ぶらりぶらり

今日が一番

2013年10月19日 再スタート6日目 中山道 「奈良井宿~木曽福島宿」 32974歩    20.6kPart8

2013年12月31日 | 中山道

宮ノ越宿~巴淵

宿も決まり、カメラ代わりにしているipodtuchも電池切れ寸前で早々に店に入る。

一番早くできるものは?「ラーメン」それをお願いします。

電源のあるテーブルを見つけた、窓際の眺めの良い場所だった。

すると遠くにアメリカ組が歩いている。

手を振ると解ったようだが、彼らはそのまま進むようだった。

13時歩き再開、19号線を進み吉田橋を渡り川沿いの道へ左へ回る,車が通らず安全。

ガイドブックの説明では:木曽街道の中で一番谷がせまい所、山の姿川の流れが美しい。この旧街道を「山吹横手」と呼ばれ春、山吹の花が一面に咲くとの事。ここに作山武器は実を結ぶと伝えられこの枝で作った箸を使うと子宝に恵まれるとか・・・。

子宝にはもうご縁がないが,春に来るのも良いようだ。

良い気分で木曽川に沿って歩いて山吹トンネルの手前にでる。

右へと道は続いて行くが、現在崩落危険箇所になり立ち入り禁止。残念ながらトンネルなかの歩道を歩く事になる。

トンネルには入り、これも良き経験だと好奇心の固まりの私は前向きに行く。

トンネル入り口から15分程歩くと宮ノ越宿へはもうすぐ。

その前に「巴淵」まで300m、ふ~んなんだかロマンチックな名前・・楽しみです。

       


 


 


2013年10月19日 再スタート6日目 中山道 「奈良井宿~木曽福島宿」 32974歩    20.6kPart7

2013年12月30日 | 中山道

藪原宿~宮ノ越宿

SLある一里塚跡を過ぎガードレールをくぐる。

本来はその前に中山道があるはずだが残念な事に消滅していた。

本来の中山道への道まで地図に示された「信濃路中山道自然歩道」を歩く。

上高地への案内板がある藪原の信号を通過後獅子岩橋へたどり着く。

鳥居峠を行く人々を描いた大きな壁画を見ながら先へ進む。

ここでも橋の手前からが中山道なのだが通行出来ず19号線を木曽川に沿って歩く。

   

壁画を通り鷲鳥橋にかかる、吉田原の大曲なのだが今は通行出来ない。

そのまま19号を歩くと吉田洞門、その洞門の右側の道を歩く。

村の古老のお話:14代将軍に嫁いだ和宮様の行列が洞門上の高牧の道を何日も何日も続くのを川向の村人が隙間や所持穴から見ていたとか。

      

ひと区切りの宮ノ越宿まであと3.5k,12時をまわっている。

歩いているとラーメンの文字、宿?そうだ宿を決めなくては宿を決めてから昼食を決めなくては・・・宿の夕食は多いので昼食は考えて食べなければならない。

食堂の横に公衆電話あり、財布の10円玉を確認。

携帯も大分使ったので節約しなくてはいけない。

木曽福島までは歩けそう・・・観光協会へ相談。

2件目でキャンセルがあって一部屋有り,到着の時間が読めない

何時到着するか解らない旨を伝えると,夕食抜きでの宿泊可能。

助かったここで昼食を食べよう。

 

 

 


2013年10月19日 再スタート6日目 中山道 「奈良井宿~木曽福島宿」 32974歩    20.6kPart6

2013年12月29日 | 中山道

鳥居峠~藪原宿

アメリカ組と相変わらず前後しながら峠越えの後は下る下る。

更に熊よけのベルが、余程熊の出没があるのだろう。

アメリカ組と前後しなが渡ったりおしゃべりをしたりで熊も恐れて出てこないのだろう

下りは早かった、アメリカ組は何処かで休憩のようだが私は別れを告げて先へ進む。

    

先へ進むと目の前が開け、線路が見える藪原駅が近い。

やっと藪原宿へ入る、宿場町を通り抜け11時半SLが展示されている公民館で休憩。

           


2013年10月19日 再スタート6日目 中山道 「奈良井宿~木曽福島宿」 32974歩    20.6kPart5

2013年12月24日 | 中山道

鳥居峠~

9時40分奈良井宿からの距離が遠くなり鳥居峠への距離が近づく。

この距離を見ると多少に上り坂も元気がでる。

鳥居峠の一里塚跡をとおり、整備された街道を歩く。

10時ようやく鳥居峠にあと100mの所に奇麗な休憩所が設置されていた。

アメリカ組と合流して休息を取る。

          

鳥居峠山頂を過ぎ、分かれ道に入る。

旧道の文字に魅かれるがここは遊歩道を選ぶことにする。

遊歩道入口に熊よけのベルが設置されている、猿は良く見かけるが幸い熊には遭遇しない。

アメリカ組と前後しながら歩く。

子産の栃の説明があるが、アメリカ組にうまく伝える事が出来なかった。

遊歩道が終る所に再び熊よけのベルの設置あり。

      

 

 

 


2013年10月19日 再スタート6日目 中山道 「奈良井宿~木曽福島宿」 32974歩    20.6kPart3

2013年12月16日 | 中山道

鳥居峠

峠の始まりです、中山道は峠の多い街道です。

20年以上も前の話ですが、街道歩きを始め「東海道」も峠はあったけどこんなにあったかな~?

