目標まで、あと五キロメートルになった。
そこを過ぎると、ミサイルはぐんぐんと高度を落としていった。
地上は、徹底した燈火管制でまっ暗だった。
でも、赤外線カメラは、ところどころすでに破壊された町並みをとらえていた。
(見えた!)
前方に、目標とする軍需工場の建物が映った。
ミサイルはますます高度を下げていく。みるみる工場の建物が大きくなっていった。そして、画面いっぱいにひろがった。
ガガガーン!
大音響とともに、一瞬、画面いっぱいにまぶしいほどの白い閃光が拡がった。
次の瞬間、画面は上空高くに舞い上がっていった。
もうカメラの視点は、ミサイルからは切り離されている。
画面の視野が、どんどん広がっていく。
真っ赤な火柱をあげた工場の全景が見える。モクモクと立ち上る黒煙を、カメラはとらえていた。
(やったあ!)
ミサイル攻撃は見事に成功した。
最終戦争が始まって、四年の月日が流れていた。紆余曲折はあったものの、最終的にはわが国の一方的な勝利で終結することが、確定的になりつつあった。
ある国の独裁者によって始まった世界中を巻き込んだ果てのない軍拡競争。それに、とうとうひとつの終止符がうたれるのだ。
でも、それは、ひそかに世界制覇を目指していた我が国の支配層にとっては、またとない機会だったかもしれない。
巧みな外交戦略によって国際情勢をこちらの思う通りに操り、戦争の大義名分は完全にこちらのものとなっていた。
我が国は、単独ではなく多国籍軍の一員として、敵と戦えばよかった。
たとえその戦力が、実質的には我が軍が大多数を占めているとしても、国際世論は完全にこちらを支持していることになる。
しかも、他国との長い戦争で疲れきっている敵側には、最新兵器で武装した我が軍に立ち向かえるはずもなかった。わが国は、漁夫の利を得ていたのだ。ミリタリーバランスは、初めから崩れていた。あとは、定石どおりに相手を孤立させて、攻めていけば良かった。
そして、それももうじき全てが終了する。世界制覇に向けての最終戦争は、いよいよ最後の段階を迎えていたのだ。
ジェット戦闘機のコックピット。ディスプレイには、さまざまな計器が表示されている。
すでにディスプレイで、ミサイル攻撃がねらいどおりに成功したことを見とどけていた。
(よしっ)
機体を百八十度旋回させた。これから、自軍の基地へ帰還することにした。今日の使命は、見事に果たしている。後は、無事に基地にたどりつけばいい。
ビーッ、ビーッ、ビーッ、……。
突然、激しいブザーの音とともに、赤い警告ランプが点った。
(しまった。地対空ミサイルか?)
すぐに、敵のミサイルの誘導装置をかく乱させるために、妨害電波を発射した。そして、左へ大きく旋回してミサイルから逃げようとした。
しかし、それは遅すぎたようだ。
ディスプレイには、ミサイルがぐんぐん接近してくるのが映っている。
グガガーン!
すさまじい命中音とともに、機体が激しく揺れた。
急いで緊急脱出装置のスイッチを押して、空中に飛び出した。
次の瞬間、コックピット内は真っ赤な炎に包まれた。
「ちぇっ、最後につまらない失敗しちゃったなあ」
ススムはそうひとりごとをいうと、画面を戦闘モードから戦略モードへ切り換えた。
『 (戦果)
軍需工場 6
飛行場 2
戦車 23
戦闘機 46
移動ミサイル 17
(損害)
戦闘機 5
爆撃機 2 』
画面に、今回の戦闘の結果が表示された。最小の損害で、最大の戦果をおさめている。作戦全体の成績については、ススムは満足していた。
インターネットを通して、七人の対戦相手とともにはじめた世界制覇ゲーム「ファイナル・ウォー」は、いよいよ最終局面をむかえている。
ゲーム開始の時に覇権を争っていた八カ国も次々に淘汰されて、今ではススムのひきいるキチーク共和国と、ヒロシのダトーア帝国との間の最終戦争に突入していた。
「ファイナル・ウォー」では、国家としての立場での戦略モードから、一兵士としての戦闘モードまで、さまざまなレベルでの戦争をシミュレーションできる。
戦略モードでは、他国との同盟関係の構築や他国同士を先に戦わせるための謀略といった外交政策が重要だ。また、兵器や食糧の増産、戦時国債の発行といった内政にも、手腕をふるわなければならない。ここでの戦争は、結果としての死者数、負傷者数、残存兵器数といった単なる数字でしかない。
