MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

GBについて

2007-10-23 | Weblog
GBやっと載せ終わりました。
何が苦しかったって毎回のイラストに苦戦いたしました。。。

イラストってもう最近
めったに描かないから。
あれも完成させるにはかなりな力がいることを改めて実感します。
若かったのね。

小説は去年1年間かかってなんとか書いたもの。
構成、手直し入れると2年~はかかってるかも。

好き勝手にふむふむと書いたモノです。
読んでいただけただけで感涙。
コメントとかは~結構へこむから
へたれと思って許してください。
素人ですんで~。

とか言いながら
この調子でどんどん書いたると思って
スパイラルワンに手を付けたがいいが・・
骨組みは全部できてるのに
エンジンがいまいち・・
まだゼロが完全に抜け切ってない。

いつかお目にかけられたら幸いです。。。
それまではちょこちょこと
作品のことやイラストを載せて行きたいなと思ってます。
ではでは。
またよろしくお願いします。

GBゼロ-18

2007-10-17 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-18   最終章



       わが愛しきアース

これが彼等の基地内において、私が見聞きしたことのすべてである。
彼等は彼等の言う、原始星人のマスコミである私を大歓迎して迎え入れてくれた。
勿論、このインタビューをそのまま私の働く雑誌社の編集長に見せたってページを割いてくれるかは心もとない。ただでさえ、奇人変人呼ばわりされている私のことだ。
せめて、フィクションとしておもしろおかしく書くしかないだろう。

私だって彼等がオリオン座から来たなどと、最初から本気で思っていたわけではない。
今だって正直、半信半疑である。
ただ、なんか普通でないものを感じていたのは事実だ。
それがワームであったわけで。それがたまたま、私に見えた為に私は彼等と深く知りあうこととなっただけにすぎない。
確かに言えることは、彼等は私達とは違う文明から来た。
ワームが見えてもたったそれだけを受け入れるだけで、随分と時間がかかったものだ。
まして、私の弟から聞いていた臨界進化体にいたっては。
今日この目で彼を見れたことは、思い掛けない暁光だったとしか言葉のいいようがない。
ただこの目で見ても、私にも完全にその存在を理解する事はできなかった。
私は、それを事実として受け止めるだけだ。

以下はあくまでフィクションとして記すとしよう。

彼等の言う人類の源のアースは双子惑星であったと言う。
片方の星にはオリオン人。もう片方にはカバナ・リオン人。
何年も平和に交流を続けていたと言う。
ところが宇宙に出るようになって、陣取り合戦と惑星資源の取り合いが大きな火種に変った。
最終的にはお互いの星をふっとばしてしまったというわけだ。
(ガンダルファの言い方をそのまま借りる)
人々は難民となり、宇宙に散った。
そして植民星を中心に連邦が作られ、連邦に入ることを拒んだ遊民が産まれた。

その当時、難民船の中で行方が知れなくなった船がいくつもあったと言う。そして、彼等に言わせるとつい、最近、そんな船のいくつかの行方が判明したと言う。
偶然にも軍隊の一部がある辺境地帯で、自分たちと同じ遺伝子を持つ生命体に出会ったのだ。彼等はその星の住民が間違いなく、始祖の人類にもっとも近い血を保ち続けていること、そして高い文明も文化もなくし、オリオン人たる歴史も記憶も失っていることことを報告してきた。連邦で言われる原始人類よりも更に、連邦が加入の条件とする知的生命の基準に満たない、そんな古代人類と化してるのだと。
彼等はそれからずっとその星を観察し続けて来たのだと言う。
我々の意識が成熟し、彼等が連邦に加入するにたる独立した人類となることを願って。

そう、その星とは我々の星。
太陽系第3惑星、地球である。
神城ユウリの故郷だ。

我々はオリオン人達と同じ人類なのだ。
一進一退を繰り返す我々に業を煮やした連邦は、連邦規約に反しない範囲ギリギリの手助けを始めたのだと言う。ほんの少しづつ、我々に干渉し始めたのだ。

彼等は2500年前からこの星を改革しようと秘かに数十人の人を派遣していると言う。
神城ゆうりの父親もそんな一人であったらしい。
我々の言葉や習慣が彼等と共通するものが多々あるのは、そのタメだと言うのだ。
勿論、オリジナルは向こうの方。我々はそれとは知らずに輸入させられたのだ。

こんな与太話は、なかなか信じてもらえまい。
自分で書いてても嘘臭い。
まあ、気長に記録して行くこととする。


臨界進化体、アギュレギオンが飛び去った後。
ガンダルファは私を彼等の基地の外まで送ってくれた。彼は見た限りは30前後、私の常識の範疇においてはとっぽい兄ちゃんにしか見えない。髪を白く染め、カラーコンタクトをした、ロック系の若者。シドラ・シデンとガンダルファは姉弟といいぐらいに似ている。元に弟は最初はそう思っていた。
彼はいつもは、私の長野の実家の旅館に居候をしていたがこの時はGWで帰省中と言うことになっていたはずだ。
彼とシドラやその仲間達のことを私の父と母はなんの疑いも抱いていない。祖父にいたっては、旅館の隣の彼等の会社の社長は人品卑しからぬ押し出しの立派な人、その上将棋も強くて趣味人、しかもなんて金払いの良い人だと心酔している。それが、地球であるミッションを進行している宇宙人類だとは夢にも思ってはいない。
弟の渡や従姉妹の香奈恵達から話を聞いた時、彼等の頭の正気を疑ったものだ。しかも渡の同級生のユリちゃんこそユウリのクローンだとか言い出すし。
すくなくとも、ジャーナリストの端くれであったが為に好奇心から彼等と深くかかわることとなってしまったが、本心このネタはちょっと持て余しぎみだ。
いっそ、聞かなければ良かったと思うくらいだ。
ガンダルファは地球人の基準からしてもしごく、良いヤツであるし。
同年代のただの実家の飲み友達のままでいれたのに。

「社長にあんな秘密があったとは参ったなー。参った、参った。」
彼はぼやいた。
社長と言うのは、先ほどの臨界進化体のことであるらしい。
私は驚く。「アギュレギオンが、あの社長?まさか?」
私はさっき見た、男とも女とも付かぬアギュレギオンの陽炎のようにゆらめく顔を思い返した。
「東海交易の社長だって?社長には何回も会ったことあります。さっきの彼が、彼があの社長だって言うんですか!」
「おっと!」ガンダルファはペロリと舌を出した。「また、余計なこと言ったかな。」
「でも、あの社長さんって・・おっさんじゃないですか?若くても40代なはず!」
「見えるものがすべてじゃないよ。」
それは確かに、渡からも言われたセリフだ。
「あなた達がなんで、私達の実家に来たのかがよくはわからないんですけど・・。」
「そりゃ、あんた達がユウリの子孫だからじゃないの?」ガン君は笑う。どうも背中がチクチクするのは見えないがワームがその辺にいるらしい。
「社長が決めたんだ。ユウリが帰りたかった場所に戻ろうっとね。やっと、全部がはっきりしたよ。ほんと、良かった!」
「・・わだかまりはないんですか?」
「まあ、やったのはアギュの方だってはっきりしたから。もう、過ぎたことさね。」
彼はサバサバと言った。そして、ニヤリと笑った。
「それに、僕が社長を尊敬してるのは本当なんだぜ。」

彼が帰って行った後。
私はしばし物思いにふけった。
東京に向うあずさの最終便の中でも私は夢の続きを思い返すようにぼんやりとしていた。
神城ユウリの母親は私達の祖父の大叔母に当たると言う。彼女は戦前、確かに近隣の有名な霊能者だったと言うのは本当であるらしい。ただし、彼女は戦時中に死んでいる。殺されたのかどうかは、今はもう調べようが無い。彼女が戦争の行方に付いて当時は不適当な予言をしたらしいことは、当時子供だった祖父が大人達の会話から漏れ聞いていたと言うこと以外は。
彼等は遠い昔にオリオン難民達が乗って来たはずの船の行方を探している。
地球人となったオリオンの民は過去に何度か絶滅の危機に瀕している。地殻変動も激しく、おおっぴらにできない捜査は難航しているらしい。
彼等は私達よりもずっと長生きなんで気長にやってると言っていた。
東海交易はアラブやアフリカに盛んに進出している。実際は古代遺跡を調べて回ってるとガンダルファはちょっと漏らしていた。
私達、地球人の知っている古代語のいくつかはオリオンからの言葉であったようだ。
彼等の捜査が完了した時、そして人類が彼等の望むレベルに到達しえた時、何が起こるのか。それは、今後を待つ他にない。


最後に広報担当?のガンダルファから教えてもらった、彼の故郷の有名な神話をここに掲げておこう。




ジュラの神話

始めにただ闇の中に神だけがあった。
神はあまりにも長く一人でいたので寂しくて自分を二つに分けてみた。

こうして新しく産まれ出た神は、もう一人の神に告げた。
「私はあなたでありあなたではない。あなたはあなたであり私でもある。」
一つが二つになって神は初めて「足りる」ことを知った。
二つが一つになると闇だった世界に最初の光が産まれた。
こうして光は産まれ続け星々になった。
星が産まれ、宇宙が産まれ、世界は生き物に満たされた。

宇宙の果てのそのまたどこかに神が交わり続け、宇宙が産まれ続ける根っこがあるとジュラの人々は信じている。
そこは人々に、こう呼ばれている。
「神の揺りかご」と。

GBゼロ-17

2007-10-16 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-17  輝く者-5




無重力の日だまりの中で少女が眠っていた。
少年の光に包み込まれたまま。
アギュはほんのちょっとの気恥ずかしさと心地よさに身を任せる。
誰かと触れ合って眠ったことなど、何百年ぶりだろう。
真の意味での眠りを失ってから、それこそ何十年ぶりか。
まどろみながらも彼は腕の中の少女の重さを味わう。
ふと、手の中で身じろぎをする気配。
少年がのぞき込むと、少女は大きな目を見開いた。
「夢を見たわ。」
アギュは顔を曇らせる。
「哀しい夢か?」またユウリが泣くのを見るのはつらかった。
上目遣いにユウリが微笑む。
「蒼い星・・」
「オマエのアース・・」
「帰りたくて帰りたくて・・
あたしは夢中で宇宙を泳いで行ったの・・でも、近づくとわかった・・」
アギュは黙ってユウリに頬を寄せた。
「星はあなただったの。」
ユウリはささやいた。
「蒼い星。私のアース・・」
アギュが、アギュの光がユウリを包み込む。
「あなたがあたしのアースになったのなら・・」
「これは絶対、続きを見なきゃ・・」
無重力を漂う星に抱かれながら、ユウリはまたうとうとし出す。
「オレ、きっと行くよ・・」
ややぶっきらぼうに言う。
「オマエの星に。」
「ほんとう?」眠そうな声。
「・・一緒に?」
静かな寝息に耳を寄せた。
「本気だからな。」
ここを離れて自由になったら。

ユウリの寝顔が微笑んだ。





ガンダルファが話していた。

・・・それから僕らはアギュと合わなかった。
僕はもうピクニックに行くことはなかった。誰も誘いに来なかった。
シドラ・シデンともお互い顔を合わせないようにしていた。
彼女は元気がなく、僕と同様、いつもポツンとしていた。
アギュにいたっては惑星の方に連れて行かれて以来、スクールにはいないようだった。
一度だけ、卒業の頃にシデンとは軽く話をした。
時々、バラキがスクールの側の次元に幽霊のように浮かぶアギュの影を見たと言うことだった。でもアギュはもう次元が変ってしまったのか、バラキが見えず声も聞こえないようだったと言う。もちろん、バラキもアギュのいる所にわざわざチャンネルを合わせる気もなかった。パートナーのシドラ・シデンもそれを望んでいなかった。
ドラコはもちろん僕と一緒に毎晩、爆睡。

(寝る子は育つにょ~)ほんとに育ってるか疑問だけどね

それから僕らはスクールを離れた。念願の軍隊入りだ。
シドラはユウリの近くの辺境を希望した。
僕は敢えてジュラの近くを希望したんだ。
補給部隊の輸送船に乗り込んでドラコと共になんとか水先案内の仕事をこなした。
むなしかったな。


(酒と女に溺れていたにょ~)
「そうなのか?」違うって!そんな軽蔑の眼差しで見んなよ、もう。
(お姉ちゃんのいる店に入り浸りにゃ)
「さぞいい女でもいたのかな?」
僕は潔白ですって!
「お主のようなタイプが今だ独り身の方が驚きだ。」
さっきからやめてよ、シデンさん。アギュも笑ってないでよ。
独り身はあんた達も一緒でしょ?
「我は一途な人間だからな。」
(ガンちんも意外に一筋なのにょ~)
やめろ。恥ずかしいってば。



そんな辺境でもアギュの噂は流れて来た。なんせ大活躍だから。
すっかり軍隊のヒーローだもん。話題の人さ。
アギュは人が変ったみたいだった。
(実際、変っていたわけだけど・・そんなこと知らなかったし)
アギュは連邦から派遣された、筋金入りの進化体群団と対等に渡り合い自分の存在を認めさせることに成功した。自分から歩み寄り、粘り強く自分の人類としての権利と自由を獲得したんだ。アギュは研究への協力も申し出たと言う。
臨界進化体をモンスターとしてこわごわ接していたニュートロン達は、敵対意識を捨てた彼の知的で礼儀正しい態度にすっかり感化された。
アギュを常に養護する立場に変った所長の影響も大きかった。間に立ったイリト・ヴェガはアギュと連邦との間を執り成すことに全力を注いだ。
なにより彼に逃げる心配がないということが一番だったかもしれない。
アギュは独自に連邦での地位を獲得した。

研究所でのクローンの実験はもう行われなかった。アギュが自ら肉体の濃度を変えて、流体へと変る自分の細胞を提供したからだ。
今度はそれを希望する人間や卵子に融合させる実験が行われているらしいが、成果はまだでていない。臨界進化へと至る突然変異の謎は謎のままだ。

スクールはただの優秀な学生を連邦全体を送り出す学校となった。
今では入学希望者が絶えない。

現在、政府は原始星政策の見直しを行い移動制限がだいぶ緩やかになった。
種の保存の問題はまだこれからだ。

中央に行ったアギュの出世は早かった。
なんせそことここへと距離を問わず、ほぼ同時に存在することが出来るんだから。まさに八面六臂の活躍と言っていい。
今やアギュは最高のボードマスターで、完全に次元戦を制したと言っていい。
ペルセウスとの小競り合いではもはや連邦は犠牲を出さなかった。
ペルセウスの侵略は途中で止まったまま。ダークサイトもボイド・リオンから一歩もこちら側に踏み込めないでいる。停戦条約は結んでないが、ほとんど停戦状態と言っていい。

アギュは連邦部隊におけるボードのトップマスター、最高元帥に任命された。
ところが、それから何故かわがままを言い出した。

彼はある辺境地域の防衛に身を捧げたいと言い出したのだ。
もちろん、中央政府は意義を唱えた。
するとアギュは自分を行かせないなら、軍隊を辞めると脅し始めた。
議会は紛糾した。
アギュの能力なら辺境の任務に就きながら元帥として働くことも最終的に可能であったので、最終的にはしぶしぶと合意するしかなかった。
何より、希望が通らなかったアギュがヘソを曲げて今までの臨界進化体のように逃げ出すことをもっともおそれたのだった。
初めて人類と共に生きる道を選んだ臨界進化体であるアギュはもはや連邦になくてはならない存在だった。
連邦は折れた。

僕とシドラ・シデンは再び集められた。

「正直、びっくりしたよね。今更、僕らに何の用ぐらいの勢いで・・」
「軍人は命令に従うまでだ。」
「そうそう、あの時は、いやはや。まったく・・ねえ?」
「いやらしい目で見るな。」
「見てませんって、ほんと!せめて、まぶしそうなな目ぐらい言ってよ。」
「我はヒカリモノか。」
「ヒカリモノはアギュでしょ。」
ガンダルファは首をすくめた。
「アギュも随分、雰囲気が変ったなあとは思ってはいたんだけど。前に較べて威厳あるしね。あ、これ口すべり過ぎ?」
「ワタシはもうヤセネコではなくなったのですか?。」
「ちぇ、根に持つとこは変化ねーのね。いらんでしょ、そんな記憶。」
(どんな記憶も記憶は大事にょ~)

「我々の時間で150年ぐらいかな?」シデン・シデンはしかめつらしくうなづいた。
「アギュにとっては、あっと言う間のことじゃないの?」
ガンダルファはちょっと嫌みを言う。
「長かった・・」アギュレギオンは顔を二人にに向けた。
「ミンナを集めるまで。」
ちょっとしんとなった。おだやかな視線にガンダルファは心が動揺する。
(良かったね、ガンちゃん!)ドラコが先回りして余計なことを言う。
彼はワームの口をつまんだ。(もごもご)



「聞きたかったのだが。今まで機会がなかった。」
シドラ・シデンは声を改めた。
「我達を集めたかったのか?・・ユウリの星を守る為・・」
「ワタシは部隊の編成の権限を得ている。アナタ達を呼ばなくて誰と一緒に守るのか?」
アギュレギオンの光は少し暗くなる。
「ユウリを守れなかったワタシに、一つだけやれることが残っていた・・
ユウリの星を守ること。ミズカラの運命に耐えきれなくて宇宙の果てに逃げてもどうにもならない・・そのことをあの時に、ワタシは理解した。
ワタシが正気でいる限り、ワタシは逃げない。」
再び、臨界進化体は強く輝きを放つ。
「この星を守り続けることが、ワタシの存在する意義になる。
ワタシはやっと、有り続ける理を得た。二人の命をミズカラにして。」
オレンジ色の輝きが彼の中から広がる。それは青と蒼とに混ざり合い、紫色にも緑とも混ざりながら、玉虫色に自在に変化する。自らを織りなす美しき衣。
内なる光に照らされて今、彼は晴れ晴れと微笑んだ。
「ミンナも手伝ってくれるか?」

シドラ・シデンはハッとした。
ガンダルファも胸を突かれる。
柔らかな声音こわねは、かつて良く知る少女の声を想い起こさせた。
かの者の笑顔がその者ひとの笑顔と重なる。
懐かしいユウリの面差しが、光輪に縁取られたかの者の顔から覗いていた。
ガンダルファは悟った。
アギュはユウリとカプートから人とのコミュニケーション能力をもらったのだ。
臨界進化体が他の人類達と生き続ける為の力。

シドラ・シデンは迷わなかった。
彼女はまっすぐ進み出た。
「アギュレギオン、我の短い生のすべてをおぬしに捧げよう。」
顔を伏せ、膝を突く。
「おぬしの中にユウリもいる。共にあることは我の喜びとなる。」
「ぼ、僕だって!」
負けじと、ガンダルファも跪ひざまづく。
アギュレギオンは少し苦笑した。恥ずかしかったのだろう。
「そんなに大事おおごとにしなくても良いのだが。」
かの者は頭を掻いた。赤い光がはじける。
ガンダルファは顔が上げられなかった。彼は泣いていた。
「嬉しいんだ、アギュ。ユウリ、カプート、やっと会えた。」
アギュレギオンは彼の伏せた頭にそっと手を乗せた。
「ありがとう。ガンダルファ」
そして、もう片方の手を無言のシドラの頭に。
「ありがとう。シドラ・シデン」
そして続ける。
「勇敢なるワーム、バラキとドラコも。ワタシに力を。」
(任せるのにょ~!)バラキの咆哮。背景は渦巻き、ドラコは跳ね回った。
(ガンちんよりはすっと役に立つのにょ~!)
「おいおい、黙ってりゃまた、勝手な事を!そんなわけあるか!」
(ガンちんは泣いたのにょ~!泣きべそかいたのにょ!)
「くっそ~!」
ガンダルファは目をこすると慌てて跳ね上がり、ドラコを追い駆けた。
シドラ・シデンもアギュレギオンに促され立ち上がる。
「アギュのしたことは今でも許せない。」
彼女は相手の目を見て、ひるまずに告げる。
「アギュはもういない。おぬしは別物だ。よくわかった。」
アギュレギオンはもう一度、微笑むとシドラの手を放し宙空に舞った。光が急速に増す。
まぶしい光に振り向いたシドラのシルエットが黒く浮かび上がる。


