MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイらるフォー-35

2018-02-27 | オリジナル小説

 間に合った『切り貼り屋

 

その時、おかしなことが起こった。床につかんばかりだった、ホムンクルスの動きが止まる。と、見る間にホムンクルスは縮み始める。心がない、痛みがないホムンクルスが声をあげている。それは人工の肺に詰まった酸素が押しつぶされ、喉から吹き出す音だった。

ゴボゴボという音を最後にホムンクルスは裂け目に逆回しで吸い込まれて・・・

見えなくなった。そして何かが、重いものが外の廊下に落ち、転がるような音。

「コビト、コビト、いるか?大丈夫か?」

自分を呼ぶ、聞き覚えのある声だったがすぐには思い出せない。抱き合ったまま、事態がつかめない二人の前で、大きく裂けた扉が白く光り、一瞬で砕け散った。欠片も残さないで消えたのだ。これは次元兵器によるものだが、二人にはわからない。

入り口に立ったのは一人の男だ。禿頭で爬虫類めいた目、するりと背が細長い。

「・・・切り貼り屋!」コビトはびっくりして裕子にますます強くしがみついた。

「生きていたの?!」ガルバの潜入カプセルでレーダー上で消えた点をコビトは見ていた。それはコビトにずっと突き刺さっていた悲しみの棘だった。表立って悲しむことは叶わず、悲しんでもいいともあの時はよくわからなかったが・・・

「生きていたさぁ。」サメのような口元を笑いに歪めて『切り貼り屋』ことスキン・カッターは足取り軽く「俺を見くびんなよ。」と、手のひらでベースボールくらいの黒光りする玉を持ってポーズを決める。「ホムンクルスはこの中だ、ペチャンコさ。」

だが、後ろから「おい、時間がないんだぞ!」と急かす女の声がした。随分、偉そうな口調だとコビトは思う。しかも『切り貼り屋』が笑いながらも『参るよね』とでもいいたげに首をすくめて見せたので当惑した。

「今、このビルの上じゃ次元戦の真っ只中らしい。巻き込まれちゃいけないなと、いうわけで脱出する。迎えに来た。」

裕子は状況が飲み込めないままに、身動き一つ出来ないでいる。そんな裕子を見上げてコビトが必死で視線を捉えようとする。

「かあさん、かあさん大丈夫。大丈夫なんだよ。この人たちは助けに来てくれたんだ。」

ようやく捉えたが、裕子は固い表情で無言だ。手はコビトを抱いたまま、ショック状態だった。コビトは裕子の腕を背を優しくさする。ようやく裕子の目がコビトに向けられた。

「かあさん、一緒に行こう!・・・それでいいよね?」

『切り貼り屋』は頼もしく請け負う。

「もちろんさ。最初からそのつもりだ。」

その後ろで誰かが『つまらん!』と鼻を鳴らした。

「せっかく、カバナ人をとっちめてやろうと思ったのに。おかしな次元を作り出しおって。」

シドラ・シデンだったが、コビトにはまだその姿は見えない。

「バラキを動かしたら、このビルが丸ごと吹っ飛ぶから待機しろだとは。笑わせる。」

 

 

 

 

 

 

 

 次元戦の終わるとき

 

 

「美豆良!」マサミも叫んでいた。

テベレスの次元は何が起こったのかわからないうちに、瞬時に消失した。次元レーダーの座標から、画面で目視できたシャフトの空間からも。残されたのは床に倒れ伏した美豆良の姿。そして

「あの野郎!」店長が吠え、物見遊山で画面を眺めていた遊民たちの態度が一変した。全員が再び、武器を手にダクトに消えたのだ。

「あんなやばいものをここに残しやがって!」

マサミに見えたのは空間に浮かぶ、異次元の入り口めいた穴だけだ。ホムンクルスは跡形もない。「何なんだ?!」「あんなものここに残されたら、ここが吸い込まれちまう!」

説明もそこそこに店長は計器を操作する。「冗談じゃない、早く塞がないと。」

その時、一斉に次元の穴に光のような帯が掃射された。遊民たちが重力波を乗せたレーザーを用いて穴を攻撃し始めたのだ。穴が渦巻く。シャフトの床が美豆良ごと、空間に吸い寄せられる。マサミが悲鳴をあげた。「美豆良がっ!」「待てって!今、強力なのをお見舞いしてやるから。」のたうちながら意志を持つかのように穴は倒れて動かない男へと歪み伸び包み込んだ。

店長が座標の目標を設定するなり、即座に何かを作動させる。先ほどよりも強い熱戦がシャフト内に放出した。何の変哲も無い風俗ビルの中に、いつの間に仕掛けが施されていたのか。

ビルは凄まじく振動し、熱が最上階まで覆い尽くす。「どうなってるの?!」

「何があるかわからない世の中だからな。正規軍であれ、地上軍であれ、いつでも応戦できるようにしたのさ。転ばぬ先の杖が役に立つぜ!」「美豆良は?!」マサミはスクリーンに覆いかぶさるがその計器の熱さにたじろいた。

「美豆良はどうなるんだ?!」

「犠牲になるさ。ここが吹っ飛ぶよりはマシだ。」

なんてことを!マサミは店長に飛びかかっている。


スパイラルフォー-34

2018-02-26 | オリジナル小説

コビトの応戦

 

何に使うのかはわからない。雰囲気を盛り上げるアクセサリーの意味が強いのだろう。そこには医療器具とは思えない、拷問道具のようなものも多数、飾られている。かつて脳手術で頭蓋骨に穴を開けるためにでも使用したものを模したのだろうかノミと共に飾られたハンマー状のものを壁のフックから引き下ろそうとしたが手が届かない。その間もドアはガンガンと叩かれ続け、少しづつ一部が変形し始めていた。不意に後ろから手が伸び、ハンマーは裕子の手に収まる。

「私が引きつけるから。その隙にあなたは逃げるのよ。」囁く裕子の声。表情はわからないが、声では真剣だ。「そんなのダメだよ!」思いがけず、強い声が「母さんが・・・裕子さんが、逃げないと」コビトは裕子に引き込まれ、手術台の下に身を潜めた。

その時、バリッという重いなんとも嫌な音がし、目をあげたコビトは金属のドアに亀裂が入るのを見た。金属のドアは金属ではなかったのだ。それらしく加工を施しただけのものだった。

バキバキと木が割れる音がする。明かりの中でその隙間から、傷だらけの指が覗く。

「コビト、お願いがあるの。」裕子の言葉は急ぐ。「もう一度、母さんって呼んで。」

「かあさん、かあさん、かあさん!」絶叫する。隙間が見る間に広がり、頭が入ろうとしている。肉が避けるのも構わず差し入れてくる顔の上部は、髪が皮ごとめくれ骨がむき出しになっている。最初に見えた左目には無残にも木片が付き刺さっていた。それでも相手は動きを止めない。

「あれは・・・!あの人!?」『チチ』の容貌を持ったそれに裕子は悲鳴をあげる。

「違う!」コビトにはわかっている。あれに『チチ』が乗っていないことを。「あいつはただのホムンクルスだよ、かあさんもあいつの正体を見ただろう?あいつの乗る人形、人形だよ。」

僕を探して?、僕たちを殺しに?。『チチ』が差し向けたかと彼は思う。

だが、それは遊民たちが引き上げたせいで、留めを刺し損なった一体が生物の熱を感知して地下に迷い込んできたものに過ぎなかった。マサミが上に行った時に結界は弱まり破れていたのだ。

「コビト、明かりを!」裕子がハンマーを持って飛び出す。その手は迷わず、割れたドアを押し開こうとする指を叩いた。細い裕子だが力を振り絞る。指は肉が潰され、白い骨があらわになったが、引っ込む様子はない。明らかに裕子は動揺した。

もともと心が弱い裕子に、人を模した肉塊であってもその骨を砕くことなどできるはずもなかった。ハンマーが手から奪い取られる。コビトだった。

「これは人間じゃない、人造人間なんだ、ロボットなんだよ!」コビトは力いっぱい、手当たり次第に叩く。「感情なんてない、痛みもないんだ!」

酸のような金属的な匂いが吹き付ける。肉がめくれ、骨が折れ、肉と骨辺と裂けた木片が飛び散る。それでもひび割れた骨を散らしながらホムンクルスの動きは、プログラミングされた金属機械と同じく止まることがない。中へと侵入しようとし続ける。メリメリと裂け目が押し広げられ、そのたびに頭蓋骨が左右にゴツゴツとぶつかる。

「ヒィィ!」コビトに渡された懐中電灯を抱えた裕子ののどが鳴った。

光の輪の中でコビトの攻撃にさらされながらも全く動じない顔の下部が見えたからだ。鼻から下、下あごに当たる部分がそっくりなかった。しかもあらわになった喉と口腔には黒い無数の穴が開いている。それは遊民たちが重力兵器で攻撃した痕跡だ。

こんな体で痛みも感じずに動き続けられるはずなどない。

しかも引きちぎられた傷跡は、一滴の血も流れていない。

「人間じゃない!・・・そうなのねっ!?」絶叫した。

「そうだよ!生きてない!」コビトの言葉が初めて腑に落ちた瞬間だ。

子供の力で雨あられとハンマーを降らせても裂け目は、片方の肩が今にも通りそうなほど広がっていく。「コビト、気をつけて!」指の欠けた手が、コビトの頭をかすめた。

「かあさん、わかったんだ!」ハヤトは伝えたい。「ハヤトも、そう!守りたかったんだよ!」大好きだった、母が。自分が殴られることで、死ぬことで、母が助かるのならば。

そうだ、きっと、そうだ。今の自分と同じ気持ちだったならば。それで良かったんだ・・・!

目が熱くなり、気負いすぎたコビトの腕が空振りして裂け目の淵にあたり跳ね返る。蹌踉めいた瞬間、ホムンクルスの腕がハンマーを掴んだ。

「ハヤト!」思わず、永遠に失われた子供を声を限りに呼んでいる。コビトはハンマーを掴まれ、すごい力で引きよせられた。現れたもう片方の腕がコビトの腕を掴もうとした。裕子は懐中電灯を床に叩きつけ、壁から手当たり次第に何かを掴む。そして思い切り、それで腕を突き刺した。手術用の大きめのハサミのようなもの。必死で、なんどもなんども。反動で腕が動き、弾かれ取り落とすまで。同時にコビトのハンマーも手から奪われた。

裕子は唯一、守りたいもの、コビトだけを引きずって手術台の下へ。

「私も同じ!同じなの!守りたかった!守りたかったはずなのに!」結局、ハヤトよりも自分を守ってしまった卑怯で情けない自分。母親失格の自分、だからこそ「今度こそ、守りたいの!」

コビトの言ったことが痛いほどしみる。

蘇る記憶、絶妙のタイミングでいつも屋敷を怒らせたハヤトのこと。

間の悪い、不器用な子とその度に思っていた。その頃は、恥ずかしげもなく今日は自分が殴られないで済むとしか、思わなくなっていた。本当に浅ましい母親だった。それなのに。真相はもう永遠に分からない。ひょっとして自分が殴られることで母親を守る、そうだったのかもしれない。そんなこと、今まで一度も考えたことがなかった。それだって自分に都合の良い真相でしかない。それでもいい、それならば、なおさら。今ここでコビトを守れなかったら、生きている意味も価値も自分から失われる。今度こそ、ハヤトの身代わりになるのだ。