それにひきかえ戦闘モードは、個々の戦闘のリアルシュミレーションだった。ここでは、歩兵でも、砲兵でも、戦闘機パイロットでも、何の立場にも自由になることができる。さらに、人間だけではなく、ミサイルそのものになって空を飛び、目標を破壊するところをモニターすることさえ可能だった。
『敬愛するダトーア帝国の皇帝陛下へ。
陛下もご承知のとおり、このたびの戦争はわが共和国側の一方的な優勢のまま、最終局面をむかえています。
これ以上の無駄な血を流すことは、我々の本意ではありません。
よって、即時、無条件降伏を勧告いたします。
もし、降伏されないならば、当方としては重大な決意で臨まなければなりません。
キチーク共和国大統領より』
ススムは、ヒロシへの最後通告をキーボードで打ち込んだ。
(さて、どんな返事が来るものやら)
ピロロロン。
すぐに、ヒロシがメールを受け取ったことを示すサインがあらわれた。渋い表情でメッセージを読んでいるヒロシの顔が画面に見えるようで、ススムはついニヤリとしてしまった。
(おっと、最後まで油断しちゃだめだ)
ススムはどんな返事がきても大丈夫なように、ICBM(大陸間弾道弾)でダトーア帝国の首都を地上より抹殺できるようにセットした。
もうすでに今までの戦闘で、ダトーア帝国の迎撃ミサイル網は完全に破壊してある。ヒロシには対抗手段はないはずだった。
やがて、ヒロシからの返事が届いた。
『親愛なるキチーク共和国の大統領閣下へ。
丁重なる御勧告、痛み入ります。
しかしながら、わが帝国には、敵に対して降伏するような非国民はただの一人もおりません。最後の一兵になるまで戦い続けて、潔く玉砕するつもりですので、遠慮なく「重大決意」とやらを実行してください。
ダトーア帝国皇帝より』
ヒロシには、降伏する意思はぜんぜんないようだ。
(ちぇっ、手間をかけさせやがって!)
ススムは即座に、ICBM発射の命令をキーボードから打ち込んだ。
ブロロローン。
ミサイルが発射台から打ち出されていく。
十分後には、ダトーア帝国の首都は、地上より抹殺されるはずだ。
結果が出るまでの間、ススムは一息入れるために階下の食堂へ降りていった。
冷蔵庫からグレープジュースの1リットルの紙パックを取り出す。
「フーッ」
コップ一杯を一息に飲み干して、小さくため息をついた。
口の端からツツーと垂れたジュースが、ススムの白いシャツに小さな赤黒い染みを作った。
白黒の画面にぼんやりうつった建物が、みるみる大きくなってくる。画面の右すみに表示されているミサイルの高度を示す数字は、どんどんゼロに近づいていく。
建物が画面いっぱいにひろがった。
命中と同時に、画面はグシャグシャに乱れてとまった。
爆発音もしなかった。
しばらくして、アナウンサーが抑揚のない声でしゃべり出した。
「ただいまお送りしたのは、ミサイルに取りつけられたカメラによる映像でした。一月十七日に勃発した多国籍軍と政府軍の戦闘は、今日で四週間目に入りました。多国籍軍による延べ四万八千回以上の空爆により、すでに政府軍の軍事施設は壊滅的な打撃を受けている模様です。軍事専門筋によると、戦闘は地上戦も含めた次の段階に、……」
プツン。
ススムは、リモコンでテレビのスイッチを切った。
もう何回も見たミサイルの映像。
でも、なぜか実感がわいてこない。
色彩も音もないまったく無機質な世界。
(映像の向こうで何が起こっているのか?)
まったく想像できない。誤爆によって一般市民にも被害が出ているというけれど、もうひとつピンとこない。よっぽど「ファイナル・ウォー」の方が、実感があった。
勢いよく階段を駆け上がって、ススムはパソコンの前へ戻った。
さっき発射したICBMは、すでにダトーア帝国の首都を、きれいさっぱりと地上から消滅させていることだろう。
今度こそ、さすがの頑固なヒロシ皇帝陛下も無条件降伏するに違いないと、ススムは思っていた。
まず、メールをチェックする。
何も来ていない。
(ちぇっ、強情な奴め)
まだ無条件降伏しないなんて、とても信じられない。
ススムはマウスを操作して、パソコンにダトーア帝国の首都を表示させた。
パソコンの画面が切り替わった。
あたり一面、完全に破壊されつくされている。
(やったあ!)
ミサイル攻撃は、完全に成功だ。
ススムは、もう一度メールをうった。
『ヒロシ、
もういいだろ。いいかげんに降伏しろよ。
ススム』
今度は、単刀直入な文面にした。
それでも、返事は来ない。
しびれをきらしたススムは、スマホでヒロシに電話をかけた。
ルルー、ルルー、ルルー、……。
呼び出し音が鳴っているのに、誰も出ない。
(まさか?)