「二つのモノが混ざり合い、一つの光を抱く。まさに宇宙の有様ありようのようである。」
アギュレギオンは自分だけにつぶやいた。
「すべての命の行き着く先、いつの日かたどり着くまで・・ワタシはここで待ち続ける。」
かの者の目にはもはや建造物を透かして広がる、蒼い宇宙そらしか見えない。
「神が触れたと言うなら、用意されたモノをワタシは受け取ろう。」

輝く者は飛び去った。

GBゼロ-17

2007-10-16 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-17  輝く者-4




アギュは横目で隣に座る少女の生き生きとした眼差しを盗み見た。
ユウリは遥か、星々をじっと見つめて微笑んでいる。
「どこか遠くへ行ってみたいと思わない?」
「・・オマエの故郷か?」
無重力リングの中は空気があるので光がレンズのように白く満ちている。
特殊な材質のチューブのおかげで血液が沸騰することはない。ちょっと汗ばむだけだ。
「確かに、あたしのアースは遠いけど・・もっと遠くよ。」
ユウリはアギュを見つめた。
その黒いつややかな目からアギュは目を反らした。
ユウリはその意味を勘違いした。
「そうか・・アギュはもう意識だけならかなり遠くに飛ばせるんだものね。」
ため息をつく彼女を強く意識しながらもアギュはその目を見れなかった。
「そうでもないさ・・オレだって。もともとそんなに遠くまで行けやしない。200年ぐらい前に、スパイロに行ったのが最後かな。最近はあまり遠出もしてないし。」
「つまんなくない?」
「いや。・・ここも結構おもしろいから。」
ユウリはその返事にうれしくて捕まってたブイの回りをグルグル回転した。
「珍しい!アギュからそんな返事が出るなんて!」
「ちぇ!」舌打ち。「断じて、アイツらがいる所為じゃないからな!」
勢いに合わせてユウリは声を張り上げる。
「アギュ、あたしが言ってる遠くはね、もっともっと遠く!」
ユウリが手を放したのでアギュは避けきれず彼女を受け止めるはめになる。腕に飛び込んできたユウリの目をまともにのぞき込んでしまってドギマギする。
まつ毛の濃い、黒い目がやさしく潤んでいた。
「例えば・・宇宙の果てとかさ。」ユウリの慣性に巻き込まれる形で二人の体は一緒に重なる。「始まりとか、終わりとか。」仕方なくアギュはユウリの体に手を回す。
「見たいって言ってたじゃない、アギュ。」
「・・そうだな。」
やがて勢いの付いた二人の体は惑星ベラスの陰に入りチューブの壁にぶつかりそうになる。少年が回転して壁を蹴ると、今度は二人の位置を逆転して跳ね返った。日陰は肌寒く感じた。まだ、アギュにもその皮膚の感覚は辛うじてわかる。
ここは唯一、二人きりになれる場所。監視も盗聴もないのは確認済みだった。イリト・
ヴェガは少なくとも悪人ではない。任務に忠実な役人だが、嘘つきではなかった。
「寒くないか?」庇いながらおずおずと聞いた。少女はニッコリと首を振った。
「一緒に行けるといいね。」ユウリは夢見るように囁いた。
「でも・・オマエの故郷に帰らなくていいのか?」アギュは目を伏せた。
「一緒に行けばいいじゃない?宇宙の果てに行く前に。二人で寄り道、ね?」
ユウリはアギュの暖かい青い光に包まれて幸せそうにため息を付いた。
少年の腕にも瑞々しい少女の鼓動が伝わった。柔らかな髪の香り。鮮やかな赤い星のかざり。それは、冷たい平坦な宇宙空間に浮いた、はじけそうなユウリそのものだった。
「でももう、別に行かなくてもいいかも。銀河系よりも遠くに行けるんだったら。
だって、そんなのまだ誰も見たことないよ。想像しただけでわくわくするね。どんななんだろうって思わない?」
「オレ、ちょっと怖いよ。」アギュは正直な気持ちを吐露した。
「オレほんとはどこにも行きたくないんだ。オマエみたいに前向きでもないし・・冒険したいとも思ったことないから。」
ユウリはアギュの体とも光とも付かない髪にそっと触れた。それはかすかに震えていた。
「大丈夫。大丈夫よ、きっと。
耐えられる力を貰ってるから、あなたは選ばれたんだもの。」
「オレの前の臨界進化体たちってどこにいるんだろうな。検討もつかないよ。」
アギュは悲しげにつぶやいた。
「その時になったら・・わかるんじゃないかしら?テレパシーみたいに。」
「ほんとはオレ、ちっともヤツラに会いたくなんかないんだ。会うのが怖いよ。ただ・・他に行くとこがないなら・・やっぱし、そこへ行くしかないのかな。」
(かわいそうに。)口には出さず、ユウリは強くアギュのか細い体を抱きしめた。
でも、その思いは強すぎて、臨界しているアギュには隠せなかった。
「大丈夫。あたしがいてあげるから。あたしがずっと。」
その言葉が真実であることもアギュには伝わった。自分の心と体の真ん中がほんのりとあたたかくなる幸せに泣きたくなった。ユウリといるといつもそうだ。
ずっと、ユウリといたい。
ただ・・。
「・・その話だけど・・」やっと重い口を開いた。
無邪気な少女の目を見るのはつらかった。
動き出してしまった。動かしたのは自分だ。まだ、やめることはできる。引き返せる。
カプートの正体を知った時に感じた、焦げるような憎しみはもう、収まった。
カプートと寄り添うユウリの姿が耐えられなくなったのは、遠い昔のような気がする。
「・・その約束は反古にしてもいいんだ。」
とうとう、言ってしまった。
「?」少女は意味を飲み込めずに首をかしげた。
アギュは第23惑星の方をふいに熱心に見つめ出す。
「オレ、もう大丈夫だよ。・・友達もできたし。なんか、作り方もわかった気もする。」
「ほんとう?」まだ冗談だと思っている。
「だから、もう。」息を吸い込んだ。
「オレから離れて行っていいんだ。」
ユウリは驚いて目を丸くする。
「アギュ?」
「だからさ。」イライラと早口になる。「オレはもう一人でへーきだってこと!やっていけるから。だから。」ユウリの表情が曇るのを感じる。「あの時の約束は守らなくていいんだよ。オマエはお父さんと星に帰っていいんだ。」
「嘘。」ユウリはつぶやく。「でも、父は帰れるかわからないのよ。私の母の星には。違法を犯してしまった星だもの。父の出身惑星には帰れるでしょうけど。一人で母の星に帰るなら意味がないわ。」
「オレが・・交渉してやるから。」
「アギュ?なんでそこまでするの?してくれるの?」ユウリはアギュの目を捉えようとする。「あたしがいない方がいいの?あたしがいると邪魔?」
アギュは覚悟を決めてユウリの目を受け止めた。この震えが伝わりませんように。
「アイツさ。カプート・・アイツが誰か知ってる?」
「誰って?」少女はただ当惑する。
アギュは顔を近づけると(そうすると目を見ないですんだ)早口でそのことを告げた。
彼の正体。
「アギュ・・嘘・・カプートが?」
ユウリは黙り込んだ。カプートとの秘密を考えてるのがアギュにはわかった。
再び、焦げ付くような思いが戻って来そうになる。アギュは自分をはげます。
「オレが知ってるのはこれで終わりだ。」声が高くなる。
「オレ、ヤツも解放してやろうと思うんだ。所長とうまく交渉すれば、オレには自信がある。」
ユウリは言葉を飲み込んでアギュを見つめる。
「オマエはアイツと行ってもいいんだよ。」ここが正念場だった。ユウリの目を見て、笑顔を張り付かせる。
「アイツはオレだから。」
「何を言ってるの?」
「オレの代わりにアイツと幸せになって欲しいんだ。」声とは反対にアギュの心はダンダン冷たくなって行く。「アイツもオマエが好きみたいだし。星に帰って、アイツとパートナーになってさ、子供も作って・・」
「やめて!」ユウリは激しく打ち消した。「そんなこと言わないで。」
でも、アギュにはわかった。わかってしまった。
ユウリの精神の鎧は動揺して穴だらけだった。
アギュの心は捻じれた。
「とにかく。」アギュはユウリから体を離した。ユウリはあらがわなかった。
「考えておいてよ。この話。」
その時、チューブの空気が微かに振動した。誰かが無重力チューブに入って来た。アギュは、ユウリから後ずさった。
「アギュ・・」ユウリは上ずった声を絞り出した。「あたし、考えたくないわ。」
その答えはわずかに遅かった。それは、混じり気のない本心でなかった。
わずかなためらいの色。さっきのような透明な色は消えてしまっていた。
アギュの体と溶け合った心は、キリキリと痛んだ。全身が締めつけられるような悲しみの怒りに。
「・・考えるんだ。」
アギュは踵を返した。加速する。
ユウリの手の感触、優しい声の感触を心から振り払う。
ユウリは付いて来なかった。

アギュの光は暗く染まった。寒さに芯から震える。
それでも、カプートのことを考えると再び胸が焦げた。
ほんのちょっとでも。ユウリが揺らいだことが許せなかった。
それは嫉妬だった。
やり切れなさに目をつぶる。
ちくしょう。
なんでオレばっか。こんな目に。

近づいてくるのがガンダルファだと途中で感じる。
彼は微かに口を曲げた。ガンダルファ、変なヤツ。
ほんとに臨界進化なんてロクなもんじゃない。
そんなこと、面と向かって言ったのはアイツが始めてだ。
まったく、その通りだぜ。なれないヤツはホント、幸せだ!
ガンダルファは嘘が付けない。付こうともしてない・・。
楽しかったな・・。キャッチ・ボール。
「友達。トモダチか・・」笑いがもれる。
アイツだってオレとは嫌々付き合ってるんだ。
ちくしょう。

ガンダルファと別れた後には、アギュの心は更に真っ黒になっていた。
アイツだってオレのクローンと遊んでいる方が好きなんだ。
シドラ・シデンはオレが嫌いだ。いつもいつも、顔に書いてある。
ミンナ、死んでしまえ。

どうせ、ほっといてもミンナ死んでしまう。
オレより先に。オレを一人、残して。
カプートも、ユウリも。
それなら、いっそ。
二人が一緒に死ぬ。
アギュは意地の悪い笑いを噛みしめる。
死んでしまえ。
二人で幸せになれ。

ミンナ、ユウリが悪いんだ。




そして天蓋号から飛び去る一瞬。食い入るように見つめるユウリをアギュは無視した。
側に寄り添うカプートの手はユウリの肩の上にあった。
その手は所有を表わしていた。彼の目は挑戦的にも、アギュを哀れむようにも感じ取れた。アギュの心は押しつぶされながらも、吠えたけった。

幸せにしてみろよ!こんな状況で!
オマエにできるものならな!



アギュレギオンの回想は一瞬のことであった。
しばしの沈黙があっただけだ。
物問いたげなシドラ・シデンの視線に微笑みかけて彼は自分だけの物思いから覚めた。
「スクールから帰ったアギュの活躍はすごかったもんな・・」
何も気付かないガンダルファは気だるそうにつぶやいた。。
「当時はどうしちゃったんだろって思ったさ。ユウリが死んだせいで・・随分、恨んだこともあったけど。」彼は頭を振りドラコをポンポンと叩いた。
「でも・・アギュも色々あったんだな。何も気付かなくて・・わるかった。あの後、あんたが連邦でしたことは・・良かったと思ってるんだ。カプートの・・夢をあんたが実現したんだからな。」
アギュレギオンは微笑むだけで話を続けなかった。
「おぬしが続けろ。」シドラが不意に命令する。
「えー!僕?」
「広報なんだろ?」彼女が彼に向けて顎をしゃくる。
「そりゃ、そうだけどー」
「お願いします。」アギュレギオンも彼を見る。「アナタが一番、話がうまい。」
ガンダルファはちょっと復活する。
「そうかなぁ。そうだろうなぁ。」
「さっさと話せ。話したがり!」
「よしよし。仕方ないなぁ。」ガンダルファは腕をもむ。
「じゃあ不本意ながら僕が。」乗りが早い。
(ガンちん、乗せられてるにょ~)

しかし、アギュレギオンだけは再び自分だけの記憶に沈み込んで行った。

GBゼロ-17

2007-10-16 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-17  輝く者-3



ユウリは誰かの気配にハッと目覚めた。
「麻酔が切れたか。」誰かの声。まぶしいライトの下、彼女は顔をしかめた。
背中に固い金属のような感触。手は動かなかった。
「あなたは・・?」
「ごめんなさい。」
真っ青な顔の若者が彼女の側にいた。
手術台のようなベッド。体が固定されていた。
「騒ぐなよ、女。すべては私の許可のうちだ。」
その後ろに見覚えのある笑い顔があった。
二人をとりまくように幾人ものおぼろげな人影。
実験室の計器。動力の光。大きな試験官の体液の泡があがる。
遠くからの声。

「このカンブリアンの遺伝子は今だ例のないものですから。」
「始祖の血が濃い。臨界する可能性も大きいのでは?」
「未分類アースの純正の原始星人で試したいところですな。まあ、今はこんなハーフしか手に入らないから仕方がないか。」
「ハーフ体の遺伝子は人類保存法上、使用許可をとるのは難しいのでは?」
「ここは治外法権だ。臨界遺伝子と同じ方式で門外不出なら文句はないだろう。」
冷たくケフェウスが言い放つ。
「許可なんぞ待ってたら、卵を取れる次期を逃してしまう。」そして見渡す。
「誰か、臨界進化体が産れる瞬間を見たくないものがいるのか?」
反対の声はなかった。
「臨界さえすれば、どんなフライングも許されるのだ。」
「今のうちに、できるだけの卵子を取り出すのだ。」
ユウリは震えた。これは悪夢に違いない。噂では聞いていた。無関係なことと思っていたのに。怖くてたまらなかった。
やさしい声がかかる。「本当は意識がないうちに行うことなのです。」
はげますように続く。
「あなたが目を覚ますとは思わなくて・・すぐに意識を取り除きますから。」
ユウリはカプートを見つめた。彼の声を聴くと落ち着くのがわかった。
二人の目が出合った。

「薬は追加しなくていい。」ケフェウスが言う。
「しかし、所長!」カプートが色をなす。
「規則上・・」
「うるさい!規則がなんだ!」移動機械がうなりをあげ、彼は退くしかない。
「今は私が所長だ!私が絶対だ。」
ケフェウスは薄い手袋に覆われた指を伸ばしユウリに触れる。その冷たさ、痛みにユウリは思わず目をきつく閉じる。嫌悪に小刻みに震えた。
「生意気な小娘。父親に会いたいなら、せいぜい協力するがいい。誰が権力者かよく考えることだ。」
「しかし、あなたは・・!」
カプートはケフェウスが所長にはけしてなれないことを今は知っていた。
「口答えは許さない!」怒号が飛ぶ。
カプートは唇をかんだ。しかし。彼に逆らうことが違法な生存者である自分にできるだろうか。
「暴れなければ・・痛い思いはしませんから。」ユウリから目を反らした。
ケフェウスは許さなかった。
「最近、お前は私の権威を笠に着てるらしいじゃないか?」
「そんなことは・・!」
「血統の悪い原始星人のお前が勘違いをして思い上がってしまうのも仕方がない。お前は私の唯一のパートナー。得意になって身をわきまえない行動をとるのも無理もない。
私は寛大だ。何と言っても、私のすべての研究をやがて受け継ぐ運命共同体なのだから。」
カプートに笑いかける。
「お前に楽しい任務を与えよう。直々の特殊任務だ。」
機械を上昇させた所長は凍るような笑いを浮かべて二人を見下ろす。
「一度、原始人の交尾と言うヤツをじっくり見てみたかったのだ。今後の繁殖実験の参考にな。」
ケフェウスがカラカラと笑った。
カプートの体が硬直する。
「どうせ、つくるのはお前との子供だ。」
「できません。」
「時間がもったいない。さっさと始めろ。」
「できません。」
「私に逆らうのか!さあ、やれ!」
震える彼の唇をユウリは見つめていた。


ここで彼が断れば、彼は2度とはい上がれないだろう。原始星出身者はいつだってそうだ。どんなに優秀でも。ケフェウスは彼をパートナーから外し、いくらでも他の助手を選ぶだろう。カプートは、ここを追い出され、原始星に戻されて一生をその中で終わるだろう。そしてあたし。あたしが断れば、あたしは又収容所に戻されるかもしれない。父は長い刑期をむなしく送り、あたしは遠い故郷に帰ることはない。アギュにももう、会えなくなる。彼はあたしの支えなのに。アギュは悲しむかしら?あたしと会えなくて。
ユウリは目の前で苦しむ男を見た。無駄な抵抗を続ける男を。ケフェウスは今にも切れてしまいそうだ。彼に罪は無い。彼はいい人だ。だから、こんなに葛藤している・・・。
「・・大丈夫」はげますように、ユウリは必死に呼びかける。彼がこちらを見る。意味がわからないでいる。笑顔を作った。
「ほら、みるがいい。原始人。」ケフェウスが嘲る。「このメスの方がずっと素直だ。」
「もう、・・いいから。」
彼女は彼の目を捉えてうなづいた。
「お前が欲しいとよ!」ニュートロン達の哄笑が二人を取り巻いた。
「さすが。臨界進化体を虜にした淫売だけのことはある。」
ケフェウスが唾をユウリに吐きかけた。



嫌な記憶だった。アギュレギオンは振り払うかのように少しだけ頭を振った。
回りを渦巻いた光をガンダルファが不思議そうに見つめている。
彼の回想は続く。ある転換点となった日のアギュ。
そして生気に満ちあふれていたユウリ。

