MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルフォー-50

2018-05-19 | オリジナル小説

招かれざる客

 

牡丹は傘を差してマンションのエントランス前に立っていた。

道路を行き来する人や車、背後を出入りする住人もいたが彼には気付いた様子もない。

エントランスにつけられた監視カメラも彼の姿は写していないはずだ。彼は今、少しだけ現実から斜めにずれた次元にいるのだ。牡丹の視界の先にやがて大きな影が現れた。

公園の茂みを抜け、行き交う車の中を轢かれもせず、平然と歩いてくるのは基成素子のホムンクルスだ。腕に抱くように人間を抱えている。見るからにぐったりとしていた。

「姉さま。」牡丹はニッと笑い声をかける。「ご苦労様です。」

「病気ではない、雨に打たれたせいで熱は高いが・・倒れたのはどちかかというと、空腹だろ。」「それは、腕の見せがいがありそうですね。」料理上手の執事はびしょ濡れの顔を覗き込んだ。「・・・かなり憔悴してますね。思った以上に。いつから気がついていたんですか?」

「不法移民の前から姿をけしたと聞いて時から、気をつけていた。勇二も気づいていたろ。」

「やっぱり。兄さまったら、知らん顔を決め込んでいたんだ。冷たいなぁ」

「扱いに困る客だ。」

「ですね。」牡丹は素子の後をついてマンション内に戻りながら考えている。

二人と女の姿はカメラには残らないだろうが、大理石の白い床には水の跡が点々と筋を残していく。『そんなに面倒な相手なら、いっその事、始末してしまえば早いのに。兄さまも姉さまもわからないなぁ』

そう思う側から弱った体にいいおかゆのレシピを脳のデータからいくつかピックアップする。『まぁ、ぼくは皆様の下僕に過ぎないから、どうでもいいけどね。』

 

 

 

 

カードは揃った

 

 

アギュは再び、非物質世界との間にいる。

もともとのカバナ惑星基地の提督の作戦は、『果ての地球』で騒ぎを起こすことで休戦協定に揺さぶり掛けるだけの目的だったらしい。オメガのDNAをカバナに売った裏切り者の存在、中枢内に疑心暗鬼の種を撒くことだ。それは定期的にカバナ貴族たちに絡んでは囁かれては消える、和平の噂をオリオン側から吹き飛ばすことになるはずだった。

しかしそれは『切り貼り屋』という便利な男がたまたま手に入っていなければ、具体的な計画とはならなかっただろう。

『切り貼り屋』が把握していたニコの最初の計画は、神月の関係者であり外部にいる唯一の鈴木家に近づき馴染みになることだった。鈴木トヨが田町ハヤトを連れて、神月を出入りするようになるように仕向けるのだ。孤児となったハヤトは鈴木夫妻の養子となる。それからおそらく、頃合いを見て鈴木夫妻も排除される。トヨとハヤトを岩田須美恵に引き取らせる為だ。こうしてハヤトは旅館『竹本』の子供として、正式な神月の住人になるのだ。

以降、ハヤトを通して地上軍の動きはカバナ軍に流れることになる。

だが例え『切り貼り屋』が同行することになっても、共に潜入するのがニコであったらば、うまく行かったはずだ。遊民の抜け道を使って『果ての地球』に入ろうとした時点で彼らは確実に拘束されただろう。何しろ、連れの子供達は臨界進化を出した為に封じられたオメガのDNAを持っているのだ。正体が早急に暴かれることなど、提督は承知の上だ。

むしろ、そうなることが前提の計画である。

軍属ニコは確かに『捨て駒』だったのだ。

 

 

ところが。誤算が出現する。

潜入用の道具が完成したところで、ガルバと名乗る傀儡ホムンクルスがその計画を乗っ取ってしまったことだ。提督の作戦は、連邦のサポートを得たガルバだからこそ実現できてしまったと言える。だが、軍部にとって嬉しい誤算と素直に喜べるものではない。協力する遊民組織と表立って対立するわけにはいかず、軍属ニコとの交代を許したカバナ軍部は不信感を抱いたはずだ。小惑星帯のオリオン軍が、破壊された囮に気を取られてオメガの遺伝子を見逃したなどと信じられるはずはない。『果ての地球』の守りがガルバに甘かったのは、何か絡繰があるのではとすぐに疑いだしただろう。

表向き、遊民工作員であるガルバが実はカバナ貴族の傀儡であることに気づくのも時間の問題だ。カバナ貴族とオリオン連邦の間で秘密裏の和平工作が行われてることにも。

ガルバ貴族たちは、どんな形であれ『果ての地球』に潜入する口実を模索していた。

地上軍の直属の上司、高官イリト・ヴェガが臨界進化体研究の功績者であること、その現在の研究対象がこの星固有の次元生物であるということまでもが、カバナ・リオンに流されていたからだ。

救いは『その程度』の中枢メンバーがおそらくは、アギュレギオンが『果ての地球』にいることを知らされてないのか、さすがにそれだけは情報として与えなかったということぐらいか。

それでも一部にしか知られていないはずの、最高秘密が・・・・・臨界進化体の現在の身分と居所が・・・・カバナに知られる可能性・・・それが暗示された。

イリト・ヴェガは警戒するはずだった。

彼女はまだ知らないが、アギュレギオンが行ったカバナ・リオンへの攻撃が、それに拍車をかけてしまったかもしれない。

軍部と貴族、どちらからでも同じことだ。

カバナ・リオン側が行動を起こせば、アギュが更迭される可能性が増す。

 

 

アギュは憂鬱だ。

ガルバの計画は頓挫させたが、その代償は大きかったようだ。

鬼来美豆良とテベレスはイリト・ヴェガが連れ去り、鬼来マサミは基成勇二ことイリト・デラの元へ辿り着いた。

だが、このことは大したカードではない、とアギュと418は互いを慰める。

 

 

重要なのは、竹本渡と鈴木トヨ、デモンバルグと巫女、そしてペルセウスまでが揃ったこと。

デモンバルグが隠す古代の秘密が・・・『始祖の人類』をこの『果ての地球』へと運んだ宇宙船の在り処がいよいよわかる時が近づく。そこにある『何か』を連邦が探しているのは、確かだ。『始祖の地球人』がこの地に運んだ、古代兵器、『星殺し』だと言われているが。

果たしてそれだけなのだろうか。

ただ、古代の秘密を解き明かせば『始祖の地球人』たちが自分たちの歴史と記憶、優れた文明、その全てを失って現在に至るその経緯は確実にわかるだろう。

4大天使の記憶でも追えない過去の記録。

カードは揃い、時は満ちる。

いつ更迭が秒読みされ始めるかわからない、アギュの『時』との競争だ。

臨界の頂点に達した今、たやすく拘束されない自信はある。

だが、一体、ここを逃れた自分はどこへと向かうというのか・・・・

 

「アギュ、果たして」418がアギュの思考を中断させた。

「ペルセウスはなぜ、『切り貼り屋』をカバナに返したのでしょう。もしかすると・・・ステーション提督の目論見を知っていて、渡したとも考えられませんか。我々の暴走はともかくとして。ある程度はこうなることを予想していたということは?」

「ワレ々のリンカイがカンセイすることもフクメテか?」アギュの口調は皮肉を帯びる。

アギュはあたりの空気を嗅いだ。以前は留まるのも苦痛だった空間が今はそれほどでもない。

意識的にそこに自らがにじみ出ていくイメージを抱く。

『グアナク』アギュは試しに呼びかけてみる。

近くにいる気配が強まる・・・いや、ずっとそこにいたのか。

物質世界と非物質世界は常に背中合わせだというのだから。

光が現れた。

『・・・チカクにいるとはイッテいたが・・・ホントウにヨベばすぐにクルほどとは。』

アギュは笑ってしまう。ペルセウス人はこの間よりも輪郭がはっきりしている。

『コダイにペルセウスと接触したミコとは、アーメンナーメンと言うナマエだったのか?』

 

『 名前は記録にない ペルセウスに 答えは ない 』

今度は言葉として、はっきりと聞こえた。アギュは驚く。

『グアナクなのか?』

『 グアナクではない 別の個体 しかし グアナクと呼ばれても構わない 名前などあってもない 我々は同じもの ペルセウス 』

意を吟味する。『つまり、オマエはグアナクと同じペルセウス人だということだな?』

『 大きな意味では 』

そう答える姿はかつての『輝くナメクジ』を連想させた。滑らかなで肉枠的に見える。

『 ペルセウスはまだ 移行の過程  物質世界と非物質世界 その間にあるものもいる あなたたちと同じだ 』

『・・・常態としてカンゼンリンカイしていないということか。』そうだと場が震える。

『 物質である言葉 操るものとして グアナクでもある より不完全な私 』

ちょっと尊大になる。『では、オマエにキイテもいいんだな』相手の肯定。

『オマエタチがこのホシまで追ってきたナゾはわかったはずだ。ユウミンもジブンのニクタイを取り戻した。オリオンのテンマツを見届けるというグアナクのコトバはどういうことなんだ?』

『 文字どおり 遊民 カバナ 臨界体の噂 見届ける 一興 』

「ああ?オレに対する興味本位ということなのか。フン、野次馬根性とはえらく物質的ではないか。」アギュは呆れ、思わず言葉を吐き出してしまう。相手も笑った。

『 まだ 不完全 確かに 』 ホントだなとアギュ、嫌味。

「私達はこのオリオン連邦で今の所、ただ一人の臨界した人類なのです。」

割り込んだ418はプライドの高いアギュが聞けない質問をする。

「いい機会です。私は自分たちに何が起こっているのか、これから何が起こるのか知りたい。知らなくてはいけないと思っているのです。だからあなた方のことを教えてください。」

『 ペルセウス 何億、何千万をかけ 今の状態 やがて完全に 次の世界  』

「次の世界?非物質界を得て・・・さらにということ?それは果たしてどういう?」

興奮に418の語尾は震える。

「ペルセウスに起こったことを知りたい。それは、私達にも・・・もしかすると、オリオン連邦にも起こることだというのですか?」

『 オリオン まだ理解できない ペルセウス 理解し受け入れるまで 時がいった 』

 

仮称グアナクは語る。

自分たちがかつて今のオリオン連邦人のように惑星を開拓し、惑星連邦を作り上げたことを。やがて徐々に細部から個体の臨界が始まった。その混乱が集団に広がり、全体へと収束するまでにはあらゆる争いや抗いがあり、やがて諦めと受け入れが生まれていく。

『 今 ペルセウス腕 全体統治する 形ある生物 いない 開拓星 長い時を得て 野生の惑星へ 戻る 移行する 最後の心残り 』

沈黙していたアギュの脳裏に理解が閃く。

「・・・・レンポウにもカバナにもワタシたくないとイウことか。」

『 程なく 整理がつけば 完全に 移行する 』

「つまり・・・このままではいつかペルセウスが吹っ切った時点で、ペルセウス腕の星々は、カバナ・リオンかオリオン連邦が自由にすることになる、そういうことですね。」

オリオン連邦では今や野生の惑星はほとんど存在していない。

人が入植するにあたって全ての惑星は開発管理され、改造された。人類に脅威に当たると判断されたものは全て排除、改良されたのだ。よって、人類が生息する星の共存生物はとても少ない。環境が変わったことでほとんどのものは野生では生きられなくなった。それらは(細菌に至るまで)連邦で研究され尽くされ、データ化されている。死んだものは標本化され、そうでないものは選別され凍結保存(スリープ)された。脅威に当たらないとされたもののいくつかは、資料展示惑星(動物園のようなもの)で観察することができる。研究者専用の惑星から、子供から大人まで庶民が見物する人気の観光コースまで段階化していた。

オリオン人がペルセウス腕に侵入することはそういうことを表す。

おそらくペルセウスの管理方法と全く違う、相容れないと言いたいのだろう。

「愛着のある惑星が蹂躙される、それが最後の気がかりということですか。」

「ソウカ、そういうことか。」418の静かな言葉にアギュも続ける。

「ペルセウスはオリオン人たちがジブンたちとオナジウンメイをたどるのかどうかカクシンがホシイんだな。カプート、オマエと同様にだ。」思わず、418の名前を呼んでいた。「オマエのヨミも当たっているのかもな。カバナがオリオンにチョッカイをかけようとしているトキに、キリバリヤをカバナでカイホウしたことだ。」

『 遊民 知識 体験 噂 豊富 』

「オリオンとカバナも、同じく、ナガイネンゲツをかけてヒブッシツカイへとイコウするソンザイなのか、カクニンしておきたかったんだろう。だから、オレたちにチュウモクしたんだ。それが、ペルセウスのようにやがてゼンタイのチョウコウなるのか。」

『 カバナ人 臨界 秘密 探る 』

「臨界化は現在はオリオンの原始星人で7人目でしかありませんが・・・やがて、カバナ人やオリオンの遊民、ニュートロンたちにも広がるのでしょうか?」

418のつぶやき。ペルセウスはランプのように輝き、肯定も否定もしない。

オリオンがどのような肯定をたどるのかは、彼らにもわからないのだろう。

物質界から退場しようとしている彼らはもう主体的主役ではない、ただ見守るだけの存在なのだ。「そもそも・・・なぜ、臨界は起こるのですか?」

『 おそらく 』ペルセウスの言葉も速度を落とす。『 必然 』

「必然・・・防ぎようのない?・・・進化ではなく、行程?」418は思考し、沈黙する。

 

 

しばしの沈黙の後、アギュの言葉も重い。

『ペルセウス人、オレはまだオリオンからトウボウするにはヤリノコシタことがある。もしペルセウスがカンゼンにイコウするトキに間に合えば、オレらもそのドコカヘいけるのだろうか。』 

『 望むなら 受け入れれば 』

「ウケイレル?まだ、トウブン、ムリそうだな。オレは」やっとアギュは笑えた。晴れ晴れと。

「オレらがトウボウできたトキに、まだペルセウスが残っていればシメタものだ。」

『 ペルセウス 拒みはしない 

「デモンバルグと古代の関わりを解いた後でだ。」

『 解くがよい 』 

『 時間 その時は 無限 』

 

謎のような言葉を残し、ペルセウスの気配は去った。

だけども彼らが常に側にいる。

アギュを、オリオンの顛末を見届ける為に。

『やはり、オレたちは導かれているのか、操られているのか?』

アギュは次元の高みから降下を始める。

『私は操られててもいいです。人類の未踏の世界に行けるのならば。』

『スベテは・・・コレカラだ。』

「解けるだろうか」口に出した疑問は荒い粒子に削り取られ言葉にならない。

『解くしかない』思考は光となりアギュの中で輝く。

向かう神月にはまだ鈴木トヨがいるだろう。

『なによりも、知りたい。』

「ジブンが解きたいのだ」








スパイラル・フォー 完



スパイラルフォー-49

2018-05-15 | オリジナル小説

雨の中で

 

「岩田くん、ご飯食べてかない?」コスチュームからジーパンに着替えたミカが聞く。

「そうしたいところだけど・・・」譲は手の中のスマホを確認する。編集長からのメールだった。「編集部に帰らないと。今回の打ち合わせもあるし。」

「犯人に魔物が取り憑いてることにするんなら、抜群に面白くしてよね。ロシアの連続殺人鬼が憑依したとかさ。」

「そうだね。それも面白いな・・・」譲は半分、上の空でストーリーを考えている。「一度、星崎さんと詰めないと、なぁ。」「それがいいわ。星崎さんなら、鬼畜なストーリー案をいくつも持ってそうだし!」

「あのね、君さぁ、そういうの、頼むから・・・」「わかってるわよ、編集作業上の秘密は誰にも言わないって、これまでも言ってないでしょ?。これでも『怪奇奇談』の熱烈な愛読者なんだからね。それに私は今や私、基成事務所の忠実な忠実な社員なんですよぉぉ。誰もが知ってる霊能者、天下の『基成先生』と共通の秘密を持てるんならなんだっていいの。もうゾクゾクが止まらないって感じ!」

エントランスを出る時は小雨だったのがみるみる強くなる。二人は駅までの近道をするために

広い公園へと入った。ミカは傘を軽く譲のにぶつける。

「ねぇ昔、ここで殺人事件とか、あったよね。」

「相変わらず好きだよね、本田さん。」時々、ミカって呼んでくれるけれど、仕事が絡む今日は他人行儀だなとミカはほんの少しがっかりする。

元彼との仲は相変わらず、つかず離れず。友達以上、恋人未満。すごく仲のいい親友だ。

ミカだって一人だったら、薄暗くなってきた夕刻に公園に入ったりはしない。

譲と二人だから平気なのだと少しだけ察して欲しい。

「ねえ、基成先生ってさ。」木が覆いかぶさった街灯の下に立ち止まる。「偽もんかと思ってみたりすると、案外本物だったりするよね。」

譲は雨傘の中で肩をすくめる。「素子さんの情報収集力だろ?あれを知った時は僕もショックだったよ・・・だけど。基成先生は次元っていうの?場の違いを見極めるのがすごいんだよな。」

「だよね。」くるりと傘を回して「死者は興味ないけど、生きている人の心を見抜く直感って時々、怖いぐらいだって思う。あれには素子さんは関係ないもの、譲くん、あの女の人って」

