の骨壺を抱えた男に首を巡らす。

「そう、この星の人間だからね。」皺の寄った口元からはため息が漏れ出た。

「星には星の決まりがある・・・私も昔はそうだった。宇宙で生活した後ではそれは変わった。

お前だってかつてはそうだったはずだ。」

昔すぎて忘れたな、と古い友人だという『切り貼り屋』は黙って彼に並ぶ。

二人は既に夜の神月に戻っている。

もう寒さはあまり感じない。二人の影が落ちる街灯に照らされた道、灯に虫が集まり始めている。村は寝静まり、静かだ。二人は阿牛邸に続く山道に入っていく。

「宇宙という『神』を知った後ならば・・・女も子供も黙って男に殴らせたりしないだろうよ。ましてや大人しく殺されるなど。ためらいなく女は自分と子供を守るために男を殺すよ。あるいは守りきれず、子供が死んだとしても自分が助かったことで受け入れるだろう。そのことでも罪悪感を抱いたりはしないし、それら全てを周りに隠すこともない。そして、周りも誰も責めない。女が迫害者を自分の力で取り除いたからだ。もちろん、子供も自分を守れる年齢であれば、全力で自分を守る。親を殺す権利がある。」「・・・だな。」

それが宇宙人類の常識だ。一見、生に執着せず自分の命も人の命も軽んじるかのようでありながら、『宇宙』以外のものに命を奪わさせることを良しとはしない。その為に彼らは特殊な次元、死を前にした人間が時間の流れを緩やかに感じる瞬間を独自に発展させたぐらいだ。

宇宙では生き残ったものが常に勝者、正しい者だ。

「そういう前に。」『切り貼り屋』はかすかな笑みに口を歪ませる。「まず、赤ん坊も幼い子供も滅多に宇宙じゃ見られないがな。不法遊民のキャラバンぐらいだ。だが、お前の言いたいことはわかる。俺も元は惑星の生まれだからな。」

「あの女性は生きるためには罰せられなければいけない。そう考えている。それがこの星の常識だからだ。」ナグロスはかつて自分との間に子供を作った巫女、神城麗子のことを考えている。

彼女を殺した男は彼女に罰を与えたと言った。罪・・・清浄でなくてはならない巫女の身で余所者の子供を産んだことで、彼女は周りからの守りと信頼を失ったのだと。

そして彼女自身、自分が殺されることで娘を守った。ナグロスに後を託して。

彼女はこの星の巫女であるが、宇宙という『絶対神』に仕える巫女ではなかった。

神城麗子が宇宙人類だったならば、男を殺し最後まで恋人と娘と共に生きる道しか選ばなかっただろう。

「それにしても、お前。」『切り貼り屋』が友の白髪まじりの髪をしげしげと眺めながら「あれからずいぶん、肉体を酷使したんじゃないか。メンテナンス、怠ってないか。」そういう『切り貼り屋』は白髪どころか・・今は髪の一本もないのだが、肌はつやつやして年齢の欠片も感じさせない。

「改造してやろか、俺みたいにピチピチに。」久々の再会を祝して無料にしてやると言う。

「それは、断る。」頰に皺を刻み、即答する。「いらぬ世話だ。」

その答えがわかっていたかのような『切り貼り屋』を見返ってから、ナグロスは小さな骨壺を改めて胸に持ち直した。混沌から戻ってきた神城麗子の墓はかつての神社の近くにひっそりと隠されている。その傍らに小さな骨を託そう。彼は命ある限り、この星で愛する女の墓に詣でる。

その長い長い生から死へと向かうの旅の途中で、罪を贖った裕子に骨を返すことは彼にとっては造作もないことだった。ナグロスは『切り貼り屋』に微笑む。

「私は墓守なのだ。」


スパイラルフォー-42

2018-04-24 | オリジナル小説

過ぎ行く日々

 

 

僕は結局、神月とやらには行かないことになった。

正直、そうならなくて、すごくホッとしている。もう僕はスパイみたいな真似はしなくても良くなったわけなんだけどね・・・なんか、まだ神月に行くということを考えただけでどうにも心臓がバクバクするんだもの。『切り貼り屋』に会えるのは嬉しいけれど、他の連邦の人たちに会うのは・・・まだちょっと怖いんだ。

それに実際の話、とにかく忙しいから。

僕は忙しい。僕もオビトも。もちろん、一番忙しくて大変なのは結子さんだけど。

僕は出来る限り協力する。僕もオビトも。だって、僕たちは結子さんの『子供』になったんだし、結子さんは僕たちの『お母さん』になったんだもの。

オビトは知識だけは僕と同じくらいにあるけれど、経験値はないから。僕は先輩として色々と教えてあげなくてはならないんだ。でもオビトは努力家だから、何度も練習してすぐマスターする。その過程を見ているのがとても楽しい。自分ができたみたいに。道路では車よりも歩行者通路を後ろから来る自転車に気をつけなきゃならない、とか駅の階段では走り降りてくる人にぶつかられないよう素早く避けるとか。そしてなるべく二人で手をつないで、人に触られることの練習をする。最初、人前に出ることを恥ずかしがったオビトがだんだん、慣れていくのがわかるんだ。横断歩道でお年寄りに手を貸したり、ぎこちないけど一生懸命、この星の『子供』になる為に努力しているんだよ。オビトに手を貸しながら、僕もなんか泣きそうになる。だから、二人でもいっぱい、いっぱい遊ぶんだ。指相撲をしたり、腕相撲をしたりモロ相撲とかだ。パソコンゲームなんかより、僕たちはこっちの方が新鮮だよ。夜は布団を並べて寝る。こういうのって、本当『兄弟』って感じなんだろうな。ほんとそれだけで何もかもが楽しいんだ。

この間は結子さんが忙しかったから、二人でオムレツを作ってみた。オビトは卵を割るのが最初は下手だったけどすぐに器用にできるようになった。中身は炒めた玉ねぎとチーズだったから、塩を入れるの忘れたけどいい感じにできたよ。油にバターも入れて、焦がさなかったし。レタスをちぎってキュウリを刻んで・・・爪も少し刻んだけどね。オムレツにも少し殻が混じってたけど、初めてにしては上出来だって結子さんはすごく喜んで褒めてくれた。昨日だってお昼におそうめんを茹でたんだよ。トヨだってやったことはないだろう?。やれば簡単さ。結子さんが留守の時は僕たち、いろんなことをトライしているんだ。結子さん直伝のカレーだってすぐに僕たちだけで作れると思うよ。

結子さんが僕たちを連れて行きたいって言うから、山にも行ったんだ。高尾山ってところだ。結子さんは早起きしておかずを作った。僕たちもおにぎりを握る手伝いをしたよ。小さいおにぎり3つと二つづつ。もう一つ、さらに小さいおにぎりを一つ結子さんは作った。

