現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

J.D.サリンジャー「ズーイ」フラニーとズーイ所収

2025-02-19 16:05:00 | 作品論

 1957年に書かれたグラス家の七人兄妹の六番目であるズーイ(作品の時代設定である1955年当時は25歳で、テレビの人気俳優です)に関する作品(ただし、語り手は次兄のバディのようです)です。
 前作「フラニー」(その記事を参照してください)で、大学や恋人の世俗主義に絶望し、ひたする祈りを捧げる念仏系の宗教(キリスト教でも仏教でもかまいません)に回帰して、精神的に参って家に閉じこもってしまった妹を、あらゆる方法(ズーイ自身としては自分の殻に閉じこもろうとしている妹を激しく批判し、次兄のバディ(当時36歳の作家兼大学教師で、サリンジャー自身の分身と言われています)を装ってフラニーへ電話をして優しく慰ぶし、それがばれてからは長兄のシーモァ(バディより2歳年上で18歳で博士号を取った、秀才ぞろいのグラス家兄妹の中でも最も優秀な天才で、他の兄妹たちに大きな影響を与えていますが、7年前に自殺しています(「バナナ魚にはもってこいの日」の記事を参照してください))の遺訓を伝えて、目指していた女優として人生を全うすることがフラニーにとっての神への祈りだということを悟らせます)を使って自閉的な状況から救い出します。
 幼いころからラジオの「賢い子」という番組に出演させられた(両親が成功した芸能人だったからでしょう)ために、異常に早熟にならざるをえなかった七人兄妹(もともと知性的には優れた資質があったのだと思われますが、特にその傾向が強かったシーモァの影響を弟妹たちが強く受けました)ことと、年が離れた上二人(シーモァとバディ)が下二人(ズーイとフラニー)の教育係をかってでて、難解な文学書や宗教書を幼い二人に押し付けたことが、フラニーの悲劇とそれを救済しようとするズーイの献身(彼がフラニーが陥っている状況を一番理解しています)を生み出したと言えます。
 彼らの両親は、かつて賢く可愛かった子どもたちを無邪気に懐かしむだけで、現在の彼らを理解することはできません。
 この時20歳だったフラニー(しかし、大学にもう4年もいると書かれていますので、シーモァほどではないにしろ、かなり早熟です)は、長兄のシーモァとは18歳も年が離れていただけに特にその影響が強かったようで、ズーイに「バディと電話で話すか?」と問われた時に、「私が話したいのはシーモァ」と答えていたのは痛切でしたが、一方で彼女の魂の救済方法を暗示していました。
 そのため、賢明なズーイはそれを察して、偽バディの電話とシーモァの遺訓によって、フラニーを救済することに成功したのでした。
 さらに、七人兄妹の中で、この二人が一番容姿に恵まれていると書かれていますので、他の兄妹にはないずば抜けた才色兼備であるがゆえの苦悩も、彼らの共通点としてあったことでしょう。
 結果として、ズーイはそれを逆手にとってテレビ俳優として成功(業界には不満があるようですが)し、フラニーも同じ道(ただし舞台女優志望のようですが)を歩もうとしています。