GBゼロ-17

2007-10-16 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-17  楔~輝く者-2




「もっと、もっと念を込めるのだ!集中しろ!小娘!」
金属は微かにブーンと振動したがそれきりだった。
「もっと上の波長で共鳴させてみろ。」
ユウリはしびれた腕をソリュートから放した。
「無理です。教官」消え入りそうな声で答えた。
「鉄から電子を取り出せるお前が、できないわけない!」
「火花を踊らせることと、破壊することとでは力の方向性が違うのでは?」
たまらず418は割って入る。
「なんだと!私にケチを付けるのか?」
「いえ、とんでもない。コツを掴めばたやすいのではないかと・・」
彼は青ざめた少女に目をやった。
「私が言いたいのは、それには時間がかかるのではと・・」
「・・わかってる!」苛立ちを抑えるかのように深く息をした。
「おまえからこのカンブリアンによく言ってやったらどうだ?。」にやける。
「同じ原始人同士、話が合うんじゃないのか?コイツは臨界進化体にしか媚を売らんらしいがな。」
ユウリは顔をそむけ、418は内心のため息を押し殺した。また、始まった。
「そろそろ、時間です。中枢議会から、報告が入るのでは?。」
「おお、そうだった!」ケフェウスは相好をくずした。
「私が最高研究所の所長に任命される辞令がな!。こうしては、いられない。後始末を頼むぞ。」
ケフェウスがつと手を伸ばすとユウリはビクリと体を避ける。
「毛嫌いされたもんだ。小娘が。誰のおかげで臨界進化体の側に居れると思ってる?」
ユウリは固まる。その顎を乾いたニュートロンの指が捉える。教官の指輪が頬に食い込む。
「だが、おまえのソリュートはすばらしい。」ケフェウスは手を放すと指を拭った。
「お前の遺伝子が凍結されていることは惜しいことだ。私が所長になったら・・」
「そうしたら   父は解放されますか?」ユウリは思い切って言葉を発した。
「それは  」まだ上機嫌の教官はもったいぶる。「お前次第だ。」
移動機械はうなりをあげて上昇した。
「後は頼んだぞ。カプート!」
ケフェウスに続くように、ニュートロンの補佐官達もまるで、後始末は自分らの仕事ではないと続いて外へ出て行った。
後には数人が残された。
カプートと呼ばれた青年は、残された数人の原始星人の助手達に手短に指示を伝えた。
ユウリは疲れた体をイスから起こすと静かに彼に目礼をしてドアへと向う。
彼も言葉をかけるではなく、無言でユウリに挨拶を送ると他の助手と共に機材のかたずけを始めた。
「・・相変わらず、やってくれるな。」
「所長代理と同等の口の聞きようだ。」
「そりゃ、教官のアレですからね。」
聞こえよがしに仲間が話し出す。
いつものことだから、すぐに自分のこととわかった。
「原始星出身者なんてせいぜい雑用が精一杯なのにね。」
「うまいことやったもんだ。」
「どういう手を使ったやら?」
彼は手早く自分のものと教官のものをまとめた。
後ろ姿になおも中傷の言葉が浴びせられた。
「どうせ偽装だろ?ニュートロンがパートナーなんて聞いたことないぜ。」
「ニュートロンってしないんじゃないのか?」
「そんなこともないんじゃないか?わかんないぜ?」
「あいつ、教官のペットらしいぜ。」
「それじゃあ、さぞ×××・・」

聞くに耐えないような言葉。固めた拳が震える。彼はギュッと目を瞑った。
「うわっ!」その時、大きな悲鳴で背後が破られる。
「なんだ、これ!液が勝手に!」
418は振り返ってあきれた。大きなシリンダーに溜めてあるテスト用の試液が部屋に飛び散り彼等は液まみれだった。
「おまえがぶつかるからだろ!」
「そんな?ばかな!」
「お前が不注意なんだ!決まってる!」「なにを!」口汚くののしり合う。
418は意地悪い笑いを押えて平静に命じる。
「早く片づけないと、教官が知ったら減点ですからね。」
そう言うと、急ぎ足で出口に向った。

彼はドアの陰にいたユウリを捕まえることに成功する。
「ご、ごめんなさい・・!」ユウリは飛びすさった。
「立ち聞きするつもりはなかったの、あたし、忘れ物を・・」

忘れ物は赤い星の髪飾りだった。
「自分で作ったの?」拾って廊下で手渡すと通路の端へと導いた。
「ええ・・布で。あたしの星ではこういうものを子供はよく作るのよ。」
「上手ですね。」418は素直にそう思った。
「古風な星なんですね。スクール育ちは手作りなんてしませんから。」
「ごめんなさい。」後ろを向く。
「?」
「あたしの為に・・またあの部屋に・・」彼女は言葉を濁す。
「大丈夫。みんな掃除に大忙しでしたから。いつになく真面目に。」そう言うと手をのばしてユウリの腕を掴んだ。ユウリの手の中の小さな石。彼女のソリュート。

「なんであんなことを?」
418はすばやくささやく。
「わかっちゃった?」手を掴まれたまま、ユウリはニッと笑う。
「あなた以外にあんなこと、できないでしょう?」
418も釣られて笑い返した。
「驚いたな。極限まで疲れていたんじゃないんですか?まだ、あんな余力が?」
ユウリは視線をそらすとモジモジする。
「まさか。」418は気が付いた。「あれは、演・・」
「言わないで!」ユウリの手が彼の口元をふさぐ。
「教官には言わないで。お願い!」
つま先立ちで必死に418にすがる。やわらかい良い匂いがする。
「・・」418は名残を惜しみながらも彼女の手を顔から外した。
「どうして・・ですか?さっさとすませれば、あなたの嫌な実験は早く終わるのに・・」
「あたしのソリュートを馬鹿にしないで!」ユウリはツンとする。
「あたしのソリュートは人殺しの道具になんかならないのよ。」
418は合点が言った。あきれた声が出る。
「あなた、それで今まで・・あの実験の間中、ずっと・・抵抗していたんですか?」
「悪い?」ユウリは挑むように背の高い彼を見上げた。
「いや、それは・・しかし。どうりで、成功しないはずだ・・あんなにやってるのに・・おかしいと思ったんだ・・」
「教官に言うの?」心配そうな見開いた目。
「論理上、あっていたんだ・・ぼくの正しい事が証明された・・」
418は物思いから覚めると晴れ晴れとした。
「言いませんよ。ぼくが間違ってたわけでないことがわかったから。」
「本当に?」ユウリは本気で驚く。「だって、あなた・・」
「教官のパートナーですか?」皮肉がこもる。
「それとこれは別です。あの人とは便宜的な関係ですから。」
「研究者同士の運命共同体ってやつね。」ユウリはうなづく。
「ニュートロンの研究の跡継ぎに選ばれるなんて、とても優秀なのね。」
「それは、どうですかね・・」苦い思い。自分を縛りつけ、一生を監視するためとは言えない。
「あたしも。」ユウリは悲しそうに続ける。「色々、言われてるの。」
「臨界進化体・・」
「アギュよ!彼には名前があるのよ!」彼女は憤る。「彼は記号じゃないの!」
「・・すみません。」418は胸を突かれた。
「そういうの嫌い。アギュもそんな風に言われるの嫌ってるわ。だって、」
言葉を切る。「彼は人間だもの。あたし達と同じ人間!」
418の声は低くなる。「アギュも・・人間・・なんですか・・」
「当たり前じゃない!」
改めて目の前の怒りに頬を染めた少女を見つめた。
「あたしとアギュはなんでもないのよ。すごく仲がいいだけ!なのに・・」
唇を噛む。「みんな陰でコソコソと噂してるの!汚い噂!。」
少女は口元を拭った。「だから、さっき勝手に心が動いてしまったのよ。」
投げ捨てるそぶり。せいせいしたとばかりに手を払った。
「あたしの平和の為のソリュートが!敵意に反応してしまうなんて。」
彼女は済まなそうに手首に巻き付けたにび色の石を撫でた。
「修業が足りなかったわ。可愛そうに。」
418は驚嘆の思いを隠してその様子をずっと見つめていた。
なんと言うことだろう。誰もが恐れ入るケフェウス所長代理に敢然と立ち向かうとは。
小柄な体になんという、強い意思。
これがに竜骨に選ばれしソリュート使いという者なのか!。
418は羨望を覚えた。
「あなたにも、悪かったわ。」遠慮がちに目を向ける「余計だった?」
「いいや!全然!」418は痛快な気分だった。
「ありがとう。ユウリ。」
「あなたは?」
「カプートです。」418は間髪入れずに答えた。
「よろしくね。カプート!」唇に手を添える。「でも、内緒。内緒でよろしく!」

その生き生きとした表情は、ソリュートの実験中はけして見れないものだった。
「アギュ・・」彼はつぶやく。この少女ともっとも長く過ごすと言う臨界進化体。
「・・うらやましいな。」知らず知らず声に出ていた。
「あら、なんで?」目を丸くする。
「彼には、あなたと言う友達がいる・・ぼくには誰もいないから。あんな奴ら、友達とは言えないでしょ?」
「・・そうよね・・」ユウリはちょっと黙った。ちょっと考える。
「教官は・・?」
「ぼくを奴隷としか思ってませんよ。」
「あんなやつ・・」ユウリもうなづく。「最低よね。」
「最低です。」相づちを打った。
「・・・友達に、なる?」
思い切ったようにユウリが切り出す。
「ぼくとですか?」
内心、嬉しかった。そう言って欲しかった。
「あなた、実験中あたしを助けてくれたでしょ?さっきだけじゃない。ほんと、いつもいつもあたしを庇ってくれてた。ほんとにありがとう。」
ペコンと頭を下げた。
「ほんとに・・友達になってくれるの?」
「はい。お厭でなかったら。」
「お厭じゃないです。大歓迎です、けど・・その、どうしましょうね・・教官の手前・・臨界、いやアギュの手前・・」
彼は言いよどむ。
「・・ぼくと仲良しになったら、彼、気にしませんかね?」
「アギュはそんな焼きもち焼きじゃないわよ。」ユウリはニコニコする。
「ぼくはオメガ・スパイロの出身なんです。」思い切って告げる。鼓動が速い。
「!」
「この目は・・アギュと一緒なのでは・・ないですか?」
「アギュの目は・・今は青一色よ。」真剣にのぞき込む。「燃えるような青。」
「・・そうなんですか。」ほっとしたようながっかりしたような。
「アギュの目・・昔はそんなだったのね。その色もきれい。」ユウリは感慨深い。
「そのことは黙ってればいいわ。精神武装してれば、アギュは踏み込まないから。」
「はい。でも、この目は・・」
「変装するとか。」
「変装?」意味がわからない。
「大丈夫、方法があるから。」
「方法?」
「教官にも知られない方法よ。」
カプートは半信半疑だった。初めて少女をうさんくさく感じる。
「アギュとも、会ってみたいです・・きっと、無理でしょうけど。教官がゆるしてくないだろうし・・」
「カプートさんは、いつ寝るの?」ふいにいたずらっぽく尋ねた。
「寝るって?普通に寝ますけど。」
「秘密、守れる?」
「ええ。」腑に落ちないながらも、力強くうなづく。
そんな二人をさっきの助手達がジッと遠くから見ていた。
「また、なんか言われそうですね。」カプートはほろ苦く笑った。
「また一つ、悪い噂が増えるだけ。」ユウリも笑った。




ケフェウスは所長になれなかった。その夜、彼は荒れた。
「この私が、スクールごときの総監督とは!ふざけおって!」
カプートは彼の身の回りの世話をしながら、当たられてもジッと耐えていた。
「そうだ、お前!」急に機嫌の良い声を出す。「そう言えば、聞いたぞ。」
部屋にまき散らされた書類や部品を辛抱強く拾い集めながら、いぶかしげに見つめた。
「お前、アギュレギオンのペットにご執心ならしいじゃないか?」
「・・誰が言ったんですか?」誰が言ったかわかっていた。
「私というパートナーがいながら、浮気者だな。」思わず顔をしかめた。
「そんなに嫌がることもあるまい?冗談だ。原始人のカップルだったらそんなことを言うんじゃないか?」ニヤニヤと相手の不快を楽しむ。
カプートはケフェウスが移動装置を移る手伝いをしていた手を止める。怪訝な思い。
所長代理は上の空でにやついている。
「良いことを思いついた。ただし、時間がない。どうする?」自問自答。
「おもしろい目論見だ、見逃せない。」
ふと作業がとどこってることに気が付く。「何をしてる!早くしろ。」
このグズが、と毒づく。「私に触れるな!」カプートは不注意を詫びる。
「そうだ。カプート。」口調が変る。
「今までお前の遺伝子で随分、繁殖したがどれ一つとして臨界しなかったのはわかってるな。」
「はい・・」逆らわない。
「やはりコピーはマスターには及ばないと見える。」
「すいません・・」今までも繰り返された何十回、何百回の同じやり取り。
「やはり神に選ばれし者と私は違います。」
そう、臨界しないクローンなどまったく価値がない。ただ一つ、自分の所有物であることをのぞけば。私が見つけて来た、あの娘と同様。
「連邦に置いてまだ一度も誰も試してない遺伝子とはどうかな?」指輪で音を刻む。
「ただし、新しい所長が来るまでが勝負だな。」
急にじわじわと不安が広がった。

GBゼロ-17

2007-10-16 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-17   



        楔

 
2匹のワームがほぼ同時に船に到達するかしないかで、船は砕け散った。
スローモーションのように、コマ送りでガンダルファは記憶する。
「穴に逃げ込め!」
声にならないシドラの叫び。
急ブレーキでうなりをあげるドラコ。
バラキが巨体で彼らを包み込む。
間一髪でワームホールにバラキは突っんだ。
その盾がなければ、彼等は3次元宇宙で激しい崩壊に巻き込まれていただろう。

呆然自失の時。その一瞬。
次元と次元の狭間に雪のように残骸が飛ぶ。
急激な膨張の余韻。船内の爆圧で空間は歪み  わずかな酸素が数秒で燃え尽くされると   一刻いっときすさまじい力で凝縮した。しかし、すぐにエネルギーが奪われると共にすべてはゆっくりと飛散していった。
粉々になったデータはしばらく異次元の中で辺りあたりを漂い、やがて砂のように崩れて次第に闇に溶けていった。
ガンダルファは見た。彼の前に流れて来たきらめく陽光のような輝き。それは彼とシドラの回りにつかの間、まつわり付きほどけて行った。

僕はそれをとっさに掴もうとしたんだ。
なんでだろう?その時どうしても、それを捕まえなくてはならないと思ったんだよ。
でもそれは僕の手を通り抜けた。掴めなかったんだ。
「・・・」シドラは無言で身じろぎした。

むなしくあがくガンダルファの手から光は擦り抜け、遥か彼方へ散り散りに溶け去った。




{やった!}クルー達の狂喜の叫び。
アギュレギオンは見知らぬドックにいた。
さっきまでユウリを見ていた。あれは夢だったのか?ユウリが燃える、嫌な夢。
見慣れぬ金属のドームを自分の光が照らす。
目障りな反射光が憔悴した彼の目を射る。
どこか、遠くからぼやけた声がかかる。
{よくぞ・・いらしてくれた・・}
カバナ人艦長は管制室で感激に震えた。その感激につい警戒を忘れる。
{これが臨界進化体・・!この船に迎える事ができた・・!}

アギュレギオンは足下を見た。
回りに一緒に収容された船の残骸が散らばっていた。
かつて移動機械だった、捻じれ歪んだ溶けた金属。焼けた肉の匂い。
足下にあったモノ。それは見間違えようがなかった。
それはかつてカプートと呼ばれた肉片。
髪は焼け縮れ皮がめくれて白い砕けた頭蓋が覗いている。しかしその千切れた頭に奇跡的に無傷で、美しい顔が残っていた。
目を閉じて口を固く結んだ顔。爆発と熱によって少しまくれ上がった唇から歯が覗いていた。強く勇敢であろうとした若い男の顔。
顎にはまだ血がこびりついていた。

アギュは艦長の言葉を何一つ聞いてなかった。
ドックの回りには戦闘要員がひしめいていたが目に入らなかった。
湧き上がってきたモノを怒りと名付けるだけでは足りなかった。
アギュの中で何かが音を立てた。





「生きてるか」
シドラの詰まった声がした。
ドラコはぐったりと縮んで足下に落ちていた。僕は機械的にドラコを抱き上げた。
なんの思考もなかった。ドラコはダラリと垂れ下がった。ピクリともしない。
「オスは力を秘める。メスの力は滴のように溜まる。」シドラは力なく笑った。
「オスは爆発する。そして使い果たす・・」
僕らはバラキのとぐろの真ん中に抱えられるように守られていた。
「見ろ」
シドラ・シデンはワームの巨大な2枚のヒレが繊細に掴んでるものを指差した。
それは、さっきの陽光の欠片だった。それは揺らめいて輝いた。
僕は涙が出てきた。それはユウリのソリュートだった。
ヒビの入った小さな楽器にオレンジの炎のように光がまつわり付いていた。
シドラ・シデンの顔もくしゃくしゃになった。「美しいな」
僕は思わず手を伸ばした。
「よせ」そっと首を振る。
「我々では掴む事ができないんだ。さっき、見ただろう?」泣き笑い。
僕らを突き抜け、指の間を漏れて往った黄金の水銀。
ユウリの魂。
僕は嗚咽した。
「そう言えば」シデンが目を拭い、顔を上げた。
「アギュはどこだ?」
「ふぇ?・・あ、アギュ?」
「アギュでも間に合わなかっただろう・・これでは」
涙の跡が残る暗い顔で辺りを見渡した。




リオンボイドの前線基地が捉えたのは、何重にも折り重なった次元のどこかで起こった
激しい爆発だった。
その規模は核融合に匹敵すると思われた。
しかし、それはこちらとは違う次元での出来事。正確な観測は不可能だった。
こちらの宇宙は凪のように静かだったから。
ただ、臨界進化を捕捉したと伝えた通信を最後に潜航船が連絡を絶ったと言う事実だけがカバナ・ボヘミアンの首都へともたらされた。
乗員の身内に訃報が伝えられると、彼等は泣く事はせず胸を誇らしげにそびやかした。

前線から進行していた遊民部隊は、連邦部隊が追走するのを何事もなかったかのように黙殺し自らの領内へと引き返して行った。
たったそれだけの事。
それは何も起こらなかったのと同じことだった。

「お主がやったのか?」
シドラは疑わしげにだった。
「おそらく。」
「覚えてないの?」ガンダルファも首を傾ける。
「記憶がない。」
「そうか。じゃあしょうがない。」あっさりと引く。
「無から有を作ったというのか?ソリュートもなく。」
シデンだけが尚も信じられないとつぶやく。
「ソリュートでもできるとか、言ってたんだから同じだろ?」
アギュレギオンはその問題については、まったく興味がないようだった。
「続けよう。」
やらねばならない義務を黙々とこなすように。



二人がワームホールから戻るとバラバラになった船の残骸が漂った真ん中に、ポツンと蒼い光が浮いていた。
アギュは泣いていた。
なすすべもなく、子供のように。声を上げて。

「アギュ・・」ガンダルファは自分でも込み上げてきて、途中からなんと言っていいかわからなくなった。
「アギュ!」シドラ・シデンはやや強く呼びかけた。
「よく聞け!」長い腕でアギュの腕を掴んでやや、乱暴にバラキに引き寄せる。
「このどアホが!ばかたれ!」シデンも涙を拭おうともしなかった。
「ほんとにこのばかが・・!バカ野郎が!」
アギュをガンダルファと二人の間に立たせた。
アギュは泣きやんだが顔が上げられなかった、目からはじっと滴があふれつづけていた。
そんな壊れたような表情に浮かんだものは、ガンダルファの心を動かした。言いたい事が山ほど浮かんだが、アギュに対して初めて彼はそれを口にしなかった。
その代わりに彼はバラキが大事に持ってる光を黙って指さした。
「ユウリの魂の・・欠片だ・・」よく喋れなかった。
シドラ・シデンが代わって優しく説いた。「おぬしが持っててやれ。」
「我々ではダメなんだ・・」ためいきのように溶けていった彼女の声。
アギュは最初、よく聞き取れなかったのかもしれない。
アギュは黙って二人を濡れた大きな目でをまじまじと見較べた。
ガンダルファはアギュの目を初めてまともに見たと思った。
自分は今まで何を見ていたのだろう。
その目は、求めてもけして得られない者の飢えた眼だった。