何も言わなくてもそれが誰のものか僕らにはわかった。僕たちは本物の『ハヤト』にはなれないけれど、できる限り結子さんの側にいるって決めているんだからね。だって、それが『共に生きる』ってことだもんね。『切り貼り屋』の話だと多分僕らは、結子さんよりもかなり長生きみたいらしい。だから、本物の『ハヤト』のことをずっとずっと覚えていられるはずなんだ。

ピクニック当日、僕たちは駅から混んだケーブルカーに乗って人の多い山道を歩いた。連休明けの平日だからこれでもまだ、人はそんなに多くないらしい。僕たちが頑張って歩いていると知らないおじいちゃんやおばあちゃんがたくさん声をかけてくれてた。

山頂でお昼を食べて、本物のハヤトの分のおにぎりは山の天狗さんにお供えする形にした。

3人で手を合わせて、僕は初めて『お祈り』をした。

内容は秘密、だけどまぁ、だいたいわかるでしょ。

下山しながら、結子さんと僕は歌を歌ったんだ。カッコーの歌やカエルの歌の輪唱だ。練習の成果か3人で手もつないでもオビトは平気だった。頑張って声を発して歌に合わせようとしていた。きっともう直ぐ歌えるようになるはずさ。だって話せないのは、あくまで発達の遅れだから、大丈夫だって『切り貼り屋』も言ってたもの。山ではそれはもう、これまでにないくらい汗をいっぱいかいたんだ。ほんと、こんなに楽しかったことないくらい。

結子さんも幸せそうだったけど、どうしてもどこか少し悲しそうに見えてしまうのは仕方ないよね。だから僕らはいつもより大きな声ではしゃいで結子さんをたくさん笑わせた。

帰ってきてご飯食べてお風呂はいって、その夜は直ぐにバタンキューだっての。

そんな感じで、僕たちは学校の勉強もあってさ、ほんと毎日、目がまわるほど忙しい。

だけど、毎日ニヤニヤしてしまうぐらい幸せなんだ。

トヨはあれ以来、学校に来てなかったから、僕らがあれからどうなったか、すごく気になるよね。

 

 

まず『父親』である屋敷政則が行方不明になってしまったから、養育費がまだもらえない2番目の奥さんが警察に『家出人捜索願い』を出したんだよ。屋敷さんは親との縁が薄い人だったんだね。親族とも縁が切れてたみたいだし。要請があったのは会社の方から、みたいなんだ。

少なくとも・・・会社では必要とされた人だったってことかな。人間ってわからないものだね。

そういった過程でさ、屋敷政則が親権を持っていたハヤトの『弟』・・・施設に預けられていた子供の存在を向こうの家族は初めて知ることになったわけ。当然のことだけど、驚愕するよね。(実際は隠し子なんていなかったわけだけどね)DV離婚した直後だったわけだからさ、もう呆れ果てちゃったみたい。ご両親はまたまた激怒しちゃって、DV男、不誠実、嘘つきの詐欺師、どこかで野たれ死んでいるのが相当とまで罵ったらしい。当たらずとも遠からずって、こういうことを言うのかな?。こういう使い方でいいと思う?。

もちろん、オビトのことは2番目の元奥さんが引き取る道理はない。

実の母である(ことになっている)結子さんが、すぐに施設に乗り込んでいったから大丈夫だ。

田町の家に引き取る手続きのためにさ。アリバイ作りみたいなもんなんだけど。

実際にオビトはそこにいたわけじゃないし。

だから、そっちの件はもうOKになった。オビトは田町の家でこれからずっと暮らせる。

 

 

「僕が名付けたんだよ。」そこでコビトはトヨに誇らしく胸を張って見せている。

神月に行く前日に田町家を訪れた鈴木トヨは小さく歓声をあげてコビトとオビトに抱きついてきたが、もうオビトの体は硬くしたりしなかった。

「やったね!」トヨの手はコビトの肩とオビトの頭に回された。

オビトとコビトの背丈がかなり違ってしまったからだ。

(『切り貼り屋』が手術をしてくれたからオビトはヒョコヒョコ歩けるようになっている。リハビリすれば、すぐに普通に歩けるようになるはずだ。)双子というのはさすがに諦めるしかない。「『弟』ってことなったんだよね。」

「弟だって?僕と一緒だよ!何て名前になったの?、早く教えて!」

「田町新太っていうの、『アラタ』。もうオビトじゃないからね。」

「わお!いい名前だ。」トヨははにかむアラタに笑いかける。「すごくいい名前。」

「だろ?、僕が、この田町ハヤトが考えたんだぞ!」

「いいなぁ。」トヨは口を尖らした。

「弟の名前は、父さんがつけたんだよね。僕もつけたかった!」

「いい名前じゃないか。」ハヤトが言うとトヨはブーイングだ。「どこが?普通過ぎるよ。」

「そうかな?そんなに普通じゃないよ。」確か、史人。鈴木フヒトだと思い出す。

「全然、普通じゃないから。」ハヤトは重ねて言う。「アラタとそんな変わんないって。」

そっちの方がいい名前だとトヨは言い張り「よろしくな、アラタ。」改めてアラタをハグした。

アラタもその目を見てしっかりうなづいく。

そんな二人を見ている田町ハヤトは嬉しい。

「新しい人生に、ようこそ。」

トヨはアラタを抱いたまま、ハヤトに手を差し出す。

「ハヤト、アラタ、これからもよろしく!」

二人は田町結子と共についに新しい人生を歩き出したのだ。

 

 

そう、僕らのお母さん、結子さんも新しく歩き出した。もう、引きこもりじゃない。

竜巻プロダクションの新しい寮の寮母さんになったんだ。

結子さんは就職して、すぐに屋敷さんと寿退社しちゃったから、すごく不安だったらしい。働いていたのは3年ぐらいだし、後はずっと専業主婦だったから。

しかも、子供も二人いる母子家庭だから、仕事が見つからないんじゃないかって思ったんだ。あっても充分な収入が得ら得ないとかね。養育費はもうもらわないことを考えていたらしいから。

(屋敷さんが行方不明だから口座ってどっちみち凍結されちゃうのかもしれないけど。)

でも、僕だったら、あいつにあんなにひどい目に合わされたんだから、慰謝料だと思ってもらえるものはもらっておくけど。トヨだってそう思はない?。

新しく生きなおした結子さんはとても真面目なんだよね。

それにしても、竜巻プロって随分、大きな芸能プロダクションなんだね。あまり興味がなかったから、知らなかったんだ。トヨのお父さんのお友達なんだろう?。トヨのお父さんが結子さんを推薦してくれたって聞いたよ。結子さんじゃないけど、感謝しても仕切れないくらいだよ。