 なお、この作品の解説や評論には、フラニーが精神分裂症に罹ったという文章を見かけますが、正しいフラニーの状況は当時の言葉で言えばナーバス・ブレイクダウン(神経衰弱)だったと思われます。
 だから、兄妹とはいえ医学に素人のズーイ(もちろん、バディやシーモァまで繰り出した彼のアイデアは素晴らしいのですが)でも救済できたわけで、精神分裂症(現在の言葉では統合失調症)ではこんなに簡単には治らなかったでしょう。
 また、この作品では、グラス家の兄妹がシーモァ(15歳で大学入学、18歳で博士号習得)やフラニー(16歳で大学入学)を初めとして、日本にはない(現在は限定的に存在しますが)いわゆる飛び級をしていることがうかがわれますが、そのことが彼らの孤独(それゆえに兄妹のきずなは強い)にどんな影響があったかは言及されていませんが、なんらかの影響があった可能性はあると思われます。
 一方で、飛び級がないための悲劇(教育制度が平均的な子どもに合わせて作られていて、それについていけない子どもたちに対する救済策はありますが、通常の授業(私立や国立のエリート校の授業でも、その差はたかが知れています)ではすでに知っていることばかりで何も得られない子どもたちに対しては、日本では救済策はまったくありません。
 私事で恐縮ですが、私自身も小中学校では授業に全く関心が持てずに(知っていることばかりなので)、授業中に自分のやりたいことを勝手にやっていたので、毎日のように廊下に立たされたり、教室の前の方に正座させられたりしていました(今だったら体罰にあたるかもしれません)。
 受験体制をドロップアウトすることを決めて、高校で私立大学の付属校に進んでから、自分の専門分野だけを異常に詳しく教える(大学受験がないので)教師たち(全員が修士以上の学歴で、大学の研究者と掛け持ちの人たちもいました)に出会って、本当の勉強のやり方(自分でテーマを決めて、できるだけ詳しく調べて(当時はコンピュータやインターネットがないので、図書館(高校の図書館だけでなく、あちこちの公立図書館も)からできるだけたくさんの関連書籍を借りて読みあさるぐらいしか方法がありませんでした)、自分の考えを文章にまとめる)を学びました。
 三年生の時の日本史の授業では、毎学期一回、担当教師に代わって授業をヒトコマ(五十分)する機会があり、今でもその時のテーマを三つとも覚えています(一学期が「憶良と旅人」(万葉集における山上憶良と大伴旅人の比較研究です)、二学期が「記紀のヤマトタケルノミコト」(古事記と日本書紀におけるヤマトタケルノミコトの比較研究です)、三学期が「江戸の遊郭」(江戸における遊郭の制度と、文化や文学に対する影響についてです))。
 小中学校のころから、普通の教育以外に、こうした自分が興味を持てる分野の自由研究(もちろん理科系のテーマも含めて)をサポートする仕組みが公にあれば、もっと有意義な勉強を早くから受けられる子どもたちが数多くいることと思われます。
 専門家以外が英語やプログラミングを教えるなんてまったく無意味なことに、莫大なお金や時間を使うぐらいなら、比べ物にならないぐらい小さな費用で将来の日本や世界に貢献できる人材を育成できると思うのですが。