金属が裂け、広がっていく裂け目を見ながら誓った。

上半身が出現しようとするホムンクルス。二人は互いに互いを後ろにかばおうと争い合う。

「私が襲われてるうちにかんぬきを外して逃げるのよ。」

「何処へ?!どこへだよ!?」コビトの声は悲鳴だ。「行くとこなんてない!僕は居場所なんかない!この星には守ってくれる人なんかいないんだ!」

「ああぁ!」裕子も苦しみ、もがく。「私が守る!守るから!」「じゃあ、一緒に生きてよ!」

コビトの叫びが響き渡った瞬間、ついに扉が縦に床まで裂けた。前に垂れ下がる金属の上でボロボロの穴だらけのホムンクルスが大きく身を乗り出す。

懐中電灯が転がる床に降り立つのももう少しだろう。裕子とコビトは固く互いを抱き合った。

「かあさん!」「ずっと一緒だから!」

生きたい、互いの体の熱を感じていたい。

でもそれが無理なのならば、せめて死ぬ時は。死ぬ時だけは。今度こそハヤトと共に死ぬ。

だけども、ただでは死ぬまい。

最後の最後までコビトを守る。


スパイラルフォー-33

2018-02-24 | オリジナル小説

魔性の次元

 

 

鬼来美豆良が魔物の作った空間に飛び込んでそこを降りていく間。

または、最上階のコントロールルームで風俗店店長と鬼来マサミが固唾を飲んでエレベーターの移動シャフト内に突如、出現した闇をみつめていた間。

後で考えるとどちらも大して長い時間ではなかったわけであるが。

魔物テベレスとカバナリオン人ガルバの間ではそうではなかった。

総じて次元というものは現実である2次元とは全くことなった時間が流れている。全く流れてない場合すらあるのだ。

 

まず、カバナ貴族の傀儡であるガルバが理解できない未知の次元に取り込まれたと察した瞬間。

「ほほう。」ガルバはその予想外の事態に新鮮に驚き、かつ喜んだ。

「野生の次元というやつか。」野生の次元というのは予測不能に突如出現する宇宙の歪みに対して宇宙を飛び回る遊民たちが名付けたことから、そう呼ばれる。まず彼はそれがそれらと同じものであると冷静に分類した。彼の視界には、目の前に見上げるほどに巨大になった魔物らしきものが立ちふさがっている。ガルバは次元の体積とエレルギーの量を試算する。

その間にも黒い炎のようにたゆとう闇の人型に開いた巨大な口には、マグマのような赤いものがうごめき沸騰しているのが見えた。思い切り手足を伸ばした魔物の姿だ。

『さあて』そう言うなり、影は腕のように瞬時に動く。ガルバの細長い体から無数に生えた触手をなぎ払うように。腕に触れた触手はあっという間に赤く燃えがり、ガルバの体は瞬時に炎に包まれている。

「これは、熱?なるほど。」ガルバは自分の腕が目の前で燃え尽きるのを感心し、見守った。

「肉体は熱を感じ、脳がそれを解析しそれにふさわしい反応を肉体に命じる。」

そのガルバを魔物の体がとぐろを巻いて締め付け動きを止める。黒く重い闇の撚り縄だ。

『思い上がった宇宙人類とやらめ、焼き尽くされるがいい!』

ホムンクルスの肉体は細く締め絞られ、細胞が焦げ熱に血液が沸騰する。

「なるほど、力か。物理的な苦痛も脳の知覚によりもたらされ体感される。ふむ。」

テベレスは自らに包み込まれた『それ』がブスブスと煙を上げ燃え出したことを確信している。

あとは芯まで、跡形もなく焼き尽くさしてしまうだけだ!

 

美豆良はモヤモヤとした雲の中を下りていく。いつまで降り続けるのかと訝しがった。体感時間と距離感はビルの3階と思えぬほど長く深い。魔物は何をしているのか。

美豆良は今まで魔物に体を貸し与えていたわけだが、テベレスの言葉が蘇る。

『私には力がある』というのは確かに嘘ではなかった。

魔物が作り出した、次元。私的な霊的磁場。

自分がそこに入れた、入ることが許されたらしいということはテベレスが自分の力を必要としている証に違いないのだと美豆良は自分に言い聞かせる。自分にとってカバナの力は未知であるが、一介の魔物であるテベレスにはもっと未知であるはずだ。

大丈夫だろうか。無茶をしなければいいが。

全てを相手にさらけ出すのは危なくないのだろうか。

胸騒ぎがする。

早く、早くテベレス、俺を全て受け入れろ。美豆良は念じることしかできない。

 

 

 

ホムンクルスが熱せられ焼かれ続けている間、宇宙人類、カバナリオン人は静かに観察し分析し続けていた。

遥かカバナリオンから知覚や感覚をシンクロさせているカバナ貴族、ガルバにとっても未知の魔物の能力とその限界を見極めるには少しだけ時間がかかった。

『この魔族とやら、次元生物の力は空間を歪め次元を出現されるだけのエネルギーを持つ。熱や腕力で擬似肉体にダメージを与えることも可能であるようだ。だが、おそらくそれは』

テべレスが頃合いかと見てガルバを解放した時、その肉体はほとんど炭化したように見え、白い煙を上げていた。だが、その肉体は相変わらず声を発し続けていた。

「この状態は、ホムンクルスの脳にある感覚機能がハッキングにかけられた状態であるだけなのだろう。自らが自分を痛めつけ、破壊していくように誘導されているのだ・・・」

『何を言ってる?』焦げた体の周りを渦となり回りながらテベレスは苛立つ。『まだ、死なないのか。』ホムンクルスが全機能を屋敷の肉体破壊に集中させられた。その隙に、脳にハッキングをかけられウィルスに感染させられた状態と同じだとガルバはさらに続けている。その上で、自作の擬似空間に引き込んだのだと。そう焦げた塊は結論付けた。

「そう。種を明かせば真につまらない。」

そう言い終わるなりガルバの肉体、炭火で焼かれすぎた長い魚のようになっていた体が突然、振動した。表面が浮き上がり内から押し出されるように、焼けた肌がバラバラと落ちる。するとその下からはなんと以前と同じ、銀色に近い白い無傷の肌が現れた。

『それもいい。そう簡単に死なれたんじゃ、つまらない。』

負け惜しみだけとは思えない。テベレスは面白がった。

『さぁ、次はどうする?どっちがいくか?』『果ての地球』の中で長く生きた魔物の傲慢。

「私から行こう。」

そう言うとガルバの体から失われたはずの触手が伸び、その手に黒い玉が現れた。

『またか、さっきと同じ手か。』魔物がせせら嗤う。

「お前は確かに物理的肉体を持たない生命体であることから、この星固有の次元生物ではあるようだ。しかし、そのエネルギー及び存在する次元能力においては、宇宙空間に巣食う次元生物の比ではない。足元には到底及ばないとわかった。その程度の能力でよくぞ、私と対峙した。」

ガルバの口元が笑いに歪む。『なんだと』テベレスには理解できないが、侮辱であることは伝わる。『私の力をこれだけと侮るな、まだ出し切っていないだけだ』

「貴重な検体であることは変わらない。まだ、出し切ってないのならば・・・さらに。」

触手の上の玉が発光する。咄嗟にテベレスは空間に温存していた、美豆良を呼び出した。その肉体に逃げ込み、次元攻撃を再びやり過ごすためだ。だが、今度のボールはさっきとは違う動きをした。魔物を追尾する。同時にガルバのホムンクルスが開く。黒々とした穴を晒したその体が端から捲れ上がり、裏返っていく。それはホムンクルスの肉体すらも擬似ブラックホールに共に吸い込まれることを覚悟した上で、それから思念体を一時、守るためだ。

 

「テベレス!」視界が突如開けた美豆良は絶叫する。魔物が肉体に入る、だが入ると同時に何かが、その何かも体に入ったのを感じたからだ。それはものすごい痛みを肉体と知覚にもたらした。彼は受け身を一切取ることができず、シャフトの床に激突した。

「テベレス!」返事はない。激痛で薄れゆく意識の中、何度も魔物に呼びかける。しかし、体内に入ったはずの魔物の気配は感じられない。胸と腹にかけて焼け付くような痛みが、丸く熱く。

『ここに・・・何かが』テベレス、囚われたのか?美豆良は気を失った。


スパイラルフォー-32

2018-02-22 | オリジナル小説

コビトの決意

 

「あなたの名前を聞かせて。」裕子が問うた。

「・・・コビト」女の薄い体に密着すると長いあいだ、この星に来てからの・・・いや、この世界に作り出された時からの緊張が消えていくようだった。

「変な名前・・だよね。」少し恥ずかしいと思う。この世界では、コビト、小人。確かに自分はまだ小さいけれど。

「そんなことない。」即座の否定が心地よい。「呼びやすい、かわいい名前よ。」

しばらく二人は無言で抱き合っていた。それぞれの思い、それぞれの考えがそうさせたのだ。

「あの・・」「コビト、」発した声がダブり、二人は声を潜めて笑いあう。懐中電灯は手術台の上でマットレスを照らしている。

「私、ハヤトを殺した、ううん、いいの。黙認したんだもの、殺したも一緒。」それでもコビトは首を振り続ける。「罰を受けなきゃと、思う。」「なんで?」「そうしないと・・・前に進めない気がするの。」「そうか・・・」複雑な思いをこらえながらも裕子の胸から離れたくなかった。「じゃぁ、お別れだね。僕は・・・ドギーバッグに帰るから。」おそらく、逃れられない。

「それは、どこ?故郷?あなたたちの・・・星?あなたたちの会話、よく覚えてないけれど、確か・・・あなたもそこから来たのよね?」

盛り上がってきた涙はバスローブに吸い込まれていく。「違う、僕に故郷なんてない。」

「お父さんとか、お母さんは?いるんでしょ?」

「いないよ、僕は。どこの誰でもない、作られたものだから。」

静かに涙を流しながらもコビトも声は落ち着いている。彼は裕子にしっかりと説明ができた。

それが真実だから。哀しいが恥じることではない、『切り貼り屋』ならそう言うだろう。

ただし「そんな・・・」裕子は絶句してしまった。「そんな、ひどい。ひどいことを・・・!

