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豊後ピートのブログ

元北アルプス槍ヶ岳の小屋番&白馬岳周辺の夏山パトロールを13シーズン。今はただのおっさん

北鎌尾根に出動!

2005年10月31日 | 山について、いい加減に語る
と言っても、槍岳山荘から槍の穂先に登り、ほんのちょっと北鎌尾根へ降りただけである。貧乏沢から北鎌にあがり縦走してきた単独登山者が、あと30mも登れば頂上、という地点で転落したのである。 

彼は夕方暗くなった頃最後の岩場にたどりつき、チムニーと呼ばれる場所をよじ登る際にザックを岩に引っ掛けて落ちた。運がいいことに途中のテラスで止まり転落死を免れたが、そのまま小屋を目の前にしてビバークとなった。 

翌朝、槍の穂先には御来光を見るために大勢の登山者が登っていった。しかし人が多く、あまりにもうるさすぎて、彼の助けを求める声を誰も聞くことはなかった。ようやく8時頃になって頂上にいた登山者が声を聞き、小屋に通報したのだ。 

私はすぐに出動したが、槍の穂先は大渋滞。この時期、槍の穂先までは混雑していると2時間ぐらいかかる。「すいませ~ん、遭難ですぅ~」と叫びながら登山者の横をすり抜け、ハシゴ場では「ちょっと待ったあ!」と強引に登山者をストップさせて登っていく。 

それでも槍の穂先まで10分もかかってしまった。山頂から下を見てみると、確かに男性が変なところに座り込んでいる。おーい!と声をかければ必死になって手を振る。あれに間違いない。 

頂上にいる登山者に落石を落とさないよう注意してから、下降を始める。北鎌へ降りるルートはあるのだが、じつはルートを知らなかったので、適当に岩場を後ろ向きになって降りていった。浮石が多いので、慎重に行かないと遭難者にヒットして「過失致死罪」になってしまう。ちょっぴり必死になり、現場にたどりついた。 

左足首の上が開放骨折していて、白い骨が覗いている。もっとも、出血は止まっていて痛みもほとんどないらしい。この状態で一晩ビバーク、しかも目と鼻の先に山小屋があるというのは辛いだろうな。 

槍ヶ岳というところは長野県と岐阜の県境であり、大町市と安曇村との境でもある。そのため槍の頂上は岐阜県警と長野県警の管轄のぶつかるところとなる。さらに北アルプスの北部を担当する大町警察と南部を担当する豊科警察の管轄が接している。遭難現場である北鎌尾根はいちおう大町警察の管轄だ。しかし、ここからだと無線は届かない。それでも社交辞令として大町を呼び出す。「そうたいながの126からそうたいおおまち」もちろん反応はなかった。繰り返すうちに「こちらでやります」と豊科警察署が無線に割り込んできた。 

豊科署に遭難者の状況などを連絡し、ヘリコプターを要請する。ヘリコプターを要請する場合気をつけないといけないのは、民間ヘリが飛ぶと100万円ぐらいかかるということ。警察のヘリはタダなのだが、ヘリコプターの要請のときに「民間はイヤだ。警察ヘリにしてくれ」という要請はできないことになっている。警察のヘリがタダとはいえ、長野県民の税金を使うのだからタクシー代わりに使われないための配慮だ。  

この遭難者は山岳保険に加入しておらず、民間ヘリが飛んだ場合、100万円ほど支払う必要が出てくる。だが、この現場から遭難者を搬出するのは最低でも5人ぐらい必要で、しかもロープなどの器具を使わないと無理だ。さらに天候は不安定で、急がないとヘリの出動は難しくなる。しばらく説得したところ、なんとかOKをもらった。 

無線でヘリ要請を伝えたら、あとはヘリを待つだけだ。運がいいことに、県警ヘリが出動できるという。このとき槍岳山荘のすぐ近く、殺生ヒュッテで民間ヘリが荷揚げをしていた。何度もやってくるヘリの音を聞いて、遭難者は「来たか!」と言わんばかりに体を動かすが、「いや~あれは違いますよ山小屋のヘリの荷揚げですよ」と言うのは辛い。 

次にブルーの機体のヘリが穂先に接近してきた。私は「やけに早いな」と思ったが、よく見ると隣の岐阜県警のヘリだ。遭難者も私もがっかりしたのは、言うまでもない。こちらの無線を聞きつけて、ヒマつぶしに現場を見に来たのであろうか。

やがて、霧が周囲を流れるようになり、不安が増してくる。このまま完全に霧に囲まれれば、ヘリ救助は絶望的だ。 

そのうちにヘリから無線が入り、まもなく到着すると伝えてきた。しかしヘリはなかなか現場に接近できない。槍の穂先だけがガスに囲まれているらしく、いったん救助隊員を槍岳山荘に降ろすことにした。これでヘリ救助がだめでも、とりあえず人手は確保できそうだ。あとは白い霧に向かって「もうちょっと晴れてください」と祈るしかない。 

ばばばば、という音が近づいたり遠ざかったりすること十数分、目の前のガスの中から突然ヘリが現れた。 

現場が険しいため、ホイスト(ワイヤー)による隊員の降下はあきらめたようだ。無線から「トライアングルを使ったことはあるか?」と質問がきた。トライアングルとはワイヤーで吊り上げるときに使う特製のハーネスのことだ。私は訓練で実際にヘリからワイヤーで降りたことがあるので、「大丈夫だ!」と無線に向かって絶叫した。ヘリからワイヤーがするすると降りてきて、その先に引っ掛けてあるハーネスを必死になって取ろうとしたが、風にあおられてなかなか取れない。 

ハーネスを袋から取り出して昔の訓練を思い出しながら遭難者に装着させるが、セットを間違えて吊り上げた瞬間に谷底へ転落、となったら一生悩むので何度もセットを確かめる。後日談だが、セットに時間がかかったため、ヘリのパイロットはホバリングに苦労していたらしい。また「あいつにやらせて大丈夫か?」とけっこう現場で悩んだとも後に聞いた。警察のように訓練を繰り返しているわけではないので、まあ当然の心配だ。 

くどいほどセットを確かめ、「よしOKだ!」となり、ヘリから身をのりだしている隊員に両腕で○を作った。ワイヤーがテンションした瞬間、「落ちませんように」と真剣に祈った。5mほどあがっても、心臓がバクバク言っている。10mほどあがったところで、ようやく「うまくいきそうだ」と感じ、遭難者が機体に引き込まれた時点でやっと安心できた。ヘリは一気に上昇し、霧の向こうへと消えた。 

遭難者が置いていったザックを背負い、小屋に戻ることにする。登山靴も回収したが、靴の中は血でドロドロになっている。頂上に戻ると、レスキューを見ていた登山者からヒーローのように扱われる。気持がいい。穂先のルートはあいかわらず大渋滞で、なかなか進まない。いらいらしながら降りていき、途中から秘密のルートを下ることにする。それでも小屋に戻るのに1時間もかかってしまった。そしてすぐに山小屋の業務に復帰、厨房でキャベツの千切りをはじめた。

※この文章は他サイトに掲載していたものを転載したものです。