 

 









 

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J.D.サリンジャー「フラニー」フラニーとズーイ所収

2025-02-18 10:16:18 | 作品論

 サリンジャーの作品全体の大きな転換点になった作品で、グラス家サーガ(年代記)にとっても重要なポジションを占めます。
 東部の名門女子大生のフラニー(グラス家の七人兄妹の末っ子)は、イェール大学との対抗戦(おそらくアメリカンフットボール)が行われる週末に、恋人の大学生(おそらくプリンストン大学)を訪ねます。
 冒頭のプラットフォームでの再会(恋人がフラニーからの手紙を読むシーンも含めて)を除くと、こじゃれたレストランでの二人の会話(恋人は旺盛な食欲を示しますが、フラニーはマティーニを二杯飲んだ以外は何も食べずに、煙草を吸い続けていました)だけで構成されています。
 フラニーは当時のエリート層における完璧な服装をした美人なのですが、ここでは手紙と再会シーンで示した久しぶりに恋人に再会する若い女性らしいかわいらしさはみじんもなく、世俗的な人々に囲まれた大学生活に絶望し、宗教(キリスト教でも、仏教でもかまわないのですが、ただひたすら祈りを捧げる、仏教で言えば念仏宗的な素朴なものに魅かれています)に回帰しようとしています。
 そうしたフラニーを、世俗的人物の典型(決して悪い人間ではないのはところどころに現れる彼の素の部分に現れているのですが、他の大学生や大学の教員たちと同様に、エリート主義あるいは教養主義の鎧でガチガチに身を固めています)として描かれている恋人にはまったく理解不能です。
 こうした作品が1955年に発表されたことは、二重の意味で重要です。
 ひとつは、サリンジャー自身の体験や当時彼が置かれていた状況です。
 1951年に出版した「キャッチャー・イン・ザ・ライ」(その記事を参照してください)が大ベストセラーになり、サリンジャー自身も超有名人になって、それをめぐる周囲の大騒ぎに巻き込まれたことに嫌気がさしていました(一時ヨーロッパへ避難したり、帰国後もニューヨークから転居したりしていました)。
 また、転居先では周囲(高校生や大学生が中心)と交流していましたが、彼らとの信頼関係を裏切られる事件があって、周囲との関係を断ちました。
 その一方で、周囲と交流中に知り合った女子大生(フラニーのモデルの可能性もあります)と結婚(「フラニー」は彼女への結婚プレゼントとも言われています)して、子どもも生まれました。
 もう一つの意味は、当時のアメリカ、特にエリート層の状況です。
 他の記事にも書きましたが、当時のアメリカは「黄金の五十年代」と呼ばれる空前の好況期にあって、田舎町の高校生でも自分の大きなアメ車(当たり前ですが)を乗り回していました。
 映画「アメリカン・グラフィティ」の世界(ただし、ルーカスは1944年生まれなので、時代は1960年ごろと思われます)ですね。
 ボブ・グリーンの「17歳」という小説の時代はやや後の1964年ですが、もっと詳しく同様の様子が書かれています。
 ましてや、エリート層の子弟たちは、この作品で描かれているような鼻持ちならない暮らしぶりだったのでしょう。
 大学(いわゆるアイビーリーグの有名私立大学)に通うにしても、現代のように、MBAを取ったり、医者や会計士の資格を取ったりするばかりが目的でなく、ここで描かれたような文学論、演劇論、宗教論を戦わす教養主義真っ盛りの時代だったので、大学では将来の社交に必要な教養を学んで、卒業後は家業を継ぐ男性たちが多かったと思われます(サリンジャー自身もその一人です)。
 女子大生が大学に通う目的も、将来の職業のためよりも、同じようなエリート層の男性と知り合って結婚し(サリンジャーの妻も同様の早い結婚を経験しています)、卒業後は彼と一緒に社交をこなすための教養が必要だったのです。
 こうした状況に適応できなかったフラニーが、素朴な宗教(質よりも量を重視して、ひたすら祈ります)に回帰したのも無理のないことです。
 さて、この本が出版されてから70年がたち、日本だけでなくアメリカでも教養主義は見る影もなく衰退してしまいました。
 竹内洋「教養主義の没落」(その記事を参照してください)によると、日本の大学での教養主義の時代は1970年ごろまでだったそうです。
 それはアメリカも同様で、1980年代の初めにアメリカの会社の研究所に行っていた時に知り合ったアメリカ人(WASP(白人(ホワイト)で、アングロサクソンで、プロテスタント))の友人は、理系の博士号を持っていましたが、専門書以外の本はほとんど読んだことがないと言っていました。
 こうした状況の現代の読者がこの作品を読んでも、フラニーや恋人の人物像を正しく理解するのは難しいかもしれません。
 しかし、フラニーが陥った現代的不幸(アイデンティティの喪失、生きていくリアリティの希薄化、社会への不適合など)は、形を変えて現在ではより広い社会層や年代の人たちにも広がっています。
 そうした点では、グラス家サーガでこうした問題を描こうとしたサリンジャーの作品について考えることは、新たな意味を持っていると思っています。




 

 

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ストリート・オブ・ファイヤー

2025-02-15 16:39:02 | 映画

 1984年公開のアメリカ映画です。

 同じウォルター・ヒルが監督した「ウォリアーズ」(その記事を参照してください)と同様に、健全な(?)暴力映画です(銃撃戦や乱闘シーンの連続なのに、誰も死なないし、大怪我もしない)。

 そのころ人気のあったダイアン・レインが演ずる(歌はもちろん口パクです)歌姫が、故郷の六十年代を思わせる下町の劇場で凱旋公演中に、ストリート・ギャングの集団にさらわれます。

 姉からその知らせを聞いた、マイケル・パレ演ずる主人公(歌姫の元カレで、かっこいいスーパーヒーローです)が、二年ぶりに帰郷します。

 彼は、彼女のマネージャー(こうしたアメリカ映画に欠かせない眼鏡チビキャラです)と、酒場で知り合った女兵士と、三人で救出に向かいます。

 ストーリー自体は、白馬に乗った王子様が、さらわれたお姫様を助けに行くお伽話ですが、全編にかっこいいセリフと映像と音楽と衣装(アルマーニです)にあふれていて、魅力たっぷりです。

