現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

長谷川潮「終わりのない模索 安藤美紀夫小論」日本児童文学1990年9月号所収

2021-10-24 17:36:45 | 参考文献

 安藤美紀夫追悼特集に掲載された論文です。
 安藤に関する個人的な想い出を取り混ぜながら、主に安藤の創作活動について論じています。
 他の記事にも書きましたが、安藤は創作(「でんでんむしの競馬」(著者が文庫版のあとがきを書いています。その記事を参照してください)など)のみならず、研究(イタリア児童文学を中心にした世界児童文学と日本児童文学の両方)、評論(現代児童文学を中心に世界と日本の児童文学について)、翻訳(「マルコヴァルドさんの四季」(その記事を参照してください)など)、後進の教育(門下生は、この特集でも書いている村中李衣(その記事を参照してください)など)と、多面的に活躍した児童文学者です。
 著者は、創作者としての安藤美紀夫があまり論じられてこなかったとしています。
 その理由としては、「安藤が研究、評論、翻訳の分野で登場した」ためだとしている児童文学者の神宮輝夫の意見を紹介しています。
 著者は、それに付け加えて、安藤の作品が、素材(原風景である戦前の京都、18年暮らしていた北海道の諸問題、戦争体験など)だけでなく、方法の面においても多様性(リアリズム、ファンタジー、メルフェン、ファンタジーア・レアルタ(イタリア語で空想・現実を意味して両者が混在した世界)に富んでいて、作品の累積効果(例えば、佐藤さとるは、「だれも知らない小さな国」の基盤の上に「コロボックル」シリーズを築き上げているので、それによって「佐藤さとる」の世界をイメージできます)を安藤自らが拒否しているとしています。
 著者は、専門分野(関連する著者の論文の記事を参照してください)である戦争児童文学(「青いつばさ」、「七人目のいとこ」など)を中心にして、安藤の主な創作活動(他に「でんでんむしの競馬」など)を論じています。
 追悼特集中の論文にも関わらず、褒めるだけでなく、批判すべきところは批判している著者の書き方には好感が持てます。
 ただ、作品の評価が、著者自身のあとがきや児童文学研究者による文庫版の解説などに依存しすぎていて、作品そのものにどのように描かれていたかの言及があまりなかったのが物足りませんでした。
 また、作品を論ずるのに、「何」が書かれているか終始していて、どのように描かれていたか(登場人物のキャラクターや様々な描写)がほとんど論じていないのは、他の児童文学研究者(安藤美紀夫、古田足日、石井桃子、村中李衣などは除く)とも共通する実作体験の乏しさのせいなのかなという気もしました。
 それにしても、このような作家論が当たり前のように雑誌「日本児童文学」に掲載されていたころ(1970年代をピークにして1960年代から1990年代ごろまででしょう。これは、狭義の「現代児童文学」の時期と重なります(関連する記事を参照してください))と、作家論などほとんど書かれない現在とでは隔世の感があります。
 その理由としては、以下のような点が考えられます。
 まず、児童文学(一般文学も同様ですが)における評論の衰退があげられます。
 作品に評論が与える影響が、ますます小さくなっています(もともと評論家が思っているより小さかったのですが)。
 他の記事にも書きましたが、大学や専門学校などで児童文学(それ以外の文学も同様です)の講座が廃止縮小されて、児童文学の研究や評論では飯が食えなくなっているので、この分野の志望者は激減しています(いたとしても、現代の児童文学ではなく、より無難な英米児童文学や近代や古典を専門分野にしています)。
 出版される本の大半がエンターテインメントで、ほとんどの作品のみならずその作家までが消費財的に扱われていて、まとまって論じる対象とされていません(もともとエンターテインメント系の作品は評論や研究の対象にはならなかったのですが、那須正幹の「ズッコケ三人組」シリーズのような、まとまった論考がなされている例外もあります)。
 児童文学業界全体が長期的な斜陽産業であり、マーケットサイズが出版バブルのころからは大幅に縮小していて、文化的な側面をサポートする余力がなくなっています。
 このような時だからこそ、国や地方自治体のサポートが必要なのですが、ご存知のように橋本元府知事による大阪国際児童文学館の閉館・縮小(大阪府立図書館内に併設)など、ここでも切り捨てられる方向です。

でんでんむしの競馬 (少年少女創作文学)
クリエーター情報なし
偕成社


 


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