上り下りの多い道、ここはハイキングコースとして整備されていて標識も多く歩き易い。

又上り始めると直ぐに石畳を敷き詰めた道があった。

その後、東屋があり朝出会ったアメリカからの4人のチームが休憩中だった。

日系の女性2人とご夫婦、挨拶をして先へ進む。

       

斜め上に展望台有りの標識,やっと上りが終って平坦な道には言ったばかりだったので迷ったが,やはり見ておくべきだろうと考え寄り道する事にする。

しかし、展望台へはたどり着かず方向を間違ったのか?良く解らないが15分のロス

標識の横に愛嬌のある石仏が「ご苦労様」と微笑みかけてくれているような気がした。

こんな事もあるかもなあ~

先へ進むと先ほどのアメリカ組が歩いていた,展望台を探しているうちに追い抜いていったらしい。

紅葉が始まっていて,朝もやの中の景色が素晴らしい。

     

 

 

 

 


2013年10月19日 再スタート6日目 中山道 「奈良井宿~木曽福島宿」 32974歩    20.6kPart2

2013年12月15日 | 中山道

奈良井宿~鳥居峠

朝から奈良井宿を散歩をして、奈良井宿はずれから歩き出したのは午前9時。

外れといっても京から来た旅人に採っては入口になる。

水飲み場、高札場、神社と奈良井宿はなかなかお別れをさせてくれない。

   

やっとロードを歩き出し、右手山に入る階段有り。

ようやく鳥居峠越えがはじまる。

   

 


2013年10月19日 再スタート6日目 中山道 「奈良井宿~木曽福島宿」 32974歩    20.6k

2013年12月13日 | 中山道

奈良井宿~

奈良井宿で泊まった「伊勢屋」は奇麗で快適だった。

昨日は到着時にバッテリ切れで写真を撮る事が出来なかった。

通りから玄関に入るとタイムスリップしたような造りに嬉しくなった。

この入口から離れのような奥へい案内される。

まだ真新しい木の香りがする清潔な部屋に落ち着き、早速風呂へ。

風呂もお湯が豊富で清潔だった。また、ここはwifiがサクサクと作動した。

若い宿の主人は、8年前に東京からUターンしてこの宿を継いだとか。

  

昨夜夕食は座席に通されたが,朝食は玄関横の部屋だった。

朝食も満足なものだった、あまりに奇麗でぱちり

巡礼で知り合ったLauraの誕生祝いに日本的で若い女性が喜びそうだったのでfacebookでプレゼント代わりにこの写真を送る。

とても評判で彼女の友達からも評判が良かった。

  

食後は、奈良井宿を一巡りする。

通りはいかにも観光地、出来過ぎな昔を再現して宿場町だった。

歩かずにここへポンとくれば誰もが夢中になり,充分江戸を満喫出来る。

奈良井宿をもり立て、如何にここを良くしようとしているか住民の方々の意気込みを感じる。

        

もう出発して歩き出している人がチラホラお会いする、すると私の心は私も先へ進みたい

全身ウズウズ歩きた~い歩きた~いと宿へ帰る。

支払いを済ませ出発する事にした。

「伊勢屋」のブログを書いているという若主人はこのおばあさんの写真を撮ってくださった。

私も少し遠慮していたのだが、写真をおねだりしてイケメンの若主人のスナップを一枚。

      

 

 


2013年10月18日 再スタート5日目 中山道 「洗馬宿 ~奈良井宿 」30552歩 19.6kPart5

2013年12月11日 | 中山道

平沢北~奈良井宿

平沢北の信号の手前にコンビニ、信号を過ぎると「道の駅」木曽ならかわがありトイレもある。

併設して「木曽くらしの工芸館」がある。

塩尻地方の特産品がいっぱいです、木のスプーンが欲しいと兼ねてより思っていた。

しかし、リュックを背負った私には土産物で背中に1gでも更に重くなる事はタブーだった。

心身共に休む事が出来て、奈良井宿まで3.5kを進む

1k先に樽川支所があり上り坂を歩くと文化財修復工房がある。

諏訪神社の中をとおると平沢の集落にはいる、ここは奇麗な漆器店が並ぶ漆器の街木曽平沢。

中山道の名残の家並みあり、木曽平沢は漆工町として国の重要伝統的建造物群保在地区に選定されている。

        

JR木曽平沢駅が漆工町の入口であり私が歩く中山道漆工町の出口でもある。

中山道の宿場の両側はどちらも入口と看板が立っている。

駅の先のJR線の下をくぐり19号線を出た所が中山道。

しかし、JR線をくぐって直ぐの堤防の道の方がくむ間が通らず川の流れに沿った道がお勧めです。

木造の素敵な建造物、木曽樽川小学校が素敵です。

   