「ん?素子さんのこと?先生は『自分は少女だ』って言い張ってるけど・・・」

話が突然、飛んだので戸惑う。

「違うわよ、ほら、あれ。あの人」

ミカの視線の先には公園の大きな池がある。そのほとりに女性らしきシルエットが小さくあった。「・・女の人?」公園外輪の薄暗い茂みの向こう、住宅やマンションの灯り。正直、性別まではわからない。「よくわかるね。」感心すると違う、違うと手を振った。

「最近、あそこにいつもいるのよ。今朝も羊羹買いに行く時も帰った時だって、あそこにいたし。多分、同じ人だと思うな・・・」傘もなく雨に濡れている様子に「ホームレスかなんか?」

「違うと思う・・・服装はいつも同じだけど、小綺麗だし若いし。顔も多分、よく見てないけどスタイルも良くて、綺麗っぽい人だと思うよ。あっ、言っとくけど娼婦とか、そのスジの女の人でもないと思うから。声かける男の人も見たけどすぐ逃げるように行っちゃうんだ。でも、次にここ通るとまた戻ってるんだよね。あの場所に、なんか意味があるんじゃないかな・・・」

「ふーん」足を運びながら譲はそのシルエットへ目を走らせた。早く駅に行かなければ。編集長は7時には約束があると言っていたのだ。ところが、ミカがその袖を引く。

「あの人さぁ・・・きっと基成先生に用があるんじゃないのかな。」「えっ?なんで?」

「私の感なんだけど」もう片方の手でビルの明かりを指差した。「ここから先生の事務所が見えるじゃない。」「ああ・・・確かにね。」そう言われれば先ほど出てきたマンションは公園の外輪を走る道路沿いに建っている。「だけど」「あの人、いつもあそこを見ている気がするんだよ。今朝、なんとなくそう思ったんだ。今もうちの事務所の明かりを見ているのかもよ。」

「そんな、馬鹿な。あっ、ほら」二人の声が聞こえたわけはないのだが、ちょうどその影が方向を変えて動き出した。こちらの方向に重なる。

薄暗い木々の影、まばらな街灯、雨のせいで見通しはきかない。

「先生に相談したいけれど・・・お金が心配とかさ。」

「ああ・・・それはあるかもな。」そう答えた譲には何の意図もない。もっともテレビに出ている有名霊能者である基成勇二の霊視の料金は二桁だの三桁だの噂されている。その噂だけで二の足を踏む相談者がいるらしい、その事実を言っただけだ。

ところが、ミカは俄然とその人物の方へと歩み始める。焦ったのは譲だ。

「ちょっと・・・ミカちゃん!そんな当てずっぽうで」

「違ったなら、違ったでいいじゃない。」ミカはすっかり人助け&営業気分だ。「もしも面白いネタだったら、ミツル出版が費用を持ってくれる場合、あるんでしょ?だったら、お金の心配いらないって、伝えるだけでも良くない?」

「良くないよ!編集長が待ってるんだから。」

「あっ、そうだった。ごめんね!ユズルは先に行っててくれる?」

一瞬、体は駅に向かう。しかし、この暗い公園に見知らぬ人間と一緒にミカを置き去りにするわけにはいかないと思い直す。

「何で余計なことするかな。」お節介なんだから、とひとしきり唸ってから、踵を返した。

女の歩みは緩慢で足の運びが遅い。ミカはもう女の近くにまで達している。何かを話しかけたのだろう。女が立ち止まり、少しよろめく。ちょうど街灯の下だ。譲は早足で追いかける。譲の姿は木立の陰にすっぽり入っていて女からは見えなかったはずだ。近くに連れて譲の歩みはゆっくりになり、やがて止まる。

女はびしょ濡れだ。長袖シャツにジーパン、体のラインがわかる。濡れたショートの髪が顔に張り付いている、その顔にデジャブー感あった。なぜだろう?誰だろう?

記憶が思い至った時、譲の口は無意識にその名を呼んでいた。

「キライ?」えっ?とミカが振り返る。女が顔を上げる。

やはり、すごく似ている。似過ぎている。

「いや、まさか。だけど・・・だって、女だよな。」譲のつぶやきが聞こえたわけではないだろう。女は身を翻して来た方へと走り出した。足を引きずるように。反射的に体が後を追う。

「ユズル!」ミカがとっさに腕につかまった。「ユズルくん、どういうこと?知り合い?」

「いや、そんなはずないんだ!だけど!・・・なのに、あの顔!」

二人は早足で先方の闇によろよろと走り去った女を追いかけている。

「あれはキライだ!キライだった!」

「キライ?キライくんて・・・あの?!」「キライのわけないんだ、キライは死んだんだから。」「鬼来くんて、生方くんの記憶を乗っ取っていた人よね?、ユズルの大学時代の記憶を塗り替えて。」ミカは事態を咀嚼しようと必死になる。記憶を塗り替えられた岩田譲が大学時代の大親友だった生方を忘れて、そのことで仲間やミカにも恨まれ苦しんだことをこの目で見て知っている。

「転んだ!」譲が走り出す。女が体のバランスを崩して茂みに倒れこむのが見えた。

ミカも全力で追いかける。「鬼来くんて地球外人類の血を引いているんじゃなかったっけ?」

そして一族は絶滅したはずだ。ミカが知っているのはそこまで。ミカの顔の血の気も引いていた。

視界が悪いのが、足元が悪いのが、傘が邪魔なのがもどかしい。

追いつくと岩田譲が遊歩道の端に立ち尽くしていた。傘は下に降ろされ、彼も濡れている。

「消えた・・・?いない、ここに転んだと思ったのに。」

ミカも慌ただしく周りを見回す。傘も放り出して、ちょこまかと動いて周りの茂みを伺った。人が無理やり入ったような跡は見当たらなかった。

「ユズル、ほんとだ、消えちゃった・・・?」譲は呆然としているように見える。

「何か・・・言ったか?」「え?」「どんな会話を?」

「いつもこの池の前にいませんかって・・・何か悩みでもあるんですかって。」そこでミカはぶるっと身震いする。「そうだ、私・・・あの目。あの人、具合が悪そうで。目も虚ろで・・・そうなの、すごく暗い目をしてるように見えて、まさかこの人・・・ひょっとして死ぬつもりでここに毎日、来てたのかもって思ったんだ。基成先生に用があると思ったけれど・・・違ったのかも・・・・」

声は小さくなり、ミカは自分の傘を拾って譲に差し掛ける。

「私は鬼来くんをこの目で見たことはないけれど。一族はみんな、よく似ているんじゃなかったけ?」「そうだ・・・クローンだから」濡れた目を瞬きした。冷静になろうと努めている自身がいる。クローンだなんて嘘くさい言葉を今は信じ、普通に口にした自分に少し笑う。

「そうだ、もし本当にクローンならば・・・似ていても不思議はないんだな。」

「じゃあ・・・生き残り?」

自らがこの星に残した痕跡を消すために、マザーとの約束を果たすために、『鳳来』と呼ばれた男が殺し損ねた、鬼来村を離れた一族の一人なのだろうか。

一つの傘に収まった二人は雨の中、長い間、公園の暗がりを見つめていた。新宿で時計を見てイラついているだろう星崎編集長のことはすっかり頭から忘れ去られている。

ご立腹の彼女からの催促の電話で二人はやがて正気に戻るだろう。

背後には二人が出てきたマンションが林の上に覗いている。

最上階の基成事務所の明かりはまだ付いていた。


スパイラルフォー-48

2018-05-13 | オリジナル小説

兄、姉、弟

 

「なんで急にあの二人のことを気にかけ出したんだ?」

素子が基成勇二の顔色を伺うように口を開いた。

「なんとなくね。」勇二は涼しい顔で牡丹から淡い色のシャンパングラスを受け取る。

「気にかけとくのも、私の仕事かしらと思って。」グラスの中身を口に含み目を閉じた。

「守護天使様から聞かれた時にすぐに答えられるようにですか。」

執事姿の牡丹が無邪気に答え、とりどりに趣向を凝らしたカナッペの乗ったお皿を差し出す。

「美豆良の方はわからない。」高級シャンパンとつまみを味わう基成勇二を見つめたまま素子が続ける。「遊民どもは口が固い・・・と、いうか、関心が低い。鬼来マサミの方は5日ほど前に目撃されたのが最後で、ここしばらく不法遊民の風俗ビルに戻ってないようだ。」

「あら。」勇二は目を開き、素子を見つめる。「二人は一緒にいないのぉ?」

「そのようだ・・・」素子は勇二としばらく視線を合わせた後、逸らす。

「小惑星帯で異常を捉えた、と言う話を聞いたか?」

「タトラを通じて?いいえ、ぜんぜぇん!」拗ねたように口を尖らしてみせる。

「ほら、私はさぁ、あなたと違ってあちらからの評価はまったくぅ、だもん。私の情報は守護天使さまを通さなければ・・・連邦じゃ陸の孤島と同じなのよ、でしょ?」

「どうやら例の風俗ビルで戦闘があったらしい。」

「あらっ、ヤダ!こわ~い!」「もしかして、次元戦ですか?」

勇二は身震いし、牡丹は目を輝かせる。

「小惑星帯が捉えたってことは・・・不法移民同士の小競り合いとかですよね?」

「詳細はわからない。タトラが協力組織の方から探りを入れさせたが、移民たちはもともと口が固い、というか、やはり終わった事象に関心が薄いんだ。ただ、どうやら死人が出たらしい。」「死人?」勇二の眉間にシワが寄る。

「それってまさか?姉様、鬼来美豆良が死んだってことですか?」牡丹はあくまで屈託がない。

「それって、大変!兄様、ただ事じゃありませんよ!ショックすよね?」

「・・・まぁ、美豆良は、ねぇ?自分のマザーに従っただけだけど。もともと、連邦を相手に策略を巡らす度胸があるっていうか、危険を弄びがちな、ああいう子だしさ。」

「確か、魔物が憑いていたはずだが。」イリト・ヴェガが大好物である魔物、次元生物。

素子の問いを無視し、勇二はサーモンとチーズの乗ったカナッペを口に放り込む。

「私が心配なのはぁ、マサミちゃんの方よ。美豆良は死んだって、まぁ、それなりっていうか・・・自業自得な感じだから。」

「そうだな。」

「ここに来ると可能性は・・・高いからね。」

「・・・・」

素子は重いカーテンを少し開き、無言で下を見おろす。マンションの玄関から岩田譲と本田ミカが並んで帰る傘が開く。黒々としたの森と重い垂れ込めた雲との隙間にはまだかすかに落日の残照が残っている。その光で上空から公園の池がかすかに光って見えた。そしてその曇天から・・・

「雨が降ってきたようだ。」

その言葉に霊能者と執事は揃って天窓を見上げる。執事がポットを丁寧にテーブルに置いた。

「もし、ここに現れたら・・・兄さま、どうするんですか?」

どうしようか。基成勇二は頭を巡らせた。もう他に頼れる人間はこの星にいないのだ。

しかし、ここには鬼来マサミのかつての同僚、岩田譲が出入りしている。霊能者基成勇二は煩わしいことであると感じていた。しかし内なるデラは・・・。

ため息をつく。

「性別が違ってるから・・・どうにかごまかせるかもしれないけど。」

素子はまだ下を見ていた。窓辺へ執事姿の牡丹が歩み寄る。

『姉さま、ひょっとして黙って始末しちゃおうとか、考えてます?』

驚いたことに牡丹は意識で話しかけてくる。素子は振り向くとギロリと睨みつけた。

『そこまでの価値があるか?』

「ちょっと、そこ、聞こえてるわよぉ!」勇二があくびの腕を伸ばしながら声をあげる。

「私をなめないでよね。何よ、聞こえよがしに!」

「あっ、やっぱり兄さまには聞こえちゃいましたか。ダメでしたね。」牡丹が舌を出す。

「兄さまの能力を見くびってました。」

基成素子は無言で不機嫌な顔のまま、踵を返して部屋を出て行った。

「油断ならない執事さんね。」彼ら二人の兄とされる霊能者は、機嫌は悪くない。

「申し訳ありません、兄さま。」すまなそうに殊勝に頭を下げる『弟』だが。

背後にいるのは神月にいるタトラだろう。笑顔の執事も素子を追うように音もなく姿を消した。

基成勇二はテーブル置かれたポットから手酌でお茶を注ぐ。

素子は記憶を失ったクローンである鬼来マサミには優しかったが・・・オリジナルにはどうだろうか。牡丹はどちらにも無関心だったはずだ。

口に含んだお茶はまだ温かく芳醇な風味が広がる。

『素子より牡丹の方が無害そうに見えるだけに・・・困ったものね。』


スパイラルフォー-47

2018-05-11 | オリジナル小説

大円団? 霊能者事件を語る

 

 

 

「だから、変態男は自分に取り付いた悪魔のせいだって言っているらしいんですよ。」

岩田譲が熱心に話しかけている。「それって、ずっと前に魔物が取り付いて起こした別の事件と似ていると思いませんかね?」「あら、全く似てないわよ。」

基成勇二は面倒くさそうに、しかし即座に否定した。

場所は吉祥寺の井の頭公園に面した新築マンションの最上階、霊能者の個人事務所である。夕方であるが、壁の明かり取り窓は重い雲しか見えない。その真下、間接照明を背景にパースの大きなソファ に勇二と向かい合って座っている岩田譲は長い足を折りたたんでいた。

三十路を過ぎた編集者である彼の服装は未だにラフであり、脱いだスポーツシューズと膨れたリュックは床の上だ。

「あのねぇ、譲くん。譲くんは当事者と言えなくもないから、当然、熱くなってるんだろうけれど。」霊能者、基成勇二は相変わらず小山のようなシルエットだが横からオレンジの光に照らされた顔つやは見るからに健康そうだ。

「いえ、当事者というか・・・まぁ、確かに、ですね。」譲は複雑な顔をする。彼がこの大事件に自分の義理の弟が関わっていると知ったのは、何をかくそう目の前のこの霊能者からだった。と、いうことはこの霊能者の最大のタブーである懐刀、妹、基成素子のハッキング情報ということであることは容易に推察できる。

「鈴木トヨくんの行方不明事案と誘拐された最後の子供とは、今のところ、誰も結びつけてないわよ。事実、あなたの弟は逮捕の日の前夜に発見されたんだし・・・東京の家出した小学生がどこで見つかったかなんて誰も注目していないわ。翌日の深夜に長野で発覚した大事件と比べりゃ比較になるわけないもの。それに、何においても・・・彼は『男の子』なんだから。」

「まぁ、公にならなかったのは、ほんとによかったんですけど・・・正直、実は僕はまだピンときてないんですよね。年も離れてるから、僕とはあんまり行き来もなかったこともありますし。」再婚した父親の家庭とは、妹の加奈枝や弟の渡ほど関わりは深くないのだ。

「それに・・それにしても、女の子と間違われるなんてあるんですかね。」譲は居住まいを正す。「確かに、僕はトヨくんがまだ赤ちゃんの頃、一度、会っただけですけど。それに最近は写真でしか知りません。確かに、かわいらしい顔ですよ。女顔だとは思いますけどね。さすがに・・・それはないんじゃないかと。」

「譲くんには美少年の審美眼はなさそうだもんねぇ。」そういう霊能者を譲は横目で見る。

「僕が先生が言うことに一理あると思うのは、ですね・・・もしも、魔物が取り憑いてたら男と女を間違えることは絶対にないんじゃないかと。そこなんです。」

それもよりにもよって僕の義理の弟だなんて、何やってんだか犯人も。迷惑だ、おかげでこっちは・・・。ブツブツつぶやく譲を面白そうに霊能者は観察した。

話を聞き慌てて神月の母親に確認の電話をした譲は、自分自身がすっかり蚊帳の外に置かれていた事実を確認することとなる。親族から見て月刊『怪奇奇談』などというものは、ただでさえまゆつば物を扱う、扇情的なオカルト雑誌だ。所詮、マスコミなど無責任なもの。よって、購買アップの為に親や子だって売りかねないのが編集者だとは祖父の弁・・・すでに別家庭を構えた父親の子供、義理の弟の件はできるだけ譲には黙っておくことに越したことはないだろう・・・そんな暗黙の了解が旅館竹本の中では成立していたのだ。

母親の須美江にはその電話で、しっかりと釘を刺された。

『あんたの雑誌でトヨくんをネタにしないでよね。そんなことしたらお父さんだけじゃない、私もおじいちゃんもただじゃおかないんだからね、いいわね。』

そんな譲の心の鬱屈を基成勇二は見透かしている。

「あの幼女殺人鬼はねぇ、アホなのよ。もともとそういう奴なの。取り憑かれようが取り憑かれまいが、ああいう凶行に走るような奴だったんだと私にはわかってる。魔物はなし、憑依もなし。そのことはもう、信じなさいって。」

「じゃぁ、じゃあですよ!あいつには何も取り付いてない、それはそれでいいです。あいつが凶行の度に自分の頭の中で声がした、それに従っただけだと言ってるのは先生も知ってますよね?なんたって警察の公式発表ですからね。それって全くの犯人の嘘、作り話ってことなんですか?」

譲だってがっかりしているのだ。「魔物関係の記事として組み立てるのは・・・さすがに無理だって言いたいんですよね、先生は。確かに、確かに・・・ただの連続誘拐殺人事件じゃ、ホラーとUFOが専門のうちの範疇じゃないありませんからね。」

それらは事件系の週刊誌の専売特許だ。オカルト専門誌の出る幕はない。

もちろん、実際は身内が関係しているとなれば、やりようはある・・・いやいや、それはダメだ。母親に殺される。いや、違う。もちろん、弟のことはハナから書く気などはないのだ。

その証拠に、譲は星崎編集長にだって、これだけは言っていない。基成先生にも必死に頼み込んだのだ、だから今も黙っていてくれているはず。

・・・だけども、もったいないことは事実なのである。譲の編集魂が疼く。

これは空前実後の事件なのだ。機代の凶悪事件は発覚してからまだ1週間、巷の話題をすっかりさらっている。月間『怪奇綺談』が何気にその流れに乗っかりたいと思ったとして、誰がそれを責められるだろうか?いや、誰も責めはしない!・・・と、いうのが編集長、星崎緋紗子の考え方なのである。岩田譲はその忠実な部下に過ぎないが、編集長の気持ちが痛いほどわかる。

「記事にならないだなんて聞いたら、編集長、がっかりするだろうな。」

「最近の犯罪者は頭がいいからねぇ、幻聴だ電波だ、そういう風に答えれば精神鑑定に持ち込めると今や、誰でも知ってるもの。それで信じてくれたらめっけもん!言ったもん勝ちってわけよ!」霊能者は興味なさそうにあくびをした。

「だけど、でも、いいわ。他ならぬ緋紗子ちゃんのためだもの。なんか適当に辻褄合わせてあげるわ。ミツル出版には日頃からいい宣伝してもらってるし。」

「ハァァ・・・恐縮です。」頭をさげつつも、若き編集者のモチベーションは見るからに下がった。編集として膨らませる一抹の真実もなく、全くの嘘、つまり創作物を載せるのは初めてではないのだが・・・正直あまり楽しくはなかった。

「しかし、20年間で12人も殺す奴、絶対、悪いものが憑いてると思ったのになぁ。逆に何も憑いてないのにそんなことする人間がいるって方がショックかも。」

「腐った人間っていうのは案外、いるもんなのよ。何でも魔物のせいにしちゃ人としていけないでしょお。もしも精神科医と同等に霊視の意見が裁判で重んじられるんならば、私がいくらでも証言したげるのにねぇ・・・残念だわ。あの犯人が最初から正気で犯行を行ったのは一目瞭然なんだけどねぇ。」

突然、黄色い声が響きわたる。「ええ~っ!先生、それって、ちょっと待ってくださいよ!あの犯人って、まさか、責任能力なしとかになる可能性があるっていうことですか、先生?