ガンダルファは言葉を失い、ただうなづいた。
フラフラとドラコが彼の手から舞い上がった。
アギュは頬に滴を光らせるままに、無言で顔を上げる。
小さなワームがしっかりとくわえたそれを、アギュは震える両手で受け取った。
手の平の中にソリュートと光はスッポリと収まった。
屈みこむアギュの蒼い顔が金色に染まった。光が混ざり合い美しい紫に反射する。
その中心で陽光はキラキラと揺らめいた。笑ってるように。
「ユウリ・・」ガンダルファはそのきらめきに、ついつられて微笑んでしまう。
「おぬしが持っていた方が・・ユウリが喜ぶ・・」
シデンはその言葉の痛みに顔を背けた。
「・・不思議だね・・」二つの割れた声をアギュは絞り出した。
「・・この体・・まだ、こんなに流す水が残っていたんだ・・」
アギュの頬を伝う涙は陽光を反射しながら、手の平へとこぼれ落ちて行った。
臨界進化体の流す涙。輝きはそれをただ黙って受けとめ続けた。
アギュは笑おうとしたが、顔が歪んだだけでうまくいかなかった。
そして・・
アギュは手の平ですくうようにしてユウリの魂を飲み込んでしまった。
ソリュートの欠片と共に。
止める間もなかった。
でも、誰も止めなかっただろう。
固く目を閉じる。「ユウリ・・」和音の声がその名を奏でた。


バラキが方向を変える。
巨大な戦艦が急速に近づいてくる。
小さいボートが次々と放たれてこちらへと向かってくるのが見えた。



「その後のことは、アナタ達の方が良く知っている。」
アギュレギオンは物憂げに続けた。
シドラ・シデンは静かに光に視線を送る。
「おぬしはそうすると二人の記憶を持ってるわけだな。」
「アギュとカプートの?」
ガンダルファはアギュレギオンを仰ぎ見た。
光成す者はうなづいた。
「ワタシは楔くさび。二つの記憶の狭間にある者。」


アギュと418の記憶を合わせてアギュレギオンとなった者は遠い眼差しをした。
それは彼の胸にしまわれた遠い記憶。

GBゼロ-16

2007-10-15 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-16  418-4




残されたわずかな時間。
ユウリもすでに、唄ってはいなかった。その耳ももはや、何も聞いていなかった。うつろな表情で瞳孔が開きかけた乾いた目、口から涎をしたたらせながらも楽器にすがってかろうじて立ち続ける。滴が蒸発し霧となってユウリの顔の回りを漂う。ヒューヒューと喉からは空気のもれる音。
足下に横たわるカプートはいつの間にかひっそりと息を引き取っていた。
そのことを知ってか、知らずか牙のように攻撃的なソリュートだけが彼女の想いを継いで鳴り続けていた。強い意思だけに鳴らす事を許す楽器が。
かつて魔法生物だった竜骨は伝説の使い手との出会いをどれほど長い間、待っていたことだろう。
楽器はそれ自体の力を存分に発揮し始めていた。
床を伝って四方から、立ち昇る低い禍々しい波動が絶えることなく船の金属を伝い艦内に響き伝わる。
人体の60%のH2Oへ。
物質の基本を構成するヘリウムへ。
それぞれの結合金属に向けた和音が次々と鳴り続ける。あらゆる複雑なリズム。
船は何度も何度も共鳴に寄って揺すられ、奥深い分子が徐々に壊れていく。
物質同士の結合が弱くなり、細かい穴がブロックのように無数に開いていった。
目には見えない、ミクロの穴。

同じようにユウリの体も細胞がズタズタに傷ついていた。
内蔵、血管、血液なにもかもが。

そこに大きな負荷が突然、かかった。
違う次元へのデータの変換。
穴だらけでスカスカになっていた情報にはひとたまりもなかった。
耐えきれず書き換えの途上で、データは崩壊した。




「船が壊れる!」シドラ・シデンの悲鳴。
バラキの雄叫び。加速。
ガンダルファは意味もなく叫び続ける。
頭が沸騰して真っ白になったかと思った。
瞬間、彼の手の中からドラコが飛び出した。
ドラコははじけるように膨張し、ガンダルファは小柄なワームを駆って宙を疾走していた。
でも彼がそれに気が付いたのは、ずっと後のこと。
加速したバラキに追走するドラコの上で、彼はいびつに歪む船を焼けるような思いで見つめ続けた。
まるで、時は止まってしまったかのようだった。
しかしすべては、何秒かの出来事。





部屋に蒼い光が出現した瞬間。
光はユウリの脳にスパークのように信号を送った。
誰よりもよく知るその気配。ユウリは即座に覚醒した。
そしてその時、ほぼ同時に、ワープがかかった。
何が起こったのか、ユウリにはわからなかっただろう。
アギュとカプートに起こったことも知る術はない。
彼女の愛した二人のアギュレギオン。

ユウリの目に燃え上がる自分の腕が見えた。
その指と指のすき間からアギュの懐かしい光が見えた。
驚愕に見開いた彼の目が見えた。
彼に会えた喜びに心は震える。

彼の孤独な生が、彼の牢獄がユウリには手に取るように見えた。
自分が本当にしたかったことは、その地獄からアギュを救うことだったのだ。

だけど
短い生しか持たぬ、自分に何ができよう?
(でも本当にそうかしら?)
炎をその舌で味わい、その匂いを嗅ぎながら
彼女は愛しい者に微笑みかける。
(アタシはけして彼を忘れないのに?)

それは消え去るユウリの最後の意識だった。

GBゼロ-16

2007-10-15 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-16  418-3



「だからと言って。」シドラ・シデンは話をさえぎる。
「ユウリを巻き込んだ言い訳にはならない。」
「ユウリ、ユウリ、アナタはいつもユウリのことだけ。アギュなんかどうでも良かったんでしょ?」光が笑う。
「当たり前じゃんか!」ガンダルファも腹立ち紛れに立ち上がっていた。
しかし、次のアギュレギオンの言葉は二人を当惑させた。
「アギュがそれで、傷付かなかったとでも?」

わかって欲しい。彼は彼なりにユウリを気に入っていた。彼が普通の人間だったら、異性として愛していたと、言っていい。
でも、彼には彼女を恨む気持ち、羨む気持ちがあったのだ。
「恨む?羨むってどういうことだよ!」
「死ぬことだ。」アギュレギオンは無表情にうなづいた。
「何千年の寿命を持つ者が、消し飛ぶような命しか持たぬ、二人の人間を羨んだのだ。」
「そんなばかな!」
「理解できない!」ジュラの二人は、同時に叫んだ。
自分を利用し散々いじくりまわし、彼の心に傷と恨みを残してあっと言う間に居なくなってしまう命。
自分に同情し心を寄せ、信頼させ愛させて・・自分を置いてさっさと死んでしまう命。
そんな儚い命にアギュは嫉妬した。
「だから、二人を窮地に追い込んだまま、逃げてしまったのだ。」
「おぬしの苦しみはわかった。しかし・・」シドラ・シデンは首を振った。
「そんなこと・・どんな言い訳しても、許せるか!」
ガンダルファはにじんだ涙を指で払った。
「アギュを許して欲しい。」臨界進化体は頭を下げた。
「カレは充分に罰を受けました。」
「罰?」面食らった声を出す。
「カレはジブンを失った。」蒼い光が髪のように床に崩れ落ちた。
「カレはジブンでなくなったのだから。」
「どういうことだ?」
(ガンちん、にょ、にょ~?)
「おぬし、まさか。」背後の黒い闇の囁きを受けたシデンは青ざめていた。
「何者なんだ?」




「お願いだ・・ぼくはユウリを命に代えて守ると誓ったんだ。でも、ダメだった。
ぼくはユウリに君を連れて戻ると誓った。」
カプートはアギュの体を放した。
「頼む、ユウリを助けてくれ!ぼくには時間があまりない!」
カプートの目が黒く濁り背後に溶け始める。輪郭が薄くだぶる。
アギュは思わず、カプートの体を掴んだ。
「オマエ!」
「今、ぼくの体が息絶えようとしている・・ユウリ一人、残して!」
「オマエ、オマエも死ぬのか?」アギュの声は絶望と羨望に震えた。
「オレは死のうとしたんだ!でも死ねなかった、オレは死ねないんだ!」
「頼む、アギュお願いだ!」カプートの体は風に乱される砂のように揺らいだ。
「ぼくはもう・・行かなくちゃならない・・」
「どこへ?オレも行きたい!」アギュは今にも消えそうな輪郭にしがみ付いた。
「わからない・・溶けていくみたいだ・・宇宙に・・」
「行くな!行くな!行かないでくれ!」アギュは叫んだ。
「一人になりたくないよ!」悲鳴。
「今なら、まだオレの体は精神と二つ、別れてる!まだ、今なら肉があるんだ!」
「・・どういうことかわかってるの?・・」カプートの口がかろうじて言葉を吐き出す。「オレはオレでなくなる、オマエもオマエでなくなるんだ!知ってるよ!」
「だけど、オレら限りなく近いんだから、きっと大丈夫だ、きっと!」
アギュは取り乱していた。だが焦った体からふと、力が抜ける。
「でも、オマエも・・同じ牢屋に閉じこめちまう・・」ダラリと手を放した。声が震えてよく聞こえなかった。
カプートの心は一瞬で決まった。
「早く!」手を差し出す。「ぼくを掴んで!」
強い語調にアギュも思わず手を出す。二人の手が再び繋がった。
「いいのか?」アギュの中にカプートが霧のように流れ込んで行こうとしていた。

「まだ、間に合う?」「まだ、間に合います」
「オレ、オマエとユウリにひどい事をした・・」「あなたはぼくです・・」
「ユウリを助けなきゃね」「ぼくが死んでユウリは心細いに違いない・・」
二つの意識が一つに溶け合って行く。
「ああ、もうぼくは一人じゃない・・」
「カプート・・君がいて良かった」
「ぼくはカプートじゃない」アギュに吸い込まれる朦朧とした影が最後に囁く。
「ぼくの名は、アギュレギオン418・・」



「それがカレの公式名称でした。ラベルに書かれた番号です。」輝く者は静かに秘密を明かした。その名前をまるで舌で転がすように味わった。
「カプートはケフェウスがすり替える為に、殺したスパイロの子供の名前でした。」
ほかの者達は息を潜めてかの者の話の続きを待った。



再び、船内。
無力感に打ちのめされるユウリ。彼女のソリュートも役に立たなかった。
次第に冷たくなるカプートの体。唇も色を失い、顔色は青白くなって行く。体温が逃げるのを止めようがなかった。彼はぐったりと泥人形のように次第に重くなって行く。自分にかかるその彼の重みにユウリの心も押しつぶされそうになる。
彼が助からない事をユウリは悟った。受け入れるのが辛く、やっとの想いでそれを飲み下した。
込み上げる悲しみ。しかし、それよりも強い制御不能な感情が悲しみを押しのけた。
視界が真っ暗になる程の眩暈。続いて激しい怒りに目の前が赤く染まった。
話してる声もまったく自分のように感じられない。
「あなたを殺します。」ユウリは自分の声がそう話すのを聞いた。
ユウリにもそれを押しとどめる自分の意識がどこか遠くで、凍結しているのを感じた。内なる感情は表と完全に一致した。むしろ、それは心地よかった。
ユウリは突然自分にそれができることを確信した。ソリュートを使えばできる、必ず。
なぜだかわからない。悲しくて切ない、そんな不思議な高揚感に彼女は満たされた。
彼女はカプートの体を放すと静かに床に横たえた。たのもしくしなやかだった腕を、男らしい指を大切に整える。彼女のヘアバンドから赤い星が落ちた。
それを拾い、男の組んだ手の上にそっと置いた。青い涙を付けたまま。
彼の息はほとんど止まっていた。
死の影が急速に彼の生き生きしていた表情を奪って行く。
ユウリは笑顔のケフェウスをジッと見つめた。静かに、強く宣言する。
「アギュもカプートも、あなたには絶対に渡さない。」



二人は穴の果てで、とうとうアギュを見つけた。
「あれはなんだ?!」
バラキからあれがアギュだと遠くの一点を告げられて、シドラは蒼天し絶句した。
アギュは空間に浮き、黒く渦巻いていた。
いつもの青い光が、鈍く濁り火の玉のように蠢うごめく塊と化して。
「なんだこりゃ?どうしたんだ?ほんとにこれあの、アギュ?」
ガンダルファも思わず声を上げる。
「気を付けろ!」
バラキはさらにスピードを上げて接近する。バラキの咆哮。強く低い振動が伝わる。



「フフン?どうするんだ?小娘が。」
ケフェウスは嘲った。面白すぎる。
艦長に侮辱され屈辱を味わった彼はこのカンブリアンの娘に嗜虐的な欲望を覚えた。
ユウリがソリュートを構えると、楽器は立ち所に姿を変える。
「そんなガラクタひとつでどうやって私に立ち向かうつもりだソリュート使い?役立たずのしょぼい楽器で?こっちは男が6人だぞ。」
せせら笑うと、小柄な男達がユウリを遠巻きにする。
ユウリの腕の中でソリュートが今まで見た事もない、禍々しい形を取る。
「まさか、色仕掛けはないだろうな?」ケフェウスは侮辱を楽しみ続ける。
「臨界進化体に捨てられ、その身代わりした男まで殺されたか弱い乙女が、今度は私をたらしこむつもりか?」
下品な言葉を味わいながら、クルー達を振り返る。
「だがあいにく、我々カバナ・ニュートロンはお前ら、原始人達と違って誰とでも交わったりはしないのだ。お前の汚れた遺伝子との接触などご免こうむる!」
手持ち無沙汰な男達は誰もがニヤニヤとうなづく。
「これからいくらでも同族の上等な女と子供を作れるわけだからな。」
しかしユウリは彼等を一瞥もせず、弦に触れる。
緩やかに振動が起こり、音楽が始まった。
「おやおや、誇り高い我々に自分の魅力が通用しないとわかって考えを変えたと見る。物騒なことを言っておいて後悔したのかな?このペットはとても利口だ。」爆笑。
「素直にしてれば可愛がってやってもいいぞ。そこの死体の代わりにな。」
ユウリの足下の動かないカプートの体に顎をしゃくる。
「さあ、私からお許しを戴きたいか?どうせなら、バックグラウンドミュージックでも奏でてもらおうかな?我々にとって役に立つお前の唯一の芸だ。」
船員達も下卑たニヤニヤ笑いを浮かべ目でなめ回す。
「お前の野蛮なストリップでもいいぜ。」野卑な掛け声がかかる。
「見るだけなら、汚れることもない。」
「そりゃ、いい余興だ!。」
「オリオンを離れたら原始人など動物園でしか見ることもあるまいからの。」
「そうだ。あの臨界進化体を骨抜きにしたお前の技でも見せてもらおうか。」
ひっかくようなケフェウスの笑い。
「どうせ、待ってる間の暇つぶしだからな。」
ユウリは目を閉じて、唄い始める。その表情は心なしか恍惚としているようにも見えた。
「こいつ、うっとりしてるぜ。」
「感じてやがるのか?」嘲笑が取り囲む。
それは思いがけず、静かな曲であった。むしろ、心地よいほどの。
「いいぞ。ペルセウスのナメクジ貴族の妾にでもなってお慰めする練習をしろ!」
「そうそう、従順にお仕えするがいい。そうすれば、奴らも悪いようにはしまい。
なにせ知性を持ったモンスターどもだ。中には際物きわもの好きも相当いるだろうよ。」
ケフェウスはクローンの命を奪った指輪をなめる。
「お前はペルセウス人との間に子孫が作れるか、試す材料にもってこいだ。」



統合が終わった時、青黒い火の玉は人の形となった。
アギュレギオンが再び蒼く輝き出した時、ワーム達がその場に到着した。
蒼い光の中心から何本も剣のように白い光がそそり立った。
アギュが顔を上げて、二人を見やった。
「ユウリを救いに行く。」
声は二つに割れていた。カプートの低い声と、甲高いアギュの声。
「私に続け。」その声が告げる。
アギュの体が流星となって虚空に放たれた。

「あいつ、誰?」
続いて疾走するバラキの上、ガンダルファは恐怖を押えてシドラに尋ねる。
「ほんとにアギュ?」
アギュはものすごいスピードで、ワームの遥か先を飛んでいた。
もはやバラキでも追走が精一杯だった。ドラコはガンダルファに抱えられるしかなかった。
「わからん。」シドラも不安を隠す。「だが、あんな奴他にいるか?」
バラキの声がビリビリと体を奮わせた。
「バラキがアギュだと言ってるんだ、アギュにまちがいない。」
シドラ・シデンは自分でも不自然なくらいにすばやく答える。
「アギュだ。アギュにまちがいあるか!。」
「そうだな。他にいるわけないもんな。」自分に、言い聞かせる。
「今は、ユウリが一番優先だ。」シドラも頭から振り払う。



ケフェウスが自分の体の異変に気付いた時にはもう遅かった。
倒れ伏す者。船員達が次々とうずくまる。
モニターの通信は今だ沈黙するまま、歌声とリズムだけが跳ねる。
彼は信じられない思いで、苦痛に歪んだ顔をユウリに向けた。
「貴様・・!」手を伸ばすがバランスを失う。
「その技・・お前!」
移動機械が激しくきしんだ。
「私をたばかって・・いたのか?お前・・ソリュートを・・!」
彼は機械を必死で平行に保ちつつ、焼けるような喉からかろうじて発する。
「あの娘を殺せ!唄わせるな!」
しかし、他の船員も皆、喉を掻きむしり、白目を剥いて床にのたうちまわっている。
すでにピクリとも動かない者もいた。
ケフェウスも耐えきれず、ゲボリと血の塊をはきだした。ユウリの歌は細胞をジワジワと破壊し初めていた。
体内の水分が激しく振動し細胞のひとつひとつを血液を破裂させていった。
「こ、こんなことして・・お前も死ぬぞ・・!」
動力を失った移動機械が力なく床に落ちる。ケフェウスはバランスを失い、機械から転がり落ち、萎えた下半身のチューブを引きちぎり体液をまき散らしながら、尚ももがいた。
「道ズレ・・か・・こ・・こムスメが・・」口から血が溢れつづける。流れ出た血は新しくしたたる側から、蒸発して生臭いボロボロの砂と化していった。
制御された船だけが表面的には何も変らず、そこに停泊し続けていた。
次元の狭間に潜む、遊民の船も異変に気付く事はない。


そのペルセウスの小型軍艦内。
{早く決断を!}1等航海士は悲鳴を押えた。
{船の耐時空限界が!構造耐久時間が迫ってます!一度、3次元に脱出しません と!}
{リオンボイドまで・・戻っては間に合わん・・!}艦長が決断をしかねた瞬間。
{来ました!}次元ボードの前のマスターの興奮した高い声。
{あれが!まちがいありません!臨界進化体です!}
眼前に広がる複雑な立体図形のボード上、その仮想空間を切り裂いて強い光点が、突然に出現した。
蒼い光は一直線にケフェウスのボートに走って行く。
{速度は光速の5分の1です。ありえません!}うわずった声。
{これなら時間内に到達する!}航海士の喜悦。
{ほんとうに生物なのか?}クルー達の押えきれぬ、興奮に船内は満ちた。
艦長は舌なめずりをした。船内ただ一人のカバナ貴族、特別な任務を任された栄誉。最高の機密を遊民のこの手に。決断を下した。
{点がボートに重なった瞬間・・我が艦に一気に収容・・!臨界警戒体制・・!ドックに全軍を配備・・噂の臨界進化との面談・・!}
{了解!}クルー全員が、声を揃える。

GBゼロ-16

2007-10-15 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-16  418-2



シドラ・シデンとガンダルファはスクールからワームホールに逃亡した、と見られるアギュを捜していた。
確かに、ワームと共にいれば現実との違和感はあまりなかった。
ワームホールのような異次元空間で肉眼でワームを捉えようとすると、ワームは幾つもの重なったブレた輪郭で捉えられる。
そのブレた部分が霧のように体を覆い、ワームは黒光りする半透明の黒い大蛇のように燐光を散らしながら悠然とうねって進
む。


「ちなみにそのブレはワームが複数の次元に同時に存在している証らしい。」
(そうなのにょ)
「真空や宇宙線、絶対零度等から彼等を守っているのだそうだ。」
「へーそうなんだ。シドラ物知りー!」
「コホン。勿論バラキが、だがな。」