 特に音楽は、全米ヒットチャートの上位に入った曲が何曲もあって、そのステージシーンは迫力満点です。

 

 

 

 

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仁義なき戦い

2025-02-14 09:13:25 | 映画

 1973年に封切られた実録やくざ映画の元祖です。
 映画雑誌のキネマ旬報が2009年に実施した日本映画ベストテンのオールタイムベストで第5位にランクインしています。
 もちろんバイオレンスを前面に出した娯楽作なのですが、菅原文太、松方弘樹、梅宮辰夫たちが若々しい演技を見せて、青春群像劇と捉えることもできます。
 ハンディカメラも多用したライヴ感、大胆な筋立て、実録映画ならではのリアリティ、スピーディな場面展開など、現在見ても少しも色あせていません。
 戦後の風俗の描写は最低限に抑えて、登場人物の行動と会話だけで、テンポよくストーリーが進みます。
 他の記事で書いた「現代児童文学」の特徴である「アクションとダイアローグ」がいかに物語を描くのに適しているかが、ここでも証明されています。
 児童文学の世界でも、かつては、柴田道子が疎開生活を描いた「谷間の底から」や鈴木実たちが基地問題を描いた「山が泣いている」などの実録物の作品がありましたが、社会主義リアリズムが退潮になるにつれて姿を消しました。
 現代の子どもたちの生活に肉薄した実録物の作品があってもいいと思われますが、現在の出版状況では本にするのは難しいでしょう。

 

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アメリカン・グラフィティ

2025-02-13 08:33:25 | 映画

 1973年公開のアメリカ映画です。
 スター・ウォーズを作る前の、まだ二十代のジョージ・ルーカスが監督した青春映画の傑作です。
 オールナイトで、町を車で流すアメリカの高校生や短大生たちの、若いエネルギーに満ち溢れた一晩を、伝説のDJ、ウルフマン・ジャック(実際に出演しています)が流すオールディーズのヒット・ナンバーにのせて、鮮やかに描いています。
 西部の田舎町に住む優等生の男の子が、ハイ・スクールを卒業して、奨学金を得て東部の大学へ行く前夜で、彼は本当に出発するかどうか、一晩中悩みます。
 背景を説明すると、当時(今でもそうかもしれませんが)、アメリカの田舎町の高校生が地元の奨学金を得て、東部のアイビーリーグに代表されるエリート大学に進むことは、郷土の期待を一身に背負うことであり、全国から集まってきた秀才たちがしのぎを削る戦いの場へ参加することも意味します(実際に、半年で挫折して郷里へ戻ったハイ・スクールの教師が登場します)。
 「期待に応えられるか?」「競争に耐えられるか?」と、主役の少年が思い悩むのも当然ですし、一緒に行くはずだった生徒会長の少年は、大学よりガールフレンド(主役の少年の妹で来年のチアリーダー(美人で成績優秀を意味します)に選ばれています)を選んで、取り敢えず一年間は地元に残ることを選択します。
 主人公は、その晩町で見かけた絶世の美女(白いサンダーバードに乗っています)に別れを告げて、東部へ飛行機で旅立ちます。
 この美女は、主人公にとっては青春の象徴と思われますので、それに別れを告げたのは彼が大人になることを決意したことを意味します。
 さて、この作品では、多くの高校生や短大生が自分のアメ車(当たり前ですが)を持っていますが、これはファンタジーの世界ではなく現実の世界なのです。
 この映画の時代設定がいつなのかは明示されていませんが、ケネディ大統領の名前が出てくるので1962年前後と思われます。
 当時のアメリカは黄金の50年代と言われた好景気をうけて、なおかつベトナム戦争の泥沼に引き込まれる前(エンドロールで、主要な役の少年の一人が1965年にベトナムで戦死したことが示されます)なので、日本で言えばバブル期のようなもので、高校生が自分の車を持っていることは当たり前なのです(他の記事にも書きましたが、ボブ・グリーン「17歳」には、1964年の誕生プレゼントに車をもらうシーンが出てきます)。
 言ってみれば、この映画は、高校生たちの青春を描いただけでなく、古き佳きアメリカの「青春時代」を描いたことになります(題名は、それを意味しているのでしょう)
 主役の少年を演じたリチャード・ドレイファスは、当時25、6歳だったのでさすがの演技を見せていますが、他の少年たちも、後に監督として大成するロン・ハワードや「アンタッチャブル」で活躍したチャールズ・マーティン・スミスなどが演じています。
 また、無名時代のハリソン・フォードもチョイ役で出演しています。


