弁護士が精神鑑定を請求してるってことですか?!図々しい、信じらんない!世も末です!」

そうまくし立てながら、お茶菓子を運んできた女の子がそのまま、譲の隣に座る。

図々しくないさ、平等な人の権利だ、と譲は苦々しく応じた。

座ったのは本田ミカだ。譲の大学時代の元カノである。

すでに、葬祭会社を辞め、基成勇二の事務所に勤めて3年となる。

受付、お茶出し、お使い、掃除、なんでもやっている。当時、安定した給料よりもやりがいを取ったと言っていたが、基成事務所のお給料だってそんなに悪くはないはずだ。

「キミ、ほんと場にはまってるよね。まるで水を得た妖怪だな。」

占い師のごとくかかとまで届く黒ずくめレースのデザイナーズワンピにコスプレのような同色のフードを頭から垂らしたミカに譲がジロリと上から下まであらためて目を走らした。

「最近、ますます悪ノリしすぎじゃないか。」本田ミカはへっと舌を出し茶菓子に手を出す。

「まぁまぁ、そう人をうらやましがらずに食べなよ、社畜さん。この羊羹、おいしんだから。」

「そうよ、ミカちゃんが朝から並んで毎日、買ってきてくれるの。それにね、犯人だけどぉね。いたいけな子供12人も殺して無罪だったら、これはもう絶対、暴動になるわよ。相手がたの弁護士を責めちゃダメよ、仕事をしなきゃならないんだし、譲くんが言ったように手順上、仕方ないのよ。いっそのこと、逮捕された例の廃校で死んでてくれてれば四方八方、面倒がなく丸く収まったんじゃないかと私は思うんだけどねぇ。」

「それじゃダメです!当然、裁かれなきゃ!」「真相が明らかにならないじゃないですか!」

譲とミカ二人に即時反撃され、基成勇二は密かにため息をつく。

全く、この地球人どもときたら。

 

基成勇二ことイリト・デラが浄化槽に落とし込み、トヨとハヤトが放置した『変態』は鬼来マサミが余計なことを?してくれたおかげで酷い運命からは逃れられたのだ。

GPSと優秀な警察の捜査により、男は翌日の深夜に発見された。一昼夜半ほど、飲まず食わずで・・・パニック状態だったらしく頭や体は壁に打ち付けた痣だらけで登ろうと何度も試みた指は血まみれだった・・・それでも命に別条はなかった。ただし浄化槽には寒さのため腐敗が遅れていたとはいえ、まだ完全に骨になりきれていな遺体もいくつかあり・・・その腐敗菌に触れていたこともあって、すぐに病院へと搬送されたのだ。精神状態はかなり『きていた』かもしれないが・・・どうにか取り調べができるまで回復した。彷徨っていた幼い魂が生きていた間に、彼が施した容赦ない仕打ちを思えば、マサミのこだわったこの星の『法律』に委ねることが果たして公正なものだったのかとさえ疑われるかもしれない。

 

「犯人の名前、顔、個人情報が大きく世間にさらされたんだから、それでよしとしな。」

いつの間にか、室内に現れた基成素子が大きな液晶画面を譲に差し出す。

「よしとは、できないでしょう・・・って、これって素子さん。」

「またまたハッキングの戦利品だわね。やるわねぇ。」

勇二の一言で譲とミカは画面に釘付けとなる。

家宅捜索された単身者用マンションから、男の犯罪の胸の悪くなるような詳細な記録が押収されていたのだ。USBメモリーに刻まれた犯行の全て。

戦利品を収集するごとく、たまたま通りすがりの気まぐれでさらった被害者の名前や自宅、家庭環境なども男は後付けで調べずにはいられなかったようだ。最初は偶然に頼っていた犯行が、年月を重ねると共に周到に標的を選ぶ計画的な誘拐へと形を変えていったことがそれによってわかる仕組みだ。子供は日本全国に散らばっており、初めての犯行は彼の大学時代だったことも。

卒業後、常に住処を変え仕事を転々としていた犯人は、セメタリーに選ばれた廃校の周辺の土地勘もあった。(最も古い犯行は、当時はまだ廃校でなかった、その近くで行われていた)

このようにもう充分、これ以上はもう吐きそうというほどのケチの付けようがない証拠。

 

「これって・・・『お宝の山』ですよね。」

「編集としては満点、だけど人としてはNGなセリフですよねー、先生。」

「そのままじゃ使えないわよぉ。」「わかってますって。」

「譲くんに星崎さんの『鬼畜』が感染ったんじゃないかしら。」

そう文句を言うミカも画面を読み続けずにはいられない。

「でも・・・これじゃ、逆に精神鑑定するしかないかも。異常だもの、この記録魔ぶり。」

ミカがしきりに残念そうにやばいやばいと繰り返す。「どうしよう、無罪になっちゃう~」

「大丈夫よ、偏執狂的性格はあくまでも、性格。責任能力とは関係ないから。」

「そうだよ、これがあったから、犯人は言い逃れができなかったんだ。」

貪欲に記録を目で追う譲も請け負う。「こいつは良心は確実に欠如はしているけれど、ちゃんと犯行を隠す工作をしている。そんなことまで記録してある、すごい証拠だよ。無罪になんか、なるか。なるもんか、だ。」

「それに、その偏執的記録癖のおかげで遺骨や遺体が、それぞれの遺族にきちんと戻されることになったことは確かだな。」

基成素子の言葉は淡々としていて、ゾーゾーの胸中は計りしれない。

勇二の視線がちらりとそちらに飛ぶが、素子は気付かず窓から見える公園の池を見下ろしている。

「だからってありがとうとは、言えるわけないよね。」ミカの声は怒りに低くなる。

「私だったら12回、殺してやりたい。同じ目に合わせて。」

無事帰宅を信じて待っていた遺族の悲しみと怒りは計り知れないのだ。

だが、その被害児童の幾人かは親自体までも行方不明であることがハッキングされた警察記録には載っていた。明らかに虐待していたと思われる親達もいたことも。

あくまでも犯人が詳細に調べ上げていた家庭事情をベースにしたものだが。

その辺の調査や聞き込みも、時が経ち既に証明は難しいものが多い。

虐待した親たちを罪に問うことはできないだろう。

譲がようやく液晶画面から顔を上げた。

「最後の被害者のことは、まだ調べ上げていなかったんですね。」

「犯行の後で、思い返しながら記録するのが流儀だったんでしょうねぇ。」

「唾を吐きかけてやりたい!」

「ミカちゃん、あなたの貴重な水分がもったいないわよ。」太い指を突き立てる。

「こんだけ動かしがたい証拠があるんだもの。多分、トヨくんの証言は参考ってことですむわ。裁判には名前も出ないで済むでしょ。」もちろん、そうですと譲はうなづく。

「母によると子供を専門に扱うカウンセラーが対応したそうです。」

「翌日には、学校に行ったんでしょ。心が強いわね。」

「ですね。」譲は写真で見た『女顔』を思い浮かべた。

「当人は車の中でずっと寝ていて、気がついたら誰もいなかったと言ってたそうです。だけど、真夜中の廃校ですよ・・・いくら月明かりがあったとしても夜道を3キロも歩いて村の交番までって・・・。確かによく考えるとすごいな。まだ6歳なのに、根性があるよ。」

「子供だから重大性がわからなかったんじゃないの?」ミカはファイルを素子に返し、譲は素子にコピーをお願いする。「自分がもう一歩のところで、殺されるところだったって気がついてなかったとかね。」

「そうね。そういうこともあるかも。」霊能者は心の中では全く別のことを考えている。

「攫われた時は、車に引きずり込まれてすぐ袋をかぶせられて眠らせる何かを嗅がされたらしい。犯人の顔も見てなかったとか・・・何が起こったかもわかってなかったかもね。」

そんな甘いタマではない、と勇二は思っている。

 

『あの子供は・・・鈴木トヨは特殊能力者っていうか、完全に内側で分離しているようだった。片方の自己は自己というほどの力を持っていないようだけれど。それでもすごく指導的な立場にあることに変わりはない。とても面白い対象だわ、あの子。』

どういう運命が待っているのだろう。鈴木トヨがアギュを見て倒れたことはまだ、イリト・デラは知らない。

今回のことで数奇な運命を背負ってしまったもう一人のことが頭に浮かぶ。

『とうとうマサミくんは一人になってしまった・・・』


スパイラルフォー-46

2018-05-05 | オリジナル小説

新たな謎

 

デモンバルグはフラフラと闇に紛れ出て、深く沈み込んだ。カラスの羽音がしたような。

早くも4大天使へご注進に及んだか。忌々しい天使族め。いや、そんなことはどうでもいい。

思わず口をついて「・・・アーメンナーメン。」そうだ、確か、そんな名前だ。

それが墓の蓋になっていたごとく、封じ込めた亡霊たちが吹き出てきそうになりデモンは慌てて記憶の連鎖を断ち切った。悪魔と名乗る彼にも思い出したくない己の黒歴史でもあるのか。

それでも覆った意識の底から・・・やわらかな声が、手が・・・頰を撫で・・・

「それが、ミコの名か。」電光のように魔物は振り返り、傍にアギュレギオンを見出す。

「しつこいさ!」怒りが稲妻のように放たれるがアギュはわずかに身をそらして避けた。

「ストーカーかっ、俺の!」「かもしれぬ」アギュは取り繕うこともせず纏わりつく。

「オレはそのミコのこと、知らなきゃないようだからな。」

「お前の都合なんか知るか!そんなことより、あのガキの方はいいのか。」

「タトラやユリが手当てをしている。カレはまだ幼い、ヨウリョウが足りなかった・・のかな。いきなりハツドウしたミコのエネルギー全ては受け入れきれなかっただけだ。オマエがそれをわからないわけはない。」

「なんだって言うんさ!?」魔族が睨みつける。その視線は炎を吐くが相手は動じなかった。

「アクマ覚えているはずだ、ヤクソクを。」

「サァ、なんだったかね。」デモンバルグはシラを切る。

「ワタルが成長したら・・・オマエはコダイのフネのアリカに案内する・・・」

アギュは逸らした目の先に回り込む。

「ワタルは18サイになった。パスポートだって取れるし、カイガイにだってイケル。」

しばらく、二人は睨み合い・・・無言で文字通り空間にエネルギーの火花を散らした。

感情の高まりに、ソリュートが胎内で動めくのを感じアギュはそれを必死で押しとどめた。

ここで戦えば、また地上が・・・現実世界が乱れる。

いちいち、カバナリオンの二の舞になってはかなわない。

「ふん、まぁ、それもいいさ。」先に折れたのは魔族だ。大げさに肩をすくめてみせる。

自分でも確かに、いつまでも先延ばしにしても仕方がないと思ったらしい。

アギュもホッと力を抜いた。

「それにしても・・・あの子供が会いたかったのがお前だったとは、驚きさ。」

「ワタルでなくて、ホッとしたんだろ。」それはそうだがと。

「俺が今まで長年、してきたことはなんだったんだか。渡と巫女を合わせたら、電光石火、化学反応みたいに何かが起こるとずっと信じて・・・俺は合わせないようにしていたのにさ。なのにいざ出会ってみたら、巫女は渡には全く興味ないときたもんだ!」

「オコルってナニガ、オコルと思っていたんだ?フタリのデアイで」

それには魔物は答えない。「それにしても・・・」デモンバルグは空中でアギュに向き合う。

「巫女が会いたがったのはなぜ、おまえなのか。ヒカリ?教えて欲しいもんだ。」

「それをオレもシリタイ。」アギュの返事は心から出たもの。

デモンバルグの瞳にも同意の色が浮かぶのをアギュは見のがさない。

トヨの反応はデモンバルグにとっても、予想外だったのだ。

 

 

もちろん、予想がつかなかったのは彼らだけではない。

「なんでなんだ?。」

ユリの問いに渡も首をかしげ続けている。

阿牛家の和洋折衷、大正モダンな応接間の長椅子に横たえられた鈴木トヨはぐったりとしているが息遣いの乱れはない。満ち足りた不思議な笑みを浮かべて眠っているのだった。

しばらくすれば自然に意識も戻ると診断したタトラは水差しを取りに席を外した。

この朝からワーム使いたちの姿は見えない。パトロール中じゃとタトラは説明している。

(詳しいことはわからないが新しい神月の客である『切り貼り屋』とナグロスの姿もないことから、おそらくそちら絡みと思われた。)

「渡には目もくれなかった。」

繰り返すユリの駄目押しに渡は何度目か、肩を持ち上げてみせる。

「夢ではさ・・・僕らしい誰かはトヨくんに、というか、多分さっきの女の人に・・・何度も殺されているんだけどな。テレビを見ているみたいで実感はないけれど、いい気持ちはしないよね。他の夢を見たいのに見れないんだもの。なんか疲れるよ・・・」ため息が出る。「僕はこの子に会うのが怖かったんだ。あの夢が何かわかるかもしれない、自分の中で何かが違ってしまうんじゃないかって。だけど、何か・・・取り越し苦労だったね。」

ユリが寄り添い手を握る。「落ち込むな、渡。」いやいやと渡は首を振る。

「これからも・・・またあの夢、見続けるかなのかなって思って。」

「大丈夫だ、見たとしてもユリがついてる。」渡は真面目一徹なユリの顔を見て笑った。

「そう、ユリちゃんが側にいてくれると見ないで済むんだから、ほんと不思議だよね。」

規則正しく上下するトヨの胸。タトラが持ってきた毛布で包み込む。

「その夢とやらが、二人が呼応している証のようじゃの。」今回、渡の夢の話はユリからアギュへ、アギュからタトラたちに伝わっていた。古代の足がかりの一つとしての真剣な判断材料だ。

「僕の方だけかもしれないけどね。」自嘲気味に返す渡も嫌がってるわけではない。

『鈴木トヨが渡の運命を握っているのは確かなようじゃ・・・だが』

「あの巫女にとっては、そうでもなかったってことじゃろうか。」

渡が気がかりそうに子供を見守る位置に座った。

「それより、トヨくんが会いに来たのは・・・ひょっとしてアギュさんなのかな?。」

それはそれでユリにも大きな問題だった。

アギュはデモンバルグを追って行って姿が見えないまま。

遺伝子上の父親に過ぎないアギュレギオンだが、ユリなりに『父』だと思い、誇りを抱いている。この星の親子関係とは似て異なるものであるが・・・渡に引き続いてアギュまでこの子供に巻き込まれるのはごめんこうむりたかった。ユリは子供の閉じられた長い睫毛を睨みつける。

タトラもうーんと唸ったきり、ユリから視線を外した。困ったものじゃと思う。

「渡どの、ひょっとすると・・・もう夢は見ないかもしれないの。」

 

 

 

 

 

 

 


スパイラルフォー-45

2018-05-04 | オリジナル小説

現れた古代の巫女

 

「いらっしゃい。よく来ましたね。」そう当たり障りなくアギュは声をかけた。

それを見あげた鈴木トヨの表情は劇的に変わる。

 