あなたはまだ・・・まだこんなに小さいのに。」コビトだから、と笑う余裕がある、不思議だ。

いろいろなことがあった。『ここ』にきて『ハハ』に出会い、トヨに出会い。ピンチも絶望も

数々、味わった・・・だから、かな。こういうのやけくそ?やけっぱち?・・・いや、そうだ、肝が据わったっていうのかもしれない。今度は裕子が泣いていた。むせび泣いていた。声を殺して。自分のために裕子が泣くのは辛かった。「大丈夫、平気だから。泣かないで・・・」

バタン!と上の階との境のドアが閉まる音がした。裕子とコビトは抱き合ったまま、ビクンと跳ね上がっている。「マサミさん?」とっさにそう思うが、ガタン、バタンと体を引きずるような音が階段を降りてくる。(違う!)コビトは緊張する。(マサミさんじゃない!)この部屋は階段から降りてすぐだ。コビトは裕子の胸から転がるように落ち、(逆に音で気づかれるかもしれないけど)跳ねるようにドアの鍵に飛びついた。錠が降りるのとノブが激しく揺すられるのとほぼ同時だ。「コビト!」裕子が怯えてコビトを呼ぶ。コビトは閂もかけ目を離さず、後ずさりする。その間もドアは揺すられ、ノブは回され続けている。ドアは手術室を意識して金属製で窓がない。頑丈といえば、頑丈だが。「誰かしら?このお店の人・・・?」「違う。」コビトは本能で答える。マサミたちではない、警察や店のものなら鍵を使えばいいだけだ。こんな風に言葉も発せず、ただただ力技でくることはない。敵だ。

今度は体当たりするようなドンドンという音が加わる。子供は懐中電灯を拾い上げ、壁にぶら下がる数々の道具に必死で走らせる。武器を、何か武器になるものを。

『ハハ』を、裕子を守らなければ。


スパイラルフォー-31

2018-02-18 | オリジナル小説

嘲笑のガルバ

 

「そんな脆弱な肉体で私に勝てると思うとは。」

ガルバの無数の触手が波のごとくダイナミックに動く。美豆良の目下、屋敷政則の体は散り散りに切り刻まれた。頭が体がMR画像のスライスのように舞った。

「さぁ、その体のどこにいるのかな・・・脳かな、それとも心臓か。」

「ムゥ!」美豆良は飛んでくる血液から視界を守るために手をかざしたが、驚いたことに血は一滴も飛ばなかった。『次元戦だよ!』店長が叫ぶ。

「そうか、魔物には魔物の戦い方があったか。」

屋敷の体を囮にしたのは目くらましだ。気がつけば美豆良は目の前に展開し始める異世界を外側から見つめる。移動シャフト内に巨大な闇が誕生していく。

気温が軽く10度以上低下した感覚。黒い積乱雲のような電気を帯びた蒸気が溢れ出し、突風と稲妻がシャフトを吹き上げる。美豆良も自分の次元の襞に潜り込み、壁にへばりつきそれから逃れた。出現した闇は濃く、質量はそれこそブラックホールのように無限に感じられる。

カバナもテベレスも飲み込まれ、美豆良には何も見えなくなった。

以前、魔物の次元を体感したのは美豆良ではない。鬼来マサミの方だった。

初めて目の前で、その力を見せつけられ、興奮が抑えられない。これが、魔物の力か。

「宇宙人類が把握して利用する次元空間と、魔物が作り出す異次元は似ているが最も異なるものかもしれないな。」美豆良のつぶやきに店長が同調した。『確かに、すげぇぞ!こっちの次元レーダーにも歪みが生じている。かなりなエネルギーだな。それにどうやら、カバナを包み込むことに成功したぞ。』

しばらく黙り、それから慌てて。『おっと、美豆良!このビルに外部からも接触があったぞ!・・・どうやらマサミちゃんじゃないかな。』

「マサミ」美豆良の心に乱れが生じる。「マサミをここには来させるな。」

『わかってるって、任せろ。』

その答えを聞き終わると美豆良は魔物が作り出した異次元に勢いよく自らを投じた。

 

 

 

裕子とコビトと

 

コビトは渡された鍵束を使い、特別室と呼ばれる部屋に足を踏み入れた。

手探りで壁の懐中電灯を探す。

「・・・お母さん」暗がりで呼びかけると確かに人の気配がした。

「お母さん?」もう一度、呼ぶ。同時に背伸びした指先に目的のものが当たった。

「・・・ハヤト・・・なの?」声はか細い。だけど田町裕子の声だった。

「待って。今、明かりを点けるから。」コビトは懐中電灯をつけた。光の中心に裕子の姿が浮かび上がる。特殊な趣味の客のための特別な部屋だ。裕子が座らせられていたのは手術台の上に有田が敷いたのだろう、マットレスの上だった。室温は低い、従業員が着るバスロープを服の上から羽織っていた。鏡張りの天井には巨大なライト。壁一面には白衣や手術道具のようなものが下がっている。実際は分娩台なのだが、コビトにその違いはわからなかった。コビトの知識の中では旧式な実験室と分類された。ここは病院?マサミさんは看護師なのかな。

「大丈夫?・・・母さん。」おずおずと歩み寄る。裕子の顔はまだ腫れている。自分を逃がすために殴られたのだ。裕子が手を伸ばしたのでコビトはためらいなくその手を取る。すぐに裕子が強く握り返した。そして「あなたは・・・ハヤトじゃないのね?」

コビトの頭は真っ白になった。手を離そうとしたが「いいのよ、いいの・・・わかってた・・・私。」裕子はもう片方の手を重ね、コビトの手を包み込んだのだ。

「多分、本当は最初から・・・わかってたんだと思う・・・。」

「・・・わかってたんだ?」コビトはやっと声を出す。裕子はこくんとうなづいた。

「あの人が」そう言って裕子は身震いした。「あの男は・・・人間じゃない、いえ、宇宙人なのよね?信じられないけど、そうとしか言いようがない・・・そうなんでしょ?何か、私の頭をいじったのね?それもあると思うけど」僕も。僕もそうなんだ、あなたたちからしたら宇宙人。いや、寄せ集めからつくられたそれですらないものなのか・・・。悲しくて目が熱くなる。

うつむくコビトの頭がそっと抱き寄せられる。懐中電灯もタイル張りの床を照らすしかない。

「私、自分がハヤトを殺したんじゃないって・・・信じたかったから。私、狂ってしまいたかったんだ・・・だから、自分なの。自分のせい、あなたたちのせいじゃない・・」

あなたが殺したんじゃない、そう言いたかった。

「僕は・・・」「ありがとう。」田町裕子はハヤトの言葉を封じるように硬く抱きしめる。

「あなたが誰であっても。私、ハヤトにできなかったことができた。あなたがいなかったら、私もうとっくに死んでる。ハヤトの代わりにあなたを守れた・・・」

裕子も泣いていた。「ありがとう・・・ありがとう・・・」

不意にこみ上げてきたものがあった。糸が切れたように、ハヤトは声をあげて泣いた。

抱きしめられ背中をさすられ、優しく言葉をかけられるハヤトはただの『子供』になる。

母にすがりつくただの子供。そして裕子もただただ『子供』をいとおしむただの『母親』だった。

 

 

 

最上階

 

 「どうなってるんだ?」マサミが慌ただしく店長に駆け寄っていた。通気ダクトから遊民の一人に案内されて最上階に最短で到達できたのだ。狭い道だがスリムな体なら造作もない。ワンフロアの最上階には生き残った遊民たちが集まっていた。中には先ほどの戦闘で作った傷を治療中の者もいるが大したことないらしい。死んだものは誰も気にかけない。誰もがひと暴れして、特に緊張するでもなく、くつろいでいる。すでに一杯飲んでるもの、この星のゲームに興じている者もいる。大部分がマサミと顔見知りだった。普段は表に出ず、裏でメンテナンスや用心棒をしている者たちだ。それぞれ歓迎の意を表して手を挙げる。酒を勧める者もいる。

マサミはかつて自分の村にいた劣化体と呼ばれた者たちを思い出し、彼らに優しかったからだ。

「エントランスに受付の子が倒れていた。」「死んでたろ?」店長の返事はまさに遊民らしい。

「閉店が間に合わなかったからな、あいつと鉢合わせした。まぁ、仕方がない。」

最上階の外部に向けた窓のどこをとってもそこはモニターよろしくエレベーターシャフト内が映し出されている。かといってどれも似たり寄ったり、黒々とした闇、渦巻く闇だ。

「美豆良はあの中だ。」店長はそう言って、手元の次元レーダーを確認する。

「それにしても・・・驚いたな。俺たちが普段会っていた美豆良が実は魔物だったなんてよ。」

「美豆良はあの中か。」マサミは全面に映し出された映像の前に立つ。「本物の肉体の方だ。」

「ああ、おそらく大丈夫だろう。魔物の扱いには慣れてるんじゃないのか?」

上の空で請け負う。関心はそこにないのだ。マサミも手持ち無沙汰で隣に並ぶしかない。

「俺たちが空間を歪めて切り離すとき、普通は重力を使う。帯電した原子とか、磁力でも可能だが膨大な量が必要だからな。あれは。」隣を見る。「何がエネルギーなんだろう?」

「この星の常識で話を合わせるとすると・・・魔力だな。」

「魔力?・・・霊力、霊感ってやつか?死んだ人間の残留思念があんなに集まるのか?」

「さあ。」肩をすくめた。マサミにだってわかるわけない。


スパイラルフォー-30

2018-02-15 | オリジナル小説

母の行方

 

 

その頃、マサミとハヤトの乗った屋敷政則の車が風俗ビルの正面に到着した。

「シャッターが閉まってる・・・」マサミは車を裏手の従業員駐車場に回す。

「閉まってちゃいけないの?」風俗ビルの看板を興味深そうに眺めていたハヤトが無邪気に聞く。「営業時間だからね。」「何の仕事してるの?」「サービス業だよ。」

一応、子供であるハヤトにはマサミは特に説明をしない。

『もう、始まったらしい。』

車を降りると子供に側から離れないように告げる。それを聞いて初めてハヤトは緊張する。「・・・どこから入るの?」不安そうな心配したような表情を浮かべたが、声は普通だった。

「関係者が使う搬入用の入口がある。」

特別な従業員であるマサミは店のどこにでも入れる鍵束を持っている。二人は駐車場に面するその通用口へ向かった。そこは階段を降りて地下だ。開けた瞬間、薄暗い空間にビリビリとした緊張が走っているのを二人の肌が感じ取る。入れないほどではないが、次元の抵抗があるのだ。

「やはり、遅かったか。」しかし美豆良からの切羽詰まった通信はない。何かあれば逃げろというはずだ。ハヤトも異変を口にする。「ここ、怖い。」つぶやくとマサミの後ろにピタリと寄り添った。「ついてきて。」マサミは人口次元に入った。

「ここは防御空間だ、大丈夫。」確認し、力を抜く。非常口をしめす非常灯だけがついた廊下。ビル内からは何の音もしない。人の存在などまるでないようだ。配線や空調が詰め込まれた地下室。今はビルのすべての生活機能が停止しているようだ。フェンスに分けられた二人が歩く狭い通路の反対側は積み上げられたローションの箱やバスタオルやバスローブの籠、洗濯物の巨大な袋、同じくパンパンなゴミ袋や積み上がった段ボール。倉庫を抜けると施錠されたドアが現れた。そこを開くと営業用のフロアがある。そこは特別な客に向けた、特別な部屋なのだ。

『んっ』施錠された鍵穴に鍵を差し入れたマサミは強い刺激を感じ『ここは更に2重に封印されている?』ことに軽く驚いた。強い抵抗を腹を据えて力一杯、鉄製のドアを開け放った瞬間、「まさか!」「マサミさんっ!?」喜悦の声と共に顔に強い光が浴びせられた。

「ほんとにマサミさんだぁ、良かったぁ~!」女の子が一人、飛びついてきてマサミは危うくバランスを崩しそうになる。「俺たち、助かったぞ!」後ろからも、聞き覚えのある声。明かりはスマホの明かり、女は同僚のヘルス嬢だとわかった。

「ちょっと、目がくらくらする。」ここも非常灯以外の明かりは消えている。

「あっ、すいません。」相手は持てったスマホを下げる。「あたしたち、ここに閉じ込められちゃったんだよ。」女の子が甲高い声をあげた。「もう、わけわかんない、マサミさん!どうなっちゃてるの?」「そうなんですよ。」若い男の声は従業員の一人だ。

「上にはいけないのか。」マサミは冷静に聞きながら、コビトを中に入れる。

「あれっ、マサミさん、その子は?」「まさか、マサミさんの子ぉ?」「バカ。」とかわす。

「マサミさんに子供なんているわけないだろ、ですよねぇ?。」

「お前ら、それどころじゃ、ないだろ!」一人だけ苛立った声、二人より少し年上の感じだ。

マサミは地下1階に閉じ込められていたのは合計3人だと知る。

「上はどうなってるんのかわかりますか?」その声に向けて、問う。

「ワカンねぇんですけどね、」答えたのは若い従業員。「怖くて上に行ってないんですよ。そもそも行けないし。」「あたしはさ、忘れ物しちゃってさぁ、戻ったら。」「まったくお前が忘れ物なんかするから。」「だって、お客がくれた指輪なんだよ、金なんだ、金。ロッカー室になんか置いといたら、誰かがパクるかもしれないじゃない。」女の連れはヒモらしい。