 

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色川武大「離婚」離婚所収

2025-02-12 09:15:26 | 参考文献

 昭和53年に直木賞を受賞した短編です。
 フリーライターとその妻の、不思議な結婚及び離婚の様子を描いています。
 自由気ままな暮らしをしている主人公と、それに輪をかけてフリーな妻は、六年間の結婚生活を解消して離婚しますが、その後もつかず離れずの関係で、半同棲のような暮らしをしています。
 結婚制度というある意味自由を縛り合う関係で暮らしている一般人(現代では生涯未婚の人も多いですが)から見ると、自由で無責任でうらやましいと思う面もあります。
 特に、主人公の妻は、傷ついた小動物のようなところとフラッパーな面を兼ね備えていて、なかなか魅力的に描けています。
 作者は、ペンネームの阿佐田哲也(「朝だ、徹夜」のシャレ)でたくさんの麻雀小説(代表作は「麻雀放浪記」)を書き、ギャンブラーとしても非常に有名で、当時は若い世代に人気がありました。
 この作品に、どこまで作者の実体験が生かされているかは分かりませんが、フリーランスの生活の魅力と危険性がよく表れています。
 作者は、ギャンブル小説のような好奇な風俗ものだけではなく、この作品のような一般的な小説の書き手としても一級です。

離婚 (文春文庫)
クリエーター情報なし
文藝春秋
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成長物語と遍歴物語

2025-02-11 08:55:49 | 評論

「現代児童文学」(註1)、特に、「少年文学宣言」(註2)の影響化にある作品におけるひとつの特徴に、「変革の意志」があります。
これは、当初(1950年代および1960年代)は社会変革を目指すことを意味していました。つまり「現代児童文学」という文学運動は、社会運動ないしは政治運動という側面も持っていたのです。
そのころの代表的な作品には、山中恒「赤毛のポチ」や古田足日「宿題ひきうけ株式会社」などがあります。
当時の彼らの(そして読者である子どもたちの)目指すべき社会は、ソ連型社会主義で実現されるはずのものでした。
しかし、その方向性は、60年安保及び70年安保における革新勢力の敗北とその後の活動の退潮を受けて、しだいに行き詰りました。
そうした影響を受けて、60年代ごろから、変革の意味を自己変革に拡大解釈した成長物語が、数多く書かれるようになりました。
その一方で、従来型の社会変革を目指すような作品は、80年代から90年代にかけてのソ連およびその周辺の共産主義国家の崩壊と共に姿を消しました。
しかし、成長物語の方は、その後も書き続けられることになります。
それは、成長物語が、より普遍的な性格を持っていたからだと思われます。
成長物語では、物語における経験を通して、主人公がその経験を内部に蓄積していって、それによって自己形成つまり成長が行われます。こうした主人公の成長をモデルとした作品は、一般文学の世界では近代小説ないしは教養小説と呼ばれています。
それに加えて、児童文学の世界における成長物語では、物語において主人公が成長して自らのアイデンティティを確立するとともに、読んでいる子ども読者たちもそれを追体験することによって成長することが期待されています。
そういった意味では、児童文学と成長物語の親和性はもともと高かったと言えます。
成長物語では、主人公は一つの人格という立体的な奥行きを持った特定の個人であり、「現代児童文学」においては、「真の子ども」ないしは「現実の子ども」と主張されていました。
このことは、それ以前の近代童話(例えば小川未明の作品など)に描かれている作家の内面の反映である抽象的な子ども像を批判するところから生まれました。
しかし、この主張は、1980年ごろに、柄谷行人「児童の発見」(この論文には、アリエス「子どもの誕生」の影響があったと思われます)において、「「子ども」ないし「児童」は近代(フランス革命以降、日本では明治維新以降です)になって発見された一つの概念にすぎないのだから、児童文学者が主張する「真の子ども」ないしは「現実の子ども」というのもさらにその後に見出された概念である」と批判されて、児童文学の研究者や評論家においてはかなりゆらぎました。
そのため、このことは1980年代に児童文学の多様化(「エンターテインメントの復権」(註3)、「タブーの崩壊」(註4)、「越境」(註5)など)が起こったことの理由の一つにあげられています。
しかし、この議論は実作者にはほとんど影響を与えず、成長物語は、今でも日本の児童文学において一定の基調をなしていると言えます。
一方、遍歴物語においては、キリスト教における遍歴物語に見られるように、主人公はその物語の狂言回しにすぎなくて、重要なのは物語を通じて繰り返し示される観念なのです。
そのため、遍歴物語では、主人公はある抽象的な存在であって、それを人物として形象化したもの(例えば、いたずらですばしっこい、太っていておっとりしている、おとなしくてさびしげ、といった平面的で典型的なキャラクター)としての人物であるにすぎません。
こうした主人公には、物語における経験はほとんど蓄積されません。つまり、成長しないのです。
「現代児童文学」以前の近代童話においては、こうした遍歴物語が一般的でした(千葉省三「とらちゃんの日記」などの例外はあります)。
 こうした遍歴物語である近代童話を否定して、結果的に成長物語を描こうとしたのが「現代児童文学」だったのです。
それが、80年代に入って、ある行き詰まり(読者である子どもたちからの遊離など)を見せた時に、那須正幹「ズッコケ三人組」シリーズを初めとしたエンターテインメント作品において、平面的な人物を主人公とした遍歴物語が復権したのでしょう。
 しかし、エンターテインメント系の作品がすべて成長物語ではないとは言えません。例えば、戦前、戦中に「少年倶楽部」などで書かれていたエンターテインメント作品群は成長物語でした(ただし、そこで描かれていた子どもたちの成長する姿は、軍国少年などの国家にとって都合のいいものでした)。また、ハリー・ポッター・シリーズも、魔法学校における主人公たちの成長物語です。
 ただ、現在の日本の児童文学で多く書かれているシリーズ物のエンターテインメントは、主人公を成長させずに長く続けるのに適した、遍歴物語の形態をとっていると考えられるのです。