ユリには見えた。渡にも見えた。

その場にいたニュートロン、タトラにも見えただろう。

 

「探してた・・・」子供の声はトヨのものとはかけ離れる。

見知らぬ女、大人の女だ。

「・・・ずっと」どんなに会いたかったことか・・・

 

もっともはっきりと見えたのはアギュレギオン。

 

それは一人の女・・・まだ、少女に近い。

緋色と黄色のグラデーションエネルギーがあたりに球状に立ち上がり広がった。その渦巻く中心。高く複雑に髪を結い上げた娘が、アギュの前にかしずくように膝を折った。目は目の前の臨界進化体から離れない。

服は床まで届く白銀のドレーブ、鮮やかな彩色をされた血のように赤いローブを羽織っている。装身具は一切、ない。見たことのない服装だが、どこか古めかしい。特記すべきはその服の材質だった。布であろう、が、ただの布ではない。ラメのように細やかな光の糸で織りなしたかのようだ。いや、織りなしただけではない。まるでその糸の一本、一本がきらめきを放ち生地を覆い、渦巻く。まるでその光は生きているかのように揺らいでいる。模様が意思を持って常に少しづつ形を変え、マスゲームのごとく模様を作り続けているのだ。ぶれ続けているように見えるのはその娘の体、大きな目を見開くなめらかな顔、その白い肌そのものもだった。肌はラメを施され、内側から底光しているようだ。娘の意思を表に現すように微かに明滅する。

 

うっとりと仰ぎ見られアギュが当惑することと言ったら。

「・・・巫女・・・?」アギュが呟くと、娘はうなづき、涙が二筋こぼれ落ちた。

それから微笑む娘の瞳はゆっくりと閉じられ、その顔は急速に遠ざかり朧にぼやけていった。

下地となった鈴木トヨの顔が現れ・・・音もなく、足元に倒れた。

 

とっさにアギュは顔を振り上げ、降りてきた階段を振り返る。思った通り。

やはり、悪魔がいた。正確には天使と悪魔が。

デモンバルグの顔には計り知れない表情が浮かんでいる。

渡とトヨの出会いを知り、どこからか、慌てて駆けつけたのだろう。

彼も巫女の幻を見ていたはず。

そして彼は、今もまだトヨを通り越して何かを見続けているようだ。

はるか古代を思い出しているとアギュは確信する。

瞬時、アギュはデモンバルグのすぐ前に移動した。

 

 

初めて見る茫然自失したデモンバルグはアギュに気づくのが一拍、遅れた。

「わっ!」身を引きかけた腕をきつく引く。「彼女は、誰です?」アギュの詰問。

「なんだって?」顔を反らす悪魔に再び、問う。「知っているんでしょ?」

鈴木トヨは意識を失ってユリに介抱されていた。渡は何が起きたか理解できず、立ち尽くしている。タトラの視線だけがトヨからアギュの動きを正確に追っていた。

「何を言ってるさ。」不意打ちが成功したかに見えたが、デモンバルグの立て直しも早かった。

アギュの目にしっかりと視線を合わせた時には、すでに落ち着いている。

「何のことやら、な?ヒカリ。あのガキ、お前を見てえらい動揺してたじゃないか。」

そう、それがアギュにもどうしてなのかわからない。

かつてアギュは天使ミカエルの一人に絶対主と間違われたことがある。

彼も『待っていた』とアギュに言ったのだが、それとトヨのや本意は違う気がする。

誰か、具体的な誰かと混同しているのだ。そう直感した。

アギュの困惑を良いことに、魔族はせせら笑いシラを切る。

「お前の方が何か、知ってるんじゃないのかさ。」

そう強情に繰り返す。一瞬は悪魔の不意を打つことに成功したのだが、さすが海千山千の魔族。アギュに教えるつもりはないということだった。

 

「アギュレギオン、あなたにも・・・わからないんですね。」

デモンバルグにトヨの来訪を告げ、そのままついてきた天使、明烏はひたすら状況を傍観し続けることに周知し、自らの驚きを押し隠していた。アギュに失望しつつ。

「あの女は巫女・・・なんですか?」カラスにはアギュほど鮮明には見えなかったが、娘の放ったエネルギーの違和感は正確に伝わっている。

「それはなんとなく、腑に落ちるものがあるけれども」天使の肌がざわついたのだ、鳥肌のように。『今までに感じたことがないものだ。あれは・・・』ギリシャやエジプトの神殿の奥に感じる古代の神の名残、残像エネルギーに近いと思った。現代の信仰とは異質なもの。

『古代神には幸いなことに、会ったことはないけれど。』腕をさする。

旧約聖書の誕生と前後する4大天使とは明らかに違う、エネルギーだ。

朧で捉えどころがなく、計り知れない・・・一瞬でどこからか極限までに満ち溢れ、子供が意識を失うと同時に全てが消えてしまった。

一番古い悪魔と言われるデモンバルグの次に古い記憶を持つ4大天使。

彼らなら、何か見当がつくかもしれない。

すぐさま、4大天使の聖域に駆けつけたかった。

 

アギュとデモンバルグを見つめるタトラの表情は計り知れない。

『アギュどのはデモンバルグを野放しにしすぎではないのかの。』そう思う側から思い直す。

『確かに次元生物を捉えたところで奴の記憶を絞り出すことは至難の技・・・脳から抽出可能な生身の肉体とは違うのだ・・・イリト・ヴェガも容認するしかあるまいの・・』

タトラの立場は直属の上司とも同等と言える。かといって、小惑星帯の誰よりも上だ。

この星の子供にしか見えない外観であるが、実は彼は中枢の『祖の地球』の極秘資料の一部の閲覧も許されている身分だった。

『デモンバルグは古代、この星に流れ着いた『祖の地球人』たちが連れ歩いたというパートナー生物。人口魂からつくられた『ドウチ』であるというアギュどのの推察が確かであるならば・・・』タトラの目が細まる。『しかし、肉体が滅びた後も存在し続けているなどとは・・・資料にはないようじゃ。イリト・ヴェガは、この地に降り立ってからの何らかの技術の向上によるものではないかと思っとるようじゃが。はて・・・』

デモンバルグはアギュレギオンをうまく交わしたようだ。臨界進化体はすぐさま後を追って姿が消える。この後の彼らのやり取りを是非に聞きたいものだとタトラは唇を噛む。

天使も消えたが、果たしてあの二人の次元をたどれるものか・・・

諦めてタトラは足元の鈴木トヨに目を向ける。

『この子供の中にあるものこそ・・・古代の遺物であろう。かつて神城麗子が持っていた、巫女のために作り出された魂じゃ。』

その目はユリに指示され、トヨをソファに横たえている竹本渡へも向かった。

『それはおそらく、創造機関を操る彼の中にも・・・別のものがある。』

 

トヨは内なる巫女となり満たされて、夢の中をさまよっていた。

巫女の魂はこれを持ってトヨの心の奥へと深く沈んでいく。これからは意識から分離した巫女がトヨの視覚に現れ、会話するようなことはなくなるだろう。その代わり、トヨと巫女は深く溶けあった。巫女の力はトヨのものとなるが、トヨはまだそれを知らず、その自覚もない。

夢の中では青すぎる空の只中を進む船をトヨが首が痛くなるほどに夢中で見上げている。

光を吸い込む黒い船が巫女となった目には白銀に輝いて見える。

『ああ、こうして・・・あの船をいつも見ていたっけ』眠るトヨの顔は微笑む。

『・・・あの人がいたからだ』尽きることのない巫女の幸福がトヨをつらぬいていく。



スパイラルフォー-44

2018-04-30 | オリジナル小説

神月の5月

 

季節は禍々しい事件に関係なく、進んでいく。若葉が萌え出る美しい緑に覆われていた山々は濃い初夏の色へと。柔らかな風はスギ花粉とは違う、次のものを乗せて。

それは山梨のはずれにある神月の土地でも変わりはない。GWはもう終わる。

鈴木トヨが神月に来るのは予定よりかなり遅れ短くなった。

 

田町の家だけではなく、鈴木の家も子供の誕生で忙しかったからだ。

トヨが無事に帰り、父親はトヨを手放すのを嫌がった。常に目の見えるところに置こうとする。そうこうしている間に、トヨの母親は順調に男の子を産み落とした。

トヨが待望していた弟。

だから本当ならば鈴木トヨは神月に行かなくても別に良かったのだ。

トヨの誘拐事件のことは家出事案にすり替えられて地域では周知され、事実を知る人間はわずかになった。そのわずかの人間の配慮によって、父親が大学に申請し出た長めの産休が実現する。母親の真由美は産後の体をいたわらなくてはならないが、トヨはもともと手のかからない子供なのだ。しかし、さらわれたばかりの子供を誰が遠くにやりたいものか。

ところが、トヨが行きたがった。

学校が始まらない、その前に少しでも、一泊だっていい、お願いだからお父さん!

それはもう、熱心に。勿論ハヤトは行かないし、一人なのに。

母親は新生児に手一杯だったし、トヨの面倒を見ていた甘い父親は結局、折れる。

神月から母親真由美の友人であり、事情を全て知らされた寿美恵がわざわざ家まで迎えに来てくれることを快諾してくれたこともある。

『全くおかしな関係だな』と誠治は苦笑するしかない。

神月に行けば、トヨの義理の兄弟である保育士になった加奈枝がいるはずだし、GW中はいとこの渡も大学から帰っている。旅館には綾子や祖父母、渡の友人たち、ユリ、離れの住人たちもいた。一人になることは絶対にない。そう須美江は保証した。

つまるところ、近頃の誠治は寿美恵との現在の距離感が嫌いではないのだ。

 

 

 

トヨ、来る

 

タトラこと寅さんから客の到来を告げられた、アギュこと阿牛蒼一が神月のリニューアルされた屋敷の和洋折衷の階段を下りていった時。

ちょうど、鈴木トヨは渡とユリに連れられ客間に入ろうとしているところだった。

距離があっても渡がなんだかソワソワしているのがわかる。彼の目は落ち着きなく、輝いている。このなぜか気になる、義理いとこの子供を見たいのだが見てはいけないような感じだ。

それを見まもる阿牛ユリの表情は剣呑。こちらも一目瞭然。ものすごく機嫌が悪い。子供を凝視する時、ユリの目は鈴木トヨを撃ち殺さんばかり。

子供がそれに気づいているのか、全く気がつかないのか、涼しい表情なのが救いだった。

 

渡とユリはGWの間中、ほぼ毎日、互いの家を行き来していたのだ。二人だけでなかった日も入れれば、会ってなかった日はない。二人は既に互いの親も周囲も認めるカップルなのだから。

ユリはトヨが来ないものと思って安心しきっていたのだろう。

明日は二人で仲良く東京に帰るつもりだった。それが今日になって。突然、渡と自分のテリトリーに侵入して来た子供が許せないのだ。単純に気に入らないのだけならまだいい。

渡の夢の話や変化に敏感なユリは、この子供が渡にとって危険であることがわかっている。

トヨに会う事で、渡の運命が動くことを本能的に恐れる。

そのユリがドアを支えながらこちらを見上げる。

ユリの目はアギュに『なんとかしてよ』と言いたげだった。最近になって、渡からどうにかデモンバルグを遠ざけることに成功したと思いこんでいる阿牛ユリである。もう渡の生を脅かすものはないと、安心しきっていた。それなのに。また別の『脅威』が誕生するなんて!と、ユリは言いたいのだろう。渡の守護者を自認するユリには我慢が出来難い状況だ。

忙しいことだとアギュには、微笑ましかった。

当然のごとく、デモンバルグこと神恭一郎はこの席に招かれていない。

ユリが頑張って渡から遠ざけたと安心仕切っているデモンバルグがだ・・・その『悪魔』がトヨの命を狙っているのだとユリが知ったならば一体どうするだろうか。

トヨが死ぬことまでは願わなくとも、渡から遠ざけるためにユリは『悪魔』と和解し共闘するかもしれない。そうとりとめなく考える。思わずクスリと笑った。

アギュはトヨの目にごく普通の中年男性の世帯主、ユリの父親として写るはずだ。アギュに出会うと自動的に脳の視覚野にハッキングがなされる。タトラが神月に施していたちょっとした脳の錯覚は今や・・・小惑星帯がこの星全体に・・・『果ての地球人』全般に対してだ・・・そのような仕組みを張り巡らせていた。臨界進化体の秘密はそれぐらいの価値があるということ。

だからアギュはためらいなく、普通に歓迎の声をかけた。

 

 

渡はおもはゆく、気持ちを持て余していた。

不機嫌なユリの仏頂面は最初から目に入っていたが、それをなだめるいつもの余裕が彼にはない。なぜなら、昼すぎ、子供が旅館『竹本』に到着した。以来、彼はずっと心が乱れ続けている。

鈴木トヨの到着は渡にも不意打ちだった。

若者らしく彼も大人達の会話にはあまり興味を払わなくなっている。

入学したばかり、これまでとは違う難しい勉強もある。

幼い頃から困っていた機械と相性の良すぎる性質は、アギュたちのおかげで抑えることができている。そうでなければ、工学科になど進学できない。理屈でなく動かせた機械たちの、その動く理屈がわかってくると面白くて仕方がない。そんな機械たちを設計し、一から造ってみたいのだ。それは単なる設計や組み立てではない。渡にとっては、命を生み出し、育むことに近い。

そしてさらに、渡は青春の真っただ中にいる。

大学で出会った新たな交友関係が新鮮だ。旧友や交際中のユリとのやりとりも忙しい。

前日は幼馴染のあっちょやシンタニ達と飲み倒した。離れを借り上げている社員たちが留守の間の、気の置けない男子会だ。友人らが帰ったのは朝ごはんを『竹本』で揃って食べてから。

そのあとは母親に呼ばれるまで部屋でいぎたなく眠っていた。

その日、誰かが来るとは察していたが、もともと旅館なので特に気にはしていなかった。母と叔母が揃って迎えに行ったというのもせいぜい大月駅までだと思っていたのだ。

だから、母の綾子や須美江叔母と一緒にお茶とケーキを囲んでいる『客』の姿を目にして初めて渡は驚いたのだった。

挨拶もそこそこに義理従兄弟であるトヨくんの面倒を見てやってと母から頼まれる。

あたりを案内したり、遊び相手になってやれと。年齢は(母や叔母よりは)近いのだからと。

なんなら、ユリちゃんも一緒にとさりげなく付け加えることも忘れない。

トヨは渡の動揺を知ってか、知らずか礼儀正しく挨拶をしただけだ。

それでもトヨが、以前より興奮しソワソワしているように感じたのは考えすぎだろうか。

渡が毎晩、夢に見る女性の面影とは似ても似つかないトヨだ。

だけども、この子供に会ってから子供の時以来、見なかった夢が再び蘇った。その内容も格段に具体的になったことはまぎれもない事実なのだ。

それだけではない、この子供は間違いなく問答無用で落ち着かない気分にさせる。渡にとってそれは、夢から地続きした罪悪感であり、前世の虚無感のような複雑な気持ちだ。

頼りになりそうな加奈枝はいない。朝から友達と出かけていると言われる。

困り切った渡が阿牛邸に行くことにしたのは、母からユリの名が出たことからだ。

それにこの子供を巡る自分でもどうしようもない困った心の動きを知っているのも、それを相談できるのもユリだけだったから。

それになぜか、子供も会いたがっていた。

『あのおねえちゃんはどうしているの?おねえちゃんの家に遊びに行ってみたいよ。』

これ幸いと電話するともちろん、ユリは断らなかった。

渡を救うのは自分の使命と思っているユリなのだから。

渡のピンチに、付き添わなくてどうする。


スパイラルフォー-43

2018-04-29 | オリジナル小説

裕子と墓守と子供の骨

 

トヨが帰った夜。不意に『切り貼り屋』が訪ねて来た。

子供二人が寝込んだ後に、未だ荷物の整理をしていた田町裕子ひとりを訪ねて来たのだ。

不意のことに立ちすくむ裕子に『切り貼り屋』が神妙に差し出したのは小さな骨壷だった。

「おそらく全部、揃っていると思う。」

土石流に流された裕子と屋敷の子供、本物の『ハヤト』の骨。

裕子が絞り出せた声は大変小さい。

「・・・見つけてくださったんですね。」

「俺たちにかかれば、造作ない。薄い骨で溶けちまったものも多いが、できるだけはしたよ。」

蓋を開くと白い貝殻のような骨片がわずかに入っている。痩せた小さい子供だった、頭蓋骨以外の骨量は少なすぎるほどだ。ヒビ割れた頭蓋骨に指を走らせるとしばらく流すことを忘れていた涙が溢れた。

