現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

林美千代「幼年文学ー私たちの課題」日本児童文学1999年1ー2月号所収

2017-08-19 12:12:28 | 参考文献
 「今、幼年文学を考える」という特集に掲載された論文です。
 冒頭で、「幼年文学はいらない」、「幼年文学は児童書のなかで発行点数も多く、「児童文学の最大の拠点となっている」」という異なる二つの認識が示されます。
 前者は、主に子どもの親(自分自身も児童文学に親しんでいる人でしょう)・読書運動をしている人たち・子どもの本専門店など、児童文学に詳しい人たちからの意見です。
 後者は、この原稿を依頼している児童文学者協会や出版社など、児童文学の作り手側の事実に即した意見です。
 つまり、幼年文学というグレード分け(他に低学年向け、中学年向け、高学年向け、中学生以上などがありますが、幼年文学(一般的には幼児から低学年(本の受容力が低下している現在では三年生ぐらいまで)が最大のマーケット(年齢範囲を広くとっているせいもありますが)です)は、読み手のためではなく(面白ければもっとグレードの高い本でも構わないし、親などの媒介者が読み聞かせなどで手助けすることもできます)、書き手や売り手のためのものなのです。
 幼年文学は、他のグレードよりも、読者が本を手にする過程で、媒介者(親、教師、図書館員など)が介在する機会が多く(そのために買ってもらえるチャンスも多いのです。他のグレードではエンターテインメント作品は自分で買う機会もまだ多いでしょうが、それ以外は図書館で借りられてしまうでしょう)、それらの媒介者たちが児童文学に詳しくない(最近は小学校の教師や図書館員でも児童文学をほとんど読んだことがない人が多い)ので、購入するときの目安としてグレード分けが必要なのです。
 また、この論文でも書かれていますが、幼年文学は識字教育として使われることも多いので、独特な表記(ひらがなによる分かち書きや漢字への総ルビ)が施されることが多いでしょう。
 過去の「日本児童文学」誌上の幼年文学の特集(1985年、1989年、1991年)において、「児童文学の衰退・不況」→「幼年向けの活況」→「幼年文学の混迷」→「幼年文学の俗悪化」によって、ロングセラーは1950年代から1970年代までに出版された本ばかりで、1980年代にはいい本が出てないという認識が紹介されました。
 そして、本題の1990年代に幼年文学に入ったのですが、主な作品や作家の羅列に終始して、1980年代の認識(幼年文学の俗悪化(「主人公のペット化」、「挿絵が増えた」、「閉塞の時代」、「ストーリーのパターン化」など))について、どのような克服されたのか否かについての著者の意見が全く書かれていないので失望しました。
 個々の作品の特長や良い点を挙げるのも幼年童話の可能性を探るためには必要だと思われますが、それだけでは現象の後追いにすぎません。
 幼年童話にはそれほど詳しくない私でも、新たな問題点(「売れた本のシリーズ化によるマンネリ」、「特定の売れる作家への出版の偏り」、著者も触れている「ますます挿絵が増えて絵本と区別しがたい」など)があげられます。
 現状(1990年代)の批判なしの総花的なまとめでは、少なくとも「幼年童話の評論」は1980年代より混迷していると言わざるをえません。



日本児童文学 2017年 08 月号 [雑誌]
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小峰書店
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戌井昭人「ゼンマイ」

2017-08-19 09:45:10 | 参考文献
 50年ほど前に、一年間日本中を巡業して回ったフランスの「ジプシー魔術団」(本当の名前は「荒唐無稽人間市」)というテント仕立ての見世物小屋にいた二十代のモロッコ生まれ(ベルベル人)の女性(歩いていくと体が小さくなっていく芸を持っていて、見世物ではトリックでやっているのですが実際にそういう能力を持っています)と、巡業の機材運搬のトラックを運転していた日本の男性との、一年間の濃密の恋愛とその後五十年近くの海を隔てた「純愛」を、フリーライターの青年の目を通して描いています。
 運送業で成功した男性は、死ぬ前に彼女を探したいと、青年に同行してもらってモロッコへ向かいます。
 結局、女性は30年ほど前に病気で死んでいたのですが、彼女の方でも男性をずっと愛していたことがわかる手紙が残されていたので、この風変わりな恋愛はハッピーエンドで終わります。
 タイトルの「ゼンマイ」は、彼女が別れる時におまじないとしてくれた小箱についている物で、男性は毎日(だんだん止まるのが早くなって、最後は三時間ごとに)、彼女を想いながら「ゼンマイ」をまいて、そのおかげか事業に成功します。
 男性は、彼女が埋葬されていたモロッコの田舎町の広場のイチジクの木の下に、「ゼンマイ」を埋めて、帰国後まもなくして亡くなります。
 「ジプシー魔術団」を取り巻く不思議な人間たち(出演者たち(その中には彼女も含まれます)だけでなく、日本人の興行主やスタッフたち(もちろん男性も含めて)も)やモロッコの街の怪しげな雰囲気が淡々とした筆致で(でも魅力たっぷりに)描かれています。
 日本の児童文学の世界でも、かつてはこういった不可思議な世界がよく描かれていました(例えば、芥川龍之介、宮沢賢治など)が、1950年代により合理的な世界を描く「現代児童文学」が登場するとともに傍流に追いやられるようになりました。
 しかし、1990年代ごろに「現代児童文学」が終焉するとともに、こうした不思議な世界を描いた作品はしだいに復権するようになりました。

ゼンマイ
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集英社
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アフィリエイト広告について

2017-08-19 09:29:34 | お知らせ
 2012年12月から、記事にその本などのアフィリエイト広告をつけることにしました。
 目的は収入ではありません(微々たるものなので、とても手間には見合いません)。
 しかし、その広告をクリックすると、アマゾンのページへ飛ぶので、購入するだけでなくその本などの情報が得られます。
 そこでは、売る側の情報だけでなく、コメントなどで他の読者やユーザーの意見も読むことができます。
 私のブログの記事は、あくまでも主観によるもの(まったくフリーな立場なので、誰にも遠慮なく書きたいことを書いていますので、かなり偏っていると思います)なので、それを補って少しでもバランスのいい情報を提供をするために、アフィリエイト広告を載せることにしました。
 商品は買う必要はありませんので、気楽にクリックしてみてください。

三振をした日に読む本 (きょうはこの本読みたいな)
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偕成社
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