その霧には包まれているとまるで時間が止まっているように感じる。暑くもなく寒くもなく、なんの音も匂いもしない。五感はまるで外に働かない。ただ、自分の体の存在だけを強く意識する。感覚がすべて自分の内側、体の中に閉じこめられてしまったような感覚。自分の体温、自分の内臓の動き、鼓動、血管を血液の流れる音、肺の息遣い、自分の匂い、すべてが肥大して感じる。
眼をこらすと、自分の手もブレて見える。
「我らはワームドラゴンと一心同体だ。」
シドラの声。頭に伝わる。
「僕ら、振り落とされたりしないんかな?」
ガンダルファはブレたワームのヒレに必死で捕まる。バイブレーターのようで捕まってるんだか、捕まってないんだか。
ピクニックで乗った時とは、かなり様子が違う。
「ワームと繋がりがある限り、放り出されることはない。」」
ものすごい早さで移動してるのだろうが、まるでスピード感はなかった。ただ闇が、いろんな濃さを持った闇が回りを流れて行く。単調なジェットコースター。時々、稲妻のように光が走るだけだ。
最初の警戒心はいつの間にか消え、普通にじゃべったり呼吸している自分に驚きながらもガンダルファは必死で目を配った。アギュを捜すとは言っても、肉眼はあまり役にたたない。だから、バラキとドラコの(主にバラキの)次元の目とその感覚が頼りだった。
彼等は文字通り、穴という穴を捜し回った。



そして、停泊した船内。
ユウリは震える手をくずおれた男の体をむなしく抱きしめる。
パニックの発作が彼女を襲っていた。
「カプートが死んだらどうするの?」激しくなじる。
「あなたはこの人がどうしても必要なんでしょう!」
「勘違いするなよ、小娘。」ケフェウスは吹き出した。
「そいつは色々、役に立った。私がオリオンにいる限りはな!」
にらみ返すユウリに柔らかく、残酷に告げる。
「必要なのはそいつのDNAだけだ。臨界進化体と同じ素材だよ。」
楽しそうに口を歪める。
「生きているか、死んでいるかは最初から問題ではないのだ。」
「そんな・・!」
見上げたモニターの歪んだ体がうなづく。
指定した地点に到達した為か、さっきよりもかなりデータは安定している。感度は相変わらず高くはない。パイプを吹き抜けるようなかつぜつのはっきりしない声が響く。
{その通り・・細胞さえあれば・くらでも培養がきく・・}
「肉片でも構わないってことだ!」
「ユウリ、ユウリ・・!」カプートが腕の下でもがいた。
「カプート!しゃべってはダメ!」くやし涙が溢れる。体が震える。
「アギュだ・・アギュを呼んで来る・・」
「何、言ってるの!無理をしてはダメ!ダメよ!」
「アギュだ!」
カプートは思いがけず大きな声でさえぎった。彼はユウリにすがって半身を起こした。
驚異的な力で。「いいか!」彼はモニターを血走った目で仰ぎ見た。
「臨界進化体を、ここに連れて来る!」カプートは叫んだ。口からは血が吹き出る。
「来るか!お前ごときで!」
「来ます!」カプートはケフェウスさえも一喝した。
「ぼくと彼の間には繋がりがある。ぼくは彼の動きが手に通るようにわかる。」
皮肉に口を曲げる。
「あなたも知ってるでしょう?あなたがそういう風に訓練したんだから、」
「お前がアギュレギオンを説得できるわけはない!」
「確かに、ぼくの為なら来ません。でもユウリの為なら、必ず来る!」
ユウリはカプートの体を抱きしめてすすり泣いていた。
「いいか。ユウリ。アギュは必ず来る。・・ぼくが連れて来る。」
カプートの力が急速に抜けた。
「ダメ!ダメ!」声がうわずる。
「ダメよ、カプート、来ないわ・・きっと、アギュは」
「いいかい・・必ず・・ぼくが・・連れて来るから・・」カプートの目が瞬く間に曇ったようになり、目が閉じられた。ユウリは彼の精神が彼の肉体から抜け出るのを感じていた。でも、まだ体は生きていた。彼の重みを両手に感じながら、為す術も無くユウリは体を抱きしめるしかなかった。もはや、ソリュートでも直せないだろう彼の内臓をさするだけで直せるならばと。

「ざれ言を!」ケフェウスはモニターに振り返る。
「早く収容してくれ!追っ手がかかっているんだ。」
しかし、モニターからは返事がなかった。
「おい!聞いてるのか!」
映像の肉の塊は体を揺すった。
{臨界進化・・見てみたいものだ・・}
ケフェウスの顔色が変った。
「だまされるな!あいつがおとなしく捕まるものか!あいつを閉じこめることができたらばこんな苦労するものか!」
{・・の説明は聞いた・・しかし・・見てみないことには信じられん・・
オリオンに出現したという最高進化・・この目で見たモノはほとんどない・・
・・・カバナ・リオンでは・・私が初めての証人となる。}
艦長の声は穴の様な声帯でくぐもっていた。
{・・それにまがい物より・・本物が欲しいと思うのは・・・自然の感情だ・・}
「我々が追っ手に捕まったら、もともこもなくなるぞ!」
{うるさい・・連邦に取り入った・・遊民の恥さらし・・}言い捨てた。
{幸い我々にはまだ、時間がある・・}映像が歪んだ。
{我々は臨界進化の細胞の為にこんなに無理をした・・・お前になぞ興味・・な い・・}
ケフェウスは口をパクパクして、絶句した。



再び、捜索隊。
突然、ワームホールの中の空気が変った。開けたような感覚。さらに密度の濃い、重い空間がガンダルファの6感に伝わる。胸騒ぎのように。
「バラキがこっちだと言っている。」
シドラはバラキの進むままに任せて、ワームの頭の定位置に立っていた。
「大丈夫なの?迷ったら、僕ら2度と戻れないんでしょ?」
ガンダルファはそのすぐ後ろのヒレの根元にどうにかうずくまり、ドラコは遅れながらも懸命にバラキの巨大な羽に付いて来ていた。バラキも小さいワームを時々、離れすぎないように複数のヒレで前へ押し出してかばっている。
「大丈夫だ。バラキが知ってる。」シデンも神経を研ぎ澄ましてワームと一体感を得ようとしていた。彼女にとっても初めての不安な体験。
目を凝らしてももはや同じ闇一色。バラキ以外、何も見えない。ここが開けたチューブ状になってることは体で感じ取るしかない。感覚を研ぎ澄ましてもワームホールは暗い圧迫感のある、無感の空間でしかい。
ただ時々、バラキと波長が完全に一致すると頭の中に青写真のように地図が浮かんでくる。シドラはこの最初の実地訓練で、その感覚を完全にモノにしなくてはならないのだ。
迷ってるヒマはない。
「どんどんと奥地に進んでるな。」
「それって銀河系の奥地ってことだろ?」
思わず、情けない声を上げるガンダルファ。
「アギュの野郎~遠足がすぎるぜ。」
恨めしくつぶやく。ドラコは会話に参加する余裕がない。




「やっと、見つけた・・」
カプートは心からほっとしたようだった。
「オマエ、どうして・・?」
「わかるって言っただろ?」カプートにしてはややぶっきらぼうだったかもしれない。さすがに捜し疲れたのだろう。
「それより、ユウリが危ない!あなたでなきゃ助けられない!」矢継ぎ早に目的を話す。「すぐ、ぼくと一緒に来て下さい!」
アギュは涙に濡れたボーッとした目でカプートを見返した。
「早く!ユウリにあなたを呼んでくると言ったんだ!ユウリはあなたを待ってる!」
アギュに感情も表情の変化も、ましてなんの反応もなかったので、さすがにカプートも焦れた。
「何してるんです!ぼくには助けられない、あなたの勝ちです。ぼくではダメだったんですよ。だから、早く。まだ、間に合います!」
カプートはアギュに掴みかかり、揺さぶった。
「聞いてるんですか?ユウリが危ないんですよ!あいつに殺されます!」
「そうか・・」アギュはなげやりだった。「ユウリ、やっぱり死ぬんだ・・」
「何、言ってるんですか?」
アギュは引きつったように息を吸った。笑ったのだ。カプートはジッとアギュを見た。
「いいんじゃ?・・どうせ、あいつは死んじゃうんだから・・」
カプートの手が無意識に動いた。アギュは頬を激しく打たれてたじろいだ。
「ここまで腐った考えをしてるなんて!」
カプートはすぐに間合いを詰めて逃がさなかった。
「何が最高進化だ!最低だ!どこまで、いじければ気が済むんですか!」
「オマエは自分が恥ずかしいだけだろが!」アギュは顔を押えた。
「オレなんかのクローンだから恥ずかしいんだろ?オレが卑怯でずるいから、ジブンが嫌なだけだろ!ジブンの為に怒ってるくせに!」
又、新たな涙で顔がくしゃくしゃになる。
肩をガッチリと掴まれたので逃げることはできない。
「アギュ・・」カプートは兄が弟を諭すようにゆっくりと話しかけた。
「ぼくはずっと、できそこないだって言われて生きてきました・・
あなたのように進化しなかったから。
スクールから出た時、ケフェウスは消されていた記憶をぼくに取り戻させたんですよ。
ひどい奴でしょう?。自分の支配下に戻すためにです。
チューブの中で5歳まで育った記憶です。
それから、ぼくはあなたになれなかった自分を愛せなくなった。自分をずっと、呪っていくしかなかった。」カプートの声は途切れ途切れになっていった。
「あなたのようになりたかった・・」
アギュは顔を拭いもせず、下を向いてじっと聞いていた。
「あなたのようになって、やりたいことがたくさんあったんです・・連邦を変えて・・原始星政策をやめさせて・・戦争を終わりにして・・あなたになれば、たくさんできることがあった・・」カプートの目にも涙が光った。
「やれることがほんとに・・たくさん、あるんですよ・・あなたは・・特別なんだから・・唯一の存在なんですよ・・!ぼくがあなたを誇りに思わないわけがないでしょう?」
声が詰まった。
「自分があなたのクローンだということ、それだけが・・ぼくに残された・・
最後の・・誇りなんだ・・」
カプートはアギュの折れそうな体に手を回した。
「だからぼくは、何があっても・・生きることができたんです・・」
アギュの喉がおかしな音をたてる。
「違う!できそこないはオレの方だ・・!」今度はアギュが泣く番だった。
「こんな体になっちまって・・オデは、オマエも・・みんなを苦しめてっ・・」
もう押え切れなかった。
「オデの・・オデの親がどうなったか・・オマエも知ってるだろ?オデなんか産んだ為に死ぬまで研究材料にされて・・死んだら死んだで切り刻まれて・・オデの兄弟も、オデの星の人も・・みんな!みんなだよっ!
ダレも、安らかになんかなれないんだがら!遺伝子までずっと、ずっとずっと汚され続けるんだ、イマも!これからも!」
むせび泣くアギュをカプートは黙って腕に抱いていた。
アギュの嗚咽が静まるまで。それから、静かに口にする。
「だから、自分を閉ざしたんですね・・」
「そうだよ!他に何ができる?研究なんかうんざりだった。ずっと体の中に隠れていたんだ。・・オレは、オレは会いに行ったんだ。肉体から抜け出せるとわかった時、すぐに。会いたかったんだ、家族に・・」
くしゃくしゃな顔で笑った。
「でも、会えなかったよ。みんな、まともじゃなかった・・母さんは自殺したんだ!でも死なして貰えなかった!蘇生されて・・卵子バンクさ!殺して、死にたいって泣くと
今度は薬ずけさ。オヤジは種馬だよ!最後の一滴まで絞り取られて、細胞が保てなくなるまで生かされ続けて・・死んで行った。兄弟も親戚も、星の人もみんな・・親のクローン達、オレのクローン達、オレの子供達・・オレは何もできなかった!見てたんだ!誰も助けられなかったんだ!」
アギュの目は悔しさと怒りでいつの間にか、涙が止まっていた。彼はヒューヒューと喉を鳴らして乾いた声で続けた。
「何千年かけても償えるもんか」
「あなたのせいじゃない。」
カプートは体を話すと、ジッとアギュの目をのぞき込んだ。
「あなたがやったわけじゃない」
「同じことだよ。」
「まだ、ユウリは助けられる。」

GBゼロ-16

2007-10-15 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-16



          418

ガンダルファは突然、激しく揺すぶられた。
「起きろ!アホ!」
「ほぇ?シドラ?」(にょ~?)
「ユウリが連れ去られたんだ!」
「っ?!」彼とドラコはいっぺんで目が覚めた。
「ケフェウスのヤツだ!逃げやがった!」
「ええっ?」跳ね起きた。「カ、カプートはっ?」
「カプートも一緒だ・・。」
シドラ・シデンは苦い顔をしてうなづいた。
「そ、そんな?なな、なんで!どどど、どしてさ?」動揺のあまり、どもりまくる。
「おそらくアギュが一枚、かんでる。」シデンは険悪な表情で肩をすくめる。
背後も不穏な空気。「バラキが途中まで見ていたんだ。」
「ま、待って、それでどうして?そんな?あ、あんたは?」ドラコがまといつく。
「我とおぬしはグーグー寝ていたようだ。残念ながら。」

その時、ガンダルファは自分の部屋にさらにわけのわからない者を見て驚いた。
「ええっー!って、ええーっ?」酸素を求めて口をパクパクする。
「夢?これってゆめ?」
それは、かつて目撃した歩く金剛仏の幻影。
「残念ながら、今回は違うの。夢のピクニックでもなくて、これは現実。」
ため息を付きながらイリト・ヴェガは近づいて来た。
金と銀の研究所のコスチューム。顔色は白を通り越して蒼白。
「アギュも消えてしまったの。」
「え、じゃあ、アギュも一緒?」
「それは違うと思うの。」イリトはぽっちゃりとした腕を組んだ。
「まず、なんらかのバリアーの不具合が起こってアギュが逃亡した。大混乱になったわ。
スクールも研究所も大騒ぎ。正直、直後にドック入りしたユウリを送る船の事は誰も気にしていなかった。アギュが乗ってない事はわかっていたから。ケフェウスを収監する船は軌道上で待機をしていた・・これ幸いと彼はそのまま船を奪って逃げたわけ。」
哀しそうにため息を付く。
「ここは臨界進化体に何かあった場合を想定して、すべての危機管理体制が維持されてるの。それで、すべての神経がそちらに行ってしまった・・続けて起こったそっちの事件は処理重要度が低いと認識されたのね。中枢司令部に上がるまでほんのわずかな誤差が生じてしまった・・」
「おぬしは、偶然と思うのか?」シドラが鋭く突っ込む。
「偶然でなくても驚かないけど、確証はないわ。」
「な何、あんたら冷静に議論してる場合じゃないだろ!」
ガンダルファは二人をさえぎって、我慢できず飛び上がった。
「とにかく、こりゃ、いち大事じゃないですか?何を悠長にしているんですか?あんた、あんた所長でしょ!」イリトを揺さぶる勢いだったがそれはシドラが阻止。
「まあ、待て。」シドラの手が所長をガード。
「なにをのんきな!呑気すぎるでしょ!エラいこっちゃ!」
代わりにシドラを引っつかむと、一気にまくし立てる。
「こりゃエライことなんでしょ?でしょ!何やってんだよ、シドラまで!ユウリが大変なんでしょ!ピンチなんでしょ!さっさとユウリの船を追い駆けなきゃダメでしょ!」
「まあ、あなた男の子なのに、おばちゃんみたいによくしゃべるわねー!」
「あんたに言われたかないや!」
「おい、言い過ぎだ。」シドラ・シデンは疲れ切ってるように見えた。
「な、何言ってんだ!わーっ!どうしたらいいんだよー!まったく!」
「少しは落ち着け。」
「落ち着けるか!これが落ち着けるかってんだ!落ち着いてなんかやるもんかってんだ!
どうしたらいいんだー、ユウリー!カプート!」
「わめいてると置いてくぞ。」シドラがやや投げやりに言う。
「?」
「行くぞ。初仕事だ。」

「私の特命ね。」イリト・ヴェガがうなづく。
(にょ~!)ドラコにつ突かれて事態が飲み込める。
「アギュはワームホールを使ってるのよ。二人に頼むしかないの。」
真剣な金色の瞳。「アギュの追跡。お願いするわ。」
「え?でも!じゃあ、ユウリは?」
「私が追うわ。スクールが全力で取り戻すわ。」
「所長命令だ。」シドラは沈痛な面持ち。「・・アギュの確保が先だ。」
「大丈夫。ケフェウスの船は大したワープはできないし。たかがしれてるわ。場所も特定できてる。これからすぐ高速船を出すとこよ。じゃあ、そんなわけでよろしくね。」所長、小走りに走りながら退場。
その後ろ姿にガンダルファもシブシブうなづく。
「では、行くぞ。」
「え?このかっこで?」パジャマのズボンと素足を見下ろす。
「今すぐ、だろ?」爆発した髪をいじる姿に軽蔑の眼差しを注ぐ。
「寝起きなんだけどさ。」
「とっととアギュを捕まえればユウリを取り戻しに参加できる、だろ?」
「パンツぐらい履かせてよ、」
「ワームにひっいてりゃ、どんなかっこだろうが死にゃあせん!」
「ええーっ!」ひるむガンダルファ。
「ワームホールなんて、産れて初めてなんだけど、いきなり?」
「我だって初めてだ。ワームで出撃なんてな!」ちょっと息をつぐ。
「入隊前に経験できるとは、まったく腕がなるな!」
シドラは持ち直した気配。ちょっと上昇。
「バラキ、所長の許可が下りてる。遠慮なく、ここで開いてくれ!」
かまわず、シドラが空間に呼びかける。するとすかざず、応じて渦巻く室内の空気。
ポッカリとした黒い穴が、激しいうねりの中心に瞬く間に開く。
「ぐずぐずするな!時間が経つとここが危険だ!」
シドラ・シデンはガンダルファとドラコを両脇に抱えるとそこに飛び込んだ。
「ひえええぇぇ~っ!」
悲鳴が吸い込まれるように消えると、瞬時にゲートが閉じた。
残ったのははだけたブランケットの乗ったままのベッド。
ガンダルファの日常を映し出す、散らかったままの彼の部屋。
何事もなかったような、静かな空間。



そして、ドラゴン・ボーイがワームを駆って初の任務に出発した直後。
ダークサイト進行から、遅れること小一時間。
第23番惑星からも巨大な戦艦が発動しようとしていた。そのコントロールルームに秘密理に幹部達が招集されていた。
「大げさにならない為には、この1隻が精いっぱいです。」
「生徒を人質に逃げた教官を追うだけの目的では。」
「ありがとう、根回しが大変だったでしょう。これで、充分よ。」イリトは落ち着いてパネルボードの前に座っていた。実際それは、本当なら戦時下の配置だった。
「向こうも戦隊をこんなオリオン連邦の真ん中にまで出す気はないはず。」
「どこかの次元に迎えの船が隠れてると思いますか?」
「おそらく。」イリトはパネルに目を据えた。
「ワームや臨界進化体でないなら、私でも充分、いぶり出せるわ。」
「まさか、アギュレギオンは、ほっておくつもりなんですか!?」
「あっちはドラゴン・ボーイに任せてあるの。」
「しかし・・三人とも逃げたらどうするんです?
「ジュラの二人を信じるしかないわね。」
イリトはさすがに青ざめた顔ながら、穏やかに自分に言い聞かせた。
「アギュはきっと帰って来るわよ。いくら予想以上にに流体化が早かったとしてもまだ、そんなに遠くには行けないはずだしね。行くとこなんてあるもんですか。結局帰るとこは他にないんだから。アギュのことは心配してないの。問題は・・」
自嘲気味に笑う。
「臨界進化体のDNAを奪われた上に、ソリュートも向こうの研究者の手に落ちたとなると・・私の命ぐらいじゃすまないわね。」
しかし、その口調は(例え、自分の命を惜しんでたとしても)それを恐れてるような感じは微塵も感じられなかった。
「ダークサイトの辺境への進行はただでさえ、協定違反です。でも、それだけなら一部の独断行動と見逃す振りもできる。」イリト・ヴェガは眉をひそめた。
「しかし、一連の動きが臨界進化体の細胞を手に入れるため、となると・・対面を失った連邦は休戦を破った付けを払わせる選択を取るしかなくなる・・再び、ペルセウスとの大きな戦争になるでしょう。」
イリト・ヴェガは一瞬、厳しい表情を見せた。しかし、すぐに回りを安心させるように微笑んだ。
「信じて待つ事も、所長の私の仕事なの。」