感謝は声にならない。だから裕子は精一杯の笑顔を作って『切り貼り屋』に手を合わせただけだ。だけども、その涙を拭く間に骨壺は裕子の手から消えている。

「悪いが、これはしばらく俺たちが預かっておく。」

瞬く裕子の目には、男の後ろにいつの間にか現れた男が目に入る。白髪の長髪を後ろで縛った渋い初老の男だった。男は骨壺を胸に抱いて、裕子に深く頭を下げる。

「俺たちはあんたたちよりは長生きだからあんたより先にポックリ逝っちまう心配はない。」

安心して欲しいと『切り貼り屋』は後ろのナグロスを『なぁ』と振り返る。

ナグロスは、名乗ることなく黙ったままだ。『切り貼り屋』が手短に紹介する。

「俺たち、あんたのことを色々、教えてもらったよ。あんたが子供を見殺しにしたことで、常に罪悪感を抱いていたこととかだ。」その通りですと、裕子は俯いた。

「俺はあんたにその罰を与えようと思う。」

「・・・罰」「そう、あんたがコビトに言った、今も心の中で望んでいる『罰』だよ。」

そう言うと『切り貼り屋』は子供達が眠る2階を見上げる。

「俺は生半可な気持ちであの二人をあんたに託したんじゃないんだ。あの二人はこの星以外で生きる場所がない。ここを出たら、標本にされちまう。」

「標本?」これは嘘や冗談やハッタリじゃないぞと、男は強くうなづき「だから、あの二人を一人前に育て上げるまで、この骨は返さない。それが『罰』だ。」

そんな罰では軽いのではないかと問いかける裕子の目に「本物のハヤトの骨をあんたが持っていることは今のハヤトの為に危険だっていうのもある。わかっているだろうが、本物のハヤトが死んだことを表立って人に話すことも、悼むことも裁かれることも決して許さない。俺たちはあのカバナ野郎みたいに記憶を操ったりしないからな。そんな手助けしてやるほど親切じゃない。あの二人が自立するまでそれは続くんだよ。場合によっちゃ、長いぜ。もしかすると一生だ。」

『切り貼り屋』は言葉を一つ一つ、たたき込むように続ける。

「あんたは死んだ子の秘密の上にさらに別の秘密まで抱え込まされたんだ。真実を隠して生きて行く、生き抜くんだ。これが『罰だ』。今まで以上に辛いこともあるかもしれない。」

裕子は口を引き結んだ。そして首を縦に振る。涙はもうこれ以上、流さない。罰は受けると。

「よかった。」『切り貼り屋』はほっとしたようだった。

「大事にあずかります。」声を出さなかった男が静かに口を開いた。

「お墓に入れて私が毎日、供養しますから。」

「あの」引き結んだ唇の間から囁く声が漏れた。「もしも・・・子供達が自立して・・・私の手を離れたら・・・その時は、そのお墓、教えてもらえますか?」

「はい、いつでも来てください。歓迎しますよ。」男は微笑む。

「ありがとうございます。」裕子も頑張って微笑み返す、男に、『切り貼り屋』に。

『よせやい』とでもいうように照れた『切り貼り屋』は目をそらして手を挙げ、裕子の次のまばたきの間に二人とも姿を消した。

裕子は、しばし想いを整え、それから黙々とやりかけていた引越しの荷造りを再開する。

2階で眠っている二人の子供を起こさないように気をつけて。

 

 

墓守、神と罰を語る

 

 

「さて、ナグロス。あれでいいんだな。」『切り貼り屋』は傍の骨壺を抱えた男に首を巡らす。

「そう、この星の人間だからね。」皺の寄った口元からはため息が漏れ出た。

「星には星の決まりがある・・・私も昔はそうだった。宇宙で生活した後ではそれは変わった。

お前だってかつてはそうだったはずだ。」

昔すぎて忘れたな、と古い友人だという『切り貼り屋』は黙って彼に並ぶ。

二人は既に夜の神月に戻っている。

もう寒さはあまり感じない。二人の影が落ちる街灯に照らされた道、灯に虫が集まり始めている。村は寝静まり、静かだ。二人は阿牛邸に続く山道に入っていく。

「宇宙という『神』を知った後ならば・・・女も子供も黙って男に殴らせたりしないだろうよ。ましてや大人しく殺されるなど。ためらいなく女は自分と子供を守るために男を殺すよ。あるいは守りきれず、子供が死んだとしても自分が助かったことで受け入れるだろう。そのことでも罪悪感を抱いたりはしないし、それら全てを周りに隠すこともない。そして、周りも誰も責めない。女が迫害者を自分の力で取り除いたからだ。もちろん、子供も自分を守れる年齢であれば、全力で自分を守る。親を殺す権利がある。」「・・・だな。」

それが宇宙人類の常識だ。一見、生に執着せず自分の命も人の命も軽んじるかのようでありながら、『宇宙』以外のものに命を奪わさせることを良しとはしない。その為に彼らは特殊な次元、死を前にした人間が時間の流れを緩やかに感じる瞬間を独自に発展させたぐらいだ。

宇宙では生き残ったものが常に勝者、正しい者だ。

「そういう前に。」『切り貼り屋』はかすかな笑みに口を歪ませる。「まず、赤ん坊も幼い子供も滅多に宇宙じゃ見られないがな。不法遊民のキャラバンぐらいだ。だが、お前の言いたいことはわかる。俺も元は惑星の生まれだからな。」

「あの女性は生きるためには罰せられなければいけない。そう考えている。それがこの星の常識だからだ。」ナグロスはかつて自分との間に子供を作った巫女、神城麗子のことを考えている。

彼女を殺した男は彼女に罰を与えたと言った。罪・・・清浄でなくてはならない巫女の身で余所者の子供を産んだことで、彼女は周りからの守りと信頼を失ったのだと。

そして彼女自身、自分が殺されることで娘を守った。ナグロスに後を託して。

彼女はこの星の巫女であるが、宇宙という『絶対神』に仕える巫女ではなかった。

神城麗子が宇宙人類だったならば、男を殺し最後まで恋人と娘と共に生きる道しか選ばなかっただろう。

「それにしても、お前。」『切り貼り屋』が友の白髪まじりの髪をしげしげと眺めながら「あれからずいぶん、肉体を酷使したんじゃないか。メンテナンス、怠ってないか。」そういう『切り貼り屋』は白髪どころか・・今は髪の一本もないのだが、肌はつやつやして年齢の欠片も感じさせない。

「改造してやろか、俺みたいにピチピチに。」久々の再会を祝して無料にしてやると言う。

「それは、断る。」頰に皺を刻み、即答する。「いらぬ世話だ。」

その答えがわかっていたかのような『切り貼り屋』を見返ってから、ナグロスは小さな骨壺を改めて胸に持ち直した。混沌から戻ってきた神城麗子の墓はかつての神社の近くにひっそりと隠されている。その傍らに小さな骨を託そう。彼は命ある限り、この星で愛する女の墓に詣でる。

その長い長い生から死へと向かうの旅の途中で、罪を贖った裕子に骨を返すことは彼にとっては造作もないことだった。ナグロスは『切り貼り屋』に微笑む。

「私は墓守なのだ。」


スパイラルフォー-42

2018-04-24 | オリジナル小説

過ぎ行く日々

 

 

僕は結局、神月とやらには行かないことになった。

正直、そうならなくて、すごくホッとしている。もう僕はスパイみたいな真似はしなくても良くなったわけなんだけどね・・・なんか、まだ神月に行くということを考えただけでどうにも心臓がバクバクするんだもの。『切り貼り屋』に会えるのは嬉しいけれど、他の連邦の人たちに会うのは・・・まだちょっと怖いんだ。

それに実際の話、とにかく忙しいから。

僕は忙しい。僕もオビトも。もちろん、一番忙しくて大変なのは結子さんだけど。

僕は出来る限り協力する。僕もオビトも。だって、僕たちは結子さんの『子供』になったんだし、結子さんは僕たちの『お母さん』になったんだもの。

オビトは知識だけは僕と同じくらいにあるけれど、経験値はないから。僕は先輩として色々と教えてあげなくてはならないんだ。でもオビトは努力家だから、何度も練習してすぐマスターする。その過程を見ているのがとても楽しい。自分ができたみたいに。道路では車よりも歩行者通路を後ろから来る自転車に気をつけなきゃならない、とか駅の階段では走り降りてくる人にぶつかられないよう素早く避けるとか。そしてなるべく二人で手をつないで、人に触られることの練習をする。最初、人前に出ることを恥ずかしがったオビトがだんだん、慣れていくのがわかるんだ。横断歩道でお年寄りに手を貸したり、ぎこちないけど一生懸命、この星の『子供』になる為に努力しているんだよ。オビトに手を貸しながら、僕もなんか泣きそうになる。だから、二人でもいっぱい、いっぱい遊ぶんだ。指相撲をしたり、腕相撲をしたりモロ相撲とかだ。パソコンゲームなんかより、僕たちはこっちの方が新鮮だよ。夜は布団を並べて寝る。こういうのって、本当『兄弟』って感じなんだろうな。ほんとそれだけで何もかもが楽しいんだ。

この間は結子さんが忙しかったから、二人でオムレツを作ってみた。オビトは卵を割るのが最初は下手だったけどすぐに器用にできるようになった。中身は炒めた玉ねぎとチーズだったから、塩を入れるの忘れたけどいい感じにできたよ。油にバターも入れて、焦がさなかったし。レタスをちぎってキュウリを刻んで・・・爪も少し刻んだけどね。オムレツにも少し殻が混じってたけど、初めてにしては上出来だって結子さんはすごく喜んで褒めてくれた。昨日だってお昼におそうめんを茹でたんだよ。トヨだってやったことはないだろう?。やれば簡単さ。結子さんが留守の時は僕たち、いろんなことをトライしているんだ。結子さん直伝のカレーだってすぐに僕たちだけで作れると思うよ。

結子さんが僕たちを連れて行きたいって言うから、山にも行ったんだ。高尾山ってところだ。結子さんは早起きしておかずを作った。僕たちもおにぎりを握る手伝いをしたよ。小さいおにぎり3つと二つづつ。もう一つ、さらに小さいおにぎりを一つ結子さんは作った。

何も言わなくてもそれが誰のものか僕らにはわかった。僕たちは本物の『ハヤト』にはなれないけれど、できる限り結子さんの側にいるって決めているんだからね。だって、それが『共に生きる』ってことだもんね。『切り貼り屋』の話だと多分僕らは、結子さんよりもかなり長生きみたいらしい。だから、本物の『ハヤト』のことをずっとずっと覚えていられるはずなんだ。

ピクニック当日、僕たちは駅から混んだケーブルカーに乗って人の多い山道を歩いた。連休明けの平日だからこれでもまだ、人はそんなに多くないらしい。僕たちが頑張って歩いていると知らないおじいちゃんやおばあちゃんがたくさん声をかけてくれてた。

山頂でお昼を食べて、本物のハヤトの分のおにぎりは山の天狗さんにお供えする形にした。

3人で手を合わせて、僕は初めて『お祈り』をした。

内容は秘密、だけどまぁ、だいたいわかるでしょ。

下山しながら、結子さんと僕は歌を歌ったんだ。カッコーの歌やカエルの歌の輪唱だ。練習の成果か3人で手もつないでもオビトは平気だった。頑張って声を発して歌に合わせようとしていた。きっともう直ぐ歌えるようになるはずさ。だって話せないのは、あくまで発達の遅れだから、大丈夫だって『切り貼り屋』も言ってたもの。山ではそれはもう、これまでにないくらい汗をいっぱいかいたんだ。ほんと、こんなに楽しかったことないくらい。

結子さんも幸せそうだったけど、どうしてもどこか少し悲しそうに見えてしまうのは仕方ないよね。だから僕らはいつもより大きな声ではしゃいで結子さんをたくさん笑わせた。

帰ってきてご飯食べてお風呂はいって、その夜は直ぐにバタンキューだっての。

そんな感じで、僕たちは学校の勉強もあってさ、ほんと毎日、目がまわるほど忙しい。

だけど、毎日ニヤニヤしてしまうぐらい幸せなんだ。

トヨはあれ以来、学校に来てなかったから、僕らがあれからどうなったか、すごく気になるよね。

 

 

まず『父親』である屋敷政則が行方不明になってしまったから、養育費がまだもらえない2番目の奥さんが警察に『家出人捜索願い』を出したんだよ。屋敷さんは親との縁が薄い人だったんだね。親族とも縁が切れてたみたいだし。要請があったのは会社の方から、みたいなんだ。

少なくとも・・・会社では必要とされた人だったってことかな。人間ってわからないものだね。

そういった過程でさ、屋敷政則が親権を持っていたハヤトの『弟』・・・施設に預けられていた子供の存在を向こうの家族は初めて知ることになったわけ。当然のことだけど、驚愕するよね。(実際は隠し子なんていなかったわけだけどね)DV離婚した直後だったわけだからさ、もう呆れ果てちゃったみたい。ご両親はまたまた激怒しちゃって、DV男、不誠実、嘘つきの詐欺師、どこかで野たれ死んでいるのが相当とまで罵ったらしい。当たらずとも遠からずって、こういうことを言うのかな?。こういう使い方でいいと思う?。

もちろん、オビトのことは2番目の元奥さんが引き取る道理はない。

実の母である(ことになっている)結子さんが、すぐに施設に乗り込んでいったから大丈夫だ。

田町の家に引き取る手続きのためにさ。アリバイ作りみたいなもんなんだけど。

実際にオビトはそこにいたわけじゃないし。

だから、そっちの件はもうOKになった。オビトは田町の家でこれからずっと暮らせる。

 

 

「僕が名付けたんだよ。」そこでコビトはトヨに誇らしく胸を張って見せている。

神月に行く前日に田町家を訪れた鈴木トヨは小さく歓声をあげてコビトとオビトに抱きついてきたが、もうオビトの体は硬くしたりしなかった。

「やったね!」トヨの手はコビトの肩とオビトの頭に回された。

オビトとコビトの背丈がかなり違ってしまったからだ。

(『切り貼り屋』が手術をしてくれたからオビトはヒョコヒョコ歩けるようになっている。リハビリすれば、すぐに普通に歩けるようになるはずだ。)双子というのはさすがに諦めるしかない。「『弟』ってことなったんだよね。」

「弟だって?僕と一緒だよ!何て名前になったの?、早く教えて!」

「田町新太っていうの、『アラタ』。もうオビトじゃないからね。」

「わお!いい名前だ。」トヨははにかむアラタに笑いかける。「すごくいい名前。」

「だろ?、僕が、この田町ハヤトが考えたんだぞ!」

「いいなぁ。」トヨは口を尖らした。

「弟の名前は、父さんがつけたんだよね。僕もつけたかった!」

「いい名前じゃないか。」ハヤトが言うとトヨはブーイングだ。「どこが?普通過ぎるよ。」

「そうかな?そんなに普通じゃないよ。」確か、史人。鈴木フヒトだと思い出す。

「全然、普通じゃないから。」ハヤトは重ねて言う。「アラタとそんな変わんないって。」

そっちの方がいい名前だとトヨは言い張り「よろしくな、アラタ。」改めてアラタをハグした。

アラタもその目を見てしっかりうなづいく。

そんな二人を見ている田町ハヤトは嬉しい。

「新しい人生に、ようこそ。」

トヨはアラタを抱いたまま、ハヤトに手を差し出す。

「ハヤト、アラタ、これからもよろしく!」

二人は田町結子と共についに新しい人生を歩き出したのだ。

 

 

そう、僕らのお母さん、結子さんも新しく歩き出した。もう、引きこもりじゃない。

竜巻プロダクションの新しい寮の寮母さんになったんだ。

結子さんは就職して、すぐに屋敷さんと寿退社しちゃったから、すごく不安だったらしい。働いていたのは3年ぐらいだし、後はずっと専業主婦だったから。

しかも、子供も二人いる母子家庭だから、仕事が見つからないんじゃないかって思ったんだ。あっても充分な収入が得ら得ないとかね。養育費はもうもらわないことを考えていたらしいから。

(屋敷さんが行方不明だから口座ってどっちみち凍結されちゃうのかもしれないけど。)

でも、僕だったら、あいつにあんなにひどい目に合わされたんだから、慰謝料だと思ってもらえるものはもらっておくけど。トヨだってそう思はない?。

新しく生きなおした結子さんはとても真面目なんだよね。

それにしても、竜巻プロって随分、大きな芸能プロダクションなんだね。あまり興味がなかったから、知らなかったんだ。トヨのお父さんのお友達なんだろう?。トヨのお父さんが結子さんを推薦してくれたって聞いたよ。結子さんじゃないけど、感謝しても仕切れないくらいだよ。

結子さんの面接で僕たちも竜巻プロに、東京の青山に行ったけれど、あまりに本社が豪華で大きなビルなんでびっくりしちゃったよ。それにさ・・・社長さんて、随分押しの強い人だよね。

僕たち、寮に住み込みで働くことになったんだ。今の家は賃貸にすれば家賃収入も見込めるとか、学区内だから転校もしなくていいとか、アラタの障害が心配なら学区外の私立支援学校に転校すればいい、知り合いがいるから紹介してやる、ただ送り迎えが必要だ、費用は持つから免許を取れとかさ。いい話ばっかりなんだけど、押す押す。どんどん一人で話を進めちゃってさ、結子さんも半分、唖然としてたんじゃないかな。でも、結子さんは色々思ったにせよ、最後には余計なことは言わず、「よろしくお願いします」って頭を下げていたよ。偉いね。

でもそしたら今度は、僕やアラタにまで児童劇団に入ってみないかとかすごい言い出したんだ。僕らとしちゃ、断りづらいよね。『トヨくん』も一緒だから、ぜひとか言われてさ。僕、トヨが入るなら入るって言っちゃったんだ。劇団は寮から、歩いていける距離だしね。

まさか、『トヨくん』が劇団に入るのが結子さんを採用する条件じゃないよね。

笑わないで、違うならいいんだ。

トヨが一緒なら、僕はなんだってOKなんだから。トヨなら芸能人も絶対、似合うと思うし。

 