一斉にしゃべり出す。わかった、わかったとマサミは辛抱強く話させながら、場を鎮める。

その間、コビトは初めて知る人種の人たちにおっかなビックりマサミの腰にしがみついていた。

事情はよくわからないが、コビトにも異常事態がわかる。静かだが、静かすぎる。ここはあの学校の屋上と同じだと思った。人為的に作り出された平安な場所だと。閉じ込められた3人には漠然とした不安としか、わからないだろうが・・・コビトには(おそらくマサミも)何か異常なエネルギーが壁のコンクリートや鉄骨から染み出してくるのが感じられる。建物全体が悲鳴をあげているのだ。

「それでさ、君らは美豆良を見なかった?ここに来たと思うんだけど」それでもマサミの口調は普通だ。

「あっ、そうそう。」若者が急に思い出す。「そもそも美豆良さんに頼まれたんですよ。特別室に

おばさんを連れてけって。」「おばさん?」マサミにはわかった。「ここにいるのか。」

「はい、奥の部屋に。」マサミの手は後ろでコビトの体を叩く。田町裕子は無事だ。

コビトの目は不意に熱くなる。

女が早口で話し続けている。

「あたしが戻ったら、シャッターが閉まってるしさぁ、なんか通用口も開かなくなってたのよ。急に閉店だっていうのもおかしいとは思ったけど、まだ20分も経ってないのに変でしょ?だから業者のとこから入ったんだけどさ、ここまで来たら有田くんがウロウロしてて、上に行けなくなったっていうし。そしたら今度は出れなくなっちゃって。」「明かり消えちゃって、俺、戻ろうとしたんだけど、何か上も変だし。やめた方がいいかなって」従業員の有田くんは身震いする。

「変って、どんな風に?」マサミの声は鋭さを押し隠す。

「何かさぁ、うめき声みたいなのすんし。フロアに人の気配はすんだけど声とかは全然なくて・・・でも、人が大勢いる・・・みたいな感じだったんですよね。それが、上に上がってったみたいで・・・もうどうなってんのか。店から逃げようと思ったけど、ドアが開かなくて」

「そうか・・わかった。美豆良は上だね?」

「あっ、はい、多分。店長と一緒にいる、と思うっす。」

「・・・ひょっとして、殴り込みか、なんかなの?」

ヒモが声を潜めて聞くのでうなづいてみせる。

「同業者かもしれない。ヤクザを送り込むとか、言われてたらしいし。」

「マジすか!」3人は揃って声を殺す。「やばい、やばいよ、これ。」

「君らはすぐにここから逃げたほうがいい。」マサミが自分が抜けてきた倉庫の先を示す。

「鍵はかかってないから、今なら外に出れる。今夜は家でじっとしていた方がいい。」

それを聞くなり「おっし、行くぞ!」冗談きついぜと、ヒモが女の手を取りドアをくぐった。

「マサミさん、店大丈夫かな。まさか・・・」女の声は心配そうだ。「つぶれたりしないよね?」「明日、電話してみてよ。」「店長が・・ぶちのめされても・・・今月分はもらえるよねぇ・・」声と足音は一直線に遠ざかっていく。

「マサミさんはどうするんですか。」振り向くと有田がまだいる。

「美豆良を探すよ。君も早く、引き上げた方がいい。」

「ヤクザともめて・・・大丈夫なんですかね。あっ美豆良さんがついてるか。」

「あの店長は見かけによらずたくましいから、うまく丸め込むよ。美豆良は口も達者だしね。」

「確かに。違いないです。」ようやく笑顔を見せ、出口に向かうがまだ何か言いたそうだ。

「あの」「何?」足元を照らす有田のスマホの明かりが揺れる。

「美豆良さんとは、兄弟じゃないっすよね。」「従姉妹だよ。」「ああっ、すいません、変なこと聞いて、ただ、噂が、その・・・」「いいよ、顔が似てるからだろ?」

「そうなんすよ、それで」「付き合ってるけどね。」「あっ、そうすか。そうなんですか・・・」声が小さくなった。「あの」「まだ何か?」

「その子・・・美豆良さんとマサミさんの子じゃないんですよね。」

 

彼らが完全に遠ざかり建物から出るまでマサミはじっとしていた。

恐るべき精神力でじっと我慢していたと言っていい。

「面白い人たちだね。」コビトがフッと息を吐く。「この建物・・・振動している気がするけど。」「君はここに裕子さんといるんだ。」答えずマサミはコビトの手を引き、奥の部屋に走る。「中に入るとドアの脇に懐中電灯があるから。」「上に行くの!?」

階段に身を翻したマサミ。「気をつけて!マサミさん。」

わかってるさと有田が開けられなかった扉に手をかけた。


スパイラルフォー-29

2018-02-13 | オリジナル小説

風俗街の戦闘

 

まず、犠牲になったのはビル内にわずかに残っていた地球人たちだった。帰り遅れたもの、帰宅命令に背き、居残っていた従業員。(総じて他者の意思を重んじる遊民はそこまで親切ではない)

武器を持たない彼らはホムンクルスによって真っ先に命を奪われた。11体の戦闘人体は5階建てのビルを1階から上へと3ルートに分かれて上がっていく。防炎扉に守られた正面階段、非常口である従業員用裏階段、起動を止められ封鎖されたエレベーターから侵入した移動シャフト内。そこで出会ったものを機械的に破壊しつつ。それへ天井や壁を走るダクトから遊民たちの攻撃が加えられる。個室が並ぶ各階の廊下は無情の戦場と化す。重力兵器により体が穴だらけになろうともホムンクルスの動きはすぐには止まらない。吹き飛ばされた腕が敵の動きを止め、ダクトの板を骨がむき出した足で突き破り、中の遊民を引きずり出す。迎え撃つ遊民達も勇敢だ。子供のような肉体を掴まれ、振り回され、引き裂かれたとしても、強化チタンでホムンクルスの骨を絶ち、擬似内臓を引きずり出さずにはいられない。恐れを知らぬものと恐れをもたぬ機械が互いに息絶えるまで戦うのだ。地球人が死に絶えた後は、互いに血はほとんど流れず、悲鳴や叫び声もしない。静かだが、凄惨な戦いだった。

みたところ、ホムンクルス1体に遊民が5、6人と言う戦いが多い。小さな遊民でも武器を持ち弱点を熟知している。それぞれ戦闘能力が高いので、圧倒的にホムンクルスが不利であった。

 

「全く。大した損害だ。お前らのせいだぞ。」それでも店長は愚痴る。「まぁ、俺たちは瀕死になってもクローン再生とかできるからいいけど。もちろん、正規軍からしたら違法だがな。」

「俺たちを噛ませ犬になんかするからだ。」

「確かにな。最初から俺たちでやればよかったな。ただ、俺たちの動きは正規軍が見張ってるからな。地上じゃない、小惑星帯の方だ。」美豆良の言葉を否定せず、肩をすくめる。

「派手な動きは厳禁だ。目をつけられると後々、面倒なんだ。」

「地上の・・神月の部隊ではないのか。」

「ああ、あれは特殊任務でいるようだぞ。古代地球人が残した遺痕でも探してるんだろ。責任者は寛大だって噂だ。任務を邪魔しなければ大丈夫。触らなければ、祟りなしってな。」

「つまり、鳳来は触った・・・ということか。」

「だろうな。」と、言いかけ店長がおっ!と声を出す。

「あんたの相棒、すごいじゃないか。」三階に現れたテベレスが同じ顔のホムンクルスを一撃で頭を吹き飛ばして軽々と葬ったところだ。残りの3体が一斉に襲いかかるが余裕が感じられる。ここではテベレスの憑依する一体は味方にわかりやすく、この店の従業員の衣装をまとっていた。状況を見て、店長はシャフト内の遊民に他に回るように指示を出す。

「あいつが美豆良なんだとずっと思ってたんだがな。どういう仕組みなんだ?その憑依ってやつは?」「あんたたちがホムンクルスに乗るのと一緒だ。ただ、奴には肉体がない。」

「次元生物か・・・」さすがこの星の滞在が長い、遊民店長の理解力は早い。

「悪魔だ、魔物だなんてものが本当にいたとはな。なんで、今まで出会わなかったろう。」

「出会ってたさ。認識しなかっただけだ。信じてないからさ、頭から。宇宙で育ったあんたらは素地が違うんだ。」

部屋の隅で小さくなってブルブル震える屋敷政則を見やった。男の口びるは、これは夢だ、嘘だ、信じるもんかと呪文を吐き出し続けていた。

「生まれた時から刷り込まれているのとは違うんだ。信じているからこそ、ああやって恐れる。」「魔物はわからんが、宇宙遊民の操る次元技なら任せとけ。この最上階は次元処理されてる。とりあえず外部から干渉されても大丈夫だ。」

店長は胸を張る。「もう、敵はあとわずかだな。ところで、あの女はどうしたんだ?」

「地下の特等室に放り込んでおいてもらった。あそこも安全だからな。」

それにマサミが子供を連れていれば業者口から入るしか選択肢がない、だからあそこに置いておくのが最も都合がいいのだ。マサミを戦闘には関わらせたくなかった。

遊民たちは思ったよりも優秀で正面階段と非常階段の制圧は近い。残るシャフト内は、彼らの暗黙の了解でホムンクルスとまぎわらしい成りの魔物に任せることとしたらしかった。確かにテベレス一人で3台のホムンクルスを造作もなく壊している。

美豆良は画面を切り替えた末に、やはりエレベータシャフト内に絞る。

「そろそろ、御大がお出ましかな。」

だとすると相手の目的は・・・まさか?