結子さんの面接で僕たちも竜巻プロに、東京の青山に行ったけれど、あまりに本社が豪華で大きなビルなんでびっくりしちゃったよ。それにさ・・・社長さんて、随分押しの強い人だよね。

僕たち、寮に住み込みで働くことになったんだ。今の家は賃貸にすれば家賃収入も見込めるとか、学区内だから転校もしなくていいとか、アラタの障害が心配なら学区外の私立支援学校に転校すればいい、知り合いがいるから紹介してやる、ただ送り迎えが必要だ、費用は持つから免許を取れとかさ。いい話ばっかりなんだけど、押す押す。どんどん一人で話を進めちゃってさ、結子さんも半分、唖然としてたんじゃないかな。でも、結子さんは色々思ったにせよ、最後には余計なことは言わず、「よろしくお願いします」って頭を下げていたよ。偉いね。

でもそしたら今度は、僕やアラタにまで児童劇団に入ってみないかとかすごい言い出したんだ。僕らとしちゃ、断りづらいよね。『トヨくん』も一緒だから、ぜひとか言われてさ。僕、トヨが入るなら入るって言っちゃったんだ。劇団は寮から、歩いていける距離だしね。

まさか、『トヨくん』が劇団に入るのが結子さんを採用する条件じゃないよね。

笑わないで、違うならいいんだ。

トヨが一緒なら、僕はなんだってOKなんだから。トヨなら芸能人も絶対、似合うと思うし。

 

 

 

 

ハヤト、トヨを送り出す

 

互いに情報交換を終え、一段落した3人は田町の家でジュースを飲んでいた。田町結子は家を出ている。仕事の打ち合わせや引越しの手配で忙しいのだ。ハヤトとアラタも置いていく家具を綺麗にしたり(「家具付きで貸し出すんだね」)トヨも手伝って捨てるゴミの分別をしていた(「捨てるもん多いね」)。

「寮の部屋って2LDKだっけ?」トヨはブクブクと炭酸に泡を追加する。

「あまりもってけないね。」

二人の子供には思い入れのない家だ、結子が未練なく物を捨てるなら異存はない。

「トヨはさ・・・明日、神月に行くんだよね。」ハヤトがポツリと呟く。

「どうしてそんなに行きたいの?アラタの工作の話、したよね?」グラスを持つ手に力が入った。「実際に色々動いてくれたのは『切り貼り屋』じゃないんだ、多分、シドラさんって人なんだと思う・・・連邦の・・地上部隊のさ。あの『チチ』もえげつなかったけれど、連邦の力もすごいと思ったよ。僕は、ほんと・・・敵にならなくてよかったと思っている・・・」

「僕は連邦に会いに行くわけじゃないよ。『切り貼り屋』やそのシドラさんて人にも面識ないし。」「僕が悪かったんだ、トヨに色々、話したりしたから。」「大丈夫、僕は知らんぷりできるし。『連邦の誰か』に会いにいくわけじゃないから。」

「違うよ!向こう側が都合が悪いと思ったら、トヨは記憶を消されてしまうかもしれない。僕はトヨの記憶から消されたくないんだ!」

生真面目に言葉を重ねるハヤト、心配そうなアラタにトヨは自信ありげに笑みをを返す。

「大丈夫、それはないよ。」そんな恐れがあれば、『夢の女』はトヨを行かせないだろう。

「それに、あんなことがあったばかりだしさ、やめたほうがよくない?・・トヨは家を離れて不安じゃないの?」この日、誘拐事件のことが話題になったのは初めてのことだった。トヨよりもハヤトの方が気を使っていた。

「うーん、そうだねぇ・・・」

トヨは言葉を選びながら、真剣な表情の二人を交互に見る。

傍らには『夢の女』の姿はないが、常にすぐそばにいることをトヨは意識している。それは説明が難しい。「前に言ったじゃない?・・・僕、会いたいというか、会わなきゃいけない人がいるんだよ。」「神月に?まさか・・・」「たぶん、宇宙人じゃないよ。」素早く否定。

「古代人っていうのかな?僕のっていうか、僕についている人が大昔に会った人っていうのが正しいと思う。」「ああ、守護霊・・」ここでハヤトがアラタに廃校でのことを説明する。

「その人とこの春にトヨはここで会ったんだって。」アラタは物問いたげだ。

「神月から来た人たちだよね。」夢の女がうなづくのをトヨは感じた。

「会わなきゃならないんだ。なんとしても。そりゃ、お父さんは猛反対したけどね。」

肩をすくめた。「須美恵おばさんと旅館のおばさんが家まで迎えに来てくれるってことで、どうにか落ち着いたよ。お母さんが退院する日までの一泊だけだ。」

「なんでそんなに急ぐのかは、僕らにはわからないけれど」ハヤトは弟にもうなづく。

「とにかく、何がどうなったのかは、帰ったら教えてね。」

「そうだね。」トヨは曖昧に微笑んだ。なぜ、会わなくてはならないのか。会ったらどうなるのかは、トヨにも実はよくはわからないところだ。夢の女の記憶は遠くにある幻影に近く、トヨには完全にはつかみきれない。ただ誰かを想い、胸恋しい。

『君たち・・・連邦のご先祖に・・・関係しているのかも。』漠然とそう感じる。

「何かが変わるかもしれない。」うなづく。

「行かなきゃ。僕は神月に行くよ。」

ハヤトは息を吐きだした。廃校の夜のトヨの言葉を思い出したのだ。

全てはトヨの言った通りになった。「わかった。」アラタの頬に触れて、安心させる。

「まだ、一緒には行けないけれど。トヨを信じるよ、応援する。」

言葉通り、トヨは必ず無事に帰ってくるだろう。そして、たとえ

「トヨの何かが変わっても、僕らは変わらず迎え入れる。」

 

 

 

 

 


スパイラルフォー-41

2018-04-15 | オリジナル小説

店は通常営業に戻る

 

従業員が安心したことに風俗店は翌日から休業にはならなかった。エレベーターが使えなくなっただけで。ただし2階のエレべーターに面した両隣の個室は入室できないようにガムテープで封印されていた。これは工事の音がするからだと店側が説明した。実はシャフト内がえぐり取られたためにシャフトに面する壁がもろくなってしまったからだった。それ以上、店員やヘルス嬢に詳しいことは伝えられない。『新宿のヤクザが数人で来て暴れたらしい』とか『受付の某がエレベーター内でやられ死体は消されたとか』『いやそもそもヤクザが殴り込みきたのは某が原因だった、だからこそ彼はどこかに既に逃亡した』などなど、様々な噂が立ったが、小柄な店長は何を聞かれてもヘラヘラと笑うだけでなんにも答えなかった。