川沿いの道が終る頃には右手に体育館が見え奈良井川橋を渡り、今度は踏切を渡り又JR線を越えます。

左手に線路を見ながら先を見ると奈良井宿です。

いかにも観光的な奈良井宿です、観光客はこの昔のままの宿場町の風情に満足した様子でした。

ああ残念!バッテリ切れです。

             

予約済みの「伊勢屋」さんは宿場の中央チョット先にありました。

心配した夕食も程々で、私のお腹を煩わせる事なく完食でした。

ここで出会いがあったのです、お隣同士の部屋でお食事をご一緒の席だったご夫婦がいました。

同年輩かな?とはおもったのですが、私の実家のそばにお住まいの方でした。

奥様は高校時代1年生の時に同じクラスだった女性に似ていました。

もしかしたら彼女だったかも?旅の話に花を咲かせました。

しかし、お互い名前も聞かず同郷のお二人という事だけでお別れしました。

お二人は翌日妻籠、馬籠を歩かれるとか仲の良いご夫婦でした。

こんな事ってあるんだなあと不思議なご縁を感じました。

 

 

 


2013年10月18日 再スタート5日目 中山道 「洗馬宿 ~奈良井宿 」30552歩 19.6kPart4

2013年12月11日 | 中山道

贄川駅~平沢北

空腹を凌ぎ、気を取り直して出発です。

歩き始めると直ぐに立派で大きな「贄川宿」の看板。

改めて「贄川宿」だあ~と自分に気合いを入れる。

数分で関所橋を渡り左の道へメロディ橋を渡り贄川宿となる。

そう言えば片平の集落出口で出会った同年輩のご夫婦が言っておられた。

楽しそうに「鐘をならしてください」と、この橋の事だったらしい。

順番にたたいていくと木曽節が聞こえるとの事。

私は手でゴロゴロとなでてしまった、メロディ?でない?

壊れているのかな?と思ったが通り過ぎて思った事(硬いものでたたけばでたかも?)

戻る気もなく振り返り思う。

本来の旧道を通れば関所の前を通るはずだが,今は通行出来ない。

右が行き先だが,左への逆方向に行くことにする。

メロディ橋には戻らなかったが、関所へは是非お目見えしなくてはと言っても左へほんの数歩だ。

中を見学はしなかったが外観だけでも拝見。

すると受付の女性が声をかけてくださった。

もうすぐ13時、そろそろやどの心配をしなくてはと気がつく。

     

係の女性はとても親切でした、この先観光地である奈良井宿が控えていた。

お勧めの宿数件の情報を頂、電話で交渉。

明日の出発を少しでも先へ延ばしたく,奈良井宿のはずれの宿舎に先ずは連絡するも満室。

宿場のメインは高そうで不安だった。しかし、ここはどこも同じくらいであった事が後で判明。

評判の良い、伊勢屋に電話すると最後の部屋有り。

素泊まりの有無を聞くと食事付のみとの事。

料金もそうなのだが、最近の旅館は就寝前なのに食事の量が多いと思うだけで満腹感で苦しくなる。

仕方ない、彼女のお勧めの蕎麦を遅い昼食にする予定だった。

駅でとりあえず空腹は凌いだし、又3時のおやつで空腹を満たして夕食に備える事にする。

奈良井宿に向かって進む事にする。

贄川宿の集落は江戸時代からの建物も数件残っていて当時の宿場町の賑わいをしのばせる。

   

贄川からは「信濃路中山道自然歩道」の案内標識を頼りに歩く。

贄川栃ノ木の大木、押込の一里塚後を過ぎ深い谷間の道を歩く。

押込め一里塚の手前頃から漆の文字が頻繁にでて、立派な店構えも見えてくる。

14時過ぎ、木曽暮らしの工芸館、木曽漆館で一休み。

            

 


2013年10月18日 再スタート5日目 中山道 「洗馬宿 ~奈良井宿 」30552歩 19.6kPart3

2013年12月10日 | 中山道

木曽路~贄川駅

東屋があった「これより南木曽路」の碑の手前に境川がある。

かって尾張と信濃の境だったとか、その境橋を渡り南木曽路に入る。

木曽路の碑を超え谷が深くなり、眺めは素晴らしく歩く者だけが木曽谷の風情を堪能出来る。

木曽路の碑の前の土手を斜めに上がり、旧街道の面影を残す片平の集落に人家がチラホラ。

若神子の一里塚を過ぎ中畑に入る。

道しるべが頻繁に用意されていてホットする。

途中に古中山道への道も残されて,そちらへ行きたくなる衝動を抑え通常の道を歩く。

     

贄川駅まであと1.7k  まだ 手前の水場を写真を撮る余裕有り

道路沿いの薮の道を歩く、駅への距離が刻一刻少なくなって行く.

左下には線路駅が近~い

12時すこし前、空腹の頂点になった頃に贄川駅、”ここで昼食!”と頭は食事の事ばかり。

左遠くにそば屋の看板、駅へまっしぐら

構えは大きな店だが,動きがナイうそっやすみ?うそっ

仕方が無い、だあれもいない駅の構内で休憩して手持ちの補助食品で空腹を満たす