 

 

テベレスにもそれは伝わる。『光栄だね。』瞬時に三階のエレベーターの扉をこじ開ける。箱は地階にあり、シャフト内は非常灯の中にワイヤーが揺れているだけのはずだが。

シャフト内の空気が渦巻いている。

『次元ってやつか。面白い!』

身を乗り出したテベレスは自らを研ぎ澄ます。特に美豆良の忠告に従い、ホムンクルスの胎内を重点的に油断なく。わずかな熱が点滅するのを魔物は見逃さない。

 

 

「最上階の外部次元の変化は?!」

急に聞かれた店長はきょときょとしながらも別の画面に映し出された座標に目をこらす。

「おおう、ここは異常はない・・・が、んん?」店長もさすがに緊張する。

「どちらかというと、やはり、移動シャフトがおかしいな。」

いきなり立ち上がった美豆良は何も言わず、屋敷政則に突進した。

「やめてくれ!出さないでくれ!」

もがく屋敷の襟首を掴み、ドアの外へと引きずり出す。必死で抵抗するが敵ではない。

ドアを閉ざす前に美豆良が叫ぶ。

「すぐに味方は撤収させろ。巻き込まれるな。」

「はは、無駄な犠牲は払わないってのは賛成だね。」

片手を上げ無事を祈るポーズ、屋敷が無駄でないことは理解したようだ。

「確かに、この星で育った人間だ、か。泣かすねぇ、味方を心配し仲間を助けるなんて。遊民育ちじゃ、ああはいかない。俺たちにゃ、元の美豆良の方が性に合ったんだがねぇ。」

そう笑うと頭をかきつつ、店長は仲間に撤退を命じた。

再び次元的に施錠された最上階の外廊下では喚き散らす大の男を軽々と引きずりながら、美豆良が閉ざされたエレべーター扉の前へと急ぐ。

 

 

ホムンクルス内に何かが送り込まれた瞬間、テベレスはかろうじて脱出している。ホムンクルスはバランスを失った人形のようにシャフトの底へと転落した。

「テベレス!」叫びながら美豆良がこじ開けた5階からシャフト内に屋敷を抱えて身を投じる。幾つかの次元の襞をくぐり抜けシャフトの壁を蹴って落ちる速度を調整する。生身ではできない、宇宙人類の血を継ぐからできる技だ。同時にテベレスも美豆良の意図を察し、降下によって意識が飛んだ屋敷政則の体内へと瞬時に侵入した。同時にこれまでテベレスが憑依していた人間型のホムンクルスが一瞬でくしゃくしゃになるのが前方に見えた。まるで紙箱を潰したみたいに。

野球ボールほどの丸い塊がシャフトの底へと転がった。それを空間から現れた手が・・・異様に長い手のような触手が掴んだ。

反射的に目撃した美豆良は、下まで降りずに中途の壁にとどまる。

「なるほど、これがカバナの技か。」「おかしなことしやがる。」

屋敷の体を難なくものにしテベレスもそれに倣い2階と3階の間の壁に留まった。

シャフトの最下層、底に当たる箱の天井に、長大な『あるもの』が現れた。それは拾い上げた球体を事も無げに体の中央に開いた黒い穴に投げ入れた。穴は閉じる。

「次元ボールから逃れるとは、ね。」ガルバの声はビリビリと金属をこするようだ。

「思ったよりは単純にはいかないものだな。」

相手が喜んでいることは同じく戦いを好む魔物に伝わったようだ。

「これは、また。すごい。ご尊顔は拝したと思ったんですがね、顔だけでしたからねぇ。」

屋敷の口を借りるテベレスはおかしくてたまらないようだ。

「まるで化け物を地でいくようだ。これじゃ、魔物も形無しですよ。」

対峙したカバナのスパイの容姿が彼らの予想をはるかに超えていたらしい。

『美豆良』美豆良の耳元で店長の声が響く。『さっきのはホムンクルスの中に簡単に言うとブラックホールを発生させたんだ。あいつは魔物を捕らえる気だぞ。』わかってると美豆良。田町邸の前で彼らはホムンクルスを通じて接触しているのだ。それで興味を持ったのだろうか。

「この星の魔族がご所望か。」美豆良は相手の顔らしき部分に問いかける。

相手が同じ人類なのか、どうやら確かめたい気持ちの表れだった。

相手の体は一般的な人間よりも大きく、細長い。触手や鱗といい、魚類に近い。

足らしきものはなく、シャフトの底に浮いているように見える。

「お前が魔族・・・魔物というやつか。」

そう確認するガルバの体は時々、2重になりボケることが美豆良には感じ取れた。相手が複数の次元に同時に存在することができるということがもわかる。テベレスもわかったはずだ。通常の攻撃は当たりにくい。美豆良は手の中の次元兵器を握りしめる。使い方は習ったが、実践はこれからだ。今も店長が囁き続けている。

『わかったぞ!そいつは改造遊民の姿をしてるが、おそらくそいつも実態じゃない。』

「だから、なんだというんだ?」美豆良は少し苛立つ。

『それもホムンクルスだっての、そいつこそカバナ貴族だ。カバナ貴族の傀儡なんだよ。』

「カバナの貴族だと!」美豆良の叫びにたなびく体を宙に展開させたガルバは初めてテベレス以外の相手の存在を認めたかのように「ほう」と言った。

「よくわかったな。下賤の原始人の分際で。そうだ、私の実態はここにはないのだ。」

『そいつはカバナ貴族が正体を隠してカバナ遊民に潜り込むための感覚や知覚をリンクさせた人造肉体にすぎないんだ。本体は恐れ多くもカバナリオンから今もコントロールしてるってわけだと思う。』「つまり、殺しても無駄ってことですか。」会話をハッキングしたテベレスが屋敷の体を宙に投じる。『逆に言えば心おきなくあいつを破壊すればそれで終いってことだ!』

「なるほど、それが早そうだ!」美豆良が止める間もなく、テベレスは壁を蹴り底を目指す。


スパイラルフォー-28

2018-02-10 | オリジナル小説

復活の切り貼り屋

 

 

その頃。

 

鈴木征二と竜巻社長は警察からの連絡で一路、長野方向に高速を飛ばしている。

マサミも高速を飛ばし、コビトを連れてすでに厚木市内をに通過している。

ふた組は中央道と圏央道、高尾山インターで、交差したのだが、それは全く関係ないこと。

 

 

誰もいない田町邸。

その天井が割れた。

ガルバが2重、3重に守りを敷いたと言われた彼の陣地。

その2階の子供部屋の空間がいとも簡単に切り裂かれたのだ。

そこからゆっくりと女の子が降りてくる。

イリト・デラであった。

その下には銀色の透明な膜に覆われて眠る子供の姿がある。黒々と開いた穴の縁からデラの手に繋がれてゆっくりと足を投げ出したのは一人の男。

スキン・カッター、『切り貼り屋』であった。

彼らはベッドに降りていく。彼らの肉体が重力を取り戻すと共に小さなオビトが寝かされている子供用ベッドのマットレスは徐々に深く沈んだ。

「ありがたいぜ。」『切り貼り屋』は自分の手を何度も見下ろし、触れて確かめずにいられない。「どうにか、俺は元に戻ったようだ。」

「ほっとしたようね。」デラは弾みをつけて狭いベッドから飛びおりる。

「あなたの精神流体を保存していたのがペルセウスだって話、まだ信じられないわね。」

「信じてくれ。恐らくその通りだから。俺だって死んだ自覚はないから、なんとかなると思ってたんだ・・・それにしてもまさか、非物質界にいたとはな。自覚がなかったのが残念だぜ。」

土産話がまた一つ増えた・・・と『切り貼り屋』はほくそ笑む。

「俺はペルセウスといい、つくづく変わったところに縁があるらしい。」

「うらやましいこと。」デラの言葉は本心だ。「私も行ってみたい。」

「話なら、いつだっていいぜ。大してないってか、さっき話したのが全体のほぼ全部だけどな。」

そう言いながら、『切り貼り屋』は改めて自分を助けだしてくれたらしい相手を観察した。

その不躾な視線を意に介さず「あなた、あのまま体がなくなっていたらペルセウスの世界に迎えられたみたいだけど。」アギュから聞いた情報の一端を披露した。

「そっちの方が良かったんじゃないの?」

「確かにそれも得難い体験だがな。俺はこの物質世界がまだまだ離れ難くてな。それに」

改めて自分の顔を確認するかのように、やや尖った耳先を引っ張った。

「それに俺にはペルセウスの言葉がよく聞き取れないんだ・・・あいつを通すと外の言葉もあんましな。そこでだ、あんたは正規軍か中枢の関係者らしいが、俺の肉体を直接、助けたあれはもしかして・・・」『蒼い光』そう言おうとしていいよどんだ。

デラが素早く振り返り、彼の口元に指を突きつけたせいもある。

「余計なことは言わない。今は時間がないの。」

「その通りだ、ボサボサすんな。」上空の穴から、シドラ・シデンが顔を出す。

「わかった。」『切り貼り屋』は自分が最高機密に触れたのではないかとはやる心を押さえつけ、オビトを覆う膜に手をかける。俺も少しは利口になったと思いたいもの。ただでさえ、意識を取り戻した途端に気の強い女二人にやいのやいの言われている身だ。

(ワームドラゴンとやらはデカすぎてよく把握できなかった。膨大なデータの気配だけで腰が震えたってもんだ。)

「どうやら自爆は仕掛けられてないな。次元メスがあれば・・」「これで取り出せ。」シドラが投げ落としたのはワームのヒゲであるが『切り貼り屋』はためらいなく使った。「手が熱い、暴れるようだ。」それでもためらいなく切り裂いたのはさすがか。子供の皮膚には傷一つない。

「欲しいなこれ。闇市で売ってないのか。」

シドラは答えず、『切り貼り屋』も未練なく投げかえして子供を丁寧に腕に抱えて宙に浮く。銀色の膜はしばらくギラギラした後、あたりを侵食始め、オビトの形にマットレスをえぐりっ取ってから染みも残さず消え去った。程なくしてマットレスも元どおりになる。

「フゥ、あぶねぇ、あぶねぇ。ひどいことしやがる。もともとこの子はさらに細胞が脆弱だから、量子次元は仕掛けてないんだ。」

「そうね。その子には後天的な何の仕掛けもないわ。」

デラは周りに目を光らせる。

「ということはあのカバナ人はもうその子に重きを置いていないのよ。この空間の守りも随分

浅くなっている、ここがこうして犯されてもそれを自分に反射する仕組みも残されてない。エネルギーを本体に集結させたってことよ。」

「それは、つまり。」ガルバはオビトの規則正しい呼吸を聞いている。「あいつ、何かを思い切ったってことか?何かどでかいことやらかす気だな。」

デラも軽々と再び空に飛んだ。「その通りよ。阻止しなきゃ。」

「フン、どうせロクでもあるまい。」そう言うシドラが3人をまとめて引っ張り上げる。

「そういう奴は我がギャフンと言わせてやるから安心しろ。」

アギュに言われた極秘任務は面倒くさいが、初めて行動を共にしたイリト・デラのことをシドラ・シデンは気に入った。若いが冷静で上に立つ者の落ち着きと風格がある。巨大ワーム、バラキにも動じないところが何よりも良い。(それに比べてこの腰抜け遊民が。バラキにビビりおって。)

「カバナ人は何かを決意している。捨て身の覚悟ってところよね。」

「何だか、コビトが心配だ。」


スパイラルフォー-27

2018-02-08 | オリジナル小説

戦闘の始まり

 

 

「お前ら、どういうつもりだ!?」

現れた美豆良たちに店長は声を荒げている。

「どういうつもりって・・・連れてきましたよ。」テベレスがホムンクルスの口で笑う。

地球人の受付が不思議そうに美豆良を見た。

「あれっ、マサミちゃんは?一人なんて、今日は珍しいですね。」視線は後ろに続く屋敷やテベレスが連れた裕子に流れる。裕子の顔のアザや風態では到底、面接に来たとは思われない。

「後から来る。」手を伸ばし積み上がったおしぼりから抜き出し、後ろに差し出す。

「なんで俺までこんなとこに・・」屋敷政則はブツブツとつぶやくが美豆良にがっちりと肩を掴まれている。仕方なく土に汚れた手を拭いた。田町裕子は手をも触れない。

壁で隔てられた待合室から客が数人、読んでいた漫画から顔を上げてこちらを見ている。

店長は舌打ちをすると、受付カウンターから出て、出口に顎を向けた。

「そいつはターゲットじゃない。ただのハリボテじゃないか。なんでノコノコ連れてきたんだ?」声をひそめる。「まさか、やったのか?」

「ヘェェ、ハリボテだって、わかるんだな。さすが、宇宙人類様だ。」美豆良はそういうと帰るつもりはないという意思を示し事務所へと足を向けた。「始末はまだだ。ここに呼び出す。」