 

 

 

ハヤト、トヨを送り出す

 

互いに情報交換を終え、一段落した3人は田町の家でジュースを飲んでいた。田町結子は家を出ている。仕事の打ち合わせや引越しの手配で忙しいのだ。ハヤトとアラタも置いていく家具を綺麗にしたり(「家具付きで貸し出すんだね」)トヨも手伝って捨てるゴミの分別をしていた(「捨てるもん多いね」)。

「寮の部屋って2LDKだっけ?」トヨはブクブクと炭酸に泡を追加する。

「あまりもってけないね。」

二人の子供には思い入れのない家だ、結子が未練なく物を捨てるなら異存はない。

「トヨはさ・・・明日、神月に行くんだよね。」ハヤトがポツリと呟く。

「どうしてそんなに行きたいの?アラタの工作の話、したよね?」グラスを持つ手に力が入った。「実際に色々動いてくれたのは『切り貼り屋』じゃないんだ、多分、シドラさんって人なんだと思う・・・連邦の・・地上部隊のさ。あの『チチ』もえげつなかったけれど、連邦の力もすごいと思ったよ。僕は、ほんと・・・敵にならなくてよかったと思っている・・・」

「僕は連邦に会いに行くわけじゃないよ。『切り貼り屋』やそのシドラさんて人にも面識ないし。」「僕が悪かったんだ、トヨに色々、話したりしたから。」「大丈夫、僕は知らんぷりできるし。『連邦の誰か』に会いにいくわけじゃないから。」

「違うよ!向こう側が都合が悪いと思ったら、トヨは記憶を消されてしまうかもしれない。僕はトヨの記憶から消されたくないんだ!」

生真面目に言葉を重ねるハヤト、心配そうなアラタにトヨは自信ありげに笑みをを返す。

「大丈夫、それはないよ。」そんな恐れがあれば、『夢の女』はトヨを行かせないだろう。

「それに、あんなことがあったばかりだしさ、やめたほうがよくない?・・トヨは家を離れて不安じゃないの?」この日、誘拐事件のことが話題になったのは初めてのことだった。トヨよりもハヤトの方が気を使っていた。

「うーん、そうだねぇ・・・」

トヨは言葉を選びながら、真剣な表情の二人を交互に見る。

傍らには『夢の女』の姿はないが、常にすぐそばにいることをトヨは意識している。それは説明が難しい。「前に言ったじゃない?・・・僕、会いたいというか、会わなきゃいけない人がいるんだよ。」「神月に?まさか・・・」「たぶん、宇宙人じゃないよ。」素早く否定。

「古代人っていうのかな?僕のっていうか、僕についている人が大昔に会った人っていうのが正しいと思う。」「ああ、守護霊・・」ここでハヤトがアラタに廃校でのことを説明する。

「その人とこの春にトヨはここで会ったんだって。」アラタは物問いたげだ。

「神月から来た人たちだよね。」夢の女がうなづくのをトヨは感じた。

「会わなきゃならないんだ。なんとしても。そりゃ、お父さんは猛反対したけどね。」

肩をすくめた。「須美恵おばさんと旅館のおばさんが家まで迎えに来てくれるってことで、どうにか落ち着いたよ。お母さんが退院する日までの一泊だけだ。」

「なんでそんなに急ぐのかは、僕らにはわからないけれど」ハヤトは弟にもうなづく。

「とにかく、何がどうなったのかは、帰ったら教えてね。」

「そうだね。」トヨは曖昧に微笑んだ。なぜ、会わなくてはならないのか。会ったらどうなるのかは、トヨにも実はよくはわからないところだ。夢の女の記憶は遠くにある幻影に近く、トヨには完全にはつかみきれない。ただ誰かを想い、胸恋しい。

『君たち・・・連邦のご先祖に・・・関係しているのかも。』漠然とそう感じる。

「何かが変わるかもしれない。」うなづく。

「行かなきゃ。僕は神月に行くよ。」

ハヤトは息を吐きだした。廃校の夜のトヨの言葉を思い出したのだ。

全てはトヨの言った通りになった。「わかった。」アラタの頬に触れて、安心させる。

「まだ、一緒には行けないけれど。トヨを信じるよ、応援する。」

言葉通り、トヨは必ず無事に帰ってくるだろう。そして、たとえ

「トヨの何かが変わっても、僕らは変わらず迎え入れる。」

 

 

 

 

 


スパイラルフォー-41

2018-04-15 | オリジナル小説

店は通常営業に戻る

 

従業員が安心したことに風俗店は翌日から休業にはならなかった。エレベーターが使えなくなっただけで。ただし2階のエレべーターに面した両隣の個室は入室できないようにガムテープで封印されていた。これは工事の音がするからだと店側が説明した。実はシャフト内がえぐり取られたためにシャフトに面する壁がもろくなってしまったからだった。それ以上、店員やヘルス嬢に詳しいことは伝えられない。『新宿のヤクザが数人で来て暴れたらしい』とか『受付の某がエレベーター内でやられ死体は消されたとか』『いやそもそもヤクザが殴り込みきたのは某が原因だった、だからこそ彼はどこかに既に逃亡した』などなど、様々な噂が立ったが、小柄な店長は何を聞かれてもヘラヘラと笑うだけでなんにも答えなかった。

「そんなことより、営業時間外は工事業者が入るからな。ま、そういうことで、よろしく。」

確かにシャフト内は昼から夕方、連日カンコンと工事の音が聞こえる。店長によく似た小柄な工事人が出入りするのがたまに目撃されたが、彼らはどうやら店長の親戚の業者だという説明でみんな納得している。なぜなら、これまでもメンテナンスで見かけていたからだ。誰もそれ以上は・・・つまり工事中だというシャフト内を覗いたり、忙しそうな彼らに話しかけたりなどはあえてしなかった。従業員用のエレベーターは、これまで同様使用できていたし。

もしも仮に、ほんの少しでもメインシャフトを覗いていたら・・・その破壊の凄さに度肝を抜かしたことだろう。ヤクザどころか、ゴジラが来て暴れたのか、と荒唐無稽な噂が立ちかねない有様だった。悟られないように修復は急がず、さりとて素早く行う必要があった。

当然、オリオン連邦上陸軍が既に正確に把握していたように、屋敷政則は死んでいる。スライスされた死体も魔物を体内に封印された鬼来美豆良の肉体もシャフト内にはその存在した痕跡すらなかった。ガルバが解放した次元は、全てを貪欲に飲み込んだ。カバナ・リオンに送り届けるためにだ。

店長が美豆良を切り捨てるというマサミには受け入れがたい冷徹な決断を即座に行なっていなかったならば・・・風俗ビルのかなりの部分がいや、ほぼ均一に次元防御がかけられた建物そのものが、この星の地上から消えていたことだろう。遊民たちもマサミも地下にいた裕子とコビトも無事では済まなかったはずだ。

「マサミさんはどうしたの?」従業員の有田はヘルス嬢の一人に聞かれた。

「今日は来ないみたいですね。」そう言いながら、店長に問いかけようとするが、肩をすくめられただけだ。「そのうちな。来るときゃ来るさ。」

美豆良を失ったマサミはもう現れないかもしれない。そう思ってはいた。売れっ子だったのに残念な事だ。ただし『あの女はSEX中毒らしいから。体が欲しくなりゃくるだろ。』

店長にとっては、あの時の判断に1点の曇りもない。それはマサミも後付けでは、わかっているはずだ。全員と店を守るために、ブレる余地などなかった。

マサミを多少は気の毒だと思ったとしても『現れたら受け入れるだけだ。』

それがその、せめてもの謝罪であり、いたわりってやつだろうと店長は考える。

「俺も少しはこの星の住人らしくなったってわけかな。」

満足げな店長は肩をすくめて数日前にマサミが座っていたソファをつかの間、眺めた。


スパイラルフォー-40

2018-04-08 | オリジナル小説

裕子と二人の子供

 

気がつくと裕子は自分の家のリビングにいた。隣にはコビトもいる。

「さて。」と『切り貼り屋』と呼ばれる男が口を開く。向かい合う男の隣にはオビト。

「この子を・・・連れて行くの?」そういうのがやっとだった。それならば、いっそ早い方がいい。コビトの手を放そうとしたが、コビトが放さない。

死ぬと思ったあの時を体験して確かに裕子は少しだけ強くなった。だけどもそれは互いがいたからだ。共にあるから、コビトは強くなり裕子も強くなった。

コビトは感じている。一旦、この手を放したら・・・一人になってしまったら裕子はきっと耐えられない。

実行犯の屋敷政則は無責任にもどうやら次元戦に巻き込まれて、死んでしまったらしい。死んだことは確実だと、連邦人の女から先ほど知らされたばかりだ。

「本当なんですか?」絶句し、それから不安そうに確認する。

「そう、死んだんだよな。」うなづくと『切り貼り屋』は天井を見上げる。「死んだな。」上から面倒くさそうに声がした。「その辺は確かだ。心配ない。」

コビトは裕子が心配になるが、彼女はそのことにはあまり心を動かされなかったようだ。裕子は放心する。悲しむべき?それとも人の死を罪深くも喜ぶべき?一度は愛した男、その愛は跡形もなく消えてしまったが。それでもハヤトの父親、しかし恐怖で支配した憎い男・・・子供の仇。そんな煩もんは表に出ることはなく、コビトの目にはほっとしたようにしか映らない。

だけど、コビトはあの時に手術台の上で裕子が言ったことを覚えているから油断しない。片方の拳を握り締めた。子供を見殺しにした罪をつぐなわなくてはいけないと裕子は言ったのだ。

とはいえ、裕子が一人で重荷を背負い続けるなんて不公平ではないのか。

このままコビトもいなくなり、一人ぼっちで、世間にさらされ、自分を責め続け、裕子はハヤトの元に行ってしまうかもしれない。だからコビトは手を放さない。放す気はない。

共に生きると誓ったのだから。

『切り貼り屋』を凝視するコビトの目には、その嘆願が全て現れていた。

オビトもそっと傍の男に触れ、何か言いたげに見上げる。

もちろん、『切り貼り屋』にだって、それらはとっくに伝わっている。

「なるほど・・・コビトの気持ちはよくわかった。」

わけ知り顔でうんうんとうなづくのをシドラ・シデンがこの安請け合いがと非難がましく睨む。うんざりだと言わんばかりに、天井に開いた穴から顔を出すと男を急かし始めた。

「早くしろ、まずはお前が事情聴取だ。」

「そう、それだ!」男は傍のオビトの腕を掴み、前に押しやる。「俺はこいつらを引き取りたいのは、山々だが、そういうわけにはいきそうもないってことなんだよ。裕子さんとやら。」

コビトの顔が輝くが、オビトの顔は困惑する。裕子はもっと混乱した。どういうこと?

「こいつらを連れて連邦の事情聴取を受けるとなると、こいつらも処分の対象に上がっちまうわけだ。」「その人たちが、この子たちを・・・殺すというの!?」

裕子はコビトの手を握りしめ、とっさにオビトの体も引き寄せていた。オビトはビクリとした。これは嫌というよりは、人に触れられて驚いたのだ。幸い、裕子はそれに気がつくどころではない。捨てられた犬のように『切り貼り屋』を見上げるオビトに我慢ができなかった。

「あなたが!あなたが、誕生させたんでしょ!なんて、なんて無責任なの!」

「まったくその通りだな。」シドラが上から冷ややかに「そういうやつなんだ。」

「その通り。後先、考えない。依頼者に言われて作ってはみたが、その依頼者は死んじまった!その二人は宙に浮いちまったというわけだ。俺は連邦にこれから散々、締められるわけだが・・・」

「当分な。場合によっては、一生だ。」

「つまり俺はだ。」言葉はオビトに向かう。「元の遊民に戻って、大手を振ってここから出て行くには、すこぉし、時間がかかるんだ。しかも、その時にはお前たちを連れていくことは許されない。」オビトは気丈にも口を引き結んでその言葉を受け止めた。

「それじゃ、この子たちはどうなるの?!ここに捨てるっていうの!?」

とうとう裕子は我慢ができずに叫んでいる。子供二人を傍にしっかりと抱えて。

「捨てるなら、捨てるなら・・・!」言葉は飲みこまれる。母親失格の自分。

「子供?子供など、知らないな。」上からシドラ・シデン。

「ドギーバッグから造られた模造品なんか我は知らん。」

「と、いうことだ。」

「ありがとう、切り貼り屋!」コビトから涙が吹き出す。

「いいの?私が?そういうこと?二人を・・・?」裕子の声も、ささやくようだ。

「誰だ、君は?ああ、田町ハヤトくんじゃないか。君は実は、双子だったんだってね。お父さんが引き取っていたんだが、屋敷さんがこの度、亡くなったついでに行方不明ってことでお母さんの裕子さんが弟も引き取った。そうじゃないのか?」

裕子は子供たちををきつく抱えたまま、うずくまってしまう。

 

不意にハヤトと近場の山に行った記憶が蘇る。追い詰められていた母親はその頃、自分が死ぬことを思わない日々はなかった。それなのに結婚相手に間違った男を選んだということを認めることは、自分自身を全否定するようでなかなか飲み込むことができなかった。ハヤトは3歳・・・父親からはまだそれほど直接、手を上げてはいなかった。ハヤトの頰についた痣は母に投げたものが跳ね返って当たった跡、腕についた傷は蹴倒された裕子の体が子供用の椅子に激突して横転した時のもの。屋敷の世話を完璧にこなさねばならず、子供の食べ物、子供の服の世話とかが後回しになることが次第に増えていく。1日に何度も所在を確認する電話。日々、家を切回し家事をすることがどんどん辛くなる。頭が重く、体が痛い。それでも屋敷が海外出張で監視が緩んだその日、久しぶりに弁当を作った。初めて乗るケーブルカーにハヤトの痩せた顔の中で大きく見える瞳が輝いていたっけ。人が少なかったので一番、先頭に乗せてもらい、手すりをぎゅっと握っていた小さな手。その手をつないで登山道を少しだけ登り、街並みを眺めながらベンチでおにぎりを食べた。それだけ。たったそれだけの思い出だ。ハヤトにあげられた唯一の。

食べ終わった後、裕子の膝に回した手。その感触が蘇えってくる。大好き、ママ。

そう言って乗せた頭。艶やかだけどぼさぼさの髪を力なく撫でながら自分は何を考えていたのだろうか・・・この小さいけど確かな重みがなかったら、自分と夫の夫婦生活は今も滞りなかったのだろうか・・・そんなことを考えた自分しか思い出せない。

それでも、ハヤトは『大好き』と言ってくれたのだ。自分を守ってくれていたのだとコビトはいう。ハヤト、ごめんなさい。痛かっただろう、怖かっただろう。本当はママ、助けてと言いたかっただろうに。そんな、こんな私でも・・・ママは生きていた方が良かったの?