「そんなことより、営業時間外は工事業者が入るからな。ま、そういうことで、よろしく。」

確かにシャフト内は昼から夕方、連日カンコンと工事の音が聞こえる。店長によく似た小柄な工事人が出入りするのがたまに目撃されたが、彼らはどうやら店長の親戚の業者だという説明でみんな納得している。なぜなら、これまでもメンテナンスで見かけていたからだ。誰もそれ以上は・・・つまり工事中だというシャフト内を覗いたり、忙しそうな彼らに話しかけたりなどはあえてしなかった。従業員用のエレベーターは、これまで同様使用できていたし。

もしも仮に、ほんの少しでもメインシャフトを覗いていたら・・・その破壊の凄さに度肝を抜かしたことだろう。ヤクザどころか、ゴジラが来て暴れたのか、と荒唐無稽な噂が立ちかねない有様だった。悟られないように修復は急がず、さりとて素早く行う必要があった。

当然、オリオン連邦上陸軍が既に正確に把握していたように、屋敷政則は死んでいる。スライスされた死体も魔物を体内に封印された鬼来美豆良の肉体もシャフト内にはその存在した痕跡すらなかった。ガルバが解放した次元は、全てを貪欲に飲み込んだ。カバナ・リオンに送り届けるためにだ。

店長が美豆良を切り捨てるというマサミには受け入れがたい冷徹な決断を即座に行なっていなかったならば・・・風俗ビルのかなりの部分がいや、ほぼ均一に次元防御がかけられた建物そのものが、この星の地上から消えていたことだろう。遊民たちもマサミも地下にいた裕子とコビトも無事では済まなかったはずだ。

「マサミさんはどうしたの?」従業員の有田はヘルス嬢の一人に聞かれた。

「今日は来ないみたいですね。」そう言いながら、店長に問いかけようとするが、肩をすくめられただけだ。「そのうちな。来るときゃ来るさ。」

美豆良を失ったマサミはもう現れないかもしれない。そう思ってはいた。売れっ子だったのに残念な事だ。ただし『あの女はSEX中毒らしいから。体が欲しくなりゃくるだろ。』

店長にとっては、あの時の判断に1点の曇りもない。それはマサミも後付けでは、わかっているはずだ。全員と店を守るために、ブレる余地などなかった。

マサミを多少は気の毒だと思ったとしても『現れたら受け入れるだけだ。』

それがその、せめてもの謝罪であり、いたわりってやつだろうと店長は考える。

「俺も少しはこの星の住人らしくなったってわけかな。」

満足げな店長は肩をすくめて数日前にマサミが座っていたソファをつかの間、眺めた。


スパイラルフォー-40

2018-04-08 | オリジナル小説

裕子と二人の子供

 

気がつくと裕子は自分の家のリビングにいた。隣にはコビトもいる。

「さて。」と『切り貼り屋』と呼ばれる男が口を開く。向かい合う男の隣にはオビト。

「この子を・・・連れて行くの?」そういうのがやっとだった。それならば、いっそ早い方がいい。コビトの手を放そうとしたが、コビトが放さない。

死ぬと思ったあの時を体験して確かに裕子は少しだけ強くなった。だけどもそれは互いがいたからだ。共にあるから、コビトは強くなり裕子も強くなった。

コビトは感じている。一旦、この手を放したら・・・一人になってしまったら裕子はきっと耐えられない。

実行犯の屋敷政則は無責任にもどうやら次元戦に巻き込まれて、死んでしまったらしい。死んだことは確実だと、連邦人の女から先ほど知らされたばかりだ。

「本当なんですか?」絶句し、それから不安そうに確認する。

「そう、死んだんだよな。」うなづくと『切り貼り屋』は天井を見上げる。「死んだな。」上から面倒くさそうに声がした。「その辺は確かだ。心配ない。」

コビトは裕子が心配になるが、彼女はそのことにはあまり心を動かされなかったようだ。裕子は放心する。悲しむべき?それとも人の死を罪深くも喜ぶべき?一度は愛した男、その愛は跡形もなく消えてしまったが。それでもハヤトの父親、しかし恐怖で支配した憎い男・・・子供の仇。そんな煩もんは表に出ることはなく、コビトの目にはほっとしたようにしか映らない。

だけど、コビトはあの時に手術台の上で裕子が言ったことを覚えているから油断しない。片方の拳を握り締めた。子供を見殺しにした罪をつぐなわなくてはいけないと裕子は言ったのだ。

とはいえ、裕子が一人で重荷を背負い続けるなんて不公平ではないのか。

このままコビトもいなくなり、一人ぼっちで、世間にさらされ、自分を責め続け、裕子はハヤトの元に行ってしまうかもしれない。だからコビトは手を放さない。放す気はない。

共に生きると誓ったのだから。

『切り貼り屋』を凝視するコビトの目には、その嘆願が全て現れていた。

オビトもそっと傍の男に触れ、何か言いたげに見上げる。

もちろん、『切り貼り屋』にだって、それらはとっくに伝わっている。

「なるほど・・・コビトの気持ちはよくわかった。」

わけ知り顔でうんうんとうなづくのをシドラ・シデンがこの安請け合いがと非難がましく睨む。うんざりだと言わんばかりに、天井に開いた穴から顔を出すと男を急かし始めた。

「早くしろ、まずはお前が事情聴取だ。」

「そう、それだ!」男は傍のオビトの腕を掴み、前に押しやる。「俺はこいつらを引き取りたいのは、山々だが、そういうわけにはいきそうもないってことなんだよ。裕子さんとやら。」

コビトの顔が輝くが、オビトの顔は困惑する。裕子はもっと混乱した。どういうこと?

