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ハイテクばあちゃん・・銀の道ちょっとcoffee break

2015年08月31日 | 巡礼銀の道

銀の道はGranja de Moreruelaから二手に分かれます。

Granja de Moreruelaの道をそのまま歩くとアストルガへ行きます。

私が使っている地図はふた通りの地図が載っています。

到着地点が「アストルガ」と「サンチャゴ」です。

何が本当の道かはわかりません。

どの道を選んでもSantiagoへ到着すれば良いのですから。

アストルガまでのマップをご覧いただこう。

こうやってアストルガに到着する、アストルガは「フランスの道」の途中にある。

従ってアストルガからSantiagoへ向かって歩けばいいのです。

巡礼の先輩hiromiちゃんはアストルガへ続いている話をした時「それならそのままオビエドまで歩けば良いわねえ」

そうですその方法もあります、かなり長い距離になりますが、アルトルガ→レオン→オビエド→プリミティボの道。

これもいいですねえそのうち歩きたいなあ、ちなみにレオンも「フランスの道」の途中にある大きな都市です。

そして今回私が歩いている「Sanabresの道」です。

今回上記の地図の範囲は歩いていません。

100歳までにこの道も歩きたいと思っています。

「銀の道」と「ムシア、フィニステーラ」を歩き終えた後、レオンその他も見て回った。

その報告は後でのお楽しみです。

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ハイテクばあちゃん・・銀の道Via de la Plata5月19日26日目(月)

2015年08月30日 | 巡礼銀の道

Granja de Moreruela~Tábara 26k(10kタクシー)標高705~745

Kの体調はまだ咳が止まらず、Sと私も風邪気みで最初の10kはタクシーで運んでもらうことにする。

アルベルゲのチェックアウトは8時。

昨日のバルにタクシーが9時に来る約束。

朝食をゆっくり食べて待つことになる。

私はipatminiでメールをチェックする。

そこへ夫、息子、友人からメールが届く。

中学の同級生、前の年相撲協会の理事長を最後に退職した放駒が突然死亡した連絡だった。

帰国後関東地区の同級会である予定だった。

その会は忙しい彼の予定に合わせたあったがなんだか偲ぶ会になってしまった。

そんな連絡を受けしばらくして時間通り(めずらしい)タクシーがやってきた。

車は巡礼道に止めて欲しいとお願いして約10k地点まで運んでくれた。

運転手さんがサンチャゴへの方角を教えてくれて私たちは歩き出した。

広々とした大地におばさん3人行く方向に進むことにした。

 

 

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ハイテクばあちゃん・・銀の道Via de la Plata5月18日25日目(日)part2

2015年08月29日 | 巡礼銀の道

Montararta~Granja de Moreruela 22.7k 標高695~705②

風邪気味で薬を飲んでるせいか、今日は殊の外疲れて足が進まない。

遠くに街が見える、多分あそこだ。

でも、直線の道が工事中だった、かなり遠回りをしなくてはならない。

そういえば先ほど遠くに重機が見えていたのはそれだったのだ。

そのうち、Sevilla で出発直後に出会ったおやこ(父息)と迷子になった時1Kの距離を追いかけて助けてくれたおじさんが再開の挨拶をして追い越して行った。

そこへSからメールがはいる「ベッドが後一つ」との連絡。

優しい彼女は私のベッドを心配してくれる。

出発する前にも彼女達には十分伝えていたつもりだが、基本は一人一人の巡礼なのだ。

足の遅い私のベッドがないのは仕方のないことなのだ。

「私はなんとかするから、今すぐチェックインして」と返信する。

「Kもここにいるよ」とのメール”それはよかった”

そして睡魔が私を襲い始めた。

せっかく連絡してくれたけどもう歩けなくなって雑草の上に横になり爆睡。

30分位寝ていたかもしれない、でも体が少し楽になり進む。

5時近くやっと到着、聞いていたバルへ直行。

みんないた、珍しくアルコールが苦手なSとKがセルベッサ(ビール)を飲んでいる。

私の喉もカラカラ、ビールは好みではないが私も珍しく”グウーーーーイ!”