ちょうど、その頃。
アギュはワームの巣で巨大なワーム達に会っていた。
莫大なメモリー(情報)を操り、人間には想像も付かない何万年を生きるというワーム達。ワームホールの中の一番奥の奥に当たる、最大のホール。
そこには生身の人間など行けるわけはない。
アギュはその空間にポカリと当てどなく浮かんでいた。
「ダレか、ボクと同じような人間を見なかったか?」
声を限りに叫んでも、あの大きなバラキが子供に見えるほどの巨大なワーム達は彼に注意を払う事もなく通り過ぎて行く。何もないが何かがある、漆黒のボイドがさらに濃く満ちた無音の空間にワーム達は悠然と泳ぎ行く。半透明の黒光りする体が波のようにウロコを震わせると、チリチリと蛍光色が輪郭を浮き上がらせる。幾つもの次元を自由に動き渡るワームのそれが特徴と言えた。それゆえに時には、彼の体さえ平気で擦り抜けて行く。
アギュは今、人類として初めてまじかにそれを目にしていた。
彼はその感動よりも、さっきから不安にかられていた。
ジブンの声はカレラに聞こえないんだろうか?
ボクはカレラと同じ次元にいるんだろうか、いないんだろうか?
まだ、ボクにはここに来るのには早かったのか?アギュの胸に次々とむなしさが、心細さが溢れて来た。
その時、一際巨大なワームがアギュの側に近づいて来た。その大きさと言ったら、胴回りだけでも小惑星の直径ぐらいは軽くありそうだった。アギュは自分がまるで、生物の皮膚に寄生する微生物になったような気がした。鼻息一つで宇宙の果てに飛ばされてしまいそうだ。
(さっきから、うるさい虫だと思ったら人間ではないか。)
そのワームは明確に意思を伝えて来た。そんなただの想念すら、全身を痛みを伴ってアギュを嵐のように揺さぶった。アギュは眩暈を起こしかけ、苦痛に危うく涙をこぼすところだった。
「ボクと同じような人が、人間がここに来たはずなんです・・」
アギュは鼻声でようやく口にした。鼻の奥がツーンと痛い。
「知りませんか?噂でもいい。」
(知らんな)老ワームはそっけなく答えた。
「何千年も生きるアナタ方に知らないことなんてあるんですか?」
(何千年、生きようと知らんものは知らん)
「そんな・・」アギュは呆然としてしまった。
「じゃあ、みんなどこへ行ってしまったんだ・・?臨界進化体は・・」
「まさか・・まさかみんな、ほんとに星になって死んでしまったのか・・?」
ワームは8つの目をきらめかせながら、黙って聞いていた。
可可と笑う。
(お前達、人間の噂など、この辺じゃ誰もしないからの)
(わしだって、人間と契約する変わり者の種族をしらなければ気がつかんところだ)
アギュはどうしていいかわからず、ただ浮いていた。
(嘆くな。人の子よ。誰も知らんなど当たり前)
(さほど、宇宙は広いと言うことじゃ)
「宇宙の果てとやらに行けば会えますか?」
(すべての命の行く末に行けば会えよう)
「それは、どこにあるんですか?」
老ワームは再び火山の火口のような目をまたたかせた。オリオンの星座のようだとアギュは思った。
(生き抜いてみればわかる・・)
ため息のような息になぶられてアギュはクルクル回った。
「嘘・・」アギュは絶句した。自分を立て直す気力もなかった。
行く当てはなくなった。巨大ワームは黒い穴に消えようとしている。
アギュはさらなる奥へ為す術もないまま、銀河の中心へと漂い落ちて行きかけた。
と、ふと。
再び、老ワームが戻って来た。
(人の子よ。おのれは一人だと思ってるな。)
アギュは動きを止めた。
(でも、一人ではないらしい)
「うるさい!なぐさめなんかいい!」アギュはヒステリーを起こした。さっきまでの殊勝な態度はかなぐり捨てていた。
「オレはいつも一人だ!一人ぼっちだ!うるさい、ほっとけ!」
涙がほとばしり出る。嗚咽が漏れた。
(お前を必死で探してる者達がいる)
「・・ぞいづらは・・オデをじゃがしてるもんが・・オデがぼしいわけじゃない・・」
(その一人は、もうすぐここに来るぞ)
ワームはニャッと笑うと(おそらく笑えるなら)消えた。
「ごごに・・?」
アギュは顔を上げて、涙を拭った。鼻をすすり上げて回りを見渡した。
その時、青い光が微かに見えた気がした。
「・・カプート・・?」
アギュは自分でもよくわからないままに、ふと浮かんだ名前を思わず口にしていた。
確かに、それはカプートだった。
正確には彼の精神流体。

GBゼロ-15

2007-10-10 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-15  果ての天蓋号-2




「何してる、お前!どうやってここに来た!」
ケフェウスは唸った。
「教官。お願いがあります。」
カプートはユウリを庇いながらコントロール・ルームの中心に入っていった。
「誰か、こいつを捕まえろ!」
しかし、手を放せないクルー達は持ち場を離れることを一瞬ためらった。
ケフェウスを入れて、彼等は総勢6人しかいないのだ。ボートとはいえ、この規模なら最低10人は必要だった。しかも、次第に迫り来るベラス・スクールの追っ手から全力で距離を稼ごうと躍起になっているのだ。彼等は臨時の端末を挿入したばかりでこの船のコントロールを、まさにぶっつけ本番で確かめている最中だった。死体となって宇宙に放り出された正規のクルー達に聞くわけにはいかない。
「その必要はありませんよ。」
軍人ではない、小さな男達を見据えてカプートは言う。
「ぼくはおとなしく連れて行かれるつもりですから。どうぞ、中断なさらなくて結構です。」それを聞くとなんと反乱軍達は再び、作業に戻ってしまった。
時間を割いて、体の大きなカプートと争わなくていいことにとほっとしたに違いなかった。ケフェウスは舌打ちをする。
「お前、バカじゃないのか?」油断なく、カプートの方に移動機械を構える。
「ペルセウスでいいことなんか、何もないぞ!殊勝な心がけってわけでもあるまい?」
「取引をしましょう。」
「取引ぃ?」ケフェウスの声が思わず裏返った。
「何を言ってる?お前、何様のつもりだぁ?そんな立場にお前がいるか!」
「ぼくはおとなしく、あなたの手土産になってモルモットにでもなんでもなります。今までのように。」カプートは後ろ手で庇うユウリを振り返る。
「ただ、彼女は放して下さい。」
「できんな。」即座に答えるとニヤニヤする。
「ほんとに仲の良いことだ。そんなにその女が良かったのか?」
「脱出ポッドはまだ残ってますよね。確認して来ました。ただ、動力がない。」
ケフェウスは唇をなめた。
「忘れられんってわけだ。原始人どもの夢中になる交尾ってやつは恐るべきもんだな!」
「動力を下さい。ほんのわずかなものでしょう!」カプートはいらだった。
「お願いします!教官。」
ケフェウスは両手を組むと指を笑う口の端に持って行った。その口ではめた指輪の一つをなめる。「フフン。そんなにいいものなのか?」
その姿はカプートの言葉を検討しているようにも見えなくもない。
「我ら、進化体にはなんとも受け入れがたいが・・もっと研究してみる価値があったのかな?お前達でな、ふふふ」
「教官、早く!」
カプートは思わず移動機械に詰め寄った。
「触るな!」ケフェウスはカプートの手を跳ね避けようとする。
しかし、カプートの素早い動きの方が勝つ。彼は移動機械を押さえ込もうとした。
「放せ!」
「嫌です!」カプートの力は強かった。「ユウリ、早く!」
ユウリは言われるままに後ろから機械にはい上がる。
「触るな!このメスめが!」
怒りと嫌悪に身震いするケフェウスの喉下に鋭い工具を押し付ける。
「汚い、油が付く!この原始人が!」ケフェウスはわめく。「臭い!私に触るな!」
「カプート!」打ち合わせした通り、これでいいの?
「動くと喉が切れますよ!」
クルー達はもみ合う3人を見て驚いて顔を上げた。
「カプート!副所長になんてことを!」
「所長に受けた恩を忘れたのか!この原始人がっ!」
「そのまま!」カプートが命ずる。
「仕事を続けて。ただ脱出ポットの動力を入れて下さい。」
「こいつらを殺せ!早く、このメスを!」ケフェウスが唾を飛ばす。
彼等の一人が困ったように手を動かしながら答える。
「入れ方がわからない。それは、この端末には入ってない。」
「じゃあ、僕が入れ方を教えます。」
カプートが冷静に指示を出す。
「貴様等、言う通りにしたらただじゃすまんぞ!」
ためらう乗組員。
「しかし、あなた様の命が?」
「入れろ!」
クルーが屈みこむとカプートは機械に飛び乗った。
「さあ!ユウリ!」彼はユウリから凶器を奪い取る。「行って!」
「カプート!」ユウリは機械にしがみつく。「一緒に!」
「早く!さっき見たでしょう!脱出ポットへ走るんです!」
「ダメ!あなたも!」カプートはユウリを手で振り払った。
「誰がこの場を押えるんですか!ぼくはあなたを助けたいんです!」
カプートはずり落ちたユウリに叫ぶ。
「同情はごめんです!無駄にさせないで下さい!」声に暗い怒りがこもった。
足りなくなった重みで移動機械が上に跳ね上る。
いつの間にか、彼の片手はケフェウスの喉を締めつけていた。幾度、こうしたかったことか!。手に思わず力が入る。ケフェウスは目を白黒させた。
「は、離せ!苦しい!」カプートは彼のパートナーにピタリと身を寄せて低く囁いた。
「ユウリが離れるまでは・・生かしておいてあげますよ!」
ケフェウスがむせる。カプートはコントロールに励む人員に大声を張り挙げた。
「みなさんは自分の仕事を続けて!」まだ、ためらうユウリを見ずに叫ぶ!
「ユウリ、早く行け!」ユウリは出口へと走った。

その刹那。
「通信です!」別のクルーがボードから叫ぶ。
「α4131方向、目的次元地からのものです!」
「変換しろ!」ケフェウスがのど元も気にもせずに興奮してわめく。
ユウリがハッと振り返る。
カプートも一瞬、緊張したが、手は緩めなかった。
違う次元から発せられた通信は2度、3度と変換され再構成される。傍受されることを極度に恐れた為に解析度はギリギリに低いはずだった。
「いよいよ、来たぞ!カバナ・ボヘミアンだ!」
ニュートロン達の皮一枚の薄い肌が興奮で赤く染まる。
この時、カプートの研究者としての好奇心が彼を裏切ったのだ。
ほんのわずか、彼の注意が上にそれた。その時、彼の養父はうなり声と共に彼の呪縛から腕を解放し手の中で何かを動かした。
何が起きたのか、見ていたユウリにはわからなかった。カプートは絶叫した。断末魔のような声を長く高く上げると彼は床に落下した。ユウリは立ちすくんだ。
移動機械は舞い上がった。
「おめでたい奴だ。」
ケフェウスは嘲りの声を床でうめき、のたうつカプートに降り注いだ。
「私がなんの手も打たずにお前を泳がしてると思ってたのか!」
そして天井部に出現した巨大なモニターを嬉々として見上げた。
「お待ちしておりましたぞ。誇り高き遊民の仲間よ!」

画像は薄く乱れた。そして、映し出されたもの。
ユウリは声にならない悲鳴を押し殺した。
{オマエが・・臨界・・か?}肉の塊がたどたどしい音声を発する。
ケフェウスだけがたじろがずに深々と頭を下げた。
「お呼び立てしたケフェウスが私です。」
{・・臨界・・臨界・・はどこだ?}
「臨界進化体はここにはいません。しかし、そのDNAがここに」
ケフェウスは床を転げるカプートを指さす。
{・・それ・・もらう・・}
「では、我々も連れて行っていただけますかな?栄光のカバナ・シティに」
{・・了解・・合流地点に・・急げ・・収容する・・}
「そちらからも接近していただかないと。追っ手が迫っています。」
{・・急げ・・}
画像は激しく流れた。
「これが、限界か。」ケフェウスは舌打ちした。
「急げ!最大出力維持!」そして、忌々しげに付け加える。
「やけに、臆病だな。がっかりだ、肉団子どもめ。こっちは命をかけてるんだ」
「当たり前でしょ。ここは連邦の圏内よ。」

ユウリはカプートに駆け寄る。水の中を歩くように時間が遅い。
「こんなことして!もし、ここにダークサイトがいることがわかったら、戦争になるのよ!」
ユウリはケフェウスを睨んだ。
「自分のしてることがわかってるの?休戦協定を破棄させるのよ!みんなを巻き込むのよ!」
「さあ、知らんな。」ケフェウスは口を歪めて見下ろす。
「そんなことより、自分の男の心配をしてろ。お別れのときだぞ。」
ユウリは腹を押えているカプートの手を必死にさすった。
「ユウリ・・」
「カプート!どうしたの?どうしてしまったの?」
カプートは口を聞こうとしたが話せなかった。まるで窒息するかのように顔がどす黒く手が冷たい。強い指が苦悶で彼女の腕に痕を残す。
「あたしが、あたしが、グズグズしていたから、あたしが・・!」
「自己嫌悪は・・なしです・・言ったでしょ」絞り出されるうめき。
「あなたの・・せいじゃ・・ない。」
あえぐ口が笑った。
「ぼくの・・隙・・見てみたかった・・カバナ・・はモンスターでは・・ない」
「もう、話さないで!」
「あれも・・当然の・・宇宙・・人類の・・進化・・予想通り・・」
満足そうに目を閉じた。いかにも、カプートらしいことであった。
ユウリは笑うどころではない。
重いのたうつ上半身をやっとのことで抱え込んだ。体が熱い、燃えるようだ。発汗が激しく、心拍も早い。口の中が血だらけだった。
「何をしたの?」ユウリは鋭い視線を上に投げた。
喉を詰まらせる程の哄笑が彼女に降り注ぐ。
「ああ、おかしい。」
「言いなさい!何をしたの!」有無を言わせぬ、詰問。
「そいつを放牧するときにだ、」ケフェウスは身を乗り出して楽しげに唾をとばす。
「体に仕掛けをしたんだよ。スイッチ一つでバーンと内蔵がはじけるようにな!」
ユウリは最初、理解ができなかった。
「はじけて、後はジワジワと・・そいつのお腹の中は今やグズグズってわけだ。」
事実として、飲み込めなかった。
「いらなくなったり、やばくなったらすぐに始末できるようにってわけだ。」
手の中でスイッチを玩ぶ。それは銀の指輪の形をしていた。
「まさか、本当に使うことになるとはな。私だって愛着がなかったわけじゃない。ふふ。よく使い込んだ道具は使いやすいって言うだろ?」ケフェウスは眉を下げた。
「私に刃向かわなければ、こんなことにはならなかったのに、カプート。」
ユウリは凍りついたまま、呆けたように目を真ん丸くして見上げるばかりだ。膝にカプートの指が重みが絡みつく。カプートは苦しい息の下からケフェウスを侮辱する仕草をした。
「所詮、下等な原始人めが。もっと、早くこうするべきだったのか。」
ケフェウスは哀れむようにユウリに問い掛ける。
「カミシロ・ユウリ、これで満足か?みんな、お前がさせたことだ。」

GBゼロ-15

2007-10-10 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-15



        果ての天蓋号

ケフェウスはいらいらと移動機械を指輪でコツコツと苛め続けていた。
船に乗ることを考えて、手持ちの中で一番小さい機械しか選べなかったからだ。
彼は若い頃にやっと手に入れた、この機械を好きではなかった。性能も最新鋭の上物とは比べ物にならない。当時は若く、経済的に選べる物はこれだけだった。次はもっと、もっとと彼はここまで登って来たのだ。
それが、こんなことになろうとは。今は連邦の犯罪者、逃亡者。
いつものコーディネイトをするヒマも、築き上げたすべてを持ち出すヒマもなかったことも彼のストレスを増大させる一方だった。
機械の赤ともっとも上等のお気に入り青い服の取り合わせは、反対色によるハレーション以外のなんでもない。これはケフェウスの美的センスにおいては我慢ならないことだったの。でも、もうこれしかない。彼に残された物は。とりあえず。
ここは欲をかく場面ではない。彼は自分に言い聞かせる。欲をかいて身を滅ぼした身内を彼は何人も見ていた。

昨日の夢の中でのアギュレギオンとの会見は自分に残された最後のチャンスだった。(彼としては一睡もできない気分だったのだが、突然のあらがいがたい睡魔だった。後で確認すると、それはトータルで10分ほどのことでしかなかったのだ)
ケフェウスはその夜、朝まで呆然とモニターを眺め続けた。ユウリ、シドラ、ガンダルファ、カプートの曲線は一定時間、臨界進化体と完全に一致した。彼等が睡眠中になんらかの方法で同調していることはわかった。彼が見せられた臨界進化体の言葉が、夢ではないことは信じるしかなかった。
彼はまだ拘束されたわけではなかった。彼の権限が失われたことをまだ知らない職員もたくさんいた。彼にもはや何もできないと思った、イリト・ヴェガの情けが裏目に出ることにケフェウスは意地悪い喜びを感じた。馬鹿にしおって!自分だってニュートロンのエリートなのだ!。首都星のオリオン人の貴族どもが。
二つの流れ、カバナ系であるのかないのかは中枢では貴族と平民ほどの扱いの違いがあると言う話だった。
ダークサイトがペルセウスに付いてからカバナ・ニュートロンには、更にスパイ容疑が常にかけられることも増えていた。そんな時期に、犯罪が発覚したケフェウスには将来の恩赦の見込みもない。

彼は臨界進化体の持ちかけた計画に賭けることにした。その判断が、今出来うる最良の策と判断した。アギュの逃亡の手助けをすること。その引き換えに逃亡したアギュはダークシティに彼の通信を送る。アギュが本当にそうするとは彼は思ってなかった。ダークサイトが辺境に進行したこと、それを目くらましとして迎えの船がこちらを目指していること。それは彼にとって転がり込んだ大きな幸運でしかない。自分の強運にビビりそうになったほどだ。
すでに彼から奪われた臨界進化体が次には連邦から奪われることに彼はなんのためらいもなかった。なんと言う、愉快、痛快。
しかも、臨界進化体は研究所のかつての部下。イリト赴任と共に失脚した元部下達。ケフェウスを遊民の希望と慕い、カバナ人出身者に対する不当な扱い(彼等はそう信じていた)に密かに不満を募らせていたカバナ・ニュートロンにまで根回しをしてくれていたのだ。これには彼も驚いた。
「こうして又、副所長と仕事ができるとは。」
「こうなったら、あなたと共に。」
「毒を食らわば皿までか?」ケフェウスは言葉に酔う。「甘美な毒をな。」