「こいつらを連れて連邦の事情聴取を受けるとなると、こいつらも処分の対象に上がっちまうわけだ。」「その人たちが、この子たちを・・・殺すというの!?」

裕子はコビトの手を握りしめ、とっさにオビトの体も引き寄せていた。オビトはビクリとした。これは嫌というよりは、人に触れられて驚いたのだ。幸い、裕子はそれに気がつくどころではない。捨てられた犬のように『切り貼り屋』を見上げるオビトに我慢ができなかった。

「あなたが!あなたが、誕生させたんでしょ!なんて、なんて無責任なの!」

「まったくその通りだな。」シドラが上から冷ややかに「そういうやつなんだ。」

「その通り。後先、考えない。依頼者に言われて作ってはみたが、その依頼者は死んじまった!その二人は宙に浮いちまったというわけだ。俺は連邦にこれから散々、締められるわけだが・・・」

「当分な。場合によっては、一生だ。」

「つまり俺はだ。」言葉はオビトに向かう。「元の遊民に戻って、大手を振ってここから出て行くには、すこぉし、時間がかかるんだ。しかも、その時にはお前たちを連れていくことは許されない。」オビトは気丈にも口を引き結んでその言葉を受け止めた。

「それじゃ、この子たちはどうなるの?!ここに捨てるっていうの!?」

とうとう裕子は我慢ができずに叫んでいる。子供二人を傍にしっかりと抱えて。

「捨てるなら、捨てるなら・・・!」言葉は飲みこまれる。母親失格の自分。

「子供?子供など、知らないな。」上からシドラ・シデン。

「ドギーバッグから造られた模造品なんか我は知らん。」

「と、いうことだ。」

「ありがとう、切り貼り屋!」コビトから涙が吹き出す。

「いいの?私が?そういうこと?二人を・・・?」裕子の声も、ささやくようだ。

「誰だ、君は?ああ、田町ハヤトくんじゃないか。君は実は、双子だったんだってね。お父さんが引き取っていたんだが、屋敷さんがこの度、亡くなったついでに行方不明ってことでお母さんの裕子さんが弟も引き取った。そうじゃないのか?」

裕子は子供たちををきつく抱えたまま、うずくまってしまう。

 

不意にハヤトと近場の山に行った記憶が蘇る。追い詰められていた母親はその頃、自分が死ぬことを思わない日々はなかった。それなのに結婚相手に間違った男を選んだということを認めることは、自分自身を全否定するようでなかなか飲み込むことができなかった。ハヤトは3歳・・・父親からはまだそれほど直接、手を上げてはいなかった。ハヤトの頰についた痣は母に投げたものが跳ね返って当たった跡、腕についた傷は蹴倒された裕子の体が子供用の椅子に激突して横転した時のもの。屋敷の世話を完璧にこなさねばならず、子供の食べ物、子供の服の世話とかが後回しになることが次第に増えていく。1日に何度も所在を確認する電話。日々、家を切回し家事をすることがどんどん辛くなる。頭が重く、体が痛い。それでも屋敷が海外出張で監視が緩んだその日、久しぶりに弁当を作った。初めて乗るケーブルカーにハヤトの痩せた顔の中で大きく見える瞳が輝いていたっけ。人が少なかったので一番、先頭に乗せてもらい、手すりをぎゅっと握っていた小さな手。その手をつないで登山道を少しだけ登り、街並みを眺めながらベンチでおにぎりを食べた。それだけ。たったそれだけの思い出だ。ハヤトにあげられた唯一の。

食べ終わった後、裕子の膝に回した手。その感触が蘇えってくる。大好き、ママ。

そう言って乗せた頭。艶やかだけどぼさぼさの髪を力なく撫でながら自分は何を考えていたのだろうか・・・この小さいけど確かな重みがなかったら、自分と夫の夫婦生活は今も滞りなかったのだろうか・・・そんなことを考えた自分しか思い出せない。

それでも、ハヤトは『大好き』と言ってくれたのだ。自分を守ってくれていたのだとコビトはいう。ハヤト、ごめんなさい。痛かっただろう、怖かっただろう。本当はママ、助けてと言いたかっただろうに。そんな、こんな私でも・・・ママは生きていた方が良かったの?

長い年月、抑えていた思いが爆発し、裕子の口から悲鳴にも近い呻きが漏れる。涙のない慟哭だ。子供二人を抱いたまま、裕子は歯を食いしばり足を擦り身悶えをこらえた。

コビトがそのおこりのように震える背を幾度もさすり、オビトがおずおずとその震える口に痙攣する頰に触れる。まだ消えない痣や傷にも。

 

「ちょっと荒唐無稽ではないか。」

『切り貼り屋』の言葉には、さすがに上から苦言が呈されていた。

「それぐらいの工作、やってくれよ。」『切り貼り屋』は懇願する。

「俺はどうなってもいいから・・・頼むって。」

「ふん、まぁ・・・アギュは・・・甘いからな。」

下にいる男の感謝の顔を無視し「さぁ、グダグダ言ってる時間はないぞ。」

そう言って腕を伸ばした。「じゃあな。」コビトが裕子の肩を抱きながら見上げた時には天井には見慣れた電灯が瞬いているだけだった。

 

 

 

『切り貼り屋』満足する

 

「嘘つきが」シドラ・シデンは男を連行しながらなじった。「貴様は自由だ。どこにだって行ける。ペルセウスが背後についていることは我々は口外しない。」

「どうかな、俺は不法遊民の有名人だ。カバナも出入りしてることも隠しようがない。さしずめ、あの小惑星帯あたりがちょっかいをかけてきそうだ。だから、俺はほとぼりが冷めるまでここに潜ませてもらうとするよ。だけど、あの子供達は絶対に連れ出せない。それは事実だろ。」

「当たり前だ。あの子達は・・よりにもよって、封鎖されたオメガ星のDNAを持ってるときた。なんでそんな余計なことをしたんだか・・・。」

命に関わる、と最後はブツブツと口の中で消える。カバナが持っていた唯一の原始星人の破片だからな、と『切り貼り屋』も小さく呟く。仕方なかったんだ。

「それに嘘はあんたが先だ。事情聴取ならもう済ませた。あの、小さなべっぴんさん・・・中枢の関係者なんだろ。」イリト・デラのことらしい。『切り貼り屋』は広々としたワームの背中でようやく、くつろぐ。自分のことはあまり心配しないたちだ。

「もともと・・・我の上司がお前をデラの個人次元に隠したから・・・お前は連邦の正規軍の把握する範疇では、不法侵入しようとして破壊された存在だ。安全地帯に着くまで、もともとここにいた別人の顔をすることはできないのか。」

「誠にありがたい申し出だが、旧交を温めたい友人もいるんでね。それに、なぁ、聞かせてくれ。あなたたちが誰も俺が死にぞこなったことを小惑星帯には報告しないってことは・・・上陸部隊は正規軍と対立してるってことか。」知りたがりの質問に、シドラは肩をすくめただけ。