長い年月、抑えていた思いが爆発し、裕子の口から悲鳴にも近い呻きが漏れる。涙のない慟哭だ。子供二人を抱いたまま、裕子は歯を食いしばり足を擦り身悶えをこらえた。

コビトがそのおこりのように震える背を幾度もさすり、オビトがおずおずとその震える口に痙攣する頰に触れる。まだ消えない痣や傷にも。

 

「ちょっと荒唐無稽ではないか。」

『切り貼り屋』の言葉には、さすがに上から苦言が呈されていた。

「それぐらいの工作、やってくれよ。」『切り貼り屋』は懇願する。

「俺はどうなってもいいから・・・頼むって。」

「ふん、まぁ・・・アギュは・・・甘いからな。」

下にいる男の感謝の顔を無視し「さぁ、グダグダ言ってる時間はないぞ。」

そう言って腕を伸ばした。「じゃあな。」コビトが裕子の肩を抱きながら見上げた時には天井には見慣れた電灯が瞬いているだけだった。

 

 

 

『切り貼り屋』満足する

 

「嘘つきが」シドラ・シデンは男を連行しながらなじった。「貴様は自由だ。どこにだって行ける。ペルセウスが背後についていることは我々は口外しない。」

「どうかな、俺は不法遊民の有名人だ。カバナも出入りしてることも隠しようがない。さしずめ、あの小惑星帯あたりがちょっかいをかけてきそうだ。だから、俺はほとぼりが冷めるまでここに潜ませてもらうとするよ。だけど、あの子供達は絶対に連れ出せない。それは事実だろ。」

「当たり前だ。あの子達は・・よりにもよって、封鎖されたオメガ星のDNAを持ってるときた。なんでそんな余計なことをしたんだか・・・。」

命に関わる、と最後はブツブツと口の中で消える。カバナが持っていた唯一の原始星人の破片だからな、と『切り貼り屋』も小さく呟く。仕方なかったんだ。

「それに嘘はあんたが先だ。事情聴取ならもう済ませた。あの、小さなべっぴんさん・・・中枢の関係者なんだろ。」イリト・デラのことらしい。『切り貼り屋』は広々としたワームの背中でようやく、くつろぐ。自分のことはあまり心配しないたちだ。

「もともと・・・我の上司がお前をデラの個人次元に隠したから・・・お前は連邦の正規軍の把握する範疇では、不法侵入しようとして破壊された存在だ。安全地帯に着くまで、もともとここにいた別人の顔をすることはできないのか。」

「誠にありがたい申し出だが、旧交を温めたい友人もいるんでね。それに、なぁ、聞かせてくれ。あなたたちが誰も俺が死にぞこなったことを小惑星帯には報告しないってことは・・・上陸部隊は正規軍と対立してるってことか。」知りたがりの質問に、シドラは肩をすくめただけ。

「対立はしていない、が・・・」正規軍は上陸部隊を、アギュを「監視している」のだ。

「連邦内もカバナと同じだな。一枚岩ではないんだな・・・和平をめぐってなのか。」

「そのことだけは、忠告する。ここにいるからってペラペラ喋ると間違いなく連邦から排除されるぞ。」

今度は『切り貼り屋』が首をすくめる番だ。わかってますって。

「あと、あの田町裕子の家、ちゃんと次元的に綺麗にしてやってくれないか。」

「注文が多いな。上陸部隊の指揮下に入ったわけだから。金輪際、3人にカバナなど近づけん。」我もだが、バラキが許さないとは何よりの安全の保証だ。

巨大なワームの背中は次元の中をゆっくりと蛇行していく。

全体像は『切り貼り屋』には相変わらず、見えない。

「ありがとう。」唐突に『切り貼り屋』に礼を言われてシドラ・シデンは迷惑そうだ。

「お前がナグロスの古い知り合いじゃなきゃ、な。」

「ナグロスに感謝だ。」『切り貼り屋』は口笛を吹く。

ペルセウスから帰った顛末も、過去、この星にいたこともすでにデラに話した。神城麗子に連邦工作員だったナグロスと共に接触していたことも。

ただし、意識が飛んでいた間、ペルセウス人のグアナクととの会話とも言えぬ会話。ぎこちなく交わしたその内容については話していない。

臨界進化とペルセウスには関係があるらしいこととか。

俺を助けた朧な青い光がグアナクと話していた会話もだ。完全ではない曖昧な聞き取りだが。

それぐらいのとっておきの秘密は持っていていいだろう。人間に深みが出るってもんだ。

それに、あの光には近々、お目見えできる予感もする。遊民人生、ワクワクの連続だぜ。

 

「ナグロスはどうしてる?あいつは元気なんだろ?」

「ふん、これから自分で確かめろ。」

まったく甘い上司さまだ。シドラはこれが最後とばかりに鼻を鳴らした。我ながら子供っぽい。

バラキが笑っている気がする。ガンダルファとドラコも無事に任務を遂行したと。

その任務・・・アギュが憤った『次元生物とその餌』の搬送のことだ。

 

実はアギュがバラキとシドラをこちらに配置した人選も計算がされている。そのことはシドラにだってわかってはいるのだ。複数の次元に存在できる次元生物、ワームドラゴンは物質化した3次元においては容易に実体化できないほどの情報量だ。そんな巨大なバラキの存在は次元を移動するだけで大きな影響を与える。人間の存在する表次元にギリギリに浮き上がったワームの存在は小惑星帯の次元レーダーの精度を落としてしまうのだ。それでもこちらに文句は言えまい。

ワーム使いは地上軍の正式のメンバーなのだ。地上軍に知らせることなくカバナ人を入れたことを黙認した手前、それによりワームの警戒度が上がったのだとすれば我慢するしかない。アギュからすれば、ワームは通常のパトロールをしているのだ。

それにもしかすると・・・不法遊民との戦闘でカバナ人が死んだことを知ったら、きっと彼らもどこかでほっとするのではないだろうか。

不法侵入者の命まで心配することは小惑星帯にとっても範疇外なのだから。


スパイラルフォー-39

2018-04-06 | オリジナル小説

苦い想い

 

 

「あそこまで破壊をしてしまうとは・・」418ことカプートは少し後悔している。

「ハカイしたかったからな。」返事はシンプルだ。「オマエだって止めようとしなかった」

彼らは神月の阿牛邸の自室にいて自問自答していた。覗いてみればシンプルな寝台の上に瘦せぎすの男が一人、座っているだけだ。青みを帯びた長い髪を、やはり青白い腕がすくい上げるようにつかの間見つめ、落ちるに任せた。一度は完全に臨界した肉体は再び、物理的肉体に戻った。

アギュの肉体の中の二人。

その二人の会話は『会話』だが、基本的に肉体の中で行われているので、下の階にいるタトラは勿論、日夜アギュの見張りと自認する天使、明鴉にも盗み聞きはできない。

小惑星帯にいる正規軍は言うまでもなかった。

カプートも感慨深げに自分達の体を見回す。

「そう、その通りです。あの時は、そんな余裕はなかった・・・本当に臨界が頂点に達したんですから。あの感覚、今、思い出してもゾクゾクする・・・とても忘れられそうもない。」

「今のところ、キーワードはイカリだな。」アギュも思い返す。

「私たちは全く完全に一つになった・・・私たちだけじゃない・・・ユウリもでしたね・・・」肯定の印にアギュはわずかに唸った。

そのことは未だにアギュを混乱させている。意識を持たないユウリの心と記憶が我がうちへと引き込まれたことは、まるで彼女の秘密を覗き見したようだ。

できれば見なかったふりがしたい。

話を変える。

「ソシテ、ソリュートもだな。」

再び『不完全な臨界体』に戻ったアギュレギオン。オレンジの光は今も変わらずその胸にあるが。アギュの腕に、常に巻きついていた石・・・ユウリから引き継いた竜骨だけはどこにも見当たらない。

 

オリオン連邦成立よりもはるかな昔に滅んだ惑星から出土する、魔法生物の骨。それはあらゆる分子構造をバラバラにする共鳴運動を起こす化石だ。その振動を操る力は引き出す能力者との相性とその力量で変わる。よって、その効果は一定ではなかった。それでも連邦政府はワームドラゴンを使役することと並び、特殊能力による重要な戦闘兵器として石を認定し、研究されている。

アギュの中で眠るオレンジの魂、神城ユウリはその類まれなる担い手だった。

 

「オレは一度、ムイシキにブンシカクを操ったことがある・・・」それはユウリを助けられなかった怒りが、カバナの次元船に対してさせた。「カクブンレツなのかユウゴウなのか、ハタシテどのようなバクハツなのかはジブンではよくワカラナイ。コンカイもだ、シクミなどシラナイ。とにかく、デグチにいるものをハカイしたいと思っただけだ。ただし・・・コンカイは、セイギョがカノウだった。イゼンにはできなかった、ソリュートが(ユウリが)オレたちとヒトツになったオカゲかもしれない。」

ペルセウスが非物質世界からコンタクトしてきたことからも、イリトはおそらく気づき始めているはずだった。アギュの臨界の進行を黙認するイリトの意図はわからない。だが、臨界の変化はイリト以外の他者には悟られないように、自分から完全にコントロールしなければならない。

来るべき時を自由に迎えるために。

「怒り・・・確かに、あれはちょっと腹が立ちましたね。鳳来と鬼来リサコが自滅した時には見逃したのに。それが今になって、自由を奪うなんて。私はあの生き残りの二人がかわいそうでならないんです。」418は肉体的に結ばれながら別れる運命となった神城ユウリのことに重ねているのだ。

「オレは。」アギュはことさら、声を高くする。

「あの違法クローンたちにカクダンのオモイイレなど、ナイ!」

「鬼来美豆良と憑依した魔物がカバナに連れ去られることまでは阻止できたのに残念です。」

「ショセン、ゲンソウだ。サイショから、オレたちにデキルことなどなかったんだ。」アギュの言葉は一息ごとに苦い。

「ミズラはマモノごと・・・イリトが手に入れたのさ。」どんどん口の中が苦くなる。

「オレらがワームホールから救い出したトタンにジョウシ様のご所望ときたんだ。」

しかもそれを自らのクローン体であるイリト・デラに言わせたことも腹立たしい。

「デラがあのフタリ、ミズラとマサミにどれだけオモイイレがあるか知ってのうえだ。」

「イリトにだってわかってたんですよ。オリオンに移動させても長く生きない魔物には餌がいると。それはおそらく同じ惑星の人間のエネルギーであるとね。私たちは混沌の中で遺体にデモンバルグが入ってた話は一言もしなかったんですけどね。そんな時にほんと都合よく・・・『魔物と人間のセット』が目の前に転がり込んだんだわけです。手に入れないわけにはいかなかったんでしょ。」「オレだってハテのチキュウのジンルイを1ダースとか言い出されるのはジカンのモンダイだとは思っていたさ。だけども、あのホシのジンルイにキガイをクワエルことにキョカがオリルわけがない。ミズラはその点、ガイライジンルイだからな。・・・だが、あのタイミングとはな。」

「忠誠を試したんでしょ、私たちと・・・それとデラの。イリトなりにです。何せ、ペルセウスの一件がある。」

「確かにな・・・キナクサカッタだろうよ。ハラを探らなかった、ごホウビを差出せってことか・・ケッ!むかつく」イリト・ヴェガが秘密裏に侵入したカバナ人の獲物をピンハネしたことはカバナ・リオンはもとより、彼女に敵対する連邦の人間も今の所は誰も気がつくまい。思えば、アギュがイリト・デラに『切り貼り屋』の件を個人的に頼んだ時から、今回の出来事を最初から最後まで完全に把握することができたのはイリト・ヴェガだけだ。カバナの侵入者の身代わりであった『生贄』をアギュが気まぐれから助けたこと自体が連邦に秘密である以上・・・美豆良とテベレスをイリトが望めば阻止することなどアギュにできない。

既に魔物とその『飼育セット』はガンダルファとドラコにより連邦正規のワームホールから運ばれてしまった。

その明るい面はイリト・ヴェガが固有の次元生物を中枢に示せれば、連邦はこの星を和平の供物から外すことになるということだろう。

「少なくともイリトは相手を切り刻んだりはしないと思いますよ。デラのように知的会話を楽しみたいだけじゃないですかね。」「わかるものか。」

「思考の擬似エネルギーを作ることができたら、人間の方は返される可能性も高いです。」

「それもわかるものか。」アギュは忌々しかった。

あのカバナ人、原始星人を同じ人類とも思わぬ、あのカバナのスパイ。

そして、その実態であったカバナ貴族めが。

「八つ当たりで殺されるなんて思わなかったでしょ、ほんとお気の毒。」

「あれしきでシヌわけあるか、アイツラが!」アギュは吠える。

「どうせスグにサイセイするだろうさ。カバナじゃお茶の子さいさいだ。オレがしたのはセイゼイ、ジカンカセギだ。」

418の言葉も心は全くこもっていなかったのだが、アギュの怒りは収まりそうもなかった。

 

怒り。

ガルバによって無力化された美豆良とテベレスが、突然介入してきたイリトの命令に従ったガンダルファたちによって運び去られた後のこと。

自分の無力さ、やり場のないアギュの猛りが、縮み消滅しつつあったカバナのワームホールに注ぎ込まれた。肉体と精神が完全に溶け合った臨界体の力、ソリュートがその意思の代行者となる。従来ならば、制御しがたいエネルギーでワームホール自体が即時、粉砕されたはずだ。だが、調整されたエネルギー、臨界体を構成する光と量子、アギュの一部が高速高温で分解され撹拌され凝縮されたもの。つまり殺意は・・・出口へと走りぬけた。

カバナ貴族たちが分析できず光子爆弾と称した、それだ。

 

「あれは、全く・・・快感でしたね。危険なくらいに。」

そう418が示唆したことの意味はアギュにもよくわかった。ようやく怒りは冷たく冷える。

「コンカイのようにセイカクにセイギョできなければ」破壊はどこまで広がったのか。「カンゼンリンカイしたオレたちこそがこのホシに・・・このウチュウにとってのキョウイになるのかもな。」「そうです、もしも知られたら・・・連邦にとっても。」

このリオン・ボイドへの意趣返しが正規軍にもイリトにも知られなかったのは誠に幸いだと418は言う。

カバナ人が極秘に仕込んだ故に次元を緻密に縫い上げたワームホール。全貌を把握するのが難しい上に、基本的に正規軍が見ないふりする、その穴の周辺をめぐって、起きた出来事。

「何が起こったか、正確にわかるのは」カバナからオリオンへ。

「ワヘイのアトか。」

その頃にはすべてが『後の祭り』となっていればいい。

 

アギュのしでかしたことは危険な賭けでもある。

「オレがイリトに一矢報いるとしたら・・・・これぐらいだ。」

 

 

 

 

 

「アギュどの。」タトラがドアをノックする。

「客人が見えられたようじゃぞ。」


スパイラルフォー-38

2018-04-03 | オリジナル小説

リオン・ボイドの災難

 

 

はるか離れたボイドと呼ばれる広大な空間。

銀河系のオリオン腕とペルセウス腕の間にあるそこにオリオンと対立するカバナ・リオン人たちの惑星都市群がある。その一番、奥まった一角。カバナ貴族だけが住まう巨大な惑星があった。

その惑星都市の深部にホムンクルス・ガルバに思念を送り続ける正体がいる。

ガルバであり、ガルバの支援者でもあるカバナ貴族。総合的な地位はかなり高い。

カバナ貴族、ガルバの容姿を例えるならば・・・まず『巨大』だ。わがままな子供が欲しいもの全部、ありとあらゆるオモチャと合体したいと思ったとしたら?そんな感じだと想像すればいい。どこからどこまでが彼でどこからが装飾で、結合された別の人格であるのかさえ、見た目では判断できない。彼ら貴族自身は動けなくても全く問題ではないのだ。あらゆることは自力を変換させた他力で事足りる。どうせ、狭いボイド空間、シティ、カバナ・リオン以外に出かけることなどないし、そもそもできないのだから。そんな鬱積した思いが何世代も積み重なった結果、彼らは遺伝子を暴走させたのだ。重力のない世界で純粋に、わがままに。

そんな自らは手を汚さないカバナ貴族がなぜ、ガルバの傀儡を必要としたのか。

それは昨今のカバナの勢力分布と深く関係している。カバナ貴族が表から姿を消し、統治をゾルカに丸投げした結果だ。

彼らの手足となって働くはずのカバナ人や遊民たちをあまりに自由にさせすぎた見返りを食らったのだ。気がつけばカバナ人はリオン・ボイドを表で畏れ敬して、裏で軽んじるようになっていた。カバナ貴族たちが事態に気付いた時、自らが軽々と動けないということが弊害となっていることにようやく気がついたわけだ。カバナ貴族は貴族ではないカバナ人のフィルターを通さなければ、何事も自由にならなくなってしまっていた。

カバナ・リオン・ボイドの隅々まで及ぶ権力を独り占めにしていたはずの貴族たちが、大方のカバナ人民の意向を無視する形で『母星』を欲し始めたのは、その頃からだ。宇宙空間だけに特化した進化を遂げた彼らが、自身が暮らすには、まず不可能となった生きた惑星。連邦との極秘和平工作も同じ頃に画策され始める。

自在に宇宙を飛び回る遊民たちに対抗する手段を彼らは求めた。

その手初めの一手として、彼らは遊民ホムンクルスの傀儡を表世界に次第に増やしていくこととした。そして、それは表立たない方が尚、面白かったのだ。

裏切り者をあぶり出し、いつか目にものを見せてやる為に。

カバナ・リオンをカバナ貴族に取り返すのだ。『母星』と『星殺し』を得ることはその象徴だ。

『和平』すらもまた然り。

その急先鋒と言えるのがガルバと名乗った遊民クローンを操る貴族、その思念体であった。

 

ガルバを操った思念体であり、本体でもある貴族は遥か『果ての地球』とオリオン人たちが呼ぶ惑星からある『検体』が届くのを今か、今かと待っている。遠隔操作された『意思体』はホムンクルスと共に捕獲装置に巻きぞえとなることを選び消滅した。ガルバと名乗っていた遊民はこれで完全に死んだと言っていい。

残ったのは未知の検体、惑星固有の『次元生物』だけだ。カバナ・リオンでは手に入らない、羨ましくてたまらない『臨界進化体』。その研究者が重要視している『検体』だ。

(送付は開始された・・・小惑星体の連邦軍が気がついても間に合わない、最大出力だ・・・銀河時間でおよそ一昼夜かかるが・・・それだけの価値が有る・・・)彼の言語はあまりに使われなさすぎて思考の中ですら、遊民たちにすら判読ができないほど独特に変化している。彼は眼前に設置された巨大な次元転送装置をいくつかの視覚で見上げて待つ。

中央に浮かび、緩やかに回転するのは『果ての地球』上の風俗店に出現した人口次元の出口にあたる銀河上の渦だ。同時にそこは、これから届く『次元生物』があらゆる実験によってバラバラにされ試される空間。死ぬまで閉じ込められる牢屋だ。

(ん・・・?)カバナ貴族の視線が一点に止まり集中した。次元の出口に何かの光が点滅したようだった。(まだ、届くには早い・・・)だが、確かに。何かが。青い点が生じた。

(なんだ?)そう思った時には、すでに点は恐るべき速さで迫る。状況を把握する間も無く光が凶暴に装置から一気に放出した。

カバナ貴族といえども唖然とし、助けを呼ぶとかの何らかの意思を動かす暇などなかった。

すぐに追いついた熱によって次元装置が極限まで一気に膨張し、一瞬後それに耐えかねて大爆発した。それはリオン・ボイドの人工惑星の一角を完全に吹き飛ばした。

 

 

緩慢に最高貴族委員会の貴族たちが話し合っている。互いに隔離しあう巨大な貴族たちの傀儡が一堂に揃うヴァーチャル会議室のような場だ。だだ広い空間にドットのように傀儡が規則的にたくさん並んだ基盤のようだ。取り囲む長大なスクリーンは跡形もなく破壊されたガルバの個室のあった一角を映し続けている。すでにゾルカの手配で修復が始まっていた。映像は様々な角度からぐるぐると流れ、下半球にはそれに伴う様々な分析や数値などのデータが次々と表される。それを個人がチェックした印が時々、光り消える。上半球に当たるところに、カバナ・リオン最大の次元レーダーが刻々とボイド全体の次元を、惑星都市の出入りや船体の動きを表し続けていた。だが、そちらに注目するものは今は誰もいない。

(ガルバを復活するか、どうするか?)