註1.
この言葉は、広義にはもちろん現在の児童文学という意味ですが、狭義にはそれまでの児童文学(というよりは童話)を批判して新しい日本の児童文学を創造しようとした文学運動を指します(ここでは区別するために、カギかっこ付きにしています))
註2.
当時早大童話会に属していた学生たち(古田足日、鳥越信、神宮輝夫、山中恒など)が1953年に発表した「少年文学の旗の下に」という檄文で、それまでの児童文学の主流であった「メルヘン」、「生活童話」、「無国籍童話」、「少年少女読物」のそれぞれの利点を認めつつもその限界を述べて、「少年文学」(ほぼ「現代児童文学」と言っていいでしょう)の誕生の必然性を高らかに宣言しています。
註3.
「誕生」ではなく「復権」なのは、戦前、戦中において、「少年倶楽部」とその姉妹雑誌や模倣雑誌による、巨大な(「少年倶楽部」だけで月刊で百万部と言われています。当時の日本の人口は約7000万人でしたし、その大半は貧しい農民で本などを買う余裕はありませんでした)エンターテインメント・ビジネスが成立していたからです。
註4.
それまで日本の児童文学でタブーとされてきた「死」、「離婚」、「性」、「家出」などの人生の負の部分を扱う作品が登場したことを指します。代表的な作品には、国松俊英「おかしな金曜日」や那須正幹「ぼくらは海へ」などがあります。
註5.
心理描写などの小説的な技法が取り入れられた作品が登場して、児童文学と大人の文学の境目がはっきりしなくなったことを言います。代表的な作品には、江國香織「つめたいよるに」、森絵都「カラフル」などがあります。この現象は、児童文学の読者対象(特に女性)の年齢の上限を大幅に引き上げました。

     

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点子ちゃんとアントン

2025-02-10 07:29:29 | 映画

 1999年公開のドイツ映画です。

 1930年に書かれたエーリヒ・ケストナーの児童文学の古典の映画化です。

 この映画の前に作られた「エーミールと探偵たち」(その記事を参照してください)の成功を受けて、現代に合わせて変更している点はありますが、かなり原作に忠実に作られています。