「対立はしていない、が・・・」正規軍は上陸部隊を、アギュを「監視している」のだ。

「連邦内もカバナと同じだな。一枚岩ではないんだな・・・和平をめぐってなのか。」

「そのことだけは、忠告する。ここにいるからってペラペラ喋ると間違いなく連邦から排除されるぞ。」

今度は『切り貼り屋』が首をすくめる番だ。わかってますって。

「あと、あの田町裕子の家、ちゃんと次元的に綺麗にしてやってくれないか。」

「注文が多いな。上陸部隊の指揮下に入ったわけだから。金輪際、3人にカバナなど近づけん。」我もだが、バラキが許さないとは何よりの安全の保証だ。

巨大なワームの背中は次元の中をゆっくりと蛇行していく。

全体像は『切り貼り屋』には相変わらず、見えない。

「ありがとう。」唐突に『切り貼り屋』に礼を言われてシドラ・シデンは迷惑そうだ。

「お前がナグロスの古い知り合いじゃなきゃ、な。」

「ナグロスに感謝だ。」『切り貼り屋』は口笛を吹く。

ペルセウスから帰った顛末も、過去、この星にいたこともすでにデラに話した。神城麗子に連邦工作員だったナグロスと共に接触していたことも。

ただし、意識が飛んでいた間、ペルセウス人のグアナクととの会話とも言えぬ会話。ぎこちなく交わしたその内容については話していない。

臨界進化とペルセウスには関係があるらしいこととか。

俺を助けた朧な青い光がグアナクと話していた会話もだ。完全ではない曖昧な聞き取りだが。

それぐらいのとっておきの秘密は持っていていいだろう。人間に深みが出るってもんだ。

それに、あの光には近々、お目見えできる予感もする。遊民人生、ワクワクの連続だぜ。

 

「ナグロスはどうしてる?あいつは元気なんだろ?」

「ふん、これから自分で確かめろ。」

まったく甘い上司さまだ。シドラはこれが最後とばかりに鼻を鳴らした。我ながら子供っぽい。

バラキが笑っている気がする。ガンダルファとドラコも無事に任務を遂行したと。

その任務・・・アギュが憤った『次元生物とその餌』の搬送のことだ。

 

実はアギュがバラキとシドラをこちらに配置した人選も計算がされている。そのことはシドラにだってわかってはいるのだ。複数の次元に存在できる次元生物、ワームドラゴンは物質化した3次元においては容易に実体化できないほどの情報量だ。そんな巨大なバラキの存在は次元を移動するだけで大きな影響を与える。人間の存在する表次元にギリギリに浮き上がったワームの存在は小惑星帯の次元レーダーの精度を落としてしまうのだ。それでもこちらに文句は言えまい。

ワーム使いは地上軍の正式のメンバーなのだ。地上軍に知らせることなくカバナ人を入れたことを黙認した手前、それによりワームの警戒度が上がったのだとすれば我慢するしかない。アギュからすれば、ワームは通常のパトロールをしているのだ。

それにもしかすると・・・不法遊民との戦闘でカバナ人が死んだことを知ったら、きっと彼らもどこかでほっとするのではないだろうか。

不法侵入者の命まで心配することは小惑星帯にとっても範疇外なのだから。


スパイラルフォー-39

2018-04-06 | オリジナル小説

苦い想い

 

 

「あそこまで破壊をしてしまうとは・・」418ことカプートは少し後悔している。

「ハカイしたかったからな。」返事はシンプルだ。「オマエだって止めようとしなかった」

彼らは神月の阿牛邸の自室にいて自問自答していた。覗いてみればシンプルな寝台の上に瘦せぎすの男が一人、座っているだけだ。青みを帯びた長い髪を、やはり青白い腕がすくい上げるようにつかの間見つめ、落ちるに任せた。一度は完全に臨界した肉体は再び、物理的肉体に戻った。

アギュの肉体の中の二人。

その二人の会話は『会話』だが、基本的に肉体の中で行われているので、下の階にいるタトラは勿論、日夜アギュの見張りと自認する天使、明鴉にも盗み聞きはできない。

小惑星帯にいる正規軍は言うまでもなかった。

カプートも感慨深げに自分達の体を見回す。

「そう、その通りです。あの時は、そんな余裕はなかった・・・本当に臨界が頂点に達したんですから。あの感覚、今、思い出してもゾクゾクする・・・とても忘れられそうもない。」

「今のところ、キーワードはイカリだな。」アギュも思い返す。

「私たちは全く完全に一つになった・・・私たちだけじゃない・・・ユウリもでしたね・・・」肯定の印にアギュはわずかに唸った。

そのことは未だにアギュを混乱させている。意識を持たないユウリの心と記憶が我がうちへと引き込まれたことは、まるで彼女の秘密を覗き見したようだ。

できれば見なかったふりがしたい。

話を変える。

「ソシテ、ソリュートもだな。」

再び『不完全な臨界体』に戻ったアギュレギオン。オレンジの光は今も変わらずその胸にあるが。アギュの腕に、常に巻きついていた石・・・ユウリから引き継いた竜骨だけはどこにも見当たらない。

 

オリオン連邦成立よりもはるかな昔に滅んだ惑星から出土する、魔法生物の骨。それはあらゆる分子構造をバラバラにする共鳴運動を起こす化石だ。その振動を操る力は引き出す能力者との相性とその力量で変わる。よって、その効果は一定ではなかった。それでも連邦政府はワームドラゴンを使役することと並び、特殊能力による重要な戦闘兵器として石を認定し、研究されている。

アギュの中で眠るオレンジの魂、神城ユウリはその類まれなる担い手だった。

 

「オレは一度、ムイシキにブンシカクを操ったことがある・・・」それはユウリを助けられなかった怒りが、カバナの次元船に対してさせた。「カクブンレツなのかユウゴウなのか、ハタシテどのようなバクハツなのかはジブンではよくワカラナイ。コンカイもだ、シクミなどシラナイ。とにかく、デグチにいるものをハカイしたいと思っただけだ。ただし・・・コンカイは、セイギョがカノウだった。イゼンにはできなかった、ソリュートが(ユウリが)オレたちとヒトツになったオカゲかもしれない。」

ペルセウスが非物質世界からコンタクトしてきたことからも、イリトはおそらく気づき始めているはずだった。アギュの臨界の進行を黙認するイリトの意図はわからない。だが、臨界の変化はイリト以外の他者には悟られないように、自分から完全にコントロールしなければならない。

来るべき時を自由に迎えるために。

「怒り・・・確かに、あれはちょっと腹が立ちましたね。鳳来と鬼来リサコが自滅した時には見逃したのに。それが今になって、自由を奪うなんて。私はあの生き残りの二人がかわいそうでならないんです。」418は肉体的に結ばれながら別れる運命となった神城ユウリのことに重ねているのだ。