ある意味、執拗でやり過ぎなまでの計画。
それは、臨界進化体がかなり前からこの計画を練っていた証だった。スクールの責任者だった頃の彼は臨界進化体であるアギュにそこまでの悪知恵があるとは夢にも思っていなかった。
アギュは知恵の後れた子供の様に誰もに扱われていた。大切に取り合うべき気難しい子供。誰にも心を開かない、あの忌々しいカンブリアンを除けば。
彼は違法に手に入れたクローン体を使ってアギュに同調させる実験を行い、ある程度の成果を挙げていた。クローンは使い捨てで便利な存在だが、連邦の規約に縛られて人道的な実験しか使えなかった。
どうせ、どっちみち処理してしまうのに人道的もあるか。彼は最高議会の決定を偽善的なくだらないことだと思った。
だから、彼はむごい実験を秘密裏に平気でクローン体に強いたし、違法を承知で実験体を誤魔化した。無許可の繁殖実験を行うためらいも微塵もなかった。なかなか楽しい実験だったし。どうせ原始人どもはほっといたって自分たちでつがいまくるのだから。
成果さえでれば、結局連邦もそれを受け入れるのだ。前例は枚挙にいとまが無い。結局、自分が手を汚したくないのだけなのだ。ならば、この自分がそれをしてやろうではないか。
ケフェウスに頼りきりの前所長はそれを黙認し続けた。彼が研究費をちょろまかして捕まるなんて間抜けなミスさえ犯さなければ。あれはほんとに良い時期に死んでくれたと、ケフェウスは思い出し笑いを浮かべる。あの後、すんなりと自分が次期所長にさえなれれば、なんの問題もなかったのだ。忌々しい、イリト・ヴェガめ。
自分の先祖が遊民系であるせいに違いないと彼は呪った。こうなれば、せいぜい目覚ましい成果を挙げるしかない。オリオン連邦の中枢に、嫌でもここにケフェウスありと認めさせるには。


彼の一番の成果、宝物は成長したクローン体、カプートだった。ケフェウスの努力もあるがカプートは今までで一番、すぐれた素質を持つ実験体だった。同じクローンでも少しづつ能力に違いがあることがわかったことは重要だった。主にチューブで育ち、孤立して育てた者は能力が育たなかった。犬や猫と同じだ。原始星の環境のように子供の頃は能天気に、仲間に混じって色々な刺激を受けて育った者は能力が高い。彼はクローンを普通の子供のように育てることを思いついた。
長年の辛抱強い放牧、その甲斐あって案の定取り戻したカプートはすべての点で高い能力を示した。助手として申し分なかった。あまりあったと言ってもいい。
何より最大の成果は、本体との高い同調能力にあった。臨界進化体の心の動きは、カプートを通じてある程度完全に掴めた。せいぜい好き嫌いだとしても大きな進歩に違いなかった。
道具であるクローン体に、さらに磨きをかけようとしてる最中だったのに。
あのカンブリアンの女と出会って、あいつまで使えなくなりおって!
繁殖実験をしたことも大きな原因に違いないが。まあ、しかし。
もともとあいつも自分のクローンマスターである臨界進化体の女に興味をそそられていたのは明白だったからな。その願いを叶えてやったのだから、私としてはむしろ寛大な処置過ぎたと言ってもいいかもしれない。
まあ、臨界進化体と同じ嗜好なのだったのは致し方ない。

今思えば、それが結局、三角関係となって臨界進化体の心の均衡を崩したのだろう。
浮気者の女への制裁だな。ケフェウスには、想像すると楽しくてしょうがなかった。
所詮、出身が原始星人なのだから仕方がない。最高進化と目された存在がなんとも、下等な感情に簡単に支配されてしまうとはな。
500年ごときでは、まだまだタダの人と変らないと見える。やっと臨界進化体の感情の部分の変化が、あらわになりかけてきた。クローンとあのカンブリアンをもっとうまく使って刺激すればもっと赤裸々な感情を爆発させることにも成功しただろう。いつから、人としての感情と1線を画すのか。それを知ることは重要なことだ。素晴らしいチャンスだったのに。返す返すも残念なことだ。
あの連邦で唯一の存在として甘やかされわがまま放題の大人子供におもねり続けた日々。カバナ・ニュートロンなど糞同然に直視もしない、あのアギュレギオンが自分に頭を下げると言う昨夜の陶酔を思い返す。私しか頼る者がないと言わしめたのは、誰あろう!この私ではないか!
勿論彼には臨界進化体から受けた恩に感謝するなどと言う真摯な気持ちは微塵もなかった。なんの疑いも抱かなかった。自分と臨界進化体は対等な関係なのだ。
現に臨界進化体は一度、自分に報告に戻ってきたではないか。
それは自分が見捨てた為に惨めな境遇に陥った2人に自分の優位を誇示したいが為かもなとケフェウスは推察し、同感する。それから、臨界進化体は悠々と逃亡していった。
スクールでの自分の女と自分のクローンには一声もかけず。
そのおかげで、私はなんの苦労もなくこの船を手中に収めることができたのだ。

すべてはオリオン腕とペルセウス腕の間にある、あるけど何もない空間リオン・ボイドに浮かぶダークサイトシティにたどり着けば取り戻せるはずだ。
失った富、栄光と地位。臨界進化体のDNAを持ち帰った自分は、最高の待遇を得られるはずだ。それは約束されたも同然だった。
「全力で。」ケフェウスは声を嗄らす。
「帰りの燃料は考えなくていい!」
なるべく早く、連邦の中央を脱してペテルギウスよりの辺境近くに到達しなくては。
「所長に追いつかれるなよ。」
追っ手の船を強く意識していた。
「全力です!」
「出力が違いすぎます!」
「コンタクト地点にできる限り近くの空域まででいい!逃げ切れ!」

ケフェウスは額の汗を指で拭った。彼は汗も嫌いだ。ニュートロンはめったに汗をかかない。汗腺が極端に少ないためだ。しかし、この状況では無理もない。
イライラとその指を機械になすりつける。
口の中はカサカサだというのに!こんな体液など、汚らしい。これじゃ、まるで原始体みたいではないか!獣と同等の!
その移動装置には補給機能が付いていなかった。
「水を寄越せ!」
忙しく操舵ボードを操る、近くの部下を呼びつける。
船員となったかつての部下は逃げる方はどうすんだととまどった目を向ける。
「いいから、こっちが先だ!」ケフェウスはそれで更に苛立った。
「ダークシティに着いたら、報償は望み放題だぞ!」
ケフェウスは鼓舞する。
「我らは差別多きオリオンを離脱する!我らは今日からカバナ・ボヘミアンとなった!オリオン人共に我ら遊民の力を思い知らせよ!」
「我らの都、ダークシティに参じて栄光栄華を手にするのだ!」



「愚かだな」シドラ・シデンは苦々しく口を挟む。
「おのれが歓迎されると本気で信じていたのか?」
「でも、臨界進化のDNAがあれば・・」
ガンダルファは自信なげにつぶやく。「じゃない?」
(カバナの人達ってどんなにょ?見てみたいにょ~)
「うーん。」契約者達は顔を見合わせた。
「そこら辺にいるカバナ系の人達は僕らとそんなに変んないけど。そう言えば、連邦と戦争してるようなカバナ遊民とは僕ら、あまり顔を合わせたことないよね。」
「白兵戦などめったにないからな。」
「なんか噂じゃ・・」ガンダルファは声を潜める。ドラコが耳をすます。
「とてつもないルックスになってるとかいう話だけど・・?」
「人類回帰運動以前の人類か・・我達、ライトサイトはかなり始祖の人類の姿を復活させたはずだが。ダークサイトはそのまんまの宇宙進化を続けてるからな。まあ、カバナ貴族なんかはまず・・まちがいないだろうな。想像もつかん。」
シドラは、ひとり首をふる。
ただ一人、カバナ貴族に会ったこたがあるはずのアギュは発言を控えた。
「それが・・人類の進化の形のもう一つであることはまちがいない。」
シデンが重々しくその場を閉める。



カバナ・シティ(ダーク・シティ)にたくさんいるという、めったに姿を見せないカバナ人貴族達がどんな進化を遂げたのかは定かではないが、およそ5000光年離れたカバナ・シティで壮絶な議論が展開されたことは想像に難くない。
オリオンとの前線の厳重な防衛線、何重もの都市の防衛網をいとも簡単に届けられた一つの通信。時間差のほとんどない驚異的な通信。
次元レーダーに映ったワームかと思える光点が前線の間際でそれを放ったのだった。しかし、捉えられたその強い波長はワームとは一致しなかった。その波長は3次元生物、人類固有の電気信号に最も近いものだった。
カバナ・リオン達も連邦に7回に渡って出現した「臨界進化人類」に予想以上の興味を抱いていた。
連邦にあって彼等が得られないものがたくさんあったからだ。
固有の植民星が持つ様々なもの、ワームも臨界進化もそのひとつだった。
それ故に彼等はペルセウスの粗っぽい連邦と手を組むしかなかった。
水と油のように生物的には、肌合いも遺伝子も合わない知的生命体であったが利害が一致する限りは問題はなかった。
自らペルセウスの盾となることで武力と補給の援助と庇護を受け、その力を持ってオリオン連邦に駆逐された中央地帯を取り返すことが彼等の何万年もの悲願であった。

彼等は半信半疑ながら、遊民特有の素早い決断と機動力を使い恐る恐る船を進めた。
そうしてる間に、連邦にいるスパイ協力者達から大急ぎの通信がやっと入った。
連邦高等政府と最高機密研究所で動きがあったこと。
彼等は即座に怪しげな通信に賭けてみることに踏み切った。
軍機編隊はそのまま前線に沿って進行。そしてまさかの時には捨て駒となる(誇り高き遊民は勇気ある犠牲を重んじる為、味方の生命には割と無頓着でもあった)次元潜航艇が1機、臨界進化の遺伝子を獲得する為に通信者との合流地点へと出発した。



「カバナの話はもういい!」シドラがじれる。
「ユウリ達はどうなったのだ?」
「だいたい、陰険だよね?ずっと見てたってこと?」
毒たっぷりのガンダルファの問いにも臨界進化体は答えなかった。
彼は謎の笑みを、悲しそうなおぼろな笑みを浮かべたままに物語を紡ぎつづけた。

GBゼロ-14

2007-10-09 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-14  アギュレギオン-3




あの時カプートがピクニックで「厄災の星」の出身だと口を滑らしたあの瞬間、アギュにはすべてがわかったのだ。
その一言で、彼はカプートの正体に気が付いてしまった。
彼はそれまで、カプートに注意を払ったことなどなかった。彼はケフェウスの助手の一人にだった。ケフェウスが画策しているソリュートの兵器実験にたずさわり、ユウリと知りあった人間。いくらか良心的で、ユウリに思いを寄せるありがちな男。実験中、何かと彼女を気づかってはくれるが、大した権力はないので所詮庇いきれない程度の奴。そんな彼とユウリが自然に仲良くなったとしても自分には関係ないことだった。ユウリがピクニックに彼を参加させたがった時ですら、ユウリの為に彼はそれを許した。不可能とわかりながらもユウリが自分に誓った言葉をアギュはどこかでそれを信じていた。
最初はその気持ちだけで充分に満たされていたはずだ。
彼は自分にも、けして認めはしなかっただろう。
ユウリが命が尽きるまで彼と一緒にいると誓った時から、彼はそれにすがり付いてスクールの日々をしのいでいたのだ。
だけどカプートの存在がアギュを現実と対峙させた。もっとも、悪い形で。

どっちにしろ、アギュはいつかスクールを脱走することを常にシュミレーションしていたのだ。他の臨界進化体達が果たしてきたように。それは、彼の長い一生の夢。
別に急ぐ必要はなかったのだが。
その夜。
アギュがピクニックに参加しなくなった夜。
その日から、第23番惑星に何かが訪れたのだ。
遊民出身である、特定の者たちの夢に。繰り返し。
彼等の一人は悪魔が訪れたと思った。
別の一人はカバナの神だと思った。
又、別の一人はカバナ人達の夜明けが近づいたことを告げる預言者だと。
彼等は自分達の希望の星こそ、前所長代理を務めた男であると信じた。
オリオン人によって不当にその地位を奪われた男。
我等はその男と共に輝けるカバナシティに赴き、その力を持ってこのオリオン連邦から虐げられたカバナ人達を解放するのだと。

そして。
ユウリがシドラ・シデンに別れを告げられず、カプートがガンダルファに別れを告げていたあの夜。


第23番惑星で眠る幾人かに、最後の訪れがあった。
神であり悪魔である者は彼等に告げた。
時は来た・・と。
彼等はその夢から跳ね起きると武器を忍ばせ、すぐに指定されたドッグに向かった。
そうやって、お告げのとおりに仲間がそろった。
彼等はお互いに確信した。
そしてそこには、予言通りにスクールへと向う船があった。
ユウリを父親のもとに送る為に急遽、整備された船。
「果ての天蓋号」が。


「すべておのれのお膳立てか。」吐き捨てるシドラ。
「でも、なぜ?」ガンダルファは途方に暮れていた。
「あんたはユウリが好きだったんじゃないの?なのに何故?」
輝く面をアギュレギオンは背けた。目を閉じる。
「カプートがアギュのクローンだったからだ。」



船は速度を上げて宇宙をすべっていた。振動もない無音の部屋。
ヒシヒシと迫り来る時を思っていつの間にか沈黙が支配する。
二人はいつしか寄り添っていた。
どちらからともなく、手を握りあった。
「ユウリ・・」
カプートの顔に暗い影が差した。
「ぼくはいつも気に病んでいた・・自分の不甲斐なさに・・」
彼は身を起こす。
「あんなことがあったのに・・君はぼくのこともいつも気にかけてくれた。」
ユウリは彼の肩に頭をもたせかけた。
「ぼく達、あの時のことは・・ちゃんと話すことを避けてきましたね。ぼくは・・」
「いいんです。」ユウリは悲しげに微笑んだ。
「断れなかったのはあたしも一緒だから。」
カプートも悲しげにユウリを見る。
ユウリは、ほっと言葉を吐き出す。
「でも・・あなたで良かった・・」
「もし・・」若者は真剣な響きを込めた。
「もしも、ぼくらの子供のたった一人でもいいから生き延びていてくれたなら・・」
「ぼくが存在したことにも意味があったのに・・」



「子供?」シドラ・シデンとガンダルファは思わず声を上げた。
「二人の間に子供があったのか!」
「・・ケフェウスの考えそうなこと。」アギュレギオンも悲しげだった。
「臨界進化体はだいたいにして生殖能力がないと言われる。未成熟なうちに流体化が進んでしまうので・・。まして、アギュは閉じこもってしまった為に成長を止めたまま流体化が進んでしまった。」
「我は・・知らなかった。」シデンは絶句する。
「研究所の規律に従っていては、クローン体は12歳までに臨界状態かその前段階に達していなければ、違法なクローンとして処分される。ケフェウスはアギュのクローンの子供が欲しかった。アギュがただ一人、心を開いたユウリならそれにふさわしかった・・」
「そんな・・」ガンダルファも言葉が続かない。
「二人はそんな素振りはまったく・・」
「所長代理の采配のもと、二人の意思など関係ない。存在するべきではないと知らされたカプートには拒否権はない。父を人質に取られてるユウリには強く騒げない事情があった。その時は、ケフェウスが次の所長になると言われていたから。それに、ユウリはカプートの孤独に強く感ずるものがあったのかもしれない。カプートはアギュでもあったわけだから。ユウリは許した。
彼女は無重力リングでアギュに教えられるまでカプートがクローンであることを知らなかったはずだったが。
しかし、ユウリの遺伝子も中央の管理下にある。すべては秘密裏に行われた・・イリト・ヴェガが着任するまでの間・・」物憂げに光が揺れる。
「我はソリュートの実験と研究だと聞かされていた・・!あやつはケフェウスのパートナーだから、そこで助手として知りあったとばかり・・」
「そんな、ユウリは・・特別に守られてるんだと、僕は・・!」
「研究もしていた・・それ以外の目的もあった。」アギュは痛ましそうに二人を見た。
「二人の受精卵は12個まで確保され・・そして、ほとんどが処分された。」
「臨界しなかったからか?」シドラは言葉を絞り出す。
「凍結保存されていた、残りは逃亡の時に持ち出された・・」言いよどんだ。
「ただ、ひとつ・・」
「わかった!」察しの良いガンダルファがようやくほんの少し笑顔を見せた。
「それが、おぬしの育ててる・・だな?」シドラも付け加える。
「臨界進化の細胞をちょろまかしたケフェウスのその部下・・やることは同じということ。」アギュレギオンが笑い、光が散った。

ケフェウスのもくろみでユウリとカプートとの子供が作られた時、アギュはその企てのすべてを知っていた。
アギュが閉じこもり、スクールの原形が作られ始めた頃から、彼は徐々に研究所の実態を把握していった。彼は見ていた。スクールの夜に彷徨う影の一人として。
その頃の第23番惑星ベラスではあらゆる原始人類のDNAの組み合わせが日常的に試されていた。肉体的配合、遺伝子的配合。細胞移植、培養、クローン作成。
カプートのことは意識していなかったが、彼にもたくさんの子供が配合されているだろうことは単純に認識できたはずだ。
事実、細胞組み換えによる受精卵からなら、アギュにも大勢の子孫が作られ、そして廃棄されていた。
ただし、まだ認定されていない混血の原始人類であるユウリとの配合は違法であったというだけのことだ。
かと言って、彼には止める手だてはなかった。秘密実験を知ってることを打ち明けることは、彼の流体化が進んでいることを感づかれてしまうことだった。
嫉妬心がまったく湧かなかったと言ったら嘘になるだろう。深いあきらめと共にアギュはそれを受け入れるしかなかった。

アギュは二人に施されたその繁殖実験を、自分が知っているということをけしてユウリ言うことはなかったのだ。
彼とユウリの関係の中ではそれは起こらなかったこと。

だけど、カプートが自分のクローンであるとわかった時。
ユウリのただ一人の相手が、なぜカプートなのか。
なぜ、ケフェウスが法を犯してまでユウリに子供を作らせたかったかを理解した。
アギュは、初めてカプートに憎しみを覚えた。


「あんたはユウリに行って欲しくなかったんだろ?」
ガンダルファは悲痛な面持ちで尋ねる。
「本当は断って欲しかったんだ。そうだよね?、自分といると言って欲しかったんだ。」
「ガキの言動だ!」シドラは首を振り続ける。「おのれは心底愚か者だ!」
「その通り・・」輝きは答える。
「そう言っていたら、ユウリは助かったのかな?どうなのよ?」
「さあな。こやつの言い訳を聞いて見るか?」吐き捨てる。
「アギュは・・自分が誰にも好かれていないと知っていました。無条件で愛してくれたのは・・ユウリが初めてだったのです。・・ユウリを失えば、誰も側に残らない・・。初めて出来た理解者を失うという・・その現実にとても耐えられなかった・・。その絶望は自身への破壊衝動へとアギュを追いやった・・でも、アギュは死ぬことはできない。ユウリを殺すことは・・アギュ自身の自殺だったのです。自分自身を殺すことはユウリの取った行動とは基本的には関係ない衝動です・・」
「出口なしか!」二人はため息を付いた。
「ただひとつ・・」ためらいがちの光。「ユウリがゆるがなかったなら・・あるいは。」

そのささやきは彼の内だけの声だったので、二人には聞こえなかった。

身近な存在と遠い存在。ユウリにも迷いがあっただろう。静かに歳を取って行ったかもしれない、どちらにも決めかねる思い。その思いは混乱のうちにアギュに強引に押し流されて、今やカプートと共にその船に閉じこめられてしまった。
ひた走る「果ての天蓋号」。所在なくユウリは語る。カプートに体を預けたまま。