「美豆良?おい?」いつもの美豆良と違うのに気がついたのか。「どうしたんだ?」

ぞろぞろと向かう列を押しとどめようとするが、いかんせん体が小さい。

「やめろ、ここには客がいるんだ。ここで騒ぎになったらどうする?」

「死人が出るのが嫌なら、店の女の子と客は帰した方がいいですよ。」

ホムンクルスの口調に店長が細い目を見開く。

「お前かっ?美豆良?どう言う仕組みだ?」スーツの方を振り返る。「あいつは誰なんだ?」

本物の美豆良ですよ。テベレスはふふふと笑い店長を事務所に押す。

「ちょっとお知恵を借りようと思いましてね。私たちだけじゃ、荷が重い。」

「おびき出して、殺すだけだろうが。」店長は慌てて先にドアをくぐり声をひそめる。

「そのおびき出して殺すだけが簡単じゃあないんだよ。」

美豆良はまっすぐに奥の椅子に向かいずうずうしく腰掛けた。

「子供とホムンクルスは奪ったが、相手は出て来やしない。一筋縄じゃいかないな。」

「お仲間がいるなら集めてくれませんかね。さもないと・・・」

テベレスが店長の肩を押しながら、しれっと要求する。

「仲間だぁ?」薄い唇を舐めた。「ここで戦争でもするつもりかよ。」

「そろそろ相手も奪い返しにくるかもしれない。覚悟を決めるんだな。」

「お前らがあいつのホムンクルスとあいつの女をここに連れて来るからじゃないか!」

「すぐに例の子供も到着する。」美豆良がテベレスが腕を組んでいる田町裕子を指差す。

「この女をどこか、安全なところに閉じ込めておいてくれ。」

「なら、個室にでも入れとけよ!」

店長はそう噛みつくのがやっとだ。

 

雨が降り始めた。静かなしのつく雨だ。風俗ビルの明かりが滲み始める。

男はその明かりを見ながら正面に立っていた。

ビルの入り口では客がもめているようだ。営業は終わりだとか言っている。文句を言いながら帰る客たち。2度と来るか!という声が響き渡ったのが最後だ。

男が首を巡らすとコンクリの隠しの陰、通用口からは足早に女の子たちが出ては去っていく。

迎えの車なのか、次々と走り去る。呼ばれたタクシーが何台も通り過ぎる。

それらを確認するかのように男はゆっくりと道路を渡った。

自動扉を施錠しようとしていた店員がエントランスに入ってきた客に気がついた。

「悪いね、今日はもうしまいだってさ。明日、来てもらえますぅ?」

相手は歩みを止めず、半開きの扉に手をかけて中に入ってこようとした。

「ちょっと、お客さん!聞いてなかったのかよ、今日はもう閉店だって・・・!」

客を非難する声は途中で途絶えた。まだ若い店員は自分の腹に開いた大きな穴を見つめ(痛みもなく、理解することもなく)死んだ。血は流れなかった。男はその体をまたいで中へと進む。

突如、背後のシャッターが閉まり始める。だが、目の前の受付にも待合室にも人影はない。

正面に設置された監視カメラのレンズだけが光っている。

『さぁ、私が来たぞ。確認したな、さてどうする?』

見上げた瞬間、店内の明かりが瞬いて消える。それを待つかのようにホムンクルスの体が開き展開を開始する。確認するがいい。肉体の中心に開いた穴も見えているだろう。

次々に出てくる地球人の形をしたホムンクルス。11体の体がフロアに並ぶ。暗がりで見えないが、全て同じ顔、裕子の内縁の夫がまとっていたのと同じ服装だ。

そのどさくさに紛れて最初に乗っていたホムンクルスの背後からガルバの体は滑出し、薄い次元にすぐさま紛れた。

「生あるものを滅せよ。」ガルバが声ではなく命じる。「次元から狩り出せ。」

 

「おうおう!出るわ出るわ。」テベレスが興奮している。

「それにしてもよくちゃんと撮れているな。」

「俺らのカメラは電気は関係ねからなぇ。」ついでに光も。

覚悟を決めたのか店長は落ち着いている。最上階の部屋の天井のむき出しのダクトに、このビルに潜んでいた遊民たちが次々と消えていく。それぞれが武器を持っているようだった。

「カバナのホムンクルスは人間と似ても似つかないと聞いていたんだがな。連邦でも人型は旧式だ。この星に合わせてわざわざ作ったのか、ご苦労なこったな。それによくこの星の人間の情報を持ってたもんだ、カバナリオンが。おそらく量産化はしてないと見た、これで全部だろう。後は性能が最新式なのかが鍵だな。」

ホムンクルスが湧け知り顔に「頭を一撃で潰すんです、そしたら死にますよ。」

「あのよ、最新式だったら簡単じゃないぞ。外から内に重力で一気に崩さないと、な。分裂した組織が増殖するなんてのもある。」

「そこまで新しいものをここに持ち込むのは合理的でない。データも重くなる。非公式な潜入だと言ってなかったか。」

美豆良は一斉に動き出したホムンクルス群の背後を見つめている。

「あれは目くらましだ。カバナ人はダッシュ空間に潜伏しているはずだ。目的は」

テベレスの笑みが深くなるのを横目で見る。

「もはや奪還ではない。俺たちと遊民を排除するつもりだろう。お前の大好きな戦いだ、テベレス。」


スパイらるフォー-26

2018-02-04 | オリジナル小説

ペルセウスとの邂逅

 

 

 

持ち上がった次元の壁が破れ、現れたのは発光体だった。白銀の光。

とっさにアギュはデモンとガンダルファの前に立つ。

 

「なんだ?天使か?」

目を細めたデモンはすぐにそれほどでもないと止めた。生ぬるい光さね。

「天使ならお前の領分だろがっ!?」ガンダルファの声は困惑と警戒から語気が荒い。

(ガンちゃん、これ天使じゃないにょ!ドラコ、未知のって言ったにょ!)

「だからぁ、未知の天使!」

「そんなのいないさ。」俺の知らない天使は潜りなどと、デモン。

 

その間、光もアギュを認知したようだ・・・というか、まっすぐアギュを目指して出現した。

アギュと光は距離を取ったまま、対峙して舞い上がる。

 

(アギュに用があるみたいにょ)ほーほーとデモンバルグ。じゃ、俺は帰っていいだろさとガンダルファに言うが捕まる。お前に好奇心はないのか、顛末を見てからにしろよ、と。いざとなったら悪魔だって少しは役に立つ・・・戦えるかもと甘い期待が湧く。

 

白銀が自分を目指してきたことはなんとなくアギュにも伝わっていた。そして臨界した肌感覚が自分達オリオン人より上位の知的生命体だと告げる。敵意は微塵も感じない、あるとすれば・・・好奇心?[アナタはダレですか?]アギュは言葉でなく問いかける。

ペルセウスと帰ってきた。言葉ではない。「ペルセウス人?!」アギュは驚き、困惑する。

 

ペルセウスって何?誰?と問うデモンにガンダルファが小声で説明。

(お隣さんにょ!ガンちゃんより、すっごく頭のいいお隣さんにょ!)うるさいよ、ドラコ。

 

臨界した生命の存在が確認されたからきた

・・・というような内容をアギュは受信する。

言葉ではない、思考を塊で受け取る感じと言えばいいか。

「タシカにオレはリンカイしている・・・ウレシクはないが。」

あなたたち、二人 とペルセウス人はいともたやすく見破る。歓迎すると。

[まさか・・・オレたちにペルセウスに来いと?!・・そう言う意味なのか?]

そういう意味でもいい その気があれば 相手は柔らかく笑ったようだ。

 

おい、心で会話すんな、わかんないぞとしたから野次。

 

[それは、どういう?・・・それに・・・アンタたちもリンカイしているのか?]

肯定。次の段階 物質世界を超えた次の世界 それが帰ってきた答えだ。

「非物質世界・・」アギュはつぶやく。「進化の行き着く先ってことなのか?」

進化とは違う 物質界は物質界 非物質界は非物質界 優劣 ない。

「ユウレツはない・・・?。どういうこと、言ってるイミ、ワカンねぇ。」

今は 理解できない と相手。 理解ではなく 受け入れるか  なのだ。

あなたたち二人 いる 内なるもう一人 アギュのあれこれの思考は凍りつき止まった。

[オマエ・・・オレの中のユウリがわかるのか?]

あなたをつなぎとめる もう一人 意識が封印されている アギュは目をみ開く 

目覚めないのは あなた 目覚めさせない

「そんなはずあるか!」思わず叫んでいる。オレは・・・オレはいつだって!願っていた!

いや、しかし。恐れていなかったか?自分が殺した、見捨てたという事実。

違う違う!と418があらがう。アギュは助けようとした!間に合わなかっただけだと。

目覚めたユウリが何を思い、オレはユルサレルのか。オレは怖い、コワカッタ!

アギュの光は急速に暗くなる。

そのために胸のあたりにある、ユウリの魂、オレンジの光が陽光のように激しく煌めいた。

 

アギュ?どうしたんだ?ガンダルファが心配する。(反省モードにょ)

 

 

もう一人 願っていた 慰めるかのように。

あなたの恐れ より その願い 勝るとき 目覚める 

アギュは恨みがましく相手を見た。慰めに感謝する気分にはなれない。

「そんなことを・・・オレにワザワザ言うために、キタのか。」

怒りが再びアギュを明るくしていく。オレンジは再び蒼に埋没した。

相手はそのことには気づかないのだろうか、全く頓着しなようだった。

ペルセウスからはただ、明るい波動だけが届き続ける。

・・・・気配 予感 予測 確認  探してたものを見出したと言う、安堵感。

[まさか、これまでの臨界進化体たちにも・・・接触したのですか?]

寡黙したアギュに代わり、聞きたいことが山ほどあるらしい418が前面に出てきた。 

[教えてください、アギュだけではない。オリオン連邦ではこれまでに他に6人の臨界した人類が確認されているのです。彼らは銀河系の中心へ行ってしまったと信じられているんですが。本当にそうなのですか?もしかすると、このように彼らの前にも姿を現したのじゃないのですか?彼らはあなたたちに導かれ、非物質世界に行ったのでは?そして、今もあなた方と・・・?]

オリオン腕のこと わからない ペルセウスも まだ不完全

「さぞかし、オレを発見してマンゾクしたんだろうな?!それにオレはホカのヤツラなんて、どうでもいいんだっ!」アギュは418に当たった。正直、ペルセウスを持て余し始めている。ただでさえ、ペルセウスの意識の手触りは次元に満ちる量子のように、起伏が少なくとらえどころがない。それをいちいち言葉に変換してから理解することはすごく疲弊する作業だった。

「オレたちのマエに現れたのはソレダケじゃないんだろ!言いたいコトがあるなら、さっさとイエ!」

 

あいつなんか不機嫌じゃないか?デモンの指摘にガンダフファは気が気ではない。

あいつの言ってることがわかれば・・・(言葉じゃないにょ。心にょ!心を研ぎ澄ますにょ!)

