三笠宮殿下がお亡くなりになったと知りました。
3年前に殿下の「古代オリエントの神々」のご紹介をさせていただいたことを思い出し、再掲してみます。
3回記事となります。
博学で開かれた心根をお持ちだった殿下のご逝去を悼み、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
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(再掲ここから)
「エジプトのオシリス(1)・・王権の由来と植物」
2013-01-24 | エジプト・イスラム・オリエント
古代アンデス文明が文字を残さない文明だったのと対極的に、エジプト文明は饒舌なほどに文字の文明だったと思われます。
古代の神聖王、古代の宗教国家という性質からは、二つの文明は似ているところがあるように感じます。
エジプト文明の中の死と生を調べてみたいと思いました。
最初に、三笠宮崇仁殿下の研究書「古代エジプトの神々・その誕生と発展」から、オシリス神話の一解釈を紹介します。
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(引用ここから)
エジプト人は非常に古い時代から季節感を抱いていたようである。
一年中ほとんど雨が降らないから、季節のヒントは何といってもナイルの増水であった。
農作業と関連して、一年は三季、すなわち「増水季」、「出現季」、「欠乏季」に分けられていた。
「出現季」というのは、洪水が引いて土地が現れる意味であるが、減水後、撒いた種子から芽が出る時期でもある。
「欠乏季」は言うまでもなく、収穫後から次の増水までの乾燥期である。
そもそもオシリス神話は、農耕生活の中から生まれていた。
本来オシリスは穀物・・それは穀霊によって生を得、成長し、実を結ぶ物・・であった。
また、セトは暴風を象徴していたと考えられる。
その裏付けは、ずっと後代にエジプトにやって来たギリシア人がこのセトを「テュポーン」と名付けたことにある。
それはギリシア神話に出てくる怪物の名であるが、ギリシア語で「テュポーン」というと「激烈な風」を意味している。
今日我々が用いている台風の英語の「タイフーン」の語源でもある。
そうするとセトがオシリスを殺すのは、暴風雨が実った穀物をばらばらと地上に吹き散らすありさまを描写していると言えるし、また、オシリスが蘇生するのは撒き散らされた穀粒から発芽することを象徴的に表現していると受け取れよう。
この見解を補足するのはオシリスのシンボルの「ジェド柱」である。
これは大変古い時代から伝わっているので明確な説明は困難だが、本来は植物の茎を束ねた柱だったらしい。
上方に横棒があるのは、その柱に結び付けられた麦穂を表していると見られる。
そうすると、この柱が農耕儀礼に用いられたことは確かであり、「ジェド柱」には穀物のエネルギー、つまり穀霊が宿っていたことになる。
そして「ジェド柱」を表す記号は、安定とか永続とかを願う護符に用いられるようになった。
エジプトでは非常に古く「セペト」という行政単位ができた。
聖刻文字では「灌漑用の水路」を表す文字を用いている。
ギリシア人がこれを「ノモス」と呼んだので、今日もその呼称を用いることが多いが、本書では「県」と訳しておく。
その県が北エジプトに20、南エジプトに22形成されたことが知られており、前者は北エジプト王国の、後者は南エジプトの王国の基盤となった。
オシリスは「アネジェドに住む者」と呼ばれたが、その地名は北エジプト第9県の呼称であり、その中に「ジェドゥ」という都市があった。
おそらくオシリスのシンボルである「ジェド柱」と関係があったのであろう。
同地はまた、「ペル・オシリス」(オシリスの家)とも呼ばれたので、ギリシア人はそれをなまって「ブシリス」と呼ぶようになった。
(引用ここまで)
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オシリス神話が農耕に関わる神話であるという説は、初めて知りました。
オシリス神話を巡っては、さまざまな解釈がなされてきましたから、この説だけが正しいかどうかは分かりません。
でも、非常に古い由来をもつという「ジェド柱」に、オシリス神話の原点を見るという一つの解釈は、とても面白いと思いました。
wikipedia「オシリス」より
オシリスは、古代エジプト神話に登場する神の一柱。
オシリスとはギリシャ語読みで、エジプト語ではAsar(アサル)、Aser(アセル)Ausar(アウサル)、Ausir(アウシル)、Wesir(ウェシル)、Usir(ウシル)、Usire、Ausareとも呼ぶ。
イシス、ネフテュス、セトの4兄弟の長兄とされる。
王冠をかぶり、体をミイラとして包帯で巻かれて王座に座る男性の姿で描かれる。
同神話によれば生産の神として、また、エジプトの王として同国に君臨し、トトの手助けを受けながら民に小麦の栽培法やパン及びワインの作り方を教え、法律を作って広めることにより人々の絶大な支持を得たが、これを妬んだ弟のセトに謀殺された。
尚、この際遺体はばらばらにされてナイル川に投げ込まれたが、妻であり妹でもあるイシスによって、男根を除く体の各部を拾い集められ、ミイラとして復活。
以後は冥界アアルの王としてここに君臨し、死者を裁くこととなった。
その一方で、自身の遺児・ホルスをイシスを通じて後見し、セトに奪われた王位を奪還。
これをホルスに継承させることに成功。
以降、現世はホルスが、冥界はオシリスがそれぞれ統治・君臨することとなった。
ただし、この神話はエジプト人自身の記述ではなく、ギリシアの哲学者プルタルコスによる「イシスとオシリスについて」に基づくものである。
オシリスの偉業は武力によらずエジプトと近隣の国家を平和的に平定し、産業を広めた古代のシリア王をモデルにしているとされる。
神の死と復活のモチーフは、各地の神話において冬の植物の枯死と春の新たな芽生えを象徴しており,オシリスにも植物神(もしくは農耕神)としての面があると見られる。
右図にあるように肌が緑色なのは植物の色を象徴しているからだといわれる。
古代エジプトの墓の遺跡に、彼の肖像が描かれたり、その名前が記録されているのはそのためであり、当時の人々の死生観に彼の存在が大きく影響していたことの現れであろう。
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