ススムは急に不安になって、荒涼としたパソコン画面の風景を見つめた。
そこを過ぎると、ミサイルはぐんぐんと高度を落としていった。
地上は、徹底した燈火管制でまっ暗だった。
でも、赤外線カメラは、ところどころすでに破壊された町並みをとらえていた。
(見えた!)
前方に、目標とする軍需工場の建物が映った。
ミサイルはますます高度を下げていく。みるみる工場の建物が大きくなっていった。そして、画面いっぱいにひろがった。
ガガガーン!
大音響とともに、一瞬、画面いっぱいにまぶしいほどの白い閃光が拡がった。
次の瞬間、画面は上空高くに舞い上がっていった。
もうカメラの視点は、ミサイルからは切り離されている。
画面の視野が、どんどん広がっていく。
真っ赤な火柱をあげた工場の全景が見える。モクモクと立ち上る黒煙を、カメラはとらえていた。
(やったあ!)
ミサイル攻撃は見事に成功した。
最終戦争が始まって、四年の月日が流れていた。紆余曲折はあったものの、最終的にはわが国の一方的な勝利で終結することが、確定的になりつつあった。
ある国の独裁者によって始まった世界中を巻き込んだ果てのない軍拡競争。それに、とうとうひとつの終止符がうたれるのだ。
でも、それは、ひそかに世界制覇を目指していた我が国の支配層にとっては、またとない機会だったかもしれない。
巧みな外交戦略によって国際情勢をこちらの思う通りに操り、戦争の大義名分は完全にこちらのものとなっていた。
我が国は、単独ではなく多国籍軍の一員として、敵と戦えばよかった。
たとえその戦力が、実質的には我が軍が大多数を占めているとしても、国際世論は完全にこちらを支持していることになる。
しかも、他国との長い戦争で疲れきっている敵側には、最新兵器で武装した我が軍に立ち向かえるはずもなかった。わが国は、漁夫の利を得ていたのだ。ミリタリーバランスは、初めから崩れていた。あとは、定石どおりに相手を孤立させて、攻めていけば良かった。
そして、それももうじき全てが終了する。世界制覇に向けての最終戦争は、いよいよ最後の段階を迎えていたのだ。
ジェット戦闘機のコックピット。ディスプレイには、さまざまな計器が表示されている。
すでにディスプレイで、ミサイル攻撃がねらいどおりに成功したことを見とどけていた。
(よしっ)
機体を百八十度旋回させた。これから、自軍の基地へ帰還することにした。今日の使命は、見事に果たしている。後は、無事に基地にたどりつけばいい。
ビーッ、ビーッ、ビーッ、……。
突然、激しいブザーの音とともに、赤い警告ランプが点った。
(しまった。地対空ミサイルか?)
すぐに、敵のミサイルの誘導装置をかく乱させるために、妨害電波を発射した。そして、左へ大きく旋回してミサイルから逃げようとした。
しかし、それは遅すぎたようだ。
ディスプレイには、ミサイルがぐんぐん接近してくるのが映っている。
グガガーン!
すさまじい命中音とともに、機体が激しく揺れた。
急いで緊急脱出装置のスイッチを押して、空中に飛び出した。
次の瞬間、コックピット内は真っ赤な炎に包まれた。
「ちぇっ、最後につまらない失敗しちゃったなあ」
ススムはそうひとりごとをいうと、画面を戦闘モードから戦略モードへ切り換えた。
『 (戦果)
軍需工場 6
飛行場 2
戦車 23
戦闘機 46
移動ミサイル 17
(損害)
戦闘機 5
爆撃機 2 』
画面に、今回の戦闘の結果が表示された。最小の損害で、最大の戦果をおさめている。作戦全体の成績については、ススムは満足していた。
インターネットを通して、七人の対戦相手とともにはじめた世界制覇ゲーム「ファイナル・ウォー」は、いよいよ最終局面をむかえている。
ゲーム開始の時に覇権を争っていた八カ国も次々に淘汰されて、今ではススムのひきいるキチーク共和国と、ヒロシのダトーア帝国との間の最終戦争に突入していた。
「ファイナル・ウォー」では、国家としての立場での戦略モードから、一兵士としての戦闘モードまで、さまざまなレベルでの戦争をシミュレーションできる。
戦略モードでは、他国との同盟関係の構築や他国同士を先に戦わせるための謀略といった外交政策が重要だ。また、兵器や食糧の増産、戦時国債の発行といった内政にも、手腕をふるわなければならない。ここでの戦争は、結果としての死者数、負傷者数、残存兵器数といった単なる数字でしかない。
それにひきかえ戦闘モードは、個々の戦闘のリアルシュミレーションだった。ここでは、歩兵でも、砲兵でも、戦闘機パイロットでも、何の立場にも自由になることができる。さらに、人間だけではなく、ミサイルそのものになって空を飛び、目標を破壊するところをモニターすることさえ可能だった。