じゃあ、ドラコにはわかってるのかよ。

(わかんないにょ!でもきっと、同胞としてアギュを歓迎してるのにょ)

同胞?おいおい、アギュをスカウトすんじゃねえぞ。息巻くガンダルファ。デモンは面白がる。

 

ペルセウス人は外野を意識する様子もなく、無造作に意識を投げる。

 この星のはるか 古代 一人の女 こちらに来た 

「オンナ?リンカイした?」 違う 「ナマミのカラダでか?」 

肯定 物質界に生きる 巫女

「ミコ?」

 

巫女という言葉にこれまで静観していたデモンバルグは嫌な予感がする。

『まさか?』

 

巫女の気配 ペルセウス 侵入した男から した だから 助けた 

『あっ、ひょっとして、あれじゃないですか?』と418。

「ああ、カバナからチキュウにシンニュウしようとして・・・ミセシメにハカイされたオトコか。」ここにいる とペルセウス人が自らを示した。 共に

船が破壊されるその1秒の数千分の1の時間、ペルセウスが男の非物質部分である精神流体だけを彼らの側に移動させたのだ。体が失われるのなら男の精神をペルセウスの世界で生かそうと思ったのだと。カバナは肉体に量子次元を仕掛けるが、ペルセウスはいわば魂の部分にそれを仕掛けるのだ。だから、男の脳をいくら調べようと無駄なのだ。男の魂こそがペルセウス人と結ばれていたのだから。そういったことが一瞬の映像と共にアギュに伝わった。

肉体 探している  

物質界で肉体が滅びれば、魂は不安定になり意識はやがて四散する。船が破壊されてもそうならないことでペルセウスは『切り貼り屋』の肉体が、爆破で散り散りにならず、どこかに保管されていると確信したらしい。そしてそんなことが可能である存在として自分たちと同類の存在を予見し探していたのか。

「そのオトコのカラダなら・・・ワタシがホカンしている・・固有の私的次元にだ」

数千分の1からわずかに遅れてアギュが男の肉体を助け出したということらしい。

「どうすれば、いいのですか?」

現実 男 戻る

デラの次元から出さなくてはならないということのようだ。「わかった。」

彼と巫女 関わり わかった とペルセウス。 循環する魂 同一

「循環する魂・・・魂魄の魂か。確か、それは神城麗子が持っていたものだ・・・」

今は鈴木トヨの中。その魂の元々の持ち主がその巫女なのだろうか。

「循環する魂とはなんだ?古代人類の残したものなんだな?」

ペルセウス 義務 果たす と相手は笑う。

「それがあなたの目的・・・? では、目的は果たしたわけですね。」

418の言葉は稀有の存在との別れを予想し少し名残惜しげだ。

『いや、それだけでスムはずはない。』アギュは構える。

新たな興味 面白い オリオンの顛末 見届ける

「どういうことだ?」

見届ける 近くで

そう宣言すると一方的に、ペルセウスはまるで非物質世界に吸引されたかのように高速逆回しで消えてしまった。

あっという間。引きずられた空間は一点に巻き取られ、やがてゆっくりと元へと戻る。その余韻に場はしばらく乱れ・・・やがて波は静まる。それは、実はアギュらがいる空間のすぐ隣に、物質界と非物質界を隔てる厚い重い次元の壁が存在することを実感させた。

その粒子の不在を表す隔たりをアギュは思う。全てが押しつぶされ粉々にひき潰された先。

アギュですら自分をギリギリに変換してたどり着く場所に自在に出入りするペルセウス。

ついさっき、デモンバルグを捕まえた時の奇妙な感覚をアギュがしみじみと反芻したのはこの時だ。もしかして、自分は臨界進化の最終点に達したのだろうか?

ペルセウスと同じように、先ほど、そこを自分が軽々と侵食したとは信じられない。

これはデモンバルグのおかげと言ってもいいのだろうか・・・?

 

 

「あっ、逃げた!」ガンダルファが叫ぶ。

アギュは手の中の呼吸するものを体内に移しながら、ゆっくりとガンダルファがいる空間へと下降する。

「アギュ、デモンバルグが逃げやがった。」

(ん~なんか、巫女って言葉が嫌だったみたいにゃ)

「やはり・・・ナニカ、隠しごとにカンケイしてるんだな。」

 

 

巫女、巫女の魂。神城麗子・・・その娘、ユウリ・・・トヨ。

はるか昔、臨界しない身で物質界の境界を超えたという一人の巫女がいた。

にわかには信じられない。本当にいたのか。418が囁く。

『だけども、そんな嘘をつく理由がペルセウスにはありません。だから、本当では』

アギュはデモンバルグが巫女の魂の呪縛を解く呪文を軽々と口にしたことを思い出している。

デモンバルグが古代の人類と深く関係しているのは確かなのだ・・・

そのことがペルセウスとの予想外の出会いへと導いたというのか。

 

ペルセウス人はかつてオリオン人との交流を拒み、侵入を阻んだ。

カバナ人とも一部の貴族としか交流はしなかった。

そんなペルセウスが遊民の男の中に巫女の気配を感じ取り、『果ての地球』まで付いて来たという。そして、アギュレギオンを見出し、自らを晒した。

どうやら、アギュの臨界が整ったのがきっかけなのか。予感、予見していたとは。

そしてもしも、ペルセウス人たちが臨界したのが、確かなのならば。

自分も彼らと同様・・・ペルセウスのいう非物質世界に出入りできるようになる。

つまり、オリオン連邦から、いつでも逃亡できるようになったということか。

思いはグルグルと回り続ける。

あまりに唐突で、心が追いつかない。混乱し困惑するだけだ。

アギュにも収集がつきそうもない。

 

・・・助けた遊民の男はどの巫女と関係していたのだろう。

急ぎ、男を戻し、聞かねばなるまい。

 

 

「アギュ」ガンダルファは心配そうだ。

「あいつに誘われたんじゃないのか? 行ってしまうのか?」

アギュはまじまじとガンダルファを、成長を拒み自分に引きこもっていた頃からの唯一の友と言える男を見た。

「俺は、お前が望むなら・・・止めない。ただ、ちょっと寂しいだけだ。」

ガンダルファの笑みは本当に寂しそうだ。アギュは・・・

(ドラコも寂しいにょ!)

「まさか・・・イクとしても。まだ・・・サキのコトだ。」それだけやっと言う。

「ホウコクしてイイゾ・・・イリト・ヴェガに。」

「俺がか?」ガンダルファは乱暴にドラコを捕まえ、背にまたがる。

「そんな中枢の高官さまにか?お偉すぎて今の俺には近寄るのも恐れ多いよ。」

(ドラコは誰にも言わないにょ!)

デモンバルグから漏れないとも限らないが・・

(悪魔も言わないと思うにょ。なんか秘密、隠してるにょ)

「それに俺は言葉が全くわからなかったんだ。ペルセウス?、なんだそれ!知るか!」

勢い良くガンダルファは笑いでかき消した。

 

一人残されたアギュレギオンは自分を一人にしてくれた彼らに深く感謝した。

 

『イリト・デラに至急、会わなくては』

「でも、今は」

418が言う。

「少し、休みましょう。」

 

 

 

(ガンちゃんはアギュが逃亡しちゃうって思ってるにょ)

「まあな。どうせ、防げないし。」(それでいいにょ?)

ガンダルファと1匹は神月に向かう、次元変換の中途で動きを止める。

「だって、ドラコ・・・おまえ、アギュとずっとなんかしてただろ?」

(ガンちゃん、気がついて、いや、違うにょ。何もしてないにょ~ごにょごにょ・・・)

「いいって。怒ってるわけじゃないよ。」ガンダルファの声は息に混ざる。

「アギュの好きにしてやってくれよ。あいつは・・あいつだって色々、辛いことあったし。今もきっとあんだろうから。」(ガンちゃん、男前にょ!)

「ただし。これこそ、ほんと内緒の内緒だぞ。俺とドラコの間の。」

(ガンちゃんとドラコは生まれながらの契約同盟なのにょ!)

ガンダルファの意識は神月へ。

「まだ、シドラは関心ないからいいけど・・・タトラはダメだ。」

(イリトにバレるにょ・・・天使はどうにょ)

「問題外」

 

 

天使こと鴉は神月の阿牛家にいる。その2階のリビングルーム。

タトラと向かい合っての食後のティータイムがここ最近、恒例となりつつある。

「みんな、どこに行ったんですか?」ソファに沈み込む天使は不満そうだった。

「仕事だの。」イリト・ヴェガのというのもあるが、今回はアギュの趣味が強い仕事だ、とタトラは認識している。イリトはこの星に入れることを自らも、容認せざるを得なかったカバナ人が気に入らない。それはアギュもだろう。カバナの連れを助けたりしている。アギュは彼が自滅すればせいせいするだろう。ついでに不法遊民も減らせればイリトも万々歳といったところか。

ただし、これは公にはできない。連邦内のイリトと対立する勢力を増強するだけだからだ。

イリトが排除されたら、アギュは召喚され、当然それを拒み、逃亡するに決まっている。

最悪、この星は和平に差し出されるか、戦場になるか。

そういった話は今の所、ここではアギュとタトラしか知らない。ひょっとしたらイリトのクローン体であるイリト・デラは知ってるかもしれないが。

鴉は現在、渡の家にいる阿牛ユリが作ったというクッキーを口にする。少し、硬い。

「輸入商のお仕事なら、私だって社員なんだから手伝えるんですよ。声がかからないってことは、なんかわからない宇宙のお仕事なんでしょうね。私には詳細が教えられない・・・」

同じ門外漢の神恭一郎こと、デモンバルグときたら呑気にデートに励んでるときた。

自分だけのけ者のようで腹立たしい。

「まぁ、そういうわけじゃ。天使の出番はないようじゃの。」

そう言いながらタトラは先ほど感じた違和感を反芻している。全く初めてのおかしな感覚だ。

衛星にさりげなく問い合わせれば、異常はないというのだが。間違いない、この星全体の次元が幾重にも覆われた空間が少しだけ動いた。かすかな震動だが。心に留めておくに越したことはないだろう。

「そういう、あなたは皆さんと行かないんですか。」

投げやりで自堕落になった天使など見れたものではなかった。

「わしは、お前さんの監視だの。」

おやおや。「じゃ、ゲームでもします?」


スパイらるフォー-25

2018-02-01 | オリジナル小説

夜の廃校

 

 

マサミは時々、迷ったがまぁ自分でもうまく痕跡を追えたと思った。要所、要所で誰かが方向を指し示しているかのような気がしたほどだ。特に廃校が近づくにつれて、ここだという確信がわけもなく湧き上がってきて不思議だった。そういう時にマサミはわけもなく、かつてよく知る霊能者、基成勇二のことを思い出す。彼に比べて、宇宙人類とも地球人ともつかぬ自分の力はとても不完全だ、基成先生のような力が自分にあったらと。

屋敷政則の車を校庭に乗り入れた時、時間は午後6時を回っている。

GW前、もうすっかりどっぷりと暗い。

マサミはライトの中に記憶の中の例の車を見いだし、してやったりと思う。

遠目に車内は暗く、誰も乗っていないようだ。あの禍々しい空気がないところを見ると運転者は車外に出ているのだろう。乗せられたハヤトが心配になる。

急いでライト消し、充分に距離をとって校門の近くに停まった。エンジンは止めたが、念のため鍵はかけたままドアも開けたままで外に出た。

マサミは警戒しながら目の先の車に、校舎へと歩き出した。月明かりがあるので校舎からは丸見えなのはどうしようもなかった。そして、何か・・・声が?