もう私のベッドはないものとここまできた。

彼女らの説明では「アミーゴが今こちらに向かっている」と懇願してくれたらしい。

しかしオーナーは「予約はできない!来た順だ」と言われたそうな。

そして何人も泊まれなくて先へ進んだそうだ。

(そうかそうだよな~でも一応聞いてみよう、ここでなくてもその先の場所でも教えてもらおう)

”Ala""部屋は?”オーナーニコニコして「ここに名前を書いて5ユーロだよ」

”ええええっベッドあるの?”「良いから書けよ、5ユーロ」

何がなんだかわからないうちに宿帳に名前を書き5ユーロを渡す。

そしてアルベルゲに行くと一つだけベッドがあった、キツネに騙されたみたいな感じでした。

後から考えると、他の巡礼者の手前彼女達から頼み込まれてもOKを出すわけにはいかなかったのだろう。

なんて心憎いオーナーさん「ありがとうございました

アルベルゲには顔見知りがいっぱい、みんなが無事に到着したのを喜んでくれました。

人の情けが身にしみた日だった

 kとも再開し、ピエール、アンナ、ガブリエル達とペリグリーノメニューの晩餐だった。


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ハイテクばあちゃん・・銀の道Via de la Plata5月18日25日目(日)

2015年08月28日 | 巡礼銀の道

Montararta~Granja de Moreruela 22.7k 標高695~705

昨夜も痰のからむような咳で悩まされた。

Sを起こして薬をもらう。

Kに薬類を全部出してしまいまさかこんなことになるとは

今朝は少し寒い、7時半出発時に小雨が降ってきた。

大した雨ではなかった。

景色に見とれて道を間違う、こんな時はKの洞察力が欲しいと思う。

長年の山おばさんの道を察知する力はすごい。

ちょっと回り道をした感じだったが、回り道ではなく私たちの道は湖の反対側だった。

630号線に出て歩き出す。風が寒くてマフラーで寒さ対策。

道を迷って時間を費やしたにもかかわらず私たちはCastrotorageの遺跡をどうしても見たくて少し回り道。

ピエール達が先を歩いていた、彼らは遺跡には寄らずそのまま先へ進んだ。

わずかなアップダウンはあるものの平らな道を黙々と歩く。

11時頃までSと一緒に歩いたが、昼過ぎからはついていけなかった。

その後はひとり代わり映えしない赤い道を黙々とひとり気ままに進む。

みんなは何が面白くてと言われるがこれがなんとも答えられないほど楽しい。

名もないはるか遠い歴史の中では生活があったろうに、どんな人々が暮らしたのか

そして昼を過ぎるとどこから現れたのか巡礼者達。

そしてすぐに見えなくなる。

 

 

 

 

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ハイテクばあちゃん・・銀の道Via de la Plata5月17日24日目