アギュに最初に会った時、彼は無意識に何重にも包まれて、無心に眠っている赤ん坊の様だったわ。無垢で美しかった。弱々しく、壊れそうに見えたの。
彼の光はあたしに故郷を思い出させた。彼を見ていると悲しくて懐かしくて。でも、辛くても見ずにいられなかった。彼の青い光は染み入るようにあたしの心になじんでいった・・もし、私が恋をしたのだとしたら・・その悲しい青色になのかしら。
あたしは彼に唄いかけ、揺さぶり注意深くその防壁を崩して行ったわ。こんなに心を込めたことって、それまであったかしら。どんなことをしても彼を目覚めさせたかった。
あたしにできる、ありったけの技で。
そりゃ、父さんには会いたかった。牢屋から出してあげたかった。でも、あたしと一緒に暮らせるようになるのか、あたし達のアースに帰れるのかもわからなかった。
いつのまにか、あたし自分の手柄とか意地や見栄よりも、途中から彼が目を開けてあたしを見てくれることを待ち望むようになってしまった・・。彼と会って見たかった・・彼と話をして見たかった・・。彼があたしを見て笑ってくれたらって思うようになった。
彼はあたしより何百年も年上だったけど、あたしには弟のようだった。あたしは彼に教えてあげたかった。初めて、宇宙そらに来た時に私が受けた衝撃。星に帰りたくて、父に会いたくて、泣いてたあたしがちっぽけに思えるくらいの世界があるの。一人の人間の小さな悲しみや苦しみを簡単に凌駕する程の、驚異の世界が。
それを知れば・・死にたいと思っていたあたしがどうにか前に進むことができたように・・
アギュも・・彼の逃げ込んだその場所から誘い出せれば・・それが、アギュの幸せだとあたしは固く信じていた・・あたしが彼を闇から救い出すんだと。
あたしは世間知らずだったから。アギュはあたしよりも・・その世界に近かったのに。
でも・・今になってもやはり、アギュを起こしたことは正しかったのだと思わない?。
どんなにつらくても、現実を生きて行く事であたし達は輝くでしょ?。
あたしはあなたにも会えたし、シドラやガンダルファや色んな大切な人にも会えた。
それはアギュもきっと変らないとあたしは信じてるの。

いつのまにか、まどろみかけていた。
「あたし達、どうなるのかしら?」ユウリが目を閉じたままつぶやく。
「きっとむごい死に方でしょうね。」カプートは前方の閉じた扉を睨んだ。
「生きていたって同じことですけど。ぼくらはペルセウスへの手土産にされるんですよ。」
「・・アギュはそれを承知で・・」ユウリは目を開いた。
「あなたにはつらいでしょうが。ぼくは予感していました。」
ユウリは思い詰めた顔でカプートを見た。
「あたし、言わなくちゃならないことがあるの。」
「・・それも知ってます。」
「なんでもお見通しなのね。」ユウリは目を瞬かせ、かすかに笑った。
「あなたは大人だし、男らしい・・真直ぐで強い人だわ。」
「アギュとはまるで正反対。彼が臨界化しなかったとしたら、そうなったであろう完璧な?」
そう、カプートが完璧だったからこそ・・その時のユウリはアギュに余計に魅かれたかもしれない。
「ごめんなさい。」消え入りそうな声だった。
「やれやれ、死を前にして・・どうしても言わなきゃいけない?」
「だからこそなの。」震えながらも、ユウリは目を反らさなかった。
カプートはフッと力を抜いた。
「あなたは正直な人だ。だから・・」目が彷徨う。
「アギュはあなただけに心を開いたんでしょう。」そして、ぼくも・・これは口に出さなかった。
「あたしと二人の時はあんなに手に負えない人じゃないのよ。」
ユウリは気が付かず、そのまま続けた。
「ソリュートで触れ合っているとあたしにはわかるの。あの人は臆病で傷つき易い人。
モンスターみたいに恐れられていることに心を痛めてる。あの人の心の中には、とても深い傷があるわ。」
矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「ソリュートを弾くとそこが音で満たされていくのがわかる。だからあの人はあんなに、あたしを必要としたのよ。あたしのソリュートだけがそれができるんです。あたしがいなくなったらアギュは・・どうするというの?。」カプートはただ見守る。
「あたし、あの人に生きてる限り一緒にいるって誓ったんです。アギュが言わせたわけじゃない、あたしが自分から誓ったの。あの人に目覚めて欲しかったから、ただそれだけの理由で。それが彼にとってどんなに大きな意味を持つか、わかっていたはずなのに。」
ユウリはにじんできた涙を指で振り払った。
「でも、あたし、あなたがアギュのクローンだから迷ったわけじゃないわ。あなたはあなただから。あなたとアースで幸せに暮らすなんて言うのも・・ありなのかしらと思ったの。アギュがほんとに心から望んで、許してくれるなら。」
古風な星の人並みな幸せ。それは、やはり目をくらませたのだ。
「あたし、あなたと幸せになりたい。なりたかったの。アギュのことを記憶から切り抜いてあなたを選べたらどんなに良かったか。でも、どうしてもできない。シドラが言うように、恋じゃないのかもしれない。自分でもわからない。でもあたしにはできない。今やっと、わかったの。許して、カプート。」
一気に言うと顔を覆った。
「ユウリ、顔を上げて下さい。」カプートは穏やかに言った。
「アギュはあたしをずっと試していたのね。」ユウリは泣き笑う。
カプートも皮肉な調子で笑う。
「アギュがあんなに大人な振る舞いをするなんて。そんなはずないのに。ぼくも騙されかけました・・」
「あたしは何をされても仕方ないわ。私がさせたのだから。
ただ・・あなたには申し訳なくて・・」
もはやぬぐわない、頬を涙が伝う。
「あなたに彼を見捨てることなんてできなかったんです。それはそれで、ぼくは彼の為になんだか嬉しい気もする。矛盾ですけど。だって・・彼はぼくなんだから。」
思わず漏れる、震える声。
「だいたい、アギュはぼくを憎んでいたんですよ。自分のクローンだと知った時から。
彼の持てないモノをぼくが持っていたからです・・」
友達。成長。男であること。子供。そして、限りある未来。
「あたしは正直なんかじゃない。アギュに嘘を付いた・・」
うなだれてユウリはカプートの前に立った。
「もしも、仮にですよ。仮にこんな状況じゃなかったとして。」彼は低い声で続けた。
「アギュはああ言ってたけど。もともと僕は一人で身を隠すつもりでした。」ちょっとだけ苦笑い。「いえ、嘘です。ちょっとはあなたが付いて来てくれたらいいなと期待してました。」ユウリは悲しそうに彼を見る。
「だけど、あなたは・・あなたのアースに戻ったとして、どうするつもりだったんですか?。お父さんと暮らせれば・・幸せでしたか?。」
「・・いいえ。」沈黙の後、ユウリは言った。「父と会えれば嬉しいわ。また、一緒に暮らせて。でも、もうあたしは子供じゃない。父と母と幸せに暮らした子供じゃないの。」
感情が堰を切る。「あたし、待ったわ。きっと、アギュを。ずっとアギュを待って待ち続けたと思うわ。」それを食い止めるようにまぶたを閉じた。
「彼があたしを許しに来てくれると信じてるの・・」
次第に声が小さくなる少女に、若者も自重気味に続ける。
「一緒です。ぼくも彼の影から一生逃れられないのですから。自分がオリジナルでないと言う事実を忘れることことなんてない。」
「こんな二人が寄り添うことなんて、不自然だったんです・・」
彼は歪む唇を手で覆い隠した。
「こうなることはわかってたんだ。まったく、アギュは意地が悪い・・」

彼は何かを吹っ切るかのように首を振った。そして、次の瞬間、別人のように強い眼差しで彼等を閉じこめてるドアを見据えた。
「ユウリ。何があっても、あなたを故郷に返してあげます。」
「カプート?」
彼は懐から小さな工具を取り出した。
「この程度の鍵ならこれで僕にも開けられます。スクールでは武器は手に入らないけど、いざとなったらこれでも充分だ。」

GBゼロ-14

2007-10-09 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-14  アギュレギオン-2




モニターを見ている観察者達は寝ながらアギュの放った放電にさぞ驚いたに違いない。
しかしこの時、もっとも熱心な観察者であったケフェウスはそれどころではない、別の感情を抱いてアギュの寝姿を見つめていたはずだ。
唖然、呆然、依然心は動揺していた。しかし、幸い回りの誰もが彼に対して注意を向けていなかった。
アギュ・ルームの防衛網は不備が生じていた。大半はその修理に奔走していた。
ケフェウスには今、2つの選択技しかなかった。


この少し前、第23番惑星を臨むスクールの一室。
研究所に帰ったはずのイリト・ヴェガはケフェウスを呼び出して、管理上の不備があることを糾弾していた。
「あなたが臨界進化体のDNAのいくつかを保管していたのではないのかしら?」
「・・証拠がありますかな?」
アギュ・ルームでの経緯のあとだったが、ケフェウスはふてぶてしく振る舞っていた。
「ええ。確かな証拠が。」イリトは追求を弱めない。
「ほう?あるなら見せてもらいたいものだな。」
「生きている証拠が。」
短刀のような金色の瞳を相手の首に突きつけたまま、ふくよかな頬の線にあるかなしかの笑いが走る。
ケフェウスの顔も仮面だったが、かすかな小さなひび割れが生じた。
「・・ざれ言を、誰が信じますかな?」
「この私が。」イリト・ヴェガは高らかに宣言する。
「あなたを連邦法、第1級犯罪者として更迭します。」イリトは悠々と敵に背を向けた。
「それが嫌なら、さっさと出て行きなさい。」
ケフェウスの手に痙攣が走った。隣室で伺う研究所の上級幹部達がいなければ、その手はイリトの首を締め上げていただろう。ひょっとして、イリトはそれを期待していたかもしれなかった。そうしたら、イリトの望むある理由で即座に彼を拘束、場合によっては正当防御として誤って殺してしまうこともできたのだから。
「・・収穫はすべてお前のものってわけか。」
「人類のもの、でしょう?」
彼女はため息をついて、再び向き直った。激情の瞬間はは去った。ケフェウスは馬鹿ではない。
「種蒔と養育、ご苦労様でした。」相手に返した金色の微笑みも上等だった。
「命があることが、せめてもの報酬ですわ。」
ケフェウスは血管が浮き出るほど、移動機械の装置を握りしめた。突然の方向変換で機械は一瞬、かなり揺らいだが、強いプライドと自制心で建て直し彼は退室した。

「これで・・いいのかしら?」
イリトの隣に光が立った。
「アンタだっていい取引だとわかるだろ?」
「アギュ、あなたの狙いは?」
「オレが望むのは、カプートとユウリの自由。そう言ったろ。」
「・・本当に、それだけ?」
「疑い深いニュートロン!」アギュは節を付けた。
「最高進化のオレから歩み寄ってやってるんだぜ?言わば絶対神様からな!」
「だからよ。」イリト・ヴェガはアギュを仰ぎ見た。アギュの表情はいつもより強い光に遮られ、よくわからなかった。
「私達を憎み、避け続けていたあなたが・・なぜ?」
「そうしないとこんな生活が終わらないからに決まってるだろ!オバサン」
内から光る青い腕がイリトの銀色の髪に向かって伸ばされた。
「オレも大人になったんだってことでどうよ?」
イリトはアギュに髪をなぶられるままにまかせていたが、油断なく精神武装しているのがわかった。アギュは気にする気配もない。
「その代わり、頼むぜ!オレが中枢に行く話!連邦に協力してやってもいいってな!」
「わかったわ。」
「ほら、この方がいい!」アギュはやっと、手を放した。

アギュが消えるとイリトは隣室のメンバーを招き入れた。
「信用していいんでしょうか?」恐る恐る幹部の一人が聞く。
「進化体の選りすぐりのチームを要請したわ。もうこちらに向かってる。
今できうる限りのニュートロンの最高の頭脳が到着するまでは・・」
イリトは緊張を隠さない声で、せわしなく囁く。
「油断しないで。」
ふとイリト・ヴェガはガラスに映る、針のように立ち上がった自分の髪を見た。
彼女は思わず吹き出した。
「私の髪形と同じくらい、信用できないわ。」



「所長は警戒していた。なのに・・なんで?」
ガンダルファは残念そうに首を振り、つぶやいた。
光をまとう者は言葉を切り、穏やかな眼差しを彼に向ける。
「アギュレギオン、いったいどうやってスクールを脱走したんですか?」
ガンダルファは打って変った丁寧な言葉遣いで尋ねた。
その様子は、他所から来た客人の前で無理に大人しくしている子供のようだ。
ドラコもおもしろそうにその頭に顔を乗せて瞬きしている。
「ケフェウスであろう?」シドラ・シデンはそのまんまの態度と口調。
「あやつが協力しなくては次元バリアーは外せるわけはあるまい。そうだろう、アギュ?」
「そう。彼が意図的にアギュの部屋を無防備にした。ほんの一秒の何万分の1だが。アギュにはそれで充分だった。」
「なんだ、シドラが破壊したからってわけじゃなかったのか・・」
「当たり前だ。我は宇宙怪獣か?」
ガンダルファは意を決し、思い切って聞いてみた。

「じゃあ、あの二人は・・ケフェウスが乗船することを知ってたんですか?」
「知っていた。」アギュの光が少しだけくすんだ。
「それはイリトとの契約のうちだった。彼は表向きは引退するが、ユウリの父親と入れ替わりに実際は刑務所で連邦の管理下に置かれるはずだった。そして、カプートも。」
彼の回りの光はさらに暗くなった。アギュレギオンの姿は内なる輝きから影のようにほっそりと長く浮き上がった。
「ただし、あの夜・・アギュがケフェウスと会った時、ことはもっと深刻になった。」
二人のジュラ星人は同時に眉をひそめた。
「まさか、ケフェウスがダークサイトの下に走ることも計算していたとか?」
「あの隙を付いて、7000光年先に奴のメッセージを送れる者が誰か他にいようか?」
「まさか・・あんたが?」ガンダルファはあんぐりと口を開けた。
シドラが問う。
「再び聞く。それを、あの二人は知っていたのか?」
「カプートは予想していた。ユウリは・・知らなかった。」
「もともとケフェウスの血の中に遊民の一族もいた・・ケフェウスはそれを頼るよりもう連邦には行き場がなかった。」
「何もかもあんたが仕組んだ・・そんな・・」ガンダルファは後が続かなかった。
初めて、シドラは怒りをあらわにする。
「あやつが二人を売り渡すと知っていた!」彼女は思わず立ち上げる。
「最初から、利用したのか?おのれだけが逃亡するために!」
「すべては、アギュのやったこと。」
アギュレギオンはまるで人事のように口にする。
「イリト・ヴェガはアギュが黙っていてもカプートの存在と正体にやがて、行き当たっただろう。カプートの命が助かる確率はあったが、ケフェウスの命はなかった。そうなってからではカードがない。ユウリの父が釈放され船が出る。あの時しか、なかった。あの船しかなかった。何百年もアギュが待った、千差一偶のチャンスだった。」アギュレギオンは顔を背ける。
「行き場のなかったのは、アギュも同じことなのだ。」
「何、言ってやがる!」ガンダルファは跳ね起きた。
「こらえろ!」
シドラ・シデンは自らの激高を押えるかのように彼をいさめた。
彼女の背後は歪み、その目は臨界進化体を焼き尽くすかのようだった。
「まだ、続きがあるようだぞ。」
「結構だ!聞いてやろうじゃないか!」鼻息荒くガンダルファ。
雲行きが怪しくなってから影を潜めていたドラコらしき頭がチラリと覗く。
(ガンちゃんファイトにょ~!)
「それ、なんか違うやろ!」彼はうめいた。



「追っ手はなかなか来ないわね。」
ユウリは心細さのあまり、カプートに近づいて囁いた。
「すぐ、追い駆けて来ると思ったのに。」
二人が閉じこめられていたのは倉庫のような部屋だった。
そんなに大きな船ではなかった。ちょっと豪勢なニュートロンが個人的に使用したりしているボートと呼ばれる船だ。
ケフェウスはあっと言う間に船を制圧してしまった。もともとユウリを送る予定で第23番惑星から派遣されて来た、この船は大して警戒されていなかった。戦いはほとんどなかった。
なぜなら、二人が乗り込んだ時には既にダークサイトの血筋を濃く持つ不満分子達によって既に乗っ取られていたからだ。

「何事も思ったようにはいかないものですよ。」
カプートは気休めを囁き返す。
「アギュは大丈夫かしら?」
「君は・・」カプートは優しくユウリを見た。「彼を恨まないんだね。」
「アギュがずっと望んでいたことだから。」でも、ユウリは手を握りしめた。
「それはわかってる。だから、あたしは協力する。でも、いきなり、宇宙空間なんて。いくらあたし達とは違うからって、本当に大丈夫なのかしら?教えてカプート、彼は仲間に会えるかしら?」
「さあ、それはなんとも。原始人類には予想不可能な問題だ」カプートはニヤリとした。
「でも、彼は大丈夫ですよ。なんたって臨界進化だし。さっさと飛んで行っちゃったでしょう?」
ケフェウスには引き止める間もなかった。できることなら、アギュも一緒に連れて行きたかっただろう。ただ、解き放たれたアギュは押えていた能力をフルに発揮した。アギュは既にある程度の肉体の濃度を操作することができていた。後、ほんの数年でアギュは自らの肉体を完全に失い、連邦がもっとすごい何かを開発しない限り数十年後には既存の次元バリアーでは押えきれなくなっただろう。
そんな存在をどうやって、物質の壁に閉じこめておけよう?

「あなたこそ、こうなること知っていたんじゃないの?」
「彼の考えそうなことぐらいわかります。ぼくが同じことをするかはわかりませんが。」
カプートはため息をつく。
「彼がどんなに拒んだって、ぼくと彼は繋がっている・・だって元々、限りなく同一に近い存在なんですから。ぼくは臨界進化しなかっただけのこと。」
「アギュが今、どうしてるか、あなたなら・・わかるの?」
カプートの瞳孔が開き視線が揺れた。ユウリは期待に満ちてじっとのぞきこんだ。
「今・・彼はとても興奮し高揚している・・自由・・満喫している・・」
ユウリは両手で自分の顔を覆った。ふっと息を吐き出す。
「大丈夫。彼は今しあわせです。ノリノリと言ってもいい。」
「良かった、アギュ」手の中で笑顔がこぼれる。
「あなたの・・自己嫌悪も取れましたか?」
「意地悪ね・・」ユウリは頬を覆ったまま、口をとがらせた。
「・・あなたはアギュに言われたから来たの?」カプートは言いにくそうに尋ねる。
「ぼくと一緒に行くのが一番、いいって言われたから?」
ユウリは、静かに言う。
「あたし、まだ混乱してる。まだ嘘みたい。あたし、あなたとちゃんと話したかったの・・それは事実。だから、ソリュートの実験に応じたの。あなたに会いたかったのよ。」
「アギュはぼくの正体に気が付いた・・それを聞かされたからですね?」
カプートは、ニヤリとした。
「そんな理由でも・・ぼくは嬉しいですよ。」



「さて、次はもっとも呪わしい話。」
アギュレギオンは言葉を切った。
彼自身、辛そうで話したくなさそうだった。ガンダルファは聞くべきか、迷った。胸の奥の焦げたくすぶりが、今長年の疑問を知る時だと告げていなければ。
「話してもらおう。」シドラ・シデンはぶっきらぼうに顎をしゃくる。
ワーム達も静かに待った。