不気味な人間の吠えるような叫び声がする。空耳かと思ったが、確かに聞こえる。紛れもない恐怖の叫びだ。どこかからかはわからない、くぐもった、少し反響したようなわめき声。屋内だ。

マサミは立ち止まり、月明かりに照らされた校舎に集中する。よく見れば、そこは明るいのに明るくない。それほど強くはないが、黒々とした闇が校舎の背後から立ち昇っているようだ。

「・・・場が悪いな。荒れている・・・あの声と関係あるのか?」

怯え、パニクり、よほど恐ろしいものと対面しているのか。あの声の主は。

マサミは覚悟を決めて小走りに走り出す。腕に覚えはないが、いざとなればテベレスを呼び寄せる。テベレスならある程度の魔性なら、難なく立ち向えるはずだ。

と、校舎と体育館の間から子供が二人並んで出てきた。

まるでマサミの到着を待ってたかのような出現の仕方。魔性か?と思うがその気配はない。

 

「変態、あそこで死ぬの?」ハヤトは校舎を振り返り、振り返り。「どうなるのかな?」

「さあね。」トヨの目は校庭に向かって近づく女を見つめている。

「どうせなら、心おきなく恨みを晴らせればいいな。」

行き場のない闇に漂っていた少女たちを思った。「助けが来るからって、きっとあの人だよ。」

 

マサミと子供二人は、数10メートル離れてお互いに立ち止まる。

「あの人・・・」ハヤトがトヨの手を引く。「屋敷さんと一緒に来た・・」腰がひけるのを「大丈夫だよ。」もう一人がなだめている。

マサミが初めて見る、美しい子供だった。女の子だろうか?

ハヤトと同じ半ズボンの制服を着ているが。その子供がハヤトを促し近づいてきた。

「お姉さん、僕たちを迎えに来てくれたんでしょ。」子供の声は澄んでいて怯えもためらいもない。立ち去る前にデラが教えていったからだ。トヨの中の女も意義を唱えない。

ハヤトは彼の信じる正規軍が何も言わずに立ち去ったことで。バレなかったとホッとしていた。

それなのに、迎えは予想外。ハヤトがまた次の試練だと思っても当然だった。

「僕は鈴木永世です。こっちは友達の田町隼人。僕たち、誘拐されたんです。」

「僕は・・・マサミ。」マサミは下の名前だけを名乗った。

「屋敷さんの離婚を担当した・・・弁護士事務所のものです。ハヤトくんがあの車に乗るのを見たので・・・気になって。」

ずっと後を付けていたにしては到着が遅いし、矛盾だらけ。我ながら説得力がないと思った。

しかし「そうですか、ありがとうございます。」トヨと名乗った子は素直に頭を下げる。

やはり子供だなと思ってから、ハッとした。

「そうか。そうか、鈴木トヨくん。ラジオのニュースで言ってた行方不明になった子は君なのか。そうだよね、同じ学校だものね。」

もう一人も一緒にさらわれていたとは思わなかった自分の迂闊さを呪った。

「今、大騒ぎになってるよ。」

「あの・・」何かいいたげなハヤトに「残念ながら」とマサミは言葉を濁す。

「ハヤトくんの方は騒ぎになってない。君がここにいることは、僕しか知らない。おそらく、誰も知らないんじゃないかな。」

カバナからのスパイが届けを出すはずはない。いなくなったのは鈴木トヨ一人との警察の認識だ。「やはり」そう言うハヤトはがっかりしたのか、ホッとしたのか。「だよね」

「さぁ、トヨくん。君を最寄りの警察に送るよ。」そして改めて、耳を澄ました。

「あの声は・・・なんなの?」そしてこの廃校らしい学校は?

二人の子供は顔を見合わせて・・・悪魔的な笑いが浮かばなかったか?

「変態です。」「トヨのストーカーだよ。」同時に言った。

「何かジョウカソウ?に落ちちゃったみたいだよね。」「出られないんだよ、自業自得だよね。」「どうして、落っこちたの?君たちが落としたの?」二人で力を合わせて。悪漢を出し抜く二人の子供という絵面が浮かぶ。しかし「さぁ。」と二人は首を傾げた。

「天罰じゃない?天罰ってあるんだよ、きっと。」

鈴木トヨはそう言うと誘拐犯が乗ってきた車にスタスタと歩み寄った。

「あいつ、いっぱい殺してたみたいだから。」「いっぱい?」

「この校舎に連れてきて殺したんだって。だから、中に死体がいっぱいあるんだって。」

『だから』『だって』『あるんだって』「待って、それ。誰から聞いたの?犯人から?」

鈴木トヨは至極、真面目な顔をして振り返った。「僕の守護霊。」「・・・守護霊?」

ハヤトもトヨに続き、マサミは校舎を振り返る。不本意なセメタリー、汚された気の毒な場。

それは納得したが・・・守護霊とは?煙に巻かれたままついていく。

「僕とハヤトも殺す予定だったんだ。そんなのあったまきちゃうよね!」

ドアは開いていたようだ。トヨは後部座席からランドセルを二つ、取り出し一つをハヤトに渡す。

「ハヤトがここにいた痕跡はない方がいいよね。面倒臭くなるとハヤトは不味いんだ。」「そうなの?」ハヤトが無言でうなづく。「お姉さんもそうじゃないの?さっきの説得力ないし。」

「やっぱり・・・そう思ってたんだ?」そうだよね、マサミはトヨの物言いを面白く思う。

この子供はいっぱしの大人のように話す。「じゃあ、お姉さん。ハヤトを送ってくれる?」

「えっ」ハヤトが狼狽する。「家はダメだよ、家は。」

「わかってる。」マサミがうなづくとハヤトは驚いたようだ。しかし鈴木トヨの前では詳しい話はしたくない。「とりあえず、田町裕子さんのところへ。」

先ほどから君のお父さん、母さんという表現はしていない。ハヤトは何か気がついたのかもしれない。「わかりました。」神妙にランドセルを肩にした。トヨは気がつかないのか、マサミの車へ歩きながらランドセルの中を探っている。「あった、あった!」

マサミに差し出す。

「何?携帯?防犯ブザー?」

「GPS!お母さんから渡されてたの。面倒臭いから、電源切ってあったんだ。」

「なんだ、それが起動してたら・・・」

「今、電源入れない方がいいよね。警察ついたらいれる。」屈託がない。

 

マサミが子供二人を乗せて車を回してる間も、途切れ途切れに男の悲鳴が聞こえていた。

「バカみたい。僕たちに助けを求めてる。助けるもんかって、ねぇ?」クスリとトヨが笑う。

「でも、警察には言わないといけないじゃないかな?」

「なんで?だって、ハヤトもいたこと、お姉さんから助けられたこと、言えないんだよ。だから僕、は一人でどこかから逃げてきたんだ。どこの山かなんか、わからなくなるよね。怖いし、子供だもの。記憶もなかなか戻らないかも。」それじゃ、真相解明ができないなとマサミは迷う。

「でも、あの人が死んじゃったら君たちが後悔とかしない?。」

「なんで?」トヨの目がバックミラーに光る。「あいつ、いっぱい殺してるって言ったろ。自分が殺した女の子たちと浄化槽に閉じ込められても仕方ないんだ。あっ、そうか。」

トヨがハヤトを振り返る。ハヤトは運転席の陰になっているが、おとなしくしているようだ。

「ずっと一緒じゃ、あの子達が嫌だよね。かわいそうか。」

「家にも帰りたいと思うよ。お父さん、お母さんに返してあげないと。」

ハヤトの小さい声がする。「じゃあ、じゃあさ。」再びトヨの頭が運転席の横に飛び出す。

「僕、明後日ぐらいになったら思い出すよ。それでいい?」

マサミには是非もない。変態の生死なんかはどうでもいいが、やはりこの星の住人である。

「それよりも、そのGPS、電源入れてその辺に捨てといたらどうかな。」

ちょうど、廃校から山を降りてきたところだ。「あとは警察が勝手に探すよ。そしたら君も記憶喪失のフリなんかしないで済むだろ。」

 

「トヨ・・・」ハヤトが身を寄せて囁く。深刻な顔だ。

「僕もう、会えないかもしれない。」

『ハハ』のところに行くと言っても・・・どうなるというのか。

『チチ』が自分をほっておくとは思えない。「もう、僕は・・・」詰まる言葉。

僕はドギーバックに帰る。それもいいかなと思ったが、トヨと心気なく話ができた今は。ただ、ただ、2度と会えないのだと思うと寂しく辛い。

初めてできた、貴重な友人。本当の友達というものなのだ。

ところがトヨは自分もハヤト側に屈み込んで、強く首を振った。

「ううん。大丈夫さ、きっと会えるから。」

力強い口調と眼差し。信じたかった。「・・・会えるかな?」

「会える。僕を信じて。」トヨの表情にはハヤトがすがりたくなる、何かしら神々しいものがある。トヨは確信しているのだ。

「コビトは僕の弟にも会えるし。オビトにも会える。」

ハヤトと名乗り続けていたコビトは半分、泣いたような笑顔を返すしかない。

運転席の女は聞こえないふりをしてくれていた。

 

道を逆走し、しばらく走った村に交番があった。

交番は玄関灯だけだが、一体化している建物の居住部分の方には明かりがついている。

通り過ぎてからトヨを下ろした。降りる前にトヨの手がコビトの手を硬く握る。

「またね。」トヨの言葉は最初から最後まで、確信に満ちている。

ランドセルを背負った姿は手を振りながら、建物の方の玄関にしっかりとした足取りで進んだ。

伸び上がってブザーを押すのをコビトとマサミは見届ける。

このあと、トヨの行方不明事件は誘拐事件となり事態が動き出し大騒ぎになるのだ。

トヨは父と竜巻竜二が社長の車で真っ先に駆けつけてきたので、そこに驚くはずだ。母がトヨに与えたGPSが実は社長から渡されたものでだったこともその時に知る。

そして現在、入院中の母親は何も知らされていないと言うことも。

 

 

玄関に明かりがつき、ガラス戸が開かれるのを確認してから運転者は静かに車を出した。

「さっきも言ったけど、田町裕子さんのところに行くのが一番、いいと思う。」

マサミの言葉にはいたわりがある。「屋敷さんのことは心配しなくていい。」

「『ハハ』は・・・大丈夫なんですか?生きているんですか。」

「大丈夫。」テベレスはわからないが、美豆良が付いているのだから屋敷にあれ以上の暴力を振るわせるはずはない。美豆良とマサミの間には昔からテレパシーのように互いに通じるものが常にやり取りされているのだ。二人の心の絆は肉体の結びつきよりもずっと深い。

本物のハヤトの死体が結局、見つからなかったことも知っている。彼らもハヤトの到着を待っている。合流場所の変更には、驚いたが。すぐにそれが妥当だと納得した。

しばらくの沈黙の後、「あなたは・・・連邦の人なの?」コビトが思い切って聞く。

マサミは声をあげて笑った。

「違うよ。どっちかというと君の父親を演じてたカバナのスパイの敵・・なのかな。僕は・・不法移民なんだよ。君、あいつ、カバナの奴がきらいなんだろう?」

道具として扱う相手を好きなはずない。

コビトの頭が運転席の横に並ぶ。「『チチ』に会ったことがあるの?!」

「直接は知らない。ホムンクルスは、見たよ。」ホムンクルスというものを自然に口にしたことでコビトはマサミの言葉を信じたようだ。「不法移民は『チチ』の敵なんだ?」

「だね。僕らは不法遊民組織から、頼まれたんだ。」

その『チチ』捕らえるか、殺して持ち帰れと。言いながら子供には残酷で、あまりにストレートな表現だったかなとちょっと後悔する。しかし、宇宙から来た子供はそう言ったことは特に気にしないようだ。「『チチ』を・・・殺してくれるの?」

明らかにコビトはホッとしていた。しかし、安堵と不安がにじむ。

「・・殺せるかな?」

「さて。それはどうだろう・・?」マサミは運転しながら子供の目を見つめた。

心なしかコビトの両目の虹彩は蒼く光って見える。

「でも、安心していいよ。君をカバナ人に絶対、渡したりしない。」