 ただ、エンターテインメントを意識した変更点は、ちょっとやり過ぎの感もあります。

 主な原作からの変更は以下の通りです。

 点子ちゃんを構わなすぎた原因を、社交好きの母親だけでなく忙しすぎる父親にも求めています。

 点子ちゃんの母親の社交の場を、貧困国における子どもたちを助けるための海外ボランティアの代表で、年に14回もそれらの国々での歓迎や学校などの着工パーティに出席するために海外出張しているせいにしています(けっこう皮肉が効いています)。

 アントンは、病気のおかあさんの代わりに、アイス店で働いています。

 アントンは、点子ちゃんの家で金のライターを盗み、彼のおかあさんが謝りに行きます。

 アントンは、幼い頃に別れた父親(原作では亡くなっています)を探しに、アイス店の車を運転して出かけて、警察も巻き込んで大騒ぎになります。

 点子ちゃんの家に強盗が入るシーンで、点子ちゃんの家庭教師は共犯ではなく、彼女の不注意が原因だったとしています。

 点子ちゃんが夜中に抜け出してお金を稼ぐのは、家庭教師と一緒の物乞いではなく、ストリート・パフォーマンスをして、そのお金でアントンの家に食料を届けます。

 ラストでは、アントン一家が点子ちゃんの家に同居するのではなく、夏休みに北海の海岸沿いにある点子ちゃんの家の別荘に招待されます。 

 以上のような変更点はありますが、お金持ちの家の子も貧乏な家の子もそれぞれ問題(前者の子どもは両親が忙しくしていて構ってもらえず、後者の子どもはお金のために苦労しています)は抱えていることと、そうしたことを乗り越えた点子ちゃんとアントンの友情はしっかり描かれていて、クライマックスの強盗逮捕のシーンなどは原作通りで、全体にユーモラスな仕上がりになっています。

 

 

 

 

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エーミールと探偵たち

2025-02-09 14:53:33 | 映画

 2001年のドイツ映画です。

 ケストナーの児童文学の古典の、何度目かになる映画化です(初めは出版されてからすぐにされました)。

 原作は1929年に書かれた本ですから、それを現代のベルリンを舞台にして大胆な設定変更を行っています。

 主人公のエーミールは、原作では母子家庭(父親は亡くなっています)の母親想い(母親は自宅で美容師の仕事をしながら苦労してエーミールを育てています)の少年でしたが、この映画では離婚した父子家庭(母親はもうじき再婚しようとしています)の父親想い(父親は失業していてなんとか仕事を手に入れようとしています)の少年に変更されています。

 悪漢に盗まれたのは、140マルクから1500マルク(今ならユーロにするところですね)にインフレしています。

 探偵たちには、男の子だけでなく女の子も、白人だけでなく移民の子もいます。

 探偵の知性派のリーダーだった教授くんは登場しなくて、映画ではIQ145の知性派の少年の名前は、少々ややこしいのですが原作では体力派のリーダーだったグスタフという名前をもらっています。

 原作の警笛のグスタフの役割を映画で引き受けているのは、ポニー(原作ではエーミールのいとこのあだ名であるポニー・ヒュートヘンから来ています)という女の子です。

 原作では、自宅の電話でみんなの連絡係に徹した「ちびの火曜日くん」は、映画では携帯電話を持っていてみんなと一緒に行動できます(2001年当時では携帯電話はまだ高価でしたが、彼の家は原作同様お金持ちなのです)。

 犯人を捕まえた賞金は、1000マークから5000マークにインフレしています。

 事件後に、原作(実際には続編の「エーミールと三人のふたご」において)では、エーミールはバルト海沿いの教授くんの別荘(彼はこれを祖母から遺産としてもらった!彼の家もお金持ちです)に招待されるのですが、映画ではエーミールのおとうさん(就職できました!)が賞金を使って探偵たちを招待します(そのため、エーミールの故郷をバルト海沿いの町に変えています)