2015年08月19日 | 巡礼銀の道

Zamora~Montamarta 18.5k 標高640~695

昨夜はフランスのご夫妻やSに本当に迷惑をかけてしまった。

お世話になったのにとんだ夜を過ごさせてしまった。

朝私は平謝りだった。

朝食は7時だったが、スタッフが少し早く支度してくれていた。

早い人は7時にはもう出発できる人もいた。

私の支度は相変わらずのんびりです。

それでも7時半前には出発することができた。

昨日受付が始まるまでいた場所まで戻り、誰も通る人のいないinfoや買い物をした街中を歩く。

本日の道はずっと平坦な赤い道を歩く。

アクシデントもなく淡々とあるき、ものめずらしいものもなかったせいか写真もなく印象があまりない。

6.6kの距離Roales del PanへSと一緒に1時間半後通りすぎる。

こじんまりとして綺麗な街だった。この街には宿はなかった。

630号線に沿って赤い道をまっすぐ歩くのみのコースだった。

昼頃には本日の目的地Montamarta に到着、アルベルゲの矢印の従い到着すると閉鎖されていた。

はて?これからどうしたものか?そのまま先へ進むと綺麗なB&Bから出てきた顔見知りの巡礼者。

B&Bは満室とのこと、メルカドスーパーで世話をしてくれるとの情報を得た。

今日メルカドやっているの?今日は土曜日なのに?メルカドを目指して歩く。

オープンしていた、そこで紹介してくれた一軒家だった。

どうもメルカドオーナーさんの家らしい。

台所がある、メルカドが閉まらない前に買い物をしておこう。

さて、シャワーと洗濯に取り掛かると水のみえええええそれは困る。

中学生だろうか、オーナーの息子さんがやってきた。

ボイラーのPLガスボンベが空っぽになっていた。

頼もしい青年が交換してくれた、偉いねえお手伝いしてるんですねえ。

ようやくシャワー、洗濯も終わり。

夕飯の支度に取り掛かる、パスタ、スープ、サラダのメニュウでした。

明日のお弁当の用意も終わりました。

すると、もう一人オランダの青年ロバートも加わることとなった。

彼とはSantiagoの手前まで一緒に歩くことになる。

(ロバート!もう少し早く到着するれば一緒にパスタを食べれたのにね。ざんねん!)

 

 

 

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ハイテクばあちゃん・・銀の道Via de la Plata5月16日23日目part5

2015年08月17日 | 巡礼銀の道

Salamanca~El Cubo de la Tierra del Vino~Zamora  66.6k 標高800~640  全バス移動⑤

2時少し前にアルベルゲへ戻る。

ホスピタリティが私たちが戻った後すぐに、やってきた。

若いお嬢さん2人だった、彼女たちに用意があるらしく私たちはちょうど2時にならないと入れなかった。

待っている間に、汗を流しながら巡礼者たちがやってくる。

私たちがバスで走り抜けたどこかからやってきたのだろう。

on timeに私たちは招き入れられた。

手続き後私たちとフランスのご夫妻は4人部屋に決まった。

今夜は静かな夜になりそう・・・・・ところが・・・

その静かな夜を大変なことにしてしまったのは、突然襲った私の止まらない咳だった

そんなことになるとは思いもせず、シャワーと洗濯を終え物干し場に入ると続々と顔見知りが到着する。ピエールもやってきた、すごいなあ皆たくましい。

充実したキッチンでパスタ、スープ、サラダの晩餐を終えた。今夜は暖かいミルクを飲んで就寝した。



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ハイテクばあちゃん・・銀の道Via de la Plata5月16日23日目part4

2015年08月14日 | 巡礼銀の道

Salamanca~El Cubo de la Tierra del Vino~Zamora  66.6k 標高800~640  全バス移動④

アルベルゲに受付は午後2時からだった。

2時間ある、扉の前に重いザックを置く、もちろんフランス人ご夫婦の後に私たちのザック。

ここのベッド数は32,マットレスの用意はない。

宿代は寄付と成っているが朝食付きで6ユーロだったと記憶している。

今回ここを含めて4つの宿をご紹介したが、時々すでに閉鎖されている場合がある。

事情は全く分からないが、語学の問題でもないようだ。

現地到着後途方にくれるスペイン人に出会ったこともある。

従ってこれを参考に行かれたとして万が一閉鎖されていたらごめんなさい。

さて2時間の間に食料の調達、翌日は土曜日だから。

最悪は土日二日間買い物ができない場合もある。

Zamoraは大都会、お店がいっぱいです。

シエスタにならないうちにお買い物を済ませます。

レストランで昼食をゆっくりする暇はなく、食べやすい物で宿の近くで済ませます。

また広場にはインフォーメーションがあり、情報収集です。

そこでそこから一緒になるカナダ在住のエリー&テリー夫妻と出会います。

彼女はベネズエラ出身、スコットランドのご主人と歩いている。

その後2時まではのんびりとしたひと時でした。

 