『敬愛するダトーア帝国の皇帝陛下へ。
陛下もご承知のとおり、このたびの戦争はわが共和国側の一方的な優勢のまま、最終局面をむかえています。
これ以上の無駄な血を流すことは、我々の本意ではありません。
よって、即時、無条件降伏を勧告いたします。
もし、降伏されないならば、当方としては重大な決意で臨まなければなりません。
キチーク共和国大統領より』
ススムは、ヒロシへの最後通告をキーボードで打ち込んだ。
(さて、どんな返事が来るものやら)
ピロロロン。
すぐに、ヒロシがメールを受け取ったことを示すサインがあらわれた。渋い表情でメッセージを読んでいるヒロシの顔が画面に見えるようで、ススムはついニヤリとしてしまった。
(おっと、最後まで油断しちゃだめだ)
ススムはどんな返事がきても大丈夫なように、ICBM(大陸間弾道弾)でダトーア帝国の首都を地上より抹殺できるようにセットした。
もうすでに今までの戦闘で、ダトーア帝国の迎撃ミサイル網は完全に破壊してある。ヒロシには対抗手段はないはずだった。
やがて、ヒロシからの返事が届いた。
『親愛なるキチーク共和国の大統領閣下へ。
丁重なる御勧告、痛み入ります。
しかしながら、わが帝国には、敵に対して降伏するような非国民はただの一人もおりません。最後の一兵になるまで戦い続けて、潔く玉砕するつもりですので、遠慮なく「重大決意」とやらを実行してください。
ダトーア帝国皇帝より』
ヒロシには、降伏する意思はぜんぜんないようだ。
(ちぇっ、手間をかけさせやがって!)
ススムは即座に、ICBM発射の命令をキーボードから打ち込んだ。
ブロロローン。
ミサイルが発射台から打ち出されていく。
十分後には、ダトーア帝国の首都は、地上より抹殺されるはずだ。
結果が出るまでの間、ススムは一息入れるために階下の食堂へ降りていった。
冷蔵庫からグレープジュースの1リットルの紙パックを取り出す。
「フーッ」
コップ一杯を一息に飲み干して、小さくため息をついた。
口の端からツツーと垂れたジュースが、ススムの白いシャツに小さな赤黒い染みを作った。
白黒の画面にぼんやりうつった建物が、みるみる大きくなってくる。画面の右すみに表示されているミサイルの高度を示す数字は、どんどんゼロに近づいていく。
建物が画面いっぱいにひろがった。
命中と同時に、画面はグシャグシャに乱れてとまった。
爆発音もしなかった。
しばらくして、アナウンサーが抑揚のない声でしゃべり出した。
「ただいまお送りしたのは、ミサイルに取りつけられたカメラによる映像でした。一月十七日に勃発した多国籍軍と政府軍の戦闘は、今日で四週間目に入りました。多国籍軍による延べ四万八千回以上の空爆により、すでに政府軍の軍事施設は壊滅的な打撃を受けている模様です。軍事専門筋によると、戦闘は地上戦も含めた次の段階に、……」
プツン。
ススムは、リモコンでテレビのスイッチを切った。
もう何回も見たミサイルの映像。
でも、なぜか実感がわいてこない。
色彩も音もないまったく無機質な世界。
(映像の向こうで何が起こっているのか?)
まったく想像できない。誤爆によって一般市民にも被害が出ているというけれど、もうひとつピンとこない。よっぽど「ファイナル・ウォー」の方が、実感があった。
勢いよく階段を駆け上がって、ススムはパソコンの前へ戻った。
さっき発射したICBMは、すでにダトーア帝国の首都を、きれいさっぱりと地上から消滅させていることだろう。
今度こそ、さすがの頑固なヒロシ皇帝陛下も無条件降伏するに違いないと、ススムは思っていた。
まず、メールをチェックする。
何も来ていない。
(ちぇっ、強情な奴め)
まだ無条件降伏しないなんて、とても信じられない。
ススムはマウスを操作して、パソコンにダトーア帝国の首都を表示させた。
パソコンの画面が切り替わった。
あたり一面、完全に破壊されつくされている。
(やったあ!)
ミサイル攻撃は、完全に成功だ。
ススムは、もう一度メールをうった。
『ヒロシ、
もういいだろ。いいかげんに降伏しろよ。
ススム』
今度は、単刀直入な文面にした。
それでも、返事は来ない。
しびれをきらしたススムは、スマホでヒロシに電話をかけた。
ルルー、ルルー、ルルー、……。
呼び出し音が鳴っているのに、誰も出ない。
(まさか?)
ススムは急に不安になって、荒涼としたパソコン画面の風景を見つめた。
サイレント・ウォー | |
平野 厚 | |
メーカー情報なし |