 しかし、こうした変更にも関わらず、というよりはこれらのおかげもあって、この物語の本質や、ケストナーの精神は、みごとに再現されています。

 この物語の本質を標語的に言うと、「友情、団結、勝利」です(少年ジャンプと一緒ですね)。

 貧しい家の子もお金持ちの子も(映画ではさらに男の子も女の子も、白人の子も移民の子も)、そんなことに関係ない「友情」で、目的に向かって「団結」し、悪い大人たちに「勝利」します。

 ケストナーの精神とは、常に子供の立場に立つことです。

 この映画でも、大人に抑圧されている子供たちを描きながら、それに立ち向かっていく子供たちの姿が繰り返し描かれています。

 特に、離婚、失業、貧困、家庭不和など、今日の子供たちを取り巻く困難な状況をしっかり描いていることで、たんなる子供向けのエンターテインメントを超えた作品になっています。

 

 

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ガブリエル・ゼヴィン「トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー」

2025-02-08 09:13:17 | 作品論

様々な人種的背景を持つ学生たちが、後に世界的ヒットをするゲームを開発する作品です。

その過程で人種や男女の違いを超えた愛や友情とその挫折が描かれています。

彼らの子ども時代の部分もあって、児童文学的な要素もあります。

ただし、20年間以上の時間が経過する作品で、大人になってからは、性的な描写やドラッグや暴力シーンもあるので、児童文学としては適さないかもしれません。

この本を取り上げた理由はいくつかあるのですが、一番大きな理由はゲーム的リアリズムとでも呼べるようなビデオゲームの世界に立脚した作品であることです。

日本の児童文学では、エンターテインメントの分野において漫画的リアリズム(作者と読者が共有する漫画的な世界に立脚した世界を描いている。例えば那須正幹のずっこけシリーズなど)で描かれている作品がありますが、ビデオゲームも数十年の歴史を持っているので、そういった世界に立脚した作品が可能になっているのです。

残念ながら私はビデオゲームの世界に詳しくないのですが、もっと若い年代でゲーム好きであれば、この作品はもっと楽しめたことでしょう。ドンキーコングやマリオやストリートファイターなど、私でも知っているようなゲームもたくさん登場します。

次に、男女の違いを超えた80年代の終わりから2010年代までの20年以上に及ぶ愛と友情が描かれている点です。

主人公の男性は、子供のころに交通事故で母を失い、自身も左足を何十箇所も骨折して、長い期間入院しています(大人になってからついに切断します)。

そして、ショックで誰とも口を利かなくなっていました。それがふとしたことから、病院を毎日のように訪れている同い年の少女(小児がんの姉を見舞っている)と一緒にビデオゲームをやるようになります。そして、主人公は立ち直り、二人は親友同士になるのですが、少女がその訪問をボランティアとして公式に時間をカウントされて表彰されていたことが判明して絶交します。

主人公は、その少女と大学生(男性はハーバードで女性はMITです)の時に再開し、「イチゴ」という日本名のゲームを開発することになります。そのゲームはのちに世界的なヒット作になります。

彼女は、主人公の男性の親友の、二人のプロデューサー役にもなる男性と結婚して妊娠します。

しかし、その男性は会社に訪れてきた保守主義者に射殺され、彼女は出産後にうつ病になってしまいます。

そんな彼女を救ったのは、主人公の男性が作ったロールプレイングゲームでした。彼は彼女のためにそのゲームを作って世界にリリースしたのです。

三番目の理由はグローバルな視点で描かれている点です。

主人公の男性は、ユダヤ系アメリカ人の父親と韓国系アメリカ人の母親をもち、母親の両親である韓国人の祖父母にロサンゼルスのコリアタウンで育てられました。

相手役の女性は、裕福なユダヤ系のアメリカ人です。

プロデューサー役の男性は、投資家の日本人とデザイナーの韓国系アメリカ人の両親をもっています。

こう見てみると、全員がアメリカ社会ではマイノリティです。

また、主人公の男性ははっきりとはしていませんが、LGBTQ的な傾向(彼の作ったロールプレイングゲームの中では、現実より早く同性婚が認められています)を持っています。

このような、様々な考え方を持った登場人物がぶつかりあって、ゲーム作成に没頭します。はじめは三人でスタートしますがやがては会社組織になり、後には女性は母校のMITでゲーム創作を教えたりしています。

以上のように、非常に今日的な要素を含んだ作品になっています。

 

 

 

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