(復活はさせる、だがその前に奴の記憶野は復旧できたのか)

(まずは、それだ。原因解明、事故究明・・・)(記憶野は高熱によってほぼ溶けた)

(破壊が一角に収まったのは幸いなことだ。)

(光子爆弾なのか、ひとたまりもない。よくカバナが吹っとばなかったな)

(これは和平工作と関係あるのか)(連邦の裏切り行為か)(連邦の新兵器?)

(それは確認できていない。和平の前だ。やたらなことは言うでない。)

(向こうからすれば裏切りはガルバの方であろう、頭の痛いことだ)

(和平工作は心配はいらない、ガルバのやっていたことはそれとは別ものだ)

(星殺しか)(それだけではない)(やつは臨界進化のことを探っていた)

(なぜ連邦人だけが臨界し、カバナ人にはそれが起こらないのかということだな)

(例の星の人類は・・・祖の人類に一番、近い遺伝子を保持していると言われてなかったか)

(ガルバはそれを探ろうとしていた)

(思念体を送るワームホールから逆に何かを仕込まれたということか)

(ガルバ自身が送致させたものがこの破壊をなした可能性もなくはない)

(となれば、やつの失策。自業自得だ。真相解明するも愚かしいことだ・・・)(捨て置くか)

(ガルバを復活させても、初期化している・・・何もわからないということだ)

(分散された記憶はどうだ?内臓記憶は?筋肉記憶は?)

(液状化しても再構築できるのではないか)(液状化どころか、6割がた蒸発している)

(焼け残った原始骨の一部にわずかな痕跡が認められた)

原始骨とは、骨を失い肥大化した貴族たちの脳の中にわずかに残った脊椎動物だった頃の名残のことである。思った以上に、肉体への破壊が徹底していたことに貴族たちに動揺が広がる。

(して、痕跡は、なんと?解析は可能だったのか?)

(解析できた印象は一つ、変換されたコンマの映像だけ)(焼き付いていたものとは?)

(おそらくは、青い光と思われる)

 

傀儡たちは一様に黙り込み・・・しばらくは無為に時間が経過した。

(以前)ようやく言葉というより、一人の思念が流れ出す。

(臨界進化体と思われる何かが、我々にメッセージを送って来たことがあった)

そうだ、そうだったと思念は盛り上がり、傀儡はうめき悶える。

(それは、青い光として記録された)

思念の渦は悲鳴にも似た風を起こす。

(連邦から出入りする、遊民情報にもそれはある・・・臨界進化体は)

(青い光と)


スパイラルフォー-37

2018-03-22 | オリジナル小説

見守るもの

 

 

活躍ができなくてご機嫌斜めなシドラ・シデンに連れだされた切り貼り屋とコビト、そして裕子は上空から風俗ビルが何度か光るのを見下ろしていた。これは夢かしら?と少し落ち着いた田町裕子は先ほどから思考を止めようと試みている。それなのにハヤトが死んだ時には難なくできた己の思考が今度は自由にならなかった。

『ここは・・・UFOの中なんだって・・・この人たちは宇宙人なんだから。そうよ、そうよね、コビトの言ってた通り。』手の先にある温かい繋がりの持ち主、傍にいる子供に目を転じる。『この子もそう・・・宇宙人なのよね。私のものではない・・・決して。』

ああ、だけど、それにしても。

先ほど、この子と心が一つになったのだ。それはまるで本当の親子以上だった。その瞬間から、いくらも経っていない気がするのに。心地よい夢から未練たらしく覚めたみたいに、今は虚しい。コビトのことを考えただけでも胸が詰まる。

視線が傍にそれ、そのまた隣にいる子供と出会った。コビトと面差しの似た子供。おずおずとためらいながらもじっと裕子を見つめるが、合うとすぐ目を反らせてしまう。この子の声は一度も聞いていない。慌てて向こうを向かれてしまうと、とても寂しくなる。

この子供は唐突に現れたのだ。コビトの兄弟?・・・オビトというのだという。

移動してすぐ(ワープというらしい)船の中に、この子供がいた。ゆっくりとコビトに近づいてくる、その動きはぎこちない。裕子は連れの顔が輝くのを見逃さなかった。

「オビト!」飛びつくように叫んだコビトは、昔だったら絶対にしなかったことをする。その体をためらいなく抱きしめたのだ。「生きてたんだ!」叫びには涙がにじむ。生々しい喜びを直接ぶつけられ、オビトはびっくりし固まった。成長の遅い小柄なオビトは(あれからコビトの方がさらに背が伸びていた)コビトの下にすっぽりと覆われてしまう。だからオビトはきっと、とても暖かかったことだろう。

トヨが、裕子が、コビトに教えた温もりだ。

「よかった、ほんとによかった!」繰り返される言葉に少しづつ、驚きも溶解する。(オビトも触られることに慣れていないことを忘れてはいけない)オビトの手がおずおずとコビトに回されるまでは、ちょっと時間がかかった。

抱き合う二人を見つめる裕子は、複雑だ。死に損なったと言う思いがある。その上、先ほど心が一つになったと思った子供が自分の手を離した。そのことがさらにショックだった。この子供には裕子の知らない別の世界があるではないかと。この星にはないが、彼がいた世界には・・・こうして歴然とあったのだ。それが裕子を打ちのめした。

「大丈夫か?」誰かが後ろから両肩を支えているのに気がついたのはこの時だ。

「あの二人は、俺が作ったんだ。」裕子は見上げ、『切り貼り屋』と呼ばれた男を見る。

「あなたが・・・」「依頼されて、というか、のっぴきならない立場に追い込まれてってことだが。あの二人は兄弟でもなんでもない。似てるがな。」「ひどいことを・・・!」

そうか?と男は肩をすくめた。横長の目と大きな口。「ひどいわよ!」

大きな声が出た。男は何も言わずに八つ当たりな非難を受け止める。裕子の目はもう涙も出ない。「私は・・・!私はあの子と死ぬつもりだったのよ!なのに・・・」

自分たちの都合で勝手に作り出した男に対しての怒り。だが、それは自分も同じなのだ。親の都合で産み落とし、親の都合で殺してしまった。ハヤトは幸せだったのか?コビトは不幸なのか?。アザの残る裕子の顔はくちゃくちゃに歪んだ。『切り貼り屋』はそのまま彼女を支える。

ついにコビトが気が付きオビトから離れ、慌ててかけもどった。

「どうしたの、かあさん。」視線は『切り貼り屋』と裕子の間を行き来する。「僕はどこにもいかないから・・・もう、心配しないで。」再び、ピタリと寄り添った耳に届く息。

だが、喜びと悲しみと共に裕子は聞き流そうと努める。

『切り貼り屋』はそんな二人をジッと見下ろし、同じように目が離せないでいる羨ましそうなオビトを見つめ・・・オビトと目があうとニッと笑って見せた。

その時、眼下にあるビルがこれまでないほど白く光った。燃え上がったかと思うほどだ。

「おおっ、激しいねぇ。」切り貼り屋』は高らかに口笛を吹く。「遊民軍団、主力を尽くしてますってか。」

裕子にとっては船で始めて存在を認識した背の高い女。シドラ・シデンが腕を組み仁王立ちしたまま、そっけなく。「人ごとぶるな、お前もその仲間だろが。」広範囲ではねと相手は返す。

シドラの脳裏に相棒の巨大ワーム、バラキからの情報が随時、伝わってくる。

「そろそろ、終わる。今ので、カバナの次元の入り口は完全に閉ざされたようだ。遊民軍団がよくやったということだ。我らの出番は無くなった。」

「ってことは・・・あいつ、俺を騙した裏切り者のガルバの野郎、死んだのか。」

「ホムンクルスは、な。」遊民達に介入することはしない方が望ましいのであるが。

シドラ・シデンはコビトとオビトの間に視線を行き来させている裕子を見る。

「彼女の配偶者を殺したのはカバナリオンからの思念体だ。遊民たちではないから、彼らはお咎めなしとなるだろう。」ワームホールを塞ぐ出力増量には近くに潜むバラキの存在も底上げになっている。同じくその存在がこの地で展開する次元戦の存在を小惑星帯から隠す。神月にいるタトラにも捉えられまい。しかし、それだけだ。もっと暴れたかったのは本音。

『全く、宮仕えなどというものは。つまらんこと甚だしい』

シドラ・シデンは興味を失ったようにつぶやき、透明なUFOらしき乗り物はぐんと上空に上がる。実際はワームが作り上げた次元の一部が地球上のごく近いところに露出しているのであり、いわばワームの上に乗っているのと同じなのだが。

そういった全体を把握する能力があるものは宇宙でも滅多にいない。

まして宇宙人類ではない裕子に、理解できたのは発光するUFOと見紛う丸い床の面だ。

まるで空飛ぶ絨毯みたい、いや空飛ぶガラスの床かしらと裕子は考え、少しだけ、笑う。

有るか無しか、にじみ出る涙をぬぐい取る。コビトの前ではちゃんとしてなきゃと思ったからだ。コビトの手を握ることが許されている、せめて今ぐらいは。

それがなくなってしまった後は?・・考えまいとすればするほど考えてしまう。


スパイラルフォー-36

2018-03-06 | オリジナル小説

待機するもの

 

その少し前から、地球とカバナリオンを結ぶ線上の宇宙空間、その次元時空にガンダルファとドラコがいる。

(ガンちゃん、ここが怪しいにょ)ドラコが示したのは次元を縫って走る糸よりも細い線だ。

Σ85rの穴を通る時に仕掛けの素地を施したのだろう。それを後に遠隔操作している。

もちろん、ドラゴンを使役するものであるドラゴン・ボーイであるガンダルファにはその線の違和感は伝わっている。普通の人間にはわかるはずもない、次元感覚に長けるニュートロンであってもかなりの能力者でないとそれは知覚できない。

「えらいヘロヘロの心細い人工ワームホールだな。君と僕をつなぐ赤い糸かってのだ!」

(ガンちゃんとドラコの赤い糸はもっと太いのにょ!)まぁ、それは置いといてだ。

「かといって、バカにはできないぞ。次元レーダーをごまかすためにはここまで削るしかなかっただけだからな。」

(複数の次元を使って蛇行に蛇行を重ねてるのにょ。ご苦労さんなことにょ)

「カバナリオンの技術の粋ってやつだな。こんなオモチャみたいなの、あらかじめ存在を知ってなきゃ、正規軍だって誰も感知できないよ。」

(だけど、ドラコとガンちゃんにはすぐにお見通しにょ!)

「あとはタイミングを計って、ここをチョッキン!と切っちまうわけだ。」

(タイミングはアギュが教えるはずにょ?)

「そうでなくても」アギュが現れた。呼ばれて飛び出てビヨヨヨ~ンなのにょ!

「サイゴにかなりのシツリョウを送るつもりだろうから、すぐにワカルことになる。」

ガンダルファは上目遣いにアギュを伺う。

「ってことは・・・イリト・デラの尋問から何か成果があったってことだよな。」

(遊民さんの正体にょ!ペルセウスの人との内証話を隠して、アギュうまくやったにょぉ?)

アギュも苦笑した。ペルセウスに言われた通りに、デラの私的次元から肉体を取り出すと、すぐに精神流体が戻ってきた。男の意識が完全に戻る前にアギュは立ち去り、尋問には立ち会わなかった。シドラ・シデンが使役するワーム、バラキは空間を提供し、アギュは外から観察することにした。再び、デラの私的次元に戻すわけにもいくまい。何よりイリトに対立している中枢・・・そこに繋がりがあるはずのゾーゾーにはガルバの一連の顛末はもとより、遊民の存在もペルセウスも気づかれてはならないからだ。

しかし、デラが聞き出したことがすべてイリト・ヴェガの知るところとなることはどうしようもなかった。それは、デラの意思ではどうにもならないことなのだから。

 

ペルセウスとの接触は、デラに対してある程度の脚色が必要となる。もちろん、アギュ一人が遭遇したこととしてだが。彼らが非物質領域から来たことはなるべくなら、伏せたいところだったが・・・なぜ、アギュ一人に接触してきたのかを充分に納得させるにはそれしかない。

そのことで自身の臨界状況についてあらぬ疑いを持たれることは仕方がなかった。イリトが思ったよりもアギュの臨界が進んでいることに気がつき、それを中枢に報告すればアギュの自由は著しく制限される。アギュは召喚を免れないが、おそらくイリトはそれを望んでいないはず。

どこまでイリト・ヴェガを信用できるのか。アギュとしても悩むところだ。

結論から言えば、アギュの心配は杞憂に終わった。

『切り貼り屋』と名乗った遊民は思った以上に修羅場をくぐっているらしかった。何を話せば、中枢に連行されるかとか、されないとか、よくよく考えていて尋問慣れしている印象だった。

まず真っ先に自分がペルセウスと関係があることを認めた。『切り貼り屋』が既に不法遊民たちの間でペルセウスに行った男として有名人であったことはすぐに調べがつくとみたのだろう。

下手に隠すよりも上手いやり方だ。頭がいい人間だとアギュは思った。

彼はペルセウス人が彼の精神に仕掛けた壮大な退避次元についての荒唐無稽な話を始めた。そこで彼は自分の知らないところでペルセウスの恩恵に浴していたことも認める。彼とペルセウス人グアナクの間に芽生えた個人的友情によって彼は精神流体を保護され、グアナクの連邦への捨て身の接触によって、それを無事に取り戻すことができたのだと。

何か解放に当たって、ペルセウスから入れ知恵をされているのは確かなようだ。男がペラペラと饒舌に語った内容の裏にはアギュ同様、隠していることが多いにあるのだろう。

 

おかげで、アギュも痛い腹を必要以上に探られないで済んだ。

イリト・ヴェガはペルセウス人については、彼とアギュの説明以上に興味を示さなかった。

そのことはその程度の情報は既に中枢が掴んでいるもの同じだということだ。

 

 

アギュは尋問内容自体に関してガンダルファに隠すつもりなどは全くなかった。

「あのユウミン・・・どうやらナグロスの知り合いだった。カレに会いに来ようとしていたらしい。」

ガンダルファが声をひそめる。

「じゃあ、例の巫女っていうのは神城麗子なのか。ユウリのお母さんの」

曖昧にうなづく。そうでもあり、そうでもないだろう。ペルセウスが惹かれたのは『魂』なのだ。「で、持って・・・それと、このカバナのワームホールはどう繋がるんだ?」

「あのキリバリヤとかいうユウミンの話では、カバナ人はジゲンセイブツを欲しているらしい。」ガンダルファは目を剥いた。それって「イリト・ヴェガと同じじゃんか?なんで、どうして?」

(趣味の完全一致にょ~カバナとオリオンの壁を超えてもうつきあちゃうにょ~)

アギュは遊民の男がペルセウスからカバナリオンに連行されて、この星に潜入する作戦に巻き込まれた経緯などを話す。極秘である和平の話はガンダフファなどは眉唾だとハナから聞き流した。わかった、タトラに言わなきゃいいんだな。、『噂には聞くけど、今更、和平ってどうなんだ?できんのかな、アギュ?』(和平になったらガンちゃん、失業するにょ?)しねえよ、多分。

「とにかくイリトの敵から、この星の次元生物の話が漏れたらしいのです。」

「じゃあ・・・つまり、カバナ人が、絶賛、捕獲中ってこと?」(デラちゃんの商売敵にょ!)

「ホカクしたらソクザにここから送るでしょう。ショウワクセイタイに見つかってフウサされるカクゴでね。」

「ふーん、せっかく作ったのにもう塞がれても厭わないってことか。カバナにとって、どんだけ大事なもの?次元生物って、あの・・・デモンバルグとかが?」

イリト・ヴェガは臨界進化体の研究の口実にしただけで、デモンバルグとアギュを同じものとは捉えていない。正直、次元生物の捕獲はイリトの趣味だ。

そこがわからないカバナ人たちは臨界進化体と魔族を混同している。

「どっちにしろカバナはマチボウケだ。」肩をすくめた。

「ショウワクセイタイもシルことはないようにする。次元レーダーがイジョウをカンチするよりハヤク、ここをフサギ、キュウシュツする。」

「全く連邦を敵に回して、よくやるよ。アギュったらさ。それを言っちゃ、イリト・ヴェガもかな?」(あのおばちゃんのそういうとこ好きにょ)

その時、アギュにはデラからの意識下からの接触がある。デラは私的次元からアギュに呼びかけていた。500光年離れたオリオン連邦にいるイリト・ヴェガの同調クローンであるデラ。

その彼女を経由して送られてくるイリト・ヴェガからの命令だ。

逆らうことなどできない、ためらいがちなデラの言葉。