「オレは。」アギュはことさら、声を高くする。

「あの違法クローンたちにカクダンのオモイイレなど、ナイ!」

「鬼来美豆良と憑依した魔物がカバナに連れ去られることまでは阻止できたのに残念です。」

「ショセン、ゲンソウだ。サイショから、オレたちにデキルことなどなかったんだ。」アギュの言葉は一息ごとに苦い。

「ミズラはマモノごと・・・イリトが手に入れたのさ。」どんどん口の中が苦くなる。

「オレらがワームホールから救い出したトタンにジョウシ様のご所望ときたんだ。」

しかもそれを自らのクローン体であるイリト・デラに言わせたことも腹立たしい。

「デラがあのフタリ、ミズラとマサミにどれだけオモイイレがあるか知ってのうえだ。」

「イリトにだってわかってたんですよ。オリオンに移動させても長く生きない魔物には餌がいると。それはおそらく同じ惑星の人間のエネルギーであるとね。私たちは混沌の中で遺体にデモンバルグが入ってた話は一言もしなかったんですけどね。そんな時にほんと都合よく・・・『魔物と人間のセット』が目の前に転がり込んだんだわけです。手に入れないわけにはいかなかったんでしょ。」「オレだってハテのチキュウのジンルイを1ダースとか言い出されるのはジカンのモンダイだとは思っていたさ。だけども、あのホシのジンルイにキガイをクワエルことにキョカがオリルわけがない。ミズラはその点、ガイライジンルイだからな。・・・だが、あのタイミングとはな。」

「忠誠を試したんでしょ、私たちと・・・それとデラの。イリトなりにです。何せ、ペルセウスの一件がある。」

「確かにな・・・キナクサカッタだろうよ。ハラを探らなかった、ごホウビを差出せってことか・・ケッ!むかつく」イリト・ヴェガが秘密裏に侵入したカバナ人の獲物をピンハネしたことはカバナ・リオンはもとより、彼女に敵対する連邦の人間も今の所は誰も気がつくまい。思えば、アギュがイリト・デラに『切り貼り屋』の件を個人的に頼んだ時から、今回の出来事を最初から最後まで完全に把握することができたのはイリト・ヴェガだけだ。カバナの侵入者の身代わりであった『生贄』をアギュが気まぐれから助けたこと自体が連邦に秘密である以上・・・美豆良とテベレスをイリトが望めば阻止することなどアギュにできない。

既に魔物とその『飼育セット』はガンダルファとドラコにより連邦正規のワームホールから運ばれてしまった。

その明るい面はイリト・ヴェガが固有の次元生物を中枢に示せれば、連邦はこの星を和平の供物から外すことになるということだろう。

「少なくともイリトは相手を切り刻んだりはしないと思いますよ。デラのように知的会話を楽しみたいだけじゃないですかね。」「わかるものか。」

「思考の擬似エネルギーを作ることができたら、人間の方は返される可能性も高いです。」

「それもわかるものか。」アギュは忌々しかった。

あのカバナ人、原始星人を同じ人類とも思わぬ、あのカバナのスパイ。

そして、その実態であったカバナ貴族めが。

「八つ当たりで殺されるなんて思わなかったでしょ、ほんとお気の毒。」

「あれしきでシヌわけあるか、アイツラが!」アギュは吠える。

「どうせスグにサイセイするだろうさ。カバナじゃお茶の子さいさいだ。オレがしたのはセイゼイ、ジカンカセギだ。」

418の言葉も心は全くこもっていなかったのだが、アギュの怒りは収まりそうもなかった。

 

怒り。

ガルバによって無力化された美豆良とテベレスが、突然介入してきたイリトの命令に従ったガンダルファたちによって運び去られた後のこと。

自分の無力さ、やり場のないアギュの猛りが、縮み消滅しつつあったカバナのワームホールに注ぎ込まれた。肉体と精神が完全に溶け合った臨界体の力、ソリュートがその意思の代行者となる。従来ならば、制御しがたいエネルギーでワームホール自体が即時、粉砕されたはずだ。だが、調整されたエネルギー、臨界体を構成する光と量子、アギュの一部が高速高温で分解され撹拌され凝縮されたもの。つまり殺意は・・・出口へと走りぬけた。

カバナ貴族たちが分析できず光子爆弾と称した、それだ。

 

「あれは、全く・・・快感でしたね。危険なくらいに。」

そう418が示唆したことの意味はアギュにもよくわかった。ようやく怒りは冷たく冷える。

「コンカイのようにセイカクにセイギョできなければ」破壊はどこまで広がったのか。「カンゼンリンカイしたオレたちこそがこのホシに・・・このウチュウにとってのキョウイになるのかもな。」「そうです、もしも知られたら・・・連邦にとっても。」

このリオン・ボイドへの意趣返しが正規軍にもイリトにも知られなかったのは誠に幸いだと418は言う。

カバナ人が極秘に仕込んだ故に次元を緻密に縫い上げたワームホール。全貌を把握するのが難しい上に、基本的に正規軍が見ないふりする、その穴の周辺をめぐって、起きた出来事。

「何が起こったか、正確にわかるのは」カバナからオリオンへ。

「ワヘイのアトか。」

その頃にはすべてが『後の祭り』となっていればいい。

 

アギュのしでかしたことは危険な賭けでもある。

「オレがイリトに一矢報いるとしたら・・・・これぐらいだ。」

 

 

 

 

 

「アギュどの。」タトラがドアをノックする。

「客人が見えられたようじゃぞ。」


スパイラルフォー-38

2018-04-03 | オリジナル小説

リオン・ボイドの災難

 

 

はるか離れたボイドと呼ばれる広大な空間。

銀河系のオリオン腕とペルセウス腕の間にあるそこにオリオンと対立するカバナ・リオン人たちの惑星都市群がある。その一番、奥まった一角。カバナ貴族だけが住まう巨大な惑星があった。

その惑星都市の深部にホムンクルス・ガルバに思念を送り続ける正体がいる。

ガルバであり、ガルバの支援者でもあるカバナ貴族。総合的な地位はかなり高い。

カバナ貴族、ガルバの容姿を例えるならば・・・まず『巨大』だ。わがままな子供が欲しいもの全部、ありとあらゆるオモチャと合体したいと思ったとしたら?そんな感じだと想像すればいい。どこからどこまでが彼でどこからが装飾で、結合された別の人格であるのかさえ、見た目では判断できない。彼ら貴族自身は動けなくても全く問題ではないのだ。あらゆることは自力を変換させた他力で事足りる。どうせ、狭いボイド空間、シティ、カバナ・リオン以外に出かけることなどないし、そもそもできないのだから。そんな鬱積した思いが何世代も積み重なった結果、彼らは遺伝子を暴走させたのだ。重力のない世界で純粋に、わがままに。

