今朝はどんより梅雨空です。
少し雨もパラついていましたが…なんとかもちそう。
お借りしていた『十七歳の硫黄島(いおうとう)』秋草鶴次著を読み終えました。
夏が近づくたびに、日本の歴史を振り返るようにしていたのですが、ここまで詳細に書かれた経験談というものを読むのは初めてでした。
今現在も各地で講演を続けていらっしゃるそうです。
凄い事です。
(数年前にNHKのドキュメントで拝見した事があったのを思い出しました)
硫黄島…日本に2箇所あるのをご存知ですか?
戦地となったのは東京都の硫黄島(いおうとう)。
屋久島に行ったときに、おじいさんに硫黄島が見えるんだよ!と言われた事があって…鹿児島にも硫黄島(いおうじま)があるのですが、こちらは島民もいる普通の島だそうです。
写真は硫黄島の最後の砦といわれた、摺鉢山です。
今現在でも島は自衛隊の基地として使用されているそうですが、こちらのHP(硫黄島探訪)で現在の様子をご覧になる事ができます。
言葉で表現することの難しさ。
想像すらできない事の連続で…表面的にしか理解できなかった。
戦争というものの悲惨さ、そこにどれだけの意味があったのだろうか?
秋草さんの言葉:
「死んでね…。意味があるんでしょうかねえ。だけど、無意味にしたんじゃ、かわいそうですよね。それはできないでしょう。“おめえ、死んで、意味無かったなあ”っていうのでは、酷いですよね。家族に対してもね。そして、どんな意味があったかというと……これは難しいんじゃないですか?
まあ、(死んだ戦友たちに対しては)俺はこういう生き方しかできなかったんだ。勘弁してくれって言うだけです。これで許してくれ、これで精一杯なんだ、と」
さらに、
「どんな意味があったか、それは難しい。でもあの戦争からこちら六十年、この国は戦争をしないですんだのだから、おめえの死は無意味じゃねえ、と言ってやりたい」
とてもとても重い言葉です。
この言葉の意味を…考えていかなければなりません。
戦争は絶対にしていけない事なのです。
*これだけ壮絶な経験をされているからこそ、口に出せない事もある。
思い出したくない事もある。
しかし、あえて記録を残して、後世に伝えようとする彼の生き方はさらに壮絶なものなのかもしれません。
少し雨もパラついていましたが…なんとかもちそう。
お借りしていた『十七歳の硫黄島(いおうとう)』秋草鶴次著を読み終えました。
夏が近づくたびに、日本の歴史を振り返るようにしていたのですが、ここまで詳細に書かれた経験談というものを読むのは初めてでした。
今現在も各地で講演を続けていらっしゃるそうです。
凄い事です。
(数年前にNHKのドキュメントで拝見した事があったのを思い出しました)
硫黄島…日本に2箇所あるのをご存知ですか?
戦地となったのは東京都の硫黄島(いおうとう)。
屋久島に行ったときに、おじいさんに硫黄島が見えるんだよ!と言われた事があって…鹿児島にも硫黄島(いおうじま)があるのですが、こちらは島民もいる普通の島だそうです。
写真は硫黄島の最後の砦といわれた、摺鉢山です。
今現在でも島は自衛隊の基地として使用されているそうですが、こちらのHP(硫黄島探訪)で現在の様子をご覧になる事ができます。
言葉で表現することの難しさ。
想像すらできない事の連続で…表面的にしか理解できなかった。
戦争というものの悲惨さ、そこにどれだけの意味があったのだろうか?
秋草さんの言葉:
「死んでね…。意味があるんでしょうかねえ。だけど、無意味にしたんじゃ、かわいそうですよね。それはできないでしょう。“おめえ、死んで、意味無かったなあ”っていうのでは、酷いですよね。家族に対してもね。そして、どんな意味があったかというと……これは難しいんじゃないですか?
まあ、(死んだ戦友たちに対しては)俺はこういう生き方しかできなかったんだ。勘弁してくれって言うだけです。これで許してくれ、これで精一杯なんだ、と」
さらに、
「どんな意味があったか、それは難しい。でもあの戦争からこちら六十年、この国は戦争をしないですんだのだから、おめえの死は無意味じゃねえ、と言ってやりたい」
とてもとても重い言葉です。
この言葉の意味を…考えていかなければなりません。
戦争は絶対にしていけない事なのです。
*これだけ壮絶な経験をされているからこそ、口に出せない事もある。
思い出したくない事もある。
しかし、あえて記録を残して、後世に伝えようとする彼の生き方はさらに壮絶なものなのかもしれません。
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