 

 



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ハイテクばあちゃん・・銀の道Via de la Plata5月16日23日目3

2015年08月13日 | 主夫&主婦

Salamanca~El Cubo de la Tierra del Vino~Zamora  66.6k 標高800~640  全バス移動③

⭐️Villanueva de Campean(El Cuboから13.2k)

  ここはベッドが10満員時のマットレスの提供はなし

 公共のアルベルゲらしい6ユーロ

 予約はできないので早いもの勝ちらしい

 運悪く満室の時は約20kを歩きZamoraまで行くか?どこかホステルを探さなくてはいけない。

思い出したが、情報で66.6kの間にホステルはないということだった。

私たちはZamorade確実に泊まれる時間にバスで行くことを決めたと思う。

さて、Salamancaからバスに乗ることを決め、前日にバスターミナルは下見をしていた。

歩きで40分かかる、途中バルでチュロスが目につきカフェとチュロスでスペインスタイルの朝食。

余裕を持ってターミナルに到着、靴の修理をする店を見つけ泥だらけの靴を磨いてもらうことにする。

毎日手入れはするがツヤもなくなりまだまだこの先があるのでちょっと散財。

バスは快適だったが、車窓からみんなが歩いているところを見るとちょっと心が痛む。

Zamoraに到着、顔なじみのフランスのご夫婦と一緒に下車。

私たちには地図もなくご夫婦にぴったりとついていくことにした。

1時間後にアルベルゲに到着、バスを使っても計2時間歩いたことになる

ヤコブ様はたとえバスを使ってものんびりはさせてくれないようだ。

 

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ハイテクばあちゃん・・銀の道Via de la Plata5月16日23日目2

2015年08月11日 | 巡礼銀の道

Salamanca~El Cubo de la Tierra del Vino~Zamora  66.6k 標高800~640  全バス移動②

一気にバスで行ってしまった途中の宿をご紹介してみます。

⭐️Calsada de valdunciel (15.5k地点)

このアルベルゲには8つのベッドと満員の場合床で寝られるマットレスが用意されていた。

宿泊費は5ユーロ。

15.5kの距離でアルベルゲに泊まる巡礼者は少ない、みんなが通過していくだろう。

時間があったのだからここで泊まってからでも大丈夫だった。

しかし、前の地点から歩いている巡礼者が泊まるかもしれない

ここで思案して、15.5k生意気にもちょっと近いしもし止まれなかったらと思い先へ進んだのだろう。

 

⭐️Albergue Turístico Torre de Sabre (15.5k ➕19.9k)

ここのベッド数は6、3つのベッドルーム(9ユーロ)ダブルベッド1(12ユーロ)予約可。

満員の際のマットレスは用意されていません。

ここはアルベルゲというよりホステルですね。

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

私たちはZamoraまでバスに乗ったがピエール達3人はここEl Cubo de la Tierra del Vinoまでバスで行きそこからSamoraまで33kを歩いた。

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ハイテクばあちゃん・・銀の道Via de la Plata5月16日23日目

2015年08月09日 | 巡礼銀の道

Salamanca~El Cubo de la Tierra del Vino~Zamora  66.6k 標高800~640  全バス移動

あれから1年以上も過ぎました。

この日は66.6kを一気にバスで進みました

なぜそんなに?Sと色々相談して決めたことと思います。

欧米の人々はとにかく大きくて早い、パワフルです。

私達もよくパワフルと言われましたがちょっと意味が違います。

小さな体に大きな荷物昔同じようなフレーズの童謡があったような????

何てパワフルなハポンのおばさんデス

Zamoraまでアルベルゲは3個ありました。

もちろんその時は、今パソコンの前でリサーチをするようには行きませんでした。

正確な情報がないまま、他の巡礼者からの情報だけが頼みでした。

しかも言葉がうまく理解できないというハンデイの中安全を第一にしていました。

今も思うのですが何を急いていたのかあの状況を不思議に思っています。

 

 

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