そんな自らは手を汚さないカバナ貴族がなぜ、ガルバの傀儡を必要としたのか。

それは昨今のカバナの勢力分布と深く関係している。カバナ貴族が表から姿を消し、統治をゾルカに丸投げした結果だ。

彼らの手足となって働くはずのカバナ人や遊民たちをあまりに自由にさせすぎた見返りを食らったのだ。気がつけばカバナ人はリオン・ボイドを表で畏れ敬して、裏で軽んじるようになっていた。カバナ貴族たちが事態に気付いた時、自らが軽々と動けないということが弊害となっていることにようやく気がついたわけだ。カバナ貴族は貴族ではないカバナ人のフィルターを通さなければ、何事も自由にならなくなってしまっていた。

カバナ・リオン・ボイドの隅々まで及ぶ権力を独り占めにしていたはずの貴族たちが、大方のカバナ人民の意向を無視する形で『母星』を欲し始めたのは、その頃からだ。宇宙空間だけに特化した進化を遂げた彼らが、自身が暮らすには、まず不可能となった生きた惑星。連邦との極秘和平工作も同じ頃に画策され始める。

自在に宇宙を飛び回る遊民たちに対抗する手段を彼らは求めた。

その手初めの一手として、彼らは遊民ホムンクルスの傀儡を表世界に次第に増やしていくこととした。そして、それは表立たない方が尚、面白かったのだ。

裏切り者をあぶり出し、いつか目にものを見せてやる為に。

カバナ・リオンをカバナ貴族に取り返すのだ。『母星』と『星殺し』を得ることはその象徴だ。

『和平』すらもまた然り。

その急先鋒と言えるのがガルバと名乗った遊民クローンを操る貴族、その思念体であった。

 

ガルバを操った思念体であり、本体でもある貴族は遥か『果ての地球』とオリオン人たちが呼ぶ惑星からある『検体』が届くのを今か、今かと待っている。遠隔操作された『意思体』はホムンクルスと共に捕獲装置に巻きぞえとなることを選び消滅した。ガルバと名乗っていた遊民はこれで完全に死んだと言っていい。

残ったのは未知の検体、惑星固有の『次元生物』だけだ。カバナ・リオンでは手に入らない、羨ましくてたまらない『臨界進化体』。その研究者が重要視している『検体』だ。

(送付は開始された・・・小惑星体の連邦軍が気がついても間に合わない、最大出力だ・・・銀河時間でおよそ一昼夜かかるが・・・それだけの価値が有る・・・)彼の言語はあまりに使われなさすぎて思考の中ですら、遊民たちにすら判読ができないほど独特に変化している。彼は眼前に設置された巨大な次元転送装置をいくつかの視覚で見上げて待つ。

中央に浮かび、緩やかに回転するのは『果ての地球』上の風俗店に出現した人口次元の出口にあたる銀河上の渦だ。同時にそこは、これから届く『次元生物』があらゆる実験によってバラバラにされ試される空間。死ぬまで閉じ込められる牢屋だ。

(ん・・・?)カバナ貴族の視線が一点に止まり集中した。次元の出口に何かの光が点滅したようだった。(まだ、届くには早い・・・)だが、確かに。何かが。青い点が生じた。

(なんだ?)そう思った時には、すでに点は恐るべき速さで迫る。状況を把握する間も無く光が凶暴に装置から一気に放出した。

カバナ貴族といえども唖然とし、助けを呼ぶとかの何らかの意思を動かす暇などなかった。

すぐに追いついた熱によって次元装置が極限まで一気に膨張し、一瞬後それに耐えかねて大爆発した。それはリオン・ボイドの人工惑星の一角を完全に吹き飛ばした。

 

 

緩慢に最高貴族委員会の貴族たちが話し合っている。互いに隔離しあう巨大な貴族たちの傀儡が一堂に揃うヴァーチャル会議室のような場だ。だだ広い空間にドットのように傀儡が規則的にたくさん並んだ基盤のようだ。取り囲む長大なスクリーンは跡形もなく破壊されたガルバの個室のあった一角を映し続けている。すでにゾルカの手配で修復が始まっていた。映像は様々な角度からぐるぐると流れ、下半球にはそれに伴う様々な分析や数値などのデータが次々と表される。それを個人がチェックした印が時々、光り消える。上半球に当たるところに、カバナ・リオン最大の次元レーダーが刻々とボイド全体の次元を、惑星都市の出入りや船体の動きを表し続けていた。だが、そちらに注目するものは今は誰もいない。

(ガルバを復活するか、どうするか?)

(復活はさせる、だがその前に奴の記憶野は復旧できたのか)

(まずは、それだ。原因解明、事故究明・・・)(記憶野は高熱によってほぼ溶けた)

(破壊が一角に収まったのは幸いなことだ。)

(光子爆弾なのか、ひとたまりもない。よくカバナが吹っとばなかったな)

(これは和平工作と関係あるのか)(連邦の裏切り行為か)(連邦の新兵器?)

(それは確認できていない。和平の前だ。やたらなことは言うでない。)

(向こうからすれば裏切りはガルバの方であろう、頭の痛いことだ)

(和平工作は心配はいらない、ガルバのやっていたことはそれとは別ものだ)

(星殺しか)(それだけではない)(やつは臨界進化のことを探っていた)

(なぜ連邦人だけが臨界し、カバナ人にはそれが起こらないのかということだな)

(例の星の人類は・・・祖の人類に一番、近い遺伝子を保持していると言われてなかったか)

(ガルバはそれを探ろうとしていた)

(思念体を送るワームホールから逆に何かを仕込まれたということか)

(ガルバ自身が送致させたものがこの破壊をなした可能性もなくはない)

(となれば、やつの失策。自業自得だ。真相解明するも愚かしいことだ・・・)(捨て置くか)

(ガルバを復活させても、初期化している・・・何もわからないということだ)

(分散された記憶はどうだ?内臓記憶は?筋肉記憶は?)

(液状化しても再構築できるのではないか)(液状化どころか、6割がた蒸発している)

(焼け残った原始骨の一部にわずかな痕跡が認められた)

原始骨とは、骨を失い肥大化した貴族たちの脳の中にわずかに残った脊椎動物だった頃の名残のことである。思った以上に、肉体への破壊が徹底していたことに貴族たちに動揺が広がる。

(して、痕跡は、なんと?解析は可能だったのか?)

(解析できた印象は一つ、変換されたコンマの映像だけ)(焼き付いていたものとは?)

(おそらくは、青い光と思われる)

 

傀儡たちは一様に黙り込み・・・しばらくは無為に時間が経過した。

(以前)ようやく言葉というより、一人の思念が流れ出す。

(臨界進化体と思われる何かが、我々にメッセージを送って来たことがあった)

そうだ、そうだったと思念は盛り上がり、傀儡はうめき悶える。

(それは、青い光として記録された)

思念の渦は悲鳴にも似た風を起こす。

(連邦から出入りする、遊民情報にもそれはある・・・臨界進化体は)

(青い光と)